2019-05-12 02:28:29 更新

前書き

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かきたくなったから書いた。後悔してる。



 確か、告げられたのは先日の事。曰く、上げている功績や戦果から、より前線で大規模な鎮守府へ就くのが妥当だと。そう言われた。また、その日は明日だとも。

 私はそれを蹴るつもりは微塵も無かった。何故なら、お上からの異動なんて従うのが当たり前であると思っていたし、何よりそれが名誉なことなんだとしか思っていなかったからだ。


 それを数少ない艦娘達に告げるべく、揺れる心に鞭打ち、朝から私は伝える言葉を考えていた。










 この鎮守府元々、今よりもずっと寂れていて、もっと小さかった。それは前線に位置しない立地関係や、着任する人がいなかった事が挙げられる。艦娘は一人もいなかったし、そのせいあって私が着任したときは荒れ切っていた。

 私は、一般人の中から半ば強制の様な形で選抜され着任させられた。その割に合わない風貌の鎮守府に、その時の私は相当に怒っていた記憶がある。だが、一緒についてきた初期艦が張り切っていただけに適当にやることはできなかった。


 私とともに着任した初期艦というのは、漣だ。本来は五人の中から選ぶものなのだとつい最近になって聞いたが、私の時はそんなことは無かった。

彼女と会ってすぐ、そのことや張り切りから彼女の心情や境遇を察した。


ああ、食み出し者なんだな、と。


 まるで私に慈恩があるような物言いをし、だからこそ最大限に張り切る、という振る舞いを彼女はしていた。それはつまり、私が彼女を選んだわけではないということを知らないということ。また彼女は今まで長らく初期艦に選ばれずにいたということ。そして私は彼女を強制的に押し付けられたということだ。後から聞けば、この推測は正しかった様だ。

 私はそんな彼女を、可哀想だと思った。私自身も可哀想な状況にあったといえばそうなのだが、それよりも、彼女に良く接してやりたいと思った。私やこの鎮守府がここまでこれたのは、これが大きな要因だろう。

 最初の内は戸惑いもあった。つい最近まで一般人だったぺーぺーの私が、いきなり莫大な知識を蓄えれる訳がない。また、彼女との関わり方でも相当に悩んだ。部下と上司といえばそうだが、置いてる場は戦場だし、彼女独特な喋り方もあった。


 そんな隔たりを解消出来たのは、彼女の根強い支援と想いだったのだろう。私が書類仕事で重要書類に不備を出したときは、ついて来なくてもよかったものを自ら志願して共に大本営へと謝りに行った。出撃中の指示に大きな誤りを出し、艦隊を危機に晒したときも、身を挺して窮地を乗り越えてくれた。


 そんな毎日を過ごしていれば、自然と特別な絆が生まれるのも必然だったのかもしれない。鎮守府は徐々にだが活気が溢れて行き、人も少ないながら増え、施設も追加で増設したりした。昔を思い出せば、着任した時を思い出す。そんなぐらいに時を経た感覚を持ち始めたのは、今からそう古くない。そんな頃にはお互いを既に意識し始めていた。

 しかし、私も彼女も、お互いが好意を示していることにとっくに気づいていたのだが、どちらとも声を出しはしなかった。彼女はケッコンカッコカリには遠く及ばない練度であるし、どちらかというと、私はそんな感情では無かった。昔のことを懐かしみながら語り合える、すでに夫婦であり親友、そんな感覚であった。その末には、いつか練度が及んだ時に声を掛ける。そう決意し、彼女に話した。


 そしてそれは、つい最近のことだった。










 悩んだ挙句、異動を伝えないことにした。

 私は理解していた。それはただの屑の所業であると。彼女を傷つける要因にしかなり得ないと。しかし、私は甘えを振り切ることが出来なかった。


 異動の時までの猶予はない。いつものように彼女らと接し、いつものように彼女らを送り出し、いつものように向かい入れた。変わることが出来ない自分の心を、強大な背徳感が刺す。それでも私は、暴れる心を抑え付け、眠りに就いた。









 次の日、即ち異動のその日。私は体調の変化に気が付いていた。体がまともに動けないほど重く、酷い頭痛が止まらない。そして何より、自分の心がずっと叫び続けている。彼女達に伝えればいいだけなんて、そんなこと分かっている。それでも、私はそれをすることが出来ない。今日もまた、彼女らにそれを隠して一日を始めた。

 執務室に籠って、最後となる書類との格闘を始めようとする。ここを出るのは、今日の午後だ。手紙の一つでも書いておいたほうがいいだろうと、白紙のコピー用紙を手に取る。すると間もなく、一人の艦娘が入ってきた。その艦娘はノックすることなく部屋へ入り、そのままに私の元へ駆け寄った。


 「何かあったんですか、ご主人様」


 声を聴いて初めて誰なのか分かった。きっと彼女は、隠していた私の思いや疲労感を感じ取って来てのだろう。彼女なら、なんていう甘い逸る気持ちに、尚更気分が悪くなった。自分が嫌いになった。


 「何もない」


 素っ気なく私は返した。しかし、当然彼女は引き下がる事はない。先ほどより身を乗り出して問いを掛けた。


 「それは漣にさえ、打ち明けることが出来ないことですか」


 心が酷く痛む。もう私は取り返しがつかなくなる寸前まで来ている。顔を見上げれば、同じ様に悲壮な顔をした彼女が立っている。どうして、どうして私は言えないのだろう。今目の前にいる彼女に打ち明けてしまえばすべて終わるのに、それさえ恐怖が自分を取り巻く。

今自分がしていることは、一体何の意味があるのだろう。私は沈黙を続けた。


 「……そうですか。じゃあ、私は失礼しますね」


 目の前の彼女は、遠ざかって行く。本当に私はこのままでいいのだろうか、私は後悔をしないのだろうか。ドアの目前に立ったところで、彼女は言い放った。


 「私は、漣は。待っていますから」


 涙を流していた。彼女は、涙を流していたのだ。それに私の心は、決壊した。


 「待て!」


 掠った私の声は、彼女の耳に届かなかった。











 午後、出発の時。纏めた荷物を担いだ。

 ふと執務室を見回した。今までの日常が頭に浮かんで、涙が零れた。だが、私はもう止まれない。

 涙を拭って決心したその刹那、ドアは開いた。


 入ってきたのは漣だった。あの時の様に目には涙が溢れ、肩で息をしている。しかし彼女はそれを気にする素振りを見せることなく、私に抱き着いた。


 「私が気づかないとでも思いましたか!馬鹿、バカバカバカ!」


 嗚咽する彼女を、私はそっと抱き返した。


 「本当に、ごめん」












 「他の子達には私からのちに伝えておきます。時間も無いみたいですし」


 「すまない、ありがとう」


 漣は、今日ではない、昨日のうちに、私が隠していたことを知っていた。それは決して誰かの口によって知ったことではない。彼女はすでに心の内を分かっていたのだ。そしてその日から、私が伝えに来るというのを信じて待っていたと言う。

 私は大馬鹿ものだ。あれほど考えて、考えて……。


 「泣かないでくださいよ、司令官。司令官は私達が傷つく様を見たくなくて、言わなかった。つまり、それだけ思ってくれていたということです」


 「本当にすまない……」


 「いいんですよ。仕方のないことです。」


 彼女は儚く笑みを浮かべる。自分の背後に構える車は、急かす様にエンジンを吹かす。そろそろ行かないと怒らえてしまうだろう。彼女はそれを察したのか、言葉を紡ぐ。



 「司令官がいつか、私を迎えに来る。そんな日を、漣は一生待ち続けますから」



 「いつか絶対、絶対迎えに来てやる。今までありがとう、漣」



 空一面を朱色の焼き尽くす夕暮れの中、私は誓いをした。私は一日足りとも、彼女を忘れない。

















 「漣ー」


 「何ですー?」


 「異動要請が来てるんだけど……まさか行か」


 「今までお世話になりました新指令官さよなら!!」


 「え、え。まさか前提督からなのかこれ?え?」


 「指令待っててくださいよぉーー!!」



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