2017-04-01 13:20:58 更新

概要

小笠原諸島、向島の補給基地に取り残された人々と艦娘たちと、そびえる母島の深海要塞。

特務第十九号での、磯風の混乱と食事の話に、親潮の望んだ鎮守府の情報。

堅洲島に帰投した、磯風を伴った艦隊と、入渠の様子、謎の笛。

酔っぱらった磯波と、不知火の意外な趣味。

そして、深海忌雷の分離と戦闘。


前書き

※4月1日追記。

次のエピソード、「エラーメモリー」での、ある艦娘の別の未来の記憶に関するハードなシーンですが、端折りました。



特務第十九号の磯風が、立ち聞きのせいで可愛く悶えます。

このSSでの入渠施設は思いっきりSFな事が判明します。ちなみに、出撃船渠と建物内の二か所にあるのです。

鎮守府建物内の方はお風呂に偽装されている、という設定です。

金山刀提督の武器で、おそらく開発で姫がバットを出してきたり、不知火がぬいぐるみが好きだったり、

磯波が酔ってて少しタガが外れていたり、白雪がトリガーハッピーだったり、叢雲がどう見ても民明書房の本に載っているような必殺技を使っていたりと、賑やかな回です。


以下、用語補足。

作中で磯波が使用しているR.I.Pは実際に存在している凶悪な弾丸です。また、提督が使用した特殊弾の薬物も実在するもので、いずれ作中でその正体が語られます。

ダイレクト・ヴォイスは、本来は霊体などが発すると言われている、心に直接聞こえる声であり、戦艦「遠江」内では、承認を受けていないものには何の音楽も指示も聞こえない、という事になります。
逆に、艦娘や提督には、大音響が響こうが、鼓膜が損傷していようが聞こえます。

ダイレクト・ビジョンはこれを視覚で行うものです。侵入者に行き止まりを見せたり、煙が立ち込めても安全なルートを示唆できたり、機密の保持に用いたりします。

S波ヒーラーは、艦内の艦娘の疲労や損傷を少しずつ修復していくシステムです。明石の泊地修理よりだいぶ控えめなレベルです。人間にも少しだけ効果が見込めます。

H.A.A.P送電システムは、電線を介しない送電システムです。戦艦遠江内に対応した機器を持ち込むと、勝手に充電されたり、電源無しで使用できたりします。対応したプラズマブラスターなどを連続で使用可能になります。

認識性同位体とは、「人間には同じものにしか認識できないけれど、実際には違う物」です。作中では、艦娘の身体、衣服、艤装と、資源類がこれにあたります。

原器とは、何らかのものの基準となるものです。有名なものだと、メートル原器やキログラム原器でしょうか?艦娘の修復はどこかにあるらしい艦娘の原器をもとにしている、という設定です。

スラムファイア、とは、ポンプアクション式の一部のショットガンで可能な乱暴な打ち方です。トリガーを引きながらポンプを動かすと、ショットガンの連射が可能になります。本来は暴発を意味する、危険な撃ち方です。白雪ェ・・・。


[第四十七話 吹き始めた風 ]




―2066年一月一日、午後。小笠原諸島、向島の要塞施設。


―山を注意深く降りてきた皐月は、擬岩で偽装されたハッチを閉め、タラップを素早く降りて、要塞内の仮設司令室に向かった。


―約一年半前の大規模侵攻の時に、一部の艦娘と軍属、そして逃げてきた小笠原の人々は、要塞化され、秘匿されていた向島の施設に避難して来ていた。相当量の物資があるため、これまで持ちこたえていたが、本土と全く連絡がつかないまま一年半もの歳月が経過し、本土も既に陥落したのではないか?という憶測が広がっていた。


皐月「ただいま!ねえ、やっぱり深海側の戦力が減ってきているよ?海も空も、昨日よりきれいになってきてるしさぁ!年末から、哨戒艦隊も全然見かけなくなってるし。何か起きてるんじゃないかなぁ?」


―分厚いコンクリートの要塞内に、皐月の声が響いた。その音は遠くまで響き、要塞内で、やや明るめのざわつきとなって帰ってくる。


飛鷹「ちょっと皐月、声が大きいわ。こっちへいらっしゃい」


―仮設司令室の半開きの分厚い引戸から、飛鷹が声をかけた。


隼鷹「おっかえりっ!やっぱそうだろ?何か起きてるんだよ。感覚でもわかる。あいつらが沢山いる時のザラザラした暗い感じが少なくなってるからねぇ」


―引戸がさらに開いて、隼鷹も顔を出した。


皐月「ボク、もう少し様子を見た方が良いんじゃないかなって思うんだよ」


―仮設司令室は分厚いコンクリート打ちっぱなしで、天井が高く、暖房はついていても壁はその熱気を吸い込み続けているような、そんな冷たさがあった。


年配の男「わしももう少し様子を見た方が良いような気がするな」


―白髪の、難しい顔をした年輩の男が顔を上げた。この地域の役所の職員だった男だ。


迷彩服の男「私も、同じ考えです。もちろん、最後の反攻の準備はしていますが、ここ一年半では明らかに見られなかった動きのような気がします」


―迷彩服の男は、国防自衛隊、海防部の補給部隊隊長だ。泊地に盆前の物資を届けに来て、大規模侵攻にぶつかってしまい、それからずっとこの状態だ。


千歳・千代田「おかえり、皐月!」


皐月「みんな、ただいま!海や空の色まで戻ってきているから、全滅覚悟の反攻作戦はちょっとどうかと思うんだ。物資はまだ大丈夫なんでしょ?」


文月「大丈夫だよぉ~。みんな節約しているから、春くらいまでは大丈夫なの~」


祥鳳「ねえ皐月、笛を吹いても大丈夫そう?」


隼鷹「おっ!祥鳳の笛かい!今夜の酒は美味しいね~。お茶だけどさ」


初霜「ちょっと待って!反攻作戦は結局どうするの?」


飛鷹「反攻作戦の準備はしつつ、もう少し様子を見ましょう?軽空母と水母と駆逐艦しかいないんだもの。物資が本当になくなりそうなら、あいつらに一矢報いるのは有りだけれど、無駄に命を散らせてはいけないわ」


隼鷹「そーだねー!あたしもそう思うよ。ほぼ死ぬ前提の作戦だし、死ぬなんていつでもできるからね。ぎりぎりまで踏みとどまりつつ、もっと情報集めて準備しようよ」


祥鳳「それにしても、皮肉なものですよね。提督には役立たずとひとくくりにされていた私たちが生き残って・・・」


皐月「主要メンバーがみんな提督と一緒にいなくなっちゃうなんてね」


―かつて、小笠原には父島泊地と母島泊地があった。向島はこの二つの泊地と硫黄島への、要塞化されて隠された兵站基地だった。


隼鷹「あの日、何があったのかわかんないままでさあ、もやっとすんだよね」


―現在、小笠原諸島、向島秘匿基地にいる艦娘は、飛鷹、隼鷹、祥鳳、千歳、千代田、皐月、文月、初霜、谷風だ。大規模侵攻の夜、このメンバーは前日に二手に別れて近海警備を行い、夕方に帰投して熟睡していたら、翌朝には誰もおらず、海と空が変色していたのだ。


文月「司令官もみんなも、どこに行っちゃったんだろうね~?」


―そして、海を埋め尽くすような深海棲艦の、本土方面への侵攻。九人は残された人々と相談し、力を合わせて、何とか深海棲艦の眼をくぐり、ここに集まった。それからごくわずかの間に、島の多くの人々が行方不明になり、母島は不気味な深海の要塞が複数そびえたつようになった。


谷風「ただいまっと。なんかさぁ、潜水艦もいないっぽいよ?感がないんだよねぇ」


―ギリースーツに身を包んだ谷風が帰投した。フードをめくると、いつもの人懐っこい笑いを浮かべている。


元職員「あんたら、大事な艦娘なんだ。島の残された連中はわからないが、あんたらは確実に生きてるんだ。命を粗末にしちゃあいかんよ」


補給部隊隊長「そうですね。本土もそういつまでもやられている、というわけではないのかもしれません。死ぬのはいつでもできますし、もう少し様子を見るべきです」


―それまで要塞内に漂っていた、悲壮で張り詰めた空気が緩んだ。


祥鳳「何だかほっとするわ。・・・少しだけ、笛でも吹いてくるわね」


―祥鳳は仮設司令室を出ると、作業用エレベーターで見張り台に上がり、端末の光を見た。『光学偽装装置作動中』という表示がなされており、近くの森に設置された複数の監視カメラから、祥鳳が居るはずの見張り台の映像を映している。


祥鳳「・・・よし、問題ないわね」


―監視カメラの映像には、木々の生い茂る岩場が映っており、要塞の人工的な構造物も見張り台も、全く映っていない。特殊なパネルと網を使用した最新の偽装システムだった。


―祥鳳は見張り台の壁に寄りかかると、篠笛を取り出して吹き始めた。物悲しく、綺麗な音色が要塞の周囲に響く。


隼鷹「っかぁー!いいねぇ、祥鳳の笛。あれを聞きながら月見酒でもやりたいもんだよ。・・・末期の酒さえないんじゃあ、死ぬに死ねないよねぇ!」


千歳「ほんとね。本土の様子がわからないから動きようも無いし。戦って死ぬなら最後に一杯くらいやりたいわ」


千代田「隼鷹さん、お姉、何だか流れも変わってきたし、もう少し様子を見ようよ!」


飛鷹「そうねぇ。艦載機もろくにないんだし、犬死するにしても、本当に物資が無くなるまで、もう少し様子を見ましょうよ」


皐月「きっと何とかなるよ!何となくだけど、ボク、そんな予感がするんだ!」


―小笠原にも、少しだけ艦娘が残っていたが、その補給は切れて久しかった。しかし、補給が切れていたからこそ、無謀な判断と死に方を回避できていたと、向島の艦娘たちはいずれ知ることになる。



―同日(1月1日)夕方、呉、特務第十九号鎮守府、新型駆逐機実証工廠、厨房。


―青葉と親潮は、提督の夕食を作っていた。


青葉「・・・よし!と、何でこれを作っちゃったのかはわかりませんが・・・」パクッ


―青葉は出来上がったちらし寿司を味見した。酢飯も具も良くなじみ、程よい美味しさだ。


青葉「うん、いけますね!」


親潮「素敵ですね。とても美味しいですよ!」


青葉「ありがとう。手伝ってくれて助かりましたよー?親潮ちゃんのもあるから食べて下さいね?」


親潮「青葉さんも、料理がお上手だったのですね。どうして今まで作らなかったのですか?」


青葉「いやぁ、なんかガラじゃないかなぁ?なんて・・・。それに、邪魔しちゃ悪いかな、とか・・・」ポリポリ


親潮「邪魔ですか?・・・特務第七の鷹島司令が、重巡・青葉は可愛くてセクシーで、料理上手でスタイル良くて、実はとてもいい女だけど、気付いていない提督が多すぎる!とおっしゃっていました。今ならその言葉が良く分かります」


青葉「ちょっ、ちょっと!親潮ちゃん、いきなり何を言い出すの!?確かに、鷹島さんとこの青葉はそういう子ですが、だからって私もそうとは限らないんですからね?て、照れちゃうからやめてください。セクシーとか、いい女とか・・・青葉・・・ガラじゃないですから・・・」カアァ


―青葉は耳まで真っ赤になった。親潮とも目を合わせず、照れながらも丁寧にちらし寿司を盛り付けている。


親潮「すいません。でも、正直なところ、羨ましいです」


青葉「うらやましい?何がですか?」


親潮「私、今はもうほとんどいないような、強い司令のもとに着任したいと考えています。でも、そういう司令の傍には大抵、名だたる空母や戦艦、重巡の方が寄り添っているらしくて、私の無理な願いは聞いてもらえそうにありません。青葉さんくらいの魅力があったら、もう少し希望も持てたのかなぁ、などと、つい考えてしまいました」


―青葉は手を止めて親潮を見ると、何やら深く優し気な眼をした。記憶の底に眠る姉たちの眼のようだな、と親潮は感じる。


青葉「・・・親潮ちゃん、それは違うと思いますよ?」


親潮「違うのですか?」


青葉「それに、ちょっと思い違いをしているところもあるかな」


親潮「思い違い、ですか?」


青葉「うん。良い提督というのは、私たち一人一人を見てくれるものなんです。艦種がどうとか、そういう事ではないんですよ。そこを思い違いすると、時にはすごく失礼な対応になってしまう事もあるから、気をつけないと」


親潮「失礼といいますと?」


青葉「だって、提督が親潮ちゃん自身の事を見て、知ろうとしても、親潮ちゃん側が最初からそんな風に思っていたら、相手の気持ちを無視しちゃうことになってませんか?最初からすれ違うというか。えーと・・・心を見ようとしてくれている人相手に、身体や艦種だけしか見てないんでしょ?って思って接するようなものかなって」


親潮「あっ!なんだか私、とても嫌な考え方になっていましたね・・・」


青葉「色々あったから、無理も無いのは分かるんですけどね。・・・例えば最近、磯風ちゃんの料理で、提督の受難が続いているじゃないですか?」


親潮「そうですね。何か理由は有るにせよ、時田司令もよく食べようとするなぁと思います」


青葉「なぜ、食べようとするか、わかりますか?私があまり料理をしない理由でもあるんですが・・・」


親潮「いえ、正直そこは、見当がつきかねるところです」


―すると、青葉はいたずらっぽい笑みを浮かべた。


青葉「・・・提督はね、実は磯風ちゃんの事が好きなんですよ。だから本当は、多少美味しくなくても磯風ちゃんの料理を食べたいんです。きっと、気持ちはこもっていて、それは伝わっているんじゃないかと思うんですよね」


―ガタッ


―廊下で何か物音がしたような気がしたが、青葉も親潮も気に留めなかった。


親潮「えっ?あの、深海棲艦の死体のような料理に、磯風さんの気持ちがこもっていて、司令にとってはそれでも食べたくなるような魅力があるという事ですか・・・?」


青葉「深海棲艦の死体って・・・ま、まあ、そんな感じで、好意や関心って奥深いものだから、親潮ちゃんもわからないですよ?あれくらいの料理でも食べたいと思わせちゃうのが、好意ですからね。親潮ちゃんには親潮ちゃんの魅力があるから、決めつけてかからない方が良いです」


親潮「なるほど・・・気が楽になりました。私は本当に頭が固いですね。それにしても、司令が磯風さんを好きなら、私としてはもう少しお料理を教えてあげたい気がします。余計なお世話になるのかもしれませんが」


青葉「うーん、そこは青葉も、本当は教えてあげたいんですよねぇ。上手くいけば提督も元気が出るし、今より幸せな気持ちになれるはずなんです。磯風ちゃんは、前の提督・・・今の提督のお父さんの頃からNDの開発にもかかわってきた子ですから、古参だしかかわりの深い子でもあるので」


親潮「同じ陽炎型ですから、私ももう一度声を掛けてみる事にします。もう少し、ここの皆さんのお役にも立ちたいですしね。それにしても・・・」スタスタッ、ガチャッ


―親潮は厨房のドアを開け、廊下を見た。薄暗い廊下には誰もいない。


青葉「どうしたの?」


親潮「気のせいでしょうか?さっき、物音がしましたし、誰かの気配を感じたのですが・・・」


青葉「物音はした気もするけど、ここ、古いですからね。誰もいないでしょ?」


親潮「ええ。誰もいません。そうですよね」



―近くの磯風の私室。


―二人の調理を止めようとしていた磯風は、自分の話題が出ていたことに気付き、聞き耳を立て、よろめきながらもこっそり帰ってきていた。


磯風(しっ、司令が私を好きだとォー!?)


―否定しようにも、青葉の情報はいつも正確だった。


磯風(両想いというやつかこれは?・・・何と奇遇な!・・・いやしかし、私の料理は深海棲艦の死体と並び称される技前らしいぞ・・・絶体絶命か!)


―磯風はベッドに身を投げ出し、とりとめのない考えの渦に飲み込まれ、悶絶し始めた。


磯風(まずい、まずいぞ!よく考えろ!今はまだ弱みを握っているからいいが、こちらの気持ちに気付かれたら、いつ酸素魚雷で轟沈されるか分かったものではないぞ!・・・いや、悪くないが・・・いやいやダメだろう!いや、何を考えているのだ!そんな不純な事ではなくてだな!)


―今の自分の料理では、遅かれ早かれ司令に嫌われてしまいかねない。しかし、今更教えを乞うにもどの面を下げて教えを請えばいいのかわからない。


磯風(では、嫌われないようにするにはどうしたらいいのだ・・・?)


-しかし、とりあえず自分が夕食を出さない事についてフォローが必要だし、秘書艦としても執務室に行く時間だ。磯風は執務室に向かった。



―執務室前。


磯風(ん?)


―執務室から、楽し気な声が聞こえてくる。その雰囲気が、自分がドアを開けることで変わるのではないか?と磯風は感じ、ドアを開けることが躊躇われてしまった。


磯風(嘆かわしいな。私が聞き耳などと・・・)



―執務室


時田提督「青葉さん、このちらし寿司、本当においしいです。・・・なんか、今日の僕はすごく幸せな気持ちです。本当にありがとうございます」ジワッ


青葉「提督、いくら何でも感動し過ぎですってば!そんなに青葉の事を褒めても、何も出ませんよ?それに、親潮ちゃんにもずいぶん手伝ってもらったんですから!そんなに・・・褒められちゃうと、また作りたくなっちゃいます・・・」テレッ


親潮「でも、本当においしいです。心がこもっているというか、暖かな味です」


時田提督「親潮さんもわかりますか?こんな事言うと、死んだ父さんに怒られてしまいますが、お母さんやお姉さんが居たら、こんな料理なのかなって。上手く言えないけれど、何だか優しい味がするんです」


青葉「あっ!・・・そうでしたね、提督は・・・」


―時田少年の母は、彼が生まれる時に亡くなった。技術者だった父、前提督は、男手一つで彼を育てて、この世を去った。だから彼は、女性の料理の味をあまり知らないのだ。



―廊下。執務室のドアの前。


磯風(ああ、私は何をしているんだろうな・・・。なぜ、私の料理の腕は戦闘のようには上がらないのだ・・・。天は三物を与えないとはこの事か?)


―少なくとも二物は持っている、という前提があるらしい。


―時田提督の父、前提督の言葉が思い出される。


前提督『うーん、私の教え方ではこれが限界だなぁ。君の料理の腕は、これはこれで意味があるとか、そのように考えるべきかもしれないな』


―ND、新型駆逐機の稼働試験の合間、たまに簡単な料理を教わったことがあった。


前提督『すまないな、もう食ってやれないんだ。身体がもう、何も食いたくないんだと。修行僧みたいなもんだね』


―ある日、体調不良を訴えて、検査入院をし、帰ってきたのは半年も後だった。別人のように痩せていた。


前提督『もう死んでしまうから、無責任な事を言うよ。君ら艦娘には、エターナリィが確認されるそうだ。だから、できればあいつの傍にずっといてやって欲しい。・・・料理が上手くなれば最高なのになぁ。死んだ妻も、料理がへたくそな女でなぁ・・・』スゥ


―終末医療病棟で、時に眠り、時に起きては、言いたい事を言うが、その何日か後に、ずっと起きなくなった。


磯風(司令に何かしてやれるとすれば、この心身くらいか・・・。料理は分からなさすぎる。私が人間なら、『料理の才能を母の胎内に置き忘れた』とでも言うのだろうな・・・ふっ)


―磯風は寂しげな笑みを浮かべると、静かに自室に戻り、ベッドに身を投げ出した。そして、いつの間にか眠ってしまった。



―再び、執務室。


時田提督「青葉さん、親潮さん、本当にごちそうさまでした!」シャキッ


―提督の眼に覇気が戻りつつあり、親潮も青葉も一安心した。


青葉「あの・・・提督、何か磯風ちゃんに弱みを握られているのかもしれませんが、あまり気にしすぎなくてもいいかもしれませんからね?何のことかはわからないですが」


―ギクゥ!


時田提督「そそ、そんな事何も無いですよ?青葉さん」


青葉「そうですか?ならいいんですけど・・・(うわー、余計な事言っちゃった)」


時田提督「青葉さん、それよりも連絡の件ですよ!」


青葉「あっそうでしたね!」


親潮「あ、席を外した方がよろしいですか?」


時田提督「大丈夫です。実は、特務第二十一号鎮守府の秘書艦さんから連絡が入りました。総司令部よりも、司令レベルが上です。新型駆逐機についての見学の申し込みでした」


親潮「えっ?特務第二十一号?総司令部よりも司令レベルが上?ええっ?」


青葉「この話は、本来なら機密です。だから、私も提督も、ここに親潮ちゃんが居ない前提で話している、という設定です」


親潮「すいません。私などの為に」


時田提督「ここから先は、僕と青葉さんが書類や会話をやり取りしています。親潮さんは、僕たちには見えませんから、関知し様がありません」ニコッ


―親潮に情報を流してくれる、と言う意味だ。親潮が無言でうなずくと、時田提督と青葉の、少しわざとらしい会話が始まった。


時田提督「青葉さん、特務第二十一号鎮守府から、ND、つまり新型駆逐機の導入の検討に関して、見学の打診が来ました。総司令部からは『戦略拠点への新型駆逐機の投入と実証の可能性』という書類で、遠回しにこの事を予見した通知が来ていました。これに則り、相手側がこちらよりも高い提督適性の保持者と認められた場合、見学や納入の代価として、幾つかの実証試験のサポートの要請を行える権限が、当鎮守府に認められています」


青葉「という事は、ある程度の着任状況や、見学時に実証試験に立ち会える艦娘のリストを求められる、という事ですね?」


時田提督「はい。それで打診し、帰ってきたリストがこちらになります」パサッ


―時田提督は、親潮の前に書類を置いた。特務第二十一号の、見学と実証試験に立ち会える艦娘のリストだ。


時田提督「驚いたりして声を出しても、僕らには聞こえません」ニッ


親潮「これは!こんな・・・鎮守府が!?」


―噂は嘘ではなかった。いや、ある意味嘘だったのかもしれない。事実は小説よりも奇なり、とはよく言ったものだ。


親潮「ここの提督さんは『戦時情報法第二十六の二』によって個人情報が遮断されていますが、短期間でコモンレベルの艦娘の着任率がものすごいですし、青ヶ島の二代目の金剛さんや、・・・えっ?横須賀の榛名さんを年末に異動させたんですか?」


青葉「異動したという噂がちらほら出ていましたが、事実だったみたいですね」


時田提督「それだけではありません。陸奥、扶桑、山城、雪風や初風も着任しています」


親潮「これは、もしかすると鷹島司令の仰っていた方が着任したのかもしれません。非常に強い、しかし危険な方がいるとの事でした」


青葉「少なくとも、提督として有能というか、才能はある人と言えますね」


時田提督「当鎮守府としては、この、特務第二十一号さんの要望にできる限り応えようと思っています。理由は二つです。一つは、この、特務第二十一号への新型駆逐機の供与は、新型駆逐機の生産ラインの設立と、当鎮守府への予算の大幅な増加が見込まれる点。もう一つは、高い提督適性を持つ方と艦娘の協力を仰ぐことで、ここでの実証に大きな進展が見込まれる点です」


青葉「見学等も受け入れるという事ですね?」


時田提督「はい。交流し、協力も仰ぐ考えでいます。書類レベルの調整が終わり次第、日程の調整に入ろうと考えています。今月の中旬には実現したいと思っています」


青葉「着任する艦娘をまだまだ必要としている印象ですし、親潮ちゃんは着任していないようですから、何かのきっかけで知り合えたら、異動できるかもしれませんね」


親潮「司令、青葉さん、ありがとうございます!」シュバッ


―親潮は思わず、二人に敬礼した。


時田提督「何だか、親潮さんの声が聞こえたような気がしましたが・・・」ニコッ


青葉「きっと、気のせいですね」ニコッ


親潮「お二人とも・・・」ジワッ


―だが、親潮はこの時、自分が探しているような鎮守府と提督が存在しているらしいことを知った喜びで、鷹島提督の言葉をよく理解できていない部分があった。想像するのも難しい、忠告の一部。親潮は後に、それの意味するところを思い知ることになる。



―ニーマルサンマル(20時30分)過ぎ、堅洲島鎮守府、地下出撃船渠。


利根「なんじゃ、陸奥さんと荒潮、詰めとったのか?お疲れ様なのじゃ」


―気を失ったままの磯風を伴って帰投した、叢雲、利根、筑摩、陽炎、不知火、黒潮の艦隊は、地下出撃船渠で陸奥と荒潮の出迎えを受けた。


陸奥「みんなおかえり。高速修復の後で医務室に寝かせる必要がありそうだもの。うちの提督はあまり女の子の裸を見たがらないから、私たちの仕事ね」


荒潮「おかえり~!もう少しで首がキリンみたいに伸びちゃうところだったわ」


―陸奥と荒潮はそう言っていたずらっぽく笑った。


陸奥「入渠ハンガーにその子を適当に安置してくれるかしら」


利根「筑摩、ちょっと手伝ってくれるか?」


筑摩「はい、姉さん!」


―磯風を背負ったままの利根は、出撃船渠横の入渠ハンガーに移動した。それは、うっすらと青い光を放つ金属の箱状の空間で、六つ並んでいる。


利根「どれ、一番で良いな?」トサッ


―そのうちの一つ、一番手前に磯風を横たえ、艤装刀を置いた。


機械音声『損傷の認められる艦娘を確認。入渠シークエンス起動します。・・・陽炎型十二番艦・磯風、未着任状態。提督権限により友軍として入渠施設使用許可確認。艤装展開』


―ブーン・・・ズシィ・・・


陽炎「手ひどくやられたわね・・・」


黒潮「なんやめっちゃ腹立つなぁ・・・」


―磯風の艤装が展開された。ほとんど原型をとどめていない。


機械音声『艤装架台展開、艦娘自立不可のため、支持架起動・・・白兵戦用兵装確認。僚艦は可能な場合、60秒以内にバレットに白兵戦用兵装を固定願います・・・』


―何もなかった床と壁から、型取りゲージのように支持架がせりだして来て、磯風の艤装を支えると同時に、磯風は座っているような姿勢に固定される。目を閉じてうなだれたままだが、入渠施設のシークエンスは着々と進行していく。


利根「どれどれ、刀も修復が必要じゃな?」


―利根は磯風の刀を、せり出してきた架台のソードバレットに固定した。


機械音声『不明なオブジェクトが検出されました。修復シークエンス一時停止。エラーコード000、僚艦は不明なオブジェクトを入渠施設から取り除いてください』


陸奥「あら?エラーコードだなんて珍しいわね」


利根「不明なオブジェクトとな?むっ?」


―カシャン・・カラン・・・


―磯風の服から、銀色の、金属製の笛のようなものが転がり落ちた。


荒潮「あら、綺麗な笛ね。わざわざ呉にでも発注したのかしら?入渠施設が艤装と認識しない、『天使の鉄』でできた笛かしら?」


―『天使の鉄』とは、艦娘の艤装の材料となる金属の俗称だ。


利根「とりあえず、これを取り除いてみてじゃな・・・どうじゃ?」


機械音声『不明なオブジェクトの除去を確認。入渠シークエンス再開します』


陸奥「大丈夫みたいね。預かっておいて、後でこの子に返しましょう」


陽炎(横笛なんて吹く子だったかしら?うーん・・・)


―陽炎の中の磯風のイメージには、笛を吹く姿など無い気がしていた。


機械音声『修復空間展開』


―磯風の姿勢と艤装、刀が固定されると、透明な縦長の六角形の連続した壁が現れ、入渠区画を区切り、内部は気体とも液体とも判別のつかない、うっすら水色をした空間になった。同時に、透明な壁の中間部分に『3:45:03』と時間が表示され、カウントダウンされていく。


不知火「さすがに、長めですね・・・」


機械音声『高速修復材使用許可確認、使用開始』


―ほぼ天井まで届く、四角柱状の水色の空間の上部のレールが稼働し、バケツのような高速修復材缶が運ばれてくると、さかさまになった。水色の強い光がこぼれるように空間を満たしていく。


機械音声『陽炎型十二番・磯風、『原器』との照合確認。双方向鏡像修復開始。認識性同位体の集約による高速修復を行います』


―破損していた艤装や、磯風の服、怪我に、蛍の群れのように水色の光の粒が集中し、みるみる修復していく。


陸奥「あとはこちらでやるわ。お疲れさま。帰投して大丈夫よ」


―こうして、捜索艦隊は無事に任務を終えて艤装解除した。



―十数分後、堅洲島鎮守府、執務室ラウンジ。


提督「新年早々お疲れさま。間宮さんとこで特別メニューを出しているから、じっくり楽しんでほしい」


利根「ところで提督よ、質問いいかのう?」


提督「構わんよ?」


利根「今日の任務、結局どういう事なのじゃ?なぜ、このタイミングで、あそこに磯風がいると?」


叢雲「おそらく、利島鎮守府の末期の報告書のミスで、その見落としに提督が気付いた、という事よね?」


提督「ん、そういう事になるんだろうな。いずれにせよ、おそらく新しい仲間になるだろうし、良い仲間だと思うよ。戦意が高いし、練度も高いようだ」


利根「なるほどのう。提督も良く気付いたものじゃな。役に立てて良かったのじゃ」


提督「探し物はやっぱり利根姉さんと筑摩だな。ありがとう。ゴミの海でいつまでも漂って消えていくなんて、哀しすぎるからな」


叢雲「みんなありがとう。私は報告をまとめてから行くわ」


利根「そうじゃ!提督、これを知っとるか?あの子の持ち物のようじゃが・・・」スッ


―利根は入渠施設で手にした、磯風の笛を提督に手渡した。


提督「これは確か・・・金属製の六穴フルートだな。西洋の昔話で出てくる横笛は大抵これだ。刀に笛か。趣味の良い子だな。・・・陽炎、預かっておいて、回復したら渡してやってくれ」


陽炎「うーん、でもね、磯風ってそういう子じゃないのよ。あの子がそういう笛を吹いているって、私のイメージには無いのよね」


提督「練度が高いから、強い個性が育ってきているんじゃないか?うちの、メイド服の漣と曙とか、武装している磯波とかも、たぶん他ではちょっと無いはずだ」


不知火「司令を筆頭に、変わり者の多い鎮守府という事ですね?わかります」ニヤッ


提督「・・・ぬいぐるみが好きなぬいとかもな」フッ


不知火「馬鹿な!」バッ


―サッ


―不知火は「ぬい」という言い回しに心当たりを感じて陽炎と黒潮を見たが、二人は瞬時にあらぬ方向を見た。


不知火「司令はその情報をどこから?」


提督「いや、知らぬい」


叢雲「くうっ!」


筑摩「ふっ・・・!」


利根「・・・二人とも、何を笑っとるのじゃ?」


―利根は提督の言葉を聞き逃していた。


提督「確度の低い情報かと思ったが、そうでもないらしいな。本土にて時間のある時は、ぬいぐるみを取ったら不知火にあげる事にしよう」


不知火「そうですか。・・・まあ、要らなくはないですね。いただいておきますふっ」


―不知火の語尾が少しだけ上ずった。


陽炎(嬉しいのね)


黒潮(嬉しいんやな)


提督「では、そろそろお開きにしようか。陽炎、これは責任をもって預かり、彼女に渡してくれ」スッ


陽炎「わかったわ」


―ピリッ


陽炎「あれっ?」


―陽炎は提督から横笛を受け取ったが、その時何か、記憶にない幾つかのイメージが脳裏に浮かび上がった気がした。


提督「どうした?」


陽炎「・・・いえ、なんでもないわ(今のは何?)」


―頭の中に、今の自分の記憶とはつながりのない記憶が、まるでサムネイルの画像のような幾つかの印象と共に現れたのを感じる。


提督「・・・ふむ。では、任務完了。解散とする!」


―こうして、磯風の捜索任務のために組まれた艦隊は、その任務を完了して解散した。提督と叢雲の中には疑念が残り続けるが、それは無視していいレベルの筈だった。報告書の記載ミスは、そう多くないにせよ、混乱した交戦状況ではしばしば起こり得る事だったからだ。



―20分ほど後、執務室ラウンジ。


―書類の読み取り作業が再開されていたが、次の任務の準備の為にひとまず中断になった。執務室には、曙、漣、磯波、初風、叢雲がいて、残務処理をしている。


提督「さて磯波、今夜はバトるよ?」


―提督の唐突な言葉に、秘書艦たちは顔を上げた。その意味を理解しようとしているのだろうが、驚いたような空気が漂っている。


磯波「・・・えーと、そういう意味ですよね?わかりました。まさか、こんな堂々とみんなの前で言われるとは思いませんでしたが、・・・はい、頑張らせていただきます」カアッ


提督「ん?何の話をしているんだ?今夜このあと、戦闘状況が発生するって事だぞ?」


磯波「・・・・・・はい。分かっています。磯波は大丈夫です!」


提督「それ榛名のセリフ。何だか全然大丈夫じゃなさそうな上に、とんでもない勘違いの予感がするが、突っ込むとこっちがまずい事になりそうだから突っ込まないで話を進めさせていただこう」


磯波「えっ?突っ込まないんですか?色々な意味で・・・なんちゃって」ニコニコ


叢雲「・・・いつもと違うわね」


提督(あれ?いつもと違うな?)


―正月なので、磯波は酒が入っている。気の良い性格の為、あちこちで酒を勧められていたので、仕事はきっちりしているが、実はかなり酔っていた。


漣(うわー、強い!いそっち結構やばい)


曙(・・・あれ?なんか酔っぱらってるせい?いつもと違う・・・)


初風(わかってはいたけど、この子ラブ勢ね・・・)


提督「・・・ま、まあとりあえず、話をしよう。今夜この後、瑞穂さんの深海化の解除を行う。この際、敵性生物を瑞穂さんから分離・実体化させるプロセスがあるわけだが、実体化後に交戦してこれを叩き、無力化する」


磯波「あっ・・・はい!諒解いたしました」ニコニコ


提督「・・・というわけで、艤装は使えない場所での戦闘になるので、銃及び白兵戦兵装が必要になって来る。叢雲は槍、いける?」


叢雲「いいわよ。じゃあ、天龍さんや龍田さんも?」


提督「呼んでくれ。あと、磯波は白雪を呼んで。銃器の選択は自由。対象が沈黙するまで撃ち続ける必要があるから、制限はないが、弾種は跳弾しづらいものが良いだろうよ」


磯波「かしこまりました!」


漣「ご主人様、漣も戦いたいんですけど!銃の扱いなら初風ちゃんから習っていますからねー!」


提督「じゃあ、夕張の所からスコーピオン借りて来なよ。弾種はR.I.Pってのがあるから、それで」


漣「ほいさっさー!いってきまー!」タタッ


初風「提督は弾種は何を使うの?」


提督「ん、勘が良いな。途中まではR.I.P。場合によっては先日届けてもらった特殊弾を使ってみようかと。ただ、あれは取り扱いが難しくてな」


初風「ああ、やっぱり?いい機会だものね。効果があると良いのだけれど」


曙(くっ、銃器の申請しとけばよかったー!)


―曙はまだ、自分が装備すべき銃を決められていなかった。なので申請も出来ないが、本当は護衛もしたいし、一緒に戦いたかった。


提督「曙、瑞穂さんと金山刀さんを呼んで。フタヒトサンマル(21時30分)に特殊訓練施設のエレベーターホール前に集合で」


曙「わかったわ」



―フタヒトサンマル(21時30分)、特殊演習場エレベーター内。


―特殊演習場の大型エレベーターには、提督、金山刀提督、瑞穂、天龍、龍田、叢雲、曙、漣、磯波、白雪、初風がいた。全員、白兵戦用装備や銃を装備している。提督も、タクティカルコートに小刀と銃、防刃手袋という、ほぼ完全装備だった。


金山刀提督「こっ、これから何が起こるんだ?みんな銃や武器持っちまって・・・」


瑞穂「・・・」


提督「これから、機密中の機密に触れる。・・・が、簡単に言うと、瑞穂さんには深海化生物が取り付いている状態なんだ。そいつを分離して、無力化するまで攻撃する」


金山刀提督「なんだって!」


瑞穂「そんな事が?ここには何が?」


提督「さすがに、機密の核心全てを見せるわけにはいかないから、最小限必要なセクターのみになるだろうけどな。瑞穂さんは内部の工廠エリアに、金山刀さんは、おれ達と一緒に来てもらいたい。曙、瑞穂さんを工廠エリアに案内してくれ」


機械音声『エレベーター、偽装装甲船渠フロアに降下します』


―エレベーターは降下し、暗黒の広大な空間が開けた。


提督「姫、状況はもう把握できているかな?瑞穂さんの深海化解除任務をクリアしたい」


機械音声『認識域、エリア内で拡大。ダイレクト・ヴォイスによる任務指示を行います』


ダイレクト・ヴォイス『戦艦「遠江」省電力モードで任務にあたります。任務状態識別曲、非戦闘任務。ダイレクト・ヴォイスにて展開!』


―BGM Dodonpachi Saidaioujou OST - Kizashi (Select)


―全員の心に直接、音楽と声が響いた。不思議な感覚だ。


天龍「うわっ、なんだなんだ?頭の中に直接声と音楽が!」


ダイレクト・ヴォイス「こんばんは、みなさん。私は戦艦『遠江』のS.A.I.O.Sです。船渠内の認識域を変調させ、音波を耳で受け止めて理解する、というプロセスを端折り、脳に直接メッセージをお届けしています。戦闘時の大音響や、感覚器官の損傷が発生しても、スムーズに状況や作戦を受けられるための機能の一つです。また、この音楽は非戦闘任務状態を意味しています」


金山刀提督「なんてこった・・・とんでもねぇな!」


ダイレクト・ヴォイス「艦内H.A.A.P作動。S波オートヒーラー稼働。任務別誘導システム稼働。工廠、深海化コード分離システム正常に稼働しています。機密保持のために、ダイレクト・ビジョン・システムを起動します。各人、目視できる通路の誘導に従って移動してください。定位置につき次第、任務を開始します」


―視界に変化が起こり、自分の進むべき通路以外は見えなくなった。提督たちは進み始めたが、いつの間にか曙と瑞穂が居なくなっている。途中で別れたのだろう。


磯波「て、提督、ここは一体何ですか?」


提督「バカでかい戦艦の中だよ。この中はとんでもない技術の結晶さ。流石は最後の鎮守府と言ったところだな」


磯波「私は全然怖くないです。この後も頑張りますから!」


提督「お、おう。よろしく頼む」


―一同がしばらく歩くと、重々しい扉が開き、倉庫のような広い空間に出た。


ダイレクト・ヴォイス「深海忌雷討伐チーム、耐爆格納庫内に到着しました。工廠側の処理をお待ちください。予定転送時間まで、約五分です」


提督「金山刀さんはどうする?彼女を苦しめていたものに一矢報いたいなら、予備の銃を貸すが。60式提督用拳銃だが」


金山刀提督「へたくそだからあぶねえわ。鉄パイプとかないかね?」


提督「・・・姫、鉄パイプとか、何かぶん殴れるものはないかな?」


ダイレクト・ヴォイス「少々お待ちください。鎮守府の資材を少しだけお借りしてよろしいでしょうか?金山刀提督に最適化した打撃武器を生成してそちらに転送いたしますが・・・」


提督「よろしく頼む!」


ダイレクト・ヴォイス「かしこまりました。中央の転送キャニスターに実体化させますので、受け取ってください。また、深海忌雷もそこに実体化したのち、キャニスターを解放します」


―カラァン!


提督「早いな!・・・打撃武器って」


漣「えーと、うん、打撃武器ですね」


―キャニスター内に落ちてきたのは、金属バットだった。


金山刀提督「いや、悪くねぇや。もともと野球やってたしな」ガッ


―ブンブン!


金山刀提督「おお?何だバランスとか最高だぞ?」


提督「・・・それは何よりだ」


天龍「さあ、戦いに備えるぜ!楽しみだなぁ、おい!」


龍田「提督と一緒に戦えるなんて、最高のお正月ね!」


白雪「見ていてくださいね。弾丸の裁きを」


提督(あれ?こういう子だっけ?)



―同じ頃、戦艦内の工廠。


―瑞穂はキャニスター内で苦悶の表情を浮かべていた。


ダイレクト・ヴォイス「様々な負の感情が語り掛けてきますが、それはあなたのものではなく、作られた負の感情です。青い海や、広い空、大切な人との穏やかな日常を思い出してください」


瑞穂「くっ・・・ううっ!」


曙「瑞穂さん、頑張って!」


ダイレクト・ヴォイス「深海化カウンターコード注入。分離プロセス最大!」


―瑞穂の心の中に、様々などす黒い負の感情が浮かんできて、それが瑞穂にいやらしく語り掛けてくる。


負の感情「お前は最後は結局捨てられるんだよ!帰ろう、安らかな深海へ。深海ヘ、シンカイヘェェェ・・・」オオォォォォ


瑞穂「くっ・・そんな・・・事・・・」


曙「瑞穂さん、負けちゃダメ!金山刀さん、瑞穂さんの事がとても大事なんだから!負けないで!」


―暗黒の底で、瑞穂は大切なものを思い出した。


―金山刀提督『おれはお前と、一緒に飯を食いたかったんだ』ニコッ


瑞穂「はい。ずっとおそばにいます・・・」


深海忌雷「ギイッ!ギャァァァァァァ!」


ダイレクト・ヴォイス「分離成功!耐爆格納庫に転送します!」


曙「やったぁ!」


―うなだれた瑞穂から、何かどす黒いもやのようなものが分離し、一瞬生命体のような実体を取ったように見えたが、すぐに消えてしまった。


曙「瑞穂さん、後はきっと大丈夫。提督は何だってやっつけちゃうから!」


―瑞穂は気を失っていたが、穏やかな表情をしていた。



―耐爆格納庫。


ダイレクト・ヴォイス「分離成功。深海忌雷、実体化転送します。キャニスター解放後に攻撃してください」


金山刀提督「やったぜ!見てろよぉ!」


提督「・・・来るぞ!」


―ヴーン・・・バチバチッ・・・ギイィィィィ!


―キャニスター内に、黒い甲冑魚のような、滑らかな球体を本体とする、蛸のような生き物が現れた。深海魚のような、緑色によどんだ二つの眼に、灰色の不揃いの触手、そしてでたらめな不揃いの歯の並ぶ大きな口を持っていた。


初風「うわ、気持ち悪い!」


提督「スルメやタコわさにするのは・・・うーん無理そうだな」


初風(食べるの?)


ダイレクト・ヴォイス「キャニスター、解放します」


提督「遠巻きに銃撃戦。リロード時に格闘戦、のち銃撃戦。これの繰り返しで、無力化まで叩き続けるぞ」


―プシューン


―キャニスターが解放され、天井に収納された。


―パパパパパパン・・・カカカカカカン・・・カシッ


―ギイッ!・・・ダガンッ


提督「ほう、いいねぇ硬くて。すぐに終わるなよ?」


初風「早い!」パンッパンッパンッ・・・カンカンッ


―キャニスターが開くと同時に、提督は一瞬で全弾を叩き込み、すぐにマガジンを交換していた。深海忌雷は衝撃でぶっ飛ばされ、そこに雨あられと弾丸が打ち込まれる。


磯波「弾種、R.I.P、無力化まで連射します!」タタタタンッタタタタンッ


白雪「醜くてかわいそうな生き物ね。本当は許してあげたい。・・・・でも、弾丸は許すかしら!?」バン!ガシャッ、バン!ガシャ、バン!ガシャッ


提督「いやいやいや、ソードオフしたM1897でスラムファイアとか・・・」


漣「漣もいっくよー!」タタタタタンッ!


―ギイィィィィ!


金山刀提督(かわいいのに強いな、ここの艦娘たち。大したもんだぜ)


提督「・・・よし、リロードタイムだ。切り刻むぞ!」ダッ、パンッ、パンッ


―ガチッ!ギイッ!


―提督は銃弾を当てつつ動きを止め、短刀で深海忌雷を一閃したが、見た目に反して金属のような手ごたえだった。


提督「ああくそ、おごっちまった。龍門延吉の短刀じゃあもったいないな・・・」


龍田「いいわぁ、ほぅらぁ!」ザギュドガッ!


―龍田の薙刀が大きな弧を描いて深海忌雷をとらえ、切込みを与えつつ壁に叩きつけた。


天龍「もう一丁だ、おらよっ!」ガギギイッ


金山刀提督「瑞穂の事を苦しめやがって、場外までぶっとべやオラァ!」ドゴギィ!


龍田「ああもう最高の元旦ね。硬くていいわぁ。萎えるまで遊んであげるわね」ニコォ


天龍「おらおらー!ふっ、怖いだろう?」ガギガギガギィン!


叢雲「いくわよ!叢雲流・・・千峰塵!」シュドドドガガガンッ!


磯波「リロード完了しました!」


ダイレクト・ヴォイス「必要なダメージの30パーセントを達成!」


提督「再び銃撃戦だ。先が見えてきたな」カシッ、ガシャッ


―提督は黄色にペイントされた特殊弾のマガジンをセットすると、皆の射撃で足を止められている深海忌雷の口や眼を慎重に狙って撃ち抜いた。


深海忌雷「ギギッ!?・・・ギャァァァァァ!」


―被弾箇所からわずかに白煙が上がり、人の声のような忌まわしい叫び声をあげて、明らかに今までと違った苦しみようを見せる。


提督(ほう、効いたか・・・)ニイッ


―提督は一瞬、獰猛な笑みを浮かべた。


初風「ん?例の特殊弾ね?効い・・・!」


―初風は提督に声を掛けようとしたが、その獰猛な笑みに気付いて声が止まってしまった。


提督「・・・ん?ああ、そのようだな」


―獰猛な笑みはすぐに消え、いつもの親し気な微笑みだった。


初風「そうね・・・(まったく、何て顔するのよ。でも、何か手ごたえをつかんだのね)」


提督「新年からありがとうよ、初風。君が来てなかったら、この戦いもとても難しかったろうさ」


―特殊弾の手ごたえが良かったのか、提督の声はいつもより明るかった。


初風「ううん、いいのよ、役に立てているなら良かったわ」ニコッ


―弾丸の雨は降り続く。




第四十七話、艦



次回予告。


深海忌雷の無力化・標本化に成功した堅洲島のメンバーたち。


金山刀提督と瑞穂の決意によって明かされる『失敗した選択の記憶』こと、『エラーメモリー』と、それを明かす意外な人物たち。


打ち上げをする執務室のメンバー。


大浴場で、横笛から流れ込んだらしい不整合な記憶について思い出そうとする陽炎と、浮上する陽炎の『エラーメモリー』。


目覚めた陽炎と提督の遭遇。そして、堪忍袋が温まり過ぎた吹雪と、目覚める磯風の誤解。



次回『エラーメモリー』乞う、ご期待!


陽炎『司令、あなたは何者なの?』



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1: SS好きの名無しさん 2017-03-29 17:56:46 ID: 80fZKYIG

白雪「私は許そう」

2: 堅洲 2017-03-29 18:36:12 ID: V5gDWotA

コメントありがとうございます!

肝心のその部分がないまま、白雪ちゃんは何度か今回のセリフを言います。小笠原辺りでやっと、磯波や吹雪が突っ込んでくれるのですが・・・。

要するに白雪ちゃんは、銃を持っていると許す気が・・・

ージャキン

すいません、何かまずい音がしたので黙っておきます。


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