2020-01-13 03:14:52 更新

*提督「化け物の暴走」三の続編となっております。











[提督死亡より約4ヶ月後]

〈北方海域 無人島近海〉


男は、不思議だった。

何故この世界には理不尽が満ちているのだろう。何故罪なきものが虐げられるのだろう。

何故こんなに世界は不幸に塗れているのだろう。


男にとってそれは幼い頃から思っていた、人生のテーマとも言える大きな疑問であった。彼の経歴からすればそう思うのも無理はないのかもしれない。親を戦争で亡くし、身寄りもなく、孤児院すらも戦争で失い、その中で大切な人をどんどん失っていった彼にとって、世界がそう見えても不思議ではない。


だから彼は願った。どうか戦争という身勝手な理不尽でこれ以上大切な人たちを傷つけないでほしい。どうか、この世の中のすべての理不尽が淘汰できるような、そんな力を自分に欲しいと。




「見つけた…………」


駆逐艦嵐の腹部に放った己の拳。柔らかな肉の感触の一瞬の層の先で砕けた骨の音を聞いた時、彼はその力を得たことを理解した。


「あ、あ」

「ん…………」

「んぐっ…………オッッゲケエエェェ!!」


嵐は、矜恃もプライドも威勢も何もかも忘れて、この一瞬後に訪れた腹部の想像を絶する痛みに、嘔吐と脱力という態度で応じた。そうせざるを得ないような、肉体の反応を味わった。


「うぐっ………おっ………オェェェェェ!」

「あ、嵐ちゃん………」

「ひっ……!」

「嵐!しっかり!」

「嵐!」

「嵐ちゃん!」


確かに聞こえた、身体を破壊する音。砲弾飛び交う戦場で、大破することもあった江風は、その今までにないほどの破壊音に腹の底から恐怖した。他の艦娘たちも、苦痛にのたうちまわる一人の少女を前に、その敵の力の絶大さを想像した。


「おい」

「!?」

「お前だ、お前。Romaとか言ったな」

「え、ええ」

「助けないのか?」

「え?」

「助けないのか、この娘を。こういう時は、すぐに助けに入るべきなんじゃないのか?」


敵から言われたのは、意外にも正論だった。敵が一人しかいない、しかも味方が一人死にかけている状態である時に、敵に立ち向かわないわけはなかった。例え一個師団の数の敵がいたとしても、自分一人でも助けに行くだけの覚悟を持って任務に当たっているつもりだった。


しかしこれはどうだ。足が動かない。小鹿のように震え、前に踏み出すどころか、力を入れれば逆に倒れてしまうように思えた。



「そうか………聞こえてるか、駆逐艦の」

「うう……」

「お前の仲間、助けてくれなさそうだぞ」

「ぐっ………へへ………お前、馬鹿、だぜ…」

「何?」



息も絶え絶えのはずの嵐は、その瞬間、至近距離のその男に主砲を構え、自分への反動や衝撃はもお構いなしに砲撃した。



ドガアアアアアアアァァァァァァン



「嵐ちゃん!」

「薪風!キャッチ頼む!」

「分かってるわ!」



至近距離の砲撃による反動で、もはやそれを耐えることができない嵐はこちらに吹っ飛んできた。煙と煤で汚れた彼女を、薪風は素早く移動して受け止める。江風は未だ爆煙で姿が見えない例の男に向けて銃口を向ける。


「pola、これ……」

「酔いが覚めたわ。江風ちゃん、一人では荷が重い、私たちも手を貸します」

「助かる。Romaさん、指示を」

「煙が晴れるまで待ちなさい。それからもう少し距離を取って。いつ飛び出してくるかもわからないわ」


あの距離で食らったならさすがに無傷とはいくまい。本来なら轟沈レベルの攻撃だ。しかしもし、もし生きているなら、多勢に無勢、卑怯と呼ばれても構わない。全員で一斉に袋叩きにする。



「ア……ア………」

「!」

「アア………こっけあ…………」

 

煙が晴れ、やがてぼんやりと敵の姿が見える。黒い軍服が現れ、灰色の肌が現れ、そして、煙を出して焼け焦げている真っ赤な肉が見えた。顔の大半が吹き飛び、よもや首なしと言える状態である。



「やった…!」

「嵐ちゃんの決死の攻撃の成果ね……」

「これなら奴ももう」

「私たちの……」


勝ち、と言おうとしたところで、私は悲鳴をあげそうになった。他のみんなも笑みは消え失せ、恐怖や不安を通り越した、不可解としか言えない現象に頭が真っ白になった。


なんだ、あれは。


「ば、馬鹿な………」

「あ、頭が、再生してる………?」

「何が、あれは、一体」

「嘘でしょ……」



血潮を吹き出し、肉は割れ、焼け焦げてもはやそれがなんだったのかわからないほどに破壊し尽くされた奴の顔面は、ゆっくりと、時を巻き戻すように、或いは植物が急速成長するように、元の姿へと戻っていった。


再生、していった。



「アアー………あ、あーあー」

「こんなのあり得ない………」

「あー…………ふぅ、お前たちも、そう思うよな、やっぱり」

「お前、その身体、」

「ん?私自身驚いているよ。まさか肉体の再生もできるなんてなあ。深海棲艦というのは、こんなこともできるのか。いや、そんな報告はされた覚えがないな……」

「(報告……?)貴方みたいなタイプ、私たちも初めてよ。深海棲艦なんかじゃないわね、貴方」

「深海棲艦じゃない?………………確かに、言われてみれば………」

「どうでもいいです、そんなこと。今はとにかく、貴方を始末することが優先です」

「おいおい怖いな。こっちは攻撃されたからやり返しただけなのに」

「寝ぼけてるのかしら?これは殺し合いなのよ。貴方こそ、駆逐艦一人をやったくらいでいい気にならない方がいいわ」

「……………君達こそ勘違いするなよ」

「なんですって?」

「私は別に思いあがってなんかいないさ。まだこの身体には未知のブラックボックスが多い。なるべく穏便に事を済ませたいと思っているんだよ。君達がここから今すぐに消え失せ、もう二度と来ないというなら見逃してやってもいい」

「…………ふざけてんじゃあないぞ!お前なんかすぐに沈めてやるッッ!」

「江風!待ちなさい!」

「polaさん、zaraさん!援護お願い!Romaさんは隙があれば私ごとでいい、どんどんぶっ放して!」

「くっ、やるしかないわね」

「はい。Romaさん、お願いします!」

「ッッ…………仕方がないわ、薪風、貴方は下がってて」

「は、はいっ」




江風は敵の正面を真っ直ぐ突っ走ると、間合いに入るか入らないかとところで、急に  水面を砲撃した。激しい水しぶきが大きく上に上がり、敵との間に水の壁が生まれる。


「pola!砲撃準備!」

「了解!」

「さあ………ぶっ放すよこのクソッタレ!」



Romaもまた、静かに砲身を上げ、来るべきその時を待った。



「(敵が撃ってこようが飛んでこようが、必ず撃つ!距離さえあればこちらに不利はないはず。ならば後は単に、動く的を当てるだけみたいなものよ!)」

「(嵐の様子から見て、近接戦ならこちらが不利だけど、単純な砲雷撃戦なら……!)」

「(勝てる、いや、勝つ!)」

「(さあ、来なさい!すぐにケリをつけてやるわ)」



水しぶきはやがて落ちる。壁は消え失せ、その後ろで自分たちと同様に待ち受けているであろう怨敵の姿が見える。そこを撃つのだ。西部劇のガンマン風に、見えた瞬間撃つ。艤装のない相手なら、この戦法はかなり有効だ。


そう思っていた。



「なっ!?」

「い、いないっ!どこ!?」

「動いた感じはしなかったのに……また消えた………!」

「どこだっ!?一体」


一番後ろにいるRomaは、敵が動くものなら確実に視界に入る位置にいながら、どうして目の前に何者もいないのかわからなかった。まるで霧のように現れては消えるその敵は、現象の一種のような、或いは幻覚のようにも思えた。


「なあ……」

「はっ!?」


後ろにいたのだ。どういう原理かは知らないが、男はRomaの後ろでのんびりと、慌てふためく姿を見ていたのだ。誰の視界に捉えられることもないままに。


「力の差というものがわからないのか?」ガシッ

「があっ!?は、離せ………!」

「戦艦もこの距離では太刀打ちできまい。確か、Romaとかいったな。旗艦としてこうもあっさり後ろを取られてしまうのは感心しないぞ」

「貴ッ様ッッ!!」

「おっと、首根っこを掴んでるんだ、あまり動くとこっちも加減しづらい。誤って首の骨を折ったら大変だぞ?」ググ

「うぐぅぅぅぅ」

「Romaさん!」

「Roma!」


呻き声で気づいた江風たちは、すぐさま砲口を向けるが、Romaが盾になるように後ろをとっているため、なかなか撃つことができない。


「こんのっ………卑怯者!」

「ん?別に撃てばいいだろう。こいつに当たるかもしれないが、戦場で死ねるなら本望とは思わんかね?」

「みんなっ……私は、いいっ、から……」

「でも………」

「撃たないで!pola、江風ちゃん!」


zaraはいつになく声を荒げた。ゆっくりと武器を下ろし、慎重に言葉を選んで続ける。


「分かったわ、貴方のいう通り、もうここには二度と来ない。このまま真っ直ぐ撤退して、その無人島には近づかない。だからお願い、解放して下さい」

「zara……」

「zaraさん…」

「…………………だめだ」


徐に、男は腕を上げて、まるで刀で縦に両断するように、手刀を作ったRomaに振り下ろした。


バキッッッ!!


「ぐっ!…………うあああああああああああああああああッッッ!!!」

「Romaさん!」

「鎖骨を折った。これで艤装は使えまい。刀がないから切断とはいかないが、十二分に有効だな」

「お、お、お前ェッ!」

「ん、よいしょと」ガシッ バキゴキベキッ

「あがあああああああああああ!!!」

「ついでに脇腹も砕いてみた。内臓もめちゃくちゃだな」

「ッッ!!!」


無意識に、zaraは艤装も構えずに駆け出していた。鬼も震え上がるほどの怒りの形相である。穏やかな柔和な顔は、眉がつり上がり目が裂けんばかりに見開かれ、歯を食いしばって髪の乱れと厭わないほどに硬直した表情筋の様相のみが現れていた。


「馬鹿な………近接戦で勝てると思うのか?」

「差し違えてでもRomaを助けるッ!!」

「そういうものか………」


それまできつく首を締め上げていたが、男は向かってくるzaraに対して急にRomaを放り投げた。


「ッ!?Roma!」

「愚かな」


落下するRomaを水面直撃寸前のところでうまくキャッチする。zaraはほっと安堵の表情をこぼしたが、すぐにそれは苦悶と絶望に塗り替えられることになる。


急に、zaraの足に感覚がなくなった。Romaを抱えたまま崩れ落ちると、唐突な出来事にすぐさま自分の足を見る。そこには、膝が逆に折れ曲がった両足があった。



「(この一瞬で!?馬鹿なッ!)あああああああああああああああああッッ!」

「無用心に拾うからだ。全く、素人か」

「za、zara………」

「ああ、それから」


zaraの胸ぐらを掴み、身体ごと持ち上げる。泣き叫ぶzaraの艤装に手をかけると、それをpolaに向かって撃ち始めた。無論polaは対応できるわけもない。味方の艤装を使用されたというだけでなく、問題はその味方が敵に操られているため攻撃できないという点が厄介だった。


艤装で守ったがそれも虚しく、polaは後方数メートルに吹っ飛ばされた。


「う………うっ………」

「ぽ、pola……」

「…………」ボキッ

「ッッ!?ああああああああああああああああああああっっっ!!!」

「あ、すまんすまん左手も折ってしまった。艤装を借りたついでにな。手癖が悪くてなぁ困ったもんだ」

「zara……」

「お、Romaくんはまだ生きているのか。あんまり静かだからうっかり殺してしまったのかと思った。いやーよかったよかった」

「な、何がいいのよ………この、外道……」

「何って、君たちは生き証人になるのさ。今回のことを君達の鎮守府に伝えれば、それが最善の警告と威嚇になる。君達の損害を他の仲間たちがまだみれば、しばらくはここも安泰だろう」

「私がどうなろうと……ゴホッ!……貴方たちは決して逃げられないわ……。むしろ、必ず勝つまでここに来る……」

「…………………なら、こちらにも考えがある」



Romaから視線を外すと、次は江風と薪風を見た。江風は未だ無傷であるが、もはや勝機はないと理解して足を震わせてこちらを見ていた。最初の挑発的な様子とは打って変わって、恐怖に見開かれた目は光がなく、ただここから逃げたい、という意思だけを持っていた。薪風は嵐を担いでいるが、気を失っている嵐よりも一層頼らないのが彼女だ。失禁してしまっている。息も荒く冷や汗も酷い。立っているのか硬直してしまって動けないのかわからないが、銅像のように微動だにしなかった。


「君達」

「ッッ………!」

「はあっ、はあっ、はあっ」

「この3人も連れて、鎮守府に帰りなさい。彼女らはまだ動かないから、というか、修理しないと動かないから、君達二人で運ぶんだ」

「ど、ど、どう、」

「ん?」

「どういう、つもり、な、な、なんだ」

「私は別に、君たちを殺したいわけじゃない。人殺しはもう御免だ。ただ私は、私の大切な者達の平穏を守りたいだけなんだ。ここで君達も含め全員を嬲り殺しでもいいけど、なんの得にもならないんだよ。後味も悪い。君達のように、敵なら殺す、という非道な対応関係を思考しているわけではない」

「か、帰れば、いいんだな?」

「そうだ。早く行け」

「わ、わかった。薪風、手伝って」

「………」

「薪風?」

「………」

「あー、こりゃダメか?おーい、薪風くん」

「…………ヒッ!?」

「なんだ、反応できるじゃないか」

「薪風、帰るよ」

「え?………え?」

「撤退だよ。Romaさんと嵐をお願い」

「う、うん………」


彼女らにとってもはじめての、"敵公認の撤退"。撤退を許される、むしろ命令されるということは、あまりにも理解不能な事態であった。しかし見よ。この惨状を。一刻前の余裕はどこに消えた。あるのはただ暗く、重く、冷たく、そして艦娘という精神年齢ではあまりにも耐えきれそうにない絶望だった。それだけだった。


敗北は知っている。挫折も知っている。しかし知らない。これほどの絶望を知らない。6人にとってこの黒い軍服の男は、この深海棲艦は強すぎた。



6人は8時間後、北方海域統括鎮守府近海で哨戒任務にあたっていた同鎮守府の艦娘に保護された。この衝撃的な結果に、陥落したはずの無人島に再び彼らは恐怖することになった。












[同時刻]

〈○△鎮守府 食堂〉

霞は、胸ぐらを掴まれ持ち上げられ、さらに口に拳銃を突っ込まれたこの状態を理解するのに数秒を要した。あまりにも突然の出来事、当然想定しえない事態。


「(えっ!?な、なんで!?)ふごっ!?」

「ああ………あんまり動かないでくれよ霞くん………今すぐ撃ちかねない」

「あ、あんぇ!?」

「なんで、か。まあ不思議に思うのも無理はないね。叱責ならまだしも、こうして命を狙われるなんて、しかも提督である僕からそうされるなんて思いもしないだろうよ」

「提督ッ!!」

「ん………君か、長門くん」

「今すぐ霞を離してください!一体、一体どういうつもりなんですかっ!?」

「どうって………今から聞き出すところじゃあないか。ここであった出来事を」

「出来事って、これはただの喧嘩……」

「違う違う、そっちじゃなくて、前任提督…………殉死した宮本提督についてだよ」

「!?」


黒崎は銃口を口から一度引き抜くと、次はそれを霞のこめかみに当てて続けた。


「さっき君達言ってたこと………詳しく聞きたいんだよ」

「あ、あの提督のこと……?」

「そうだ。……………………ああ、なるほど合点がいくな。君達がこんなにギクシャクしていること、この鎮守府の雰囲気のこと、彼の殉死のこと、この鎮守府の評判のこと、全て踏まえればすぐに出てくるわけだ………」

「は、離して。……このクズ、離しなさいよ!」

「………」



突きつけられた銃口を物ともせず、霞は顔を険しくして叫んだ。


「なるほどなるほど。そうか………」

「ちょっとあんた聞いてんの?ねえ、さっさとこの手を離せって言ってるのよ!」


すると黒崎は銃口をこめかみから外して、次にそれを霞の左肩に当てて今度は引き金を引いた。


ドンッ!


「いぎっ!?あああああああああっっ!!」

「そもそもおかしな話だ。提督が自ら戦場に出るなんて。いや、それだけならまだわかる。しかし、報告では深海棲艦と共に玉砕覚悟で自爆したとか……。何故君たちは彼をそんな場所に?彼の意思か?ならなぜ彼はそんなことを?」

「こ……のクズ………!こんなことして、いいと思っているわけ………」

「ん?」


黒崎は、弾丸で貫かれた霞の肩の傷に銃口を突き刺すと、ようやく霞に反応をしめした。


「いっ!?ああああああ!!!?」

「こんなことして良くない、なんて分かっているよ。でも、これはあくまで尋問なんだよ霞くん。君はまだ僕の質問に答えていない。そしてあくまで答えるつもりもなさそうだ。だからこうして実力を行使しているんだ」

「そっ………そんなのっ………」

「次は左だね」ズドンッ

「いやあああああああああああああっ!!」

「きっさまぁっ!」


瞬間、長門は駆け出していた。というのも長門はここに来て過去最高の危機感を感じていた。


それはかつて自分たちを貶めた佐藤中将より、残忍で、冷酷で、しかし一方で非感情的であり、朝起きて歯を磨くように当たり前に、目の前の艦娘の肩に銃弾を喰らわせるこの男が危険に思えたからだ。白衣に常に身を包んだ、やや痩せこけた飄々とした男は、深海棲艦よりもよっぽど脅威に思える。


駆け出した先、狙うは当然後頭部による殴打での脳震盪。艦娘の威力で殴られたなら、人間を気絶させるのは容易い。高練度かつ戦艦の長門なら、まず間違いなく再起不能にすることはできた。



しかし男は長門が拳を固めてブチ放つ瞬間に、突然霞を持っていた左手を離して、ポケットから何かを取り出した。


ガシャン!とガラスが割れた音が聞こえる。よく見ると、それは岩のように固められた長門拳に激突した、濃硫酸入りの試験管だったのだ。


「ッッッ!?」

「惜しい。顔に当たれば確実だったのに」

「き、貴様……」

「いかに艦娘といえど所詮は生き物所詮は物質。ちょっと人間より強いだけの存在さ。硫酸をかけられるのは初めてだろう?中々に衝撃的な痛みだと思うが、どうかな?」

「こんなものッ……なんてことはない!」


カランカラン


「えっ……?」

「よっと」


ズドン! 


発砲音と同時に、長門の周りを炎が覆った。地獄の底が突然現れたように、熱風と衝撃波を全方向に放出して食堂を燃え上がらせた。


即座に火災報知器が起動し、天井からスプリンクラーで水がかけられる。何人かの艦娘は急いで厨房にあった消化器を持ってきた。ほとんどの艦娘は悲鳴を上げたものの距離をとっていたため怪我はないが、火中の長門は炎を見に纏ってその熱に絶叫していた。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっ!!!」

「おおー、よく燃えるなぁ」



何が起きたか。それは黒崎がこっそり床に落としていたガソリン入りの試験管が原因である。


硫酸は強酸ではあるが、艦娘にとっては拳にかけられても、実際痛みに耐えられないわけではない。指が取れるとかはないし、皮膚と肉が少し溶けるだけなので、気合でどうにかできる。そのことは黒崎も重々承知していた。


しかしそれは本命ではない。本命はあの時艦娘たちの視線を、長門の注意を、その硫酸に向けることで隙を作り、密かに長門の足元にガソリン入り試験管を置いておくことだった。怯むことなく再び攻撃してくるなんて折り込み済みで、狙いはそれだったのだ。あとは配置した試験管に発砲すれば、発火したガソリンは瞬く間に燃え上がる。


無論それでは黒崎もただでは済まない。しかし彼の身につけている白衣はただの白衣ではなかった。特殊耐火繊維を用いた特注品である。


「熱ッ!いやいや、ガソリンって予想以上に威力があるなぁ」

「があああああああああああっっ!!貴様ああああああ!!」

「長門さん!今消しますから!」



消化器と天井からのスプリンクラーで、火は程なくして消えた。しかし、


「長門……長門!?」

「長門さん!しっかり!」

「あ………あ………」

「誰か早く担架を!」

「酷い火傷……早くドッグに運ばないと…!」


長門は気を失っていた、というか火傷まみれの酷い有様だった。服は焼け焦げて肌が剥き出しになり、その肌も真っ赤に燃えて肉まで見えていたり、その肉すら焦げていたり……。


黒崎はその姿を見て、いつぞや資料で見た広島の被爆者の肉体を思い出していた。あれは肉が溶けているほどだったから、流石にこちらの方が軽い損傷ではあるが、それでもこの"焼かれる"ということは、単純な拷問よりもずっと残酷だと感じた。



「煙が酷いなあ……。僕部屋に戻るわ」

「あっ………待ちなさい!!」

「君は………陸奥くん」

「このまま帰すわけないでしょこのクソ野郎」

「陸奥さん、力を貸しましょう」

「流石にこいつには反吐が出るぜッ」

「鳥海くんに摩耶くんもか」

「二人とも……」

「てめえ……骨の一本二本じゃ済まねぇぞ…」

「今回は摩耶に賛同です。暴力は何も生みませんが、こればかりは許せません」

「………提督、覚悟はいいわね」



3人は、見たこともない怒りの表情で黒崎を睨んだ。目つきはそれだけで人を殺せそうなほど鋭く、眉間にシワを寄せ狼のように歯を噛みしめ、額には血管が浮き上がっている。3人は艤装を装備していなかった。しかしまるで隙はなく、餌を見つけた虎や熊のような威圧感と敵意を撒き散らしていた。震えるほどに固められた拳は、人間にとっては鈍器の部類に入る。足に少しでも力が入れば、こちらに飛びかかってきそうな様子だった。


一方で黒崎もそれに応えた。


「へぇ………じゃあ手加減はいらないわけだ」

「なに?」

「………」ジャラジャラガチャン!

「そ、それは……」

「マシンガン!アーンド………」バサッ

「!?」

「白衣の裏か!」

「そう、手榴弾!それからガソリンもまだあるし、毒ガスも隠し持ってたり!」

「……それで私たちに勝てるかしら?貴方がどれだけ策を弄しても、所詮は道具に頼るだけよ」

「それは君達も同じだろう?あ、道具に頼るというか、君たちそのものが道具って感じだけど」



最後の一言で3人の理性は消しとんだ。久しく忘れていた人への憎しみ。振り返ってみれば宮本提督は一ミリも自分たちを道具だなんて思っていなかった。苦い思いが心を満たしていく。苛立ちと嫌悪感によって、戦いの火蓋は切って落とされた。



陸奥は駆け出した。正面のマシンガンは自分に向けられているが食らったところで戦艦の装甲は貫けない。ただ近づいて、首根っこを掴んでねじ伏せることしか考えていない。


「ふぅんっ!!」

「おっと」


一寸程後ろに避けたことで、黒崎は陸奥攻撃をかわした。しかし陸奥はそのまま白衣の襟を掴んで引き寄せる。この距離なら手榴弾を使えば自分の巻き添えになるし、マシンガンも使えない。人間の力でこの手を外すことができるはずもない。陸奥は確信を持って拳を振り上げた。


しかし、その時腹部に違和感を感じた。


「ん…………?」

「………………」

「え……………」


マシンガンの銃口が、陸奥の腹部に接触していた。しかしそれは冷たい鉄の筒の感覚ではなく、熱い、焼けた鉄骨を押し当てられたような痛みがあった。しかも黒崎は、引き金に手を添えておらず、ただ握っているだけのように見えた。


「ま、まさか………」

「銃剣だよ、陸奥くん。君達相手に銃弾では心許ない」

「銃口に仕込んで…いたのね……」

「その通り」


胃の中から湧き上がってくるものが喉を通り、口に入ってきて、たまらず吐き出した。血だ。真っ赤な血が陸奥の口から吹き出て、重力の自由落下によって真っ赤な点を床に作った。


「艦娘も血が赤いんだ。これは中々興味深いな。赤いということは血にヘモグロビンがあるということを鑑みると、君たちが呼吸をしているということになる」

「な………に、訳わかんないこと、言ってるのよ…………」

「痛みも感じるあたり、人間となにが違うのか………」

「なにも違わないわよ、クソ野郎」ガシッ

「へ?」


ドゴッ!


陸奥は刺さったままの銃剣を掴んで、そして黒崎をそのまま蹴り飛ばした。


たまらず黒崎は手を離し、腹部に戦艦の蹴りをもろにくらって後方数メートルに、つまり食堂の他の艦娘の方へ飛んでいった。すかさずよけた艦娘たちの代わりに、直撃した机が砕けて、黒崎は椅子と机の瓦礫に埋もれた。


「陸奥さん!」

「大丈夫よ……いったいけど、我慢できる…」

「引き抜いちゃダメです!余計に出血量が…」

「ありがとね、吹雪ちゃん。それより摩耶ちゃん、鳥海ちゃん、気をつけてね」

「おう」

「分かりました」


慌てて駆け寄った吹雪の介抱のため、攻撃は摩耶たち二人に変わった。未だ立ち上がれそうにない黒崎を見て、摩耶は関節をポキポキと鳴らし、鳥海もいつになくメガネをかけ直して臨んだ。


「流石にその蹴りは痛いだろう?まあてめえには当然の報いだから、かわいそうなんてこれっぽっちも考えねえけどな」

「…………」

「もう死んじまったか?」

「いいえ。流石にそれはないでしょう。気をつけて、摩耶。いつ爆弾が来るかわかりませんから」

「ああ」

「…………」


やがて、黒崎は無言で立ち上がった。白衣の汚れを手で叩いて落とし、ゆっくり瓦礫から出てくる。


「やれやれ………」

「(まだ余裕なのか……あの蹴り、常人なら骨折は免れないんだが)ようやくお目覚めかい?」

「ああ、すまないね。待たせてしまったようだ」

「いいえ、倒れている相手に追い討ちをかけるようなことはしません。あくまで戦闘可能な相手としか戦わないので」

「それは、宮本くんにもそうしたのかい?」

「!……ええ。私はあの人とはあまり関わりはなかったので」

「摩耶くんは?」

「あたしは………想像に任せる」

「あっそう。………ふぅ〜〜〜〜」ベリベリ

「(シャツの内側から何かを脱ぎ始めた?あれは一体………)」

「ゴホッゴホッ!いててて………本当に凄いな艦娘は。これがなかったら即死だ」

「それは……防弾チョッキ?」

「いや、正確には海軍の開発部が作った特殊衝撃緩和剤使用のベストさ。なんでも理論上は一発くらいなら砲弾も耐えるとか。真偽の程は確かではなかったけど、今回で答えが出たね」

「砕けている………陸奥さんの蹴りのおかげね」

「蹴りの一つでこの有り様ではねえ。重いだけだし、外しちゃおう」バサッ

「…………はっ。小細工なんてしやがって。まあ少なくとも腹部が弱点になったわけだな。あとは顔面も」

「ええ。私たち二人ならできるわ」

「本当にそう思う?マジ?」


黒いベストを脱ぐと、ゆっくりと白衣のポケットに手を突っ込む。摩耶と鳥海に対して、いかにも余裕そうな態度を見せた。 


「隙だらけだぜ、提督さんよォ!鳥海!」

「任せて!」

「おっ、二人同時か」


摩耶の狙いは顔面、鳥海の狙いは腹部だ。同時にガードすることはできないし、防御服もないなら当たりさえすれば倒せる。どんな武器を持っていても、二人を同時に無傷で制圧することは不可能だ。二人は真っ直ぐ黒崎に向かって直進し、拳を固めた。


しかしその瞬間、黒崎はポケットから手を引き抜くと、取り出した手榴弾のピンを目の前で引き抜いた。


「(手榴弾!?まずいっ、このままだと)避けるぞ!!」

「分かってるわ!」


二人は急ブレーキして、すぐさまバックステップで後退する。腕で顔を防御しながら、その間の相手の行動も確認した。


黒崎は何もしていなかった。ピンを抜いた後、投げつけるとか、あるいは蹴り飛ばすとか。手榴弾があくまで投擲する兵器だということを考えれば、その何もしないという黒崎の判断は全く不可解であり、自殺行為だった。


「爆発するぞ!」

「ッ!」

「………………」


シーーーーーーーーーーーーーーーーーン


「へ?」

「え?」

「………………」ゴソゴソ

「な、なんで?」

「ん?ああ、これね」

「爆発しない…………?」

「いやまあ、流石にリスキーじゃん?手榴弾とか。僕まで巻き込まれるかもしれないし、流石に君達も死んじゃうかもしれないし」

「……………は?」

「この手榴弾は偽物さ!君達すごく警戒してたらしいから、ちょっと笑いそうだったけど。いやーでも今思いっきり後退したよね?マジでいい反応だよねー君達」

「……………な、」

「ん?」

「ナメてんじゃねえぞッ!このウスノロがァ!」

「頭に来ました…………!!」


無意識の連携。鳥海は左拳を、摩耶は右拳の構え、二人三脚のように一塊りとなって突撃し、そのまま顔面ストレートを放った。



重巡の拳の速さについて、一応ここで言及しておこう。基本的に艦娘の身体ステータスは人間のケタを優に超えてしまっていることは当たり前として、では具体的にどれくらいなのか、という問題に答えようと思う。


まず脚力だ。これは意外かもしれないが、結構人間と同じくらいだったりする。駆逐艦なら速く、戦艦や空母は遅いというのは海と陸で変わらず、平均して50mを8秒くらいで走ることができる、といえばわかりやすいだろう。100mで10秒をきるオリンピック選手を凌駕すると思われそうだが、足の速さは人間並みなのだ。


しかしスタミナとなるとそうはいかない。資源が足りていて、補給が完了した状態からスタートすれば、50m8秒の速度でフルマラソン、どころか関東地方横断くらいはできる。無論、艤装を外した状態という前提だが、それでも信じられないほどの持久力を持っているのだ。


そして力……ここでは分かりやすく腕力にしてみよう。我々人間は普段持つものといえば、服やペン、皿、鞄程度だが、彼女ら普通に"トン"に達するほどの艤装を装備する。あのか弱そうに見える駆逐艦でさえそうなのだ。実際、もはや比べることはできない。そのパワーが敵に対して100%発揮されることはまずないが、それでも人間一人ぺしゃんこにすることは容易だ。



つまりこの黒崎、もしこのままダブルパンチを食らったならまず死ぬ。


ドゴッ!!


「(手応えあり!)」

「(仕留めたか!?)」

「…………………」


たしかに伝わる肉の感触。それは骨に達し、鈍い音が攻撃完了の知らせを伝える。


ゆっくりと二人は放った拳の先を再度確認した。そして、その有り様に思わず悲鳴をあげそうになった。


「うぅ………」

「なっ」

「は」

「………くくっ」

「霞ちゃんッ!!!」

「霞!?」

「あはははははははははははははははは!!もう漫才してるんじゃないだからさ、ほんと用心深くやってくれよ!あはははははははは!」


拳の先にいたのは霞だったのだ。たしかにぶち当てたと思っていたのは、霞の顔面だったのだ。


「いやね、そういえば霞くんがそこに落ちてるなーと思っててさ。君達はまんまと手榴弾の演技にハマってくれたおかげで、実はこっそりそばに寄せておいたんだよ。あとはそれを持ち上げて、こうして盾がわりに使ったってわけ」

「あ、あたし、そんなつもり……」

「摩耶!速く離れて!」

「あ、ああ……」

「生きてるかー?霞くーん?………だめだ、完全に気絶してる。まあもういらないかな」ポイッ

「きっ……貴様ァッ……!」

「鳥海くん。そう怒るなよ。殴ったのは君達だぜ?僕はただ持ち上げただけ。君達なら拳を止められたはずだ。でもしなかった。何故か分かるかな?君達は僕にすっかり怒り心頭で周りが見えていなかった。攻撃にばかり意識がいってしまった。だから君達は彼女が見えていなかった」

「殺す………本当に殺す………!」

「ちょ、鳥海……」

「いやー怖い怖い。………ところで、君達の服についてるそれ、何?」

「は?……………こ、これは!?」

「まずいっ、鳥海、速く手榴弾をはず」



ドガアアアアアアアンンンンン!!!



光と熱と煙がの塊が爆発と共に誕生し、二人は当然、その爆破をもろに喰らった。いつのまにか服の裾につけられていた手榴弾はいかに艦娘といえど大きなダメージである。


煙が晴れると、声とも息とも判別できないおかしな音が口から漏れ、まるで山の頂上から滑落してきた登山者のような怪我をした二人が現れる。当然大破クラスの重症だ。


「………あー、君」

「は、はいっ!」ビクッ

「片付けといて」

「え?は、はい……」



黒崎はそう言って、白衣についた汚れを手で叩いて落とすと、そのまま何食わぬ顔で出口に向かった。


無論、周りの艦娘たちが立ち塞がる。敵意や嫌悪感を超えた、それだけで人一人殺せてしまいそうな怒りを滲ませた顔で、艤装を身につけているものはそれを構え、そうでないものも今にも飛びかかってきそうな勢いであった。艦種問わず、ただこの男を許さないという強い意志が感じられた。


「………何?」

「お前は……お前だけは許さない………!ここで死んでもらう!」

「あなたのような人は、生かしておけません!」

「死ね」

「ぶっ殺してやるわ」

「………まあ、いいけどさ。あ、ちなみになんだけど」

「あ?」

「もう長門くんと霞くんとそこの二人でドッグは一杯でしょ?だからさ」

「それがどうした」

「いや、これ以上怪我人が出るのはなあ……と思って」



ガタガタうるさい、さっさとかかってこいと誰もが口に出そうとした瞬間、その思いは消し飛ぶことになる。


その時彼女らが見たものはたしかな狂気!白衣を着て、もやしのような体型のその人間は、まだ戦わせてくれるのか、というように嬉々とした表情を浮かべ、ゆっくりと、ポケットから取り出したメスを構えた。こんなもので勝てるわけがないはずだ。しかし彼女らは、こいつならやりかねないと思った。そして、そう思わされていることに今、気がついた。


つまり彼女らは彼女らのうちなる恐怖に気付いてしまったのだ。メスは単なる医療器具だ。切れ味はいいがたかが知れている。しかしそれでも、それに本気で備えようとした自分がいた。メス如きで怯えた自分がいた。意思とは無関係に、その体と脳は、力の差があると信じて疑わなかった。


「…………ッ!」

「どう、する?」

「「「「「「………………」」」」」」



黒崎は、構えたまま微動だにできない艦娘たちの間悠々と歩いて、食堂を出て、そのまま執務室に戻っていた。


食堂にはただ、無力と失意だけが残った。














[2日後]

〈北方海域統括鎮守府 執務室〉


珍しく海図を広げた提督はRomaと大淀を呼んで、3人で作戦会議をしていた。


まだ昼間だと言うのに、外は生憎の雨で薄暗く、また場の雰囲気も鉛のように重く暗かった。いつになく息苦しさを感じた大淀は、二人の顔を見たが、これもまたいつになく、険しい表情を浮かべていた。



「さて………Romaたちが出撃したのが二日前、この例の無人島で戦闘が起きたわけだが……」

「はい。結果は、」

「言わなくていい。もう何度も聞かされたよ。流石にあの時は轟沈したのかと肝を冷やしたが、まあ、一応全員帰還できてなによりだ」

「…………はい」

「提督、確かこの無人島は……」

「ああ。少し前に我々が奪回した島だ。そのはずだった。だが蓋を開ければRomaたちは一人の深海棲艦に全滅寸前にまで追い込まれてしまったわけだ」

「……すみません、提督」

「責めているわけではない。Roma、これは私の責任でもある。それほどの敵が残っているなら、もっと安全な作戦を立てるべきだった」

「提督は悪くありません。あの敵は…………今までに出会ったことのない敵です。容姿、強さ、それにあの独特の不気味さ………」

「私も他の鎮守府や大本営の過去の戦闘データを見ましたが、該当するデータは得られませんでした。そもそもあの無人島にそのような敵が存在していた、という報告はされていません」

「人型……それも男の深海棲艦か。姫級もそうだが、上位種はだんだんと人の形になっていくからな。姫級よりもさらに上の個体なのかも知れん」

「だとして、何故一人で現れたのか、何故率いている集団がいないのか、というのがまた疑問です。普通なら、付近に他の深海棲艦が確認されるはずです」

「私たちが撃破した連中の残党なのかも」

「全滅した後に出てくるとは思えない。集団とは別の独立した個体なのではないか?」

「深海棲艦の単独行動だとしたら……集団からはぐれた可能性もありますね」

「いえ……あれは一人だ一艦隊以上の戦力を持つわ。多分、必要ないから一人なのよ」

「なんにせよ、情報が少なすぎる。Roma、ほかに何か気づいたことはないか?」

「…………会話ができたわ。それもかなり発音が良い。違和感なく会話できたの」

「会話……か」

「発声器官に何か特徴があるのでしょうか。それが男の姿をしているのと関係が……?」

「それに、提督のそれ」

「ん?軍服か?この軍服がどうかしたのか?」

「奴も、黒だけど、それを着ていたわ」

「は?」

「ど、どういうことですか?」

「わからない。最初からさらによく似た軍服のようなものを着ていたのだけれど、突然、真っ黒になって……」

「……………どう思う、大淀」

「皆目検討もつきません。幻覚、という線もありますが、可能性は低いでしょう」

「まるで人間みたいだった……。そう、深海棲艦というより、人間に近い……」

「人間?」

「ええ。私たちが知っている深海棲艦とは異なる点は多いけれど、人間と比べればあまり大差なかったわ。せいぜいパワーが違うくらいで……」

「でも、身体は深海棲艦なのでしょう?」

「ええ。髪も瞳の色も肌の色もね。……………私がおかしいのかしら。気が動転してて」

「いや、他にも聞いたが5人とも同じ回答だった。その敵は、そういうものなんだろう」

「そう………ですか」

「それからRomaさん。敵は艤装を身につけていなかった、という報告もあるのですが」

「それについては語弊があるわ。最初はあったのよ。でも、私たちが壊して、奴の様子が変わった後は、艤装なんて必要ない、そう、丸腰で戦ったのよ」

「丸腰………」ゴクリ

「……………何者なんだ、一体…………」

「それに自己再生能力もあるみたい。それも強力な。砲撃を一発食らった程度ではすぐに再生してしまうわ」

「無敵では?」

「勝てる見込みがないな……」

「今のところはね……。でも、奴が完全無敵というには、まだ情報が少なすぎる。意外な弱点が見つかるかもしれない」

「うむ………少なくとも、艤装まで再生できないのなら、あとは向こうは素手しかないということ。長距離からの砲撃なら、まだ勝機はあるか?」

「再生能力に左右されますが、試してみる価値はあるかと」

「とにかく、大規模作戦が近いですし、早々に退治しないと………」

「ああ。大淀、他のメンバーはどうだ?」

「polaさん、zaraさんは問題ありませんが、薪風さんはまだショックが大きく、出撃は難しいかと。江風さんは、本人は問題ないと言っていますが、こちらもやはり、精神的にまだ不安定で、実戦は難しいでしょう。嵐ちゃんは艤装のメンテが終わり次第行けるようです」

「なるほど………。Roma」

「はい」

「艦隊のメンバーはお前が指名しろ。資源のことは心配せんでいい。勝つことを優先しろ」

「はい。それでは……polaとzara、それから大鳳さん、祥鳳さん、まるゆちゃんを」

「まるゆ、か」

「はい。潜水艦なら、攻撃を受けずに戦えるかも知れませんから」

「なるほど。あとは装甲の硬い重巡と遠距離攻撃ができる空母というわけですね」

「ええ。これで勝てるといいけど……」

「…………出撃はいつがいい?」

「明後日がいいです。よく晴れたいい天気になるらしいですから」

「分かった」



Romaが出ていくと、大淀は書類をまとめながら大きくため息をついた。



「せっかく皆さんが奪取した島が、また…」

「仕方がないだろう。幸い誰も沈んでないのだから、それでいいじゃないか」


しかし内心はそれほど平静ではなかった。Romaたちが帰ってきた時、久々に叫びそうになったことを思い出す。


「何者なんでしょうか………黒い軍服の深海棲艦というのは」

「さあな。聞いたこともない。そもそも男の深海棲艦もいなかったはずだ。性別なんてあったのか?」

「そのあたりの生物的見地は中々意見が分かれているようですよ。無性生殖だとか、そもそも元は別の生き物だったとか」

「なんにせよ、敵ならぶちのめすだけだ」

「ですね」



ふと、窓に目を向ける。そこから覗く海は、ゆったりと蠢くように波打ち、透明度のある水色の綺麗な海原を作り出していた。空は雲が少しあるが晴れ、燦々と照る太陽の光が反射して宝石のように輝いた。


いい景色だ。いつ見ても思う。しかし、それでも心はどうしても晴れなかった。



「大淀」

「はい?」

「今回の敵、今まででいちばんの困難なのかもしれんな」

「どうしたんですか、急に」

「軍人の勘という奴だ。いつになく私は弱気になっているらしい」

「…………大丈夫です。提督と、みんなの力があれば、きっと勝てます」

「……………そうか」

















後書き

受験勉強疲れた!以上!


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2020-06-30 16:25:33

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2020-01-18 21:36:18

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2020-01-15 08:05:47

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2020-01-15 08:05:48

このSSへのコメント

1件コメントされています

1: SS好きの名無しさん 2020-01-13 13:36:11 ID: S:Xs43Mu

予想以上の早い更新に感謝感激
これからも無理しないように頑張ってください


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