2019-10-22 00:33:28 更新

*本作は"提督「化け物の暴走」一"の続編です。










[宮本が目覚めた次の日]

〈無人島〉


「………………」

《………………》

《………………》



軽巡とヲ級が眼を覚ますのを待っていると、いつのまにか日をまたいでしまっていた。その間洞穴内をくまなく捜索したが、他に生存している深海棲艦はおらず、唐突にこの岩石の住まいに取り残された感覚だけがあった。


二人は目を覚ますと、あたりをきょろきょろの見回して、私を見てぎょっとして眼を見張り、やがてまた暗い絶望の顔になった。二人は一言も自分から話そうとしない。何かを隠しているわけでもなく、何かに怯えているわけでもない。疲れ切って声もあげられないような、話しかけることすら憚られる喪失感が彼女たちにはあった。




しかし、あの深海棲艦の死体と水槽の何かの深海棲艦、そして私が寝ていた間のことを話してもらわなければならない。まずはこの当惑を沈めてもらわねばならない。


「そろそろ……話してくれないか?」

《……………》

《ヲ…………》

「何が、あった」



軽巡の視線はどこにも向けられてはいなかった。ただ疲弊と消沈の色を見せ、くすんだガラス玉が目玉の代わりに嵌められているのではと思うほどに、その生気は消えてしまっていた。


ヲ級は眼をそらした。三角座りで身体をなるべく小さく折りたたむように腕を組んで、そのまま隠れてしまいそうなほど弱々しい。



「……………何か言ってくれよ。まさか喉を潰されたというわけではあるまい。それとも言葉を忘れたか」

《…………………》

《…………………》

「…………………」

《……………ど………》

「!」

《!》

《どこから…………話せばいい?》



軽巡は虫の羽音程度の小さな声で、かつての活力も陽気も何も含んでいない無機質な声で言った。



「………あの時、ここが襲撃を受けたあの時からだ」

《ああ………わかったわ》

《ヲ……》

《あの時はね…………》











[回想]

襲撃はなんの前触れもなく起きたわ。気付いた時にはすでに島から肉眼で見えるところまで敵は来ていた。兵力温存のために哨戒を怠ったせいね。まあ、いたところでどうにもならなかったでしょうけど。



敵はいつもの艦娘。確かローマ、とかいう艦娘が統率する艦隊。でも、あの時はいつもより数が多かった。こちらの残存兵力は向こうも承知だろうから多分、本気で潰しにきたんだと思う。以前は私たちが軽くあしらってた程度だったのに、連中どいつもこいつも練度が高くて、当然勝てるわけもなかったわ。


逃げるにしても遅すぎた。私たちには戦うしかなかったわ………誰もがそう思った。中枢もそう考えていた。なけなしの資源を使って、改修もしてない装備を持って私たちは死地に向かった。みんな死ぬつもりだったわ。私も、ヲ級も。




名乗りを上げるとか、開戦の合図とかはなく、唐突に戦闘は始まった。私は駆逐艦を相手してたからあまり見ていないのだけれど、向こうは弾も燃料も惜しみなく使ってきた。風の代わりに鉛玉が吹いている様な、生きた心地がしなかったわ。駆逐艦も数が多くて私と古鬼たちだけじゃ太刀打ちできなかった。しばらく戦ったら、うっかり被弾しちゃって…………そこからの記憶はないわ。



覚えているのは悲鳴と銃声と波しぶきの音だけ。あとはひたすら痛みしかなかったわ。連携をとれるはずもなく、ただむやみに撃ちまくった。でも当たらなかった。


随分長い間戦っていた様な、それでいて一瞬だったような時間戦ったけれど、目覚めた時は既にみんな死んでた。艦娘たちももういなくなってて、たまたま無傷だったヲ級ちゃんが私を洞穴でまで運んでくれたの。ヲ級ちゃんは相手にもされなかったみたい。中破程度で済んでたから、直ぐに入渠して次に備えたらしいけれど、敵にとってここはもう眼中にないでしょうね。結局、残ったのは私もヲ級ちゃんだけ。










[回想終了]

「それで」

《………………もうあの戦いから一週間は経ってるわ。貴方ずっと寝てたのよ。まあ、私たちもそんな感じだけれど》

「………わかった。大体のことはわかった。つまり我々は、今度こそ、負けたのだな」

《………》

《………》



沈黙は最大級の肯定だ。二人は唇を噛み締めるとか握り拳を固めるとか、叫ぶだの喚くだの、そういうことはしなかった。悲しみと虚無感のあまり、敗北の苦汁を感じる心の味覚さえなくしてしまったのだろうか。


いつか見た、戦地での被災者の顔。家がなくなり家族が死に財も消え果てた彼らの顔に、二人は私にも共通していた。生気はなく、表情もない。士官学校時代、あのくだらない実習の中で唯一、戦争を心の底から憎いと思った瞬間だった。




「(こんな時………どう声をかけてやればいい?いや、たとえ何を言ったところで何も変わらない。私には言葉をかけてやることすらできない………)」

《………》

《………》

「そ、そういえば………」




ふと、部屋にある大きな水槽、深海棲艦の死体を入れた巨大なガラスの箱に目を向ける。青色の液体の中にしたいが浮遊している。そのどれもがどう見ても死んでいるのだが、しかし奇妙なことに、五体は保っているのだ。


通常、艦娘や深海棲艦の損傷に対し"大破"や"小破"という表現を用いる。これは艦娘たちが生き物として分類されないことの暗喩であることに違いはないのだが、実際は人間の負傷と何ら変わらないのだ。


赤い血が出て、腕が折れ、足が千切れ、腹部には臓物がはみ出ている、といった典型的な惨たらしい状態になる艦娘もいる。内出血まで人間と同じだ。違うのは精々耐久度程度のもので、きちんと修復しないといつまで経っても治らない。無論、深海棲艦も同じ。


出撃とか戦闘とか、回りくどい言い方は好ましくない。つまりは殺し合いなのだ。我々はただその重荷を、かの大戦で散々味わった苦しみを彼女らに肩代わりさせているだけなのだ。




「彼女たちは?」

《……………》

《ヲ…………》

「ん?」

《……………蘇生中よ》

「……………なに?」




何と言った、今。蘇生?蘇生中だと?



耳を疑う。それは聞きなれない言葉だからではない。むしろ私にとってはかなり密接な関係がある。しかし、それはあまりにも私のイメージを遥かに超え、そして明らかに禁忌であることを示しているからだ。



「ま、まさか、彼女らを蘇らせようとして…………!?いや、できるのか!?」

《できるわ。かなり確率は低いけれど、条件さえ整えば》

「馬鹿な!深海棲艦とて生物であるはずだ!一度死んだ者が蘇るなんて…………」

《じゃあ、貴方は貴方自身をどうやって説明するのよ》

「こんなことだなんて聞いていない!私はてっきり、息を吹き返したとか、そういうことだと思っていたんだ!しかしこれは………これはまるで……」

《………………》

《………………》

「まるで、人形のように…………」





ふと、並べられた深海棲艦たちの遺体の列とは別に、布で覆われた深海棲艦を見つけた。体のほとんどを隠されていて、指先程度しか見えない。


明らかに並べられている深海棲艦とは別の扱いだ。一見、無造作に置かれたような感じがする。



「なんだあれは」

《それは………………見ないほうがいい》

《ヲッ…………》

「これは………うっ!!??」ペラッ




布の下、そこにあったのも紛うことなき深海棲艦の死体である。しかし一つ違う点があった。



「こ、こ、これは……………!」

《…………》

《…………》

「ああ……あ、あ、あ……」

《だからやめた方がいいって言ったのよ………………》

《…………》

「し、死体は"部品"じゃないんだぞ!?なんでこんなことができるんだ!!まるでパズルのように使えるものを取り出して組み合わせる……………こんな、こんなことが許されるわけがない!!」

《……………誰が?》

「なに?」

《誰が許さないのよ?貴方?まさか貴方じゃないわよね。まさかとは思うけれど》

「なっ…………!」

《貴方のその下らない死生観は知らないけれど、私たちは生き延びるための最善策をとっているだけよ。どんなに汚れたことだと分かっていても、私たちは文字通り、仲間の屍を乗り越えて進むしかないの》

「こんなの正しい生き方じゃない!!腕も足も、こんなに簡単に取り外してくっつけていいものじゃない!!これはあまりにも死に冒涜的すぎる…………」

《…………………知らないわよ。そんなの。いい?戦争ってこういうことよ、軍人さん。わかる?尊厳も何も、優先なんてされないのよ。ただ強い者が勝ち弱い者が死ぬ単純な世界。私たちはそこで足掻いてきたの。こんな手を使ってもね》

「肉体の代替品…………なんということだ……………」

《貴方もその代替品で救われたのよ。もっとも、当の本人はその重みを今ようやく味わったらしいけれど》

「私は…………こんな………………」




途端自分が醜悪に思えて目眩がした。命の尊さも弔いもない戦地という劣悪な環境。艦娘たちですら味わった者はほとんどいないであろう、敗者の境地。


いつかDVDで、大戦時の映像を見たことがある。白黒で画質は当然悪いが、それでも士官学校時代の若い私たちにとってはかなり惨たらしい内容だったことを記憶している。すぐ横で狙撃された仲間に見向きもしない兵士たちや、死体を重そうに車の荷台に乗せ集めている光景を見て、死に対する無神経さに目を疑った。彼女らはその比ではない。何故なら死体をパーツとして利用しているのだ。それで生き返る者もいるのだろう。現に私はそうだ。しかし、しかし…………。




「命を再利用するとは…………」

《勝つためよ。中枢はこのやり方を凄く嫌ったのだけれど、私は違う。惜しみなく死体を使う。かつて仲間だった者から次の戦いへの糧を授かる。……………貴方には理解できないわよね》

「…………………くそッ!なら、ならせめて、こいつらは生き返るんだよな?そうでなければお前のしていることはただいたずらに死体で遊んでいるに過ぎないぞ」

《生き返るわ。…………でも確率は凄く低い。肉体の接合まではうまくいくけど、目を覚まさないのが殆どよ。それに生き返ったとしても、以前の機能を回復するには相当な時間を要するわ。それまでに艦娘たちが来ないとは限らない………》

「……………少し、少し外の空気を吸ってくる」

《そう》

《ヲッ…………》











[同時刻]

《北方海域統括鎮守府 執務室》

zara 風雲、巻風、嵐、瑞穂、沖波の6名は、ある種の高揚感と充足感を抱いて執務室はと向かった。というのも、今回提督に呼ばれたのは他でもない、例の無人島の件だ。



「お前たちは素晴らしい働きをしてくれた。思えば長い戦いだったが、いよいよ我々の努力が身を結んだということだろう」

「いえ、提督あっての成果です。我々はただ命令に従ったのみ」

「謙遜はいい。実際、私が指揮を担当したのはまだお前たちの練度が低かった時で、最近は全て任せてしまっているからな。今回の働きについては後で特別報酬を出そう。具体的には………………温泉旅行券とか」

「「「「「やったー!!」」」」」



zara含め駆逐艦たちも満面の笑みである。戦闘ばかりの彼女たちには、足を向けては寝られないほどに苦労をかけている。少しくらいは労ってやろうと提督は考えていた。


しかしその一方で、勝利による次なる目標の出現も伝えねばならない。



「しかしその前にお前たちには重要な任務が課せられることになる」

「え?任務?」

「温泉は??」

「その後だ」

「えー」

「今すぐにだって行きたいのにー」

「まあまあ」

「なに、特に難しい任務ではない。今回の任務は無人島を我ら海軍の拠点とするための物資運搬及び施設建造………、その他諸々のための輸送船の護衛だ」



艦娘たちに海域の地図と輸送船の詳細などについてまとめられた書類を見せながら説明する。内心面倒臭そうに思ってはいるだろうが、護衛作戦と聞いて艦娘たちの緊張は少し緩んだように思えた。



「まあ、お前たちの得意な護衛任務だから、気張る必要はない。海域自体そこまで危険ではないし、まあ楽な仕事だ」

「これなら特に難はありませんね。期間は二週間程度でしょうか?」

「おそらくな。大体はそれくらいで終わるから……うん、或いはもう少し早く終わるかもしれんな」

「その後は?」

「ちゃんと休暇をとらせてやるよ」

「やったー!」

「温泉♪温泉♪」






温泉に入ったところで練度が上がるとか士気が向上するとかはないのだろう。しかし毎日毎日海と鎮守府だけを行ったり来たりする生活は、戦場という特殊な状況であることを差し引いてもストレスが溜まるはずだ。短期間ではあるが、精神的平穏をもたらすという点では、これは効果的だと提督は考えたのだった。


執務室に鎮座し、ただ書類に目を通して艦娘たちに一言二言助言するだけの提督という職は、鎮守府の統監というにはあまりにも楽な立場だ。だのに実際に戦っている彼女たちに何もしてやれていないのを、彼は随分前から思い悩んでいた。しかしたまたま目についた安価な温泉を見て、このような計らいを思いついたのだった。





「とにかく、お前たちのこれまでの功績は素晴らしいものだ。温泉については後々全員に旅行券を配るつもりだ。その前にお前たちには、この任務を終わらせてもらうからな」

「はーい!」

「護衛だろうが夜戦だろうが、どーんと任せてほしいわ!」

「任務は明後日から開始される。また詳細を報告するから、各自準備しておくように」

「「「「「了解!」」」」」












[2日後]

〈無人島〉

唐突な激痛によって、私は暗い岩の上での夢から叩き起こされることとなった。


「があっっ…………!?うぐっ!!」




まずは胸の痛みがひどい。肺と心臓を同時に圧迫されているような痛みだ。酸素の運搬が急激に鈍くなり、一気に呼吸困難に陥る。


また、それに伴い頭も痛い。バットで殴られたとか、熱でうなされるとも違う、嫌な鈍痛。眠気を越えて意識は覚醒し、しかしどうにもならない痛みと苦しみの連続に思考は働かない。


また体の節々も痛い。関節は勿論、各部位が骨の髄からひしひしと痛みを引き起こし、体の内側が突然砕かれたかのような重い痛みが全身で巻き起こった。



声にもならない声を小さくあげる。呼吸ができないからそれすらできなくなり、無言で地面をのたうちまわる。汗は全身から吹き出し、身体は痛みの逃げ場を探して痙攣を起こし始めた。



「…………!!……、…………!!」



みっともなく助けを求めるが、当然、誰も来ない。このまま死ぬのだろうか。いや、この痛みから解放されるならそれも悪くないのかもしれない。ツケが回ってきたと思えば道理だ。


しかし、死に対する少しばかりの希望を見いだした頃に、現れた時と同様に、それはいきなり終わりを告げた。





「え………?ええ?」



苦しみの渦も束の間、五体は正常を取り戻した。嵐のように現れた痛みはどこへやら、余韻も傷跡も残さずにただ記憶にだけ刻み込まれてどこかへ消えてしまった。


身体を見てみても、特に変わったところは見られない。いつも通りの灰色(今の私にとってはという意味だが)だ。あざの広がりは日に日に増しているが、特に生活に支障はない。今回のがそれに関係しているのかは疑問ではあるが、であればあまりにも脈絡がないことだ。



未だ深海棲艦たちが私に隠していることがある、という考えもある。そもそも現在進行形で行われている蘇生計画も、科学的に考えれば信じられない偉業なのだ。ごく当たり前のことのように深海棲艦たちは言ったが、わたしにはどうにも未知のブラックボックスがあるように思える。




「…………と、とにかく、ヲ級たちに聞いてみるか…………」









中枢たち修復されている部屋に向かうと、入ってきた私には目もくれずに目の前の有様を険しい表情で眺めている二人の姿が見えた。


何かブツブツと小さく語り合っているようだが、あまり快い話には思えない。わざとらしく足音を立てて近づいてみると、二人はハッとしてこちらを見てきたが、ますます顔を曇らせるばかりだった。



「何かあったのか?」

《あ……………えっと………………》

《…………》

「………………中枢たちの件については、お前たちとの価値観の違いとして今は保留にしておく。どちらかと言えば、今お前たちが抱えている問題の方が優先すべきことなんだろう?」

《え、あ、うん……》

《ヲ、ヲヲ》

「どうしたんだ?」

《実は……………資源が底をついたのよ》

「資源?」

《ヲッ》



巨大な水槽を指差して言うことには、なんでも中枢たちの蘇生装置には大量の燃料が必要であり、この島にあった備蓄がいよいよなくなりそうなのだとか。


蘇生に対する抵抗を感じつつも、これは軽巡たちにとっても相当深刻な問題だとも思う。資源とは即ち生きる糧、あの見せかけの食事ではない本物の補給に必要なのだ。



「資源って………あの岩礁のか?」

《ええ。あそこなら大抵間に合うわ。でも動けるのは私たち二人だけ。ヲ級ちゃんはボーキがないから艦載機すら動かすことができないし、私は私でまだ損傷もあるから………》

《ヲヲ…………》

「兵装を解体して資源を得ると言うのは?」

《それはもうやったわ。最低限のものは残して。それでも間に合わないから困ってるのよ。そもそもこの装置自体、中枢さんが作り上げたものだから代わりの物も用意できないし………》




未だ水槽の中の中枢たち。目覚める気配もなく、ただホルマリン漬けにされたかのようにじっとそこに浮かんだままだ。



私も、おそらくここにいたのだろう。死への冒涜だなんだと喚いた割には、その恩恵をしっかり受けているのが私だ。信心深い連中はそれこそ典型的な説教で私たちを糾弾するだろうが、今はこの行為を責めるものは誰もいない。


何より彼女たちを見てみれば分かる。限りなく低い可能性であったとしても、仲間たちが蘇るなら迷わずそうするはずだ。生き残った彼女たちにはそれしかできない。しかし今回はあまりにも死に過ぎたがために、死者の復活という博打すらも危うい、まさに全滅の危機なのだ。


あの目……………赤く光り、ただ水槽を見つめる二人の目は復讐心や闘争心などは感じられない。二人はただ会いたいのだ。寂しさと悲しみを埋めてくれる、つまり、寂しさと悲しみを生み出した中枢たちに会いたいのだ。必要なのはこの虚無感からの解放だけなのだ。




「そうか………お前たちは……………」




生前(この言い方も我ながら矛盾しているとは思うが)、私はあまりにも嫌われていたがために、自分が死んだ後のことより今どうやって戦っていくか、どうしたら彼女たちを守り、生き抜くかということばかり考えていた。私を踏みにじる艦娘であっても、彼女らに善心があると信じて毎日奔走した。中には協力的な者たちもいたし、その逆だとしても、少なくとも艦娘たちの危機に対しては迷わず出撃した。


しかし私自身はどうか。はたして私が死んだとしてここまで想ってくれる者はいただろうか。彼女たちにとっては私の死はもう確定しているだろうから、まさに現在進行形で起きていることなのだろうけれども、おそらく彼女らのことだ、少し不愉快に思うだけで、悲しみを感じることはないだろう。



少し………中枢たちが羨ましい。死してなお、ここまでされる彼女たちが、わたしのかつての理想であるがために、そうでなかった自分が悔しい。




「お前たちは…………幸せ者だな…………」

《え………?》

《ヲ?》

「いや、なんでもない。それより、その資源回収の仕事、私が引き受けよう」

《…………ええ!?な、なんで貴方が………………》

《ヲヲ!ヲーヲーヲ!》

《そ、そう!貴方はまだ戦ったこともないのに、任せるわけにはいかないわ!たしかに、この中では一番まともに動けるかもしれないけれど…………》

「いや、仕方なくやるわけではない。私はこいつらに、まだ生きていた欲しいんだ。このまま死なせたなのは、報われない」

《で、でも………………》

「割と近いだろ?あそこ。なに、大したことないさ」

《ヲ…》



明らかに期待などしていない目だ。不安や呆れというより、困惑に近い視線を向けてくる。


対して私は我ながらかなり楽観的に物事を考えていた。それもそのはずである。私にはとっくのとうに失うものはない。ついこの間仲間を失い、今まさにそれらを取り戻そうとしている彼女らに比べれば、生きていた頃も死んだ時も死んだ後も、私は何も持っていなかったのだ。あの艦娘たちもそうだ。何も持たぬ私が救えたはずがなかった。中枢たちを救えなかったのがその現れではないか。



「今すぐにでも出発する。艤装は適当なのを借りていくぞ」

《ま、まっ………》

《ヲ……………》




こいつらは違う。私にしかできない。何も持たぬ、私にしかできない。
















[同時刻]

〈○△鎮守府 執務室〉


ジリリリリリリリ ジリリリリリリリ



「はいはい、こちら○△鎮守府」

『こちら大本営直轄鎮守府、田荘だ。当方の提督に用があるため連絡した』

「田荘くん?」

『え、黒崎の兄貴?』



少しばかり懐かしい名を聞いた。鹿島が資材管理と大規模作戦に向けての艦娘同士との話し合いのため席を外しているために、めずらしく僕が電話に出たのだが、なんと相手は田荘くんだった。



「田荘くんかあ!いやいや、久しぶりなんじゃあないか?」

『お久しぶりです、黒崎の兄貴。お元気そうで何よりです』

「君こそ、どうだい?最後に会ってからもう随分になるけど」

『問題ないっすよ。しかし、黒崎の兄貴が提督になったって話、マジだったんすね〜』

「そうだとも。気まぐれではあるが親のコネというのは全く便利なものだよ」

『ははは、ではこれからは黒崎提督とお呼びしなくてはいけませんね』

「軍医で結構。……………それで、今日は一体何の用なんだい?まさか世間話をしにきたわけでもあるまい」

『ええまあ。この回線は軍のものですから、そんなことには使えませんよ。今日は、例の件で少しお話が………』

「…………ほう?」



鹿島くんがいなかったのは僥倖だった。もしこの話を聞かれていたら、彼女らは何をしでかすかわからない。それにこれは正真正銘のトップシークレットなのだから。



『北方海域、南西小島沖、中部海域、大本営近海、南大西洋での各データの照合が完了しました。全150体からの実験及び検死結果から、兄貴の読み通りの結論に至りました』

「ということはつまり………」

『ええ、奴ら、深海棲艦は、他の生物を自分たちに変えることができるようです』

「……………なるほど」



読みが当たったのは非常に嬉しいことだが、この結論は人類全体としてはあまりにも絶望的な内容を意味している。



「連中の母体あるいは母胎が存在するはずだと考え調査を行ったのが、まさかこんな新事実を発見することになるとは。つまりこれは、全ての生物が深海棲艦になる可能性を秘めているということなのだろう?」

『ええ。我々研究チームは"深海化"と呼んでいます』






事の発端はおよそ10年前のことだ。


その昔我々人類は開戦直後この星の7割を占める海をことごとく深海棲艦に簒奪され、侵略され、陸地に追いやられることとなった。深刻な食力不足と海洋奪還のための軍事費のために各国の経済が低迷し、世界規模での大不況が見舞われた。


しかし艦娘の開発及び実戦投入によって戦線を拡大、失われた海を少しずつ少しずつ、確実に取り戻していった。


あと少し、あと少しで我々は形勢逆転だと思っていた。10年前まではそう思っていた。



しかしある事件が起きた。ある漁港で水揚げされた魚に、世にも恐ろしいものが紛れ込んでいた。



報告書には科学的知見と生物学的知見を織り交ぜた、好き放題に書かれた説明文と、水揚げ時に撮影されたそれの写真が掲載されていた。




おおよそ本マグロほどの大きさ、しかしその巨躯は青黒い新鮮さはなく、白とも灰色とも言えない禍々しい肌であり、そこを突き破るように明らかな軍事的攻撃装置が搭載されていた。口からは砲身が突き出し、エラからは血ではなく黒い燃料を出していて、潮の香りよりずっと強烈なガソリンのような匂いがしたという。


搭載されていた兵器は、魚が誤って飲み込んだものではなく、血管レベルにまで融合されたある種の部位であった。




軍の上層部は直ちに原因究明を要請、研究チームは魚の検死とDNA鑑定を行った。


するとどうだ、その魚からはマグロの仲間のDNAと深海棲艦のDNAが検出された!




「あの発見以来…………研究においては10年なんて短い期間ではあるが、よくやってくれた。元研究顧問として礼を言うよ」

『いえ、これはもはや人類の存亡をかけた一大事ですから。しかし困りましたね……………我々が真っ先に想定し、そして最も恐怖した結果になるとは………』

「ああ。連中を戦力はこの星の生命体全てと言っても過言ないのだからね」

『魚類、両生類、猛禽類、鳥類、その他海洋及び陸上生物の深海化が確認されています。それと……………』

「それと?」

『…………………………人間と艦娘でもおそらく、深海化が起きるかと思われます。あくまで仮定、の話ですが』

「……………あははははは!そいつは傑作だ!」



深海棲艦め、未知のブラックボックスが大きすぎじゃあないか?これじゃあ攻めても引いても敵だらけだ。ありがちなゾンビ映画じゃあるまいし。



『艦娘の深海化については提督の間ではかなり有名な都市伝説でしたが…………科学的根拠で裏付けられてしまいましたね』

「まだ公言するなよ。元帥閣下に言ってから、判断を待て。艦娘たちにでも知られてみろ、大変なパニックが起きるぞ」

『了解です』



ふと、ここでかなり突飛な、偶然と偶然が何回重なり合えば起こるのかと言いたくなるほどにありえない発想が起きた。



口に出そうとして、やめた。




「…………………よし、分かった。近々そちらに向かおう。少人数のみで共有するには重すぎる事実だし、多数に教えるにも危険な事実だ。君も含め、他のメンバーと直接会って協議したい。研究の詳細も知りたいしね」

『了解っす。他の奴らにも伝えておきます』

「頼むよ。大規模作戦がそろそろ来るから、それが終わったあたりでまた連絡する」




電話を切ると、ふつふつと興奮が湧き出てくる。生来の研究馬鹿な性格が原因だが、今回の出来事はあまりにもスケールが大きく、あらゆる方面で生物の進化論を覆しかねない問題である。


深海化…………つまり、他の生物を深海棲艦にすることで全体の個体数を増やすという、従来の繁殖とは全く別の繁栄の仕方。そして種に関係なく等しく深海棲艦になるという肉体変異。これが意味することは、"本来一つの種から広がっていった生物の系統が再び一点に帰結しようとしている"と言う点である。


それだけではなく、それが艦娘にも起きると言うことは艦娘兵器論を真っ向から否定する事実にもなりうる。そもそも艦娘兵器論は戦争初期の段階での通例であり、近年ではその非人道的な扱いによって艦娘にも人権(あるいはそれに相当する保障制度)を付与することが叫ばれている。しかしそれは戦争のための兵士を製造したという人クローンのタブーに触れかねない事例でもあり、この戦争における最大の矛盾とも言われている。今回この事実が発覚したことで、いよいよ黙認されてきたクローンの現状について糾弾されることがあるならば戦線の維持にも影響を及ぼす。


そして単純に、敵の数がほぼ無限大であるということが1番の問題点だろう。深海棲艦だけならまだしも、あらゆる生物を敵に回した時、我々人類は勝てるかどうか。仮に勝ったとして、生態系はどうなる?



恐ろしいことだ。しかし故に知りたい!その先の絶望を知りたい、最悪の結末を知りたい、我々が忌むべき連中についてもっともっと知りたい!




執務室に自分一人であることをいい事に、つい叫びたくなってしまいそうになるが必死に堪える。今回の件を隠し通すことができるか自信はないが。




コンコン



「失礼します。ただ今戻りました」

「………………」

「…提督?」

「ああ、鹿島くんか。いやすまない、少し考え方をしていた。今帰ってきたところかい?」

「はい………そうですけど………」

「そうか。それからいいんだ、うん」

「はあ、そうですか」



凄く怪訝な顔をされてしまった。たしかに執務室で一人何もせずぼーっとしているのはおかしいことなのかもしれない。それくらいの奇行は許してほしいと思うが。



………………ここで一つ興味が湧いた。直ちに実行してみる。



「ねえ」

「はい?」

「君はこの戦争、いつまで続くと思ってる?」

「………………以前と比べれば戦線もかなり拡大し、相当な海域を奪回しています。すぐにとはいきませんが、数十年後には終わるのではないでしょうか。私たちの頑張り次第、とはなりますけれど」

「そうだよねぇ………そうあって欲しいよねぇ…………」

「………………どうしてそんな質問を?」

「いや、気になっただけだよ。君たちはこんなに毎日頑張っているのに、人間同士の戦争と違って凄く長いなぁと思ってね」

「はあ、なるほど」

「そっけない返答だね……………まあいいや。本題はこれじゃないんだから」

「え?」

「次の質問、いいかな?」

「え、あ、どうぞ」

「…………………」

「……………提督?」

「…………………」

「…………………」

「……………もし」

「は、はい」



「もし仮に、宮本くんがひよっこり生き残っていて、その上が彼が敵に回っていたら、どう思う?」







後書き

すっかり秋を迎え、朝晩の冷え込みが激しくなってきました。皆さま、お元気でしょうか?


私はここ最近忙しく、なかなか執筆活動に勤しむことができないのですが、合間合間に進めている状況です。台風や増税もあり、日常生活においても皆様もご多忙のことと思います。


さて今回は………………なんだこれ全然進展がないじゃねえかよふざけんてのか?  と思うくらいこれといって大きな展開はありません。というのもそれは次回作への布石及び今後の話への伏線回だからです。全体的に艦娘の話が少なく退屈かもしれませんが、次回からはいよいよ宮本の暴走劇が始まります。


ぶっちゃけこの宮本の長い長い過去編のクライマックスに関してはほぼほぼ構成が出来上がっていてさっさと進めたいところですが、つい話を膨らませてしまう。SSってなんだよ(哲学)。皆様にはもうしばらく、お付き合い願えれば幸いです。


では、また次回作でお会いしましょう……。


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SS好きの名無しさんから
2020-06-30 07:03:54

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2019-11-18 04:43:51

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