提督「化け物の花嫁」ケッコン
*この作品は、"提督「化け物の花嫁」後半"の続きです。まだ読んでいない方はこの作品を読む前に是非お楽しみください!
[0015]
〈鎮守府 屋上〉
突然躍り出たその声の主は、速さにこだわる駆逐艦、島風だ。
「提督!それに中枢さんも、なにやってんの!」
「え………あ、これは……」
「………」
「今は喧嘩してる場合じゃないって!大変なんだよ!」
「な、なんだ?」
まくしたてるように声を上げる島風に少し圧倒されつつ、島風の焦燥の理由を尋ねる。
「今、近海で待機している中枢さんの深海棲艦が、艦娘に襲われてるの!」
「「!!」」
「早く行かないと、これ、まずいんじゃないの!?」
「島風、その艦娘はここの艦娘なのか?」
「分からないけど………大淀さんからは特に出撃の連絡はないし、長門さんもそんな指示はしてないって……」
「島風サン……、敵ノ数ハ?」
「え?ああ、艦娘の数ね………。うーんと、みんなの話によると、大体6隻くらい?」
「みんなの話?」
「うん。哨戒中の足柄さんが、『所属不明艦がうちに遊びにきている深海棲艦のお仲間と戦っているんだけど!』って無線がきてたらしくて。とにかく指示が欲しいから、今みんなで提督を探していたんだよ」
「そうか。ありがとう」
つまり、ここの艦娘はおそらく誰も出撃していない。哨戒にあたっている足柄の報告から察するに、別の鎮守府の艦娘が深海棲艦と交戦中である。艦娘の方が優勢であり、放っておいていいのか、と。
「中枢」
「エッ、アッ、ナニカシラ?」
戸惑っている中枢に詰め寄り、両肩を掴んで尋ねる。
「どうしたい」
「ドウシタイッテ……」
「お前の仲間が窮地に立たされている。お前はどうしたい」
「ソレハ……助ケニ行キタイ」
「うむ。それは構わない。相手は私の艦娘ではないからな。しかしだ」
「ナ、ナニ?」
「勝てるか?」
「………………………分カラナイ。タッタ6隻ニ追イ込マレルホドナラ、敵ハカナリ強イ。デモ……助ケニ行カナイト……!」
「………そうか」
中枢から視線を外し、島風の方を振り返る。
「島風」
「は、はいっ!」
「大淀に無線を持って母港にくるよう伝えろ。それから、足柄たちは速やかに撤退させるように連絡してくれ」
「わかった!」
「アナタ……一体何ヲ……」
「中枢。お前は私の指示で戦ってもらう」
「エ、エェ?」
「敵が手練れなら並みの戦術なら勝てない。お前たちの艦隊を上回る戦力を持っているなら尚更だ。しかし、私ならある程度の戦術や対抗策を打ち出すことができる」
「ソレッテ……」
「無線を使って連絡を取り合う。現場に着いたら他の深海棲艦と連携を取るんだ。いいか?」
「…………!ワカッタワ!」
[同時刻]
〈鎮守府近海〉
「クッ………!」
「当たれぇぇえぇ!!」
最上の放った砲弾が軽巡棲姫に被弾し、真っ黒な艤装は鈍い音をたてながら炎上し始める。
「………!マズイ………ワ……」
「艦載機のみんな!お仕事お仕事!」
「魚雷発射!」
龍驤の艦載機はなけなしの機銃攻撃を回避して、港湾棲姫に爆撃を行う。中破にまで追い込まれた港湾棲姫は、すぐさま反撃しようとするが、タイミング悪く大潮が魚雷を放ってくる。
1時間ほど前に現れた艦娘は、龍驤、大潮、の他に、Iowa、最上、鬼怒を含めたたった5隻であるが、総数30ほどの艦娘を圧倒していた。
通常の深海棲艦は勿論、人型である棲姫たちをも退けるその力は、深海棲艦の大軍勢と比べて、かなり少数であるにも関わらず、次々に深海棲艦を沈めていく。
「(明ラカニ手練レ…………。陣形ヲ素早ク切リ替エルコトデ向コウハマルデ被弾シテイナイ………! コチラハ数ガ多イ分、陣形ヲ組ムノサエ難シイト言ウノニッ!)………救援ハ………知ラセタ?」
「アア……。ダガ、中枢………、ママガ来タトコロデ、コイツラニ勝テルカドウカ……」
砲撃を続けつつ、よろめく港湾を庇う戦艦棲姫に対し、港湾は申し訳なさげ言った。
「そろそろ艦載機が無くなるで! もう潮時ちゃうか!?」
「Iowaさん、弾薬はどれほど残っていますか?龍驤さんは艦載機が無くなるし、私もそろそろ魚雷が尽きるのですが」
「分かった!二人は下がって! 陣形を単縦陣に変更! 龍驤と大潮を庇いつつ、残りを一掃する!最上、アナタはまだ戦える!?」
「瑞雲はもうないけど………まだ戦えそう!」
「了解!鬼怒は!?」
「小破してるけど、まだ大丈夫!私が二人を防衛する!」
「了解! サァ、showtimeももうおしまいよ!! fire!」
沈んでこそないものの、ほとんどが中破や小破の深海棲艦ばかり。このまま順調に進めば、勝利は確定的だとIowaは思った。
ほとんど攻撃の手立てがなくなった龍驤と大潮は回避に徹し、最上も次々と敵に砲撃していく。鬼怒も同様に、小破を感じさせないほどに軽快に戦闘している。
真っ黒な海に沈んでいく仲間を尻目に、敗北も時間の問題だと理解し始める港湾であった。
[00:30]
〈鎮守府 母港〉
水平線の手前で、微かに赤い点が消えたり現れたりし、雲とは明らかに異なる黒い煙が空に薄っすらと伸びている。
肉眼で見える距離で、深海棲艦とどこかの艦娘が戦っている。
「大淀、無線を」
「はい」
先程島風に呼ばれ、無線を持ってきた大淀は私と中枢に無線を渡す。無線が初めてである中枢はこれを不思議そうに眺めている。
「中枢、北方」
「ナニカシラ」
「ンー?」
「これからお前たち二人は、お前の仲間を助けに、具体的には、艦娘の撤退を目的とした出撃をしてもらう」
「二人?アナタハ?」
「私はボートで艦娘がギリギリ観測できない距離まで近づき、そこからこの無線を通じてお前たちを指揮する。中枢にしか無線はわたさないから、現場ではお前が指揮をするんだぞ」
「ワカッタワ」
「北方ハー?」
「北方、お前は基本的に敵への攻撃より、負傷した艦娘の護衛についてもらう。これについては接敵時に説明する」
「ワカッタノ!」
覚悟を決めた目つきで頷く中枢と、それとは対照的にニコニコしながら元気よく返事をする北方は、闇夜に蠢く海原に向かって歩く。
私も停めてあるボートにならなくてはならない。人一人乗れる程度の小さなものだが、その分気づかれにくく、素早く移動できる。
といっても、私にとってはあってもなくても構わないのだが。
「提督………」
「ん?」
「私たちもお伴します」
「夜戦なら任せといて!」
艤装を展開して威勢良く現れたのは川内と神通だ。改ニになって軽巡の中では相当な戦力となっている艦娘で、様々な海域で(特に川内は夜戦を中心に)活躍してもらっている。
やる気満々で名乗り出た二人であるが、二人の頭に手を乗せて、軽く撫でながら説明する。
「お前たちは連れて行かない」
「な、なぜですか?」
「えー!?夜戦したい!夜戦したいよー!」
「今回は艦娘が相手だ。仲間同士で戦うなんてあってはならない」
「ならば、せめて提督の護衛を!」
「…………私はちょっとやそっとでは死なん。それに私は今回は指揮するだけ。直接戦闘に参加するつもりはない。私単体ならきっと気づかれまい」
「しかし…………!」
「神通、心配するな。常に最悪を想定することは悪いことではないが、しかし上官の一人くらい信用してほしい」ナデナデ
「………………仕方ありません。ここで提督の帰りを待ちましょう…」
「ねぇねぇ、夜戦はー?」
「また今度な」
「むぅー、ケチ」
二人から手を離し、大淀から受け取った無線を手に取る。
『中枢、聞こえてるか?』
『エエ。問題ナイワ』
『報告によれば、ここから正面1.2kmの地点で戦闘が起こっているらしい。若干こちらに近づいてきているため、早く着くと思う。』
『ソウ。ソレデ、具体的ニハ?」
『私は0.6km地点でお前たちを指揮する。お前は敵に気づかれた時点で、まだ動ける深海棲艦の援護に行け。北方は大破している深海棲艦の護衛を任せているが、これはお前のタイミングで指示してくれ』
『ワカッタワ』
『後………それから………』
『ナニ?』
『もし危なくなったら、すぐに私を呼べ』
『エ………デモ………』
『艦娘に私の存在がバレたところで今更だ。元々この体になってから殆どの連中には、私は敵だと思われてるさ』
『…………ゴメンナサイ』
『…………気にするな。さあ、行くぞ』
船のエンジンをつけると、不快な音を立てながら船体が少し揺れた。艤装を展開した二人はこちらに目配せする。
私は人類の味方だが、今日だけは、化け物として戦おう。
[同時刻]
〈南西諸島 鎮守府〉
対峙しているこの女が、果たしてどんな目的で、どんな理念を持ち、どこに進もうとしているのか、まるでわからない。話している間常に蔑むような笑みを浮かべている。美人だというのに、いや美人だからこそ、その表情が恐ろしい。
死人の顔も、死にかけの顔も、苦しむ顔も、もがく顔も、安らぐ顔も、安堵の表情も、僕は幾度となく見てきたが、どうにもこの表情は初めてだ。気味が悪い。
夏の夜は蒸し暑くて困る、と思っていたが、ここに来て尚更そう思っていたが、どうもこの部屋は氷のように寒い。冷や汗を通り越して汗も涙も出ない。この冷気の源がこの女から発せられているように感じられる。医者である以上、非科学的で感性的な観察をするのは癪だが、どうにもこの女、鉈を持った雪女のように思える。
「………きどの。ろさきどの。…………黒崎殿?」
「えっ! あっ、すみませんすみません。どうも、ボーッとしていまして」
「お疲れですか?もうお部屋に戻ってもよろしいですが……」
「いえいえ。お気遣い、ありがとうございます。………それより、先程のお話の続きですが…」
「ああ、はい」
「『宮本 會良という存在』。貴女は、これに何か疑問があるので?」
机の上の紅茶を飲み、足を組み直して園崎は答える。
「彼は、人なのか、深海棲艦なのか」
「………なるほど」
「中間の存在というものがどれほど面倒な立ち位置なのかは分かっているつもりです。つまり、どちらか定めた方が都合がいいと思うのです。」
「その質問、真意はやはり、敵か味方か、ということなのでしょうな」
「ご理解が早くて助かります。そう、宮本提督は、我々人類の敵なのでしょうか」
「…………質問に答える前に、わたしから一つ聞いても?」
「構いませんよ」
「なぜ、貴女はそのようなことをお聞きなさるのですか?」
「何故。疑問に思う理由ですか?」
「いいえ。疑問に思うこと自体は全くの自然。中間の存在という曖昧な説明に不満足なのは結構。しかし、何故それを疑問のままにせず、言及するのか」
「………」
「他の上官の方々は、『そういうものなのか』程度に思われています。危険であると警戒されてはいますが、誰も詳しい説明は求めません。敵か味方かなんて、人によって違っているようです」
「つまり、何故質問してきたのか、ということですか?」
「はい」
宮本 會良という中途半端な、人間でも深海棲艦でもない、そんな存在。そんな化け物。ある意味気になるところであり、至極当然な問いだ。普通ならこんな質問で返すような真似はしないのだが、どうもこの女から質問されたとなると、裏があるように思える。
「そうですね……」
「……」
「強いて言うなら、一応の確認です」
「確認?」
「はい」
再び足を組み直す。
「彼が共鳴騒動で、そしてその前に何をしたから知っています。彼はおそらく深海棲艦以上の脅威だったのでしょう。今は普通の軍人のようですが、やはりここは、はっきりさせておきたい」
「ふむ………。そうか、なるほど」
「我々は深海棲艦と戦っています。黒崎殿もその一人です。つまり、彼がもし仮に、深海棲艦ならば、我々は彼を滅ぼさなくてはならない」
「それは、そうですね」
「先日黒崎殿が仰った"通過"説ですが、もし深海棲艦が意思を持ってどこかに移動したならば、おそらくは彼の元かと思われます。つまりこれは、彼が未だ深海側の者である可能性でもあるのです」
「………」
「私がわざわざあの海域に自分の艦娘を送ったのは他でもない、宮本提督がもし深海側ならば、それに属する艦娘もまた深海側である可能性です。もし一つの鎮守府が深海側に落ちてしまったなら、これはすぐに対処しなければなりません」
「………」
なるほどごもっともである。反論の余地もなく、全く正しいことを言われてしまった。
南西諸島を統括するものとしての器量、判断力は中々優れているようだ。少なくとも、以前宮本くんが大本営を壊滅させた時の上官どもよりかは有能だ。
化け物宮本への懸念。無能どもは触らぬ神に祟りなしと思っているようだが、この女は不安要素はとことん排除したいようだ。軍人としては正しい判断と思う。
「たしかに………。確認とはつまり、排除すべきかどうかということですか」
「その通りです」
「…………園崎殿」
席を立ち、僕にも一応出されていた紅茶を一気に飲み干し、少し声を低めに言う。
「無礼を承知で、お尋ねしますね」
「はい?」
「方便だな?」
「………なるほど」
この女は全く正しいことを言っているが、全く真意を述べていない。真の目的は他にあるぞと、薄ら笑いの向こう側に見える。
僕の雰囲気を察したのか、足を組むのをやめ、少し前のめりになって話し始めた。
「何故そう思う、黒崎」
「具体的な理由はない。だが、なんとなくわかるよ。あんたが宮本くんに対して、軍人としてというよりかは、単なる私情で関心を持っているということは」
「………流石、天才軍医は違う。私の真意を見抜こうとしている」
「それについて素直に答えてくれると嬉しいんだけれど、多分教えてくれないんだろう?」
「ええ。まだ」
「(まだ…………?)なるほどね。正直言って、あんた怖いよ。女というよりかは、人間として怖い」
「怖い?」
「何を考えているのかわからない。どう予測してもどれもあんたの真意とは思えない。まるでどす黒い霧を掴むような、あんたと話してると、そんな気分になる」
「黒崎、お前とは仲良くなれそうだ」
「僕はそう思えないけど」
その時、園崎は机の上に片足を乗せ、僕の方に顔を近づけてきた。
踏みつけられた拍子に紅茶が大きく揺れ、倒れることなく、小刻みに音を立てて、やがて静止する。
一寸ほど先の美女からは、ほんのりシャンプーの香りがした。しかし目つきは鋭く、視線だけで肌を裂くように僕を見つめる。この間、ずっとニヤついているのも薄気味悪い。
「ヒントを教えてやろう」
「え?」
「"過去の宮本"。徹底的に調べれば、何かわかるかもな」
「………へぇ………」
視線を逸らし、窓から月を眺める。
まんまる綺麗な満月だ。青白く光って、夜の世界を照らす。
「(過去ねぇ……。それは、一体どっちの宮本くんを指しているのかな)」
化け物か人間か
[0:30]
〈鎮守府近海〉
「ここいらかな………」
中枢と分かれ、ギリギリ戦闘の音が聞こえるところに船を停止させた私は、すぐさま中枢に無線で呼びかける。
「中枢、そっちはどうだ?」
『後少シデ接敵スル』
「そうか。ああそうだ、北方に、まずは負傷した味方艦を防衛、及び戦線の離脱を伝えてくれないか?」
『ワカッタワ』
本当なら私一人でどうにかなるかもしれないが………、と思うと、ここで指示を送るしかできないことが歯痒く思われる。どうにも、力だけでは全ては決定しないらしい。
というのも、ここで敵との癒着が発覚すれば、一番危険に晒されるのは私の艦娘たちなのだ。
『アナタ』
「………ん、どうした?」
『相手ハ戦艦一隻、軽巡一隻、航巡一隻、駆逐一隻、軽空母一隻ヨ。ホトンド外傷ハナイヨウネ』
「そうか………いや待て、それだと5隻しかいないんだが?」
『エ、デモ確カニコレシカイナイ………』
「(…………五隻しかいない?報告とズレるな……。ならば、あと一隻は………?)まあいい。警戒しつつ、戦闘を開始してくれ」
『ワカッタワ』
「ア………ヤットキタ………!!」
中枢の姿を見た途端、戦艦棲姫は安堵の表情を浮かべる。
「戦艦、状況ハ?」
「半数ガ既ニ轟沈。他モ中破ヤ小破バカリネ…………。損害ガオオキイ奴ホド、先ニ沈メラレテル………」
「ソウ………。北方」
「ナァニ?ママ」
「アナタハ中破シタ者タチヲ安全ナトコロヘ。ナンダッタラ、鎮守府マデ退イテモイイワ」
「ウン!…………デモママハ?」
「私ハ小破シタ者トココデ戦ウワ。トニカク、相手ヲ撤退サセル」
「…………ダイジョーブ?」
「…………大丈夫ヨ。サ、アナタモ早ク」
「ウン………キヲツケテネ」
家族というシステムは、素晴らしい連携を生み出した。それ故に、深海棲艦がもたないはずの"感情"たるものが芽生え始めた。つまり、深海棲艦を戦力ではなく、一人の心を持った生き物として捉える。かけがえのないものとしてみる。
ここで死ぬかもしれないと思うと、このシステムが裏目に出てしまった気がする。
「デ、ドウスル?」
「…………集マッタノハアナタト、軽巡棲姫一隻、港湾一隻、ソレカラ駆逐ロ級ト雷巡ロ級………。ナルホド、マア戦エル面子デハアルワネ……」
「シカシコノママデハ勝テナイ」
「勝タナクテイイノ。ソウデショ?アナタ」
『ああ。話は全部聞こえてる。お前の言う通りだ』
「!!………コノ声……」
「宮本ヨ。今ハ少シ離レタトコロデ指揮ヲトッテル」
『あー…………久しぶりだな、と言いたいところだが、今はそれどころではない。これから作戦を伝えるぞ』
「………ワカッタワ……(宮本ノ声………❤︎。久シブリダワ………。マタ聞ケテ良カッタ………)」
『いいか?まずは相手の指揮系統を破壊する。おそらく戦艦が向こうの指揮を執っているはずだ。とにかくそいつを止めろ。そうすれば相手は少なからず混乱するはずだ。港湾」
「何………?」
『お前は戦艦以外の露払いを頼む。駆逐ロ級と雷巡ロ級もこれにあたれ』
「了解………」
『戦艦』
「ハイ」
『お前は向こうの戦艦と戦ってもらう。トドメは中枢だ。とにかく相手を疲弊させろ。中枢、お前は戦艦が戦えなくなった時点で交戦開始だ』
「ソレマデハナニヲスレバイイ?」
『港湾達とともに露払いだ。とにかく敵戦艦を潰す。そのために戦艦棲姫を守りきれ』
「了解」
「私ハ何ヲスレバイイカナ?」
『軽巡棲姫は………。基本的に露払い担当だが、もしもの時、負傷した奴の撤退を護衛してくれ』
「撤退ッテ………、追イカケテキタラ?」
『その時は、………その時だ』
「フゥン、ワカッタワ」
『よし、では作戦開始!』
「「「「リョウカイ!!」」」」
「作戦会議は終わった?」
気がつくと、そこにはニコリと微笑んだ艦娘が腰に手を当てて立っていた。
となりには重巡の艦娘がいて、後ろの離れたところに軽巡、それに守られるように軽空母と駆逐艦がいる。
「エエ。コレカラアナタタチヲ倒スタメノ作戦ガ、今始マッタワ」
「………hahahahahahahaha!!面白い事言うのね!戦力差ならさっき嫌と言うほど見せてあげたのに、まだそんな虚勢をはるの?」
「生憎、私タチニハトッテモ優秀ナ司令官ガイルノ」
「あらそうなの?まあでも、もうその人には会えないけどね〜」
「ドウカシラネ………」
次の瞬間、戦艦棲姫が主砲を放った。
それを合図にそれぞれ左右に散らばり、重巡と軽巡を狙いに行く。
こちらの作戦をおおよそ見抜いたのか、敵戦艦は堂々と前進してきた。ゆっくりと、余裕の表情で。
「最上、任せてok?」
「うん。鬼怒達と合流すれば、多分余裕」
「分かったわ。こっちは私に任せて」
重巡が背を向けて下がる。その瞬間を逃すまいと戦艦棲姫が主砲を向けるが、敵戦艦が砲撃さしてきた。
「グッ………!」
「何?私を沈めるためにこう言う作戦にしたんでしょ? 今は私に集中してよね!!」
戦艦は正面から突進してきた。
「中枢!! 避ケテ!」
「言ワレナクテモ!」
「ahaha!逃がさないわ!」
「ナッ………」
敵の主砲が火を噴くのと同時に左に避け、そこからこちらも砲撃をする。向こうもギリギリで避け、立て続けに戦艦棲姫を砲撃をする。
「アマイワ!」
「ちっ………。やるわね………!」
「中枢!」
「分カッテルワ!」
副砲で敵の足を狙うと、避けた拍子に体勢を少し崩した。戦艦棲姫はそこに向けて砲撃をする。これは流石に被弾したのか、小さな悲鳴が煙の中から聞こえた。
「………shit………。全く、大人しく沈めばいいのもを………。おかげで小破しちゃったわ!!」
「戦艦、ソッチハドウ?」
「装填マデ少シ時間ガカカル…………」
「ワカッタワ。…………私ガ時間ヲ稼グ。露払イハ上手クイッテイルミタイダシ、焦ラズニ、確実ニ仕留マルワ」
「了解………!」
戦艦の方へ接近し、主砲放つ。案の定ギリギリで避けた戦艦だが、向こうもまだ装填に時間がかかるようだ。しかし………
「コレデ………!!」
「Iowaさん!」
「最上! you are nice!!」
「………重巡カ………」
「向こうとの掛け持ちだけどね。Iowaさん、大丈夫?」
「ええ。ありがとうね。もう戻っていいわ。…………ようやく調子が出てきた」
声色を変え、真っ直ぐに私を睨みつけてくる。どうやら、中枢から排除する気のようだ。
「ごめんごめん、待たせたかな?」
「余裕ネ………。マア、スグニ沈ムケド……」
「あはは、それ、"ブーメラン発言"っていうやつだよ?」
「…………?」
「まあいいや。とにかく、ここで沈んでもらうから」
一旦戦艦の方へ加勢した重巡だが、すぐに戻ってきた。軽巡の方も後ろの2隻を庇いつつ主砲をこちらに向ける。
「ソッチハ………ドウ?」
「任セテ。マダ小破ダシ。ソレヨリ、自分ノ心配ヲシタラ?」
「…………中破、問題、ナイ」
「アッソ」
軽巡棲姫は話しながらノーモーションで主砲を放つ。最上はすんでのところで回避し、お返しにと言わんばかりに主砲を放った。
港湾も鬼怒に向けて主砲を放ち、すぐさま回避行動をとる。そいつもジグザグに移動しこちらに接近する。そして魚雷を放ち、また同じように距離を置く。
「グッ………」
「港湾!」
「問題ナイ…………。ソレヨリッ………!!」
隙を狙って砲撃しようとしていた最上に向けて、よろけつつもなんとか砲撃をする。最上は意外そうな顔をしてギリギリで回避する。
「驚いた…………。よく戦うね。敵ながら賞賛に値するよ」
「世辞ガ下手スギ………。サッサト死ネ」
「本当に誉めてるんだけどなぁ…………。まあ、それももう関係なくなるかな」
「ナニ…………?」
その時、背後から強い衝撃が来た。一瞬遅れて、背中から激痛が走る。
「グッカッ………ハッ………!?」
「港湾! シッカリシテ!」
「君もナイスだね、Iowa」
「いいところに誘導してくれたから。射程ギリギリだったけれど」
「…………キサマァ………!!」
「ああ、I'm sorry。アナタたちの相手は私だったわね。ごめんなさいね、つまみ食いしちゃって」
「減ラズ口ガ………!スグニ沈メテヤル……!」
しかし、実際敗北は時間の問題であった。
先の攻撃で港湾は大破。軽巡はそれを守りつつ攻撃しているため、明らかに不利である。この、アイオワとかいう戦艦も中々強い。間合いに入る前に砲撃を食らってしまう。戦艦棲姫も砲撃しているが、やはり装甲では劣るようで、スタミナではこちらが先に落ちるだろう。
万事休すである。
「もう終わりにしたら?大人しくここで、抗うことなく一生を終えることをオススメするのだけれど」
「…………マダ、戦エル」
「見苦しい…………。そ、なら、さっさと沈めてあげる!!」
アイオワが全速力で直進して来た。
射程に入ったため砲撃するも、命中こそしているが、向こうはもろともせずに距離を詰めてくる。
「(マズイ…………!コノママデハ………)」
その時、
「!!」
「「!??」」
夜空に紛れてやって来たのだろうか、爆撃機が数機、突如として現れ、Iowaの直進を阻んだ。
たちまち爆撃を受けたIowaに向け、戦艦棲姫も集中砲火を行う。これには堪らずIowaも距離を置き、破れた服の箇所を手で押さえながら、辺りを見渡す。
「shit!!一体どこに空母なんて………!」
「バカナ……。我々ニハモウソンナ戦力ハ…………」
「………マサカ……!」
『おい、聞こえてるか?』
動揺する中枢たちの元に、提督からの通信が入る。
「アッ、アナタノ!?今ノ爆撃ハ!?」
『ああそうだ。ド派手に戦ってくれてるおかげで、大体の場所はわかったからな。おまけにこの暗さなら、向こうは気づかないだろうと思ったんだよ』
「……アリガトウ、助カッタワ」
『礼は後でいい。それより』
「エエ。マダ動ケルミタイ」
『次の発艦まで少し時間がかかる。耐えられそうか?』
「無理ダトシテモ、ヤルシカナイワ」
『そうだな。…………中枢』
「ナニ?」
『死ぬな』
「…………アナタニ言ワレタノナラ、ソウスルシカナイワネ」
すると、体勢を立て直したIowaが、忌々しそうな顔でこちらを睨みつけながら言った。
「中破なんて………こんな残りカスに……」
「口ガ悪イワネ。……………今スグ撤退シテクレルト嬉シイノダケレド?」
「そう…………なら、絶対撤退はしないわ」
「……………アッソウ」
ふらつくIowaだが、それでも火力は十分。回避をやめ、砲塔を固定してこちらに真正面から向かい合う。
つまるところ、単純な火力勝負。
「喰ラエ………!!」
「fire!!」
「ココデ………沈ミナサイ!」
Iowaには被弾するものの、厚い装甲により中々ダメージにはならない。それにひきかえこちらは、戦艦棲姫はすでに大破寸前。中枢はまだ小破だが、しかし火力に劣るため馬鹿正直に戦っては勝てない。
『(何か………何か策を………!)』
「鬼怒ちゃん!大丈夫!?」
「ててて…………。ごめん、多分中破」
「そう………大潮ちゃんたちのところに行って!ここは僕がなんとかするよ!」
「軽巡ハ………潰シタ………。後ハ………ソコノ重巡ダケ………」
「油断シナイデ。戦力ナラ五分五分………。足元スクワレルコトハ避ケナイト」
「ははは、撤退してもいいんだけど、やっぱりちょっと勿体ない気がするからね。ここで沈んでもらうしかないかな」
「言ットケ…………」
港湾と軽巡棲姫はそれぞれ中破。その上回避するのもやっとな体力しかない。最上は小破で、まだ戦闘は可能である。数ならこちらが上だが、総合的に見れば五分五分であり、油断は禁物だ。
軽巡は気丈に振る舞うが、やはり消耗が激しく、速力も低下している。港湾もあと主砲が何発打てるかわからないが、それが片手で済んでしまうことはわかっていた。
大破手前の港湾に向け、最上は主砲を放ちながら右手に移動する。それなら隠れるように鬼怒も航行し、大潮たちのところへ合流した。
港湾はギリギリで回避しつつ、最上に反撃するも、動く相手を狙う集中力が足りないのか、当たる気配はない。軽巡棲姫は魚雷を構えつつ最上に接近するが、最上は軽巡の足元に砲撃し、接近を阻止する。
「(コレデハラチガアカナイ………。ドウスルカ………。)」
「頑張って抗うのもいいけど、このままだとジリ貧だと思うよ。潔く沈んでくれると嬉しいなぁ。………………グハッ!?」
「ナニッ!?」
「ド、ドコカラ………!?」
「まさか最上狙いだったとはね………」
「アナタ、狙ッテヤッタノ?」
「イヤ………マグレ」
戦艦棲姫が放った砲弾がIowaの横を通過すると、最上が右に航行したことでIowaの背後に移動し、戦艦棲姫、Iowa、最上の順で一直線になった時、たまたまその砲弾が最上に命中した。
腰のあたりにくらった最上は少し吹き飛ばされるも、なんとか立ち上がり、右腹部をなでる。
「最上!大丈夫!?」
「大丈夫大丈夫……。no problemだよ…」
「よくも最上を………!さっさと沈ませなくてはならないみたいね!」
「オソイ…………」
「なっ!?」
「Iowaさん!!」
最上の被弾に気を取られているうちに、中枢はIowaに砲撃を行っていた。容赦のない不意打ちに回避できないIowaは堪らず後退する。
「(コレデアノ戦艦ト重巡ハ中破………。コッチハ私以外全員大破ダケド………)ドウ?モウ降参シタラ?コレ以上ハ不毛ナ争イダト思ウノダケレド」
「……………そうね……。そこまで意地になって決着をつける必要もないわ……」
「ソウ。ジャア撤退サセテ貰ウワネ」
「………でも」
「エ?」
「You lose…………」
瞬間、中枢の体が浮いた。
否、爆破で飛ばされたのだ。そばにいた戦艦棲姫とIowaは手で防御しつつ、その様子を見つめた。
突然の爆発に深海棲艦は誰も理解できない。
〈戦闘海域のそば〉
「おい!!どうした!?中枢!!」
『…………………』
唐突に爆発音が無線を通じて鼓膜を震わせ、それからはずっと脳みその端っこをなぞるような嫌な音が続いていた。
無線が通じない。おそらく破壊されたのだろう。これでは戦況がわからない。
「くそっ…………!!こうなったら……」
宮本は念のためにと持ってきていた黒い軍服と黒い刀に手を伸ばした。
〈戦闘海域〉
大破し、気を失った中枢を庇うように、戦艦棲姫と軽巡棲姫、港湾棲姫は周囲をそれぞれ警戒するように集まった。
全員が既に大破しており、立っているのもやっとの状態で、息を切らせながら中枢に目配せをする。
死んだように動かない中枢に最悪の不安を抱きながら、余裕の表情を浮かべて笑うIowaをにらみつける。
「潜水艦カ…………!!」
「そう怒らなくてもいいじゃない。ねぇ?ローちゃん」
「ひやひやしました……。Iowaさんたち、結構追い詰められてしまって……。もう少し私を戦わせるべきだった思います」
「それじゃ奥の手にはならないわ。こんなに追い込まれるとは思わなかったし、残党程度にしか思ってなかった私のミスね」
「ソウカ………6隻目ハコノコトカ……」
「軽巡に気づかれると思ったけれど、目先にばかり集中して、伏兵に気づかないから案外呆気なかったわ。おかげで私たちの勝利のようだけれどね」
「…………」
「反撃してもいいのよ?それより先に私が海の………えっと………?」
「藻屑です、もくず」
「oh、thank you. 海の藻屑にしてあげるわ」
「………コウナッテシマッテハ………、モハヤ我々ハ勝テナイ」
「じゃあ自沈する?それはそれでいいと思うわ。少なくとも、敵である私の手で沈みたくはないでしょう?」
「…………イヤ」
戦艦棲姫は無理矢理立ち上がり、軽巡に叫ぶ。
「中枢ヲ逃シテ!!ナルベク遠クヘ!!」
「デ、デモ………」
「早ク!!」
「私モ…………グッ………残……ル」
「港湾………!!」
「時間稼ギダケナラ………。私モデキル」
「ア、アア………」
「行ッテ………軽巡。早ク………」
「ソンナ………」
最上は罰が悪そうな顔で小さく呟く。
「まるでこっちが悪者みたいだよ……。まあ最悪、追撃すればいいよね」
「of corse. 提督からは逃すなと言われているし」
Iowaは十分すぎるほどに近づき、主砲を戦艦棲姫に突きつける。最上も中枢を逃がそうとする軽巡棲姫を逃すつもりはなく、同じように殺意を構えた。
「(ココマデカ…………。最後ニ、最後モウ一度ダケ、ミヤモトノ声ガ聞キタカッタ…………。」
「さよなら、monster」
全員の視界に、黒く細長い何かかが過った。
「なっ………!?」
「「「「!?!?」」」」
Iowaが放とうとした主砲、弾が砲身を通過し、外に出て、戦艦棲姫に命中するように、一直線に放たれようとしたが、砲身内部を移動中に、砲身もろともその黒長い何かに串刺しにされたのだ。
思考がフリーズしたIowaが我に帰った時には、砲身と黒長いもので作られた十字架は至近距離で爆散した。
「aaaaaaaaaa!!」
「Iowaさん!」
爆破によって後方に吹き飛ばされたIowaは、自身の兵装が一つ壊されたことを理解し、慌てて近づいてくる最上を手で制し、ゆったりと立ち上がる。
「一体どこから…………。あの黒いのは………どこかで見覚えがあるわね」
「Iowaさん、大丈夫なの?」
「YES。but,どこかにまだ敵がいるらしいわね………」
「それって、さっきの爆撃してきた………」
「……………………出てきなさい!!! 隠れて戦おうなんて、海上では無茶な話よ!」
Iowaは獣のように言い放ち、周囲を見渡す。兵装が一つ壊されたが、まだ全て破壊されたわけではない。
怒りで血が上っているのか、鬼の形相で敵に備える。
「…………!! あ、Iowaさん………!!」
「what? 見つけたの?」
「うう、う、後ろ………」
その時、最上の言葉を聞いた瞬間、Iowaが感じたのは、以前も味わったことのある、あの、絶対的な絶望であった。
自分では敵わないことを悟り、勝てないことを理解し、戦うこともなく敗北に縋った、あの時の屈辱と恐怖。それが今、背後にいることをIowaは理解した。
時計回りで反転し、すぐさま砲撃をしようとするIowaは、壊れていない方の砲身を片手で止まられ、その姿を再び見ることになった。
「黒軍服ッッッ!!!」
「………………………」
[鎮守府近海 戦闘海域]
Iowaが私を見る目は、敵意や殺意よりも、不安や焦りで満たされており、余裕の微笑はいつしか消え失せ、冷や汗と恐怖を滲ませた顔になっていた。
瞳に映る私の顔は、自分でも引くくらい、冷たく、悲しげで、退屈そうな、見られているだけで嫌いになってしまうような顔であった。
「グッッッッッッッ…」」
「…………」
乙女にはあるまじき唸り声を上げつつ、Iowaはすぐさま後退し、最上のそばに移動した後私を思い切り睨みつける。
「………く、黒軍服じゃないか………」
「まさか………このタイミングで会うとはね………。サイアクね………」
「…………」
「鬼怒」
「は、はい!」
「逃げなさい。そして、提督にこのことを伝えて」
「でも、Iowaさんたちは……?」
「私と最上は…………、時間を稼ぐわ。とにかくアナタは、龍驤と大潮を連れて逃げるの」
「でも………」
「いいからッッッ!早く行きなさい!!」
「は、はい!!行こう、大潮ちゃん、龍驤ちゃん」
「え、え…」
「Iowaたちは、どないすんねん?」
「………逃げてくれると思う。だから、私たちは先に逃げて、増援を呼ぶ。提督にこのことを言えば、多分通じる」
「でも……」
「二人ともわかるでしょ!? あれは勝つとか負けるとかじゃない。そういう次元の生き物じゃないんだ!!」
「!!」ビクッ
「何してるの!早く逃げて!!」
「わ、わかった!絶対生きて帰ってきてな!」
「…………逃すまで待ってくれるなんて、優しいのね」
「…………」
「アナタと会うのはいつぶりかしら。2ヶ月、いや、もうすぐ3ヶ月かしら」
「………」
「正直、meも最上も、ローちゃんも逃げたくてたまらないんだけれど、時間を稼がないといけないから、…………ねぇ?」
「……」
「…………ほんと………ほんとイライラするわ。なにもかも無関心って顔で、散々私達を痛めつけた奴が、またこんなところで現れるなんて………」
「…」
「〜〜〜〜!!なんとか言いなさい!!」
焦りからか、Iowaはヒステリックに怒鳴り散らしている。となりの最上も兵装を構える手が震えている。水中の呂-500は私の周りを潜行しているようだが、未だ攻撃してこない。
「………そんなに怖いなら、逃げたらどうかね?私は追いかけるつもりなんて毛頭ないのだが」
「………見くびらないで………!アナタが私たちに何をしたか……、忘れたわけではないでしょう?」
「……震えた声、冷や汗、落ち着かない視線。お前の私に対する恐怖心は、まだ十分残っているようだな。トラウマになっているのか。悪いことをしたと思う。だからこれ以上お前達を傷つけたくない」
「ふざけたことを………!」
「復讐心が強いな……」
「Iowaさん! こいつと戦うなんて無茶だ!早く逃げて……」
「最上、私はこいつを沈める。なんとしても沈めるの」
「Iowaさん………」
「こいつは生きてちゃいけないの………。これは野放しにしちゃいけないの……。私と私の仲間は、こいつに、こいつに………!!」
「………別に誰か轟沈したわけではなかろう。君がその様子ということは、君の仲間も今では元気なのかな?」
「……………殺す!!」
残りニ門の主砲をこちらに向け、砲撃しつつ急速接近するIowaは、小さく漏れた最上の制止の声も無視して一気に私との距離を詰めた。突進の速度から察するに、私に激突することも厭わないようだ。
どこからともなく再び現れた黒い軍刀を持ち、放たれた弾丸を斬る。接近に伴い弾の間隔が短くなっていく。なまじ火力は高い分、一発一発の威力が強く、刀を通じて重さが腕にビリビリと伝わった。
そしてとうとう砲身が私の間合いになった時、私はその二つの鉄の筒を斬り落とした。
しかしIowaは突進を止めず、そのまま私にタックルし海面に押し倒す。
「な、なんだと……?」
「最上!!」
「!! な、なんだい!?」
「こいつを撃って!」
「…………ええ!?」
「早く! 私がこいつを抑え込んでいる間に!」
「でも………でもそれじゃあIowaまで………」
「いいから早くッ」
「………ごめん!Iowa!」
最上は意を決して、私を抑え込んでいるIowaごと、ありったけの火力で撃ちまくった。
「や……やった………?」
「…………いいや」
「!!!」
「最上!!」
おそらく最上は、焼け焦げた私の背中を見て驚愕しているのだろう。
着弾する瞬間、上から抑え込むIowaを強引に横にズラし、体勢を逆にすることで、Iowaに被害が及ばぬように覆い被さった。
背中はヒリヒリと痛むが、すぐに再生してしまうのであまり関係がない。もし戦艦級の攻撃だったなら、少しは怯んだだろう。
「身を呈して守った……………?」
「このッ………!shit!!」
「そう暴れるな。守ってやったのだから、まずは感謝の言葉を述べるべきだろうに」
「うるさいッ」
「それに、もろに食らった私はまだこんなにピンピンしているんだ。いい加減諦めてくれ」
「アナタは死ななくてはならない!アナタのような化け物、生かしておかない!」
化け物。
自虐的に使うことは多々あったが、改めて人から言われると心が痛む。私の艦娘はおそらく首を横に振るだろうが、やはり私は未だ化け物で、永遠に化け物なのだ。
罵られた怒りより、未だ化け物だと認知されている悲しみより、予想通りの反応に呆れる。
自分の今に、呆れる。
「私は化け物か」
「そうよ。you are monster. アナタがたとえ人間だったとしても、あの日からずっと、私の中のアナタは化け物よ」
「…………そうか。では」
Iowaの胸ぐらを掴み、持ち上げるようにして立たせる。
そして、彼女の左腕、具体的には二の腕と手首の上部分を掴む。握り、力を込め、優しく引っ張るように持つ。
「………」
「………」
「………?」
最上はこの行為がわかっていないようだ。この行為の効果を理解できていないようだ。
Iowaも私の顔と握られている自分の左腕を交互に見つめて、何がしたいのかわからないといった具合に、眉をひそめて困惑している。
「………これで分かると思っていた」
「what ?なんの話?」
「えと、Iowaさん、大丈夫?」
「わからないなら………、仕方ない、思い出させてやるか」
「?」
「"お前の腕を千切った後に、次はそこのお前の仲間にも同じことをしよう!!"」
「………………………………………!!!」
瞬間、Iowaが吐いた。
胃の中の物を全てぶちまけ、涙と鼻水と汗を垂れ流しながら、時折むせながら、本当に苦しそうに、吐いた。
声にもならない声を上げ、ただ海に吐いた。出た物は海になかなか溶けず、残留している様子が汚く、それでもまだ吐き続けるIowaが不憫だ。
最上は唐突なことに言葉を失っている。息をするのも忘れているのかもしれない。目を大きく見開き、その光景を網膜に焼き付けている。目をそらすこともできず、突如発現した不可思議に、戸惑っている。
「うぅ………オエッ………ぐっふぅ………」
「トラウマになっているだろうとは思ったが、ここまで拒絶反応を起こすとは」
「あ、アナタ………ぐぶっ、オェェェェェ!」
「無理して声を上げないほうがいいぞ。とりあえず深呼吸だ。いっそ、限界まで吐いちまうのも手の一つだが………」
「うぅ………うぅ………」
「………ええと、最上」
「……………」
「最上。おい、最上」
「はっ!? な、なんだよ」
「こいつを、連れて帰れ」ヒョイ
「うわわわ! だ、大丈夫!?Iowaさん、しっかりして!」ダキッ
必死に口を押さえて吐き気に反抗するIowaの襟首をつかんで、そのまま最上の手前に投げる。慌てて抱きとめる最上に、衝撃からかIowaは何度目かの嘔吐をした。
「………黒軍服、さん」
「敬称はいらないが…………なんだ?」
「Iowa、Iowaさんに何をした……!」
「………まあ、トラウマを呼び起こした、というべきなのかな」
「トラウマ………?」
「本人からは伝えられないだろうから言わせてもらうと、過去にIowaは私に大敗している。一緒にいた仲間共々、大破とか轟沈とか、そんなわかりやすい負け方ではない、悲惨な負け方をしている」
「過去………?一体何を…」
「負けると分かっているのに、自身を犠牲にしてまで私を沈めようとするところから察するに、相当私が怖いらしい。だから、その恐怖心に漬け込んだんだ」
「………よくわからないけど、こちらの負けみたいだね」
「ああ。………っと、そうだ」
「?」
左に少し歩き、海中に手を突っ込む。細い足のような感触が手に触れると、それを掴み思い切り引き揚げる。
「!! ローちゃん!!」
「うう………」
「潜水艦ならもう少し深く潜るべきだな。話に夢中で気づかないとでも思ったか」ヒョイ
「おっととと………。大丈夫?ローちゃん」ダキッ
「うん………。びっくりしました……」
「では、撤退願えるかな?」
「………そうさせてもらうよ、黒軍服」
最上は警戒している目で、呂-500は怯えた目で、Iowaは怒りと恐怖を混ぜた目で、それぞれ私を見た。誰一人、私を人間だとは思っていないようだった。
そして最上はIowaは支えるように、呂-500はその後ろをついていくように、素早く離れていった。ただの一度も振り返ることなく。
また、私一人が海に残った。
[0700]
〈鎮守府 執務室〉
驚くべきことに、深海棲艦にも入渠、及びバケツ(高速修復剤)の使用が可能であることがわかった。
大破した中枢たち諸々、先に北方が連れ帰った連中も合わせた深海棲艦を、すぐさまバケツによって治療した。
みるみるうち回復していく自身の体に目を見開き驚愕する深海棲艦たちを確認した後、私も執務室に戻って休憩をとる。
ドアを叩く音がした。
「提督」
「明石か。入れ」
「失礼します……。お疲れ様です、提督」
「ああ。いや、今回は戦闘はしていないから、特別疲弊しているわけではない。…………ってどうでもいいか。それよりなんだ?」
「はい、深海棲艦全員の入渠、完了しました。バケツの在庫は359個に減少しましたが、問題ありませんか?」
「ああ。元々多めにとってあるからな。それより………」
「皆さん、傷は治ってもお疲れのようで、今は工廠の空きスペースで寝てもらっています。毛布のあまりなら結構ありますから」
「そうか………。よし、下がっていいぞ」
「はい。失礼します」
明石が退室すると、再び部屋に静寂が戻る。
普段なら朝食の時間だが、昨晩のことがあったため、皆夜眠れなかった分を今寝ている。だから今は艦娘はほとんど起きていない。食堂もまだ本格的には開いていないようだ。
それより、今回の件だ。
深海棲艦は半数ほどに数を減らしたようだが、なんとか一命をとりとめたものがいる。起きたら事情を説明したければならないだろうな。それに、接敵した艦娘たちが私が私だということをバラしている可能性がある。これはつまり、深海棲艦に一鎮守府を治めるものが加担していたわけで、立派な反逆行為だ。下手をすれば、艦娘たちにまで迷惑をかけるかもしれない。
分かっていたことだが、過ぎたことは仕方ない。最悪切腹でもなんでもやって責任をとろうではないか。
できないけど。
「軍服、新調しないとな……。なるべく使わないほうがいいんだが、"黒軍服"も板についてきてしまったし……」
コンコン
「ん?入れ」
「失礼します、鹿島です。先程、間宮さんが提督の朝食をお運びなさって………これ、本日の朝食です。どうぞ召し上がって下さいとのことです」
「ああ、ありがとう。あとで間宮にも礼を言っておこう」
「…………あ、その軍服…………」
「ん?ああ、背中が破けてしまってな。新調しなくてはならないと思っていたんだ」
「でしたら、私が申請しておきましょう」
「助かるよ」
「ということは提督、まさか自ら戦闘に……………?」
「まあな。ほとんどないと言ってもいいほどのものだったが………」
「………つかぬ事をお伺いしますが、その時相手に、」
「相手は、私を知っていた」
「!!」
「以前、以前の私と戦った者らしくてな。おそらく私がこの鎮守府の提督ということまで把握しているはずだ。今頃上官にでも連絡して、私を討伐しにくるかもな」
鹿島は机に詰め寄って、若干慌てたようすで口調を荒げた。
「だ、大丈夫なんですか!?」
「がっつり反逆罪だからな。安心しろ、お前たちの身の安全は保障するかr」
「そうではなくて!!」ガタンッ
「うおっ!?」
「私は提督の安全の話をしているのです!」
「え………いや、それはまあ?どうにかなるんじゃないか?軽くて左遷か、重くて死刑か………」
「どちらも不可能です!可能だとしても私たちが許しません!!こ、こうなったら大本営の連中を根絶やしに………」
「ま、待て鹿島!落ち着け、まだそうと決まったわけじゃない」
「ですが!降りかかる火の粉は払うまで。火の粉を生む火はかき消すまで。それくらいしなければ、提督の身が危険に晒されてしまいます!」
「わかった!わかったから落ち着け!」
いつになく興奮し危なっかしい単語を口走る鹿島を宥める。取り乱しました、と言った後、鹿島は二回深呼吸をして、背筋を真っ直ぐにして続ける。
「しかし、このままでは提督の身が危険なのは事実。どうなさるおつもりですか?」
「そうだな………。とりあえず、なんかしら連絡が来るだろう。来なかったら来なかったでそのまま有耶無耶にして、連絡が来たら…………、素直に投降するかな」
「そんな悠長なこと言ってられません!連絡が来ないなんてあるわけないじゃないですか!それに、提督がどうしようとも、私たちは絶対にあなたを大本営に渡したりしませんよ」
「鹿島、今回は私が出しゃばったばかりにおきたこと。勝手に参戦した私が悪いのだ。元々、大本営は私を敵視している節もあるし、もしかしすると、これで大本営とのあやふやな関係が明確になるかもしれないだろ?そう考えれば、一度大本営に下るのも悪くはないと思う」
「提督、お言葉を返すようですが、大本営は、大本営の腐った上官どもは私たちの敵です。あやふやな関係を明確にするということは、本格的な全面戦争ということでよろしいですか?」
「ごめんなさいやっぱりもう少し考えます」
鹿島は取り合えってくれないようだ。こうなったら長門あたりに説得を、
「失礼するぞ、提督」
「おお!いいところに来た、長門!」
「あら、長門さん」
「おはよう、鹿島。提督も。………どうしたんだ?二人して」
「あ、ああ、ちょっとな。それより、お前こそ何かようなのか?…………その分厚い紙の束は一体……?」
「これか?まあ、呼んでくれればわかるだろうが……」
「?」
厚さ15cmにもなる分厚い紙がドシンと机に置かれる。重厚感のある書類に一瞬たじろぎつつ、表紙に書かれた赤字の題名を読む。
「………『大本営殲滅作戦要綱』」
「いかにも。何か訂正があるなら言ってくれ。私なりに陣形や編成を考えてみたのだが、相手の数が数だからな。提督の意見を第一にした方がいいだろう」
「…………あの…………」
「流石、仕事がお早いですね、長門さん」
「鹿島に言われると皮肉にしか聞こえないな。私の五倍の速度で仕事をするくせに」
「ふふふ、どうでしょう」
「なあ!血の気多くないか!?なあ!?」
「どうしたのだ提督。あなたを守るためなら当然、」
「いやいやいやいや!当たり前のように作戦考えてるんじゃあない!身内で戦ってどうする!?」
「身内?大本営が?…………提督、あれは私たちの敵だ。提督の敵なのだから、当然だろう?」
「私は別に敵視してないから!仲良くしたいと思ってるから!」
「長門さん、提督は私たちの身を思って、こう仰っているのです。私たちが、大本営で戦うことで傷つくのを防ぐために……」
「提督、安心してくれ。私たちはあなたが死ぬまで沈むつもりはない。そして私たちはあなたを死なせない。だから私たちは不死身だ。だから不安など感じる必要もないのだ」
「理論がめちゃくちゃすぎる!作戦考えるひまがあったらもう少し頭を冷やせ!」
「鹿島、バケツの数は?」
「先程明石さんから………これですね。359個あるようです」
「うむ、十分だな。1200に出撃だからな、そろそろ皆を起こすか」
「ですね」
「私の話を聞いてくれ…………」
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリ!
「「「!!!」」」
けたたましい電話の音が、執務室に響いた。驚きは警戒心へと変わり、長門と鹿島の表情が強張る。繰り返される音を聞きつつ、一瞬の躊躇の後に、私は受話器を取った。
相手はおそらく件の大本営。内容によっては、ここと大本営との全面戦争の開幕だ。なんとしても円満な解決を目指さなければ。
冷たい受話器を耳に当て、もしもし、と声をかける。
そして、受話器の向こうの人は、感情のないような機械的なトーンでゆっくりと、
「やあやあやあやあ宮本くん!おっはよおおおおおお!!」
ではなく、喧しい声で朝の挨拶をきめてきた。
「……………………黒崎」
「うん?やけに暗い声だねぇ、どったの?」
「お前…………いや、もういい」
「はぁ?どういうこと?」
「呆れて物も言えない、ということだ。この場合は、少しは救いだったがな」
「………よくわかんないけど、まあいいや。朝早くから悪いね」
「いや、寝起きというわけではないし、特に問題ない。それで、何か用なのか?」
「んー?あーそうそう、用ならあるよ。ありありだよ」
「お前、なんかテンション高いな」
「そりゃそうさ!これから伝えるのは吉報なんだから!」
「吉報?」
「そうともさ!いいかい?聞いて驚け!」
「お、おう」
「なんと今日は……………」
「…………今日は?」
「…………」
「黒崎?」
「…………」
「……?」
「あ、ごめんごめん、黒崎くん」
「どうしたんだ?」
「いやね、今滞在している鎮守府の艦娘に怒られちゃってさ」
「騒ぎすぎなんだよ。朝から大声で電話する馬鹿がいるか」
「なんかねー、今ちょっとドタバタしてるらしくてさー。なんか、帰投した艦隊がボロ負けしたらしくて。みんな中破で旗艦はゲロまみれって話だよ」
「(なんか身に覚えがあるような…………)そ、そうか。で、さっきの話なんだが」
「ああ、そうそう。今日、君んところにケッコンカッコカリの書類と指輪の一式、届く予定だから。」
「…………ええ!?」
「いやー吉日だよ吉日。めでたいねぇめでたいねぇ。君は一体誰と契りを結ぶんだい?」
「ちょ、今日なのか?」
「うん。今僕の、舎弟的なやつが届けに行っているから、間違いないよー」
「(よりにもよってこのタイミングか………。艦娘たちにバレるとまずいな……)」
「?どうしたんだい?」
「いや、わかった。用はそれだけか?」
「んー……………………いや、あと一つ」
「なんだ」
「君さ、園崎って人、知ってる?」
園崎?聞いたこともない。否、聞き覚えはあるような気がしないでもないが、でもやっぱり聞いたことはない。
園崎…………園崎?
「……………………………いや、わからんな」
「そう?じゃあいいんだけど」
「そいつがどうかしたのか?」
「いや、別に。あと、君がうちに居候に来る前って、どこに住んでたの?」
「黒崎家に来る前?……とある孤児院で生活していた。結局戦闘に巻き込まれてそこは潰れてしまって、たまたまお前の親父さんに出会って、お前の家に厄介になったわけだが…」
「……………………おけおけ。わかったよ」
「なあ、なんなんだ、その質問は」
「いやいや、こっちの話。というか、あくまで興味本位かな」
「お前は生き物の解剖とかしか興味がないのかと思っていた」
「ひどいなぁ。まあ、間違いじゃないけど」
「………ちなみに、さっきの園崎ってやつも、その質問に関係があるのか?」
「ひみつー」
「おい」
「おっと、そろそろ仕事に行かねば。じゃあそろそろ切るねー」
「おいっ、ちょっと、」
「あっ!そうだ」
「今度はなんだ?」
「この間僕が言った忠告、覚えてる?」
「あー、指輪代がなんとかっていう?」
「そそ。本当に気をつけてね。いやこれマジで。君のとこ、結構人数いるんだからさ」
「はあ?なんの話だよ」
「じゃ、もう切るねー」
「あっ、おい!」
がちゃん!ツー、ツー、ツー
[1100]
〈鎮守府近辺〉
俺の名前は田荘 福次(たどころ ふくじ)!日本海軍軍曹だ!
今日は俺の命の恩人であり、兄貴分でもある黒崎殿に頼まれて、とある鎮守府に書類を渡しに来たぜ。なんで電報じゃないかって?そりゃ勿論、指輪も一緒に届ける予定だからだ。つまり、ケッコンカッコカリの書類をお届けに行くってわけだ。
しかし、なんでもこれから行く鎮守府は、この国で最も凶暴な鎮守府って話だ。詳しくは知らないが、とにかく誰も近づきたがらないって話だ。それなのに黒崎殿は俺に依頼しやがって、ちょっとだけ頭にきますよ!
「多分この辺りだよな…………おっ、あれかな?」
少し先に大きな屋敷のような鎮守府が見える。鎮守府は一つ一つ若干外見が違うものだが、この鎮守府は相当拡張工事をしたんだろう。それに、ところどころ真新しい壁だ。修繕も繰り返したように見える。
異様なオーラ的なものは見えない。特になんの変哲も無い、普通の鎮守府だ。
「んん?門の前に誰か立ってるな……」
「…………んあ?」
「………えっーと」
「誰だお前?」
「え?ああ、えーとちょっと待ってね………。あったあった、これ」
「んん………?」
「海軍のものです。田荘軍曹っていいます。君は艦娘かな?」
「……………ああ、俺は天龍」
「そうか。今日はここの提督に書類を届けにきたんだ」
「書類?」
「うん。だから、ここを通してもらっていいかな」
「………………お前」
「なに?」
「なんか武器とか持ってねぇよな?」
「え?な、なんで?」
「海軍ってことは、大本営からの使いってことだよな?」
「うーん、依頼主は違うけど、一応所属は大本営ってことにはなるかな」
「じゃあ、俺たちの敵ってわけだ」ガチャン
「ええ!?ちょちょちょ、待ってくれ!艤装を下ろしてください!なんでもしますから!」
「いや………なんでもはしなくていいから。武器は持ってないか?」
「(持って)ないです。24歳、丸腰です!」
「年齢までは聞いてねぇよ………。まあいい、通っていいぜ。入り口入って廊下の突き当たりを右だ。入り口は、右の建物のやつな」
「ありがとナス!…………ところでさ」
「なんだよ?」
「なんか、敵って言ったけど、ここ、鎮守府だよね?海軍の」
「そうだが?」
「じゃあなんで、大本営を敵なんて……」
「………説明がだりぃからいいや。気にすんな、さっさと行け」
「ええ…………(困惑)」
天龍とかいうクソ態度の悪い艦娘の許可を得て、俺は鎮守府の敷地に踏み込んだ。
「(艦娘って初めて見るけど、ほんと人間みたいだな………。女なのに"俺"って言ってたけど、そういう風に作られてるのか?…………いや、もしかして実は男とか!? ありえねぇ!だ、だか興奮するな………)」
テニスコート程度の広さの中庭の手前で曲がり、特になんのセキュリティもない入り口から中に入った。
「(腹減ったなぁ………。この辺にぃ、美味いラーメン屋の屋台に、来てるって話だから、終わったら食いに行きますよ〜行く行く)」
[同時刻]
〈鎮守府内、執務室〉
長門と鹿島は皆を起こしに行った。大本営の壊滅を目論んでいる二人だが、後でしっかり止めておこう。多分ほかの艦娘も大多数が賛同してしまうだろうが、なんとか止めよう。
その後、入れ替わるように、入渠を終えて来たらしい中枢と戦艦棲姫がやってきた。
二人とも申し訳なさそうな顔で、静かに扉を開け、しばらくそこに立ったままだ。
「………まあ、座れ」
「………」
「………」
「………何か用なのだろう?その様子なら、無事に傷は癒えたようだが、何か問題でもあったか?」
「…………アリガトウ。私タチヲ、助ケテクレテ………。ソレニ、治療マデ………」
「それは構わない。私が勝手にしたことだ。他の連中も入渠済みか?」
「………」コクリ
「ミンナ………食堂……デ、待機シテル。港デ待ッテルノモイル……マダ寝テルノガ大半……ダケド……」
「そうか」
先程から、二人とも目を合わせようとしない。言葉もたどたどしい(元々流暢な発音ではないにしてもだ)。どうやら、礼を言いに来たというよりかは、謝りに来たというような雰囲気を醸し出している。
何か悪いことが起きているのではと、内心色々と想像してしまうが、聞かないことには始まらない。親が子を叱責する前は、こんな気持ちを抱くのだろうか。
「なんなんだ、さっきから。他に伝えたいことがあるみたいじゃないか」
「ソレハ…………」
「………」
「あからさまに緊張されても、こっちが困る。まずは言ってみないと何も始まらんだろう?」
「…………」
「…………」
「何を怖れているかは知らんが、黙るよりかは、思い切り話してしまうほうがいいぞ」
「アノ………」
「うん?何だ」
「サッキ、戦艦ト巡洋艦ニスレ違ッテ……」
「それで?」
「ソレデ、ナンカ、大本営トカ、殲滅トカ…」
「…………」
まさかその話題か。
「あーそれはだな、えーと」
「モシカシテ……私タチノ……」
「いや違う。お前たちのせいじゃない。もとい仲が良いわけでもないからな、今に始まったことじゃない」
「デモ………」
「私も戦うつもりはない。あいつらは………そう、後で説得しておくつもりだ。お前たちは気にしなくて良いんだ」
「………アナタニハ、何度モ助ケラレタワ。何度モ、何度モ………」
「だから、全て私が好きでやったことで…」
「…………帰ルワ」
「え?」
「元イタ場所ニ、アノ冷タイ海ニ、帰ル」
「中枢、シカシ……」
「イイノ。コレ以上、迷惑ハカケラレナイ。アナタハ人間。私タチハ深海棲艦。本来敵同士デアル私タチガ、共存ナンテ………」
「確カニ今回ハミヤモトニ迷惑ヲカケテシマッタガ、ダカラッテソンナ、」
「中枢、お前、本当にいいのか……?」
「………私タチハアナタタチニ危害ヲ加エルツモリハナイワ。デモ、私タチノ存在ガ、アナタニ危機ヲモタラスナラバ、イナイ方ガ良イニ決マッテル」
「中枢………」
「……………」
重い沈黙がしばらく続いた。中枢は俯いたまま、戦艦棲姫はおろおろと私と中枢の顔を交互に見て、何か言いかけようとしては、少し開いた口を閉ざす。私も、何を言って良いのかわからない。閉口したままではいけないと分かっていても、言葉が出ない。
中枢たちは、以前捨てておいて今更言うのもおかしいが、友好的である以上はそばに置いておきたい。私に限らず艦娘たちもそう思っているはずだ。ただの怪物と思っていた連中も、感情があり、愛があり、意思があり、願いがある。このまままた海へ帰り、戦い、散りゆくというのなら、いっそここにいてほしい。
しかしそれは偽善だ。私は化け物である前に軍人なのだ。艦娘も、艦娘であるが故人類の希望なのだ。それなのに敵を助けるなど、もって他である。
どうしようもない歯痒さが腹立たしい。力ばかりあって、結局誰も救えない自分が情けない。
そんな時、そんな静寂の時。
「提督!!大変です!」
「!?どうした!?」
「………大本営から、お客様が………」
「………あっ!」
次回 提督「化け物の花嫁」カッコカリ
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