「地図に無い島」の鎮守府 第五十二話 結成!餓狼戦隊
小笠原に侵攻した、足柄の戦隊の活躍と、深海側との頭脳戦の始まり、そして、深海の二人の提督。
初雪たちとゲームをしながらも鋭い判断をする提督に、叢雲は飽きれつつも感心する。
五日の錬武会の準備をする神通たちの様子を見つつ、剣の手ほどきをする提督。そこに訪れる、榛名と金剛、そして始まる、艦娘の剣の弱点と、榛名の違和感。
同じ頃、志摩鎮守府では、特務第七に私的制裁を加える為に出航した司令船を冷ややかに見送る若葉がおり、眠り続ける阿武隈に、心中を吐露する。
そして深夜、堅洲島のメンバーと司令船で合流した足柄たちに対して、提督はその働きを認めて、『餓狼戦隊』の名を贈るのだった。
波崎鎮守府に帰ってきた鹿島は、不安を和らげるように刀を抱いて眠る。
再び、堅洲島では、那珂ちゃんの質問に答えつつ、その才能に感心する提督と、
夢とも記憶ともつかない違和感で眠れなくなった榛名は、起き出して夜風に当たろうとするのだった。
常号作戦の狙いは当たっており、足柄さんが戦隊を率いて暴れます。
その活躍ぶりに、独自の戦隊名を与えられるほどです。
また、提督の過去や剣の話に絡み、いよいよ榛名の何かが動き始めます。
今回の話から、深海の提督と、個体名を持つ深海の姫たちが出てきます。海と地上での戦いが、始まりつつある感じですね。
また、堅洲島の那珂ちゃんも天才肌の子なのですが、今回少しだけ、その才能が出ます。
そして、いよいよ阿武隈と、彼女を守る若葉の話が出てきました。一か月の間に30体を超える姫クラスを葬ったとされる彼女の激烈な日々も、やがて語られていきます。
また、阿武隈を慕う若葉の、硬派なのにココアシガレットを愛用しているところもポイントです。
第五十二話 結成!餓狼戦隊
―2066年1月3日、マルキューマルマル(午前九時)過ぎ、堅洲島鎮守府、執務室ラウンジ
足柄「というわけで、お手数かけるわね、叢雲」
叢雲「全然構わないわ。本来なら、私も出たいところだけれど、アイツを少し休ませとかないとダメだものね・・・」
足柄「漣が遊びに行っていたけれど、あの子なりの気遣いよね、きっと。とりあえず、私は暴れてくるわ!」
―足柄はこの時点で、既に前哨戦のメンバーを固め終えていた。足柄、羽黒、妙高、五十鈴、霞、磯風の六名だ。正月の三日だというのに、思ったよりも参加希望者が多い。何度も戦いたい足柄には、嬉しい誤算だった。
―三時間後、迂回航路より緩衝海域深部。
五十鈴「足柄さん、変色海域が見当たらないわね」
足柄「おかしいわね。ちょっと待ってて・・・」ゴソゴソ
―足柄は座標と、この海域の一か月ごとの定点観測写真を照合した。
足柄「・・・うん、間違いないわ。ここは迂回航路定点の一つよ。目の前に真っ赤な海と、暗い空が広がっているはず。過去の一年間・・・そして一か月前までは、変化が無かったはずよ」
妙高「電探にも、敵性反応が無いわね」
羽黒「私も感じられないです」
霞「どういう事なの?・・・まあ、この時点で既に、予想接敵時間をかなり過ぎているけれど。海が静か過ぎよね」
磯風「一か月ほど前なら、この辺りは敵だらけだったはずだぞ?」
足柄「・・・という事は、提督の予想通り、二方面にだいぶ戦力を割いているという事ね。常号作戦は始まったばかりだし、そうすると・・・」
―足柄は少し考え込んだ。
霞(何を考えているのかしら?)
―霞には何となくだが、足柄がろくでもない事を考えている気がした。
足柄「それでもおそらく、戦術的か戦略的な要衝には、エリートクラスの深海棲艦が配備されているという事だわ。そいつらを見つけて討ち破れば良いのよ!簡単に大将首に近づける、絶好のチャンスよ!」キラキラ
霞(ほらやっぱり・・・)フゥ
―霞はしかし、そんな足柄に付き合うのは楽しい気がしていた。
妙高「足柄、緩衝海域内でしか戦闘は認められていないでしょう?」
足柄「当然、おびき出して叩くのよ!」
五十鈴「まあ、肝心の敵が居ないものね。このまま進んでみるしかないでしょ?」
―妙高は少しだけ考えた。
妙高「・・・現状を提督に報告。同時に、このまま進んでみましょう。包囲されるような反応は無いし、ここで手ぶらで帰るのも得策ではないわ。散開梯形陣で進みましょう?」
足柄「さすが姉さん!分かってくれるわね!・・・羽黒、索敵お願いね。戦隊、散開梯形陣で小笠原へ直進!いい?私が指揮を執っている時は、総員、餓狼の如しよ!相手が虎だろうがドラゴンだろうが、喉笛を食いちぎれば終わり。喰い殺してやるわ!」ギラッ
―足柄は前方の水平線に目を凝らした。その瞳には獰猛な光が楽し気に踊っている。
霞「足柄らしいわね。でもそうよね、手ぶらで帰りたくはないわ!」
磯風「かけた多くの迷惑を埋めて余りある戦果が欲しいものだな!」
―足柄たちは注意深く、しかし獲物を探すように小笠原へと進んだ。
―同じ頃、堅洲島鎮守府、執務室ラウンジ。
叢雲「作戦、当りみたいね。現状で緩衝海域でも接敵せず、変色海域も通常の海の色に戻っているそうよ?」
提督「そのまま進撃を許可。それと、潜水艦隊を後詰めで出撃させる。イクちゃんたちを呼び集めて」
叢雲「ん?後詰め?どういう事?」
提督「予想外に小笠原に接近できた場合だが、以前の父島や母島の泊地の艦娘が全滅しているとは考えづらいし、民間人もおそらく何人かは生き残っているはずだ。同時に、警戒がそれだけ薄いとなれば、逆に確実な戦力は残しているはずだから、足柄たちは全力の戦いを強いられる可能性がある。そうなると、味方に遭遇した場合の連絡や補給までは手が回らないはずだ」
叢雲「なるほど・・・」
提督「それと、司令船の出撃準備もしておいて欲しい」
叢雲「それは大丈夫よ。いつでも出撃可能だわ!」
提督「さすがだな。上手くいけば、小笠原は駒の少ない将棋になるかもしれん。後々、脅威となる姫クラスを練度上げを兼ねて倒しつつ、出方をうかがいたいものだな」
叢雲「ねえ、ひとつ、質問してもいい?」
提督「うん?」
叢雲「どうしてそんなに、戦術に通じているの?ううん、戦略まで含められるかしら?専門の教育を受けたり、勉強をしたりしたの?」
提督「ああ、それはな、過去の似たようなパターンを引っ張ってきたり、相手の思考の癖を読んで先回りするからだ。相手を読まなければ、相手の命運を握れない。それが、たまたま当たっているだけだよ。思考を読まれて先回りされることは、人が一番嫌がる事の一つだと思うんだが、それを慎重に行っている感じだな」
叢雲「なるほど・・・」
提督「ただ、深海は明らかに途中から、何らかの感情を乗せた意思が乗っている。その意図するところがわからない。最終的な目標がな。まるで、複数の意思があり、途中経過は同じでも、目的地は複数存在するような・・・そんな気がする」
叢雲「そんな事までわかるの?」
提督「・・・味方の裏切りとか、色々経験すると、何となく思考の幅が広がるようなんだよ。勘に過ぎないけどな」
叢雲「そうだったわね。・・・ねえ、いい子も沢山いるんだから、程々に気を楽にしてね?」
提督「ああ、叢雲とかだろ?」ニヤッ
叢雲「はいはい、茶化すくらいなら大丈夫ね」ニコッ
提督「叢雲、おれはさ、なんだかんだで戦うのは嫌いじゃないんだよ。いずれ話すが、おれが深く考え込んでいたのは、そんな事じゃないんだ。だから、別に今の何かを苦痛に思っていたり、嫌だったりはしない。そこは心配しないでくれ」
―叢雲は無言で、提督の眼を覗き込んだ。独特な、赤ともオレンジともつかない瞳が、提督の心を見通そうとしているようだ。
叢雲「気遣い、ではないと思いたいわ(相変わらず、何を考えているのかわからない眼をしているわね・・・)」
―提督の眼は、明るい鳶色の瞳の奥に、澄んだ闇の深い瞳孔をしている。どこか遠くを見ていて、誰も映らないようなその眼は、何を考えているのかよく分からない。
提督「そうだよ。だから大丈夫だっての」
叢雲「おいおいでいいから、アンタの事、もっと話してね?話せる事だけでいいから」
提督「そうだな。とりあえず言えるのは、提督って立場は別に悪くないもんだなってところか。ここにはおれしか人間が居ないのが、逆にいい。上層部がそうした意図は分からないがな」
叢雲「そうなの?・・・そうね。役得でも何でも、存分にしたらいいわ」ニコッ
―かつて、総司令部か、もしかしたらそれより上の指示により、生殺与奪を握られた叢雲は、上層部も何もかもを信用していなかった。だからだろうか?味方からの暗殺を全て跳ね返して生きてきた提督には、とても共感できる部分があった。さらに、そんな自分が人質として機能してしまうこの司令官を、憎からず思っている。
提督「良し、じゃあ叢雲、間宮さんとこで何か食べようぜ!」
叢雲「ふふ、役得ね!」
―ちょうど昼飯時だった。
―しばらく後。小笠原近海。
足柄「ああもう、何もいない!二重の意味で頭に来るわね!」イライラ
―足柄たちの艦隊は、既に小笠原諸島の警戒水域に到達していたが、相変わらず敵性反応も無ければ、動くものも見当たらない状態だった。
霞「絶海の綺麗な海原ね・・・ん?二重の意味って?」
五十鈴「でも、何かおかしいわ。小笠原は父島と母島に大規模な泊地があって、向島には要塞化された補給基地まであった戦略拠点よ?少数精鋭の艦隊が守るにしても、哨戒部隊さえいないって言うのは、理解に苦しむわね」
足柄「・・・ううん、実は、提督からはこういう展開のパターンも聞いていたのよ。信じたくなかったけれど、こちら側の情報が多分に漏れていた場合、こうなるだろう、という予測だったのよ」
五十鈴「えっ?つまりどういう事なの?」
足柄「常号作戦と銅作戦は、こちら側の残存戦力を誤認させて深海側の攻勢にストップをかける意味の他に、情報の漏えい度を測る意味もあったの。そして現在のこの状況は、最も深刻なレベルを意味しているわ。今までのこちら側の作戦は、ほぼ筒抜けだったという事よ。私たちがここに攻め込むことは完全に想定外で、深海側は警戒さえ解いてしまっている、ということ。防衛する必要が無いから、防衛戦力もだいぶ削られていたという事よ」
妙高「提督が仰っていたわね。全体では劣勢に見せかけつつ、局地戦で敵の拠点を少しずつ切り裂いていくと。その最初の局面が来てしまったようね。足柄、どうするの?」
足柄「もちろん、このまま突っ込むわ。遊撃しつつ敵の有力な戦力を漸減する!あえてここから通信を鎮守府に飛ばして、小笠原の奴らを喰いつかせるわ!」
―足柄は特殊帯通信の感度を全開にして、堅洲島に通信を送った。
―堅洲島鎮守府、特殊帯通信室。
初風「提督、足柄さんと妙高姉さんからよ。もうじき小笠原諸島が見えるはずなのに、敵性反応が皆無との事よ」
提督「これで、相当太い情報漏えいが存在していることは確定か・・・。ふざけた話だな。足柄に進撃と、会敵次第交戦の許可。こちらは潜水艦隊をサポートで出撃させた件を連絡。合わせて、銅作戦発動。当初の第一、第二艦隊を編成できる形で司令船での出撃。第三艦隊は現時点では出撃を見合わせる」
叢雲「呆れるわね。要するに、敵が把握している情報は無駄に正確だから、小笠原に侵攻する鎮守府はいないと確信しているって事ね?」
提督「そうなるな。そして、そんな余裕こいた戦いは今日で終わりってこった」ニヤッ
―提督の眼に、わずかに獰猛な光が躍ったが、秘書艦たちは気づかなかった。
―同じ頃、深海父島泊地、執務室。
―父島の港に面したかつての泊地の面影はなく、黒い深海の鉄でできたトーチカのような要塞に成り代わっていた。その壁面は影のように滑らかで光を吸い込み、ところどころに血管や配線のようにも見える、細い線状の赤や青の光が呼吸のように明滅し、走っていた。その要塞の奥で、珍しく大きな声が響く。
深海父島提督「何だと?この小笠原に侵攻する艦娘の艦隊が、近くで特殊帯通信を全開にしていたと?」ギロッ
―雑に刈られた白髪に、青白い顔、細面に赤い瞳の提督は、静かな驚きを持って顔を上げた。
港湾棲姫(個体名・ハナ)「マチガイナイ。コチラデ傍受シタ。声ノカンジデハ戦意モタカイ。イマイマシイナ」
深海父島提督「ふん、この島に残っているのは精鋭ばかりだぞ?舐められたものだな。ハナ、深海父島艦隊・前衛エリート艦隊、防衛艦隊、最終防衛艦隊、親衛艦隊、全て出撃させろ!小生意気な艦娘どもを全て絶望の深海に沈めてしまえ!」
港湾棲姫・ハナ「ハッ!ソウイン、シュツゲキ!」
―大規模侵攻の夜から一年半。ついに、一度も出撃しなかった父島の深海精鋭艦隊に出撃命令が下った。
深海父島提督「ここに割ける戦力など無いはずだ。おそらく何らかの理由で迷い込んだか、深入りし過ぎた偵察艦隊だろう。無駄に命を散らすか・・・ふふふ」
―重巡戦隊一艦隊など、せいぜい二艦隊で完全に叩き潰せるはずだった。全艦隊を出撃させたのは、深海参謀からの指示によるものだ。
―深海参謀『万が一小笠原に敵艦隊が現れた場合は、全力でこれを排除せよ。多くの場合は取るに足らぬ敵だが、ごくわずかの確率で、我々の敵の可能性がある』
深海父島提督(ふっ、艦娘は全て敵だ。参謀も『我々の敵』などとよくわからぬ物言いをする。だが、決して敵は侮らん。全力で叩き潰すぞ。アメンボどもめが・・・!)
―深海側からは突出部に当たる小笠原・父島の深海提督は、圧倒的優位でも決して慢心しない男だった。かつて艦娘を率いていた頃も、常に敵に対して倍する戦力をぶつける、慎重な戦い方が評価されていた提督だった。
―近くの海域。
羽黒「姉さん、感ありです。これは・・・!」
妙高「わかるわ。本隊ね。足柄、暴れまわるわよ?」
足柄「へえぇ!侮らないで全艦隊を出して来るなんてやるじゃない!提督の許可もいただいたし、後詰めも第二艦隊も完璧。さあ、全員、仲間の仕事を削りまくるわ!戦隊、最大戦速!こちらに対応する前に、ヌ級を沈めるわよ!」ガココンッ・・・ゴオッ
―足柄は加速しつつ、砲塔の照準を合わせ始めた。
霞「えっ?このまま突っ込むって事?」
妙高「なるほどね!」
磯風「いいだろう!撃って撃って撃ちまくり、斬りまくるぞ!」
五十鈴「えっ?そんな無造作に!?・・・負けてられないわね!」
―しかし、この足柄の無謀に見える突撃も、明確な意味があった。これは提督が足柄だけに指示していたことなのだが、いずれその意味が判明していく。
足柄「いい?雑魚は射線に入りそうな時だけを狙うわ!基本的には旗艦だけを喰い殺すつもりで行くわよ?陣形も維持できなくなるだろうし、旗艦を取れば指揮は弱体化するわ。いいわね?」
―足柄たちの戦隊は、軽母ヌ級を旗艦とした、ヌ級フラッグシップ×2、ネ級エリート×2、イ級後期型エリート×2の、父島前衛エリート艦隊と会敵した。足柄を先頭に、羽黒と妙高が楔形陣形を組み、その前部に、五十鈴を頂点とした楔形陣形で突撃する。
霞「なるほど、こう近くては艦載機で攻撃なんて無理ね!」
足柄「置物よ置物!くらえぇぇ!」ドンドウッ!
ヌ級フラッグシップ「ヌッ?ヌゥゥゥゥ!!」
足柄「ほら、次はあなたよ!」ギラッ!ドドウッ、シュバッ!
―足柄はもう一艘のヌ級に肉薄し、砲をほとんど零距離で発射しつつ、魚雷を撃ち込んだ。回避も何もあったものではない距離からの攻撃になすすべもなく、ヌ級は無力化されてしまう。
妙高(もともと戦闘が好きだけれど、何かしら、この足柄の重厚で大胆な戦い方は・・・?)
―妙高は足柄の強さと戦い方に違和感があった。よく考えれば、今日が自分も含めて初陣の筈なのに、足柄の戦いぶりは老練かつ大胆だし、自分もまた、この状況を楽しむゆとりさえある。
妙高(当たり前のようで、凄く不自然な事だわ。これはどういう・・・あっ!)
―『艦娘は提督の影響を受ける。強い提督の艦娘は強い。ただ、現在はそのような提督はほとんどいない』
妙高(ああ、そういう事なのですね!私たち、あの方の艦娘だから、こんな海域でも心が高揚しているのですね)
―妙高はコート姿の提督の後姿や、最近の執務室でのやり取りを思い出していた。
妙高(心躍る日々の始まりの予感がするわ!)
―妙高は高揚しつつ照準を合わせ、砲撃した。ネ級エリートに砲弾が吸い込まれるように命中する。
足柄「姉さん、やるわね!でも、負けないわ!」
―本来なら、彼我の実力差はもう少し大きいはずだが、足柄の戦い方は深海側のセオリーからも外れており、前衛エリート艦隊の航空戦力はほぼ封じられた形となった。
足柄「いい?空母は中破で放置、駆逐はイクちゃんたちが来るから、可能なら撃沈。資材を食うネ級は大破したら放置よ!無駄弾を抑えて、食い散らかすわ!」
妙高「いいわね。その気になってきたわ!」
羽黒「次の艦隊も出てきたようです!先行して雷撃が有利だと思います!」
磯風「この磯風、イ級ごときに遅れは取らない!」ドドウッ!
―磯風の砲弾もまた、イ級に吸い込まれるように命中する。
イ級後期型エリート「イイィィィー!!」
五十鈴「潜水艦の感無し!いけるわ!邪魔よっ!」ドンッ!
―こうして、足柄の猛突撃により、父島の前衛エリート艦隊はまともな戦いも出来ぬうちに総崩れとなった。
―深海父島泊地、執務室。
―総崩れになった前衛エリート艦隊の様子は、深海の泊地でも把握し始めていた。
深海父島提督「なんだ?おい、これはどういう事だ?」
―報告に上がってくる戦況は、まるで捨て身の攻撃でも仕掛けているような獰猛さで、艦娘たちが前衛エリート艦隊を次々と無力化していく様子だった。
深海父島提督「練度はまあまあだが、何だ?この捨て身のごとき攻撃は。現在の大規模作戦でも、思考サルベージには小笠原の事などかすりもしていなかったはずだぞ?」
―深海提督には、たった一艦隊の艦娘たちの獰猛な戦い方の意味を考慮する必要があった。現時点で、そこまで猛々しい進撃をする理由は何か?侵攻している艦娘たちは、かつての父島と母島の泊地に何らかの繋がりがあるのだろうか?そうでなければ・・・。
深海父島提督(まさか奴ら、何らかの方法で母島要塞の『ポータル』の存在を察知したか?)
―だとすれば、この捨て身の攻撃は、十分な後詰めの到着を見越した、強行偵察と陽動の可能性がある。
深海父島提督「ハナ、わずかに母島に残っている守備艦隊を全てこちらに回させろ!母島の提督が従わなかったら、『ポータル』に気付かれた可能性があると言え!こちらは親衛隊と最終防衛艦隊を引き下げろ!それから、我らが楽園に至急、状況の報告と増援の要請だ。すぐにとりかかれ!」
港湾棲姫・ハナ「ハッ!タダチニ!」
―そう多くない深海父島泊地内の深海棲艦たちは、あわただしく動き始めた。
―深海母島要塞、ポータルタワー管理・執務室。
深海母島提督「ふん、父島の腰抜けが!寝ぼけてイルカの群れでも見間違えたのだろう。日々の鍛錬を怠るな、と叱り飛ばしておけばいい。・・・そもそも、ここは別に父島の指揮下じゃねえ。次に勘違いしたら派手に誤射するとでも脅しておけ!」バサッ
戦艦タ級エリート「ハッ!」
―白い肌に白い長髪、好戦的な赤い眼の、深海母島提督は、忌々し気に通信ログを投げ捨てた。ジーンズに革のベスト、というラフな服装だが、あちこちにナイフを身に着けており、隙が無い。膝を組んで上質のソファに寄りかかり、背もたれに乗せて広げた両腕には、それぞれ戦艦タ級フラッグシップを侍らせていた。
深海母島提督「けっ、せっかくお前たちと正月の酒を楽しんでいたというのに、戦い方も連絡も、いちいち無粋な奴だぜ。いっそ奴がぶっ殺されて、小笠原全域をおれが掌握したほうがいいのによ!」
戦艦タ級フラッグシップ(個体名・リン)「フフフ、ワルイ提督ダナ!」
戦艦タ級フラッグシップ(個体名・リナ)「ハナガメアテナンデショ?ワルイヤツダ!」クスクス
深海母島提督「あいつはワンコ姫のでかい胸が苦手らしい。その時点でもう分かり合えねぇよ!なあ!・・・ほら、お前たちももっと呑め!」グビグビ
―深海母島提督は、戦艦タ級たちに酒を勧めつつ、自分もジャックダニエルを瓶で呑んでいた。
―父島泊地の提督と母島泊地の提督は、互いに非常に仲が悪かった。が、今まで特に問題は無かった。何かを試される局面の訪れなかった、今までは・・・。
―マリアナ海溝、深海側の要塞、『E.O.B』、高次戦略解析室。
―D波特殊帯通信によって、深海参謀が父島提督に直接通話をしていた。
深海参謀「小笠原に重巡一戦隊で侵攻だと?ふむ・・・戦闘の状況は?」
深海父島提督「前衛エリート艦隊の被害が甚大。捨て身に近い攻撃で一瞬で旗艦をやられました」
深海参謀「後詰めの艦隊の反応は無いのだな?」
深海父島提督「はい。全くありません」
深海参謀「ふむ・・・。待て、少し考える」
深海父島提督(珍しい。参謀が『少し考える』とは。やはり意味不明か難しい状況なのだな)
深海参謀(今回の大規模作戦といい、小笠原といい、何か気に食わんな。今までと違う。何者かがひっそりと我々を計ろうとしているようなこの感じ・・・見過ごせぬ。ここは仕掛けてみるか)
―深海参謀はしばし熟考したのち、くだんの重巡戦隊をなるべく短時間で全滅させるのが良い、という結論に至ったが・・・。
深海父島提督「お言葉ではありますが、もしかして奴ら『ポータル』に気付いている可能性は・・・」
深海参謀「何だと!?それは流石に有り得んぞ?有り得んはずだが・・・」
―父島提督の指摘で、その方針を変えることになった。
深海参謀「ふむ・・・増援は無しで、二艦隊は泊地の守りを固め、防衛艦隊で撃滅しろ。後は持ちこたえつつ様子を見るのだ。まだ何とも言えん」
深海父島提督「諒解いたしました!」
―深海父島泊地、執務室。
深海父島提督「よし、防衛艦隊を再度出撃させ、奴らを撃滅させろ!」
―だが、この判断は、相手を読むことに才覚の有る者には、様々な事を浮かび上がらせるに足るものだった。
―堅洲島鎮守府、執務室。
初風「足柄さんも特殊帯全開とか、派手ねぇ。えーと、結局、最初に繰り出してきた艦隊は、交戦した前衛艦隊以外、一度撤退。そののち、おそらく防衛艦隊が再度迎撃に出て来たそうよ」
提督「・・・その、時間差を正確に教えてくれ」
初風「時間経過との兼ね合いね?ちょっと待ってて・・・えーと、約20分程度ね」
提督「20分くらいか。ふむ・・・」
叢雲「何かわかるの?」
提督「おそらく、父島の提督なり、責任者なりは、最初は自分の判断で足柄たちを捻り潰そうとした。・・・が、獰猛な戦いぶりに疑心暗鬼になった。・・・で、ここが大事なところだが、何者かの判断を仰いで、防衛艦隊のみを出してきた。・・・つまり、これは様子見だな。なら、様子は見させない。足柄たちに一時撤退を指示。司令船及び再編艦隊との合流地点まで、全力撤退せよ。合流・休息ののち、司令船を合流地点に待機させたまま、再び一艦隊で全力攻撃だ。母島の戦力のみ合流可能な時間帯に、果たして増援が来ているか、様子を見る。待て、足柄の気が収まらない場合は、敵防衛艦隊に中破レベルまでのダメージを与えつつの撤退戦は許可する」
叢雲「えっ?ちょっと待って、もう一度お願い」
―提督は同じ話を繰り返した。
叢雲(そうだった。頭の回転が速いのよ。人の心を読むのが得意とは言っていたけれど、そんなにわかるものかしら?)
―しかし叢雲は、提督の機転を身近で何度も見てきて、驚かされている。おそらく今回も驚かされるのだろう、と思っていた。
叢雲(こんな事を考えてはいけないけれど、ほんと、上層部があんな手を使ってまで提督にしたがったのが良く分かるわ・・・)
―叢雲が執務机を見ると、提督のノートには太平洋と堅洲島、マリアナと小笠原諸島の走り書きがあり、既に『父島の提督、居るとすれば、権限が弱いか、重要な判断は自分だけではしない奴。おそらく慎重』と記入されていた。
叢雲(そんな事まで!?・・・でも、それより何より、これ、どうなのかしら?)
―こんな緻密な分析と運用をしつつも、提督はもう一つのノートタブレットで、人気ゲーム『ウォーシップワールド』を開いており、初雪とクランを組んで艦隊戦を楽しんでいたのだった。
提督「あっ!また野良の天龍にやられた!というかこのTenryu-chan-loveってユーザー、絶対に龍田だろう!くっ、おれの扶桑姉さまに傷をつけるとは!」
―どうやら提督は、戦艦扶桑を運用しているらしい。
叢雲(ほんと、大したものねぇ・・・)
―ガチャッ、バターン!
山城「扶桑姉さまが傷ついたって言いましたか!?」
提督「おわっ!地獄耳か!ゲームの話だよ」
山城「なんだ・・・ゲームか・・・。あっ、姉さまに髪、切ってもらったんですね」フゥ・・・ガチャッ、バタン
提督「何がしたかったんだ・・・」
―こうして、広大な太平洋を舞台に、思考の交錯する高度な読み合いが始まった。しかし、読み切って、勝ってしまってはいけないのが、この思考戦のポイントだった。あくまでも相手の思考のレベルを読みつつ、こちらを読ませず、侮らせておく必要があった。
―さらにしばし後、堅洲島鎮守府、三階、仮設修練場(旧、セレモニーホール)。
神通「あっ、提督、見に来てくださったんですか?」
那珂ちゃん「あ、提督おはようございまーす!」
提督「二人ともお疲れ。川内は・・・演習場か。・・・おお、だいぶ道場らしい感じになってきたな。明後日の錬部会は無事に開けそうだな」
神通「はい。何とか形になってきました」
提督「ふむ。神通、おれは今日、休暇だし、ちょっとだけ剣を見ようか?」
神通「えっ!?いいんですか?ありがとうございます!」パアァ
那珂ちゃん(わぁ、すっごい嬉しそう!)
―提督は神通から木刀を受け取ると、それぞれ畳に貼られた試合用の導線の上で対峙した。
提督「構えてくれればいい。今日は理念の話をしておこうかと。・・・ん、やはり神通は筋が良いな」
神通「ありがとうございます!」
―中段に構えた神通は凛としていて美しく、隙が無い。そして、構えた木刀と本人とのブレが無かった。
提督(風評、伊達ではないな。この子も相当、強くなるな・・・)
神通「よ、よろしくお願いいたします」
提督「では、少しだけ。おれも構えるから、神通はおれから一撃を取るつもりで構えてくれ」スッ
神通「はい!」
―ズシッ・・・
神通(くっ!)
―いつもの、カーゴパンツに黒いTシャツ、その上に黒のワイシャツをひっかけただけというラフな姿の提督が、緩やかに木刀を構えた刹那、神通は自分の周囲の空気が、鉛の海に変わったように感じられた。
神通(息をするのさえ、辛い・・・。これが、私たちの提督なんですね・・・。対峙すると良く分かります。ものすごい経験の差が、重さに感じられます)
―木刀で・・・いや、真剣や艤装状態にしたとしても、勝てる気がしない。そもそも、提督は殺気さえ放っていない。彼我の経験や実力の差が、神通には重さとして感じられていた。
神通(こうして提督と対峙してみると、榛名さんのすごさが良く分かります)
―榛名は強気のまま、剣にとどまらず、提督に様々な技をぶつけていた。それがどれだけすごい事かが、実際に提督と対峙してみると、良く分かった。
提督「ほら、呑まれ過ぎだ。深呼吸!」
神通「えっ?あっ、はい!」スゥ・・・ハァ・・・
提督「足の裏からゆっくり空気を吸い上げ、腹と胸を満たし、肩から息を静かに吐くような感じで。気力が満ちてくるぞ」
神通「はい!(あ、確かに、落ち着きますね・・・)」
提督「整心術の一つだ。覚えておくといい」
神通「整心術?」
提督「ああ。戦いにはしばしば、落ち着いた心の在り方を問われる局面があるだろう?そんな時に心を整える技術だな。地味だが、大切だぞ?」
那珂ちゃん「あっ、那珂ちゃんもよく、ステージに立った時に沢山の観客を前にしても上がらないように、イメトレしてるよー!」
提督「そうそう、そんな感じだな。イメトレも大事なもんさ」
榛名「あっ、提督、こちらにいらしたんですか?」
金剛「提督、神通に剣を教えていたノー?」
―開いているドアから、榛名と金剛が興味深げに覗き込んでいる。
神通「あっ、榛名さん、金剛さん!」
提督「おお、タイミングが良いな。神通に剣の手ほどきでもと思ってさ」
榛名「あの、榛名たちもご一緒してもよろしいでしょうか?」
神通「えっ?ぜひお願いいたします!」
提督「全然構わないが、・・・聞きたい事がありそうな顔をしているぞ?」
榛名「うう、ばれてしまいましたか。・・・はい。お姉さまとも話していたのですが、提督の剣の太刀筋は見た事が無いのです。私たちの使う剣とは太刀筋が全く違いますから、とても気になります。僭越ながら、『開耶姫』の称号を頂いた私は、天下三剣の山本様と伊藤様の剣は知っています。その私でも全く知らない剣という事は、提督の剣はもしかして、もう一人の天下三剣、高山無学様ゆかりの剣なのではないかな?と思ったんです」
提督「うーん・・・やっぱり榛名たちにはわかってしまうか。まあ、そうだな。おれの剣の土台はそうだよ。ただ、流派は少し違うかな」
金剛「土台は同じで、流派は少し違う?ンー、意味が分からないデース」
榛名「土台は同じで、流派が・・・それなら、もしかして提督は既に皆伝で・・・「しー!」」
提督「それ以上は戦時情報法第二十六の二に引っかかりそうだから、スルーで頼む」
榛名「あっ、わかりました!」
金剛「ナルホドー。それだと、これ以上はヤバいネタネー。でも意味は分かったヨー!」
―何らかの武術の流派で免許皆伝を貰うと、時にその流派の名を冠しつつ、自己流の流派を名乗ることもできる。そういう状態である事を意味していた。
榛名(確か、高山様の剣は無影塵芥流(むえいじんかいりゅう)と言ったはずです。・・・と、いう事は、提督の剣も無影の名を関する何かですね)
提督「いい機会だから言っておくが、磯風の剣を読めたのも、艦娘たちの剣が殆んど、山本の爺さんの太刀筋だからなんだよな」
榛名「えっ?山本の爺さんて、提督は山本鉄水様と面識があるのですか?」
金剛「直接会った事があるのー!?艦娘の間では、榛名と、・・・練習巡洋艦しか、直接会った事が無いはずだけど・・・」
榛名「あれっ?お姉さまは確か青ヶ島鎮守府からですよね?なら、『鬼鹿島』さんはご存知ではないですか?(お姉さま、提督とは片言無しにお話しするんですね)」
提督「鬼鹿島?なんだいその昔話みたいなあだ名は。桃太郎にでも退治されそうなあだ名だな」
那珂ちゃん「あは、そうだねー!」
神通「いえ、鬼のように強いから、と聞いた事がありますよ?」
金剛「ンー、私はあの子は苦手デース。先代の金剛とは提督を取り合ってしょっちゅうやり合っていたらしく、私はとても警戒されていましたネー。『金剛さんは大事な戦力ですから』と言いつつ、裏を返せば提督に私的な感情を持って近づくなと言われてましたし、先代の金剛と提督の仲を応援していた榛名たちは、ある時三人がかりであの子を闇討ちにしようとしたそうですが、逆に三人とも返り討ちにされ、それからついたあだ名デース」
提督「ほう!面白い子だな」
金剛(しまった!提督は厄介な子が好きだったわ!)
榛名「でも、山本様に心酔し過ぎで、剣の腕は伸び悩んでいます。私は、伊藤様の『殺人剣』の理念も少しだけ学んでいましたから、山本様の剣の弱点がわかります。しかし、あの子はそれを認めたくないようなのです」
提督「まさにその話をしようとしていたところだ。山本の爺さんの『活人剣』は綺麗すぎるし、完成し過ぎで、何でもありの戦場ではいささか頼りないんだよ。艦娘には綺麗な剣は良く似合うが、剣も戦場も、そんなにきれいなもんじゃないからな。・・・そうそう、本題に戻すと、山本鉄水にも、伊藤刃心にも、もちろん高山無学にも、面識はあるぞ。一番最後は、戦場の剣と『一つの太刀』やその他の奥義について話したな。約二年前かな?日本に来てほぼすぐだ」
榛名「えっ!?・・・提督、もしかして横須賀で私を破った、あのものすごい剣は、失われた『一つの太刀』ですか?」
提督「うーん、榛名は優等生だな。そうなんだよ。ただし、無影塵芥流の『隻腕の剣』でアレンジしてあるがな」
榛名「『隻腕の剣』!あれが!榛名の増上慢を、そんな技でたしなめて下さったんですね!(優等生って言われました!嬉しい!)」
提督「いや、単純に楽しかったから使ったんだけどな。榛名は強かったし」
金剛「提督は妙に強いとは思ったけど、少し謎が解けましたネー。というか、途中から話のレベルが高すぎてついていけないヨー。私も刀は使うけどネー」
神通「私もです・・・」
榛名「『一つの太刀』は、かつて幾つかの流派に存在していた、一撃必殺の剣の奥義です。全部で七つの形があるとされ、死を伝える北斗七星になぞらえ『北斗七辰(ほくとしちしん)』と呼ばれていました。しかし、ほとんどの流派には口伝で一つないし二つの形が伝えられていたのみで、全てを伝えているのは、ある一族だけの筈でした。ただし、一つでも形が分かれば、戦場に身を置き続ければ、やがてすべて開眼できる、とも伝えられています。提督はその一族の方ではないですから、ご自分でたどり着かれた、という事でしょうか?」
金剛「ン?榛名、提督がどうしてその一族の人ではないと断言できるノー?」
榛名「あっ・・・!いえ、なんとなくです。確証はありません・・・」
金剛「ンー?そうなのね?」
―金剛はこの時、少しだけ違和感を持った。
提督「それはおそらく、一条御門の一族だろう?聞いた事がある」
榛名「ご存知なんですか!?」
―・・・ピシッ・・・
榛名(あれっ?今、何か・・・)
―榛名の脳裏に、覚えのない記憶が増えた気がした。
神通「・・・あの、すいません、『隻腕の剣』というのは?」
提督「ああ、すまない。要するに、戦場で片腕になっても、相手の剣や骨を断ち切れるような刀の使い方だよ。高山無学の剣は、『常在戦場・一対多数』だからな」
榛名「すごく難しいんですよ!これに開眼されているので、高山様は三剣でも最強と言われているんですから!二刀『烈刃乱舞の太刀』が有名ですよね?提督!」
提督「それまで最強とされていた、伊藤刃心の抜刀連撃『虚空斬波』をこれで破ったんだよな、確か」
榛名「そうです!かっこいいですよね!」
那珂ちゃん・金剛(うーん、ついてけない)
―金剛も剣を扱ったら相当な使い手だが、戦艦はあくまでも砲で敵を討ち破ってこその存在だと考えている。理念や使える部分は応用しても、それ以上ではない、と考えていた。
神通(すごすぎて話についていけませんが、そんな榛名さんと提督がいる鎮守府に、私はいるんですよね・・・)
―そして、磯風も着任してきた今となっては、この鎮守府では刀の扱いは大切な気がしていた。神通はそう考えている。
神通「提督、榛名さん、もっと色々教えていただけませんか?(気後れしては駄目。絶好の環境なのだから、誰よりも強くなれるはず!)」
―神通はひそかに、決意を固めていた。
―同じ頃、志摩鎮守府、鎮守府正面港。
―司令船『あづま』が出航するところだった。
月形提督「では、皆、留守をよろしく頼むぞ。私たちはケジメをつけに行ってくる!」
志摩鎮守府の艦娘たち「お気をつけて!提督、仲間たち、ご武運を!」ザッ
―艦娘たちの敬礼に送られて、志摩鎮守府の司令船『あづま』は、横須賀に向けて出港した。同じ頃に横須賀に居るであろう、特務第七に、された事の借りを返す為だった。見送っている艦娘たちはそれぞれ、復讐心や期待感などの、熱のこもった眼で司令船を見送っていたが、一人だけ、冷ややかな目をした艦娘が居た。
若葉(もっともらしい事を言っているが、普通に軍紀違反だろう。ここもダメだな・・・)フゥ
―若葉は司令船をいつまでも見送っている艦娘たちを後目に、ポケットからココアシガレットを出してくわえると、志摩鎮守府のメイン棟の奥、医務室そばの『特別療養室』に向かった。志摩鎮守府では、この部屋に入れるのは、月形提督と明石、そして若葉だけだった。
―ピッ・・・カチッ・・・ガラッ
―カードキーを通してロックを解除し、部屋に入ると、集中治療室のように医療器具だらけの部屋になっており、その手前のベッドには、マスクをつけた阿武隈が深い眠りに落ちていた。
若葉「阿武隈さん、ここもあなたを目覚めさせるような鎮守府ではないように思えます。もっともらしい理由で、おそらく仲間の不祥事を隠し、少なくともしっかりした命令のもとに行動していた味方に、私的に制裁を加えようとするなんて・・・風評程ではなかったですね」ストッ
―しかし、阿武隈は答えない。わずかに憂いのある表情のまま、深い眠りに落ちているだけだ。微かな、安らかな寝息だけが聞こえている。
若葉(阿武隈さん、私には、あなたが目覚めた方が良いのか、目覚めない方が良いのか、もう、よくわからないんです。でも・・・)
―ギュッ
―若葉は、阿武隈の手を握り締めた。
若葉「あなたの疑惑は晴れているんです。心を閉ざすことも無いんです。私はちゃんとお礼が言いたいんだ。目を開けて下さいよ、阿武隈さん・・・」グスッ
―最強の鎮守府に居てさえ、何も解決せず、心細く、何より阿武隈の事が気がかりで、若葉は涙ぐんだ。
若葉(もう、あなたを目覚めさせるような提督が居ないまま、じわじわと負けていくんでしょうか?・・・でも、私は最後まで、あなたを守りますよ・・・)
―大規模侵攻の夜、改二になり、それから一か月の間に、30体を超える姫クラスを葬りつつ、自分の艦隊を死守して本土にたどり着いた阿武隈が居た。しかし、何か特殊なエラーで鬼神のような活躍をした彼女は、その戦いが落ち着くと同時に、原因不明の昏睡状態に陥り、現在は志摩鎮守府がその身を預かっていた。若葉は、阿武隈が守り続けた艦隊の、生き残りの一人だった。
若葉(あとはもう、噂の特務鎮守府しかないのか・・・)
―若葉は阿武隈とともに、志摩鎮守府から異動して、別の提督のもとに着任してみたかった。どこかに、阿武隈を目覚めさせる事のできる提督がいるかもしれず、総当たり的に試してみる必要があった。しかし、『最強の鎮守府』としては、そうさせるわけにはいかなかったのだろう。異動が受理されることはなかった。そのような判断をする月形提督に、若葉は既に不信感しか持っていなかった。
―深夜、小笠原緩衝海域中部。
―出撃して来た司令船『にしのじま』に足柄の戦隊が帰投した。全員、それなりにダメージを受けているが、追撃して来た父島の深海防衛艦隊は軒並み中破させられて撤退しており、初陣にしては上々の戦果だった。
赤城「おかえりなさい。好き放題暴れられたみたいね」
足柄「ただいま、赤城さん。もう最高よ、最高!戦いはこうでないとね!」
扶桑「おかえり。全員無事で良かったわ。それと、提督から辞令を預かっているわよ」
足柄「えっ?辞令?」
扶桑「読み上げるわね」
足柄「はっ!」カッ
―『特務第二十一号、堅洲島鎮守府所属、妙高型重巡三番艦、足柄。2066年1月3日、銅作戦前哨戦において、重巡戦隊を率い、敵第一艦隊、第二艦隊を圧倒し、敵艦隊に甚大な損害を与えつつ、友軍の損害軽微につき、その軍功、極めて顕著である。功績点3を加算。併せて、本日以降、足柄を旗艦とする戦隊は『餓狼戦隊』と名乗ることを許可する』
足柄「餓狼・・・戦隊!ありがとうございます!身の引き締まる思いです」
扶桑「良かったわね!でも、無理は駄目よ?ここからが難しいと、提督が仰っていたわ」
足柄「ええ。明日以降の経過が何より注目なのよね。でも確信したわ。うちの提督は本当にやるわね!」
扶桑「初期からいると、とてもよく分かるのよ?あの頃は何もなかったから」
―この日、足柄の率いる重巡戦隊は『餓狼戦隊』と名乗ることを許された。この餓狼戦隊は、様子の分からない新しい海域に切り込む事が最も多い戦隊となってゆく。
―同じ頃、波崎鎮守府、夕張の部屋。
―コンコン
夕張「どうぞ」ガチャ
鹿島「こんばんは、夕張さん。こんな遅くにごめんなさい」
夕張「いいのよ。それにしても・・・あれっ?鹿島ちゃん、あなた、すごく強くなってない?どういう事なの?」
鹿島「はい、実は・・・」
―鹿島は今日の出来事と、刀が欲しくなったことを話した。
夕張「うーん、刀もふた振りあるけれど、良かったら小さな武器とかも作りましょうか?」
鹿島「いいんですか?ありがとうございます!」
夕張「毎日暇だし、ここまで頑張ってる鹿島ちゃんは初めてだもの。協力しないわけにはいかないわ!」
鹿島「とても助かります!あの、刀はもともと誰のものだったんですか?」
夕張「伊勢さんと、日向さんのものよ。二人とも、ずいぶん前に異動を申請して、ここを見限っているわ」
鹿島「そうだったんですね・・・」
夕張「もう夜も遅いから、ささっと刀を引っ張り出して渡すわね。状態は悪くないから、問題ないはずよ」
鹿島「ありがとうございます!」
―夕張は部屋を出て、工廠の奥に姿を消したが、二つの木箱を抱えて、すぐに戻ってきた。
夕張「それほど問題ないとは思うけれど、本格的な手入れは明日するから、また持ってきてね?」
鹿島「わかりました!おやすみなさい、夕張さん」
夕張「おやすみ、鹿島ちゃん。あ、そうそう、明日、筑摩さんに聞いてみると良いけれど、提督、十日過ぎまで帰ってこないそうよ」
鹿島「えっ?」
夕張「筑摩さんに連絡があったそうだけれど、しばらく旅行を楽しむみたい」
鹿島「そうなんですね・・・」
―ほっとするような、情けないような、妙な気持だった。その後、鹿島は自室に戻ると、部屋の内鍵を掛け、木箱から刀を取り出すと、それを抱えて眠りに落ちた。不安がだいぶ和らぐようだった。
―同じ頃、堅洲島鎮守府。
―今日のすべきことを全て終えた提督は、今夜こそはのんびりしようと、一人で第一展望室に向かっていた。が、エレベーターホールで声を掛けられた。
那珂ちゃん「あ、ねぇ提督、昼間聞きそびれた事があったんだけど、聞いてもいい?」
提督「聞きそびれた事?」
那珂ちゃん「うん、大晦日に、戦艦のお姉さま方が実弾演習をしたでしょ?あの日、展望室からずっと見ていたんだけどね・・・」
―那珂ちゃんは、陸奥の不可解な回避行動や機動について、提督に話した。
提督「そうか、わかった。那珂ちゃん、むっちゃんは何かを抱えているっぽいんだが、おれもあえて気付かないふりをしているんだ。しばらくスルーしてやってくれないか?」
那珂ちゃん「あれ?じゃあ提督も把握してない何かなのね?」
提督「ああ、そうだよ。本人が知られたく無さそうなんだ。見守るしかないさ」
那珂ちゃん「ふーん・・・?」
―那珂ちゃんは提督の眼を覗き込んだが、その眼にウソは無いようだ。ただ、少しだけ気づかわしげだ。陸奥の事が心配なのかもしれない。
那珂ちゃん「・・・うん!わかった。しばらくそんな感じでいるね。おやすみなさーい!」タタッ
提督(遠目でむっちゃんの動きを見て、そこまで読むとはねぇ・・・。しかしむっちゃん、何を抱えているんだ?)
―あまり辛そうなら、いっそ問い詰めるしかない時も出てくるかもしれない。が、出来ればそんな事は避けたかった。女の秘密には、気付かないままでいてやるのが男というものだ。
―同じ頃、金剛たちの部屋。
榛名「んっ・・・くっ!」ガバッ!
―悪夢なのか、記憶なのかわからないものを見ていた榛名は、夢から逃れるように目覚めた。
金剛「ンー、榛名どうしたノー?」ムニャ
―眠そうだが、気づかわしげな金剛の声がした。
榛名「ごめんなさい、お姉さま。悪い夢を見てしまったみたいです。少し・・・夜風に当たってきますね」
金剛「ン、今夜は提督も一人だヨー・・・」
榛名「えっ?」
―しかし、金剛は再び眠ってしまったのか、何も答えなかった。
榛名(私、何か大事な事を忘れていた気がします。忘れていた?本当に忘れていたの?)
―昼間、提督が『一条御門』という言葉を出してから、榛名の記憶は違和感に満ちてきていた。知らない間に消されていた記憶がよみがえったが、それを思い出すきっかけが得られないような、妙な感じだった。
第五十二話、艦
次回予告
やっぱり駄目になる、提督のささやかな男の時間と、榛名の見た衝撃のエラーメモリー。
深夜の向島では、昼間に足柄の放った特殊帯通信で、イチかバチかの賭けを練り始める、艦娘たちと生き残りの人間たち。そして、イクちゃんたち潜水艦勢は、こっそり小笠原深部まで偵察に入る。
パルミラ環礁では熊野たちが猛特訓をしており、遂にパルミラを後にする。
再び、堅洲島では、不安な榛名が提督に相談をしていた。
そして一月四日、提督は特務第七の川内と、堅洲島の川内に、志摩鎮守府と特防の、特務第七への企みについて、人を食った解決策を提示し、二人はノリノリになる。
次回、『異なる未来の予感・前編』乞う、ご期待!
江風『なあなあ提督ぅ、江風の事忘れてンじゃないの?』
提督『いや、近々真夜中の小学校の探索をするぜ?』
江風『ちょっ・・・ま、まあいいけどさ』
だいぶ間が開いてしまってごめんなさい。
春イベントですが、オール甲クリアできました。いつも五万程度の燃料と、四万程度のボーキでスタートするので、今回もすっからかんでしたが、何とかなりました。
新規では嵐と、野分、藤波、択捉と神威、春日丸とガングートさんをお迎えできました。
ローマとイタリアは掘っても出ませんでしたねぇ。あとは、親潮が今回はドロップしないという・・・。
皆さんはいかがだったでしょうか?
投稿お疲れ様です!
足柄さん、いいですねぇ・・・
早くうちの足柄さんも改二にしたい・・・
学校の怪談待ってた!(歓喜
戦闘良いですねーこれから益々楽しみ!
孤立部隊の救援とか背景も胸熱
アブゥの逸話にパンツさんがよぎります
1さん、コメントありがとうございます!
足柄さん、いいですよねー。堅洲島の足柄さんは切り込み隊長でフラグブレイカーなところの有る、頼りになるお姉さんです。
未知の海域では必ず大暴れしてくれるので、生暖かく見守ってやってくださいませ。
2さん、コメントありがとうございます!
学校の怪談は、堅洲島そのものの謎についての入り口の一つです。しかし、単純に心霊スポットでもあるので、定期的にここの話は出てきます。
小笠原は妙に守備隊が少ないですが、母島にヤバいものがあったり、陽炎の眠っていた因縁が蘇ったりと、色々あります。空母が少ないので、うまく合流できると良いのですが、お楽しみに。
パンツさんが出るとは・・・うーん、鋭いですねぇ。