「地図に無い島」の鎮守府 第三十話 誰も寝てはならぬ・後編
五分という時間の中、究極の選択を迫られる、深海化した瑞穂と、下田鎮守府の提督。
銃を構える提督と、見守る艦娘たち。
そして、五分が過ぎる。
瑞穂の暗殺目的で堅洲島に侵入した川内は、自分の判断の誤りに気付きつつも、先走った任務を達成しようとするが・・・。
お待たせしました。
前半部分は読んでください、としか言いようがありません。
後半部分は、川内の暗殺任務の経過となりますが、最近出ていなかった大天使さんと、あの先生が活躍します。
練習巡洋艦の特殊能力は、今後もしばしば出てきますが、このSSの世界では、極端に遭遇率が下がっている、貴重な艦娘になってきています。
これもまた、艦娘側が苦戦気味の原因の一つだったりします。
[第三十話 誰も寝てはならぬ・後編]
―12月29日、堅洲島鎮守府、水上機発着所。フタフタサンマル(22時30分)。
―桟橋に立つ、提督、瑞穂、下田鎮守府の提督を、多くの艦娘たちが遠巻きに取り囲んでいた。海には、扶桑を旗艦として出撃した、山城、利根、筑摩、赤城、加賀の一艦隊が。陸上では、銃を所持している艦娘が、それぞれの銃の射程距離から最適な配置について成り行きを見守っている。
利根「なあ扶桑姉妹よ、何が起きておるのじゃ?水上機から出てきた男、ズボンが士官服のそれのようじゃが・・・」
扶桑「おそらく、想定外の、しかしとても重要な事としか。利根さんたちや赤城さんたちが居てくれて良かったわ」
利根「なんの。状況はわからぬが、吾輩たちは扶桑の指示に従うからの。・・・のう、筑摩よ」
筑摩「はい。それにしても、提督が武装している姿を初めて見ましたが、やっぱりあの方は相当お強いですね」
山城「強いも何も・・・特務案件にあった横須賀鎮守府、第二部の榛名さんと提督の立ち合い、榛名さんは勝負もろくにさせてもらえないほどだったわ。だから、榛名さんはここに異動する事になったんですけれどね」
筑摩「ええっ?じゃあ、あの榛名さんは、横須賀鎮守府・第二部の榛名さんですか!」
赤城「え?それはどういう立ち合いで?」
山城「三分以内に一本を取る、というルールの三本勝負で。実力に差がありすぎて、勝負になっていなかったわ。そのせいか、榛名さん、初対面の時は相当ひどい態度だったのに、すっかりしおらしくなってしまって・・・」
加賀「・・・その話、後で詳しく聞きたいわ。でも、今は私語を慎むべきよ。提督が少しだけ、難しそうな表情をしているもの」
赤城「そうね。ごめんなさい」
―堅洲島鎮守府メイン棟、東側非常階段、三階踊り場。シートを敷き、双眼鏡を構えて座る暁の右肩に、やや後ろに同じように座っている響の、SVDドラグノフの銃身が乗っている。
響「姉さん、指示通りには配置についたけれど、まだ威嚇射撃くらいしかできないよ?」
暁「司令官もそれはわかっているはずよ。配置につくことの方が大事みたい」
響「発着所で、何が起きているの?」
暁「わからないわ。分からないけれど、たぶんとっても大事な話よ。成り行きを見守って、指示を待ちましょう?」
響「そうだね」
―再び、水上機発着所、桟橋。
瑞穂「提督さん、お手数をおかけいたしますが、艦娘さんたちに指示を出して、砲撃をお願いいたします。私が、消えるべきですから・・・」
下田鎮守府の提督「やめろ瑞穂!勝手な事を言うな!それじゃあ、ここまで、こんな苦労して来た意味がねぇだろう?」
瑞穂「でも、こちらの提督さんの言う事はもっともです。本来、私たちは問答無用で捕縛されても当然の立場。なのに、こちらの提督さんは場を整えて話を聞いてくれ、譲歩案まで出してくれました。ここは・・・私が・・・消える・・・べきなんです」ツウッ・・・ハタタッ
―瑞穂の涙が桟橋に落ちる音が、提督には聞こえていた。
下田鎮守府の提督「だめだ!特務第二十一号の提督、今すぐおれを撃ってくれ!頼む!」
提督「一分経った。あと四分」
瑞穂「そんな事させません!」バッ!
―瑞穂は、前に出ようとした下田鎮守府の提督の前に出ると、両腕を広げて、提督の銃の射線を防いだ。
下田鎮守府の提督「瑞穂!邪魔をするな!お前はおれに、お前が砲撃されて死ぬ姿を見せる気なのか!」
瑞穂「その言葉、あなたにそっくりお返しします!あなたのそんな姿を見たら、私・・・きっと自分を保てない。深海化して、ここの皆さんにだって迷惑をかけます。あなたを失った上に、沢山の人に迷惑をかけながら、深海化して死んで行けと言うんですか?」
下田鎮守府の提督「くっ!なら、今ここの所属になってしまって、居場所を作ってからなら大丈夫だろう?」
瑞穂「そういう問題じゃないです。わかって・・・いるくせに!」
提督「・・・あと三分だ」
―この状況を見ている艦娘たちも、それぞれ、様々な事を考えていた。
叢雲(二人は真剣に互いの事を考えて、うちの提督なら力になる、と考えたのね。鎮守府としては即捕縛しないといけない事だけれど、アイツは話は聞いている・・・じゃあ、なぜ5分の時間を設けたの?)
漣(ご主人様なら、きっと何とかできるはず。鎮守府としては対応してはいけない話だけれど、この五分はきっと、この二人の本気を見極めているのね・・・。あとは、たぶん・・・私たちの納得、かな?)
磯波(瑞穂さんと下田鎮守府の提督さん、本当にお互いの事を考えた関係のように見えます。何とか、ならないんでしょうか・・・)
初風(自分たちのロマンスに酔っている、というわけではなく、真剣に状況が見えているのね、この二人。提督は・・・きっとまた、私たちの予想外の何かに考えを巡らせているわね。私には、わかる・・・)
足柄(特防の秘書艦が知らない間に深海化しているなんて、とんでもないスキャンダルよ。何より気になるは、それが瑞穂さんだけなのか?という事。そうでなかったら、上層部そのものが信用できなくなるわ。ただ引き渡すのは、あまり上策ではない気がするけれど・・・)
曙(あんなに仕事ができて、素敵で、見た目も私たちと変わりないのに、深海化すると、本当に全てを失うのね。私、どこか簡単に考えていたなぁ・・・)
―曙が考えているのは、自分と提督との関係に想像力を働かせた時の事だ。
時雨(司令官、君がどこまで考えている人なのか、見極めさせてもらうね・・・)
金剛(きっと、提督なら・・・)
―金剛は何も心配をしていない。
榛名(なぜでしょう?こんな難しい局面でも、不安を感じません・・・)
―少し前までは、全てが不安だったはずなのに。榛名には、提督が何を考えているか?までは分からない。しかし、提督がこの状況でも落ち着いているのだけはわかる。
提督「・・・あと一分だ」
―ここで、下田鎮守府の提督は、優しく、しかし力強く、瑞穂をどかして、瑞穂の前に出た。
下田鎮守府の提督「・・・瑞穂、今までありがとうよ。分かっていたんだ。おれの人生は、ここで終わりでいい。こんな幸せな終わり方があるか。・・・特務第二十一号の提督、ごたついちまって申し訳ねえ。面倒をかけるが、おれでいい。よろしく頼む」
瑞穂「だめ!ダメです・・・!」
―瑞穂は、下田鎮守府の提督の顔を見て、それ以上何も言えなくなった。従わなくてはならない。そんな気持ちが、自分の感情を強力に抑え込んでしまう。
下田鎮守府の提督「最後にさ、このまま男として死なせてくんねぇか?あと、約束してくれ。この人は約束をきっと守ってくれる。だからさ、瑞穂、この後おれが死んでも、誰も恨まず、深海化しないでくれ。おれは、死ぬ瞬間まで見ているからな?そして、死んだ後もずっと。だからお前は一人じゃねぇ。深海化したからって、仲間に殺されたり、寂しく死んでいく事もねぇんだ。それがおれの、幸せだ」
―瑞穂は桟橋に崩れ落ちてしまった。
瑞穂「・・・わかり・・・ました」ポタッ・・・ハタタッ
―顔を伏せている瑞穂の下の桟橋に、涙の点が増えていく。声を殺して泣いているのだ。
―グス・・・。
―堅洲島の艦娘の何人かも、無言で泣いているらしい。
提督「・・・時間だ。では、そういう事でいいかな?個人的には、おれも、ここは男が死ぬべきだと思う。そして、約束しよう。彼女の深海化が進行しない限り、おれと、この鎮守府は、彼女が決して理不尽な殺され方などしないように、全力で守り通すと」
下田鎮守府の提督「ありがてえ。じゃあ、面倒をかけるが、手を汚させてすまねぇ」
―下田鎮守府の提督は、すがすがしい笑顔で笑った。
―ズキッ!
―不意に、提督の心か、頭のどこか、又はその両方に、激しい痛みが襲ってきた。
提督(くっ!・・・こんな時に。今はダメだ、持ちこたえろ、おれの心!)
―蠅の羽音の幻聴が聞こえるような気がする。戦闘ストレス障害の発作の前兆だ。だが、今は倒れている場合ではない。震えそうになる手を、心で押さえつける。
提督「艦娘は全員、目を閉じるか、反対方向を見よ!人間の死は君らの心に重篤なストレスを与える。その回避のための処置だ」
瑞穂「私は・・・見届けます」
提督「いいだろう。・・・下田鎮守府の提督、痛みは与えない。この銃の弾丸は、この距離なら脳幹を確実に破壊できるから」
下田鎮守府の提督「手を汚させて済まねえ。じゃあ、さっさとやってくれ」
提督「ああ。目をつぶってくれ」
―下田鎮守府の提督は静かに目を閉じ、堅洲島の艦娘たちは、全員、目を閉じるか回れ右をした。狙撃で控えている暁は状況を読み、響と一緒に目を閉じる。
瑞穂「篤治郎さん、ずっと、ずっと愛しています・・・」
下田鎮守府の提督「ありがとうよ。おれもだよ」
―バンッ!
―提督の大型拳銃の銃声が、澄んだ夜空に響き、そして消えた。小刀をソードバレットに収める音がする。
提督「全員、視線回復!」
堅洲島の艦娘たち「ああっ!」
―提督の大型拳銃は、空に向いており、わずかな硝煙が銃口から漂っていた。驚いた顔をして立っている、下田鎮守府の提督と、茫然としている瑞穂。
扶桑「・・・何が?どういう事?」
下田鎮守府の提督「・・・おい、何で撃たねえ?」
提督「何を言っている?撃ったし、君は今ここで死んだ。そして瑞穂さんは、深海化をしなかった。これは、おれの読みよりも遥かに良い結果だ。死神と賭けをして勝てる者はそういないが、勝ったものは大抵、全てを得る。・・・ウィナー・テイクス・イット・オール(勝者は全てを得る)だな。まあ、滅多にある事ではないが、今のところ、愛があったというのが勝因だろう」
瑞穂「・・・え?じゃあ、私たちは?」
提督「二人の力になろう。あなたが深海化しなかったのは、おれの予想外で、ほぼ賭けだったが、それに勝てた以上、おれとしても、鎮守府としても、あなた方二人を助けることに意義を見出す道もある」
下田鎮守府の提督「マジでか!なんで?」
提督「風評と違い、君は大事な者の為に命を投げ出せる男だったし、瑞穂さんは深海化しているのに感情に勝った。なら二人とも、死ぬ理由はない。そして、殺される理由もない」
瑞穂「ああ・・・ありがとうございます!ありがとうございます!」
下田鎮守府の提督「本当に済まねえ!ありがとう。面倒をかけちまうが、出来ることは何でもやらせてもらうぜ・・・本当にありがとう!・・・くっそ、涙が止まんねぇぜ」
提督「全員、武装解除!これより、客人をもてなす準備に移れ!・・・ようこそ、堅洲島へ!お二人さん。歓迎させていただこう!」
堅洲島の艦娘たち「諒解いたしました!」
下田鎮守府の提督「瑞穂!」
瑞穂「篤治郎さん、本当に、良かった!」
―瑞穂と、下田鎮守府の提督は、抱き合って、泣いた。それを見ていた堅洲島の艦娘たちも、ほとんどが涙を流している。
山城「・・・扶桑姉さま、戻って艤装解除しましょう」
扶桑「え、ええ。そうね・・・とりあえず、良かったわ」
利根「うう・・・筑摩ぁ、良かったのう!らぶろまんす、というやつじゃな!」グスグスッ
筑摩「そうでずね・・・良かったでずぅ・・・利根姉さん」グスッ
加賀「・・・先に戻るわ。この辺を少しだけ見回りして、戻るわね」クルッ、ザアッ
赤城「あっ、加賀さん!・・・行ってしまったわ。加賀さんらしいわね」
山城「加賀さんはこんな時もクールね。あまり、こういう事では心を動かさないのかしら?」
赤城「・・・そうでもないと思うわよ?うふふっ」
―赤城の眼には、港からやや離れた海の上で、空を見上げる加賀の後ろ姿が見えている。
加賀(・・・素敵ね。良かったわ)グスッ
扶桑「提督の心が少し心配だわ。戻りましょう」
赤城「それにしても、提督は怖い方ね。賭け、とは言っていたけれど、あの二人が賭けに負けていた場合や、提督がダメだとみなした場合はどうなっていたのか、想像もつきません。その気になれば、一瞬で全てを無かったことにできるだけの場を整えてありましたし・・・」
扶桑「それでも必ず、一片の優しさを加えているところが、提督の良いところだと私は思っています。きっと、こうなる事を見越していたのよ」
山城「私も、そんな気がするわ。そんな人だから、心を病んだのよ」
赤城「そうなんですよね。上層部もどこまで信用できるのかわからない今となっては、私たちが信用できるのは提督だけ。その提督がこういう方なのは、とても幸運な事だわ」
―およそ一時間ほど後、堅洲島鎮守府、執務室ラウンジ。
―秘書艦全員と、陸奥、臨時秘書艦、瑞穂と、下田鎮守府の提督、時雨、榛名、という、大人数が揃っていた。
提督「さて、これでうちの鎮守府は、やろうと思えばいつでも造反した鎮守府に仕立て上げられかねん危険を抱えたわけだが・・・」
瑞穂「すいません、本当に」
提督「いや、そんなつもりで言ったんではないよ。・・・逆に、二人の覚悟が明確な為、この件を最大限有効に活用し、上層部の信頼度を明らかにしてみようと思う」
下田鎮守府の提督「要するに、裏切り者をあぶり出すッてわけかい?」
提督「そう。おそらく、二人の事に絡んで、必ず何か動きがあるはず。それが敵の尻尾だろうから、それを踏んづけて、隠れている内部の敵を引っ張り出してやるんだよ」
下田鎮守府の提督「だけどよ、それをやろうとしたら、更迭されてこのざまだぜ?」
提督「しかし、君は行方不明になり、瑞穂さんと偶然仲良くなり、賭けにも勝って、今はここにいる。それが敵に想像できると思うかい?こんなチャンスは無いよ。瑞穂さんも深海化を抑えることが出来ているしね。これらのイレギュラーを利用して、色々やってみるさ」
下田鎮守府の提督「あんたなりに、おれとは全然違う絵を描いてるみたいだしなぁ。わかった。おれたちはとことん協力するぜ。何でも言ってくれ!」
提督「では早速。今夜は疲れたろうから、みんなもう休むが、指定する部屋、この、南棟3階の6号室を使ってほしい。この部屋は開放的な場所のようでいて、ちょっと細工すると、途端に逃走経路が限定されてしまう」
瑞穂「ありがとうございます。しかし、これは要するに、刺客の襲撃を想定している、という事でしょうか?そんな危険があると?」
提督「もしかしたら、今夜にも状況が動くかもしれないんだ。ちょっとこれを見てくれるかな?」
―提督はノートタブレットを起動し、通信波検知器と連動しているアプリを起動させた。
下田鎮守府の提督「これ、あれだろ?宇宙からの電波を解析するとか言って、どっかの天文台が配ってるフリーソフトだろ?」
提督「ふふ、面白い事を」
瑞穂「篤治郎さん、違います。よく似ていますが、これは通信波検知器と言って、限定された地域内で使用されている通信機器の電波の種類と数を割り出す機械です」
―このやり取りで、何人かの艦娘の肩が小刻みに震えている。
提督「現在、この執務室ラウンジには、『わだつみ』でここに来たメンバーとその荷物、全てがある。なのに・・・」
瑞穂「・・・反応がありますね」
下田鎮守府の提督「どういうこったい?」
提督「執務室は認証した通信機器以外の電波は使用できないようにされているんだよ。キャンセラーによって自動的に発信妨害される仕組みなんだ。つまり今、この鎮守府のどこかに、我々の知らない通信機器が持ち込まれている、という事だよ」
―アプリの画面では、名前の付いた数本の青い線が規則正しく波を描いて流れていっているが、その線の上に、アンノウン表示された、赤く細い線が一本だけ、途切れ途切れに流れている。
提督「解析では、こいつは圏外ギリギリのスマートフォンの電波だ。つまり、侵入者だよ」
提督と陸奥以外の全員「!」
陸奥「陽炎が胸騒ぎがする、と言うものだから、通信波検知器のレベルを上げたの。『わだつみ』が帰還して来たら一気に認証外の電波が増えたけれど、すべてここに収めてもこれだし、通信機器の数とも合わないわ」
提督「陽炎とむっちゃんはお手柄だな。・・・おそらく、『わだつみ』のどこかに隠れて何者かが侵入したんだろう。しかし、通信波検知器が置いてあるとは想定していないはずだ。こちらは気づかぬふりをして、疲労を演出し、警備が手薄な状態を演出して、あべこべに侵入者を捕まえてやる、という段取りさ」
下田鎮守府の提督「なるほど!じゃあおれたちは、部屋に入ったらカーテンを閉め忘れるとか、遅い時間に閉めるとか、そういう演出で、そこそこ目立っとけばいいんだな?」
提督「そういう事。瑞穂さんは準艤装にはできるかな?」
瑞穂「はい。短い時間なら、大丈夫です」
提督「良かった。それなら、まず陸上で君に危害を与えるのは不可能だ。何かあったら、金山刀さんを守りつつ、すぐにみんなを呼んでもらいたい。近くに助っ人をこっそり配備しておくよ」
瑞穂「ありがとうございます!それにしても、通信波検知器まで配備されているとは、驚きました。差し支えなかったらで結構ですが、ここの鎮守府の司令レベルはいくつなんですか?」
提督「現在でレベル7、年明けからレベル8に昇格するらしいですよ」
瑞穂「なんですって?じゃあ、ここは現時点で横須賀総司令部と同格で、年明けからはそれ以上になるんですか?一体、この鎮守府には何が?・・・あ、すいません。今のは単なる驚きです」
提督「次の大規模侵攻を、この島で抑えなくちゃならないんですよ。やらなくてはならない事は、他にもたくさんあるけれどね」
瑞穂「えっ?」
下田鎮守府の提督「なん・・・だって?」
―普通ならそれは、余命の宣告や、死刑の宣告に等しい。
提督「なので逆に、次回の大規模侵攻は、やつらの大規模全滅に変えるし、それ以前に小規模にしか侵攻できなくしてやるつもりですよ」
―艦娘たちは、提督の話を静かに聞いている。
下田鎮守府の提督「勝算はあるのかい?」
提督「最初は薄かったけど、最近はそこそこかな。絶望的な状況を逆に利用させてもらう事にしたよ」
瑞穂「どうやって?」
提督「簡単に言うと、ほぼ負けかけて、しかも情報ダダ漏れのこの状況を利用し、敵の重要な戦力や拠点を、局地戦でズタズタに切り裂いていく。大局では常にこちら側が負けているように見せつつ、敵側をでかいだけのスポンジのような状態に持っていくんだよ。これは主に、大規模作戦の陰でね。これの繰り返しで、敵の全体像を浮かび上がらせつつ、ある時、一気に戦況を逆転させる。戦線が広すぎる割に、艦娘や深海棲艦の絶対数には、どうも上限があるようだしね」
下田鎮守府の提督「はは、大した男だな。あんたなら、やれる気がするよ」
提督「そういうわけで、どんなものも手掛かりにしなくてはならないこの鎮守府では、あなたがたも、大切な可能性だよ」
瑞穂「そんな風に言っていただけると、少しだけ、気が楽になります」
―この後、提督は榛名、時雨に部屋を割り当てたり、必要と思われる艦娘を何人か呼び出して、刺客の襲撃を想定した配置を行った。そして、決して物々しい雰囲気は出さず、仕事納めの日らしく、早めに鎮守府は静まり返る。
―時間は、瑞穂と下田鎮守府の提督の件が落ち着き、水上機発着所に誰もいなくなった頃に戻る。
―特務第七の川内は『わだつみ』の外部備品ハッチから静かに出て、堅洲島に上陸した。
特務第七の川内(銃声がしたけど、結局、誰も死んでない。何があったのか、よく聞き取れなかった。それにしても・・・)
―川内は物陰を移動しながら、スマホの地図を確認した。しかし、『法律により、お客様の現在位置では通信サービスの提供ができません』という表示が出てしまい、地図も電話もメールも、何もできない。
特務第七の川内(まずいなぁ、これ・・・)
―川内は、特務第二十一号鎮守府が、地図に載っているどこかで、そして陸続きだと思っていた。まさか、所在不明の離れ小島だとは想定していなかったのだ。このままでは、任務を達成しても、帰る方法が確保できない。
―しかし、今のままでは同じ鎮守府の夕立に負けたままだ。それだけは認めるわけにはいかない。川内は焦っていた。
特務第七の川内(まあいいか、最悪、提督を脅せばいい事よ。瑞穂の深海化にかこつけて、理由なんてなんとでもつければいいのだし)
―この判断が、川内の人生を大きく変えていく事になるとは、この時の川内には想像もつかない事だった。
特務第七の川内(とにかく、まずは標的の居場所と、ここの規模等を調べてからだね)
―川内は瑞穂の居場所を突き止めつつ、ここから逃げる手段と、鎮守府の規模を綿密に調べることにした。
―マルマルマルマル(午前零時)、堅洲島鎮守府、南棟306号室、下田鎮守府の提督と、瑞穂の部屋。
―下田鎮守府の提督は、風呂から上がって浴衣姿になり、ランドリーで洗濯を終えたところだった。
下田鎮守府の提督「ああもう、人生がどうなるか、全然わからねぇ感じになっちまったが、こういうのも悪くねぇもんだな。運命ってもんが自分にもあるんだなと感じるぜ」
瑞穂「そうですね。大変ですが、とても『生きている』という感じがします。楽しいと言ってしまったら不謹慎かもしれませんが、それでも、そんな気がしてしまいますね。・・・あれ?洗濯をしてきたんですか?」
下田鎮守府の提督「ん?おお。冷や汗でびっしょりだったからよ」
瑞穂「冷や汗、ですか?」
下田鎮守府の提督「ここの提督、優しいし強いが、何だかものすごく怖え。艦娘たちは全然そんな事を感じてないみてぇだが。あんな怖い男には会ったことがねぇよ」
瑞穂「そうですか?私は、優しそうで、どこか陰のありそうな方だとは思いましたけれど・・・」
下田鎮守府の提督「んー、艦娘は基本、戦う存在だから大丈夫ってことか?。敵でなくて良かったぜ。命がいくつあっても足りる気がしねぇよ。それに、ここの艦娘たち、大人びてるし、何だか落ち着いているよな」
瑞穂「それは感じました。なんでしょう?横須賀鎮守府・第二部の榛名さんまで、本来の榛名さんらしく、しおらしくなっていましたね」
下田鎮守府の提督「えっ?あの榛名は、ここの榛名じゃなくて、あの、アイドルだった榛名なのか?でも確か、勝負して勝った提督の下にしかつかないって言われてて、何人かの挑戦者はみんなボロ負けだったろ?」
瑞穂「榛名さん、三本勝負ストレート負けだったそうです。勝負にさえならないほどだったそうです」
下田鎮守府の提督「マジでか!何者なんだよ、ここの提督は」
瑞穂「特防の大林室長のお話では、アフリカや中国での戦争の英雄だそうです。最もたくさんの味方を生かして、最もたくさんの敵を排除したそうです。ただ、本人はそう言われることを非常に嫌っているそうですので、その話題には触れない方が良いと思います」
下田鎮守府の提督「そうか、わかった。あの提督も色々あるんだな」
―同じころ、鎮守府屋上。提督はスキットルのバーボンを少しだけ口に含みつつ、屋上から見える鎮守府の敷地をじっくりと眺めていた。
足柄「提督、具合はどうかしら?」
提督「ん、悪くない。金山刀さんに銃を向けた時は、発作が起きかけたが、あの二人の互いを思い合う様子を見ていたら、少し、救われた気がする。こんなこともあるんだな」
足柄「それなら良かったわ。あの時の提督、苦しそうだったもの」
提督「あれ?バレていた?」
足柄「みんな意外と、提督の事を見ているのよ?」
提督「すまないな。心配をかけてしまって」
足柄「そんな事、気にする必要ないわよ。で、定時連絡だけれど、今のところ異常は無しよ」
提督「そうか。ところで、侵入者なんだが、おそらく艦娘だな」
足柄「えっ?なぜそう思うの?」
提督「空気がいつもと違うから、おそらく侵入者は間違いなくいるが、殺気が少ない。人間や、一部の獣とは違うこの感じは、おそらく艦娘だろう」
足柄「・・・そんな事までわかるの?」
提督「あくまで、勘だけどな。ただ、あまり外れた事はないんだよ」
足柄(どんな戦いを経験してきたのかしら?榛名さんの件といい・・・)
―足柄は提督の過去の戦いについて、色々聞いてみたい衝動が喉元まで来たが、それをどうにか呑み込み、押さえつけた。足柄は強さをひたすらに求めたいが、この提督は、きっともう、そんなものを求めてはいない、そんな気がするからだ。
提督「・・・アフリカでさ、作戦の合間に、獣害事件の応援に呼ばれてな。その時、言葉も通じない地元の少数民族の老ハンターに、えらく怒られたのさ」
足柄「え?(なに?何の話かしら?)」
提督「殺し過ぎたおれを、動物も精霊も恐れており、その為に人食いライオンが近づかないから、狩りにならない、と。おれはそれで、応援から抜けようとしたんだが、その爺さんはおれについて来いと言う。一か月半かかって、殺気を消せるようになった。その爺さんの仇を討って、人食いライオンも仕留めた」
足柄(あっ!私の気持ちに気付いて、話してくれているのね・・・ごめん、ありがとう。提督)
提督「だが、戦場に戻ったら、より完成された殺人機械になっただけだった。味方からの暗殺も、これで全て防げたんだが、だから何だ?って話だよな・・・ふふ、まったく・・・。だが、今は少し、こんな技量も役に立つな。覚えておいてくれ。気配や殺気は、全て読めるようになるんだよ。狩りをするとよくわかる。相手を読みたかったら、戦いだけではなく、狩猟を取り入れるのもいいかもしれない」
足柄「味方から?・・・そんな事があったの・・・」
提督「その部分はあまり重く考えずに、参考になれば嬉しい。結局、身を守ることはできたのだから。今日はなんだか、あの二人のお陰か、気分が少し良くなってきているんだよ。久しぶりに、美しいものを見た気がするな」
足柄「貴重な話、参考にさせてもらうわね。・・・提督、二人を最初から、助ける気だったんですか?」
提督「どうだかなぁ?おれにもわからないさ。今、この結果があるだけだよ。だが何だか今夜は、良い夜だな・・・」
―今夜はあまり冷えず、少しだけ、風が温かい気がする。
足柄「・・・そうね。ところで提督、バールでの戦い方って、何かイメージあるかしら?」
提督「・・・ん?おお、あるよ。今度練習しようかね」
足柄「本当?嬉しいわ!練習の相手をしてくれるのね!」
提督「たぶんかなり使えるよ?武器として優秀だからな。・・・しかし、ふふ」
足柄「どうしたの?」
提督「こんな時にバールの話を出して来るのが、いかにも足柄だなぁと」
足柄「あー、ふふ。何だか残念な女って思われてそう。・・・でも、そんな子もいた方が、楽でしょ?」
提督「まあ、そうだな。・・・じゃあ、そろそろ仮眠を取ってくる。足柄、バールでの戦いのコツだが、今夜さっそく使う局面もあるかもしれないから、かいつまんで言っておくよ。まず、物をぶっ壊す道具だから、今日おれがやったような、防御無視の攻撃に向いている。そして、相手の武器をひっかけて奪うのにも適している。足柄の戦闘センスなら、すぐに使いこなせるだろうよ」
足柄「ありがとう!見回りしながら、ちょっと練習してみるわね!」
―提督の私室。提督は不在でも、照明はついている。そして、中に入れば、窓からは見えない位置に椅子を置いて、磯波が待機していた。
磯波「あっ、提督、お疲れ様です!こちらは現在のところ、異常なしです!」
提督「お疲れ様、眠くないかい?」
磯波「あ、はい!大丈夫です」
提督「わかった。お茶でも煎れよう。それと、打ち合わせでの要領で、伝言を頼む。侵入者はおそらく艦娘だと」
磯波「諒解いたしました!」ガチャッ、バタン
―数分後。提督は戻ってきた磯波とお茶を飲み、部屋の照明を常夜灯に切り替えると、ソファに腰かけ、テーブルに大型拳銃を置き、うつむき加減に仮眠を取り始めた。
提督「磯波、寒かったらおれに寄りかかって構わないからな。何かあったらすぐに起こしてくれ。それと、侵入者の艦娘が現れ、会話が無理なら、集中的にぶっ放して構わん。準艤装ならダメージは通らなくても、準艤装時間を削り、俊敏な動きを多少阻害できる。ただ、無理はするなよ?」
磯波「はい!諒解いたしました」
―マルヒトサンマル(午前1時30分)、川内は非常階段から南棟の屋上に上がると、フェンスの支柱にフックショットのアンカーを掛け、306号室に下っていく。
―川内は、この堅洲島鎮守府の幾つかの建物を調査したが、調べるにつれて、機密と司令レベルの高さが気になり始めたので、瑞穂を探す方に切り替えていた。提督がどこにいるのかは、やたら広い施設のせいで把握できないが、騒ぎが起きれば手掛かりがつかめる、という方向に賭けることにしたのだ。
特務第七の川内(あの、瑞穂と一緒に居る男は誰なんだろう?でも、ずいぶん仲が良さそうだから、瑞穂が言う事を聞かない時の人質に仕えるかもしれないね・・・)
―ストッ
―306号室のベランダに下りると、窓ガラスの四辺にテープを張り、バランスのよさげな箇所に、二つの小さな吸盤を張り付け、マフラーを結ぶ。次に、四辺に貼ったテープに電極を取り付け、小型バッテリーと繋ぐと、ガラス切りで四辺に切り込みを入れた。通電状態で消音する、特殊なテープだ。
―ピキッという小さな音とともに、ガラスの四辺が切れたのを確認すると、マフラーで包んだ吸盤を取っ手にし、窓ガラスを外す。そして、静かに室内に侵入した。同時に、川内は左目にだけ、暗視単眼鏡を装備する。
―ベッドには、男だけ。しかし、近くの洗面室のドアの下から光が漏れ、水音が止まった。気を遣うような、静かなドアの音とともに、寝巻姿の瑞穂が出てくる。川内は腿のホルスターからMaxim9ピストルを抜き、ベッドで寝ている男の頭に向けると、瑞穂に声をかけた。
特務第七の川内「どうもこんばんは、瑞穂さん。特務第七、清掃討伐(スイープ&スレイヤー)部隊、通称『SS』の川内です。私がここに来ている理由は、理解しているわね?(小声)」
―瑞穂が息をのむ音が聞こえたが、帰ってきた返事は意外なものだった。
瑞穂「いえ。全然わかりません。というか、しつけが必要ね、どこでこんな悪い侵入の仕方を覚えたのかしら。他人の家に入るには、ちゃんと挨拶してからって、教官に教えてもらわなかったの?・・・教わったはずですけれどねっ!」バッ!
―瑞穂、いや、川内が瑞穂だと思っていた艦娘は、ウイッグと浴衣を脱ぎ捨てた。
特務第七の川内「あっ、あなた、香取・・・先生?」
香取「深海化した仲間を、会話も無しに命を奪うなんてやり方は感心しないわ。覚悟なさい、しつけつつ、ここの流儀に従ってもらうわ!」
特務第七の川内「はっ、練習巡洋艦が何ができるって言うの?鎮守府時代から気に入らなかった借りをあなたに返してあげるわ、おばさん!」スッ
―ヒュッ・・・ドゴッ!
特務第七の川内「んっ・・・なぁっ!」ガシャッ、ドガン!
―川内は暗殺任務用の短刀を素早く抜こうとしたが、その腕ごと香取に蹴り抜かれ、掃き出し窓をぶち抜いてベランダのフェンスに激突した。川内はここで、自分が何か大切な事を忘れていたと気づいた。が、それが何かが思い出せない。
特務第七の川内「・・・くっ、油断したわ。もう怒った。あんたは大破させてやる!」ギリッ!
―だがここで、ベッドの上の男がむくり、と起き上がった。いや、男にしては背中の線が華奢だ。その人物もまた、カツラを脱ぎ捨て、淡い桃色の髪がこぼれた。
青葉「香取先生最高です!すっごくいい動画が撮れましたよー?あ、この銃は没収しますね、暗殺者の川内さん。青葉は邪魔にならないところで撮影するんで、頑張ってくださいね」ニコッ
香取「あなたみたいな卑怯な事はせず、一対一で相手をしてあげるわ。ただ、私はあなたの心無い言葉で傷ついたから、ちょっと荒っぽい再教育になりますけれどね!」ニヤリ
特務第七の川内「くっそ!片付けてやる!」ダッ
香取「まず、言葉遣いっ!」ビシィッ!ゴトッ
特務第七の川内「くうっ!」
―川内の右手の短刀が、鋭い蹴りでたたき落とされた。すぐに左手に苦無を取るが・・・。
香取「次っ!教官である練習巡洋艦の特性の失念!」ビシッ、ゴトトッ
―苦無もまた、稲妻のような、鞭のような、しなやかな蹴りではたき落とされる。
特務第七の川内「くっ、こうなったら格闘よ!」スッ
香取「足技のアドバンテージは手わざの三倍の筋力よ!」ビビシッ、ドゴッ!
特務第七の川内「うっそ?ぐっあっ!」ダンッ!
―香取の蹴りが川内の両手の防御をこじ開け、再びみぞおちに強い蹴りをくらい、川内は背中から壁に激突した。
特務第七の川内「冗談抜きで強い、何で・・・何でしかも足技なの?」
―カッ
―香取はヒールのつま先を床に当て、ずれを直すと、眼鏡をかけ、髪を上げつつ説明した。
香取「練習巡洋艦は、必要なテキストを全て暗記して教えることが出来るほかに、武術や戦い方も、達人からトレースして艦娘たちに教育できるでしょうに。そんな事も忘れてるなんて、あなた、成績は大したこと無さそうね。せめて、私がヒールを脱ぐくらいさせて欲しかったわ」
特務第七の川内「それにしたって、強すぎでしょ・・・」ケホッ
香取「私の足技は、ここの提督直伝よ。ついでに、オートマチックピストルを瞬時でバラす技も教えてもらったわ。さあ、これでもういいかしら?身柄を拘束させてもらうわね。どうせ、この島から抜け出す方法は無いのだから」
―しかし、川内は話しながら、フラッシュグレネードのピンを抜き、握りしめていた。
特務第七の川内「まだよ!このまま捕まったらどんなことになるか、馬鹿でもわかるわ!」ダッ!
―しかし、川内がベランダに下りる時に使った、フックショットのワイヤーが見当たらない。
特務第七の川内「えっ?何で?」
屋上からの声「このワイヤーは没収するっぴょん!」
特務第七の川内「くっ、なら!」ポイッ・・・カッ!
香取「くっ、フラッシュグレネードね!」
青葉「あっ、動画が飛んじゃいます!」
―ダッ・・・ガチャッ、バタン
―川内は屋内からの脱出に切り替えることにした。しかし、罠を張られていた時点で、自分が無事に済むとは、もう考えられなかった。早速、部屋を出てすぐの廊下は防火扉で閉鎖されており、一本道になっている。角を曲がると、神通が待ち構えていた。
神通「刺客は、よりによってあなたなんですね。どこかの川内さん。お相手を願いましょう」ポイッ
―川内は、神通の投げてよこした木刀を受け取った。
特務第七の川内「な、何を?」
神通「いきます!・・・チェストォ」ビュボッ!
特務第七の川内「うわっとぉ?あっぶな!」スッ
―鋭い斬撃だが、躱してやり過ごし、先を急ぐ。と、次は川内が出てきた。
川内「うわ、暗殺者としての私かぁ。ちょっとかっこいいけど、『無い』かなぁ。ねぇ、暗殺者って、海での夜戦より楽しいの?」ポイッ
―言いながら、川内は木刀の小刀を投げ渡す。
特務第七の川内「そんなわけ、無いに決まってるでしょ!」パシッ、ヒュッ
―特務第七の川内は、受け取った木刀を逆手に構えて打ち込んだ。
川内「だったら、やめたらいいのに」ガッ、ピュン
―川内はその攻撃を受けると、半回転して打ち込む。
特務第七の川内「いまさらそんな風に、好きに生きられないわ!」カッ、ヒュオッ!
―特務第七の川内は、さらにその攻撃を受けると、手首をひるがえして、川内の首めがけて斬撃を放つ。
川内「そんな事、無いと思うけどなぁ・・・」バッ
―川内は身をかわしたが、特務第七の川内は、その隙に脇を通り抜けた。
特務第七の川内(何なの?これ・・・)
―既に、この鎮守府は綿密な準備をして、自分を待ち構えていた。おそらく、今の逃走経路も敵の想定内だろう。自分がこのルートを走らされているという事は、遅かれ早かれ、捕縛されるか、大破状態にされるだろう。だが、香取も神通も川内も、殺気がない。まるで何かの訓練のような雰囲気さえある。川内にはそれが不気味に感じられた。
特務第七の川内(『ゴール』まで、あと何人待ち構えているの?何のためにこんな事を?)
―と、目の前の部屋の扉が開き、また別の艦娘が出てきた。
古鷹「こんばんは。侵入者は川内さんだったんですね。私、特務第二十一号鎮守府の重巡、古鷹です」ペコッ
特務第七の川内「特務第七、清掃討伐部隊、通称、SSの川内です。あなたも、私と戦うの?(まずい、この人も強い。まだ改二ではないだろうけれど、何か『使える』人なのはわかる・・・)」
古鷹「いいえ。提督は、まず話をして、ダメだったら少しだけ戦ってもいい、と言っていましたから」
特務第七の川内「・・・あーあ、私もう、完全にあなたの所の提督の手のひらの上なんだ?失敗したなぁ。任務は失敗だし、勝手な事をしちゃってるから、もしかすると解任・解体かな。それ以前に、大破させられて監禁されるよね、きっと」
古鷹「いいえ。提督はそんな事をしたくないから、話をしたいんだと思います。このまま進めば、最後は提督が待っていますが、それまでに格闘戦に長けた重巡や戦艦が控えていますから、戦うつもりなら、無駄に消耗するだけだと思いますよ?」
特務第七の川内「つまんないウソをつかないで!暗殺任務で入ってきた艦娘に寛容な提督なんて、居るわけないじゃない!」ヒュッ
―川内は不意を突いて、古鷹に目つぶしを仕掛けようとした。明らかに準艤装状態ではなかったからだ。
―モヤッ・・・パシッ!
―しかし、古鷹の左目が明るく光ると、川内の右手はあと少しで目に届く、というところで掴まれてしまった。
特務第七の川内(しまった!)
古鷹「嘘ではないんですけれど・・・そうですよね。そんな簡単に、話を聞けないのはわかります。じゃあ、少しだけ『訓練』させてもらいますね。そのあともう一度、良く考えて下さい」
―グイッ・・・ミシリ・・・
特務第七の川内「えっ?何を・・・ぐっあっ!」
―古鷹は川内の右手を掴みながら『合谷』というツボを親指で押しつつ、そっと妙な角度に川内の手首をひねった。手、手首、肘、肩に、信じられないような激痛が走り、全身に力が入らなくなる。川内はその痛みが来ないように膝をつき、身体を回したが、それはもうほとんど、確保されたと同じ、床に半ば伏したような姿勢になった。
特務第七の川内「やめて!痛い痛い痛い、痛いよ!」
古鷹「指で目を突かれたら、こんな痛みじゃないと思いますよ?それに、これは痛いだけで、どこにもダメージなんて来ません。あなたはもう少し、相手の痛みを考えた方が良いと思います。深海化しているからって、仲間を殺すなんて・・・」グスッ、ミシッ
特務第七の川内「あっ!痛いよ!痛いってば!ごめんなさい!痛い痛い!・・・ぐすっ、お願い、もう抵抗しないから、だからやめてぇ・・・」
―ガチャッ、バタン
加古「古鷹ぁー、その辺にしてあげようよ。もう心が折れちゃってると思うよー?古鷹ってばー」
古鷹「・・・あっ、ごめんなさい」パッ
特務第七の川内「痛い・・・すごい痛い。何なのここ?もうやだ。話でも解体でもなんでも、好きにしたらいいよ。もうやだ・・・」グスッ
古鷹「良かった。これ以上ひどい事にならずに済みますね!お話がしたいだけなんですよ?でも、さっきみたいな事をされたら嫌なので、ちょっと立ってもらえますか?もう痛くないと思いますから」ニコニコ
加古(怖ぇー・・・)
―確かに、不思議なほどにどこも痛くない。古鷹は、立ち上がった川内の背後に回ると、川内の右の小指を掴み、左肩に手を乗せた。
古鷹「私、川内さんの事、信じたいです。でも、もしもさっきのような事があったら困るので、一応備えさせていただきますね。じゃあ、提督の所に行きましょうか」
―川内はもう、抵抗する気力などなかった。右手を軽くひねられたただけであの痛みなら、肩と小指を押さえられている今、おかしなことをしたらどうなるのか、想像もつかない。既に任務は失敗したし、独断専行もバレるだろう。どう転んでも明るい未来なんてない。ここの提督が女好きだったら、何とかなるかもしれないが、どうもそんな感じでもない。
特務第七の川内(でも、仲間を何人も手にかけたんだから、ひどい終わり方をしたって、仕方ないんだよね・・・)
―自分の番が来た、それだけなのかもしれない。
第三十話 艦
次回予告
場を整えて待っていた、堅洲島の手練れの艦娘たちと、その最奥でお茶をしている提督に、特務第七の川内は食って掛かる。
が、ほとんどもてなしと言っても良いほどに整えられた場で、川内は様々な話を聞き、何も信じられなくなる。
そして、川内の件に絡み、特防と『最強の鎮守府』が動き出す。
次回、『アットホームな鎮守府です』乞う、ご期待!
古鷹『このSSのいいところ、沢山読んでくださいね!』
結局、E3は丙に変えて突破しました。しかし、天城や春風をお迎えで来ているので、いい感じです。
まさかのフルタカエル…お強い!
コメントありがとうございます。
次の話で明らかになりますが、古鷹さんのこの技は、実は戦闘用ではなく、仲良しのねぼすけさんの疲れを取るために提督から教わったものを、護身術に転用していたりします。
川内ちゃんどうなってまうん
コメントありがとうございます。
この、特務第七の川内ちゃんは、この物語ではとても重要な登場人物の一人です。
生暖かく、見守ってやっててくださいね。
いつも楽しみにしています。
ねぼすけさん。一体誰なんだ?(笑)
私は昨日E-4甲を叩きわりましたよ
コメントありがとうございます。
甲でイベントを突破できる人は、いや、乙もかな、本当にすごいと思います。
なかなか、ドロップ運もあるし、回収も進んでいるんですが、大抵は資材と時間で丙が手一杯ですね。
ただ最近、ゲームそのものより、話を書く方が楽しくなってきていて、ついゲームが止まりがちになります。