「地図に無い島」の鎮守府 第二十三話 年の瀬なんて返上だ
過去の日記を引っ張り出し、何かを決意する時雨。
堅洲島鎮守府の科学者の聞き取りでは、漣と曙の考えが色々と表に出る。
そして、いわくつきの小学校を調査する、提督と艦娘たち。
どうやら何か謎があるようだが・・・?
瑞穂は下田提督の拘束を解き、自由に逃げても当然の事だと言う。
しかし、夜の食事に牛丼をリクエストする下田提督。
普段と違う鹿島の様子を見た、コンビニの店長は、昔の話をし、
鹿島は有る決意をするのだった。
「出る」と噂の小学校の探索が見所です。
漣が意外と本音を出すのが苦手だ、という部分について、漣自身が説明するシーンがあります。
なぜか、堅洲島の足柄さんはバールがアイコンになりそうですね。
そして、時雨は過去に何があり、何を考えているんでしょうか?
[第二十三話 年の瀬なんて返上だ ]
―12月28日朝、堅洲島鎮守府、エントランス前廊下。近海の任務から帰ってきた初雪が、高速修復材缶を運んでいる。
提督「あ、初雪おはよう。聞いたよ、バケツ満たしがすごく上手いんだってな」
初雪「司令官、おはよ。早く見つけると、早く帰れるから、頑張ってる」ニコッ
提督「予定よりちょっといいペースなんで、助かってるよ。なんかコツとかあるの?」
初雪「んー、何となくだけど、明るく見える海域だと、早く一杯になるみたい・・・」
提督「そういうもんなのか?謎が多いなぁ」
―空の高速修復材缶を海域で曳航すると、良い海域なら謎の液体が次第に満ちてきて、高速修復材になるのだ。
初雪「そういえば、司令官『ウォーシップワールド』やってるの?」
提督「あれ?もしかして叢雲から聞いた?」ギクゥ
初雪「うん。もうじきパソコンが届くから、フレンドになって欲しいな、なんて・・・」
提督「おー、初雪もやってんのね?いいね、ぜひフレンドで。・・・あれ?どこでプレイしてた?」
初雪「図書ラウンジのパソコンで登録して遊んでたら、陽炎たちに怒られちゃった・・・」
提督「なるほど・・・それは確かにちょっとな。でも、自前のパソコンで遊ぶなら問題ないぞ?」
初雪「うん、届いたら教えるから、よろしく・・・」
提督「よろしく!ところで、ケーブルの設定やパソコンの立ち上げは大丈夫なのか?」
初雪「うん。そういうのは、得意。司令官のパソコン、自作でしょ?私も自作・・・したい」
提督「いいよー。作る時は言ってくれ。おれも来年早々にもう一台組む予定なんだ」
初雪「ありがと」ニコリ
―タタタッ
卯月「司令かぁ~ん!今日もお顔がとっても素敵ぃ~!」ニコッ
提督「おっ、そうかな?」キメガオキリッ!
卯月「なあ~んて、うっそぴょ~ん!あはははは!」
提督「ははは。おはよう!そういえば、花瓶の場所一覧、よくできていたよ。今日、生花と造花がたくさん届くから、各所に上手に振り分けてやってほしい」
卯月「まかせとくっぴょん!弥生も楽しそうな顔をしているっぴょん」
弥生「おはようございます」
提督「あ、何となくそんな気もする。花をいじるのはやっぱり楽しいかな?」
弥生「たのしい、です」ニコリ
提督「それは何よりだな。花瓶や花、その他季節の飾りは二人に頼むから、よろしく頼むよ」
卯月「じゃあ弥生、お花を早くいけてしまうっびょん!」
弥生「うん」
―今後ずっと、卯月と弥生は堅洲島鎮守府の飾りつけ担当になる。のち、もう一人メンバーが増えるのだが、それはまだ先の話だ。
望月「おはよー司令官。朝早くから頑張ってんねー」
提督「おはよう。いや、寝る時は寝てるから大丈夫だぞ?」
望月「聞いてるよー。戦艦のお姉さま方と仲いいみたいだねー。でも、いそっちにも構ってあげてねー?」
提督「ん?ほぼ毎日顔を合わせてるぞ?」
望月「そうなんだけどさー、みんな戦艦のお姉さま方みたいに積極的に話せるわけじゃないからねー」
提督「ん、それもそうか。ありがとう」
望月「あとさー、ねえ司令官、もし知ってたら教えて欲しいんだけど、いっぱいあるミカンから、甘いのだけ選ぶ方法ってある?」
提督「ん?あるぞ」
望月「え?そんなことできるの?凄くはかどりそうなんだけど」
提督「炬燵でミカン食ってると、誰もが当たる問題だよな、それは。しかしすでに解決策は有ったりするんだ」
望月「マジか・・・」
提督「マジだ。甘いのからより分けて食べて、どうしようもないのは冷凍して夏に食う。これが完璧なミカンの楽しみ方だ!後で執務室でやってみせるよ」
―しかしここで、望月はひらめいた。
望月「あ、司令官、それなら今度うちらの部屋に遊びに来てよー。ミカンいっぱいあるから」
提督「ん?まあそれでもいいが・・・」
望月「じゃあ約束だよ?都合のいい時間はあとで調整させてねー」
提督「お、おう。(うちの望月はなんか活発な気がするが)」
望月(これで、いそっちと司令官が二人っきりになる時間を作るっと。ふへへ)
??「おはよう。朝から何ぼさっと突っ立ってんのよ!」
提督「おはよう。おお、ちょうどいいところに来たな」
霞「なに?何か用事でもあったの?」
提督「霞は、幽霊とか信じる?」
霞「はぁ?いきなり何?」
初春「何ぞ朝から騒々しいのう。おはようじゃ」
提督「ああ、朝から霞が元気なんだわ。丁度いいや、二人とも執務室でお茶でも飲んでくれ」
霞「ちょっと!何で私がうるさい事になってんのよ!」
提督「おれは霞が元気としか言ってないが?くっくっく」
霞「この・・・!」
初春「二人とも楽しそうじゃのう」
提督「曙は世話女房みたいになっちゃったし、満潮は普通にいい子だからな。もう威勢がいいのは霞だけだ」
霞「ふん!馬鹿にして!」
提督「いや、褒めてんだよ。それより、そんな霞を見込んで、任務の話がある。初春も向いてるかもしれん。ちょっと打ち合わせしようか」
初春「ほう、わらわに向いてるやもしれぬ任務とな?」
霞「私も?」
―少し後、執務室ラウンジ。
提督「というわけでだ、今日は大掃除の予備日だったんだが、思った以上にほとんどけりがついている。なので、年明けになる前に、鎮守府裏山の小学校の調査を行ってしまおうかと」
霞「それで何で私と」
初春「わらわなのじゃ?」
提督「いや、もっと大人数で行くが、霞は度胸が据わっているし、初春は色々鋭そうだからな。何が起きるかわからない物件だし」
霞「ふ、ふーん・・・」
初春「なるほどのう。何が起きるかわからないとは、どういう意味じゃ?」
提督「バカバカしい話、と笑いたいところだが、役所の人が真面目に忠告してくれた話では、オバケが出るんだと。それで、みんな気味悪がって利用しないままなんだとか」
霞「・・・え?」
初春「ふむ、おもしろそうじゃな」
提督「とりあえず、全員の動きを把握してメンバーを募り、午後から現地踏査に行く予定だよ。二人とも、よろしく頼むぞ」
霞「・・・ま、まあ任せなさいよ!」
初春「心が躍るのう。わらわは司令官の茶が飲めれば十分じゃぞ」
提督「まあ、参加してくれたメンバーには間宮券でも配ろうかと考えているよ」
漣「間宮券ですか!」
提督「あ、秘書艦メンバーは留守番を二人残して、基本皆で行こうかなと考えてるよ」
足柄「提督、バールとかあった方が良いでしょう?私は行きたいわ!」
提督「バールとか道具系は有った方が良いな」
初風「カメラとか持って行ってもいい?幽霊が本当にいるなら、あちこち写真を撮った方が良いと思うの」
提督「本当はビデオカメラで撮りたいが、無いからなぁ」
曙「じゃあ、私は残ってるわ。あとは誰かもう一人、留守番ね」
提督「ん?曙がそんな事を言うなんて珍しいな」
曙「べ、別に。迷惑をかけたばかりだから、気を使っているだけよ!」
提督「ふむ?」
磯波「じゃあ、あとは私でしょうか?」
提督「いや、昼過ぎから扶桑たちも来るから、それから相談でいいんじゃないか?磯波には概要を把握してもらった方が良いし」
磯波「わかりました!」
提督「叢雲、館内放送を二回、十時と昼に流してくれないか?ヒトサンサンマルにエントランス前集合で。任務内容は廃校の調査。利根と筑摩は任務が空いていたら必須で頼む」
叢雲「わかったわ。・・・あら?特殊帯通信室、何かランプが点いてるわよ?」
提督「緊急秘匿通信だな、確か」
―提督は暗号化されたロールペーパーを出力し、そのまま解読にかける。
―ヘンシンフヨウ コチラ シモダチンジュフショゾク チョウカイ ジツジョウトコトナル ホウコク メイレイ ニ ヨリ タイヘンコンワクシテイル トウホウニ ゾウハンノ イシ ナク ゼヒ ミッカイノバヲ モウケラレタシ トウホウ セイシキナ シレイショニモトヅク サクセンコウドウヲ シテイル ジョウソウニ チュウイサレタシ カイゴウノ バショト ニチジハ
―暗号化された座標と日時が続いている。
提督「なんだこりゃ?噂のゲリラ組織が、わざわざ所属している鎮守府から連絡をくれたぞ?」
叢雲「どういうこと?」
提督「実際には反逆めいたことはしておらず、提督の作戦指示に従っていただけらしい。が、その情報がゆがめられていて、どうしたらいいかわからないって事らしい」
足柄「ちょっと待って、じゃあ、迂闊に上層部に連絡できないのではなくて?」
提督「そうなるな。資源消費量の等しい、偽の遠征任務を発令して会うか、または信頼できる誰かに報告するか・・・悩みどころだな、これは」
叢雲「合流する時間と場所は?」
提督「新年の1月5日の夜中に、伊豆大島沖合100キロ付近でだな。向こうはこの島の場所はわからないから、遠かった場合も考慮したんだろう」
曙「どうするの?」
提督「少し、考えてみるさ。ただ、艦娘は基本的に嘘をつかないし、これが罠だとは考えられない。だが問題は、上層部のどこが信用できないのかわからないって事だ」
磯波「あの、今ここに来ている科学者さんはどうでしょうか?何か知っていたりしませんかね?」
提督「なるほどね。だが、あの人自身が何かの査察で来ているって可能性も無くは無いんだよ。情報戦はそこまで考えないとダメだ。・・・まあ、たぶんあの科学者さんは大丈夫な気がするから、そう悪くない発想だけどな。いずれにしても、少し考えてみる必要があるな。幸い、防諜活動についても案を求められているわけだし」
漣「なんだか、ご主人様のお仕事ばっかり増えていってません?」
提督「考えようによっては、その方がやりやすいかもしれない。『船頭』が少なければ、船も迷いづらいはずだからな。脳味噌役の仕事がたくさん増えたところで、優秀な秘書艦が沢山いるから、そう負担でもないぞ?」
秘書官一同(優秀って言った!)
足柄「いいわねぇ、そういう考え方、私も好きよ!自分らで好きに仕切れるものね!」
提督「でしょ?ガンガン意見を出して、それが有効なら、うちもやりやすくなるのさ」
―同日午後、横須賀、『艦娘矯正施設』留置棟、時雨の部屋。
時雨(管理官さんも、僕を呼ぼうとしてくれている提督も、きっと悪い人じゃないと思うんだ。他人を信じようとしてくれている人って事なんだろうね)
―時雨は、机の奥から昔の日記を取り出した。佐世保第二鎮守府にいた頃のものだ。
時雨(僕だって、昔のことは忘れたい。誰かを信じたいけれど・・・)
日記の最初のページ『僕の着任した佐世保第二鎮守府は、精鋭で鳴る鎮守府だったみたいだ。また佐世保だなんて、運命を感じる。毎日命懸けだから、その日その日を、こうして日記に書いていこうと思う』
三か月後の日記『提督は僕たちの事をよく気にかけてくれている。おかげでだいぶ強くなれた気がするかな。白露型も、あとは春雨だけ。みんな仲良しで、互いに技量を高め合っていけて、とても楽しい。ずっと一緒に勝っていきたいね』
四か月後の日記『提督は優秀な人だけれど、最近疲れているのか、色々な噂を聞く。僕はそんなの信じないし、あまり聞きたくない。だって、提督は夕立と仲がいいの、僕は知っているから』
五か月後の日記『一緒に寝ないか?って、提督に誘われた。断ったら、提督も笑っていたけれど、本当に冗談だったの?添い寝だけなの?夕立とはどうなっているの?』
六か月後の日記『白露姉さんから、相談された。提督と村雨が仲が良いから、自分は身を引くって。なんで?何がどうなっているの?提督は夕立と仲がいいんじゃなかったの?僕以外みんな、提督とそういう関係なの?』
日記『唐突に提督に『時雨は重そうなんだよなぁ』って言われた。重いって何?じゃあ、みんなとは軽い気持ちでそういう関係になってるの?僕だけが全て知っているの?苦しいよ』
日記『ケッコンていう仕組みの事を初めて知った。随分前からあるらしい。最初は扶桑とするつもりだったみたい。でも、扶桑はずいぶん前に沈んでしまっている。山城がここにいたのを、僕は初めて知った』
日記『引きこもっている山城にやっと会えたら、提督を殺したいって言っていた。山城は怖い顔で笑って、指折り数えていた。提督、そんなにたくさんの子とケッコンの話をして、今はみんないないのはなぜなの?』
日記『最近、夕立も村雨も元気がない。僕、話しづらいよ・・・』
日記『徹夜明けで帰ってきたら、鎮守府の雰囲気が最悪だった。昨夜、執務室で沢山の艦娘と提督が揉めたらしい。敵が活性化しているのに、何をしているの?揉めるのも当たり前だよ』
日記『今月に入って、もう四人も轟沈している。敵の戦力は分厚いけれど、本当にそれだけなの?』
日記『村雨が、轟沈してしまった。出撃の時は久しぶりにとても元気だったのに・・・』
日記『提督が、来週ケッコンするって発表した。そして、夜に夕立が凄く嬉しそうにしていた。そっか、提督もやっと心を決めたんだね。僕も任務に専念できそう。もう何も考えたくないから。明日の海域も危険だけれど、絶対みんなで帰ってくるんだ!』
日記『夕立が、轟沈した。最後まで、応急修理システムがあるから大丈夫って言って、そのまま沈んで行っちゃった。何を信じてあんなに笑顔だったの?提督とは忙しいみたいで、会えなかった。きっとすごく、哀しいんだよね?そうだよね?』
日記『白露姉さん、どうしてそんな怖い顔をしているの?僕と同じことを考えているわけじゃ、ないよね?』
日記『暗い雰囲気を吹き飛ばすんだって。それで、大和さんとケッコンなんだ?ずっと前から仲が良かったんだ?』
―日記のそこから先のページは、グシャグシャだった。
時雨(僕がもう少し、何とかしていれば、あそこまでの事にはならなかったんだ。植物状態になった提督と、僕以外は、もうみんな海の底だもん。これは僕の罪だから。だから・・・)
―時雨は、そろそろ自分の事にけりをつけよう、と考えた。
時雨(もう、十分だよね。そろそろ罪を償わないと。ごめんね、どこかの提督さん。最期だけ、面倒をかけちゃうかもしれないけど)
―時雨は、静かに決心していた。
―同じ頃、横須賀。下田提督の監禁されているアパート。
下田提督「じゃあ、すまねぇが瑞穂、特務第二十一号鎮守府へのアクセス方法を探してくれ。できれば直接行って、誠心誠意、サシで話すのが一番だと思ってるんだ」
瑞穂「わかりました。でも、その前に・・・」ガチャッ、カキン
下田提督「おい!鍵を外していいのか?」
瑞穂「もう意味は無いですから。もし、気が変わったら、いつでも逃げて下さい。私は、自分が何をしているのか、理解しています。捕まって、罪を問われて粛清されても、当然の事だと理解していますから。あなたの事も恨みません」
―しかし、瑞穂は涙目で、涙声だった。
下田提督「・・・なんで?」
瑞穂「あなたに迷惑をかけたくないからです。あなたが私と居たい為に言ってくれたことは、とても危険な事ですから」グスッ
下田提督「泣くなよ。お前が一人って事は、おれも一人って事だ。そんなんもう嫌だからさ。それより、二つ頼まれてくれ」
瑞穂「なんですか?」
下田提督「おれを騙したりして、勝手に一人だけ罪に問われたり、解放しようとしないでくれ。遠回しに嫌われたと思って、死にたくなる。つーか死ぬ。だから、そういうのはもう無しな?」
瑞穂「・・・わかりました。もう一つは何ですか?」
下田提督「レシート取っといてて欲しいんだが、今夜来る時、牛丼を買ってきてくれないか?後で金はちゃんと払うから」
瑞穂「今夜の・・・食事、ですか?」
下田提督「・・・あ、すまん、財布が無くてな、そういえば、おれの財布知らねぇか?・・・まあ、有ったとしても外をウロウロできないしさ」
瑞穂「いえ、そういう意味ではないんですが。・・・わかりました。大きめの牛丼を買ってきます」
下田提督「すまねぇ。妙に食いたくなる時ってねぇか?おれの中での牛丼メーターが下がっちまってさ」
瑞穂「あるかもしれませんね。はい、買ってきますよ」クスッ
―瑞穂はアパートを後にした。もしかしたら、安心させようとしてあんな事を言っているのかもしれない。夜になったら、もういないかもしれない。でも、仕方のない事だ。
―同日昼前。堅洲島鎮守府、科学者の部屋。
女科学者「秘書艦の仕事もあるのにごめんなさいね。提督と艦娘の関係や、深海棲艦について、まだまだ分からない事が多すぎてね」
漣「いやノープロブレムですよー。でも、私に聞き取りして、何か役に立つことがあるかは疑問だけどねー」
女科学者「そうでもないのよ?あなたはかなり特別な状態なの。これを見て?」
漣「この棒グラフみたいなのは何ですか?」
女科学者「これは、正式には『S/Dフレーム』と呼ばれているものね。艦娘の心の状態を可視化して把握できるの。これが長く、より光り輝くほど、艦娘としての状態が良くなるのよ。ただ、あなたは公称練度とフレームの練度、輝度が全然釣り合ってないわ。とても明るく、強い状態になっているの。そういう状態になる、何かきっかけがあったはずで、心当たりがあれば教えて欲しいのよね」
漣「あれ?これ見ると私、すんごい良い状態じゃないですか?」
女科学者「そうね、とても良い状態よ?ここまで良い状態になる事って、とても珍しい事なのよ」
漣「あー、なんか色々心当たりはあるかも!」
―漣は、最近あった事を一通り話した。ゲートの衛兵から聞いた、硫黄島の件から端を発する一連の出来事と、最近までの状態について、なるべく詳しく話した。
女科学者「ふんふん、なるほど興味深いわねぇ。あの提督さん、あなたたちを大切にしつつも、一定以上関係が深まらないからって絶望感を与えるようなこともせず、絶妙な接し方をしているのね」
漣「うちのご主・・・提督は、その辺はとっても上手かも。戦艦のお姉さま方とも仲いいけれど、気を使ってくれるから、みんなも気を遣う、みたいな」
女科学者「不思議ねぇ。艦娘に対しての接し方を、艦娘も返して来るみたい。だからいい加減な提督のいる鎮守府はめちゃくちゃになるのね」
漣「そういうものなんですか?」
女科学者「うまくいってないところは多いわね。・・・でも提督さんも男の人だし、あなたも、半分大人になりかけている女の子でもあるでしょ?当然欲求や願望は色々あるのが自然な事だと思うけれど、その辺はどうなの?・・・もちろん、提督さんの考えは私も知っているから、あなたたちに決定的な手出しはしないのも知っているうえでの質問ね」
漣「突っ込んだ質問(゚∀゚)キタコレ!!・・・まあ、そりゃ、あるのが本当だと思うけれど、実は私って、すっごい奥手で、それをご主人様に見抜かれちゃってます。普通に自分の言葉で話せって言われたら、何も言えなくなるくらい。だから、あまりその辺が上手じゃない曙や潮の気持ちも、よく分かるんですよね」
女科学者「へぇ~、それは意外ね!」
漣「前にね、ご主・・・提督に見抜かれたんですけど、例えば提督が私にセクハラするじゃないですか?そうすると、私はその時、適当に面白い事を言って受け流すんだけど、実際はすごくびっくりしたり、混乱します。どうして私に?とか、本気なのかな?とか、触りやすい子って思われてるのかな?とか、ほんともう色々と考えちゃうの。七駆のみんなは、私がそんな不器用で面倒な子だなんて、絶対思ってないですけどね、たぶん。でも、ご・・・提督はそういうのがわかる人みたいで」
女科学者「いつもの、『ご主人様』っていう呼び方でいいわよ?」
漣「すいません。で、そんな感じだから、ご主人様もとても気を使ってくれてるし、私も実はそんなに自信がなかったりで、そのせいで良い空気が出来ているところはあるのかな?って」
女科学者「素敵ね。あなたは本当はとても奥ゆかしいし、提督はそれを知って接してくれているのね」
漣「ごめんなさい、話がずれちゃって。その上でだけど、ご主人様が本当に私の事を気に入ってくれて、色々したいって思ってくれたら嬉しいけれど、戦艦のお姉さま方や、他にも良い女の子もいっぱいいるし、どうなのかなぁ?っていうところで止まってます。でも、触れられたりしたら嬉しいんですヨ?それはそれで。それに、私はいつそうしてもいいよ?って事は、一度頑張って伝えているし、それでも大事にかわいがってくれてるから、それ以上望んだら悪いもん」
女科学者「なるほどねぇ。いやー、あなたの提督はいい人ね」
漣「たぶんそういうご主人様だから、みんなついていくんじゃないかなぁ?」
女科学者「互いの気遣いが、いい感じの距離感を生んでいるのね」
―次に、曙の聞き取りを行った。
女科学者「あの、そんなに固くならなくて大丈夫だってば。提督との関係を色々と聞きたいだけよ?」
曙「べ、別に堅くなってないわ(提督との関係って、どんなことを聞かれるのよ)」
女科学者「そう?気を楽に、思ったまま答えてね。まず初めに、艦娘と提督、秘書艦と提督、という関係を取り払ったとして、他にもあなたと提督の間に成り立ちそうな関係はあるかな?」
曙「え?えーと・・・これ、答えなくちゃダメな質問ですか?」カァッ
女科学者「まあそういう聞き取り調査だからねー。(この子反応が可愛いわね!)」
曙「物好きと言うか、心が広いというか、よく私なんかを秘書艦にしているなって思うわ」
女科学者「知っているかな?『曙』と上手に付き合える提督さんて、大抵は有能な提督さんなのよ」
曙「そうなの?私って、そんな難しい子に思われてるのかな・・・」
女科学者「たぶん、相手の気持ちがわからない、適性の低い提督が多かったから、そう言われるようになったんじゃないかしら?ここの提督さんとあなたとの関係もそうだけど、仲の良い鎮守府では本当に仲がいいもの。何人か、ケッコン相手にあなたを選んでいる提督さんもいるのよ?」
曙「ふ、ふーん・・・(ケッコン相手に私を?そうなの?世界は広いわね・・・)」
女科学者「というわけでね、メイドの恰好をして秘書艦を務めている、ここの稀有な曙ちゃんに、私は色々聞きたいってわけよ」
曙「メイドの恰好も秘書官も、不可抗力と言うか、成り行きというか、まあその、いつの間にかこうなっていたのよ。ク・・・提督に、うまく乗せられた感じかしらね」
女科学者「で、乗せられてみて、毎日はどう?苦痛ではないよね?」
曙「うーん、まあ、悪くは無い、かな」
女科学者「あなたにとって、提督はどんな人?」
曙「ク・・・提督は、一言で言えば大人かなぁ。あと、とても物知りで、まず怒らないかな。なんだかんだで、私が迷惑をかけたことが多いし。この格好も、秘書艦の仕事も、借りを返しているようなものね」
女科学者「ふんふん、なるほど(素直じゃないのにわかりやすい子ねぇ。ちょっといじりたくなっちゃうな)。・・・じゃあ、単刀直入に言って、好き?」
曙「そっ、それはどういう意味で?そもそも意味のある質問なの?」アセアセ
女科学者「もちろん、大ありよ!艦娘と深海棲艦との関係において、私の学術的アプローチと、あなたの提督のアプローチはとても近いの。で、そういう人が実際に提督として艦娘を運用しているんだもん。それは色々聞きたくもなるわ」
曙「・・・なるほどね。嫌いではない、かな。嫌いと言っても説得力無いだろうし」
女科学者「まあそうよね。で、提督はセクハラと言うか、まあスキンシップかな?それを、あなたにだけはしているみたい。その理由は心当たりはあるかな?」
曙「えっ?私だけなの?」
女科学者「添い寝したり膝枕したり、というのはあるみたいだけど、明確にそういう触れ方をしているのは、ほぼあなただけみたいね」
曙「本当に私だけなんだ。なんなんだろ?一応、私が提督の事をクソ提督って呼ぶことがあるから、その分のバランスを取っている、とは言ってたけど・・・」クスッ
女科学者「(あら、この子嬉しそうにしているわね。じゃあ)・・・あ、でも最近、漣ちゃんが少しだけ胸を触られたとかなんとか」
曙「はぁ?何やってんのあのクソ提督!・・・でも、漣とはとても仲がいいから、そういう事もあるかな」
女科学者「ということは、あなたとは一番仲がいいという事になるかもね」
曙「ええっ?・・・そっ、そんな事あるわけ・・・ない、と思うけど・・・」
女科学者「(やば、楽しくなってきた)・・・そうかなぁ。じゃあ例えば、提督に押し倒されたら、あなたはどうする?」
曙「えっ?そういうのも聞き取りに含まれるの?」
女科学者「もちろんよ!許容性の問題よね」
―ここで曙は、少し考え込んだ。
曙「・・・あれだけ色々考える提督が、そんな事をしたい状態になるって、考えづらいなぁ。でも、もしそんな事になったら、拒絶はできないと思う」
女科学者「なるほどー(慎重な答え方ね。この子も色々考えているんだわ)。気づいてないだろうけれど、あなたって健気で尽くすタイプの子よね。きっと提督さんは、そういう部分を気に入ってるんじゃないかなぁ」
曙「そっ、そんな事ないから!借りを作るのが嫌なだけよ」
女科学者「たぶんね、そういう考え方で接している部分も、提督さんにとっては楽なのよ」
曙「それなら良かった。役に立ってなかったら嫌だもの」
女科学者「ありがとう。これで聞き取り調査は完了だよ」
曙「これで?こんなのが参考になるの?」
女科学者「うん。鎮守府や提督によって、同じ艦娘でも言う事が全然違ったりするのよ。今までで一番ひどい『曙』なんて、部屋から出てこなかったからね」
曙「そんなに?想像もつかない・・・」
女科学者「でしょ?それだけ違うのよ。聞き取りをしていくと、提督と艦娘の関係から、提督の親和性が浮き彫りになってきたりするわ。ここの提督さんはとてもいい感じよね」
曙「ふ、ふーん・・・(やっぱり、そうなのね)」
―その三十分後。
提督「・・・というわけで、午後からその小学校の調査に行くのですが、科学者さん的にはどうです?興味があるなら同行していただいて構いませんよ?」
女科学者「深海棲艦て、概念としては一般的な幽霊の根源とされているものと近いですもんね。ぜひ同行させてもらいます」
提督「わかりました。では、午後に」
―ヒトサンサンマル、エントランス前。
提督「随分来たな!軽い遠足みたいなもんかね」
―エントランス前には、提督と女科学者の他に、漣、磯波、五月雨、利根、筑摩、初春、霞、足柄、初風、金剛、山城がいる。執務室には、叢雲と曙、扶桑が残った。
提督「簡単に言うと、勉強やら訓練やらで、この裏山の小学校を借りることが出来たのだが、損傷個所をこちらでじわじわメンテナンスしてほしいそうで、そういう箇所の発見と把握。次に・・・文化財にもなっているこの学校が使われない理由だが、いわゆる怪奇現象が起きるらしい。それの検証も行う」
―ここで、集まったメンバーから、期待に満ちたどよめきが上がった。
足柄「なにそれ、すごく楽しそうね!何か変なものが出てきたら、これでぶっ叩いてみるわね!」スチャッ!
提督「いや、幽霊でもいきなりバールでぶっ叩くのはなぁ、どうなんだろ・・・」
利根「とりあえず、吾輩の索敵に感があるかどうか拾ってみればいいんじゃな?面白そうな試みじゃな。のう筑摩よ」
筑摩「そうですね、姉さん。でも大丈夫ですか?怖いのは苦手なん「心配は無用じゃ!」」
利根「提督もおるし、これだけメンバーもいるのじゃ。お、オバケなど怖くもなんともないのじゃ!」ガタガタ
筑摩(あらー・・・)
霞「さあ、メンツが揃っているんだから、さっさと行くわよ!」
金剛「ghostのいる物件なんて、イギリスではプレミアムな価値を持つネー!本当にいたら運がいいですヨー!」
五月雨「そういうものなんですね?こう、血まみれで首無しとか、そんな感じのが出てきたらって考えると、楽しみですね」
霞「・・・」
利根(ちっ、血まみれで首無しじゃとう?)
提督「いや怖いよそれは!」
初風「動画を取ってアップしたら、再生数獲れそうね」
―一行は鎮守府と港、反対側は山と堅洲町を結ぶ道路に出て、緩い上り坂を歩いた。ほどなくして、左折できる道があり『堅洲島小学校』とかろうじて読める、朽ちた看板がある。あちこち割れて、枯れ草でぼうぼうの道路の向こうに、石段と、古い校門らしいものが見えていた。
女科学者「うわぁ、いい和製ホラーが撮れそうな学校ね。既に雰囲気十分だわ」
初春「すでにもう、ちょっと嫌な感じじゃな。潜水艦が潜んでいる感じを、だいぶ薄くした感じじゃ」
提督「ほう、やっぱり何か感じられるんだな。さすがだね」
初春「微かに、じゃぞ?ただもうこれは、「何も無い」状態ではないのは確実じゃな」
磯波「これ、道路の草も何とかしないとダメですよね、きっと」
漣「足柄さんがバールだから、メイド服の私としては、チェーンソーとか装備して来れば良かったですかね?」
提督「別にゾンビとか出ないからね?しかし、みんな結構テンプレ知ってるね」
山城「有線の番組や映画、姉さまも私も良く見るし、みんな色々見ているんですよ?」
提督「知らなかったな。艦娘ってドラマや映画を意外と見るんだな。何か気に入ってるのやおすすめはある?」
山城「任務外では普通の女の子ですからね。面白いって言えば、深夜の海外ドラマで『刑事ニコラス』のシーズン16を放送してますが、とても面白いですよ?」
足柄「えっ?山城さんも『刑事ニコラス』見てるの?うちもみんなで見ているのよ!特に那智姉が好きみたいで」
提督「ほう、どんなドラマなんだ?」
漣「いやー、あれは見ないと分からないですよ?あの面白さは言葉では伝わらない感じです」
足柄「そうね。あれは見ないと分からない面白さだわ!」
提督「んっ?漣も見てるの?」
漣「七駆では朧が一番ファンかも。あれ、すっごい面白いですよ?オープニングから爆笑しちゃうもん」
提督「爆笑?どんな感じで?」
山城「やってみせますね。・・・『人種のるつぼ、アメリカ。その大都市、ニューヨーク。その6番街、ニューヨーク市警34分署。様々な事件・犯罪が舞い込むこの警察署で、今日も彼には仕事が無かった』」
足柄「『窓際の男、刑事ニコラス』」
漣「ででーん(効果音)。『また年金を下げるのか、無能な政府め』ぽいっ(新聞紙を投げ捨てる真似)」
提督「いや、全然わかんねぇ!」
山城「毎回、銃撃戦やサスペンスが展開するのに、主人公のニコラス刑事は全然活躍しません。出来事の解決に、ニコラス刑事がどう貢献したかの謎を読み解くのが見所です」
足柄「すがすがしいくらい自分の将来と待遇しか考えていないのも面白いんですよね」
漣「先週の、熱血新米刑事を怒鳴りつけたシーン、めちゃめちゃ笑いましたよ。笑いませんでした?」
足柄「あの、何日か寝ないで過去の事件を調べていた後輩を怒鳴るシーンでしょ?」
山城「姉さまと私、涙が出るくらい笑ったわ。『お前はそれでも公務員か!誇りを持って帰れ!給料以上の仕事はするな!』って言って、コーヒーを奢って後輩を帰らせるんだけど、そのコーヒーも領収書を取っているのよね」
提督「せこっ!・・・でも、面白そうだな」
足柄「決め台詞も深いですよ?『普通の人に解決できない事件は、警察の仕事じゃない』とか『次生まれ変わったら、公務員になれ』とか」
提督「うーん、見ないと全然わからないな、それは」
足柄「でしょ?ぜひ、見てみることをお勧めするわ!」
―正門前に着いた。10段ほどの古い石段を上がると、まばらに草の生えた校庭が広がり、周囲の山林から飛んできた落ち葉が相当積もっている。
提督「これは校庭も手入れが必要だな。落ち葉も燃やさないとダメだ」
利根「提督よ、まずこの辺でちょっと、当りを取ってみるぞ?筑摩ぁー」
筑摩「はい、ねえさん。肩車でいいですか?」
―利根は筑摩に肩車をしてもらい、目を閉じて、手のひらを四方に向けてゆっくり動かした。時々、目を開けて感覚と位置関係を確かめている。
女科学者「何か違いはある?」
利根「・・・筑摩も分かったかの?どのあたりじゃと思う?」
筑摩「私は、あの辺りかなって。暗いですよね、あのへん」
利根「吾輩も同じじゃ。あの、教員玄関と職員室の間あたりが、妙に暗く見えるのう」
女科学者「じゃあ?」
提督「何かは有るって事らしいね。まあ行ってみるか」
女科学者「面白いわね。艦娘は幽霊や心霊スポットを見分けられるという事?確かに、幽霊の設定ってD傾向の産物だものね」
―このあたりで、散歩らしい雰囲気は消え、緊張感が漂い始めた。
提督「でかい南京錠だな。鍵は、ここのか・・・」ガチャリ
―ガラガラ
女科学者「んっ、空気がこもっているわね」
五月雨「とりあえず、窓を開けますね。空気の入れ替えをしますね」
提督「そうだな。足元には気を付けてくれ」
初風「これ、雰囲気最高ね!楽しくなってきちゃった」
金剛「oh・・いかにもghostが出そうですネー」
―その時だった。
―ガラガラッ、ピシャッ
漣「あれっ?今どっかで、引戸を開けたような音がしませんでした?」
足柄「・・・聞こえたわね」
利根「二階のほうじゃな」
提督「磯波、銃は持ってるな?二手に分かれよう。窓と、各教室の戸を全開にしつつ移動し、またここで合流だ」
磯波「わかりました!」
―磯波、五月雨、山城、初春、利根、筑摩が二階へ。提督、女科学者、足柄、霞、漣、初風、金剛が一階になった。
初風「ああ、何だかとっても楽しい。こういう時間とか」
提督「それは何よりだな。ところで、教員玄関と職員室の間って、この辺だよな?」
金剛「校長室と玄関の間に、もう一部屋隠れてるっぽいですネー」
女科学者「昔の小学校の作りで言ったら、事務室とか受け付け、宿直室に該当する部屋ね」
足柄「提督、壁に打ち付けてあるベニヤ、取り外してみてもいいかしら?」
提督「いいよ。修復前提だし、やっちまってくれ」
霞「ちょっとちょっと足柄、大丈夫なの?」
足柄「何が?」
霞「オバケが居そうな部屋なんでしょ?気を付けてね?」
足柄「そんなもの、私ならねじ伏せてやるわ!任せといて!・・・とうっ!」バキッ、メリメリメリッ
―六枚のベニヤをはがすと、片開きドアが出てきた。が、建物の雰囲気が変わってきた。
女科学者「何か、妙に寒くない?」
金剛「気配がするネ・・・」
霞「なに?この感じ。潜水艦が潜んでいる時みたい」
提督「生き物がいるってわけじゃあ、無いんだろうがさ・・・」カチリ
―提督は銃を抜いて、セーフティを解除し、ドアノブを回した。鍵はかかっていない。
―ガチャッ
漣「うっ、ひどいカビの匂い・・・」
提督「足柄、表に回ってこの部屋の窓を塞いでいるベニヤも取っ払ってくれ。部屋に日の光を入れる。霞は手伝ってやってくれ」
足柄「わかったわ!」
霞「うん。・・・あ、足柄待ってよ!」タタッ
初風「私はとりあえず、動画撮影モードにしてるわね」
―メリメリッ、バキッ・・・コンコン
―足柄がベニヤを外し、『作業完了』の意味合いで窓を叩いた。部屋に光が差し込んで来る。
提督「どれどれ・・・失礼させてもらうか」
―提督はポケットから塩の入った袋を出すと、両肩に少しかけ、次に少しだけ舐めると、部屋の中にばらまいて、踏み入った。
―部屋には、古い机と椅子、そして、相当昔の、畳敷きの寝台が置いてある。この部屋だけ、異様にかびて、湿った感じが強く、寒い。
提督「・・・おそらく、ここだな。この感じ。他の部屋も見ないとダメだが」
金剛「ジャパニーズ・ホラーっぽくなってきましたネー」
女科学者「異様な雰囲気ねぇ。貴重な経験だわ」
―足柄と霞が戻ってきた。
霞「なに?この部屋。何だかあいつらみたいな雰囲気ね」
提督「深海かな?」
霞「うん。幽霊とかオバケって、こんな感じなのね。あいつらと同じなら、倒せそう」
足柄「艤装を持ってくればよかったわ!出てきたら砲雷撃戦よ!」
提督「陸上での艤装展開は、よほど高練度にならないと無理だけどな」
足柄「そうなの?」
提督「そうだよ?質量の変換云々で、陸上で艤装を展開するには、よほど高練度にならないとダメさ。本来、その辺を教えてくれるのが練習巡洋艦の役割の一つなんだよ」
足柄「初めて聞いたわ。色々あるのね」
提督「とりあえず、全ての部屋や体育館もまわろうか」
―この後、二階のメンバーと合流して、校舎後方の学科教室等や体育館もすべて調べた。劣化箇所は思っていたほど多くないが、おかしな現象は頻発した。足音や人の気配、扉や窓の開く音、誰かの声などだ。
提督「ふむ、こんなもんかね。結局、一番怪しいのは宿直室か。わざわざ開かずの間にされていたところを考えると、同じことを考えた人が他にも居るわけだな」
女科学者「今日の体験はすごく興味深いわ。呼んでもらって本当に良かったですよ、提督さん。また、書けそうな論文が増えそう」
提督「そいつは何よりですよ」
五月雨「私はここ、ちょっと苦手です。三回も転びましたし・・・」
他のメンバー(それは幽霊とか関係ないんじゃ?)
金剛「提督ぅー、どうするノ?この小学校、使いますカー?」
初風「その前に、ちょっとこれを見て欲しいんだけど・・・」
―初風は撮影していた動画を再生した。提督が宿直室のドアを開け、足柄が窓のベニヤを外した瞬間、一瞬だけ、黒い人影が写っており、すぐに消えてしまった。
提督「・・・女だな。宿直室だけ、何かあるな。とりあえず、変な現象も良く起きる物件だし、中はまだ立ち入り非推奨で、道路やグラウンド、外部のメンテは行っていこう。まーた謎解きか。久々だな・・・」ボソッ
漣(もしかして、こういう事も詳しいの?)
磯波(提督は何か考えがあるんですね…)
女科学者(面白い人ねぇ。本当にいろいろな事に詳しいし、何が起きても動じない。艦娘でなくても、こういう人のそばは安心だろうなぁ)
提督「初風、それは貴重な動画だよ。アカウント取ってアップしたら、再生数が伸びそうだな」
初風「思ったより怖くて、あまり気が進まなくなってきたわ」
提督「青葉ならすごい喜びそうだけど、衣笠と漁船護衛任務に出てるもんなぁ」
―こうして、提督たちは小学校を後にした。
―同日夜、ニイサンマルマル。波崎の町のコンビニ。
鹿島(ふぅ、あと一時間か。ダメダメ・・・仕事は仕事なんだから。しっかりやらないと!)
―鹿島は朝の9時から、夜の12時、他のメンバーのシフトによってはそれより早く、そして遅い時間まで毎日働いていた。ただ、鹿島の接客が良いのと、提督の一族の政治力もあってか、迷惑な客はほとんどいない。
店員のおばちゃん「鹿島ちゃん、今日はいつもみたいな元気が無いね。疲れていたり、調子が悪いなら、無理しないで帰っても大丈夫だよ?」
鹿島「大丈夫です。あと一時間ですし、少し、任務の事で気になることがあったけれど、仕事はしっかりやりますから!」
店員のおばちゃん「そうなの?・・・店長、鹿島ちゃんを少し休ませてあげて」
―奥から、店長が出てきた。もう七十歳近いおじいちゃんだ。
おじいちゃん店長「鹿島ちゃん、お茶淹れるから、休んでいけ」
店員のおばちゃん「ほらね、店長もそう言ってるし。お茶飲んで休んで、時間になったら帰ったらいいよ。提督さん、うるさい人の筈だからね」
鹿島「ありがとうございます」
―バックルームに行くと、お茶と、お茶菓子が出されており、おじいちゃん店長はいかつい顔で新聞を読んでいた。
おじいちゃん店長「お茶いれたからの。ワシ、もうボケてっから、たまに独り言言うけどな、気にしねぇで休んでてな」
鹿島「そんな、すいません。いただきます」
おじいちゃん店長「うちの店に来る『鹿島』ちゃんは、みんな真面目でいい子でなぁ。でも、覚えた頃に居なくなっちまうんだ。そういうのが、あんたで最後になって欲しいなと思ってな」
鹿島「えっ?」
おじいちゃん店長「ボケた独り言だから、気にしねぇで休んでてくれ」
鹿島「はい。(あ、これは・・・)」
おじいちゃん店長「うちはな、船を作る工場を持ってたんだがな、昔、地元の金貸しにやられて、家も土地も全部なくして、ずっと細々やってんだわ。そういう家がこの街には沢山ある。そんでな、その金貸しの子孫が、提督やってたり、政治家やってたり、警察に一族を入れたりしてる。ヤクザともズブズブでなぁ。だから、そんな一族の人間は、どれだけ外面が良くたって信用しちゃア、いけねぇ。陰で沢山の人を踏みにじってやがんだ。おかしいと思ったら、逃げたっていいんだ」
鹿島「そうですね・・・(そうだったんだ・・・)」
おじいちゃん店長「すまねぇな、ボケて何言ったか覚えてねぇんだ。相槌や返事は要らんから、聞き流しといてな」
鹿島「はい」
おじいちゃん店長「大昔の金を返すために、今もこんな仕事させられてなぁ。何が名士なんだかな、詐欺まがいでのし上がった連中がなぁ」
鹿島(今なら、店長さんの言ってることがよくわかる。同じ鹿島が何度もいなくなったら、誰だっておかしいって、思うよね)
―鹿島は定時になると、挨拶をして鎮守府に向かった。
鹿島(どれだけ辛くたって、前の私に何があったのか、ちゃんと知らないと!知ったうえで、対策を立てて身を守らなきゃ!)
―鹿島は、以前の鹿島が残した艤装で近代化改修をしてもらう事を決意した。できる事を何でもしない限り、未来は簡単には開けないはずだ。
鹿島(負けません!)
第二十三話 艦
次回予告
深夜、下田提督が監禁されているアパートに帰った瑞穂が見たものは?
鹿島は深夜に、近代化改修を受け、真実を断片的に知る。
堅洲島では、科学者が提督と意見交換をしていた。
その頃、横須賀の鎮守府では、ある艦娘が自暴自棄になっていた。
次回『長い夜』 乞う、ご期待!
陸奥『読んでくれないと、胸ギュッするわよ!』
続きが、楽しみです(*`・ω・´)
いつもありがとうございます!この話は結構長いので、ゆっくりお楽しみいただけたら幸いです。応援、とても励みになります。