提督「化け物の暴走」七
*本作品は"提督「化け物の暴走」六"の続編です。
[某日]
〈北方海域統括鎮守府〉
『総員、第三種警戒態勢。総員、第三種警戒態勢。非戦闘員は直ちに退避せよ。艦娘は至急武装し侵入者を迎撃すべし。繰り返す。総員、第三種』
「提督!」
「敵の数は!?」
「一人です!既に工廠が」
「早く逃げろ!俺のことはいい!」
「きゃあああああ!!」
「提督!」
「いいから行けッ!!」
北方鎮守府は、その日化け物に襲われた。
辺りには煙と火が充満し、建物はどんどん瓦礫と化していった。艦娘の悲鳴と怒号、爆発音と砲撃の音が嵐のようにひっきりなしに響き渡る。煤に身体を汚しながら、なんとか逃げ延びる艦娘や、傷だらけで他の艦娘に連れ出される艦娘、また決死の覚悟で敵に挑む艦娘もいた。しかし誰であろうと、この惨状を地獄としか形容できなかった。
頭から血を流し、霞んだ視界の中で確かに化け物の姿を捉えた北方長官もまた、心の底からそう思ったのだった。
[5時間前]
〈北方海域 無人島近海〉
Romaは瞬間、怒りに我を忘れて黒軍服に飛びかかった。こいつはここでなんとしても止めなければならないと、彼女の意思が最大出力で肉体を動かした。
「そんなこと、絶対にさせないッッ!」
彼女の本能が選んだのは砲撃ではなく拳だった。理知的な彼女らしからぬ、あまりにも野性的な攻撃であるが、もはや自分の兵装では相手に傷一つつけられないことを知った以上、それに頼らざるを得ない。
戦艦の速力は遅いが、しかし今の距離ならそれは問題ではない。黒軍服が反応するよりも前に懐に入ると、握り拳をそのまま真っ直ぐに右頬に打ち込んだ。
「!?」
「…………なるほど」
しかし黒軍服の顔に打ち込まれた拳は相手をぴくりとも動かすことはなく、逆にRomaの腕には、巨木を殴ったかのような感覚が広がっていた。
「高練度とはいえこんなものか、素手では」
「ッッ………!」
「懐かしいな、殴られるというのは。あの時は"こいつ"は本当にそれを受け入れていたが……しかし私はそこまで優しくない」ガシッ
「!」
Romaは手首を掴まれると、そのまま背負い投げをされて背中からもろに打ち付けられた。
「くっ……!貴様ぁ……」
「まあ落ち着け。普通に考えて敵の根拠地を攻める方が、ここで防衛線を続けるより良いと考えるだろう?敵の出所を叩くわけだからな。お前たちが何度もここに来られても困るし、何より前回逃してやったことを何一つ鑑みていないのがダメだ」
「おい、てめぇ!」ジャキッ
「ん?」
「か、加古さん……」
「そんなことしてみろ………てめぇを絶対にぶっ殺してやる!てめぇも、てめぇの仲間も!」
「仲間?」
その時確かに、それまでにはなかった明らかな怒りの様相が顔に現れた。加古は一瞬たじろいだが、銃口を下さずキッと黒軍服を睨みつける。
「そうだ、あの島にいるてめぇの仲間だ」
「そうか……お前たちは私の仲間にも手をかける気なのか……」
「そうだ!だからさっさと」
「なら、対等だな」
「……は?」
「お前たちは私の仲間を、私はお前たちの仲間を、それぞれ倒す意思を持っている。つまり、当然倒される覚悟も持っているということだよな?」
「なっ……!」
「簡単なことだ。戦いの本質は勝つか負けるか。自分が勝つこともあれば負けることもあり、相手もまた、勝つこともあれば負けることもある。殺すこともあれば殺されることもあるのだろうし、撃った弾丸が当たることがあれば、自分が撃たれる可能性だってある。となると、相手の仲間を殺すことがあるのなら、自分の仲間が殺されることも想定するのが筋だろう」
「あ、あなたは……」
「ん?」
「ろ、Romaさん!?」
「あなたは、その覚悟があるのですか……?自分の仲間が殺されるかもしれないのに……自分のしたことが、自分に返ってくるかもしれないのに」
「………」
「………」
「………ないな」
「は……?」
「え?」
「ないが、お前たちに負ける見込みがない。だから、多分あの島の連中に危険が及ぶことはない」
それはあまりにも傲慢な回答だった。しかし黒軍服は本気で言っているようだった。彼は、もはや目の前の彼女たちの姿を見ても、砲撃をどれだけ食らっても、決して自分の脅威にはなり得ないという理解を変えることはできないのだった。
Romaたちは、とにかくこの敵をなんとしても食い止めねばならないと必死に打開策を模索した。残り少ない弾薬と燃料で、今度は違う陣形で……。
「(無理だ)」
「よし、それじゃあ早速行くとしよう。君達は好きにして良いぞ。残りの弾薬で島を攻略できるならそのまま進撃しても良し。諦めて逃げるも良し。私に決死の攻撃をするも良し」
「(なんとか……なんとかしないと……!)」
「距離があるが走れば日没までには帰れるか?いや………まあ門限とか無いしいいのか」
「ま、待ってください!」
「ん?」
「「「「「!!?」」」」」
「は、初霜ちゃんっ!?」
「わ、私はどうなっても構いません!だ、だから、どうかみんなのことは……お、お願いします!!」
初霜は恐怖で足を震わせ目に涙を浮かべながらも、必死に頭を下げて懇願した。それはある意味、降伏以上の意味を表す敗北宣言だった。
Romaたちは唖然としてそれを見ていたが、ハッとして古鷹もそれに続いた。
「お、お願いです!私もどうなっても構いません!どうか他の四人と、鎮守府の仲間だけは!!」
「初霜ちゃん……加古さん……」
「私も、みんなを救えるなら死んだっていいわ」
「aquira!?」
「どうか、この命に免じて退いて下さい」
「…お、お願いします」
「littorioまで……」
「なにやってんだよみんな!そんな奴にそこまで…」
「加古さん」
「な、なんだよ」
「もう、これしかないみたいだわ……」
「そ、そんな……」
結局、6人全員が頭を下げた。
稀有な光景だろう。いや、戦場で頭を下げて敵に頼み込むという行為もそうだが、一人に対して6人が、という点が、非常に珍しい。多数に追い込まれた一人が命乞いで頭を下げる事なら分かるが、このたった一人の敵に、多数が頭を下げるというのは稀なことだ。
軍にいる人間の中には、敵に屈服するくらいなら死を選ぶ、という主張をする者が少なからずいる。いつの世代でも一定数存在する思想の持ち主たちだ。旧日本軍の頃はその思想が大多数であり、自決や自爆は覚悟の上、むしろしてこそ華というものだった。
しかし艦娘は違う。苦い過去の誤ちを踏まえて、彼女たちにはそんなことをさせないように最初に教え込む。「決して特攻をするな。自分の命を投げ打つな」と。現在の日本軍の根底にある思想である。艦娘たちはそのため、戦闘不能或いは戦意喪失の場合、惨めだろうがなんだろうが頭を下げて降伏して命乞いをしろという命令を受けている。最も、ほとんどの場合はそうなる前に撤退するのだが、撤退すらままならない時はそうする。
今の彼女たちもそうだ。もはや彼女らに勝機はない。逃げたところで意味はない。ならば降伏するべきだ。ただし、今回は命乞いではなくむしろ逆、仲間の身代わりになるための懇願であった。
「…………」
元提督である黒軍服もそれは重々理解できた。みっともないなんて欠片も思わなかった。ただ、初めて見る光景だったために、一瞬、呆然としてしまった。
「………」
そう、黒軍服は理屈は理解していた。その願いを受け入れることも拒絶することももはや彼の意のままだ。
しかし、彼は一つ確認せねばならないことがあった。
「……分かった。おい、お前」
「え?あ、はい」
「aquira……だったか?」
「え、ええ。そう」
「お前、さっき仲間を救えるなら死んでもいいと言ったな?」
「……そ、そうよ。そのためならこの命、惜しくない」
「そうか、なら死ね」
「え?」
ドゴッ
「え?」
「え?」
「え?」
「え?」
「え?」
「え?」
黒軍服は冷たく言い放った瞬間、まだ理解の追いついていないaquiraの腹に、拳を深々と打ち込んだ。
aquiraの正面、約30cmという至近距離から放たれた彼の拳は彼女の鳩尾を中心としてめり込み、骨も内臓も巻き込んで、ぼっこりと浮き出るほどに背中を変形させた。要は、拳ひとつ分背中が盛り上がった。
「あ、あ、ああ、」
「あ、aquira……?」
「か………あがっ……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっっっ!!!」
彼女は倒れ込み、鼓膜を破裂させんばかりの大きさの絶叫を上げた。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!!!」
「aquira!!」
「aquiraさん!」
血を大量に吐き、冷や汗が尋常じゃないほど噴き出すと代わりに血の気が顔から引いて真っ白な顔色になった。目からは涙が溢れて、底無しの苦痛に目を大きく、目玉が溢れんばかりに見開かれた。血のせいなのか痛みのせいなのか、呼吸がまるで壊れたエアコンのような異様な音を出しており、大きく痙攣して視線はもはや何者も見つめてはいなかった。
「こ、これは……」
「うッ!」
「あ、あああ」
「初霜、見るんじゃねぇ!キズになる」
「はぁ、はぁ、はぁ」
各々、目の前で苦痛にのたうちまわる仲間を前に、助けようとするどころか、恐怖に対応するのに必死だった。
「お、お前ッッ!!」
「死んでもいいと言ったからな、殺してやろうと思ったまでだ。どうした、こいつはこうなることを自分の意思で選んだんだぞ?」
「くっ……!」
「それより、お前たちはもういいのか?」
「な、なんだと?」
「お前たちもこいつと同じ覚悟を持っているのだろう?こうなる準備は、もうできてるのか?」
五人は再び、aquiraを見た。拳が打ち込まれた部分はクレーターのように凹んでいて、噴水の如く血を吐き続けている。呼吸もままならず、しようとしても血しか出すことができない。痛みに耐えかねて動くとさらに痛みが走る。無限の苦しみの中、意識を失ってはいるのだろうが、瞳孔を見開いて涙を流し泣き叫んで悶絶する姿は、普段の気丈な彼女からは考えられない様子だ。
全員が、心臓を冷たい槍で刺されたかのような気持ちになった。こうなるのかもしれないと思うと、恐怖で呼吸すらできなくなってしまいそうだった。現に初霜や古鷹は、顔が青ざめて今にも倒れてしまいそうだった。
「はっ、はっ、はっ」
「ん?息が荒いなあ、えーと……初霜だったかな?」
「!!はっ、はっ、はっ」ガチガチガチガチ
「震えているし……んん、何を怯えているのかな?」
「た、たた」
「ん?」
「助けてください……お願いします……い、命だけは…………!!」
「は、初霜ちゃん……」
「………君は、仲間を守るために命を張るつもりはないのか?」
「わ、私は、こ、こうなりたくありません…!どうか、どうかお願いします!私は」
「仲間より自分の命の方が大事か?」
「そうです!だから私をたすけ」
「だめだ」
ボギッ!!!
「いぎっ!?いやあああああああああああああああああああああああああっっっっ!!??」
「膝を逆に折り曲げられるのは初めてか?高練度とは言え痛みに強いわけではないから相当苦しいのだろう。まあ私も経験はないから君の気持ちは理解できないんだがな」
「あああああっ!痛いいいいいいいいいっ!」
「初霜ちゃん!」
「君もだ」
「!?」
グゴッ!
「がはっ!?かはっ……」
「littorioとかいう名前だったよな……?骨までは達していないが気道を塞ぐには十分なほどに、喉に深々と手刀が刺さっているぞ?本当は刀があればいいんだが、見ての通り手持ち無沙汰でね……」
「ががっ……おぼっ!?」
「首を絞められるのとはまた違う苦しさだ…まるで大きな石が引っ掛かったような感じだろう。喉が動かないわけだからやがて息をすることもできなくなる…」
「かっ……っ!……っ!?」
「私も散々苦しんだよ…あの艦娘共にはいいようにされたが、なるほど確かにこれはやみつきになる」
壊れた蛇口の音のような呻きをあげていたlittorioだったが、しばらくすると白目を剥いて気絶した。黒軍服はゆっくりと手刀を引き抜き、改めて自分が倒した三人の艦娘に目を向けた。
「素晴らしい充足感に満たされている……こうして始末した敵を目の前にしていると笑顔が自然に出来上がってしまう……」
「こ、この下衆がッ!」
「……そうだいいぞ、そういう顔をしてくれると非常にやる気が満ち溢れてくる。君達を完膚なきまでに叩き潰して、そして本拠地である鎮守府も壊滅させる、楽しみだ……楽しみだ」
Romaは艤装を構えた。しかし照準が定まらなかった。見ると、自分の腕、脚、そして全身が震えていることに気付いた。気づいた途端、自分の本能が既に敗北を認めてしまったことを認識した。古鷹と加古も同様だった。背を向けて逃げ出していないだけで、もはや反撃することもできないだろう。
「あ………」
「!?」
「え!?」
「!?」
「いやいや、やめだ」
「は、は?」
「お前たち三人をここで始末するのはやめた。うん、その方がいい」
「え?え??」
「一人……一人だけ生かしてやる。一人残して、私はここを去る」
「何を言ってんだ、お前」
「一人はその後ここに取り残される。もはや死体同然の五人と共に、この広い海のど真ん中で。五人を見守りながら信じて救助を待つも良し。諦めて自沈するも良し。一人で五人を担いで帰るも良し。あるいは鎮守府に戻って助けを呼ぶも良し……どうだ?」
Romaたちは、目の前の男を心底気持ち悪いと思った。どうせ自分たちはきっとこの男に沈められるのだろうと考えてはいたが、あれこれやり方を変え手口を変え、まるで艦娘を使って壊し方を試しているかのような、或いは壊れる様を見ているような行動は、あまりにも彼女らの良心に反発した。
黒軍服は話しながらも加古の方を、まるで値踏みするかのようにジロジロと眺めていた。今度は彼女の壊し方を頭の中で思い描いているのだろう。もはやそういう素振りも隠す気もないようだった。
「古鷹、Romaさん」
「な、なに?」
「どうしたの?」
「あたしがこれから特攻するから、二人は全速力で鎮守府に戻って」
「なっ……!」
「それは…」
「時間がない、早く」
「で、できるわけないよ!加古をおいてなんて行けない!」
「一人より二人の方が希望は大きい。あの男は一人だけ残すと言ったが、信用できるとは思えない。戦艦と重巡の速度じゃ追いつかれるかもしれないが、あたしが出来る限り止めてみせる」
「加古さん……」
「いやだよ!!そんな…そんなこと言わないで!」
「いいから行け!」
「いや!」
「行け!」
「古鷹さん!」
叫びと共に涙を流し始めた古鷹を無理矢理振り払って、加古は敵のもとに一直線に飛び込んだ。Romaは追いかけようとする古鷹を止め、それから古鷹を引きずりながら振り返らずに進み始めた。
加古もまた振り返らなかったが、きっと二人が無事でいられることを心底願って、あとは目の前の敵を殺すことだけを考えて距離を詰めた。
「おおおおおおおおおおおっっっっ!!」
「なるほど、面白いッ」
[4時間後]
〈北方海域統括鎮守府 母港〉
「Roma!古鷹!」
いつにない慌てようで、提督は母港に向かった。視線の先にはほとんど無傷の二人が座り込んでいた。数人の艦娘が周りに集まっていたが、提督が現れるとすぐに道を開けた。
「て……ていとく……」
「………」
「お前たち二人だけが帰ってきたと聞いた。なにがあった」
「に……」
「え?」
そばにより、震えた声のRomaの言葉に耳を傾ける提督に、Romaは肩をがっしり掴んで言った。
「逃げてください……!!この鎮守府にいる全員、今すぐに………!」
「な、なにを言って……」
「提督!」
「どうした、親潮。今Romaたちが帰ってきたところで……」
「それが、哨戒任務に出ていた由良さんたちから通信があって、近海に敵艦船が出現したと……」
「敵の数は?」
「ひ、一人です」
「なにっ!?」
「提督!」
「!」
「に、逃げて……早く……ここから……!」
〈北方海域 鎮守府近海〉
最初、由良にはその男が、ただの男にしか見えなかった。黒い軍服は背広のようでフォーマルな印象で、整っていない髪も男らしい寝癖といえば違和感はない。顔はどこか悲しげで、眼はよく切れる刀のような鋭利さを持っていたが、人相が悪いわけではなかった。
しかし、よく考えてみるとおかしなことだらけだ。海面を歩き、肌は灰色で瞳は赤い。荷物も武器もなく、しかし隠す気などない敵意を剥き出しにして、どす黒い覇気を見に纏っていた。由良、黒潮、子日、長波、阿賀野は、本能で目の前の男が敵であると、射程圏内に入ってようやく理解した。
「………ん?」
「こんなところに自分から近づいてくるなんて、馬鹿な敵もいたものね。あなた、どうして艤装も身につけずに一人で来たの?」
「……なんだ、伝わってないのか?」
「え?」
「少し前に、ここに到着してるはずなんだがな。いやしかしこんな堂々と艦隊を展開させてるということは、伝わってないのか或いは迎撃できるつもりでいるのか」
「何言ってんのよ、あんた」
「だから、少し前にここに艦娘が二人ほど到着していないか?」
「は……?なんの話…」
「由良さん、実は先ほど出撃していた艦隊の帰投の連絡が入っていて、いつものことなので伝えていなかったのですが……すみません!」
「………別にいいよ。それで、それがどうしたの?」
「あれ?」
「え?」
「ん?」
「ええ?」
「えーとじゃあお前たちはそれを知っててここにいるのか?」
「まあ、そうね。別に私たちには関係ないわ。ここで鎮守府を守るのが私たちの仕事よ」
「ほお……なるほど」
「てか自分何が言いたいねん。やるならやるでさっさとかかってこいや。別に逃げてもええけど」
「黒潮ちゃん!」
「あ、すまないすまない。そうだな、お前たちがそれでいいならいいんだろう」
「…………あ」
「どうしたの、子日ちゃん」
「そういえば司令官が、今日はRomaさんたちを大事な任務に向かわせたって言ってました。無人島の残党狩りだとか…」
「……?じゃあさっきの話は、そのRomaさんたち?」
「多分そうです」
「お!」
「「「「「「!?」」」」」」
「な、なによ!?」
「Romaか、そうかRomaか。なるほど、やはりあの艦娘はそこそこ知られた艦娘なんだな」
「知ってるもなにも……この鎮守府じゃ1番の力を持つ艦娘よ。私たちじゃ足元に及ばないくらい、優れた判断力と戦闘力を持った、あなたからしてみれば一番相性の悪い相手と言えるわね」
「………なに勘違いしてるんだ、お前」
「は?」
「だから、Romaたち戻ってきてるんだろ?それから古鷹とかいう奴も。無事についてるんだろ?」
「なんで二人だけなのよ。もっと帰ってきてるはずよ」
「…………」
「古鷹さんということは加古さんもいるのかな。他にもそれなりの手練れが」
「…………」
「っと、別にあなたに話す必要はないわね。黙り込んじゃってどうしたの?怖気付いた?」
「…………」
「あらあら……まあいいわ。それならここで沈んで頂戴!」
ドゴォン!!
由良の主砲が真っ直ぐ黒軍服の胴体に直撃し、爆発を起こす。一瞬炎が上がったかと思うと、すぐさま黒煙が上がった。誰が見てもわかる、直撃だ。
「うわー直撃」
「流石由良さん」
「ま、ちょいと退屈かもしらんけどな」
「まあまあ」
「結局ははぐれだったみたいね」
「そうね」
ぼやきながら、立ち込める黒煙をじっと眺めていた。空へ昇り、薄まり、散り、消える。煙が晴れたその場所には、なんとあの男がまだ立っていた。
「なっ……!?」
「……」
「こいつ生きとるやないか!」
「沈んでいないのはまだしもノーダメージはおかしいわね……ギリギリで避けた?」
「いや、明らかに当たってます」
「じゃあどうして……」
「あー、さっき話の続きだが…」
「え?」
「あの二人は逃げてきたんだ、いや、私が逃したと言ってもいい」
「は?意味がわから」
「六人いた内四人は倒した。残りの二人も始末しても良かったが、ここを一人で探し当てるのは中々苦しい。だからわざと逃げさせてついていくことにした」
「………はは」
「ん?」
「あははっ!ハッタリも大概にしなさいよ!Romaさんのいる艦隊がたった一人に負けるわけないじゃない!大体ね、日頃から多対戦に挑んでる私たち艦娘が、深海棲艦一体にやられるわけないでしょ?」
「信じてくれないのか」
「さっきの一撃はどういうわけか効いてないみたいだけど、この人数で一斉にやられたらどうかしら?」
「……………信じてくれないのか…………」
「くどい。今から沈む相手にもう用はないわ。みんな、こいつを取り囲んで!」
由良たちは円形になって黒軍服を取り囲んだ。全方向からの一斉掃射だ。たった一体に対して。
「少しだけ可哀想な気持ちもするけど、ごめんなさいね。生かして帰すわけにはいかないの」
「…………お前たち」
「なにかしら」
「……………よーーーーーーく狙って当てろよ」
「………撃てッ!!」
由良の一言の後、すぐさま爆音と煙が炸裂した。砲弾は直撃した瞬間に爆発し、煙は瞬く間に広がって、そこにさらに新たな砲弾が投入される。生き物のように広がっていく煙、熱、音。火力の低い駆逐艦や軽巡だけの艦隊といえど、こうなれば甚大なダメージを与えることができる。
全員警戒を怠ってはいないが、しかしこの男は決して生きてはいまいと確信した。彼女らの経験値からくるその確信は、弾薬を半分ほど使ったところで現れた。
「やめッ!」
「反撃はなし……動いた気配すらありません」
「直撃したはずやで…確実にな」
「……」
「気を抜かないでいきましょう。煙の中から急に現れる可能性もあります」
「今のうちに装填装填っと…」
煙は次第に晴れる。突然発砲されても避けられる程度には全員が警戒していた。油断も隙もない。
やがて煙が晴れると、そこには誰もいなかった。
「どうやら、沈んだようね」
「ふぅ〜、なんだ普通の敵だったかぁ」
「ちょっと怖かったですけど、倒せましたね」
「まあ、一人相手ならとうぜ」
ザブンッ
「え?」
「は?」
「ん?」
「あっ?」
突如、黒潮が姿を消した。というより、海の中に消えていった。物凄い力で引き摺り込まれて、悲鳴すら聞こえなかった。
「く、黒潮ちゃん……?」
「え、え?」
「いま、なんか変」
「みんなッ!油断しないで!あいつ海の下にいるわ!」
全員、海面に銃口を向けた。今までにない方法で仲間が一人奪われたことに、全員が強い焦りを感じ始めていた。海の中は思うよりも暗く、敵の姿が見えない。しかし確かにいる。
由良は敵に対して危機感を覚え、動悸まで激しくなっていたが、それと同時に消えた黒潮のことを考えると、頭がどうにかなりそうだった。
「ど、どこ……?」
「はあっ、はあっ」
「くっ……!」
「出てきなさい……!」
ザブンッ
「えっ、いやあああああああ!」
「子日ちゃん!?」
「あ、足に腕が!」
「みんな、子日ちゃんの足元を撃って!」
由良たちは数発、砲弾を撃ち込んだがすぐさま子日は悲鳴と共に海中へと消えた。そして再び海は静かすぎる水面へと戻ったのだ。
長波は子日の足首をしっかり掴んだ灰色の腕を確かに見た。次は自分の番かもしれない。足元のこの奈落に引き摺り込まれるのは、自分かもしれない。そう考えるようになった。他の二人も、必死に海中を探しながらもその恐怖に胸を締め付けられた。
「ゆ、由良さん…」
「どうしたの、長波ちゃん」
「だ、誰かが援軍を呼ばないと。子日ちゃんはやられちゃって無線は使えないし、このままじゃ私たち…」
「まだやられたって決まったわけじゃないでしょ!それに、今誰かが行ったってこいつは逃しちゃくれないわ」
「で、でも……」
「由良さん、長波ちゃんの言う通りです。このままじゃ私たちは全滅。奴を鎮守府へ侵入させてしまいます。こうなったら、私が囮になった奴を引きつけますので、二人は鎮守府に」
「馬鹿言わないで!!貴方を捨てて行けるわけないでしょ!?」
「しかし……!」
ザブンッ
「「「!!」」」
「そうだよなぁ……お前たちも、同じだよなぁ」
「な、なんのことよ…」
「Romaたちも、仲間の一人が囮になってくれたおかげで逃げられたんだ。……確かに、加古とかいう艦娘のおかげでな」
「!?そ、そんなの…」
「倒れていく仲間を見て、せめてこのことを伝えてくれる者だけは残そうと、自ら命を……ってところだ。必死に抵抗したぞ、あの娘は」
「き、貴様ッ……!」
「でももうダメだ」
「なに?」
「もう猶予は与えん。お前たち三人もここで倒れる。そして私は鎮守府を壊滅させる。狙うはお前たちの司令官だ」
「なっ……!?」
「そんなことはさせない!ここで絶対に食い止める!」
「貴様、子日と黒潮をどうした!」
「………あの二人か……」
「答えろ!二人は無事なのか!」
「………」
睨みつける三人に、黒軍服は指差した。その方向は三人の後ろ。三人はすぐさま後ろを振り返ると、死んだ魚のようにぷかぷかと浮かんでいる二人の姿があった。
「子日ちゃん!黒潮ちゃん!」
「あぁ…目を、目を開けて……うっ!?」
「二人とも、耳と鼻から血が……」
「海中はな…」
「!?」
「圧力が違うんだよ。深ければ深くなるほど圧力は大きくなる。十数メートル潜っても人体には負荷が及ぶ。しっかりとした対策が必要だ」
「な、なにを…」
「艦娘は無論人と比べれば頑丈だ。だがもし、その圧力の中で激しく動かされたらどうだろう」
「!」
「体内の空気は収縮と膨張を繰り返す。体液もだ。やがて血管やリンパが破れ始め、意識は保てなくなる」
「二人とも……目を開けてよ……!」
「あとはまな板に乗った鯛だ。始末する方法はいくらでもある」
「きッ………貴様ァァッッ!!」
「阿賀野!」
「阿賀野さん!?」
阿賀野は黒軍服に向かってひたすらに撃ちまくった。衝撃波と爆風の中で阿賀野は叫び、弾薬が果てるまでただ撃ちまくった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「……終わりかな?」
「くっ………な、なんで……!」
「さ、次は私の番だ」
攻撃手段を失い、怒りも焦りも消え去ってただ目の前の理不尽な強さに困惑する阿賀野に、黒軍服は力強く拳を放った。肋骨のど真ん中。胸の中心に打ち込まれた拳によって、彼女の肋骨は鈍い音を立てて粉砕した。
ゴグッ!
「うぐっ…………がはっ!?」
「……さて」
「阿賀野!」
「阿賀野さん!」
「君達二人もだ。もうなにをしても無駄なんだ、さっさと覚悟を決めて死を受け入れろ」
「ううっ………い、いや……」
「長波ちゃん、諦めちゃだめよ」
「で、でも……」
「いい?私がこれから最後の攻撃をするわ。その瞬間に貴女は鎮守府に行って助けを呼んできて」
「そんな…それじゃ由良さんが……!」
「大丈夫、無事じゃ済まないだろうけど絶対に生き残ってみせる」
「でも……でも………!」
「長波ちゃん!」
「!」
「あと、よろしくね」
由良は駆け出した。真っ直ぐに駆け出した。十分に近づいて砲撃を開始するつもりで、その後のことなど何も考えていなかった。多分自分も死ぬのだろうと思いながら、それでも希望を託して駆け出した。
長波も遅れた駆け出した。確かに仲間を助けるために、真っ直ぐに鎮守府に向かった。あの敵は強い。由良さんはきっとやられてしまうだろう。それでも今は敵に背を向け、私は走り出さなければならないと思ったのだ。
しかし、絶望は、始まったばかりなのだ。
ドゴォン!!
「え…………………………」
突然、巨大な異形の砲身が目の前に現れた。由良は直撃を覚悟したが、砲口が発光したかと思うと砲弾は由良の真横を通り過ぎて、その後嫌な音がした。
「あ…あああ……」
長波が倒れていた。うつ伏せに、水死体のように倒れていた。煙がたち、焼け焦げた背中が見えた。
「言ったはずだ。もう猶予はない」
由良は座り込んでしまった。戦意の一切が消え失せ、自然に涙が出た。彼女はこのとき、確かにその勇ましい心で封じ込めていた死への恐怖と接触したのだ。
「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!」
[同時刻]
〈○△鎮守府近海〉
沈んでいく敵艦隊を見て、旗艦の那智はゆっくりとため息をついた。
「どうしたの、那智姉さん」
「羽黒、私たちはなんのために戦っていると思う?」
「え?」
同艦隊の那智と羽黒以外は既に鎮守府に向かって進み始めていた。比較的安全な海域だ。帰り道まで警戒する必要はない。
敵の残骸が沈みゆく姿を見て、那智は唐突に羽黒に問うたのだ。
「それは、人類を守るためでしょう?」
「ならば、なぜ私たちはなぜ人類を守らねばならないんだ?」
「えっ……それは………私たちが人類によって作られた……から?」
「そうだな。人類は私たちの生みの親だ」
「姉さん、なんか変だよ……?」
「私は少し前まで、それが分からなかった」
「え?」
「生みの親だ、なんて詭弁だしかない。私たちは戦うために作られた兵器だ。結局は人類が得をするだけで、私たちは死ぬか死ぬまで戦うかの命なんだと、そう思っていたんだ」
「それは……そうかもしれないけど……」
「でも、あの男は、宮本提督は確かに私たちに寄り添おうとしてくれた」
「!」
「自分たち人類のためだけじゃない、確かに艦娘のことも考えていてくれた。多分ああいう人守るために、私たちは戦っているんだ」
「那智姉さん……」
「…………今の私たちは、守るべきものを失ってしまったのかもしれない。こうして敵を倒しても、なにも感じないんだ」
「……」
「……戻ろうか、羽黒」
羽黒はその時、ほんの一瞬だけ見えた姉の悲しそうな顔に、つい泣き出してしまいそうになった。奥歯をぐっと食いしばって、堪えた。
〈北方海域統括鎮守府〉
ドゴォォォォォォォォォォォォォン!!
「な、なんだ!?」
鎮守府中に響き渡る、突然の轟音。世界全体が揺さぶられたような衝撃に、全員が驚いた。
「提督!」
「なんだ、夕張」
「工廠が、出火しました!」
「なにっ、お前の仕業か!?」
「いえ、攻撃です!」
「なんだとっ!?」
ドゴォォォォォォォォォォォォォン!!
「うわっ!ま、まただ!」
「あっ、提督、あれを!」
「あ、あれは……」
「執務室が……」
「砲撃された!?」
母港でRomaたちの帰還を迎えに来た提督たちは、突然の襲撃にまるで夢を見ているかのような気持ちになった。幻覚が何かだと思った。
しかし、喧しいサイレンが彼らを現実に引き戻した。
『総員、第二種警戒態勢。総員、第二種警戒態勢。非戦闘員は退避せよ。戦闘員及び艦娘は直ちに敵勢力を排除せよ。繰り返す。非戦闘員は』
「提督!」
「お前たち!聞いていたな!艤装があるものはすぐに準備しろ!戦えない者は退避するんだ!」
「現在入渠している方は、私が連れて行きます!」
「じゃあ私は、まだ入渠していない方を誘導しますね!」
「Roma、古鷹、立てるか?」
「はい…」
「て、提督も逃げて……」
「いや、私はここで指揮をとる。お前たちは夕張に任せるから、とにかく安全な場所に行くんだ」
「だめです……!提督も逃げないと……!」
「ならん!戦う艦娘がいる限り、ここにいる義務がある!」
「でも……」
「夕張、こいつらを頼む」
「は、はい!」
半ば強引にRomaの手を引き剥がし、提督は燃えている工廠に向かった。
「だ、だめ……提督……提督っ!!」
〈工廠前〉
「くそっ!もうこんなに……」
「司令官!」
「陽炎か!無事か!?」
「あたしの艤装を取りに来たんだけど、だめだった。あちこちぶっ壊れてて…」
その時、突如工廠から爆発が起きた。
「うわっ!」
「くっ!」
「提督!
「ッ!瑞鳳か!」
「敵が……中に……もう何人もやられて………」
途切れ途切れの瑞鳳の痛々しい声をかき消すように、再び喧しいサイレンが鳴り響いた。
『総員、第三種警戒態勢。総員、第三種警戒態勢。非戦闘員は直ちに退避せよ。艦娘は至急武装し侵入者を迎撃すべし。繰り返す。総員、第三種』
「提督!」
「敵の数は!?」
「一人です!既に工廠が」
「早く逃げろ!俺のことはいい!」
「きゃあああああ!!」
「提督!」
「いいから行けッ!!」
工廠から悲鳴が聞こえる。瑞鳳と陽炎ににげるように伝えると、提督はすぐさま燃え盛る工廠に走り出した。
〈工廠〉
「大丈夫か、お前たち!」
「し、司令官!?」
「来てはだめです、提督!」
酷い有様だ。夕張がよく艤装を弄っていた道具やらなにやらが置いてあった場所も燃えて崩れ落ち、天井の瓦礫が散乱していた。そばには血を流して倒れている艦娘がいる。今戦えているのは吹雪と妙高だけのようだ。
「Libeccio!Maestrale!」
「や、やられちゃいました……へへ」
「無理に喋るな!今、みんなのところに連れて行ってやる……ふんっ!」
「ふたりも……おんぶ……すごいね……」
「いいから黙ってろ!おい、吹雪たちも……」
「なに言ってるんですか、司令官。私たちは戦わなくちゃいけません」
「だが、二人とももう中破じゃないか!ここは一度引いて」
「そしたら誰がここを守るんですか?私たちはいいので、二人を安全なところへ」
「しかしっ……」
「早くっ!奴が来ます!」
「くっ……!絶対、絶対助けに来るから!待ってろ!」
Libeccioたちを担いで、駆け足で提督は工廠を飛び出した。吹雪と妙高は、炎の世界に悠々と君臨している眼前の敵を見ながら少しだけ微笑んだ。
「ここは通しません。ですよね、妙高さん」
「ええ。守るべきものがあるもの」
〈本館 廊下〉
敵はやたらめったら鎮守府を破壊してまわっているようだ。建物は既に攻撃を受けた後であり、まるで廃墟のようになっていた。昨日まで確かにあった平穏が崩れているのを見て、提督は叫び出しそうだった。
「あっ、提督!」
「夕張か!他のみんなは!?」
「既に鎮守府の外です。戦える艦娘が応戦していましたが、もう何人もやられて……。私は他に艦娘が残っていないか確認していたところで」
「なら、この二人を頼む。敵は工廠だ。この二人もそこでやられた」
「分かりました。提督も行きましょう」
「……いや、私は工廠に戻る」
「え!?ど、どうして!?」
「あそこで吹雪と妙高がまだ戦っている!助けに行かないわけにはいかない!」
「無茶です!艦娘がこれだけいて敵わないのに…」
「分かってる。しかしそれでも挑まねばならんのだ」
「……………………」
「大丈夫、二人を見つけたらすぐに戻る。流石に真っ正面からやり合うわけじゃない」
「…………わかりました。絶対、絶対帰ってきてくださいよ!」
「ああ。じゃあ二人を頼むぞ」
二人を夕張に預け、提督は執務室に向かった。あそこにある武器があれば、なにもないよりはマシだと思ったからだ。
〈執務室〉
真っ先に壊されたここは、壁が吹き飛ばされて外から丸見えだった。机も椅子も棚も鞄も、全て瓦礫に成り果てた。
壊れた机の残骸を漁る。すると黒光した拳銃が出てきた。自衛用に支給されるものだ。装弾数は六発。深海棲艦からすればカスほどの威力だが、そうわかっていても提督はそれを握りしめた。
「おい」
「!」
背後から男の声がした。心臓が痛くなるほど跳ね上がり、すぐさま後ろを振り向いた。
灰色の肌、赤い目。間違いなく深海棲艦の特徴と一致する。しかし男の顔、男の身体だ。黒い軍服を身に纏い、口を歪めたような気味の悪い笑みを浮かべていた。
「………珍しい深海棲艦だ。初めて見るタイプだよ」
「そんなことどうでもいいだろ?私がどんな深海棲艦だろうが、これから死ぬお前には関係ない」
「その服……」
「ん?」
「色はともかく、そのデザインは我ら日本海軍のものだ。どうしてお前がそれを着ている」
「これか?まあ、形見というべきかな」
「形見?誰のだ?」
「………私のだよ」
「なんだと?」
「お前には関係ないことだ」
「…………あの二人はどうした」
「工廠にいた二人か?」
「そうだ」
「……………安心しろ。すぐに会わせてやる。あの世で、だけどな」
「………そうか。逃げなかったのか……あの馬鹿者どもが………!」
「………」
「私も、私も戦わねばならない。お前という敵を、必ず倒さねばならない。それが弔いだ。私のために命を差し出した、あの二人への報いだ」
「………もう残ってるのはお前だけだ。少なすぎる。他の艦娘はどうした?」
「逃したよ。うちの鎮守府はホワイト企業でな、戦えない奴は真っ先に逃した。負傷した者もな」
「そうか、お前も……」
「なに?」
「…………いや、もういい。さあ始めようか」
黒軍服はゆっくりと足を開き、構えを取った。提督は拳銃を向け、額のど真ん中にしっかりと照準を合わせた。
「…………」
「…………」
パンッ!
「………!」
「銃弾を手で弾くくらい、容易い」
パンッ
パンッ
パンパンッ
「………」
「終わりか?」
パンッ ドッ
「………!」
「残念、あと一発あったな」
額に当たった鉛玉は、硬い音を立て落ちた。しかし黒軍服は少し血が出た程度で効いてないようだ。
提督は銃を捨て、次は拳を構えた。
「俺は諦めが悪いんでね」
「………いいだろう、打ってこい」
「………フッ!」
右ストレート一閃、顔面に直撃。
「ふんっ!」
蹴りをあばらにヒット。
「せいやっ!」
膝を鳩尾にめり込ませる。
「…………」
「…………」
「…………勝てんな、やはり」
「…………」
「人間とは、無力よ」
「…………」
「さぁ、殺せ。深海棲艦よ。この俺を殺せ。ここに来た時にもう、その覚悟はできていた」
「…………ああ、殺そう」
ゆっくりと手刀を作った手をあげた。振り下ろされた時、頭蓋は割れ、背骨は粉砕し、血を吹いて死ぬのだろうと提督は理解した。
「(なんかこいつ……悲しそうだな)」
「………」
「さあ、殺れ!」
この日、北方鎮守府陥落の報はすぐに国中に知れ渡った。たった一人の深海棲艦に攻め落とされたということはせいぜい根も葉もない噂とされたが、しかし確かにこの時から人類は、見えざる化け物の存在をすることになったのだ。
暴走した化け物が、生まれた日だった。
最近投稿遅れてすみません!
よくやく暇ができたのでこれからはバシバシ載せていきたいと思います!
日常生活が忙しい中投稿お疲れ様です
続編待っていました