無口無表情な青年は頓挫する
いつも無表情。いつも敬語。いつでも心を明かさない。
そんな一人の報われない青年が、一人の艦娘との出会いで救われながら、二人共に育つお話。
何か書きたいなーと思ったので前々からある程度温めていたネタ。
ハーメルンにあげる前に此方に一時的に投げます。完結して推敲終わったらハーメルンに投げます。
正直自分の文体はクソだろって思ってるので、思った事そのまま感想にて書いていただけると本当にありがたい。
書いたお話を誰かの楽しみになりたいね。
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影に隠れる閑静な住宅地。とある青年は独りでに言葉を吐いた。
「大丈夫かなぁ……」
無感情そうな顔とは裏腹に、腹心は穏やかではなかった。
いつもの様にバタバタと人がごった返す、大本営。そんな中でも、明らかに|人気《ひとけ》が薄い空間があった。
そこには一人の青年が立っている。その目には、なんの感情も篭っているように見受けられない。しかし、当人は焦りを感じていた。
「失礼します」
何気ない様にノックを済ませると、澄んだ声でそう声を掛け、ドアを引いた。その先には、柔和な印象を漂わせる老人が待っていた。
「いやいや、待っていたよこの時を」
老人ははにかむようにそう言葉を溢すと、すぐ様咳払いをして顔を整えた。それを見た青年は未だ全く表情を変えていない。
「お呼びでしょうか。元帥殿」
「あぁ、呼んだとも。呼んだ呼んだ」
顔を整えていようと、元帥から溢れる上機嫌そうなオーラは簡単に感じてとれる。青年もそれをきっちりと認識している。
「それで、なんの御用でしょうか」
「言わずとも分かっているだろう? 君のこの先の話じゃ」
「はい」
「……」
青年は何も動揺することなく返事を返したが、それには元帥は呆れていた。とはいえ、あくまで表面上の呆れだというのは分かる。
「なんとも調子が狂わされるなぁ。君には」
「申し訳ございません」
「そういうとこじゃよ、そういうとこ」
「申し訳ございません」
「そうじゃなくて……」
元帥は困り顔を浮かべたが、すぐ様咳払いをした。それによって、場の雰囲気が厳粛なものに変わった。それでも青年は相変わらずだが。
「それじゃ、本題に入る」
更に空気が萎縮した。
「君には正式に少佐の階級を与え、これより指令を与える。いいな?」
「謹んで拝命いたします。全身全霊を持って、与えられた指令を全うすることを……」
「いい、いい。そういうのはこの機会以外にしておけ。ワシは立場上やってるだけじゃ」
「分かりました」
「それでは、これより貴官に与えられる指令内容を伝える」
「……」
青年は、どんな指令が与えられかなんて見当も付いていなかった。よって、彼も一般人と例外なくそれなりに緊張していた。ただ、彼はそれを表に出さなかった。
「当分は艦隊司令長官、つまり提督の元で、補佐兼指導をさせてもらえ」
「……はい」
予想自体が無かったため、青年は特に驚きはしなかった。しかし、内容からするに、将来的には艦隊司令長官、若しくはそれに準ずるような事をしなくてはならないという事だろうと察していた。
「なんじゃ、不服か?」
「いえ、全くもって」
青年は本心の様だった。
「そ、そうか。もし嫌だったら遠慮無く言ってくれて構わんからな」
元帥は焦った様にそう言葉を紡いだ。恐らく彼は、青年の心を案じているのだろう。どちらかと言えば、老人と言うより祖父のようだ。そんな地位と風格に見合わない喋りをしていた。
「あ、すまん。言い忘れていたことがある。1人、君と行動を共にする艦娘に着いてもらうから、よろしくな」
そうあっけらかんと、元帥は言い渡した。
「えっ」
これには青年も素が出てしまっていた。
「はっはっは、久しぶりに君の素を見たのう。そう身構えなくていい。|一介《ただ》の新人艦娘じゃよ」
元帥は楽しそうにそういうものの、青年の方はと言うと顔が引き攣っていた。
何せ、青年は人付き合いが苦手だからだ。指令を伝えられた際に返事を言い淀んだのも、そのせいだ。
彼は指令を内心あまりよく思わずにいたが、指令というだけあって無下にする訳にはいかないと思い、飲んだ。しかしながら、承諾した後にこんな事を告げられるのは、些か不満だらけだと思った。
「ほら、君の右後ろの子じゃよ」
そう言いながら指先が指す所を見やると、背の低い艦娘がいた。
「初めまして、不知火です。ご指導ご鞭撻よろしく御願いします」
「その子は最近建造された子でな。性格が君そっくりだから、気が合うかと思ったのじゃよ」
青年向けて頭を下げる彼女、笑いながらそう伝える元帥。
青年は、一つ重い溜息をついた。
「なに、そう気を病まなくていい。その子なら大丈夫じゃろう」
「新人故、至らない点がございますが、どうかよろしくお願いします」
青年は面を被ったかのようにいつもの無表情になると、渋々声を出した。
「……はい」
「それじゃ後はよろしく頼むぞ、不知火君。ワシは会議があるからのぅ~」
「分かりました」
元帥は、ヨボヨボな見た目に似合わない歩きで出て行く。
「それでは、これから私たちが着任する鎮守府の方へとご案内させていただきます、付いてきてください」
「……はい」
最早その言葉しか捻り出せなかった。
ガタガタと、乗り心地が最悪そうな車の中、青年はいつもの顔で座っている。その隣には不知火がいる。
「名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
前後になんの言葉も無く、彼女はそう聞いてきた。
「名前……。名前か……」
「?」
青年は言い淀んだ。何故なら彼は、単純に名前を持っていなかった。
「特に無いので、なんと呼んでくれても構わないです」
「では、司令とお呼びします。後私に敬語は結構です」
彼女は何も気にする素振りなくそう言った。
元帥がその子なら大丈夫と言っていた意味を今初めて理解した。名前に関して何も質問することなく、流したからだ。そしてこれなら関わりやすいと、簡単に心を許した。
「分かった。じゃあそう呼んでくれ」
青年は、今まで敬語でしか喋った事が無かった。同年代の子に対しても常に敬語で1歩置いており、そして常に無表情であった。
しかしそれは、何処と無く関わりずらさを感じていたからだ。しかし、この子からは全くそれが感じられない。だからこそ、呆気なく喋ることが出来た。
「司令は、心の内とは裏腹にあまり感情を出さない方ですよね?」
意表と真理を突く質問で、青年は思わず顔が素になってしまっていた。
「顔がもう答えてくれていますね」
その言葉に青年はすぐ様顔を戻した。
「……私も、あまり気楽に喋るのは好きではありません。しかし、不敬ですが、貴方とはどこか共通点を感じてしまいます。だからか、思ったよりもスっと言葉に出るんです」
まるで青年と同様な状況であった。
「……俺もそうだ、君とはどこか喋りやすさを感じる。今までこんなまともに喋った事なんて無いのに」
今は、お互いが素で喋っているのだろう。そう容易く理解することが出来た。
「実は私も元帥殿に、この子なら喋りやすいだろうって言われて、半強制的にさせられたんです。元より拒否する気はありませんでしたが」
あの元帥は何をしでかしてるんだろう、と思いながらも、その手腕に驚いた。元帥は、青年と彼女を合わせる前から両方の性格や心の内を理解して組み合わせたという事になるのだ。
「驚いたよ、君にも元帥にも」
「私も驚きましたよ」
青年の顔は、考えているうちに既に素になっていた。しかしながら、彼はもうその事を気にしなかった。また共感を告げる不知火も、軽い笑みを零していた。揺れる瞳は淡い青を示しており、自然な笑みはとても魅力的だった。
初めて出来た素での喋り相手はとても衝撃をもたらした。それと同時に、幸福をももたらした。二人だけの状態こそが彼らにとっての、本当のプライベートになるのだろう。
そう、二人だけなら。
「青春してるねェ!」
そう言ったのは運転手の憲兵さんだった。一瞬にして二人は無表情になった。
__以下二話__
「ありがとうございました」
そう憲兵に礼を言うと、彼はニヤニヤとしたまま手を振り走り去った。二人は思わず視線を下げた。
「思ったより大きいな。ここは」
空気を散らす様に、青年は言った。実際に鎮守府はとても大きい。青年は教育課程や通りすがりに鎮守府を見かけたことがあるが、目の前の鎮守府はそれを簡単に超えている。単純に見ただけでも、施設の多さが計り知れない。
「そう……ですね。私もここまでのは初めてです」
彼女もそれに同意したようだった。些か彼女から漂う雰囲気が陽気になっている気がしたが、気にしなかった。それは青年も同じだったからだ。
周りをキョロキョロ見回しながら歩く彼女は青年にとってどこか面白く、青年は一人見つめていた。
「そういえば、司令。流石に司令も名前が無いと、この先不味いのではないでしょうか?」
此方を向く瞬間に青年は目を逸らした。そちらの方に気が向いていたが、言われた事を咀嚼すると、確かにとても不味いと感じた。
コミュニケーションの一環として名前は必須だ。しかも、彼女は青年の事を司令と呼んでいるが、こちらの鎮守府には提督がいる。このままだと周りが混同してしまうだろう。とは言うものの、無い物はどうすれば良いのか分からない。勝手に付けて良いのだろうか、と考えた。
「もし不知火だったら、どうする?」
「そうですね……。適当に付けますね。そうするしかないでしょうし」
やはりそれしかないのだろう。不知火はあまり間髪を入れずそう答えた。
「うーん。ここは適当に、|奏斗《かなと》なんてどうでしょうか。……あ」
又もあまり考えずに名前を導き出した。そういうものに悩まないのが彼女なのだろうと思った。しかし、すぐさま彼女は何かを考えついたかのように声を漏らした。
「多分考えた通りだ。俺には名字も無いんだ」
青年は嘆くように告げた。青年は彼女の考えの予想が付いていたのだ。彼がその本人なのだから、周りよりも一番気にしている。
「ですよね。それじゃあ……|霧切《きりぎ》なんてどうですか?」
又しても、彼女はすぐさま案を出した。
「霧切、奏斗か。いいんじゃないか?悪くない」
青年はそう言って笑った。彼はそもそも、名前に関してはあまりよく分からない、と言うよりよく分かっていない。名前を呼ばれたことの無い彼にとって、名前というのは空虚な存在だった。だからこそ、彼女が考えたその名前に良さを見出した。
名前を付けたその張本人は、意図しない賞賛に少し顔が緩くなっていた。それをまた青年は目敏く感じとっていた。
「すいませーん! 今日ここにお呼ばれした方でしょうかー?」
そう正門の方から声が響いてきた。二人はすぐさまポーカーフェイスに戻りそちらを見ると、不知火と同じぐらいの背丈の少女がこちらを見ていた。背丈から見るに駆逐艦。服から見るに吹雪型という所だろう。二人は少女の方へ向かった。
「初めまして、吹雪型一番艦の吹雪です! えぇと、補佐の方とその専属艦の方でよろしい……でしょうか……?」
彼女の威勢の良い声はどんどん尻すぼみになり、顔も少し引き攣っていた。それもそのはず、感情の見えない相手二人を相手取っているのだ。並大抵の艦であればそうなるだろう。
「初めまして、霧切と申します。この度は元帥殿の指令より、貴方方の提督様の補佐及びご指導頂くことになりました。以後お見知り置き下さい」
「初めまして、陽炎型二番艦の不知火です。私は霧切司令の専属艦として仕える事を命令されました。これからよろしくお願いします」
二人の堅い挨拶に、思わず彼女はたじろいでいた。
「いえいえいえ、こちらこそよろしくお願いします!!」
彼女は、まるで初着任する艦娘の様に硬くなった。頬が先ほどより引き攣っている。ともあれこの2人は平常運転だ。内心思うことがあろうが、いつも通りだ。ニコリともしない無表情二人に、彼女は話を急いだ。
「と、とりあえず、司令官の方までご案内致しますね。付いてきてください」
二人は頷くと、彼女の後ろについて行く。後ろから見る彼女の歩き方は、ぎこちなさ満載だった。
歩く最中で、数人の艦娘に出会ったが、二人の無表情とオーラに誰も近づこうとしなかった。そのせいで吹雪は余計にやりずらそうだった。
「近代的と言うより、レトロだな。綺麗だ」
青年は思わず感嘆した。レトロなイメージと言えば大本営だったが、実際に行ったところ、無機質な場所だった。設備が多少最先端加減がある、それぐらいの印象だった。だからこそ、鎮守府も同じ様な場所なのだろうと偏見を固めていたのだ。しかし、いざ入ってみれば、色に重みのある木やおとなしい色合いの家具ばかりで予想を裏切られた。その裏切られた分、感嘆も大きかった。
「そうですね、落ち着きがあって良いと思います」
不知火も賛同する。この時二人は、完全にプライベートモードに入っていた。
つまるところ、顔だ。
「そうですよね!私もそう思いま……」
吹雪はここぞとばかりに同意の声を出す。しかし、吹雪が二人の顔を見ると、思わず声を無くした。常に無表情な厳格な性格の二人だという印象が、簡単に崩れてしまったのだ。
視線に気づいた二人は、すぐさま戻った。しかし、目の前の少女にはもう見られている。
「あはは……。素敵に笑うんですね」
彼女はにこやかに笑いながらそういった。その反応から、二人は理解した。彼女の中のイメージが良い方に転んだのだろうなと。見られた事自体はあまり良く思わないが、関わりやすいイメージを持たれるのは特段構わない。とはいえ素を見せるようにはしないだろう。
「……どうも」
赤面をしながら、不知火が答えた。それを見た青年も、不知火程ではないが赤面し顔を伏せた。その後は着くまで無言だった。
「着きました、こちらが執務室になります。此方に司令官がいらっしゃるはずです」
吹雪はそう言うと、ノックをした。
「司令官、お二人をお連れ致しました!」
「入ってくれて構わないよー」
そんな少し、間の抜けた声が聞こえた。吹雪がドアを開き、先に入室を促した。それを見た二人は軽く会釈を返し、堂々と入って行った。
「どうも、初めまして。ここの提督の|射牙《いるが》と申します。まぁ、堅苦しい挨拶は抜きして、気楽にやってくれたら嬉しい」
そう挨拶をした男は、タレ目気味な目が特徴の高身長な人だった。少なくとも、青年よりかはそれなりに高いだろう。目での印象だけでなく、声まで柔らかな印象だった。
「初めまして、霧切と申します。しばらくお世話になりますが、どうぞよろしくお願いします」
「初めまして、不知火と申します。霧切司令の専属艦を努めさせていただきます。よろしくお願いします」
堅苦しい挨拶は抜きにと言われたので、二人は軽い挨拶をした。勿論、目の前の提督が言ったのはそういう意図ではない。
「ははは。本当にしっかりした子達だ。まぁまぁ、実は《《その》》補佐をしてもらうまで暫く日が開くんだ。だから肩の力を抜いてゆっくりするといいよ」
彼は椅子へ座り直し、書類に視線を落とした。その後すぐハッとしたように顔を上げると、吹雪にアイコンタクトを送った。するとすぐに机に突っ伏した。
「あはは……。司令官はいつもあんな感じで……。と、とりあえず、お部屋までご案内致します」
青年は、つくづく大変そうだな、と心の中で吹雪を哀れんだ。不知火を見ればいつもの表情だったが、同じような事を考えているだろうというのが何となく分かった。
今度は素を出すことなく、無言を貫き通した。前を見れば吹雪がやりずらそうにしていたのが分かったが、そのままにした。時々視線を不知火に移すが、気付いてないようだ。
「えっと、こちら一部屋でお二人……え? ……になります」
吹雪がドアの表札を二度見していた。青年がそこを見ると、不知火という名前の上に「もう一人の方」と書いてあった。
「すみません、今度書かせます……」
申し訳なさそうにする吹雪を見ると、青年と不知火は向き合い笑った。それを見た吹雪は安堵の表情を浮かべていた。そしてここぞとばかりに切り出した。
「あの、霧切さんってお幾つですか?」
「十六です」
「えっ」
青年はとても若く見える。そして、身長がその若さ加減に似合う身長だ。とはいえ、ここまでとは誰も想像していなかったのだろう。吹雪は驚愕の声を漏らし、不知火まで口を開いていた。
「司令、そんなに若かったのですか?」
「あぁ、気付かなかったか?」
「全く気付きませんでしたよ」
青年は悪戯に笑った。とはいえ、理解しているものだと思っていたのだが。
「まあ、いいさ。歳なんて気にしない」
そう言うと青年は部屋へ入って言った。それを追うように入って行く不知火を、吹雪は笑いながら見ていた。
先程とは打って変わり、ノックをせず粗雑にドアを開く。ドアの悲しげに軋む音が響いた。
「司令官!もう一人の方ってなんですか!もう一人の方って!」
吹雪は怒っていた。部屋に入る二人を見送った時は思わず笑っていたが、その後もう一度表札を見て、怒りが沸々と湧いてきたのだ。思わず忘れてしまう所だった。
「いやさ、名前を知らなかったんだよ。元帥も二人来るからよろしくってぐらいしか言ってなかったし、さっき補佐って言われてびっくりしたよ」
そう言いながら彼はおどけてみせた。その言葉に嘘はなさそうだが、だからといってもう一人の方は無いだろう、と吹雪は思った。
「とりあえず名前聞いたんですし書いといて下さいよ!では!」
「ちょっと待って」
そそくさと帰ろうとする吹雪を、提督は止めた。
「あの二人について少し話があるんだ」
そう声を潜めて言った。少し漂う空気が重くなったように感じる。一方の吹雪はよく分かっていなかった。あの無害そうな二人に、そんな重要な話など何も思い付かなかったからだ。
「一体なんですか?」
「当分、あの二人を監視してくれないか。少しおかしい気がする」
提督は真剣そうにそう言う。しかし、二人の笑顔を見ていた吹雪は、それが理解出来なかった。
「全然見えませんけど……」
素直にそういうが、提督は引き下がらない。
「……最近、一部の提督達が過激な行動に出てるのは知ってるか?」
「いえ、知りませんけど……」
「聞く所によると、艦娘への扱いが良くない考え方の奴だ。そいつらの噂が最近絶えない」
真剣な面持ちで提督は語り始める。ただ、そこには不安が篭っているように見えた。
「あの忠実な不知火、元から不知火というのは厳格な艦娘だと言うのは知ってるけど、あれはおかしい。完全な無表情で、心が見えない。男の子の方もだ」
「いえ、それは……」
「あまり疑いたくはないが、如何せん疑わなければならないんだ。その過激な提督が、関係の無い鎮守府にまで魔の手を伸ばしてるなんてのも聞く。それも、ここから一番近くの鎮守府がその一部だと聞いたんだ」
そんなの初耳だ。というより、そことはまだ関わったことがない。
「本当ですか?」
「ああ、この情報は信頼できる所からなんだ」
厄介な話だと吹雪は思った。何故なら、その鎮守府はここから本当に近いからだ。他の鎮守府に比べればだが、それでも近い。もしそれが真実だというのなら、今すぐにでも全員に言っておくべきだろう。だが、少なくともあの二人は違う。そこだけは払拭しなければならない。
「司令官、少なくともあの二人は違います。私はあの二人が笑っている所を二度も見ました。それも無垢な笑みで、とてもそんな人達と関わりがあるとは思えません」
「……吹雪が言うのだから、それは本当だと思う。だが、監視はしてくれ。隠しカメラも託す。念には念を通す」
提督は引かなかった。それだけ、彼がこの鎮守府の事を想っていると言うのはよく分かる。それを鑑みれば、あまり無茶を言う訳にはいかないと思った。
「……はい、分かりました」
「すまない。本当はあの二人を信じてやりたいが、状況が状況だけに中々そういう訳には行かない。それとこの事は《《内密》》に頼む」
提督は、悲壮な顔で吹雪に頼んだ。いつもの彼からは想像出来ない顔で、どこか違和感も感じた。
「分かりました、では、失礼します!」
小さいカメラと同時に、小さな発信機まで渡された。もしも監視外になりそうな時はそれを付けろという事なのだろう。
受け取った私は自室に歩き始めた。一先ず整理をしたかったからだ。幸い自室と二人の部屋は遠くないので、ドアの開ける音で彼らが移動しているのか分かるだろう。少し安堵をした私は、二つの感じた違和感の内、一つを思い返した。
どうして何も説明せず、「内密に」と頼んだのか、だ。
日は沈みかけ、窓から見える景色はオレンジ色に焼けている。小さな違和感が、その夕焼けのように心に焼き付いた。
---以下三話---
紅色の光が窓から差し込む夕暮れ。それに照らされる部屋を見て、感嘆していた。
「かなりいい部屋ですね。この部屋は」
想像していた部屋より、倍近く広い。また、家具も必要以上に充実している。一提督の私室並みではないだろうか。
「ここにいる艦娘達と、同じ程度な部屋だと思っていたんだが……」
彼は困惑顔ながら、笑みも混じらせていた。一応彼は補佐する役目等で来ているので、それぐらいあってもおかしくないと言えばそうだ。ただそうだとしても凄い。何せ、不知火まで同室で含まれているのだ。
「何も無いよりは良いのですが、ちょっと過剰な気もしますね……」
そう言いながらも、心の内では良い気だった。
「まぁ、また追々聞く事にしよう。それより鎮守府の中を見て回りたい」
「良いですね、次いでにまだこちらの艦娘達とも関わっていませんし」
吹雪に連れられている際、多少は艦娘達を見かけることがあったが、いずれも関わること無く通った。だからこそ、少しそれを気にしていた。
「そろそろ良い時間だし、食堂辺りに行ってみるか。そこに行けば、必然と会うだろう」
そういう彼の目は、少し輝いていた。恐らく鎮守府でのご飯に興味があるのだろう。こんな点から、彼が言った年齢が本当らしいというのを証明していた。
軽く頷くと、彼は勇み良く歩みだした。案内されている時とは大違いだ、なんて思いながら後ろをついて行った。
食堂のドアは重厚で、大きな食堂であるということがよく分かる。また、塗装の剥がれから少しの古さも感じる。開けるのには少し苦労した。
ギィィという音と共に、重いドアが開かれた。目に飛び込んで来たのは、大人数の艦娘達と活気溢れる喋り声。恐らく帰投した艦娘達と時間帯が被ったのだろう。
「……少しこういう場は緊張するな」
彼を見ると、いつもの顔になっていた。それに気付き自分の顔も意識したが、既に同じ顔になっていた。重症である。
とりあえず注文しない事には進まないと思い歩くが、大量の視線を感じる。それは当たり前と言えば当たり前の事だが、自分も彼と同じで苦手だと心の内で思った。
「日替わりランチ?でお願いします」
「私もそれでお願いします」
視線に気を取られていると、既に彼は注文を決めていたようだった。メニューを見た所で悩んでしまうことは分かり切っていたので、同じ物を頼んだ。
「あら、お二人が言っていた人達かしら……。初めまして、給糧艦間宮と申します。此方では、食堂を担当させていただいてます」
聞いた事はあるが、まだ見た事ない。そんな人だった。何せ、不知火は鎮守府に着任したのはこれが初めてだ。だからなのか、と一人でに納得しながら、司令に続き挨拶をした。
「初めまして、霧切と言います。これからこちらでお世話になります」
「こんばんは、初めまして。霧切司令の専属艦として共に着任した、不知火です」
「お二人共新人さんですね?霧切さんはお若く感じますし、不知火さんも緊張してらっしゃいますね」
こんな無表情二人から、簡単にそれを見抜かれるとは思っておらず、度肝を抜いた。それに、提督の若さは言われないと分からないレベルだ。
「とてもすごい観察眼ですね。尚更炊事を任されるのがよく理解出来ます」
司令が軽く賞賛して返した。彼は確かに不器用だが、不知火よりは数段マシだ。世渡り上手って所だろうか、と少し羨んだ。
「あはは、ありがとうございます。私にはこんな事しか出来ませんから……。この鎮守府は特に何の変哲もない普遍的な所で、少しつまらなく感じるかもしれませんが、ごゆっくりしていただけたら幸いです」
彼女の言葉を聞き終えた二人は、軽く会釈し席に着いた。食べ始めようとしようとするが、近付く足音に手を止めた。
「こんばんは!君達が今日来た人かな?よろしく!」
「こら皐月、邪魔をするな……。睦月型8番の長月だ。よろしく頼む」
「いーじゃんかー、このナガナガ!」
「ナガナガは辞めろ」
来たのは睦月型の皐月と長月だった。司令は威勢の良さに圧倒され、少したじろいでいた。それをカバーする様、先に軽い挨拶を交わした。
「こんばんは、陽炎型二番艦不知火です。よろしくお願いします」
後に続こうと司令が口を開いたが、すぐさま皐月が喋り始め、意気消沈していた。といってもそれを分かるのは不知火だけだろう。
「一応ここに着任したんだよね?じゃあ一緒に出撃したりするの?」
「さあ……。特に何も言われてませんが、あるんじゃないでしょうか」
艦娘として着任している以上、出撃しなければ意味が無い。という訳で恐らくの返事をしたが、皐月はそれを聞き更にヒートアップする。正直実際に出撃した経験は無く、役に立てるとは思わない。行けと言われれば行くが、出来れば海上より陸上の方が安心だ。
「へぇー、いいね!一回君と戦ってみたいよ!」
「辞めとけ、お前じゃ無理だろう」
長月がそれを抑え込み、皐月が長月を睨み付けるが、長月は全く動じず堂々としている。
「いーじゃん勝てなくても!普通もっと演習出来るのが普通だよ?この近くの鎮守府は全く音沙汰無いし」
「司令官が近づくなと言っていたし、何かやばい所なんだろう」
「えぇー。興味あるなぁ」
音沙汰が無いとはどう言う意味だろう。鎮守府を空けておくなんて真似を、本営がする様には思わない。それに今は司令がいる。もし空いているなら、そのまま着任して良かっただろう。
「自分も興味があります」
司令が反応した。空いているなら着任させてくれても良いだろう、なんて彼が思っている気がした。
「じゃあさ、明日でも見に行かない?君が着いてたら、多分行ってもいいでしょ」
「おい皐月……」
「私の権限で行きますよ。私が責任を取ります」
彼は口に食事を運びながら、そう言った。皐月は大層喜んでいる様子だが、長月はやれやれといった顔をしている。長月は吹雪のように苦労するタイプだろう。吹雪に関しては二人のせいだが。
「大丈夫なのですか?司令」
不安からそう尋ねると、彼は軽く頷いた。何も言わない所から、何かしら深い考えがある。そう感じた。
「じゃあ明日、朝に外で待ってるね!」
「おいおい待てよ!」
走り去る皐月に、振り回される長月はヘトヘトそうだった。
「私も行きますよ」
そう彼に念を取った。勿論拒否される事は想定せずに言っている。
「ああ、構わない。元帥にも後で言う」
成程、と思った。流石に元帥にまで言っておけば、何かあったとしても何とかなるだろう。ここの司令官も、元帥から言われれば、何とか収まると考えられる。
とはいえ、何かしら装備して行った方が良いのだろうか。近付くなと言っていたらしいこちらの司令の真意も測れない。そうこう考えていると食事することを忘れていたようで、彼は既に食べ終わっていた。急いで食べようとするが。
「ああ、良いよ。先に戻って荷物を広げておく」
そう言うと食器を下げて出ていった。待ってくれた方が良かったのだが……と思いながら悲しく食べ進めていると、また声が掛かった。
「不知火……?不知火よね!私よ、陽炎よ!」
その声の正体は、不知火の姉である陽炎だった。しかし、不知火は初めての姉との対面に少し戸惑う。
「どうも……。あくまで私は、私の司令の専属艦としてですので……」
「細かいことは良いの!やっと妹が来てくれて嬉しいのよ!」
さり気なく距離を取ろうとしたが、通用しなかった様だ。明るすぎる姉に、不知火は更に引き気味になる。
「不知火はいつ建造されたの?もしかして昨日とか?後専属艦なんて珍しいわね!隠された能力があったりとかするの?それとさっきの人って誰なの?」
「はぁ……」
陽炎の質問攻めに、不知火はあえなく消沈した。
「先ず私が建造されたのは――」
青年は鞄から携帯を取り出した。連絡先には、元帥だけが載っている。それを見た青年は若干憂鬱になった。
出るかなと三コールが経つと、無事画面は通話中へと変わった。
「もしもし」
「おお君か。こんな早く電話が掛かるとは思っていなかったぞ」
声からするに、いつも通り若干笑っているのが安易に想像出来る。そんないびりを無視して本題を切り出した。
「今私がいる所の近くの鎮守府について何か知ってますか?」
「そこの近くの鎮守府か?知らないな」
「先程こちらの艦娘と喋ったのですが、どうやら音沙汰が無いようです。また、こちらの司令が艦娘に近付くなと言っているらしいですが」
「ふむ……。物騒じゃな。こちらでちょっと調べておくようにする」
「お願いします。後明日そこに行ってみます」
「え?」
元帥が出した素っ頓狂な声に、青年は若干優越した。やっといびり返せた気がしたからだが。
「うーん……。構わんが、不知火を連れて行け。多分その子がいれば多少は何かあっても大丈夫じゃろう。後変なことしないようにな」
「分かりました。では」
「くれぐれも――」
元帥が何か言いかけようとした気がしたが、構わず切った。きっと気の所為だろう、そうだろう。そう適当に考え、さっさと浴場へ行った。
不知火は工廠へ顔を出していた。それも、明日のために装備でも揃えておこうと思ったからだ。しかし、いざ入ってみると色々な物がごちゃごちゃとしており、人影が見えない。そのため、数少ない足場を駆使して奥へ進んだ。
最深部という言葉を使っても違和感のないぐらい奥に進むと、薄桃色の髪が見えた。それを見て不知火は安堵した。
「新しい改修……?何これ……。あ、こんばんは!明石の工廠へようこそ!」
何か悩んでいた様だが、こちらを見付けるとすぐ掛け声の様に声を上げた。手元には大量の紙が重なっている。
「こんばんは。装備を揃えたいのですが……」
「見ない顔ですね……。まぁいいや、練度はどのくらいですか?練度によって出せる装備が異なりますので」
「すみません、練度は分かりません」
「ではこちらに来てください。適当に測りますね」
練度で装備を決めるのはとても効率的だ。一方では、それだけ良い装備が少ないという事だろう。なんて考えながら、不知火は成り行きで練度を測った。今まで測ったことの無い不知火は、少し興味があった。
「うん……?85……?測り間違えたかな……。あれ?」
「どうしました?」
「すいません、今まで何をされて来られたんですか?」
「何って、普通にご飯を食べて来ました」
「いやそういう事ではなく、戦闘経験的な」
八十五がそれだけ高い様なのは分かるが、イマイチ不知火はよく理解出来ていなかった。
「本営で訓練とかはしていましたね」
「あぁ〜、成程ね。はいはい……じゃなくて、どうして本営の艦娘がここにいるんですか!?」
彼女の声は上擦り返っていた。よく理解出来ていない不知火は、尚更良く分からなくなっていた。
「色々ありまして。それで装備の方は……」
「何でも持ってっちゃって良いですよ!ほら五連装魚雷なんてどうですか?最大まで改修済みですよ!」
「ありがとうございます」
不知火は、彼女の言われるがままに装備して行った。不知火は装備に関してあまり知識が無かった。そのため、完全に度外な装備を貰っていることに全く気がつかなかった。
「ありがとうございます」
「いえいえ、またいつでも来てください!本当に!!」
付けてもらった装備を艤装とともに消し、軽い足取りで工廠を出た。少し体が軽くなったように感じていた。これで明日は大丈夫だろう。
窓を見ると既にもう日は沈み切り、所々に星が見える。時間の流れを感じ、早めに入渠して寝ようと考えた不知火は、入渠施設に歩みだした。
しかし彼女は、完全に服を忘れていた。
聞こえてきたのは、鳥の囀り。いつもの様に目が覚めたんだと、起き上がった。
辺りを見回すと、そこは昨日見た大きな部屋だった。今まで、いつも同じ場所で寝て起きてきた。だからこそ、新しい場所での朝が新鮮で、そして新しい毎日の訪れを報せているようで、とても陽気な気分だった。
昨日は風呂に入って寝たんだっけか、と昨日を回想していると、蠢くベッドが目に入った。驚いて軽く布団を持ち上げると、そこには熟睡している不知火の姿があった。そういえば、昨日部屋に戻った時不知火は居なかった。恐らく寝ている内に戻ってきたのだろう。
口を開け、髪も乱れ寝ている彼女は何処か新鮮だった。
起こすのも悪いと思い、青年はサッサと朝支度を済ませる。しかし、一向に彼女は目を覚まさない。流石に声を掛けようとした時、ノックの音が鳴り響いた。
「遅いからこっちから来たよ!大丈夫ー?」
「こら、強くノックし過ぎだ!後声がデカい!」
ドアを開けようと近付くと、ガサッという音が聞こえ、そちらを向いた。そこには、目覚めたらしい不知火が居た。
「み、見ないでください!」
彼女はそう言うと、布団にうずくまって隠れた。それを見た青年は、笑って声を掛けた。
「はは、先に廊下で待っておくな」
小さくはいという声が聞こえたので、廊下へ出た。不知火とは会って二日だが、そこはかとなく、ずっと接しやすさを感じていた。
「外で待ってたんだけど、中々来ないから来てみたんだ」
悪戯な笑みを浮かべる皐月は、悪びれなくそう言う。実際のところ、十時だったとしたら二人が遅い。慣れないところに来た事と、人との関わりから気疲れしたんだろうと、簡単に考え出した。
「不知火を待ってやってくれ。さっき起きたんだ」
「良いよ、お昼までに行けたら大丈夫だし。あれ、そういえばキミってそんな口調だったっけ……」
言われて気が付いた青年は、直ぐに目を逸らした。若干冷や汗をかきながら言い訳を考えていると、隣にいた長月が口を開いた。
「そちらが素の喋り方だろう。私達に気を使う必要は無い」
「そういう長月の喋り方は巣に見えないけどね」
「私はこれが素だ」
長月が気を利かせてくれたようで、喋りやすくなった。彼女が厳格な喋り方をする所から、どこか共通点でも感じたのだろうか。そんな事を考えながら言い合いを始めた二人を見ていると、ドアが開いた。
「おまたせしました……」
出てきた不知火は、焦って支度をしたからか少し髪とリボンが乱れていた。青年がさり気なく直してやると、彼女は直ぐに顔を赤らめ、礼を言った。
「二人とも仲がいいんだね!」
無垢な笑顔で笑う皐月を、純粋な子だと青年は心の中で評した。一方の長月は苦笑いしていたが。
「そ、それでは行きましょう」
「レッツゴー!!」
「おいこら待て!」
三人の小さな探検隊は、ピクニック気分で幕を切った。
「これは……完全に廃墟だね!」
「草木が茫々だな。これは流石に、ただの跡地としか思えん」
二人がそんな酷に評価するのが妥当だと思えるぐらい、目の前の鎮守府は寂れていた。周りが森のせいか、ツルが至る所に伸びている。正門も錆び付いた上にツルが巻き付き、開きようが無さそうだった。
「少し興味があったが、こんなんじゃ入れそうにない。帰るか」
踵を返し歩き出した長月を他所目に、皐月は艤装を展開してドアを握った。
「おりゃ!」
バキィッという音と共に、大きなドア一部が割れ飛んだ。振り返った長月は目を瞬かせ、空いた口が塞がらないようだった。皐月はそのまま間を潜り、中へと進んで行く。
「折角ここまで来たんだし、やっぱり中も探索しないとね!何かいいものがあるかも!」
青年と不知火も、皐月に続き潜って行く。二人も中に興味があったからだ。
「お、おいおいおいちょっと待てよ!」
取り残された長月は、急いで後を追った。
最悪な外面とは裏腹に、中はどこか小綺麗で、|人気《ひとけ》がある感じがした。それを不審に感じた二人は緊張を募らせるが、皐月は気にすること無くどんどん進んでゆく。
「ここが執務室っぽいね」
ドアは壊れて無いが、中は綺麗だ。しかし使われている様子は無い。手分けして棚を漁ったりしていると、皐月が何かを見つけた。
「何これ?注射器みたいなのがあったよ」
皐月の言う通り、注射器にしか見えない物が執務机の引き出しに入っていた。その注射器の中には、暗い黄緑色の液体が入っており、禍々しさを感じさせていた。
「明らかにヤバそうですね。これ」
不知火はその液体を見て顔を歪ませる。一方で皐月は嬉しそうだった。
「後で持って帰って、明石さんに成分解析に掛けてもらおうよ!」
楽しそうに言う皐月に、この場にいる全員が同意した。なんだかんだ、二人も楽しんでいたのだ。
「じゃあ次は工廠でも見に行こうかなぁ〜」
漁り終えた全員は、呑気に歩き出した皐月に続く。だが、青年は何処か違和感を感じた。
「何か、違和感が無いか?何かに気付いていないような」
「言われてみれば、そうですね……」
「なんだろう……」
全員が青年の言葉に悩み出す。そこで皐月は、ハッとしたように口を開いた。
「そういえば……!」
皐月が言葉を続けようとする。刹那、悲鳴が反響して届いた。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!?」
その声を聞いて、続く二人も違和感の正体に気付いた。
「長月!!」
艤装を展開し走り出した皐月に続き、青年と不知火も後を追う。そういえばそうだ、中に入ってから長月の姿が無かった。注射器を見つけた時に声が聞こえなかったことから違和感を感じたが、正体はそれだった。
走り続け辿り着いたのは、皐月が行こうとしていた工廠だった。中をのぞき込むや否や、二つの影が見えた。
「長月!」
床には長月が倒れ込んでいた。意識が無いように見え、それを見つけた皐月は走り寄ろうとする。しかし、青年がそれを制止した。
「誰だ!」
青年が声を張る。最初に見えた人影、それは二人だったはずだ。不知火は透かさず砲を構える。
「かなり早く隠れたのに、よくも見つけるもんだわ」
機械の裏から若そうな男が出てきた。手足にはそれぞれどこかに包帯が巻かれ、髪は長く生え続き、片目だけが赤白く光っている。
「誰だ。そいつに何をした」
青年は緊迫した表情で話しかける。皐月は今にも泣きだしそうで、あまり長くは止めていられなさそうだ。
「勝手に人の鎮守府に入る躾のなってない艦娘に、少し手をかけようとしたんだよ」
男は悪びれなく言い、口元はニタニタとしている。不気味がる青年は、その男の余裕に違和感を感じた。
「不知火、周りに注意しろ。何かいるはずだ」
その言葉を聞いた不知火はすぐさま辺りを見回す。しかし何者も見つからない。
「野性的な勘してるねー君。もし何かを感じたのなら、最早人間じゃなさそうなレベルで」
上の空めいた事を嘯く男に痺れを切らせ、青年は更に続ける。
「黙れ。長月に何をしたか言え」
「まだ何にもしてないさ。してやろうと思ったら、そのまま気を失ったんだよ。オマケに失禁までしてら。貧弱な艦娘だこと」
非常に苛立ちを募らせる様な独特な喋り方に、皐月の肩が震える。それに気付いた不知火は、皐月の背中を撫でた。
「次だ、お前はここで何をしている」
「さぁね?聞きたかったら、吐かせてみなよ」
気味の悪い笑みを浮かべる男を他所目に、青年は腹話術の様に口を数ミリ開け、皐月に小さく喋った。
『皐月、お前は鎮守府に戻って司令官にこの事を伝えてくれ。二人で駄目だった時は、三人でも同じだ』
皐月は今にも泣きだしそうな目をしていたが、青年はそれを横目で見つめた。それを見た皐月はゆっくり小さく頷くと、後ろへ走り出した。
「仲間を置いて逃げるなんて、相当にクズだなぁ?」
煽る男を無視し、不知火に目を合わせ頷く。不知火は頷き返すと、男に向かい走りだした。
「死ねッッ!!」
この場所で砲撃した場合、建物が崩れてしまう可能性がある。それだけでなく、もし弾薬などがあれば、誘爆して最悪全員諸共爆散してしまう。それを危惧したのか、不知火は砲塔を振り被った。
しかし、ゴゥと音を立てる砲塔を真横に、男はそれを躱していた。
「そんな鈍器が当たるわけねぇだろ」
男は砲塔ごと不知火を蹴り飛ばし、懐から小さなナイフを取り出した。
青年と不知火は、男の異常さを改めて認知していた。例え重い砲塔であれど、艤装を付けた艦娘から放たれたとすれば、それは人間に避けられる速度では無いのだ。しかし、男はそれを簡単に躱した。それだけでなく、不知火までもを蹴り飛ばした。
「何者なのか言ってもらえませんかね!」
煩わしそうに叫びながら、不知火は男に駆け寄る。それを見た男は、ナイフを構えた。
「怖い怖い。こんな艦娘がいるとはね」
そう言うと同時に、男はナイフを不知火目掛けて一直線に投げ飛ばした。全速力で駆け寄っていた不知火はそれを躱しきれず、腕に掠めてしまい、痛みに顔を歪め、怯んだ。それを目敏く悟った男は、また一つのナイフを懐から取り出す。
「残念!力だけで勝てる訳ないだろ?」
男は不知火に自分から近づき、ナイフを突き出す。それを不知火は寸前で体を逸らし避けた。しかし、不知火が体制を立て直すより先に、男はナイフを構え直していた。
「残念また建造されてこい!」
トドメだと言わんばかりに、体をのめりだしナイフを突き出した。
完全に隙を突かれ出された刃、だが、不知火はその刃を掌で受け止めた。
「…ッ!」
手を刃が貫通し、不知火は痛みから声にならない呻きを上げる。しかし、ナイフは柄が手に引っかかり、それ以上進みはしなかった。渾身の突きを止められた男は呆気に取られ、口を開けて動かない。不知火はその隙に男の腕を絡み取り、拘束した。
「司令!!」
青年は、既に男の背後に居た。青年は手に持っていた注射器を男の首に突き刺すと、入っていた空気諸共液体を噴出させ、肉を抉った。
「うっ……がぁっ……」
男が倒れ込んだのを見て、青年は首から注射器を抜いた。そして先程男が投げたナイフを拾い上げ、男の喉を掻き切った。
「カッ……ヒュッ……」
男は必死に声を上げようとしていたが、空気は首から漏れ、その音だけが悲しく鳴り響いた。
「不知火、大丈夫か!?」
青年は不知火に駆け寄った。刃は手を貫通しているが、無理に抜かなかったため、出血はまだマシなようだ。また、刃は大きな血管や神経を避けて突き刺さっていたようだった。しかし傷の大きさから、安心は出来ない。
「急いで鎮守府に戻ろう。早急に手当しないと」
青年がそう言葉を掛けると不知火は小さく頷いた。
倒れている長月を抱え上げ、外へと向かう。出る時までも、鎮守府は相変わらずの静けさだった。
「おーーい!!」
視線を上げると、門の隙間から皐月の姿が見えた。その隣には、憲兵が数十人程居た。二人はその光景に、ほっと胸をなでおろした。
「修復剤を用意しろ!それとその艦娘も一緒にドックへ運べ!」
不知火は青年にいつもの顔で一礼し、憲兵の車に乗り込む。皐月も長月に付き添う為、一緒に乗り込んだ。それと同時に、隊長の様な装いをした男が、一人が近付いてきた。
「いやぁ、こんな所でまた会うとは思って無かったよ」
どこか見覚えのある顔と声。その正体は、ここに来る時車を運転していた、運転手だった。
「どうも……。ドライバーをしていた時とは似つかないぐらいですね」
青年はそう声を掛けた。何故なら、その運転手は車を運転していた時は全く違い、正装に身を包んだ上で、肩には沢山のバッジを付けていた。
「そうだろうそうだろう!こっちが本職なのだよ!」
運転手はドヤ顔でバッジを見せびらかすが、青年はどうでも良さそうに辺りを見回した。
「この早さからすると、既にこちらへ向かっていたのでは?」
「よく分かったね、そうだよ。吹雪くんから通報があってね」
「吹雪……ですか?皐月では無く?」
「そうそう。吹雪くんから通報があった後、こちらに来る道中で皐月くんと会ったんだよ……あれ、皐月くんどこ?え、帰ったの?」
青年は疑問に思った。周りを見回しても吹雪は勿論この場に居合わせていないし、着いてきていない。その吹雪が何故通報したのかだ。
運転手は悩んでいる青年を見て、吹雪を探しているのを察したようだった。
「吹雪くんならあそこの影からこっち見てるよ」
指差す方向を見ると、吹雪が申し訳なさそうな顔をしながらこっちによって来た。
「いつからいたんですか?」
「あの……実は最初から……」
吹雪は青年に頭を下げた。しかし、青年は謎が多すぎて良く理解していなかった。
「鎮守府を出る時からずっと着いてきていました。御三方が執務室を漁っている時の物音は、私でして……」
「??」
青年は頭にハテナを多数浮かべる。そもそも何故着いてきていたのかよく分からない。それと、もし最初から居たのなら、長月のはぐれに気が付いていたはずだ。
「疑問に思われてると思うのですが、付き纏った理由は言えなくて……。多分、司令官の方から仰られると思います……」
「……まぁそれは良いとして、長月のはぐれには気が付いていたんですか?」
「はい、一番後ろからついて行っていたので気付いてました。しかし、言う訳にも行かなくて……」
吹雪はまた深々と頭を下げる。素直に長月がはぐれた事を言っていれば、こんな事態を避けることが出来たかも知れないと言うのを分かっているからだろう。
「まあ……不知火や長月、皐月が揃った時に言ってくれ。理由が聞けない以上、何とも言えない」
「本当にすみません……。あれ、そういえば喋り方おかしくないですか?」
青年は目を逸らした。
「全然素で喋ってもらって大丈夫ですからね!!」
吹雪はそう言うと、走り去った。困惑顔と失態顔の両方が混じった顔をする青年に、運転手は苦笑いしながら話し掛けた。
「なんか……色々ありそうだね。面倒臭いのはお断りだけど……。一先ず一旦帰りなよ。後はウチらの仕事だ」
素直に青年はそれを受けた。一部の隊員に勇者の様に扱われながら、車に乗り込んだ。
「また進展あったら伝えるよ!向こうにもよろしく〜!」
今回は運転手にはならなかったようだ。運転手、改め憲兵小分隊長は、呑気な声を上げながらこちらに手を振る。青年は手を振り返しながら、息を吐いた。謎は深まるばかりだが、やっと緊張が溶けたような気がしたからだ。
前の様に大きく揺れる車内の中、青年はうたた寝に付く。
とりあえず今日は休まりたいと、考えるのをやめた。
ルビ振り及び濁点がハーメルン用になってます。許してお兄さん。
あとは伏線分かりやすくしすぎたなんて。
面白いです!つ・づ・き!楽しみにしてますね!