2020-03-21 22:17:00 更新

*この作品は"提督「化け物の暴走」五"の続編です。












[宮本死亡から4ヶ月半余り]

〈北方海域 無人島近海〉


戦いに慣れると、身体や精神に様々な変換が起きる。


例えばプロボクサーの場合、素早く拳を放ち放たれる、その1ラウンド3分の戦いの中で、ある程度場数を重ねると、相手の拳がゆっくりに見える時があるという。武道の世界ならば、なんとなく耳にする"殺気"というものを感じ取れるようになる。むしろそれだけで相手の力量が分かるようにさえなるという。



艦娘もまた然り。


弾丸飛び交う戦場に身を置く彼女らは、いつしか魚雷を躱せるようになる。砲弾が見える時がある。艦載機に直感で気付くようになる。艤装のちょっとした変化に体感で気付く。戦いが日常になり、危険が日常になり、慣れ、馴染み、そして順応していく。


そしてその先には、古来の日本武道、つまり剣術や弓術の熟練のような、相手の気配や強さを読み取り、次の一手を推測さえできるようになる。




Romaはどうだろうか。彼女の練度は既に3桁に入り、鎮守府随一の強さを持つ。冷静に物事に対処する判断力、経験値も他の追随を許さない。そんな彼女もまた、その戦いの境地に立っているのだろうか。


「……………」


目の前の男を見る。Romaはこの男に大敗した過去がある。それは彼女の自信をへし折るには十分であったが、同時にその闘志に火をつけた。Romaは平静を装いつつも、リベンジに燃えていた。


他の誰も気づくはずがない。提督ならまだ分かるかもしれないが、果たしてこの闘争欲求を察知できるものが他にいるのか……?


「Romaだったな……」

「!? ええ、覚えていてくれたのね」

「そう焦るな………」

「え?」

「私だって、今はお前と戦いたい」


いた。




「Roma!作戦は?」

「………私とlittorioで敵に集中砲火する。初霜ちゃんが私たちの射程圏内に誘導したら、すぐさま砲撃開始。古鷹さんと加古さんは防衛兼牽制。敵が遠のいたり、逆に近づきすぎたりしないよううまく攻撃して。aquiraは私たちの砲撃準備中の攻撃担当よ。と言っても、正直私たちが倒れた時の切り札でもあるから、ある程度力は温存しておいて。私と littorioの一発目の砲撃準備ができ次第、作戦開始よ」

「「「「「了解!」」」」」



砲弾が着実に込められ、足を肩幅に開いて砲撃の態勢を取る。相手は真正面、防御も何もせずに、ただの人間のように突っ立っているだけだ。


「準備できたわ!」

「ん………フルパワーは出せそうかな?」

「ええ。おそらく今までで一番のをね」

「そうか。うん、もしかしたらお前たちなら…………できるかもな」

「何を?」

「いや、知る必要はない。さあ、始めようか」


 



数秒、お互いに静止する。潮風が間を吹き抜け、波が揺られてザワザワと音を立てる。やがて風が止み、波も止まり、全てが停止した。


瞬間、全身に力を入れ、思い切り的に向かって撃ち込んだ。ほぼ同時にlittorioも砲撃し、敵はそのまま砲撃を食らった。大爆発と共に黒煙が立ち込め、それが開戦の狼煙であるかのようだ。



ドゴオオオオオオオオオオオオ!!!!



「防御も回避も無し……」

「直撃だけど……どうかしら」


黒煙を睨む。どこから敵が出てくるか分からない。突然飛び出してくるかもしれない。煙などお構いなしに襲ってくるかもしれない。奴は艤装を身につけていなかったが、徒手でも十分脅威である。Romaは次弾装填しながら、次の展開を待った。心臓は激しく鼓動し、手汗が出てくる。


黒煙はまだ消えない。まだ、まだ、まだ……。



「おかしい……遅すぎるわ。何、この煙は……」

「Romaさん!」

「!?どうしたの、加古さん」

「ありゃ煙じゃあない!霧だ!」

「霧……!?黒い霧だというの………?」



煙だと思っていたそれはますます広がる。薄まることはなく、一寸先すら暗く覆い隠すどす黒い霧。無論自分たちの砲弾の効果ではない。おそらく、敵から発生しているものだと考えられた。


密室に煙が充満するように、みるみる黒霧は広がっていく。しかし広がりの先端はやがて止まり、次はその霧がどんどん色を増していった。飲み込まれる前にRomaたちは後退し、霧の塊を囲むように陣形をとる。




「なんか………初めて見る気がしないわ」

「ええ。私たち、どこかでこれを…」

「どうしますか?攻撃してみます?」

「いや、弾薬を無駄にはできないし、何が出てくるかわからない相手を不用意に刺激するべきじゃねぇ」

「でもこれ……なんか変……」


霧は濃くなっていく。黒はさらなる黒になり、霧というよりペンキのような、ペンキというより夜空のような、夜空というより闇のような、果てしない虚空を連想させる濃度をになった。ずっと見つめていると落っこちてしまいそうな暗黒だった。


Romaたちは艤装を構えてはいるものの、その様子をじっと観察した。無闇に行動に移さないその冷静な判断力は、やはり高練度の艦娘ならではだろう。正体不明な相手に遭遇しても、取り乱さず、感情に呑まれずに対処する。幾千の戦いを経た戦士の器量が皆備わっていた。本人たちはそれに気付いていなくても、だ。



しかし、それがもし"正体が明らかな"相手だとしたらどうだろう?


例えば、君の前に虎が一頭、現れたとしよう。


虎はよく名の知られた動物だ。幼い子供ですらその存在を知っていて、我々はその容姿、表情を思い浮かべることができる。そして勿論、彼らの鋭い牙や爪、猛々しい毛並みもまた、容易な想像できる。


しかし君は、そんなよく知られた虎にすら、実際に戦って勝てるとは言えない。大半の人間は負ける。よく知っている存在なのに、正体が明らかであるのに、尽く敗北する。戦ったことが実際にはなくとも、結末が容易に推測できる。


理由は単純だ。君がその強さを知っているからだ。虎の獰猛さ、凶暴さ、肉食獣としての強さと、対する自分の弱さをよく知っているからだ。リアルの結末が分からなくても、イメージで悠々と理解できてしまう。



無知ゆえに負ける。しかし、既知ゆえに勝つとはかぎらない。彼女らの場合も然りだ。



「こっ…これは………!?」

「な、なにっ………!」

「馬鹿な………」

「嘘でしょ……まさかそんな…」

「まずいわね……この展開」

「嘘……これって……」



人によく似た腕と口、それに艤装を折り曲げて、まるで機械でできた生物のような、生物のような機械のような、異形の兵装。深海棲艦の、深海棲艦をらしい禍々しさを表す、規格外の兵器。


黒い霧から、それは突如として現れた。










[同時刻]

〈○△鎮守府 艦娘寮一階 暁たちの部屋〉


「うーん………」

「どうしたの、暁ちゃん」


いつになく険しい顔で考え込んでいる暁に、電は声をかけた。



遠征任務は滞りなく終わり、暁たちの四姉妹は各々部屋でごろごろと穏やかに過ごしていた。艦娘にとって、休養はとても大切なことだ。それは身体だけではなく、精神においてもである。


特に暁は見た目通りの子供であり、夜8時には寝てしまうような健康優良児であるから、いつもなら任務後は、すぐ昼寝をしてしまうはずだった。しかし今は、艤装を手入れしながらうんうんと唸っている。


「なになにー?暁ちゃん悩み事?」

「どうかしたのかい?暁らしくないね」

「その……少し気になることがあるの」

「なんですか?」


真剣な目つきで暁は語り出す。


「ほら、司令官のこと」

「ああ……あの司令官さんのことですか」

「確かに、少しあの人は酷いと思うわ!」

「長門さんたちとの一件もあるしね……」

「え?いやいや、黒崎司令官じゃなくて、宮本司令官のことよ!」


ギクッ、と3人の表情が一瞬強張る。そして困ったように顔を見合わせる。


「あの後、司令官の遺体を探すために周りの海を色々と探索したでしょ?でも、深海棲艦をのならまだしも、司令官は服の欠片とかがせいぜい見つかる程度で、それらしいものは何も見つかってない」

「でも、とても広い海の中から、人一人見つけるなんてなかなかできることじゃないわ。……………もう動かないものだとしても」

「確かに、潜水艦のみんなも協力して探索してくれたけど、それでも見つからないのは仕方のないことだよ。海流の問題とかもあるからね」

「それは分かるのだけど、でも、もし仮に、司令官が生きているとしたら…」

「有り得ないのです!報告では確かに、司令官さんはみんなを庇って敵にやられたって……」

「………」

「生きているなら、何かしらの手段で海軍と連絡を取ろうとするはず。怪我をしているなら、それを匿った人が教えてくれるだろうから、やっぱり可能性は低いと思うわ」

「それでも……まだ生きてるって思うのよね。今もどこかで……」

「暁」

「!」

「この話はもうやめよう。…………それより、その艤装、ちょっと手入れがあまくないかな?」

「え、そう?」

「うん。ほら、こことかさ…」



誰もが一度は考えたことだった。しかし幾度の捜索を経てもせいぜい軍服の破片が見つかる程度で、結局、遺体もないままに殉職扱いとなった。


別に珍しいことではない。海軍に限らず、民間の漁船においても、航行中の行方不明や海中での溺死が、たとえ遺体が見つからなくても成立するのは不思議ではなく、むしろ亡骸を見つけるのは稀なケースだ。海流に流されたか、沈んで見えなくなったか、魚が食べたか……、正確なことは分からなくても、一括りに"海で死んだ"扱いにされる。漫画や映画ではよく、島に漂着するような展開が描かれることがあるが、そんなものはやはり創作の世界にしかない。


もし仮に、なんて言い方は、海の世界では通用しない。見つからない=死 だ。



「でも電も……」

「え?」

「電も、提督が生きていたら良いと思うのです」

「………そうね」


電は小さく言った。雷はただ返事をするだけだったが、少し寂しそうに画像の手入れをする暁と響を見て、確かに胸の痛みを感じたのだった。










〈北方海域 無人島近海〉


初めて姫級を見たとき、艦娘はその他とは明らかに違う様子に驚愕する。それは無論、姫級が人の言葉をかろうじて話し、人の、特に女性によく似た容姿をしていることもあるだろうが、最たる理由は、その強さにある。イロハ順に識別、ランク付けされた通常個体とは異なる戦闘力は、低練度ならまず確実に撃沈、そうでなくても一艦隊を撤退に追い込むほどだ。姫級と戦うためには練度、装備、経験、そして精神力が必要だ。これを全て備えたものを、俗に"ベテラン"という。


姫級の無類の強さは、具体的にはそのおぞましい兵装にある。通常のそれと比べると明らかに生物的な、それでいて明らかに無機質な様子は、対峙したとき見る者を恐れさせ、そこから放たれる砲弾の威力もまた、他の追随を許さない強烈なものだ。


「これは………!」


Romaたちな手に汗が滲む。開けた海のはずなのに、一気に距離を詰められたかのような気分だ。一気に鼓動が早くなり、先ほどまでただの人間とも思えた相手は、どす黒い怨敵と変容した。


目の前の相手が紛うことなく深海棲皮であることを、肉体の記憶がはっきり呼び起こした。Romaの報告とまるで違う事態に、つい、6人は目配せしてしまう。


「どうした」

「「「「「「!?」」」」」」

「何を驚くことがある。お前たちの相手はこういうものだろう。見るのが初めてということはあるまい」

「…………ええ。私たちは、貴方みたいな奴も、もっと恐ろしい奴も倒してきた」

「Roma……」

「みんな!別にどうってことないわ!ただ相手がいつも通りの相手になっただけのこと」

「……そうだな、その通りだ」

「加古……」

「古鷹、俺たちがやることは変わらないぜ。目の前の敵をただぶっ倒すだけ。今までそうしてきたように、今日もそうするだけだ」



既知の敵は、確かに恐怖させるに足る存在だが、しかし同時に彼女らに戦場の緊張を与え、潜在的な臨戦態勢を目覚めさせた。


「この間とは違うようだな……戦艦Roma」

「練度、経験、艤装、どれも優秀な仲間を連れてきたわ。今度こそお前を倒すためにね」

「確かに中々の覇気だ。前回と同じようにはいかないだろう」

「貴方こそ、前回とはまるで違うわね。らしくなったわ」

「そうか。まあ"こいつ"はよく思わないだろうがな……」

「……?」


こいつ、とは誰のことだ?


と、言おうとした時、黒軍服の砲身は喧しい金属音を鳴き声のように響かせた。砲口が火を吹いた瞬間、ギリギリのところでRomaの本能が身体を動かした。Romaが避けた砲弾はそのまま煙とともに後方の彼方へ消え、開戦の狼煙のようであった。



「Roma!」

「問題ない!全員作戦通りに動いて!」

「「「「「了解!」」」」」


初霜はゆっくり息を吐いて、身体を前に傾けて足に思い切り力を入れた。猪のような素早さで黒軍服に近づくと、Romaの作戦通り、黒軍服はそれを沈めようと砲身ごと動きだす。


Roma、littorio共に装填完了。初霜に当たらない位置に来た時点で、ほぼ同時に相手の身体のど真ん中に撃ち込んだ。



ドガガアアアアアアアア!!!



「ごふっ……!?」

「全弾命中!」

「littorio、次弾装填開始!古鷹、加古、敵が動けないうちに砲撃!」

「はいよ!」

「了解!」

「くっ……この威力は……!」


前回にはなかった確かな苦悶の表情。吹き飛んだ艤装と身体の一部はおそらく再生してしまうのだろうが、しかし確実にダメージはある。奴は不死身の化け物などではない。深海棲艦なのだ。


加古と古鷹は煙が晴れるタイミングで離れ、再び初霜が牽制射撃を行う。


「小賢しい艦娘め……駆逐艦は陽動か…」

「いいえ、この作戦に陽動なんてないわ」

「なに?ごはっ!?」

「私だって、戦えます!」


初霜は黒軍服の顔面に主砲を撃ち込んだ。威力は低いが動きを止めるには申し分ない。Romaとlittorioは続けて砲撃し、未だ再生の終わらない部分にさらに攻撃を加える。古鷹と加古もまた、この機を逃さない。aquiraの艦載機も、いつ反撃が来てもいいように常に上空を旋回している。


勝利の波風は我々にある、とRomaは思い始めていた。少なからずこの敵と渡り合っている、この状況に歓喜していた。


「攻撃、来るぞ!」

「全員離れて!aquira、爆撃準備!」

「了解!」

「このっ……小娘共がっ……!」

「今よ!」


黒軍服の異形の兵装がRomaに向けられたちょうどその時、上からの空爆によって黒軍服はさらに態勢を崩した。爆風に滅多打ちにされ、熱と衝撃波で苦しみのたうちまわる。


「あがっっ!?」

「よしっ!」

「aquira、次の用意もお願い」

「分かりました」

「ここまでは作戦通りですね!」

「そうね。でも油断はダメだよ。こっちも弾薬が無限にあるわけじゃないからね」


勝機が確かにあると、6人全員が思い始めた。Romaですら、前回の敗北を忘れたように、攻撃に苦しむ相手を見て勝者の微笑を浮かべていた。




ところが、そうはいかない。



「!?みなさん!ちょっと待って下さい!」


突然初霜は皆を呼び止めた。調子の出てきたところで急に攻撃をやめた初霜の顔は、恐怖というより、何か不可思議なものを見たような、疑問を浮かべた表情だった。


もはや敵は煙で見えなくなっている。悲鳴は聞こえていたから当たってはいるのだろうが、黒霧と硝煙の中は誰にも見えなかった。


「どうした、初霜。今なら奴を」

「そうじゃありません!あの、あの艦載機はなんですか!?」

「艦載機………?あれか?」

「あれはaquiraさんのじゃ……ってあれ?」

「私はまだ出してないわ」

「じゃああれは………」

「…………!全員、対空射撃用意!」



空に見える黒い点。目を凝らすとそれは、深海棲艦の艦載機であった。


無論不可解なことである。辺りに空母の敵はいないし、黒軍服は主砲を積んでいるから少なくとも空母ではない。野良艦載機なんてものはありえない。


「敵影ありません!黒軍服だけです!」

「Roma!対空を積んでるのは古鷹と俺だけだ!全員はカバーできない!」

「aquira!」

「だめ、間に合わない!」

「全員、衝撃に備えて!」


直上に来た瞬間、空高くから身を震わせるよう落下音が聞こえ、やがて自分たちの目の前に来ると、着水寸前で猛烈な爆発を起こした。


「ぐあああっ!!」

「きゃあああ!」

「くそっ!これは……っ!」

「痛っ!!」

「皆さん!」

「うっ!?」


爆音のせいで辺りの音が一瞬間消えた。そしてくぐもった音だけが聞こえるようになる。誰かが何かを叫んでいるようだが、聞き取れない。


視界の隅で、黒い艦載機が次の爆撃のために旋回しているのが見えた。今の攻撃で既にRomaは小破状態だ。辺りを見ると、他の艦娘も同様だ、無傷なのは機動力のある初霜だけだった。


「(装填が間に合わない……そもそも敵空母の姿が見当たらない……!まさか相手に仲間がいたなんて……)」

「(装甲が厚いから小破で済んだが、次食らったらシャレにならねぇ!早く立て直さないと…)」

「(私はともかく、皆さんは今すぐは動けない。でも私一人の対空では……)」

「(偵察機は空母なんて捉えていなかったわ……どこから現れたというの?)」

「(どうしよう……とにかく、黒軍服を先に始末した方がいいのかな)」

「(………或いはまさか………)」


息を整える6人に、無慈悲な冷たい声が響いた。


「流石に無理か、お前らでも」

「は……?」

「……そこの駆逐艦」

「な、なんですか……」

「辺りを見渡してみろ」

「え?………………………」

「どうだ?」

「おい、貴様何を……」

「何もありません。ただ、海が広がっているだけ」

「そうだ」

「あの……それが何か……?」

「………!馬鹿な……」

「え、加古、どういうことっ!?」

「辺りに誰もいないってことは、こいつ以外敵がいないってことだ…」

「それって……」

「つまり、艦載機はこいつが出したものということよ………」

「なっ……!?」

「そ、そんな……!」

「私自身驚いている。"こいつ"の素体がいいのか施術によって新しい能力に目覚めたのか……。とにかく、私は戦艦の主砲も持てれば艦載機も出せる、対空もできるし速力も優れたまさに万能な深海棲艦になっているらしい。火力はともかく性能だけなら一つの艦隊を賄えてしまう。素晴らしい」

「有り得ないわ…そんなの」

「目の前の現実を受け入れろ。何事にも例外というものがある」

「貴方……何者なの?本当に深海棲艦?」

「……………ああ。紛うことなく深海棲艦だ。ただし、元人間の、だかな」

「「「「「「!?」」」」」」


6人は石のように固まり、目を大きく見開いて黒軍服を見た。


元人間の深海棲艦、という事態を誰も理解できなかった。そしてそれを嘘と断定できるほど、相手に対して確証のある情報もなかった。


「元人間だとっ!?」

「ああ。少し前までな。色々あって人間としての生を終え、こうして深海棲艦としての人生を歩み始めたんだ」

「どういうこと!?人間が深海棲艦になるなんて聞いたことないわ!」

「私も知らなかった。そして最初は深海棲艦になっているとも思わなかった。しかし肉体が次第に変わっていくうち、否応無く理解してしまったんだ」

「ど、どうして、元は人間の貴方が私たち艦娘と戦うのですか」

「……私は深海棲艦なんだよ。元人間でも今は違う。私は一人の人類の敵として君達と戦っているんだ。それに過去の私はなんの関係もない。元人間だろうがなんだろうが、それは今の私の行動を左右しない」

「裏切ったということね…」

「違う。私は深海棲艦だ。だからお前たちと戦う。人間だった私は死に、新しく生まれ変わった私は深海棲艦だった。だからお前たちと戦うんだ」

「理解に苦しむわ……。一体何があったというの?何故貴方はそれを受け入れることができるの?」

「………」


黒軍服は突然黙った。するとそれに合わせるように艤装も黒い霧も消え、完全に無防備な状態になった。白い髪に赤い瞳、灰色の肌と真っ黒な軍服。よく見ると、色合いこそ違うがその姿はまるで自分たちのよく知る提督と同じような容貌だった。


「私はな………ある鎮守府の提督だった」

「はあ!?」

「ぐ、軍人……!?」

「当時は軍人としての使命と責任と誇りを持って軍役に務めていたよ。提督になって、君達艦娘とは毎日のように接してきた。残念なことに円満とは行かなかったが………」

「………」

「そんなある日、私の艦隊が深海棲艦の群れに襲われた。そのことを知った私は救援に幾人かの艦娘と共に向かった。あの時は作戦指揮のために私自らが行く必要があった。救援部隊と共に、私は小型ボートに乗って向かった」

「そうか……貴方はその時に…」

「激戦の末、私は深海棲艦の攻撃を受けてしまった。人間とは艦娘と比べてあまりにも無力だ。私はそこで一度、確実に死亡した」

「え?じゃあ、どうして…」

「そしてその後、私は深海棲艦たちに拾われ、蘇生手術を受けた」

「「「「「「!?」」」」」」

「そ、蘇生手術!?」

「ああ。失われた私の肉体部分に深海棲艦のそれを移植する手術だ。成功するかどうかは連中も分からなかったらしい。しかし結果、私は蘇り、人間と深海棲艦の肉体を持った異形の生物となった」

「そんな馬鹿な……」

「有り得ない…」

「私も最初は戸惑ったよ。だが、次第に人間だった肉体は深海化を始め、肌は灰色に、瞳は赤く、髪は白くなり、ついには海面を歩けるようになった。艤装も身につけ、人間だった頃とは比べ物にならない力を持ち始めた」

「そんな時、私たちと出会った」

「そう」

「………!」

「お前たちと出会った。正確にはお前たちでは無く、Romaと他の艦娘たちで組まれた艦隊にな。あれが私の初めての戦闘だった。あとはRomaから聞いているだろう?」

「ええ。なるほどね……。Roma、私たちはとんでもない相手と対峙しているようね。でも分からないわ。肉体はともかく、心までも貴方は深海化してしまったというの?艦娘に対する気持ちは無くなってしまったの?」


少し、黒軍服は口を閉じた。それは悲しみというより驚きの表情で、その後急に笑い出した。


「ははははははははは!!心!?気持ち!?まだ分からんのかお前たちは!それは"こいつ"がまだ人間だった頃の話だろうが!」

「なっ………!」

「なるほど……貴方もしかして……」

「私はつまり"私"ではないんだよ!深海棲艦と混じった時、人間の私は終わってしまった!"こいつ"はもう深海棲艦に、つまり、人間でない私になってしまったんだよ!!」



突然陽気に話し出した黒軍服を初霜は恐々としながら加古に問うた。


「あの……どういうことですか?」

「あいつの人間だった頃の人格は、あいつが一度死んだ時点で無くなってしまって、蘇生した時には既に移植された深海棲艦の肉体の影響を受けた、別の人格になってしまったってことだ……」

「二重人格とは違うんですか……?」

「ああ。あれは元の人間とは違う人格で、元の人間のはらもう無いんだ。あそこには人格は一つしかない」

「正確には、"こいつ"の人格が深海化の影響を受けて変質し、感情や思考がやや深海棲艦よりになっているといった感じだがな。まだ脳は完全には深海化してないから、"こいつ"も完全に消えてしまったとは言い難い。二重人格とも違う。わかりやすく言うと……私は"こいつ"の人格が分化したものであって、広い枠組みではつまり私もオリジナルの一部なんだよ。複数の人格が存在するのでは無く、一つの人格が二つに分裂してしまった状態だ」

「…………つまり、貴方もオリジナルの一部で、二つ目の人格ではないということ?」

「その通り」



6人とも完全には理解できていないようだった。艦載機といい言動と言い、目の前の男がただただ不可思議な生き物にしか思えなかった。


黒軍服は自身の発言を単に楽しんでいるように見えた。無論真意は定かではないが、やがて満足そうな顔をしてゆっくりと初霜に近づいた。



「こ、来ないでくださいっ!」ガチャ

「初霜ちゃん!」

「………」

「あ、貴方がなんなのかは分かりません。ですが、何者であれ敵対するなら攻撃します」

「………それはおかしいな。先に襲ってきたのは君達だ。それに、ここまで来て今更戦わないわけにはいかないだろう?」

「初霜、そいつから離れろ!なにか、何かヤバい!」

「降伏してください。元人間なら、私の慈悲をどうか察してください」

「………」

「初霜ちゃん!作戦を忘れないで!あくまでそれは深海棲艦よ!」

「………なあ」

「え?」

「お前たち、北方鎮守府から来たのか?」

「……そ、そうですが、何か?」

「いや………一度しっかりと分からせてやらないと、君のような奴は理解できないなと思ってな」

「え?は?」



ゾッッッ!



初霜の耳に聞いたことのない音が聞こえた。同時に視界が真っ暗になったので、気絶したのかと思ったが、すぐにそれが黒い軍服だと分かった。今の音は、海面を物凄いスピードで移動した音だと理解した。


初霜の肌に、一斉に飛び立つ鳥の群れのように汗が滲む。状況を理解した脳から出た電気信号は足を刺激して、悲鳴より先に身体が動いた。


「(と、とにかく距離を……!)」

「無理だ」

「え!?」


後ろへ跳ぶ瞬間、がっしりと左腕を掴まれてしまい、黒軍服はそのまま思い切り下に振り下ろすと、ガゴッという鈍い音が聞こえた。


「うぐっ………!?うっっ……くぅ………!!」

「肩を外した。人間の技が通用するかどうかは賭けだったが、どうやらうまくいったらしい。どうだ、今まで感じたことのない痛みだろう」

「はぁ…はぁ……あっ、いっ……!!」

「初霜!」

「大声をあげないのは感心だな。しかしそれでは艤装は使えまい。いや、痛みでまず動けないか…」




瞬間、加古が背後から黒軍服に向かって飛び出した。普段なら声を上げて向かうはずが、相当焦ったのか一言も発さずに接近した。そばで蹲っている初霜のことを考え、艤装は使わずに直接拳でぶん殴った。


「おごっ!?」

「だ、大丈夫か!?初霜!」

「は、はい……ありがと……ございます……」

「加古!早く離れて!」

「分かってる!よし、持ち上げるぞ」


砲撃を予想していたのか、黒軍服は加古の奇襲をもろに喰らってしまった。立ち上がろうとする隙に、加古は初霜を抱えて後ろに下がる。


肩を治せる者はいない。初霜は外れた肩以外は問題なさそうだが、ここでリタイアだと全員が判断した。十分に距離がある場所に初霜を降すと、他の5人は作戦通りの陣形を取った。ここで怒りに身を任せてしまうことなく、あくまで作戦通りに行動できたのは、それだけ彼女らが優れた艦娘であるということを意味する。



再び、黒軍服の周りを黒い霧が覆う。そしてそこから先ほどと同様に、禍々しい艤装が姿を現した。今度は戦艦級の大型砲身のみで、航空甲板や艦載機は見えない。


「(確かに凄まじい兵装……だが)」

「(これなら問題ない……)」

「(5人がかりでなら十分やれる!)」

「(どうあがいても相手はたった一人……)」

「(勝機は私たちにある!)」


彼女たちの考えは決して間違いではない。


数々の戦場を生き抜いてきた彼女にとって、この状況で敗北することは経験上まずあり得ない。多対戦ですら場数は相当踏んでいるし、数の有利がこちらにある場合なら負けたことは一度もなかった。さらにこの高練度艦隊。初霜は運悪く敵にやられてしまったが、それは一対一の状況だったから。もし複数の敵に同時に攻撃されれば、黒軍服とて太刀打ちできない。


円形のこの陣形……こうなればもはや相手の速力は問題ではない。どう動こうがだれかは確実に攻撃を与えることができる。無論、円の中の敵を取り逃がしてしまうような失態を起こすつもりもない。


「む………これは私の方が不利か……」


初めて、黒軍服の顔に焦りの表情が浮かんだ。その瞬間、Romaは目を大きく見開いた叫んだ。


「撃てーッ!!」





途端に全員の砲身、艦載機が火を吹いた。加古と古鷹はテンポ良く砲撃を始めた。戦艦と比べれば装填時間が短く、しかし軽巡と比べれば高火力が出るため、パワフルかつ素早い攻撃を相手に容赦なく叩き込んだ。互いに主砲の装填時間と攻撃時間が重ならないように、つまりどちらかが常に攻撃しているように息を合わせて砲弾を放った。


Romaとlittorioは、流石に回転率が低いが、その分圧倒的高火力で敵に確実に命中させた。普通、遠距離からの砲撃などを行う戦艦ではあるが、至近距離ならその威力は桁違いだ。加古と古鷹の砲撃の音をさらに掻き消す爆音と衝撃波、そしてそれによってまるで渦潮のように波打つ海面は、敵ながら相手が不憫に思えてくるほどのダメージを想像させる。


aquiraは、上空を旋回しつつピンポイントで敵を爆撃するよう艦載機を飛ばしていた。経験による差がもっとも大きく分かれるのは空母だろう。艦載機をどのように扱い、どう動かし、どうすれば効率よく立ち回れるか。この差がその空母の戦力に直結する。その点においてaquiraは北方鎮守府の中でも随一の腕前であった。


多方向からの砲撃と上空からの爆撃。煙でどんどん辺りは見えなくなっていくが、円から外に出てないということから、おそらく今も確実に敵に当たっていることが分かる。それに、彼女らの今回の戦い方は敵一人を狙う、というよりは円の内側の全てを狙うもの、つまりは範囲攻撃だ。敵がどうしようが決して逃れられない。




全員が8割ほどの弾薬を消費したところで、全員攻撃を辞めた。残りの2割は帰路で敵に万が一にも遭遇した場合のことを考えて残している。しかしそれまでのノンストップの攻撃によって、全員が息を切らし、辺りは硝煙の匂いが頭が痛くなるほどに充満していた。潮風もあるのに、煙と匂いは中々消えなかった。


「沈みましたかね……?」

「あの量を喰らって生き残る深海棲艦はいないでしょう。通常の姫級でも5体は沈められるわ。むしろ、跡形も残ってなくて死体の確認ができないということの方を心配しているわ」

「もうとっくに沈んでるんじゃねぇか?」

「初霜ちゃん、大丈夫?」

「はい、だいぶ落ち着きました……。やったんですね」

「とにかく、確認してからじゃないと……」


ふと強い風が吹いた。それは一気に黒い煙を吹き飛ばし、目当ての敵の惨状を露わにした。


現れたのは、すでに人の形など留めていない、紙切れほどの燃えかす、ではない。



「ばっ、馬鹿なッ!?」

「そんな………」


現れたのは、何食わぬ顔をして胡座をかいている黒軍服の姿だった。





「お前たちなぁ………」

「はぁ、はぁ、はぁ」

「ろ、Romaさん……」

「やたらめったら撃ち込んで……私じゃなかったら確実に死んでるぞ?」

「な、な、な、なんで……!?」

「嘘だ……こんなことって……」

「よっこらせっと……」


黒軍服は狼狽る6人に深くため息をつき、呆れ返ったような顔をして立ち上がった。本当に、つまらなさそうな表情だ。対する6人は恐怖と焦りで血の気の引いた真っ青な顔をしているが、それすらもどうでもよくなっているように見えた。


「考えてみろ……私が何故あの時貴様らの仲間を流したと思う?」

「は、はあ?」

「賭けていたんだよ。まだ会話の成り立つ相手なのではないかと。戦力差に絶望して、私とあの島の深海棲艦たちを見逃してくれるのではないかと。それを汲み取ってくれるような良識の持ち主が、君達の中にいるのではないかと。しかし結果はこのザマだ」

「貴様、なにを……」

「よってたかって一斉砲撃、でも結局私は無傷だ。そしてお前たちは今、弾薬は少ししか残っていない。反撃の手立てがない。このまま私に倒されるしかない」

「何が言いたいのですかっ」

「お前たちは前回から何も学んでいなかった。それがとても残念だ……。できることなら、君たちは私の話には目もくれずに逃げ出して欲しかったんだよ。しかし、君たちは果敢に立ち向かってしまった」

「……ならどうする、我々を殺すのか?」

「…………」



黒軍服ふと考え込むような仕草をした。暫く黙り込んだ後、うんざりした顔で言った。


「いや……君達を倒してもまた次が来るだけだ。今度はこちらから行く」

「え?」

「私はこれから北方鎮守府に向かう。そして、君たちの同胞を壊滅させる」





















後書き

改めて振り返ると、提督と艦娘の過去の話めっさ長くなっていることに気づかされました。でも構想の半分にも行到達していないので、まだまだ話続きます。


あ、私事で申し訳ないんですが、なんだかんだ受験に合格し、無事に志望校に行けることになりました。最近はウィルスのニュースばかりで悪い知らせしかないように思えますが、ちゃっかり朗報もあるものです。


その内また投稿します。読んでいただけることを心から願っております。


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1件コメントされています

1: ゆうちん 2020-04-04 02:59:54 ID: S:criMOR

待ってました〜


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