「地図に無い島」の鎮守府 第六十六話 甘い言葉・後編
舞台は秋葉原に代わり、既に作戦の前段階にいる赤城たち。
一方、『運営』のエージェントたちも堅洲島の作戦の妨害工作を始めていた。
対峙する『運営』のエージェントと、提督と初風、磯波。
常人にはあり得ない戦い方をするエージェントたちだったが・・・。
作中に出てくる「ニレイン効果(エフェクト)」は造語ですが、似たような仮説は存在しています。
作中では、「意志の強い者は独自の世界を生きていて周囲に影響を与えており、この為人為的な認識の変化と齟齬が生じる」といった意味で使われています。
強運に見える人は、実はこの効果により、ある程度世界を変えてしまっているという考え方ですね。
語源は「エルリック・サーガ」の「ニレイン馬」という馬です。世界が混沌に呑まれても、この馬が独自の世界に存在するために様々な領域を走れる馬です。
第六十六話 甘い言葉・後編
―2066年1月7日、ヒトヨンマルマル(14時)過ぎ。東京、秋葉原のゲームセンター。
―お菓子が大量に積み上げられたクレーンゲームを熱心に遊んでいる、黒のスーツ姿の赤城に、白いタートルネックのセーターの筑摩が声を掛けた。
筑摩「赤城さん、今のところ異常はありません。提督チームもあと三十分程度でこちらに合流予定だそうです」
赤城「あっ、ちょっと待っててくださいね?・・・よし!ゲットしました!ええ。今連絡が来たわ。任務『チェンジリング』の経過はおおむね順調。ただし、いずれ状況の発生はほぼ確定との事よ」
―ドサドサドサッ・・・カシャン・・・バコッ・・・ガサガサッ
―筑摩の報告に答えながら、赤城は大量にゲットしたクレーンゲームのお菓子を袋に詰め込んでいた。
筑摩「うわっ、赤城さん、それ、一回でゲットしたんですか?」
赤城「いえ、7回めです。ここにお菓子が一番溜まり、かつお菓子のタワーを崩せる、費用対効果の最も高いタイミングで落としました。この筐体だと、あと2度ほどは大量に取れますが、それ以降は効率が落ちますねぇ。あ、筑摩さんは欲しいお菓子は有りますか?どれでもあげますよ?」ニコニコ
筑摩「えーと・・・」チラッ
―赤城が遊んでいたものと同型のクレーンゲームは3台ほどあったが、どれもごっそりとお菓子が無くなっている。そして赤城のそばには、お菓子が大量に入った大きなビニール袋が置いてあった。
筑摩「これ、全部赤城さんが?」
赤城「そうです。遊びのつもりだったのですが、回数と効率を考えると、なかなか奥深いですね。お菓子も沢山もらえますし」
筑摩(空母の頭脳と正確な動作でこれをやられたら、お店が赤字になるのでは・・・)
利根「定時連絡じゃぞー・・・むっ?なんと!大量の菓子があるではないか!これは全部赤城が取ったのか?」
赤城「あっ、利根さんおかえりなさい。筑摩さんにも言っていたのですが、お好きなものを幾つかどうぞ」
利根「なんとな、良いところに帰ってきたようじゃ。・・・では、ボンタンアメを一箱貰おうかのう。・・・それと報告じゃが、あちこちで地下を工事しとったろう?何やら事故でガスが少し漏れたらしくて、交通規制が始まっとるようじゃ。この辺りを含めて、車が入ってこれなくなりつつあるようじゃの」
赤城「・・・範囲はどれくらいですか?」
利根「警備員が出していた看板によると、DNN社のビルやここを含めて、線路を中心に横3ブロック、縦6ブロックから、隅田川までじゃのようじゃ。そこそこ広いのう」
赤城「『パッケージ』の開始時間はヒトゴーマルマル(15時)からの予定です。・・・が、私たちの作戦予定範囲とほぼかぶっているのが気になりますね」
筑摩「さすがに関係は無いと思いたいですが、用心に越したことは無いですものね」
赤城「ええ・・・」
―しかし、赤城には気になる事があった。
―赤城の回想、ある執務室。
深海元帥「我々は既に、『運営』さえも敵に回している。バランスを何より重んじる彼らが直接攻撃してくることは無いだろうが、しかし、その力は強大で、決して侮ってはいかん」
赤城「『運営』ですか?実在しているのですか?」
深海元帥「実在しているも何も、我々にとっては彼らもまた諸悪の根源だ。深海にも艦娘にも、能力に制限をかけたうえで出来レースをさせ、多くの悲しみを生み出した。その実態を掴み、いずれ滅ぼさなくてはならぬ」
赤城「しかし、彼らがそれほど強大だとは、とても・・・。まして今、私たちはリミッターを解除され、深海の力さえ使えます。それでも危険なのですか?」
深海学者提督「それは私から説明させていただくか。艦娘の身体と艤装が、この世界とは異なる隣合わせの未知の空間に同時に存在しているらしいことは以前話したな?」
赤城「はい。そして深海棲艦もまた、私たちとは異なる『深淵』または『アビス』に、その身体と艤装を持っている、とも」
深海学者提督「さすが赤城。よく理解しておる。・・・そして『運営』は、艦娘と深海棲艦が関わっている二つの世界とこの現世、それら三つと隣接しているまた別の空間を管理しているのだ。それにより、かつて双方に干渉して、奴らが『バランス』と称する出来レースをいつまでも続けさせていた、という事だ」
深海元帥「現世において彼らは人間の『認識』を操作する手段を持ち、特定の空間を自分たちに都合の良いように変えてしまうと言われている。我々にはまだ交戦記録はないが、決して簡単な相手ではない」
赤城「『認識』を操作する、とは、どういう事ですか?」
深海学者提督「無かったものを存在させ、存在したものを消去する。特定の空間では絶対者のごとき力を発揮する可能性があるのだ」
赤城「・・・対抗する手段はあるのですか?」
深海元帥「彼らの認識とバランスを超えた力があればな。すなわち、我々『属性保持者』と、お前のようにリミッターを外された艦娘であれば、運営に対抗しうる」
赤城「なるほど・・・一度、戦ってみたいものですね。討ち破ればきっと、その日の食事は美味しい事でしょう」
深海元帥「ふっ、血が騒ぐか。赤城らしい事よ」
―かつての、まだ関係が良好だった頃の深海の記憶が、赤城の心をざわつかせていた。
―再び、現在の秋葉原。
利根「どうしたのじゃ赤城、何か気になるのかのう?・・・うむっ、これは美味じゃな!」モグモグ
赤城「偶然と思いたいですが、確証が得られない事には偶然は慢心だと考えます。その急な規制の範囲の内外を調べつつ、提督との合流5分前までには全員がここに揃うように、全員に通達しますね。皆さん、小さな違和感を見落とさないようにしてください。気を付けて、ここに」
筑摩「わかりました。・・・あ、ところで赤城さん」
赤城「何ですか?」
筑摩「とても似合っていますよ?」
赤城「何を買ったらいいかわからないと言ったら、榛名さんにこの服装にされてしまいましたが・・・それなら良かったです」
―戦いばかりで私服をほとんど買った事の無かった赤城は、三越で榛名に相談したら、なぜか黒のスーツ姿にされてしまった。しかし、実はこれは榛名のちょっとしたいたずらだった。
―少し前、秋葉原作戦エリア内、パソコンショップ「ダスパラ」
望月「なんか、司令官ってば太っ腹だよねー。あたしはそんなにパソコンなくてもいいけど、せっかく経費でプレゼントしてくれるって言うなら、貰っとくよ」
初雪「司令官が組んでくれるみたいだし、予算が25万までっていわれてるから、かなりいいのが組めるはず。あたしの趣味で良かったら、お勧めするけど・・・」
春風「特防のパソコンしかなかったのですが、さっそく自分のものを持っても良いと言ってくださいました。・・・と言っても、何を選べばいいのやら。初雪さん、教えていただけますか?」
初雪「いいよ・・・」ニコ・・・
―望月、初雪、そして春風の三人は、任務というよりは自分用のパソコンの購入が主な目的だった。春風の場合は自分用と、特防とのパイプ用の為、任務として予算が下りている。望月と初雪のものは、ほぼ任務予算で部品の購入が許可されていた。
―細い道路を巡回している天龍と龍田チーム
龍田「ねぇ天龍ちゃん、さっきから車が通らなくなっているわね。人の流れもどんどん減っているし。何か地下の工事現場でトラブルみたいよ~?」
天龍「・・・なあ龍田ぁ。ちょっと変な事を言ってもいいか?」
龍田「・・・なぁに?」
天龍「うちら以外の強ぇ奴らが近くにいるような気がすんだよ。でも、どこにもそんな奴らはいねえ。人が減っていって明確にわかるってのによ・・・気のせいかな?」
龍田「えっ!・・・赤城さんに報告するわ。もしそいつらが姿を現したとしたら、私たちで手に負えそう?」
―天龍は少しだけ腕を組んで考えたのち、答えた。
天龍「うーん、まあ何とかってところか」
龍田「結構厄介な相手ね?」
天龍「そういうこった」
―天龍の言う気配は、龍田には感じられない。感じられないが、天龍のこういう勘は外れが無い。龍田から見て天龍は、潜在能力と実際の強さに、不自然な食い違いがあった。戦闘能力を抑えられている気がするのだ。
龍田(例えばこういうのも、『運営』のせいだったりするのかしらね?)
―今回の秋葉原の任務では、もしかしたら『運営』と交戦する可能性があるらしい。
天龍「何だよ龍田。心配すんなって、オレがいるんだからよ!」ニヤッ
龍田「ええ。頼りにしてるわ、天龍ちゃん」
―龍田は赤城たちに連絡を取る事にした。
―規制区域と通常区画の境界付近、卯月と弥生チーム。
弥生「テレビ局の車とか、大きな発電機を積んだ工事用の車が来てるね・・・」
卯月「うーん・・・でもなんか、そういう人があまりいないっぴょん」
弥生「工事の人とか、テレビ局の人とか?」
卯月「それに、人もあまり・・・あれっ?」
弥生「んっ?」
―卯月は交差点を歩く白い猫を見つけた。規制区画と通常の区画の境界あたりを、白い猫が何か目的でもあるかのように足早に異動していく。
弥生「あの猫、かわいい・・・」
卯月「きっとこの街に慣れている猫ちゃんだぴょん。ちゃんと信号を渡ってえらいっぴょん!」パシャパシャッ
―言いながら卯月は、工事用の車両やテレビ局の車両、そして猫の写真を撮り、赤城に送信した。
―再び、ゲームセンターの赤城。
―テロリンッ
―卯月たちからの報告のメールだ。
赤城「・・・えっ?これはどういう事?」テロリンッ
―赤城は再度、卯月たちに写真を撮るようにメッセージを送った。卯月の送ってきた写真には、人間も猫も、工事用の車両もテレビ局の車も、何一つ映っていなかった。ただ、無人の秋葉原の大通りが映っていただけだ。
赤城(まさか・・・始まっているの?)
―少し、いやな予感がし始めていた。返事が来るまでの時間が長く感じられる。
―テロリンッ
赤城「・・・これは!」
―卯月と弥生の送ってきた画像には、それぞれ、『工事の車』『テレビ局の車』『ねこ』とタイトルがあったが、どれも無人の大通りと交差点が映っているだけだった。
赤城(メッセージ)「工事の車両とテレビ局の車に一瞬触れて、経過を報告。気取られぬように合流を」
卯月(メッセージ)「諒解ぴょん」
―続いて赤城は提督と加賀に連絡をしようとしたが、『通信規制により通話できません』と表示された。
赤城(まずい!電波通信規制が掛けられている!この権限を持っている組織はほとんどないわ!)
―秘書艦用のスマホなら、司令レベルの関係で連絡が取れるかもしれないが、このチームの責任者は自分で、秘書艦ではない。少しだけ悪条件だ。
赤城(とにかく、集合を!あの提督なら、定時連絡がない意味をきっとすぐに理解してくれるはず!)
―赤城は素早く状況に備え始めた。
―同じ頃、秋葉原周辺の特殊車両内。
『運営』のオペレーターたち「特殊帯認識エンハンサー、全サテライトと接続完了!発振数値最大!エリア内順調にNフィールド化しています。76・・・82・・・86パーセント・・・引き続き数値上昇・・・あっ!違います。数値上昇ストップしました。これは・・・!属性による『ニレイン効果(エフェクト)』が発生しています!」
エージェント・サトウ「86でストップだと!?エリア内に既に複数の艦娘がいるという事か?それにしてもこれほど強力なニレイン効果が発生するとは・・・いかん!我々の車両やエラーキャットとの接触時に不具合が起きる可能性があるぞ?」
―『運営』には、特定の空間を、人間の認識に影響を及ぼすことにより、疑似的に自分たちが管理する異種空間『Nフィールド』と接続して、ある種のほぼ現実的な仮想空間を展開できる技術がある。
―この空間の影響を大多数の人間が受けるのだが、精神に極端な異常をきたしている者や、強大な意志力を持つ一部の人間たちには、その人間が認識している世界が優先されてしまい、展開した空間と誤差が生じることがある。これを学者たちは『ニレイン効果』と名付けていた。公式には論文の発表されていない現象である。
―そして今、その現象が発生している。これは、その空間内に強大な意志力または『属性』を持つ人間が居るか、その人間と精神的なつながりのある艦娘たちが居る事を意味していた。
エージェント・スミス「またはその両方か?・・・よし、『ケース・インビジブル』は現時点で取りやめ。『ケース・ブラック』及び『ケース・テスト』に変更。総員、二重認識を明確にせよ。誤死(フェイク・デス)を発生させないようにしろ」
エージェント・スズキ「諒解。必要とされる戦闘技能の各レベルは?」
エージェント・スミス「戦闘レベルは各スキルマックスでダウンロードしておけ。それでも足りないかもしれん」
エージェント・スズキ「どういう事だ?そのような属性など・・・」
エージェント・スミス「『フール』の可能性は消失。残るは『リベリオン』と・・・」
エージェント・スズキ「必要ない。考えたくもない」
―二人の会話を聞いていた、エージェント・ヤマダが答えた。
エージェント・ヤマダ「属性保持者との戦闘は、『ケース・ブラック』まで。しかもそれは判別的なものである必要がある。テストの結果が我々の認識外の属性であれば、既に我々の扱えるケースではない。その場合は、彼らの任務の妨害を停止しなくてはならない」
エージェント・スミス「誰もが答えを出すことを避けてきたケースに、遂に答えが出てしまいますか・・・しかし、『リベリオン』以上の属性が現出することなど、有ってはならない事です。故に、有り得ません」
エージェント・ヤマダ「・・・まったくだ。そうあらんことを願おう。そうあらんことをな!」
―『運営』のエージェントたちは、ある恐ろしい予感を振り払いつつ、作戦の準備を始めていた。
―同じ頃、東京湾上空、特務第二十一号専用飛行艇「わだつみ」内。
提督「変だな。定時連絡がないぞ。・・・加賀さんは?」
加賀「ないわ。こちらからも通じない。赤城さんはこういうミスはしないわ。何かあったのよ」
提督「だよなぁ?ぬかったな。秘書艦用スマホを持たせとくか、秘書艦にしておけばよかった。しかし・・・それなりに秋葉原の状況を知る方法はあるぞ」ピッ・・・
―提督は明石に特殊帯で連絡を取ってみた。
明石(通話)「あっ、提督さん、そちらの移動は開始していますか?」
提督(通話)「我々はもうじき隅田川に到着予定だが、実は既にもう1チームは秋葉原にいる。『クラブ・サガ』というゲームセンターに、現地チームが終結予定だ」
明石(通話)「良い判断です。『運営』は街や景色を操作して、目的地を見えなくしたりできますが、最初からその場所にいれば、そういう処理はしづらいと思いますから」
提督(通話)「しかし、そのチームと連絡が取れない。電波通信規制が始まっていないか?」
明石(通話)「えっ?」
―明石は傍にいた三隈に『スマホを見てみて』とジェスチャーした。三隈はスマホを取り出したが、画面を見て驚いた顔をし、次に通信規制がある事を示す画面を見せてきた。
明石(通話)「かけられています、通信規制!・・・無関係と思いたいですが、少し前から辺り一帯がガス漏れとかで交通規制がかかっています」
提督(通話)「・・・始まっているな。こちらが安全を確保するまで、気取られぬようにしていてくれ。また連絡する」ピッ
陽炎「何か問題が発生しているの?」
提督「電波通信規制だ。こちらの動きをどうやって把握しているかは分からないが、誰かが邪魔を始めているようだ」
加賀「目星はついているの?」
提督「電波通信規制をこのタイミングで使え、かつ明石がらみの案件であることを考慮すれば、おそらく『運営』だろうな。・・・そういう情報もあった事だし」
榛名「『運営』ですか!?交戦するつもりですか?」
提督「いや、こちらはそんな気は全くないな。向こうが邪魔して来ればその限りではないが・・・」
―提督はノートタブレットを操作し、現時点での秋葉原の作戦区域の戦術マップを出力した。
提督「水上バス発着所に着いたのち、おそらく規制で入れない旨の通達があるはずだ。しかし、そこは司令レベルで押し切り、その後、『クラブ・セガ』をまず目標に移動する。通常の徒歩での警戒移動だが、状況によっては何名かずつで訓練を兼ねてパルクールによる移動を行い、合流を最優先に。パッケージを確保したら、総員合流ののち離水だ」
足柄「パルクール!面白そうね!提督はどうするの?」
提督「そうだな、色々と調べたいので、最初だけパルクールをやって見せたら、あとは歩いていくさ。国家総計画運営委員会、『運営』がどんな組織か把握しておく必要がある」
榛名「歩いて、ですか?」
提督「普段姿を隠している『運営』がそんな表沙汰に大事にして邪魔をしてくる組織とは思えない。あるいは、大事を隠せるだけの力があるのか?いずれにせよ、得体の知れない相手を知る、良い機会だ」
―提督はそう言うと、総員に作戦の準備を言い渡し、自分も装備品の準備を始めた。
―約20分後、隅田川水上バス発着所。
陽炎「司令、すごい武装してない?」
提督「ん?ああ、何が起きるかわからないからな」
―提督は夕張に作成してもらったアームガードと、目立たないが沢山のリグを身に着けていた。その中身はほとんどが予備マガジンだ。さらに、装備品の入ったキャスター付きの大型バッグもある。
提督「さて・・・これで、一旅行者的な感じで目的地まで行くか」
陽炎「旅行者って言うより、テロリストよね。その武器の数と来たら」ニヤッ
提督「こら、体制側の人間に何を言っているんだ」
―発着所を出て一般道に出るとすぐに、秋葉原への大通りがアコーディオン式のバリケードで封鎖され、警察が警備に当たっていた。
警察官たち「ここは通れません。地下の工事現場からガスが漏れており、復旧完了まで通行・立ち入り禁止です」
提督「申し訳ないが特務遂行中で、我々の作戦区域と被っている。指揮権限及び司令レベルの関係で、我々特務鎮守府側は通常事故での交通・通行規制を受けない権限がある。認知していない場合は、新海洋法・艦娘・鎮守府運用規定、第五十六条を参照されたい。では」グイッ・・・ガラガラガラ
警察官たち「あっ!・・・仕方ないですね」
提督「では全員・・・そこの雑居ビルの屋上へ」
―提督は半ば強引にバリケードを開けると、すぐそばの外部共用階段のある雑居ビルを示し、そこに移動した。
―雑居ビル屋上。
提督「戦術マップで確認すると、線路の向こうのあのビルが合流地点の『クラブ・サガ』が入っているビルだ。これより、訓練を兼ねてパルクールで移動してもらう。少しだけ手本を見せよう」
―ザッ・・・ダッ!
―提督は助走をつけてジャンプすると、一階低い隣のビルの塔屋に着地し、回転して受け身を取りながらその一階下の屋上に下りると、勢いのままさらに次のビルの屋上へと飛び移った。
艦娘たち「おおっ!」
提督「・・・とまあ、こんな感じだな。第一に安全確認を。第二に無理はしない事。そして最大のコツは・・・楽しむ事だな!」
鳥海(すごい身体能力だわ!)
足柄「へぇ~楽しそうね!私も続くわ!」ダッ
榛名「艦娘の身体能力を使えば、確かに難しくないですね!」ダッ
加賀「良い訓練だわ。それにしても、艦娘にこんな事を教える提督なんて」フッ・・・ダッ
―珍しく、加賀は笑って続いた。なぜか加賀は高級なトレーニングウェアだ。
―全員がスムーズに提督の居るビルに移動してきた。
提督「よし、では、初風と磯波はおれの散歩に付き合ってくれ。あとはみんな、まず合流を最優先で頼む。叢雲は『パッケージ』と連絡を取り、合流出来たらこちらに向かってくれ。順調なら、おれたちと合流して、そのまま『わだつみ』に戻れるはずだ」
叢雲「任せといて!」
足柄「・・・邪魔してくる奴がいたら?」
提督「話が通じないなら、撃滅で構わない。・・・あと、加賀さん、これを赤城に渡して欲しい。君が使っても構わないが、飛び道具が足りなかったり、ソフトスキンの車両のドアを縫う時に使ってくれ」ポイッ
―提督は変わった形の、薄型のケースを加賀に渡した。
加賀「えっ?わかったわ」
足柄「わかったわ。・・・行くわよみんな!新しい仲間をお迎えよ!」ニヤッ・・・ダッ
―こうして、榛名、金剛、足柄、加賀、足柄、鳥海、叢雲、陽炎、不知火、黒潮、磯風、浦風、吹雪が、赤城たちの居るゲームセンターに向けて、パルクールで移動を始めた。吹雪はややぎこちない動きだったが、それでも素早く飛び移っていき、すぐにその姿が見えなくなった。
川内「うわぁ、こんな移動方法と訓練を取り込むとか、やっぱりここは強くなるねぇ。じゃあ、私も行くね」バッ・・・ヒュンヒュンッ
―川内もそう言うと、一瞬で遠くに姿を消していった。
磯波「今の、やっぱりあの川内さんは・・・」
提督「ふ、そういう事だな。まだ内緒で頼む」
初風「じゃあ、私たちは階段を下りて、ゆっくり歩きま・・・ええっ!?」
―ザザッ・・・ブンッ!
提督「なにっ!」
―先ほどまで開けていたビルの屋上の周囲が急に遮られた。存在していなかったはずの背の高いビルの壁に周囲を囲まれている。
初風「あれは何?あんなドアなんて、ここには・・・」
―先ほど提督が着地した塔屋の壁に、エレベーターのドアとパネルが現れていた。
―チンッ・・・シューン・・・ゾロゾロ
―たくさんの警察官が出てきたが、全員が同じ顔だ。
提督「・・・面白い趣向だな」
―初風はスーツの内側に手を伸ばしている。シグザウエルに手をかけているのだ。
磯波「提督、これは・・・!」トンッ
―磯波は怯えたように提督の背中に自分の背中を合わせたが、実はこれはフリで、死角を消す移動だった。警察官たちが全員口を開く。同じ声で、同じ事を言い始めた。
警察官たち「特務第二十一号の提督よ。明石を得る任務も必要性も我々は理解している。・・・が、あの明石は我々の掲げる『バランス』に重大なエラーを発生させる懸念がある。よって、そちらに引き渡すわけにはいかない」
提督「対深海の総司令部は明石の捜索を任務として提示している。我々はそれを受諾し、処理しているだけだ。また、身柄確保ののち、存在しないことになっている明石の扱いは、司令レベル8である当鎮守府の判断で決定する権利を有している。故に、そちらの言い分を聞くわけにはいかない。そもそも、同じ顔にこのような演出をする君らは何者か、まず名乗るべきだろう?」
警察官たち「・・・・・・」
―緊張が漂い始めていた。
―近くの特殊車両内。
エージェントA「特務第二十一号、堅洲島鎮守府の提督と照合!個人情報は我々でもアクセスできません。・・・が、このグラフを」
エージェントB「エリア内のNフィールド数値が変動を開始しています。強力な属性保持者です!67~86間を変動しています」
エージェント・スミス「67だと!?いかん!50を割り込むとフィールドにバグが生じる。まずいな」
エージェントC「提督のメンタルサインが来ました!通常の人間に見られる混乱が全く見られません。冷静値安定・・・闘争心が急上昇しています」
エージェント・スミス「まずい!エージェントの誤死(フェイク・デス)が発生しやすくなる。意識蘇生の準備を!」
エージェント・サトウ「やる気か。なら、状況次第でまず私が出よう!」
―運営の特殊車両内では、これまでと全く違う流れに、緊迫した空気が漂い始めていた。
―再び、ビルの屋上。
警察官たち「残念ですね。全て忘れて、明石の件もここでのことも、何事も無かったような日常に戻ってもらうしか・・・」スッ
―バンッ・・・ゴトッ
―提督に一番近い警察官は拳銃を抜こうとしたが、ホルスターから拳銃が出たところで銃声がし、ニューナンブが屋上に転がった。
―パンッビシッ
―再度銃声がし、その警察官の額に穴が開いた。
警察官「ぬっ・・・うう!」ヴヴッ・・・ジジジッ
―警察官の輪郭が一瞬緑に光ると、焦げるような音と共にその姿が消える。
他の警察官たち「・・・諒解、射殺します」
提督「初風、磯波、撃滅しろ、こいつらは偽物だ!」ザッ・・・パパバンッ
初風・磯波「諒解!」
―提督は何人かを撃ちながら射線の集中を回避し、動作の早い者、殺気の強い者から撃ち抜いていく。
―ジジッ・・・ヴンッ
―警察官たちはそれぞれが黒いスーツにサングラスの男たちに姿を変えた。
エージェントたち「我々『運営』に逆らうとはな!」
提督「なら、逆らえないほどの力を示してみろ!」バウッ、キンッカカカッ
―提督は横移動するが、走り続けると見せて一瞬で身をひるがえし、右手に抜いたソードオフショットガンと左手の拳銃でエージェントの群れを次々と撃ち抜いていく。思わず目で追うと騙される独特な動きで立ちまわっていた。
磯波「怖いのは、提督だけじゃないですよ!」バッ!タタタタタンッ
―磯波のスカートが翻ると、VP70が激しい連射を浴びせ始めた。
初風「まったくだわ!」パンッパンッパンッ
―提督と磯波の射線の外のエージェントを、初風も正確に撃ち抜いていく。
―近くの特殊車両内。
エージェントA「まずいです!MOBクラスのエージェントでは歯が立ちません!」
エージェントC「偽物とはいえ、人間型の標的にメンタル阻害無しで艦娘が発砲しています。高適性の提督です!」
エージェントB「エージェント、次々とエリアアウトしています!」
エージェント・サトウ「・・・私が出る。MOBクラスのエージェントをエリアアウトさせろ!」
エージェント・スズキ「私も出る。このような事が有ってはならない。全てを誤差の範囲に収めなくてはならない」
エージェント・スミス「待て、私も出る!」
―三人のA級エージェントは、アコースティックチューブのスイッチを入れた。
―同じ頃、パルクールでビルの屋上を移動している足柄たち。
足柄「榛名さん!」スタッ
榛名「聞こえました!あれは銃声です!」
金剛「テートクの銃の音ですネー。でも、あの感じじゃ心配ないデース!連絡がない限り、予定通りの行動を取るべきですヨー?」
榛名(あの感じ?)
叢雲「そうだわ。予定通りに行動するべきよ」
榛名「でも・・・」
加賀「こんなところで失敗する人ではないわ」
榛名「・・・そうですね、合流を急いで、次の指示を待ちましょう」
陽炎(やっぱり司令への信頼感が違うなぁ。私なら戻っちゃうかも。初風もいるし、大丈夫よね)
吹雪(磯波ちゃん、大丈夫かなぁ?)
―少し不安だが、作戦の指示は厳守するべきだ。足柄たちの目の前に、山手線の線路が。その向こうに、おそらく赤城たちの待つビルが見えていた。
―赤城たちのいるゲームセンター『クラブ・サガ』
―赤城たちは、いつの間にか自分たちが無人のゲームセンター、無人の秋葉原にいると気付いていた。そして、天龍と龍田のチームだけ、合流が出来ていなかった。
赤城「つまり、この区画から出られなくなっているという事ね?」
卯月「そうだぴょん。このビルの周り一ブロックだけ、堂々巡りになってしまうぴょん」
弥生「うん。気が付くと、このビルの前に来ちゃう・・・」
赤城「こんなことが出来るのは『運営』しかいません。まさかこんな手段を持っていたなんて・・・。利根さんたち、天龍さんチームはまだどこにいるかわかりませんか?」
利根「近くにおるのは分かるが、何か他の艦娘の気配もするぞ。うちの艦娘ではないようじゃが・・・むっ!これは仲間ではないか?すぐ近くまで来ているようじゃな!・・・待て待て、早いぞ・・・この感じは、上じゃ!筑摩、屋上に行くぞ!」
筑摩「・・・榛名さんや足柄さん、おそらく屋上を移動してここに来ています!」
赤城「何ですって?なるほど・・・!」
―確かに艦娘の運動能力なら可能だ。そして、『運営』も屋上の移動はあまり想定していないはずだ。利根と筑摩は急いで屋上に向かう。
―屋上。
―ストッ・・・スタッスタッスタタッ
足柄「どうかしら?提督に教えてもらったパルクールでここまで来たわ!」
吹雪「あ、足がまだ震えているけれど、何とか・・・」
陽炎「ふぅ、何とかたどり着けたわね」
磯風「うちの司令は面白いな。パルクールと言ったか?またやりたいものだ」
利根「すごいのう!まさかこんな方法で合流するとは!こちらは通信規制で大変じゃ。あと、天龍と龍田が合流できんのじゃ・・・」
赤城「皆さんまさかこんな方法で移動して来るなんて!」
卯月「かっこいいっぴょん!」
叢雲「司令官は訓練を兼ねて、と言っていたけれど、おそらく屋上は手薄だという想定もあったと思うの。だから、天龍さんたちは屋上を移動して探すのが近道だと思うわ。それから、戦力は十分だから、現時刻から『パッケージ』を開始するわね。明石さんと連絡を取って合流し、隅田川に向かうわ。それと・・・赤城さん、司令官の援護に向かって。おそらく交戦中だわ。・・・加賀さん、あれを」
加賀「これ、提督からよ」ポイッ
赤城「えっ?」ガシッ・・・バコッ
加賀「これは・・・弓!?」
―提督が加賀経由で赤城に渡した箱の中には、カーボンと金属でできた近代的な弓が入っていた。
叢雲「ああ、そういう事ね。それ、司令官が戦場で使っていた弓よ。強力なコンパウンドボウで、車のドアを貫通するって言ってたわ」
赤城「これを、私に?」
叢雲「使い慣れた武器の方が良いという事でしょうね」
赤城「洋弓の知識はほとんど無いのですが・・・いえ!駆逐艦の子たちさえ銃を持っているのですから、何をかいわんやですね。分かりました。預かります!・・・では!」ダッ
―赤城は足柄たちの来た方向、提督たちと合流できると思しき方向に跳び去った。
加賀「さすが赤城さんね。自分なりに・・・」
利根「駄菓子の袋はどうするかのう?吾輩が預かっておくか・・・」
赤城(あっ!そうでした)
―ガンッ!
赤城「あいたぁー!」
―ダンッ!
―赤城は利根の言葉で自分がゲットした駄菓子の袋の事に一瞬気を取られ、屋上のクーリングタワーに脛を思いっきりぶつけた。慌てて着地して体勢を立て直すと、山手線の線路の向こうに跳び去った。
加賀「・・・弘法も筆の誤りと言うわ」
吹雪「そ、そうですよね!」
金剛「・・・OMGデスネー」
榛名(でも赤城さん、少し猛っているような・・・?)
―赤城は知っている。かつて、新たな深海と化した現在の深海側の提督たちは、確かその後『運営』と一戦を交えている。そして、多くのエージェントを再起不能にしたのだ。『霧の夜』前後の事だ。
赤城(そう、私はまだ『運営』に一矢も報いていない!)
―長い闘いの日々の中、赤城もまた、『運営』に対する理不尽を感じていたが、それに対するカタルシスは一度も味わっていない。その留飲を下げる目的もあり、提督の援護に急いでいた。
―近くの袋小路。
天龍「龍田ぁ、やっぱり何かされてるぜ。道がおかしい。携帯も無電も通じねぇしさ」
龍田「そうよねぇ?ここ、確か『DNN社』のビルと目と鼻の先くらいのはずよ~?」
―龍田と天龍はいきなり迷路のように変化した、細い路地を歩き回っていた。
天龍「それにさ・・・」ギラッ
龍田「・・・ええ、もう私にもわかるわ。近くにいるわね、高練度の子が。こっちを見てるわぁ」
―天龍と龍田は、近くにいる何者かの敵意を感じ取っていた。
―『クラブ・サガ』ビルの屋上。
叢雲(通話)「明石さん、聞こえているかしら?こちらは準備オーケーよ。5分後にビルの前に出て。そこで合流するわ」
明石(通話)「わかったわ。よろしくお願いします」
―任務「パッケージ」は、明石との合流段階に移行していた。
―提督たちのいるビル。エージェントたちとの交戦地点。
―ジジッ・・・シュシュシュンッ
提督「・・・なんだ?」
―黒服のエージェントたちが次々に消え始めた。
初風「提督、これは?」
提督「そう簡単に諦めるとは思え・・・初風、磯波、近くに寄れ!」
磯波「えっ?はい!」タッ
―ダンッ!ガンッ!
磯波「うっ!」
初風「ああっ!」
―磯波と初風は、提督に駆け寄ろうとした矢先に、急に現れた新たな二人のエージェントに掌底でぶっ飛ばされ、左右のビルの壁の中に吸い込まれるように消えた。
提督「磯波!初風!」
―ジジッ・・・ブンッ!
―提督の前にもさらに一人、新たなエージェントが姿を現す。
エージェント・スミス「驚いたよ。少なくとも人間の姿をした標的に躊躇なく発砲できる艦娘を率いているとは。信頼だけではない、高い戦闘適正と、常人とは異なる認識能力を持っている。平たく言えば・・・提督としての適性が極めて高いという事になるが」
提督「二人に何をした?そして、お前たちは何者だ?さっきの奴らよりはやれそうだが」
エージェント・スミス「我々は国家総計画運営委員会・・・通称『運営』のエージェント。私はA級エージェント、スミスだ。・・・世に均衡のあらんことを」
初風を突き飛ばしたエージェント「同じくA級エージェント、サトウ。・・・世に均衡のあらんことを」
磯波を突き飛ばしたエージェント「我々『運営』にたてつく愚か者めが。これからその意味を思い知ってもらおう。同じくA級エージェント・スズキだ。・・・世に均衡のあらんことを」
提督「どう見ても日本人だが、スミスとは?」
エージェント・スミス「・・・澄む、に洲で澄洲という苗字なのだ」
提督「・・・そうか。で、これからどうするつもりだ?」
エージェント・スミス「我々の任務でいう所の『ケース・ブラック』すなわち、提督としての技量、主に戦闘適正と認識能力を確認させてもらう。我々『運営』がどの程度まで干渉すべきか判別するためにな。その為、あの二人の艦娘は束の間隔離させていただいた。早速始めさせてもらおう」
エージェント・スズキ「今更謝っても加減はせんぞ、ふふふ・・・」
エージェント・サトウ「・・・」パチッ
―エージェント・サトウは指を鳴らした。
―ズズズ・・・ゴゴゴ・・・ゴオォォォォ
―提督と三人のエージェントのいるビルは、地響きと共にエレベーターのようにせりあがり始め、秋葉原の街ははるか下に、ほぼ首都圏を見渡せるほどの、非現実的な高さになった。
エージェント・スミス(・・・むっ?)
―エージェント・スミスは提督のコートの端が風でなびいているように見えた。
エージェント・スミス(この『Nフィールド』は無風の筈だが・・・見間違えか?)
提督「要するに、戦って力を示せという事か。よほどその『均衡』とやらが損なわれていると見えるな。このような見世物を使ってまで・・・」フッ・・・シュッ
エージェント・スズキ「要するに撃滅するという事だ!」
―スッ
―同調するように、三人のエージェントは拳銃を抜いた。
―BGM~Devil May Cry 2 Soundtrack - Evil Tower [Nefasturris Battle]~
提督(.50AE弾のデザートイーグルのレール付きアウターバレルモデルか!)
―非常に強力な拳銃だ。
―ババンッ・・・ババンッ・・・ババンッ・・・
提督「!」ババッ
―提督は飛び退きながら戦いの組み立てを考える。
―ガガガンッ、ボゴッ
―三人のエージェントの弾丸は背後のビルの壁に大穴を開け、派手に石の粉を散らした。
提督(いや、.50AE弾はここまで強くない。こいつらの戦闘技量も大したことが無いはずだ。強者の匂いがしない。つまりこれは幻影に近い何かだ)
―パパパパン・・・・クルッ・・・バウッ!
エージェントたち「!」ブブブンッ!
―提督はエージェントたちの発砲の隙をつき、拳銃を連射したのち身をひるがえしてソードオフ・ショットガンを撃ったが、エージェントたちは一瞬だけ残像めいた素早い身のこなしでそれを躱してしまう。
提督(回避も人間のそれを遥かに超えているな・・・。刀があれば正中線を抜けそうだが・・・)
―提督は銃撃を当てられないのが癪だと考えていた。
エージェント・スズキ「銃だけではないぞ!」ゴウッ・・・
提督「なにっ?・・・ちっ!」サッ
―バゴシャッ
―素早い踏み込みでエージェントが格闘戦をしかけてきた。提督はそのパンチをかわすが、あろう事かそれはコンクリートの壁を打ち砕いた。
提督「・・・解体屋にでも就職したらいいんじゃないのか?」フッ
エージェント・スズキ「貴様!」
提督「素は大して強くないだろうに、面倒な奴らだ。・・・高くつくぞ?」スラッ
―提督は短刀を抜き、左に拳銃、右手に逆手の短刀という構えになった。場の空気が変わる。
エージェント・サトウ「くっ!見抜いているのか!」
エージェント・スミス(冷静なサトウがこの空間で気押され始めている!いや、明らかに空気が変わったな・・・)
エージェント・スミス(通話)「各数値はどうだ?・・・おい、数値はどうなっている!」ボソッ
―エージェント・スミスは近くの特殊車両のオペレーターに問うた。しかし、その応答に愕然とした。
運営のエージェント(通話)「ザザッ・・・フィールド安・・値・・・を割り・・・46・・さ・に・・・」プツッ
エージェント・スミス(まずい!『霧の夜』は数名の深海提督がいたが、今は提督一人だぞ!これでは・・・!この男は・・・!)
エージェント・スズキ「あってはならない事は、起きるはずが無いのだ!!撃滅する!」ダッ・・・ゴウッ!
―焦りを隠すように、エージェント・スズキが突進する。それは人の動きではなく、ほぼロケットのような突進だった。
提督「・・・」
―提督はその動きを見極めるように拳銃と、逆手の短刀を構えた。
エージェント・スズキ「終わりだ!世の均衡のために!」ゴアッ!
―ゴゴォン!ガラガラガラ・・・
エージェント・スミス「何だ?何が!」
―エージェント・スズキはその勢いのまま、背後のビルの壁に突っ込み、大穴が開いた。しかし提督は同じ姿勢のままだ。
提督「歩法、『水鳥』。瞬時に半身ずらすこの移動には、やはり対応しきれないようだな。繊細さのかけらもない戦い方をするあの男は、解体屋にでも転職させた方が良いぜ?」パンパンパンッ
―提督は言いながら、見もせずにビルの大穴に向けて発砲した。大穴の中から「ぐうっ!」という叫びが聞こえる。
提督「殺したわけではない。当たり所が悪ければ別だが」
―ガラガラガラ・・・
エージェント・スズキ「き・・・貴様・・・っ!」ヨロッ
―エージェント・スズキは右肩と両足の腿に被弾していた。
提督「思ったよりガッツがあるな。骨まではやってないが、かなり痛いはずだ。・・・どれ」ツカツカ・・・バサッ
―提督は歩み寄ると、エージェント・スズキの上着をはぎ取った。
エージェント・スズキ「何をっ!?」
提督「・・・ほう!悪くないな、それらしい武器を持っている。悪いがこれは慰謝料代わりに貰っておくぞ」グイッ・・・ブチッ
―提督はエージェント・スズキがスーツの下に身に着けていた拳銃やナイフ、特殊武器を奪い、さらに奪った拳銃をエージェント・スズキに向けた。
提督「退け。でなければ撃つ!」
エージェント・スミス「スズキ、エリアアウトしろ!」
エージェント・スズキ「くっ・・・くそっ!世界の均衡が!」ヴンッ・・・バシュッ
―エージェント・スズキは消え失せた。
エージェント・スミス「サトウ、気をつけろ、エリアの安定数値が50を割っている。・・・おい、サトウ!」
―返事が無いため、エージェント・スミスはサトウの方を見たが、サトウは両手を上げていた。磯波がその後頭部に銃を突き付けている。
磯波「この距離でもかわせますか?さっきはよくも提督から引きはがしましたね・・・」ゴリッ・・・ニコッ
エージェント・サトウ「くっ・・・こんな、こんな馬鹿なことが・・・」
―スタッ
―初風も隣のビルから跳んできた。いつの間にか、あれほど高くせりあがっていたビルは、最初の景色に戻っていた。
エージェント・スミス(いかん!これでは誤死ではなく、本当に・・・)
初風「あの猪みたいな人は?」
提督「ああ、乱暴なのでお帰り頂いた。初風、磯波が確保しているエージェントから武器をみんな奪ってしまえ!」
エージェント・スミス「くっ!調子に乗るなよ!」グッ・・・ガクッ
―バタッ
―エージェント・スミスはサトウの助けに入ろうとしたが、不自然な転び方をした。そして激痛に気付く。
エージェント・スミス「何だ?ぐうっ!」
―エージェント・スミスの右足の甲に、アルミの矢が刺さり、足が屋上に縫われていた。
―スタッ
エージェント・スミス「!・・・お前はっ!」
―黒いスーツにコンパウンドボウを構えた赤城が降り立った。
赤城「提督、ご無事で何よりです。彼らはスリーマンセルで作戦行動すると聞いた事がありますが、一人は退けたのですか?」
提督「ああ、先ほどお帰り頂いた。もう一人もそろそろ帰るようだが・・・」
初風「武装解除完了よ」
磯波「では・・・」
―磯波はVP70の引き金に手をかけた。
エージェント・サトウ「待て・・・わかった。エリアアウトする」ジジッ・・・バシュウ
赤城「提督、長く任務に当たってきた私としては、彼ら運営の対応には腹に据えかねるものがあります。・・・撃滅しても?」
提督「構わんよ。こちらは任務を淡々とこなしていたのだが、ろくな説明もなく銃を向けてきたのはあちらさんだ。今日この日、死ぬ覚悟くらいはしてこの場にいるのだろう。もてなして差し上げろ」ニヤッ
赤城「ありがとうございます。では・・・」ニコッ・・・カチャッ・・・ギリギリギリ
―赤城は三本の矢を同時につがえた。
エージェント・スミス「くっ!(いかん、これでは)」
―既にこの場のNフィールドは維持できなくなりつつある。この状態で攻撃を受ければ、意識がダメージを死と誤認し、目覚められなくなる可能性がある。誤死(フェイク・デス)の発生だ。
赤城「何か言う事はありますか?調停者気取りで艦娘の能力に多くの制約を課し、資源を浪費させ、数えきれないほどの無駄と悲しみを生み出した。さらに、死を回避できるやり方で戦いに介入する増上慢。・・・正直なところ、その醜悪さに吐き気がします」
エージェント・スミス「違う!違うのだ!我々も自分のしていることを理解はしている。しかし、それでも守られなければならないバランスはある。世界は絶妙なバランスの上に成り立っているのだ!我々はそれを護っているし、また、守り続けなくてはならない!」
提督「なかなか聞かせる話だが・・・旗色が悪くなってからもっともらしい事を言っても、あいにく通じない。もう何発かくらえ。正直に全てを話したくなるくらいにな」ニヤ・・・
―提督と赤城がそれぞれ、エージェント・スミスに「殺せる間」を確信した時だった。
―ジジッ・・・ブンッ
エージェント・スミス「エージェント・ヤマダ!あなたまで出てくるとは!」
―刀を携えた、短い白髪の、初老のエージェントが現れた。
エージェント・ヤマダ「『ケース・ブラック』は現時刻を持って終了とする。エージェント・スミス、そこで話を聞くか、エリアアウトしたまえ」
提督(なるほど、あのエージェントも知らない話をする、という前フリか。それに、そこそこの使い手でもあるな・・・)
赤城(そこそこの手練れのようですが・・・対話をしたいという事かしら?)
―提督も赤城も、相手が運営のS級のエージェントであるにもかかわらず、「そこそこ」という評価を下していた。
エージェント・ヤマダ「何という事だ。既に状況は我々の手を完全に離れているな。納得のいく形で場を納めさせていただきたい。よろしいかな?」
赤城「提督、どうされますか?」
提督「赤城、構えは解かないでくれ。おれも解かない。・・・・その上で、少し話を聞こう」
エージェント・ヤマダ「ありがたい(あの赤城がここまで従っているとは、やはりこの男は・・・)」
―エージェント・ヤマダは感心と恐怖を感じつつ、話し始めた。
第六十六話、艦
次回予告。
『運営』の話す現在の状況と、失われたバランス、そしてこれからの事。
さらに、まだ残っている『ケース・テスト』。
明石と合流を試みる叢雲たちだったが、白い猫の出現と同時に、明石たちの姿が確認できなくなる。
そして明石たちの前には二人の夕雲型が立ちはだかるが、その夕雲型と天龍が戦闘状態に入ってしまう。真剣な戦いなのに、なぜか笑いをこらえきれない龍田。
そして、『パッケージ』が完了するが・・・。
次回『失われたバランス』乞う、ご期待!
提督『ところで赤城、その服装、良く似合っているな』ニコッ
赤城『えっ?あっ、そうですか?私服などほとんど買わなかったものですから、榛名さんに聞いたら、これにしろと』
提督『なるほど、榛名が。いい仕事をするな』
赤城『えっ?どういう事なのですか?』
提督『うん。黒いスーツはおれの趣味だ。実にいい!』
赤城『あっ、こういうのがお好きなんですね?』ニコッ
提督『秘書艦頼もうかな。これは眼福だぞ』
赤城『そんなに!?(意外です。提督がそんなに喜ぶなんて!)』
榛名『あれ?(提督が喜ぶと思ったのに、何かおかしな流れに・・・)』
現在イベント攻略中ですが、いやー、今回は大変です。皆さんはいかがですか?
ぬぅ…また良いところで終わっておるわ。
1さん、まだ執筆中でっせ
1さん、コメントありがとうございます。
今日続きをアップしましたが、あともう一度更新で六十六話は終わる予定です。
と言っても、イベントも仕事もあるので、あまり間隔を開けないように頑張っています。
いつも読んでくださって、ありがとうございます。
質問です
pixivにて灰青という名前で「地図に無い島」を掲載されているのを見ましたが、ご本人ですか?
艦これのSSの中では一番好きなので、他人が無断転載しているのだったら嫌だなと思ったので一応報告させてもらいました。
ご本人だったらすみません。
4さん、こんばんはです。
はい、あれはpixivの自分のアカウントで、私が掲載していますので大丈夫ですよー。
あちらにはいずれ、設定画とかも載せたいと思っています。
一番好きと言われると、とても嬉しいです!
4のコメントをした者です。
そうでしたか!
それなら安心です。
設定画も載せてくださるとは・・・楽しみにお持ちしてます!
私は丙提督ですが、お互いにイベント攻略、頑張りましょう!