2016-10-17 06:07:05 更新

概要

様々な要因で不眠症になり、そろそろ艦娘としても限界を感じている榛名。

鹿島は、以前の鹿島の艤装の損傷ぶりに驚きつつも、近代化改修を受け入れる。

夜中に牛丼を持ってアパートに帰った瑞穂は、誰もいないアパートで牛丼を取り落とし、
泣き崩れてしまうが・・・。

堅洲島では、提督が科学者と意見交換をしていたが、そこでちらほらと、提督の『闇』が顔をのぞかせる。

しかし、それが悪かったのか、提督は金剛との立ち合いで絶技を披露するも、倒れてしまう。


前書き

やっと榛名が登場しますが、なんと喫煙者です。

オシャレなタバコを吸ってはいるようですが・・・。

また、ここに来て初めて、提督の『戦闘ストレス障害』の症状が出ます。


[第二十四話 長い夜・前編 ]




―12月28日、深夜。横須賀鎮守府、第二部、通称『芸能部』詰所。榛名の私室。


榛名(眠れない・・・)


―以前は沢山の艦娘やスタッフが居た、この四階建ての小さなビルも、今では寂しい状態だった。特に、年末の今となっては、この広い建物内にいるのは、自分と、マネージャーと、オネエのスタイリストだけだ。


―カチッ・・・シュボッ・・・


榛名「・・・」フゥ


―榛名は、『ピアニッシモ・フランメンソール・ワン』に火を点けると、横須賀の町を眺めながら、ため息のように煙を吐き出した。


榛名(そろそろ潮時かもね・・・)


―しばらく前は、街の光の一つ一つにのもとに誰かが居て、皆一生懸命に、幸せになろうとして生きていて、そんな人々を守るために自分は戦うんだ!という自負があった。


―必死に練度を上げて、艦娘を理解してもらうために芸能活動までして・・・そして今は、全てが失われていた。


―大規模侵攻の時、自分だけ本土に残され、姉二人と霧島を失った。広報と芸能活動をしていた『金剛シスターズ』は解散。ソロ活動に移ったが、もともと、芸能活動がしたいわけではなかった。もう今は、何の仕事も無い。


榛名(私、何のために生まれてきたのかな。死に場所を間違うと、こんなに無様になるのね・・・)


―大規模侵攻の時に、姉妹で最後まで戦って、その末に死んでいたら、どんなに楽だったろうか?


榛名(大規模侵攻があって、今回の壊滅的な打撃もあって・・・)


―何人か、全国の鎮守府からスカウトがあったり、実際に尋ねてくる提督もいた。しかし、イメージと違ったり、榛名の希望が通らなかったりで、結局移籍は無い。いつしか、『わがままで難しい子』と言われ、避けられるようになった。タバコは、その頃からだ。


榛名(このままだと、解体か、体よく轟沈になるんだろうなぁ。・・・でも)


―榛名の心の中には、人間を信頼したい気持ちと、激しい失望がいつもせめぎ合い、戦う理由を薄れさせていた。かと言って、このまま『片付けられる』のも納得はいかない。これからの事を考えると、夜は眠れず、いつも明るくなってから眠りに落ちていた。


榛名(寒い・・・)


―榛名は部屋に戻った。重ねられている雑誌の崩れを直そうとして、ゴシップ誌を取り落とす。マネージャーが、自分についての記事があった刊行物をまとめてくれているのだ。


榛名(直さないと・・・)


―しかし、手に取って付箋の貼ってあるページを開くと、そのページは『榛名のパンツの柄はこれだ!』という記事で、榛名と似たモデルが、衣装をたくし上げ、ダズル柄のパンツを見せているものだった。


―バンッ!


―榛名はゴシップ誌を壁に叩きつけた。


榛名(ほんと、くだらない。私以外の『榛名』も必死で戦っているのに・・・!)


―SNSでは沢山の人と繋がっているが、自分の気持ちを理解できる人はいなさそうだった。ほとんどは業界人だったが、榛名は業界人の軽薄さになじめなかった。


榛名(もうたくさん・・・)


―今後、これだけ噂が広がっている自分を迎え入れたい、という提督や鎮守府が現れるとしたら、それは自分を体よく片付けようとする上層部の意図が働いているか、または相当自信家の提督か、またはあくまで自分を兵器とみなした事務的な対応をされるか、いずれにせよ、双方に喜ばしい関係にはならなさそうな気がした。


榛名(きっともう、限界だものね)


―次に自分をスカウトしに来た提督が居たら、自分の感じている理不尽を全てぶつけてやろう、と榛名は考えていた。その末で処分されるなら、もうそれでよかった。



―同じ頃、波崎鎮守府、夕張の部屋。


夕張「鹿島ちゃん、じゃあ、本当にいいのね?最悪の場合、あなたの『艦娘としての心』に、とてもよくない影響があるかもしれないよ?」


鹿島「いいんです。前の鹿島と言っても、私自身の事だと思っていますから。知れることを全て知って、備えていきたいんです!」


夕張「後悔は?」


鹿島「しません。別の自分の苦しみを放っておくほうが後悔します。出来る事をしないで、最悪の状態にしてしまっても後悔するし・・。しないほうが沢山後悔します」


夕張「わかったわ。この時間なら大丈夫。ついてきて」


―夕張は工廠の隅に隠してある資材の山を片付けた。いびつな形のシートの包みが出てくる。


夕張「ちょっと、シートを外すのを手伝ってくれるかな?」


鹿島「はい。・・・あっ!ひどい・・・」


―以前の鹿島の艤装は、右の砲塔が欠損し、機関部のほぼ中心に大穴が開いていた。胸のあたりに、おそらく戦艦の砲撃を受けたのだろう。左側の砲塔も、複数回被弾していた。


夕張「潜水艦でないと、ほぼ無傷で帰ってくるのは難しい海域に、練度の高くない練習巡洋艦を一艦だけ随伴させたら、こうなるのは誰にだってわかる事よ。潜水艦の子たちも、もう耐えられないっていつも言ってた」


鹿島「・・・もう、そんな事させません。改修をお願いします」


夕張「わかったわ。キャニスターに入って。アナウンスに従って艤装を展開して。後はこちらでやるから」


―鹿島は建造キャニスターに入った。


自動音声アナウンス「建造筒、近代化改修モードに移行します。対象、鹿島。試験改修なので改修記録外となります。近代化回収開始」シューン


鹿島「・・・んっ、うっ!」


―一瞬の間に、沢山の時間が流れたような、妙な感覚があった。


―プシュー、ガコン


夕張「よし、と、これで終わりよ。正直、何も起きないかもしれない。けれど、ある時急に、何かを思い出すかもしれない。それが起きるのか、いつ起きるのかもわからないわ。ただ、提督が大きく関係していることだから、動揺を気取られないように気を付けてね」


鹿島「はい。分かりました。ありがとうございます。こんな時間なので、もう戻りますね」


夕張「おやすみなさい。・・・あの、こんな事が支えになるかはわからないけれど、もしもすべてが明るみに出て、ここが解散になったら、あなたはきっと特務鎮守府に移動になると思うの。特務鎮守府は良い提督さんが多いって聞くから、きっといい環境が待っているはずよ?」


鹿島「特務鎮守府、ですね?はい!夕張さん、おやすみなさい!」


―鹿島は工廠を後にした。


夕張(頑張ってね、鹿島ちゃん)


―大浴場。


鹿島(本当は私、練習巡洋艦としてみんなの練度を上げるための指導や、その他諸々、私にしかできない役割を果たしたい。けれど・・・)


―波崎鎮守府では、着任した艦娘が受ける様々な基礎教範過程や、そのテキストなどもほとんどなかった。鎮守府としての体裁しか無いらしい。


鹿島(負けてはだめ。私はまだこうして生きているんだから・・・)


―鹿島は、なるべくほかの鎮守府や泊地の情報も集めることにした。



―同じころ、横須賀。下田提督の監禁されているアパート。瑞穂は近所の『な○卯』で牛丼を二つ買い、アパートのドアを開けた。


瑞穂「ああ・・・」ドサッ


―牛丼の入った袋を取り落としてしまった。部屋の空気は冷たく、真っ暗で、人の気配はなかった。どこか窓が開いたままなのか、冷たい空気が動いている。


瑞穂(そう・・・ですよね。うん、誰だってこうします。これが正しい事なんです。・・・でも・・・)ポタッ


―瑞穂は床に座り込むと、声を殺して泣いた。床のコンクリートに、雨のように黒い点が増えていく。


瑞穂「うっ・・・くっ・・・」ボロボロ


―良いところなんてほとんどないはずのあの人が、どうして自分はこんなに好きなんだろう?瑞穂は声が抑えられなくなった。


瑞穂「ううっ!もっと一緒に、イタカッタノに・・・!」


―カラカラッ、ピシャッ。


下田提督「どうした?なんかあったのか?おい!大丈夫か?」


瑞穂「えっ?ええっ?いなくなったんじゃ、ないんですか?」ボロボロ


下田提督「は?何で?どこに?牛丼頼んだだろ?・・・あっ!もしかして、おれが居なくなったと思って泣いてたのか?」


瑞穂「・・・」コクリ


下田提督「ぷっ!大泣きしてやんの!ホレ、こいつをやってたんだよ」


―下田提督は、空になった煙草の箱を出した。


瑞穂「本当に、ここにいてくれたんですね・・・」


下田提督「瑞穂、おめーはおれが、どれだけ女に苦労して生きてきたか、わかっちゃいねぇ。一番欲しいものがあれば、あとは別になぁ。今日だって一緒に飯を食うのを楽しみにしてたんだぜ。おれが出せなくて悪いけどよ・・・」


瑞穂「まさか、本当にいるなんて・・・」


下田提督「そう言ったじゃねーかよ、まったくよ。でも良かった。おれが居なくなったら、そんな風に泣いてくれるんだな。やっとおれにも春が来たぜ。これから冬だけどな」


瑞穂「・・・ふふ。えっ?そんな恰好でベランダでタバコを吸っていたんですか?」


―下田提督は、下は士官服のズボンを穿いているが、上半身は裸だ。


下田提督「ん?おお。えれぇ寒いけどな。タバコも今日で禁煙するし、まあいいかなってさ」


瑞穂「風邪をひきますよ?」


下田提督「身体だけは丈夫なんだ。それより、飯にしようぜ?」


瑞穂「はい!」


下田提督「牛丼はうまいけどさぁ、しかも、食いたかったけどさぁ、お前と食うともっとうまく感じるなぁ。くっそ、世間のカップルどもはおれが仕事でへこんでいる時も、こんないい時間を過ごしていたのかよ!」


瑞穂「はい。今は私も、提督の気持ちが良く分かります。誰かと一緒に食べると、こんなに楽しくて、美味しいんですね」


下田提督「今後の飯は、ずっとこんな感じだったら最高だな。・・・あ、何かわかったか?」


瑞穂「すいません、その話をしないといけませんね。色々あって忘れてしまってました。結論から言うと、特務第二十一号鎮守府にアクセスする方法はありました。場所はわからないのですが、総司令部と二十一号鎮守府は、自動航行水上機『わだつみ』で行き来しています。現在、司令部付きの藤瀬研究員が『わだつみ』で二十一号鎮守府に移動済みですが、明日の午前に一度本土に戻り、年明けの何日かにまた二十一号鎮守府に戻るようです。また、同じく明日、提督と何人かの秘書艦も、年末の買い物や司令部への用事で、本土に来るようです」


下田提督「明日か・・・」


瑞穂「運のいいことに、元帥からこの鎮守府の調査の話が出ていましたから、年明けに調査に行く予定でした。水上機の運航予定にかこつけて、前倒しして明日、私が同行することも可能です。一応、そうするかもしれない、という話も特防室長に話をしておきました」


下田提督「有能だなおい!じゃあ、おれはお前の私物とか荷物の中に隠れて、その鎮守府に渡る感じがいいかね?」


瑞穂「それが一番だと思います。横須賀近辺では、問答無用で特防や、武憲(武装憲兵隊)に引き渡されたりする可能性もありますし。一応、準備はしてあります」


下田提督「わかった。状況が動くなら、早い方が良いやな」


―瑞穂と下田提督は、食事を終えると、綿密に打ち合わせを始めた。



―同日、ニイニイマルマル。堅洲島鎮守府、執務室ラウンジ。執務の時間はもう終わっており、提督は女科学者との意見交換や聞き取りの為に時間を割いていた。この為、執務室ラウンジに艦娘はいない。


女科学者「すいません提督さん。随分忙しいのに、時間を割いてもらって」


提督「いえ、一つ二つの新しい知識が、世の中や戦局を大きく変えることはありますからね。こういう時間は大切だと思っています」


女科学者「そう言っていただけると、ありがたいですね。では、さっそく色々と質問させていただきます」


提督「わかりました」


―科学者はレコーダーのスイッチを入れ、日時を口述した。


女科学者「ではまず、あなたがなぜ、艦娘と深海棲艦に関して、あのようなアプローチを持つようになったのかを教えてください」


提督「理由の一つは、自分なりに不可解なものを理解し、答えを出そうとする性質からかな。あとは、幾つかの不可思議な経験を経て、感覚的にそう考えるに至った感じだね」


女科学者「他の理由は?」


提督「オーストラリアから日本への旅の途中に、乗っていた船が深海棲艦に襲撃されたことがある。その時、深海棲艦と接触し、交戦したんだが、その後、東大東島泊地の扶桑、山城に救助されたことがあり、この短時間での双方との接触が、自分にこのような考え方をもたらすきっかけになったと考えているよ」


女科学者「ええっ?あなたはCPDS(深海棲艦との接触経験者)でもあったの?」


提督「まあ、そうなるね。政府に公式に記録されているから大丈夫だよ。『タスマン号襲撃事件』だね」


女科学者「安全とされていた航路で輸送船が襲撃され、大破して、大問題になった事件ね。あなたはあの船に?」


提督「やっと日本に帰るって船で、さんざんな目に遭ったよ。船の武器は使い放題だったから、何体かは深海の奴らを沈めた。しかし、結局は勝てなかった。刀を置いてきたことを、あの時ほど後悔したことは無いな」


女科学者「刀?・・・いやちょっと待って、何体か沈めたの?」


提督「クジラみたいな駆逐艦三体と、軽巡一体、あとは潜水艦を一体、大破させたな。こっちも大怪我したが」


女科学者「ど、どうやって?」


提督「備え付けの対舟艇ミサイルと、ガソリンと信号銃、あとは、積んであった液体窒素や酸素のボンベを活用して、なんとか。あいつら、対物ライフルはほとんど通じないんだな。生体艤装はぶった切れば何とかなりそうだったが・・・」


女科学者「いやいや・・・しかも、ぶった切るって・・・(参謀や陸奥の言うとおり、戦闘適正がとてつもなく高いのね)」


提督「結局、戦艦クラスというのが出てきて、船は大破。破孔からあいつらが乗り込んできたのに、なぜかおれの事は攻撃しなかった。こちらは信号銃と斧で武装していたんだがな。今ならわかるが、あれは戦艦棲姫ってやつだったんだろう。攻撃できなかった。おれは女は攻撃しないし、出来ないから・・・」


女科学者「そんな事が・・・」


提督「この顛末は、政府には詳細に話してあるから、記録済みの筈だよ。あの時は公安だったな、確か」


女科学者(この人、おそらく深海棲艦にも適応している・・・。だから攻撃されなかったんだわ。こんなに感じのいい人なのに、提督の属性の他に、深い闇を持っているんだわ・・・あ!だから陸奥のフレームは・・・。何かがきっかけで、この人の闇に共感している可能性があるわね)


提督「この一件で、ごく短い時間に深海と艦娘と接触してね。今でも、当時も、深海棲艦も艦娘も、その成り立ちは謎のまま。だから、自分なりに考えてみた。同じものの、異なる側面、船の『魂魄』が、魂と魄に分かれたものではないか?と。古代エジプトも、そういう考え方をしていたみたいだね」


女科学者「物知りですね。『ヴァー』と『カー』ですね。日本語で言う『魂魄』そのものだわ。なるほど・・・」


提督「だが、そうなると謎が出てくる。艦娘と深海棲艦は表裏一体、ほぼ同じものだとしたら、接して運用する人間のせいで、そのどちらかになって行くわけで、これは『兵器としての安定性』を考えたら、あり得ない事だ。しかし、深海棲艦に対しては、艦娘以外はほぼ対処のしようがない。・・・という事は、何者かが強制的にこの状況を作り出していると仮定して、それはなぜか?という事になる」


女科学者「そうね。そこまではみなたどり着くのよ。そして、そこで止まる。提督さんには、そこから先の仮説はありますか?」


提督「もしかしたらだけど、彼女たちは厳密には兵器ではなく『問い』なんじゃないかな?」


女科学者「『問い』ですか?」


提督「まるで、それぞれ純粋な存在に対して、『人間はどう接するのか?』『人間はそれほど立派な存在なのか?』と、問われているような気がする。何が問うているのかはわからないがね」


女科学者「・・・なぜ、そう思います?」


提督「鎮守府や艦娘、提督って仕組みが、多くの場合、多大な自制心を強いるようになっている。実際、多くの提督は日夜『自制』しているだろうね。だが、多分自制は正解じゃない。求められているのはそれじゃない気がする」


女科学者「では、何を求められていると思いますか?」


提督「・・・もしかしたらだけど、『本当の愛』かなぁ?そして、それが人間に無い事を見せつけられているような気になるね。ダメになった多くの鎮守府がそうであるように、身勝手に彼女たちに手を出せば、やがて鎮守府はおかしくなる。かと言って、事務的に接すれば、彼女たちは本来の力を発揮できない。ケッコンや性的な関係は、彼女たちを深海に反転させる因子を宿させてしまうようだ。・・・結果、『無償の愛』、いや、愛は本来無償なのだから、愛か、何かそんなものを試されている気がするんだよ」


女科学者「それは・・・本当に斬新な、しかし、一番核心的な考え方の気がするわ「だが困ったことに」」


―提督は、女科学者の感心を遮るように話を続けた。


提督「人の心には、愛がないか、有っても殆んどない。それが問題だよ。その切り口だと、人類は決して勝てないって事になる・・・。人の心には、おそらく愛なんてないってのに」


女科学者「・・・提督さんは、人間の心には愛が無いと思っているんですか?(優しい顔で、なんてことを言うのよ・・・これが、この人の闇の一部かしら?)」


提督「おそらく、無いと思っていますよ。だから人は、やたら愛なんて口にするんだろうなと。自分たちにそれがあると思いたいから。・・・実際には、愛されたいから愛し、何かを満たしたいから与える・・・そんなところだろうと思うよ。世界そのものは愛に満ちている気がするのに、そこに生きる人の心の中には愛がないんだ。人間だけ、なぜこうなったのかな?と、いつも思うよ」


女科学者「荒唐無稽のように思えるけれど、ケッコンシステムの顛末を見れば、笑えない事実ですね・・・」


提督「・・・やっぱりか。あれは、提督と艦娘の心を密にリンクさせる、量子通信デバイスが正体じゃないんですか?強いきずなで互いを高め合える事を見越していたら、艦娘ほどの純粋さや、愛が人間には無く、艦娘は人の闇を理解し、宿すことになった。しかし、闇を宿すことにより、深海と同じ属性を持つため、少しだけ強くなったように見えるような」


女科学者「その通りです・・・。大局を見れば、誤ったシステムです。しかし、劣勢に過ぎる今は、あんなものでも使うしかないし、稀には想定通りの効果を発揮しますから」


提督「青ヶ島の金剛ですね。成果はそれくらいか・・・。多くの場合は、一番大切な相手を深海化させる因子を宿させるのみ、とはね」


女科学者「提督さんは、なぜ、そんなに色々知っているんですか?あなたの言葉の重さは、耳学問や、何かを読んだだけのものでは決してありませんね。全て、自分で考えたり、経験した人の重みがあります」


提督「申し訳ない。おれの過去や成り立ちについては、あまり言いたくないんですよ。戦闘ストレス障害がぶり返したら、執務に影響が出てしまうから。こういう事も、人間であるあなたに話すのと、艦娘に話すのでは、また意味合いが異なるしね」


女科学者「すいません。人間には、話したくないんですね?」


提督「多くの場合、話しても無駄だからです。人は他人の痛みなんて理解できないし、理解するふりをしているだけ、理解できる自分でありたいと思っているだけですから。無駄な事です。気分を害したらすいませんが、本心で話していると解釈していただければ」


女科学者「・・・わかりました(あんなに親し気なのに、肝心なところは完全に心を閉ざしているのね。そして艦娘には、少しだけ心を開いている・・・なるほど。この人の心には、人間ではもうダメなんだわ。きっと、何かですごく、心が傷ついたのね。だから彼女たちを大切にしているんだわ。そういう事なのね)」


提督「気分を害したらすいませんね」


女科学者「いいえ、そんな事はありません。では、最後に聞きます。この戦いを収める手段はあると思いますか?」


提督「一連の仮説が正しいとしたら、という前提ですが、激しい戦いの後、最後には人間を問われる気がします。そこで、正しい答えを出せるかどうか?結局はそういう事なんじゃないかと思っています。・・・もっとも、全ての問題はみなそう言いかえられますがね」


女科学者「なるほど・・・。こんな時間に、お忙しいところ、ありがとうございました。ここしばらくの間で、一番有意義な時間だったと思います」


提督「それならいいんですがね。どうして人間は、こんなに寂しいことになったのかな?なんて、いつも考えていますよ。まあ、愛がないなんて言うと、必死に否定する人や、軽蔑する人ばかりなので、こんな事もめったに言えませんがね」


女科学者「・・・いえ。言いづらい事を、すいません。当たり前のようでいて、そうではないかもしれない事に色々と気付きました。少し、考えを整理してみます」


提督「それなら何よりです。では、お疲れ様でした。・・・あ、そういえば、明日一時帰還されるようですが、我々も年末の買い物があるので、行きは同行します。よろしくお願いいたします」


女科学者「わかりました。それでは、おやすみなさい」



―数分後、科学者の自室。科学者は部屋に入ると、資料やレコーダーを置くのもそこそこに、ベッドに身を投げ出した。


女科学者(なんだか、すごく疲れた。ハンマーで殴られたみたいな時間だったなぁ・・・)フゥ


―自分が長い時間をかけてたどり着いたことに、感覚でたどり着いた人が居る事。そして、全ての人が当たり前だと思っていたことが当たり前ではなく、どうやらそれがかなり正しい可能性が出てきた事。色々と衝撃的な時間だった。


女科学者(とりあえず、ここの提督さんは私の手に負えるような人ではないわ。近づくのさえ無理。フレームの件より、優先度の高い事も増えたし、色々考えなくては)


―女科学者は、考えを整理している間に、眠りに落ちてしまった。



―執務室ラウンジ。


―提督も聞き取りに疲れ、何をするでもなくソファーでぼんやりしていた。ふと、人の気配を感じる。見ると、金剛が気づかわし気にこちらを見ていた。


金剛「提督ぅー、もう聞き取り終わったノー?」


提督「終わったよ。意外と疲れるもんだな、こういうのも。本心を話すなんて、あまり得意じゃないからさ」


金剛「でしょうネー。紅茶淹れましょうか?」


提督「あ、いいね。ありがたい。・・・何か、話したい事があったかな?」


金剛「ンー、提督、いつも一緒に寝てもらってて悪いんだケド、一度試合してもらえないカナー、なんて・・・」


提督「ん?おれと戦ってみたいって事?」


金剛「・・・ウン。ダメかな?」


提督「・・・いや、別にいいけど。種目は何で戦いたい?」


金剛「えっ、いいんですカー!?・・・剣か、格闘技。出来れば両方カナー?」


提督「ふむ。いい気分転換になっていいかもしれないな。ただ、場所はどうする?」


金剛「実はもう、神通たちに話はつけてあるネー!この後でもいいヨー?」


提督「わかった。じゃあこの後の方が良いな。しかし金剛、どうして試合なんてしたいって思ったんだ?」


金剛「笑わないで下さいネー?提督はぜーったいに、青ヶ島の提督より強いはずデース!それを自分で味わって、納得したいのデース」


提督「納得か、確かにな。最近ずっとくっついて眠ってもらっているが、それなりの説得力は必要だものな。いいよ、力を示そう」


金剛「そっ、それは私の希望だからいいんです。今日のこれは、本当にわがままな要望ですからネー?相手してもらえるだけでも嬉しいんですカラ」



―三十分後。川内や神通が仕上げていたホールは、ほぼ道場の体を成し始めていた。


提督「神通、お疲れさま。空気が引き締まっている、いい感じの道場になりつつあるね」


神通「提督が折角このような場を設けてくださったのに、中途半端な事はできません。お目に適ったようで何よりです」


川内「提督、掛け軸は新年の書初めで書くから、楽しみにしててねー!」


那珂「あっ、那珂ちゃんだっていっぱい手伝ってるんだからねー!えーと、防具とか竹刀とかその他いろいろ、きっちり整理して振り分けてるからね!」


提督「ほんと、いい仕事している。・・・では早速、試合うかね。・・・金剛、どんな風にする?」


金剛「剣と、格闘技、一本ずつでいいカナ?」


提督「構わんよ」


―提督は少しだけ準備体操をすると、神通から竹刀を受け取った。


金剛「提督、私は準艤装状態になりますから、竹刀を遠慮なく打ち込んで大丈夫ですからネー?」


―ある程度練度が上がると、艦娘は『準艤装状態』に身体を切り替えることが出来る。身体の有り様を、肉体ではなく艤装装備の状態に近づけることで、とてつもない力と剛性を発揮する。拳は壁を打ち抜き、対物ライフルでも傷を負う事はなくなる。ただし、質量も増すため、身体の重量を精密に制御する技量が必要になるのだ。本来それは、練習巡洋艦から学ぶことの一つだが、金剛は既にそれを習得している。


神通「では、私が立ち合いと審判を務めさせていただきますね。提督、防具はいいのですか?」


提督「・・・ん、要らないと思う。必要ならつける」


神通「わかりました(当たらない、ということ?)」


金剛「ンー、自信がすごいですネー・・・」


提督「いや、気を悪くしないでくれ。真面目にやりたいだけなんだ。実戦なら、当たったら死ぬのだから。金剛も、本気で打ち込んでくれ。中途半端が一番良くないからさ」


金剛「・・・わかりました」


―提督と金剛は、畳敷きの中央の白線で向き合った。


提督「あ、ちょっと待った、金剛は『構え』まではしたい方かな?」


金剛「うん、構えから入りたいデース」


提督「わかった。では、神通、頼む」


神通「それでは、試合、開始!」


―一気に道場の空気が変わった。金剛は竹刀を八双に構える。


神通(金剛さんは八双が基本形ね、さすが武闘派の鎮守府から来た人だわ。綺麗な構え。隙も無いですね・・・。提督は・・・えっ?)


金剛(ん・・・What?)


―提督は、中段で構えた竹刀を静かに納刀し、居合抜きの構えに移った。だが、柄尻に当る手のひらを開き、手の甲をのせている。


川内(へぇ・・・)ゾクリ


神通(納刀から居合に、最初からは柄を掴まない構え・・・どういう事なの?)


金剛(これは・・・隙が全くありません。とりあえず打ち込むなんて、とんでもない話ね。どこに打ち込むかさえ、考えられない。やっぱり、私の提督は青ヶ島の提督より、遥かに強い人ネ・・・)


―金剛はここで、「参りました」と言おうかと考えた。が、夜中に試合を持ちかけて、一撃も撃ち込まないのもどうか。ここは、最大限の一撃を撃つべきだ。


金剛(なら、これで・・・)スッ


神通(あ、八双からとんぼの構えに変えましたね。仕掛ける気ですか。初太刀を外すのがセオリーですが、提督の構えは居合い。見たことのない戦いですね)


川内(あー、示現流ね。初太刀に全てをかけるつもりね。でも提督のあの手は、ただの居合じゃないね・・・)


―そこに、夜間任務から帰投した、木曾と第六駆逐隊が入ってきた。空気を読んで、全員静かに入って来る。


木曾「なんだよ川内たち、こんな面白い事をやってるなら、声を掛けてくれよ(小声)」


暁「どうして金剛さんと司令官が戦っているの?仲が良いと思っていたんだけれど・・・(小声)」


響「これは試合でしょう?きっと金剛さんは、司令官の強さを知りたかったんだよ(小声)」


雷・電「あっ、司令官さんのあの構えは!(小声)」


木曾「知っているのか?雷、電(小声)」


雷「あれは、正座している時や(小声)」


電「人ごみの中での居合の準備姿勢なのです(小声)」


川内(ちょっと外野かなと思ったけど、そうなのね。間合いの微調整か。示現流の初太刀に対して、何を正確に測るつもり?スピード対決ではないの?)


―その時だった。


金剛「(今っ!)・・・チェストォー!!」ヒュッ


提督「・・・!」ヴュオッ!


―カッ、パン、パシッ・・・。


提督以外の全員「えっ?」


―金剛が裂帛の気合で踏み込み、初太刀を打ち込んだ。が、次の瞬間には、金剛の手には竹刀が無く、すれ違った位置にいる提督の両手に、それぞれ竹刀が握られていた。右は普通だが、左の竹刀は逆手になっている。


川内「な、なに、今の?」ゾワッ


神通(嘘でしょう?何をしたの?)


木曾「・・・お、おいおい、今の金剛さんの斬撃も凄かったけど、何だあれは?」


金剛(竹刀が無くなってる。私、胴にも一本貰いましたね。提督は何をしたの?)


提督「神通、胴にも一本当ててある」


神通「え?すいません、金剛さん、胴にも当たりましたか?」


金剛「うん、当てられたネー」


川内「え?竹刀を取っただけではなく、胴にも一本当ててるの」


提督「うーん、ちょっと真面目にやり過ぎたか?・・・金剛、こんなんで納得がいく?派手に打ち合いする方が良かったかな?」


金剛「いえ、すごいネー・・・。今の、何をしたんですか?」


提督「相手の武器と握り、間合いを見極めて、打ち下ろしの一瞬前に居合抜きで武器を飛ばす。その武器の引っ掛かりで剣を加速させ、剣をひるがえして抜き胴。同時に武器を奪う。何度も何度もやらないと、身につかない技だよ。正当な剣技ではないがな」


川内「提督と夜戦の演習するのが、すっごい楽しみになってきたよ!」


提督「いやー、そっちは本職にかなわんと思うけどなぁ」


神通「驚きました。胴を見極められませんでしたし、これは絶技の部類だと思います。提督は本当に強い方だったんですね・・・」


提督「いや、そんな立派なもんじゃないよ。覚えなくて済む人生の方が良かったさ。・・・もちろん、今は皆のために役に立ちそうだから、これで良かったんだろうけどな。・・・金剛、格闘の方もやるかい?」


金剛「いえ、ちょっとお腹いっぱいな感じですネー。すごく満足というか、色々衝撃的デース」


木曾「いやいやいや、大したもんだな。提督、今度おれにもそれを教えてくれないか?」


提督「木曾なら居合抜きは相性良さそうだしな。居合抜きから、一対多数の十七連斬型なんてのもあるぞ?」


木曾「いいね、おれは良い鎮守府に着任できたよ。提督、よろしくな!」


電「私たちの司令官さんは、とっても強いのですね!」


提督「いやー、それほどでも。しかし、そんな反応されると照れるな」


川内(茶化しているけど、半端ないよ、これ。楽しみだなぁ)


神通(だめ。もっと自分を追い込まないと!今のままでは失笑されてしまいます・・・)


那珂ちゃん(んー、川内ちゃんは夜戦にとらわれ過ぎだし、神通ちゃんは堅いんだよねぇ。提督がその辺を教えてくれるといいんだけどなぁ。戦いは歌を唄うのと変わらないんだけどなぁ)


提督「じゃあ、今夜はこんなもんかな。金剛、どうだい?」


金剛「もちろんオーケーデース!ちょっとびっくりしてますヨー」


―金剛は、青ヶ島の提督とは真面目に打ち合いを何度もした。皆に認められようと、血のにじむような努力を積み重ねた結果、しばしば一本を取れるようになっていた。しかし、自分を連れ去った、この提督は、青ヶ島の提督とは強さの次元が違う気がする。


金剛「提督の剣は、今まで試合した誰とも違ってます。無駄がとことん無いというか、うまく言えないけれど・・・」


提督「ああ、それはね『命を取れる最短の距離』ってやつだよ。実際に人を斬ったか、斬らないかの差だと思う。・・・ん!ごめんちょっと調子を崩した。金剛、後で来るんだろう?いったん失礼するよ」ダッ


―提督は速足でホールを出た。


金剛「ンー?」


神通(提督は人を斬った事がある、という事ですか?あの説明を解釈すると・・・)


川内(人を?まさかね・・・)


木曾「何だか提督、途中から顔色が悪くなかったか?」


電「ちょっと心配なのです・・・」


―少し後、別の階の、照明を消したままの男子トイレ。


提督「う・・・くっ・・・げえっ」オボロシャァァァァ


提督(くっそ・・・)


―提督の脳裏には、自分を見つめる無数の、かつての敵と味方の死体と、無数の蠅の羽音、胃を握りつぶすような死臭が蘇り、自分がどこに立っているかを見失うほどのめまいと、激しい吐き気が襲ってきた。さらに、津波のように自己否定の波が押し寄せ、視界はより暗く、押しつぶされたような感覚が、全身を急速に冷たく凍らせていくようだった。


―おそらく、重度の戦闘ストレス障害の発作だ。


提督(本音を話すなんて、慣れない事をしたうえに、同じ日に剣までは余計だったか・・・くそっ・・・)ズルッ、ガタタ・・・


提督(『深海化』ってのは、きっとこんな感じかね?絶対にこんな思いは、させられないな・・・)


―提督は手洗い場に崩れると、そのまま意識を失った。水道が流れっぱなしだった。


―同じ頃、叢雲の私室。叢雲は『横須賀の美味しい店』という本を読みながら、ウトウトしかけていたが・・・。


叢雲(何かしら?変に胸騒ぎがするわね?アイツとお茶でも飲んでから寝ようかしら?)


―同じ頃、七駆の部屋。漣たちはもうパジャマに着替えて、寝る前に適当に話していたが・・・。


漣「なーんか落ち着かないなぁ。ねえぼの、ご主人様はどうせまだ何かやってるだろうし、ちょっと遊びに行かない?」


曙「はぁ。まあいいけど。わたしもちょっとそんな感じだし」


潮「・・・!」


朧「じゃあみんなで行こうよ。潮が仲間になりたそうにこっちを見ているよー?」


潮「朧ちゃん、からかわないでよう・・・」


―同じころ、医務室横の陸奥の私室。陸奥は『刑事ニコラス』が始まる前のニュース番組を見ていたが、予約録画に切り替えた。


陸奥(何だか気になるわ。お酒にでも誘おうかしら?)



―暗黒。


??「・・・ねーえ?」クスクス


提督(・・・ん、またあいつ、おれをからかう気か。この甘い『ねーえ?』は・・・)


??「寝てる場合?その子、あなたを心配して、すごく泣いてるわ。他の子と違って、まだあなたの事をよく知らないのよ。とても寂しいところから連れてきたんでしょう?早く起きて、撫でてあげたら?」


提督「何を言ってる?ここは・・・」


??「相変わらずダメな人ね。心を閉ざしているから、辛くなると死者しかあなたに助言できない。もうそんな時期は終わっているのに」


―提督は、タワーマンションのベランダで昼寝をしていた。夏の終わりの日差しが、日陰だったはずの自分に容赦なく照り付けていて、汗だくだ。頭がずきずきと痛む。


提督「いっつつ、ああ、寝ちまってたか」


―部屋の奥の暗がりから、声が聞こえてくる。


??「いいえ、まだ夢よ。心が辛そうだったから、避難所を作ってあげたの。でも、そろそろ戻ったら?女の子を待たせたり、泣かせたりしないのは、数少ないあなたの美点の筈だけれど?」


提督「ああ・・・。相変わらず辛辣な奴だな・・・」


??「どういたしまして。ところで、ボディーガードが強さを否定して、どうするつもり?」


提督「え?」


―景色が切り替わり、真っ暗な部屋で、誰かが泣いている。


提督「泣くなよ、金剛・・・」


提督(金剛?)ハッ・・・パチッ


―提督は、目を開けた。薄暗い天井が見える。自分は寝ていたらしい。微かな薬品の匂いと、陸奥の香りがする。


提督(医務室か・・・?)


―複数人の寝息の気配がする。横を見ると、金剛が布団に寄り添ったまま、眠っている。


提督「金剛、おれは倒れたのか?(小声)」


金剛「ん・・・あ、提督!・・・提督ゥ~!」グスッ


提督「お、おいどうしたんだよ?」


金剛「私が・・・私が無理を言ったから、提督が倒れちゃったのデス・・・」


提督「いや、それは違うと思う。聞き取りで慣れない事を言ったせいだな。刀を使ったくらいじゃ、大丈夫なはずだ。今後は気を付けるよ」


金剛「デモデモ、絶対私にも非があります・・・」


提督「無いってば、気にしないでくれ。心配かけたな」ポン・・・ナデナデ


金剛「そんな・・・うう・・・ゴメンナサイ」


―金剛の眼は泣きはらした跡があった。


陸奥「ん・・・提督、気分はどう?明かりをつけてもいいかしら?」


提督「・・・うん、大丈夫。何だか心が軽い気がする」


陸奥「本当に?」


提督「自分の本心を他人に話すなんて、慣れない事を長時間したせいだな。囚われやすくなっていた気がする。けど、もう大丈夫だよ」


叢雲「大丈夫?何だか心がざわつくと思ったら・・・」


提督「あれ?叢雲まで?すまないな」


叢雲「私だけじゃないわよ。ほら」ジャッ


―カーテンを開けると、応接セットや長椅子に、曙、漣、潮、朧と、霞、扶桑、山城が居た。そういえば、今夜は足柄と初風は夜警任務だ。


漣「あっ、大丈夫ですか?ご主人様!少し前までは神通さんたちや電ちゃんたちもいたんですよ?」


提督「うわー、えらい迷惑かけてしまったな。心配かけたよ。ゴメン・・・」


扶桑「提督、最近働き過ぎではありませんか?戦闘ストレス障害になる人の多くは、自分の限界を認めずに無理をし続けた方だそうです。提督がお休みの間に、私たちで話したのですが、今後はなるべく、早めの時間にお休みになってください。私たちも協力いたしますから」


曙「トイレの所で倒れているから、すごくびっくりしたわよ?水が流れっぱなしだし。死んじゃったかと・・・思ったんだからね!」


提督「ん?曙が見つけてくれたの?」


潮「あ、私と、朧ちゃんです」


朧「すごいびっくりしたよー。顔色悪いし、返事をしても答えないんだもん」


提督「申し訳ない」


霞「ちゃんと休みなさいよ!自分の限界を知らないで倒れちゃうなんて。子供じゃないんだから、しっかりしなさいよ!ほんっと、見てらんないったら!」


提督「返す言葉もない。ははっ、すまないな」


霞「・・・まあ、分かっていればいいのよ。執務以外にも色々あるのはわかっているから、もっとうまくやんなさいって事!」


金剛「霞、そんなに言われると私がすごく申し訳なくなりマース。提督が悪いわけじゃないネー・・・」


山城「・・・提督は少し休んでください。提督もドック入りが必要ですよ?姉さまと・・・私に、あまり心配をかけないでくださいね?」


提督「申し訳ない。ちょっと今日はやり過ぎた。とりあえず、こんな時間だし、風呂に入って寝直すよ。みんなも寝てくれ。済まなかったな」


陸奥「提督、一番可哀想なのは金剛よ?あなたが急にこうなっちゃったら、金剛がすごく責任を感じちゃうじゃない。気を付けてね」


金剛「陸奥、そんな・・・」


提督「そうだな、ごめんよ、金剛。ありがとう、むっちゃん」


金剛「・・・・」


―医務室の時計はもうじきマルフタサンマルだった。皆、心配そうにはしていたが、提督が部屋に戻る支度を始めたので、少しずつ部屋に戻り始める。陸奥は提督の体温や心拍数を計ったが、それが終わる頃には陸奥と金剛と提督のみが残っていた。皆、明日も任務があるのだ。


提督「すまんむっちゃん、心配と面倒をかけてしまった。みんなにも借りを返さないとなぁ。大失態だ、これ。心配かけるなんて」


陸奥「いいのよ。良く休んでね?」


―提督は鎮守府の廊下の空気を感じつつ、ゆっくり歩いた。卯月と弥生があちこちに活けた花の香りが微かにする。何か夢を見ていた気もするが、思い出せない。


金剛「ゴメンね、提督・・・」


―静かに後ろをついてきていた金剛が、本当に申し訳なさそうに謝った。


提督「いや、これは本当に金剛は何も悪くない。謝られるとすごく悪い気がするから、謝らないでくれ。剣を久々に真剣に扱ったことよりも、本音を他人に話した方がおそらく原因だな。好きじゃないんだよ、本心を語るのは。なぜか君らには、ぽつぽつと話せるのにな」


金剛「デモ、何も考えないで試合の話を持ち出す私も悪いネ」


提督「んな事ない。タイミングなんてそんなもんだ。ハイこの話終わりー!さっさと寝るぞ。シャワーを急いで浴びないとな」


金剛「えっ?」


提督「ん?来ないのか?」


金剛「・・・ンー、そんな事ない・・・ケド」


提督「らしくないな。気を使う必要は無いって?」


金剛「じゃあ提督、もう少しだけ、色々話したいデス・・・んーん、二人の時は片言もやめたい」


提督「えっ?」




第二十四話 艦



次回予告


引き続き、夜中。


片言をやめたい、と言った金剛と提督の、もう少し踏み込んだ話と関係。


眠れない榛名は、真面目な性分のせいか、夜中に鍛錬を始める。


その頃、おそらく改修の影響で悪夢を見た鹿島は、悪夢の痕跡をなぞるが・・・。


次回「長い夜・後編」 乞う、ご期待!


金剛「読んでくれなかったら、No!なんだからネー!」




後書き

提督のスケジュールが非常に過密なSSに見えるかもしれませんが、経営者の方々の日常はこれより忙しかったりします。


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2019-08-20 17:24:25

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1: SS好きの名無しさん 2016-10-16 09:12:31 ID: xvGyu5mr

あ、これヤバイ方の中の那珂さんですね…

2: 堅洲 2016-11-03 08:15:32 ID: FjqyH4ce

うおっ、気づかれましたか!そうです。堅洲島の那珂ちゃんはヤバイノデス。「タイプの違う姉二人を見つつ育っていった、要領のいい三女」ですから・・・。


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