「地図に無い島」の鎮守府 第三十五話 休みの方が忙しい
引き続き、12月30日、夕方ごろの堅洲島鎮守府及び、漂流中の熊野、名ばかり泊地の浜風。
二人の川内の夜戦演習で、ついに堅洲島の川内が一勝を挙げる。
ある質問の答えを貰って、放心気味の陸奥だったが、意外な助っ人が現れる。
秘書艦になりたい吹雪と陽炎は、それぞれ、自分なりに考えて行動を始めるが・・・。
とても密度の濃い12月30日は、まだまだ終わらない。
12月30日の堅洲島及び、群像劇が引き続き、です。
艦娘がたくさんいる鎮守府の提督は大変ですよね、きっと。
[第三十五話 休みの方が忙しい ]
―ヒトハチマルマル(18時)、堅洲島鎮守府、特殊演習場。
―初夏の新月の夜に設定された暗闇の海の上を、川内は最大戦速で移動していた。
川内(よし、まず、カマイタチはこちらには撃ってない!)
―カマイタチ・・・夜戦時に酸素魚雷の長射程ギリギリから放たれる予測雷撃だ。
―川内は、特務第七の川内にわかるように探照灯を点滅させ、左に移動すると、探照灯を消し、一瞬動きを止めて、再びそのまま、今度は第二戦速で移動を開始した。二択、三択、四択と、相手に判断材料を多く与え、読み勝つための布石を打っている。
―シュバァッ
川内(来てる!遅延気味にこちらに魚雷ね)
―川内は、特務第七の川内の未来位置を予測し、その位置を挟むようにV字に四本の魚雷を放つと、砲撃戦に備えつつ、ジグザグに、停止と最大戦速~微速を織り交ぜて移動した。
―ドドウッ!バシャッ、バシャッ!
川内(近い!砲撃は同時でも、着弾に間がある。高速移動中の砲撃ね!)
―なら、それは正確な狙いではなく、読み撃ちの誘いの可能性が高い。
川内(これはどう?)ドドンッ!
―川内は逆に、特務第七の川内がいると思しき箇所に砲撃を浴びせると、次弾を装填しながら、自分はそのまま、もう一つの予測位置に全速で進んだ。
―カッ!・・・ドウッ!
―正面に一瞬だけ砲撃の閃光が光り、川内の左肩を砲弾がかすめた。
川内「いたっ!そこねっ!」ドンドンッ!シュバァッ!
―川内は狭い範囲に砲撃を畳みかけ、さらに魚雷をありったけ放った。
―ガガンッ!
川内「あうっ!」
―ドーン!
特務第七の川内「うわっ!」
―コントロールルームの香取は、この戦いの行方に思わず立ち上がった!
香取「すごい!この短時間でここまで!」ガタッ
―結果は、特務第七の川内が、雷撃により大破。川内は砲撃により中破だった。二人はレストルームで合流する。
特務第七の川内「今の最高だよ!いやー、ついにやられちゃったなぁ」
川内「くぅー、砲撃で勝ちたかったのにー!予測雷撃が成功したのは嬉しいけどさ」
特務第七の川内「いや、私に魚雷当てるなんて、すごいよ?今日だけでもだいぶ強くなったんじゃないのかな?この感覚で戦ったら、敵の大型艦は結構喰えるはずだよ。自慢じゃないけど、私だって川内の中では最強の部類の筈だし」
川内「やっぱり夜戦って最高だよね。すごく自分の世界に入れる感じ」
特務第七の川内「そうだね、ほんとそう。私もまた海に出る事にするよ」
川内「あっ、何か考えがまとまった感じ?」
特務第七の川内「うん。お陰様でね」
川内「よし、じゃあもう一度、夜戦だぁー!」
特務第七の川内「次はまたストレート勝ちするからね!」
―コントロールルーム。
香取「で、まだやるのね・・・」
―今日の夜は提督と呑もう、と香取は決めた。
―同じ頃、堅洲島鎮守府、第一展望室。
―瑞穂が陸奥の質問に答えてから、自室に戻り、既に一時間以上もの時間が流れていた。照明を点けないまま、陸奥はずっと彼方の水平線を眺めており、口をつけなくなったお茶はとっくに冷めてしまっている。
―水平線の彼方だけがぼんやり赤黒く、もう空には、落ちて来そうなほどに沢山の星が輝き始めていた。瑞穂から返ってきた質問の答えで、激しく動揺していた心も、今は少し、落ち着きを取り戻してきている。瑞穂自身は、知っていることを他愛なく答えただけで、陸奥がこれほど動揺していることは、当然知らない。
陸奥(私、どうしたらいいの・・・?)
―コンコン
陸奥「・・・どうぞ(誰かしら?)」
―ガチャッ
荒潮「こんばんは。陸奥さん。探したのよー?どこにも居ないんだもの。コーヒーとお茶を淹れなおしてきちゃったわ」ニコッ
陸奥「あら、ありがとう。ごめんなさい」
荒潮「ついでに、コーヒーは提督仕様だし、お菓子もそうなのよ。私はお茶にするけれど。灯りは・・・つけない方が良いみたいね」
陸奥「点けても問題ないわ」
荒潮「・・・陸奥さん、無理しないで。邪魔ならいなくなるし、邪魔じゃないなら、独り言を言いたいの」
陸奥「独り言?」
荒潮「うん。陸奥さんが辛そうだから」
陸奥「辛そう、かぁ。ダメねぇ、私って。意外としっかりしてないのよ」
荒潮「そうかなぁ?・・・提督ならきっと『みんなそんなに、しっかりしてないもんだよ』って言うんじゃないかしら?」
陸奥「あ、すごく言いそうね」クスッ
荒潮「陸奥さん、ずっと辛そうだけど、何か抱えていることがあるのね。・・・ううん、私なんかが聞けるようなお話とは思っていないから、何も言わなくていいの。ただ、私ね、陸奥さんがうらやましいの」
陸奥「うらやましい?どんな部分が?」
荒潮「陸奥さんが一人で悩んでいるような事って、きっと提督が困るかもしれない事だからでしょう?」
陸奥「!・・・なぜ、そう思うの?」ギクッ
荒潮「・・・陸奥さん、たぶんそんな感じだと、すぐに提督にばれちゃうと思うんだけど」
陸奥「あっ・・・そうね」
荒潮「あまり悩まなくても大丈夫なんじゃないのかなぁ?」
陸奥「・・・どうして?」
荒潮「陸奥さんがそんなに辛そうにしている事なら、きっと提督なら、何とかしちゃうと思うもの。誰が悪いという事でも無さそうだし。・・・違うかしら?」
陸奥「ふぅ・・・何だか、あなたってすごく鋭いわね。でもありがとう。少し気が楽になりそうよ。ふふ」
荒潮「思いやりで誰かのために悩めるって、素敵な事だと思うわ。そういう悩みって、報われると思うし・・・」
陸奥「そうなったらいいなと思うわ。・・・あら?何か報われない悩みでも抱えているような口ぶりね」
荒潮「今のところ、報われたり解決しそうな兆しは零ね~。困ったことに、提督が素敵な、大人の男性であればあるほど、絶望的なの・・・」クスッ
―陸奥は荒潮の話が気になり始めた。
陸奥「あなたの悩みって?話せる事かしら?」
荒潮「独り言のつもりだったけれど、聞いてもらえたら嬉しい事よね。もちろん話せるし、とーってもシンプルな事よ」
陸奥「どういう事なの?」
荒潮「提督って、誰ともケッコンしないって言っているけれど、それは戦いが終わるまでか、問題が解決しないうちだと思うのね。全てが終わったら、多分誰かを選ぶと思うの。出来れば複数とか、全員ならいいんだけど、そういう人ではない気もするし・・・」
―陸奥には、荒潮の言わんとする事がわからなかったし、そこまで考えたことも無かった。
荒潮「もし、そんな時がいつか来ても、私たち朝潮型って、提督にとっては選択の対象外だと思うの。六駆とかもかな・・・」
陸奥「あっ、そういう事ね・・・」
荒潮「私ね、生まれついて自分の性別とかに違和感を持つ人の気持ちとか、ちょっと理解できる気がするわ。何で、戦艦じゃなかったんだろう?何で、重巡じゃなかったんだろう?せめて軽巡だったら、とか、七駆くらい成長した姿だったら、とかね」
陸奥「そんな事・・・」
―ない、とは、陸奥には言えなかった。提督は普通に、大人の男性だ。もしも荒潮が言うような状況が訪れたとして、確かに大人っぽい艦娘を選ぶだろう。
荒潮「私が何かのきっかけで成長できたり、提督が万が一、私たちみたいな女の子が好きな人なら・・・ううん、それは私がイヤね。だからとっても難易度の高い悩みのつもりなの」
陸奥「それは、あなたの言う通りかもしれないわね」
荒潮「でしょ?陸奥さんなら分かってくれると思っていたわ!」
陸奥「でも、それを私の悩みを軽くするために話したのではなくて?」
荒潮「あら、バレちゃった?でも、本当の話でもあるのよ?うふふ」
陸奥「ふふ。私って本当にダメねぇ・・・」
荒潮「そんな事ないと思うの。みんなどこか、少しずつダメでもいいんじゃないかしら?」
陸奥「あなたって、しっかりしているわね!」
荒潮「違うわ。提督の言っていることを良く考えているだけなの。提督なら、きっとそう言うはずだもの」
陸奥「なるほどね。・・・でもそうだわ。ありがとう!」
荒潮「私ね、提督も好きだけれど、陸奥さんも好きなの。陸奥さんには、いつも元気でいて欲しいなって思っているのよ。だって、陸奥さんに元気がないと、提督はきっと心配すると思うもの」
―陸奥は、自分の秘めていた悩みを、もう少しだけ軽く考えてもいいのではないか?と思った。先の事はいずれにせよわからないのだし、もしも現状が最悪なら、予想外に良い展開になる事もあるかもしれない。何より・・・。
陸奥「そうね、私がいつまでも陰気な顔をしていては、いけないわね!」
―陸奥と荒潮は、しばしの間、堅洲島の夜空と海原を見ながら、お茶を楽しむことにした。
―堅洲島鎮守府、大浴場。
―提督の釣りに付き合っていた七駆と五十鈴は、潮風で冷えた身体をお風呂で温めることにした。
漣「あー、すっかり冷えてしまったんだお!でもお風呂はいいねぇ、お風呂はさぁ」チャポッ
曙「漣、なんかその言い方、アウトっぽい気がするけど」
朧「提督はお風呂に入らないのかな?」
潮「なんか、生け簀に蟹を放すって言っていたけど・・・」
五十鈴「生け簀?そんなものまであるの?」
曙「活魚を保管するための生け簀なら、一階の冷凍庫と搬入室のそばにあるわよ。たぶんそれじゃないかなぁ?漁協の人たちのお勧めで、トラフグやイカとか、いつでも食べられるように設定してあったはずよ」
漣「あるねー。今だとツブ貝とかが少し入ってたんじゃないかなぁ?空きは相当あるよ」
潮「どんな料理になるのか、楽しみだね!」
朧「カニ食べたい・・・」
―ガラッ!
陽炎「いたわね!七駆のみんな!ちょっと聞きたい事があるんだけど、いい?」
不知火「こんばんは、皆さん。釣りはどうでしたか?」
漣「カニがどっさり釣れたんだおー!」
曙「・・・そうね、意外と沢山釣れた感じよ」
陽炎「ふーん。で、司令は今は何をしている感じなの?」
朧「カニを生け簀に放してるんじゃないかな?」
不知火「お手伝いは必要なかったのですか?」
五十鈴「それは大丈夫みたいよ?少しだけ、砂浜を一人でぶらぶらしてから片付けたいと言っていたから」
陽炎「なるほどねー。ねぇ、漣と曙さ、どうして秘書艦にして貰えたの?四人しかいない七駆から二人も!ぶっちゃけ、私たち陽炎型を差し置いて、あんたたちばかり秘書艦してるのが、ちょっと納得いかないんだけど!」
漣「んー?陽炎さん、秘書艦やりたいの?募集があったんだから、立候補すればよかっただけだと思うけど」
曙「そうそう、足柄さんや如月ちゃんとか、立候補組だよ?」
陽炎「ああもう!そういうんじゃないわ!なんていうか、必要とされたいじゃない?」
不知火「要するに、姉さんは立候補じゃなくて司令から任命されたいと、だから七駆のお二人に絡んでいるわけですか・・・ふっ」
陽炎「あっ!笑ったわね!」
不知火「いえ、イマイチ意味が分かりませんでしたが、なるほど、そういう事でしたか。めんどくさいですね」
陽炎「なんですってぇ!」
朧「陽炎さんたちは既に司書の役割もあるんだから、秘書艦を重複して頼まれることは無いんじゃないのかなぁ?それに、初風も陽炎型でしょ?」
五十鈴「陽炎は要するに、何をどうしたいのよ?それがわからないと、答えようがないじゃない。ハッキリ言ってごらんなさいよ」
陽炎「わっ、私も秘書艦やりたいのよ!七駆ばかり選ばれ過ぎで納得がいかないわ!初風はマイペースだから、司令の動きもわからないし、なんかこう、距離感があるのが気に入らないのよ!駆逐艦と言えば陽炎型なのによ?」
五十鈴「それ、秘書艦がどうこう、という話と微妙にズレているわね。提督と話がしたいのなら、今日の私みたいに、直接話してみたらいいんじゃないの?話しやすい人よ?」
陽炎「そうなの?本の件以外で話したことなかったなぁ」
漣「あー、あまり話してないと、とっつきにくく感じるかもだけど、すごく話しやすい人ですよ?うちのご主人様は。今日だって潮がお芋の話で盛り上がっていたくらいだし」
不知火「ほう、潮さんがですか」
潮「うん、話しやすいと、・・・思います」
朧「遠目に見ると、暗めで隙が無さそうだけど、近くだと話しやすい人だよね」
漣「そうそう、その感じだお!」
曙「そんなところで止まってたら、任命も何もあるわけないわ」
陽炎「くっ、言うじゃない!大体ねー、あなたと私を比べても、私が魅力に劣ってる所も、能力で劣っているところも、どこにもないはずなのよ」
漣「言うねぇー」
曙「ふーん、秘書艦にもなれないのに?」
陽炎「言ったわね!」
潮「ちょっと、曙ちゃん!」
五十鈴(面白くなってきたわね)
陽炎「そこまで言うなら、お風呂あがったら、演習で勝負しなさいよ!」
曙「いいわよ。ただのうのうと秘書艦しているわけではないし、以前のスペックなんて幻想だわ。それを教えてあげる」
不知火「姉さん、司令に怒られたり、敗れたら本末転倒ですよ?」
陽炎「わかってるわ。あくまで演習よ。ぎったんぎったんにしてあげるわ!」
不知火「そうですか・・・」
―冷静な不知火には、既に勝敗が見えているような気がしていた。演習場にいつ行っても、曙をよく見かけていたからだ。
―同じ頃、鎮守府の食糧貯蔵庫と搬入所の間。活魚水槽置き場。
―提督は道具を片付けたのち、重くなったクーラーボックスを台車に乗せて運んでいた。
磯波「あっ!提督、こちらにいらしたんですね?沢山釣れたと聞きましたから、何か手伝いに来ました!」
―長靴に防寒着、手袋、と、完全に対策した磯波が追い付いてきた。
提督「あれっ?漣たちから聞いたのかな?凄く助かるけど、これは全然任務じゃない、遊びだから、気を使わなくていいんだぞ?」
磯波「休暇になってみたら、何もすることが無くて。お手伝いしたいんですけれど、ダメですか?」
提督「いや、すごく助かるぞ?そういう事なら手伝ってもらおうかな」
磯波「はいっ!カニを生け簀に移せばよいでしょうか?」
提督「うん。生け簀は空きがだいぶあるから、適当に割り振ってくれたらいい。・・・あ、この、キンセンガニって小さ目のカニは、挟む力がだいぶ強いから、挟まれないように気を付けてくれ」
磯波「わかりました!うわぁ、すごくたくさん釣れたんですね!」
提督「水と砂が綺麗すぎてダメかと思ったら、全然そんな事なかったよ。なかなか楽しめたな。ここの海のカニなら、すぐに食べられるだろうよ」
磯波「提督、もしかして、料理もしますか?」
提督「もちろん、美味しくいただく予定だよ?」
磯波「差し支えなかったら、お手伝いさせてください!」
提督「ん?おお、構わないけど。じゃあ、手伝ってもらったら、一緒に蟹尽くしだな」
磯波「わあ!頑張りますね!」
??「ちょっと待ったぁ!」
提督「んっ?」
磯波「えっ?」
吹雪「これだけの数のカニ、磯波ちゃんだけでは大変です。私にも手伝わせてください、司令官!」ザッ
磯波「吹雪ちゃん?」
提督「ん?もちろん構わないが・・・」
吹雪「ありがとうございます!では早速・・・いたたたっ!」
磯波「ちょっと、大丈夫?吹雪ちゃん!」
吹雪「いたたっ、痛い痛い!」ブンブン
提督「カニごと水に入れてしまえ!」
吹雪「は、はいっ!」ジャボッ
磯波「だ、大丈夫?」
吹雪「カニ、離れました!司令官」ホッ
提督「説明を聞いてから手を出してくれ。そいつはキンセンガニだ。小さいけど挟む力は100キロを超えているんだよ。どれ・・・」グイッ
吹雪「あっ・・・」
―提督は吹雪の手を掴むと、挟まれた場所を見た。
提督「血が出ているな・・・そこの水道で洗って来てくれ」
吹雪「すいません、司令官・・・」
磯波「吹雪ちゃん、これ使って」サッ
―磯波は、吹雪にハンカチを手渡した。
吹雪「ありがとう、磯波ちゃん・・・。司令官、傷、洗いました」
提督「どれどれ・・・ちょっとしみるぞ」ゴソゴソ・・・シュッ
吹雪「うっ!」
―提督はポケットから消毒薬を出して吹雪の傷を消毒すると、取り出したステンレスのケースから絆創膏を取り出し、吹雪の傷に貼った。
提督「これで良し、と。残念だが水仕事は控えないとダメだな」
吹雪「うう・・・すいません」
磯波「大丈夫?吹雪ちゃん」
吹雪「大丈夫。ありがとう・・・ここにいても邪魔になっちゃうから、私、戻るね・・・」
提督「いーや、吹雪、カニの数を数えてくれ。おれたちは生け簀に移すからさ」
吹雪「えっ?」
提督「それくらいは大丈夫だろう?せっかく手伝いに来てくれたんだし」
吹雪「はい、司令官!」
磯波「じゃあ、再開しますね!」
―提督と磯波と吹雪は、沢山のカニを生け簀に移して片付けると、近々料理をする際に声を掛ける話にして解散した。
提督「冷えたな。風呂でも入るか・・・。ありがとう、磯波、吹雪」
磯波「いえ、じゃあまたです。提督!」
吹雪「あまり役に立たずにすいません、司令官」
提督「そんな事ないさ」
―提督は手を振りつつ、倉庫に向かっていった。
吹雪「磯波ちゃん、ごめん。邪魔したうえで足を引っ張っちゃった形になったかも・・・」
磯波「邪魔?何で?・・・それより、怪我は大丈夫なの?」
吹雪「大丈夫。ありがとう(うう、磯波ちゃん、いい子だなぁ・・・)」
磯波「それより、どうしたの?何だか、いつもの吹雪ちゃんみたいじゃない気がしたけれど・・・」
吹雪「私ね、どうして秘書艦に選ばれなかったのかなぁって、最近そればかり考えているのよ。どうしたらいいか、わからないの」
磯波「秘書艦をしたいの?」
吹雪「他の鎮守府では私が秘書艦を務めることも多いのに、うちはそうじゃないから、何がダメなんだろうって。磯波ちゃんはどうして秘書艦になれたの?」
磯波「えっ?私ですか?私は・・・その・・・提督に、何か要望があればと聞かれて、それで秘書艦にしてもらったの」
吹雪「どうしてそういうやり取りになったの?」
磯波「え、えーと・・・」カアァ
吹雪(あれ?何で赤くなってるの?)
磯波「吹雪ちゃん、ごめん、この事は話せないの。提督が誤解されちゃったら嫌だから」
吹雪「ええっ?誤解って?」
磯波「ごめんなさい!」ダッ
吹雪「あっ、磯波ちゃん?」
―磯波は急ぎ足で立ち去ってしまった。
吹雪(司令官が誤解される、という事は、司令官は悪くないのに、司令官が悪いように理解されやすい事?・・・まさか、磯波ちゃん、意外と積極的で、曙ちゃんみたいに何かあったの?まさか、自分から何か・・・)
―吹雪は早速、誤解した。
吹雪(やっぱり、このままじゃダメなんだわ!私なりに、一生懸命やらないと!それも、真面目なだけではダメなのよ!)
―吹雪はまず、提督と秘書艦、そして、提督と仲の良い戦艦たちから情報を集めることにした。
吹雪(司令官の一番のお気に入りになって、一番働ける秘書艦になりたい!)
―吹雪は、至極当然な目標に向かって進み始めた。しかし、同時にそれは、『問題娘、吹雪』の始まりでもあった。
―特殊演習場、コントロールルーム。
香取(ふう、やっと川内たち、引き上げていったわね・・・)
―いつもの演習とは違い、一戦一戦が見ごたえがあり、その熱気に当てられたのか、香取もだいぶ疲れてしまった。
香取(シャワーでも浴びて、提督さんを呑みにでも誘ってみましょうか・・・あら?)
―エレベーターが動き始め、七駆と陽炎、不知火、五十鈴が演習場に入ってきた。
陽炎「ごめんなさい、香取先生。一戦だけ演習をしたいんだけど、いい?」
香取「いいわよ。もう少し遅かったら引き上げていたけれど」
曙「単艦同士の演習で、昼戦、夜戦ありの設定で、あとはランダムでお願いします」
香取「あら?決闘か果し合いみたいな雰囲気ね?」
不知火「香取先生、ご面倒をおかけします。陽炎がどうしても曙さんと演習したいみたいで」
香取「そんな事もあるわよね。あと一戦、付き合うわ。少しハードな条件に設定させてもらうわね」
陽炎「望むところよ!」
―陽炎と曙は、訓練艤装を身に着けると、演習場に入った。
自動音声アナウンス『ただいまより、単艦演習を開始いたします。気象条件、初秋、低気圧通過中』
―ゴオォォォォォ
陽炎「くっ、なかなか荒れているわね!」
―大きな船でも見え隠れするほどのうねりに、強力な風雨がたたきつけてくる。幸い、視界はまだ明るい。
陽炎「見てなさいよ!陽炎型の力を思い知らせてやるんだから!」
―陽炎と曙はそれぞれ、この戦いにあるものを賭けていた。曙は秘書艦という立場を、陽炎は、何でも言う事を一つ聞く、という約束をだ。
陽炎「索敵は・・・難しいわね。でも、足と機動性はこちらが上のはずよ!」
―陽炎は風と波に向かいつつ、遭遇予測位置まで進み始めた。
陽炎「いた!」
―艦砲の射程内の波のうねりの山に、一瞬だが曙の姿が見えた。しかし。
―カッ・・・ガンッ!
陽炎「うそっ!」
―陽炎の左側の艤装が撃ち抜かれた。
陽炎「まさか、あんな距離から?」
―バシャシャッ
―さらに、左右の海面に着弾した。
陽炎「まずい、偶然じゃないわ。莢叉してる!いつの間に、こんなに力をつけていたの?」
―この時、激しい風雨の音に混じって、艦娘の艤装の移動音が微かに聞こえてきていた。
曙「驚いた顔が丸見えよ!」ドドンッ
―ガン・・・ガンッ!
陽炎「くうっ!いつの間に!」
―うねりの頂上に現れた曙の砲撃が、陽炎の艤装をほぼ使い物にならなくしてしまった。
陽炎「こなくそぉー!やられっぱなしじゃないわ!」シュドドッ
―陽炎はありったけの魚雷を放った。
曙「もうそんな状況じゃないわ」バウッ!
―バンッ!
陽炎「くっ、こんな、こんなの!」
音声自動アナウンス『陽炎、大破。演習を終了いたします』
―さすがにもう演習のオペレーティングをやめたい香取も、レストルームに下りてきていた。
香取「曙さん、見事だったわね。毎日の演習や練習のたまものよ」
曙「まだまだよ。私、まだ自分に色々ムカついてる部分があるから・・・」
―曙は、一人が良いと言いながら、どこか浮ついてる自分に気付き、そんな自分が許せなくて、演習や練習に自分を追い込んでいた。その成果が少しだけ出たのだろう。
陽炎「負けたわ・・・完全に負け。あんたが自分にムカついてるなら、私なんか沈んだ方が良いくらいよ。・・・ごめん、ちょっと部屋に戻るわ。約束は守るから、何でも言って・・・じゃあ」フラッ
不知火「あっ、姉さん。・・・すいません、私も行きます」
五十鈴「・・・驚いたわ。私より強いかも。相当鍛えているわね。何かあったの?」
曙「ううん、ちょっと自分に頭に来てるだけなの」
漣「最近のぼのは一生懸命だもんねー。付き合ってる私たちも一緒に練度が上がっているしね」
曙「何言ってんのよ、漣も相当やるじゃない」
五十鈴「へぇ~、良い心がけね。うかうかしていられないなぁ」
香取「さ、じゃあひとまず、今日の演習は申請がない限り終わりね。二人の川内に付き合ってくたくたよ」
五十鈴「やっぱり、特務第七の川内が一方的だった?」
香取「そうでもないわ。さっき、うちの川内さんが勝ったもの。三十回以上戦ったけれどね」
五十鈴「へぇ!やるじゃない!・・・しかし、三十回以上って」クスッ
香取「設定をいじる私が疲れたくらいよ。本当に夜戦馬鹿よね、あの二人」
潮「何だか、皆どんどん強くなって行ってる気がする・・・」
朧「そうだね、私たちも頑張らないと!」
―鎮守府グラウンド。
陽炎「うっ・・・くっ・・・ううっ!」ボロボロ
―陽炎は速足を止め、途中から誰の気配も感じられなくなると、口惜しさとみじめさに耐えられなくなって泣き始めた。
-不知火は演習場を出て、そんな陽炎に声を掛けようとしたが、鎮守府の奥から出てきた人影に気付いて、それをやめると、さっと物陰に隠れた。
不知火(あれは司令では?・・・ああ、釣りを終えた感じでしょうか?)
陽炎「うわあぁぁぁん!」
―歯止めの利かなくなった陽炎は、人目もはばからずに大泣きを始めたが・・・。
提督「どうした?陽炎。なぜ泣いてる?何かあったか?」
陽炎「えっ?司令?」
―陽炎は驚き過ぎて、泣くのを忘れてしまった。
陽炎「あっ、なんでもない・・・からっ!」ダッ!
―ガッ
―陽炎はダッシュで立ち去ろうとしたが、その手を提督に捕まれてしまった。
陽炎「あっ!」
提督「それだけボロボロ泣いてて、どこが何でもないんだ。言えないような事なら聞かないがな、見てしまったもんはしょうがないし、このままだと心配だろうが。まして、普段ならまず泣かないような子が泣いてるわけだしな」
陽炎「ごめんなさい。・・・あの、手・・・」
提督「ああ、すまん」パッ
陽炎「自分がみっともなくて、情けなくて泣いていただけよ。誰が悪いとか、そういうのじゃないから大丈夫」グスッ
提督「とは言ってもなぁ・・・」
陽炎「・・・こんな私とお話ししたいの?」グスッ
提督「話したいというか、話くらい聞くよ?そもそも、陽炎が泣いている理由が想像つかないしな」
陽炎「ありがとう。でも、大丈夫!自分で何とか、しなくちゃならない事だから!」
提督「・・・わかった。じゃあまたな」
陽炎「うん」
―提督はそう言うと、手を振りつつエントランスに向かっていった。涙が引かない陽炎は、まだそこに立っている。
提督「ああ、陽炎」
―提督が陽炎の方に振り向いた。
陽炎「なに?」
提督「・・・頑張れよ?」
―薄暗いが、提督が微笑んでいるような気がする。
陽炎「!・・・ありがと」
不知火(おお、良かったですね!)
陽炎(そうだ、このままにしなきゃいいんだから・・・っ!)グシグシ
―陽炎は力強く涙を拭いた。
―これが、堅洲島の曙と陽炎の、ライバル関係の始まりになる。
―医務室。
―コンコン
陸奥「はーい、誰かしら?」ガラッ
川内「陸奥さーん、私、川内です」
陸奥「あら、珍しいわね。怪我でもしたの?」
川内「ううん。全然そんな事ないんだけど、夜戦に関するテキストが医務室にあるって聞いたから、それを貰おうかと」
陸奥「えっ・・・ええっ!?」
川内「あれっ?そんなにびっくりするような事なの?」
陸奥「・・・いえ、そんな事は無いのだけれど(ど、どういう事かしら?)」
川内「なーんかさぁ、この件になると、みんな歯切れが悪いというか、奥歯に何か詰まったような言い方になるんだよね。意味が分からないよ」
陸奥「ま、まあそうよね。えーと、本気なの?」
川内「もちろん本気だよー!やっぱり、艦娘としての生を受けたら、誰でも考える事じゃない?」
陸奥「そ、それはそうね・・・(そんなあっけらかんと?)」
―川内が言っている、「夜戦に関するテキスト」とは、おそらく『提督と特に親しくなった艦娘用のテキスト』の事だろう。通称は『夜戦テキスト』などと呼ばれている。配布禁止の鎮守府もあれば、艦娘の見た目の年齢で制限を設けている鎮守府もあるし、誰でも自由に読める鎮守府もある。
―そして、堅洲島では今のところ、何の規定も無かったが、このテキストがあるという事を告知もしていないし、配布もしていない。
―そして、川内がそれを欲しがる、というのが良く分からない。
川内「大体、なんで夜戦すると深海化しちゃうわけ?全然意味が分からないよ!」
陸奥「あっ!そっちね!」
川内「えっ?何がそっち?」
陸奥「ふぅ、私ったら意外と医務室の仕事が向いてないのかもしれないわね。全くもう。・・・ふふ」
川内「ごめんなさい陸奥さん、何の話なの?」
陸奥「勘違いの話よ。あなたの探しているテキストは、あなたの必要なものではないわ。私も今その意味が分かったのよ。夜戦には意味が二つあるの。ここにあるテキストは、あなたが必要とすることは何も載っていないわ」
川内「ええー?そんなの初耳なんだけど。・・・あっ、じゃあもしかして、みんなその意味を知っていたから歯切れが悪いって事?どういう意味なの?」
陸奥「平たく言うと、性行為ね。艦娘にとっては、多くの場合相手が提督でしょうけれど。ここにあるテキストは、例えばケッコンするくらい、提督と親しくなった、なろうとする、艦娘用の物よ。やっぱり、予備知識は無いよりあった方が良いから、という事でかしらね」
川内「せい・・・」
―川内は固まってしまった。
陸奥「あっ!ちょっと、大丈夫?」
川内「噂には聞いていたけれど、実在していたのね・・・」
陸奥「どういう噂なのかしら?」
川内「添い寝とか、キ・・・キス以上の事があるという噂よ・・・」カアァ
陸奥「・・・あらあら。何だか初々しい反応ね。でも、そういうわけだから、あなたの望む夜戦に関するものではないわ」
川内「・・・貰っていくわ(小声)」ボソッ
陸奥「・・・えっ?」
川内「あっ・・・提督とどうこう、とか、そういうのじゃないよ?神通も那珂も絶対に知ってるっぽい反応しているのに、私だけこんな事になってるのが、すごく納得がいかないの!・・・それに、特務第七の川内は、とっくにそういう事を経験しているわけでしょ?どんな事なのか・・・知らないままというのは・・・ちょっと・・・」ゴニョゴニョ
陸奥「あなたのその反応だと、ものすごく影響が出そう、というより、出過ぎる気がして仕方ないわ。それが良い影響になるとは、とても・・・」
川内「でもっ!このままじゃあ納得がいかないし!」
陸奥「その気持ちも良く理解できるけれどね」
川内「そういえば、陸奥さんは知っていたの?こういう事」
陸奥「えっ?・・・まあ、一応は・・・(何で私に聞くのー?)」
川内「そっか!今になって分かった。提督が言っていた、誰ともケッコンしないし、深い関係にならないって、こういう事をしないって意味だったんだね!」
陸奥「そうね。とても大変な事だと思うわ。男の人からしたら」
川内「そういうものなの?」
陸奥「そのように言われているわね。でも、男の人の事は、女である私たちにはわからないわよ」
川内「・・・ふーん?」
陸奥「あ、そうそう!例えば、あなたから夜戦を取り上げるくらい辛いことかもしれないわね」
川内「そんなに!?死んだ方がましじゃん、そんなの・・・可哀想」
陸奥「(しまった!そこまで夜戦が好きなのね?)あっ、それほどではないかも・・・」
川内「そうなの?」
陸奥「個人差もあるみたいだし、よくわからないわね」
川内「なんか、世界って広かったんだなあって思っちゃうよ」
陸奥「そこまで?・・・いえ、そうかもしれないわね」
―世界は広い。分からない事ばかりの気がする。
―同じ頃、早池峰泊地事務所、浜風の私室。
―浜風はアウトドアショップに業務用スーパー、肉の専門店、銃砲火薬店、家電量販店と、短時間できっちり予定通りに買い物を済ませて、既に私室に引きこもっていた。まず、気になっている鎮守府のサイトと、艦娘や鎮守府の間での話題をチェックする。
浜風(さて、あのサイトは更新したでしょうか?)
―浜風はポテチの袋を開け、二枚をアヒルのくちばしの様にくわえながらログインし、『謎の鎮守府X』というサイトを開いた。
浜風(ほう、これは・・・!)
サイトの漣「今日はご主人様は休暇でカニ釣りをしているんだおー!すごく釣れたみたいよ!」
浜風(この提督、張り詰めているばかりではありませんね。しかし、カニですか。しばらく食べていませんね・・・)
―続いて、鎮守府の近況の分かるコラムを読むと、新規着任の艦娘について、遠回しに振れている箇所があった。金剛型と、白露型のようだ。
浜風(そういえば・・・)
―艦娘たちの雑談掲示板を見ると、横須賀の最強の榛名の異動が決まったという噂でもちきりだが、その移動先ははっきりしていない。
浜風(どうも、この謎の鎮守府に異動したような気がしますね・・・)
―浜風は、この『謎の鎮守府X』の管理人にメールをしてみることにした。あと一か月程度で泊地の任務は終わり、自由に異動を申請できるようになるのだ。
浜風(とはいえ、まだもう少し先の事です。まずはのんびり楽しむことにしましょうか)
―浜風はまず、アウトドア用のコンロを取り出して、一人焼き肉を楽しむことにした。焚火はダメでも、アウトドアのコンロがダメとは、どこにも記載されていないからだ。
浜風(補給が受けられない以上、沢山食べておきましょうか。地味に戦闘状況が発生するかもしれませんし・・・)
―浜風は、主任がいつまでも劣悪な職場から移動できない理由の核心に、既に独自にたどり着いていた。そして、出来れば異動する前に、その件に関してはケリをつけてあげたかった。年末年始休暇でも、それに関する動きはあるはずなのだ。
―一見、自然豊かな過疎地の泊地に見えるが、そこにはある政治的な力が働いている。浜風はその裏付けを、年末年始休暇中に取るつもりでいた。
―堅洲島鎮守府、提督の私室。
提督「冷えるな・・・」
―提督は棚からバーボンの瓶を引っ張り出し、ショットグラスに注ぐと、一気に飲んだ。すぐに身体が温まってくる。
提督「さてと!」
-コンコン
提督「どうぞ?」
―ガチャッ
叢雲「おかえり。カニ、沢山釣れたんですってね」
提督「早いな。そうなんだよ、結構楽しめたところさ。少し、冷えたけどな」
叢雲「あ、それでショットね?私もいただいてもいい?」
提督「ああ、もちろん。レモンかライムでも入れるかい?」
叢雲「ストレートで大丈夫よ」
提督「おお、いいねぇ。付き合ってくれるのか」
叢雲「まぁね。・・・少し、落ち着けた?私は分かるわよ?今日は色々考えていたんでしょ?」
提督「ふ、心配して来てくれるところが叢雲だよな。ああ。だいぶまとまったぞ。あとは一定の時間の経過で、それぞれの動きを見極めるさ」
叢雲「なら良かったわ。ついでに、大浴場はこの後しばらく提督専用にできるわよ。・・・その、つっ、付き合う事もできるけれど・・・」
提督「さすが叢雲、ほんと気配りの天才だな!・・・今後の事はほぼ考えがまとまったが、風呂ででも話すか。酒だけでは後々かえって冷えるしな。・・・と言うより、叢雲も色々聞きたい事があるんだろう?」
叢雲「私くらいは把握していないとダメでしょ?」
提督「まあそうなるな。なぜか全部話しておきたくなる」
叢雲「初期秘書艦とはそういうものよ」クスッ
―ニーマルマルマル(午後八時)過ぎ、横須賀、大淀の私室。
藤瀬研究員「やほー、買い出し終わり!つまみもお酒もばっちりよ!」
大淀「うう、今年も女二人の飲み会になってしまいましたね・・・」
藤瀬研究員「だってさー、私が堅洲島に滞在してたら、大淀が一人ぼっちになちゃうじゃない?」
大淀「とてもいい事を言ってるように聞こえますけど、外で飲むのが苦手な人だという事を知ってしまうと、すごく微妙な気持ちですね」
藤瀬研究員「まあまあ、細かい事は言いっこなしで。その分、お酒や食べ物は全部私もちでいいんだしさぁ」
大淀「ふぅ・・・しょうがないですね。今年も終わりですし、積もる話もありますし、じっくり飲みましょうか!」
藤瀬研究員「大淀のそういうとこ、好きよー!」
―こうして、女二人の忘年会(?)が始まった。
―パルミラ環礁、熊野たちの野営地。
秋津洲「ん・・・ううっ・・・っ」パチッ
熊野「秋津洲さん、目が覚めましたか?」
秋津洲「えっ?なに?どういう事なの?あなたたちは?」ガバッ
熊野「こんばんは、秋津洲さん。驚くのも無理ありませんが、大艇ちゃんが私たちをここまで案内してくださったんですのよ。あとは、中破程度まで戻すのが手一杯でしたけれど、ダメージコントロールを使わせていただきましたわ」
―熊野は、着任してからここまでの経緯を秋津洲に説明した。最初は警戒心に満ちていた秋津洲だったが、熊野の丁寧な話し方や、自分の怪我が軽くなっていることから、次第に気を許し、そして泣き始めた。
秋津洲「ううっ・・・仲間と出会えるなんて・・・凄く嬉しいかも。このまま一人で、深海になぶり殺しにされて沈んでいくのかと思うと、怖くて怖くて、仕方なかったの。なんとか陸地にあがって・・・でも、もう駄目だと思っていたかも・・・」グスッ
熊野「無理もありませんわ。でも、何とかここまで来て、出会う事が出来ましたわ。幸い、私の電探と、ポッドの探査能力の組み合わせで、接近する敵の様子を把握しやすい利点がありますの。後れを取ることはそうありませんわ」
秋津洲「それに大艇ちゃんが加われば、もう索敵は最高の状態かも!」
熊野「ええ。力を合わせて、知恵を出し合って、警戒心を絶やさなければ、きっと帰れますわ!」
秋津洲「そうかも!・・・ところで、熊野さん、ここはどこかわかる?」
熊野「パルミラ環礁という島らしいですわ。一応、泊地があったみたいなので、明日、探索してみようかと思っていますの。上手くいけば、修理や入渠が出来たり、何か補給できるかもしれませんし」
秋津洲「わあ!流れが変わってくるのを感じるかも!」
―グゥ~
秋津洲「あっ!ごめんなさい。何も食べていなかったから・・・」
熊野「非常食なら少しありますわ。カンパンと、缶詰ですけれど、少し何か口になさるといいわ。持ってきますね」
秋津洲「ありがとう!凄く嬉しいかも!」グスッ
―二人の気配で朝雲も目を覚まし、遅い時間の簡素な食事を摂ることになった。白湯と、カンパンと、一つの牛缶を三人で分け合う形だが、それでも心が温まる。朝雲と秋津洲に寝ることを促すと、熊野は再び不寝番を始めた。
熊野(当面安全そうなこの島で、十分な準備をしないとダメですわね・・・)
―熊野は焚火に流木をつぎ足すと、暖かな夜風の中、空を見上げた。落ちて来そうなほどに沢山の星が輝いている。
熊野(あの星まで行くわけではないのですから・・・)
―先の事をあまり思い煩うのはやめよう、と思った。焦っても仕方のない事だ。例えば、今、熊野たちがいるこの島も、人によっては行きたくても行けない、憧れの場所かもしれない。そんな場所に自分はいるのだ、と優雅に考えた方が良い気がしていた。
熊野(せっかくこんなに、綺麗な島なんですもの)
―熊野のそんな考え方が、この先多くの危機的な流れを無意識に良い方向に変えていくのだが、熊野自身は知る由もなかった。
―堅洲島鎮守府、大浴場。
―提督と叢雲は、薄めのソルティードッグを呑みながら、入浴しつつ打ち合わせをしていた。叢雲は今日もマイクロビキニだが、前回ほどの照れは無い。
叢雲「・・・なるほどねぇ、確かにそんな風に流れていけば、全て何とか収まりそうね。でも、やっぱり誰も死なない、沈まない、というのは無理なのね?」ノビー
提督「うーん、おれの読みが当たっているとしたら、最低でも一人は沈むことになるだろうよ。身柄の拘束が可能ならそれもありだが、どうも複数存在している『上層部』のどこかが、その子を貴重なサンプル扱いしだしたら、沈んだ方がましって事にもなりかねんしさ」
叢雲「実験台にされたり、尋問で拷問されたり、という事ね?嫌な話ね・・・」
提督「ああ。うちの司令レベルが年明けに上がるが、そうなれば何とかなるかもしれんが・・・」
叢雲「あ!だから特務第七の川内さんも、本土に返さないわけね?」
提督「そういう事。瑞穂さんが金山刀さんをここに運ぶために、大量の資料を出力したのが、予想外に良かったのさ。色々見えて来つつある。だから何とかなりそうなんだがな」
叢雲「特務第七の川内さん、本当に使い捨てにされちゃうのかな?」
提督「いや、おれにはイマイチそうは思えないんだよな」
叢雲「どういう事?」
提督「あの子さ、結構愛されていると思うんだよな。本人は気づいてないが、ある程度誰かに愛されてないと身につかないタイプの自信を持っているんだよ。今日の、うちの川内との行動をまとめてみると、なんだかんだで人の好さが相当ある子って気がするんだ。暗殺任務に長く携わっていたとは思えないほどにな。もともとの川内の性格を差し引いても、そう見える。昨夜だって、無茶な戦い方もしなかったしさ」
叢雲「言われてみれば、そうね。・・・でも、じゃあなんで、ここに渡ってくるなんて無茶をしたのかしら?」
提督「そこがわからんのさ。いずれ聞いてみるが、案外、女の子っぽい理由だったりしてな」
叢雲「女の子っぽい理由?」
提督「自分の提督が、最近あまり自分に構ってくれない、とかさ」
叢雲「あっ!それ、案外ありそうね・・・」
―これは大当たりだが、提督も叢雲も、まさか本当にそうだとは思っていない。
提督「それにしても、良い休日になったな」
叢雲「頭の中はフル稼働だったみたいだけれど」クスッ
提督「海を見て釣りをしながら、こういう事を考えるのは、もつれた釣り糸をほどくようなもんさ。なかなか楽しいもんなんだよ。あんなに釣れると思わなかったけどな」フッ
叢雲「それなら良かったわ。少しはのんぴりしなさいよ?」
提督「ありがとう。ああ、叢雲、おかわりいるかい?」
叢雲「もう一杯だけ、貰おうかな。いただくわ」
提督「よしきた!」
叢雲「そういえば、プレゼント、ありがと・・・すごく、嬉しかった。とてもかわいいわ」カアァ
提督「ん?おお、やっと感想が聞けたな。それなら何よりだ」ニコッ
―提督と叢雲は、しばしのんびりとした時間を楽しんだが、明日の大晦日を前に、今日中にまだまだ対応しなくてはならない事が多かった。堅洲島の12月30日は、まだ終われないのだ。
第三十五話、艦
次回予告。
引き続き、12月30日の夜。
下田鎮守府の提督と、瑞穂と打ち合わせをする提督の話す、ある可能性について、思い当たり驚く下田鎮守府の提督。
瑞穂はその話を聞いて、とても複雑な思いを抱える。
考えがまとまった特務第七の川内は、自分が海に出なくなった理由を、川内と提督に話し、今後の生き方について話すが、提督から、下田鎮守府の「ある懸念」についての話を聞き、自分の役割を再確認する事になる。
大晦日から年始にかけてのサプライズ任務が発表された堅洲島では、ちょっとした飲み会が催される中、酔った山城が提督に絡むのだが・・・。
その頃、早池峰泊地では、泊地を無人に偽装した浜風が、ある調査のために深夜の山中を移動していた。
そして深夜、提督のもとに、ある艦娘が訪れる。
同じ頃、二人で宅呑みしていた大淀と藤瀬研究員だが、呑み潰れた大淀の口から、意外な言葉が出てくる。
次回『深海の疑惑』乞う、ご期待!
浜風『これくらいのSSで喜ぶ浜風ではありません。読んで次回に期待する、まずは続きを、ですね!』
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