提督「化け物の花嫁」カッコカリ
*この作品は"提督「化け物の花嫁」ケッコン"の 続編です。読んでいないと言う方はまずはそちらをお勧めします!
[某日 1200]
〈鎮守府 執務室〉
長机を挟んで向かい合っているその人は、軍服を着た若い青年だった。肌が焼けていて、顔に一つ大きなイボがある、そこそこガタイのいい若者。彼はキョロキョロと執務室を物珍しそうに見て、「はえ〜……すっごい」と感嘆の声を漏らしている。
彼が来る直前、執務室にいた中枢と戦艦棲姫は慌てて私の部屋に隠れさせた。大本営の使いを名乗る彼が来たのを伝えにきた鹿島も、タイミングの悪さに顔を青くしていた。あの二人が、彼が帰ってくれるまで大人しくしてくれるといいのだが………。
「あー……それで」
「え?ああ、そうでした」
彼は立ち上がり、敬礼をする。
「自分は、大本営所属、田荘 福次 軍曹であります。本日は、大本営からの書類一式のお届けに参りました」
「ご苦労。して、その書類が?」
「はい。ケッコンカッコカリの書類、一式となっております。そちらの箱に指輪が入っておりまして、その書類に、提督殿のお名前と、お相手となる艦娘の艦種・名前をご記入いただく形になっています」
「…………この紙は?」
「そちらは、ケッコンカッコカリをする上での条件と注意事項です。ケッコンカッコカリを行われる際には、必ずお読みください」
「なになに………。
① ケッコンカッコカリとは、艦娘の戦闘能力向上のための装備過程の総称である。名称は、本装備開発チームの趣向によるものであり、一般的な結婚、または擬似的結婚のことではない。
② 本装備は艦娘の戦闘能力向上のためのプログラムが組み込まれた指輪型の兵装であり、効果を最大限に発揮させるため、左手薬指への装備を推奨する。
③ 本装備を装備可能な艦娘は、練度100以上の艦娘であり、艦種は問わない。
④ 本装備は、装備させたい艦娘の了解を得てから使用すべし。了解なく装備させることは、名称による艦娘への心理的影響を鑑みると、その後の士気に関わる危険性があるためだ。
⑤ 本装備は各鎮守府に一つずつ配布されているが、追加の指輪及び書類一式が欲しい場合、大本営装備開発部門へ申請書を提出したのち、自費での購入となる。(価格は申請書に記載)。
⑥ ケッコンカッコカリを行なった艦娘の詳細な情報を、書類に記入したのちその都度大本営に提出すべし。
」
なるほど、大体わかった。
つまり、ケッコンカッコカリというのは名ばかりで、実際のところ艦娘強化のための特別兵装というわけか。艦娘たち含め、名前ばかりに気を取られて変な妄想をしていた自分が馬鹿らしい。
冷静に考えてみれば、今我々は戦争をしているのだ。だというのに、軍が自ら結婚を推奨するわけがない。しかも、兵器として扱っている艦娘相手にだ。よく考えれば、誰だっておかしいと思うはずである。
「(あんまり艦娘たちに心配されるから、どうも私も冷静さを欠いていたようだ………)なるほど。わかった」
「いやー、でも大本営も意地悪ですよねー。こんな紛らわしい名前、改名すればいいと思うんですがねぇ……」
「全くだ。確かに形式的には結婚と変わりはないが、しかし、こんなの勘違いしてしまって困る」
「そうですよねー………………。あでも、この勘違いを本気にする提督も少なくないみたいですよ」
「え?」
「実際、艦娘と恋仲になった提督が、その艦娘を妻として迎えた、なんて話もあります。まあ戦場に身をおくわけですから、特別な関係になってしまうのはどうかと思いますが、しかし"吊り橋効果"という言葉もありますし、一概に、名称を無視すべきとも言い難いですね」
「う、うむぅ………」
「艦娘にとっては、強くもなれるし想い人とも結ばれて、一石二鳥ですよ。…………案外、開発チームはこれが狙いだったんでしょうかね?」
「さあな………。まあ、わかった。書類はこれで全部かな?」
「はい。………ところで、なんですけど」
「なんだ?」
「誰か、お相手決めてらっしゃるんですか?」
田荘軍曹はニヤつきながらそう尋ねてきた。
色恋に疎い私にとって、妻帯というものについて真剣に考えたことはない。この体になってから、恋情なんてものを抱いたことはない。確かに私は、艦娘を愛しているが、それは……………そう、家族愛のようなものだと思っている。しかもそこには、並々ならぬ同情も含まれているのだ。
任務とはいえ、この名称はややこしい事態も招きそうだ。自分で言うのもあれだが、艦娘たちはおそらく、いや病的なほど確実に、私を好いている。どちらかといえば、依存・執着の部類かもしれないが、しかしこの一件、彼女たちが首を突っ込んでこないとは思えない。
誰を相手に選んだところで、私は平等に愛しているし、甲乙を気にする彼女たちにとっては、私の采配は気が気でないはずだ。
「………今のところ、何も考えていない」
「へぇ……いやでも、さっき自分を連れてきた艦娘も、なかなか可愛かったですよ。いや、別嬪さんといった方がいいかな」
「ああ、鹿島のことか。確かに、眩しいくらいに美しい子だ、あれは」
「ですよねー。…………あ、でも、他にもいますよね。可愛い子。えーっと、あの、眼帯つけた、自分のことを"俺"っていう子も……」
「? それは天龍かな?」
「そうそう!いいですよねあの子も」
「ああ。普段は強がっているが、たまに見せる女の子の顔が、また可愛らしくてな」
「………この鎮守府って大体何人くらいいるんすか?」
「んー、100くらいだな。いや、そんなにいないか?」
「ほほう。では、ほかの子も同等に、可愛らしいんでしょう?」
「ああ。正直甲乙つけられないよ。だから、この件は少し私にとって厄介だ」
「ははは!まあ、ゆっくり考えてくださいよ」
「ああ………」
「……ところで」
「うん?」
「……………扉の向こうに複数の気配がありますね」チラリ
「む………気づいたか」
「ええ。廊下に十名ほど」
「すまない。客人相手に無礼だとは思うのだが」
「いえいえ! 好奇心を抑えるのは良くないことですよ。内容が内容ですし、彼女たちもきになるんでしょう。やっぱり、ケッコンを意識している艦娘、いるじゃないですか」
「………応えるべきだとは、思う。しかしなにぶん、私たちは単純な仲ではないからな」
「………ええ。わかっています。だから、ゆーっくり、考えてください」
そういうと田荘軍曹はそさくさと帰り支度を始めた。彼は軍服に汚れひとつない新人ではあるが、流石は黒崎が送り込んだ者だ。踏み込んではならないラインを弁えている。
それに、彼女たちの気配に気づくとは、なかなかの手練れなのだろう。こんな人材がただの書類運びに使われているのだから、黒崎も人が悪い。
「お前たち! 軍曹殿がお帰りなる!そろそろ自室に戻りなさい!」
「「「「!!」」」」ドタバタドタバタ
「ははっ、いい子達ですね」
「自慢の艦娘だよ」
「黒崎の兄貴………いや、黒崎殿から伝え聞いたのとは、全く別でした」
「というと?」
「彼女たちは少し、不安定だと言っていたので。まあこの鎮守府の件は、自分も伝え聞いた程度であまりよく知らないのですが……」
「………………君は良くできた男だ。黒崎の舎弟と聞いていたが、あいつと関わりのある人間とは思えん」
「いえ全然、自分はそんなこと……」
「そうだな………やはり、よからぬ詮索をしてこないところがいい」
「詮索、ですか」
「ああ。あいつは軍人だが、本質は研究者だ。気になったことはなんでも突き止めようとする。その上諦めが悪い。私もあいつの性格をよく知っているつもりだが、好奇心については幾度も苦しんだよ」
「あー……確かにそんなところありますねぇ。自分も、ただ話してるだけなのに試されているような気がするんですよねぇ」
「ちなみに、君はなんで、あいつの舎弟になんてなったんだ?」
「舎弟というか、子分ですね、正確には。………以前、家族を助けられまして。その後軍に入ってから、偶然黒崎の兄貴に出会ったんですよ。それで、なんか恩を返したいなと思ってたら、"助手か舎弟が欲しかったところだ"とか言われて。まあトントン拍子でここまで来ちまったわけですよ」
「ほう………。そんなこともあるのか。いや、あいつが軍医だということは無論知っていたが、しかしこう改めると、意外とすごいやつなのだなと思ってしまう」
「あんなちゃらんぽらんなのに」
「はははっ、そうだな」
久しく、こんな談笑はしていなかったような気がする。
艦娘たちといるのが苦しいというわけではない。しかしどうしても、私たちはどうあるべきか、わからなくなってしまう。不安定な彼女たちと接する私は、果たして安定しているのだろうか。私たちはあの地獄を経てなお、間違ったままなのではないか。そんな疑問が、常に頭の片隅に居座っているのだ。
散々述べた通り、彼女たちは少し狂っている。以前ほどではない。しかしやはりどこかおかしくて、それを正気だと思っていて、私という存在が消えてしまえば、おそらくはまた狂う。
言い方が悪いが、彼女たちと接する上で、私は無意識に彼女たちに気を遣っているのだ。何様なのかと思うかもしれないが、一度壊れてしまった彼女たちに対して、おかしな治し方で治ってしまった彼女に対して、常人と同じ態度で臨むのは危険なのだ。これは当事者の私だからこそ言えるのであって、はたして他の者には理解されない。
だから、気兼ねなく話せる相手というのは、とても新鮮なのだ。
「パパー!ナオッタノー!」
突如、田荘軍曹と他愛もない話で盛り上がっていたそんな時、それは元気よく飛び込んで来た。
ノックもせずに開かれた扉から、何か白い小さなものが飛んで来たかと思うと、たちまちそれが私の視界を奪った。
つまるところ、顔に抱きついて来た。
「」
「」
「パパー、入渠?アリガトー」
「」
「あー…………北方?」
「ナニ?」
やってしまったという感情しか芽生えなかった。
見られてしまった。完全に見られてしまった。言い逃れなどできないほどに、救いようのないほどに、確定的に、これを視認されてしまった。
田荘軍曹は、目の前にいる真っ白な幼子に言葉を失っている。目の前の、我ら人類の怨敵、深海棲艦。これが父親に飛びつく娘のように、突然自分たちの世界に乱入して来たのだから、至極当然の反応である。硬直した彼は、銅像のように、眼球すら少しも動かさなかった。
私もまた、そんな彼を見て静止した。慌てるとか焦るとか、そんなことすら意味がないことを体が理解したのか、指一つ動かす気にもならなかった。北方の体の隙間から覗く彼の顔を見て、もうおしまいだと、現実を放棄した。
一方で、北方は入渠を終えたばかりで嬉しいのか、嬉々とした表情である。
「……………パパとは………?」
「あー……………えっとー………」
「?」
〈鎮守府内 食堂〉
遠征及び哨戒に向かった艦娘を除くほとんど全ての艦娘が、特になんの意味もなく集結していた。集結といっても、複数のグループに分かれて座っているので、集会というわけではない。本当に、ただただそこにいるというだけだ。
艦娘たちは皆、何かを待ち続けているような、否、自分から切り出していいものか思案しているように見える。間宮もこの奇妙な雰囲気に萎縮してしまい、全員にきっちり飲み物を提供するも、小さく礼を述べる艦娘もいるが、一瞥するだけで声を発しない艦娘もいた。
ちなみに皆、食堂にいるにもかかわらず、飯を頼もうとはしない。
「…………黙っているためにここに来たわけじゃねえぞ、龍田」
最初に口を開いたのは天龍だった。机の表面を片目でしばらく見つけていたが、とうとう我慢できなくなったのか、正面に座る龍田に声をかける。
突然話しかけられ、すぐには反応できなかった龍田だが、少しの間の後、いつもの微笑を浮かべてこたえる。
「ん〜、一緒にご飯と思ったのだけれど、どうやらそれどころじゃないみたいだから。天龍ちゃんこそ、お客さんに1番に会ったのだから、分かっているでしょう?」
「ケッコンカッコカリなんて、今日初めて聞いた。いつのまにそんなものができていたなんてな………。提督はまだあいつと話してるんだろ?青葉」
「はい。先程覗きにいったときは、なにやら楽しそうに話していましたが、どうやら書類一式の話は既に済んだらしいようです」
「そうか」
「あら〜?天龍ちゃん、気にならないの?」
「…………ならないこともない。だけどよ、こればっかりは俺たちのわがままを通していいとは思えないぜ」
「ん〜そうね〜。やっぱり決めるのは提督だしね」
「…………あの………」
消え入りそうな声で話に加わったのは、どこか不思議そうな顔の潮である。
「どうしたんです?潮ちゃん」
「はい……。青葉さん、ケッコンカッコカリというのは、あくまで任務の一環なんですよね?」
「はい。確か、戦力強化プログラム、的なものだったかと。指輪もそのための兵装らしくて、なかなか高価らしいですよ」
「そうですか………」
「どうした、潮。そんなシケた面してよ」
「いっ、いえ……。ただ……」
「ただ?」
「どちらにせよ、最初に提督が選ぶのは一体誰かな、と」
「…………さあな。どうなんだよ、青葉。兵器としてケッコンカッコカリを見た場合、可能性が高い艦娘ってのは」
「むむ………。青葉では少し分かりかねますね。話の限りでは、戦力強化としかありませんでしたし………。そうだ、明石さん」
いつのまに食堂の艦娘たちは天龍たちの会話に耳を傾けていたようで、唐突に声をかけられた明石は肩をビクリとさせ、自分に注がれている視線に戸惑った。
「ええっと、おそらくですが、戦力強化とは具体的に、艦娘の全パラメータの上昇を指すのではないでしょうか」
「ほー…………。つうことはつまり、よく出撃してる艦娘ってことだな」
「あら?天龍ちゃん嬉しそうね」
「おうよ。俺は艦娘の中でもよく遠征に行ってるからな。軽巡だからそこまで強くもねえが、出撃頻度が高い俺なら可能性あるだろうよ」
「そうね〜。その点では私も少しは期待してもいいのかしらね〜」
「そっ、それなら潮にも、チャンス、あるでしょうか?」
「あん?…………どうだろうな。対潜なら活躍してるし、現実的なんじゃねぇの?」
「そうですか………」テレテレ
「あっでも、確か燃費も下がるとかなんとか」
ガタンッ!!
思いついたかのように付け加えた青葉の一言で、赤城と加賀突然、椅子を吹っ飛ばしかねない勢いで立ち上がった。唐突な出来事に思わず何人かが変な声を出して驚いた。
「お………おい?お二方、どうした?」
「いえ………なんでもないわ」
「すっ、すみません」
恥ずかしそうに、しかしどこか嬉しそうにして顔を綻ばせている二人に、瑞鶴は見覚えがあった。
「二人とも………、大食いだからって、提督が自分たちを選んでくれるとか思ってるんですか?」
「なっ………そんなこと、ないわ」
「そ、そうよ。私たちは別に、自分の力で強くなってみせます」
「………お二人は口では言わない代わりに、すぐに態度に現れるから分かります。たしかにボーキの消費量を鑑みると、お二人に限らず、正規空母は可能性が高いでしょう」
「だから、別に私は期待などしていないわ」
「私も、気になってないし…」
「モジモジしながら言わないでください……。翔鶴姉もなにか……ってうわ!?」
「ね、ねぇ瑞鶴………。それなら、それなら私も、選ばれる可能性、ある?」ハァハァ
「う、うん。あるよ。多分ある」
「そ、そう?」パァァ
「ちなみに瑞鶴、あなたは随分落ち着いているけれど、あなたはどう思っているの?」
「え?別に私と提督さんは、指輪があってもなくてももう夫婦みたいなもんだし」
「「「は?」」」
「あ?」
気の早い空母勢が、はやくも一触即発の展開に、思わぬ地雷を踏んだと思った明石だったが、また思いついたように続ける。
「でっ、でも、指輪は量産可能らしいですし、誰が相応しいなんてそこまで……」
「明石」
「は、はい?なんですか、長門さん」
「その兵装、どれくらいの費用がかかるのだ?」
「え?……………そうですね、ここの工廠では作れない、その上、艦娘の全パラメータ上昇のできる指輪なんて兵器なわけですから、原価はかなり高いと思います。まだ開発されてそこまで経っているわけでもありませんし、価値は高いと思いますが」
「ならば、たとえ量産可能といっても、全員に渡すとはいかんのだろう?」
「まあ、そうですね」
「つまり提督は、少なからず艦娘を選ばなくてはならない。最低でも、この約100人の艦娘からたった一人はな」
「そう………ですね」
「案外、これを踏まえての"ケッコンカッコカリ"なのかもしれん。結局、誰か一人は選ばなくてはならんのだからな」
「よぉ長門さん、あんたはどう思うんだよ。誰が最初に選ばれるか」
「この長門だな」
「「「「「は?」」」」」
「私もそこそこ燃費が悪い。その上第一艦隊の旗艦を務めているのだから、使用頻度及び需要において、私を選ぶが妥当なはずだ」
艦娘を統括する長門が、こうも堂々と宣言してしまったがために、それまで黙っていた艦娘も次々に口を開いた。もはや任務の一環ということは忘れ、"誰が提督の特別か"という議論にまで発展してしまう。
少し離れた部屋で未だ提督と客人は話しているというのに、この口論は白熱していた。それこそ、愛しの提督に聞こえてしまうかもしれない程度の規模で。
「だーかーらー!島風が提督に選ばれるの!」
「私はこの鎮守府で1番の大飯食らいです。ならば必然、選ばれるのはこの私のはず」
「燃費が悪いことを威張ってんじゃねえ!それより、この天龍様の方がよっぽどいいに決まってらぁ!」
「戦艦ならこの武蔵、指輪を与えるに十分な戦力であると自負している」
「一人前のレディとして、司令官のとくべつになるのは当然よね!」
「指輪をもらって、司令官にもーっと頼って貰うんだから!」
「あらあら………、重巡のことも忘れないでほしいわね〜」
「僕も負けてられないよっ!駆逐艦だけど、提督は僕を選んでくれるはずだよ!」
「やはり、軽空母の需要も高いですから、駆逐艦や巡洋艦よりも、私を選んでくださるはず………」
「れ、練巡だって、みなさんに負けず劣らず、提督のお役に立てます!」
あーでもないこーでもないと、当の本人そっちのけで勝手に期待する彼女たちに、その騒ぎを聞きつけた幾人かの深海棲艦は、恐る恐るドアから覗いたが、「今は行かぬ方がいい」と互いに目配せして、すごすごと引き返していった。
また、それまで飲み物やら軽食やらを繕っていた間宮も、その騒ぎに気づくと、厨房に引っ込んだまま姿を見せなかった。
「静粛に!!」
「「「「「!?」」」」」
鶴の一声、というべきだろう。
山火事のように次々に引火する口論をぴしゃりと止めたのは、それまで目を閉じたまま静かに座っていた、軽空母鳳翔であった。
鳳翔は、鎮守府内の第二の台所"居酒屋 鳳翔"の店主で、頻度は少ないにしてもたまに出撃し、豊富な経験を生かしほかの艦娘を導く大きな存在だ。艦娘の中には、彼女を母親のように慕う者もいる。
「………提督に聞こえたらどうするのですか。まだ客人もお帰りになっていないというのに」
「す、すいません………」
「悪かったよ、鳳翔さん」
それまで騒いでいた艦娘も、鳳翔には頭が上がらず、戦艦までもが不服そうに黙り込み、席に着いた。
今一度、食堂は沈黙で満たされた。
「…………大体、誰が相応しいか否かなんて、私たちがここでどれだけ議論したって分かるはずありません。私はあなたたちの良いところなら何遍でも言えますが、悪いところなんて片手で済んでしまうほどしかないんです。みんながみんな、選ばれる可能性はあるはずです」
「「「「「…………」」」」」
「提督も同じ気持ちでしょう。あの人は…………あの人は、真摯に私たちを愛してくれてしますから、きっと相当思い悩むはずです。私たちがすべきことは、こんな言い争いをするよりも、ただ提督の判断に全てを任せることです」
「で、でもよぉ鳳翔さん………」
「気になるのは無論分かります。私だって、こうやってあなたたちに説教垂れていますが、内心気が気でないのです。しかしだからといって、私たちにできることなんてありはしません」
「…………ならば鳳翔、我々は指をくわえて待ち構えていろ、と?」
「そうではありません。我々が何もしなければ、提督も困ってしまいます。この場合は、ケッコンカッコカリそのものを諦めるのが最悪の結末ですね」
「ならば、我々は何をすればいいのだ?ここにいる皆でアプローチ合戦でもするか?」
「その認識が誤りと言っているのですよ、長門さん」
「なっ………」
「…………ケッコンカッコカリ。全てはこの名称に内包されていると私は思います」
「というと?」
「私は正式な婚姻については不見識なわけで、はっきりと言うことはできませんが、しかしこれは名前負けしない、ただの戦力強化プログラムなどではないと思います。おそらくは………、"拘束力"です」
「拘束力?」
「抑止力といってもいいかもしれません。私たちは戦争をしているわけですから、当然、犠牲が出る時があります。しかしこれを防ぐというのは難しいことです。膠着状態であるこの戦争は依然決定的な戦局の変化がありません。このままでは、人間は、そして私たちは滅びてしまう可能性があります。そこで、少しでも被害を小さくしようと、ケッコンカッコカリというシステムを確立したのです」
「…………どういうことだ?いまいち、というか全く理解できないんだが」
「我々艦娘は量産可能な兵器。しかしだからといって何隻も沈んでは資源も底をつきます。しかしこのケッコンカッコカリがあれば、少なからずその艦娘は量産可能という視点では見られなくなります。唯一無二の艦娘として重宝されるのです。つまり、轟沈或いは損傷を抑制するための、間接的な戦略ということです」
「……えーっと……」
「つまりね、これ以上は沈ませないために、艦娘ひとりひとりを特別扱いさせて、艦娘を大切に扱わせようっていうことよ、天龍ちゃん」
「お、そういうことか。………って、分かってるよ、そんなことは!」
結婚とは、男女が契りを交わし、その生涯共に添い遂げることを指す。ただの恋人や友人関係とは比較にならない親密な関係。ある意味、この世で最も強力な人間関係である。これには当然、相手を特別視するという特典がつく。
例えば、友人と妻で比較する場合、同じ病気にかかっても心配の度合いが変わってくるし、どちらかを殺さなくてはならないといった、少しフィクションじみた事象においては、おそらく大半の人は友人を殺すだろう。
大本営は、この特別視によって、艦娘の損失を抑制しようとした、というわけだ。
「故にケッコン"カッコカリ"ってことか」
「司令官と結婚できるわけじゃないのね……」
「はぁ………興醒めです……」
艦娘たちは次々に感嘆の声を上げる。提督に思われるということは、好意とか恋情とかに繋がり、愛し合う二人という関係に発展するわけでなく、単なる、戦力として大切にされるだけという、かなり残酷な解釈を突きつけられたわけだから当然だ。
提督に愛されていても、形として愛になり得ない。
いつになく冷たい、冷酷な解釈を述べた鳳翔に、大和は困った顔でそばに寄った。
「鳳翔さん、そこまで言わなくっても……」
「ふふ、大丈夫ですよ」ニコニコ
「え?」
「たしかに、私のケッコンカッコカリに対する見解は今述べた通りですがきっと…………」
ここでは適用されませんから❤︎
〈執務室〉
戦場にいるときより、艦娘たちに詰め寄られたときより、今まで感じた中でもかなりの焦りが私を支配していた。
北方は不思議そうに田荘軍曹を見つめている。彼もまた、訝しげに北方を見ている。座っているため視点はほぼ同じ高さにあるため、両者見下ろす見上げるの差はない。
田荘軍曹は「パパ………?」と私に聞いて以来、全く一言も発することなく、また、微動だにせずに目の前の深海棲艦を直視している。その視線は、好奇心も疑心もない、まるで初めて見つけた植物を観察するかのように、ただ目の前の幼女を調べていた。
北方も同様であった。おそらく彼がにんげんであることは分かっているだろうが、しかし攻撃するわけもなく逃げることもなく、ただ、彼の視線に己が視線をぶつけた。驚いた様子もなく、私にあれこれ質問してもこない。
「あ…………ああ………」
「………」ジーッ
「………」ジーッ
「ちょ………これは………」
「宮本殿。いや、宮本提督」
彼はゆっくりと首を曲げ、瞬き一つせずにその視線を今度は私に突き立てた。なんの感情も語らないその瞳に一瞬ゾッとしたものの、彼の次の発言を待ち構えた。
「この子は………このお嬢さんは……、あなたの娘さんですか?」
「そっ、それは………」
「?」
助けてもらえるわけもないのに、つい北方の方を見てしまった。北方は状況が分からないのか、首を傾げてこちらを見つめる。
久々の窮地に冷や汗が止まらない。戦場にすらない独特の緊張感が、思考を鈍らせていく。
田荘軍曹は催促するわけでもなく、じっと私を視線で捕らえて返答を待ち構えていた。私にとって彼は今、かつてないほどに冷静な障害物であり、落ち着きをもって質問という銃口を私に突きつけた。
「………」
「そ、その………」
「??」
まずい。どう答えてもおかしい。はいと答えれば敵に内通、まして家族レベルにまで関係を発展させた裏切り行為となり、私は海軍どころか、全人類の敵になってしまう(この場合危惧しているのは、私ではなく私の艦娘が窮地に立つこと)。かといって、いいえと答えれば北方との発言に食い違いがある。否、どちらにせよ、敵に癒着していたことが既にバレてしまった時点で詰みだ。
こうなったら、彼をこの場で………。
「お嬢ちゃん」
「!?(なっ…………!?何を………)」
「ン?」
「君………名前は………?」
「………」アセアセ
「………ホッポー」
「ホッポウ………?」
「オマエハ?」
「……………田荘」
「タドコロ?変ナ名前」
「………」アセアセ
「………宮本提督」
「なっ、なんだ!?」
彼は問答を切り上げると、唐突に立ち上がり、ゆっくりと私の背後に立つ。
まずい、もはややむを得ない。今、この場で……………
「可愛らしいお子さんですねぇ!!」ニッコリ
………………………え?
「いやー人が悪いなぁ、宮本提督ぅ!既にご家庭をお持ちなら初めからそう言って下さいよ!」
「え?え?」
「大体小学生くらいかな?態度がまだ分かっていないところとか、柔らかそうなほっぺとかめんこくっていいですね!」
「え、あ、うん」
「しかし、提督にはあんまり似てないですね………。目の色はまあ別として、髪も肌の色も少し白っぽい………。ひょっとして奥さんに似てるのかな」
「そ、そうだな。そう、家内によく似てる、な。そう思う」
「まったく、なーにをまじめにケッコンカッコカリの話聞いてくれるなぁと思ってたら、余計なお世話ってことっすか?ははは!こいつはたしかにいらぬ案件を持って来ちまいましたよ!あははは!」
「いや、別に大丈夫。大丈夫」
驚くべきことに、この青年はあまりにも純粋な、或いは単純な頭の持ち主らしい。というか、彼は未だ深海棲艦を知らないようだ。目の前の敵を私の子供だと完全に勘違いしている。
髪や肌の色どころじゃない。他にも色々明らかに人間のそれとは異質であるはずなのに。なんというか、彼は疑うという行為をしない主義なのか、なかなかどうして、ここまで都合よく解釈されてしまうのか。
「パパ、コレ、ダレナノ?」
「ん!?…………ああ、彼は、お、お父さんのお仕事仲間だよ(こうなったら、話を合わせるしかない!)」
「フーン」
「あはは、ごめんね、今ちょっとおじさんたち、お仕事の話をしていたんだ。大丈夫、そろそろ帰るから」
まるで気づいていない。相手を人間だと信じて疑わない。
予想外の展開、予想外な彼の性格に自分自身、未だ戸惑いが隠せない。
「ところで、」
「な、なんだ?」
「奥さんって、どんな方なんです?」
「えっ」
「いえいえ、言いたくないのなら仰らなくて結構ですが、いかんせん、こんな白い髪なんてなかなか見ませんから。あいや、元帥の白髪は勿論例外ですよ?」
「あははは………そうだな………」
そんなどうでもいい内容いらないから!そいつは私の娘じゃないし、というか敵だから!!
その時、唐突に私の後ろで扉の開く音がした。
「(なにっ………?あっ!)」
「アノ………」
「おや?」
「ア、ママー」
「(やめろぉぉぉぉぉぉ!!)」
「ま、まさかまさかまさか!?あなた、あなたが………」
「エ、エット………」
「ママー♪」
「あなたが、宮本提督の奥様ですか!?」
「エ!? ア、ハイ」///
「(これ以上話をややこしくするなぁぁぁぁぁぁぁ!!!)」
「いやいや、こりゃまた別嬪さんで!あ、自分、田荘 福次と申します。階級は軍曹です」
「アッ、私ハ………中枢トイイマス…」
「チュウスウ………?あまり聞かない名前ですね。日本では滅多にない……」
「ハイ、ソノ、私ノ国デハ、変ワッタ名前ガ多クテ………」
「なるほど、いや、全く素敵な名前ですよ!そうですか、母国の……。どうりで髪の色とかも見慣れないわけだ。いやー、国際結婚なんて宮本提督やりますねぇ!」
「う、うむ(どういうつもりなんだ中枢!!まんざらでもなさそうな顔をしてるんじゃあない!少しは危機感と焦りを持てよ!)」
「プロポーズハ、私カラシタンデス」
「うおおこりゃすげぇ!やっぱり奥手な日本の女より行動力ありますあります。宮本提督が羨ましくってもう気が狂う!」
「ははは………(もうどうでもよくなってきた。なんでこいつ聞いてもないこと話すんだ……)」
[19:00]
〈鎮守府内 食堂〉
北方と中枢の乱入ののち、彼は10分ほど、結婚生活の話とか出会いのきっかけとか、ありもしないでっち上げを話していたが、そろそろ行かねばと言って鎮守府から去っていった。
彼はいよいよ最後の最後まで、あの二人が深海棲艦だということに気づかなかった。むしろ、彼にとって日本人以外の女性というのは新鮮なようで、憎むべき敵に鼻の下を伸ばしたままであつた。
私はその間ずっと適当な相槌を打つだけで、中枢の言動に生きた心地がしなかったが、当の本人は、まるで新妻のように振る舞うのだ。時折幸せそうな顔をしてこちらに微笑むのは、あくまで演技であったらしい。
「ダッテ、マダ指輪モラッテナイカラ…❤︎」
などと言ってその後指輪をせがんできたため、もはや演技だろうが演技でなかろうが結局何も変わらないわけだが。
時間は過ぎて夕食の時間である。
この鎮守府では夕食は基本みんなで食べる。無論これは、共鳴騒動によって艦娘たちの神経衰弱を治療するためのものであったわけだが、しかし今ではなんとなくみんなで食べよう、みたいな流れでなんとなくこの時間に集まる。
朝食とは違って、言い出しっぺの私が時間をずらして夕食をとるわけにもいかないので、艦娘たちと一緒に食べるのだが、通常、
「ちょっと!提督の隣は夕立の席っぽい!」
「別にいいじゃない、今日くらい譲りなさいよ。いつもいつも、あんたの独り占めだからみんなうんざりしてるのよ?」
「さ、提督?あーんしてください」
「提督?こっちもあーんしてくださいよ?」
「むぅー!提督の隣はmeのものネー!」
「司令、あまり(私以外の女に)ベタベタしないでください!それより私の………」
「提督、そんなむさ苦しいところより、こちらに来たらいかがですか?」
ぶっちゃけ、席の取り合いが起きる。
せっかく間宮が整然と並べてくれた椅子や机も、学校で仲の良いもの同士が机をくっつけるように移動させられ、最後にはある一点を中心に椅子と机が集合してしまう。
私が「一人で食べたい」と言えば、
「え?どうして………?まさか、わ、私のこと嫌いになったの……?いや、嫌!お願いだから嫌いにならないで!!私をすっとそばに置いて!!」
「はっ、榛名、何か無礼をしてしまったのでしょうか?すみません!何卒、どうかお気を悪くしないでください!お願いします!あなたに嫌われたら榛名、大丈夫じゃありません!」
「あらあら?何か嫌なことであったの?……………ああ、ほかの女に何かされたのね?大丈夫よ。あなたは私を見ていればいいの。だから、今は私だけを思って頂戴」
「は………?司令と私は一心同体。昼夜問わず全ての時間共にいなければなりません。提督、一人になりたいなんて、寂しいこと仰らないでください」
私が「隣は誰でもいい」と言えば、
「じゃ、私が」
「いえここは私」
「いやいやそこは僕がとなりに」
「ちょっと、そこは私の特等席なの」
「俺の席だぞコラ!」
「どきなさいよ、あんた」
「はぁ?何言っちゃってるわけ?」
「そこは……私の席……」
みんな口を揃えて自分の席だと言う。
私はしっかり人数分、食堂に椅子を設けている(無論厨房の間宮の分もだ)。なのに椅子取りゲームのようなことが起きてしまうのはおかしな話であるが、ほぼ毎日こんなことが起きてしまったがために、朝食において、最近は(特に彼女たちの精神状態が安定し始めた頃からは)時間をずらして食事をとっている。しかし夕食はどうしても食事に誘われてしまい、上記のようなことが起こる。
ローテーションでもなんでも作って、順番に席を決めればいいのに。深海棲艦と戦争をしている今、食事時くらい平和であってほしい。
しかし今日は、そんな艦娘たちも椅子の取り合いなんてしなかった。
否、できなかったというべきだろう。
誰一人口を開くことなく、視線だけをこちらにじっと向けて、私と、私の隣にいるそれの挙動を一つも逃さずに、ただ整然と席に着いた。
無論間宮は厨房でせっせと食事を作っているため、彼女は例外としても、今の艦娘たちは皆、不意打ちをくらったような、面食らった表情をしていた。
それもそのはずである。彼女たちの反応はごもっともなのだ。というのも、
「ハイ、アーン」ニコニコ
「……………」パクリ
「「「「「………」」」」」ジーッ
「ウフフ、ヨクデキマシタ❤︎」
「……………」ゴクリ
「「「「「………」」」」」ジーッ
私の隣には、深海棲艦がいるのだから。
[同時刻]
〈南西諸島 鎮守府 執務室〉
園崎提督に呼び出されたIowaと最上は入渠を終え、完全に修復されてもなお、その顔には疲労が浮かんでいた。
園崎は一瞬気の毒そうな目で二人を一瞥すると、すぐに真顔になって口を開いた。
「どうだった?」
「…………」
「…………どうだった、とは?」
「お前たちは、誰と戦ってきたんだ?」
「…………」
「それは………敵、深海棲艦、です」
「それと?」
「…………」
「…………深海棲艦と………」
「…………」
「…………」
「黒軍服………………です」
「……やはりな」
「………うっ………!」
「大丈夫!?Iowaさん!?」
最上が黒軍服という単語を発した途端、Iowaは口元を押さえ、つらそうに腹を押さえて呻いた。よろめくIowaは最上は咄嗟に両手で支える。
最上の回答を、園崎は大して驚きもせずに、当然のように受け止めて話を続ける。
「ごめんねIowa。そんなつもりではないのだが……」
「………no problem. それより、何か用があって呼んだのでしょう?」
「ああ。二人に聞きたいことがあってな…………。と言っても、今の様子を見る限り、Iowaには聞けないか」
「問題ないと言ったでしょ。何を聞きたいの?」
「黒軍服の現状、つまり、今の奴の戦闘能力についてだ」
「…………そう………」グッ
「Iowaさん………」
「………どうする?最上も、つらいなら日を改めるが、」
「いえ、今でいいわ」
「ぼ、僕も構わないよ」
「……そうか」
二人の怯えるような反応も、また当然のように受け止め、園崎は引き出しから紙とペンを取り出して質問を続けた。
二人は吐きそうな顔をしているが、園崎は御構い無しのようだった。しかし二人は文句ひとつ言わず、姿勢を正して忌まわしい記憶を呼び起こす。
「奴の兵装は?」
「戦艦級の主砲に酸素魚雷、爆撃機と航空甲板と、あと対空砲。要するになんでもありだったよ」
「奴は一人だったか?」
「yes. 元々交戦中の深海棲艦を助けにきたみたい。そのあとはずっと一人だわ」
「他の3人は、奴と交戦してはいないのか?」
「うん。3人はもう戦える状態じゃなかったし、本来なら、Iowaさんもそうだったんだけど………」
「sorry. 私もあの時は無我夢中で……」
「そうか。それで、奴は何を着ていた?」
「名前の通り」
「髪や肌、目の色はどうだ?」
「髪は黒、肌は白っぽかったかな」
「目は瞳が真っ赤だったわ。深海棲艦みたいにね」
「Iowa、お前が吐いたのは何故だ?」
「それは…………あいつに私の左手が掴まれて………」
「掴まれて?」
「その後………お、お、」
「お?」
「『お前の左腕を……』…………sorry. これ以上は……」
「提督ッ!」
「わかった。二人とも、下がっていい」
質問終了。
「(奴に装備できない兵装はない……つまり、どんな艤装も使役できるということか。それでいてIowaをああも追い詰めるだけの戦力を有する……。どうりで大本営も手こずるわけだ)」
葉巻に火をつけ、ゆったりと椅子に体重を手放してくつろぐ園崎は、未だ合間見えぬ黒軍服を空想していた。
「(黒崎軍医は何度も面識があるようだが、怯えるどころか友好的であるらしいな。いや、あの男の友情というものが一般のそれとは異なる場合も考えると、あまり参考にはならない。今のところ奴は自身の能力のベクトルを人類滅亡には向けていないが、やはり脅威ではあるな。特に個人的に、始末しておきたいところだ……)」
口から出た煙は空中に霧散し、程なくして消えていった。
〈再び戻って例の鎮守府〉
艦娘の視線が痛い…………。
隣でにっこり微笑む中枢には悪いが、少しばかり出ていって欲しい………。
「提督」
「!? な、なんだ?」
加賀はどういうわけか私の正面に座っていた。久しぶりに見た加賀冷たい表情に、思わず変な声が出そうになるのを堪えて、なるべく視線を合わせないように反応する。
加賀の瞳は鉛のように鈍い色をしていて、「お前どういうつもりだ」という気持ちがひしひしと伝わる。
「お客様は大本営からの使者であったとか」
「あ、ああそうだ。極秘任務の話をな」
「ケッコンカッコカリの話ですね」
「(知ってるならなぜ聞く…………)そうだ。なんでも、黒崎の知り合いだったようでな。なかなか良い青年だったぞ」
「そうですか」
"そうですか"以降、加賀は一言も発しない。しかし視線は逸らさない。早く自分が言わんとすることを、私の口から切り出して欲しいのだろう。して欲しいというと語弊がある。平たく言えば、「お前から説明しろ」と脅迫しているようなものだ。普段から口数の少ない艦娘のだが、今日はその貴重な一言にさえ、冷たい刃がついているようだった。
「あー、中枢」
「ナニ?」
「少し席を外してくれ。私は任務について、艦娘たちと話さなくてはならないんだ」
「任務ッテ、指輪ノコト?」
「……………いや」
「嘘ガ下手ネ。ヤッパリ指輪ノコトジャナイ」
「言っておくが、あれは我々人類の兵器だ。お前に渡すつもりはない」
「ジャア、本物ノ指輪クレル?」
バキッッ!!
「すまない。突然コップが砕けてしまった」
「あらあら長門、大丈夫?」
「ああ。多分寿命だったんだろう。陸奥、台拭きを取ってくれ」
「はーい」
「(長門怖い)中枢、お前は指輪の意味を知っているのか?」
「エエ。愛する者同士ノ愛ノ証、結婚時二婚約者同士ガ装備スルアクセサリー」
「私とお前はそんな間柄じゃないぞ」
「エ…………。アナタハ私ノコト、嫌イ?」
「敵だからな」
「………」ウルウル
「………」
「………」ナミダメ
「………」
「………」シクシク
「あー、嫌い……ではない………」
「ヤッタ♪」
パリィィン!!
「はわわ!雷ちゃん、大丈夫なのです?」
「ごめんなさい!私ったら、なんかぼーっとしてみたいで………」
「おいおい、気ぃつけろよ?おい龍田!ちりとりと箒持ってきてくれ!」
「はーい」
「(自分で割ったように見えたぞ………)とにかく、今は席を外して欲しい」
「指輪ノコトナラ、私モ聞ク」
「敵に情報を与えるわけにはいかん」
「助ケテオイテ?」
「それは………」
「戦略結婚ダト思エバ、ネ?」
ドゴゴゴォォォォン!!
「虫?」
「ええ。逃したみたい………って、あらあら、壁に穴が」
「ほんと………。高雄やりすぎよ」
「ごめんなさい。後でしっかり直しておくわ。雷ちゃん、終わったら箒とちりとりこっちに渡して!」
「はいはーい」
「(思いっきり右ストレートでしたけどそれはどうなんだ高雄)いいから、今は私の部屋で大人しくしてろ」
「ハァ………ワカッタワ。アナタノ布団二マーキングシテ遊ンデル」
「そうしてくれ…………いや、私の部屋で、何もせずに大人しくていろ」
「イヤ」
ようやく席を立ち上がった中枢は、そさくさと食べ終えた食器を厨房に運んで「ゴチソサマ」と言うと、艦娘に一度だけ、勝ち誇ったかのような笑顔を見せつけて扉から出て行った。
この間約30秒の間に、舌打ちが12回聞こえたのは無視しようと思う。
中枢が出て行くと、食堂内には静寂が訪れた。この静寂はまるで弁明を催促するかのように冷たいもので、私は彼女たちの槍のような視線に目を合わせないよう注意しつつ、なんとなく咳払いをしてみた。
「「「「「…………」」」」」
誰も反応してくれなかった。
仕方がないので、私も立ち去ってしまおうかと扉に視線を向ける。
「…………」ガチャン!!
間宮が南京錠をつけていた。ちょっと待て、そんなのいつ作ってたんだ。
いつもは私の周りに勝手に集まってくるので、話を切り出すのが容易であったが、今は整然と椅子に座っているので、言うべきタイミングが分からない。というか逃げたい。
ちょうど、高雄が掃除を終えて席に着いた。私と一瞬目があった彼女は、色のない瞳でにこりと微笑んでくれた。目が笑ってないのでとても怖い。
もう一度咳払いをしてみよう。
「提督」
「ん、な、なんだ?」
「まだですか?」
咳払いをしようとした途端、加賀は具体的には何も言わなかったが、冷たく脅迫してきたので、思わず立ち上がり、艦娘の顔を見渡す。
駆逐艦は皆不思議そうに私を見た。しかし注意しなければならないのは、この場合の"不思議そうに"というのは、好奇心のことではなく、私の言動に対する警戒、或いは、私の判断に対する警戒である。私が何を言い、何を決め、果たしてそれが自分の幸福になるのか、という、かなり利己的な興味。つまり、目で訴えているわけである。
軽巡も同様だが、何人かはあくまで興味がなさそうに振る舞った。しかし明らかに、私の次の言葉を待っている者もいる。机を指の腹でトントンと静かに叩く、靴のつま先を上げて下げるを繰り返す、首をゴキゴキって鳴らしてみる。待ちくたびれたものがよくする行為を、見せつけるように、気づかれるようにやる。
重巡を見てみよう。艦種に分けて評価するのは一概に正しいとは言えないが、比較的重巡は大人な性格の持ち主が多い。だからこういう時は、静かに待ってくれる者が多いはずだった。しかし実際は、目の前の紅茶に口をつけず、「お前が話し出したら飲む」見たいな目で私を直視していた。案外、こういう威圧が一番怖い。私を無視してティパーティーでも開いて談笑していて欲しい。
戦艦は例外であって欲しかったが、なかなかどうして最も態度が露骨であった。瞑目している長門は前述の通りだが、大和や武蔵も表情こそ違和感はないが、やたら茶を飲む音がうるさい。そしてチラチラこちらに目配せしてくる。体ばかり大人で、一番忍耐力のないのが戦艦なのだなと思った。なお、間宮はこれ以上湯呑みを壊されてはたまらんと、紙コップを提供している。
空母はもう何もいうまい。一航戦の二人が短気なので、この他も同様である。鳳翔は不安そうにこちらを見ているから、それが少しばかり救いだが、視線をずらすと不機嫌そうに睨みつける瑞鶴と衝突してしまった。翔鶴は瑞鶴を「まあまあ」と宥めているようだが、逆にいっこうにこちらと目を合わせないのでより怖い。
潜水艦は寝ていた。元々マイペースな奴ばかりなのであまり驚かない。
「ええと、その………、任務について、皆さんにご連絡があります………(しまったなんか敬語使っちゃった)」
「「「「「…………」」」」」
「ケッコンカッコカリという任務が大本営から通達されました………。あ、名前は気にしないでいいぞ。これはあくまで、艦娘の戦力強化プログラムだから、まあいわば、新型兵装のことだな。だからまあ、そういう任務がきたってことで………」
「「「「「…………」」」」」
「あの………以上です………」
「提督」
「は、はいっ!」
「提督は、誰を選ぶおつもりで?」
「…………は?」
「「「「「………」」」」」ジーッ
静かに話を聞いていた鳳翔がした質問に、その一瞬、私が返答を考えていたその一瞬、皆が私を直視した。誰一人、私以外の何かに視線を向けたものはいなかった。
誰……………誰?あまりにも、いや当然といえば当然だが、やはりこれは流石に唐突で、そしてとてもせっかちな質問だ。
私が誰を選ぶ、ということが、彼女たちの中でどれほどの影響を与えているのかは知らんが、こうも急に、そしてあからさまにそれを聞いてくるとは、思いもしなかった。
「あ、えー、それはだな」
誰を選ぶべきだとか、誰を選びたいとか、そんなことをまだ考えていなかった。田荘軍曹は戦力強化プログラムとしてのメリットを伝えてくれたが、やはりこの鎮守府ではそれは大きな要素、結論を導く決定打にはならない。だから、いつかなんとなく、これが必要になったときに、と思っていた。
なのでこの彼女たちの思惑は、私の不意をついたわけであり、それにまんまと引っかかってしまったわけだが、いやそんなことはどうでもいい。今はともかく、次の言葉を紡がなくては。
「それは………その………」
「「「「「………」」」」」
ジリリリリリリリリリリリリ!!
「………」
「「「「「………」」」」」
電話が鳴った。
今、私はこの思わぬ救済に飛び上がって飛び上がりたいところだが、そんなことはできないので、一瞬緩んだ頰を無理矢理引き締めた。
艦娘は明らかに不機嫌な顔をした。時と場を弁えない黒い受話器を、今にも砕かんばかりの怒りをその表情の上に作り上げた。
けたたましく鳴る電話はいっこうに止まらない。
「あ、電話電話……」
「「「「「………」」」」」
呆れたようにため息をする艦娘たちの横を通り、ありがたい電話に出る。
「もしもし、こちら○△鎮守府」
『あーもしもし。大本営からのお荷物をお届けにあがりました』
「大本営から?」
『はい。そのー、正門が開いていないもので、お荷物を搬入できないのですが、開けてもらってもよろしいでしょうか?』
「ああ。…………それより、なんの荷物だ?兵装か?」
『私も中身に関してはあまり存じ上げていないのですが、なにやら小さなお荷物が沢山ありますね。とても兵器には見えません』
「(兵装ではない………?ならばなにを送ってきたんだ?)わかった。少し待っていてくれ」
『あ、それと。大変お手数なのですが、判子かサインを頂きたいので……』
「ああわかった」
電話をきると、艦娘たちは不思議そうにこちら見ていた。不機嫌な様子はなく、彼女たちも単純に、大本営からの荷物がなんなのか、分かっていないようだった。
鹿島の方を見ると、彼女も首を横に振る。
よくわからないが、とにかく行ってみることにした。間宮も渋々、頑丈そうな鍵を外してくれた。
[鎮守府 正門]
海軍の軍用車には色々と種類がある。なにも戦うのは海ばかりではなく、また兵装運搬に使うことも稀にだがある。大型トラックのような車もあるし、防弾ガラスで守られた要人用の車もある。
しかし正門に停められていた車は、私もあまり見たことがない、ワゴン車のような車であった。ガラスは黒く、中が見えない仕様で、海軍のマークがつけられており、どういうわけかナンバープレートもない。
その車の前で、軍服ではなく作業服をきた男が立っていた。水色の帽子も被っており、そして帽子も服も、煤のようなもので黒く汚れていた。
男はこちらを見ると、帽子を取りお辞儀をした。
「やあ、待たせてしまったかな」
「いえ。あ、自分、大本営から来ました、兵装開発部の者です」
「兵装開発部の?」
「ええ。こんな身なりですが一応軍人です。まあ階級云々ってなると、あやふやなんで答えられないんですけど」
「そうか。まあいい、遠いところからわざわざありがとう。…………で、兵装というのは」
「はい、こちらの車に積んであります」
黒い車は、ワゴン車にしては大きかった。しかしどう説明しようにも、大きなワゴン車としか言えないような外形であった。しかしながら、艦娘の兵装を積めるとは思えない、そんな頼りなさもある。
「ドアを開けて見てもいいかい?」
「あ………その実は、この兵装、小さくて小分けにしてあるみたいなんですよ」
「なに?小さい?」
「はい。大体手のひら程度かなぁ、割と小さめの、それでいて金庫みたいな箱に入ってましたね」
「…………確認させてもらう」
恐る恐る、車の後ろの扉に手をかけ、それを思い切り引く。
するとそこには、綺麗に整然と積み上げられた、灰色の立方体が、車内に余すところなく詰め込まれていた。無論、この箱にも海軍のマークがある。
これが…………これが兵装?こんな小さな装備、見たことがない。まさかパーツごとに分けて持って来たのか?しかし、何故大本営がそんなことを…………。
「自分も、上官に頼まれただけで、なにが入ってんのかは分からないんですよ。ただ、今すぐ直接運べって言われて」
「そうか………分かった………」
「どうしましょう、どこに運べばいいですかね?」
「車を鎮守府の西側に停めてくれ。そこにある門の前にな。そこから工廠に運ぶ。君が車を移動させている間に、私は工廠から台車を取ってくるよ」
「わかりました。あれ、艦娘には手伝わせないんですか?」
「……………いや、私でいい」
〈鎮守府 食堂〉
ジリリリリリリリリリリリリ!!
本日二度目の電話である。
先程大本営からの電話があり、提督がそれに出た直後だと言うのに、すぐに新たな連絡が入った。艦娘たちは全員、互いの顔を見合わせて、鳴り続ける電話に困惑した。
食堂にただ、やかましい電話の音がこだます。一定の間隔で、
ジリリリリリリリリリリリリ!!
「なあ、これ、出た方がいいんじゃねえか」
「そうね………」
「………誰が?」
「………………」
「………私が出ましょう」
ボソボソと聞こえる小言を聞き、電話の音にもうんざりし始めていた鹿島が、ため息混じりに席を立った。
この時鹿島は、少なからずケッコンカッコカリのことを考えていたので、今は事務作業をする気分ではなかった。その上、大本営にはあまりいい印象がない(他の艦娘も同様)ので、それも踏まえれば彼女にとって電話に出ると言う行為は、特に今に限ってはあまりしたくないことであった。
「………もしもし、○△鎮守府です」
沈んでいた声を無理矢理いつものトーンに戻し、秘書官としての対応を見せる。
しかし、これもすぐに破綻してしまう。
『やあやあやあ!僕だよ僕、黒崎だ!いやー、元気してたかい?』
ガチャンッ!!!
ジリリリリリリリリリリリリ!!
「はい」
『ひっどいなぁ!いきなり切るなんてあんまりだよ!君たちの気持ちはわかるけどさぁ』
「なあ、誰なんだ?」
「黒崎さんです」
「「「「「…………!」」」」」
『んー、その声は確か…………、鹿島くんだよね?』
「はい。練巡の鹿島です」
『そうだよね。ええと、宮本くんいるかな?』
「今提督は席を外しておられます。用件があればわたしからお伝えしますが?」
『ん……………まあ、それでもいいか。この場合は君たちにこそ関係があるし』
「はい?」
『実はね、僕から君たちにプレゼントを贈らせてもらったんだ!』
「ぷ、プレゼント?」
『そうともさ!我が親友宮本が敬愛する艦娘たちに、僕からささやかなプレゼント!絶対に気に入ってもらえると思うよ!…………まあ一応、"まだ"宮本くんへのプレゼントだからね、それは彼からのプレゼントにもなるだろうさ』
「まだ?」
『そうだよ。宮本くんが君たちに贈るプレゼント。それをほんの少し手伝わせてもらったってのが、僕のプレゼントさ!だから君たちの手元にそれが渡る時には、それは宮本くんからのプレゼントだ。だから僕のプレゼントは、直接的には彼へのプレゼントだけれど、間接的に君たちにも渡ることになる』
「待ってください。それは、どういうことですか?」
『んん?もう届いてない?発注した日からまあまあ経つけれど』
「と、届く?発注?なんの話ですか?」
『………………じゃあまだなのか。まあいいや。とにかく、まあ僕から宮本くんに贈り物があるよってこと、彼に伝えておいてくれる?」
「え、ええ。……………用件はそれだけですか?」
『うん。そうだけど………、あ、そうそう、前から聞きたかったんだけど、艦娘のゲロってやっぱり燃料とかボーキとかふくまr』
ガチャン!!!
「なんの電話だった?」
「どうやら、黒崎さんから提督にプレゼントがあったようです」
「プレゼント?」
「ええ。でも、それが間接的に私たちのプレゼントにもなる、みたいなことを………。詳しくは分からなかったです。あの人も、真面目に教えるつもりはなかったようですし」
「プレゼント…………あの男がか?私には、とてもそんなことができる人格はしていないと思うのだが」
「全くね。鹿島さん、何か心当たりとかない?提督があの男に何かした、とか。何かめでたいことがあったとか」
「さぁ………。提督の誕生日というわけでもないですし、まして今、黒崎さんは南西諸島の鎮守府にいるわけですから、ここ最近まともにお会いしてませんので………」
「提督に聞けば分かるんじゃねぇか?」
「そうね………。それにしても提督遅いわねぇ………」
この時、艦娘たちは誰も、このプレゼントがどんな形に変わって、自分たちに与えられるのか全く想像していなかったので、提督が戻ってきた時、心底不服に思う未来があることは、まだ誰も知らない。
また工廠への荷物の搬入が終わった彼も、そんな電話のことなど知らず、ただありのままを伝えるので、艦娘全員のしかめっ面を見なくてはならなかった。
全ては彼と彼女らが、提督の口座に多額の金が振り込まれていた時に、全てを理解し、死ぬほど癪に思うのであった。
全員が全てを共有するのは、提督が食堂に戻ってくる、15分後のことである。そして誰も彼も、黒崎を除いた全員が、この15分後のプレゼントの話を語ることはない。
[一ヶ月後]
〈鎮守府 執務室〉
結論から述べれば、黒崎のプレゼントは多額の金であった。しかしここで留意点がある。それは、そのプレゼント、与えたはずの金が黒崎自身の手で勝手に使われていたという点である。
奴は私の銀行口座に金を振り込んだ後、そのままその金でケッコンカッコカリの指輪を、私の鎮守府にいる艦娘全員分、購入したわけである。(これにおいて、何故黒崎が私の銀行口座を自由に使えているかは、また別の機会に話すとする)
とにかくそういうわけで、一ヶ月前に大本営から送られた指輪に、私たちは当初おいそれと使うことなく、しばらく放置していたわけだが、艦娘ではない、事情を知らない者がうるさかったので、結局、その者と艦娘全員と、私はケッコンカッコカリをした。
「フフフ、オ仕事オ疲レ様❤︎」
「ああ……」
まあ、その者というのは中枢なんだが。
黒崎は人数分たしかに用意した。しかし、これは田荘軍曹が持ってきた分を考慮していなかったため、実際には指輪が一つ余ったのである。
捨てるのも忍びなく、大本営へ返却しようとした時、「欲シイ」と突然言い出した中枢に私は与えた。
「全く………一応敵なんですから、こう毎日事務の手伝いに来られても困るのですけど………」
「ダッテ私、彼ノ奥サンダモーン」
「私もですよ!というかみなさんもですよ!」
ソファで優雅に紅茶を飲む中枢に憤慨する鹿島の態度を見て分かる通り、当初は、そして未だに彼女らは、中枢と私のケッコンカッコカリを大反対した。私も同様の意見であったが、中枢が以前述べていた、戦略的協定或いは親密な関係なためには、こういうところから試みるべきでは、という打診があったために、私は最後に折れて了承した。
「ふぅ………でも、提督が最初に指輪を渡してくれたのは私、つまり正妻は私なんですよ?そのことを忘れないでくださいね」
「ソレハアナタノ主張デショ!イイ加減ナコト言ワナイデ!」
「なんですって!」
仲が良くなったと思えば、結局相容れない存在なのかもしれない。
「長門だ、失礼するぞ」コンコン
「む、入れ」
「提督、新型の兵装の件で…………、二人は何をしているんだ?」ガチャ バタン
「中枢さんが、自分が提督の正妻だとか言うので………」
「ダッテソウデショウ。モウ私ト彼ハソノ…………一線ヲ超エテシマッテイルノダシ」
「は?」
「一線………?まあいい。それよりだ、提督」
「どうした?」
「指輪について艦娘から色々と意見が届いている」
「ほう、なんだ?何か不調でもあったか?」
「いや、『指輪を買い換えて欲しい』というのがあってな。それから『指輪を貰ったんだし、次のステージに進みたい』という意見もある」
「はあ?わけがわからんのだが」
「前者はおそらく、あの男の金で買った指輪、というのが気にくわない連中がいるのだろう。あくまで兵装の一つといっても、こだわる者はいるからな。後者は…………」
「後者は?」
「その………ほら、指輪を貰ったということは、私たちは、もう夫婦であるわけだろう?」モジモジ
「え」
「だからその、そろそろ指輪よりも確かな物が欲しくて………」////
「…………長門さぁん?」
「ソレッテ、アナタノ意見ヨネ?」
「うう、うるさい!私だって、女のだからその、こういうことは気になるんだ………」///
「こんな筋肉まみれの戦艦が、わがまま言ってるんじゃありません!」
「ソウヨ!ビッグゼブンゴトキガ図ニ乗ラナイデ!」
「…………なんだと貴様ら!」
もうなんだか平和である。
この短期間で、艦娘全員と、敵の親玉とケッコンカッコカリを果たしたことが果たして褒められるべきことなのかはわからないが、しかし今回は、この指輪に散々振り回させられた気がする。
しかし、ケッコンカッコカリを喜びこそすれ、誰一人拒絶しなかったのは素直に嬉しい。私もそれなりに、艦娘に好かれていることがわかって安心しているということだ。
以前の鎮守府では、こんなこと夢のまた夢、さらには雲の上とも思っていたが、案外叶うものらしい。
「「提督!」」「アナタ!」
「うおっ!?なんだ?」
「「誰が最も相応しい妻か」」
「選ンテチョウダイ!」
はいはい。
どうも、メガネ侍です。
今回は四部作にわけて、"提督「化け物の花嫁」"を書かせていただきました。いかがだったでしょうか?
え?長い?SSのくせに長すぎる……?
あっ………ふーん。
ケッコンカッコカリって、ゲームの方だと練度を上げるのが面倒くさくなって、なかなかできないのが現状なんですよねー。他の艦娘の育成とかで演習使っちゃいますし。
え?お前の甘えだろって?
いやちょっと、許してください………。
というかカタカナが多すぎて読めないとか、特に魅力的な文章じゃねぇとか、自分でも稚拙な文章だなぁと思います。今度から、もう少し短めの文章にして、今回の反省を生かして続きを書きたいと思います。
え?もう読まないって?
……………………。
今回はご愛読ありがとうございましたぁ!!
予告
そろそろ語るべきだろう。
彼女たちと私の物語、その始まりの物語を。
私たちの地獄を。私たちの悪夢を。
私という名の化け物の、始まりを。
次回 提督「化け物の誕生」
このSSへのコメント