「地図に無い島」の鎮守府 第二十八話 横須賀・後編
特務第八鎮守府の提督、ヨシノ婆さんは、科学者に「フレーム」の真実を見せられ、
「最強の矢矧」の無気力と関連付けて色々と考え始める。
予定を詰める悪癖のある提督は、横須賀鎮守府・第二部の榛名と会うが、
榛名の態度が非常に悪く、提督は榛名のスマホを叩き壊してしまう。
そこに現れる、ヨシノ婆さんと鳳翔。
演習場での艦娘同士の戦いと、武道館での提督と榛名の戦いが火花を散らす。
目の離せない勝負の行方と、底の知れない提督の強さとは?
今回はヨシノ婆さんが艦娘の状態を把握できる『S/Dフレーム』を見て、色々考え始めるところと、
演習場での榛名VS鳳翔、榛名VS金剛、
武道館での榛名VSヨシノ婆さん、榛名VS提督、のバトルが見所です。
のち、武術の修練をまったくやっていない鎮守府の艦娘の戦闘描写も出てきますが、経過も結果も大きく違います。
なかなか奥深い戦闘を楽しんでいただけたらと思います。
[第二十八話 横須賀・後編 ]
―横須賀総司令部地下、『S/Dアライメントフレーム管理室』
女科学者・藤瀬「・・・っと、これがヨシノさんの所の、特務第八鎮守府の主な艦娘のフレームですよ」
ヨシノ婆さん「・・・ああ、こりゃ、一目瞭然で納得だよ。そういうことだったんだね」
―ヨシノ婆さんが提督を務める、特務第八、福島沖特別警戒鎮守府の主なメンバーのフレームは、相当な練度を意味する長いフレームだったが、どれも『輝く』という表現ができるほどの輝度ではなかった。
女科学者・藤瀬「うーん、まあ、普通はこれくらいなんです。練度の伸びは素晴らしいですよ?」
ヨシノ婆さん「だが、輝いてない。そこは否定の仕様がないだろう?さて、こうなるとだ、あたしとあの男の、どこが違うのか、何がダメなのか?という部分を検証せにゃならんが・・・」
女科学者・藤瀬「いやー、どうでしょう?実際、ヨシノさんほど艦娘の練度を上げて、これくらいの輝度を維持してる人はいないんですよ?」
ヨシノ婆さん「そうは言ってもね、これじゃあ、色々考えさせられるよ。ふーむ、まあいい。とりあえずこの後、榛名とも合うし、またあの男と出くわすだろ?その後に色々考えるさ」
―ヨシノ婆さんは、矢矧の妙な無気力と、この輝度が明確に反映していると感じ取っていた。海に出さない判断は正解だったが、このままにしては置けない。が、何かできるかと言えば、何も思いつかなかった。出来ることは全てやってきたつもりだったのだ。
―ヒトハチサンマル(18時30分)、総司令部ロータリー。提督と時雨は公用車から降りた。
提督「さてと、その艤装服のままじゃ、寒いだろう?」
時雨「うん、正直ちょっと寒いかな」
提督「ちょっと待っててくれ」
―提督は周囲を見回し、電話をかけようとしたが、次にロータリーに入った公用車から如月が出てきた。
如月「司令かーん、良いタイミングね、買い物終わったわ!あっ、あなたが時雨ちゃんね?よろしく!秘書艦見習いの如月です」
―続いて、扶桑と山城も公用車から出てきた。山城は何かを言う前に時雨に駆け寄ると、抱きしめる。
山城「姉さま、時雨よ!」ダッ!ギュッ!
時雨「あっ!山城、いきなりだね!」
扶桑「時雨、おかえりなさい。似合うかしら?」
―山城は時雨を抱きしめ、扶桑は自分が身に着けていた、真新しいマフラーを時雨に巻いた。
扶桑「如月が選んでくれたカーディガンと、山城が選んだセーターもあるから、早く温かい恰好になさい。日が落ちて、だいぶ冷えてきたわ」
時雨「・・・うん、ありがとう。あれっ?」ジワッ
―時雨は、提督と施設で話した時のような冷静さが無くなっていた。理由の分からない涙があふれてくる。
時雨「あれ?・・・ごめん、なんか、止まらないや」ポタタッ
提督「扶桑、山城、時雨の事を頼めるかな?これから何人かで、すぐそこの横須賀鎮守府の第二部に行ってくる。時雨と落ち着いて待っていてもいいし、後で一緒に来てもいい。みんなはどこにいる?」
如月「たぶん、みんなそこの司令部の喫茶ラウンジにいると思うわ」
提督「ふむ。じゃあちょっと行ってくる。時雨、この後ちょっとした勉強にもなるが、せっかくの再会でもある。だから、行動は扶桑たちに話して、好きにしてくれ」
時雨「司令官はどこに行くの?」
提督「ちょっと孤独なお姫様に会ってくるのさ。噂くらい聞いたことが有るかもしれないな。ここの第二部所属の榛名だよ」
時雨「えっ?あの子を異動させるつもりなの?」
提督「条件が整えばな。どうなるかはわからないが」
時雨「・・・君はやっぱり、自信家な気がするなぁ」
提督「むしろ、無謀と言ってくれ。じゃあまたな!」
―提督は司令部の喫茶室に入った。年末のせいか、地味に客が多い。飲み会の待ち合わせなどもあるのだろう。
金剛「あっ!提督ゥー、おかえりデース!見ていましたよ。時雨を連れてきたんですネー!・・・という事は、この後いよいよ榛名との顔合わせになるの?」
提督「そうだな。なかなか予定が押してしまっているが、榛名に特に何も任務がないのは確認しているから、さっさと行こうか」
―こうして、提督は扶桑、山城、如月、時雨以外の艦娘たちと、横須賀鎮守府・第二部の建物に向かった。
―横須賀鎮守府・第二部詰所。
提督「なんか、ずいぶん陰気な建物だな。今はほとんど活動していないとはいえ、これほどとはな・・・」
―かつては洒落た外装の建物だったようだが、明かりのついている窓もほとんどなく、廃棄予定の備品は敷地の隅に山になっており、省電力のために外部照明も控えめにされたせいで、都心部の古くなりすぎたマンションのようなくたびれ感が漂っている。受付室もカーテンがかかったままで、長いこと使用していない雰囲気が感じられた。
川内「んー、ここに本当にあの榛名さんがいるの?」
神通「人の気配もほとんど感じられませんね・・・」
那珂「うう、那珂ちゃん、アイドル目指してるけど、こうなったらきっついなぁ・・・」
―堅洲島のメンバーのにぎやかな雰囲気を感じ取ったのか、建物内のどこかでドアの開く音がし、足音が近づいてきた。
??「珍しくにぎやかだと思ったら、あんたたち、どこかの鎮守府の挑戦者かしら?珍しいわねぇ」
―女言葉だが、声は男だ。廊下の角からぬうと姿を現したのは、ぴっちりしたデニムにTシャツの、筋骨隆々の金髪の・・・オネェな男性だった。
提督「お騒がせしてすみません。特務第二十一号鎮守府の提督です。『異動に関する挑戦者、いつでも求む』という、ここの榛名の件で来ました。彼女はいますか?」
オネェな男性「あーら!まだそんな気骨のある提督さんがいたのねぇ!あ、アタシ、横須賀鎮守府・第二部の専属スタイリストで、川野と申しますの。一応軍属なのよね。でも嬉しいわぁ!榛名ちゃんったら、すっかりやさぐちゃってて、もう挑戦者なんて現れないと思っていたのよね。彼女、もう起きる時間だから、声をかけてくるわ。待っててね!」ダッ
叢雲「濃い・・・」
提督「濃いな」
足柄「でも、いい人っぽいわね」
暁「・・・ちょっとよくわからないんだけど、どういう事なの?あの人、どう見ても男で、筋肉もすごいけど、言葉がレディなんだけど」
漣「身体が男でも、素敵なレディなのよ、きっと」
金剛「まあ、そういう人もいるという事ですネー・・・」
暁「・・・司令官、世の中っていろんな人が居るのね」
提督「そうだな。そういう認識は大事だよ」
―しかし、遠くから言い争う声が聞こえてきた。というよりも、誰かが一方的にまくし立てているようだ。
??「知らないわよ!こんな時間に勝手に来て・・・」
男の声「でも、いつでもいいって言っていたのは榛名ちゃんでしょ?そもそもあなた、昼間は寝てるじゃないのよ」
??「ああもう、わかったわよ!」
―明らかに不機嫌そうな、乱暴なドアの音と共に、さっきの男性の足音と、軽めだが不機嫌そうな足音が近づいてきた。どんなやさぐれた榛名が姿を現すのか、とみんな思ったが、廊下の角から姿を現した榛名は、その予想とは真逆だった。
那珂(うわ、綺麗な人!全然やさぐれてない感じ!)
金剛(あ、これは油断できませんネー。あの口調でこの整った雰囲気ですカー。相変わらず厄介な子ですネー・・・)
川内(強いよ、この人・・・)
神通(あの口調なのに、咲き誇る桜のようなこの感じ。・・・芸能もちゃんと自分のものにして、そのうえで退屈しているんですね)
叢雲(何かしら、明らかに余裕を感じているのが、気に入らないわね・・・)
足柄(ふーん、鼻っ柱をへし折ってやりたくなるじゃない!)
漣(金剛型のカチューシャを外してる。わざとかな?)
磯波(綺麗で、強そうな人だなぁ。提督と金剛さんは、こんな方と勝負する気なんですね・・・)
榛名「こんばんは。特務第二十一号の提督さんと皆さん。せっかく来てくれて申し訳ないんですけれど、時間の無駄なんで帰ってもらえますか?」ニコッ
一同(・・・え?)
叢雲「ちょっとアンタ!」
―普通、叢雲は提督以外の他人をアンタ呼ばわりは絶対にしない。
足柄「・・・あら、聞き間違いかしら?凄く舐めた事を言っているように聞こえたけれど」
暁(あ、足柄さんが怒ってる!)
榛名「じゃあ榛名、わかりやすいようにもう一度言いますね。私の相手になる人なんていないし、時間の無駄だからお引き取り下さいって言っているんです。わかっていただけましたか?」ニコッ
那珂(うわぁ、アイドルの輝くような笑顔でひどい事言ってる・・・)
川内「やってみなきゃわかんないでしょ?そんなの」
神通「無礼が過ぎるんじゃないですか?」
スタイリスト「ちょっと榛名ちゃん?その言い方と態度は無礼すぎるんじゃないかしら?アタシ、怒るわよ?」
榛名「スタイリストさん、怒るだけ無駄よ。エネルギーがもったいないわ。お客様だって急に訪れてきたんだもの。その日、予定通りに事が進まないことくらい想定しているでしょ」カチッ、シュボッ
一同(タバコ吸ってる!)
―榛名はスマホを取り出すと、壁に寄りかかり、そこにいる堅洲島のメンバーなど気にも留めずに、誰かとSNSを始めた。
金剛「ちょっと!」
曙「榛名さん、私たちの事、馬鹿にし過ぎじゃないの?」
―しかし、榛名は、そこに誰もいないかのような態度でスマホの操作を続けている。
漣(いや、ちょっとこれ、流石にないでしょ)
提督「ふっ・・・神通、背中の包みを貸してくれ(小声)」
神通「・・・」
―神通は怒りに震えているのか、提督の小声に気付かないようだった。
提督「神通ってば」
神通「あ、すいません!どうぞ」スッ
提督「おう、サンキュ!」
―提督は神通の持っていた包みから、木刀を取り出した。
―ビシッ、バゴシャッ!
榛名「あっ!」
スタイリスト「ええっ!」
提督以外のメンバー「・・・え?」
―提督は木刀を横なぎに一閃し、榛名のタバコの火を消しつつ、榛名のスマホを粉々にした。
提督以外の堅洲島メンバー(いきなりスマホを叩き壊したー!?)
榛名「・・・な、なんて事するのよ!」
提督「そりゃこっちのセリフだ。非礼に対する礼無し。自分とこの子であろうがなかろうが、礼儀のなってない艦娘をしつけるのも提督の任務だからな。ああ、スマホ代は払ってやるよ。おつりはお駄賃にして飴でも買いな。喫えないタバコより、そっちのがお似合いだよ」バッ
―提督はそういうと、財布から取り出した万札数枚を、榛名に渡そうとした。
榛名「いらないわ、こんなもの!」バシッ!
―今度は提督の万札がはたき落とされ、床に散らばった。
曙「さっきからなんなの?榛名さん!」
榛名「バックアップなんか取ってないのに壊されたら、友達のデータも全部消えるわ。それはどうしてくれるの?」
提督「そんなんどうでもいい。というか無価値だな」
榛名「はぁ?」
提督「こんな礼儀知らずの女の友達なんか、どうせゴミクズだろ。ゴミクズとの繋がりに値段をつけてその分を請求したけりゃ、そうしろ。いくらでも払ってやる。お前の態度はそういう事だ。友達まで馬鹿にされるって事だよ」
榛名「提督・・・あなた、私を、榛名を異動させたいんでしょう?万が一勝ったとして、こんな感じで良い関係なんて成り立つと思う?」
提督「成り立つさ。命令はきっちりこなすんだろうしな。それ以上でもそれ以下でもない。むしろ、そんな態度取っておいて、異動してから泣き言を言うつもりか?」フッ
榛名「・・・いいわ。相手をしてあげる!久しぶりに本気でやれそうね」
初風(何かしら?提督、ちょっと楽しそうに見えるわね。気のせい?)
??「ちょっと待った!」
提督「ん?」
ヨシノ婆さん「盛り上がっているところ、悪いがね、榛名との立ち合いの話は本来、最初にうちに来ていたんだ。立ち合いは最初にウチにやらせてもらうよ?」
金剛「そうだったんですカー?」
提督「そういう事なら、うん、いいですよ副村提督」
ヨシノ婆さん「おや、いいのかね?うちが榛名を連れてっちまうかもしれないんだよ?」
提督「おれはそこの礼儀知らずの性格ブスとは違うんで、筋くらい通しますよ。ましてあなたは女性で、年配者で先輩だ。筋を通さない理由がない」ニコッ
ヨシノ婆さん「ほう、そりゃありがとう。若かったら一度くらいデートしたい気分だよ。ふっふ」
提督「はは・・・」
特務第八の鳳翔「ふふ、提督ったら(この方の事、少し気に入ってますね。機嫌が良さそうです)」
榛名「なっ!性格ブスですって?」
提督「誰も君の事とは言ってないが、自覚があるなら直した方が良いな」
榛名「・・・」
提督「まあ、君だが」
榛名「この・・・!」
漣・叢雲「くっ・・・」プルプル
足柄「ふふ。提督、あなたって言う時はかなり言うのね。誰にでも優しいのかと思っていたわ」
金剛「ちょっとビックリですネー。優しいばかりじゃないんですネー」
提督「相手によって変わるさ、こういうのは」
ヨシノ婆さん「じゃあ榛名、そういう事で良いね。河岸を変えようか。まず、特殊演習場でうちの鳳翔と、次に、特務第二十一の子と模擬戦をしてもらう。次に、武道館で私と、次に、アンタの嫌いなその提督と立ち合ったらいい」
榛名「わかったわ。どうせ結果なんてわかりきっているもの」
ヨシノ婆さん「ほう、楽しみだねぇ」
―少し後、横須賀鎮守府・特殊演習場(プロトタイプ)。
―ここの特殊演習場は、完全にVR化された堅洲島のものと違い、鎮守府に面した海面を大きな隔壁と天蓋で覆い、大型機械でリアルな戦場を再現できるようになっている。波の高さ、天候、波高、はもちろんのこと、気温まで変更可能だ。艤装も本物を展開する必要がある。
鳳翔「では、榛名さん、よろしくお願いいたしますね」
榛名「さっさと始めるわ。時間は昼間、海域条件は『最適化された航空戦条件』から、マイナス2ほどでどう?」
鳳翔「いいんですか?私も随分軽く見られているんですね・・・」
榛名「それはこちらのセリフよ。軽空母で私を沈めるなんてね。てっきり、矢矧が来るかと思っていたのに」
―榛名はそう言うと、演習場の反対側の出撃船渠に立ち去った。
ヨシノ婆さん「・・・じゃあ、始めるよ?」
自動音声アナウンス『ただいまより、単艦演習を開始いたします。季節、初夏。気温26度。波高1メートルから3メートル。空母側に若干の有利な風向・風速が発生いたします。ランダム条件変化発生は無し・・・』
―鳳翔は艤装を展開して、薄明りの演習場の海面に立った。少し待つと、急に明るくなり、アナウンス通りの戦場が展開する。榛名も艤装を展開して、海上に立ったという事だ。だがもちろん、まだ姿は見えない。演習場のジャマー機能により、索敵に成功するか、視認可能距離まで接近した事にならないと、その姿は見えない。
鳳翔「まずは・・・」
―鳳翔は零戦62型(爆戦/岩井隊)を発艦させ、扇状に展開させた。この気象条件なら、十分に索敵可能だと思ったからだ。実際、榛名はすぐに見つかった。艦載機の妖精を通して、鳳翔に榛名の様子が見えてくる。が、それはすぐに消えた。撃墜されたらしい。
鳳翔(当たり前ですが、対空兵装が充実していますね・・・)
―すぐに次の艦載機の視界に切り替える。同時に、榛名の航路を予想して、なるべく距離を取って移動しつつ、もう一体の零戦62型(爆戦/岩井隊)を発艦させた。が・・・。
―バフォッ!
―しかし、発艦してすぐ、三機程が空中で火に包まれて撃墜され、目前の海域に小さな沢山の火の粉が落ちてきた。
鳳翔(三式弾の先読み撃ち?動きを読まれているの?)
―こちらはまだ、見つかってはいないはずだ。が、何か嫌な予感がする。
鳳翔(また撃墜された!)
―最初の12機の爆戦は、既に残り5機だ。少し距離を取り、二隊目と合同で畳みかけるべきか?鳳翔はそう判断し、最初の五機を旋回させ、後方に下げようとした。が、その時榛名は急に進行方向を変え、爆戦を追いかけつつ対空射撃を続けた。
鳳翔(いけない!)
―榛名はおそらく、自分の位置を確信していると気づいた。経験と読みの組み合わせだろう。鳳翔は切り札の彗星(601空)16機を発艦させ、あえて大回りさせた。正面から爆戦、側面か後方から彗星で榛名を撃沈する考えだ。が、ここで榛名は最大戦速まで加速し、今の鳳翔の位置めがけて突っ込んでくる。
榛名「見つけたわ!やっぱりそこね。・・・そこしかないもの」ドッ!
―鳳翔の左右に水柱が立った。
鳳翔「やっぱり、一筋縄ではいきませんね。・・・でも、それくらい想定してないとでも?」
榛名「夾叉ね。もうおしまいですよ?」
鳳翔「爆戦一斉攻撃、かかれ!」
―緩降下爆撃とはいえ、第一、第二合わせて16機の爆戦の一斉攻撃は、そう簡単にさばけるものではない。何発かは命中し、榛名にダメージを与えたが、構わずに榛名は突っ込んでくる。
榛名「なんの!様子見が命取りだったわね。雷撃も爆撃もさせないわ!」ドドドン!
鳳翔「くうっ!しかし、まだです!」
―鳳翔は回避行動をとらず、あえて突っ込んだ。榛名は経験の量が違い、おそらく回避行動込みで命中させるつもりで砲撃したはずだ。鳳翔はそこに賭けて、あえて回避せずに前進する。その読みは当たり、全て至近弾で直撃は回避できた。
榛名「そういう姿勢、尊敬に値しますね。でも!」ドドウッ!
鳳翔「間に合って!彗星、一斉爆撃!」
―爆戦による何発かの命中弾で、榛名の足と砲撃速度が、少しだけ落ちている。そこに彗星601、16機が押し寄せてきたが、既に榛名と鳳翔の距離は、練達の戦艦の砲撃が外れる距離ではなかった。
―ガガンッ!
鳳翔「くうっ!」
―ドドドドガンッ!
榛名「少し、練度が高かったみたいですね」
―鳳翔の飛行甲板と弓が吹っ飛ぶ。が、その一瞬遅れで榛名にも爆撃が命中し、その後艦載機が消えた。
提督「いや、これはいい勝負だぞ!」
自動音声『勝敗の結果を判定いたします。榛名、中破。主兵装使用可能。鳳翔、中破。艦載機発着不可。よって、榛名の戦術的勝利といたします』
ヨシノばあさん「うちの鳳翔がここまでやられるとはね。口だけじゃないお嬢ちゃんだよ」
―演習用ゲートから鳳翔が、続いて榛名が出てくる。
榛名「さ、次は誰ですか?」
鳳翔「すみません提督、負けてしまいました」
ヨシノ婆さん「そんな事ないさ。良くやったよ。あの子がちょっと、強いんだろうね」
提督「いや、素晴らしい戦いだったよ。うちの空母勢も連れてくればよかった。あそこまで戦うとは」
鳳翔「そんな、恐縮です」
金剛「見事な戦いでしたネー!じゃあ、私が仇を取って来マース!いいですか提督ー?」
提督「ん、行ってきなよ」
金剛「あのー、たぶん負けないと思うんだけど、勝ったら何かご褒美出るノー?」
提督「そうだな、無茶な事でない限り、多少の御願いは聞くってのはどうだろう?」
金剛「わっかりました!燃えてきたヨー!」
榛名「・・・ふん」
―金剛は41センチ連装砲×2、零式水上観測機、九一式徹甲弾という組み合わせだ。
自動音声『単艦演習モード、ランダムで昼間戦シチュエーションを選択中。各艦は訓練艤装デッキについてください』
自動音声『季節設定、初夏。気候条件、梅雨前線接近中。気温24度、風向ランダム、風速3~7メートル。波高2~3メートル。演習を開始します』
―金剛は曇り空の、やや荒れ始めた海の上にいた。少しずつ雨が降り始めている。
―金剛は周囲を見回したのち、少し指を鳴らすと、腕を組んで目を閉じ、そのまま微動だにしなくなった。
提督「・・・ほう」
ヨシノ婆さん「ああ、流石姉だね。榛名の『後の先』も、相手の出方の蓄積も、これでは意味をなさないよ。少なくとも射程距離まで出なくちゃならないし、索敵は・・・難しくなりそうだね。互いを確認してからの殴り合いか」
榛名(あの提督、よりによって姉さん・・・金剛を連れてくるなんて。やりづらい男ね)
―榛名は零観を飛ばして微速で進み始めた。しかし、なんの気配も感じられない。これは、金剛が怒っている時の特徴だ。怒ると静かになり、そんな時が一番厄介だ。
金剛(さてと、榛名がどれくらい実戦を知っているかですネー。訓練には慣れ過ぎるくらい慣れているようだから、ちょっと様子を見マース)
―金剛は何となくだが、先ほどの戦いを見て、榛名が深海相手よりも艦娘相手の戦いに長けているような雰囲気を感じていた。波のうねりを読み、波の谷間だけを移動しつつ、榛名との距離を詰めていく。ただし、それは超微速で、だ。
榛名(居ない。どういう事?)
―零観をあまり低空には下げられないが、かと言って雨の降り出している空だ。天候はこの後悪くなる。しかし、金剛は見つけられない。
怒った時の金剛は大抵、全速力で一直線に向かって来て、小細工抜きの殴り合いをするものだ。
榛名(少し、嫌な予感がする・・・)
―榛名の態度に艦娘たちは怒っていたが、スマホをたたき割った提督は、それほど怒っていなかった気がする。当然、艦娘たちもその提督の空気を読んでいるだろう。
榛名(あの提督もあの子たちも、何だか読みづらい。・・・よし)
―榛名は悪化して来た天候を見て、零観を収容した。いつでも射撃できる態勢にし、わずかに斜めに微速前進する。
ヨシノ婆さん「これはまた・・・緊張する戦いだね。あんたのところの金剛は強いんだろう?」
提督「練度も高いし、青ヶ島で育ってきた金剛ですから、実戦経験も豊富です。が、こういう戦い方を見るのは初めてですね」
鳳翔「慎重な戦い方をする金剛さんですね」
足柄「へぇ、うちの金剛さん、猪突猛進じゃないのね。提督の影響かしら?」
榛名「・・・いた!」
―榛名は一瞬だけ、左手の波の谷間に金剛の姿を見た。が、砲撃できるタイミングではなかった。
榛名(こちらに気付かずに、微速で移動していた?)
―ドドン・・・バシャッ!
―が、次の瞬間に砲撃音が聞こえ、榛名の背後の海面に着弾した。
榛名(まずい!先に見つかっていた?)ザッ
―榛名は急加速して金剛の背後を取るべく、やや大回り気味の経路で移動しようとした。が、さらに次の瞬間、すぐ横の波の山が下がると、金剛が現れた。
金剛「榛名、香水がちょっと強過ぎネー」ドドドドンッ!
榛名「風下!そうかそれで!くっ!」ガガガンッ・・・
自動音声『榛名、艤装中破』
金剛「私、ちょっと怒ってますから、すぐには終わらせませんヨー?あなたのお姉ちゃんですからネー」
榛名「させません!」ドンッ!ガッ
金剛「さすがネー。ダズルでうまく仰角を誤魔化していたんですね。一門は水平射可能にしているのは、いい心がけデース」スッ
自動音声『金剛、艤装小破』
―金剛の艤装に榛名のダズル砲が命中したが、角度が悪くはじかれた。いや、金剛がそういう位置取りをしていたらしい。そして次弾装填の合間に、金剛は再び波の谷間に消えてしまった。
榛名(かわそうともしなかった。強い!)
ヨシノ婆さん「あの金剛、武術の心得が相当あるね。戦い方が違う」
提督「・・・強いな」
―榛名は、今戦っている金剛に、かつての自分の姉や、演習した事のある金剛とは異質なものを感じ取っていた。パターンが違っていて、読めないのだ。
榛名(まずい。動いていいのか、ダメなのかがわからない)
―再び、すぐそばの波の谷間から、金剛が現れた。
金剛「戦場で動きを止めていいのは達人だけネー。格上ばかりの戦場や、乱戦状態では、ひたすら走らないと死神に追いつかれますヨー?」ドドンッ
―ガンッ!
―榛名の左側の艤装の砲塔が吹き飛んだ。
自動音声『榛名、艤装中破ダメージ累積』
榛名「くうっ!移動していなかったの?」ドンッ
―残る一門の砲で撃った砲弾は、金剛が躱さなくても当たらなかった。照準がダメになっているせいだ。
金剛「あなたの姉が、なぜ妹から逃げる必要があるノー?」
榛名「くっ!さっさととどめを刺してください!」
金剛「嫌。そんな悲しい事を言わないで。負けだと思うなら、そう宣言すればいいデショー?」
榛名「私は負けたって思っていません!」ザバッ!ガッ!
金剛「うっ!」
―榛名は破れかぶれで金剛に殴りかかったが、金剛はそのまま、頬で受けた。
一同「ああっ!」
榛名「・・・なんで、避けないの?」
金剛「妹が理不尽で苦しんでいるのに、それを受け止めない姉がいるの?」
榛名「・・・ごめんなさい」
―ヨシノ婆さんが観戦席の端末を操作し、演習中の二人に話しかけた。
ヨシノ婆さん「どうだい、まだやるのかい?これは艦娘としての演習だ。そういう戦いがしたいなら、あたしや、特務第二十一の提督が相手になるがね」
榛名「・・・私の負けでいいわ。負けです。私の」
金剛「殴り合いたいなら、いつでも相手になるからネー」
榛名「あなたは本気で、私の姉になるつもりなの?」
金剛「もちろんデース!ずっと一人ぼっち・・・ううん、もっときつい環境に居ましたからネー。今後もいつでも相手になりマース」
榛名「なんだか、調子が狂います」
―榛名と金剛は、艤装を解除してゲートを出てきた。
提督「どうする?この後、おれや副村提督とやり合う気力はあるかい?万全な時の方がいいかな?とは思うんだが」
榛名「演習は艦娘の心身になんの疲労も残しません。提督の一人や二人、まして、あなたくらいねじ伏せるのはなんて事ないですよ」
提督「ほう、予定が詰められて助かるよ。では移動しよう」
金剛「提督ゥー!見ててくれたー?」
提督「見た見た!すんごい強いのな。感心したぞ?」
金剛「以前と違って、好きなだけハートを燃やせますからネー!でも、私よりはるかに強い提督の活躍、楽しみにしてマース。無理はしないでくださいネー?」
提督「ありがとう。任せとけ」
榛名(金剛姉さんより強い?あの提督が?)
ヨシノ婆さん(これは面白くなってきたね!)
―横須賀総司令部、武道館。
ヨシノ婆さん「さて、と。じゃあ、あたしから行こうかね。鳳翔、薙刀を出しとくれ。特務二十一号の提督さん、合図を頼むよ」
―立ち合いは、三分以内に一本を取ること。これの三本勝負という事に落ち着いた。
鳳翔「では、こちらをどうぞ、提督」
榛名「薙刀ですか。では、榛名は棒術の棍でお相手いたします」
提督「諒解した。では、双方よろしいかな?三本勝負でいこう。・・・立ち合い、開始っ!」
―ヨシノ婆さんは薙刀の切っ先を榛名に向け、中段で構えた。対する榛名は棍のほぼ重心付近を持ち、攻守どちらにも転じられ姿勢でいる。しかし・・・。
榛名(このおばあちゃん提督、強い!)
―薙刀の切っ先からの威圧感が普通ではなく、榛名は切っ先より向こうのヨシノ婆さんが、刃先に隠れて、見えなくなるような錯覚を感じた。相当な達人の証拠だ。
ヨシノ婆さん「ふぅ、歳を取ると気が短くなってダメだ」
榛名「え?」
ヨシノ婆さん「キイエェェェェェ!」ビュン・・・ガッ・・・ピタッ
―ヨシノ婆さんは、石突がわで榛名の棍を跳ね上げると、流れるような動きで薙刀を榛名の首のわきに寸止めした。
提督「一本!」
榛名「見事です!しかし、次はこうはいきません」
提督「二本目、はじめ!」
榛名「はっ!」ヒュッ、ビュン、ビシッ!
―榛名は気迫を込めた一撃を出す、という動きをし、ヨシノ婆さんがそれを受けようとさばいたが、それはフェイントで、行き過ぎた薙刀の隙をつき、榛名の棍がヨシノ婆さんの喉もとで止まった。
提督「一本!」
ヨシノ婆さん「おおう、やるね!殺気でフェイントとは、やるじゃあないか」
提督「速攻か。なるほど。・・・では、三本目、はじめ!」
―今度は激しい攻防になった。薙ぎ払い、体当たり、突き、受け・・・。教科書通りの技に、それぞれ変化も組み込まれている。
提督(ほぉ、これは見ごたえがあるな)
神通(なんて高次元の戦いでしょうか?すごい!)
那珂(んー、これは決着つかないね)
―激しい攻防のまま、三分が経過した。
提督「それまでっ!時間経過により引き分けとする!」
ヨシノ婆さん「はあっ、はあっ、くっ、噂は伊達じゃ無いね。なかなか強いじゃあないか」
榛名「いいえ、あなたこそ。今までで一番強い提督です」
提督「まあ、すぐにそれが二番目になるがね」
ヨシノ婆さん「・・・そうなるかもしれないね。楽しませてもらうよ」
榛名「大した自信ですね。私、手加減しませんし、大怪我しても知りませんよ?」
提督「できもしない事を心配するなよ」
榛名「一応、言質は必要ですから、この書類にサインしてから立ち合いをお願いします」スッ
―榛名は簡易的な誓約書を出してきた。戦った末に大怪我をしても、最悪死んでも、榛名の責任はない、とする内容だ。榛名はこの書類を、中途半端な覚悟の提督への判別と、半ば嫌がらせで用いていた。
提督「いいだろう。で、おれが三本全て取ったら、君はどうしてくれるんだ?」
榛名「異動して、榛名らしく敬語で丁寧に仕えるのはもちろんのこと、今夜のうちに裸に剥いて好きな事をするなり、何でも言う事を聞いてあげるわ。それも二つね。私を屈服させるとはそういうことですから。負けたら、あなたも、私の言う事を何でも二つ聞いてもらいますけれどね」
提督「手っ取り早くていいな。うん、いいだろう」カキカキ
―提督は、榛名の嫌がらせ書類にサラサラとサインをした。但し、名前ではなく役職名だが。
川内「あはは、提督全然気にしないでサインしちゃってる」
提督「年末年始の客人が増えそうだな。さあ、始めるか!」
神通「あ、提督、木刀をどうぞ」
提督「サンキュ。しかし、一本目は無しで行く」
榛名「ずいぶん馬鹿にしてくれるんですね?」
提督「いーや、鍛錬だな。技も使わないと錆びるから。気にしないでやってくれ」
ヨシノ婆さん「では、双方いいかい?一本目、はじめ!」
榛名「はあっ!」ダッ・・・ビュン
提督「!」パシッ!
榛名「えっ?」
―榛名は棍を振り下ろし、二撃目で突きを放つ予定だったが、振り下ろした手に棍は無く、いつの間にか提督が榛名の棍を手にしていた。
ヨシノ婆さん「なんてこったい!初めて見たよ。『無刀取り』かね?」
提督「我流だけど、多分それに近いかな。さ、奪った武器は捨てて、と」ポイッ
―提督が場外に捨てた棍を、神通が受け取った。
提督「そのまま戦ってもいいが、今のはまだ一本にしないでおく。かかって来なよ」
榛名「馬鹿にして!もう知りませんよ?」ダッ
―榛名は間合いを詰めると、提督と素手の応酬に持っていくように見せかけて、提督の足を踏み、そのまま押した。後頭部を強打するだろうが、もうどうでもいい。このイラつく男を黙らせてやりたかった。が・・・。
―提督は倒れ込みながら、榛名の艤装服の千早を掴み、絡めて引っ張ると同時に左足を榛名のみぞおちのあたりに当て、変形巴投げに持って行った。
榛名「うそっ!」ドガシャア!
ヨシノ婆さん「なっ!場外、一本」
―榛名は思いっきり投げ飛ばされ、積み重ねてある卓球台を派手に壊しながら、さかさまにたたきつけられた格好になった。準艤装のせいで、榛名は怪我をしないが、卓球台が幾つか、ほとんどバラバラになる。
提督「つまんない技を使うなよ。反則技ってのは結局、カウンター技も多いもんなんだぜ?」
榛名「うっ・・・くっ!」
提督「本当にパンツがダズル柄なんだな。可愛らしくていいと思うが」
榛名「あっ!この・・・!」
―榛名は慌ててスカートを手で押さえつつ、姿勢をもどした。
提督「神通、次は木刀を使う。渡してくれ」
神通「はい、どうぞ」
―榛名も棍を構えた。
ヨシノ婆さん「二本目、はじめ!」
提督「色々辛いみたいだが、果たしてそれはどれだけの重さか?・・・七撃耐えてみてくれ。そうすれば勝てるかもな」
榛名「えっ?」
提督「一!」ビュボッ!
榛名「くうっ!」ガッ、ビリビリ
―提督は右手でのみ握った木刀を、袈裟斬りの軌道で振り下ろした。榛名はそれを棒で受けたが、感じた事のない重い一撃で、手がしびれかけた。
榛名(これを、あと六回も?)
提督「二!」ブンッ!
―一瞬、背を見せたかと思うと、渾身の横なぎが来た。これも受けるが、すさまじく重い。
榛名(なに?なんなのこの重さは?)
提督「今のその理解できない重さが、提督の剣の重さってやつだよ。さあ、一撃くらいはおれも受けてやる。榛名の怒りでも何でも、全部込めて打ち込んでみたらいい」
榛名「大怪我しても知りませんよ?」ブンッ!
―ガッ
―提督は、榛名の大上段からの渾身の振り下ろしを、両手持ちに変えた木刀で受けた。受けながら肘を曲げ、ひざを折り、膝をつく。
提督「・・・ん、なかなか重い。辛かったんだな。だが、背負える」
榛名(背負える?この人は何を言っているの?私の怒りを、苦しみを、孤独を、背負えると言ったの?)
提督「三!」ガシッ
榛名「くうっ!」
―上段を棍で止めたが、あと四撃止める前に、棍が折れそうだ。躱すことが出来るほど、甘い太刀筋でもない。
那珂(正統派の剣技に、カウンターに、今度は防御無視の攻撃かぁ。提督は引き出しが広いなぁ)
川内「神通、うちの提督って、本当にすごかったんだね・・・」ゾクゾク
神通「でも、戦い方の幅が広くて、提督の太刀筋が全然わかりません。金剛さんとの立ち合いでは、閃光のようでしたが、今のは剛刀そのものです。カウンターにも長けているようですし、最も得意とするスタイルはどれなんでしょう?」
初風(かっこいい・・・)
ヨシノ婆さん(十人、二十人程度じゃ無いね・・・この男、人を斬りながら自分を鍛えていったね。鍛錬で到達できる次元じゃないよ。しかし、何か虚ろだ。だから剣が濁らず、冴えている。皮肉な剣だね)
―榛名は困惑していた。まず、打ち込めない。打ち込もうとしても、棍ごと、場合によってはへし折りつつ、すさまじく早い防御無視の攻撃が打ち込まれる。防御に徹しても、もう棍がもたない。
榛名(なんてこと!手も足も出ない状態にされるなんて・・・いや、まだ!)
―榛名は足さばきで提督から距離を取りつつ、棍は持ち手と捌きで、そう距離が開いていないような競り合いをした。
提督(ん、良い顔になってきているな。心の錆が落ちてきたか。・・・ヤバいのはここら辺からだな・・・)
―榛名の顔からは、もう斜に構えた不機嫌そうな表情も、けだるげな眼のぼやけも消え、凛とした雰囲気が戻ってきていた。
―榛名は小さな捌き技の連撃で、何とか提督の防御無視の攻撃を繰り出させず、じりじりと距離を開けていた。
榛名(今っ!)ボッ!
―榛名は十分な距離を取ってから、渾身の『蝋燭消し』を放った。
提督(来たか!)
―ガツッ!
―榛名には、身をひるがえした提督の、木刀の持ち手に当たったような気がした。身体には当たらないが、それでも手が使い物にならなくなるくらいのダメージはあるだろう。
―しかし・・・
ヨシノ婆さん「茎(なかご)受けとはね・・・」
―提督は両手に持ち直した木刀の柄尻部分で、榛名の棍の渾身の突き、『蝋燭消し』を受けていた。ギリギリ、躱せるであろうに、あえて高度な受け技で受けて見せたという事になる。
提督「いい突きだ。蝋燭の火を消せるだろう?普通は受けるべきではないが、受けてみた。良くここまで鍛えたもんだな」ニコッ
榛名「・・・あ、いえ、ありがとうございます。・・・あっ!くっ!」ギリッ
榛名(何で私、褒められて喜んでいるの!)
金剛「・・・」ニコニコ
漣「ねえぼの、榛名さん、なんだか少しずつ、ご主人様のペースになって行ってない?」
曙「榛名さんは多分、私より素直。だからそうもなるんじゃないの?」ムスー
漣「さすが、ツンの大御所は言う事が違いますなぁ」
曙「ふん!」
提督「どうする?まだやるかい?その棍は次のおれの攻撃でへし折れる。武器を変えるなり、このままやるなり、言ってくれ。仕切り直しくらいするが」
榛名「・・・わかりました。では、二本目も榛名の負けで構いません。三本目は、榛名が一番得意とする武器で戦わせていただきます。提督さんも、私に合わせずに、本来の自分の得意とする戦い方で、手合わせ願います」
―もう、榛名には先ほどまでの、他人を馬鹿にするような気配は全くなくなっていた。
金剛(こうなった榛名は強いですよ、提督)
提督「わかった。いいだろう。おれも本気でやる。準艤装にしときなよ?」
榛名「・・・ありがとうございます」
提督「と言っても、さすがに弾抜いても銃はダメだし、一つ手前のスタイルで行くか」
榛名「・・・手加減される、という意味ですか?」
提督「いや、違う、これを見てくれ」スッ
―提督は引っ掛けているワイシャツの下のホルスターから、H&K Mark.23改を取り出して、榛名に見せた。
榛名「ノコギリ刃のついた大型拳銃ですか?変わった武器ですね」
提督「長い実戦の泥沼でたどり着いた形なんだ。こいつを左手に持ち、オールレンジとアンブッシュに対応しつつ、右手の武器で戦うってスタイルなんだが、拳銃は流石に無理だろう?なので、拳銃が無い時の戦い方をさせてもらうよ。それはそれで、厄介なスタイルとだけは言っておく」
榛名「わかりました。すでに二本も取られています。どうせ私を負かすなら、つまらないプライドも何もかも、粉々にしてください・・・」
提督「・・・わかった」
―榛名は武道館の壁に掛けてある、刀身の部分が柄より一回り大きい、黒檀の木刀を取った。それ自体が十分な殺傷能力のある武器だ。
提督「漣、小さなスーツケース、持ってきてるだろ?ちょっと貸してくれ」
漣「ほいさっさー!これですね、ご主人様!」
神通(あれは?中に何が入っているのかしら?)
―提督はポケットから鍵の束を取り出すと、スーツケースを開け、黒い手袋と、20センチ程度の金属片、そして革製のシース(さや)を取り出した。
提督「どれ・・・」
―革製のシースを右腰に取り付け、金属片を収める。そして、黒い手袋をはめたのち、榛名と同じように武道館の壁から、木刀の小刀を外して左手に持った。
神通(ナイフ・・・ではないですね。見た事がない武器です。でも、構えは徒手なんですね)
川内(これはまた、手札が読めないスタイルだねー)
那珂(まさかねぇ。でも、昼間の足柄さんとの話だと、無くはないのかな?)
―那珂ちゃんは、昼間のホームセンターで、提督がある道具の前で足を止めているのを見ていた。
提督「これでいい。始めようか」
榛名「わかりました。よろしくお願いいたします」
ヨシノ婆さん「三本目、はじめっ!」
―榛名は黒檀の木刀を『本覚』に構えた。提督は木刀の小刀を左手に、やや立て気味で構え、手袋の右手はだらりと下がっている。
ヨシノ婆さん(ほう、榛名は小野派一刀流かい?こっちの提督は・・・また戦い方がわからないよ。小刀は受けなんだろうが、どうやって攻撃するんだい。本当に不気味な男だね)
榛名(何なの?この提督は。私が知っている誰よりも強くて、底が見えない。夜戦の時の夜の海のよう。・・・戦いの神様、これは榛名への罰なんですか?それとも、救いなんですか?)
―榛名の目の前に立つ提督は静かで、気配がない。もしかしたらこれは、自分の夢で、罰でもあり、救いでもある何かが、提督の姿を取って現れたイメージなのかもしれない。
榛名(ううん、これは現実。私にはどちらにせよ、未来があったという事なのね)
―おそらくこの提督は、自分の数段上だ。全く戦いがイメージできない。
―そこに、扶桑と山城、如月と時雨が入ってきた。空気を読んで、静かに入って来るが、わずかな『波』が場に広がる。
榛名(技の応酬をさせてもらえるなんて、考えてはだめ。私の、全力をぶつけないと!)
―榛名は決意し、提督の存在を意識せず、自分の剣の必殺の『型』を仕掛けることにした。
榛名「イーヤァ!」ヒュッ
―気合と共に、突きか打ち込み、と見せかけて、榛名の剣はただ弧を描いて下に落ちる。そこから、地摺り逆袈裟、横平突き、横一閃、納刀、居合抜き、という連撃の『型』だ。
ヨシノ婆さん(ほう!『変化』から地刷り逆袈裟かね!これはあたしでも躱せないかもしれんね。むっ?)
―ガシッ
榛名「うそっ!」
―榛名の木刀は、地摺り逆袈裟から横平突きに切り替わる、最も木刀にかかる力が弱い一瞬に、提督にガッチリと掴まれてしまった。万力で挟まれたように木刀が動かない。そして、提督の左の小刀が、静かに榛名の喉もとに当てられた。
ヨシノ婆さん「一本!と言いたいところだが、ちょっとその手袋を見せてもらっていいかね?」
提督「まあ、物言いがつくよね。どうぞ」
ヨシノ婆さん「これは・・・」
―黒い手袋は予想外に重く、手の動きを阻害しないように、沢山の金属のプレートと鎖で編み込まれ、針のような武器以外は通らない構造になっていた。だが、何より恐ろしいのは、手のひら部分に無数の刃物を受けた跡があることだ。
ヨシノ婆さん「日本刀でも、実際に掴めるかね?」
提督「そういう作りですよ。チタンの鎖に、防振金属とチタンの複合プレートと、スパイダーカーボン繊維に革をかぶせて作ってある。丸腰のこっちに対して、刃物持ってる馬鹿をこれで何人も『教育』したもんだ」
榛名「そもそも、私の斬撃を掴める時点で私の負けです。ヨシノさん、判定をお願いします」
ヨシノ婆さん「わかったよ。一本!」
神通(あの金属片、出番がありませんでしたね)
榛名「無礼な態度を取って、申し訳ございませんでした。榛名、約束通り、異動も、二つ言う事を聞く件も、全て従います・・・」
―榛名は涙目で、深々とお辞儀をした。
提督「いや、ちょっと待った。急に来てここまで戦わせてしまったのは事実だし、ヨシノさんの所も最強の子が別にいるって噂だ。日を改めてもう一度っていうのは?」
ヨシノ婆さん「いや、うちはいい。今のうちの矢矧でも、ここまでは勝てないよ。ただ、そこまで言うなら、一つ貸しという事でいいかい?榛名の件はあんたんとこの勝ちでいいからさ」
提督「わかりました。ありがとうございます。では、一つ借りておきますよ」
ヨシノ婆さん「約束だよ?ふっふ」
榛名「では、榛名は異動の申請を出してきます。お手数ですが、提督、ご同行願えますか?」
―こうして、予定より早く、榛名と時雨が異動することになった。しかし、堅洲島のメンバーが知らないところで、様々な事が進行していた。
第二十八話 艦
次回予告
仮申請という事で、年末年始は堅洲島で過ごすことになった榛名。
予想外の異動に、榛名のマネージャーは慌てて反対するが、それだけの根拠は何もなく、押し切られてしまう。
再会を誓って「わだつみ」の荷物に隠れる下田提督と、瑞穂。
瑞穂の所在を確認しに来た特務第七の川内は、入れ違いになったことに気付くが・・・
同じころ、堅洲島鎮守府では、何人かの艦娘が胸騒ぎを感じ始めていた。
次回、『誰も寝てはならぬ・前編』 乞う、ご期待!
榛名『読んでくれないのは、榛名が、許しません!』
少し前から、この物語のキャラクターたちが時々自由に動き始めていて、プロットと少しずつ物語がずれてきています。
大筋は変わりないのですが、より詳細になって行ってる感じでしょうか?
なので、二十七話での予告と異なり、二十八話は榛名とのバトルが終わるところまでになっています。
(このため、二十七話の予告はちょっと変えました)
このバトルの背後で起きている群像劇と、堅洲島に戻る・戻ってからの話は、次回の『誰も寝てはならぬ』からになります。
非常に長い物語ではありますが、今後たまにこういう事があるかもしれません。
気長にお付き合いいただければと思います。
読み返してて気づきました
提督、榛名ちゃんのゴシップ誌読んでたのか
コメントありがとうございます。
正確に言うと、提督はゴシップ誌を読んでいないのですが、電車で通勤するサラリーマンや、ちょっと耳目の広い人なら、誰でも知っているくらい、「榛名のパンツの柄」は有名です。
しかし、それもまた、榛名のジレンマの一つでもあるので、今後のお話を楽しみにしていただければと思います。
勝負に負けて異動してきましたが、榛名はまだ提督と話をほとんどしていません。マネージャーの件等、本当に仲間になるまでに、まだ何度かエピソードがあり、パンツの話もその伏線の一つだったりします。
提督が榛名と戦った時の左手に小刀ってダークソウルの深淵の監視者またいな感じですね。