「地図に無い島」の鎮守府 第二十九話 誰も寝てはならぬ・前編
提督と金剛の強さに言葉を失う艦娘たち。
榛名を下した提督は、榛名と共に異動の準備を開始するが、榛名のマネージャーの態度に妙なものを感じる。
そして、舌打ちをしつつ出ていくマネージャー。
約束を交わして、何とか水上機に下田鎮守府の提督を乗せる瑞穂と、荷物に潜む下田鎮守府の提督。
下田鎮守府の提督のフルネームが明らかになる。
特務第七の川内は、瑞穂と入れ違いになったことと、特務第二十一号への漠然とした不快感から、水上機に忍び込むことを決意する。
そして、水上機は堅洲島に帰還するが・・・。
下田鎮守府の提督のフルネームが長い!
特務第七の川内は、この物語ではとても重要な登場人物の一人です。
また、瑞穂と下田鎮守府の提督の件は、堅洲島の艦娘たちに様々な影響を与えていきます。
[第二十九話 誰も寝てはならぬ・前編 ]
―横須賀総司令部、武道館。
―提督とヨシノ婆さん、榛名のやり取りをよそに、堅洲島の、金剛以外のメンバーは全員が呆気に取られていた。提督と榛名の戦いが、自分たちの想像する戦いの、完全に外だったからだ。
川内「神通、うちの提督も金剛さんも、強すぎない?勝負になっていなかったくらいだよね?」
神通「正直、ちょっと驚いてしまいます。・・・でも、こんな幸運なことは無いですよね。どこまで鍛えても先が見えないくらいの目標が、先達の方が、わたしたちの仲間で、提督だなんて」
那珂ちゃん「でもさ、川内ちゃんも神通ちゃんも、もう少し肩の力を抜いたり、こだわりを軽くしたほうがいいんじゃないかなぁ?」
川内・神通「どういう事?」
那珂ちゃん「提督も金剛さんも、すごく自然体で戦ってたでしょ?でね、榛名さんはぜーったいに力が入りすぎていたと思うの。この後、落ち着いてきた榛名さんは、きっと今日の何倍も強いし、それが本当の榛名さんの強さって気がするんだよねぇ」
神通「なるほど・・・」
初風「うん、私もそう思う。艦娘年鑑にずっと最強の榛名で掲載されていた榛名さんの強さは、金剛さんに引けを取らないはずだもの。ただ、金剛さんの強さはちょっと突き抜けている気もするけど・・・」
金剛「ヘイ、ガールたち、それはですネー、提督の空気を学んだからですヨー」
神通「提督の空気、ですか?」
金剛「そうデース!感情的にならずに、相手のペースに惑わされずに、自分のペースで、しかし臨機応変に、ですネー」
提督「人、それを適当という。なんつって」
那珂ちゃん「いい意味での適当だねー、それは。なるほどなぁ」
ヨシノ婆さん「じゃあ、特務第二十一号の提督さんよ、あたしらは引き上げるよ。貸しの件、忘れないでおいておくれよ?・・・じゃあ、帰ろうかね、鳳翔」
鳳翔「はい、提督。・・・では、特務第二十一号の皆さん、また次回会える日を楽しみにしていますね」ペコリ
ヨシノ婆さん「全く、今日はいいものを見せてもらったよ。みんなも武運長久でね。また会う時もみんな元気でいるんだよ?榛名もね」
―堅洲島の艦娘たちはそれぞれ挨拶をし、榛名も深々とお辞儀をした。そして、ヨシノ婆さんと鳳翔が武道館を去っていく。
榛名「あのう、皆さん、榛名、本当に無礼で嫌な態度をとってごめんなさい。・・・いえ、謝ったって許してもらえないような事だったのはよくわかっていますから、たとえ皆さんに嫌われても、いつか信頼していただけるように、全力で頑張ります。なので、皆さんの鎮守府の末席を汚すことをお許しください・・・」グスッ
―榛名はそう言って、涙ながらに土下座した。しかし、そこに金剛が歩み寄る。
金剛「榛名ぁー・・・」ズビシ!
―そして、榛名の頭に軽くチョップした。
榛名「あいたっ!」
金剛「そうやって謝るのは当然として、謝るくらいなら最初からあんな態度取らなきゃよいネー。もともと、提督や私がいないと、いまいちしっかりしないあなたがグレたところで、こうなっちゃうのは当たり前のことデース」
榛名「ごめんなさい、金剛・・・さん」
金剛「本当に悪かったと思っているなら、お姉ちゃんて呼ばないとダメデース!」
榛名「わかりました。ごめんなさい、金剛・・・お姉さま」モジッ
金剛「・・・おかえり、榛名。辛かったデショ?でも、もうこれからは大丈夫ですヨー」
提督「スマホ壊したり、投げ飛ばしたり、ひどいことを言ったのは謝るよ。ごめん。ただ、これから先は、うちの鎮守府に力を貸してほしい」
榛名「そんな・・・悪いのは私です。はい。榛名は、戦いの神様に怒られたような気持ちです。本当に強い提督に出会えて、榛名、感激です!」
提督「じゃ、改めて移動の申請に行くか。榛名、年末年始、もしよかったらうちの鎮守府で過ごすかい?」
榛名「提督、休暇中は何も予定がなかったのですが、いいんでしょうか?榛名なんかがお邪魔しても」
提督「ああ、予定がないなら好都合だな。明日から通常業務は休みに入るし、これから申請を出したら、一緒に行こう。そして年明けに申請が通ったら、改めて異動してきたらいい。何も寂しい年末年始を過ごすこともないし、早目に慣れて悪いことは無いからね」
榛名「ありがとうございます。榛名なんかに、そこまで気を使っていただいて」
―こうして、提督と榛名は総司令部に異動の申請に、秘書艦たちは堅洲島に引き上げる準備と、部屋のセッティングの段取りの連絡を鎮守府のメンバーに取りつつ、その後司令部で軽食を取ることになった。
―そのしばらく前、横須賀市内、下田提督の監禁されているアパート。
下田鎮守府の提督「どうよ瑞穂、これに引っ越し屋の使ってる、角当て防止シートをかぶせれば、まあそれっぽい荷物になんだろ?あとは特防の『機密』シールとか貼っておけば、まず誰も剥がさないだろうしな」
瑞穂「はい、これなら不自然ではないと思います」
―下田鎮守府の提督のアイデアで、大きめの書類/衣類ケースを二つ重ね、中をくりぬいて潜み、固定したのち、機密の保護と角当て防止を兼ねたシートで被い、水上機に積み込む、というアイデアだ。
瑞穂「では、提督はこの後、用意していた変装で、この荷物をすぐ近くの私のマンション近くに運んできてください。表向きは、便利屋さんに依頼した形になっています。後は私の部屋でこれに入っていただけたら、台車で他の荷物と一緒に自動運転車に積んで、司令部の水上機発着所まで行き、積み込みをしますね」
下田鎮守府の提督「おうわかった。瑞穂、一つだけ約束をしてくれ」
瑞穂「なんでしょうか?」
下田鎮守府の提督「今後、絶対に自分の命を軽く考えないでくれ。命の危険が迫ったりしたら、諦めないで、大声でおれの名前を呼ぶんだぜ?必ずだからな!」
瑞穂「わかりました、そういえば・・・」
下田鎮守府の提督「あん?」
瑞穂「私、まだあなたの名前を聞いていません。ファイルでは知っているんですが、読みが難しくて・・・」
下田鎮守府の提督「金(かね)の山刀(なた)と書いてカナダと読むんだよ。下の名前は篤治郎。金山刀篤治郎・・・カナダ・トクジロウだ」
瑞穂「何だか、素敵な名前ですね。何か由来がありそうな・・・」
カナダ提督「四国の山奥出身なんだけどさ、先祖が腕のいい鍛冶師で、殿様専用の山刀を良く作っていたら、値千金の山刀だと言われて、この名字をもらったんだとさ。おれは古臭いし字も多いし、まず普通に読んでもらえなかったから、あまり自分の名前は好きじゃねえんだが、瑞穂にそう言われると、そんな気もしてきちまうな」
瑞穂「じゃあ、これからはカナダさんですね。よろしくお願いいたします。金山刀篤治郎さん」ペコリ
―現在、横須賀総司令部、水上機発着所。
瑞穂「・・・よし、と、これで必要なものは全て積み終えました。あとは喫茶室で特務第二十一号鎮守府の皆さんを待っていれば大丈夫です。・・・カナダさん、窮屈でしょうけれど、しばらく辛抱してくださいね(小声)」
カナダ提督「ああ、任せとけ。必ず、一緒に生きような(小声)」
瑞穂「はい。必ず!(小声)」
―瑞穂はこうして、総司令部の喫茶室に向かった。
―同じ頃、総司令部、秘書艦室(時間外対応)。
大淀「あれ?特務第二十一号の提督さん、榛名さんと一緒ですね?えっ、まさか?」
提督「あ、大淀さん、ちょっと時間外で申し訳ないんだけど・・・」
榛名「お手を煩わせてすいません。榛名、こちらの提督さんと、金剛お姉さまに完膚なきまでに叩きのめされ、敗れてしまいました。かねての希望通り、納得して異動し、増上慢と歪みきった心身を鍛え直して任務に臨む覚悟です。大淀さん、こんな榛名の為にご面倒をおかけいたしますが、異動の申請の処理と、年末年始休暇の特務第二十一号での滞在の許可をお願いいたします」
大淀「あっ・・・はい。大丈夫です。それはすぐに済みますから・・・(あ、あの普段の不機嫌で高飛車な態度はどこに行っちゃったの?)」
―数分後。
大淀「はい、ではまず、異動の仮申請を受け付けました。正式な辞令は年明け早々に出ますが、榛名さんの場合は任務もありませんでしたし、異動が特務案件でしたから、受理されない、という事はありません。・・・で、同様に年末年始休暇の件も大丈夫です。任務が特にありませんでしたし、移動予定の鎮守府ですから問題ありません。良い年末をお過ごしくださいね」
榛名「ありがとうございます!」
―榛名は嬉しそうに提督の方を見た。
榛名「提督、これで大丈夫です。あとは榛名、第二部の部屋から必要なものを持ってきて、ご一緒させていただきます」
提督「荷物がそこそこあるだろうから、誰か呼ぼうか?」
榛名「すいません、助かります。支度はすぐにできますが、荷物は確かに、一人では厳しいです。榛名、先に行って荷物をまとめていますね。2階の10号室が私の部屋になりますから」
提督「わかった」
―榛名はいそいそと第二部の建物に向かっていった。提督は喫茶室に向かう。漣や曙、磯波が、堅洲島に残ったメンバーと、支給されたばかりの秘書艦用のスマホでやり取りしていた。
提督「誰か、榛名の荷物運びを手伝ってもらえるかい?」
金剛「あ、私が行きマース」
如月「私も行くわね、司令官!」
暁「私も手伝うわね!」
那珂ちゃん「あ、私もいくいくー!」
神通「私もご一緒させていただきますね」
川内「これ、私も行かないとダメな流れだね。うん、行くよ!」
提督「大人数だな!きっとそこまで荷物は無いと思うが、まあ行くか」
―再び、横須賀鎮守府、第二部(芸能部詰所)
神通「・・・提督、何か、言い争うような声が聞こえてきませんか?」
―階段の向こうから、榛名と誰かの言い争う声が聞こえてきた。
榛名「意味が分かりません!もう申請も受け付けられたのに!」
男の声「普通はそんな事になると思わないですよ。今後の予定はどうするつもりですか?」
榛名「総司令部に聞いてください。とにかく、そんな話は受け入れられません!そもそも、今までだって、ずっと仕事なんて、無かったじゃないですか」
男の声「自分の態度を棚に上げて、ずいぶんな言い様じゃないか!」
榛名「なんですって!」
提督「・・・急ごう。榛名と誰かが言い争っている」
―210号室入口。
提督「どうした?何があった?」
―榛名の私室のドアは開いており、そこにスーツの男が立っている。身に着けているものは悪くないが、その男からは、何か信用ならない空気が漂っている。昔、呼び込みか、又は、いい加減な営業でもしていたかのような。
スーツの男「あなたは?」
提督「特務第二十一号鎮守府の提督です。榛名の異動先の提督、という事になりますかね」
―スーツの男は、提督を値踏みするような目で一瞬見たが、すぐに親し気な作り笑いで挨拶をしてきた。
スーツの男「あ、ああ・・・そうですか。私は榛名の芸能部のマネージャーの松本と申します。いつの間にか異動が決まったそうですが、別にまだ芸能関係の活動が終わったわけではないので、一言相談して欲しかったと言っていたんです」
榛名「だから、それはおかしくありませんか?夏前にはもう何の芸能活動の予定も入れないから、勝手にしろ!って言っていたのはマネージャーですよね?実際、もうそんな予定も一度も入りませんでしたし。そもそも、異動が決まってからそんな事を言っても、もう書類も受理されていますし、榛名はあんな世界には戻りませんよ?」
提督「榛名、この人のマネージャーとしての契約はどうなっているんだ?」
マネージャー「は?そんな話、あなたに関係ありますか?」
提督「ありますよ。ここは重要な機密を扱う場所でもある。立ち入っている人間の所属を明確にするのは、こういう組織では当たり前の事ですから」
榛名「マネージャーとしての契約は八月で途切れています。ただ、総司令部とこの人の所属するプロダクションは、広報業務で密接な関係がありますから、そういう業務で私や、第二部に所属する他の子・・・今は専属は誰もいませんが、そういう子にすぐにコンタクトを取れるような態勢になっています。マネージャーとしては仕事があった時にボランティアの範囲で動く程度のものになっていますね。あとは、この人のプロダクションの出張所が、一応ここに存在する形にもなっていますから、ここに出入りできている、という状態です」
提督「という事は、既に厳密にはマネージャーではないし、うちの鎮守府に移動が決まった今となっては、この後の芸能関係の予定も一切関係ないから、完全に第三者という事になるな」
榛名「私はそうなると思っています」
マネージャー「いや、そんな言い方ないでしょ、何も聞いていなかったし」
提督「マネージャーでありながら、榛名の異動申請の件を把握していなかったと?」
マネージャー「いや、把握していましたが」
提督「なら、門出を祝ってやってくださいよ。そして、もう彼女は芸能がらみの活動はしたくないと言っているし、契約関係も何もない。他に何か、問題がありますか?」
マネージャー「ずいぶんな言い方ですね。こちらの気も知らずに」
提督「あなたの気持ちはわからないが、いずれにせよ、彼女はもう芸能活動はしたくないと言っているし、既に状況は変わっています。あとは、あなたが困っている理由なり、都合なりがあれば、それ次第ですが」
マネージャー「もういいです。わかりましたから。完全に邪魔者扱いみたいですしね。榛名、異動前に一度帰ってくるなら、せめて何か門出のお祝いでも渡すよ。いつ帰ってくる予定かな?」
榛名「・・・年明け早々、ここの仕事始めに合わせてこちらに帰ってきたら、あとは全ての荷物をまとめて異動します。だから、一月の四日や五日はここにいるかもしれません」
マネージャー「邪魔しましたね。では失礼します」
―マネージャーはそう言うと、立ち去って第二部の建物からも出ていったが、外から微かに舌打ちの音が聞こえた。
提督「・・・こんな事は言いたくないが、いま一つ感じの悪い、信用ならない男だな」
榛名「はい。昔は敏腕だったそうですが、私は嫌いです。いくつか悪い噂もありますし、あまり良くない雰囲気の人々ともつながりがある人なので・・・」
提督「何か変に焦っていたが、そんな大きな仕事の話でも出ていたかい?」
榛名「いえ、何も。なのに、異動が既に決まったと言ったら、とても取り乱していたんです」
提督「ふむ・・・後で、特防の瑞穂さんに話して、あの男はちょっと洗ってみよう」
榛名「すいません、ご面倒をお掛けして」
提督「・・・あまりこんな事は言うべきではないが、個人的には油断しない方が良いと感じるな」
榛名「・・・はい。榛名も同じ考えです」
提督「ところで、荷物はまとまっているかい?運んでくれる子がこんなにたくさんいるんだが」
榛名「皆さん!ありがとうございます!」
―総司令部、喫茶室。ニイマルサンマル(20時30分)
瑞穂「あ、提督さん、タイミングぴったりですね。私のほうも準備は出来ています。同行させていただきますね」
提督「予想外に大所帯になりましたが、『わだつみ』はまだまだ余裕があるので、ちょっと遅いですが空の旅をお楽しみください」
瑞穂「はい。では皆さん、初めまして!特防の秘書艦・調査員、瑞穂です。・・・と言っても、今回は本当に観光で骨休めです。嫌われがちな特防の仕事では一切ありませんから、皆さん、嫌わないでくださいね?」ニコリ
提督「前回の大規模侵攻の生き残りで、特防の室長がぜひ羽根を伸ばさせてあげたい、との事で、うちの鎮守府に白羽の矢が立った感じだよ。ただ、こちらでもじっくり確認したい書類を持ってきてくださるので、結果的にはこちらが助けられているかな」
―秘書艦と、時雨、榛名がそれぞれ挨拶をする。
漣「そういえばご主人様と榛名さん、まだ何も食べてないですよね?ここでテイクアウトのサンドイッチを幾つか作ってもらったので、水上機で食べると良いですよー」
榛名「すいません、榛名にも気を使っていただいて。ありがとうございます!」
提督「ありがとう。じゃあ、そろそろ帰るか」
―その少し前、特防室。
特務第七の川内「こんばんはーっと。仕事納めなのにこんな時間にごめんなさい。内偵入りたいんですけど」
特防室長・大林「川内ちゃん、久しぶりだね。鷹島さんは元気かな?・・・え?うちに内偵?冗談でしょ?」
川内「冗談で済むと良いんだけど、今うちでも、別のルートで情報の漏えいを追っててね。大規模侵攻の時に一時的にロストになった子たちを洗い直しているところなの」
特防室長「大規模侵攻で一時的にロスト?まさか、うちの瑞穂君を?」
川内「んー、言いづらいんだけど、うち独自の判別では、結構アウトっぽいんだよね」
特防室長「冗談でもそんな事を言わないでくれ。あの子はとてもいい子なんだから。・・・え、冗談ではない?」
川内「本人に自覚がないケースが多くて、すごく辛いんだけどね。たぶんここの瑞穂さんも、今までのケースから行くと、黒だよ」
特防室長「・・・どういうことなのか、詳しく教えてくれるかな?」
川内「大規模侵攻や普通の作戦で、一定時間ロストしてから戻ってきた子って、いつの間にか深海化している事があるらしいの。たぶん、ロストした時間に何かが起きているんだろうけれど、どんな条件が揃ったらそうなるのかは、まだわからないのよ。密かに深海化しているらしい子を、判別しながら『駆除』してきたんだけど、次第にデータが揃って来て、どうもそういう事らしいと分かってきたところなんだよね」
特防室長「・・・確かに、うちの瑞穂君は大規模侵攻の生き残りだ。しかし、にわかには信じられないな。どうやって判別を?」
川内「ほら、うちには元・深海棲艦がいるから。あの子にターゲットの動画を見せて約七割、あとは、大破クラスのダメージを与えて、命の危険が迫ると、大抵は『変化』するよね」
特防室長「・・・うちの瑞穂君は、今どの段階だね?」
川内「まだ判別前。でも、データによるとほぼ間違いなく深海化してるはず。本人に自覚があるかどうかは分からないけれど」
特防室長「なんて事だ・・・。そこから情報が洩れていると?」
川内「そこまでは、ボスも分からないって言ってた。ただ、基本、敵が身内の中に紛れ込んでいる形になっているわけだから・・・」
特防室長「あってはならない事なのは理解できる。しかし、本人にも自覚がないのに排除されるというのは・・・」
川内「仕方ないよ。可能性を排除しないと、薄い勝ち目がもっと絶望的になっちゃうし」
特防室長「もしも、彼女が深海棲艦でも、なるべく排除せずに身柄を拘束してもらえないだろうか?」
川内「多分無理だけれどね。今までのケースでも、おとなしかった子に何度か大ダメージを与えられたから」
特防室長「もちろん、会話が可能で、抵抗が無かった場合に限るよ」
川内「どうするつもりなの?」
特防室長「そういう状態の子たちが、本当に敵で、情報が洩れているのか、まず調べるべきだと私は思うからだ。会話が可能なら、行動はだいぶ制限されるが、まず少しでも情報を得たいし、ここには藤瀬研究員もいる。深海化した子たちを元に戻す方法を見つける手掛かりになるかもしれない」
川内「・・・こんな事は言いたくないけど、うちのボスも言っていたけれど、室長さんはちょっと甘いんじゃないかなぁ?敵はとにかく排除するしかないよ。あいつらに会話なんか通じないんだから。元・艦娘だったとしても、艦娘の敵になっちゃったら、排除するしかない」
特防室長「私にそういう陰口があるのは認識しているよ。しかし、あんまりな気がするがね。・・・いや、そもそも君の所は深海棲艦を運用しているんだから、それは語るに落ちないかな?」
川内「んー、そこはボスも矛盾しているのわかってるみたいだから、何も言えないや。私はあの子嫌いだけれど、会話は成り立つんだよねぇ。ややこしい事に」
特防室長「人はみな矛盾を抱えているものだよ。この仕事をしていると、特にそう思う。だから、『矛で盾を突く』のではなく、『矛と盾を手にする』のが、防諜の本当の深さだよ。排除は一理あるが、情報はたいして得られないからね。『相手に知られずに、相手を知る』という矛盾の突き詰めが防諜だと、私は思っているんだよ」
川内「言われてみれば、そうかもね。なるほど・・・。でも、あはは!私にはちょっと苦手な仕事かな。・・・で、瑞穂さんはもう上がっちゃったの?」
特防室長「彼女は形ばかりの査察の形をとったバカンスで、特務第二十一号鎮守府、堅洲島に今夜渡り、年明けに帰ってくる予定だよ」
川内「うわ、まーた特務第二十一号か。ほんとジャマな鎮守府だなぁ。調べようとしても情報レベルが高くてアクセスできないし」
特防室長「邪魔?」
川内「『艦娘矯正施設』の時雨、うちに引っ張ろうと思っていたんだけど、もう特務第二十一に異動済みになってたし」
特防室長「ああ、それどころか、多分年明けにはすごい噂になるだろうが、ここの第二部の榛名も先ほど異動が決まったよ」
川内「・・・えっ?ええっ?それって、あの榛名さんを負かしたって事?」
特防室長「どうも、三本勝負ストレート負けだったみたいで、憑き物が落ちたようにしおらしくなっていたそうだよ。つい先ほどの話だけどね」
川内「いや、ちょっとそれは、信じられないなぁ。何か、話が付いたとか条件が折り合ったとか、そういうのでしょ?きっと」
特防室長「いや、特務第八のヨシノさんが見届け人だから、それはないね。詳細はいずれ報告書が上がってくると思うが、とにかく榛名はろくに試合にならずに負けてしまったらしい。・・・そもそも、まあ、あの人が相手では、何の不思議もないがねぇ」
川内「え?室長さんは知っているの?特務第二十一の提督の事を」
特防室長「あの人の名前は情報レベルの関係で出せないが、会えば君の提督も・・・鷹島さんもすぐにわかると思うよ。それくらい、軍属の間では有名な人だから。もっとも本人は、自分の名前が出ることを嫌うし、有名人になっていることもあまり気に入らないようだけどね」
川内「よく分からないんだけど、うちのボスよりも強いの?」
特防室長「率直に言うと・・・鷹島さんの銃の腕前は相当なものだけれど、多分勝負にならないよ。彼の強さはそういう、比較できるものとは何か異質な気がするくらいだからね」
川内「そんなに?ちょっと信じがたいんだけど・・・」
―川内は、最強と信じて疑わなかった自分のボスが、遠回しに貶められたような、少し嫌な気持ちになった。もちろん、特防室長がそんなつもりで言っているわけではないのを理解しているのだが、それでもいい気分はしない。
―『対象Dとだけは交戦するな』
―川内は、特務第七であいさつ代わりに交わされる言葉を思い出した。
川内(いや、まさかね。重度の戦闘ストレス障害から復帰した人はいないのだし。別の誰かだよね?)
特防室長「そろそろ私も上がるんだが、話が長くなってしまったけど、瑞穂君はそういうわけで、そろそろ発ったか、もう発つころだと思うよ。年明けなら私も立ち会えるから、それでいいんじゃないかな?」
川内「忙しいところ、ごめんね、室長さん。一応行ってみるけど、まあそうだよね。また連絡しまーす!じゃあ、良いお年を!」
特防室長「ああ、君も良いお年を!・・・それと、瑞穂君には、決して手荒な事はしないでくれ」
川内「なるべくそうしまーす!」
―ガチャッ、バタン
―しかし、川内は部屋を出ると、非常階段を一気に駆け下り、水上機発着所に向かった。
―水上機発着所。既にこの日の着水予定はないのか、詰所は閉じている。しかし、格納庫は開いており、桟橋では一機だけ見慣れない水上機がアイドリング状態になっていた。おそらく、これから発つ機体だ。
―川内は自然体で格納庫に入っていく。若い整備員が、ストーブの横で退屈そうに新聞を読んでいた。
川内「こんばんはー。休憩中にごめんなさい。特務第二十一号行きの水上機は、そこのアイドリング中の機体でいいんだよね?もしかして私、出遅れちゃったかなぁ?」
若い整備員「(うわ、艦娘だ!可愛い子だなぁ)あ、はい!出遅れではないです。もうじき発つ予定だそうで、点検・整備も完了しています!」ビシッ
川内「ありがとう。私っておっちょこちょいでさー、たまに搭乗機体を間違えて怒られちゃったりするんだよねー。あ、でも、私がここで確認したのは内緒にしててね?」
―川内はそう言いながら、すぐそばの自販機に向かった。
川内「整備員さんは何がいいの?」
若い整備員「いや、そんな、いただけないですよ」
川内「んーん、口止め料みたいなものだね。貰ってくれないと安心できないなぁ、なんてね!」
若い整備員「あ、じゃあスイマセン、そういう事なら、微糖のコーヒーでお願いします」
川内「へぇ、私も寒い時は好きだよ、微糖の缶コーヒー」ポチッ、ガコン、ポチッ、ガココン
―川内はそう言うと、缶コーヒーを整備員に手渡した。自分の手が、整備員の手にそっと触れるような渡し方で、だ。
若い整備員「ありがとうございます!(整備員やっててよかった!)」
川内「じゃあね、良いお年を!」
若い整備員「はい、艦娘さんも!」
―川内は缶コーヒーを飲みながら、格納庫を出た。鎮守府を移動する水上機には、大抵外部にも備品を入れられるハッチがある。年明けまで待つのも面倒だし、特務第二十一号の提督が、どんな人間なのかも興味がある。
―ただ、問題は、特務第二十一号鎮守府自体の司令レベルだ。それが自分の所属する鎮守府よりも高い場合、その鎮守府の担当区域内にいて、自分の提督がいない場合は、そこの鎮守府の指示を仰ぐことが義務付けられている。しかし、特務第二十一号は司令レベルも謎だ。同じならいいが、高かったらまずい事になる。
―川内は闇に紛れて『わだつみ』の外部予備備品ハッチを開けた。大型の機体のせいもあるが、特に何も入っていない。かがんで横たわれば、十分に入っていられる。
川内(いいや、とにかく色々モヤモヤする。特務第二十一号に渡っちゃおう!)
―バゴン、ガシャン!
―川内は予備備品ハッチ内に入ると、内部ロックをかけ、目を閉じた。それが一番気配が消えるからだ。
―ほどなくして、次第に大人数の艦娘たちの気配がし、水上機のエンジンが回り始めた。
川内(そろそろだね・・・)
―背中から、ハッチの開く音や振動、くぐもった会話等が伝わってくる。
川内(なんか、人数がとても多いなぁ。雰囲気は…よさげだね)
―やがて、ハッチの閉じる音がし、エンジンの音と振動で何もわからなくなった。ふわり、と離水する感覚がある。
川内(さ、もう後戻りはできないね・・・)
―こうして、堅洲島のメンバーと特防の瑞穂、矯正施設にいた時雨と、芸能部の榛名、荷物に隠れた下田鎮守府の金山刀(かなだ)提督と、ハッチに忍び込んだ川内、という、カオスな乗客を乗せて、『わだつみ』が年の瀬の横須賀を後にした。
―同じころ、堅洲島鎮守府。
―陽炎と不知火は、臨時秘書艦組と陸奥のサポートで、時雨、榛名、瑞穂の部屋のメイキングを手伝っていた。シーツや布団類、タオル等を各部屋に運び、吹雪や電、五月雨が仕上げている。
陽炎「んー・・・」
不知火「さっきから、何か気になる事でもありますか?」
陽炎「なーんかさあ、胸騒ぎって言うのかな?そんな感じがするのよね」
不知火「・・・ああ、それはきっと、夕食で食べた『イワシ天ぷら定食』の食べ過ぎですね」
陽炎「なるほどねー。とてもおいしかったからなぁ・・・って、胸やけと違うわよっ!」
不知火「正直なところ、とても驚いています。そんな繊細な事を言うタイプではないとずっと思っていましたからね」
陽炎「わあ、なにげにひどーい」
不知火「でも、気になるなら陸奥さんに一言言っておいた方が良いかもしれません。司令が良く『小さな予兆や違和感も見落とすな』と言っていましたし」
陸奥「あら?何の話?二人とも、お手伝いお疲れ様ね。まさかこのタイミングでお客さんや仲間が増えるなんて」
不知火「あ、陸奥さん。陽炎が珍しく、何か胸騒ぎがする、と言っているものですから。ただ、もしかしたら胸焼けかもしれませんし、おそらく胸焼けだとは思うのですが」
陽炎「そこまで私を胸焼けにしたいの!?」
陸奥「あらあら。私も夕食は『イワシ天ぷら定食』だったわ。あれは美味しいわよね。でも、分かったわ。直感はとても大事だもの。まして今日は仕事納めの日だし、警戒が緩みがちだわ。提督に連絡して、少し警戒レベルを上げておくわね」
陽炎「ほーらね!陸奥さんは分かってくれるのよ!」ドヤァ
陸奥「ううん、実は私も少しだけ、何か心がざわつくのよね・・・」
―陸奥は部屋の支度が終わったら、鎮守府周辺と海域の警戒レベルと、通信波検知器のセキュリティレベルを少しだけ上げることに決めた。
―本当は、自分の心がなぜざわつくのか、陸奥は知っている。
陸奥(あの人、戦ったのよね。心を静められるのかしら?)
―陸奥は窓の外の、深い夜の闇を見た。
陸奥(無事に帰ってくるとは思うけれど・・・)
―同じころ、横須賀~堅洲島航路、水上機『わだつみ』内。
―『わだつみ』は離着水時を除けば、飛行中はテーブルについてコーヒーが飲めるくらい静かだ。同型機は高級なプライベートフライトに使われているようなクラスなので、当然と言えば当然だが。
―忙しかった提督と榛名、瑞穂は、遠ざかっていく本土を眺めながら、小さなラウンジで遅い夕食を摂っていた。
提督「なんだこのサンドイッチ、やたらうまいな!」モッシャモッシャ
漣「でしょー?たくさん買っときましたから、好きなだけ食べて、残りは夜食にしちゃえばいいんですよー」
榛名「食べ慣れていたはずのに、とてもおいしいです!・・・やっぱり、一人じゃないと全然違いますね。それに、水上機で移動する夜の海は、何だか、ワクワクします!」
瑞穂「そうですね。誰かと食べる食事って、とても美味しいと思います。不思議なものですよね」シミジミ
足柄「あらっ?瑞穂さん、誰かいい人がいるのかしら?」
瑞穂「・・・あっ、いえ、決してそんな事は」ポッ
磯波(・・・いるんだ)
漣(いるねー)
曙(ふーん・・・)
金剛「その反応だと、瑞穂さんは隅におけないネー!どんな人なんですか?」
瑞穂「えっ?えーと、聞かれると良い部分が良く分からないんですが、一緒に居ると安心します」
扶桑「そういうのが一番だと私は思うわ。素敵ですね」
山城「その人とは旅行に出たりはしないの?」
瑞穂「旅行、ですか。そうですね。いつかそんな日が来ればいいなって、思っています」
提督「ははっ、なかなか甘い話になってきたなぁ。甘いと言えば、執務室の菓子が恋しいな。結構予定を詰めすぎてしまったからなぁ」
初風「そうよね。私も。間宮さんたちの作るお菓子を食べるのが、毎日のささやかな楽しみよ」
如月「あっ、私は展望室で休憩の時に食べるのが好きよ」
提督「ああ、わかる。広い海原と薄いコーヒーと、クッキーが良く合うんだよな」
如月「そうそう、何とも言えない気持ちになるのよね。・・・私はまだコーヒー飲めないけれど」クスッ
叢雲「そういえば、私まだ、展望室で休憩したことが無いわね」
提督「え?そうだっけ?明日からは年末年始休暇だし、おれも適当に展望室に居たりするから、その時に来たらいいよ」
叢雲「そうさせてもらうわ。休みと言っても予定もないしね」
―約一時間後、フタフタマルマル(22時)。特務第二十一号鎮守府、堅洲島。水上機発着所。
提督「ふ、たった一日だってのに、ずいぶん懐かしい感じがするもんだ。みんなお疲れ。秘書艦以外は基本、ここで解散で。新規のメンバーと秘書艦は、執務室で軽い打ち合わせの後に解散とする」
瑞穂「待ってください!」
提督「ん?」
瑞穂「提督さん、ごめんなさい。艦娘を一艦隊、ここに展開してください。そして、銃を持っている艦娘も、ここを取り囲むように配置してください。その上で、お話ししたい事があります!」
―瑞穂の声は震えている。冗談ではないし、ただ事でもないようだ。
提督「ごめん、瑞穂さん。言っている意味がわからない。ここにそれだけの脅威があると?」
瑞穂「脅威・・・もありますが、あくまで話がしたい事があります。その場を整えるのに、出来る限りこちらに敵意が無い事を伝えたいのです」ギュッ
―提督は瑞穂の眼を覗き込んだ。暗さの向こうに小さな、強い光がある。それはかつて、自分の「戦う理由」を全否定したものと同じだ。
―誰かを、何かを守ろうとする眼だ。
提督「・・・いいだろう。叢雲、陸奥に連絡、ここの警戒態勢を第二次に」
叢雲「・・・わかったわ」
提督「扶桑、銃を持たない艦娘で一艦隊編成。その後、水上機周りに待機せよ」
扶桑「かしこまりました。すぐに!・・・行くわよ、山城。、急いで!」ザッ
山城「な、何が?」
扶桑「提督の声でわかるでしょう?何かが起きるのよ。急いで!」
提督「初風、銃を持っている艦娘全員に、この周りを三重で取り囲むように。暁は響と共に狙撃準備」
初風「わかったわ」ダッ
暁「うん、すぐに準備するね!」
提督「曙、おれの部屋のベッド下の木箱から、小刀を持ってきてくれ。それと、ロッカーの奥に古いタクティカルコートがある。それも頼む」
曙「刀とコートね?わ、わかったわ!」
提督「磯波、金剛はおれの護衛で控えてくれ」
磯波「わ、わかりました!」
金剛「任しとくネー!」パキポキ
提督「漣、榛名と戦った時のスーツケースを」
漣「ほいさっさー!」
提督「あと、如月、野外用のテーブルと、コーヒー、お茶、適当なお菓子を用意してくれ。これは、残りのメンバーに協力してもらい、おれが必要だと言ったら、出してくれ(小声)」
時雨「僕はどうしたらいいの?司令官」
提督「ここで成り行きを見守ってくれ。榛名も護衛と見届け役でここにいてくれればいい」
時雨「わかった。僕、ここにいるね」
榛名「榛名、諒解しました!」
―こうして、わずか数分で、提督、瑞穂、水上機を、陸と海から取り囲み、警戒する体制が整った。
提督「あなたの希望通り、今考えられる最大限の警戒態勢を整えたよ」
―提督は曙から受け取った、古いタクティカルコートに袖を通し、戦場拵えの小刀をコート内のバレットに留め、黒の防刃手袋に、左手にはいつもの大型拳銃、という姿だ。
水上機の中の川内(なに?何が起きているの?バレてはいないはずだけど・・・)
瑞穂「大変なお手数をおかけしていますが、即断してご対応していただき、誠にありがとうございます。この後、私が話すことによっては、即、号令をかけていただければ、その脅威はすぐに消え去ります。その上で、話を聞いていただきたい事があるのです」
提督「・・・瑞穂さん、君は深海化しているのかい?そして、敵意が無い事、いつでも排除に従う意思をここまで見せたうえで、どうしても聞いてほしい話があると?」
他のメンバー「ええっ?」
瑞穂「ああ・・・来てよかった。本当に聡い人ですね。・・・はい、私は深海化しています。今はだいぶ良いのですが、一時は制御が難しいほどでした」
漣「えっ?深海化、しているの?」
提督「・・・それは、知らない間に?」
瑞穂「はい。私は、自分がいつ、どうして深海化したのかを知りません。ただ、考えられるとすれば、大規模侵攻で一度、命を落としかけたのです。その間に何かがあったのでは?と考えています」
提督「なるほど。・・・失礼な質問だが、当時、ケッコン関係や性的関係は?」
瑞穂「あなたや藤瀬研究員さんが提唱している、深海化の因子の件ですね?・・・ありませんでした。私は、鎮守府の末席を汚す程度の立ち位置でしたから」
提督「ふむ、先ほど、制御できると聞いた気がするが、例えば今、ここで深海化できるかな?」
瑞穂「それが、以前は抑え込めなかったのに、今は深海化するのも難しくなっています」
提督「ほう、それはなぜ?」
瑞穂「はい・・・それは、私がある人と関係を持った為かと思っています。何かが心の中から抜けて、安心できるんです。そして、私が話したい事は、その方についての事です」
提督「話が見えてきたぞ。それは、下田鎮守府の提督ではないのかな?」
瑞穂「・・・はい。私は、あの人をかくまっています」
提督「なるほど。で、彼は今どこに・・・!まさか?」
瑞穂「ここに、荷物を偽装して連れてきています。解放して、話し合いの場に出してもよろしいでしょうか?」
提督「構わない。が、おかしな動きを見せたら、提督の方から排除する」チャッ
瑞穂「わかりました」
提督「金剛、榛名、彼女の話を聞いて、下田鎮守府の提督が隠れている荷物の偽装を解除。武装や爆発物の可能性もあるから、準艤装であたれ」
榛名「諒解いたしました!」
金剛「任せるネー!」
瑞穂「提督を隠してあるのは、その、シートで覆われた機密書類の張り紙がある荷物です。くり抜いた大型の書類ケースを二つ、重ねています。・・・篤治郎さん、こちらの鎮守府の榛名さんと金剛さんが包みを開けます。絶対におかしな動きをしないでくださいね」
曙(下の名前で呼んでる・・・)
―包まれた荷物の中から、男の声で「わかった」と声がした。
―金剛と榛名が用心深く包みを外し、ケースを外すと、士官服のズボンにセーター姿の男が姿を現した。
提督「やれやれ・・・ここは男はお断りなんだがな。あなたが下田鎮守府の提督かな?お初にお目にかかる。私は、特務第二十一号、堅洲島鎮守府の提督だよ。名前は戦時情報法の保護下にあり、名乗れない事をご理解いただきたい」
下田鎮守府の提督「すまねぇ、大変な面倒をかけてしまってるな。おれは下田鎮守府の提督、金山刀篤治郎(かなだ とくじろう)だ。こんな手段で勝手に入ってきたことを、まずは謝りたい。本当にすまねぇ」
提督「謝る必要は無いな。瑞穂さんは特防でありながら深海化を秘匿しており、逃走中の犯罪者を匿い、あろうことか特務鎮守府にともに入り込み、何か勝手な頼みごとをしようとしている。で、君は更迭中に特防の瑞穂さんに性的暴行を加えて逃走。艦娘の評価は非常に悪いし、自首する意思も無し、と・・・」
瑞穂「・・・性的暴行は、捏造です。私の」
下田鎮守府の提督「・・・何が言いたい?」
提督「まず、一人ずつ、ここに来た用件を手短に伝えてほしい」
下田鎮守府の提督「噂では、深海化した艦娘は行方不明の形で『処分』されてるって噂だ。だけど、それはあまりに勝手で理不尽だ。瑞穂が殺されたりする事の無いようにしてほしいんだ。本当にいい子だから。おれは別に、吊るされたって消されたって構わねえ!」
瑞穂「私は、深海化した自分が排除されるのは、仕方がない事だと思っています。ただ、色々調べると、更迭扱いになったこの人が、実際は何も悪くなくて、どうもおかしな力が働いているようです。このままだと、私の件に絡めて、都合よく消されてしまうかもしれません。この人が無実の罪を着せられず、また自由の身になれれば、それでいいです」
下田鎮守府の提督「仕方ないなんて言うなよ!二人で生きるって約束したろう?」
瑞穂「しかし、任務の重みも良く理解しています。そこが噛み合わなければ、私たちはただの害として排除されてしまいますし、それは正しい事ですから」
提督「ふむ。・・・で、なぜ、おれに?」
下田鎮守府の提督「瑞穂と相談して、アンタが一番、話が出来て、頼りになりそうだったからだよ」
―瑞穂は無言で、同調するように頷いた。
提督「はぁ、まーた、知らない人に知られているってアレか」
叢雲(こんな話、どうするつもりなのよ・・・。場合によっては、うちの鎮守府が吹っ飛びかねない案件よ?)
―人は沢山いるが、異様なほどに静まり返っていた。提督は空を見上げる。やや欠けた月は水平線に近く、雲一つない夜空に、沢山の星が輝いている。澄んだ夜だ。
提督「・・・結論から言おう。ここで、どちらかに死んでもらう。そうすれば、全てを丸く収めることが出来る。もちろん、残った方の希望をかなえることはできるだろう。だが、二人は無理だ。この鎮守府の信頼を損ない、全て無に帰したら、本末転倒だ。・・・そもそも、問答無用で君ら二人を排除すべきなのが本来の姿勢であるべきだ」
堅洲島の艦娘たち(!!!)
―提督はコート内のソードバレットから小刀を抜き、左手の拳銃のセーフティを解除した。
提督「考える時間は五分やろう。中途半端な覚悟とみなされる場合は、どちらも身柄を拘束させてもらい、上層部に引き渡す。抵抗すれば即、排除する。君らが互いを大切なように、おれはここの皆が大事だ。そこは理解してもらいたい」
瑞穂「・・・おっしゃる通りです」
下田鎮守府の提督「そうか、やっぱり、二人は都合がよすぎるか。アンタの知恵をもってしても、無理があるよな・・・勝手な話なんだしな・・・」
提督「・・・」
―長い五分間が、始まる。
第二十九話 艦
次回予告
自分の命と引き換えに、互いを守ろうとする瑞穂と、下田鎮守府の提督。
提督はそんな二人の眼に、過去の何かを思い出す。
そして、事の顛末を知った特務第七の川内は、それでも自分の任務をこなすべく活動を開始するが・・・。
ますます目が離せない、「地図に無い島」の鎮守府の波乱。
次回、『誰も寝てはならぬ・後編』乞う、ご期待!
時雨『やあみんな、良いSSだね。読んでくれないと、失望するよ?』
現在イベント攻略中です。
E1とE2は甲でクリアしましたが、E3はお話にならなかったので、乙に落として、それでもラストが抜けられません。
いやぁ、難しいですね。
作者様、いつも楽しく拝読させて頂いてます。
これからも頑張って下さいm(_ _)m
コメントありがとうございます!
皆さまからの言葉をいただくと、本当に励みになります。
まだメンバーも揃いきっていませんし、先の長いSSですが、じっくり楽しんでいただけたらと思います。
おもしろい
とにかく続きを読みたい
コメントありがとうございます!
おもしろい、と言われるのは、何よりのエネルギーです。
本編はやっと暖まってきたところですので、今後もより、面白いと言われるように頑張っていきます。
応援、ありがとうございます!
続きー!早く来てくれー!!
伏線が解放されてく感じがすごく好きです。
結構前の話であった、雪風が起こす奇跡のくだりとか早く読みたいですね!
応援ありがとうございます。
続き―、一生懸命書いてますので、もう少しお待ちくださいね。
コメントありがとうございます!
沢山の伏線と、その解放は、このSSのキモの一つなのですが、雪風のエピソードはまだいくつか伏線が貼られていきます。
年明けに提督から、希望している備品を貰うと、他の艦娘たちには理解できない自主練を取り入れたりし始めます。
まだまだ先ですが、きっと「雪風すげぇ!」と思ってもらえるエピソードになりますので、楽しみにしていてくださいね。