2016-10-17 06:06:22 更新

概要

深夜から未明にかけて、戦艦の概要把握をする提督と扶桑。
その後、少しだけ昔の話をすることに。

監禁されている下田鎮守府の提督は、深海化した瑞穂の過去の話を聞き、
かなり私欲の入った?「二人が生き残る道」を探すことにする。

波崎鎮守府の鹿島は、過去に秘書艦だった夕張から、提督の真実を聞き、ショックを受ける。

下田鎮守府の摩耶と二航戦は、深夜に愛宕、高雄と合流できるが・・・。

その頃、横須賀の『艦娘矯正施設』では、管理官と時雨が「何も聞き取りをしない聴取時間」を過ごしていた。


前書き

下田鎮守府の提督、通称「下田提督」の「俗物っぽいけど男らしいおっさんくささ」が結構見所です。

そして、本当にピュアらしい鹿島と、提督とのすれ違いに困惑気味の摩耶様。

扶桑姉さまは今後、青葉以上に「提督の一人の時間を見つける」のが上手くなっていきます。

それにしても、どこの誰が情報をゆがめたり、漏えいさせているのか?
今回の瑞穂の話によると、重要なスパイではなさそうです。
そして、下田鎮守府の報告書が意図的にゆがめられているようですが・・・?

時雨がやっと登場します。まさかの『艦娘矯正施設』からのスタートですが、真相はどうなんでしょう?


[第二十二話 月の色 ]





―12月28日、マルサンサンマル。堅洲島鎮守府、執務室ラウンジ。


提督「・・・とまあ、概要はこんなところだな」


扶桑「・・・すごいですね、これは。かつての大和のように、いつまでも名前が残る船になるような、そんな気がします」


提督「艦娘が現れなかったら、これがおそらく決戦兵器だったんだろう。しかし、なぜ三艘も戦艦を作ったんだ?戦艦でなくてはならない理由があるという事か?」


扶桑「この艦の第一主砲は、47口径51㎝三連装砲、三基九門です。確かに、深海勢力の姫クラスにはこの砲に匹敵する武装を持つものもいるかもしれませんが、拠点型でもない限り、そもそも攻撃を当てる事さえ難しく、艦娘を運用したほうが全ての面で適切なはずです」


提督「他の二隻もそうだが、どこかに、この主砲をぶち当てないとダメな標的がいるって事か。船か、要塞か。・・・いずれにせよ、標的が増えてしまっているけどな」


扶桑「『紀伊』と『尾張』ですね?」


提督「ああ。向こうの主砲と防御が46㎝だったのがせめてもの救いだな。あとは、こちらは後出しじゃんけんのように、兵装をいじれる。向こうは最新鋭の兵装は未搭載のまま鹵獲されているからな。電磁砲・発電ユニットもないし、こちらに搭載されている、核融合炉も無い。・・・まあ、何か工夫してくるだろうが」


扶桑「主砲と副砲が、それぞれ最低二種類ずつ設定されていたり、この・・・ミサイルの発射システムを兼ねた『閉鎖型装甲セル防御システム』もすごいですね」


提督「最大で130のVLSセルがあるが、全て装甲化されてモジュール化されているな。これは、上部からの爆撃や直撃弾を、セルがあえて受けて限定的な被害にとどめる仕組み、か」


扶桑「それにしても、大きな船ですね」


提督「『核融合炉の小型化の技術的な限界』のせいらしい。『大和』よりもだいぶでかいな。試験兵装のほとんどを搭載できる前提だったんだろう。各種兵装の配置はソフトで可視化していじれる。すまないが、しばらく手伝ってほしい」


扶桑「はい!もとより扶桑、そのつもりです」


提督「ありがとう。あとは・・・今日はこんなものかな。もうすぐ四時か。すまない。中途半端な時間になってしまって」


扶桑「いいえ。提督はこの後、お休みになられますか?」


提督「んー・・・結構寝たから、散歩でもして、それから風呂に入って昼間の執務に移ろうかなと」


―扶桑は頑張ることにした。


扶桑「あの・・・ご一緒しても、いいでしょうか?」


提督「そう言ってくれるんじゃないかなと、ちょっと期待していたよ。今日は確か、秘書艦任務だけだったはず。だから、ゆっくり起きてくればいい」


扶桑「はい。ありがとうございます!(期待とおっしゃったでしょうか?)」


提督「じゃあ、ちょっと準備する。外は寒いから、扶桑は何が飲みたい?早い時間なら酒もありだが、まあこの時間じゃ、ノンアルコールかねぇ。一応スキットルも持つが」


扶桑「お任せいたします。提督のお好みのものにしてくださって大丈夫です」


提督「ふむ、わかった。・・・あと、これでも引っ掛けてくれ。外は寒いからな」ガチャッ、ゴソゴソ、バタン、ポイッ、バサッ


扶桑「あ、これはコートですね?お借りしても?」


提督「おれのだが、無いよりましかなと」


扶桑「いえ、ありがとうございます。(提督の、コート・・・)」


提督「・・・ああ悪い、使い古しだが、ろくなのが無くてさ」


扶桑「いえ、そんな意味で見ていたのではないです。男の人のコートを着るなんて、初めてですから」


提督「あ、なんかいいね、そういうの。ふふ」


扶桑「そうですか?ちょっと緊張します」ニコリ


―数分後、鎮守府前、堅洲南浜。波は静かで、ほぼ満月に近い。


提督「ん・・・いいね、頭の中や心の中の熱が冷めていくな。・・・寒くないかな?」


扶桑「少し寒いですが、それ以上に、何か楽しい気がします。こういうのも、いいものですね」


提督「それなら良かった。おれはこういう時間が結構好きなんだ。考えがまとまるからね」


扶桑「いつもは一人のお時間だったのに、お邪魔では無かったですか?」


提督「そんなことは無いな。それより、寒いのに無理して付き合ってないかなと」


扶桑「そんなことはない、ですよ。うふふ」


―扶桑は少しだけ、提督の口調を真似した。あまり風のない夜なので、思っていたほど寒くない。


提督「今も少しそうなんだが、自分の『独りになろうとする癖』が、あまり良くないのだそうだ。確かに、以前の自分からは考えられないほど、他人との距離感が近いのに、自分自身の心は思った以上に元気になっている。・・・やっぱり、人は一人では生きられないんだろうな」


扶桑「提督は何でもご存じで、何でも出来そうですものね」


提督「そんな事ないんだけどな。自由でいたかっただけなんだよ」


扶桑「自由、ですか?」


提督「おれにとっての自由は『なんでも自分なりに理解していて、ある程度何でもできる事』だったんだ。今はそれが、かえって自分の役割を増やしていく事になると気づいたところだよ」


扶桑「難しいものですよね。私は、『戦艦の艦娘』としての自分の役割はよく理解しているのですが、そうでは無い時間や自分については、どうしたら良いのか、分からない事がとても多かったりします。兵器なのに、心や身体があることが・・・」


提督「難しく考えなくていいんだ。それは、仕事を抱えた人間そのものだよ。自分の役割には忠実に、しかし、それ以外は好きに生きたらいい」


扶桑「人間そのもの、ですか?・・・好きに生きてもいいのでしょうか?」


提督「不自由をもたらす何かが、今の環境にあるかい?」


扶桑「言われてみれば、何もありませんね」


提督「自由にも二種類ある。言葉そのままの、大して価値のない自由と、自分の使命や役割と共にある、価値のある自由と。そして艦娘にあるのは、ほとんど後者の自由だな」


扶桑「価値のある自由、ですか」


提督「そうだよ。成すべき事も同時に存在しているのが、価値のある自由だとおれは考えているね。・・・って、折角夜中に散歩してるんだから、堅い話はやめとくか」


扶桑「柔らかい話、ですか。・・・あ、提督、月が綺麗ですね」


提督「えっ?・・・じゃあ、この場合は、男女逆だから、『君の為なら死ねる』とか言えばいいのかな?」


扶桑「えっ?あの、何のお話ですか?」


提督「『月が綺麗ですね』は、愛の告白だったりするんだよ。夏目漱石が、『アイラブユー』をそのように訳したとかなんとか」


扶桑「まあ!そんな表現もあるんですね。私、なんてことを・・・」カアァッ


提督「実に柔らかい話になったなぁ。うーむ、扶桑にはこれで二本取られた感じになってるな。二度びっくりさせられた」


扶桑「私も驚きました。提督は色々な事をご存知ですよね。しかも、相手やその場に合わせたお話が上手な方だと思います」アセアセ


提督「それほどでもないって。しかし、何だか楽しいな、こういうの。うん、やっぱり一人ってのはダメなものだな」


扶桑「それなら良かったです。無理してくださっているんじゃないかと、気になっていました」


提督「それはないな。こんな時間の散歩に付き合ってもらえてるんだ。それだけでも楽しいもんだよ」


―提督と扶桑は、古いベンチに座った。


提督「薄いコーヒーを入れてきたんだ。ちょっとだけ酒でもいれて、飲むかい?」


扶桑「はい、いただきます」


―提督は持ってきた紙コップに、薄いコーヒーと、少しだけバーボンを入れて、扶桑に手渡した。


扶桑「いただきます。・・・んっ、これは思ったより飲みやすいですね。暖まります」


提督「なら良かった。早く、温かくならんかなぁ。冬の海もいいが、海はやっぱり春や夏だな」


扶桑「そうですね。提督の所に着任したのはもう秋でしたから、来年の夏が楽しみだったりします」


提督「ん?もしかして、扶桑や山城も水着でビーチに出たりするのかな?」


扶桑「はい・・・たぶん・・・(水着なんて、考えてもいませんでした)」


提督「それは楽しみだな。来年の夏も、みんなが揃って夏を満喫できるようにしなくては」


扶桑「私たちも微力ながら尽力いたしますが、提督ならきっと大丈夫です。一人ではありませんもの。みんなで力を合わせれば、きっと」


提督「そうだな。まずはあちこちで苦境に陥ってたり、環境になじめていない、仲間を集めなくてはな」


扶桑「特務案件の子たちですね」


提督「ああ。年明けには『艦娘矯正施設』の時雨にも会ってくるよ」


扶桑「あの子は・・・大丈夫なのですか?確か、所属していた鎮守府の提督を寝たきりにさせてしまったと」


提督「おそらく誰かを庇ってるんじゃないかと思うよ?提督の素行も良くなかったようだし、事件前までの時雨の評価はとてもいい。事件の少し前に、提督は大和とケッコンし、夕立が轟沈している。このあたりに何かありそうだ」


扶桑「提督、あまり身を削る事だけはしないでください。写真の事もそうですが、提督は色々抱えているような・・・あっ、扶桑、出過ぎたことを言いました」


提督「いや、そんな事はないよ。・・・写真かぁ、扶桑とちょっと似た女の子が写ってたの、見たんだっけ?」


扶桑「・・・はい」


提督「冷えてきたな。もしまだ起きていられるなら、第二展望室に行こうか。あそこは暖房がいれてあるし」


扶桑「はい。ご一緒いたします!」


―第二展望室。満月に近く明るいため、照明は点けていない。


提督「何だか、こうして二人でいる、話す、なんて初めてだな。よくよく考えたら」


扶桑「いつもは山城が一緒に居ますものね。今週は夜間警備が多くて別々ですが」


提督「扶桑姉さまを夜中に連れ出してたら、山城に怒られちゃうかな?」


扶桑「それは、きっと大丈夫だと思います。提督がみんなを大切にしているのは、あの子が一番よく分かっているみたいですから」


提督「山城は鋭いからなぁ。怒られたら素直に謝っとこう」


扶桑「ふふ、そんなに気にされなくても大丈夫ですよ」


―それから、少しだけ沈黙が流れた。


扶桑「提督、こんな事を聞くのは失礼かもしれませんが、私と似ていたあの女性・・・」


提督「気になる、かい?」


扶桑「気にならないかと言えば、嘘になります」


提督「ふむ、たまには昔の話もいいだろう。あれは、あの女は、仲は良かったが、恋人だったのか?と聞かれれば、とても難しい。墓は作ったがね」


扶桑「そうなんですか?私はてっきり・・・」


―BGM「不死の国」


提督「だよなぁ?あいつは、誰よりも親しかった時期があるが、そういう感じではなかった。ついでに言うと、肉体関係も無かった。まあ、あいつ自身、誰とも関係せずに死んでいったんだがな」


扶桑「ええ?そんな事が?」


提督「あいつは、扶桑よりちょっと童顔だが、中身はいわゆる悪女だったかもしれない。魅力的な、な。沢山の男が、今でもあいつの事を天使だと思っているだろうよ。出会った頃もそう。勝手に男がくれたマンションに住み、お金も家具も生活も、全く不自由していなかった。言葉と雰囲気だけで、沢山の男を虜にし、救いを与える。そういう女だった。誰にも憎まれずにな。その後、脳の病気にかかって、次第に自分の意志と体の自由を失い、三年ほど寝たきりになって、亡くなった」


扶桑「なんと言ったらいいのか・・・そんな人もいるのですね。正確には、どんな関係だったんですか?」


提督「死に場所を探して、ふらふらしていた時に、あいつと会った。何を気に入ったのか、ボディーガードをしてくれって話だったが、まあよくケンカした。生き方も考え方も、全てが真逆だったんだ。互いに、様々なものに疲れていて、それ以上関係を深くする気も無かったのさ。ただ、よく理解はしていたし、どれほどケンカしても、離れることは無かった。あいつが自力で歩けなくなったころ、『あとは自我を無くすまで会いに来るな』と言われてね、それから日本を出た。長い戦いの後に帰ってきて、寝たきりの彼女を看取り、約束の場所に墓を建てた」


扶桑「・・・愛していましたか?」


提督「・・・今でもわからない。あいつは全てを静かに憎んでいたから」


扶桑「憎んでいた?」


提督「『死んだら、神様に刃物を突き付けて、不条理を問いたい』とよく言っていた。それと、『世界は愛に満ちているのに、人の心には愛が無い』とも。長い戦いを超えて、今はあいつの言葉が真理に思えてしまっているよ」


扶桑「とても素敵な、そして哀しい女性だったような気がします」


提督「そんな事を言ってくれるのは、きっと君ら艦娘だけだよ。普通は悪女と呼ばれるだろう。おれはそうは思わなかったが」


扶桑「いいえ、きっと、分かる人にはわかります。提督の事が、少しわかったような気がしました。提督には、いつも誰か大切な人が居るような、居たような、そんな雰囲気を感じていました。みんなが気にしている距離感の正体は、きっとこれだったんですね」


提督「そんな雰囲気があるってよく言われるんだが、自分ではさっぱりだ。女の勘てやつかねぇ?」


扶桑「どうでしょうね?でも、私は色々とすっきりした気持ちです。何だか、何かが始まるのかもしれません」


提督「そうかい?まあ、そんな昔話だよ。おれの中ではこの事は、それ以上でもそれ以下でもないんだがな」


扶桑「でも、経験や思い出は人を作っていきます。今の提督にとって、とても大きな、大切な何かだったんだと私は思います」


提督「確かにそうだな。・・・ん、自分の昔話なんて慣れない事をしたせいか、ちょっと眠くなってきたな。明け方まで済まない。そろそろ部屋に戻って、少し仮眠でもしようかなと」


扶桑「そう・・・ですか」シュン


提督「嫌でなかったら来てくれ。先日、帰してしまったし」


扶桑「えっ?ご迷惑ではありませんか?」


提督「いや、おれは全く。・・・あ、下心は無いからそこは心配しないでくれ」


扶桑「心配どころか、提督はもう少し下心があるくらいでも良いと思われていると思います・・・」


提督「そこはよくわからないが、まあさ、気兼ねは不要だよ。おれもね、今日の話をここで誰かにするとは思ってなかった。楽になった部分もあり、思い出した感傷もあり・・・」


扶桑「おそばにいますね。その方が良いように思えますから」


提督「そうなのかもしれない。ありがとう」


―提督の私室。提督と扶桑は、ソファに向かい合わせに座っている。


提督「ふむ、一時間ほど寝て、それから風呂に行こうかね。お茶か何か淹れようか?」


扶桑「大丈夫です。私もベッドかソファをお借りして、少し眠る事にします」


提督「わかった。じゃあ、おやすみ。・・・ああ、冷えるからこの毛布を使ってくれ」


扶桑「ありがとうございます、あ、何かご本をお借りしてもよろしいでしょうか?提督の本は面白いと噂になっていますから」


提督「いいよ。色々あるから、好きに読んでくれ。本も喜ぶだろう」


扶桑「ありがとうございます」


提督「扶桑、今日はありがとう。おやすみ」


―提督はそう言うと、ソファに座り、すぐに寝息を立て始めた。


扶桑(ああ、すぐに眠りに落ちてしまって。お疲れ様ですね。私はもう少しだけ、起きています。・・・本、お借りしますね)


―扶桑は提督の本棚を見た。漫画のコミックから、詩集、学術書まで、なかなか幅広い。扶桑はその中で、現代語訳のついている万葉集を見つけた。


扶桑(お借りしますね)


―寝息を立てている提督の隣に静かに座ると、扶桑は万葉集を開いた。一枚だけ、付箋の貼ってあるページがある。


扶桑(これは?)


―扶桑は、開いたページの和歌が目に飛び込んできた。


―風莫(かざなし)の、浜の白波いたずらに、ここに寄せ来る、見る人もなしに


―(訳)風のないと言われている浜に、白波がむなしくここに寄せて来ます。誰も見る人が居ないというのに・・・。

扶桑(ああ、何となく、提督が好きそうな和歌ですね・・・)


―扶桑は万葉集を読んでいたが、いつの間にか眠りに落ちてしまった。


―翌朝。七駆の部屋。


曙(んー・・・漣はまだ起きてないわね。クソ提督を起こしに行こうかな)モゾモゾ


―同じ頃、初風の部屋。


初風(今日は朝から秘書艦ね。ホットケーキのお礼もかねて、提督を起こしに行った方が良いかしら?たぶんあの子も来るわよね・・・)スッ


―同じ頃、1階大浴場前の廊下。


山城(姉さま、どこにも居ないわ。お風呂にも居ない。まさか、提督の所に一晩中・・・?)


―そして、提督の私室の前。


初風「おはよう曙、邪魔してしまったかしら?」


曙「おはよう初風。ううん、そんなことない。そんな事ないけど、クソ提督ってば、ソファで扶桑さんと寝ちゃってる・・・」


初風「金剛さんじゃないのね?忙しい人ね」クスクス


如月「あらっ!皆さん早いですね。・・・うう、見習いの私が一番最後にきちゃったなんて。あ、扶桑さんと提督、やっぱり昨夜は遅くまでかかったのね」


初風「こういう状況でも、鍵を閉めないところが提督のいいところよね」


山城「あっ、秘書艦のみんな、おはようございます。姉さま知りませんか?・・・あっ!」


曙・初風・如月(あっ、これはまずい流れなんじゃ・・・)


山城「姉さま、提督とお話ができたのね。良い表情で眠っているもの」

初風「そうなんですか?」


山城「素の扶桑姉さまは、話をするのがあまり得意ではない事をいつも気にしているの。提督に何か話したい事があったみたいですけれど、きっと少し話せたのね。特殊兵器の兵装の話とは聞いていたけれど、いいきっかけになったようで何よりだわ」


曙(意外と山城さんて、寛容なのね・・・)


山城「・・・でも、ちゃんとベッドがあるのに、ソファーに座ったまま姉さまを眠らせているのは感心できません」


曙「ええ・・・(そこなの?)」


如月「でも山城さん、提督と扶桑さん、仕事か何かしててそのまま寝落ちしちゃった感じだし、ベッドで一緒だったら、絵面的にも色々まずくないですか?」


山城「まあそれは・・・確かにそうですけれど」


初風「そうでもないんじゃないの?金剛さんも山城さんも提督と一緒に眠ったりしているし」


如月「あ、そっか。提督は信用されてますね。戦艦のお姉さま方みたいに積極的になれればいいのかなぁ」


山城「うっ、ごめんなさい、その話はしないでください」


曙「じゃあ、結局どうするの?」


山城「私が声をかけるわ」


―キイッ、コツコツ


山城「姉さま、提督、おはようございます(小声)」


扶桑「ん・・・あら、山城?・・・あら、私、眠ってしまっていたのね。あ!」


提督「・・・んあ、熟睡してしまった。おはよう山城。あ、扶桑ごめん、隣で寝てたのか。何だかあったかいと思ったら」


扶桑「すいません!本を読んでいたら、そのまま眠ってしまっていたみたいです」


山城「もう!提督も姉さまも、そんな寝方をしては風邪をひきますし、疲れも取れませんよ?お肌にもよくありませんし」


提督「ふあ、確かにそうだ。ちょっと風呂に入ってから、執務に入るよ。扶桑、昨夜は色々ありがとう。また時間が空き次第、設計を詰めよう」


扶桑「はい!いったんお休みしてから、執務室に伺いますね」


提督「午後からで大丈夫だぞ?」


扶桑「ありがとうございます。・・・あ、提督、このご本、お借りしてもよろしいでしょうか?」


提督「お!『万葉集』か!趣味が良いねぇ。もちろんいいよ」


扶桑「ありがとうございます!」


初風(いいなぁ、次は私が借りたい・・・)


曙(へぇ、万葉集とか持ってるんだ)


提督「あ、読書ラウンジにも同じ本を発注済みだぞ。陽炎や不知火に確認してみたらいい」



―同じ頃、波崎鎮守府。第二開発室そばの、夕張の私室。


鹿島「おはようございます。あの、夕張さん、朝早くからすいません。鹿島です」


―ア、チョットマッテテネー・・・ガチャッ


夕張「おはよう鹿島ちゃん、誰にも見られてないよね?部屋に入って」


鹿島「え?あ、はい」


―キョロキョロ、バタンッ


夕張「よし、と、大丈夫みたいね。潜水艦の子たちから聞いてここに来たんでしょ?」


鹿島「・・・はい。あの、夕張さん、教えてください。いったい何があるんですか?」


夕張「あ、声を抑えて聞いて。私たちはもう我慢できなくて、あなたを助けたいの。まず、何が起きるかを教えるわ。正確な事は、あなたが望めば全て知れるかもしれないけれど、それはお勧めできないの。だから、私たちが知っていることを話すわね」


鹿島「はい」


夕張「単刀直入に言うと、ここの提督は、家族の地位を傘に着た、ただの性犯罪者よ。総司令部がしばらく前に行った総査察も、提督の家族がこの地域の名士だから、政治力でスルー扱いしてもらっただけで、本来なら全ての権限をいつはく奪されてもおかしくない人なの」


鹿島「!・・・そんな。・・・そんな、じゃあもしかして・・・」


夕張「ここの提督は、あなたや、あなたが来る前は『潮』がお気に入りなの。『鹿島』の事はお気に入りで、ケッコンまでしたけれど、その鹿島さんには何もできないのよ、小心者だから。その分の欲求を別の鹿島にぶつけて、その後、全て消すように解体したり、難しい海域で轟沈させたりしているの。最低でしょ?」


鹿島「そんな・・・、じゃあ、前の『鹿島』も・・・うっ」


―鹿島は吐き気が込み上げてきた。


夕張「あっ、ショック大きいよね。ごめんね?大丈夫?」


鹿島「うっ、だ、大丈夫です」


夕張「無理ないよね。一番信頼したい人がそうなんだから。でも、以前はこんな事、結構多かったみたい。今はほとんどまともな、特に、特務鎮守府って呼ばれるタイプの新しい鎮守府は、艦娘と提督の親和性がとても高いそうだけど」


鹿島「特務鎮守府、ですか?」


夕張「話がそれちゃったね。この鎮守府は、もう総司令部に目を点けられているの。内偵に来ている憲兵さんを、もう今回で四人も行方不明にしちゃってるから。まだ何とかなっているのは、きっと、提督のお父さんが警察に太いパイプを持っているせいだと思うけど、そういつまでもごまかしは通じないはずよ」


鹿島「四人も、ですか・・・そんな事って」


夕張「うん。明らかにおかしいでしょ?でも、ここの提督は自分を抑えられないから、捕まるまでそれを繰り返すと思うの。だからって、もうおめおめと仲間をひどい目に遭わせられないから」


鹿島「私はどうしたらいいんですか?このまま、ひどい事をされて、消されちゃうんでしょうか?」グスッ


夕張「まず、まだ時間があるの。今までのパターンで行くと、本当に危険なのは一月末くらい。けれど、きっとその前に次の内偵が来る。特防かどこかが対応するから、今までのようにはいかないはず。あなたも真面目に働くふりをして、持ちこたえて。みんなで協力して情報交換したら、きっと何とかなるはずだから!」


鹿島「ありがとうございます」


夕張「昔と違って、今は特別な親和性を持った提督でないと、捜索してもなかなか艦娘と遭遇できないし、練習巡洋艦のあなたはとても大切な艦種なの。だからきっと、見えないところで沢山の人が動いてくれるわ。気を付けて!」


鹿島「はい。でも正直、とても不安です」


夕張「そうよね。今まではみんな、何が起きているか気づけなかったの。でも、あなたの前の『鹿島』さんが、最後の任務に行く時に、本当のことを言ってくれたから。だから、私たちもきっと何とかするつもりよ!」


鹿島「はい。あの、夕張さん、この事って、話していい相手と悪い相手がいますよね?」


夕張「うん。私と、潜水艦のみんなは大丈夫。あとはわからないのよ」


鹿島「ケッコンしている鹿島さんは?」


夕張「たぶん、何も知らないと思うわ。全てが明らかになったら、ある意味一番可哀想かも」


鹿島「そうなんですね・・・」


夕張「鹿島ちゃん、大丈夫?無理もないけれど、顔色が悪いよ・・・」


鹿島「大丈夫、と言いたいですけれど、ショックは大きいです。・・・でも、何とか切り抜けて見せます。きっと、私がここにいる意味や、役割はあって、そんな目に遭って消えていくようなものではないって、信じていますから」


夕張「うん。・・・あと、お勧めはしないけれど一応ね、前の鹿島ちゃんのボロボロの艤装は、こっそり保管してあるのよ。同じ艦で近代化改修をすると、たまに強い記憶を一部引き継げたりするから、もしかしたら何かわかるかもしれないわ。ただ、記憶がとても嫌なものなのは間違いないと思うから」


鹿島「そうなんですね?良く考えてみます」


夕張「じゃあ、気を付けて」


―鹿島は夕張の部屋を出ると、また自室に戻った。


鹿島(・・・きついなぁ)ズル


―壁に寄りかかると、そのままずるずると座り込んだ。思い出してみると、憲兵が行方不明になった時の食堂の雰囲気もおかしかった。


鹿島(行方不明って、殺してるってこと?そんな人が提督だなんて)


―鹿島は、最近いなくなった憲兵の事を思い出していた。


鹿島(そういえば、あの憲兵さんも『何かおかしなことや、変だなと思う事があったら、いつでも相談してください』って。あれはこの事だったのね)


―ここで鹿島は、提督が『鹿島』に執着していなければ、憲兵が行方不明になることも無かったのでは?と考えた。


鹿島(だったら、私一人が、提督の良いようにされていれば・・・)


―しかし、それもダメだ。提督は『そんな自分』を認めたくなくて、わざわざ鹿島を消しているのだから。


鹿島(理解できない・・・それに・・・)


―こんな話を聞いた後に、提督とそのような状態になるのは、もう無理だった。そもそも、人間の男女の知識も、そう詳しいわけではない。どんな事をするのか、正確には知らない。


鹿島(みんながたまに言う『えっちな事』なんでしょうけれど・・・)


―わからない事を考えても仕方がない。目の前の事を一生懸命こなしつつ、なるべく注意深く対応していくしかない。


鹿島(うん、とにかく冷静にやっていかなくては)



―横須賀。下田提督の監禁されているアパート。ベッドの中。


下田提督「・・・じゃあ、あんたはもともと普通の艦娘だったって事か?」


瑞穂「はい。私自身は横須賀第三鎮守府で、作戦海域の捜索で着任しました。その後、小笠原に泊地出張になったのですが、『大規模侵攻』の時に大破ダメージを受けて意識を失い、後日の回収艦隊に発見されて総司令部から特防に配属になりました。どうして自分が『深海化』したのかは分かりません・・・」


下田提督「なんで、おれの時はあんなあっさり深海化したんだ?」


瑞穂「私にとって、一番指摘されて嫌な事だったからです。深海化している自分は、艦娘ではないですし、自分の存在や、自分の仕事、所属している部署にとっての敵です。悪い事で、醜い事だと思うから。それを、あなたに見抜かれたと思ったんです。提督の中には、艦娘の深海化を見抜ける人もいるそうですから」


下田提督「たぶんさぁ、そんなに否定する事ないんじゃねぇのか?」


瑞穂「えっ?」


下田提督「おれぁ、学がねえからあまりうまく言えないんだけどよ、あんたらはきっと純粋なんだわ。人と違ってな。それがわかりやすく、艦娘の姿と深海化した姿に分かれてるだけだろ。人間よりよっぽどマシだし、どっちも綺麗だとおれは思うがな」


瑞穂「どっちも綺麗、ですか?」


下田提督「嘘が無いのはわかるだろ?やる事をやってるんだし」


瑞穂「あなたがとても節操のない人だという可能性だってありますよ?あなたの評価はそんな感じでしたし」


下田提督「手厳しいねぇ。全力で否定はできねぇけどさ」


瑞穂「でも、あなたとそういう関係になってから、『深海化の衝動』が自分で抑えられるようになって、不思議な気持ちです」


下田提督「そうなのかい?よくわかんねぇな、ストレスみたいなのがちょっと減ったって事かねぇ?」


瑞穂「もしかしたら、そうなのかもしれません」


下田提督「そうか。・・・なあ、ところでこれから、どうするんだ?なんだかんだでおれの事を死なす気も無さそうだしよ」


瑞穂「!」


下田提督「おれがここに監禁されてるのも、内緒なんじゃねぇのか?」


瑞穂「・・・」


下田提督「・・・やっぱりか。今のままではバレて消される。何とかしなくてはだめだ」


瑞穂「あなたは助かるかもしれないけど、私はきっと、消されます・・・」


下田提督「いや待てよ、特防にいて、しかもあんたが深海ってのはバレてないし、おれが逃げたことになってるんだろ?」


瑞穂「はい」


下田提督「あんたから深海側に情報が洩れていると思うかい?」


瑞穂「それは、わかりません。そんな事は無い、と思いたいですけれど・・・、時々、見たことのないものが記憶にあります。私の頭の中を誰かが覗いているような気がする時もありますし」


下田提督「んー・・・あんたが深海化したのは不可抗力だし、たぶん他にもいるだろう。まずいのはおれを内緒で監禁していることだが、それがバレなきゃ変わりない日常の筈だ。だが、今のままじゃあ、いつかは全てバレる。そうなった時に解体や、ひどい対応をされるのは防ぎたい」


瑞穂「もうじき、特防も査察が入るという情報です」


下田提督「あまり時間は無いって事か。あんたのデータの中で、一番話の分かりそうな提督はいるかい?または、型破りでもいい。普通の提督や、真面目なだけの提督じゃダメだ。そこそこ権限や信頼の有る提督なら、なおいい」


瑞穂「それなら、特務鎮守府のどこか。特務第七か、特務第二十一の提督が、型破りだと思います」


下田提督「概要を教えてくれ」


瑞穂「特務第七は、日本外人部隊上がりの武闘派の提督がまとめあげています。海外艦や、過去に問題の有った艦娘と、深海棲艦を運用していますが、海域任務ではなく『汚れ仕事』専門です」


下田提督「いわゆる荒事専門か。・・・待ってくれ、深海棲艦だと?」


瑞穂「はい。姫クラスを何体か、手なずけて暗殺や防諜活動に運用しています。ただ、アクセス権が私にありません」


下田提督「すげえな。そんな提督もいるのか。・・・悪くねぇが、却下だな。あんたを取られても困るしな。ふふ」


瑞穂「そんな・・・」


下田提督「もう一つは?」


瑞穂「特務第二十一号、『地図にない島』の鎮守府の提督です」


下田提督「なんだいそりゃ?」


瑞穂「噂の方が有名かもしれません。太東鎮守府の提督を、艦娘を守るために半殺しにしたり、青ヶ島鎮守府の金剛を引き抜いてきたり」


下田提督「どっちも同じ提督だったのか。そりゃ、型破りだ。いいね、艦娘を大事にしているけど、手段は択ばないタイプみたいだな」


瑞穂「年内に発令される『常号作戦』の立案もこの方が原案を出されています」


下田提督「どういう男なんだ?」


瑞穂「この方の詳しい情報は、高レベルで保護されていて、特防でも断片的にしかアクセスできません。ただ、日本外人部隊において、初期から解散まで所属していた生き残りで、上海軍閥事件でも、ケニア動乱でも、表に出せないほどの戦功を挙げています」


下田提督「じゃあ、バリバリの軍人か?艦娘との関係は?」


瑞穂「良好です。高練度の金剛を口説いて転属させられるほどの親和性を持っています。・・・あ、この鎮守府は艦娘も提督も、銃器の携帯が認められています。地図にない島の特性の為ですね」


下田提督「その提督だな。イチかバチかなら、その提督しかない。できれば、直接話すのが一番なんだがなぁ・・・」


瑞穂「・・・あの」


下田提督「とりあえず、今のままどっちかがが、または両方捕まるってのはダメだな。良い未来はねぇ。そうすると・・・」


瑞穂「あのう・・・」


下田提督「ん?」


瑞穂「どうしてそこまで?このままでも、いずれあなたは助けられるでしょうに」


下田提督「は?いやいや、二人で何とか助からなきゃ意味ねーだろ?おれは嫌だぜ?深海化してようが何しようが、お前が誰かに捕まって解体や轟沈されたらさ」


瑞穂「でもたぶん、無理ですよ?」


下田提督「だから、頭のいい奴を味方につけて知恵を借りる。どうせダメなら、やれる事を全部やってからだ」


瑞穂「どうして?」


下田提督「お前が気に入ったからだよ。言わせんな恥ずかしい。やる事はやっちまったが、普通に飯を食いに行ったり花見に行ったりしたい。いなくなったら号泣する。悪いか!」


瑞穂「あ・・・頭がおかしいんじゃないですか?あなたを殺そうとしたんですよ?深海化していて、どうなるかわからないんですよ?」


下田提督「じゃあ今も殺そうとしてるのかよ?」


瑞穂「それは、利用価値が・・・」


下田提督「嘘つけ。おおかた、深海化した時に衝動的に拉致ってしまって、その後あんなことになって、どうにもならなくなったんだろ?」


瑞穂「まるで私、馬鹿みたいじゃないですか」


下田提督「感情のままに動いた結果だろ?でもな、感情のままに動いても許されるのが女の特権なんだよ。結局こうして、おれが味方になったろ?おれはどうせ提督の適性も大したことねぇ。なら、おれなりの生き方をするまでだ」


瑞穂「私、艦娘ですから、あなたの言葉をそのまま信じてしまいます。でも、もし嘘で、あなたが一人で助かっても、それはあなたの当然の権利なのも理解しています」


下田提督「だよな。今はまあ、騙されたと思ってくれてても構わねぇ。ただ、おれが騙してなくて、全部何とかして、普通に会えるようになったら・・・」コホン


瑞穂「なんですか?」


下田提督「その、なんだ、・・・か、彼女になってくれたら、嬉しいな、とかな」ボッ


瑞穂「それは順番が逆です!もう私の身体、あなたの手と口が触れていないところなんてないのに、ここに来て彼女ですか!」


下田提督「だ、ダメなら仕方ないけどよ・・・」シュン


―瑞穂は黙って、提督の両手を握りしめた。


瑞穂「その言葉だけでも、私、全てがダメになっても、安心して消えていける気がします。ありガトウ・・・」


―瑞穂の片目が、燃えるような深海の赤に染まったが、その眼からは奇麗な涙がこぼれていた。


下田提督(やっと見つけたイイ女、絶対に離すもんかよ!)


―こうして、ちょっと不純だが、やる時はやる男、下田鎮守府の提督と瑞穂の賭けが始まる。



―同日深夜、伊豆下田港沖。摩耶たちは信号弾を撃ち、鎮守府の方に目を凝らしていた。


鳥海「あっ、信号弾、上がりました!」


摩耶「よし、行ってみるか!」


飛龍「夜だし、万が一のこともあるから、私たちはここで控えているわね」


摩耶「おう!」


蒼龍「気を付けてね」


―しばらく鎮守府方面に向かうと、月明かりの下、二人の艦影が見えてきた。


摩耶「おう、高雄、愛宕、久しぶりだな!」


高雄「声を小さめにして。元気そうで何よりだけど、こっちはすごい大変よ?」


摩耶「何かあったのか?」


愛宕「提督、更迭の途中で途中で特殊防諜室の瑞穂さんに暴行を加えて逃走中だって」


摩耶「はぁ?んなわけあるかよ。そんな事する提督じゃねーだろ?ちょっとアレだけどさ」


高雄「しかもあなたたち、提督の対応に納得がいかないから飛び出して勝手なことしてるって話になってて、撃滅命令が下ってるわよ?他の鎮守府の資源を奪ったりしたの?」


摩耶「いやマジで話が見えねえぞ?何でうちらと提督が極悪人みたいになってんだよ。資源も別に奪ったりしてねぇし。提督がこっそり話を付けていたところから譲ってもらっていただけで」


愛宕「やっぱりそうすると、上層部に敵がいるって事だわ。提督の推測は間違ってなかったから、提督もあなたたちも邪魔だと考えている誰かがいるのよ」


摩耶「虎の尾を踏んじまったって事か。でもそれじゃあ、上層部が信用できないからって作戦命令に従わなかった提督は正しいって事になるのか」


高雄「提督が上層部の作戦に参加しない事を、あなた、ぼろくそに言っていたものね。今の任務だって、売り言葉に買い言葉で受けたようなものだし。でも、もう笑っていられない状況になってしまったわ。どうするつもり?」


摩耶「どうするつもりっつったって・・・」


愛宕「提督とあなたが度々ケンカになった事、かなり悪い表現で上層部に伝わっているわよ?提督がすごい悪者みたいになってる。ここの憲兵さんは真面目な人だから、あなたの口の悪さをそのまま伝えちゃったみたいで」


摩耶「じゃあ、あたしのせいで提督が更迭されちまったってのか?」


高雄「言いたくないけど、多分にあると思うわ」


摩耶「そんな・・・そこまで提督の事を悪く思ってたわけじゃないのによ・・・」


愛宕「今、ここは提督不在なのよ。もしかしたら再編成で解散になるかもって。私たちも、バラバラになるかもしれないわ。ただ、その前に査察が入るみたいだけれど。本当は、こうして会う事も凄く危険なのよ?」


摩耶「いやちっと待ってくれって。状況を整理するからさ。いや、頭ん中をか」


鳥海「新しい提督と話をさせてもらう事はできないの?」


高雄「新しい提督は着任しないかもしれないそうよ。だって、解散になるかもしれないのだから。提督も、もっと別の方法で情報の漏えいを調べれば良かったのかもしれない」


鳥海「提督の行方は?」


愛宕「横須賀の町で消息を絶っているわ。ここもたぶん監視されてるはず。戻ってくるかもしれないし」


鳥海「特殊帯通信室を使わせてもらう事はできますか?」


高雄「いいけど、今鎮守府にいる全員が疑われるのは理解して言ってるかしら?それに、どこと連絡を取るつもり?」


鳥海「特務第二十一号号鎮守府です。緊急暗号通信の開き方は秘書艦の時に把握していますから、それで特務第二十一号鎮守府の提督さん宛に、何とか連絡をしてみます」


愛宕「それなら連絡だけは一方通行でできるかもしれないわね。向こうが通報するか、撃滅する気全開で来る可能性も無くは無いけど」


鳥海「ええ。それに賭けてみます。もう打つ手はないですし、提督の懸念も遠回しに実証されています。このままだと、最悪、裏切り者として処分されてしまう可能性もある。・・・それなら、やれる事をやって、結果を待つしか」


高雄「あなたたちは作戦に従っただけ。それでいいじゃない。行きなさい。私たちは指令書に逆らえなかった、という事で良いでしょ。あなたたちがここに来るのも予想外だったという事でいいんだし」


摩耶「すまねぇな・・・」


愛宕「いなくなってみると、そう悪くない提督よね。情報はやっぱり漏れていたし、提督なりに私たちを守ろうとしていたのよ。摩耶もあんなに反発しないで、少しくらいおっぱい触らせてあげても良かったじゃないのよ。提督、消されてたりしなきゃいいけど・・・」


鳥海「でも、あんなに普段から巨乳好きを大っぴらに言われちゃうと、私たちとしては・・・」


摩耶「あ、あたしなんかの胸なんて、本気で触りたいわけないだろうと思ってたんだよ。今でもそう思ってるしさぁ」


高雄「今そんな事を言ってても仕方ないわ。提督の無事を祈って、やれる事をやりましょう?」


鳥海「そうですね」


―摩耶たちは下田鎮守府の執務室に向かった。もう、後戻りはできなかった。



―同日昼間、横須賀、『艦娘矯正施設』、聴取室。


女性の矯正管理官「こんにちは。時雨」


時雨「おはよう、管理官さん。良い朝だね」ニコッ


女性の矯正管理官「良い天気だけど、私は気が重いわ。時雨、あなたはいつまで、仲間の罪諸々をかぶってここにいるつもりなの?」


時雨「それは、僕があなたの言うように罪をかぶっていた場合でしょ?僕、提督が許せなくてあんな事をしてここに来たから、管理官さんは的外れな事を言っているよ。提督の事は今でもすごく、憎いんだ」


女性の矯正管理官「それは事実でしょうね。でも、事件の犯人はあなたではないわ」


時雨「そういう話なら、今日もこの後、ずっと黙秘するよ」


女性の矯正管理官「いいわよ?私も時間まで読書でもしているつもり」


時雨「くっ・・・」


女性の矯正管理官「天気がいいと、独り言を言いたくなるわね。もうじき、『時雨』は特務鎮守府に転属になるみたい」


時雨「えっ?こんな僕を?提督を寝たきりにさせちゃうような僕を?」


女性の矯正管理官「独り言でーす。・・・証拠もないし、生きている関係者は寝たきりでしゃべれない提督のみ。素行も問題なし。ここにいる根拠も、本人の自称と、あまり信用できない状況証拠だけ。50回を超える聴取もすべて黙秘。自称だけで入っていられるほど、矯正施設はそんな暇じゃないわ」


時雨「そっか・・・僕、ここもお払い箱になるんだね。僕なんかが転属って事は、提督の慰みものにされて、捨てられるのかな・・・」


女性の矯正管理官「もう、そんな鎮守府はおそらく無いわ。あなたがここに来てから二年よ?表向きは、特務鎮守府で試験的に過ごしてもらって、問題が無ければ転属って形になるわね。年明けには面接の日時が決まると思うわ。あなたの意志は関係なく、向こうが承諾すれば、あなたは仮転属になるの」


時雨「ふーん・・・。どうせ、僕は問題を起こしてここに帰ってくることになると思うけど」


女性の矯正管理官「暴れたかったら、暴れたらいいのよ。何らかの結果がもたらされるだけ」


時雨「矯正管理官とは思えない、無責任な発言だね」


女性の矯正管理官「あら、あなたも艦娘としては無責任の極みだと思うけどなぁ」


時雨「くっ・・・」


―パラリ


時雨「これは?」


女性の矯正管理官「あら、ごめんなさい。あなたが転属するかもしれない特務鎮守府の提督さんの資料だわ。今、本を持ってて手が離せないから、適当に戻してくれる?」


時雨(見せてくれるって事なんだね)


女性の矯正管理官「あなたについて、メールをやり取りしたんだけどね、二通目のメールで『この子おそらく、誰かを庇ってて無実じゃないのかな』って、言ってきたのよ」


時雨「ええっ?」


女性の矯正管理官「びっくりするでしょう?私もびっくりしたのよ。あなたの仮転属は一年も前から話が出ていたのに、この提督さんだけね。名乗りを上げて、私と同じ推測をしているのは」


時雨「気に入らないな。提督なんてみんな信用できないよ。化けの皮を剥ぎ取ってやりたい」


女性の矯正管理官「いいんじゃない?そういう『動機』でも。化けの皮が無かった場合のあなたがどうするか、すごく興味あるし」


時雨「はぁ・・・面倒な事になったなぁ」




第二十二話 艦



次回予告


年末に束の間の落ち着きがある堅洲島鎮守府。


時雨は昔を思い出す。


協力して二人の生き残る道を探す、深海化した瑞穂と下田提督。


摩耶と二航戦たちの連絡は堅洲島に届くが・・・。


波崎鎮守府の鹿島は、以前の鹿島の艤装を改修に用いることを決意する。


科学者は引き続き、漣や曙に聞き取り調査を続けていた。



次回 「年の瀬なんて返上だ」 乞う、ご期待。


卯月『読んでくれないとぷっぷくぷぅ~だっぴょん!』




後書き

二十二話書き込み中に、同じ日に初風と長波様がドロップしました。
こんな事もあるんですね。

本編はこのペースだと、全員そろうのはまだまだ先ですね。ゆっくりお楽しみください。


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