「地図に無い島」の鎮守府 第三十三話 働かない覚悟を持て!・後編
波崎鎮守府の鹿島は、海外旅行に出た提督の隙をつき、短い休みを利用して、変装して調べ物をすることにする。
それには成功し、愕然とするが、疲れて居眠りをしてしまい・・・。
堅洲島では、提督がやっと釣りを始める。ついて来た五十鈴と話しつつ、束の間のんびりした時間を楽しむ提督に、何人かの艦娘も鎮守府から出てきた。
しかし、結局提督はいつの間にか、防御陣地の構築を考えてしまう。果たして、カニは釣れるのか?
同じ頃、川内は、特務第七の川内を気晴らしに誘い出そうとしていた。
川内と連絡が取れない事が妙に気になりだした、特務第七の鷹島提督は、途中で「アメリア」に川内の件のサポートを命令する。
しかし、結局は夕立との旅行を切り上げてしまう。それに夕立が納得するはずは当然なく、トラブルになってしまう。
特務第七がらみで以前からぽつぽつ名前の出ていた、「アメリア」こと、深海の姫でありながら提督の任務を受ける彼女が遂に登場します。どうやら彼女はある楽器が好きみたいですね。
彼女の話も、今後少しずつ出てます。
波崎鎮守府の潜水艦たちの私服が、波崎の町の「し〇むら」で買われているものだと判明します。
ちなみに、作中の鹿島の服装は実際に「しま〇ら」にて揃えることが可能です。何かのコラボシリーズだったとは思いますが。
また、鹿島がインターネットカフェで各種の艦娘専用サイトにアクセスしている時に、何やら怪しげな鎮守府の裏サイトを見つけます。どこの鎮守府なんでしょうか?
それに対して書き込んでいる艦娘の誰かは、後にそのサイトの鎮守府に関わってきます。既に次回予告で同じ名前が・・・。
波崎鎮守府の提督のド外道ぶりが明らかになります。
[第三十三話 働かない覚悟を持て!・後編]
―波崎鎮守府、12月30日、ヒトサンマルマル(13時)。鹿島の私室。
鹿島(鎮守府は休暇でも、私の仕事はそうじゃないから、良く考えて動かないとダメね・・・)
―鹿島が調べる必要があると思っているのは、まず、夢で見た地下室の有無、そして、他の鎮守府とここの違いについての諸々だ。夕張の話では、ここは本当に体裁だけで、鎮守府としてはほぼ活動していないに等しいという話だ。
鹿島(そもそも私、練習巡洋艦である自分の特性も、あまり知りません・・・)
―夕張の話では、この波崎鎮守府で艦娘が使えるパソコンは、他の鎮守府に関する情報が意図的に制限されているらしい。鎮守府のサーバーを経由する時に、大幅に検索規制がかけられる仕様のようだ。また、スマートフォンやノートタブレット、パソコンの所持も制限されている。
鹿島(まず、どこかでインターネットを使ってみないと・・・)
―しかし、練習巡洋艦の艤装服のままでインターネットカフェに入るのは、いくらなんでも目立ちすぎる。変装しようにも、この服だけではダメだ。
鹿島(どうしたら・・・あっ!)
―もしかすると、潜水艦チームが帰ってきているかもしれない。鹿島は地下出撃船渠に向かい、潜水艦チームの任務状況を確認した。未明に年内の任務が完了し、帰投済みのようだ。
鹿島(良かった!)
―食堂に向かうと、何人かの艦娘が遅い昼食を摂ったり、お茶をしながらのんびり話している。普段から、そう覇気のある鎮守府ではなかったが、今日は特にけだるげな気がした。みんな、提督が居ないのを知っているようだ。
ゴーヤ「あっ、鹿島ちゃんでち!こっちこっち!」
鹿島「あっ!こんにちは、皆さん。ミルクティーいれましょうか?」
イク「わあ、ありがとうなのね!」
はっちゃん「鹿島ちゃん、元気?」
鹿島「元気です。あの、実は服を買おうかと思うんですけれど、皆さんはどこで買っているんですか?」
イムヤ「あっ、そっか、鹿島ちゃん、私服がない感じなのね?」
鹿島「はい。ちょっとだけ、街に用事があるんですけれど、この服ではちょっと・・・」
イク「なるほどなのねー!じゃあ・・・」
―ここで伊19は、鹿島の上半身と、仲間と自分の上半身を素早く見比べた。
イク「・・・えーと、はっちゃんか私の服を貸してあげるからぁ、それで服を買いに行けばいいのね!」
鹿島「わあ!いいんですか?助かります。ありがとうございます!」
イムヤ・ゴーヤ「・・・」
―一時間ほど後、波崎の町のファッションセンター。
鹿島「えーと、皆さん、し〇むらで服を買ってたんですか?」
イク「そうなの。お給料がとっても安いから、仕方ないのね」
はっちゃん「でも、良い服や可愛い服をたくさん選べるから、私はこのお店、好きですよ」
ゴーヤ「うちは艦娘の給料がピンハネされてるって噂でち(小声)」
イムヤ「他の鎮守府は総司令部から給料振り込みなのに、うちはほとんどの子が提督の会社の口座からだし、支払日も他の鎮守府より少し遅いんだよね。怪しすぎ」
鹿島「そうだったんですね・・・」
イク「せっかくお店に来て服を買うんだから、気分を変えて、おしゃれしないとダメなのね!ここにもかわいい服はいっぱいあるし、鹿島ちゃんは何を着ても似合うのね!」
イムヤ「鹿島ちゃん、街で用事って、どんな事なの?・・・あっ、差し支えなかったらでいいんだけど・・・」
鹿島「はい、ちょっと、調べ物をした方が良いかなと思って」
―ここで、潜水艦の子たちが、何かを察した空気を出した。
はっちゃん「あっ、鹿島ちゃん、私たちの話に気付いて・・・ってこと?」
鹿島「・・・はい」
イムヤ「そう・・・すごくショック受けなかった?大丈夫?」
はっちゃん「ノート見つけたのね?」
鹿島「見つけて、夕張さんとも話して、前の鹿島の艤装で改修しました。今日も、調べ物をしようと思っていたんです」
ゴーヤ「良かった!本当に良かったぁ!」
イク「あのね、今まではダメだったけど、今度は鹿島ちゃん、絶対大丈夫なの。だから、気を付けて身を守ってね」
イムヤ「そう!絶対、大丈夫だから!」
―その根拠はよくわからないものの、潜水艦の子たちの励ましで、鹿島はだいぶ元気づけられた。
―30分ほど後。
イク「わあ、やっぱり鹿島ちゃん、とってもかわいいのね!」
―鹿島は潜水艦の子たちに服選びを手伝って貰い、アイボリーのロングカーディガン、グレーの襟付きのプルオーバー、チェックのリバーシブルスカート、という組み合わせに落ち着いた。地味な色遣いにすることで、目立つことを少しでも防ぎたかった。
鹿島「そ、そうでしょうか?(恥ずかしい・・・)」
はっちゃん「これなら普通の女の子だから、街を歩いても大丈夫ですね」
イムヤ「ここはのどかだから、まずないと思うけど、ナンパとかされないように気を付けてね」クスッ
―この後、鹿島は潜水艦の子たちと別れると、インターネットカフェに向かう事にした。
―国道沿いのインターネットカフェ。
―鹿島は偽名で会員登録をして個室に入ると、メモ帳を取り出し、幾つか書き出しておいた、調べたい事を一つ一つ確認していく事にした。横須賀総司令部のページから自分の所属とIDを入力し、艦娘が使用可能なページに移動する。
鹿島(あ、総司令部にも、艦娘の専用ページにも行ける・・・)
―波崎鎮守府では、艦娘関係の公式なサイトや、非公式なサイト全て、横須賀総司令部のページにもアクセスが出来なくなっている。
鹿島(やっぱり、鎮守府のパソコンはかなり制限を掛けているのね。・・・私たちに知られると、まずいことが色々あるんだわ)
―鹿島は閉鎖型のサイト(個人の情報と引き換えに、アクセスログは訪問したサイトにしか記録されない高セキュリティのサイト)にアクセスするため、再び所属とIDを入力した。すると、相当な数のサイトがヒットする。主に、様々な鎮守府のサイトや、半ば公開されている裏サイト、艦娘同士の情報交換の掲示板などだ。管理は横須賀総司令部がしているようだ。
鹿島(こんなに沢山、艦娘のサイトがあったなんて・・・)
―鹿島の知りたい事は、沢山のログを辿らないと見つけられないような、地味なものも多い。艦娘の平均的な給料や、支給日、練習巡洋艦の能力や、他の鎮守府の雰囲気、他の鎮守府の提督や、セクハラについてなどだ。
―幸い、まだ時間はある。鹿島は注目度の高いサイトを幾つか覗いてみることにした。
鹿島(あれ?なんでしょう?このサイト)
―鹿島は『最近急上昇のサイト』でピックアップされている、『謎の鎮守府X』というサイトが気になり、開いてみた。どうもそれは、新しめの、どこかの特務鎮守府のようだ。管理者は明言を避けているが、他の多くの艦娘がそれを指摘している。
鹿島(そういえば私、もし異動になるなら、特務鎮守府になるかもって・・・)
―鹿島はサイト内SNSのやり取りを辿って行った。
青葉(SNS)「どーもっ、青葉でっす!謎の鎮守府の日常や出来事を、機密に引っかからない範囲で更新していきますねー」
漣(SNS)「うちがどこの鎮守府かは内緒だお!でも、大変だけど楽しい毎日を紹介していくから、楽しみにしとけー!」
―どうやら建物も立派だし、温泉がある。噂でしか聞いた事のない、給糧艦も着任しているようで、他の鎮守府の艦娘からも羨む書き込みが多い。しかし・・・。
鹿島「えっ・・・?」
漣(SNS)「みんな、羨ましいと思った?残念!私たち、しばらく後の大きな任務に失敗したら、ご主人様も含めてみんな死んじゃうかもしれないんだよね。まっ、簡単にそうはならないだろうけど、大変なのは本当なの。このサイトは思い出の記録も兼ねているんだお」
青葉(SNS)「そうそう!まあ、そう簡単にはやられませんけれどねぇ。あっ、何とかしてうちの鎮守府に来たいって子は、ちゃんと提督に相談してみて下さいね。まだまだ未着任の子は沢山いるんですよー」
―だがそれでも、士気が高く異動したがる子や、現状に不満を抱えている子、興味を持った子の書き込みが続いている。
大和(SNS)「あの、大切にはされているんですが、演習ばかりで作戦にはいつも出させてもらえません。そこまでの作戦があるなら、大和、そちらで思いっきり戦いたいです。提督は既に別の方とケッコンもされているし、命を燃やすような戦いがしたいです」
青葉(SNS)「大和さんを異動させてくれる提督はいないと思いますよー?来てくれたら、提督は喜ぶとは思うんですけれどね」
―その後、他の大和や武蔵が『大和型とはそういうもの』という書き込みを多くしている。
浜風(SNS)「それほどの戦いが控えていても、ぜひ異動したいです。私の泊地はほとんど活動していませんし、司令官は私の胸ばかり見ているようです。秘書艦ですが、任務もろくにありません。どうなるのか不安です。あと、食べ物がおいしくないんです・・・。もう、カップラーメンは嫌」
漣(SNS)「あっ、浜風さんはまだいないです。食べ物は美味しいですね。あと、うちのご主人様は特に巨乳が好きってわけじゃないので、そういうストレスは少ないかもだお」
青葉(SNS)「あーそうですね、戦艦のお姉さま方とは仲いいけれど、胸とか気にする人じゃないですね。データによると、もしかしたら貧乳好きかもです」
龍驤(SNS)「なんやて!君らの司令官、いい司令官みたいやないの!」
浜風(SNS)「そうなんですか!身の引き締まる思いです。異動を申請してみます」
如月(SNS)「司令官の画像は無いの?私、着任してからずっと演習も無いの」
青葉(SNS)「うーん、さすがに提督の画像はまずいですからね。でも、ごめんなさい、如月ちゃんは既に着任してて、秘書艦見習いなんですよ。提督とお話している如月ちゃんの画像ならあります」
―ソファに座って、如月が誰かと談笑している横顔の画像がアップされていた。
如月(SNS)「わあ、楽しそう!いいなぁ」
鹿島(いい鎮守府っぽい・・・。大変な作戦が控えていても、士気が高い。きっと、いい提督さんなのね。・・・いけない、調べ物をしないと!)
―鹿島はログの検索を色々変えて、メモしておいた、知りたい事を一つ一つ確認していく。
―2時間後。鹿島は調べ物を一通り終えた事より、真実を知った疲労感で疲れ果てていた。あまりにも波崎鎮守府と他の鎮守府の違いが多かったためだ。
鹿島(なんて事なの・・・うちの鎮守府、鎮守府としてほとんど機能してない・・・)
―まず、活発な活動や武功を挙げている鎮守府としても、地味な鎮守府としても、ほぼ存在感がない。艦娘をアルバイトに出しているような鎮守府もない。大規模作戦での実績が全く浮上せず、地域に寄付したとか、式典に立ち会った、そういう情報しか浮上してこない。
鹿島(なのに、艦娘の練度を上げるのに必要な私は何人も着任させて・・・そういうことなのね)
―そして、あまり活動していない、旧態の鎮守府や泊地が再編されている事、艦娘へのハラスメントは厳罰化していることもわかった。最近もそれほど大した問題の無さそうな提督が更迭され、逃走中らしい。
鹿島(内偵が活発化しているのね。これでは、うちはとっくに目をつけられていてもおかしくないはず。それにしても・・・疲れたなぁ・・・)
―鹿島は、自分のいる鎮守府や環境が、あまりに他と違いすぎて、その差の大きさに疲れてしまった。以前の他の鹿島は、ここまでたどり着いたのだろうか?たどり着いていなかったら、それはそれで、少しましな部分もあるかもしれない。提督の人間性に気付かないままだった、という事だから。
鹿島(私、どうしたら・・・)コトッ
―パソコンの電源を落とし、使用履歴クリアモードの終了を確認すると、鹿島は机に頭を横たえた。日頃の疲れもあって、ふと眠りに落ちてしまった。
―四時間後。イチキューマルマル(19時)
鹿島(あっ、寝過ごしちゃった!いけない、戻らないと!)ガタタッ
―鹿島は慌てて会計を済ませ、追加料金を払って店を出た。鎮守府に提出した外出時間をすでに超過しているため、何らかのおとがめがあるかもしれない。目立つことを避けたい時に、これは痛手だった。
鹿島(今日の秘書艦は誰だったんだろう?)
―留守を預かっている秘書艦を提督が決めていなければいいが、そこまで弛緩しているとは考えづらい。鹿島はとにかく走った。
―40分後、波崎鎮守府。正門の所で、筑摩が佇んでいる。
筑摩「あ、帰ってきたのね、鹿島さん」
鹿島「はあっ、はあっ・・・すいません筑摩さん!出先で、寝過ごしてしまって・・・」
筑摩「大丈夫よ。そういう事もあるもの。今日は私、秘書艦で留守番でもあるけれど、外出の届け出とか、適当にいじらせてもらったわ。お咎めなんかないから、大丈夫よ」
鹿島「えっ?すいません、本当にありがとうございます!」
筑摩「ただ、もう少し遅かったら、皆で探すべきかと思っていたけれど」クスッ
鹿島「本当にすいません。あの、じゃあ私、また任務でコンビニに行きますね」
―しかし、すれ違う時に、筑摩は小声で言った。
筑摩「色々真実に近づけているの?私はあからさまな助力はできない立場だけど、負けないで。返事は要らないわ。あと、今日の夜中、執務室は開いているから・・・」
鹿島「えっ?」
筑摩「・・・そのまま行きなさい」
鹿島「!」
―鹿島は部屋に戻ると、急いで着替えてコンビニに向かった。
―深夜、マルサンマルマル(午前三時)。鹿島の私室。
―年末の人手不足のせいで、やや遅い時間になったが、昼間の居眠りがよかったのか、それほど疲れは残っていない。
鹿島(筑摩さんは、今夜はここの執務室が開いているって・・・)
―罠の可能性も考慮しなくてはならない。一応、秘書艦なのだから。
鹿島(でも、だからと言って危険を頭から回避するのも、思考停止ですよね・・・それに・・・)
―筑摩の表情は、何かの苦痛に耐えている人のもののような気がしていた。
鹿島(きっと、あの人も何かで辛い思いをしている、そんな気がします)
―鹿島は少し悩んだが、慎重に執務室に向かうことにした。運が良ければ、確か、機械室のカギは執務室のキーロッカーにかけてあるはずだ。
―薄暗い廊下を静かに進んでいく。
―波崎鎮守府、執務室。
―キイッ
鹿島(あっ、本当にカギがかかってない!)
―鹿島は後ろ手で静かにドアを閉めると、カーテンも閉められずに月明かりの入り込む執務室の奥へと進んだ。しかし・・・。
??「・・・鹿島、さん?」
鹿島「!・・・だ、誰ですか?」ギクッ!
―咎めるような声ではないものの、鹿島は大声を出さないのが手いっぱいだった。
??「私です。如月・・・」カチッ
―LEDランタンがともり、窓際とロッカーの間にたたずむ如月の姿が浮かび上がった。
如月「驚かせて、ごめんなさい。筑摩さんから聞いてきたんですよね?」
鹿島「・・・」
如月「大丈夫。私、もう被害者だから・・・」
鹿島「えっ・・・!」
如月「許せないの。だから、なんでも協力して、全部壊してやるの。こんなひどいこと、私で最後にしたい・・・からっ・・・」グスッ
鹿島「そんな・・・それじゃあ、如月ちゃん、あなたは・・・そんな!」
―鹿島は思わず如月に近づくと、そっと抱きしめてしまった。如月は小さく震えていたが、途中から、声を殺した嗚咽に代わり、鹿島も涙で視界がぼやけた。
如月「ありがとう、鹿島さん。睦月ちゃんは何も知らないで優しくしてくれるから、時々それがすごく辛いの・・・申し訳、なくて・・・」グスッ
鹿島「ううん、如月ちゃんは何も悪くないです。悪いのは全部・・・!」
―鹿島は執務机を見た。形だけの提督には、虚飾でも立派すぎる机だ。
鹿島「私、前の『鹿島』の記憶を辿って、調べたいことがあったんです。ここには、筑摩さんから教えられて。・・・あの、筑摩さんはなぜこんな事を?」
如月「利根さんに手を出さない代わりに、筑摩さんが犠牲になっているって・・・」
鹿島「どこまで外道なの!」ギリッ
如月「私、こんなところにいたくない。だから、司令官がやっていけなくなるように、頑張ることにしたの。鹿島さん、私に協力できる事はあるの?」
鹿島「私、地下の機械室の奥に秘密の部屋があるかどうか、確かめたかったの。私の前の鹿島は、きっとそこで・・・ひどい目にあったと思うから」
如月「・・・私は、宿直室だったわ。秘書艦にしてやるって・・・呼ばれて・・・。その、秘密の部屋には何があるの?」
―ここで鹿島は、どう説明するべきか、少し迷った。
鹿島「・・・なんて言ったらいいのか、提督の悪い秘密の証拠があるみたいなの」
如月「悪い秘密?」
鹿島「艦娘の身動きをとれなくするとか、そういう」
如月「そんな部屋まであるのね。えーと、キーロッカーはここ。機械室のカギは・・・あったわ!」
鹿島「良かった!行ってみましょう!」
―二人は静かに執務室を出ると、普段は誰も行かない地下一階の設備区画に降りて行った。冷たいコンクリートの匂いがする。たまに使う備品や道具の置いてある区画を過ぎて、『機械室』と書いてあるグレーの鉄扉にたどり着いた。
鹿島「あっ、間違いないかも。覚えがあるわ」
―クルッ、ガシャッ
―鍵はここのもので間違いなさそうだ。
如月「暗くて不気味ね、ここ。空調機械の部屋みたいだけど、ほとんど動いてない」
―中に入り、内鍵をかけると、蛍光灯をつける。が、ほとんど蛍光管を交換していないのか、点滅がひどく、限られた部分しか点灯できなかった。
鹿島「確か、奥に倉庫があって、その部屋のカギは分電盤の奥に隠してあったはずなの」
如月「分電盤ね?あれじゃないかしら?」
―機械室の奥の壁際に、灰色のボックスが設置してある。鹿島と如月は、機械室の配管やダクトを避けつつ近づき、ボックスが分電盤であることを確認した。
鹿島「そう、確かこれ。この配線の奥にカギがあったはず」
―ギイッ、ゴソゴソ・・・カタッ
鹿島「・・・あった!」
如月「えっ?あったの?じゃあ、前の鹿島さんの記憶というのは本当だったのね!」
鹿島「うん、このボックスにもカギにも、見覚えがあるもの。・・・たぶん、あのドアがその場所のはず」
―既に、機械室の薄暗い最奥に、見覚えのあるドアが見えている。
如月「あそこに何が?」
鹿島「・・・カギが合うかどうか、行ってみましょう?」
―別に、何の気配が感じられるわけでもないが、二人は用心深く扉に近づき、カギを差し込むと、そっと回した。
―ガチャッ
如月「カギ、合っていたみたいね・・・」
―ギイッ、パチッ
―開いたドアの向こうは当然のごとく、暗闇だったため、鹿島は手探りで壁際のスイッチを入れた。そして、慎重に中に入る。
如月「・・・なに?ここ・・・」
鹿島「・・・これは」
―その部屋は、10畳は無いくらいの部屋だった。部屋の二面に大きな鏡が貼られ、飾り気のないベッドと、ソファ、机があり、天井からは鎖がぶら下がっている。壁際には、カーテンで仕切られたバスルームと、何の仕切りもないトイレがある。
如月「なに?何だかここ、気持ち悪い・・・」
鹿島「間違いないわ。ここだったのね。ここ、前の鹿島の記憶で見たの。私たちに『ああいう事』をする専用の部屋よ。きっと」
如月「そうなのね。・・・あはは、私なんて本当に、間に合わせだったんだろうなぁ・・・」グスッ
鹿島(悔しい。なんて言ってあげたらいいのか、わからない・・・)ギリッ
―こんな時、しっかりした提督なら、何か少しは如月の気持ちを軽くしてやれるのだろうか?
如月「鹿島さん、あとはどこか調べる?何だか私、気分が少し悪くなってきたみたい・・・」
―あまり明るくない照明の下でもわかるほどに、如月の顔色が悪い。そして、声も、おそらく手も、震えていた。
鹿島「すぐに済むから、如月ちゃんは部屋の外で待ってて。ドアは開けっぱなしで良いから」
如月「うん・・・ごめんね」
鹿島「大丈夫。すぐ終わるから」
―如月は部屋の外に出て、ドアのすぐ横で待機した。鹿島はその様子を横目で見つつ、部屋に置いてある机の引き出しを、上から順に開けていく。
鹿島(うっ!・・・ああ、如月ちゃんを部屋の外に出させておいてよかった・・・)
―机の各引き出しの中には、『大人の夜戦』に使用すると思われる、様々な色と種類の『夜戦道具』が、おそらく提督の中でのカテゴリー分けで分類されていた。
鹿島(最低・・・気持ち悪くなってきたわ・・・)
―しかし、一番下の引き出しを開けた時だった。
鹿島(これ・・・っ!)
―一番下の、大きめの引き出しは、ビニール袋に詰められて分類されたものと、そうでない、プリントアウト式の写真がぎっしり詰められていた。ビニール袋には、艦娘の名前と日付が書かれており、かなり以前からの、相当な数の艦娘の、あられもない、絶望や恐怖に押し潰された表情の写真ばかりだった。とても正視できそうにない。
鹿島(ひどいっ!・・・鹿島に、潮、如月、磯波・・・私が圧倒的に多くて、次は潮ね。筑摩さんのもある。なんてひどいことを・・・でも)ギリッ!
―これらの写真が動かぬ証拠なのも、また事実だ。鹿島は分類されていない、今はいない艦娘の、おそらく整理からあぶれた写真を十枚ほど抜き出し、ポケットに収めると、部屋の様子を確認して照明を落とし、鍵を閉めた。
鹿島「ごめん、終わったわ、如月ちゃん。部屋から出てよかったと思うわ」
如月「ごめんなさい。・・・鹿島さん、怒っているの」
鹿島「うん、すごく。如月ちゃん、あの、写真とか撮られなかった?」
如月「!・・・それは大丈夫。そっか、写真があったの?」
鹿島「・・・うん、ひどいのばかり、たくさん」
如月「そっか、死んだほうがいいね、あの提督」ボソッ
鹿島「えっ?」
如月「ううん、冗談よ。鹿島さんの要件はもう済んだの?」ニコッ
鹿島「うん、もう大丈夫。きっと、状況を変えられそう」
如月「良かった。鍵を戻して、解散しましょうか」
―その後、鹿島と如月はすべてのカギを戻し、痕跡を消して解散した。しかし、鹿島には、如月の一言が耳から離れなかった。自分の事以上に、何か如月が心配になってきたのだ。
鹿島(嫌な予感がする。急がないと・・・)
―シャワーを浴び終えた鹿島は、疲れ切って布団に横になった。その夜、何か形のない暗い夢を見た気もするが、どんな夢かは思い出せなかった。
―12月30日、時間は少しさかのぼり昼頃。神戸のある旅館。
夕立「提督、どうしたの?スマホばっかり見て。せっかく旅行なんだから、仕事のことは忘れて、ちゃんと楽しまないとダメっぽい」
鷹島提督「悪いな、少し、気になることがあってさ」
夕立「もー、仕方ないっぽいけどさ・・・」
鷹島提督(おかしい。定時連絡もないし、自動定時位置情報も更新しなくなった)
―特務第七の鷹島提督は、最近たくさんの成果を上げていた夕立との旅行中だったが、昨夜から川内との連絡が途切れ続けていることが、とても気になり始めていた。いつもなら、うるさいくらいマメに連絡をよこしてくる川内が、こんなに連絡を途切れさせたことは無かったのだ。困ったことに、特防も誰も連絡がつかない。特防の大林室長は温厚だが、任務が競合しがちな最近の風向きを、そう快くは思っていないはずで、聞きづらいというのも正直なところだった。
鷹島提督「あのさぁ、川内が連絡が取れないんだ。ちょっとおかしい」
夕立「拗ねてるだけな気がするっぽい。アメリアちゃんに連絡してみたらいいんじゃないの?」
鷹島提督「そうだな、悪い。ちょっと連絡してみる」
夕立「しょうがないっぽい。けど、今は夕立と一緒の時間なの、忘れないでね」
―鷹島提督は別室に移ると、特殊帯回線でアメリアに連絡した。
―横須賀近くの海沿いの国道を移動する、がらんとした自動運転車の中、白く長いサイドテールの髪の女が、白い長手袋をはめた手で、スマホを取り出した。
アメリア「ナニ?もうじき、横須賀のホテルに着ク」
鷹島提督「ごめん、アメリア。川内と連絡がつかないんだ。横須賀の総司令部に着いたら、あいつのスマホの移動履歴を調べて連絡して教えてくれ」
アメリア「ワカッタ。しょうのない奴ダナ・・・」フゥ
鷹島提督「まあそう言わずに。面倒をかけて申し訳ないが」
アメリア「マタ、ピアノが弾きタイ・・・」
鷹島提督「分かった。任務が終わったら、好きなだけ弾いてくれ。それでは、川内の件、よろしく頼む」ピッ
アメリア「フッ、提督も大変ダナ・・・」
―アメリアは冬の海を眺めつつ、通話を切った。冷え込みのきつい日なのか、がらんとした自動運転車の中でも、オーバーコートが脱げない。
アメリア「フフ、あの海の向こうで戦っている艦娘も深海も、ご苦労な事ダナ・・・」
―アメリアは雪のような白く長い髪をサイドテールにし、同じく白い肌に、瞳は赤い。大きめの黒いオーバーコートで身を包んでいるが、その下はセーターにロングスカートだ。普通の人が彼女を見たら、アルピノの外国人だと思うだろう。・・・しかし、ある程度戦いに出たことのある艦娘なら、彼女を見てこう叫ぶはずだ。
―『空母棲姫!』と。
―再び、神戸の旅館。
鷹島提督「ごめん、とりあえず彼女に頼んだから、あとは大丈夫だ」
夕立「もー。大丈夫だよー。何かあっても自己責任の仕事なんだし、こんな時もあるっぽい」
鷹島提督「そうなんだけどな・・・」
―しかし、鷹島提督は既に、川内が心配で仕方がなかった。そして、夕立にもそれは伝わっていた。
―堅洲島鎮守府、堅洲南浜、ヒトヨンサンマル(14時30分)ごろ。
―提督は事前にそろえていた蟹釣り仕掛けと糸巻き、幾つかのアウトドア装備を持ち、長靴を履いて砂浜をにらんでいた。
五十鈴「・・・で、何をそんな難しい顔で海を見ているの?」
―『お食事・甘味処まみや』で、提督の予定を聞いていた五十鈴がついてきている。
提督「うん、離岸流の場所を探しているんだよ。五十鈴はわかる?人命救助のテキストなんかにも載っているんだが、実際に見極めるのは難しいな」
五十鈴「離岸流?なんで?」
提督「離岸流に仕掛けを放り投げて、沖への流れに乗せるのが、蟹釣りの前提条件らしいんだよな。これを見誤ると全然だめらしい」
五十鈴「ふーん、なら、あそこじゃないの?」
提督「どれどれ・・・」ポイッ
―五十鈴の指摘した場所は、確かに波が途切れがちで、沖まで泡が流れている気がする。とりあえずそこに、仕掛けを投入してみた。網袋に魚の切り身を入れ、寄ってきた蟹が絡む仕掛けだ。
提督「・・・おお、当たりじゃないの?」
―仕掛けがぐんぐん沖に流されていく。
五十鈴「でしょ?私は目がいいからね。小さな違和感も見逃さないのよ。・・・ところで、ここって蟹なんて釣れるの?」
提督「いやー、わからんのよね。漁協は良い釣り場とは言っていたけれど、砂がだいぶ綺麗だから、食える種類の蟹の生息に適しているかは、今一つ自信がないな」
五十鈴「綺麗すぎてもダメかもってことね?なるほどー」
―堅洲島の砂浜は、石英質の白い砂で、だいぶ海水も透き通っている。条件がいいと、歩くとキュッキュッと音がするほどだ。いわゆる鳴き砂になるほど砂質がいい。ただ、それが蟹の生息に適しているかはちょっと微妙だ。
提督「まあ、釣りなんて雰囲気が楽しめればそれでいいもんさ。五十鈴、お茶とコーヒー、どっちがいい?」
五十鈴「あら、悪いわね!お茶でいいわ」
―提督は十分に糸の出た仕掛けを止めて固定すると、ホワイトガソリンのコンロに火をつけ、ストーブユニットを取り付けると、その上にヤカンを載せてお湯を沸かし始めた。いくつか持ってきた野外用の折り畳み椅子を置き、腰かける。
提督「ん、いいねぇ、たまには働かない覚悟も大事だな」
五十鈴「昨日の仕事ぶりなんて、その辺の提督の何年分?ってくらいのものだものね。でも、自分のペースできっちり遊ぶあたり、流石ね」
提督「そんな褒めるほどのアレじゃないだろ。全部適当に対応しただけだよ。榛名と時雨の件も、まだ色々あるだろうしさ」
五十鈴「それはそうなんだけど、私もまだまだね」
提督「ん?何が?」
五十鈴「自分の提督が、そこまで強い人だと見抜けなかったのが、ちょっとショックなのよ」
提督「そんなん、気にすることかね?」
五十鈴「私は気にするわ。戦場では許されない読み違えだもの。提督の、どこか緩い空気は、擬態だったのね。川内や神通は、提督はすごく強いはず、ってずっと言っていたわ。私の読み負けね」
提督「擬態ねぇ。そんな感じの事はたまに言われるけどさ、強いのが最初からばれてたら、対策されるから、それは強さじゃない気がするんだよな。わかりやすい強さなんて、役に立たないだろ」
五十鈴「そうそれ!それに自分がそのまま引っかかったのが悔しいのよ!今日だって、私はてっきり、昨日の諸々の処理で忙しくするつもりなのかと思ったら、何もしないでこうして釣りしているし、緩急のつけ方が全然違うわけ」
提督「それで、釣りに付き合っている、と?・・・お湯が沸いたな」コポポ
―提督は自分と五十鈴の分のお茶を淹れ、ステンレスのマグカップを手渡した。
五十鈴「ありがとう。そう!私も少し勉強しないとダメだわ。金剛さんを連れてきたあたりで気付かないあたり、私もちょっと弛んでるなって思ったのよ」
提督「なるほど。負けず嫌いの君らしい考え方だな。でもさぁ、なら言うけど、何か聞きたいことが有るんじゃないのか?そういう空気をすごく感じるんだが」
五十鈴「あら、バレてるのね?色々あるけれど、まず、『ハンカチ載せゲーム』ってなに?」
提督「内緒!はい、次の質問どうぞ!」
五十鈴「即答?ちょっと!内緒なの?」
提督「このゲームはなぜか内緒なんだよ。しかし、名前そのままのシンプルなゲームだ。おれと龍田を注意深く見ていれば、わかるだろうよ」
五十鈴「ふーん、それも含めて修行って思うことにするわ。じゃあ次の質問。うすうす聞いていたけれど、うちの鎮守府、やっぱり次の大規模侵攻を跳ね返すのが目的なの?」
提督「総司令部かどこかの、誰かの考えはそうみたいだな。おれ自身は、大規模侵攻を跳ね返して、戦いを終わらせるところまで行くつもりだが」
五十鈴「あっ、やっぱり負ける事とか全然考えてないわけ?」
提督「ないねー、こういうのを何とかするのは楽しいわけでさ。言ってしまえば、この、カニ釣りと変わらないよ」
五十鈴「カニ釣りと変わらないの!?」
―五十鈴は、それはいくら何でも、と思ったが、提督の表情にも、声や雰囲気にも、気負いも気遣いも無かった。もちろん、また自分が読み切れていないだけなのかもしれないが。その雰囲気を察してか、提督が少しだけ言葉を足す。
提督「時間が多少あるからさ、もうイメージは出来てるのさ。ただ、この綺麗な海を多少なりとも汚すわけで、いかに汚さないか?って方が、むしろ考えどころだよ。あとは、その日々までにほとんどの艦娘を着任させる事かな」
五十鈴「もう、そこまで考えてあるわけね?」
提督「ああ。君らにとっては、その時にはもう、心の踊る戦場でしかないと思うよ。大変ではあるだろうが」
五十鈴「なんだか、むしろ楽しみになって来ちゃうわね、そういう言い方をされると!」クスッ
―五十鈴は対潜装備の開発を手伝う事はあっても、今までそう多く提督と話したことは無かった。しかし、聞こえてくる話も、昨夜の出来事も、驚くような事ばかり続いている。今後はもう少し様々な事を聞いたり、話したりしたほうが、より強くなれる気がしていた。
―提督の居場所を探してか、あるいは見つけたからか、何人かの艦娘が鎮守府から出てきた。
五十鈴「あら?みんな来たわね!」
―七駆と雪風という、珍しい組み合わせだ。
雪風「しれぇ!何をしているんですか?」
提督「いるかどうかわからないけど、カニ釣りだよ」
曙「えっ?釣り?」
提督「大丈夫、ちゃんとした魚釣りは、今回の休み中に曙を誘うから」
曙「そっ、そういう意味で聞いたんじゃないわ!」
漣「まーた意地張っちゃって、嬉しいくせに。ご主人様、ぼのより私と釣りやりましょーよ!」
提督「おう、たぶん普通の魚釣りなら楽しめるはずなんだよなぁ」
朧「どんなカニが釣れるの?というか、カニって釣れるのね?」
提督「一応、そういう仕掛けなんだが、水も砂も綺麗すぎるんだよなぁ。何回か投げてみてダメだったら、多分いないんじゃないかと」
朧「ふーん、何か釣れたら面白いんだけどね」
―ここで提督は、何を話したらいいのかわからず、そわそわしている潮に気付いた。
提督「そうそう、近いうちに、廃校までの道と廃校周りの整備で、片付けながらしばらく焼き芋焼いて支給する予定なんだよな。潮は楽しみにしていてほしい。焼き芋は好き?」
潮「・・・えっ!焼き芋ですか?とても好きです!」ハキハキ
提督「お、おう。それは何より(え?何この元気さは)」
―食事の時間以外、『まみや』では、ホットスナックの取り扱いもしている。地味だが売れ行きが良いのが焼き芋や大学芋、甘栗、肉まん、あんまんなどで、潮が焼き芋が好きな事を、提督は曙と漣から聞いていたのだが、どうやら思っていた以上に好きらしい。
潮「提督、学校の片づけのついでに、焼き芋を焼くという事ですか?あれだけ落ち葉があったら、きっとたくさん、焼けますね!」キラキラ
提督「ただ片付けたんじゃつまらないだろうし、寒いからな。質のいい芋は既にかなり仕入れてあったりする」
潮「わあ!とても楽しみです。片付け、頑張りますね!」
曙「・・・潮、あんたってそんなキャラだったっけ?」
朧「焼き芋が好きなのは知っていたけれど、そんなに好きだったのね?」
漣「・・・ご主人様、この子焼き芋で釣れますよ、きっと」
潮「うう、みんなひどい・・・。でも、ここの焼き芋はとってもおいしいです!皆も食べてみたらいいのに・・・」
提督「おっ、それに気づくとは潮は味がわかるね。うちの鎮守府に納品されているサツマイモは、あえて何種類かを所沢の専門の農園から仕入れているからな」
漣「えっ?そうだったんですか?」
潮「わあ!やっぱりそうなんですね!安納芋と、紫サツマイモと、あとなんでしょうか?」
提督「いや、確か農園にお任せで、十種類近く楽しめたはず」
曙「そんなに!?」
提督「安いし美味しいしな。芋ってのは戦いとは相性がいい食べ物の一つだから、ちょっとこだわってみた」
朧「知らなかった。食べてみよっと!」
雪風「雪風もよく、おいも食べてますよ!この前は白いサツマイモでした!」
五十鈴「あ、私もそれ、買ったわ。美味しかったわよね」
提督「大学芋も旨いぞ。あれはいいね」
潮「大学芋もとってもおいしいです!間宮さんのお店のは、冷めてもおいしいんですよね。タレが固まらなくて」
提督「夜中とかの執務の合間に丁度いいんだよな。腹の調子も良くなるし」
潮「あ、すごくわかります!」
漣(へぇ意外。食べ物の話だと、潮ってこんなに屈託がなくご主人様と話せるのね)
曙(まさか潮がこんなに話せる子だったなんて・・・)
五十鈴(七駆の子たち、面白いわねぇ)
雪風「しれぇ、仕掛けは上げないのですか?」
提督「あ、そうだった。どれどれ・・・」グイッ
―潮流を加味しても、だいぶ重さが増しているように感じられる。
提督「あれ?何か、かかってるっぽいな」
曙「えっ?」
五十鈴「あら、楽しみじゃない?」
―糸を巻くと、間違いなく、ずっしりとした重さを感じる。提督は手ごたえを感じながら糸を巻き続けた。しばらくして、波打ち際から、網の塊のような仕掛けが姿を現すと、明らかにカニのようなものが幾つか取り付いている。
提督「おお!空振りじゃないようだな!」
朧「あっ、カニがついてるね!」
雪風「すごいのです!本当に釣れるんですね!」
―波が切れてから一気に手繰り寄せると、数匹のカニが絡まっていた。
提督「おお、いけるねぇ。んっ?なんてこったい、大当たりだ!ノコギリガザミがかかってるぞ!」
五十鈴「うわ、すごいのが引っかかってきたわね!」
―堅洲島の海はだいぶ豊かなようだ。提督の引き揚げた仕掛けには、珍しいノコギリガザミを筆頭に、ヒラツメガニやキンセンガニ、ワタリガニがかかっている。
提督「良い海だな、あまり汚さないようにしたいが・・・」
―釣りを楽しみつつも、提督の頭の中には、この鎮守府正面の海に構築すべき要塞のイメージが、ほぼまとまりつつあった。
―同じ頃、堅洲島鎮守府、南棟410号室、特務第七の川内の部屋。
―コンコン
特務第七の川内「・・・どうぞ」
―ガチャッ
川内「おはよー!ちょっと落ち着いた?少しは眠れてると良いんだけど、一緒にご飯食べに行ったり、散歩したり、良かったら演習でもしない?」
特務第七の川内「・・・ありがとう、私はいいけど、いいの?」
川内「もっちろん!提督の許可も出ているしね!」
特務第七の川内「そういう事ならいいけれど・・・」
川内「じゃあ決まりね!お腹減ってない?あと、お風呂はどう?」
特務第七の川内「全部まだよ。でも、どうして私に構うの?」
川内「私たち艦娘の場合は、自分が複数いるでしょ?でも、こうして関わる機会はそれほど多くないし、あなたって強くてかっこいいじゃない?色々聞いてみたくなるんだよねー」
特務第七の川内「強くてかっこいい?私が?」
川内「うん、同じ私としては、そりゃー色々、気になるでしょうよ」
―特務第七の川内は、自分に元気づけられているような、妙な気持ちになった。
特務第七の川内「・・・ふふっ、ありがとう。ちょっと元気が出たよ。ここは提督も艦娘も何か違うよね。見学もかねて、案内してくれたら嬉しいな」
川内「やったぁ!決まりだね!・・・ところで、一つ聞いていい?」
特務第七の川内「なーに?」
川内「夜戦すると深海化するって本当?」
特務第七の川内「えーと、それは・・・(どうしよう・・・)」
―しかし、川内は特務第七の川内の困惑に気付かずに続けた。
川内「朝からいろんな人に聞いているんだけど、なーんかみんな、知ってそうなのに言葉を濁すんだよねぇ。何でかな?」
特務第七の川内「えっ?色々な人に聞いたの?・・・えっと、そうそう!この話は機密に近いから、あまり人に聞いたりしちゃいけないのよ(我ながら、良いフォローだわ!)」
川内「えっ?そうなの?じゃあ微妙な反応をした人は、みんな提督から機密に触れるような情報を聞いたって事かな?神通も那珂も知ってそうだったし・・・あっ!まさか、私の知らないところで何か任務が?だとしたらちょっとひどい!」プンスカ!
特務第七の川内(良くなかったー!)
―特務第七の川内は、この話題をどうフォローするか考えつつ、川内に堅洲島鎮守府の案内を受けることになった。
―同じ頃、神戸港に向かう、自動運転車の中。
―結局、川内の事がなぜか頭から離れなくなった鷹島提督は、予定を切り上げて神戸港のフェリー『いかるがⅡ』内の秘匿された執務室に向かう事にした。夕立は同意したが、納得しているわけでは、当然ない。険悪な空気が加速していく。
夕立「仕方がないから協力するけど、もう夕立、提督の言う事なんか聞きたくないっぽい」ムッスゥー
鷹島提督「返す言葉もない。本当にごめんな。しかし、これは・・・」
夕立「言い訳なんか聞きたくないっぽい!すごく楽しみにしてたのに!話しかけないで!」
鷹島提督「いい加減にしろ!うちの案件はこういう事だって起きる。自分の事ばかり、なんだ!」
夕立「自己責任て決まりでしょ、作戦や川内さんの行動にも問題があったかもしれないでしょ?提督が勝手に夕立の事を二の次にしてるだけっぽい!こんなの酷いよ!ジャマだったら解体でも何でもすれば「いい加減にしろ!」」
―バシッ!
夕立「あうっ!」
―ハッ!?
鷹島提督「あっ、すまん・・・」
夕立「・・・最低。言う事を聞かないからって女の子叩くなんて・・・」グスッ
鷹島提督「すまない。武憲隊(武装憲兵隊)に、この件はちゃんと報告を「そんな事しなくていいっぽい!」」
夕立「・・・もう知らない」グスッ
鷹島提督(わかっちゃいるんだよ、自分が最低な事くらい・・・しかしな・・・)
―鷹島提督は今になって、最近疎遠だった川内が心配で仕方ない自分に気付いた。
鷹島提督(川内・・・何があったんだ?)
―自分がこれほど動揺したのは、いつ以来だろうか?
第三十三話、艦
次回予告
提督が艦娘たちとカニ釣りとアウトドアを楽しんでいる頃、特務第七の川内と、堅洲島の川内は、堅洲島鎮守府内を移動しながら、ともに時間を過ごす。
漂流している熊野と朝雲は、久しぶりに陸地に到達するのだが・・・。
瑞穂と下田鎮守府の提督の世話をしていた陸奥は、一通りの補佐を終えると、瑞穂から不気味な情報の提供を受ける。
同じ頃、東北地方のある『名ばかり泊地』では、今日も浜風が、艦娘とはあまり関係のない仕事に追われていた。
次回、『川内、二人』乞う、ご期待!
吹雪『そんな!このSSも読んでくれなきゃ、ダメですー!』
私事で忙しくて更新が遅くなってしまいました。最近、書けないとストレスが溜まる自分に気付き、ちょっとビックリしています。
今回のイベントで、天津風、天城、朝風、コマさん、サラさんをお迎えできました。でも、山風はダメでした。
イベントで増えた艦娘では、サラさんが一番面白いかなと思います。スカートの中のチェーンマインがたまりません。
チェーンマインと言えばあのモビルスーツですね。
ちなみに、未着任で一番欲しい艦娘は親潮です。色々とストライク過ぎてもう・・・。
作中の堅洲島の海岸のモデルは、千葉県の野島崎や白浜のあたりと、宮城県女川町の塚浜です。後者は日本に数少ない「鳴き砂」でありながら海水浴可能な砂浜なのです。
今回提督がやっているカニ釣りですが、これは九十九里浜ではメジャーな釣りです。離岸流を見極められないと、なかなかうまくいきません。しかし、楽しいし簡単なので、お勧めの遊びの一つです。
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