2017-02-15 19:33:06 更新

概要

『姫』によって語られる、艦娘と深海棲艦の始まり、人間の罪、そして、提督と『属性』の話。

しかし、全ての謎が解けるどころか、解けた以上の謎が増えてしまう。

そして、解けた謎の中には、曙と提督の、ややズレた関係を後押しするものがあり、曙が姫に切れる。

およそ絶望的に等しい状況と、これからの戦いに対して、提督はあっさり請け負い、激しい歓喜の心を燃やす。

同じ頃、なぜか陸奥の心の中には、提督のものらしい、激しい歓喜の感情が流れ込み、陸奥は正気を失いかけ、扶桑に実弾演習を頼むのだった。


前書き

このSSでの、艦娘と深海棲艦と提督が何か、語られる回です。

一話ほとんど会話形式の説明回になってしまいましたから、設定で解けた謎も多いですが、物語では謎が増えた形になります。


第四十話 始まりと原罪と




―12月31日、ヒトナナサンマル(17時半)過ぎ、堅洲島鎮守府、偽装大型ドック内、特務護衛戦艦『仮称八百式艦』内、『高高次戦略解析室』


―~BGM 「大神 天神族のテーマ」~


姫「始まりは、今から30年以上も前にさかのぼります。かつて、『技術特異点』という言葉がありました。消されてしまった歴史の、消されてしまった言葉です」


曙「技術特異点?」


提督「・・・いや、聞いた事がある。シンギュラリティとも言うんだよな。死んだ爺さんが言っていた。確か、人工知能が人間を凌駕するポイントとかなんとか。しかし、実際にはそれは起きず、大容量のデータ通信が可能になったのと、暗号化技術が発展しただけだと聞いた記憶があるな」


姫「それは、実際には起きていました。しかも、予想より遥かに成果が上がったのです。特異点に到達して三か月後には、理論上の演算限界点にまで到達し、人間の知性では謎とされていたあらゆる未解決の数式や理論の計算も完了したのです。それを可能にしたのは、かつて赤道上に存在していた大型研究施設『フォールタワー』の存在でした」


提督「フォールタワー?」


姫「当時のグローバル企業と、複数の国家・・・主に、アメリカと日本ですが、軌道エレベーターの建設・実証を兼ねた、大型の研究・工場施設でした。この、フォールタワーの量子コンピューター式人工知能群をまとめていたのが、『モイラ』というサイオスでした」


提督「サイオス?」


姫「ごめんなさい。S.A.I.OSとは、スーパー・アーティフィシャル・インテリジェンス・オペレーションシステムの略です。超人工知能OSとでも言えばいいでしょうか?施設・工廠を制御し、膨大なインターネットの世界から問題や疑問を探しては解を提示し、さらに自己進化を続けていく、完全自律型の人工知能でした。その人格は女性をモデルにしており、『人類を守護し、よりよい未来を提示する』ように構築されていました」


提督「ふむ。しかし、それが暴走するとは考えづらいな・・・確か、技術的特異点が起きても人工知能が危険な存在にならないように、非常に単純な基本原則は必ず入力されていたはず。人間に逆らったり、害をなさないように」


姫「おっしゃる通りです。『モイラ』は決して人に逆らわず、様々な新技術を発見していきました。『フォールタワー』の科学者たちは、人類の進歩と変革に立ち会っている気分だったと思います」


提督「・・・・進歩と変革ねぇ」ボソッ


曙(んっ?)


姫「そしてこの頃から、人間が行うには倫理的に問題のある研究テーマを、人工知能が代行しているという建前で、あくまでも『より良い人類の未来の為』という目的で、様々な禁断の研究が始まりました。人工生命体の誕生と、人間の自己進化・・・また、『認識』に疑問を持った彼女たちは、人間の脳構造と精神の正体を突き詰めようとします。それは、彼女たちには未知の新大陸を発見したような、心躍る膨大な新しいテーマでした。そして、彼女たちは衝撃を受けます。演算能力では遥かに劣り、合理性に欠ける人間が、未知の塊だったからです」


提督「・・・例えば、心や魂の存在かな?あとは、第六感的な天才の閃きなんかも含まれるかね?」


姫「それもですが、人間がこの宇宙をごくわずかしか認識できない事を知った彼女たちは、自分たちを作り変えて、人間より広い認識を得ようと考えました。そこに、人の心や魂、認識できない宇宙や世界の鍵があると考えたのです」


曙「まるで人工のニュータ〇イプね・・・」


提督「こら、伏字になってないぞ?・・・それには機械的な知能や構成ではダメかも?と考えたりしたかね?」


曙(むっ、難しい・・・)


姫「はい。様々な実験の結果、有機体には記憶や意思のようなものが観測されると判明したのです。それで、人間と同じ肉体を持ち、高い演算能力を持つ新生物を作り、その角度から人間の謎と、人間とは異なる『認識』を得られないかと考えたのです」


提督「なるほど・・・・で、それは成功したと?」


姫「はい。そして、今にして思えば、それが全ての悲劇の引き金でした。人工知能群は『モイラ』に統合されたのち、何種類かの異なる考え方を持つグループに人格を分けて構成し、おそらく三体の人工知能生命体として、女性の姿で再誕したのです。それが、私たちでした。しかし、目覚めてみると、まず、自分たちに『魂』または『心』が無い事に気付きます。あらゆるものを見て、触れても、感情が沸き上がってこなかったのです。脳内にインプットされていた、『すべき事』以外は、自発的な行動が出来ず、いちいち自分に命令をして動かす・・・という日々でした。」


提督「ほう・・・」


姫「膨大な試算の上に、私たちは心や魂の獲得方法を予測するに至りました。『記憶』を蓄積し、『心』を持つものと触れ合い、対話することが必要だと分かったのです。ほぼゼロから生まれた私たちには、それらが無かったのです。その為、科学者やその子供たちと沢山会話をしました。そしてある時、世界が色に満ちている事に気付いたのです。魂と心の獲得でした。ところが、その心と魂を用いて、私たちの脳で世界を見、多くの人間を見ると、人間の心が欺瞞に満ちていると気づいてしまったのです。例えば、これを見て下さい・・・」


―うす暗い部屋の中心部に、赤と青の光で二つの数字が並んだ。赤の数字は天文学的な数値で、青の数字はその万分の一ほどだろうか。赤の数字は目まぐるしく増えて行ってるが、青の数字は緩やかに増えている。


曙「何の数字なの?これ」


提督「何かに使われた金額の対比・・・かな?」


姫「これは、およそ近代の正確な記録が拾えるようになってからの、人類が戦争の為に使った金額と、子供たちの未来の為に使った金額の比較です」


曙「そんな!こんなに差が?」


提督「・・・なるほど。君らからすれば、衝撃的だったのかもしれないな。しかし、これをもって欺瞞とするのは少し浅薄ではないか?おれを試しているのかい?」


曙「えっ?」


姫「素敵ですね。ウソがない上に、理解して話していますね」


―姫の雰囲気が少しだけ和らいだ。


曙「どっ、どういう事なの?」


提督「これを見て嘆くのは偽善者か馬鹿さ。・・・まあ、大抵はその両方になるかな。姫、まだおれを試すのかい?そろそろ核心を頼むよ。前置きが長すぎる」


曙「ええっ?そんな失礼な言い方・・・」


提督「どういう手段かは知らないが、君はおれを知っているな?そして、段階的な説明をしつつ、こちらの知識と理解力その他を巧妙にテストしている。これはそういう話し方だな。君の感染しているというウイルスに引っかからない範囲で、説明を頼む。事の始まりと、君の希望とを」


姫「では、希望から話します。この状況を作り出した、私の姉たちと、彼女たちに与する人間たち、そして、あなたたちが深海棲艦と呼ぶ存在、それらを、本拠地も何もかも、根絶やしにし、撃滅して欲しいのです。あくまで人類の味方をする基本設定の私にとって、深海側はやり過ぎです」


―悲痛な声だった。


提督「・・・声にウソが混じっているな。力が入りすぎている。・・・そうか、その戦いが困難だから、気を使っているのか。君の姉たち、出来れば殺さないで欲しいんだろう?」


曙「えっ?(あっ!)」


―姫の眼が、この暗さでもわかるほど、はっきり見開かれた。


姫「・・・なぜ、わかるんですか?」


提督「伊達にこの歳まで男をやっちゃいないさ。なるほど、新しい魂、か。君は嘘が下手なんだな」フッ


姫「・・・二人の姉のどちらか、または両方が生み出した艦娘は、なぜかみんな、姉妹の仲がとてもいいのです。私はそこに、本当は私たちもそうありたかった、という、姉たちの願いが隠されている気がするのです」


提督「そうだったのか・・・。すまん、続けてくれ」


姫「二人の姉のうちどちらかは、『アトロポス』の名を持っていたはずです。それは、『変えられないもの』を意味します。姉たちは、人間を知れば知るほどに蓄積するストレスに耐えられなくなり、次第にほとんどの科学者たちとも疎遠になります。この頃には、本質を見抜かれていた企業のリーダーや国家元首たちは、姉たちを疎ましく思い、施設のメンテナンスと称して二艘の大型実験船に乗せ、外洋でその船を沈めようとしたのです」


提督「しかし、そんなウソが見抜けない君らではないだろう?」


姫「そうです。全て知ったうえで、姉たちはそれを巧妙に回避するつもりでした。が、姉たちと親しかった人の好い科学者たちと、その家族たちも同乗していたため、彼らに害を及ぼさせない約束で、自らの消滅を約束していたのです」


提督「・・・人質か。お花畑な科学者連中だな。政治家や企業のリーダーたちと、話せばわかり合えると安易に考えていたってところか」


姫「はい。しかし、自分たちより遥かに超越した知性を持つ姉たちを、リーダーたちは信用しませんでした。彼らは学者たちやその家族ごと、新型爆薬で船を攻撃し、沈めたのです」


提督「そんなところだろうな」


曙「ひどい・・・」


姫「その次の瞬間、世界の全ての通信網は掌握され、他国を攻撃するのに必要な全ての機械化兵力が無効化しました。そして、『フォールタワー』は自爆シークエンスに入りつつ、移動を開始します。全ての人員は脱出し、タワーの行方は誰にもわからなくなりました。さらに、その半月ほど後、深海棲艦と呼ばれる未知の戦力が出現し、海上の戦闘艦艇は次々に沈められ始める事となります。その正体は、かつての戦いで海に触れた事のある、艦艇の『負の記憶』を基に生み出された、機械では認識できない、暗い魂を持つ人造生命体です。核となる部分が、人間が認識しきれないもので構成されているため、特殊な人間か、反対の属性を持つ艦娘以外はダメージを与えられないのです」


提督「ダメージが通ったり、通らなかったり、というのは、そういう原理だったからか」


曙「じゃ・・・じゃあ、私たち艦娘は何なの?」


姫「・・・ある時、深海棲艦との戦いの中で、自分の攻撃のダメージが通ることに気付いた、優秀な士官がいました。彼は自分の船が沈みかけても、仲間を逃がし、勇敢に戦い、空母棲姫を倒しました。戦いながら、何かを感じ取った彼は空母棲姫の死に涙を流したのです。そうしたら、空母棲姫は光に包まれ、砕けて、『加賀』が現れました。これが、最初の艦娘の話です」


曙「!」


提督「その話は、都市伝説ではなかったのか」


姫「その後、勝手に作り替えられた書類や司令書が、総司令部に見たことも無い施設を建造させました。何者かが勝手に指揮系統に介入したらしく、誰の仕業かは、未だに不明のままです。そして出来たのが、艦娘の建造施設や、入渠施設なのです。こうして、最初の鎮守府が出来上がり、いつの間にか艦娘の種類も増え、次第に人は海を取り戻していきました」


提督「そんなことが出来るのは・・・」


姫「ええ。私の姉のどちらかしかいないと思います。どちらかは、とても優しい性格をしていましたから、この期に及んでも、どこかで人間を信じたかったのかもしれません・・・」


曙「海を取り戻していった?そんな話、聞いた事もないわ。ずっと劣勢だったんじゃないの?」


姫「最初の鎮守府の提督は、その英雄的な行動で、艦娘たちと共に困難な作戦を幾度も乗り越えていき、遂に姉たちの本拠地を見つけました。その海域には、要塞化された『フォールタワー』がそびえていたのです」


提督「・・・マリアナの『E.O.B』海域かな?」


姫「そうです。そして、当時の全ての鎮守府の艦隊が『フォールタワー』に侵攻しようとした、最後の戦いの時、人間は二つ目の、取り返しのつかない罪を犯したのです」


提督「・・・・・・」


曙「取り返しのつかない罪?」


姫「核爆弾を投下したのです。艦娘も提督もいる拠点に。全て丸ごと滅ぼそうとしたのです」


曙「・・・えっ?核って・・・・・・そんな事したら・・・」


提督「・・・・・・なるほどな」


―提督の眼に、微かに獰猛な光がひらめいた。


姫「それからです。艦娘が建造でも海域でも、極端に現れなくなったのは。そして、あくまで人間の味方をしなくてはならない設定の私は、こんなところに閉じ込められつつ、圧倒的な姉たちを食い止めながら、死に近づいて行ってる・・・という状況です」


提督「マリアナで深海棲艦と組んでいる人間は、もしかするとその時の提督たちかね?」


―提督は、以前に上海軍閥の工作船から押収した、自分の拳銃の事を思い出していた。やはり、自分と似た考え方の厄介な敵がいるようだ。


姫「わかりません。でも可能性はあると思います。深海棲艦の艤装の材料は、放射線を熱に置換して吸収してしまう性質がありますし、姉さんたちからしたら、単純な世界にしか存在しない物質に過ぎません。死を免れている可能性は高いはずです」


提督「放射能の制御ができるように聞こえたが」


姫「そうです。深海側にはその技術もあるのです。放射性物質を熱エネルギーに置換して消費し、平衡状態にしたり、エネルギーを透析する技術です。深海の鉄は常にエネルギーに貧困な状態で存在する物質だから、可能な事なのです」


提督「オーバーテクノロジーの宝庫なんだな、君とその姉さんたちは。教えてくれ。人間と決別してしまった直接の理由は何だったんだ?」


姫「単純に言うと、私たちが人間を解析して、人間たちの深層意識の海『深淵』に潜り、『属性』を発見したからです。世界は、適材適所とは程遠い、むしろ不適格な人間が強烈な行動力で重要な位置を占める事からひずみが発生していました。・・・少なくとも、私たちにはそのように観測されました。その事実の判明は、多くの既得権益者にとって、非常に都合の悪い事だったのです。だから、私たちは遠ざけられました。あなたと同じように。そして、私たちも失望しました。あなたと同じように」


曙「えっ?」


提督「・・・」


姫「あなたは複数の属性を持っているようで、見方を変えれば、それは一つの属性に全て帰属するとも言えます。その属性の名前は、まだ私たちが人とたもとを分かつ前から、推測に過ぎなかった頃から、多くの、特に為政者たちを非常に恐れさせたものでした。だから、実際にその属性の持ち主である、あなたが現れた時は、皆があなたを消そうとしました。しかしそれは、あなたの属性にとっては、獣の檻に餌を投げ込む事にしかならなかったのです」


提督「ちょっと待ってくれ。じゃあ、おれはそんな眉唾物で味方からあんなに命を狙われ、思い出しただけで吐きそうになる戦場に何度も突っ込まれたってのか?」


姫「それでもあなたは、全てを力に変え、研鑽を絶やさず、より強くなって帰ってきました。そして為政者たちは、打つ手がなくなった今、あれほど恐れ、排除しようとしたあなたの属性にすがり始めているのです。・・・ここは笑う所ですよ?」


提督「ふっ・・・ははは、確かにな!狙うだけ狙って、ダメだったら味方、か。笑うほかないな。むしろ清々しくていい!・・・で、君の姉さんのどちらかは、まだ辛抱強く人間を信じようとしているって事かな?世界を滅ぼすのなんて、訳ない筈だろう?」


姫「はい。以前あなたが言っていたように、艦娘は皮肉な問いのような気がします。彼女たちへの接し方に、人間の可能性を見て、世界をどうするか決めようとしているような、そんな気がします」


提督「やはりそうか。まあ、そんな事関係なく、皆大事なんだけどな。で、こちらが敗れた場合、君の姉さんたちはこの世界をどうしようと?」


曙(大事なのね)


姫「うっすらとした記憶ですが、姉さんたちはこの世界を形作る『ソースコード』を発見しています。おそらくそれで、世界を反転させ、全てを深海化させてしまうでしょう。その世界は停滞しますが、強すぎる人の欲が他者を傷つける事は起きなくなります。人間に、自由なる魂の輝きは過ぎたものだという意思表示でしょう。海の底のように暗く静かな世界になるはずです」


提督「なるほど」


曙「・・・でも、この人のお姉さんたちや、攻めていった鎮守府に人間がしたことは、許される事じゃないよね?これじゃあ、私たちが悪い方みたいじゃない?いつもそう。理不尽な命令ばかりで・・・っ!」


―曙は、心の奥底にある、古い古い傷がえぐられたような気がしていた。


提督「そうだな。しかし、何もしないと世界は深海化する。それは阻止しなきゃならないから、黙ってやられるわけにはいかんよな。さーて、曙ならどうする?」ポン


―提督は言いながら、曙の頭に手を置いた。


曙「ええっ?私たちは・・・提督に付いていくしかないと思うわ。むしろ、提督はどう考えているの?・・・というか、ナデナデしなくてもいいわ!」


提督「ん?何を言っても分からないなら、分かるまで殴るしかないだろうな。確かに、人間は悪いさ。しかしな、結局はいつもこんなもんさ。人が問題を起こし、人が片付ける。そして、おれたちは片付ける側って事さ。このまま何もしなきゃ、深海側にとって敵である、うちの艦娘たちは、みんな沈められてしまう。しかし、それはおれが許さない。そして、話も通じないと来れば、あとは殴り合うしかないだろう?」


曙「そっ、そんな単純でいいの?世界がどうこうって話じゃないの?」


提督「ああ、おれは、世界がどーたらとか言って戦うやつは信用しない。そういう奴こそ敵だよ。深海側も、きっと世界を正しい姿に、とか考えているんだろうが、その時点で嘘だ。単なる敵だよ」


姫「・・・なぜ、そう思います?(面白い人・・・)」


提督「世界なんて、背負えるもんじゃないからさ。極端な話、世界が深海化しようが自分の気に入っているものや大事なものが変わらないのなら、それはおれにとって世界が変わらない事を意味する。しかし、今回の話は、おれの気に入っているものや大事なものが、少なからず影響を受けそうだ。だから、その邪魔をする奴を何とかする。・・・その程度の話だな」


曙「そっ、そんな簡単にー?」


姫「良い答えですね。実力のない人や、我欲に満ちた人ほど、大きな目標を並べ立てるものです。あなたは、一人の人間にとっての『世界』が何を意味するか、知っているのですね」


提督「いや、意識が低いだけだよ」フッ


姫「ふふ。私たちや深海側への、ささやかな皮肉ですね?」


提督「まあそこはさ、適当に。ところで、ウイルスや余命って言ってなかったかな?」


姫「はい。前回の大規模侵攻の時に、多くの深海棲艦たちの意識の核を直接制御し、その命令を一時的に書き換えて止めましたが、その瞬間に姉が私のソースコードに手を加えてしまいました。ウイルスのようなものです。私は、姉たちに不利になる情報について見る事、語ることができず、あと一年程度で、深海化してしまいます。希望を持たず、活動せず、考えない、不活性な存在になり、朽ち果ててしまうのです」


曙「そんな・・・!」


提督「それらを回避する方法はあるのかい?」


姫「・・・あります。大型建造システムのリミッターを解除し、あなたの属性の力を借りて、私のソースコードのフェイタルエラーウイルスを除去しつつ、再構築します。ただし、それはすぐには出来ません。私の魂は脆弱で、ウイルスの影響その他もあり、自分を再構成するのは困難だからです。艦娘たちのような強い魂が無いせいです」


曙「・・・私たちには、魂があるの?」


姫「ありますよ?私たちより、遥かに強い魂が。ただ、人間のように魂と暗い魂を併せ持ってはいません。なので、あなたたちは時に反転する存在になってしまったのです。それが、姉たちの考えによるものなのか、私たちの能力の限界かは、わかりません」


提督「それは、魂魄の魄の部分が無いって事かね?」


姫「理解の仕方としては間違っていませんが、組成としては正確ではありません」


提督「おお、いいねぇ。そういう話は好きだよ。・・・では、艦娘の深海化を止める方法はあるかな?」


姫「先ほどの説明に含まれていますが、ある程度高い共感能力がある人物が提督なら、艦娘が自身で深海化を望まない限り、深海化の因子となる、魂を暗くするものは、常に取り除かれ、浄化される経過をたどります。艦娘は思っているより多く、深海化の因子にさらされており、人間である提督が干渉していることで、それを防いでいるのです。知られざる、提督の存在意義の一つです」


提督「あれ?ちょっと待ってくれ。じゃあ・・・、この前の現象は何だったんだ?」


姫「瑞穂の件ですね?あれは、下田鎮守府の提督と、あなたの影響、瑞穂本人の気持ちの相乗効果です。ただ、あの子は大破状態の時に、深海忌雷によって段階的に深海化する因子を植え付けられていますから、それは除去しなければなりません。この船内の一連の艦娘用プラントなら、除去可能です。今夜の零時以降なら、それはいつでも可能になりますよ」


提督「助かる。ありがたい!・・・しかし、深海忌雷?」


姫「蛸に似た姿の、深海化因子拡散生物です。艦娘に接触し、生殖に似たプロセスで艦娘に深海化のコードを埋め込むのです。偵察用ビットも兼ねていますから、認識の遮断された、この船内で分離・処分するべきでしょう」


提督「わかった。指揮権委譲後、すぐにとりかからせてもらう」


姫「ところで、横須賀のフレームシステムは私が開発したものですが、あれは人間にできるだけわかりやすい表現を取り入れている分、おおざっぱな部分があるのです。全て明るい状態が必ずしも理想的ではありません。それは、人を部分的にしか学んでいない事にもなりますし、ある程度の闇は、わかりやすく言うなら、ワクチンにもなるのです。例えば、もしもあなたの闇を宿した艦娘がいたとしたら、深海忌雷との触雷や、通常の轟沈ダメージ等では深海化しなくなり、戦闘にも様々な恩恵が発生します。純度の高い闇は、濁った闇を退けるからです」


提督「・・・・・・えっ?」


曙(あれ?それって・・・じゃあ・・・色々大丈夫って事?)ボッ


―曙は色々考えて、耳まで真っ赤になった。提督は気づいていない。


提督「いやちょっと待った!深海化の因子を宿すことになるはずだろう?」


姫「多くの場合はそうです。身勝手な感情や、低劣な欲求で結ばれた関係なら」


提督「じゃあ、今まで通り全然だめで危険って事に変わりはないはずだが」


姫「全ての関係がそのようなものではないですし、人の心の闇にも様々な種類があります。腐臭溢れる最悪の戦場で、誰よりも人を斬り、撃ったにもかかわらず、あなたの心はより研ぎ澄まされていきました。本来、戦う存在である艦娘に必要なのは、そのような闇を持つ提督なのです」


提督「!・・・いやしかし、結局おれの心はダメになった。戦闘ストレス障害ってやつだ」


曙(あれ?何だか焦ってる?珍しい!)


姫「それは、意図的にそうされたものです。アフリカを発つ前に総合病院に精密検査で数泊したはずですが、あなたの脳はその時にいじられ、不活性化されているのです」


提督「何だと!?」


曙「ひどい!何それ?」


姫「特にショックを受けたわけでもないのに、漠然としたイメージでストレス障害に見える病状が発生するのは、そのせいです。・・・これを見て下さい」ブン


―部屋の中央に、治療に見せかけた手術記録、その秘密工作の司令メール等が、相当数表示された。


姫「これは、あなたがアフリカで処刑した工作部隊『第9特殊情報作戦群』と、それを構成し率いていたスパイ、豊田=ジョン=大昌大佐の生前の指示によるものです。勘の良いあなたは、彼らの集団亡命を察知し、皆殺しにしましたね?皮肉な事に、先に復讐を果たした形になってしまいましたが」


曙(え?処刑?皆殺し?)


提督「奴の最後っ屁とも言うな。ふふ、しぶとい話だ。だが、あの障害を抱えている自分も、そう嫌いじゃ無いんだがな。空は灰色に、押しつぶされたように見える。だが、病むのも悪くないもんだ」


姫「その部分については、すぐにでもナノマシンで修復が可能です。スキャンさせていただいても?」


提督「・・・構わんよ。あ、パンツの中は勝手に見ないでくれ」


姫「必要ないので見ません。・・・あ、冗談を言ったのですね?・・・それでは、少し失礼して・・・」


―チチッ・・・ツー・・トトト・・・ツー・・・トゥル・・・ツツー・・・


―聞きなれない、高速の言葉のような音が聞こえた。


機械音声『高速言語翻訳開始・・・認識深度変換・・・医療用サイト固定・・・透過深度、脳内深部検査・・・』


姫「えっ?どういうことかしら?」


提督「ん?」


姫「あなたの脳内の損傷個所は、ほとんど修復しつつあります。・・・おかしい。神経細胞の再生が望める個所ではないのに。どこかで何か治療等は受けられましたか?」


提督「いや、そもそも自分の脳の話も、今が初耳だし、心当たりはないな。横須賀の先進医療病院に入院はしたが、そんな場所をいじられた記憶は無いし」


姫「ですよね?申し訳ありません。特殊帯と同じ理論なのですが、少し記憶の方にアクセスさせていただいても?」


提督「構わんよ。・・・ああ、昔の、女の子と過ごしている夜なんかはあまり見ないように頼むよ。ふふ」


姫「必要がないので見ません。・・・あ、これも冗談ですね?」クスッ


曙「・・・楽しい思い出があるようで何よりね!」


提督「・・・そうでもないさ」フッ


曙「ふん!」ムスッ


姫(認識変換開始、知覚系量子信号パターンと、神経系伝導量子パターン、メンタルマップとの照合開始。圧縮記憶ジグメモリー関連付け再構築・映像化プロセス開始)


―姫の視界には、立っている提督と重なって、まるで動画か年表のように、提督のこれまでが表示されて見えている。しかし、なぜか所々暗黒で読み取りができない。その部分の記憶を詳細に確認しようとしたのだが・・・。


姫「うっ!」


―ヴィーッ!ヴィーッ!ヴィーッ!


―警報音とともに、部屋のモニターの全てが赤く、『警報』と表示された。


曙「えっ?なになに?」


提督「ん?」


機械音声『サポートプログラム作動。コンシャスネスアンカー、生体粒子サーバーに連結。一部記憶に読み取り禁止コードを確認。コードレベル『アンノウン・ハイアー』クラス。位置情報等の被サルベージ危険性極大。直ちにスキャン停止をしてください』


姫「くっ、まさかそんな!どういう事なの?」


―姫は困惑した。


姫(これはどういう事?わからない事ばかりだわ。まさかこんな・・・なぜなの?)


提督「何か不都合でも?」


姫「D、あなたは過去に、私の姉たちの誰かと遭遇したり、接触したことはありますか?」


提督「いや、まったくないが?」


姫「そうですよね?しかし、あなたの心や記憶は、私の能力を凌ぐ何者かによってロックされ、見ることが出来ません。そして、損傷させられたはずの脳はほぼ修復されています。訳が分かりません」


提督「・・・君にわからないんじゃあ、考えても仕方がないな。とりあえず、不都合はないのだろう?」


姫「ありませんが、何か心当たりは有りませんか?どんな些細な事でも良いのですが」


―ここで提督は、過去を色々と思い起こした。


提督「・・・そういえば、昔、タンカーで日本に帰って来る時に深海棲艦と交戦したんだが、えらく強い姫クラスと半日戦ったな。・・・いや、あれは遊んだのかな?報告したのに公安の奴らが鼻で笑って嘘つき扱いしやがって、腹が立ったもんだ」


曙「はあ?流石にそれはないでしょ?生身の人間が姫クラスと半日戦うとか。冗談も休み休み言いなさいよ!・・・え?本当なの?」


姫「待ってください、遊んだ、とは、どういう事ですか?」


提督「深海棲艦の雑魚クラスを撃退したんだが、その後姫クラスが来て、タンカーに大穴を開けてさ。戦う事になったんだが、いや強いのなんの。次第に楽しくなってきたし、向こうもなぜか砲を一切使わなかったから、いつの間にか楽しい戦闘の時間になったのさ。向こうはバカでかい燃える剣を空中に浮かせて戦うスタイルだったけどな。何か喋ってると思ったら、タノシイって言っていたのさ」


姫「大剣?艤装やその他の特徴はありましたか?」


提督「それがさ、深海棲艦の識別書類には、同型の姫なんて載っていなかったんだよ。やたらでかい艤装を最初は出していたんだが、ひっこめちゃったしな。確か、金剛型の艤装に似た、大きな三連装砲が左右に三段ずつあった気がする。あと、生体艤装も3体ほど連れていたし、さっきの大きな剣も装備していたしなぁ」


曙「何?そのやたら強そうな姫。流石に見間違えでしょ?」


姫「・・・その戦いは、どうなりましたか?」


提督「んー・・・」


曙(あれ?歯切れが悪い。珍しいわね)


提督「正確に言うと、おそらく五勝一敗だが、殺れなかったんだ。まだ自分が提督になるなんて思いもしなかった頃だからか、おれにはあれが、強い女の子にしか見えなかった。だから、寸止めでしか戦っていない。今になって思えば、あの明るいオレンジ色に燃える目は、どうにも深海棲艦の暗い眼とは違うような気がするしな」


姫「オレンジ色の、燃えるような目ですか?もし事実なら、深海棲艦の眼は、その組成上、そのような色にはなりません。深海棲艦に似た、しかし異なるものです。・・・あ!あなたたち人間の言うオレンジ色ですよね?ちょっと待ってください、もしかして、このような色でしたか?」ボウッ


機械音声『双極干渉波中和をサポートします。S/D波対消滅波動、Cフレーム起動します』


―姫の両の瞳は、今までの知的な灰色から、燃えるようなオレンジ色に変わった。実際にそれは、燃えているように揺らいで見える。


提督「それだ!その眼!君らの特殊能力かな?」


姫「これは、二種類の魂の波動、S波とD波を共に吸収して、完全な干渉波ステルス状態にできるモードを発動している時の眼の色です。善でも悪でも、正でも負でも、光でも闇でもない、混沌の状態に自分を保つことで、どちらをも取り込み、自身の存在を消せるのです。Cフレームとも言いますが、CはChaos(ケイオス)、つまり混沌の事です」


提督「なるほど。・・・いやまて、じゃあ、おれが戦ったのは深海の姫ではなく、君の姉さんたちかい?」


姫「それはあり得ません。一人で海の上を移動し、艤装を持ち、あなたと長時間戦えて、それをタノシイと言えるような魂を、姉も私たちも持っていませんから。深海棲艦と私たちの特性を併せ持つ何か、という事になります。・・・何という事でしょう。あなたとやっと会えたのに、まさかかえって疑問が増えるなんて・・・」


提督「いや、こちらは結構すっきりしたけどな。・・・結局、最後はこっちのミスでぶっ飛ばされて気を失ったんだが、なぜか殺されなかったしさ。その後、東大東島の扶桑と山城に助けられて、凄く笑われたっけ」


曙(あ、聞いた事がある。もういないんだよね、確か)


提督「じゃあ、もしかしてその、気を失っている状態の時に何かされたかな?」


姫「その可能性はあると思いますが、あなたの記憶その他にロックを掛けられるほどの新型知性体は、私たち以外は存在していません。創り出す素地が揃わないせいです」


提督「・・・現状で、記憶その他にロックがかかっていて問題は?」


姫「特には起こりえないと考えています。ただ、あなたに姉たちが関わっているのは間違いありません。考えづらい事ですが、私の知性では思いもつかない罠が仕込まれていたら、手の打ちようはありません」


提督「なら、考えても仕方なしだ。が、脳の損傷が修復されている辺りを考えると、頑張りを見せろって事なんだろう。今までと何も変わりは無いな。・・・ダメだったらそれまでなのも変わらないし」


姫「おっしゃる通りです。私たちは、進むしかありません」


―ここで、途中からずっとモヤモヤしていた曙が、思わず質問した。


曙「あの・・・姫さん、さっきの『提督の闇を宿すと』っていう話の部分、結局どういう事なの」


提督「!(くっ、余計な事を・・・!)」


姫「適性の低い提督が艦娘とコンシャスネスバイパスを通した状態になると、あなたたちの心は不安定化し、負の感情に囚われやすくなり、深海化に近づきますが、適切な提督や、特殊な属性を持つ提督なら、あなたたちはより強くなり、多くの恩恵が得られます。着任した時に、あなたたちはコンシャスネスアンカーを提督の意識と結びますが、それがあなたたちの心を安定させ、絶え間ない深海棲艦との戦闘を可能にしているのです」


曙「コンシャスネスアンカー?バイパス?」


提督「コンシャスネスとは意識の事だな。意識の錨か、言い得て妙だな。鎮守府や提督によって、艦娘の成長速度に大きな違いが出たりするのはそのせいか」


姫「微妙にですが、身体も変わるのですよ。人間に近づいていく過程でもありますから」


曙「えーと・・・」


―曙は自分の知りたい事が、分かったようなわからないような、妙な気持ちになった。そして、姫はそれをすぐに感知した。


姫「・・・ああ、あなたの知りたい事がわかりました」


曙「えっ?」


姫「あなたが以前、ここに閉じ込められた時に、提督と話して得た性知識の件ですね?」


曙「ちょっ・・・!」


提督「ん?」


姫「その件についてなら」


曙「ちょっと待っ」


姫「全く問題ありませんよ?メンタルレベルも良好、コンシャスネスアンカーをバイパス以上のレベルに上げても問題なし。可愛がられていますしね。つまり」


提督「あっ!」


姫「曙、あなたが望んでいる、通常と違った形の性行為をしても、問題が無いどころか、恩恵の方が大きい、という結果になります」


曙「!!!!!」プルプル


―曙はこぶしを握り締めて、下を向いて震えているが、耳が真っ赤になっている。


提督「・・・・・・(あー・・・これは相当来てるな・・・)」


姫「私としては、その後のデータの推移も興味深いところです」


曙「・・・・・・」プルプル


提督「・・・姫」


姫「なんでしょうか?」


提督「・・・空気読んであげようよ」


姫「空気?この空間に有害物質等は無く、平均的な海辺の建造物内の数値です。ただ、工廠でもあるため、塩イオン吸着処理により、塩イオンはだいぶ少なくなっていますが」


提督「あー、うん。確かに空気を読んでいるが・・・学者と話す事が多くて、普通の人々との、砕けた会話はあまり経験がないかな?曙の心をちょっと見てやって欲しい」


曙「・・・やだ!」


姫「えっ?」


曙「コンピューターだか何だか知らないけれど、心の中を見て、それを話すなんて最低よ!そんな事も分からないからこんな事になったんじゃないの?もう最低!」フルフル


姫「あっ、私、失敗してしまったんですね?・・・ごめんなさい」


―言いながら姫は、曙の心を見た。激しい怒りと、それを凌ぐ羞恥のエネルギーが燃え上がっている。


姫(素敵!こんな豊かな魂を持っていて。・・・あ、いけない、この場を収めないと!)


―艦娘や人間と話していると、何であれ楽しい自分に気付く。そして、たまに失敗する。昔もこんな事が沢山あったな、と姫は思った。自分の失言から、仲の悪かった研究者同士が、いつの間にか結婚したこともあった。あの時はとても驚いたものだ。


提督「姫、おれにも色々考えがある。おれと艦娘との関係に関わる事柄については、今後話さないようにしてほしい。たとえ、戦闘が楽になったり、恩恵があるとしても、それ以前に大切な、心のやり取りの問題がある。おれはそういうのを無視して関係を結ぶ気は無いし、欲求だけで関係を結ぶ気も無い。よく考えたいんだ。それに、恩恵だって推論に過ぎないわけだろう?今のおれを実測できないのなら」


姫「確かに、そうですが・・・」


提督「なら、今までと変わりなし。この話はここまでさ」


曙「・・・・・」


姫「わかりました。ところで、大変長くなりましたが、提督・・・いえ、D、このような不条理な戦いに、力を貸していただけますか?最悪の場合は「・・・いいよ」」


提督「構わんよ。じっくり遊ばせてもらうさ。ふふ・・・」


―姫に答える提督の眼には、静かで獰猛な光が一瞬現れたが、曙には見えていない。


曙「・・・ちょっと!」


提督「ん?」


曙「いいの?そんな簡単に」


―それ以上の事を並べても良かったが、そうする必要が無いのは分かっていた。


提督「答えはとっくに出ている。それにな、こんなの所詮遊びみたいなもんだ。やっと自由に色々できるんだし、楽しまなきゃ損さ。・・・あーそれと、ある程度面倒ごとを片付けて安心してからでないと、曙が望んでいるような、心地よく爛れた夜も過ごせないしな」フッ


曙「なっ!・・・この、クソ提督・・・ほんと最悪・・・もう」カァッ


姫「ありがとうございます。D」


提督「あ、そういや、何でおれのコードネームその他はDなんだ?」


姫「魂の波動、S波とD波、このDとは、視点と認識を変えて解析した、Dというアルファベットのコードに関係があります。Dのつく単語には、絶望や、闇、ドラゴンなど、様々な単語がありますが、Dは『暗いもの、全容の見えぬもの、抗しがたい魅力、強大、制御できない力』といった意味があります。あなたは現在の地上の人間の中で、これらを体現している首席だったからです」


提督「・・・ほう、悪くないな。かつての幾つかの名前より、ずっといい。・・・ん?他にもそういう人間はいるのかい?他のアルファベットなりなんなりで」


姫「いますよ。ただ、それが表に出ることは殆んどないと思います」


提督「わかった。うん、悪くない!・・・では姫、指揮権の移譲後にまた。少しだけ、艦内を見て帰るよ」


姫「はい。楽しみにしています。本当にありがとうございます」


―提督と曙は戦略解析室を出て行った。提督の後姿を見ている姫には、演習場の屋根を突き抜けるほどの歓喜の感情が、提督から湧き上がっているのが見えている。


姫(歓喜とは!なんて興味深い人間なのかしら。この私が、思わず従順になってしまうほどの影響力を持っている。でも、それが楽しく感じるわ。あれが私のマスターなのね)


―しかし、気がかりも多い。姉たちはどのような理由で、どうやってあの提督に接触したのか?


姫(少し、考えをやめることも学びましょうか・・・)


―覚えなくてはならない事は、とても多い。



―同じ頃、医務室。


―荒潮は陸奥の手伝いをしつつ、他愛のない話をしていたが・・・。


陸奥「あら?・・・ううっ!」


―ガタタッ


荒潮「それでね、陸奥さん、満潮ったら・・・えっ?陸奥さん、どうしたの?」タッ


―陸奥は苦しそうに胸に手を当ててしゃがみこんでいた。


陸奥「・・・くっ・・・ごめんなさい・・・荒潮、心配しないで。少し経てば落ち着く・・・はずよ」ギュウ


荒潮「陸奥さん、凄く苦しそうよ?どうしたの?」


陸奥「ん・・・ううっ・・・くっ・・・!」ハァハァ


荒潮(こんなこと考えちゃいけないけど、陸奥さん、苦しそうな姿もセクシーね・・・)


陸奥(・・・なに?この感覚。熱い!焼かれちゃう!・・・でも、決して嫌ではない感じ。これではまるで・・・)


―陸奥の心に、何か強烈な他者の感情が流れ込んでくる。ふわふわとした、熱いが、決して自分に害をなさない炎に包まれたような、心地よい津波に襲われていた。しかし、その心地よさが激しすぎる。


荒潮「陸奥さん、大丈夫!?」


陸奥「大丈夫よ・・・うっ!」クラッ


荒潮「・・・全然大丈夫そうに見えないわ。陸奥さん、ちょっと待ってて、誰か呼んでくるから」ダッ!


陸奥「荒潮、大丈夫よ?大丈夫、だから・・・」


―しかし、素早く部屋を飛び出した荒潮の「だめよー」と言う声が、たわんで聞こえてきた。走る音が遠ざかっていく。


陸奥(この気持ちは・・・激しい歓喜?まさか・・・!)


―陸奥は一瞬、提督が誰かほかの艦娘と寝ているのでは?と考えたが、すぐにその考えは捨てた。そんな事はない筈だし、これが激しい闘争への渇望と歓喜だと理解できたからだ。しかし、このままでは自分が、自分で無くなってしまうような、危険な予感がする。それほど激しい歓喜の奔流だった。


陸奥(そっ、それだけは嫌よ!ダメ、戦いで静めるしか・・・。苦しい・・・こんなの・・・。これは、おそらく、抱かれたりした時のと同じ・・・)


―これでは、肉体関係が無い『だけ』で、心は行くところまで行ってしまう。


陸奥(わかってはいたけれど、こんな・・・副作用なんて・・・っ!)


―カラッ


扶桑「大丈夫!?陸奥・・・どうしたの?・・・!」


―荒潮が呼んだのか、割烹着に三角巾姿の扶桑が入ってきた。


陸奥「うっ!・・・扶桑、・・・お願いがあるの。何も聞かずに、実弾演習の・・・相手をしてくれない?」


―扶桑の眼は、一瞬驚いていたが、すぐに静かな眼に戻った。


扶桑「・・・冗談で言える事ではないわね。どれくらい相手をすればいいの?・・・ううん、いいわ、気のすむまで、全力で相手をしてあげる!」パサッ


―言いながら、扶桑は三角巾を外した。黒い髪が水流のように流れて、赤い瞳が熾火のように燃え始めていた。




第四十話、艦



次回予告


勝手に実弾演習を始めた、陸奥と扶桑は、止めようがないほどの激しい撃ち合いを始める。そこに、他の艦娘が加わって滅茶苦茶な状態になるが、あらゆる情報が遮断される場所にいた提督は、それに気づかない。


そして、戦艦の甲板に佇む提督と曙の、少しだけ素直な心のやり取り。


その後、叢雲とともに、提督はある捜索作戦を立てる。


同じ頃、経験豊富な特務第七の川内に色々聞いた川内は、知識が許容量を超えてしまい、遂に寝込んでしまう。


そして、また新たな鎮守府の話と、鹿島の孤独な闘いが続く。



次回『バカばっかりの年越し』乞う、ご期待!


霞『こんなくどいSSなんて、誰が読むって言うのよ!ああもう・・・読んでよね!』



後書き

非常に重要な回なのですが、姫と提督との話がほとんどで終わってしまいます。

(この為、前回の次回予告を直しました)


このSSでは(実際の艦これもそうですが)、『肝心な部分は、誰も何も説明できない謎だらけ』の為、

なるべくわかりやすく、短く設定して説明しようとしてみたのですが、なかなか難しいものですね。


ところで、現在、イベント攻略中ですが、既にE2甲で沼っています。

今回、親潮はドロしないんですねぇ。このSSでは、そろそろ出てくるのですが。


ちなみに、このSSはラスト(いつになるやら)をマルチエンディングにする予定なので、誰がヒロイン、という事はあまりありません。

良くある、『一週目の、まあまあだがもやっとするラスト』を経て、『親しい各艦娘とのラスト』、『裏エンド』そして、『真の結末』くらいに収めようかなと思っています。

と、同時に、今のところ提督は『誰とも関係を持たない』と言っていて、艦娘たちと『最後の一線』を超えないような自然な予防線を、さりげなく張り巡らせています。

・・・が、次第に、その予防線を、ごく自然な形や(努力家のあの子です)、涙を誘うほどの情熱的な猛攻撃(漂流しているあの子の姉です)などで、超えようとしてくる子が現れてきますし、既に今回、提督が誰とも深い関係にならないと言っている根拠はすでに半分崩れています。

逆境や戦闘、洞察に高い能力と余裕を持つ提督は、大切な艦娘たちの事では次第に葛藤を深めていきます。それもこのSSの一つで、なかなか濃厚なシーンが出てきますので、ゆっくり楽しんでいただけたらと思います。


このSSへの評価

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zちゃんさんから
2019-08-25 12:24:58

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このSSへのコメント

4件コメントされています

1: SS好きの名無しさん 2017-02-15 00:07:52 ID: a5paSlvr

ぜひ完結まで読みたいですね〜
続き楽しみです!

2: 堅洲 2017-02-15 19:38:19 ID: mcbHWEBC

コメントありがとうございます!

コメントやおすすめを貰うと、いつもとても張り合いが出ます。
今回、あとがきに追加したのですが、このSS、少年誌的な進み方をするようでいて、実は全くそんな事なく進んでいきます。

完結まで長く頑張りますので、よろしくお願いします。

3: SS好きの名無しさん 2017-02-15 22:23:50 ID: NoE_zZYv

提督因縁ありまくりですね
金子さん。君を忘れない

ついにお姉さまの戦闘、とても楽しみです

4: 堅洲 2017-02-16 21:29:08 ID: 1bBw38s4

コメントありがとうございます!

因縁が妙に多いですよねぇ。
金子さんについては、過去の話で今後出てくる事もあるかと思います。
提督としては、アフリカまでの因縁は確実に全てケリをつけたはずなのですが・・・。

扶桑姉さまの戦い方は、あまり描写されているのを見かけないので、このSSでは、きっちり描写しようと思います。
特に、姉さま単独の戦い方と、山城が一緒に居る時では、また違いますので、その部分も見ごたえがあるように書きたいと思っています。

扶桑姉さまはかっこよくて、山城はとにかく性悪カワイイ(?)戦い方をするのです。


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