提督「化け物の誕生」 大叫喚地獄 (5)
*この作品は"提督「化け物の誕生」 叫喚地獄(4)の続編です。まだご覧でない方はそちらもどうぞ!
[1500]
〈鎮守府 執務室〉
執務室には緊迫した雰囲気が漂っていた。
飾りもなく、限りなく実用的のみ残したその部屋には、提督である私と、不安げな顔で佇む鹿島と、険しい顔をしている長門3人がいた。
この3人の組み合わせがかなりめずらしいことは、今更説明しない。そもそもこんなことになっているのは、かなりイレギュラーなことが現在進行形で起きているからだ。
「長門、一体何の用だ?」
「………」
私からの問いに、しばらくして反応する。
「貴様には関係ない。貴様に用はない」
「!!」
「………そうか」
「な、長門さんッ………!」
「今は緊急事態だ。貴様を嬲りに来たわけではない。それより、鹿島」
「えっ、私?」
「ああ。バケツと資材がどれくらいかあるか、確かまとめてある書類があっただろう?見せて欲しいのだが」
「…………」
「鹿島?」
「…………」
「……………あれは私と提督がつくったものです。まずは提督に許可を得るのが筋では……………?」
「…………」
「…………」
「………わかった」
長門の態度が気に入らなかったのか、いつになく攻撃的な鹿島に少し困ったような顔をした長門は、しぶしぶ私に声をかけた。
「おい、提督」
「なんだ?」
「書類、貸してもらうぞ」
「ああ。…………っと、これだ」
「……………」
「ん?」
「……………先程、遠征艦隊が帰投中に敵大艦隊と接敵したとの報告が入った」
「ええっ!?」
「そっ、それは本当か!?」
「ああ。今救援部隊を向かわせているが、敵はかなり強いようだ。無鉄砲に出撃しては勝てん。そのためにも、これが必要だった。だから借りに来た」
「お前たち、大丈夫なのか?作戦や編成なら私が………」
「いらん。人間の手は借りん。そこで大人しくしていろ」
「長門さん………」
「なんだ?」
「提督はこういう時のためにも、それをつくっているのです。お礼くらいいったらどうですか?」
「…………それは、我々が勝てたら言う」
「………そうですか」
「…………」
「では。提督、貴様は何もしなくていい。余計なことをするな、いいな?」
バタン。
扉が閉じると、長門が来る前の、静かで緩やかな雰囲気が戻る。
「敵大艦隊とは………こんなことが……」
「………」
「鹿島」
「………」
「おい、鹿島、鹿島」
「は、はいっ!なんですか?」
「お前は電報を送って、大本営にこのことを知らせろ。近くの鎮守府から、救援が来るはずだ」
「わかりました」
「それと、」
「はい?」
「緊急事態の時は、日頃の態度や振る舞いなど気にするな。私の今の立ち位置など、お前が気にすることではない」
「………はい」
バタン。
鹿島も出て行き、いよいよ一人の部屋になった。考え事をするにはちょうどいい静寂だ。
敵大艦隊。
前線の要の一つであるこの鎮守府は、かつて佐藤中将の強引な指揮により、なんとか敵の侵攻を防ぎ、守り抜いてきた。しかし佐藤中将の死後、日に日に数を増す深海棲艦により前線は後退、最近やる気のある艦娘によってギリギリ守ってきたものの、海域を奪還されるのは時間の問題であった。
しかしその問題に真面目に取り組んできたわけではなく、私はあくまで彼女らのサポートにまわった。いや、そうせざるを得なかった。
遠征艦隊は激しい戦闘を前提としてはおらず、主に駆逐艦や軽巡によって編成される。敵大艦隊との接敵ならば明らかにこちらが不利。救援部隊が到着するまで持つかはわからない。
それに、敵の中に姫級の深海棲艦がいた場合、たとえ戦艦や空母たちが間に合っても、果たして勝てるかどうか………。
ここで必要になってくる情報は、敵の数や種類だ。もし仮に大艦隊が本当に大規模だった場合、必ず親玉、つまりは旗艦が存在する。勿論通常の艦隊にもいるが、大艦隊の場合それは人知を超えた化け物。我々が普段決して見ないし考えもしない、規格外の強さの深海棲艦である。
それさえ潰せばなんとか撤退くらいはできる。しかし、彼女らはまともに作戦や陣形を考えて戦うとは思えない。
「(とにかく、ドッグに向かってみよう。帰ってきた艦娘がいるはずだ)」
〈ドッグ〉
「あっ、提督!」
「ん、明石か」
ドッグに向かうと、何やら慌ただしく仕事をしている明石がいた。何かの工具のようなものをダンボールいっぱいに詰めて運んでいた。
「今ドッグはいくつ空いている」
「えっと、さっき帰ってきた潮ちゃんだけです。三つ空いています」
「明石、敵大艦隊のことは把握しているな?」
「はい。潮ちゃん、単艦でここまで帰ってきて、遠征艦隊のみんなに、救援部隊を呼んでくるように頼まれたらしいです。潮ちゃんも中破していましたので、とりあえずドッグに入らせたのですが………」
「そうか。…………その道具はなんだ?」
「これは兵装を整備する道具です。敵大艦隊はかなり多いらしくて、赤城さんや大和さんたちも出撃するのですが、いかんせん久方ぶりの出撃ですから……」
「そうか。なあ、潮は今は話せる状態か?」
「え?ええ、まあ意識はありますし、ドア越しになら………」
「わかった。ありがとう」
四つあるドッグの内、扉が閉ざされそばに終了時間が表示されているものがある。もう少し時間がかかるようだが、今はそれを待つ余裕もない。
軽くドアをノックして声をかける。
「おい、潮」
「は、はいっ!?」
「私だ。今、少し話せるか?」
「……………わかりました。なんでしょう?」
潮はもともと人見知りというか、無口というか、臆病というか、まあそういう部分がある。いつも曙たちと一緒に行動しているため、一対一で話すのは無理かと思ったが、どうやら杞憂だったようだ。
未だ怯えた声ではあるが。
「潮、お前たちが敵大艦隊と接敵したときのことを教えてほしい」
「お、教えるって………」
「敵の数とか、どんな奴がいたかとかだ」
「わっ、わかりました!ええと、あの、敵は全部で…………30くらい」
「30!?」
「きゃあ!ご、ごめんなさい!!」
「おおっとすまん。びっくりして声が大きくなってしまった」
「い、いえ………」
「それで、30というのは本当か?」
「も、もっといるかも……出会った途端、戦闘が始まったので、数える暇もなくて…」
「そうか……(30って、艦隊五つ分だぞ?それが同時に出現するなんてありえるのか?いや、もし仮に、この鎮守府を最終目的地としていたなら………)」
「し、司令官?」
「潮、敵にはどんな奴がいた?」
「………」
「潮?」
「………ひ、姫級がいくつか………」
最悪の展開だ。今戦っている彼女らの生存率はぐんと下がった。
「わ、わかった。ありがとう。うん、ゆっくり休め。曙たちもじき帰ってくるはずだ」
「はい…………ありがとう、ございます」
ドアから離れ、深い深呼吸をした後、私は駆け足で母港へと向かった。
〈母港〉
結論から言うと、彼女らは勝てない。
私の考えはこうだ。
通常、姫級の深海棲艦は陸地から遠く離れた沖の深いところに生息しているとされており、通常の出撃や遠征ではまず接敵しない。もっとも、大規模作戦の時は稀に戦うらしいが、複数体が大艦隊とともに現れるのは、過去の事例でも数えるほどしかない。
また姫級の強さは破格。艦娘複数人で一体をどうにか沈めることができるレベルであり、それも、練度の高い戦艦や空母あってこそ可能なことである。
無論、前例がないわけではなく、複数の鎮守府の連合艦隊で太刀打ちしたものもある。しかし、一介の、しかもこんなまとまりのない鎮守府の艦隊では到底勝てるわけがない。
それに兵装も、しばらく使っていなければ感覚は鈍くなり、全力を尽くすことはできない。それに改修だってしていないのが大半だ。
もはやこれだけの条件があるのに、勝てる勝てないの話をするのはおかしな話だ。救援部隊?部隊では間に合わない。それこそ、この鎮守府全員の力を使わなければ、逃げることすら叶わない。
彼女らはまだこれに気づいていない。仲間を助けることばかり先行している。とにかく、編成や作戦をしっかり考えて、沈む可能性を限りなく減らすしかない。
母港に到着すると、ちょうど長門たちが他の艦娘を並べて、今にも出撃しようとしていた。
「よし、ではお前たち、準備はいいか?」
「問題ありません」
「任せといてよ!」
「気合い、入れて、いきます!」
「は、榛名は大丈夫です!」
「私もokだよっ。早く行こう!」
「よしっ!では全艦、はっし………」
「ま、待ってくれ!!!」
威勢良く飛び出そうとする彼女らは、突然声をかけられてびっくりしたようだが、すぐにいつもの、あのゴミを見るような目で私を見た。
長門は深いため息をつくと、うんざりとした顔で言った。
「何の用だ?」
「お前たちだけでは無理だ。もっと、ありったけの艦娘をかき集めろ」
「はぁ?どういうこと?」
「榛名たちだけでは勝てない、と?」
「そうだ。少なくとも、敵の数と同じくらいいなくてはならない」
「……………我々はあくまで救援部隊だ。遠征艦隊を保護し、帰還するだけで、敵の殲滅は目的としていない」
「それでも、だ。お前たちの安全のためにも言っているんだぞ」
「司令、気持ちは嬉しいですけど、首を突っ込まないでくださいよ」
「こんなところでモタモタしてると、それこそ手遅れになっちゃうよ!」
「そういうことだ。それに、もし仮に大艦隊で出撃したとして、私はそんな大人数の指揮をしたことはないぞ」
「それは、私がやる」
「………………ハッ、行きましょう。時間の無駄です」
「そうですね」
「まっ、待ってくれ!このまま行けばお前たちはきっと無事では済まない!どうか考え直してくれ!!」
「提督、ちょっとくどいよ?黙って執務室で書類でも眺めててよ」
「……………そういうことだ。貴様の指揮など、誰が信用するか。わかったらとっとと消え失せろ」
「まっ、待って…………」
ザパァン!!!
彼女らは私の必死の説得も聞かず、猛スピードで海に駆け出していった。
「(まずいまずいまずい………!!このままでは彼女らは………!)」
たとえボコボコにされるとしても、彼女にしがみついて止めるべきだったかもしれない。提督という役職は名ばかりで、何もできない自分の無力さに腹が立ち、その上焦りもあって胃がキリキリと痛み始めた。
しかし、このまま指をくわえているわけにもいかない。こうなったら、他の艦娘に直接頼むしかない。
〈艦娘寮〉
思えばここに入ったことは一度だってなかった。幾度となく拒絶された。しかし今は誰が止めたところで私は諦めるわけにはいかなかった。
扉を蹴破るような勢いで中に入り、大声で叫んだ。
「おい!!誰かいるか!!!」
壁と天井と床に声が反響し、やがて吸収されたころに、ドタドタと騒がしい足音が近づいてきた。音からして数はかなりである。
「てめぇ、誰が入ってきていいって言ったよああ!?」
慌てて駆けつけてきた艦娘の中で、真っ先に噛み付いたきたのは、やはり天龍であった。
「すまない。今は緊急事態でな、断りなく入ったのは後でいくらでも詫びよう」
「なぁにぃ?緊急事態だと?」
「ああ。今、遠征艦隊が敵大艦隊と接敵した。そして長門たち救援部隊が助けに向かっている」
「…………………………で?」
「しかし敵は強い!きっと彼女らだけでは撤退すらできずに負けてしまうだろう。だから、お前たちにも協力してほしい」
集まった艦娘の中で、少しざわめきが起きた。無論、敵大艦隊のことは彼女らは知っているはずだから、今初めて聞いたということはないだろう。
しかし天龍含めほとんどの艦娘は、すぐに冷ややかな態度に戻り私を突っぱねる。
「だからなんだってんだ?長門たちが行ったなら、それで十分だろうよ。ちっと心配性じゃねぇか?提督さんよ」
「ああ。長門たちもそう言っていた。しかし無理だ。お前たちがいなければ、あいつらは全員沈む」
「ねぇ提督、どうして断言できるのかしら?貴方が実際見たわけではないのでしょう?」
「潮が話してくれた。敵は全部で30。姫級も複数ある大艦隊だ。たかだか遠征艦隊くらいではとても回避できる敵ではないし、長門たちも、たった5隻で行ってしまった」
今度はかなり大きなざわめきが起きた。いくら信用できない私の発言でも、それが事実だとしたら、不安になるのは当然だ。
先程まで訝しげに私を睨んでいた連中も、流石に事の深刻さに気づいたのか、互いに顔を見合わせああでもないこうでもないと思案している。
天龍もしばらく瞑目し考えていたが、またいつもの攻撃的な口調で反論した。
「具体的には何人必要なんだ?」
「…………あと20はほしい」
「20か………。でもよ、そんな大人数、俺たちは実戦では艦隊を組んだことはないぜ?誰が指揮してくれるんだよ」
「それは…………私がやろう」
「「「「「はぁ!?」」」」」
長門たちと同様、ほぼ全員の艦娘が猛反発のようだ。
「ふざけんな!誰が人間の指示なんか聞くか!」
「こっちはお前たちのせいで随分危険な目にあってきた!今更人間なんて信用できないよ!」
「そうね。残念だけど、その条件は飲めないわ」
「大体、敵大艦隊ってのも、提督が私たちを出撃させるためのデマじゃないの?」
言いたい放題である。彼女らの過去を思えば無理もない反応だ。
しかしここは、誠意をもって応えるしかない。
「え…………?」
「………………」
土下座。
日本国において、最上級の謝罪、或いは願いの態度。姿勢。
私ができる、精一杯の誠意の見せ方。
「おいおい、これって………」
「土下座……………」
「だよね………」
恥などない。本来なら、人間と艦娘はこうあるべきなのだ。だから、屈辱感もない。
ただ、願う。強く願う。
「頼む!!今だけでいい!!私を信じて、どうか力を貸してくれッ!!」
はたして今までここまで頭を下げたことはあるだろうか。ここまで切実になにかを頼んだことはあるだろうか。
土下座だろうがなんだろうが、彼女らが動いてくれるならなんだってする。どんなことだってやる。
「「「「「…………」」」」」
「………」
しばしの沈黙。
彼女らの顔はここから全く見えないが、おそらく、困惑しているはずだ。
私が彼女らに対し、ここまで謙って、ここまでしてお願いするのは初めてだ。ここまで誠意を見せたのは初めてだ。もしかしたら、土下座してまで頼まれるのも初めてなのかもしれない。とにかく、私がここまで彼女らに願ったことはない。彼女らもそれは分かっているはずだ。
だから困っている。今自分がすべきことは、私の頭を踏んで、嗤って無視することか、それとも、私のこの誠意を汲み取るべきか。
悩んでいるはずだ。だから黙っているのだろう!!?
「(頼む……………!!)」
「…………………………はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
「!!」
「…………球磨、霞、愛宕」
「な、なんだクマ?」
「なによ」
「なにかしら」
「……………思いつく限りでいいから、暇してる艦娘を母港に集めろ」
「!!て、天龍、お前………」
「勘違いするな。今回だけだ。今回だけ、お前を信じる」
「て、天龍………」
「…………わかったクマ。多摩、手を貸せクマ」
「わかったにゃ!」
「はぁ…………、駆逐艦は私があたってみるわ」
「じゃあ、私は重巡ね!」
「お、お前たち……………」
「さ、提督も」
「龍田……」
「天龍ちゃんの気が変わらないうちに、さっさと準備した方がいいわよ?」
「おい!龍田何してる!」
「あらあら、じゃあ、後でね、提督」
「ああ…………ああ!わかった!」
[同時刻]
〈鎮守府近海〉
「ったく、どうしてこんな目に遭わなくちゃならないのよ!」
「まあまあ、なんとかなるって………おっと!?」
「五十鈴さん!?」
「大丈夫よ、時雨ちゃん。平気平気」
「び、びっくりしたっぽい………」
「う、うん。僕たちも、気を抜かずに行こう!」
「了解っぽい!」
遠征艦隊の、曙、夕立、時雨、五十鈴、朧は、海のど真ん中、障害物が全くない真っ青な平面の上で、絶望的な戦局に直面していた。
鎮守府に潮を向かわせておよそ30分。無事に着いたことを願い、そして救援部隊を祈りながら、なんとか敗走を続けていた。
既に曙と朧は中破、時雨と夕立は小破であり、唯一対空砲を持っている五十鈴はなんとか無傷であった。
「しっかし、このまま鎮守府に連れて行くわけにも行かないわよね」
「そうだね………。でも、いずれ弾薬も燃料も尽きればいよいよ詰む」
「そうならない方法って……」
「…………………信じて待つのよ」
「ハッ、ざっくりしてるわね」
「でもそれ以外思いつく?もっとも、こんな大軍とやり合うには、艦娘全員が必要になるだろうけど」
「……夕立は、信じてみるっぽい!」
「わ、私も…」
「僕も信じるよ」
「………まあ、信じるだけなら苦労しないか」
「ふふっ。おっと、いい加減向こうも本腰入れてきたわね」
後方を警戒しつつ移動していた各々の視界に、遥か上空を飛ぶ敵艦載機の姿が現れた。曙たちの損傷も、ほとんどはこの爆撃によるものであり、対空砲を持つ五十鈴だけがなんとかそれをカバーしていた。
無論、たかだか軽巡1隻では守れる人数に限りがある。無傷の五十鈴はまだしも、中破の曙たちに被弾すれば、いよいよ覚悟を決めなければならない時がくるだろう。
「曙ちゃんたちは私を取り囲むように固まって!私の対空砲で遮れる範囲にいれば、なんとか耐えられるわ!」
「わかった。僕たちはその間、敵の砲撃に警戒する」
いつくるのかもわからない援軍を信じ、彼女らはまだ生きるのを諦めなかった。
〈鎮守府近海 救援部隊〉
長門は考えていた。
「…………」
この広い海原は、戦場でありながらどこか心地の良い場所であった。障害は何もなく、水平線がぼんやりと空と海面を分断しているだけで、見渡す限り青。
そこは深海棲艦の縄張りであり、いつ敵が来るのかわからない場所であるのに、この、地球の7割を占める海という領域に、長門は安心感を抱いていた。
それは言うまでもなく、彼女が陸地を安全だと思っていないからだ。
『貴様は艦隊の主力。そこらの駆逐艦を守ることより、敵を一匹でも殲滅することを考えろ』
そんなことを言われたのはいつだったか。あの男は私を、ガラクタの中ではかなり使える方、程度にしか思っていなかったから、おそらく私が例えば、もう戦いたくないと言えば即刻解体だったのだろう。
あの男が死に、私はいよいよ主力という縛りから解放されたと思っていた。ようやく陸地にも安堵できると考えていた。
しかし、人間はまたやってきた。違う人間。あの男とは別の思想、別の目的、別の性格の、別の人間がやってきた。
せっかく、せっかく私が抱えていた唯一の不安が消えたのに、また新たな火種が現れたのだ。
私だけではなく、駆逐艦も、軽巡も、重巡も、空母も、皆同様に人間を恐れ、忌み、嫌った。
だから排除した。
そうしているうちに、いつしか戦場は陸地になっていた。そうしてその頃、あの男を殺した男が、提督としてやってきた。
その時、私は自動的に備えていた対人間の怒りが、宮本提督には機能しないことに気がついた。
ほかの者が、さあこれからどう懲らしめてやろうかと騒ぎ立てている中で、ほぼ直感ではあるが、「この男は敵ではない」こう確信していた。
それは今も変わらない。奴は信頼できる男だ。
しかし私は、あの男よりも、艦娘の不安除去を優先しなければならなかった。陸地という戦場において、私ができる数少ないこと。艦娘のリーダーとして、みんなを支えることであった。
個人的にはあの男を嫌ってはいない。しかしみんなが敵視するならば、私も敵視する。皆が恐怖しているなら、私がみんなを守る。
しかし今になって、
「………とさん、ながとさん、長門さん」
「………ん、すまない、何か言ったか?」
「いや、そろそろ接敵です」
「そうか、わかった」
その意思が揺らぐ。
「見えました!敵多数、12時の方向!」
「偵察機でも確認できました。このまま攻撃に入ります」
「三式弾装填完了!いつでもいけます!」
「よし、では作戦通り、加賀の空爆と比叡と榛名の一斉砲撃で敵を撹乱した後、島風は曙たちを先導して鎮守府に全速力で帰還。その後、私が弾幕を張って足止めしつつ、全員離脱。いいな?」
「了解です」
「了解!」
「了解です!」
「わかった!」
はたしてこれでいいのか。あの男の忠告を無視してよかったのか。私はどこか間違えていないのか。
どうしてこんな時まで人間を信用しなかったのか。どうして艦娘たちに判断を任せ続けたのか。どうして未だに戦場を履き違えているのか。
私は思う。
私たちは負ける。
「見えました!五十鈴ちゃんと、その周りに曙ちゃんたちが!全員無事です!」
「チッ………敵艦載機を確認。こちらも艦載機を飛ばします」
「榛名ッ、行くよ!」
「はいっ!」
「よしっ!作戦開始!!」
これはあくまで勘だ。でもきっとそうなる。
砲撃と爆撃による煙臭い嫌な臭いが立ち込める。
これが戦場。これが戦争。こいつらが敵。
「すまなかった。提督」
〈鎮守府 母港〉
「集められたのは20人、俺たちを含めれば26人だ。大体艦隊四つ分だぜ」
「艦娘自体は沢山いるのだけれど、補給と兵装、練度を考えると私たちの最良はこの人数になってしまうの」
「まあ、せいぜい頑張って頂戴」
母港に集まった26隻を目に前にすると、この間まで私を蹴飛ばして見下していた者たちもいるというのに、この上なく頼もしく思えた。
というか、よくこれだけの人数が私に賛同してくれた。てっきり数人しかこないと思っていたが、これだけいれば、きっとうまくいく。その予感が揺るがない。
「みんな……………ありがとう」
「けっ、いいからさっさと始めようぜ。俺たちの気が変わらないうちにな」
「そうだな。ああ、そうしよう」
中には出撃は久しぶりな艦娘もいるはずだが、艤装を身につけた彼女らはいかにも、"艦"娘らしい、力強さと猛々しさがあった。艦種については特に指定しなかったが、空母や戦艦なども来ているようだ。
これだけ艦種が程よくバラついていればおそらく作戦遂行は可能なはずだ。
「で、どうするクマ?まさかノープランで行くつもり?」
「もっとも、この人数を指揮するなんて、そんな経験ある艦娘いないにゃ。長門さんなら、ありえたかもだけど……」
「そうそう、あんた、なんか考えてあるんでしょうね」
多くの艦娘が集まってくれたことに心打たれて感動しているのも束の間、艦娘たちは「やるなら早くしろ」といった具合に急かしてくる。
「ああ、勿論だ。作戦は既に考えてある。この人数でも可能な作戦だ」
「そんな作戦あんのか?」
「まあ聞け。まず、今回の目標は、遠征部隊と救援部隊の救出ではない」
「「「「「……………はあ!?」」」」」
「この人数にさらにプラスで10人以上だろ?逃亡戦なんて無理だ。となれば、相手を退けるしかない」
「でも、相手はとても強いんだよね?どうやって勝つのさー」
「勝つなんて言ってない。だから、相手を退ければいいんだ」
「…………いまいちわからないわね。何が違うのかしら」
「いいか、目標は敵旗艦、つまり姫級の中でも一番強い奴だ。そいつを撃破する」
「旗艦を?」
「ああ。敵が大艦隊で来ているなら、大勢を指揮するリーダー、つまり旗艦が必ずいるはずだ。おそらくそいつが艦隊の中枢となって侵攻しているんだろう。だから、そいつを、そいつだけを狙う」
「なるほど……頭さえとれば指揮は混乱し、こちらも撤退のチャンスを作れる、と」
「その通りだ。あくまで旗艦さえ倒せればいい」
「でもよ、どうやって旗艦にたどり着くんだ?駆逐艦なら、速さでどうにか接近できるかもしれないが、それだと火力負けするぜ」
「いや、駆逐艦は囮になってもらう」
「お、囮ですか?」
「ああ。ある意味じゃ、一番つらい役回りだ。まあ代わりがないわけじゃないが…………………どうだろう、駆逐艦は何人いる?」
「ええと…………8人よ」
「わかった。じゃあ4人チームを二つ、それを囮として、まず敵の注意をひきつつ、姫級以外の雑魚の相手をしてもらおう」
「おとり………囮かぁ………」
「おい、駆逐艦を的にするのは反対だ。もしものことがあったらどうする」
「そうね、ちょっと危険かしら」
「安心しろ。駆逐艦は最悪、攻撃はしなくてもいい。ポイントまで誘導してくれればな」
「ポイント?」
「ああ。………鳳翔、赤城」
「「はい」」
「お前たちは、駆逐艦がおびき寄せた敵を爆撃で倒せ。詳しい誘導方法は現地で臨機応変に対応するしかないが、やってくれるか?」
「私は構いませんが………」
「………わかりました。やりましょう」
「ありがとう。恩にきる」
「次に移るぞ。駆逐艦の誘導後、2人と駆逐艦は援護にまわってもらう。おそらくだが、雑魚が消えた時点で姫級が参戦してくるはずだ」
「姫級の相手はどの艦種がやる?」
「戦艦だ」
「せ、せんかん?」
「ああ。大和、武蔵、山城、扶桑」
「はい」
「ん」
「はい…」
「…」
「お前たちはその火力で姫級を一掃してくれ。勿論、駆逐艦や空母の援護もある。とにかく、どうにか数を減らしてくれ」
「なあ提督よ」
「なんだ武蔵」
「我々の火力は旗艦にこそ使うべきなのでは?姫級の中でも一番強いのが旗艦なのだろう?」
「そうしたい気持ちはわかる。しかし、ここはあえてつゆ払いをしてもらう」
「理由はなんでしょう?」
「うむ、それはこれから言うことに繋がってくる。残っているのは軽巡と重巡と雷巡、空母だが、まず軽巡は、接敵した時からずっと、対空のみに専念しろ」
「対空か……。たしかに、姫級がいるなら艦載機対策は必要ですね」
「じゃあ重巡は?」
「遠征部隊と救援部隊の援護だ。敵はまず、弱っている連中を先に始末しようと考えるはずだからな。まあ、愛宕に高雄、青葉に衣笠それに古鷹がいれば、問題ないだろう」
「はーい」
「問題ないわ」
「頑張りますっ」
「右に同じく」
「りょーかい!」
「……………って、おいおいおいおい、じゃあ一体誰が旗艦を倒すんだよ?火力要員がいねぇじゃねぇか」
「そうでもないさ。北上、大井」
「んー?」
「え、私たち?」
全員の視線が2人に向く。2人は目を丸くして、ここで自分たちの名前が出るのは考えていなかったようだ。勿論、ほかの全員が戦艦による砲撃を予想していたから、驚いていたのは2人だけではない。
「ああ。お前たちは雷巡だろ?その魚雷で倒してもらう」
「ちょちょ、待ってよ提督。なんで戦艦とか空母とかじゃないのさ。たしかにうちらは魚雷をほかのみんなよりは使えるよ?でも普通なら火力で押し切れる戦艦とかにしない?」
「いや、戦艦は雑魚のつゆ払いをしてもらう。それに空母だがな、……………ええと、飛龍、蒼龍」
「は、はい!」
「はいっ」
「お前たちは最後の最後、北上たちが旗艦を倒した後に、だめ押しで空爆をしてもらうからな。頼んだぞ」
「え、あ、はい」
「はい…」
「提督、本気で言っているのですか?わたし達が旗艦を沈めるなど……」
「しかしこれが最善だ。私も実戦はこれが初めてで、少しだけ不安だがな」
「いやそこはもっと危機感持ってよ」
「頼りねぇ……」
「とにかく、2人ならきっとできる。2人だけじゃない、この作戦、必ずうまくいくさ」
「………………はぁ、わかったよ」
「仕方ありません。やりましょう」
「ヤキが回ったもんだな。ったく」
「そうね、まずは行動してみましょう」
お互いの顔を見合わせ、少し考えた後、少しうんざりして、それでもどこかやる気に満ちた顔で皆立ち上がってくれた。
正直無茶な話だと思っていたが、無事聞き入れてくれてよかった。ここで断られたら、いよいよ手詰まりだったからだ。
「つーか提督」
「なんだ?」
思い出したように天龍が言う。
「俺たち、誰を旗艦にするんだ?この人数ならリーダー的な奴は必要だろ。もっとも、全員何かしらの役割があるけどよ」
「ああ、それならな…………」
「ていとくー!!」
ちょうどその時、遠くの方から明石の声がした。
彼女は例の小型艇に乗り(艦娘だから本来乗る必要は勿論ない)、けたたましいモーター音を撒き散らしてこちらに近づいてきた。
「お、おい。なんだこりゃ」
「船?いや、クルーザー?」
「それ以下だろ、こんなの」
「おお明石、すまなかったな、無理言って」
「まったくですよ………もう、急に無茶苦茶言うんだから」
船から降り、くだびれた顔をして明石は悪態を吐く。ほかの艦娘は唐突な明石の登場、そして見たこともない小型艇に驚き、戸惑いの表情を浮かべていた。
「提督、なんなの、これ?」
「いや、さっきの旗艦の話なんだがな……」
「え………」
「………おいおいおい」
「まさか………」
「やっぱり私が直接現地で指揮した方がいいかな、思って」
「「「「「ええええ!!??」」」」」
割とすごく驚くな………。
「おま、お前が旗艦!?」
「そういえばさっきそんなこと言ってましたね……」
「私たちを集めるための嘘かと思ってたけど………マジなんだ……」
「ああ。攻撃はできないけど、これも立派な船、軍艦だぞ。ちょっと小さいけど」
「人間が旗艦……もうめちゃくちゃですよ」
「明石、お前こんなのいつ作ったんだ!?」
「いえ、船自体はわけあって提督に頼まれて作ってあったんですよ。でも提督ったら急に、『今の5倍のスピードが出るようにしてくれ』って。しかも言ってきたのはついさっきですよ!?私、艦娘のことなら完璧ですけど、普通の船なんて勝手を知らないのに………」
「…………ねえ提督、マジでついてくんの?」
「ああ」
「でも、私たちじゃ提督を守れるかどうか…………」
「いや、お前達は自分の役割に専念しろ。私は自力でなんとかする」
「なんとかって………」
「そのために明石に無理言ったんだ。ご苦労だったな、明石」
「はいはいご苦労ですよほんとに。…………それ、使い方は前と同じで、速度の幅を広げてありますから。バッテリーが大きくなった分、船は重くなってますけど、それでも5倍です」
「流石だ。恩にきる」
「まったくもう………まあ、いいですけどね」
「本気らしいわね……」
「恐ろしい……」
「随分と頼りなく思われているんだな」
「当たり前でしょ」
「まあいい。自分の身は自分で守る!よし、じゃあお前達も準備はいいか?」
船に乗り込み、エンジンをかける。艦娘達も、やれやれといった具合に海に降り立った。
「まあ、やるしかねぇか」
「そうね、いいんじゃない?こういうのも」
「助けに行くためだし……」
「少し癪だが、いいだろう」
「やってやりましょー!」
「はいはい」
「はぁ………不幸だわ……」
「姉様、頑張りましょう。お気持ちは十分に理解できますが」
「やりますかー」
「大丈夫でしょうか……」
「が、頑張るぞ、なのです!」
「レディの力を見せてあげるわ」
「ダー」
「ドーンと私に任せなさい!」
「はぁ………仕方ないわね」
「やるわよ〜」
「……………ええ」
「よしっ、頑張りますっ」
「少し不安ですが、やるしかないですね」
「ええ。まずは行動してみないと」
「行くよ、蒼龍!」
「わかった、飛龍!」
「なんか緊張してきました……」
「なるようになるさー、多分」
「やるクマー」
「頑張るニャ」
後ろを振り返ると、悪態をつきながらもしっかり並んでいる26隻の姿がある。
はたして今ほど、提督らしい場面がこれまであっただろうか。その感動か、はたまたこれから戦地へ向かうことへの恐怖か、全身が震えた。
緊張と不安と焦りで鼓動が加速するも、不思議と心地よく感じていた。
「全艦、抜錨ッッ!!!」
「「「「「了解!」」」」」
〈工廠〉
「はぁ〜…………」
騒然としていた先程とは打って変わって、明石は一仕事終えたことでゆったり休憩をとっていた。
入り口以外の外の光の侵入口がない工廠は、どこか暗く、じめじめとして、不潔なイメージではあるが、人数がいればそれもまた風情がある。しかしこう一人になり、機械と、それ以下のボンクラ、または鉄屑をみれば、どこか寂しい空間になってしまう。
これまではこの孤独な時間は苦ではなかったが、あの提督になってからどうも一人が息苦しい、と明石はぼんやり考えていた。
「なにしてるんですか、明石さん」
「んー………?ああ、榛名ちゃん」
「あれ、もうみんな出撃したのですか?」
「うん、ちょっと前にね。榛名ちゃんは行かなくてよかったの?」
「ええと………姉さん達に行ってはダメときつく言われてまして………」
「なるほど」
仰向けに寝そべり、真っ黒な天井を見つめる明石の顔を覗き込むように榛名は現れた。彼女は親提督派であるが、姉妹達、特に二人の姉の勢いに負け、いつもは反提督派の立場である。明石はそのことを知っているが、特に気にしてはいない。
たとえ彼女が賛同しなくても、それは彼女のせいではないことを理解していた。無論、姉妹達のせいでもないことも。
「はぁ……」
「ため息ばっかりですね、明石さん」
「うん、少しね………」
「?」
顔をしかめて思いに耽る明石に、榛名は首を傾げた。明石にはどうしても、気にかかることがあったのだ。
「いや、さっき提督の小型艇を改造したんだけど………」
「え、小型艇?」
「うん、まあそれは色々あって作ることになったやつなんだけど…………。問題は、その改造なんだけどさ」
「はい」
「速度を上げるためにバッテリーを過剰に詰め込んだんだよね。勿論、漏電対策はしてるんだけど。でもねぇ……」
「何か、まずいことでも?」
「まずいってことはないんだけど……、もし、もし仮に強い衝撃とか、それこそ壊されたりした時、バッテリーのエネルギーが暴発する可能性があって………」
「………………それは………」
「うん、だから正直使って欲しくなかったんだけど………。まあ、もうおそいよ」
「………で、でも、きっと無傷で帰ってきますよ!」
「そうだね……。祈るしかないっ」
「提督にご武運を!」
「提督にご武運をー」
〈鎮守府近海〉
艦娘の速力は、艦種にもよるが通常の船舶よりも速い。人の形をする艦娘にとっては、陸地よりも海上の方が移動が簡単である。歩く、走るなどの人間と同様の移動手段においては特に目立った性能はないが、海原においては話は別だ。
そのため、人間を乗せるような、所謂従来な船は最近の海岸では基本使われていない。遅い船など格好の的だからだ。
しかし小型艇或いは一人用のクルーザーは例外である。戦闘能力は別として、速力だけみれば艦娘にも匹敵する。
それを踏まえると、艦種の中でもっとも速力が大きい駆逐艦と同様の速さを求めるとなると、エンジンの出力を数倍にすればいい。
「まあかなり無理な頼みだったが、流石明石だな」
「攻撃も防御もできねぇ、ただ速いだけの船なんて足手まといなだけだ」
「そういうなよ、天龍。一応…………….ほら、拡声器と刀は持ってきたぞ」
「ハッ、マジで旗艦気取りかよ」
小型艇を操縦する私の隣を進む天龍は、そう言って鼻で笑った。
たしかに、艦娘と深海棲艦の戦いは既に人が介入できるレベルの話ではない。はっきり言って役に立たないのが現状だ。
しかし彼女らには、艦娘全員を救うためにはこれしかない。役に立たないならそれなりに、できる限りのことをするまでだ。
「しかし、今日の波は穏やかだな。荒れるとこちらの勝利にも影響するから心配だったが、これなら問題ない」
「提督」
「ん、鳳翔か」
偵察機を飛ばし、戦況を確認していた鳳翔が報告にやってきた。
鎮守府ではあまり話す機会がない鳳翔だが、その母性溢れる性格と面倒見の良さから、一部では艦娘の母親的存在であることは知っていた。しかし今の鳳翔は、戦に対する闘気を解放した、男顔負けの強者の雰囲気を漂わせている。表情は真剣そのもので、海上を警戒するその刃物のような鋭い目は、見ているこちらをも圧倒するすごみがある。
「これより12時の方向、距離4kmに交戦中の艦娘を発見しました。おそらく、遠征艦隊とその救援かと思われます」
「わかった。総員!!戦闘準備!!」
拡声器を使って伝えると、返事はないが各々戦闘準備に取り掛かった。
少し経って戦闘の音が聞こえてくると、肉眼でも戦闘の様子がはっきり見える距離まで来た。
「敵艦隊を肉眼で確認!」
「よしッ、これより作戦を開始する!!総員、戦闘開始ッッ!!」
「「「「「了解!!」」」」」
この時点で、私と艦娘たちはすぐに理解できたことがある。それはあまりにも目立っていたから、それにまず目を奪われてしまったから、それは嫌でも我々に絶望を理解させる事実だったからだ。
真っ先に見えたのは榛名が戦っている姿だった。中破しているが、それでも懸命に砲撃を行っていた。
しかし問題はその後ろ、同じく中破状態である時雨と夕立が、今にも泣きそうな顔で誰かを担いでいた。
「長門ッ!!」
「そ、そんな………」
「チッ、マジかよ……」
鎮守府の中でも最強と言われている長門が、ぐったりとうなだれていた。
まるで死んだように。沈んでいないだけの、壊れた船ように。
「くそっ、愛宕、高雄、衣笠、古鷹!!戦闘中の榛名たちを援護しつつ、戦線から離脱しろ!」
「りょ、了解!」
「暁たち駆逐艦は予定通り雑魚をおびき寄せろ!愛宕たちとは逆方向に進んで、十分に我々から距離を取れ!鳳翔、赤城!数は少なくなっているから、すぐに仕留めてくれ!!」
「「「「「了解!」」」」」
「天龍たちは対空射撃!特に榛名たちには決して敵を近づけるな!」
「「「了解」」」
「大和、武蔵は姫級の相手をしてくれ!山城と扶桑は駆逐艦が仕留めきれなかった雑魚を始末しつつ、同じく姫級を頼む!!」
「「「「了解!」」」」
「提督っ、あたしたちは」
「ああ。旗艦を見つける。飛龍、何かそれらしい奴はいるか?」
「どれも強敵だらけ…………ん、見つけた!」
「どれだ!?」
「ここから10時の方向、現在戦闘はしていないけど、とびきり大きい奴!」
「あれか………よしっ、大井、北上!」
「りょーかい」
「行きます!」
矢継ぎ早に艦娘に指示を送る。戦闘に参加できないのが歯がゆいが、彼女らに頼る他なかった。
「響!敵は何人!?」
「姫級以外はほとんど連れてきているね…。多分10くらいかな」
「多いけど、やるしかないわね…」
「なるべく司令官たちから距離を置くのです!全速力で引き付けるのです!」
「了解!って、きゃあ!!?」
「雷ちゃん!?」
深海棲艦を引きつけつつ、駆逐艦たちは戦線から離れる。囮とはいえ時折反撃するも、雷が敵の砲撃に直撃してしまった。
暁は砲撃で敵を牽制しつつ、倒れた雷の手を取る。
「大丈夫!?」
「平気。それより、急がないと」
「そうね………赤城さん!鳳翔さん!」
「わかったわ。赤城さん、いけますか?」
「勿論です。霞ちゃん、そこから左に大きく旋回してこっちに向かってきて。近づいてきたところを一気にやるわ」
「了解!」
理性も持たず、ただ破壊と殲滅を繰り返す深海棲艦は、声とは呼ばない奇声を発しながら暁たちに接近する。砲撃自体はデタラメな方向だが、この数とスピードならばそれもハンデとはならない。
霞は言われた通り駆逐艦たちを誘導しつつ、深海棲艦に魚雷を放つ。
「喰らいなさい!」
「霞ちゃん!」
「今行く!」
魚雷は数発命中したが、勢いは収まらない。すぐさま踵を返して、言われた通りに赤城たちの方はまっすぐ向かう。
「…………………見えた!赤城さん!」
「よしっ、行きます!鳳翔さん!」
「はい!発艦!!」
赤城と鳳翔はすぐさま矢を放つ。矢は空中で艦載機へと変わり、霞たちの上空を飛んでいく。
直後、深海棲艦のそばでけたたましい音と熱が爆発した。鼓膜を裂くような異形の悲鳴が大きく聞こえ、そして途絶えていく。
「命中を確認!」
「やったわ!霞ちゃんたち、大破してる敵を倒して、終わったら大和さんたちの援護に!」
「「「「「了解!!」」」」」
「鳳翔さん、我々も」
「提督、指示を」
「今、敵の旗艦を発見した!周りの姫級を頼めるか?」
「やってみます。行きましょう」
「はいっ!」
「おいでなすったな………!龍田、準備はいいか!?」
「問題ないわ。天龍ちゃんも、気をつけてね」「こっちも準備完了クマ」
「同じくニャ」
「よしっ、対空射撃開始!!」
交戦中の駆逐艦や榛名たちを仕留めようと、上空を飛ぶいくつかの敵艦載機の向けて、天龍たち軽巡は射撃を行う。
空を進む黒々しいそれはいくつか打ち落とされたり、空中で爆発したりするが、また別のが次から次へと現れる。
「おらおらおらぁッ!!」
「ええい!」
「一機も残さないクマ!」
「ニャ!」
敵艦載機の編隊は、消えては現れ、倒されては追加されていく。無限というわけではないが、しかしそれでも軽巡では限度ある。
「しまった!?マズイ、長門さんたち方へ向かったぞ!」
「愛宕さんたちじゃ対空は難しいわ…」
「何やってるニャ!まだまだ艦載機は来るニャ」
「しかし………あっ!」
取り逃がした艦載機が上空を通り過ぎ、長門たちを狙った次の瞬間、別方向からきた別の攻撃機によって撃ち落とされた。
無論深海棲艦の艦載機ではない。あれはどこか見覚えのあるものだった。
「わたし達もいるわよ!」
「大丈夫?多摩ちゃんたち!」
「蒼龍さんに、飛龍さん!」
「助かったクマ!」
旗艦撃破後にしか命令が下されていない二人は、せめてみんなが頑張れるようにと数機の艦載機を飛ばして攻撃を行っていたのだ。
「全部使い切っちゃダメよ、蒼龍!」
「わかってる。いくよ!」
「愛宕、後ろ!」
「わかったわ!」
「衣笠!」
「了解!」
「これでもくらえ!」
遠征艦隊と救援部隊の援護を任された五人は、追撃を行う敵艦と交戦しつつ退路を切り開いていた。
駆逐艦と五十鈴で編成された遠征艦隊はすでに戦える者はおらず、轟沈はしていないものの五十鈴、時雨、夕立が大破しており、曙と朧も中破である。また、長門率いる救援部隊は、旗艦長門の大破により、戦力としては申し分なかったものの、統制が取れなかったがためにそれぞれが損傷していた。戦えるのは榛名と摩耶だけで、比叡と長門は大破、加賀は中破しており艦載機は飛ばせない。
この人数を守りつつ戦うのはかなり難しい。装甲、火力面においては巡洋艦の中で一番優秀な重巡と雖も、撤退と戦闘の両立は至難の業である。
「ぐッッ!」
「摩耶!」
「問題ないッ!それより敵が来てるぞ!」
「私がやります!」ドゴォーン
「ありがとう、青葉さん!」
「どうってことないです。それより、愛宕さん……」
「あらあら……もう中破ね……」
「愛宕は下がって!榛名さん、援護頼みます!」
「わかりました!」
じりじりと迫り来る敵をなんとか倒すも、決定的な攻撃がなければ消耗戦でこちらが負ける。何より速力が小さい重巡たちでは追いつかれるのも時間の問題であった。
「(クソッ、あっちは少し苦戦しているようだな………しかし、各々自分の役割で精一杯だろう………)」
「提督」
「なんだ?」
「あれ、あれです」
「ん…………」
「来ルナ……………」
大和たち戦艦が姫級を相手にしている。砲撃でどうにか敵をねじ伏せるという、力技の作戦ではあるが、なんとか全員無事なようだ。
しかしその姫級の、あの禍々しい集団の中で、特に異彩を放つ個体がいた。
「あれだよね、ボス」
「ああ。お互いにお互いを認識したようだ………もう戦闘は避けられないな」
「勝てるのでしょうか……」
かつて士官学校の図書館で見た、深海棲艦の写真。どれも画質が悪く、戦っている姿はなかなか見たことはなかった。その中で、比較的記憶に残っているものがある。
姫級深海棲艦。限りなく人に近い、そして限りなく怪物に近い、そんな存在。見た目は異常に肌の白い女だが、その凶暴性と言ったら強烈無比。
的な内容が書かれていた。添えられている写真は割と鮮明にであり、深海棲艦のその姿に、若干の親近感が湧いたような気がする。
今対峙しているこいつは、まさにそれだった。
「港湾棲姫………」
「なに、それ?」
「あれの名称だ。過去にいくつか接敵事例がある。確か大規模作戦の時しか現れないような、出現がかなり稀な個体のはずだが………」
「それって、とても強いってことですか?」
「ああ。正直、戦艦でも倒しきれない可能性もある。耐久が高すぎて、一編隊でようやく互角になるかどうか……」
「ねえ、あたしたち勝てなくない?」
「いや、なにも撃破するわけじゃない。混乱状態にさせて、敵全体の士気を下げる。そもそもこれは殲滅ではなく、あくまで退けるだけの作戦だ。きっとお前たちの酸素魚雷でも、十分にこなせるはずだ。多分」
「根拠はないんですね」
「てきとーだなー」
「まあな。しかしやるしかない、そうだろ?」
「はいはいっ、わかってるよ」
「………了解です」
他の姫級よりも明らかに危険なオーラを漂わせる港湾棲姫は、その巨躯をゆっくりとこちらに向け、射殺すような真っ赤な目でこちらを睨んだ。携える砲身が同様にこちらへと構えられる。
まだ射程ではない。互いに攻撃ができる距離ではないが、それでも戦力差を十分に感じさせる覇気のようなものを、ビリビリ感じる。
「それで、あたしたちはどうするの?」
「まさかこのまま玉砕覚悟で突っ込むわけではありませんよね?」
「ああ。おそらくあいつは素早い動きはできない。装填にも時間がかかるはずだ。そのため今回は、囮と攻撃に分かれて戦ってもらう」
「お、囮って……、戦艦でも倒しきれるかわからないあれを、さらに一人でやっつけなくちゃならないの!?」
「まあ待て。つまりだな、一人が囮となって相手の気を引いているうち、もう一人が敵に接近して魚雷を発射する、ということだ」
「なるほど………、一人は回避に専念して砲撃の囮となり、もう一人は装填の隙に攻撃……。悪くない作戦です。ですが、もし囮が直撃したら………」
「………………ハイリスクハイリターンだ。どうだろう」
「北上さん……」
「………………やる」
「!」
「そうか。すまないな、危険な役回りをしてもらって」
「いいよ。それに、みんなも頑張ってるし」
「き、北上さん………、私も、私もやります!」
「よし、ならば行動開始だ。任せたぞ」
「………」
真っ赤な瞳で二人を捉える港湾棲姫は、動かずに、それでいて砲身向けたままだ。
「北上さん、最初の囮は私が」
「おっけー。じゃあ魚雷発射後は、装填しつつ前進。そしたらこっちが次に囮になる」
「はいっ。頑張りましょう」
そう言うと、二人は二手に分かれて前進する。
北上は主砲も魚雷も構えずに、全てを速さにつぎ込んで敵に真っ直ぐ進む。駆逐艦ほどの速力はないが、それでも港湾にとっては素早く感じられるはずだ。
無論それを無視するはずもなく、港湾はいよいよ大井に向けて砲撃を始めた。放たれた鉄の塊は猛烈なスピードで大井のすぐ横を通過し、間欠泉のような大きな水しぶきをあげて水面にぶち当たる。
「(これが姫級の威力…………!?一発で大破するじゃない………!)」
一方で北上は慎重に魚雷を構えて接近する。本来なら既に発射してしまいたい距離にまで近づいたが、なるべく確実に、そして高威力で当たるところで近づく。大井のためにと、急かす気持ちを抑えながら。
勿論こちらも港湾は見逃さないが、迫り来る大井に砲撃しつつ、副砲で北上を止めようとするも、当然当たるはずなかった。
「(二兎追うものは一兎をも得ず、だよ)」
「クッ…………」
憎たらしく北上を睨み付けると、体制を変えて主砲を向ける。
しかし、
ドガゴォン!!!
「!!?」
「大井っち!?」
「あんたの敵は私よ!」
「………………貴様ラ…………!!」
大井の主砲が港湾棲姫の顔面に直撃のだ。もっとも、雷獣の砲撃など港湾にとってはかすり傷程度。しかし機嫌を損ねるには十分効果があったようだ。
足を開き、砲門全てで大井を狙い始めた。無数の水の柱が乱立し、大井はスレスレで回避していく。
「こっちは大丈夫!北上さんは早く!!」
「………ッ!わかった!」
「スバッシコイ………!」
頭に血が上って、完全に大井しか見えていない港湾に、北上は十分に接近して、魚雷を構えた。
「シマッタ!?イツノマニ…………!!」
「酸素魚雷、発射ッッ!!」
ドゴォォォォォォォォォォン!!!
「ガァァァァァァァァ!?!?」
「よしっ!会心の一撃だ!」
「北上さん!」
「了解!交代だね」
不意をつかれた港湾は、想定外の苦痛に悶絶し、声にならない絶叫を喉から吐き出す。
「(そうだ………これだ。これなら勝てる。きっと勝てる。いや絶対に勝てる!)」
その後、次は大井が攻撃、北上が囮となって戦う。怒り狂った港湾は北上を当然追い詰めようとするが、やはり大井が魚雷を食らわせる。
また絶叫し、また交代する。
その次も、その次もその次も。
「勝てるよ!大井っち!!」
「はいっ!!」
「よしッ!あと一押しだ、二人とも!」
「「了解!!」」
しかし、その時。
ほんの少し、あとほんの少しの時。
「あっ…………?」
「えっ」
「……………ハッ………」
「なっ、」
大井が真横に吹き飛んだ。
今度は北上が攻撃で、大井が囮になる時に、突如として大井は真横に十数メートル吹っ飛んだ。
「な、な、」
「え?」
「………フフフ」
「………」
糸が切れたからくり人形のように宙を舞って、そのまま水面に叩きつけられる。艦娘だから水に浮いているが、まるで水死体のようにピクリとも動かない。
衝突の水しぶきに紛れて、熱い硝煙の匂いが漂う。
「な、なにが………」
「大井っち、ねえ、大井っち?」
「哀レナ………」
大井が吹き飛んだ逆方向を見ると、死にかけていた深海棲艦の姿があった。それは大和たちが殲滅したはずの、姫級の一人であった。
ニヤリと笑みを浮かべ、そしてそのまま水面に埋もれて沈んでいった。
「まさか………最期の力を振り絞って…」
「大井っち!!!!」
「よせ!!北上ッッ!」
「フハハハハ!!」
ぐったりと、死んだように動かない大井に、すぐさま北上は駆け寄る。体勢を崩しかけた港湾は、思わぬ幸運に二人を嘲笑う。
「大井っち!大井っち!」
「………」
「だめだめだめだめ、死んじゃ、死んじゃだめだよ…………」
「……」
「目を………目を開けてよ!!」
「北上!!避けろォォ!」
「!?」
バシャァァァンンンン!!
「くっ…………!?」
「アハハハハハハハ!!可哀想ナ、可哀想ナ連中。仲間ノ不手際デ希望ヲ失ウ、阿呆ガ。アハハハハハハハ!」
「お……………お前ェェェェェェェ!」
「やめろ!!北上下がれ!!」
「うるさい!!こいつは絶対に殺すッ!!」
「やめろッッ!」
「……………………愚カナ」
正面から突進に近い形で向かう北上に対し、港湾棲姫は侮蔑したように目を細めて睨み、そしてその主砲で容易く北上を吹き飛ばした。
ここまで来ると、いよいよ私も声が出なくなり、口を開けて目の前の惨劇を見るほかなかった。
「うぅ………おお、いっ、ち……」
「……………」
「あ……ああ………」
こんな時、艦娘を道具だと割り切れたなら、どんなに心が楽だっただろうか。使い捨ての、人の形をした消耗品だと、かつて私が首を刎ねたあの男のように考えることができたなら、絶望などしなかっただろう。
私は、今とてつもなく、正気を失っている。
目の前の、この強大すぎる敵と、それに倒れた少女に、私は心を保てない。
「終ワリダナ……」
「に、逃げるんだ」
「……」
「……」
「大破ハシテイルガ、念ノタメトドメヲ……」
「逃げろッッッ!!!立って逃げてくれ!!!」
「…」
「…」
「死ネ」
「だめだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
どうしようもないのか?このまま死なせるのか?
量産ができる?代わりはいくらでもいる?道具?否々、そんなわけがない!!
代わりなんていない!!彼女たちは艦娘だ、道具じゃない!だからあの時助けたのだ。今だって、今だって助けてみせる!
「あ………」
右を見ると、少し先に駆逐艦の姿があった。敵を一掃して、私の元に戻ってきたのだろう。
いや、あの目は二人に気づいている。二人が今殺されようとしているとわかっている。泣き出しそうな、死に物狂いな顔で、全速力でこっちに向かっている。
しかし悲しいかな、もう間に合わないだろう。先に港湾が二人にトドメを刺してしまうだろう。
私が、私が艦娘だったならどんなに良かっただろう。私は無力だ。私は無力だ。私は無力だ!!!!
「……………違う」
私は、本当に、無力なのか?
「サア、沈メ」
まだできるだろう、まだ、何か。
「コレデ」
自然に、小型艇の操縦桿に手が伸びる。エンジンを最大にして、眼前の敵を見据える。
「終わって、たまるものか」
次の瞬間、視界が暗転し、間も無く身体中の衝撃と同時に、意識を手放した。
寒い冬は何処やら、春らしく暖かい陽気が続き、桜の花もその顔を見せ始めた今日この頃、皆様はいかがお過ごしでしょうか?私は、
花粉症がつらいんだょぉぉぉぉぉぉぉ!!!!
鼻が!目が!薬もマスクも貫通してめちゃくちゃなんだよぉぉぉぉぉぁぉぉぉぉ!!!!
……………………。
さて今回の、"提督「化け物の誕生」大叫喚地獄(5)はいかがでしたでしょうか。
仮初めとはいえ、形だけでも協力しているシーンもあり、いよいよ共に歩み出せると思ったかもしれませんが、それはもっと先です。
これより先は、いよいよこのシリーズの元凶の話となります。ようやく、「化け物」の所以がわかってくるわけです。
ここからの話の展開とか、色々パターンが思いついてるんですが、選ぶのがまた悩ましいです。でもその内また上げますね。
では次回作も、是非ご期待ください。
更新お疲れ様です!
今回も面白かったです
続きもゆっくり待ってます!