2018-05-25 22:46:16 更新

御機嫌よう、読者諸君。

私は、とある鎮守府で提督を務めているものだ。名を、宮本 會良(みやもと かいりょう)という。



私は私の鎮守府と、私の艦娘が好きだ。家族のいない私に、本物の家族の気持ちはわからないが、私は彼女たちを家族と思い、この鎮守府を家だと思っている。



それが、どんなに狂っていたとしても。

どこまでも壊れてしまったとしても。






〈私室〉

朝、起床のラッパの放送で目を覚ました。

執務室の隣の私室で、見慣れた天井を、ラッパの音を鼓膜で感じ取りながら、眺める。


「ん………んんっ………」


布団の中で、ゴソゴソと何かが動く。

無論、それは艦娘だ。私が愛してやまない、狂った艦娘たちだ。


「もう朝だぞ。起きろ」

「は………はい……司令官………ふああ」


掛け布団からひょっこり顔を出したのは、

暁型駆逐艦、雷と電だ。

朝から駆逐艦……つまりは、幼女を二人も布団の中に侍らせているのは、倫理的にまずいかも知れない。

しかし、勝手に入ってくるのだ。部屋にも布団の中にも。


「おはよう、司令官」

「おはよう……なのです」

「おはよう、二人とも」


寝巻き姿の二人は可愛い。否、いつも可愛いんだが、やはりいつもの、特に戦闘中ではけっしてお目にかかれないこの無防備な様子には、抱きしめたくなるほどに愛しい。


「もう朝なのです……?」

「ああ。早く着替えてこい。食堂は混むからな。なるべく早くしたほうがいいぞ」

「わかったわ」


二人は眠そうな目を擦りながら、トボトボと自室へ戻っていく。


「……着替えるか」


起き上がり、広げた布団を部屋の隅へ移動させる。

ちなみに、先程三人で寝ていたが、この布団は勿論一人用だ。人が三人入るには狭すぎる。しかし、彼女らは強引に私と共に寝ようとする。

雷と電だけではない。日によって毎回異なる。軽巡、重巡、戦艦、空母と軽空母、そして駆逐艦。


初めは、酷く困惑した。断ったし、寝ない日もあったが、今ではすっかり慣れてしまった。案外、狂ったのは彼女たちだけではないかも知れない。


そんなことを考えていたら、着替えも済み、諸々の準備も整った。


執務室へと直通する扉を開ける。そこには、誰も座っていない私の椅子と、事務机と、ソファ二つに、その間に置かれたロングテーブルがある。

西側のソファの後ろには、食器やら紅茶セットやらが入った戸棚がある。ここは客間として使うときもあるからだ。


そして、そのソファの上に腰掛け、書類を整理している艦娘が一人。


「おはよう、鹿島」

「おはようございます。提督」


秘書艦の鹿島だ。銀髪の二つ結び。豊かな胸に、短めのスカートから見える太もも。美しいくびれ。整った顔立ち。

美人という言葉では形容しきれない。


「朝からすまないな。お前に仕事をさせてしまって」

「私が勝手にやっていることです。提督の負担を減らすために」

「………ありがとう。私は良い部下を持った」


本当によくできる奴だと思う。戦闘こそできないが、書類仕事、部屋の掃除、備品整理に、大本営及び他の鎮守府との連絡……数えればきりがない。それだけ、彼女に頼ってばかりだ。


「(いつかお礼をしなくてはな……)鹿島、朝食はとったのか?」

「はい。まだみんなが起きないうちに済ませました」

「そうか。私も行くとしよう」

「今から行くと……かなり混んでいるかも知れませんよ?」

「………問題ない。多分」


執務室の扉を閉め、食堂へ向かう。

今日も、狂気と修羅の始まりである。





〈食堂前 廊下〉

食堂の扉ごしに、賑やかな話し声が聞こえる。

彼女たちは基本仲が良い。大規模作戦や実戦を共に戦い抜いた、戦友というものなのだ。艦種、姉妹に問わず、共に助け合い、戦った間柄なら、全く自然なことである。


無論、例外もあるが。


食堂の扉を開けると、食事をとりながら談笑する艦娘たちの姿が目に映る。



例えば空母

「加賀さん、今日も美味しいご飯ですね」

「そうですね……って、食べすぎは良くないですよ?赤城さん」

「あら、お互い様でしょ?それに、食堂のご飯は美味しいから」


赤城と加賀だ。二人合わせて一航戦と言われる。この鎮守府の主力の一角であり、艦娘を導き、育てるよき先輩という側面を持つ。

赤城は優しく、暖かい性格だ。姉というだけあって、包容力がある。

対照的に加賀は、冷静で、厳しい性格であるが、しかしそれは優しさの裏返しであり、つまり、姉妹揃って、思いやりのある子なのだ。



例えば戦艦。

「HEY榛名!朝食はしっかり食べるネー!栄養を取らないと、後で持たないヨ!」

「榛名は大丈夫です。ちゃんと全部食べますよ」

「下手にダイエットなどをすると、体に良くないですよ、榛名姉様」

「なんなら、私がカレーを」

「「「それはやめて」」」

「なんでー!?」


金剛型四姉妹だ。姉から順番に、金剛、比叡、榛名、霧島。仲が良く、戦闘においてもチームワークはバッチリだ。お互いに助け合い、支え合うその姿は、姉妹の理想像ともいえよう。

だか……比叡よ。お前は料理をしない方がいいと思うぞ、俺も。



例えば軽巡。

「あら〜?天龍ちゃん?嫌いなものはちゃんと食べなくちゃだめでしょ?」

「い、いや、今日はなんだか食欲が……」

「………」

「わかったよ!食えばいいんだろ食えば!」

「ふふ、駆逐艦の子達だって、好き嫌いせずに食べるのに、天龍ちゃんたら可愛い〜」

「うるせえ!」


龍田と天龍はまさに正反対だ。

姉の龍田は、温厚な性格でいつもおっとりしている。

しかし天龍は、口調からも分かる通り男勝りというか、男っぽいところがあり、きつい性格である。

だからこそ、なのだろう。二人はいつも仲が良い。天龍も、口では正直にはならないが、龍田のことを好いているはずだ。



例えば重巡。

「今日は演習……緊張します………」

「何言ってんのよ、パパッと終わらせて、後はお酒でパーっとするの!」

「ええ……」

「大丈夫よ。もしもの時は私もいるから」


羽黒はおどおどした性格である。人見知り、もあるが、単純に怖がりなのだ。マイナス思考というか、とにかく言動が斜め下なところがある。

姉の足柄は……狼。以上、閉廷!



例えば駆逐艦。

「今日のご飯も美味しい〜〜〜!」

「そうだね。流石間宮さんだ」

「やっぱりここでの食事は最高っぽい!家庭の味ってやつかな?」

「基本僕たちはここでしか朝食を取らないはずだから、飽きても良いはずなんだけど、なかなかどうして飽きないんだよね」


夕立と時雨は、端的に言えば犬。

夕立は元気いっぱいの犬だ。戦闘中もそうだが、鎮守府にいるときもいつも明るい。たまに執務中に甘えてくるのはやめてほしいが……きっと、体力が有り余っているのだろう。

時雨はおとなしい犬だ。ボクっ娘は珍しく、それでいて女の子っぽい。その手の性癖の男にはたまらないんだろう。



皆、私の自慢の、そして愛しい艦娘たちだ。

私はこの、朝から笑顔で飽和する食堂内がとても好きだ。気持ちが晴れ晴れする。


しかし、一度私が入れば、それは崩壊する。

仮初めの正気は崩れて、狂った修羅場が彼女たちを完成させる。

そうして、今日も鎮守府は始まるのだ。


さあ、言うぞ。開戦の合図だ。



「みんな、おはよう」



静寂がうまれた。


ここにいる艦娘全員が、こちらを見る。同時に。


私にはこの光景がスローに見えた。無論、私の体ごとスローになっているため、あくまでも視覚的に、見える全て対して最速となっただけだが。


私の姿を捉えた瞬間、座った状態から跳躍し、その勢いで私に飛びかかってきたのは金剛だ。彼女は別に、私に敵意を持っているわけではないが、その様子はなんどみても慣れない上に、怖い。このままくれば、私の上半身に抱きついてくるのだろう。


夕立が持ち前の機動力で走り出すと思ったが、しかし駆逐艦には、そんなのをはるかに凌ぐ最速の少女がいる。島風だ。

ほぼ私の真正面にいた彼女は、かなり遠い距離にいるが、直線上にいる私を逃すわけない。

座った状態から体を前に傾けて、落下速度を爪先にぶつけてその場で加速。突進する未来まで見えた。


空母勢は皆冷静だった。無理して動こうとはせず、その場で鎮座したままであった。

しかし何もしないわけではない。現に、瑞鶴と加賀がほぼ同じタイミングで艦載機を飛ばした。いや、なんで室内に持ち込んでんだよ。


重巡、軽巡においては、飛び道具も機動力もそこまでずば抜けていないし、雷装も、陸地では役には立たない。よって、特に動くことはなかった。

しかしその目は、動き出した艦娘の顔をしっかりと、目に焼きつくくらいに凝視した。



全てがスロー。その間約2秒。今の私ならそれくらいできればまあ良い方だ。


ああ、わかってる。回避は不可能だ。甘んじてこれらを全て受け止めよう。私に迫る戦艦と駆逐艦と、それらを止めようとする艦載機を。



今日も可愛いな、私の狂気たちよ。



「バァァァァァニィング、ラァァァァァブゥゥ!!!」

「て、い、と、くーーー!!」

「沈みなさい………!」

「………消し飛んじゃって!」

「うっ、ぐっ、ぬがあ!?」





〈食堂〉

痛く、重く、早く、激しく、凄まじい始まりだった。


「スミマセン提督……。私ったら、嬉しさのあまりつい……」

「いや、いいんだ……。朝起きてきただけでそこまで喜ぶ必要はないと思うがな……」

「ごめんなさい、提督。やっぱり痛い?」

「問題ない。島風は相変わらず早いな。風のように飛び込んできやがる。威力はいのしし並だがな」

「怪我はありませんか?提督」

「なんとかね………いや、そんなことより、なんで艦載機を持ち込んでいるわけ!?室内で飛ばさないでくれ。というか、こんなことで朝からボーキを使わないでくれ!」


地面に仰向けになった私に、三人は心配そうに駆け寄る。

痛いわけではないが、かといってこの過激な挨拶は控えてほしい。「おはようございます」で済ませてほしい。


というか………。



「「「「「「………………」」」」」」」



食堂にいる、加賀と金剛と島風以外の全員が、俯いたまま、一言も話さずに、停止していた。


始まる。また始まる。


そう、本当に大変なのはここからだ。



「金剛」

「………何ですカー?長門」

「食堂で騒ぐな。皆が食事を取るところであんな跳躍をされては埃が舞う。それに、提督にも迷惑がかかっているのがわからんのか」

「食堂での作法でなかったことは謝マース。でも、提督はきっと嫌がってないネー。勝手に決めつけて欲しくないデス」


「ねえ、島風ちゃん」

「どうしたの?夕立」

「あんな速さで提督に抱きついたら、危ないっぽい。ちょっと控えてほしいっぽい」

「私の速さは仕方ないもん。それに、提督なら受止めてくれるもん」

「………」


「先輩。そして瑞鶴」

「何かしら?」

「不必要な艦載機の発艦はボーキの無駄です。お気持ちはわかりますが、お控えください」

「……わかったわ。姉さんのいうことなら」



一連の出来事だけで、食堂内の雰囲気は最悪なものになっていた。

私も、幾度となく戦場に行った(これについては後で説明するとして)が、こんなに殺気立った空間は流石に味わえない。


先ほどの談笑は何処へやら。凄まじく恐ろしい面々であった。


しかし、慣れればどうということはない。

彼女たちは、狂ってしまっているのだから。


「……落ち着けお前ら。とりあえず、席に戻りなさい」


すごすごと、彼女たちは各々の席に戻っていく。しかし笑顔が戻ることはなく、いつ死人が出てもおかしくないような、極限の修羅が食堂に満ちた。


しかし、これで終わりではない。

私はまだ、食堂に入っただけなのだから。



「それで、私はどこに座ればいいかな?」




静寂を破ったのは、やはり金剛であった。

最も積極性のある艦娘だ。大体予想はついていたし、誰もが、本人でさえそう思ったろう。


「HEY提督!私たちの席に来るといいネ!ちょうど席が一つ空いてるし!」


金剛四姉妹の机には、6つの椅子が最初あったはずだが、ひとつは誰かが借りていったらしい。よって、あまりはひとつなわけで、ちょうどいいと言えばちょうどいい。


比叡、榛名、霧島たちを見ると、比叡をにっこり笑って、榛名は暖かく微笑んで、霧島はメガネあげて微笑している。一言も発していないが、気持ちは十分にわかる。


「提督」

「…………」チッ


次に言葉を発したのは、同じく戦艦の長門である。

いや、そんなことより、霧島、お前いま舌打ちしたかな?


「どうだろう、久しぶりに我々と食べないか?窓際のいい席が取れてるのだが」

「提督。こっちに来なさ〜い♥︎」


長門、そして陸奥だ。彼女たちから誘って来るのは珍しい。

いつもは、数多の艦娘の指導や、演習、実践においての指示を行なっている彼女らは、その立場上、ほぼ提督代理というポジションから、あまりスキンシップはしてこない。

何かあったのだろうか。



「提督」


静かに呼んで来たのは、先ほどまで山のような食事を食べていた赤城である。

となりの加賀も、箸を止め、赤城を見つめている。


「久しぶりに、私たちとお食事、どうですか?最近はまともに話せませんでしたから……」


空母、その中でも一航戦は、その二人の性格から、どこか堅苦しさを感じ、壁のようなものがある。決して仲が悪いわけではなく、なんとなく、絡みづらいというのが、私の見解だ。

そもそも、彼女らに積極性、つまりは、積極的な社交性がないというのが、原因の根底にあるのだろう。


つまり、このように自分たちから誘って来るのは、極めて珍しい。



「提督〜、今日はこっちで食べて欲しいにゃ」

「「…………」」イラッ


赤城と加賀が明らかに敵意のある目を多摩に向けたが、多摩は気にしない。

球磨型軽巡洋艦2番艦、多摩。その名の通り、猫のような艦娘だ。

いや、全くの人の形ではあるが、語尾は「にゃ」とつけるし、仕草も猫っぽいし、性格も猫っぽい。もう猫。可愛い。


「球磨も木曾も待ってるし、是非来て欲しいにゃ」

「いや、俺はべつに………」

「照れることないクマ。球磨も来て欲しいクマ」


木曾はなんか頰を赤らめている。普段はボーイッシュな感じだが、こう見ると女の子っぽい。

球磨は気持ちを隠さない性格だ。いまだって平気で………いや、耳が赤いな……。



私は艦娘に愛されているようだ。いや、それはとうの昔に理解して、否、理解させられているが、こうしてみるとますますそれを実感する。


しかし、そんなことよりも。





「お前ら落ち着け。頼むから艤装をしまえ」

「「「「「「「……………」」」」」」ギリィッ



呆けていたら、いつのまにか、戦闘開始!みたいな雰囲気になっていた。なんで全員艤装を展開したんだよ。持ち込み禁止だぞ。


「どうせ決まらんだろうな……いや、わかってたから問題ないが……」


艦娘たちが集まっている席を離れ、間宮のところからも食堂の入り口からも遠い、その上窓もなく暗くジメジメした角の席に座ることにした。


セルフサービスの水をコップに注いで、その席の机に置く。こうすれば、私の席ということはわかるだろう。


次は間宮のところだ。


「おはよう、間宮」

「おはようございます。提督。今日は遅い時間に来られたのですね」

「寝坊だ。それよりも、」

「今日の日替わり定食は、鯵のフライ定食です。汁物は豚汁。ご飯は白米と混ぜご飯からお選びいただけます」

「じゃあ、白米で頼む」

「わかりました。磯風さんが後々運ばれますので、少々お待ちください」


給糧艦、間宮。我が鎮守府の台所担当。

エプロン姿はどこか懐かしさを感じ、彼女の笑顔は母性に満ち満ちていて、何より彼女の作る料理は、本土の料亭に引けを取らないほど美味しい。


磯風と協力、であるが、ここの艦娘の数は多い。その食事を、朝昼晩と用意しているのだから、かなり大変なはずなのに、彼女は文句ひとつ言わない。縁の下の力持ち、とは、よく言ったものだ。



「ああ、じゃあ席で待って………る」


注文を終え、振り返ると、


「私の席は……どこだったかな?」


「提督の席は私の隣ネー!私は先に頂いてマース」

「提督、正面は私が。私も先に食べているぞ」

「提督の近くで嬉しいっぽい!」

「加賀さん、お隣、失礼しますよ」

「狭いので気をつけてください。それから、やっぱりそれは盛りすぎです」


私の席があったテーブルには、6つの椅子があったが、しかしどういうわけか、今、そこにはその三倍の数の艦娘がいる。椅子も、自分たちのところから持って来たようだ。


「ああ……、まあいい(狭いな………。やはり)」

「提督の隣はやっぱり最高デース!(ほかの奴らに近づけさせるわけにはいかないネ……)」

「みんなで食べると美味いっぽい!(ほんとは提督と二人きりが良かったけど………)」

「少し狭いが、温もりがあって、これもこれでいいな。(余計な奴らがぞろぞろと……)」

「提督の席から遠いにゃ……(周りの虫どもが邪魔にゃ)」

「でも、まあここでいいクマ(今日のところは……ね)」


皆、口々に述べているが、目が笑ってない。

真っ黒で、何も映さない、全てを飲み込む、虚空の目。



やはり、彼女たちは狂っている。






〈執務室〉

「鹿島、そろそろ休憩にしよう」

「はい、提督」

朝のゴタゴタ(といっても日常茶飯事だが)を終えて、0800から業務を始めた。現在時刻が1215だから、まあまあ書類は進んだ。


私の仕事の速さはさほど速くないため、やはり鹿島の存在が大きいのだろう。今だって、私はただ、鹿島が不備や誤字がないか確認した書類に印を押すという、ほぼ鹿島に任せっきりな状況であった。


「いつもありがとう、鹿島」

「!!い、いえ、私が好きでやっていることですから」カァァァ///

「本当に感謝しているよ。私は、いい部下をもった」

「そう、ですか。なんだか、照れてしまいます………」///


鹿島は紅色になった頰を手で押える。

照れる姿も可愛い。

そう言えば、こうして改まって礼を言うのは今までなかったかもしれない。


「今度、なにか礼をさせてくれ。そうだな、なにか欲しいものとかあるか?」

「い、いえ!提督がそこまでしてくださる必要は………」

「日頃の感謝の意だ。私にプレゼントさせてくれ」

「………で、では………その………もの、ではないのですが………」

「なんだ?」

「私と、その、今度お出掛けしませんか………?えっと、え、映画……とか」


鹿島は上目遣いでそう言ってきた。


お出掛け……なるほど。

たしかに、艦娘には休日というものは少ない。ほとんど出撃やらなんやらで忙しく、それこそ、映画という娯楽の一つだって、彼女たちにすれば貴重なものなのだろう。

それに、欲しいものくらいなら、本土に正式な申請をすれば、大抵のものなら手に入る。

つまり、物より経験を、ということなのだろう。


「わかった。今度の日曜なら、演習も出撃のないから、その時に行くか」

「はい!ありがとうございます!」


とびきりの笑顔だ。それほど、楽しみなのだろうか。それなら言った甲斐がある。


「ん、そろそろ昼飯だな。鹿島、お前はどうする?この仕事の量なら、午後で余裕で終わると思うが……」

「はい。ちょうどキリのいいところですし、食堂を行きましょう」

「うむ。じゃあ行くか」

「あ、提督、その前に」

「なんだ?」

「その……お手洗いに行ってきてもよろしいでしょうか?」

「ああ。行ってこい」


鹿島は一礼して、部屋を出て行った。


机の上の書類を見る。

この量なら、夕方までには終わるだろう。なんだったら、資材や兵装の確認もしよう。あの夜戦バカが喚かなきゃいいのだが………。






〈廊下〉

「あら、鹿島さん」

「青葉さん、こんにちは」

「こんにちはー。それより、どうしたんですか、嬉しそうにして」

「え!?私、嬉しそうでしたか?」

「ええ。なんだか笑ってましたし……顔も赤いですね。大丈夫ですか?」

「は、はい……問題ありません」

「ならいいんですが………なにか提督とありました?」

「はい!実はですねーーーーー」






[翌日]

〈食堂〉

また起きるのが遅れてしまった。全く、昨日は結局あの夜戦バカに絡まれてしまった。最終的に夜戦やらされることになった……。

おかげで寝るのが遅くなってしまった。今度こそあいつを説得しないとな。


ちなみに、今朝は夕立と時雨が布団に入っていた。時雨が私の指をくわえながら寝ていたのと、夕立が寝言で「提督っ…………だめっ……そこはっ……」とか言ってたのを除けば、普通の朝だった。



案の定、食堂は今日も艦娘でいっぱいだ。


しかし、今日はなんと、あのいつもの、私の席のゴタゴタがなかった。というのも、始まりの、開戦の合図を言った時点で、様子がいつもと違かった。



「みんな、おは…………よう?」

「あ、提督ー!」



そこには、食堂の壁に群がる艦娘の姿があった。そしてそこは、普段青葉が無許可で新聞を貼り付けるところだ。


挨拶をした時点で艦娘は皆私を一瞥したが、しかしいつもの勢いはなく、どこかよそよそしく、モジモジするだけで、なにもしてこない。いつもの論争もない。



「(みんな仲良くなった………のか?可能性は限りなく低いが………)どうした?なにか珍しいことでも書いてあったか?」


群がる艦娘たちのところへ行き、『 鎮守府新聞!』見る。

ちなみにこの新聞は、我が鎮守府の情報通、青葉型重巡洋艦一番艦、青葉が、ほとんど毎日書いているものだ。


たまに私も見る。有力な情報から取るに足らないちょっとした出来事が掲載されている。特に良いのは、"今日の海の様子"のコーナーだ。


このコーナーは、その日の波の様子や風の向き、深海棲艦の出没状況など、作戦を考える上で重要になってくるものが多く掲載されているからだ。




で、今日新聞に書いてあったのは、


「んー………、『デート!?執務室での約束!!鹿島と提督、遂に恋仲に?』か………」


あいつ、あとで説教しよう。




「提督!これはどう言うことネー!なんで私以外のgirl friendがいるのですカ!?」

「落ち着け金剛。これは青葉の表現の誤りだ」


「………詳しい説明はあるのでしょう?提督?」

「勿論だ加賀。だからとりあえず、その弓を下ろしてくれないか?」


「提督………提督は僕だけのものだよ……?ねえ………だめだよ……僕じゃない子とデートなんて……」

「よーし落ち着け時雨。話せばわかる。お前は賢い子なのだからな。そうだろ?」


「提督……てめえよぉ……」

「天龍ー?そんな顔戦闘でも見たことないぞ。一回深呼吸しろ、な?」


「提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督………」

「戻ってこーい!榛名ぁー!」



始まってしまった。

狂った彼女らの狂気本番。


今となっては驚くことはないが、こうなってしまうと少し面倒だ。事情を説明して、納得してくれれば御の字だが、言い訳無用な奴らもいるし、納得したとしても、しばらくは精神が不安定な状態に陥る。


つまるところ、彼女は病んでいる。



「おやおやー?私の新聞、なかなか好評みたいですねー」

「………青葉………」

「提督、おはようございまーす!いやはや、今日は大繁盛ですねー私の新聞♪」

「お前は本当に………いや、もういい」

「昨日鹿島さんと偶然お会いしまして、その時に聞いたんです。『提督と、デート、することになりました!』って」

「………そうか。いや、鹿島は悪くない。これはいわば事故だな」

「そうですそうです。しかし、あんなに楽しそうな鹿島さんは初めてでした。まあ、提督とデートなら、仕方ないですよねー」

「とりあえず……誤解は解かないと。このままじゃまずい」

「でも、デートっていう情報は間違ってないですよ?」

「過程も書かないとわからないだろ。といっても、こいつらは見出しだけでこの様子だからな……」



その後、私はおおよそ3時間かけて艦娘たちを落ち着かせた。

泣きわめく娘、怒鳴る娘、ブツブツとお経のように独り言を吐き続ける娘、気を失う娘……


おかげで、今日の遠征も哨戒も、午前中のものは全て中止とした。書類を昨日のうちにあらかた終わらせたのが不幸中の幸といえよう。







〈食堂 中央テーブル〉

「つまり、日頃の感謝として、鹿島さんとデートする、ということですね?」

「そうだ……やっと分かってくれたか」


もう一度確かめるように、加賀が顎に手をやりそう言った。


艦娘たちは落ち着いてくれた。その反動もあってか、皆無口である。憶測だけたてて騒ぐからこうなるのだ。


「提督」

「なんだ?」


加賀は続けて言った。


「それは、不平等ではありませんか?」

「なに?」


黙っていた艦娘たちが、一斉に加賀の方を見る。

彼女は一体、なにを言っているのだろう。私の悪い予感が止まらない。


「私たちは、事務の方は提督と鹿島さんに任せてばかりで、秘書艦として働いたことはありません。しかし、その代わりに、私たちは海原を駆け抜け、銃弾飛び交う戦場で、提督をお守りするために戦っています」

「まあ、そうだな。俺のためではなく、国民のためだがな」

「つまり、働きだけなら、私たちも鹿島さんと同等の待遇が与えられていいはずです」


…………………………………。

悪い予感がする。


「なにが言いたい」

「ご褒美ください。提督」


これを皮切りに、また喧騒が蘇った。


「そうだそうだー!」

「私たちも働いているんだー!」

「ご褒美よこせー!」


ここぞとばかりに騒ぎまくりだ。デモ……もはやテロか?こいつらはそんなにご褒美が欲しいのか………。


しかし、無下にもできない。たしかに、彼女たちは戦場で戦うという、艦娘として最も重要な任務を任されているわけで、私が命令しているわけで、たまにはそういう息抜き……褒美を与えてもいいのかもしれない。


「(私は基本机上で戦っているだけ……。本物の命の取り合いではなくらその分彼女たちの方が頑張っているしな……)わかった」

「「「「「「!!!」」」」」」」

「青葉」

「はい?」

「執務室の鹿島のところにいって、艦娘の名簿を取ってきてくれ。全員分の要望をまとめる」

「!!わっかりましたー!」






〈所変わらず、食堂 中央テーブル〉

「よし。まずは名前と艦種を言ってくれ」

「赤城です。赤城型一番艦正規空母です。主に、空母機動部隊の旗艦を務めています」

「よし。じゃあ要求を言ってくれ。可能な限り対応する」

「はい。では………提督との食事を……」

「………外食か?」

「い、いえ、どこでもいいんです。ご飯があって、隣に提督がいてくだされば…」

「そんなのでいいのか?」

「はい!」

「よし。日程については他との兼ね合いもあるので、後々通達する。もう行っていいぞ」

「ありがとうございます!(提督とご飯………えへへ)」



「よし、次。名前と艦種を。」

「川内型一番艦、川内!」

「要求は?」

「夜戦がしたい!」

「昨日もやっただろ………。他の娘たちとの兼ね合いもあるから、あんまりできないっていつも言っているはずだが?」

「えー、頼むよ提督ー。前の夜戦じゃ全然足りないよー」

「………まあ、なんとかしてみる」

「ほんと!?ありがとー!(ああ……提督と……夜戦……)」



「次、名前と艦種」

「暁型3番艦 駆逐艦、雷よ!司令官からのご褒美が欲しいわ!」

「よし、なんだ?」

「執務室のお掃除がしたいの!」

「………ご褒美、だよな?」

「そうよ」

「お前のご褒美が、執務室の掃除か?」

「そう。あの部屋、この間入った時ちょっと埃溜まってたし、書類も分別できてなかったから」

「なんか、欲しいものとか、行きたい場所とかじゃなく?」

「司令官に頼られるのが、私のご褒美よ!」

「(天使だ………)わかったよ。近いうちに連絡する」

「わかったわ(司令官に必要とされる………嬉しい……)」



その後、十数人の艦娘の要望を聞いた。

・買い物がしたい!(提督と)

・ライブをしたい!(提督と)

・高い酒が飲みたい!(提督と)

・料理が上手になりたい!(提督のために)

・胸が欲しい!(提督をオとすために)

etc………



途中からもう私の存在がいるのかいらないのかわからない要望をだったが、各艦娘一人ずつ、要望を聞いていった。


もはや午後の任務もすべて繰り越しにして、どんどんリストにしていった。




そして、19人目に、事件が起こる。


食堂内は、鎮守府にいる殆どの艦娘でごった返していた。


ざわざわと、ライブ前の観客のような騒ぎの中、耳をすませて、その要望を聞いていた。


「はい。次、名前と艦種を」

「間宮です。給糧艦で、この鎮守府の食堂担当です」

「ああ……間宮も、この鎮守府で一番頑張っている艦娘の一人だからな」

「ありがとうございます。私は、料理ができるだけですが…」

「それだけで十分さ。それで?要望だが、なにがいい?」


ここで、間宮はなにやらモジモジと、顔を赤らめて、目を合わせるのを恥ずかしがるように、返答に躊躇し始めた。


「どうした?言えないことなのか?」

「い、いえ、その……直接いうとなると、やっぱり恥ずかしいので……」

「ゆっくりでいいぞ。話してみろ」


しばし、沈黙した後、間宮は二度、深呼吸をして、言った。





「わたし、提督と、こ、子作り、したいです!!」





止まった。

空気が、流れが、喧騒が、息が、思考が、感情が、常識が、予測が、この食堂におけるすべてが、停止した。


あれだけ騒いでいた艦娘たちも、一瞬で黙り込み、驚きの表情で、間宮と私を直視する。


間宮は、顔を真っ赤にして、その赤みを見られないように顔で隠しながら、とても恥ずかしそうにしていた。



「あ、ああ……そうか………」


停止した思考を、無理矢理起動させ、その要望に対する最も適切な答えを、経験と知識から模索する。


しかし、叶わず。


「……………」

「……………」

「「「「「「………………」」」」」」


声なく、音もなく、ただ、静まった。


「てい……とく……?どうでしょうか?………わわ、私への、ご褒美………」


涙目の上目遣いで、未だ紅色の顔で、間宮は尋ねてくる。

胸元で両手を握りしめ、恋する乙女のようなオーラを漂わせながら。




「ほ、保留」

「え?」

「間宮、それは、今、すぐには、答えられないから、その」

「…………わかりました。私、待ってます」


混濁する思考の中で、最善手は"保留"と、私の脳は決定した。


間宮は少し考え、そしてにっこり微笑んで、それを受け入れてくれた。


静寂の中、間宮は立ち上がり、若干早足で、厨房の奥に引っ込んでしまった。



「わ、わたしは、少し、用事を思い出した。何かあるものは、執務室にきてくれ」


わたしもまた、裏声になりつつも、なんとか艦娘たちにそう伝えて、執務室へ戻った。








〈執務室〉

執務室に戻ってきた。


「提督、書類はわたしができるところまで進めておきましたよ。それにしても、どうしたんですか?」

「い、いや、なんでもない」


窓際の椅子に座り込み、瞑目する。



間宮………間宮。


そう、あの間宮だ。わたしの愛しい艦娘の一人であり、給糧艦であり、台所係である、あの間宮だ。


わたしは、間宮に限らず、全ての、ここにいる全員を愛している。


しかし、それはあくまでも、艦娘として、ひとりの人間に足る者たちとしてだ。女として、彼女たちに特別な感情を持ち、恋仲だったり、伴侶にしたいとかの、甘酸っぱい感情を抱いたことはない。


それに……わたしは、わたしのような人でなしは、誰かに好かれてなどいけない。


わたしの業、わたしの罪、わたしの罰。


わたしの彼女たちへの感情は、ただの罪滅ぼしで、単なる贖罪であり、そういうのは、認められない。


それなのに、その上で、だ。



「どうするべきかな…………」


そう、呟いた。


「どうされたのですか?提督」

「いや、なんでもない。それより鹿島、少し頼みがある」

「はい?」

「そうだな………1時間ほど、席を外してくれるか?」

「構いませんが……お仕事の方は?」

「あとでやる…………。とにかく、どこかで休憩でもしてきなさい」


鹿島は最後まで不思議そうな顔であったが、了承し、執務室から出て行った。


「ここからが、大変だ」






〈食堂〉

艦娘たちは、ただ、先ほどの間宮の発言を脳内で反芻していた。


提督と、愛しい、あの提督と。


「こ、子作り………」


だれかがポツリと呟いた。

無論、その呟きに反応するものはいない。


皆、わかっているのだ。間宮のあの発言。直球かつ分かりやすく、冗談にも聞こえるほど、突拍子もないことだからこそ、本気ならば、提督の心は揺れる。



そもそも、艦娘とは、自分たちは女として作られた。人間の男性に対し、特別な感情が起こるのは当たり前と言える。


まして、我らの提督である。愛してやまない、病むほどに愛している、あの提督である。


その提督との、子供?


子供だ。つまりは愛の結晶だ。


艦娘を、自分を、人間の女として認めてくださる!愛してくださる!


カタン


カタンカタン


一人、また一人と、席を立つ。


皆が同じ目的のために動き始めた。


それは競争などではない。かと言って協力しているわけでもない。


皆が皆、本気。


ならば、自分は、負けるはずなしと、誰もがおもっていた。






〈執務室〉

「結局全員来たのか………」


執務室は、食堂以上にごった返していた。

皆が提督の机に押しかけ、借金の取り立てのように執拗に、己が要望を訴え続けていた。


「HEY!提督!わたしは提督からpresentが欲しいネー!」

「提督、僕、自分で言うのもなんだけど、いつも頑張ってるんだ。だから………ね?」

「提督。実はわたしも、提督に頼みがありまして……」

「イクもご褒美欲しいのね!」

「ご褒美くださいでち!」


もはや混沌。鳴門の渦潮よりも荒々しいこの喧騒に、よもや安息はなし。


「と、とりあえず、一人一人聞いていこう」


提督はペンを持った。





[1時間後]

「よし、まとめ終わったぞ」


ご褒美の内容集計結果

・子作り=62%

・愛の結晶作り=30%

・ままごと(意味深)=3%

・夜戦(意味深)=4%

・戦艦になりたい=1%



誰もいなくなった執務室で、咳き込むくらいの大きなため息をつく。


全員には、「保留。追って連絡する」と伝えてある。明らかに不満そうな顔をされたが、まあ問題ないだろう。


正直なところ、


「無理だな。これ全部」


鹿島はきっと映画でいいと思うが、他の奴らは全員わたしとのアレを要求して来た。


赤城とか雷とか、食事だ掃除だと言っていたのに、「やっぱり変えてもらっていいですか?」とか言ってちゃっかりアレを要求してきた。


つまるところ、この鎮守府のほぼ全員が、全く同じ目的である。さらに言えば、その全てをわたしは保留にしているわけで、


「早々に答えを出さないと……」






〈私室 2330〉

状況説明からしようか。


今現在、時刻は2330。艦娘も私も普段は寝る頃だ。いや、青葉や鳳翔なんかは、新聞とか居酒屋の片付けとかで働いている時間なのかもしれない。


執務室の隣に設けられた、8畳ほどの私室には、タンスと、机と椅子と、布団と、少しばかりの書籍に、小さめの冷蔵庫があるだけだ。


私は普通、部屋の中央に布団を敷き、ちょうど部屋の明かりが自分の真上にくるようにしている。



そして、今の私の状況はというと、


「…………?」冷や汗

「「「「………………」」」」


囲まれていた。



なんだろう。なにかしたのだろうか。


いつもの添い寝(彼女たちが勝手にやって来る)にしては、多すぎる、というか、私室の扉を開けて、まるで行列のように執務室へと艦娘で溢れかえっている。


私は今、仰向けに寝ている状態だが、私の周りの艦娘は、その顔を覗き込むようにしている。


胡乱な、何も映さない、黒く酷く淀んだ目で、

虚空を眺めるように、しかし私を逃さないように。



「………どうしたんだ、お前ら」

「提督」

「なんだ、長門」

「私は………私たちは、常に、提督を慕い、提督のために、日々戦っております」

「………そうだな。感謝してる。お前たちの働きは、私がどれほど頭を下げても足りないくらいだ」

「恐縮です。だから、提督、どうか、私たちの意を、汲み取ってもらえませんか?」


気づけば、皆、艤装はもちろんのこと、あのいつもの格好でなく、寝巻きにしては薄手の、かなりラフな格好であった。


まるで、見せつけるが如く………


「ああ、ご褒美のことか………」

「はい。私たちは皆、本気です」


長門の言葉に、全員が頷く。


「そうか………」


ただ、その言葉が出た。


「どうでしょう。提督、もし、もしよろしいなら、今夜、ここでーーーーー」






「だめだ」






上体を起こして、長門たちを見る。


寝起きだが、かなり頭は冴えていた。



「何故……ですか……」

「お前たちも、よくわかっているだろう」

「「「「…………!!」」」」

「私は、お前たちの提督だ。だがな、同時に私は化け物なんだよ」


救いようのない。


救われない。


救えなかった。


どうしようもない、化け物。


「人でも深海棲艦でもない私は、化け物以外の何者でもない。そんな私が、お前たちと、大好きなお前たちと、そういう関係になるのは、だめだ」

「しっ、しかし!私たちは、たとえ提督がどんな姿であろうと、提督をお慕いし続けます!この気持ちに嘘はありません!」

「提督!」

「提督!」

「司令官!」

「しれぇ!」

「司令!」

「提督!」


皆口々に言う。私は提督。それ以外の何者でもなく、化け物などでは決してない。


この上なく、嬉しい。しかし、それでも、


「………私は、お前たちには、幸せになってほしい」

「提督……………」

「この戦争もいつか終わって、ひとりの女性として生きていく、そんな日が来て欲しい。深海棲艦がいなくなったら、皆、幸せに生きて欲しい」

「………はい」


私はいよいよ、彼女らを直視できなかった。


今でも泣きそうな彼女らであるのに、私はまた、彼女たちを傷つけることを言うのだから。


「なあ、」

「「「「……………」」」」

「やっぱり、私を殺してくれないのか?」

「「「「…………ッッ」」」」

「できないだろ………同じだよ、それと」


艦娘の中から、嗚咽が聞こえ始めた。


彼女たちの、もっとも脆く、苦しく、痛いところを突いた。


「………皆、部屋に戻りなさい」

「「「「…………」」」」スタスタ


誰も、一言も話さずに、部屋から出て行く。


「長門」

「…………はい」

「みんなに、『すまない』と伝えてくれ」

「………ッ!」ダッ


大粒の涙を流すと、長門は逃げるように部屋から出て行った。


彼女なら、言っておいてくれるだろう。



誰もいなくなった私室で、横になって、呟いた。


「いつか………いつか殺してくれよ………我が愛しい艦娘たち」







〈食堂〉

何故ここに集まったのかといえば、この部屋が鎮守府において最も広い空間であり、数多の艦娘がいるここにおいて、全員で会議をするにはとても便利であるからだ。


実際、大規模作戦の連絡や祝賀会において、提督もこの部屋を利用している。


そして、今、この食堂には、この鎮守府の艦娘全員が集合していた。


食堂の中央テーブルには、戦場や日常生活において、艦娘のリーダー的位置にあり、指導者的立場にある、長門、加賀、球磨、天龍、の四人がいる。


その他の艦娘は、それを取り囲むように席についている。


全員が集合して、5分ほど経ったとき、長門が重々しく口を開いた。


「我々は……やはり間違えているのだろうか」

「「「「「…………」」」」」


誰も答えない。それもそのはずである、幾度となく考えたこの疑問、未だ誰も、答えを導き出すことができていないのだ。


「提督は、ご自分の死を、常に、待ち続けているわ。あのときからずっと………」


あのとき、とは。


否、この鎮守府にいるものなら誰もが知る、あのときだ。


提督が、人間を手放したときだ。


加賀の発言に、瑞鶴が食いつく。


「でも、だからって死なれるのはいや………。たとえ提督が望んでいたとしても、それは最善とはいえないもの」

「だから、生きていてもらうと?」

「………そうよ」

「だけどよ、それはこっちの都合だろ。俺たちはみんな、提督に生きていて欲しいと思ってるけどよ、提督は………そうじゃねえ。提督は、死を望んでるんだ」


天龍の言葉は、艦娘の心に、巨岩の如く重くてのしかかる。


「でも……やっぱり、僕、提督がいないと……だめだよ」

「時雨、お前の気持ちはわかるが、でもーー」

「みんなもわかるでしょ!?提督がいなくなったら、何もかも壊れるって!!」


時雨が声を荒げる。いつも物静かで、温厚な性格の時雨とは思えないことだ。


「僕たちは、提督をたくさん傷つけた!出会ったときから、今の、今までッ!」

「……だから、せめて提督の好きなようにさせようって話じゃねえのかよ!」


時雨の怒声に呼応するように、天龍も声を荒げる。


止めるものはいない。この二人と同じような葛藤が、自分の中に渦巻き、自身と戦うことで手一杯なのだ。



「それじゃあ………それじゃあだめだよ…」


時雨の怒声は、いつしか涙声になっていた。


「あんなに傷つけて、命まで奪ったら………そんなのが正しいわけないよ………」グスッ


それ以降、口を開くものはいなかった。






[さらに翌日]

〈私室〉

珍しい。


「今日は私一人か………」


中央に位置する布団から身を起こし、周囲を見渡すも、部屋の中、布団の中、いずれにも人の気配なし。


久しぶりの、ひとりの目覚めだ。


「まあ………昨日あれほど言ったら、当然か………」


布団を畳み、軍服に着替え、さっと鏡をみて身支度を完了する。


「やっぱり………赤いな、私の目は」


鏡の中で光る二つの双眸は、真っ赤に輝いていた。


流血ではない。コンタクトでもない。


あの、憎むべき、我らが人類の宿敵、深海棲艦の、具体的にいえば、北方棲姫を連想させる、真っ赤な目。


連想?否、実物である。


「やっぱり、人じゃないな、今日も」



執務室に行くと、いつもいるはずの鹿島はいない。


それもそのはずである。時刻はまだ0500。普通に起きる時間の、1時間も早い。


机に置かれた今日の分書類を眺める。


「今日もまた随分な量だな……。鹿島がいなくてはとても終わらん。いや………少し頼りすぎだな」


自嘲気味に笑ってみるが、顔はひきつるばかりである。


「食堂に行くか………」







〈食堂〉

「……………おっ…………?」

意外なことに、そこには、いつも0700くらいにいる面子が、朝食をとっていた。


おはようと声をかけるべきなのだろうが、しかしこの雰囲気、とても声を発することのできるものではない。


いつもの場所に水を置き、間宮のところへ向かう。


「…………」

「…………」


間宮は、顔を見るなり、少し困ったような表情をした。それからしばらく沈黙する。


「あ、あのていとーーーー」

「間宮」

「……………はい」

「日替わりで頼む」

「……………はい」


何かいいかけたのを遮るように話した。


これでいい。核心に向こうから触れてくるのは好ましくない。彼女たちはそこまで器用ではないし、強くない。


いつもの席に座る途中、近くの席に時雨と夕立、電に雷に響に暁が、無言で食べているのに気づく。


自席に戻る。そして、一呼吸置いて、話してみる。


「おはよう、時雨」

「……おはよう、提督」

「…………時雨」

「………なんだい?」

「泣いたか」

「!!…………うん」

「そうか」


時雨に限らず、皆泣いたようだった。おそらく、昨日私と話した後のことだろう。


「ねえ、提督」


時雨は立ち上がり、こちらに近づいてきた。


「やっぱり、僕たちを許してないのかい?」

「なにを言ってるんだ……?」

「そんな体にしたのは、まぎれもない僕たちのせいだ」

「…………」

「提督が死にたいのは、僕たちへの復讐なんだろう?自分が死ぬことで、僕たちが苦しめばいいと、そう思っているんだろう?」

「………」

「自分たちの罪を、自分の死によって確定させ、確固たる罪悪感を、僕たちに背負わせるつもりなんだろう?」

「……」

「僕、なんだってするよ?提督が僕を、僕たちを許してくれるなら、なんだってやってみせるよ?だから、だからさーーー」

「…」

「死なないでよ………死のうとしないで……」


肩を両手で掴み、縋るようにして、涙を流して時雨は懇願した。


食堂にいる他の艦娘は、それをただ眺めるばかりであったが、そこに感情は感じない。


彼女たち自身、考えすぎて、疲れてしまっているのだ。この、化け物に対する償いに。



「なあ、時雨。私は別に、復讐とか、許しとか、そういうのを言ってるんじゃない。お前たちはなにも悪くないんだ。あれは………事故みたいなもんだろ?」

「そうじゃないよ!僕たちは提督からの罰が欲しかった!なのに提督は、罰どころか優しくしてくれて、いつも自分一人傷付くんだ!!僕たちが悪いのに、いつも、いつもッ!……………すぐに、死のうとするんだ………」


朝から酷いムードだった。しかしもはや修復不可能だった。


時雨は大粒の涙を流して、私の軍服にしがみつく。完全に抱きかかえる状態で、全身で時雨の叫びを聞いた。


なにを、返せばいいんだろう。


なんと、答えればいいんだろう。


考えても考えても、答えは出ない。

ずっとそうだ。2ヶ月前のあの時から、ずっと。






その時、ポケットの中で振動が起きた。


「………時雨、ケータイからの着信だ。ちょっとでるぞ」

「……………」コクリ


今時誰も持たないガラケーを開けて、耳に当てる。


すると、聞き覚えしかない男の声がした。


『やあ、宮本くん、元気かい?』

「!?黒崎か…………」


黒崎、という単語を聞いた瞬間、食堂にいた全ての艦娘が硬直した。


物音一つ出さず、まるで、強敵にたまたま遭遇した小動物のように。


『久しぶりだねー、いつ以来かな?』

「確か、二週間前じゃないか?お前から連絡してくるなんて、珍しい。」


時雨を私の席に座らせて、食堂の窓の方は移動する。


『そんなに前か。ははっ、お互い忙しかったしね。しょうがない』

「………何の用だ?」

『せっかちだなぁ、宮本くんは。君は昔からそうだった。決めつけと思い込みが激しいヤツだったよ』

「………早くしないと切るぞ」

『あーあーいやいや!ちょっと待ってよ。君には言わなくちゃならないことがあるんだ」

「なんだ?」

『…………んー、電話越しだと説明しづらいなぁ……』

「そうか、じゃあまた今度ーーーーー」

『うん、だからね』


バァン!!


その時、食堂の扉が激しく開かれる。


『やっぱり直に話すよ』


そこには、電話を持った、白衣の男がいた。







〈食堂〉

そこにいたのは、左手にケータイ、右手に拳銃を持ち、ニヒルな笑みを浮かべて引き金に指をかける、長い白髪の、白衣を着た細身の男。


奴の名前は 黒崎 閻(くろさき えん)。日本海軍の軍医であり、私の親友であり、戦友であり、憎き敵である。


黒崎は電話をしまうと同時に言う。


「動かないでね。殺せないから」


瞬間、黒崎は引き金を引いた。


「全員ッ、伏せろッッッ!!!」


怒声に反応した艦娘はすぐさま身をかがめる。机に隠れるもの、駆逐艦を庇うように身を低くするもの。



バァンバァンバァンバァン!


私に向けられた銃口から四度銃弾が放たれ、そのまま真っ直ぐ、私の上半身にめり込んでいく。


「うっ!?ぐ…………が………」

「………球がなくなったか。でも、まだまだあるんだよねぇ!」


黒崎はさらに、腰に隠していた拳銃を二丁、両手に持ってさらに打ち続ける。



バァンバァンバァンバァンバァンバァンバァンバァンバァン!


「ごばっ…………ぐっ………ぬおおおぉぉぉぉぉ………!」

「提督!!!」

「司令!逃げてください!!」





散々鉛玉を打ち込まれた後、食堂は静寂と硝煙の匂いに包まれた。


「はあ……はぁ………うっ!………はあ」

「大丈夫かい?宮本くん?」


黒崎は、壁に寄りかかり息を整える私を見据える。


「お前が………やったことだろ………」

「ははっ。そうなんだけどね、死んでないってことは、痛みがあるってわけで。僕は医者だからね。そういうのには反射的に反応しちまうのさ」

「…………お前は、軍人の方が向いてるな」

「衛生兵かい?今の時代にそれはいらんでしょー」


黒崎は未だにやにやしたまま、どこかふざけているように思えた。

これがいつものこいつだ。道化を演じる我が親友の、見慣れた忌々しい顔だ。


めり込んだ銃弾を、一つ一つ丁寧につまんで、床に捨てる。


小さな円盤のように変形した銃弾を、軽い音を立てて床に反発する。


「うーん。大本営の兵器開発部に特注で頼ませたんだけどねぇ…………まさか、装甲までもそっちが上なのか」

「…………舐めるなよ、私は化け物だぞ」





ガチャリ。


と、機械の駆動音のような、金属同士を当てたような、そんな音がした。


見ると、黒崎の頭に、いくつもの銃口が向けられていた。


銃ではなく、主砲であったが。


「提督から………離れなさい……!!」

「私の提督をkillしようとするなんて………your haedを吹き飛ばしてあげるネー……」

「死ね………」

「夕立………許せないっぽい………」

「司令官……今助けるのです」

「だから………少し離れていてくださいね?」


「いやはや、僕はやっぱり、嫌われてるねぇ」

「当然だろ………お前ら、やめろ。そいつは客だ」


「客なわけないわ………私の提督に手を出す者は、誰だろうと敵よ」

「うん、知り合いってわかってるだろ?いいから主砲を下ろしてくれ」


「提督に撃った数の千倍は撃たないと、私もう我慢できない………」

「我慢してくれ。とにかく落ち着け」


艦娘たちを宥めるために、3時間を要した。






〈執務室〉

「全く、ここの艦娘はみんな元気だねぇ!うんうん、感心感心♪」

「さっきまで命を狙われていた奴のテンションじゃないだろ……。黒崎、今日は一体なんのようなんだ?」

「用も何も、僕は今、軍医兼当鎮守府の監察官と任されているんだよ?いつ来ようが、問題ないはずなんだけど?」

「…………」

「わかったわかった。今日の用事は主に二つだね」


執務室にいた鹿島には、適当に用事を頼んで席を外してもらった。


食堂にいた艦娘たちは口々に、「こいつは危険だ。我々もついていく」的なことを言って執務室に来ようとしていたので、昨日できなかった遠征と哨戒と演習を、半ば強引に任せて、それでも納得できない娘には、長門に一任させておいた。


こいつと艦娘との接触はなるべく避けたい。



「まず一つ目」


黒崎の目つきが変わる。


「君の艦娘についてだ」

「艦娘たちの処分のあれか……」

「例の、"共鳴騒動"から早いもので2ヶ月経った。大本営の長官たちは、損害を受けた連合艦隊の立て直しと前線の戦力補充でそれどころじゃなかったんだけど、ついに、会議が行われたようでね」

「それで、私の艦娘は………?」



黒崎は一呼吸置いて、


「………特になし、との判断だ」

「!! それはどういうことだ?」

「………長官たちは、先の連合艦隊と君の戦いと、君の艦娘の"共鳴"による精神的損傷を踏まえて、手に負えないと判断したらしくてね。幸い、君たちは、こちらから手を出さない限り何もしてこない、むしら、これまでのように国に尽くしてくれるんだから、お咎めなしでいいだろ、ってことになった」

「…………そうか、良かった」


本当に、良かった…………!


私のせいで艦娘たちが処分をうけるなんて、私が彼女たちを殺すようなものだ。


2ヶ月間、なにがもっとも頭を悩ませていたかといえば、やはりこのことだった。



「喜ぶのは構わないけど、あと一つあるんだよ。しかも、ちょっと悪いニュースだ」

「なんだ?艦娘が無事であれば、もう私はそれでーーーー」

「うん。二つ目は、君の処分だ」

「……………だろうな」


共鳴騒動。


深海化した人間。


連合艦隊。


全て、私が引き起こしたことだ。


「大本営の長官および元帥を含む司令部上層部は、君の討伐は諦めた。というのも、あれだけの戦力を以ってして、逆に返り討ちに遭ったんだから、当然だよね」

「討伐は、か………」

「君としては悲しいことだと思うよ。死にたがりの君からすれば、連合艦隊は可能性の高いものだったろうに」


自殺の成功確率が、高いほうだったろうに。


確実に、殺してくれるものだと思っていたのに。


「いや、それはまあ、私がどうにかする」

「………いい心がけだ。こちらとしては、大本営としては、君の存在は、過去どの脅威よりも強力だ」


だけど、


「大本営は、君を討伐ではなく、捕獲することにした」

「………捕獲?」

「そう。捕まえて、解剖して、解析する。敵ではなく、サンプルとして君を捉えたわけだ」

「深海化した個体だからか?」

「勿論」


黒崎はごそごそと、自分の鞄から書類を取り出した。


「………これは?」

「捕獲とは言っても、君が自分から来てくれればいい話なんだよ。つまり、任意同行ってやつだ」


書類には、ずらずらと文字が書かれているが、下の方に、名前と、階級と、印鑑を記す空欄が、それぞれ見受けられた。


「任意同行がだめなら連行。連行がだめなら誘拐。誘拐がだめなら捕獲。とにかく、こちらとしては、君を捕らえたい」

「……………」


悩む。


私も、自殺願望はあるが、それにこだわりを持っている。


艦娘か、深海棲艦に殺されたい。


他殺を、自分から誘発させて、殺してもらいたい。


しかし、捕獲及び、解剖か………。


「解剖ってのは、どういうものなんだ?」

「うーん………単純に、細胞とか、臓器とか、

再生能力とかを測ったりするのかな?」

「正直、俺を殺し損ねている時点で、まともに解剖できないと思うぞ?」

「はははっ。一応、解剖の担当医は僕になる予定なんだけど?」

「それでも……どうだろうな。ふふっ」

「わっかりやすい挑発だ。まあいいけど」





ひとしきり話したところで、黒崎の目つきが、険しいものから、柔らかい、油断した目になった。


「………まあ、親友としての立場から合わせてもらえれば」

「………………」

「逃げて欲しい」

「…………そうか」


悲しいかな、黒崎は、狂人であり、天才であり、変人であり、最低であるが、

悲しいかな、とても、優しいところがあった。


「化け物にも、生きる権利はあるよ」

「それは私が決めることだ。生きていい、と言われても、私がそれを許せない」

「なんでも自分が悪いと思い込む………君の悪い癖だ」


嫌いだよ。


「ああ。私もだ」





執務室の机の引き出しを開けて、ボールペンと、印鑑と、階級とかいろいろ書かれた、いわば、名刺みたいな紙をとりだす。


スラスラスラスラスラスラスラスラ。


ガッチン。



















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2019-02-02 02:32:41

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1: SS好きの名無しさん 2019-02-02 02:32:58 ID: S:CAKpcB

とても面白かったです!

これからも応援してます!


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