2018-07-27 20:24:21 更新

〈執務室〉

やあ読者諸君。私だ、宮本會良だ。



前回作、"提督「死にたがりの化け物」"は読んでくれたかな?三部に分かれていてちょっと長めだが、読んでくれると嬉しい。いや、読んでくれないとこの話を読む上でわからないことが多いと思う。



いやはや、冒頭から本編じゃなくて申し訳ない。しかし、作者のご意向なのでね。私は逆らうことはできないんだ。




さてさて、宣伝はここまでにしておいて、そろそろ本編を始めようとしようじゃないか。



私の、化け物の物語を。















[0700]

〈所変わらず執務室〉

私は基本、誰かに起こしてもらうわけでも、ひとりでに起きるわけでも、鎮守府の起床のラッパの放送で起きるわけでもない。


けたたましい音で私の意識を覚醒させるのは、少し錆び始めた目覚まし時計だ。


この時計、私が高校生の頃から愛用しているもので、その音の不快さと、止めるまで決して衰えることなく鳴り続ける性能から、嫌でも(といっても普通に嫌いなんだけれど)起こされる優れものだ。


私物はほとんど捨ててしまったが、この時計だけはなかなか手放せない。



しかし今日、



今日もこの時計が私を起こしてくれた、わけではなかった。


聞かれてもいない時計の説明をしておいてなんだが、今日私を目覚めさせたのは忌々しきこの時計ではない。



「ぺろっ…………ちゅっ、んん、はぁはぁ…………んんっ、ちゅぅっ………提督………はぁ、じゅるっ、むちゅ………」

「………………んむ!?!?」



鹿島のキスだった。








[0730]

〈食堂〉

食堂兼会議室兼宴会場であるここは、増築をしたことで、最大百人程度を収容可能な広さになっている。


これは、食堂の席が空いていなくて困る、という私のトラウマのせいでもあり、会議において参加できないものがいては元も子もないということもあり、また、祝杯をあげるにはひとつくらい広い空間があってもいいだろうという、合理的で自己中心的な意見で作られた。


しかしお陰で、艦娘は朝はみな決まってここに来て朝食をとる。昼食と夕食は遠征や哨戒任務のこともあり、大勢で集まってとはいかないが、朝は比較的多くの艦娘がここに集まる。


これは持論だが、食事のうまさは、共に食事をとる親しきものの数に比例する。



以上のことから、まあとにかく、この食堂は広く作られている。



しかし、この広さを全く無視して、艦娘たちはあまり余った空間をドブに捨てるが如く、私の周りに集まっていた。



「(今日もせまいな………なんで他にもテーブルがあるのに、こぞってここで食べようとするんだ?私が来る前までは、こんな端の席はだれも使わないのに…………)あ、榛名、醤油取ってくれ」

「はい!どうぞ」

「ありがとう。カツにはやっぱり醤油だな。ソースも悪くはないが、ちょっとこってりしているし」

「ええ、そう?私はやっぱりソース派なんだけどなー」

「うーん、やっぱりそこは趣味というか、感性によって変わるからなぁ。赤城、お前はどうなんだ?」

「私を食いしん坊キャラみたいに扱わないでください!なんで真っ先に私に聞くんですか!………でもまあ、正直私は辛子をつけるのが好きですね」

「ほう。たしかに辛子も悪くないな」



ああ、なんて理想的な日常なんだ。例えるなら学校の給食の時のような和やかさ。他愛もない話でも、彼女たちとならやはり悪い気はしない。



「しかし、いつも食べてもこの味噌汁は美味いな。具は毎日(日替わりを頼んでいるので当然といえば当然だが)違うから飽きることもないし。間宮、いつもありがとう」

「い、いえ!私にできることは、皆さんに美味しいご飯を食べてもらうことですから!(提督に褒められました…………んっ、体が熱くなってしまいます…………)」



そうそうこういう会話こそ、私が求める人との距離感。理想的な艦娘。


なんか間宮が顔を赤くしてモジモジしているが、そんなに嬉しかったのかな。




しかし忘れてはならない。こんな平穏も、ふとしたことで崩れ去る。


例えば、たった一つの失言でもだ。



「私ももし誰かを嫁にとるなら、これくらい料理が上手いといいな〜」

「「「「「……………………」」」」」

「はははっ、いや冗談だ。軍人たるもの、まずは国のために働くのが最優先。私情を優先してはいかんな。ははははは!」

「「「「「………………」」」」」

「ははははは………あれ、お前たち、どうしたんだ?」

「…………提督」

「ん?どうした、加賀」

「提督は、料理のできる女性なら、誰でもいいのですか?」

「いや、別にそういうわけでは………(え、なにこの剣幕。加賀、もしかして怒ってらっしゃる?)」

「では、一体どこで、提督は女性に優劣をつけるのですか?」

「か、加賀?なんかちょっと話が読めないんだが、一体、」

「提督、質問に答えてください」

「はい、すいません!(待って結構怒っている!なんで急に怒っているんだ!?あ!そうだ赤城、お前なら助けてくれるよな!?)」

「……………」プィッ

「(なんかそっぽ向いて目を合わせてくれないんですが)」



よく見ると、加賀や赤城だけでなく、周りにいた他の艦娘もちょっと、いやかなり不機嫌な顔をしていた。


間宮はますます、顔赤くしている。嬉しそうにも見えるのは気のせいだろうか。










こういうことが最近増えた。いや、どうもここのところ、艦娘たちの様子がおかしい気がする。


特に最近、艦娘のスキンシップ………ないし積極性が増した気がする。


というのも、あの一件、私が失踪を起こしたあの一件以降だ。



十日間目が覚めずにいた私を見て、艦娘たちが大泣きして、そのあと三日間は全員で仕事中も食事中も睡眠中も私にベッタリつきまとっていたのは記憶に新しい。


流石に仕事に支障が出るからと艦娘たちを説得し、あの一件から1カ月経とうとしている今では、以前のような日常が戻ってきてはいるが、しかしやはり、艦娘との距離が、どうも近くなっている気がしてならない。


例えば今朝のことだ。上司と部下という観点から見た時、理想的な距離であった鹿島も、今ではキス(がっつり舌を入れてくる。口を閉じていても舌で無理矢理口腔内へ侵入してくる強烈なものだ)で朝を迎える始末。


一時は手首に鎖を繋がれて『提督の身の安全のため』と言われていたこともある。もっとも、ことごとく私が自力で破壊したために皆それは諦めたが。



とにかく。



どうも彼女たちは最近やけに近い。


いや、嫌われるよりははるかにマシだが、どうもこれが、俗に言う、男女の仲に発展してしまいそうで怖い。


私としては、愛しい彼女たちには幸せになってもらいたい。私以外の誰かの手で、私以外の誰かと共に、艦娘として、そして、一人の女性として、幸せになってほしい。


しかし、彼女たちの幸せに私が介入することがあってはならない。散々彼女たちを苦しめてきた私が、今更手のひらを返すことなどできない。それは許されない。



これだけは譲れない。私が私を許すことは絶対にありえない。


この化け物は、死を待つだけの存在でいい。







「……………」

「………提督?」

「ん、ああ。間宮か。どうした」

「いえ、なにやら難しい顔をしていらしたので………」

「………そうか?別に、ちょっと考え事をしていただけだ」

「………提督がそういう顔をなさる時は、いつもなにか傷を抱えてらっしゃる時です」

「………ふふっ。そんなことがわかるなんて、間宮はそんなに私のことを見ているのか?」

「!! い、いえ、別にそういうわけでは………いやいや!でもまあそうなんですけど、えっと、あの……」

「ちょっととからかっただけだ。それに、本当にただ少し考え事をしていただけだよ」

「そうですか…………?………でも」



間宮はそっと私の後頭部に手を回し、座ったままの私を自分の方へ抱き寄せる。


唐突なことで、私もつい中腰の姿勢になってしまう。



「私は、私たちは、いつでも提督の身を案じております。一人で思いつめないで、好きな時に好きなように、私たちを頼ってくださいね」

「…………すまない」

「こういう時は、『ありがとう』の方が、相手は喜ぶものですよ」

「……………ありがとう」



艦娘は人間ではない。しかし黒崎曰く、99.6%人間のそれに類するもので構成されており、やれ建造だ解体だとぬかすわりには、艦娘はほとんど、人間と同様の生命体として認識されるようになった。実際、飯を食ったり、疲れもするし、身だしなみや服装にも気を使い、血を流すし涙も流す。


それは体温も例外ではない。



「ちょっ、間宮。そろそろ離してくれないか?結構この体勢きつい………。(間宮め…なんでこんなにあったかいんだ?それになんかいい匂いする………。いかんいかん!こんなことを思っては彼女たちに失礼だ!)」

「うふふ、だーめーでーす♪(提督がこんなに近くに…………。だめ、もう私、そろそろ我慢の限界かもしれません……❤︎)」



無論、感情も例外でなく、嬉しいとか楽しいとか悲しいとか苛立つとか。


そう、嫉妬、とか。



「間宮さん」

「あら、どうしたの曙ちゃん?」

「そろそろクソ提督から離れてくれない?やっぱりこういうのは、鎮守府の風紀的に良くないと思うんだけど (いくら間宮さんとはいえ、限度ってものを弁えなさいよ)」

「えーと。もしかして、曙ちゃん、嫉妬してるの? (もしかしなくてもしているだろうけど、曙ちゃんは素直じゃないからきっと………ふふっ)」

「は、はぁ?なんで私が嫉妬するのよ!クソ提督を抱きしめたって、嬉しくもなんともないのに! (ほんとは羨ましい!嫉妬で頭が狂ってしまいそう!なのにどうして私はいつも素直になれないの!)」



挑発にも聞こえる間宮の発言に、あからさまに狼狽える曙だが、すぐさまいつもの、あの当たりの強い曙に調子を戻す。その表情に若干影を落として。



抱きしめられているせいで、右目でしか周囲を見渡せないが、なかなかどうして、みんな殺気立っているように見える。


視線の先は…………間宮?




「あら?て、い、と、く?そんなところで何をなさっているのですか?」



背後から声。聞き覚えのある、いや、かなりさっきまで聞いた声だ。


わかっている。私の後ろにいる艦娘の名前を。ここ最近、他のどの艦娘より、包み隠さず私に接近してくるこの艦娘を。



そう思うと、肩をがしっと掴まれて、そのまま視界が右回転で180°回転する。


そして再び、今度は、間宮とはまた別の暖かさ、柔らかさ、匂いの暗闇が目の前に広がる。



つまり、また抱きしめられている。そろそろ腰が限界だが、そんな場合ではないことが容易にわかる。



「か、鹿島か!?いきなり現れて一体何を…」

「だめじゃないですか〜。たしかに私たちはみんな、提督のことが好きですが、私の目の前で私以外の人とイチャイチャするのは、ちょっと見逃せませんね〜」

「いや別にイチャついていたわけでは………。というか、お前も離してくれ!こんなこと、上司と部下で許されるわけが……」

「…………チッ。鹿島さん、提督もこういっていますし、そろそろ執務の時間です。お戯れも大概にしないと、」

「あらあら加賀さん?さっきまで提督を抱きしめていた間宮さんを見て、あんなに羨ましそうに、いいえ、妬ましそうに見ていたのに、そんなことを言うんですね」

「な、なにを………」

「加賀さん代わります?こんなに提督の顔が近くにあって、こんなに提督の温もりが近くにあって、こんなに愛しさがこみ上げてくることなんてそうそうありませんよ?」

「お、おい鹿島 (鹿島!?もしかして酔っ払っているのか?いつもは優しく微笑んでみんなと仲良くしている鹿島が、なんか今日は好戦的じゃないか!?)」

「提督は静かに」ギューっ

「んぐ!?んんんん!」ジタバタ

「いえ、別に私は………」

「そうですか?では私はもって楽しませてもらいますね♪」さらにギューっ

「んんんん!!(こらいい加減離せ!)」

「〜〜〜〜〜!!頭にきました……!!」



周囲の風景が見えないから断定できないが、なにやら金属音、否、機械の音が沢山聞こえる。おそらく、何人かの艦娘が艤装を展開し始めたのだろう。


まずい。これは幾度か体験したことのある雰囲気だ。このままでは戦争が起こってしまう。



しかし、



「うふふ。提督がいるなか、私に向けて攻撃なんてしていいんですか?もしかしたら提督がお怪我をしてしまうかも………。」

「別に構わないわ。提督、少し痛いかもしれませんが、耐えてください。」

「(やっぱり加賀だな………。人質を取られても怯まないところは本当に優秀………いやいや、だから戦わせたらだめなんだって!)んん!んむむむ!」

「チッ、仕方ありませんね………。これも私と提督の愛のため。負ける気はありませんよ!」

「(やめろ鹿島!練巡がたった一人で勝てるわけない!………というか本当にそろそろお前らやめないか!)」








ジリリリリリリリリリリリリリ!!








「「「「「………………」」」」」

「か、鹿島、離してくれ。電話に出なくちゃならない」

「…………………わかりました。名残惜しいですが、仕方ありません。」



鹿島は後頭部の拘束を解き、同時に私は温もりから解放される。


本当にもったいないという顔でこっちを見る鹿島を一瞥し、急いで電話の元へ向かう。



ちなみに、艤装は何人か、どころか、間宮や潜水艦たちを除く全員が展開していて、天龍に至っては勢い余ってか既に刀が床に突き刺さっていた。


あとで修理しておかないとな………。



耳障りな音で誘う電話の受話器を取る。


「はい、こちら○△鎮守府。」

「やあ」






がちゃん!!!






ジリリリリリリリリリリリリリ







「はい」

「いきなり切るなんてひどいなぁ。親友からの電話だっていうのに」

「一体なんのようだ黒崎」



一応食堂の扉に警戒しつつ、受話器の向こうの相手の声に耳をすませる。



「ははっ、世間話の一つでも思ったんだが、どうも君はそういうのには興味がないようだ。まあいいけど。まずは残念なお知らせだ。実は今僕は南西諸島のとある鎮守府から電話をかけていて、君の鎮守府にはいないんだ」

「なんだ……それはいい」

「いつもなら堂々たる登場をするのだけれど、残念なことにそれはできないんだ。許しておくれ」

「いや、お前が勝手にやってるだけだから。艦娘たちも何人か本気で嫌いだって言ってたぞ」

「悲しいなぁ………」



自業自得だ。



「で、結局なんなんだ?」

「ん、ああそうそう。実はね、ちょっと任務のことで話があってね」

「任務?」

「ああ。多分近々、君のところにもその任務が通告されるだろうけど、一応伝えておこうと思ってさ」

「ふうん?それはなにか、重大な任務なのか?」

「うーん、どうだろう。いや、きみんところにとっては、かなり重大な任務であることに間違いはないね」

「なんなんだ、それ。大規模作戦がなにかか?」





しばし沈黙。






「………………………………………………………"ケッコンカッコカリ"。聞いたことは?」

「!! ある………詳しくは知らんが」

「うん。名前だけ聞いたらわけわかんないよね。まあでも、ケッコンといっても形式的にそうであるだけだから、まあ気にしないで。」

「しかし………そのケッコンカッコカリ?というものは、どういう任務なんだ?」

「ん?いやいや、それら書類とか来てからの方がわかりやすいと思うよ。と言っても、一週間後くらいにはなっちゃうと思うけど」

「………………まあいい。それで、そんなことを伝えるためにわざわざ電話を?」

「いや、伝えたいのは一つ。」

「?」

「"指輪一つは結構高いから注意してね"だ」

「はぁ?それはどういう、」

「じゃ、僕は仕事があるから!」

「あっ、おい!」






つー、つー、つー、つー、






がちゃん。







切られてしまった。


大体いつも電話する割に、結構近くまで来ている(前回のように目の前まで来ている)ことが多い黒崎だが、今回はどうやら本当にいないらしい。


ここの艦娘は黒崎を毛嫌いしているので、お互いのためにもその方がいいといつも思っているのだが。



それにしても、ケッコンカッコカリ、か。


知っているのは名前くらいで、詳しい内容は全くわからない。艦娘との結婚…………?いや、そもそも今そんなことしていられるほど人類が優勢なのか?それにカッコカリっていうのがまた引っかかるな………。


任務名にしてはふざけた名前だ。本当に大本営から通達される任務なのか?もしかしたら黒崎のいたずら?いや、それでは私が事前に知っているということに矛盾が…………。



「提督」

「ん?なんだ?」

「……………その」もじもじ

「んー?(まさか独自の暗号か?それほど重要な任務ということか………いや、深海棲艦も馬鹿ではないし、暗号程度ならあまり意味がない気が……)」

「先ほどの話なんですが」

「ん?ああ。(艦娘とケッコンカッコカリするわけでは、ないだろうな。そもそもルーツが違うのに………待て待てそれは偏見だ。一般人にも機械や壁に恋をしたという例は少なくないと聞いたことがある)」

「…………提督?」

「……………。(ではやはり結婚なのか?しかし結婚が任務なんてことがあるのか?誰かに命令されてやることでもないだろうに。うーん、このずれにカッコカリというものの由来があるのかもしれない)」

「提督、提督!」

「………………。(まずは書類を見てからだな。艦娘たちに関係するものなら後々説明した方がいい。変な誤解を生んではたまらん)」

「提督!!!」

「うわぁ!?びっくりした!(うわぁ!?びっくりした!)」



声の方向を向くと、頰を膨らませた島風がいた。先ほどから何回も呼んでいたらしい。全く気がつかなかった。



「もう!何度言ってもこっち見てくれないなんてひどいよ!」

「すまんすまん。ちょっと考え事してた」

「提督は考えすぎ!もっと素早く!即決即断即行動で生きないと!」

「う、うむ………」



早さに定評のある島風は、行動だけでなく、思考や行動理念においても素早さを求めようとする。いつか痛い目にあうんじゃないかと心配してしまう。



閑話休題。



「ところでさ、」

「ん?」

「さっきの電話…………」

「ああ、あれは……………黒崎からの電話だ。ちょっとした任務の話だけだ。今日はここに来ていないから安心しろ。(ケッコンカッコカリのことはまだ伝えなくていいだろう………今説明しても混乱を招くだけだ)」

「"ケッコンカッコカリ"って………………?」



…………………………………………………。



「(バレてるぅ!?な、なぜ!?)あー、えーとそれはだな…………」

「?」

「んーーーーーーーーーーー、あれだ、暗号だ。そう、任務の名前のな」

「暗号?」

「そうそう。最近深海棲艦もこちらの言語を理解し始めているからな、あえて意味不明な言葉や、明らかに違和感のある会話をすることで奴らを混乱させy」

「嘘だよね?」

「………………………………いやいや、これが本当のことなんだ。だからそn」

「嘘なんでしょ?島風、ううん、みんなわかってるよ」

「えーーーーーーっとーーーー(みんな目が据わってる……これはまずい。何かよくわからないがとにかくまずい)」

「ねえ、ケッコンカッコカリってなんなの?もしかして、提督とこの中の誰が結婚できるの?それとも、提督が誰か私たちの知らない人と結婚するの?」

「いや、だから私もそれはわからなくてだな………」

「嫌だよ、提督が誰かと、島風以外の誰かと結ばれるなんて。提督は島風だけのものなんだから、他の誰かに取られちゃうなんて絶対にダメ。提督は島風だけを愛して、島風だけを見て、島風だけを思っていればいいの」

「し、島風?(なんか目に光がない。というかなんか怖い)」

「そもそも島風は提督には私以外の誰とも会って欲しくないし話して欲しくない。だけどここは鎮守府でそれだと成り立たなくなっちゃうから今は我慢しているけど、そんな私の努力も無視してどこの馬の骨かもわからないメスと結ばれるなんて絶対ダメ。絶対、絶対にね……」



そういって島風は私に抱きつき、そのまま埋もれるように力を込めてくる。



「いやいや、本当にまだ詳しいことはわからないんだ。憶測だけで伝えたくないからお前たちには話したくなかっただけなんだ。ほらあれだ、そろそろ書類が届くらしいから、それまでは大人しく待っててくれ」

「提督さん」

「ん?なんだ瑞鶴」



次の瞬間、瑞鶴は私の右手を取り、自身の左手の指と絡み合うように握った。あまりにも一瞬、唐突なことで全身に鳥肌が立つ。



「じゃあ、そのうちその書類が来たら、真っ先に私を呼んでね?他の子じゃだめだよ。私、この私を呼んで」

「ち、ちなみになんでだ?」

「もし仮にそれが、提督の結婚に関わることなら、つまりそれは私に関わることでしょう?提督には私がいるのだから、他の艦娘と結婚するなんてありえないもの。そうでしょ?」

「だからそうと決まったわけでは、」

「瑞鶴」

「…………………なに?加賀さん」



右手を強く握ってくる瑞鶴に対し、加賀は余った左手を右手で、また指が絡み合うように握ってくる。


確か、"恋人繋ぎ"?だったか。ん?恋人?




「まるで正妻気取りで勝手に話を進めないでちょうだい。あなたの考えなんてたかが知れているけれど、私が見過ごすわけないでしょう?」

「ふーん……………加賀さんも、ケッコンカッコカリに興味あるんだー」

「任務なら当然でしょ。私に限らず、みんなそれなりに考えているはずよ」

「…………別にいいけど、私には譲れないものがあるの。だから邪魔するようなら、いくら身内といえど容赦できないかな」

「五航戦が調子にならないで。豚に真珠ってことわざ知ってるかしら?」



何一つ具体的な話をしないが、なにやらいつも以上に険悪な雰囲気だ。


加賀は常に冷静沈着で、あまり感情を表に出さない性格だが、今は、私の左手を握る力から察するに、相当怒っている、否、威嚇しているようだ。


対照的に瑞鶴は、かなり素直な性格で、感情を隠さないタイプだ。しかし今日はかなりセーブできているらしい。いつもなら声を荒げて加賀につっかかる瑞鶴も、今は落ち着いた口調で話している。



「な、なぁお前たち、よくわからんがそろそろ手を離してくれ。ほら、島風もいい加減離れてくr」

「テイトクーーーーー!!!」



背後から小さな衝撃。その主は私の下腹部に腕を回し、格闘技の技を決める直前のような状況になる。



「こ、金剛!いきなりどうしたんだ。転んだら三人に迷惑だろ」

「テイトクは私のダーリンネ!誰にも渡すわけにはいかないデース!」

「お、おい、お前は突然なにを」

「テイトクを完璧に理解しているのはこの私デス!ケッコンカッコカリ?がなにかはわかりませんが、相手は私に決まってマース!」

「だから何度も言っているけど、詳しいことがわからないとなんとも言えないんだ」

「他の子になんて渡さない!テイトクは私のもの。私はテイトクのもの。この関係は誰にも邪魔させないネ!」

「人の話聞いてくれ」



いつも積極的な、かなりあからさまなアプローチをしてくる金剛は、少し出遅れてではあるがやっぱり堂々嫁宣言をしてくる。嬉しくないわけではないが、今はややこしくなるからやめてほしい。


しかし悲しいかな、この金剛の発言に触発される艦娘は多かった。



「お前が提督の全てを理解しているだと…………?ふざけるのも大概にしとけよ?」

「あらら〜?人の夫を取るなんて、みんなどうにかされたいのかしら?」

「ふん、くだらん。こんな脳内お花畑の奴らは放っておこう。それより提督、その、結婚の話なんだが………」モジモジ

「提督は私と結婚するっぽい!みんな勝手に言い争っているけど、提督は夕立と愛し合っているから無駄っぽい!」

「ううーん、これは大スクープですね!ひとりの男を取り合ってみんな大騒ぎですよー。まあでも、提督は私のものなんですけどね」

「提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督…………」

「誰にも渡さないにゃ…………提督と多摩の世界に、誰一人入れさせないにゃ………」



修羅場である。



ハーレムだとかモテモテだとかそういうのではない。


私という個人を占有すること。それを望むものたちが互いに蹴落とし合わんとする、まさに殺伐とした空気。戦慄という言葉をそのまま具象化したような光景。


あれほど艤装は鎮守府内ではつけるなと言ったのに、もう当たり前のように展開している。深海棲艦を倒すためのそれを、味方を傷つけるために使おうとしている。



これはいけない。




「お前ら、そこまでだ」

「「「「「!」」」」」



私にこの修羅を止めることはできない。私個人ではどうしようもない。


しかし、私は人であり、深海棲艦であり、化け物であり、男であり、軍人であり、


提督、なのだ。



「それぞれ今日の任務に戻れ!いつまでも食堂にいては全体に遅れが出る」

「「「「「……………」」」」」

「ケッコンカッコカリに関しては追って連絡する。それまでは任務に集中するよう。鹿島、お前も執務室に戻って仕事だ。」

「あう…………はい」



皆とても不満そうな顔で食器やらなんやらを片付け、そさくさと食堂から出て行った。間宮もまた我に返って、慌ただしく厨房で後片付けを始めた。鹿島はスケジュールを確認しているのかファイルを眺めている。


提督としての権限をこういう時に使うのは、本来のそれの役割ではない気がするが、彼女たちを落ち着かせる最後にして決定的な手段だ。


まあ、以前はそれすら聞き入れてもらえなかったが。



「よし、今日も頑張ろう」









[2300]

〈母港〉

夜の海はとても静かだ。



昼間は青空の海原が水平線で混ざり合い、まるで真っ青な球体の中にいるような気分になる。空と海の境界線は消え失せ、母なる海と大いなる空は完全に同化する。


これは夜も同じだ。空が暗くなれば、海も暗黒が蠢くような姿に変貌する。


月明かりがあれば、青白いその光に海面が照らされて、とても幻想的な雰囲気を味わうことができる。星の一つも見えない真っ暗な夜ならば、波が砂浜に到達し、また海に戻っていく音だけが暗闇に響く。寂しいように思えるが、音のみの世界も一興である。



今の母港からみる海の様子は、その半々のような具合だ。


空には雲がいくつかあり、それに月が隠れて、その淡い光は先程から出たり入ったりしている。海はそれに伴いはっきり見えたり、また消えたり。



夜戦のことを考えると、雨も風もなく、おまけに月明かりもある海が理想であるが、私はこういう、照らすのを勿体ぶるような、そんな月の出方の方が好きだ。たまに、ふと思い出したかのように光を放つ月の方が、少ない時間だからこそ美しいと感じる。



「今日の月はひときわ明るいな………」



誰もいない母港に佇み、自然と口に出していた。








[約15分前]

提督という仕事は、艦娘の指揮や戦略を立てることより、執務室で書類の始末をする方が余程多い。もしデスクワークがしたくないのなら、決して提督という職業はお勧めしない。


女である艦娘には戦わせて、男の私は机上でペンを走らせるだけと、こう言っては聞こえが悪いが、それでもこの提督という仕事も大変なものである。


この鎮守府は私が来る前からそこそこ大きな規模の鎮守府で、その分私の仕事も多い。そこでここ最近は(と言っても、いったいいつからと言われれば答えられないのだが)、艦娘である鹿島に執務を手伝ってもらっている。


彼女のスペック…………つまり、執務に関する仕事の速さは尋常ではない。私の三倍のペースで処理していく隣で、トロトロと書類を片付ける身としては、なんとも申し訳ない気持ちになる。ありがたいもので、鹿島の手伝いのおかげで、私も毎日、2300には眠れる生活を送れている。



そんなこんなで今日もまた、その十分前ほどに執務が終わり、私は厠に行って床に着こうと思っていた。



執務室と自室は扉で繋がっていて、執務室に入って正面の執務机の右側の壁に、無機質なドアがある。そこが私の部屋の入り口である。


よって、まず執務室の扉を開けて、そこから自室のドアを開ける必要があるわけだが、私が異変に気付いたのは1枚目の扉だ。



「(………………!!)」



生物には、"気配"と呼ばれるものがある。


実際に見えるわけではないが、そこにいるぞという予感。触れられるわけでないが、ここにいるぞという圧。


軍人として生きている以上、多少なりともその予感に気付くものだ。


例え、相手が艦娘でもだ。



「(執務室の中に誰かいるな……………複数人。明らかに待ち伏せだ。ドアに隙間からは明かりが見えない。)」


薄暗い廊下で一人、執務室の扉を睨みつけ中の様子を推測する。



「(しかし何故待ち伏せを?用があるなら普通にしていればいいはず。……………まさか私を殺すために?そんなわけはないか。いや、そうだったなら最高なんだが)」



気配というものは、普段はあまり気づかないものだが、周囲に気配がない状況や、人があまり多く立ち入らない場所では、そこにいる気配は目立つことになる。気配を消すという言葉があるが、私に言わせれば、気配に隠れる、という方が実践的である。


しかし執務室にいる者たちの気配は丸わかり。隠れる気は一切ない。おそらく扉の前でどっしりと、堂々といるのだろう。



「(向こうがこちらに気がついているのかは知らんが、とにかく入るわけにはいかないな。なにか嫌な予感がする。しかし、これからどうしたものか…)」



しかし気配も執務室の中からだけではなかった。



「!! 廊下の奥からだれかくる…………!二人……か?足音から察するに少数だが………」


時間はすでに2245。普通なら寝静まっている頃だ。夜の哨戒の艦娘だとしても、帰投するにはあまりにも早すぎる。


「(いや待て………。そもそもなんで私はこんなに狼狽えているんだ?別に、この体になってしまったのだから、通り魔だろうがなんだろうが問題ないはず。ここの艦娘なら尚更警戒する必要なんてないじゃあないか)」



そうだとも。通路を歩いてきた誰かに「よう、調子はどうたい?」的な挨拶をすればいいだけ。私はなにを焦っていたんだ?


そう思って、私は足音のする方向を進む。


次第に距離は近づき、曲がり角に差し掛かったあたりで、ようやくその姿を捉えた。



「!!? て、提督!?」

「ど、どうしてここに…………!?」

「お、おう。調子はどうだ?(あれ?なんかこの挨拶この時間帯にはおかしくないか?)」

「え?あ、えーっと、問題ありませんけど…」

「わ、私も………」



足音の正体は北上と大井だった。



鎮守府でも特に仲の良い姉妹艦である。とりわけ大井は北上への愛情がすごい。姉妹というか、どちらかといえばその…………同性愛者の領域にも思える。いや、それが悪いとは言わないが。


北上はいつものほほんとしていて、どこか抜けているところのある子だ。戦場にいる彼女は、明らかに緊張していないし、敵に囲まれても涼しい顔をしている。マイペースというか肝っ玉が据わっているというか。


大井はそんな北上のことが本当に大好きなようで、何をするにもいつも北上と一緒だ。代わりに私への当たりは強い。容赦ない言動や、陰口っぽく私の悪口を私の目の前でいうところは、明らかに敵視されているとしか思えない。しかしそこを除けば、仲間と姉妹思いのとてもいい子だ。



しかし、この二人何をしているのだろうか。哨戒にいく面子でもないし、夜食を食べにきたのなら食堂は一階。二階のここには用はないはずなのだが………。



「こんな夜更けにどうしたんだ?消灯時間はとっくに過ぎて………って、まあ大体は守ってくれないからいいか」

「いえ…………あの、その………別にこれという用があったわけでは…」

「そ、そうそう。私たち、トイレをいこうと思ってたんだけど、なんか暗くて迷っちゃってさー。トイレには行けたんだけど、帰れなくなってたんだよねー」

「………廊下の電気なら勝手につけていいんだが?何故明かりもつけずに迷っていたんだ?」

「えー…………あはは」

「(北上さん………誤魔化すのが下手!)」



嘘をついているのは明らかだ。しかし、ここで問い詰めてどうにかなるとも思えない………。一体なにを隠しているのか……。


もしかして、執務室の中の艦娘とも関係が?



「………まあいい。明かりはつけて、気をつけて寮に戻れ」

「はい…………。あれ?ちなみに提督は、なんでこんなところに?」

「んー、トイレの帰りだ。これから寝るつもりだ(と言っても、執務室には入れないんだよなぁ………。まあ、最悪今日は工廠かどこかで寝させてもらうか……)。」

「そうなんだ。じゃあお互い、おやすみ、だね」

「ああそうだな。じゃ、またあしt」







ガコッ






「…………………」

「ねえ、提督」

「なんだ?」

「今執務室から物音がした気がするんだけど」

「奇遇だな、私もだ」

「提督はいつもこの時間までお仕事を?いつもなら、大体一時間前には終わっているはずですよね?しかも、鹿島さんに手伝ってもらっているなら尚更……」

「…………実は、執務室にだれかいるみたいなんだ。複数人、待ち伏せしているらしい」

「それ、ほんとですか!?」

「ああ。だからここでどうするか考えあぐねていたんだ」

「ふーん………(みんな考えることは同じってわけか。まあ、先手必勝の考えには大賛成だけどね)」

「やはり、いっそ中に入ってみるか……」

「ねえ提督」

「うん?」

「今日は、私たちの部屋で寝たら?」

「「ええ!?」」

「ええ……なんで大井っちも驚くのさ」

「だっ、だって…………(たしかに良い作戦だと思いますけど、無理があると思います!)」

「お前たちの?私が?」

「そうそう。自ら危機に突っ込む必要もないさー。今日は我ら乙女の部屋で一晩過ごすといいよ」

「うーん…………お前のところは誰が相部屋なんだったか?」

「私たちだけ。二人部屋だからね」

「そうか。(確かに今の執務室に入るのは少しな………北上なご厚意に甘えさせてもらうか……)」チラッ

「! べ、別に私も大丈夫ですよ………?北上さんが言うなら」

「よし、じゃあ決まりだねー」



艦娘、つまり女の子の部屋に寝泊まりするというのは、生まれてこのかたはじめてのことである。普通、北上くらいの精神年齢なら、ガードは硬いはずなんだが。まあそこも、北上の性格あってのことなんだろう。



そんなわけで、











〈軽巡寮 北上と大井の部屋〉

「意外と綺麗にしているんだな」

「意外ってなによ。女の子なら普通でしょー。まあ基本、大井っちが片付けてくれているんだけどね」

「ああ、納得した」

「提督失礼すぎない?」



7畳ほどの部屋に布団を二枚敷いている。窓のそばには小さなちゃぶ台が立てかけられており、おそかく布団をしまうとこれを部屋の中央に出すのだろう。五段はどのタンスがあり、本棚にはほんの少しの本が置かれ、本棚の上には、いつかみんなでとって写真と、大井と北上のツーショットの写真が飾ってある。壁にはカレンダーと日程表がかけられている。押入れもあるが、そこまで聞くほど知りたいわけではない。


私の予想、ないし偏見とはかけ離れた部屋だった。もう少し小物の多い、見た瞬間目がチカチカしてしまうような、男の質素な部屋とは真逆の部屋を想像していた。せめてぬいぐるみはあって欲しかった。



「私物が少ないな」

「まあ、ここでやることってあんまりないんだよねー。遊びたくなったら、提督に許可を得て泊地に行けばいい話っしょ?」

「それもそうか。ちなみに、なんか今の部屋で困っていることとかあるか?」

「あ、それなら、部屋にエアコンが欲しいです。夏場を扇風機だけで乗り切るのはちょっと厳しくて………」

「エアコンか…………安物ならいけると思う。あとで大本営に連絡してみよう(あの一件以来報復が怖いのか、私の頼むこと大体叶えてくれるんだよなぁ。一応そっちが上司なのに大丈夫なのか?)。」



暑いよなぁ、最近。



「じゃあ、とっとと寝るか」

「「……………」」

「ん?どうした?」

「え、いや、そうだね。じゃあ布団を敷かないと」

「あ、それなら私が用意しますよ」



何か一瞬間があった。基本的に普通にお喋りしてくれるこの二人の沈黙は正直怖い。下手に地雷を踏むようなことはしたくないのだ。


特にこの体になってからは。



…………おや?



「布団、2枚しかないぞ」

「はい」

「大井、お前まさか…」

「なんですか?」

「う、うむ。まあそうだよな。いや、普通に考えればそうなんだろう」

「え?どういうこと?」

「いや、大丈夫だ。そうだよな、立場的にはそれが正しいよな」

「え?え?提督、なにを言っているんですか?」

「うん。その布団はお前たちで使え。私は………そうだな、ここら辺かな。畳だし、頑張れば寝付けると思う」ゴロッ

「「………はい?」」

「じゃあ、おやすみ。明日は任務があるから、お前たちもさっさと休めよー」



そうだよな。あくまで私はここを借りている身。布団まで借りようなんて図々しい。この二人も、私に恥をかかせまいとあえて口には出さなかったのだろう。、体が痛むが我儘を言ってはいけないな。


それにしても、戦闘している時は体の痛みなんて殆ど感じない、それどころか再生力もあるのに、どうしてこういう時は普通に痛いんだろうか。アドレナリン?とかのせいか?



「いやいやいやいや」トントン

「ん?なんだ?」

「どこで寝ようとしてんのさ。せっかく布団敷いたんだから、ここで寝ようよ」

「いや、でもそれは二人分だろう?私もそこまでお前たちに迷惑をかけるわけには、」

「だから、ここで、三人で寝ればいいじゃん」

「でもそれは二人分で」

「三人で寝ればいいじゃん」

「でもそれは二人」

「三人で寝ればいいじゃん」

「でも」

「三人で寝ればいいじゃん」

「…………お、大井!お前はそれでいいのか!?」

「三人で寝ればいいじゃん、です」

「…………そ、そういえば、各部屋には一つ予備の布団があったはず!それはどうした?」

「なかったよ」

「え?」

「なかったよ」

「そんなはずは」

「なかったよ」

「大井!お前はどうd」

「なかったですね」

「どうすればいいんだ!」

「「三人で寝ればいいじゃん」」

「そうだな!三人で寝ようか!」



取りつく島もないとはまさにこのこと。ここまで否定されてはもう反論する気にもなれん。


先程からこの二人、笑顔で話してくれているが、どうも目が笑っていない。目を細めるばかりで、その瞼の隙間からはどす黒い瞳が見えるばかりだ。


なんか、雰囲気も変わった気がする。なにか…………そう、蜘蛛の巣に引っかかった蝶のような気分だ。



「よし、じゃあ私はこのあたりで」

「待って」ガシッ

「ください」ガシッ

「ええ……」

「提督は真ん中で寝るべきですよー」

「そうだそうだー」

「いやしかし」

「はいはい、入った入った」



こういう時、真ん中で寝ることまずい点をみんなにも知ってもらおう。


まず、この位置にいると、寝返りをうてない。左に行っても右に行っても迷惑をかけてしまうのだ。


また、同様な理由で横を向いて寝られないのだ。真っ直ぐに天井を見て寝なければ、隣の人と対面してしまうことになり、気まずいのである。


そしてなにより、この二人は艦娘。つまりは女子だ。女子に挟まれていいことはない。そう、痴漢だなんだと冤罪をかけられるのだ。


以上のことから、この状況がまずいことがわかる。



「(どうしよう寝られない。無心になって天井を見つめているけど、どうも隣が気になる)」

「提督、どうしたの?目を開けてても眠れないよ?」

「お、おう。(それもそうだ。目を瞑れば問題ない。………でも、私を見ている北上は目を開けているってことじゃないか?)」

「提督、私布団から落っこちちゃいそうです」

「おお、それなら、もう少しだけならこっちに来てもいいぞ(うーん、これでも体を縮めているつもりなんだが)」

「はーい♪」

「む、むぅ………(近い近い近い)」

「あ、じゃあ私もー」

「(これではサンドイッチではないか!いろんなこところにあたって………だめだ、二人の柔らかさが布ごしに伝わってくる………!)」

「ちょっと、どこ触ってんのさ提督(提督がこんな近い………臭いも体温も感触もダイレクトに伝わってきて………体、熱くなっちゃうよぉ)」

「セクハラで訴えますよ?提督(これが提督の体………あったかくて、変な気分になってしまいます……)」

「す、すまん!(というかお前たちが近づいてきているんだろうが!)」



このままでは………まずい!


二人の吐息とか体温とかもはっきり伝わるし、なんか向こうも動くもんだから体が反応してしまう!こ、このままでは本当に…………いやいや、こんな時こそ平常心。深呼吸だ。そして瞑想。無心。煩悩退散!



「まあでも……」

「ん?」

「私は別に、提督とそういうこと、してみたい気持ちがあるかも」

「…………………なに?」

「北上さん……」

「提督だって、まさか気づいていないわけじゃないでしょ?」

「なんの話だ?気づくってなにに」

「はぁ〜〜〜〜〜〜」

「いや、そんなため息つかんでもいいだrむぐっ!?」

「!?!?」

「はぁ………はむっ、じゅぅっ、じゅる………ぷはっ、ちゅぅっ…んむっ……」

「んむっ………ぷはっ、な、なにを……むうっ、じゅる………」

「はわわ!(北上さんと提督が、ききき、キス、してる!)」

「んん………。これで、はぁはぁ…わかったかな?」

「はぁ………はぁ………いきなりキスされても、話が読めん」

「もう、鈍感にも程があるよ」

「残念ながら、誰かとキスする間柄なんて限りがあるんでな。それがあり得るとも思えないし」

「私、提督のこと好きだよ」

「…………」

「ねえ、今告白したんだけど」

「ああ、聞こえてる」

「返事は?」

「早いな。もう少し間を空けて聞けよ」

「あいにく、そんな悠長なことはしてられないんだよねー。それより、どうするの?はい?いいえ?保留なんてやめてよ」

「おや、退路が断たれてしまった」

「せっかくここまでこぎつけたんだ。後は、提督が『はい』というだけだよ」

「断れないじゃないかそれ」

「勿論、『はい』だよね?」



人とは、あまりにも唐突過ぎることが立て続けに起こると、逆に冷静になるらしい。


急にキスされて、あげく馬乗りにされ、触れるか触れないかの距離まで顔を近づけられて、告白されるという急展開。


頭が処理しきれない。故に、非常に異常に冷静になれる。



「この際だから言うけれど」

「うん?」

「提督は自分がどれだが好かれているか知ってる?」

「ん………………。いい上司と思われていればいいかな。」

「………確実に、ここの艦娘はみんな提督、あなたに惚れてる。無論、異性として意識している」

「………」

「多分本当は気づいていると思うけれど、前々からみんな提督を独占しようとしてる。自分の提督がほかの艦娘と楽しくしているなんて、許せないからだよ。」



勿論、私もそうだよ、提督。



「そんな風に思われている気は………していた、訳ではないと思う。嫌われてはいないなーとしか私は思っていなかった」

「嫌われるなんてありえないくらいに好かれてるよ。みんな、提督を愛してる」

「そうか、びっくりだ」

「冷静に振舞っちゃって…………まあいいけど。とにかく、提督はみんなからこういう風にアプローチをかけられているんだよ。気づいていないかもだけど」

「そうだったのか?」

「…………最近キスしたことは?」

「そんなのあるわけ、」



あ、鹿島。



「……………」

「あったんでしょ?」

「だが、ここまであからさまなのは初めてだな」

「だから言ってるでしょ、時間がないんだよ」

「どういうことだ?」

「ケッコンカッコカリ」

「!」

「以前、提督がここに来る前に一度だけ聞いたことがある。詳しくはわからないけれど、名前通りのことであることはわかってる」

「そ、そうなのか?」

「ある条件が必要らしいけど、それがそろっていれば、艦娘は提督と擬似結婚できる」

「…………なるほど、だからカッコカリ、か」

「そう。私だけじゃない。何人かはもうこのことを知っている。つまりどういうことかわかる?」

「…………………小競り合い?」

「戦争だよ。女と女のね」

「…………」

「ここまで言えば、今の状況わかるよね?」



こういう時、どうすればいいのだろうか。どうするのが正解なんだろうか。



人からの好意への対処がわからない。



異性にからの恋情への答えを知らない。



誰かから好かれたことがない。



誰も彼も、私を、何か気持ち悪いものを見るかのような目で見て、蔑み、罵り、嫌い、恨み、憎み、苦しめ、蔑ろにしてきた。


わたしは嫌悪の感情を浴びてきた。だから、誰かに優しくしてもらうなんて、好かれてもらえるなんて、愛されるなんて、そんな夢に、こんな好意に、あまりにも不慣れ。



気持ちが悪い。



「わ、私だって!」

「「!?」」

「提督、こっち向いてください!」

「うわ!大井っち!?」

「なにをする!?」

「私だって、提督が好きなんです!」ガシッ

「な、なにを、むぐっ!?」

「はむぅ………むちゅ……じゅっ……はぁ、ちゅっ、んんっ、むふぅ……ぷはっ」

「おっふぅ………お前まで一体……」

「どう………ですかぁ……?もっとしたいですか?」

「待て待て待て、一度落ち着いてだな」

「提督」

「な、なんだ北上」

「どうするの?」



北上を突き飛ばして代わりに体を乗せてきた大井だったが、ほんの少し右にずれ、北上の分のスペースも開ける。


二人の艦娘に上に乗られてしまった。



二人とも息が荒い。顔を紅色に染め、とろけた甘い目つきで私の顔を覗き込む。妖麗な笑みを浮かべて、私の頰に手を添える。



「この際もう返事はいいよ」

「え?」

「提督はただ、私たちに身を任せてくれれば………それで、いいからぁ……❤︎」ヌギヌギ

「お、おい!なに脱ぎ始めているんだ!(やめろ!これ見よがしに胸元を見せつけるな!)」

「あぁ、北上さん、ずるいですぅ!私だって………」ヌギヌギスルスル

「大井、お、お前どこまで脱いでるんだ!(もう下着になりやがった!は、早いっ)」



経験のない私でもわかるほど、二人は女の顔をしていた。


いつも毒を吐く、あの当たりの強く姉妹思いな大井が、まるで取り憑かれたように衣服を脱いでいく。トロンとした目で、しかし決して逃がさないといった視線で見つめて来る。


いつもマイペースで、どこか呆けている、だけど根はしっかりしているあの北上が、どこか怯えているような、それでも笑みを浮かべながら、私の上半身に手を滑らせ、徐々に服を脱がせていく。



「お、お前ら、」

「さあ……」

「ていとく………」

「!?」

「「私たちを愛して…………❤︎」」









次の瞬間、跳躍した。


「「え………?」」


両手で床を押し、体を浮かせる。腹筋も使うことで起き上がりつつ加速。飛び上がる瞬間二人の腰に手を回し、抱きかかえるように三人で浮いた。


空中で二人の体を支えつつ、そのまま直立する形で着地する。


一瞬の出来事に、二人はほんの一瞬呆然としていた。


そしてその瞬間、






バリーン!





「あっ!提督が、窓から!」

「大井っち、追いかけるよ!」

「は、はい!」



靴下の状態で石を踏まないように注意しながら、私はとにかくここから離れようと走り出した。


とにかく一人になれる場所へ。








[2300]

ということがありまして、ここにいるわけですよ。


「どこに逃げても無駄ではあるが…………とにかく今の鎮守府はまずいな……」


おそらく北上と大井が私を探そうと躍起になっているだろう。もしほかの艦娘が今も起きているなら、前に失踪したばかりだ、総出で探すに違いない。



思わず逃げてきてしまった。いや、いつかはなんとかしなければならないんだろうが、しかし、彼女たちがあんな風に私を思っていたとは………。


「出会った頃とはまるで真逆………。望んだはずなのに、こんなにも違和感のあるものなのだな。全て私の責任だけど………」




嫌われたくないと思っていたものだが、しかし体はそれを拒絶するものだ。あの二人の好意を素直に喜べない。言葉では表せないほどの違和感、不自然と、誰かに好かれるという気持ち悪さ。


彼女たちが本気だったいうことは身にしみてわかった。



だが実際、それに応えるのかと言われれば、


「まあ…………無理だな」



艦娘と提督の擬似結婚。任務として情報が既に流布しているならば、軍事的にみてもプラスになることであることに間違いない。おそらく"ケッコン"というところに本質はないのだ。それに伴う何かが重要であって。


しかし艦娘とて女。誰かに添い遂げることに憧れがあるのだろうか。


と言っても、その誰かが、私だけを指すのだが。



静かに揺れる海を眺めて、なにかいい解決策はないかと思い悩む。何か考えるときは決まってここに夜半に来るのだ。(今日は逃げてきただけだが)


なにも問題は難しくない。あの艦娘たちを諦めさせればいいだけだ。そのはずなんだが、答えがまるで出ない。


提督としての権限を行使?

どうせ押し切られるし、任務として出ているのに提督がそれを拒絶するのは矛盾が起きる。


化け物だから無理?

今の時点であんな対応なのだ。これに至っては悩むのも愚かしい。


実は婚約者がいるんだ(大嘘)?

…………犠牲者が出そうだやめよう。


また逃げる?

馬鹿か。



「やっぱりわからないなぁ…………。しかしこのままでは艦娘とケッコンすることになるのか……。悪くはない、悪くはないが、どうもな………」









その時だった。


「ん…………?」



音もなく、海の方に人影が一つ見えた。


いや、足元に小さい人影が一つあるから、合計で二つ……つまり、二人いる。



「(艦娘か………しかしここにいる理由が分からん。ならば………まさかっ、幽霊とか?)」


暗くて人影が見えない。


目を凝らして見るが、なんとなく体のシルエットがわかったくらいだ。


髪の長い女。おそらく私か、それか海の果てを見ている。女の足元にいる小さな人影も女の子で、左足に小さく抱きついている。



月が雲間から姿を現した。


徐々に海を照らしていき、そしてとうとう、その人影が照らされる。








灰色で、鮮やかな赤色の目をした、美しくも恐ろしい、そんな姿が、



「お、お前はッッッ!!」



今、見えた。










[同時刻]

〈母港〉

「くっそー、提督どこ逃げたんだー?」

「鎮守府内にはいませんでしたね……。誰かの部屋にかくまってもらっているとも考えにくいですし……」

「執務室にいた連中も提督を探しているみたいだ。………その前に見つけないと」

「北上さん、あと残っているのはこの母港くらいですよ。ここにもいなかったらどうするんですか?」

「その時は………その時は、みんなを叩き起こして探させるよ。『提督が夜逃げしたー』とか言って」



北上と大井は周囲を見回し、提督を探しながら歩いていた。


どうにもスイッチが入ってしまったのか、普段なら皆が寝静まるこの時間でも、二人の頭は冴えていた。なんなら、戦闘時よりも意識が覚醒しているかもしれないと、北上は内心考えていた。



「………提督は、どうなさるのでしょう」

「さぁねー。逃げたってことは、即答できないってことでしょ。でも、必ず答えてもらわないと」

「そう……ですね」

「どうしたん、大井いっち。難しい顔して」

「いえ………ただ、あの人は、必ず答えてくれると思いますが、それが、どんな答えになるかは……」

「…………わかるよ、その気持ち」



艦娘は乙女である。


どういう設計で作られたのかは未だ解明されていない(これは妖精さんのみ知るところだ)が、容姿に違うことなくその性格、心も女である。


甘いものが好きで、不潔なものが嫌いで、髪は大事に手入れして、それなりに服装も気を使って、強く麗しい乙女である。


故に殿方に恋心を抱くこともまた必然。


好意の対象に振る舞いてもらいたい。好意の対象を手に入れたいと思うのは仕方のないことであり、鎮守府という男性が一人しかいない場所で、多数の艦娘が生活をすれば、恋敵も少なくはない。


しかしその気持ちの根源、つまり恋情においてはみな共通の認識である。同じ気持ちを抱くからこそ、その気持ちの強さは、誰にも負けたくない。


となれば勿論、不安になる気持ちも同等に共有できるのだ。



「不安なのはわかるけど、もううじうじしてられないよ」

「はい、勿論です。ところで北上さん」

「なに?」

「そろそろ母港周辺です。この先は海があるばかりで、提督が来るとは思えませんが……」

「一応だよ。まあ海に逃げたとしても、海原なら一瞬で見つけられるし、前回のこともあってもうそこまでの失踪はしないと思う」

「わかりました。では行きましょう」

「うん。ここにもいなかったら、もう一度鎮守府を一周しよう」

「はい!」



薄暗い母港に目を光らせる。


舗装された道ではあるが、環境保全と防風林のため、道のない部分には木々が植えられている。海までの道は一つしかないため、迷うことはないが、この林に隠れられると発見は困難だ。



「(もうここくらいしかいないけど………この林にいたとしても、そこまで広くないし、大井っちに後で提案してみるか……)」

「(港まで来ましたが、どうにも見当たりません………もうこの林しか……)」



しかしふと、大井が港の端を見ると、



「き、北上さん」

「なに?」

「いましたいました!提督です!」

「ほんと!?」



大井の指差す方向には、港の端で仁王立ちして海を眺める提督の後ろ姿があった。



「行きましょう!北上さん!」

「りょーかい!」


北上と大井は小走りで提督のそばに向かう。










しかし、二人は次の瞬間停止した。



静かに佇んでいた提督が急に声を張り上げたのだ。



「お、お前はッッッ!!」







[¥+%^4♪「〒…]

〈@¥;)/)/&;&;&/),@,&)/¥@-〉

アア………ヤットアエタ……。



「お、お前はッッ!!」



コノ声……コノ顔……スベテスベテ、アノトキノママ……



「フフッ……ヒサシブリ。ア、ナ、タ❤︎」



ダキツイチャッタ♪












後書き

次回

提督「化け物の花嫁」後半


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