「地図に無い島の鎮守府」 外伝2・夏ですね!
ある鎮守府の夏の、提督と親潮の物語。
※プラトニックです。すまないなボーイたち。
本編の外伝的位置づけで、ある鎮守府の提督と親潮の夏の一昼夜の物語です。
たまにはプラトニックもいいですよ!いいの!
「地図に無い島の鎮守府」 外伝2・夏ですね!
―ある鎮守府の、ある夏の日の朝。
提督「・・・これで全員か。さて!」
―歴戦の鎮守府だったが、今年は夏の間は大規模作戦がない。日本にとどまらず、世界各地に休暇で出発した艦娘たちを見送ると、提督は一人で鎮守府の掃除を始めた。
幾つかの棟に別れた鎮守府の建物のうち、本館は本来、総司令部による清掃を入れることも可能だったが、提督はこの一人だけの数日間を、全てその清掃に費やすことに決めており、浮いた予算は資材や艦娘の慰労に回す考えだった。
提督「ふ、たまにはいいものだ。本気で掃除をするのもいい。鈍っていた身体には良い刺激だな・・・」
―清掃業者が使うような装備がぎっしり入り、装着された腰袋を身に着けた提督は、無心でガラス窓を磨く。夏の日差しは容赦なく照り付け、腕を伝う水滴は汗なのか水なのかわからなかったが、どちらにせよぬるく不快だった。
―スイッ・・・キュッ・・・キュッ・・・
―一通り洗い終えた窓をスクレーパーで水を切り、仕上げていく。
提督「・・・良し!」
―提督は次第にこの作業が楽しくなりつつあった。あっという間に夕方になりそうだ。提督は時間を意識せずに、作業に没頭していった。
―夕方、駆逐艦寮、親潮の部屋。
親潮「・・・ん・・・ん~・・・あれ?」パチリ
―ガバッ!
親潮「あっ!?あたし、寝ちゃってた?」
―カナカナカナカナ・・・・
―窓の外の木々の向こうの空は既に茜色に染まり、ヒグラシの物悲しい鳴き声がこだまを返すように響いている。きっと今日も暑かったはずだが、昨夜もレポートをまとめつつ、エアコンを快適な設定にしていたせいか、ぐっすりと眠ってしまったようだ。ここしばらくの激務の疲労もだいぶ抜けた気がする。
親潮「そうでした!今日からお休みで・・・あっ!」
―黒潮「大変そうやなぁ?出来れば一緒に行きたいけど、無理せんでええからな?」
―親潮「皆さんが海水浴しているうちに合流できればと思います!」
―黒潮「夕方くらいまでは日本にいるけど、夕方の便で台湾に行くから、それまでに合流出来たらしいや~」
―親潮「はい!」
親潮「これもう、無理ですよね・・・」
―親潮は、昨日の黒潮とのやり取りを思い出していた。陽炎型は幾つかのグループに分かれて国内外を旅行する予定を立てており、陽炎、不知火、黒潮を筆頭としたグループは、やや離れた地域で海水浴をしたのち、夕方には台湾に向かうとの事だった。
親潮(あれ?もしかして・・・!)
―そして親潮は、ここで重大な事実に気付いた。今日からの夏休みは、確かほぼ全ての艦娘がこの鎮守府を留守にするのではなかったか?
親潮(えーと・・・)
―親潮は近くに置いてあった秘書艦用のノートタブレットを開き、鎮守府の情報を照会する。
親潮「なんてこと・・・!」
―今日から五日間ほど、この鎮守府には艦娘が誰もいない予定になっていた。艦娘たちの予定表はみんな休暇で旅行中で、親潮の予定の欄は無かった。ここ最近の激務を考慮して、予定を全く考えていなかったせいだ。
親潮(やってしまった!きっと司令も夏休みですよね?)
―もしそうなら、外出許可も取れない。親潮は慌てて秘書艦用スマホを取り出し、提督に電話をかけた。が、出ない。どんな時でもほぼワンコールで出る司令が出ない時点で、親潮は絶望的な気分になっていた。かと言って、陽炎や黒潮に連絡するのも気が引ける。
親潮(まず食事と、お風呂の状況を確認します。あと司令と・・・)
―親潮は部屋を出ると、おそらく誰もいないと思われる鎮守府の探索を始めた。
―鎮守本館、提督の私室。
提督「ふー・・・暑さのダレも抜けたかな」
―提督はシャワーを浴びたのち、しばらく水風呂に浸かり、それから浴室を出た。もしかしたら少し転寝をしたかもしれないが、任務があるわけではない。冷蔵庫を開けて、麦茶を注ぐ。酒はほぼやらない男なのだ。
提督「とりあえず飯か・・・」
―ここで提督は、少し考えた。鎮守府を出て、何か少し良いものを食べても良かったが、まだ外はかなり暑い。再び汗ばむのも不快で面倒に思えた。
提督(そういえば・・・)
―間宮「厨房の特別品用冷蔵庫には、色々なものを作りしておきました。少し多いかもしれませんが、お好きなものを召し上がって下さい」
―鳳翔「煮物や寒天を冷蔵庫に入れておきますから、お好きな時に良かったら食べて下さいね」
―提督の私室にも冷蔵庫や小さなキッチンはあり、買いだめしておいた冷食や米、野菜に肉もあったが、間宮や鳳翔が色々と気を配ってくれていたはずだ。
提督(蕎麦か素麺に、煮物といったところかな・・・)
―提督は厨房のある大食堂に向かう事にした。
―同じ頃、艦娘寮の渡り廊下。
親潮(どうしよう・・・誰もいない。人の気配もしないし、照明もついてない・・・)
―鎮守府を囲う塀の向こう側からは、夕方の町の喧騒がヒグラシの鳴き声に押しつぶされつつも、微かに伝わってくる。しかし、いつもは賑やかな鎮守府内は、ほとんどの建物が暗く、エアコンの室外機さえ回っていなかった。
親潮(何だか心細いな・・・。司令も休暇を取られていたら、総司令部に連絡するしか・・・でも、そんな事をしたらみんなに迷惑がかかるかも)
―艦娘だから、艤装の力を使えば飲まず食わずで数日過ごすことは問題ない。最悪の場合はそうなる。ただ、シャワーや風呂は使えないかもしれない。
親潮(本館が真っ暗だったら、覚悟するしか・・・)
―親潮は複雑な気持ちで本館に向かった。提督がいれば状況は何とかなる一方で、それは忙しい提督が休まずに鎮守府にいることを意味している。艦娘としてはそんな事を望むのは良くない事だ。
―ザッ
―戦艦寮と空母寮を抜け、渡り廊下に出た親潮が見たのは、暗い塊になっている鎮守府の本館だった。
親潮(ああ・・・!)
―やっぱり、と思いかけたが、渡り廊下の扉は開いている。
親潮(えっ?)
―規定では中に誰かがいなければ、閉じられているはずだ。
親潮(あれ?大食堂の奥が、うっすらと明るいような?)
―そして、その光は明るさがちらちらと変わっているような気がした。誰かがいるのだ。何らかの業者が入っているような雰囲気ではない。親潮は急いで大食堂に向かった。
―大食堂。
提督(蕎麦と煮魚か。ありがたい!)
―提督は簡単なざるそばを作っていた。おかずは鳳翔が作り置きしていた、「茄子と鰤の煮物」にする。そばつゆは間宮が店で使っているものとおなじ、宗田節のそばつゆだろう。
提督「ありがとう。こんな面白みのない男に親切にしてくれる君らがいると、辞められないとされる提督の立場でいるのも悪くないと思えるよ」
親潮「司令っ!すいません!」
提督「うわっ!・・・は?待て、なぜここに居る?陽炎や黒潮たちと・・・あっ!まさか寝過ごした?」
親潮「・・・はい。予定を明確に組んでいたわけではないのですが、寝過ごして・・・しまいまして。・・・すいませんっ!」
―この時、少しだけ奇妙な沈黙の間があった。それは、提督が自分の独り言を聞かれたかどうか?という部分に関心が行っていたためだが、親潮は自分が何らかの叱責を受けると思い、神妙に沈黙していた。
提督「・・・聞いていたか?」
親潮「え?・・・いえ、司令の姿を見て直ちにお声がけした次第です!」
提督「そうか、うん」
親潮「あの、本当に申し訳ありません。休暇とは言え、一人寝過ごしてしまうなんて」
提督「いや、ここ最近忙しかったからな。本当にすまない。これから誰かと合流できるのか?」
親潮「その・・・それが・・・」
―親潮は陽炎たちとの合流が難しい事、それ以外の予定は特に立てていなかったことなどを一通り説明した。
提督「ふむ、そうか・・・」
親潮「もし、この期間が鎮守府の立ち入り不可であれば、近隣の宿泊施設か、総司令部にでも外泊するつもりです!」
提督「そんな事をする必要はない。いたければ居たらいい。・・・ただ、一つだけ秘密を守れるか?」
親潮「秘密、ですか?」
提督「実は今日からの数日間、この鎮守府の清掃や簡単な維持工事、全ておれがやる予定だった。今日も清掃をしていたわけだが、みなに気を使わせたくなくてな・・・」
親潮「司令が、清掃や維持を!?」
―親潮はとても驚いた顔をした。一方の提督は、あまり驚かれたくなかったのか、ちょっと渋い表情だ。
提督「やっぱりそういう顔になるよなぁ。しかしこれは娯楽と効率の問題だ。なにか健気で不景気な事情などは無いぞ?」
親潮「あのっ、お手伝いしてはダメですか?」
―今度は提督が驚いた顔をした。
提督「なぜそうなる?おれは君らに負担をかけたくないから一人でこっそりやりたかったわけで、それでは本末転倒だ。せっかくの休暇なんだ。行きたいところに・・・」
親潮「ありません!何の予定も立てようがなくて、困っていました。あた・・・私にとっては心躍る任務・・・いえ、娯楽です!」キラキラニコニコ
提督「予想外過ぎて驚いているが、本気か?」
親潮「本気です!きっとお役に立ちますし、お役に立てたら嬉しいです!」
―提督は親潮がなぜこんなに楽しそうなのかが分からない。いつも一生懸命秘書艦任務をこなしてくれる子だが、だからこそ休暇は大事なはずで、この反応は予想外だった。
提督(なぜこんなに?・・・いや、まさかな・・・)
―提督は少しだけ、親潮が自分に多少の好意を持ってくれているのかと考えそうになったが、それをやめた。それは提督の中では『あってはならない事』なのだ。
提督(その考えは、無しだ。ただ手伝ってくれることに感謝するだけだ)
親潮「司令、どうしました?」
提督「いや、なんでもない。協力、感謝する!」
親潮「では、外で食事をしてきますね!」
提督「うん?飯ならあるぞ?わざわざ一人で外で食う事もないだろう?」
親潮「えっ!?いいんですか?」
提督「ああ。一人で食う飯も味気ないものだ。鳳翔と間宮が色々と作り置きしていってくれた。有難い事に、一人で食いきれる量ではなかったからな」
親潮「では、配膳を!」
提督「座ってろ。休暇の前提を崩すな。手伝ってくれるのであれば、こちらも何かすべきだ」
―提督はそう言うと、背を向けて親潮の分の蕎麦と煮物を用意し始めた。広い背中に隙がないが、これ以上何か言うべきではなく、厚意に甘えるべきだという意志を感じた。
親潮「はい!待っていますね!」
―すでに親潮は、寝過ごした事も何もかもが、とても幸運な事のように思えていた。提督と自分の間の秘密と、数日間一緒に過ごし、仕事をする事と。ここ数か月の激務も報われるような気がしていた。その嬉しさが隠しきれていない。
提督(なぜ、そんなに嬉しそうにするんだ?)
―提督は動揺を気取られぬように、親潮の分の食事をよそう。
―そして、食事が始まった。
親潮「司令、普段着はなんだか陸防部の人たちのラフな格好と似ていますね」
提督「似ているも何も、元々陸防部だ。世間で言われているところの、アフリカ帰りというやつだよ」
親潮「ええっ!じゃあ歴戦なんですね!」
提督「おれは違う。任務で向かったのはいつも『地獄の後』という隠語で言われる状態の時だったからな。ひどい戦場は見たが、ほとんど戦闘はしていない」
親潮「そうなんですか?」
提督「そういう立場と役割だったんだ。・・・ああ、済まない。女の子に飯時にする話じゃなかったな」
親潮「あっ、いえ、全然そんな!気にしないでください」
提督「ふむ。まあ、食うか」
親潮「はい。いただきます!・・・美味しい!」
提督「そうだな。心がこもっている気がする」
親潮「あっ」
提督「うん?」
親潮「本当においしいです」
―そばつゆも鰤の煮つけも、とても美味しい。が、美味しいほかに、何か気持ちがこもっているような暖かなものが感じられる。
親潮(そういえば、鳳翔さんも間宮さんも、司令と仲がいいです・・・)
―この提督は、艦娘と浮いた噂などが立った事は無い。しかし、しばしば遅い時間に、間宮や鳳翔の店で静かに酒を楽しんでいる事がある。そんな時間が、おそらく他の艦娘よりも二人と提督を親密にしている気がした。
提督「何か気になる事が?」
親潮「あっ、いえ・・・」
提督「顔に出ている」
親潮「私がいただいても良いのでしょうか?とても、気持ちがこもっている気がしますから」
提督「いいさ。どのみち、食いきれん量だった。来客なりの想定もあったのかもしれんしな」
―おそらく、鳳翔と間宮は互いが提督の食事を作り置きし、それがダブってしまうことなど考えていなかったのだろう。結果的には食事に全く困らないのだが、親潮が料理をする必要も無さそうだった。
提督「それで、これからどうする予定だ?」
親潮「どうする、と言いますと?特に予定は無いのですが・・・」
提督「大浴場と入渠施設な、このタイミングなのでメンテナンス中だ。つまり、おれの私室の風呂しか今は使えない。うら若い女の子にそれはいかんだろうし・・・」
親潮「あっ、そうなんですね?あた・・・私は構わないですよ?あっ・・・でも司令に迷惑ですよね?」
提督「いや、気にならないなら構わんが、しかし・・・」
―ここで提督は、少し考え込んでしまった。
親潮「・・・司令?」
提督「スーパー銭湯って行った事あるか?興味があるなら一緒に行くかね?」
親潮「えっ?はい!ご一緒します!」
提督「優待券がだいぶあるからな、タダだし飲み食いし放題だぞ?」
親潮「わぁ!」
―こうして、食事を終えた提督と親潮は、鎮守府からそう遠くないスーパー銭湯に足を運んだ。
―スーパー銭湯。
提督「サウナに水風呂、たまらんなぁ。親潮はどれくらい楽しむつもりだ?」
親潮「こっ、こういうところは初めてなので、色々なお風呂に入ってもいいですか?」キラキラ
提督「ああ。じゃあ一時間半ほどしたら合流しようか(良かった。楽しそうだな・・・)」
―一時間半後、スーパー銭湯の個室。
提督「すごく楽しんだようだな!」
親潮「はい!とても楽しかったです。いろんなお風呂があって、水風呂はちょっとびっくりでしたけど、でも、楽しいです!」
提督「そいつは何よりだ!ここはちょっとした酒やつまみも楽しめる。何でも好きなものを頼んだらいい。汗ばんだらまた風呂に入ればいいしな」
親潮「ありがとうございます!」
―親潮は手渡されたメニューを見た。が、浴衣姿の提督相手に、何を話していいのかわからず、次第に緊張してきた。
親潮(とっ、とりあえずお酒の力を借りて、何か司令と気さくに話せるようでないと!)
―しかし、これは有りがちな失敗だった。
―三時間後、深夜。執務室。
提督「ペースが速いと思ったら、よほどストレスがたまっていたのかね?まあいい。ゆっくり休め」
親潮「すいません、司令・・・」
―ハイペースで飲んで足腰が立たなくなった親潮は、提督に背負われて鎮守府に戻った。悪酔いのせいか、寒気がするようだ。
親潮(うう・・・ろくに話せないで、お料理美味しいとかお酒が美味しいとかそんな話ばかり。どうしてあたしはもっと上手に話せないんだろう・・・)
―ひどく具合が悪いが、それ以上に悲しみが大きい。おまけに、ひどく酔って司令に背負われて運ばれているのも、休暇中なのに大きな迷惑をかけた形になっている。
親潮(明日は、明日はちゃんと手伝わないと・・・うっ!)
―いきなり込み上げてきた!
親潮「あっ、うっ!司令!すみませ・・・げほっ!」
提督「ん?・・・うおっ!」
―親潮は激しく嘔吐してしまった。
親潮「ああっ!本当にすみません!」
提督「いや、別に問題ない。ちょっとハイペースだったが、無理させてしまったか?」
親潮「あた・・・私、とんでもないご迷惑を・・・っ!」
提督「大丈夫だ。気にするな。ただ、使えるシャワーがおれの私室のものになってしまうが・・・」
親潮「大丈夫です・・・後始末を・・・」フラ・・・ヨロ・・・
提督「見られて困るような服だけでいい。ここもそのほかも、あとはおれがやる。ちょっと座っていろ!」
―提督は優しいが有無を言わせない感じで、親潮は艤装服の上着を手渡した。自分の服はそれほど汚れていない。が、提督の服は大分汚れてしまっている。
提督「ふむ、どれ・・・」
―提督は親潮が気を使う暇もないようなてきぱきとした流れで、自分の上着と親潮の上着をどこかに持って行った。黒いTシャツ姿になった提督はバケツとモップを手に戻ってきて、わずかな床の汚れもさっさと掃除している。
提督「あとは換気して・・・洗い物をすれば大丈夫か。待っていろ水を用意する」
―提督はさっさと作業を進めると、今度はピッチャーに冷たい麦茶を入れて戻ってきた。
提督「口をすすいで来たら、これをよく飲むといい。気持ちが悪かったら・・・まあ普段おれが使っているバスルームのシャワーもある。気にしないで安め。明日もゆっくりでいいんだ」ニコ
―安心させるように提督は微笑んだが、ここで親潮の申し分けなさや情けなさが決壊してしまった。
親潮「すいません司令!本当に・・・こんな・・・ううっ」
提督「おいおい泣くような事じゃないだろ?」
親潮「でも・・・だって、こんな!」
提督「飲み過ぎれば誰にでもある事だ。おれは気にしてない。むしろ親潮が気にする方が困る。さあここで問題は?」
親潮「あたしが・・・気にしなければいいんですか?」
提督「そういう事だ」
親潮「なぜですか?吐いたんですよ?面白い話もろくにできなかったのに・・・」
提督「ん?楽しいんじゃなかったのか?無理に楽しいふりをしていたか?」
親潮「あっ、楽しかったです・・・とても!」
提督「ならいいじゃないか。おれはほっとしたし、楽しかったんだぞ?いつも真面目な親潮が、休暇も取り損ねてしまい、どうしたら楽しんでもらえるかと思っていたのだからな」
親潮「そんな・・・事を?」
提督「ああ。しかも、考えようによっては、気楽な時間に女の子と一緒な訳でな、殺風景で暑い夏も潤うというものだ」
親潮「司令は、楽しかったんですか?」
提督「おれは楽しかったな。今も楽しい。真面目な秘書艦の普段と違う姿を見られて、何だか新鮮だしな」
親潮「こんな・・・片付けもですか?」
提督「こういう時に嫌な顔するようじゃ、男なんてやってないよ。そうだろう?」
親潮「司令・・・」
―少し沈黙が漂う。親潮は、酔っているせいか、少し突っ込んだことを聞いてしまった。
親潮「司令は、誰にでもそんなに優しいのですか?」
―提督は、少し間をおいて答えた。
提督「そうだったら理想的だが、そこまでではないなぁ。だが、親潮には少し優しいかもしれんな。大事な秘書艦だしな」
親潮「そういえば、なぜあたしを秘書艦にしてくださったんですか?」
提督「真面目だし、何だか落ち着くからだ・・・いや・・・ちょっと違うか」
親潮「えっ?」
提督「最初の動機を素直に述べるなら、容姿が好みだった。しかし今は、容姿より性格にとても好感を持っているよ」
親潮「司令・・・」
提督「でだ、男なんてのは憎からず思っている女の子のあれやこれやは全く苦にならないもんさ。少なくとも・・・おれはそうだ」
親潮「あれやこれや?」
提督「・・・男ってのは気に入った女のどこにでも触れたがるし、汚い所なんて無いと本気で思っているからな。・・・あ、親潮をそういう目で見ているわけではないぞ?」
―吐いたものなど気にしない、と言ってくれているのだ。
親潮「・・・わかります」
―それは提督なりの気遣いなのか、本心なのかは分からない。ただ、この状況を自分が気にし過ぎるのだけは良くないと理解出来た。気が楽になってくる。
提督「とりあえず、夜も遅いからさっさと片付けてくる。シャワーを浴びるならそこを使ってくれ。おれは声がかかるまで部屋を出ている。あと、そのまま寝るなら水分を良く摂るのと、口をすすぐのは忘れてはダメだ。胃液で歯が傷むからな」
親潮「わかりました・・・」
―今度は視界が回り始めた。親潮は急いで浴室に入り、気力を保って身体を洗ったが、湯船につかったあたりで記憶が途切れてしまった。水道の蛇口が開いたままになっていた。
―数時間後・・・。
親潮「・・・んっ!あっ!」ガバッ!
―提督の私室のベッドのようだ。カーテンから差し込む夏の光は、外が今日も猛暑であることを匂わせていたが、部屋は快適そのものだ。肌に触れる毛布の手触りもとても・・・。
親潮「あっ!?私、服が!?・・・うっ、頭がいたい!」
―驚いて提督の私室を見回すが、提督はいない。近くの机の上のデジタル時計は9時40分過ぎを指している。相当長く眠っていたらしい。
親潮(あたし、お風呂で寝ちゃってたのかも・・・)
―おそらくそうだろう。湯船に入って後の記憶がない。という事は、放っておけなくて提督が自分を運んでくれたに違いない。
親潮(これは・・・?)
―ベッドわきの棚に、半分ほど氷の溶けた麦茶のペットボトルと、その下にメモが置かれていた。ペットボトルから伝う結露がメモを濡らしていたが、それでも字は読める。
メモ『食堂か執務室にいる。起きたら呼んでくれ。服は全自動洗濯機に入れてある』
―私室の隅の洗濯機内には、乾燥も完了したらしい浴衣やその他の服がちらりと見えていた。
親潮(あたし・・・大変な失態を・・・)サァー・・・
―血の気が引くとはこのことだ。はしたない姿を見せ、面倒をかけ、大変な迷惑をかけてしまった気がする。
親潮(秘書艦、首になったらどうしよう・・・)
―自分の裸を提督が見たであろうことまで、親潮は頭が回っていなかった。
親潮「とりあえず、司令をこれ以上お待たせするわけには・・・」
―コンコン
親潮「っ!・・・はい!」
提督「起きたか。入っても大丈夫か?」
親潮「あっ、お待ちください!」サッ・・・テキパキ
―親潮は痛む頭を気にせず服を着た。
親潮「・・・大丈夫です!」
―ガチャ
提督「おはよう。しかし、最初に謝らなくてはならない事があってだな・・・」
親潮「あの、司令っ・・・昨夜から今まで、本当に・・・」
提督「すまないっ!」
親潮「すいませんでした!」
―二人は同時に頭を下げて謝り、声がハモって絶妙なおかしみが漂った。
提督「えっ?」
親潮「えっ?」
提督「その、三時間たっても反応が無いと思ったら、風呂の水が出しっぱなしで寝ていたようでな・・・身体をその・・・見てしまってだな」
親潮「あっ・・・あーっ!・・・でもそれは不可抗力です!あた、私が悪いんです!本当にご迷惑を!」
提督「いや、酒を止めるべきだった。おれの責任だ。提督とはそういう物だ。憲兵に『意図的に酔わせて裸を見た!』と言われたら何も反論できん」
―しかし、この鎮守府に憲兵は現在、いない。提督の信頼度が高い鎮守府には、しばしば憲兵がいないところもある。
親潮「そっ、そんな事になりません!むしろ私、首になるんじゃないかと・・・仕方ないですよね・・・」
提督「それは絶対にない。大事な首席秘書艦だからな。むしろすまなかった。せっかくの休みだというのに酔いつぶれるまで気を使わせるとは・・・」
―提督の表情が曇っている。提督は、親潮が無理して提督に付き合い、飲み過ぎてつぶれたと思っているらしかった。
親潮「あの、上手に話せませんでしたが、とても楽しくて、お酒が止まらなくなってしまいました!」
提督「ん?そうなのか?」
親潮「はい!また行きたいくらいです!」
―提督は少し驚いた顔をして、親潮の眼を見た。
提督「・・・驚いたな、そうだったならほっとするよ」
親潮「とんでもありません!とても楽しかったです!」
提督「そうか。なら良かった。おれも楽しかった」
親潮「司令・・・うっ!」ズキッ
―二日酔いの強烈が頭痛に気付く。
提督「ああ、いかんな。飲み物と・・・時間があったのでお粥を作ってきた。何か胃に優しい食い物を入れて、水分を十分に摂るといい。早く楽になる」ニコ
―置かれたお盆には、具の形のわからない、三つ葉の浮かんだ味噌汁と、小梅の乗った白いお粥に、焼きシャケや梅干し、ゴマ、海苔などが添えてあった。
親潮「これを、私の為に作って下さったんですか?」
提督「それくらいさせてくれ」
親潮「嬉しいです、とっても!」
―武骨で無口な提督だが、盛り付けは美しく、センスが感じられた。何より、提督が誰かに手料理をふるまうのは初めてでは無かったろうか?それが、二日酔いの自分への胃に優しい朝食だとは!
親潮「美味しい!なんだか、とても胃に優しいです!」
提督「それは良かった。食べ終わって調子が悪いなら、それはそのまま置いといててくれ。片付ける。疲れもたまっているようだし、ゆっくり休んだらいい」
親潮「はい!ありがとうございます!」
―親潮は提督の作った朝食を食べ始めた。
親潮「とても美味しいです。・・・あれ?・・・あれっ!?」ポロッ
―親潮は、朝食の乗ったお盆に落ちたものを見て驚き、それが止まらなくなった。
―ポタ・・・ポタポタ・・・
親潮「うっ、すいません・・・何でこんな・・・」
提督「おい、なぜ泣く?疲れすぎていたか?昨夜も様子が変だった」
―親潮は大粒の涙があふれている自分に気付いた。困惑・・・いや、不器用すぎる自分が悲しいのだ。そして、そんな自分に気付かないで、変わりなく優しい提督の気遣いが、嬉しく、少しだけ胸が痛む。
親潮「だっ、大丈夫です。ちょっと疲れているんでしょうか?」
提督「これは疲れ・・・ではないな。親潮、何を無理している?その眼は自分の心を強く抑え込んで限界を迎えた者の眼だ。何度か見た事がある。おれに言える事なら・・・いや、言えない事でも、楽になれるなら、正直に話してくれ」
親潮「いえ・・・」
―大丈夫です!と言いかけて、言えなくなった。飾り気のない提督の眼が、自分をとても心配しているのに気づいたからだ。中途半端な嘘は、この後の時間全てを台無しにしてしまうかもしれない。
親潮(どうしよう・・・)
―最初は、それでも大丈夫ですと言ってこの場をやり過ごすべきだと思っていた。しかし、それは自分の未来を何か決定的に暗いものにする気もしてしまう。胸が締め付けられそうだった。勇気を出すなら、今ではないのか?
親潮「あの・・・」
提督「どうした?」
―提督の眼は、それがどんな話でも聞く、という覚悟が見て取れた。親潮はこの武骨な提督の密かな優しさをよく知っている。親潮は深呼吸した。
親潮「本当は、本当はとても嬉しかったんです!司令と一緒で、二人っきりで、お風呂に行ったり食事をしたり、お話をしたり。でも、うまく話せなかったり、どこまで心を開くべきなのか分からなくて、お話もうまくできなくて、飲み過ぎてこんなにご迷惑をかけて・・・」
―「好き」という言葉はどこにもないが、親潮の真剣な告白は、その気持ちがそのまま提督に伝わった。
提督「なんてこった・・・」
親潮「えっ?」
提督「いつもあんなに献身的だったのは、そういう気持ちを持っていてくれてたからか。驚いた。みんないい子だが、誰かに・・・いや、君にそういう気持ちを持たれているとは気づいていなかった。鈍い男で済まんな」
親潮「いえ・・・そんな・・・」
提督「率直に言うが、まず話題が無くても構わん。おれはそういう男だ。・・・それから、君の事は、秘書艦をしてもらっているが、見ていると元気が出るのだ。しかし、最近までのあの膨大な資料の結果はやはり・・・」
親潮「はい。よくわかっています」
―最近、連戦連勝を続けている多くの鎮守府は、艦娘と提督の関係が親密に過ぎるようなところばかりだった。不自然な連戦連勝と、太平洋に展開する多数の新しい拠点。しかし、提督はそこに不信を感じており、親潮と共にある仮説を立てて、任務外の調査をしていたのだ。
―上層部は深海と内通し、風紀の乱れた鎮守府だけを太平洋に進出させているのではないか?という疑惑だ。そして、艦娘と提督のケッコンと、親密に過ぎる関係は、いずれ何か深海側に有利な効果を、こちらには不利な効果をもたらすのではないか?と、提督は推測していた。
提督「大して強くなかったはずの淫蕩な鎮守府のみが連戦連勝で太平洋に拠点を置き始めている。この予感が当たるとするならば、おれは自分の大切な艦娘たちと、迂闊に深い仲になるわけにはいかない。だから、おれは君らとの関係については考えないようにしている」
親潮「はい。よくわかっています。司令に迷惑をかける気はありません」ギュッ
―親潮は、胸が締め付けられる思いだった。
提督「だが、疲れた時はこうも思う。もしこんな疑惑が無かったら、総司令部が推奨している『ケッコン(仮)』について、誰を選ぶかなと」
親潮「っ!」
提督「まあ君しかいない。見ているだけで元気が出るのだから。提督を続けていられるのも、・・・皆も大事だが、君の姿を見て、君に『司令』と呼ばれるのが心地よいし、それだけでも提督を続けていられるというものだ」
親潮「!!」
提督「そして、おれが提督でいる限り、君を海に出して怪我をさせないでいることができる。皆が納得せざるを得ないような激務を命じて、な」ニコッ
親潮「あっ!司令は、そんな風に考えて、あたしをしばらく海に出さなかったんですか!?」
提督「怒るかい?」
親潮「複雑な部分もありますが、でも、とても・・・嬉しいです!!こんな・・・っ!」
―感極まって、また視界がぼやける。
提督「疲れているのもあるんだろうな。とりあえず、落ち着いて飯を食ってくれ。互いの考えが理解し合えたなら、時間はたっぷりある。お茶でも飲みながら世間話をするもよし、どこかに出かけるのも良し、だろう?」
親潮「はい!!」
―親潮は心が躍るようだった。司令が、自分の事を特別に、大切に思ってくれている!こんなうれしい事は無かった。
提督「気は楽になったかな?あとはゆっくり食べて、ゆっくり休んだらいい」
親潮「はい!」
提督「ああ、それと、風呂での件、重ね重ね、済まなかった。しかし・・・責任は取れる気でいるから、な・・・」
親潮「あっ・・・はい・・・!」カァッ
―全てが大きく進展した。心が何かふわふわする。親潮は提督が用意してくれた食事を食べ終えると、歯を磨き、再び眠ることにした。
―それからまた、時間が経ったようだ。
―パチ・・・ムクリ
親潮「あっ・・・もう夕方?」
―鎮守府の建物を取り囲む杉の木からは、ヒグラシの鳴き声が滝のように響いていて、長く伸びた木の陰の間の光は、明日も好天であることを示すように赤い。真っ赤な夕焼けだった。
親潮「あっ、寒い・・・何だか・・・」
―夕方になると自動で天水を屋根と天井にかける仕組みになっている鎮守府は、束の間大きく室温が下がる時間がある。強い冷房と相まって、部屋は肌寒く、暗くなりかけた部屋と夕日が、何とも寂しげな気がした。
親潮「変な感じ、こんな・・・寂しさを感じるなんて・・・」
―今はこの鎮守府に、自分と提督しかいない。静かなのは頭のどこかでは理解していたつもりだが、実際にこうなると、まるで誰もいない寂しい世界に置いてきぼりにされたような気がしてしまった。
親潮(なんだろう?とても寂しい・・・とても・・・!)
―バサッ
―親潮は急いで着替えると、執務室に急いだ。私室を自分が使っている以上、提督はおそらく執務室にいると思われたからだ。親潮はあわただしく歩く。
―ガチャッ・・・バタン
親潮「あっ!司令!」
提督「ああ、目覚めたのか?・・・ん?どうした?」
親潮「何だかとても寂しい気がしませんか?ヒグラシの鳴き声が」
提督「ああ、同じことを考えていたよ。子どもの頃だ。遊び疲れて昼寝をしてな、眼が覚めるとこんな夕方で、家になぜか人の気配がしない。寂しくて泣きながら台所に行くと、お袋がいてな。笑われたのを覚えている・・・ん?親潮」
―提督は驚いた。親潮は涙ぐんでいた。気丈な親潮が。なぜ?
親潮「・・・あっ、ごめんなさい。今までこんな事を考えた事も無かったのに、急に、すごく寂しい気がして・・・すいません!昨夜から、こんな・・・っ!」グスッ
提督「泣かなくていい・・・そうだな・・・」ツカツカ
―ギュッ
―提督は親潮に歩み寄ると、そっと、しかし強めに抱きしめた。無骨な提督の雰囲気からは想像もつかないような、優しい手つきだった。
親潮「あっ!・・・司令・・・!」
提督「暖かいな。何年ぶりだろう。暖かさを取り戻すと、急に寂しさを感じたり、失う事が怖くなる」
親潮「司令・・・」
―カナカナカナカナ・・・・・カチッ・・・カチッ・・・・
―遠くに近くに、交互に響くヒグラシの鳴き声と、時々聞こえる時計が時を刻む音。しかし、提督と親潮は互いの温もりを感じあい、時が経つのを忘れていた。
提督「・・・・・・」
親潮「・・・・・・」
―しばらくして・・・。
―ヒュルルルルル・・・・ドンッ・・・ドドンッ
―すっかり日の落ちた窓の外が、音とともに青白く光った。
提督「花火か・・・」
親潮「・・・そうですね」
―スッ
―二人は、そっと離れた。
提督「屋上は暑いが、見に行こうか?」
親潮「はい!」
―二人は、鎮守府の屋上に上がった。海にそそぐ川の河口に位置するこの街の、夏の花火だった。
親潮「わあ!とても綺麗ですね、司令!」
提督「そうだな。だがおれは、そうやって喜ぶ親潮を見ていたい」
親潮「司令・・・」カァッ
提督「なあ親潮、絶対に沈まないでくれよ?」
親潮「はい!約束します!」
提督「約束だからな?・・・しかし花火をこんな気持ちで見るとはな。夏ももうじき終わりか」
親潮「でも、まだ・・・夏ですね!」
提督「そうだな。大切な夏だ」
―こうして二人は花火を楽しみ、この日からは互いの事を良く話す関係になっていった。とても仲が良かったが、あくまでもプラトニックな関係だった。死よりも恐ろしい深海化を避けての事だった。
―そしてこの一年ほど後、この鎮守府はほぼ全滅する。提督は意識不明となり、親潮以外の艦娘は皆ロストしてしまう。大規模侵攻の防衛戦の結果だった。しかし、親潮はある実験に身を捧げることで、提督と再会する事となる。
―その顛末はきっと、最後の鎮守府の物語で語られる事だろう。
夏の終わりスペシャル「夏ですね」 艦
親潮主演!
でも状況的にエラーメモリーっぼいんだよな…
取り敢えず、本編での合流を急ごうww
全てはそこからだwww
更新楽しみにしてます!