提督もっ その2
提督と艦娘たちが鎮守府でなんやかやしてるだけのお話です
注意書き
誤字脱字があったらごめんなさい
基本艦娘たちの好感度は高めです
アニメとかなんかのネタとかパロディとか
二次創作にありがちな色々
ー廊下ー
夜半も過ぎ、独特の静けさに包まれる廊下を歩く あかね
普段は人が行き交い、そこに生まれるやり取りも賑やかなだけに
誰もいない、何もない、ただただ暗いだけの一本道は、どうにも不可思議で
そんな時間が好きだった
日常の隣にある非日常。一番近くのお化け屋敷みたいな空気感
眠れない夜はこうして廊下を練り歩き、夜更かししている娘を見つけては、部屋の前で声を漏らす
呻くような、くぐもったような、この世の何処にもいない、誰にも似つかない声を
すると、確かにあった気配が一時でも縮こまるのが楽しいのだ
隠しきれない衝動を「くすくす…」と漏らしながら部屋の前から立ち去る私
その声が新たな波紋を呼び、余韻となって夜の鎮守府を染めていく
鎮守府の怪談
人知れずお化けと名乗り、誰知らずお化けと呼ばれる
その正体不明が噂になるのに、そう時間はかからなかった
今日もお化けとなって夜を歩く
「悪い娘はいねーかー」
なまはげ もかくやという目つきで、隙間から部屋の中を覗いてはいるものの…
みんな、良い娘というのも困りものだ。消灯時間は守られるべきだろうが、からかいが無くてつまらない
流石にやりすぎたか…
昔話に伝え聞くお化けの噂、しつけと称して流された風聞
もし私がそうでなくなった時、そういったモノとして残っているのなら、それはそれで愉快な話かもしれない
とすっ…
ふと、背中に押し付けられる感触
固い円筒形の様な感触は、次第に無機質な冷たさを伝えてくる
「存外と、隙きが多いものですね、司令…」
静かなその声は、それでも確かな愛憎を孕んで あかねの耳に届いていた
自業自得といえば、これほど似合う状況も中々ないか
思えば、次の夜にでも後ろを気にしたものだが、実際は今の新月を数えるまでは見逃されていた
「意外と遅かったわね、旗風」
困惑、だろうか?
すぐには返ってこない言葉。今にも引かれそうだった引き金に若干の動揺
「あなたのヤキモチは分かるけど、本当にここまでするとはね…」
「一緒くたにしないで頂きたく…。私はただ、春風御姉さまを…」
「尊敬? 羨望? そんな子供地味た憧れ なんて嘘でしょう?」
言葉の先を奪って口にする
違うなら そうと言えば良いものを、返ってきたのは弱々しい否定
勝手に諦めたのに、いまだに期待をして、それを取られて取り乱す
その葛藤、付け入るには十二分に過ぎた
「う、動かないでっ」
引き金に掛かる指に力が戻る
しかし、その瞬間には旗風の背に周り、その手を抑えていた あかね
そうして、小さな肩に あごを乗せ、耳元でゆっくりと言葉を紡いでいく
「優しい娘ね。どうしてすぐに撃たなかったの?」
「それは…」
「そうよね、春風が悲しむものねぇ…」
「あなたは…」
クスクスと、鈴なりのような笑い声が旗風の耳朶をくすぐっている
それを不快に思う気持ちは確かにあったが、そんな反抗心でさえ見透かされているようで気味が悪い
司令の言葉を否定しきれない事が、それに一層の拍車を掛けていた
気づいてなかったわけじゃない
春風御姉さまが時折なにかを思いつめていたようではあった
原因はおそらく、私…いや私達か。触れあえば触れ合うほどに、ためらいがちになるその指先
気にしなければ気づかない程の違和感は、けれど確かに一定の距離は置かれている様だった
何か避けられるような事をしたでしょうか?
そんな心配も霞むほどに、御姉さま は ただただ優しく、綺麗で、それが余計に不満だった
悩みがあるなら言って欲しいと、お姉さまの力になりたいのだと。そう、やんわりと伝えたこともあった
けれど、あくまで、私達の事が心配だと、当たり障りのない答えを返すだけ
きっと、嘘ではないのでしょうが
『嘘でしょう?』
司令の言葉が邪魔をする
何をいい加減なと、跳ね除けたい言葉が憎らしいほどに胸に刺さる
嘘を嘘だと見抜かれるのがこれほど腹が立つとは思わなかった
何も知らないでと言い返したいのに、私の知らない御姉さまを知っている
ああ、これは嫉妬なのだと
気づけば、心の蓋が開いていた
御姉さまが心配だと嘯いて、本音は彼女の心に自分を置きたかったのだ
そうやって埋め尽くして、自分だけのものにしたいとさえ思っていた
しかしてその欲望は、彼女の態度に制される
時折見せる距離感は、どうしても私の足を躊躇わせた
避けられているのだろうかと不安を抱かせ、これ以上はと二の足を踏んでしまう
そうしてる内に横から掠め取られた敗北感は一層のものだった
何より、御姉さまの悩みまで解決しているのが腹立たしい
確かにあった距離感はなくなり、私が望んだ以上に近くもなっている
見たかった笑顔がそこにあり、ただ、それだけが私に向いていない
「司令…殺されてはくれませんか?」
後先も考えない言葉が口をつく
「それも良いけど。春風の涙は見たくないんじゃない?」
「なんてずるい…」
その一点だけは彼女を裏切れなかった
私も、司令も、そんな事は承知の上。ともすれば、この問答も端から茶番でしかなかった
「教えてあげよっか?」
からかう様な声音
それに戸惑う暇もなく、壁際に体を押し付けられた
抵抗しようとした手も抑えられ、眼の前で底抜けた笑顔が浮かんでいる
「何を…」
なんて嘘、分からない振りをして、うすうすは感じていたくせに
あの時、御姉さまが、何を見て、何を感じて、何を想ったのか…
御姉さまの笑顔の正体が知りたい
とんっ…と、その期待が胸をうつ
もっともっと御姉さまの事が知りたい、思い出を共有したいと、その心根に寄り添いたいと
全部わかって、分かり合って、一緒になって、一緒くたになって、そんな愛情に
たまらずに顔を背けた
目をつむる度胸なんてなかったし、見つめ返す勇気なんてもっと出ない
それでも訪れるであろう甘い誘惑は、私の体から力を抜きとっていた
「ぁ…やぁ…」
その日を境に、鎮守府の怪談に一つの花が加わった
ー
青葉、見ちゃいました…
そんな彼女の常套句を胸に秘め、ファインダー越しにその様子を収めている青葉
好奇に彩られた瞳をまん丸に開いて、短く束ねられた薄紫の髪が尻尾の様に揺れている
タイトルは何が良いでしょうかねぇ?
写真の出来上がりを想像しながら、この後の事を考える
『司令官についにっ』とか『大発見、噂の真相」とかでしょうか?
実に大収穫だ。鎮守府の怪談の正体を探りにきたら、司令官の姫事に出くわすとか
まあ、でも、流石に青葉も鬼ではありません。こんなもの一面に載せてばら撒くなんて事は致しませんが
少しくらい脅…いえ、強請…でもなく、そう融通を効かせて貰えればそれで満足ですので、はい
それから、どのくらい その光景を見続けていたであろう
からからに乾いた喉が、ごくり…音を立てて、飲み込んだ生唾が気味悪く喉にへばり付く
シャッターにかかる指が震えている…
ファインダーの焦点が絞られる。眺めているだけだった光景が近づき、より鮮明にその質感を伝えてくる
耳にまで届く声、くぐもった吐息、開けた服と、光悦と戸惑いの混じった視線
触れ合う肌の質感と、その温もりを錯覚して、自分の体まで熱くなっている様だった
羨ましい…
そんな感想を掻き抱くほどに熱の籠る光景
ファインダー越しにそれを錯覚してでも、自分のものにならないもどかしさ、その焦れったさ
だからこそ、余計にのめり込んだ。もっともっとと覗き込めば、その錯覚も体感できるんじゃないかって
切り取られた狭い世界だけでも実感できれば、きっと幸せだろうと夢中になる
そうやって、夢中になってたのがいけなかったんでしょうね
気づいた時には廊下の向こう側へと引きずり込まれていた
「何をなさっていて?」
すっと静かに、その声は耳の奥底まで入ってくる
「は、春風さんですか…脅かさないでくださいよぉ」
内心、ほっとして はっとした
急に背中を叩かれた事に驚いているよりも、この先の状況を春風さんが知ったらどうなるか
青葉、悪い娘ですねぇ…
自覚はある。何処かで止めておけと理性が止めているが、やはりか好奇心には勝てなかった
「あ、でも、この先には行かないほうが…その、ですね?」
訳知り顔で勿体をつけながら言葉を重ねる
こうすることで、青葉は一応止めましたと言い訳も出来るし、そう言われて気にならない人などいるわけがない
ほうら、今にも不思議そうな顔をして、廊下の向こうを覗き込む春風さんの姿が見えるよう
そこは修羅場、見果てぬ狂乱の騒ぎが青葉の眼の前…に?
だが、事態は青葉の予想の反対を歩いていった
「好奇心、猫を殺す。とは言いますが…」
確かに春風は、不思議そうな顔まではしたものの
その視線は青葉を捉えたままだった。紅の瞳を据わらせて、何処か責め入るようにもみえる
そうして、ニコリ…と、微笑みを貼り付けた
目だけを大きく見開いて浮かべる笑顔
ハリボテよりもなお嘘くさい薄笑い、それでいて生々しく動いた唇が「ご安心ください」と慇懃に語りかけてくる
「ご覧の通り、司令官様は たち ですので」
「何一つ安心出来ないよっ、青葉はネコじゃないよっ、そんな趣味はないんだよっ!!」
堪らず声を上げていた
向こうに聞こえるとか、そんな些細な事を忘れるほどの不安と身の危険
とかく、生贄に捧げられる生娘の如き心境が背筋を駆け抜けた
一つ、指先が伸びてくる
不安に慄く青葉の唇は、それ一つで縫い合わせたように動かなくなった
例えば「夜中ですから」とか、あるいは「お静かに」とか、そんな風に窘められはしたけれど
近づいてきた唇が、不思議そうな声音で囁いた
「覗きの趣味はありますのに…ね?」
何も言い返せませんでした
ー執務室ー
「へぇ…自分がしてるのって、外から見るとこんなんなんだ…」
しげしげと、数枚の写真を興味深そうに眺めている あかね
「ねぇねぇみてみて旗風、ほら可愛く撮れてるよ?」
「お止めください。そんな、はしたなく存じます…」
「そんな事言ってぇ、旗風だって楽しんでたじゃない」
「ちがいますちがいます、あんなのは…や、もぅ…」
喜悦に歪む あかねの表情
堪らず逃げ出す旗風をつかまえると、そのままソファの上に押し倒していた
なんでしょう? どうしましょうね、この状況…
それ自体、仲の良い睦ごとではあった
不健全で大変よろしく、写真のネタとしても悪くはなかったが
ただ、それを見せつけられている青葉はどうすれば良いのかと
堂々と写真に収めもしたいが、カメラを取り上げられてしまっていてはそれもできないし
逃げ出そうにも、盗撮した写真は握られた上に、今はその沙汰を待っている始末
いや、それが盗撮と言えるかどうかも怪しい
既にバレていた。バレているのを承知で捨て置かれていたと今になって気づいても遅かった
「いや、流石に撮ってか言うの恥ずかしいじゃない」
撮られるのは良いのかと、そんなツッコミも忘れるほどに、あっけらかんと白状された日には、流石に言葉をなくしてしまう
あの日の夜。鎮守府の怪談の謎を解こうと、夜の世界に繰り出した青葉
散々あるき回った後、やはり噂は噂かと、司令官の部屋の前に差し掛かった所で
剣呑な雰囲気をだしている、司令官と旗風を見つけてしまった
既に主砲を差し向けられて、何時飛び出そうかと廊下の影からハラハラと見守っていたのも少しの間
その後はあまりの出来事に、出歯亀…もとい、記者魂を刺激されてファインダーを覗きこんでいた
あるいは仕込みだったのかと、今になって思うが
自分の予定は誰にも伝えてない以上、流石に穿ち過ぎか? いや、それはそれで余計怖いのですが
「あのぉ…青葉、帰っても良いですかね?」
ものの試しに呟いてみた
もちろん、ソファの影に沈んだ二人にではなく、隣で佇んでいる春風に…
「ふふっ、面白い冗談ですね…」
笑いながら、無造作に、フィルムの隅が引き出されていった…
「いえすっ、まむっ」
「結構」
直立不動の構えを取る
いやさ、冗談などではない。青葉が一歩でも下がろうものなら、回収したフィルムを白日の元に晒す気でいる
興味のない人にはそうかもしれないが、あれには青葉の全部がつまっていた
日記といえば、まだ分かって貰えるかもしれない
その日、その時の、楽しさも、苦労も、その一枚が全部覚えていてくれる
たまに見返しては一人でニヤついたり、いい写真を選んで皆に見てもらうのも結構な楽しみだ
そう、カメラではなくフィルムを選ぶ辺り、春風は良く分かっていた
高くは付くが、買い直せるカメラ違って、フィルムの中身まではそうもいかない
青葉は動けませんでした。彼女に弱みを握られています
「さて、青葉?」
「は、はひぃっ!?」
しばらくして、ようやくとソファから顔を上げる あかね
気だるげに体を伸ばすと、ソファの縁にしなだれ掛かる
その下には、息も絶え絶えと言った様子の旗風の姿が見えるが、青葉にそれを突っ込む余裕はありませんでした
「そんな怖がらなくても…」
普段の好気は何処へやら
怯えた子犬のように、短く纏められた髪が尻尾を垂らしていた
「し、司令官は、青葉をどうする おつもりで? 言っておきますけど、青葉は至って普通ですからねっ、そんな趣味はありませんからねっ」
色々言いたい事はあるけれど
「青葉はそんな変態さんじゃないよっ!」
これが本音だった
司令官の趣味をどうこう言うつもりは無いが、一緒くたにはして欲しくないと
これから青葉をも巻き込んで、3人でとか4人でとかって…
そんなもの、そんなものはですねぇ…。いや、良いのか? 撮る分にはだけど…そんな暇無さそうだしなぁ…
「こんなに撮っておいて…」
「うぐぅっ」
だが無意味。広げられた写真が説得力を担いで追いかけてくる
「あ、青葉に何をさせるつもりですか…」
観念。と言うしかなかった
いやさ、春風に捕まった時点で予感はしていた、写真を広げられた この上は、腹を括るしかなかった
だが、いよいよとなると逃げ出したい。まさか一晩相手しろだとか、横で撮影しとけとか、妄想ばかりが捗ってしまう
「一つ、ゲームをしましょうか?」
笑顔、笑顔である
可愛いと評するに不足は無く、状況によっては絆されていそうだったが、その状況こそが問屋を下ろさない
「ゲーム、ですか?」
この後に及んで、一体なんだというのだろう?
握った弱みに付け込んで、青葉に無理難題を吹っかければ良いものを
まさか、チャンスをくれてやる。なんて甘いことを言うような人ではないでしょう
少なくとも、青葉が今まで写してきた司令官なら、そんな事を言わないと信じられた
しかし、チャンスはチャンスか?
あわよくばは青葉の得意なゲームに持ち込めれば…
「良いですよぉ? ポーカーですか? BJでもしますか?」
そう言ったって、素直に受けるとは考えていなかった
結構負けず嫌いの面もありますし、まさか相手の土俵に上がってくる事もないだろう
しかし、それも交渉しだいか。青葉としてはフィルムが回収できればいいし
件の写真だけ切り離して渡すことを条件に含めれば、負けたところで司令官にデメリットも無いはず
青葉は無罪放免で、司令官はいつもどおりに過ごせる、出来レースの類だが、落とし所を着けるために必要な工程でもある
「ま、自分が得意といったゲームで負けたら、言い訳も付かなくなるでしょうけどね…」
「じゃあ、そうしましょう、ぜひぜひっ!」
意外といえばそうか?
一つ二つは煽らないいけないと思っていたら、よほど自信があるのか、片足を突っ込んできたようだった
写真が一枚飛んでくる
ダーツの様に突き進むその一枚を、指先で受け止めてみれば、司令官と旗風の写った写真だった
なんのつもりでしょう?
まさか、返してくれると言う訳もないだろうし
首を傾げていてもしょうがない、疑問を口にしようとした口が、そこで固まった
「その写真をバラまかれたくなかったら、私のお願いを一つ聞いて?」
笑顔、あくまで笑顔のままの この言葉
「いやいやいやいやっ、それっ、青葉のセリフでしょっ! どっちかってーとさぁっ!」
「いいえ、私のセリフよ、私が先に言ったんだもの?」
何だ? 一体何のつもりなの? 「自分の手札を利用された気分はどう?」とか笑ってる司令官は一体なんなの?
自分で写真をばら撒くって…もう自爆テロじゃないですか
「い、良いんですか…? そんな事しちゃったら、司令官は…」
「だからゲームになるんでしょ?」
動揺に震える言葉を、笑顔で受け止めながら司令官が近づいてくる
「心配は分かるわ?」「してませんけどね…」
脅されてるのだと、そんなものする訳がないと切って捨てはするけれど
まるで気にも止めずに言葉を続ける司令官
「けどね青葉? この写真、私達を盗撮していたいう事実は皆にどう映るのかしら?」
「あ…あなたは…ぅぅっっ…」
なるほど、ゲームか。理解した時には青葉は既に天秤に載せられていた
掛け金は青葉と司令官の信頼。傾いた方は傾いた分だけ、鎮守府内で浮き上ることになるだろう
普通なら司令官へ非難もあろう、けれど普段の行いがそれを和らげる
暇さえあれば女の子にちょっかい掛けてる人。もはやそれが司令官への妥当な評価で落ち着いていた
そうであっても、稼いでるのがヘイトじゃなくて好感度なのだから
今更、夜な夜な夜這いをかけていたコトが明るみになったくらいで「あー…」くらいの感想しか出ないだろう
その「あー…」に含まれる感情は個々人で差こそあれ、評価が乱高下するほどではないと司令官は踏んでいる訳だ
では、青葉はどうだろうか?
それを盗撮していたという青葉の自信の批評は?
意見は別れよう。深夜とは言え廊下の真ん中だ、そっちが悪いという意見は出るだろう
それでも、それをファインダーに収めるのは如何なものかという向きの方が強くなるんじゃないか?
普通ならあったはずの司令官への批評。それがなくなった分だけ余計に浮き彫りになるんじゃないか?
少なくない割合で青葉への評価が軽くなる。ファインダーを覗き込むたびに盗撮を警戒されては つまらない事この上ない
笑顔、変わらない笑顔の司令官
おそらく青葉が首肯すると信じてやまない
もはや手綱は握ったと、自分が勝ったと思ってらっしゃる
否と言いたい。自分が有利だと思ってる相手にNOと言ってやりたい
打算が頭をよぎる
あれはハッタリか? 真実だとして被害が大きいのはどっちだ?
一頻り思考が周り、勝負を掛けようとした所で目があってしまった
ああ、そうか。彼女がいましたね…
ソファの隅から顔を出し、その顔、その視線で、首を振り、必死に肯定を願っている
心苦しいと、ダシに使われて悔しかろうと、その意を組んだ上で尚「やめて…」と訴えてくる視線
「分かりましたよ…もう…」
項垂れるしかなかった
それが真実だとして、一番被害が大きいのは旗風であったから
流石に彼女までもを天秤に乗せるのは気が引ける。自業自得の面もある以上、もう引き下がるしかなかった
「やったっ。青葉は優しいね♪」
笑顔、最後まで笑顔のままだった
悪夢だ、悪夢がお面を被っている
よもや、この青葉の心根と、旗風の心情。その全てが折り込み済みだった事に気づいた時には全てが終わっていた
ー海上 1ー
ややあって、飛ばしていた偵察機が戻ってくる
けれど、敵の足跡はこれといっては掴めていなかった
肩を落とした青葉が大きく息を吐き出す
滲む徒労感は隠すつもりもないが、内心どこかで ほっとはしていた
司令官からのお願い事
あれだけ 回りくどい事をして、何を言われるかと身構えもしたが、それ自体はただの出撃命令
「心外だなぁ」とは思う。そんな理由を付けなくたって、言ってくれればやりますよって
「信用ないのかなぁ…」
ため息ばかりが増えていく
いや、あんな盗撮まがいの真似をしたんだから、是非も無いんだけどさ
それでも、お仕置きの代わりに行って来いってのは少し寂しい
「それ、逆かも?」
見かねた秋津洲が青葉に声をかけた
覗き込んだ青葉の横顔は、まるで なまこの様であった。流石に見かねる、このまま戦闘にでもはいったら堪んない
「信用無い娘にル級(戦艦)の相手なんてさせないでしょ?」
その言葉に青葉の体が固まった
「どうしたの?」と覗き込んでくる秋津洲に、恐る恐ると口を開きて問う
「ル…級? らりるれろの? る?」
「そりゃ? うくすつぬ…の るかも?」
聞いてないよ? 聞いてないの?
傾ぐ二人の首。しかしてその内情は右と左にきっぱりと別れていた
「司令官っ! どういう事っ!!」
慌てて無線を繋ぐ青葉
一体、どんな言い訳が返ってくるだろうと耳をそばだてていると
「あははははははっ」
笑い声だった。「驚いてる驚いてるっ」と、きっと向こうで手を叩いてるのが想像できるくらいの笑い声
「その顔が見たか…って、そうか。見れないわね、秋津洲 写真とっといて?」
「良いけど…。青葉さん、カメラ貸して欲しいかも?」
「イヤですぅー。貸すわけ無いでしょっ、こんな時にっ」
「だって?」「そっかっ」
気の抜けたやり取り、青葉の憤慨などまるで意に返していない
「良いですけどねっ。どうするんですかっ実際、倒せってゆーのっ!」
もはや突っ込む気も起こらなかった
青葉を驚かせたいのは分かったから、この先のことを聞きたい
「そこまでは言わないわ。そうね、強めに当たってあとは流れで?」
「ヤラセですかっ。それを作戦って言ったらぶん殴りに戻ちゃうよっ!」
高度な柔軟性をもって何チャラ言われてるほうが、まだ騙されがいがあるってものを
「だって、ただの足止めだもの」
確かにざっくばらんに言い過ぎた向きはあったけど
無視できない程度に攻撃して、適当に時間を稼いだら引いてくれて構わない
その間に、敵の本丸を落とせれば勝ったも同然。それでも、欲を言うのなら
「あ、別に倒してくれても構わないのよ?」
それはもちろんと、大げさに頷いたように聞こえるその声音
そんなものに頷けるわけもなく「いや、無理だから」と素直に否定していた
ー執務室ー
「信じてるわ」
その言葉に、青葉の息が詰まるのを確認するとそっと受話器を置く あかね
きっと青葉は上手くやってくれるでしょう
そう信じられたのは、青葉が今の今まで大破の一つもして来なかったから
そんな願掛けみたいな確率論にも頼りたいのが現状
なんだけど。彼女の青葉の生存本能というか、そういった感は信じて良い気がしていた
いつも大事そうに抱えている あのカメラ
そんな大事なら仕舞っておけば良いものを。でも、大事だからこそ手元に置いておきたいのでしょうね
お守りのようなものだろう、願掛けのようなものだろう
絶対に持って帰るって、意識的な無意識が青葉の力になっているって思うと
「少し妬けるわね」
椅子に深く腰掛ける。青葉の恋人はカメラなのかしら?
なんだったら私を抱えて欲しいものだけど、そこまでは贅沢と言うものか
「吹雪、吹雪」
持て余していた手をこまねいた
「なんですか?」と、不思議そうな顔をしながらも、素直にやってくる吹雪
ぎゅっと…
そのまま抱き寄せた
「ふぇっ!? ちょっ、司令官っ!?」
驚く吹雪を逃さないようにと、より強く抱きしめると
おでこに一つ、唇を置く
「ねぇ? 吹雪は私のこと好き?」
唐突な言葉に驚きながらも頷きを返す吹雪
その素直さを愛おしいと思いながらも、だからこそ余計に言葉で追い詰めたくなってきた
「世界で一番?」
「へ? そ、それは…どう…なん、だろ?」
おほほほほほっ。なんて笑い声を内心に押し込めるのに苦労した
困ってる困っている、覗こんだ顔が赤くなっている
どうとか言いつつも、遠からぬ所にいるのは間違い無さそうだった
邪魔をしているのは羞恥心か? それとも胸のもやもや に対するとまどいかしら?
良いぞ…
どちらでも構いやしない。そっちが踏み込まないなら、こっちから行くだけだもの
「私は好きよ? 世界で一番、だーいすき…」
殊更に力を込めて、耳元で甘く囁くようにして
観念したのか、諦めたのか、みるみると吹雪の体から力が抜けていくのが分かる
「あかねさん…それ、みんなに言ってる…」
「嘘はいってないわ?」
「なんかずるい…」
「答えてくれない吹雪ちゃんの方がずるくなぁい?」
「私は…」
答えが沈黙に変わっていく
何か言おうと動く口は、何も言えずに まごついたまま、もたついたまま
そんな吹雪の答えを遮って、受話器がけたたましく鳴り響いた
「はいはーい。こちら あかねちゃんでーす」
一転して明るくなる空気。緊張が解けていき、沈黙が遠のいていった
「初霜達、次の海上護衛で戻れるらしいわね」
「え、あぁ…それじゃあ…」
それが不思議だった
さっきまで私を口説いてた司令官が、何事もなかったようにして、いつもの司令官の顔に戻っている
「嘘はいってないわ?」それは多分そうなんだろう。だって、司令官がそういう事で嘘をついた事は一度もない
後で行くからねって、いったら本当に布団の中に潜り込んでくるまである
でも、だからって、そんなスイッチ一つで切り替えられたら、なんかからかわれてたみたいで
「まぁ、間に合わないと思っていいでしょ。期待はしたくなるけどね」
「そう…ですか…」
再び受話器をとった司令官が別の所に連絡を入れていた
単純に、時計だけを見たら、青葉さん達が撤退する頃には間に合いそうには見える
多分に、初霜ちゃん達の受け入れ準備なんだろう。あんまり余裕のない状況、援軍をだしては上げたい
確かに正しいよ
なんだったら、そのタイミングで私が変わって出撃しても良いかなって、秘書艦としては考えもする
だけど、あの時「世界で一番?」て、答えられなかった部分がへそを曲げてるみたいだった
「で、吹雪は何を拗ねてるの?」
「へっ…べ、べつにすねてなんか…」
気づけば、司令官に顔を覗き込まれていた
「ただ、初霜ちゃん達の代わりに私が出ようかなって…思ってて」
それを口にした私の胸が痛む。これじゃ答えは出ているようなものだった
惜しいんだ。自分で思っている以上に、司令官と二人っきりでいたこの時間が
悪いとは思う。みんな作戦中なのに、私一人こんな事考えちゃって
「ダメよ吹雪」
お姫様抱っこ。そんな体勢で抱えあげられた
恥ずかしいって何度も言って、放してくれたのはソファの上
天井の灯りが遮られ、そこに司令官の形の影ができた
「あなた、昨日怪我したばっかりじゃない?」
「そ、それだったらもう…」
「ダメよ吹雪」
二度目の否定の後、その手が脇腹に添えられた
制服を押しのけ、忍び込んできた指先が、素肌の上で 辿るように線を引いていく
恥ずかしいのはあったけど、それ以上にくすぐったい
治ったばかりの傷口、薄っすらと残る傷の跡
それを何度も何度も確かめるよう撫でられていると、だんだんと変な気分になってくる
傷口が少し敏感になってるだけ、だとしても、くすぐったいのに、それがなんでか…
「頑張り屋さんなのは あなたの魅力だけど。あんまり心配させないで…」
言葉に詰まる。その顔をまっすぐに見てられなくて顔を背けてしまう
本当に悲しそうで、本当に不安そうで、いつも笑っているだけに、その陰りが酷く目に焼き付いた
そうしてしまったのは自分で、そうさせてしまったのも自分。合わせる顔が無いってのはきっとそう
目が覚めた時、そこにあったのは司令官の顔だった
私の隣で丸まって、子供みたいな寝顔をしていたのを覚えている
その時はただ、その事が嬉しかったけど。今に思えば、私が寝ている間に泣いてたんじゃないかって
もしそうなら、あの時喜んでた私は…私に…
「ごめん、なさい…」
「良いのよ。吹雪が無事なら…」
「うん…」
笑顔、それが暖かい
甘えるように手を伸ばし、知らない振りをして司令官の手を掴む
「私のこと好き?」
「今…聞くんですか…」
「ずるいって思う?」
また笑っている。今度は、イタズラが成功した子供みたいに
そう言う事を言う司令官は嫌いだった。けど、そんな司令官の事は大好きだった
ー海上 2ー
かっきーんっ!
担いだ錨を横薙ぎに振り抜いた旗風
やぶれかぶれに突っ込んできた艦載機の一つが、彼岸の向こうに叩き返された
「見事なものですね…」
感心とも呆れとも付かない声を漏らす鳳翔
その、最後の一つが落ちた所で漸くと弓の構えを下ろした
「春風さんもお疲れ様でした」
「お粗末様です」と、軽く会釈を返して微笑む春風
そうして雨上がりの露でも払うように、傘に付いた煤を落とした後
「追撃なさいますか? 神風御姉さま」
問われて、2・3悩みはしたけれど、結局は首を横に降る神風
「良いわ。あんまり時間かけても青葉達がきついでしょ」
最低限だが、空母ヲ級は沈めたし、これ以上に かける欲もない
何より、精油所地帯防衛からの日が経ってない事もあり、あんまり派手に動きたくなかった
「ですが。残敵があちらと合流する事もあると存じます」
特大ホームランをかました後の熱狂も感じさせずに「つきましては…」と次の懸念を告げる旗風
その胆力、見習うべき所もあると存じ上げますが…いやぁ、やっぱ無理だわと、内心で呆れておいた
「分かる話ね。それじゃあ、青葉達と合流しましょうか」
じき陽も沈む。そこからの夜戦なら、戦艦だろうがなんだろうが、どうとでもなるでしょうし
「鳳翔さんは、秋津洲と合流して後方で待機していて下さい。春風もついててあげて」
「御意に。では、鳳翔さん参りましょうか」
「ええ、みなさんもお気をつけて」
丁寧にお辞儀をした後、春風に手を引かれて その場を後にする鳳翔達
「じゃ、行くわよ旗風」
妹の肩を叩いて歩を進める
けれど、それに続く気配もなく、訝しながらも振り返ってしまう
「…なにやってんのよ」
「いえ、私もあちらが良いなと…」
羨望、憧憬、愛情、それらが一緒くたになった視線が、小さくなっていく春風の背中に向けられていた
「はぁ…」
閉口、呆然、諦観、それらが一緒くたにたった吐息が、遠のいていく旗風の面影に重なる
頭が痛い
元からそういう気配はあったが、司令官が来てからというもの…いや、先日を堺に、より酷くなっているような気さえする
文句の一つもいってやろうか。姉としては、そんな責任感もあろうけど
「良いから来なさいっ」
「あぁっ、お慈悲を、お慈悲を、姉さん」
無視だ無視。またぞろ不満を募らせて、私のものを漁られては敵わない
「だまらっしゃいなっ。文句があるなら あかね に言えってのよ」
「あかねさん…」
その声音に浮かぶ不穏当
けれど、とりあえずでも大人しくなったのなら今はそれでいい
ましてや、その声音の原因を問い詰めるなんてことは、藪蛇でしか無いと私の感が告げていた
ー海上 1ー
「とったっぽぉぉぉいっ!!」
勝鬨
声を張り上げて、沈んだ夕日に手を伸ばす夕立
その足元には、さっきまでル級だったものが燻っていた
「ふへっ、へへへっ…」
そんな夕立の様子を眺めながら、気が抜けたのか、知らずと青葉の口から変な笑い声が漏れていた
やったぜ、やってやりましたよ
「別に倒してくれても良いのよ」って、思ってもないことを言ったつもりでしょうがねぇ…
と、胸を張ってはやりたいが、実際の所
調子乗って突貫を始めた夕立のフォローをしていたら、気づけば終わっていたと
「お疲れ様」
時雨からの労いの言葉が耳に痛い
「いや、情けない限りで…」
夕立の暴走を止められず、なし崩し的に長引いた戦闘
結果として勝ったは良かったが、そんなものは結果論でしかない
まったく、生きた心地がしない時間だった。自分が、ならまだ良いが他の娘がとなると堪ったものじゃない
「でもないさ。みんな無事で、作戦も大成功。褒められて良いものだよ?」
「結果論ですがねぇ…」
「確かに、課題は多いけどね」
「ぽーいっ♪」と、聞こえてくる鳴き声、それに小さく手を振り返している時雨
結果論といえばそう。時雨がいてくれたからどうにかなった向きも強い
というよりは、最初からこうなるであろうことは見越していたような対応の早さではあった
「どうして止めてくれなかったんですか?」
「いや、敵の真ん中で夕立と問答をするのもどうだかってさ」
仮に、提督が その場に居てくれたなら一言で済んだろうけど
「別にたおしてくれても…」て、言われた後では見事に鵜呑みにするだろうってのは想像出来てはいた
連れ戻すにしたって、相手に一撃いれてからじゃないとままならないだろうってのも大きい
実際、思ったよりは疲れたけど、期待以上の戦果だったし、まあそれも良いかと思う
「あるいは、あの冗談もそのつもりだったのかと勘ぐりたくはなるよね」
「いや、司令官そこまで考えてないと思いますよ、ほんと」
「分かるけどさ」
けれど、あの提督が夕立の性格を分かってない訳もないだろう
冗談にしてもGOって言ったのなら…
「なるほど」
その通信を受け取って状況を把握する
振り返ってみれば、ちょうど神風と旗風、二人の姿も確認できた
引くにしろ、押し込むにしろ、これでカタをつけるつもりだったのかな?
にしても、彼女たちの負担を考えると、やはり僕らが早めに引き上げてたほうが良かったかもしれないが
それ自体は、夕立が予想以上の結果を叩き出したので杞憂ではあった
まったく…
本当に、どこまで考えているのか分からない人だよ
ー休憩室ー
「それで青葉ったらねー」
あかね が喋っている
学校帰りの子供がそうするように、楽しかった出来事を嬉しそうに喋っている
それを、笑顔で聞いている鳳翔さん
ときおり相槌を挟みながら、一緒になって笑ったり、驚いてみせたりして
あかね が子供だと言うなら、そんな鳳翔さんはまるで…
「なら差し詰め。神姉さんは御婆様、でしょうか」
「あ? 私がそうなら あんただってそうでしょうが」
してやったりと、ほくそ笑む旗風に負けじと言い返す
春風には「どんぐりの背比べですね」と笑われたが、それでも言われっぱなしは性に合わなかった
まぁ、この程度はいつもの事だ
旗風の奴、春風にはベタベタするのに、私には懐くそぶりもない
嫌われてる訳ではないのは分かる。しかし、どうにも私への扱いが雑だった
それが、甘えの延長なら 可愛らしいものなんだけど…
いやさ、白状すれば寂しいのだろう
うっとりと、春風を眺めている旗風
その視線を、半分で良いから私にも向けて欲しいと羨ましくも思う
春風と私。何処がそんなに違うのか?
憧れの御姉さま。そう、旗風には映っているだろう姿を覗き見る
吐息が一つ
そうして じっとりと、あかねを見つめている春風
…
噛み合わないわね、こいつら
最初に思った事がそれで、そこに混ざりたいのかといえばNOだとも思った
気まぐれに せんべいを噛み砕く
遠い世界から目を背けて、近い所、あかねと鳳翔さんの会話に耳を傾けた
「って、だまされるかーっ!!」
大げさに、青葉の真似をしている あかね
似ているかと言われれば、そんな気がする程度の出来栄えは置いといて
その時の青葉の心情には、同情を禁じ得なかった
いきなりル級の前に放り込まれて、しかも自分以外は知っていた
その言い訳が「だって、青葉なら出来ると思って」とくれば怒りもする
大層キラキラした瞳だった事だろう。随分眩しい笑顔だった事だろう
手を握られ、抱きしめられて、濡れた唇で そんな風に言われたら、騙されたくもなるが
「でも、あかねさん? どうしてその様な嘘を?」
「嘘なんて言ってないわよ?」
鳳翔さんの問に、しれっと答える あかね
だと思った。とかく あかねが嘘を付いたことなんて…
本当に出来ると思ってたんだろう。ル級を倒せないでも、時間を稼ぐくらいならって
その信頼に、慌てふためく青葉の顔が見たかったと、個人の嗜好が混ざっただけ
多少 度が過ぎる嫌いはあったが、盗撮まがいの一見の後も含めると こんなものだろう
「それでね、せんせ…ぇ、ぁ…」
ふいに言葉が途切れた
同時に、生暖かい空気が部屋中に行き渡ると、流暢だった あかねの頬に朱が混じる
「ふふっ、なんですか?」
微笑み、そうして笑顔で受け入れる鳳翔
春風は、うっとりと頬を綻ばせ、旗風のは…嘲笑か? くすくすと小さく笑っていた
先生をお母さん、お母さんを先生と、子供ながらにやった事がある人は多いだろう
そうして、からかわれるまでが世の常で、今回も例には漏れていなかった
「どうして先生よ?」
神風に浮かんだ疑問
たまたまなのかもしれない、そんな程度の不思議
先生を母親と違えるんじゃなくて、鳳翔さんを先生と呼びかけていた
確かにそう呼ばれていても違和感はないんだけど
個人的には、鳳翔さんの立ち振舞はお母さんに近い気がしただけに、その違和感が余計に気になった
「いや、まあ、何でって…さぁ?」
「お母さんでも良かったんじゃない?」
それに、少し楽しいのもあった
いつも攻め手に回っている あかねが、バツが悪そうに頬を搔いている
ちょっとした愉悦感、いつもの意趣返し、たまには からかわれる側の気にもなってみろって程度の
「まあ、でも、私 両親いないし…」
楽しかったのは、あかねがそれを白状するまでだった
生暖かった空気が一気に冷え込んだ
バツの悪さは神風に伝染し、地雷を踏みぬいた罪悪感が伸し掛かってくる
「だからまあ…孤児院のせんせ? ってわけ」
あかねが笑っている
それは確にいつもどおりなんだけど、どうにも曖昧に誤魔化しているみたいで気持ちが悪い
こんな時代だし、珍しくもないと言われたらそうなんだけど
その後、その孤児院すらもってなると、さらに掛ける言葉がなくなった
空気が重い
慰めるべきか、励ますべきか、いっそ一緒になって笑い飛ばした方が楽なのか
むしろ、こうして沈黙される方が、あかねの性格からして辛いのかもしれないが
やはりか、言葉は出なかった
「ねぇ、神風?」
手を握られる
気づけば、あかねの顔が目の前にあった
「神風は、私を置いてかないよね…」
笑顔だった。いつもどおりに微笑んでいるのに、それが何処か痛々しい
握られた手が痛む。そこから伝わってくる震えが、すがりついてくる子供のようだった
いつだったか、いちいち引っ付いてくる理由を聞いた事がある
「だって寂しいんだもの」笑いながら あかね はそう言っていた
訳も無い言い訳だと。その時は、邪険に振り払っていた
ズキリ…と、胸が痛む
だってしょうがないじゃないと、今度は自分が訳もない言い訳をする番だった
あなたがいつも楽しそうだから
あなたがいつも おどけてみせるから
あなたがいつも笑顔だから
だってしょうがないじゃない、言われなきゃ分からないわよ、そんなもの
握られる手を握り返して、そのまま自分の所に引っ張り込む
倒れ込んでくる体を抱きとめると、意外にすっぽりと胸元に収まってしまった
ああ、そうか…
普段の奇行が邪魔をするが
見た目は自分たちと大差はなかったのだと、改めて思い直す
「大丈夫よ、大丈夫」
強く抱きしめた後、背中に回した手で、優しく、何度も、何度でも、撫で続けた
「置いてったりなんかしないから、私も…皆も。だから あんたは笑って待ってなさい、いつもみたいに…ね?」
どれだけそうしていただろう。その間、だれも何もは言わなかった
溶け出した空気が優しく広がっていく。時折聞こえてくる息遣いに涙を想像したが
見ないふり、聞こえないふり、気づかないふりをしながら、そのまま あかねの背中を撫で続けた
「うん」
一つの頷き、それでおしまい
顔を上げた あかねが神風から離れると、元気よく立ち上がった
「まっ、全部ウソなんだけどねっ!!」
ー
鳳翔と あかね、部屋には二人だけが残されていた
「いったぁ…っ。何も蹴らなくたってねぇ…」
なんて うっそぴょーんっと宣言した途端、神風に蹴り飛ばされた
「自業自得です…」
倒れ込んできた あかねを受け止めて、膝枕をしながら彼女の介抱を続ける鳳翔
呆れる吐息までは隠さないでも、優しく頭をなでている姿は慈母の様であった
「どうして、あの様な嘘を?」
静かになった部屋で あかねに問いかける
「好きな娘の気を引きたいっていうのは変?」
なるほど、とは思う
いたずらっ子のやり口ではあるが、それ自体は分かる話だった
けれど、聞きたいのはそこじゃない。むしろ はぐらかされた感もするその答えに、強めに問を重ねた
「そこじゃなく」
とぼける彼女の頬をつねる。痛みにむずがった所で指を放して その答えを待つ
そうして、一つ、二つと待ちわびて、ぽつりぽつりと話し出す
「まぁ、卑怯かなって」
「卑怯…ですか…」
「同情で気を引くのはカッコ悪いじゃない」
笑顔、笑顔ではあったが、それは少し自嘲気味に見えた
ならば言わなければ良かったのに。そんな事、彼女なら承知のはず
あるいは、冗談で流す気だったのかもしれない、それでも、それ以上に口が滑ってしまったのは?
気を引きたかったというのも本当でしょう
気心が知れた上での甘えもあったかもしれない
「弱みを見せるのは悪いことではないと思いますよ?」
「ふふっ。目ざといわね、さすが鳳翔せんせ…」
諦めたように微笑む あかね
「それでもね…」
おもむろに立ち上がると、ぐっと伸びをする
ネコにそれのように体を震わせ後には、もういつもの彼女の姿だった
「格好をつけていたいのよ、私は」
おやすみなさい と、そのまま背を向けられた
何を言えるわけでもなく、同じ言葉を返していた
ありきたりな言葉なら言えたでしょうが。それはきっと、彼女には届かない
神風さん達にさえ引かれた線を踏み越えるには、今の私では役者不足でしょうし
「先生…ですか…」
彼女がそう呼ぶ背中がどんな人だったのかは分からない
普段の仕草から、きっと笑顔の絶えない人だったのだろうと想像するのが関の山
あるいは、本気で彼女にそう呼ばれるようになれば違うのだろうけど
「そう、ですね…。でも今は…」
艦娘としての努めを全うしましょうか
その信頼こそ、まずは彼女の助けになるでしょうから
そうして、静かに立ち上がると、部屋の灯りが落とされた
ーあかねの部屋ー
部屋に戻ると珍しい顔があった
「神風?」
思わず、どうしたの? と首を傾げてしまう
ベッドに潜り込むのさえ嫌がる彼女が、こんな夜更けに私のベッドの上に腰掛けている違和感
顔を上げた神風と視線が合うも それっきり
なにか良いたそうではあったけど、バツが悪いのか、きっかけがないやらで口を噤んだままだった
「良いけど。私はそろそろ休むわよ?」
そう断って、制服のボタンを外していく
上から下へ、晒されていく素肌を気にも止めずに脱ぎ散らかすと、そのままベッドに身を投げた
「ごめん…」
その一言が聞こえたのはそんな時
見上げる神風の顔はそっぽを向いたままだったけど。わざわざ それを言いに来たことを思えば、随分と可愛らしい
「別に。ああも言われれば私だって蹴っ飛ばすわ」
まあ、そうだろう。境遇に同情した所に「うっそぴょーん」とか言われたら蹴りたくもなるし、そのつもりで言った部分もある
「じゃあ、なんで…」と言われるまでも予想はするが、その答えは先刻、鳳翔さんに伝えたとおり
「気を引きたかっただーけ」
それで話はおしまいだって、勝手に言葉を区切って布団を被った
「今日、だったんでしょ?」
ぽつり…
落ちてきたのはそんな言葉
意外ではあったけど、驚くまでもしなかった
誤魔化しこそすれ、隠してたわけでもなし、調べればそれらしい情報は手に入るだろう
問題はどれの事を指しているのか
あるいは、最初にひとりぼっちになった日かもしれないし
もしくは、次に置いてけぼりにされた時かもしれない
ただ、私としては
「誕生日、伝えてたっけ?」
嘘でもないし、誤魔化してもいない
ただこれも一つの「今日」という言葉の側面だった
そっぽを向いていた神風の視線がもどってくる
そうして、驚きと困惑とで強張った表情が、次第にと陰っていった
「なんで笑ってられるのよ…あんたは」
それは、素直な疑問だったのかもしれない
あるいは、泣いて見せた方が余計な気は使わせないで済んだのだろう
それで私は慰められて置けば、神風としては一安心だったか
「泣いて見せたら一緒に寝てくれる?」
卑怯な言い方。自覚はあるがやめられない
面倒見の良い神風の事。そうされれば、たとえ私の下心に気づいても無碍には出来なくなるだろう
ほら、緊張で強張った手がそっと寄せられる。後はその手を掴んでしまえば、なんのかんの押し倒せる
それはきっと卑怯なんだろう
そもそも、心底 真っ当に生きれる程、器械的にもなれはしない
ただ、終わってしまった事に、いつまでも涙して同情を貰おうって魂胆の方が、よっぽどに思っただけ
「なんてねっ」
伸びてくる指を爪弾きにして「おやすみっ」と布団の中に逃げ込んだ
せっかくの据え膳ではあったし、気を引きたい乙女心も満たされはしたが、いかんせんにやり過ぎた
神風の瞳に映っていたのは同情、憐憫、後は的はずれな愛情
そこから始まるものも確かにあるし、そういう展開に期待していた面もあったけど。どうにも、その憐憫だけが気に入らない
可哀想に、ある時誰かが言いました
皆が指を指して言いました「お前は可哀想な娘」だと。本当に助けてくれたのは、後にも先にも一人だけ
言わなきゃよかった…
真っ暗な布団の中で後悔を吐き出した
同情を求めたのは失策だった。そうやってハードルを下げてベッドに洒落込もうとは浅薄に過ぎた
好きな娘に憐憫を向けられるのは、上から手を差し出されるのは結構キツイ
あのまま手を掴んでいたら、私はきっと神風を泣かせていただろう
ー
意味がわからなかった
いつもの司令官なら、喜んで手を掴んできただろうに
部屋に二人っきりで、ベッドに上に並んでいるのに何もしてこないどころか
拒絶された
弾かれた指先が、苦し紛れにシーツを握りしめた
布団一枚の向こう側。丸くなった あかねの背中は意外と小さく見える
むしろ、普段の態度のデカさにこっちの目が丸くなるくらい
あかねに感じた違和感。そりゃ、冬の日本海みたい起伏の激しい奴だけど
それにしても話題が暗すぎたし、慌てて明るく振る舞い直したのも手伝った
その気になれば調べるのは簡単だった
出身地、それらしい事件と被害、残ったのは一人だけ
「嫌がりますよ?」と春風には止められた
だからって、放っても置けずに様子を見に来てみれば妹の言う通り
その行儀の良さには感心はするが、納得はできない
人に心配をさせておいて、伸ばした手は振り払う
そんな天の邪鬼に付き合えるほど私だって暇じゃない、もういっそ面倒くさいとまで思っていた
春風ならきっと、明日も朝から隣で何時も通りにすごすんだろう
それこそ、素知らぬ風に、何も聞かなかったことにしてイチャイチャするに違いない
お優しいこと…
甘えたくなるのも分かるけど
電気を落とす…
あからさまな気配に安心を見て取るけれど、期待通りになんてしてやらない
帯を解いた後、一緒に髪留めも外すと、あかねに習って服はその辺に投げ捨てた
暗くなった部屋に、薄っすらと盛り上がる布団の山
呆れたくなるほどの子供っぽさに、吐けるだけのため息を吐きだして
そのまま布団を剥ぎ取った
ー
ちゅんちゅん…
小鳥のさえずりに揺り起こされる
気持ちの良い微睡み。鼻孔をくすぐる珈琲の香り
ゆっくりと開いた瞼に掛かったのは愛おしい声
「おはよう、あかね」
くすぐったい声音
全身に広がる心地よさに身じろぎをした後、だらしない声で挨拶を返していた
「んぅ…おはよ、かみ…か、ぜ?」
目が覚めた
途端、慌てて布団を被り直し、壁際で体を縮こませる
「このっ、すけべっ、へんたいっ、みみどしまーっ!!」
思いつく限りの罵詈雑言を並べ立ててもまだ足りず
恨みがましい目線を向ける あかね
「誰が耳年増よ。全部やったげたじゃない」
ため息を一つ。それで、あかねの視線をやり過ごし、優雅に珈琲を飲んでいる神風
「頼んでないわよっ。なにっ「毎晩私のこと思い出させてあげるって」バッカじゃないのっ」
「あー」
そういえばそんな事も言ったかと、気のない返事をしながらもやはり どこ吹く風の神風
やり過ぎた、とは思う
耳年増というのも元をつければ正解だ。おかげで、試したいことは大体できたし
結果、この面倒くさい状況なら、ある程度は仕方がないと諦めも付いていた
「もうお嫁にいけないじゃないっ」
「私が貰ったげるわよ」
内心のドキドキを隠しつつ、気のない風に言葉を投げ返す
途端に、言葉に詰まった あかねが、ジタバタと悶だす様は新鮮で興味深い
いっそ、いつもそうしていれば可愛げもあるだろうに
「飲む?」
落ち着いた頃を見計らって、 あかねに珈琲を差し出した
前後する視線。私とコーヒーカップを何度も往復して、警戒を続ける小動物の如くにカップをふんだくられる
「…間接キッス、て言うんだっけ?」
そう言って、体を後ろに引く
予想通り、あかねが吹き出した珈琲が通り過ぎ、布団の上に染みを増やしていった
不満そうなネコの鳴き声
それすらも風鈴の心地に聞こえてくる
やがて、互いの珈琲がなくなった頃
「どうして?」
端的な問いかけに『何が?」とわざとらしく首を傾げてみせる
「とぼけないで」恨みがましい視線に、非難の色が混じりだしていた
「別に? 人の心配を蔑ろにするから、押し付けてやっただけ」
『なんて自分勝手、この我が儘娘」
罵詈雑言の真っ先に追加される言葉
だが、それも、これも、あれも、お互い様
「どうせ神風だって私のこと」
「可哀想…ぐらいは流石に思うわよ?」
あんな話を聞かされて、それすらも許さないってなら、そっちの方が我が儘というもので
「聞き飽きたって顔してるわね?」
それが図星だったようで、鼻を鳴らしてそっぽ向かれてしまう
「まあ、想像だけどね…」
分からないでもない
誰とも知らない人たちに、よってたかって「お前は可哀相」だと言われれば嫌気もさすし
しかも言うだけ言っておしまい。中には助けてくれる人も居たでしょうけど、それもその日の食事分くらいのはず
非難はすまい。時代が悪いと言えばそうだし、そうじゃなくても人一人を抱え込むのは楽ではないのだから
「だったら言いなさんな」
それが正直な感想
同情するだけなら黙っていて欲しいし、同情して欲しくないなら黙っていればよかったと
それでも口にしてしまうのは、口にしてしまったのは、甘え、きっとそんな所か
それに気づいたからこその意固地
だったらもう、自分勝手に踏み込むしかない、聞いてしまったからには放ってもおけないのだから
「それでも私は、心配だってするし、同情もするし、可哀想だって思うから
あんたが嫌がったって、放って置いてなんかやらないんだから。それが嫌ならしゃんとなさい」
そのまま席をたつ
「先に行ってるわよ」と、言葉を残して部屋を後にした
ー
「ふぅ…」
後ろ手に扉を閉めて背中を預ける
これで良かったのかは分からない。分からないけど、やりたい事も、言いたい事も言ったし、満足ではあった
「流石です、神姉様」
そして一番面倒なのを思い出す
「はぁ…」これ見よがしに吐いたため息と一緒に振り向くと、そこには丁寧に頭を下げる旗風の姿
「贈り物は私…。春風御姉さま ですら実行しませんでしたのに」
「そんなんじゃない」言っても聞かないのは分かりきっている。ならばやることは無視だ無視
そう決め込むと、ブーツを鳴らして歩き出した
『お待ちになって、姉様。旗風、本当に感服する限りで」
「ちょっとだまりなさい変態。もじもじすんな気色悪い」
追ってきた。しかも頬を染めて、形容詞しがたく身悶えている
「そんな、変態だなんて…ふふっ」
笑っている、口元を抑えて微笑んでいる。その姿が本当に気味が悪い冗談のようだった
「姉様には負けると存じます」
ぷっつん…
多分なんか切れた
くるくる回る口を塞ぐために、くるくるに巻かれた髪の毛を引っ張ってやって
「ああっ!? おやめ下さい、おやめ下さい御姉さまっ。髪は、髪だけはなりませんっ」
「うっさいっ。定規でも当ててやろうか」
その光景は、もはや姉妹の日常として紛れていた
ー
「お早うございます…司令」
「おはよ旗風…寝癖?」
「そんな訳がないでしょう」
ーおしまいー
初霜「まって若葉…」
若葉「どうした?」
初霜「いや…その…先に入渠にしない?」
若葉「何を言ってる。報告が先だろう…」
初霜「そうなんだけど…」
あかね「はつしもーわかばー入っていいわよーっ」
吹雪 「ふえぇぇぇっ!? し、司令官っ、どういうっ。ちょっまってっ、初霜ちゃんっ、若葉ちゃんっ!?」
初霜「ほら…」
若葉「ぁぁ…」
最後までご覧いただきありがとうございました
艦娘可愛いと少しでも思って頂いたなら幸いです
ー
前回 ↓
拝見させて頂きました。
いやぁ、流石は神姉様、いじられるだけじゃなくしっかりヤるときはヤりますな。
私、感服致しました。
ところでこのシリーズは完全に提督と◯◯シリーズとは別物でしょうか?