提督「死にたがりの化け物」終結
*この作品は"提督「死にたがりの化け物」後半"の続編です。読んでいない方はそちらも是非読んでください!
[大本営直轄鎮守府付近 海底200メートル]
ドゴオオオオオオオオオオオオン
突如として、真っ暗な海底に轟音が響き渡る。
なんでも、水中では音は秒速1500mだがなんだかで、つまりはこの爆発音は広範囲の魚、或いは深海棲艦たちに聞こえるわけだ。
水中で生活したことはないが、何気に、水上で戦う者たちよりも、水中を戦場とする潜水艦の方が、よっぽど危険なところなのかもしれない。
加えて光の届かぬこの暗闇だ。私だったら耐えられない。
「み、宮本くん。彼女はまさか……」
「伊19だ。お前はあったことがなかったか?我が鎮守府が誇る潜水艦の一人だよ。水中にいる姿を見たのは初めてだが………人魚みたいだなぁ」
「…………ふぅ。人魚?いるわけないだろそんな非科学的なもの。それに、人魚は魚雷を積んだりしないし、こんな風に、至近距離で撃って来たりしない」
「それもそうだな。というかこの部屋、全然壊れないな」
「超超防弾性のガラスで作られるているからね。しかもこの部屋の構造的に、外側からの攻撃にはめっぽう強い。たかだか魚雷ごときではビクともしないよ。内側からの衝撃には若干不安があるけどね」
「まあ、深海棲艦を止める程度なら、いい作りだと思うぞ」
壁に当たる魚雷は、水中で黒い煙を撒き散らしながら爆発する。ガラス越しにみると、こちらに衝撃とともに墨汁をぶちまけるように見える。衝撃は絶えず続いているが、部屋は震えるだけで、ガラスにはヒビの一つも入らない。
ドゴオオオン!ドカァン!ドコオォン!
「煙で顔が見えないな……それにしても君んとこの潜水艦は問答無用で魚雷を撃ってきたけど、もしこの部屋が壊れたら、君はともかく僕は確実に死ぬよ?」
「まあ、みんなお前のこと嫌いだった節があるからな………ここまでするとは私も思っていなかったが」
ドゴオオオオオン!ドカァン!ドドォォォン!
「………宮本くん、聞きたいことがあるんだ」
「奇遇だな。もしかして、お前も気になってるのか?」
「「お前(君)が呼び寄せたのか(い)?」」
「ちょっと待て。この部屋に閉じ込められている私がどうして疑われねばならないんだ。囚人が救助を呼べるのか?」
「かといって僕のせいにされても困るよ。たしかに僕はここと外を自由に行き来できるけど、どうして彼女を呼び寄せるなんて、なんのメリットもないことしなくちゃならないんだ」
「であれば何故伊19がここに来ているんだ。彼女たちがこんな遠いところまで探しに来るとは思えないんだが?」
「艦娘とは人間とほぼ同じ生命体だけど、量産できるという特徴がある。つまり、この伊19は君のとこの伊19じゃないかもしれないだろ?」
「あれは私の伊19だ。私の目に狂いはない。それに、無関係の伊19ならこんなことしないはずだ」
「僕にとってはどの伊19も同じにしか見えない。もしかしたら、僕たちが閉じ込められていると勘違いしているかもしれない」
「部屋を壊して救助しようと思う馬鹿がどこにいるんだ。あれは私の伊19で、私を奪還しに来たと考えるのが普通だろ」
「だとしても僕のせいじゃないぞ」
「………お前、この間の出張っていうのは、私の鎮守府に行っていたんじゃないのか?」
「ぬぐぅ………い、いや」
「やっぱり行っていたんだな?いや、それくらいの予想はできていたから意外なわけではないが………きっとその時に発信機かなにかをつけられたんだな……」ゴソゴソ
「こらっ、勝手に服を弄るんじゃない。やめろ宮本くん」
コロッ
「………なんだこのペンは」
「ああ、僕の父の形見だよ。仕事の時はいつも持ち歩いているようにしてるんだ」
「………もう一本出てきたぞ」
「ええっ!?」
「どっちかは発信機、だろうな」
「そんな、まさか………」
いつのまにか、爆発音が止まっていることに気づく。振り返って海中を見てみても、そこにはもう伊19の姿はなかった。
少し、寂しい。久方ぶりに愛しい艦娘の顔を見ることができ、しかしこの透明なガラスの箱のせいで触れ合えないことが、この上なく寂しくて、悲しい。
私が望んだことだとしても、後悔や心残りがないわけではなかった。
「いなくなったのか………全く、いつの間に発信機なんてつけられていたんだ?」
「もう少し警戒するべきだったな。…………それより、これからどうするんだ?」
「どうするっていうと?」
「伊19はおそらく鎮守府に戻って、またここに戻ってくるだろう。今度は艦娘全員引き連れてな。そうなれば大本営としてはたまったもんじゃないだろ?」
「ん〜〜〜それもそうだね。いやでも、発信機はこうして見つかっているわけだし、君を別の場所へ移せばいいんじゃないの?」
「わかってないなお前は……ここは大本営直轄鎮守府の地下だ。そしてお前は大本営に属する軍医。つまりこれが意味することは?」
「………標的は君ではなく、ぼくたち?」
「多分そうなるだろうな。この実験は私が進んで協力しているわけだが、彼女たちにとってはそんなことはどうでもいい。『あの忌々しい大本営が我々の提督を誘拐し、あわよくば実験動物としようとしている!これは倒さなくてはならない!』的なことを考えるんだろう」
「でも君は辞表を置いて行ったんだろう?全ては君の意思だとは思わないのかい?」
「そこまでは辞表に書いてない………というか、なんて書けばいいのかわからなくて、"あとは頼む"としか伝えてないんだ」
「そこはちゃんと説明してよ…………」
「まあでも、大本営が関わってきた、という時点で艦娘たちにとっては敵として認識するだろうよ」
かつて起きた共鳴騒動。その際大本営が送り込んできた連合艦隊は私の手によって壊滅。その後送り込んできたいくつかの部隊も、艦娘たちによって撃退されてしまった。
私は大本営に恨みなどない。むしろ、こんな化け物をよく飼いならせたものだと高く評価している。鎮守府を解体せずにしてくれてもいるし、なんだったら頭が上がらないくらいである。
しかし彼女たちにとって、大本営とは敵、もしくは気にくわない上にちょっかいをかけてくる連中と捉えている。これはまあ、おおむね共鳴騒動のせいなのだが、その恨みは今でも消えることはなく彼女たちの心に存在する。
共鳴騒動以降も、彼女たちは大本営に対して反抗的だ。反乱が起こるほどではないが、『手を出してくるようなら滅ぼす』といった感じである。
「とにかく今日のところは実験は中止だね………これから元帥閣下に報告しないと」
「私はどうすればいい?」
「脱走以外は何してもいいよ」
「了解」
黒崎はそさくさと荷物をまとめて、頭を掻きながら戻っていった。結構ほんとうに面倒臭そうに。
伊19がいなくなった海中をみる。暗闇のなかには魚を見えない。部屋の光はガラスに反射するばかりで、暗闇を晴らすことはない。
ガラスには真っ赤な目をした間抜け面が自分の顔を見ている姿があった。
死ねればなんでもいいと思っていたが、どうも話がややこしくなっている。
どうして彼女たちは、幸せになろうとしないのか。私を殺して終わらせればいいではないか。罪滅ぼしなんかしなくていいから、私を滅ぼしてくれればいいから、早く、早く幸せになってくれ。
それが私の、人間だった私の願いなのだから。
[次の日]
黒崎のある程度の位置を特定できたのは、提督失踪から二週間経とうとしていた時のことだ。
大体3日前くらいだろうか。執務室からイク(伊19)たち潜水艦に呼び出しがかかった。呼び出したのは長門さんだ。発信機に関することだと大体予想がついた。
『発信機からの情報で、黒崎殿の大体の位置を特定できた』
『そ、それで、どこにいたの?』
『大本営直轄鎮守府だ』
『………………………なぁんだ、いつも通りじゃない。あの人が大本営にいるのは当然でしょ?』
『やっぱり無駄足だったでち………?』
『残念なのね………とっても残念なのね……』
『いや、問題はここからだ』
『問題?なにか起きたの?』
『……黒崎殿はたしかに大本営直轄鎮守府にいるが、海底200m付近の場所によくいるらしい』
『海底………200m?』
『そんな深くに………地下施設かなにか?』
『深さ200mまで掘り進めて施設をつくるとは考えにくいし、その上そんな施設聞いたことすらない。一応青葉にも聞いてみたが、そのような情報はないとのことだ』
『じゃあ、新しい海底の施設……』
『これは十分に調べる価値がある。そこでお前たち三人には、この場所、もしくは施設に行ってしてもらいたい』
二つ返事で了承した。提督に会えるためならなんでもするつもりだ。
それに、海底ならイクたち潜水艦のテリトリーだ。たとえ光届かぬ暗闇の中でも、私たちは海中を迷わず進むことができる。
ゴーヤ(伊58)もハッちゃん(伊8)も同じように思ってくれたらしく、イクたちはその日のうちに鎮守府を出発した。
潜水艦のいいところはなんといっても低燃費なところだ。少ない燃料で沢山移動できる。
その上海中の深海棲艦は潜水艦しかいない。海上に跋扈する駆逐艦や軽巡の爆雷投射機を警戒しながら進めば、大本営なんて接敵せずに帰って来られる。
進んだ。
深海棲艦の出現によってほぼ手付かずとなった海には、さまざまな魚たちが遊泳している。魚だけではない。竜宮城を連想させるようなウミガメだって、イクたちは何回だって見てきた。鮮やかなサンゴに目を輝かせることもなく、淡い海色の世界に慣れてしまっていた。
深いところや夜の海はほぼ真っ暗だ。潜水艦であるイクたちは暗闇の中でも多少目が効く。音もなく色もない寂しいこの世界も、幾度となく潜ってきた。夜の海の中、魚たちを起こさないように潜行して、鮮やかにプカプカと浮かぶクラゲに手を振った。
鎮守府が家なら、海は庭だった。深海棲艦はたしかに恐ろしいが、海という戦場にはなんの恐怖も感じなかった。
しかし提督がいなくなってから、海に入るのが嫌になった。
別に怖くない。パニックになるわけでも、溺れるわけでもない。しかし、潜ることに意味があるのかわからなくなってしまったのだ。
提督がいないのに、誰のために潜れと?誰のために戦えと?
提督がいないなら、私たちが何かする必要はあるの?私たちが生きている必要はあるの?
ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない、
ないないないないないないないないないない
なイないないないナイナいないないナイない
ないないないナイナいないナイナいないないないないないないないないないないないないナイないいいいいいいいいいイイイイイイイイイイ
………イクたちはなんとしても提督を見つけなければならなかった。
そして、見つけた。
『…………………………!!!提督!!」
『えっ!?どこ!?』
『あそこでち!!やっと見つけたでち!!』
『でもどうしてこんな海底に………それに、こんなガラスの部屋に閉じ込められて……』
『ゴーヤとハッちゃんは急いでみんなのところへ戻ってなのね!!イクはあの部屋を壊して提督を助け出すのね!!』
『イク一人で大丈夫?』
『絶対に連れ戻して見せるのね!だからまずはみんなにこのことを知らせるのね!』
『…………わかった!ゴーヤ、行くよ!」
『りょーかい!頑張って、イク!』
ゴーヤとハッちゃんは全速力で暗闇の中へと身を翻して消えていった。
斥候は二人以上で行った方がいい。一人ではもし敵と遭遇した時に対処できないからだ。
『(提督………ああ……提督………❤︎)………はっ!こんなことしてる場合じゃないのね!』
久方ぶりにみる提督につい体が熱くなってしまったが、なんとか使命を思い出したイクはガラスの立方体を強く叩く。
『(提督と黒崎はこっちに気がついたけど………どうして提督は抗おうともしていないの?)とにかく、今は提督を連れ帰るのが最優先なのね!』
イクは装備していた61cm三連装魚雷を発射する。普段の戦闘では考えられないほどの距離からの発射であるため、爆発の衝撃がイクにもビリビリと伝わる。
周りの小さな魚たちもたちまち逃げ出して、海の中は爆発の煙で充満される。
『(こんなに撃ち込んでもビクともしない………!でも、イクも負けないのね!!)といっても、やっぱり弾薬がもう………』
イクは至近距離での魚雷発射によるガラスを破壊を試みていたが、やがて魚雷もなくなっていることに気づく。しかし無情にもガラスはヒビの一つも入らない。
全て発射しきったあと、煙が晴れたガラスの向こう側では、黒崎と提督がなにやら話していた。
提督に外傷は見受けられず、なんだかペンを二本持って喋っている。黒崎は慌てたような顔をしている。
二本は全く同じペンに見えた。きっと一本は明石さんが作った発信機なのだろう。今更見つかったところでもう遅い。
もう絶対、逃がさない。
『提督……絶対……絶対助けに来るから……待ってて………なのね………』
〈執務室〉
「そんなことがあったのか……ご苦労だった、イク」
提督代理艦として現在、鎮守府の運営、管理を務める長門は、執務室で伊19の報告を聞いていた。
「ゴーヤたちからも同様の報告が来ている。疲れているだろう?今日はゆっくり休んでくれ」
「わかったのね……」
伊19はひどく疲弊した様子であった。それもそのはずである。片道丸一日かかる航路を潜行してくれば、いくら低燃費の潜水艦といえども相当の負担がかかる。
伊58、伊8も同様であった。伊19が報告して来た約二時間前に、息を荒げて執務室に転がり込んで来たのだ。
三人とも寮舎で休ませておこうと、長門は思いながら椅子に深く腰掛ける。
提督、発見。
この知らせは鎮守府の皆が聞いたら飛んで喜ぶほどだろう。長門も実際、雄叫びを上がるのを我慢しているくらいだ。
「長門さん。無事、見つかりましたね」
「………ああ、ありがとう、明石。あの発信機のおかげだ」
「私としても、あまり期待していなかったんですが、嬉しいです!」
「私もだ………少し、浮かれている」
吉報朗報どころの騒ぎではない。
愛しい愛しい提督が見つかったのだ。
我々はあの寂しさから、虚しさから、悲しみから、罪悪から、解放されるのだ。
「しかし……やはり黒崎さんが一枚噛んでいましたか」
「大体予想はしていたが、こうなってくると、我々は大本営を相手取ることになる」
「……あの忌々しい連中が……!」
「気持ちはわかるが、落ち着け、明石。それに今回は、まだ誘拐と決まったわけではない。提督が自らの意思であそこにいるのなら、我々はまた争う必要なんてないのだ」
「そうですね……失礼しました。しかし、どうするんですか、これから」
「それはこの後みんなで話し合っていこう。………と言っても、私とてあまり忍耐がある方ではない。すぐさま出撃することにはなるだろうが。」
〈大本営直轄鎮守府 大会議室〉
元帥と長官たち合わせて六人は、再び現れんとする惨劇に頭を悩ませていた。
苦虫を噛み潰したような顔をするものもいれば、恐怖に顔を青ざめている者もいる。元帥も、冷静に振舞ってはいるが、やはり神妙な面持ちであった。
説明を終えた黒崎は席に座ると、六人の反応をみてゆっくりとため息をつく。
「宮本のところの艦娘たちは、おそらく確実にここにくるでしょうな」
「そんなことはわかっている!!しかし今はようやく戦線が安定したばかりだ。その上、前回のように連合艦隊がいるわけでもない!我々には奴らを退く術がないのだぞ!」
「今から召集をかけてもせいぜい艦隊が二つできるかできないか………まあ、無駄に沈ませるだけになると思うが」
「練度だけは高いからな、あそこの艦娘は………。いや、それも彼のせいなのか」
「元帥殿、最悪の場合、ここを放棄する可能性もあります。慎重なご決断を」
「………わかっている。しかし、今回は大規模作戦でも襲撃事件でもない。あくまでも、身内での揉め事だ。潰し合うのはなるべくなら避けたい」
「元帥閣下、あれは身内などではありません!あんなデタラメな化け物が………人間でないものの味方をするものは、我々の敵です!たとえ、それが艦娘であったとしても……!」
「そもそも、元を辿れば奴らが自分らで蒔いた種、それで我々が苦しめられなければならないなんて、不条理極まれり、ですよ」
黒崎は黙々と聞いていた。
なんともまあ、ひどい言いようである。
2ヶ月前の共鳴騒動により、大本営および直属の連合艦隊は壊滅。敵味方関係なしに大暴れした宮本くんが、彼らのトラウマになっているのか。
しかし、実験のことを提案してきたのもまたこいつら。この程度のことを予想できなかったのだろうか。
なんの迷いもなく化け物と宮本くんを呼ばわりには、自らの力が上だと未だに勘違いしているというのか。
あれはもはや一国の軍隊すらも凌ぐ、この地球でもっとも戦力を持った生命体だ。箱に閉じ込めて調べ上げて、殺処分するなんていったときには流石に呆れたが、やはりあの時止めておくべきだった。
「元帥閣下」
黙って聞いていた黒崎は、横一文字に閉ざされていた口を重々しく開いた。
「このまま中途半端な戦力で挑めば、今度こそここは、いや、この国の海上戦力は滅びます。今はとにかく、退避なされた方がよろしいかと」
「うむ………しかし、それでは儂の面目は丸つぶれではないか」
「意地もプライドも捨て去ってください。我々が相手取っているのは、一つの鎮守府ではなく、一つの国のようなものです」
「………」
「それに、たとえここが破壊されても、統率者である貴方がたが生きてさえいれば、また立て直すこともできます。時が経てば、解決できることもありましょう」
「………黒崎くんは、彼女らと面識があるのだろう?なんとか、取り合ってくれないか?」
「お言葉ですが元帥閣下、それは無理なことです。たとえ私が彼女らの目の前で腹を切ったとしても彼女らの怒りは1グラムも収まりませんよ」
会議室は静寂に包まれた。
万事休すもいいところ。傷を受けずに終わる自体ではなかった。
軍医の言うことに誰も反論できなかった。まったくもって正しい事実は彼らに深くのしかかり、絶望するにはあまりには酷すぎる現実だった。
彼らとて軍人。戦いの中で死ねるなら本望、と思うかもしれないが、前回のことを踏まえれば、あれはもう戦いではなく、今回もまた、恐怖と苦痛の中に放り込まれるだけなのだ。たとえどんな戦闘狂でも、腰を抜かして逃げ出すだろう。
失意と不安を感じていると、黒崎の視界の端に、人の手が見えた。
「んー、なにかありましたか、園崎長官殿」
南西諸島の鎮守府の統括を任されている園崎長官。五人の長官のうち唯一の女性。
おしとやかさは一切ない。触れたら切り落とされそうな雰囲気とその冷静かつ冷酷な言動で、軍の中でも最も恐れられている人物だ。
長い黒髪に整った顔立ち。長い睫毛に若干赤みがかった瞳。すらりと高い鼻に美しい顎先。豊満な胸に、引き締まったウエスト。長く伸びた足には黒タイツとブーツ。上・下の色のバランスを考え特注で作らせた黒の軍服。帽子を深々と被っているせいで、その鋭い眼光を見ることはないが、黒崎はこの女を、カミソリのようだと思っていた。
「我々には今、彼女らを退くほどの戦力があるではありませんか。いや、おそらく確実に彼女らを打破できる戦力が。」
「おい園崎ィ!なにおかしなこと言ってんだ?!一体どこにそんな戦力が、兵器があるってんだよぉ!?」
「騒がないで下さい。五月蝿いです」
「………ッ!?なんだと!?」
「まあまあまあ抑えて抑えて………。園崎長官殿、一体、その戦力とは?」
「……これはこれは、海軍始まっての鬼才と謳われた黒崎殿が、お気づきになっていないのですか?」
「……………………うん。やはり思いつきませんね。勿体ぶらないで教えてほしいものです」
「…………我々は、なんのためにあれを閉じ込めているのですか?」
その一言で、その場にいた全員が、園崎が言いたいことを理解した。
考えても見れば、まったくそれで良かったのだ。灯台下暗しとはよく言ったものである。
「どうですか?黒崎殿」
「へぇ………面白いね………」
挑発的に笑う園崎に対し、黒崎も口角を釣り上げて応える。
狂人二人、ここにあり。
[さらに次の日 鎮守府]
〈食堂〉
そこには艤装を装備した艦娘が大勢集まっていた。
戦艦、空母、駆逐艦、軽巡洋艦、重巡洋艦、軽空母、航空戦艦、潜水艦………。
全員が全員、艤装を装備し、体から滲み出る殺気を抑え込んで黙々と長門の話を聞いていた。
普通、大規模作戦のときには、複数の艦隊を編成してそれをローテーションで出撃させることで、入渠と出撃のリズムをつくる。
艦隊といってもそこまで人数は多くない。六人の艦隊を複数組むのだ。
しかし、ここにいる艦娘はそうではない。
全員同時に出撃する。大軍である。
しかもただの大軍ではない。
例えば、
かつて、アテナやギリシア地方では、古代の戦闘においては重装歩兵部隊が戦局を左右した。
また、ユーラシア大陸の大部分を蹂躙したかのモンゴルの騎馬民族は、騎馬部隊と弓矢によっていくつもの勝利を収めた。
時代は数十年前。第一次、第二次大戦の両方において、強き兵器をどれだけ持っているかが勝負を決定させた。
そして今。
深海棲艦とよばれる異形の生命体が突如海から出現し、人類は一時、地球の70%を占める海を放棄した。
人類は深海棲艦を殲滅するため、かつての軍艦の意思をもつ少女たち、"艦娘"を妖精さんたちと生産。母なる海の奪還に乗り出した。
この深海棲艦との戦争においても、戦局を左右したのは、やはり数である。
どれだけの艦娘を動員できるか。どれだけ多くの艦隊を編成できるか。
では、戦では数が全てか?
否。
今の彼女たちは、
いかなる数の重装歩兵部隊も、
いかなる数の騎馬部隊も、
いかなる数の兵器も、
いかなる数の深海棲艦も、
いかなる数の同族も、
その全てを退くことができる。
数ではない、個々の能力によって。
全員が集まったことを確認した長門は声を張り上げて宣誓する。
「これより我々は、提督奪還のため大本営を向かう!!提督は現在、大本営の海底にて幽閉されている状態だ!!大本営も黙って提督を返す気はないだろう!!大本営統括海域に突入後は、以前我々が戦った時のような戦闘が予想される!!しかし!私は諦めるつもりはない!なんとしても提督をここに連れて帰る!!」
「「「「「おおー!!!」」」」」
「………以前、大本営の艦隊と戦ったことを踏まえると、今回も苛烈な戦闘があると予想される。戦闘に参加したくない者がいれば、この場で名乗り出て欲しい」
「「「「「…………」」」」」シーン
「……………。一時間後に出撃を開始する!戦闘員はそれまでに出撃準備をすませてくれ!以上!」
長門の話を聞き終えた艦娘たちは各々食堂から出て行った。
「明石、間宮、伊19、それに鳳翔さんはここで待機していてくれ」
「お気をつけて」
「ご武運を」
「絶対、提督を連れて帰ってきてなのね!」
「みんなの分のご飯、先に用意しています。だから、みんなで帰ってきてください」
「わかった。では」
この四人は出撃させないことにした。
明石は艦娘の医者のような立場にある。艤装、艦娘の体調、ドッグに工廠の管理………。明石のこの鎮守府での存在は大きい。下手に戦場で怪我をされてはほかの艦娘にも影響が出るからだ。
間宮と鳳翔はこの鎮守府でも重要な役割を担っている。間宮は補給艦として皆に食事を振る舞い、鳳翔は母親のような立場で艦娘の面倒を見ている。欠けてはならない存在だ。
伊19は昨日帰ってきたばかりであるので休ませることにした。本人はかなり嫌がったが、もしもの時、この鎮守府を守るためにいてくれと言ったら、しぶしぶ了承してくれた。
なんとしてとも提督を奪還せねばならない。そして、みんなで、我々のいつも通りを取り戻さなくてはならない。
「戦艦長門、出撃するッ!!」
たとえ、どんな手を使っても。
[同時刻]
〈大本営直轄鎮守府 海底200メートル〉
今頃になって、後悔していた。
「…………………………………………………」
誰もいないこの狭い箱。
誰もいないこの海底。
そこに現れた愛しき艦娘の一人。
ベットに横たわって、虚空を見つめて考えていた。
彼女たちとの出会いから今の今までを。
これまで紡いできた物語を。
己が願いを叶えて欲しいがために、こんなところまでやってきたが、しかしやはり私は、彼女たちを優先してしまう。彼女たちの願いを優先してしまう。
生きて欲しい、と彼女らは言った。私の思いとは正反対の、私の願いとは正反対のことを言った。
私は生きてはいられないと思っていた。しかし彼女らは生き続けて欲しいと思っていた。
しかし生き続けるということは私にとってもう価値のないものだ。
飯を食っても、仕事をしても、風呂に入っても、艦娘と話しても、寝ても、旧友と話しても、海を見ても、空を見ても
なにもかも、私にはもう必要のないことなのだ。
山月記という話がある。
主人公は詩家として名を成そうと思っていたが、結局その内心から姿を虎に変え、そのまま夢を果たせず生きていく、という作品だ。
主人公は虎になってすぐ、死のうと思ったらしい。これを読んだ私は、なんの抗いもせず死を望むことに疑問を抱いたが、化け物にこの身を落としてようやくわかった。
死ななくてはならないのだ。こうなってしまっては。
よもや平気な顔をして生きていこうなんて、あってはならないのだ。
「それが罰だからな…………」
暗闇に反射する自分を眺めて、そう呟く。
その時、重々しい鉄の扉が、耳障りな音を立てて開いた。
「黒崎か。それで、どうなったんだ?」
「ん、ああ。大丈夫大丈夫。ちゃんと元帥殿と長官たちである程度の方向性は決まったから」
「おお、それで?移動か?戦争か?説得か?なんだったら、私が艦娘たちを説得してみても、」
「いや」
黒崎はゆっくりと口角を釣り上げて言う。
黒崎がこの顔をする時、それは、周囲への影響はどうであれ、黒崎がもっとも好奇心を爆発させている時の顔だ。聞いた話によると、長時間の解剖の時もこんな顔をするのだとか。
「実験は続行だ」
「続行?続行っていっても、ここが艦娘たちに知られてしまった今、とりあえず場所は移動しないといけないんじゃ……」
「いやいや。ふふっ、問題ないよ。ちょっと実験の順番を変えるだけで済むんだ」
「は?………順番?」
「うん。ちょっと、戦闘データをとろうか」
[次の日]
〈大本営直轄鎮守府 統括海域〉
晴天。風はなく、波も穏やかな海。
どこまでも続く水平線は地球の大きさ、同時に自身がどれだけちっぽけかを表している。
今日は雲があるが、もし雲一つない青空だったなら、世界は360度真っ青にあり、上下左右の感覚はなくなり、青色の球体に閉じ込められている感覚に陥る。
長門を筆頭とした複数の艦隊は、一分の隙も迷いも無駄もなく大本営直轄鎮守府を目指していた。
「(そろそろ到着するはずだな………天候が良くてよかった。これなら思う存分戦える)」
その時、偵察機を飛ばしていた赤城から報告が入った。
「見えました!12時の方角に、目標まで約15分で到着します!」
「全員戦闘準備!空母、軽空母は艦載機の発艦準備、雷装、魚雷の装填も怠るな!赤城、敵影は?」
「現在、敵艦隊を確認できず。…………ここまで来てまだ現れないとは……隠れる場所もないはずなんですが……」
「ゴーヤ!海中の様子はどうだ?」
「こっちもなにもいないでち。敵は戦闘を放棄したのでしょうか?」
「(提督発見の時点でなんらかの手を打ってくるはずなんだが………前回のような連合艦隊は無理だとしても、我々を迎撃するための艦娘を差し向けてくるべきだろうに……)わかった。二人は継続して警戒にあたってくれ」
「「了解」」
「(なにを考えている大本営………。本当に総本山を放棄してしまったのか?)」
その時だった。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!
「「「「「!!!???」」」」」
前半に大きな水柱が立ち上がった。距離はおよそ100m。爆発によって発生した衝撃波に艦娘たちは思わずバランスを崩す。いくつもの数の波紋が爆心地を中心に広がっていく。
水柱は天高く伸びていたが、やがてその数多の水しぶきは徐々に落下する。
するとそこには、
「提督!!!」
[同時刻]
〈大本営直轄鎮守府 統括海域〉
やあ、読者諸君。私だ、宮本會良だ。
私は今、愛しい自慢の部下たちと戦おうとしている。
およそ100m先の彼女たちは、失くした宝物を見つけた子供のような、安心と喜びに満ちた表情でこちらを見つめている。あんなに嬉しそうな顔、私も見るのは久しぶりだ。
本当に嬉しそうだ。私もだ。とても嬉しい。
しかし悲しいことに、いや、彼女たちにとっては悲しいことに、
私達は、今から戦わなければならない。
私が倒されるまで。
「提督を肉眼にて確認!!!」
「わかってるわよ!さあみんな、行くわよっ!」
言うが早いか、皆が一斉に私の元へ駆け寄る。一番はやはり島風だ。目にも留まらぬ速さで向かってくるその姿、戦闘ではこんな速度走ってくるのか。
しかし悲しいかな、近づいたら危ないぞ。
異変に気付いた島風が急停止する。
「どうした島風?提督は目の前だぞ?いきなり止まったりして後から来るものたちに迷惑になるぞ」
「え………い、いや………」
「どうかしたのかしら。何か変なことでもあった?」
「あ、あれ………」
島風は後少しのところで仁王立ちする私を指差す。
私と、右手に握られた黒々しく禍々しい刀を。
「て、提督!えーっと、その、久しぶり!」
「ああ、島風。それにみんな、久しぶりだな。だいたい二週間くらいか?」
「提督。どこか、お怪我はされていませんか?私たち、提督の安否が確認できず心配で心配で………」
「問題ない。この通りピンピンしてる」
「………その、提督。本当に、見つかってよかったです!」
「………ああ、こんなに早く見つけられるとは、私も意外だよ」
「提督」
「お、長門か。提督代理、ご苦労だった」
「え、ええ。それより提督」
「どうした?」
「…………早く鎮守府に帰りましょう。ここにいる艦娘はみな、そして鎮守府に残っているものたちも、貴方の帰りを待っています」
自分の顔から笑顔が消えたがわかった。
二週間以上行方をくらませていた私を前に、
見ただけで断頭されてしまいそうな、鈍い光を放つ刀を前に、
殺意の象徴を握る、人でも深海棲艦でもない、私という怪異を前に、
彼女たちの期待、喜び、安堵、安心、達成感、その全てが霧散したのを感じた。
「保護対象である私が単独でここにいるということ」
「「「「「!!」」」」」
「私を保護していたことが気づかれた大本営側が、既に2日経とうとしているというのに、迎撃部隊の一つもいないということ」
「「「「「……………」」」」」
「そして私が、武装した状態で君たちと対峙しているということ」
「「「「「…………」」」」」
「わかるだろう?君たちなら。私と一度戦った君たちなら。今、この状況が一体どういう意味を持ち、これから一体何が起きて、私がこれまで何を思って来たのか」
沈黙。
「戦うんだよ、私達は」
「………………………………提督」
「ん?どうした、加賀」
「私達は、あなたを取り戻しに来ました」
「知っている。でなければこんなところまで来ないだろう」
「もう一度言います。私達と一緒に帰りましょう。あの鎮守府に。我々の家に」
「だから、私と君たちはこれから戦うんだ。どちらかが、いや、私が死ぬまで、君たちは私と戦い続けるんだ」
「……………ッ!私がっ、私達がっ、貴方を殺すことなんて、できるわけないでしょうッ!」
「…………お前がそんなに感情的になるのは、久しぶりに見る」
「……愛する人のためですから。二度は言いませんよ、提督」
「勿論だ。私も引き下がるつもりはない」
「………」
「どうする?お前たち。力づくで私を奪還するか?お前たちと比べて絶望的な戦力を持つこの私を。」
「「「「「…………」」」」」
「もし、もし私の言う通り、そこから君たちの全弾薬を投じての一斉砲撃をするなら、私はなんの抵抗もすることなく、ここで綺麗さっぱり死ぬことができると思う」
「「「「「………」」」」」
「私が私でなくなったあの時から、私が亡くなったあの時から、私が渇望していたことを、君たちが叶えてくれると言うなら、私は今の今まで生きていて良かったと思える」
「「「「「……」」」」」
「私は君たちが大好きだ。こんな化け物ために今までよく尽くしてくれた」
「「「「「…」」」」」
「だから、私を殺して休んでくれ。そして、私を休ませてくれ」
風が吹き、潮の香りが鼻腔を駆け巡った。どこから来て、どこで終わるのかわからない風はそのまま、艦娘たちの間をすり抜けていく。
彼女たちは泣いていた。嗚咽を必死に噛み殺して、ただ悲しそうに私を見つめた。
長門泣き顔を見たのは2回目だ。両拳を握りしめ、やりきれないことを悔しがるように涙を流している。
加賀の泣き顔は初めてだ。下唇を噛み締め、決して声を上げてしまわないように注意しながら、大粒の涙を流している。
雷と電はすんすんと小さく声を上げ、溢れて止まらない涙を必死に手首で拭っている。暁は響の胸の中で声を押し殺すように泣いていて、頭を撫でている響もまた、頰は濡れていた。
天龍は俯いている。決して誰かに涙を見せぬようにしているのだ。しかし天龍の足元では水滴が海面に落ちていくつも波紋を作り上げていた。
青葉は涙を静かに流して、微動だにしない。涙は頰から顎先に到達し、そこからとめどなく落ちていく。
「あ…………」
島風が私を指差した。
続けて皆も私を直視する。充血した目を大きく見開いて、私の顔に視線を注ぐ。
「どうした、島風」
「提督…………グスッ………な、涙」
「え?」
驚くべきことだ。
私も泣いていた。
「な、なんだ。止まらないな…………ははっ、まるで滝のように…………」
「提督……………」
「私が望んだことだ、後悔はないはずなんだ。私が選んだことだ、不満はないはずなんだ」
「てい………ひっぐっ………提督……」
「私が自ら望んだんだ!!私はっ、こんな化け物はっ、生きていてはいけないんだ!!!」
「司令官…………」
「なのになぜ涙が止まらないんだ…………。どうしてこんなにお前たちが恋しい!!どうして今更別れが惜しい!!」
手のひらに溢れる涙を見て、震える声で叫んだ。駆逐艦ですら堪えていたのに、思いの丈を大声でぶちまける。
「何度も死にたいと思った!誰かに殺して欲しかった!早く化け物の鎖から解放されたい、このどうしようもない死にたがりをどうにかして欲しかった!!だからこんなことをした!だが直前になって、お前たちに会って、こんなにも愛しい!!死ぬことがたまらなく嫌になる!!」
わがままだ。化け物な自分を殺してほしいくせに、愛を手放せないなんて。どうしようもない死にたがりだった。
「…………長門、いや、もう誰でもいい」
「提督………」
「殺してくれ」
「司令………」
「今すぐに」
「司令官……」
「今ッッッ!!ここでッッッ!さあ!殺せッッッ!!!」
[一週間後]
〈大本営直轄鎮守府〉
園崎は報告書を見つめていた。
あの一件から一週間経ち、ほぼ全く被害の無かった大本営はいつも通りである。
艦娘を戦線に送り、深海棲艦を撃破し、航路を、海を取り戻す。それが我々海軍の使命である。
このいつも通りを、園崎は怏々として遂行し続けている。
戦果報告の書類を雑に引き出しにしまうと、明日に深く腰掛け煙草に火をつける。
女で煙草を吸う者は比較的少ないらしいが、園崎は結構なヘビースモーカーであり、煙をくゆらすその姿はもはや型にはまっていた。
「(深海棲艦化………俗に言う深海化した人間。それに執心する艦娘たち。どういう経緯であんな関係になったのかはわからんが、解決策としてあの方法をとるとは…………)一度戦う姿を見てみたかったな………」
吐き出した煙は空中を漂い、薄まって消えていく。
「(黒崎医師によれば、あの艦娘たちも通常個体の力を大きく上回るらしいな。単なる練度の問題ではなく………なにか特殊な艤装でも身につけているのか?いや、それなら連合艦隊の追撃部隊を壊滅させることはできまい。宮本提督の指揮があるわけでもないのに、艦娘で……)」
園崎は最近長官に就任した、言わば新米長官であった。そのため、二ヶ月前、ないし以前の宮本提督の鎮守府に対する知識不足がある。
艦娘と、それを指揮する提督、得意な戦術、過去の戦歴、内部の力関係、そして、
宮本會良という個人。
「(まあいい………彼がもし、私の思う彼ならば、いずれは決着をつけなくてはならないだけ………)今は私の仕事をしよう。」
灰皿で煙草の火を潰して、溜まり溜まった書類の処理へと戻った。
〈黒崎のオフィス〉
大本営の宮本くんに対する見解は、宮本くんの危険性が発覚した時点からなにも変わっていない。
"当該人物は身体に著しい変化を起こしており、海軍、及び我が国の国力に悪影響を及ぼす可能性がある。そのため、宮本會良大佐は非人間の存在として捉え、対象の行動不能、もしくは殺害を最優先事項とする。また、対象を保護もしくは支持しているものに対しても、重罰が下されるものとする。(なお、これは度合いによって変動する)"
要するに、宮本くんを殺すことが、大本営の、長官どもの方針であり、それは二ヶ月前の件でも、今回の件でも変わっていないってことだ。
実験なんてものも、本来する必要はない。いくら宮本くんの耐久力が高いとはいえ、無抵抗の状態ならわざわざ艦娘を使わなくても、陸上用の重火器でも十分に死滅することはできるだろう。ただ、今後宮本くんのような個体が現れた際に対処できるように色々と調べたいというだけ。
実際、宮本くんの収容及び実験に反対の長官もいた。以前連合艦隊を壊滅させた怪物を自分たちが上手に扱えるわけはないと言うわけだ。
しかし元帥閣下の説得に成功し、また複数人の長官の賛同を得たため、今回のような行為に踏み切った。
……………もっとも、結局彼女たちに台無しにされてしまったわけだが。
「ん?そういえば…………」
あの時、実験の実施を決める会議の時、
園崎長官も賛同者の一人だったな…………。
〈そして、あの鎮守府〉
目覚めたのは、いつも通りの天井が見える場所だった。
幾度か瞬きをした後、ここが自分の部屋の中央に敷かれた、私がいつも決まって寝ている、薄くくたびれた布団の中であることがわかった。
唐突ないつも通りに、しばし困惑する。
「え………あ、ああ?えー………」
あれは夢だったのか?黒崎が食堂に来て、ここを去ることを促し、気づいた彼女たちが、海底の私のところまで来て、そして最後には海上で相対する。
前半後半で分けた上、終結とかっこつけて三部作構成にしたこの物語は、何もかも全て私の夢だったのか?
目の前の事実に動揺する。夢だったならと、あまりにもあっけない可能性が頭をよぎる。
「と、とりあえず起きるか………。あれが夢なのかどうか、このままではわからないし……」
上体を起こし、立ち上がるために右手を地面につけようとした時、
ジャラジャラジャラジャラ!
右手を見ると、手首に鉄の輪がつけられている。鍵穴のようなものが二つあり、またその輪には鎖が繋がっている。その鎖を辿っていくと、部屋の窓の鉄格子に結ばれていた。
「よー……………し」
どうして鎖に繋がれているんだろうか。
鎖は右手にのみつけられているが、長さはざっと10メートル行くか行かないか程度。自室であるここなら自由動ける長さだが、執務室から廊下に出るには全然足りない。
って、そうじゃなくて。なんで私は鎖で繋がれているんだろうか。
いやそもそもなんで窓にも鉄格子がつけられているんだろうか。
部屋の内装はあまり変わっていないが、圧倒的この牢獄感!
「あのガラスの部屋の方がまだ気楽だったぞ………いや待てよ、そういえばどうしてこんなことになっているんだ?……………あの時海上で彼女たちと話した後の記憶がないぞ………?一体これは…………」
その時、布団の中で何かがもぞもぞと動いた。
「うわっ!ってなんだ時雨か………(そういえば私は勝手に添い寝されているんだったな………夢の中(?)では他の内容が濃すぎて忘れていた………)」
「ん…………おはよう、提督」
「お、おはよう、時雨」
「んー………?提督…………提督?」
時雨は寝ぼけた目で私のことを見て、首を傾げていたが、
「え、あっ!!提督っ!」
「ええ?!」
「ていとく!!!」
はっと思い出したかのように目を丸くすると、急に私に抱きついて来た。
時雨に押し倒される形で再び仰向けになる私に伴い、鎖もまた派手な音を立てて地面に打ち付けられる。
「一体どうしたんだ、時雨」
「提督…………ぐすっ、提督………!」
時雨は私の胸に顔を押しつけながら涙を流していた。背中に手を回し、もう二度と離すまいと言わんばかりの勢いで私を抱きしめる。
わけもわからず、ただなすがままであったが、時雨を泣かせたままにするわけにもいかないので、頭をゆっくり撫でてやる。
「ああ………提督。提督なんだね………。僕の、僕の大好きな提督…………」
「ああ、そうだぞ。よくわからんが、私はここにいる。だから安心しろ」
「うん………」
時雨の頭を撫でながら、自分の脳が冴えていくのがわかった。
この鎖。時雨の涙。長々しい夢。
ああ、私は死ななかったんだな。
15分後
「もういいか?」
「うん、ごめんね、いきなり泣き出したりなんかして……」
「構わん。………それで、なんだが」
「うん?」
「………お前たちと海上であって、それから色々話したところまでは覚えているんだが………。その先のことがまるで思い出せない。何があったのか、話してくれないか?」
「ああ、うん。わかったよ。」
時雨は私の体から離れ、そして静かに話し始めた。
〈時雨 回想〉
長門さんはすぐに、みんなに提督を取り囲むような陣形を組むように言ったんだ。そして、金剛さんたちや大和さんたちに、至近距離からの一斉砲撃を命じた。勿論、このとき長門さんも加わったよ。
そのとき僕たち駆逐艦のほとんどは見ていられなくてね。暁ちゃんたちはあんまり泣くものだから、天龍さんや愛宕さんがそばにいてくれてたみたいだけどね。
うん?僕かい?僕は見ていたよ。………大好きな提督の最後を、ちゃんと看取ってあげなくちゃって思ってさ。
でも、戦艦8隻による同時一斉砲撃という、ありえない程の火力を与えられてなお、提督には大して損害がなかったんだ。気絶はしていたみたいだけど。
異変に気付いた長門さんはみんなを止めた。するとあることに気がついたんだ。
提督の周りに、深海棲艦の兵装によく似たものがいくつも現れていたんだ。まるで、提督の体を覆い隠して、攻撃から守ってあげているように。砲撃を食らって、もうボロボロの状態だけれど、それでも頑なに提督を守っていたんだ。
あの黒くて気味悪い艤装をみて、流石に泣いている場合じゃないとみんな戦闘態勢に入ったけれど、それらが僕たちに向かって攻撃することはなかったよ。
次に長門さんが支持したのは爆撃だった。一航戦の二人と五航戦の二人に頼んでね。艦載機の全機同時発進で今度こそ提督を殺してあげようとしたんだ。
でもそのとき、提督を守っていた兵装の一つ、どちらかといえば、対空砲に近い形をしたそれが、発進した艦載機を全て撃ち落としたんだ。一機残さずね。
こうなると僕たちもいよいよどうしようもなくなったんだ。多分魚雷でどうにかできるわけでもなさそうだし、主力である戦艦はもう殆ど弾薬がないし、艦載機はもうない。諦めるしかなくなったわけだ。
すると、こちらが諦めるのを見計らったかのように、提督を取り囲んでいた兵装が次々と消え始めた。まるで幽霊みたいにすぅ〜っと。砲塔も歪み、駆動部分も完全に破壊されたそれらは、役割を果たしたかのように、一つ残らず消え失せた。
海上に浮かぶ提督を見て、僕たちも呆然としちゃって。でも、ゆっくり考える時間はなかった。
赤城さんが偵察機としたら飛ばしっぱなしだった一機が、近くの深海棲艦の一団を見つけたんだ。本来ならやっつけたいところなんだけど、数も多いし、なによりこっちは戦力が足りなくなってたからね。
向こうは幸運にも気付いていなかったから、提督を連れて一緒に戻ることにしたんだ。
そして夜になって、さらに夜が明け始めた頃、僕たちはここに帰ってきた。
泣いている艦娘は誰もいなかったけれど、誰も誰とも話そうとしなかった。ただ、医務室に運んで提督を寝かせた後、誰が言うまでもなくみんな部屋に帰っていった。僕も夕立と一緒にその日は寝た。
翌日、明石さんから、提督の身体に異常がないこと。今は眠っているだけだと言うことを伝えられた。
僕たちはすぐに提督のところを行ったけど、静かに寝息を立てているばかりで、声をかけてもいっこうに目を開けようとはしなかった。
提督の願いも叶えられず、今や昏睡状態にしてしまって…………。罪悪感より、ある意味やけくそになってしまっている気持ちがあった。僕たちは想定しうる最悪の結末を迎えてしまったとね。もはや涙も出なくなってしまった。
間宮さんはみんなに料理を振る舞ったけど、殆どの艦娘は食べようとしなかった。食欲がないといって、部屋に閉じこもった。あの赤城さんも食べなかったんだ。
鳳翔さんのところでお酒を飲みにいく艦娘もいたらしいよ。でも、『酔えない。美味しくない』って言って、死んだような顔で飲んだもの全部吐いていたよ。
鹿島さんは書類の山も片付け、備品の整理も終えて、鎮守府をぐるって一周回っていたらしいけど、まるで誰も使っていないみたいな、静かで寂しいところに思えたってさ。
3日ほど経って、明石さんが医務室からここに提督を移したんだ。外傷もないし、こちらから目を覚まさせる方法が見つからなくて、どうすることもできなかったからね。
うん?ああ、今日は大体10日目かな。もう一生めを覚まさないんじゃないかと、生きたまま死んでしまったんじゃないかと思ったら、怖くて怖くて…………。
それ以降、僕らは何もしなくなってしまったんだ。ただここに来て、目を覚まさない提督に向かって昔話をしたり、謝ったり…………。
金剛さんたち四姉妹は、午後になるとみんなで集まって、提督のそばでティータイムとか言ってお茶を飲んだり談笑したりしていたよ。カップを5つ用意して、ちゃんと砂糖も入れて。まるで提督がそこにいるように振る舞うんだ。流石に誰も止めなかったよ。
加賀さんと赤城さんは全くここに近づかなくなった。まるで八つ当たりするかのように二人で海域に出向いて深海棲艦を撃破して、入渠して、寝る。ご飯もまともに食べないからどんどんやつれていった。蒼龍さんと飛龍さんが休ませようとしたんだけど、『これが今の私たちの役目だから』って言って聞かないんだ。五航戦の二人も同じ感じだけど、ここ三日間は部屋からも出ていない。
青葉さんは毎朝ここに来て、提督に挨拶に来るんだ。海域の様子とか、天気とか、みんなのこととか…………、眠っている提督に話して、そのあとはずっと港でぼーっとしている。今日はまだ朝が早いから、そうだね、あと30分もしたら来ると思うよ。それから、随分新聞も書いていないみたいで、この間、へし折られたペンが廊下に落ちているのを見つけたよ。
多摩さんと球磨さん、それに木曾さんなんかは…………どうだろう。ここ最近見かけていないな。この間間宮さんが探していたみたいだけど、やっぱり見つかっていないみたい。北上さんと大井さん曰く、『今は体調が悪いみたいで………』らしいよ。あの二人も、すっかり窶れていたけれど。
暁ちゃんのところの四人と、吹雪ちゃんはよくここに提督と一緒に寝ることが多いよ。体調面は問題ないみたい。まあ、天龍さんたちがいるからね。でも、曙ちゃんがその…………リストカット?って言うのかい?とにかく自殺を試みたんだ。前々から不安定ではあったけど、とうとうガタがきたみたいだ。幸い軽い怪我で済んだんだけど…………やっぱり心配だね。
みんな疲れきっているよ。勿論、僕もね。提督、提督は僕らのことを恨んでいるかもしれないけれど、せめて今日だけは、みんなのそばにいてほしい。償えと言うなら、あとでなんだってしよう。それこそ、解体だって構わない。
だからせめて、せめて今だけは、提督には生きてほしい。僕からのお願いだ。そのためならどんな犠牲も払うから。
お願い、提督。
〈執務室〉
ここには館内放送を入れるための装置がある。
これは執務室から鎮守府内にいる艦娘に対して使うもので、ざっくりいえば学校の校内放送と同じである。
出撃前には艦隊の艦娘たちを呼び、大規模作戦があればそれを連絡する。
また、これは0700に起床のラッパが鳴るように設定されている。そのため、艦娘はこの時間に起きて、そのまま朝食をとるのが一般的だ。無論早起きの艦娘もいれば、昼間まで爆睡するやつもいる。
しかし一つ言えることは、私はこれを使ったことがない。
これを使うことはまず稀だ。いちいち放送しなければならないほど艦娘たちは時間に疎くないし、大規模作戦も滅多にない。たとえあったとしても、私の代わりに鹿島が進んで放送してくれる。起床のラッパもただ音が流れるだけで、それ以外はなにもない。
「……………」
誰もいない執務室。
時雨は一旦自室へ帰らせた。夕立がまだ寝ているだろうから起こさないように、と言っておいたから、今すぐにまたここに戻って来ることはないだろう。
執務室の机の隣にある放送器具。様々なボタンがあるが、"0700"と付箋が貼られたボタンはスイッチがOFFになっていた。
カチッ。
今日からまたいつも通りの日常に戻る。私が再び手放そうとしたあの日常に。
みんなはどんな反応をするだろうか。時雨は泣くほど喜んでくれたが、しかしやはり、怒られるのだろうか。我ながら無責任なことをしたから、もう煮るなり焼くなり好きにしてもらって構わない。
再三いうようだが、彼女たちは病んでいる。その原因は紛うことなく私にあり、それを解決できるならなんでもするつもりだ。しかし、解決できないのなら、私が一生彼女たちを支えて行かなくてはならない。病人に対しては看病が必要なようにだ。
「……………あと30秒」
それにしてもこの部屋は一ヶ月ほど使われていないはずなのに、異様に綺麗なままだな。鹿島が掃除してくれたのだろうか。それとも、誰かがここを頻繁に利用していたのか。
久しぶりに戻ってきた。一度はここにいることを死ぬほど嫌ったが、今では実家よりも落ち着く。
「…………あと10秒」
先程、封が開けられた私の辞表が見つかった。引き出しの中に入れられていたので、再び読み返してみると、なるほど、やはり唐突かつアバウトな内容で、読み手の混乱を招く内容であることがわかる。わたしには文才はなかったようだ。
それとも、余裕がなかっただけか。
「あと、3秒」
だがもう書くこともないだろう。次は辞表ではなく、
パパパパーンパパーンパパッパパーン
パパパパーパーパーパーーン
「もっとも、かなり先のことになると思うが」
遺書になるだろう。
[0700]
〈食堂〉
起床のラッパの音がなるのは本当に久しぶりであった。
部屋に引きこもり、悔やみ、泣き、叫び、黙り、食わず、言わず、聞かず、動かず、考えないようにしていた艦娘たちであったが、いつもと違うということははっきりわかったようで、多少遅れているものを除けばほぼ全員、食堂に集結していた。
吹雪は、久しぶりにみんなの顔をみる。
「(駆逐艦のみんなとはなるべく会うようにしていたけど、他の皆さんとは結構久しぶりですね…………。赤城先輩、あんなにやつれてしまって………)」
瑞鶴は翔鶴を支えながら食堂に入った。
「(翔鶴姉もそうだけど、みんなかなりげっそりしてるわね………。特に戦艦の艦娘たちはかなりショックが大きいみたい。いつもは明るい金剛四姉妹も、まるで人形のようになってしまっている。比叡がまだまともなようだけど、金剛さんがあれではね…………。)」
「お姉様、今日こそはしっかり食べてもらわないと…………」
「…………」
「は、榛名、あなたも何か口に入れて、」
「提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督……」
「〜〜〜〜!霧島、あなたからも何か言っておいて!」
「ああ…………別にいいんじゃないですか、もう。私たちにはもはや生きていてもしょうがないし………」
「そんな…………」
それを眺めて、痛々しそうに那智は瞑目した。
「(うちの姉妹たちも大概だが、やはり皆も同様なのだな。…………提督、一体いつになったら目を覚ましてくれるのだ?わたしももう、そろそろ、限界だ…………)」
「大丈夫?那智」
「ん………妙高姉さんか…………問題ない。それにしても、ここにこうして皆が集まるというのも久しぶりな気がする」
「そうね…………どうして今日はあのラッパが鳴ったのかしら………。今までは止まっていたはずなんだけれど」
その時、蹴破るように食堂の扉を開けて、鹿島がやってきた。
「み、みなさん!!この中に、あのラッパの音を鳴らした人はいませんか!?」
「どうした?鹿島」
「それが、わたしは10日ほど前から、あのラッパの放送のスイッチを切っていたのですが、先程執務室にいったら、誰かがスイッチを入れたようで………」
「………………………………この中にはいないようだ。それに、ここに全員を集めてメリットがある艦娘がいるとは思えん」
「そうですか……………」
「んー、提督が鳴らしたにゃ?」
「鹿島、提督のお部屋にはいったか?」
「それが、鍵がかかっていて、中の様子が確認できないんです。今までは解放されていたはずなんですが………」
取り留めのない憶測が飛び交うが、誰も核心にたどり着けない。
鹿島が入ったのを確認した後、扉の前で中の様子に耳をすませていた。
特に誰も使っていないし、鍵は一応かけただけなんだが、どうやら変な誤解を招きかねない。
それにしても、どうやって中に入ろうか。どうも、さりげなく入っていい雰囲気ではないな。眠っていたせいか、なにか口に入れたいと思っていたんだが。
ラッパの件で騒いでいるのか…………?なんかスイッチがOFFになっていたから、いつも通りつけただけなんだがな………。
「よし、この際強硬手段だ。わたしが扉を壊して中を確認する。鹿島、ついてきてくれ」
「わかりました!」
ん?ちょっと待て、長門と鹿島がこっちにくる!
どうしよう、流石に気まずい。
とりあえず、どこかに隠れてー
ガチャ。
「あ、え?」
「え…………?提督…………?」
「お、おはよう、みんな」
この後めちゃくちゃめちゃくちゃになった。
どうも、メガネ侍です。
三部に分けた"提督「死にたがりの化け物」"はいかがでしたでしょうか?
文才があるわけでも想像力が特別豊富なわけでもないので、拙い文章ではございますが、面白かったですか?
あ、面白くない?…………あっ、ふーん……。
前半後半の二部作構成にしようと思ったんですが、割と長引いてしまって、終結という形で締めさせていただきました。
この度はご愛読ありがとうございます!
あ、別に好きじゃない?………ふーん………。
次回予告
「フフフ、ハヤクアイタイワ、アナタ……」
提督「化け物の花嫁」前半
このSSへのコメント