提督もっ その5
提督と艦娘たちが鎮守府でなんやかやしてるだけのお話です
注意書き
誤字脱字があったらごめんなさい
基本艦娘たちの好感度は高めです
アニメとかなんかのネタとかパロディとか
二次創作にありがちな色々
家庭菜園というには少し、張り切りすぎたろうか
もともと坪庭程度だった面積は、他の娘達に見つかったが最後
興味本位に撒かれた種に合わせるように拡大していき、気づけば一人の手には余る程には広がっていた
あの辺りには何が植えられているのだろう?
菜園の端を見ながら 涼月は物思いに耽っていた
それは、提督の提案によるものだった
「じゃあ、みんなでこっそり何か撒いてみよっか?」
そのこっそりする必要性を問うては面白そうだからと返される
「そんな適当な…」と、息も吐いたが、その適当さが功を奏したのか
時折、自分が撒いた種の様子見がてらに手伝ってくれる娘達も増えていた
ただ、現金というかせっかちというか、今の所人気があるのはネギだった
根元の切れ端を突き刺すだけで育つ手軽さと、昨日の今日で変化を認められる成長速度は目に楽しい
その上、なんのかんので使いではあるので、変に余るということもなく、区画が出来る程には群生している
あとは貧乏性のように、リンゴやみかんの種がよく撒かれている気がするけど
一朝一夕でどうなるものでもないし、夏になればまたスイカが勢力を拡大するんだろうかと ぼんやり考えていた
「ふぅ…」
暗黙の了解として、区分けされた自分の領地での作業を終える
こちらには、かぼちゃ や さつまいも といった、使い勝手の良いものを中心に育てていた
「すーずづきっ♪」
そこへ、転がるような声音で声を掛けられる
「あかねさん?」
振り返れば提督の姿
陽気な赤い髪と、花のような笑顔の女の子が手を振りながら駆け寄ってきた
「こんにちは」と、軽い目礼を返しつつ
けんけんぱっと足の踏み場を越えてくる彼女を受け止める
「あかねさん、お洋服が…」
無邪気に甘えてくる彼女を抱き返したくもあるが
掛けているエプロンは勿論、手袋まで土に汚れていてそれも憚られる
それとなく注意を促したときにはもう遅く、見上げてくるほっぺたは土で汚れてしまっていた
「なに、服なんて汚れるものでしょ?」とは彼女の言い分で
「なら、せめて汚れても良い格好をしろ」とは神風さんの小言だった
この意見の支持率はまちまちではあるが、ある種の性格診断のように真っ二つに割れている
提督の支持層としては、島風さん や若葉さんがそうかと頷けるが
意外と、人目がなければ山城さんもよくよく横着をするタイプであった
対して、神風さんの側は、姉妹たちは勿論そうだし初霜さん や扶桑さん
吹雪さん も、面倒くさそうにしている面もあるが、頑張って自分を律しているのは微笑ましい
「ああもう…お顔が…」
「あははははっ、良いのよこのくらい」
差し出したタオルも笑って躱され
逃げる頬を追いかける、子供じみたやり取りを繰り返していた
よくよく笑う…本当に。土の付いた笑顔でさえ無邪気に見えて愛おしい
すっかり絆されている
自覚はあれど、それを悪いとは思わないし、むしろ心地は良い
懸念があるとすれば、世話を焼きたくなりすぎる事くらい
憎まれっ子世に憚れど、甘え上手なのもまた困りものではあった
「ねぇねぇ」と声を掛けられ、しゃがみこんで畑を覗き込む提督に意識を戻す
細い指で畑を指し示し「何を植えたの?」と興味深そうに見つめてくる
「かぼちゃを」
「かぼちゃかぁ…」
何気なく答えると神妙に頷かれる
苦手だったろうか?
気にかかり、記憶を辿ってみても、そんな日常は思い浮かばず
むしろ、積極的に食べ尽くしている印象の方が強い
それ以前に この娘。嫌いなものなんてあるのだろうか?
そんな疑問が変わって湧いてくるほどだ
無い、とは言うまい
それこそ食べ物として極端な例を上げれば切りはない
ただ一般的に、日の本で食べられる物ならば旺盛に食べている気がする
「気の早いハロウィンね?」
「いえ、あれは食用では…」
ハロウィンと言われて思いつくのは、欧米のかぼちゃ祭り程度の認識だった
気になって通り一遍と調べては見たが、そもそもあれは食用ではないと断念するに至る
「ふふっ。食べ物以外に興味はない?」
「そこまでは…いえ、でも…」
否定、しようとおもったが返答に詰まる
その詰まった所は丁度、食用か否かが焦点で
同じく育てるのなら、喜んで貰えるほうが良いかと考えて、食べられないのならと断念していた
それを「食いしん坊」だと言われても、あまり強くも返せない
「それは、あかねさんだって…」
仕方なく、共感に訴えて引き分けに持ち込もうとしたが
「それの何が悪いの?」あっさり開き直られてしまった
そうでした…そうだった。この娘はそういう娘だった
自分の行動にまず疑問を抱かないような、そういう得体のしれない自信の塊で出来ていた
たちが悪いのは、その結果も一緒に引っ張ってくる所と
「それに、一杯食べる娘は好きよ、私?」
事ある毎に人を口説いて来る所
人を食いしん坊だと称した上で、自分も一緒だと共感を重ね、そこが好きだと告白される
向けられる純粋な好意を口にされ続けて嬉しくない訳もないし、それ以上の感情も芽生えないでもなかった
「涼月は素直ね?」
「どうして…」
からかう みたいに言われる理由が分からず口を尖らせると
立ち上がった提督が、そのまま顔を寄せてくる
「肌、白いから。赤いほっぺが良く映えるわ…」
そのままそっと頬撫でられて、浮かんだ小言も指で塞がれる
近づいてくる顔に熱くなってきた頬を自覚して、2歩、3歩と、彼女から体を離していた
「あら残念」
とてもそうは思えない仕草で悪戯に笑顔を見せた提督
そのまま踵を返した彼女に何も言えず、その姿が見えなくなった途端に力が抜けてしまう
「ずるいわ…あかねさん…」
鼻の奥に熱いものを感じて、慌ててしゃがみ込む
もしあのまま…と、想像する度 乱れた鼓動が顔に血の気を送ってくる
すーはー…すーはー…すぅ…
「はぁ…」
重ねた深呼吸に落ち着きを取り戻す
流石に、朝も始まったばかりで貧血を起こすわけにはいかなかった
ー
「だって…だって…」
妹の視線に堪えきれず、ついには顔を覆った涼月が言い訳を始めていた
提督の言うように、隠し事のできない私の顔では、もはや何を取り繕ってもしようがなく
そんな私とは正反対に、鉄面皮のような妹の、初月の視線が堪らなく突き刺さっている
「いや、怒っているわけではないんだ…」
ただし、呆れてはいるといった風を崩さずに、その視線を彼方に向けた初月
「みてみて神風っ。かぼちゃ よ、かぼちゃっ」
子供か…
そんな感想は今に始まった事もないが
まるまると太ったかぼちゃを抱えてはしゃぐ様は、子供と言うより子犬に近い
纏わりつく あかね を、鬱陶しそうに追い払う神風の気苦労が伺えるというもの
「あかね だってバカではないぞ…」
むしろ頭は回る方なだけに
頭の良いバカ、という厄介な存在が出来上がってしまっているのは良くも悪くもだ
昨日の今日で かぼちゃが実る訳がない
だというのに、どうしてか、我が姉君は、出来合いの かぼちゃを畑に並べてしまったのか
「だって…みてられなかったんだもん」
もじもじと、顔を覆っていた両手をすり合わせて言い訳を続けている涼月
…もんとか言わないで欲しい
転がり落ちる姉の精神性は気にはかかるが、言わんとすべきことは理解した
話によればあれからだ
毎日毎日、涼月よりも早くに来ては、畑を眺め続けていた あかね
それこそ、飽きもせずといった言葉がよく似合うような有り様で
やがて…
ようやくと出た芽に目を輝かせ
さらには、雨の日も風の日も、重なる風雨から守る様に傘を立って佇んでいたらしい
「遠目で見たらお化けよ…あれ」とは山城の言で
実際 悲鳴を漏らしていた彼女が言うのだから、その様は実に鬼気迫っていたのだろう
風の強い雨の日
黄色い傘と長靴、ずぶ濡れの雨合羽、霧かぶる視界の中、振り返った赤い髪の少女…
まあ、想像するだけなら確かに怖いかも知れないが
涼月が、姉さんが見たのはそういうものではなく、ただの笑顔だった
いつもの と、言い換えてもいい
彼女のチャームポイントだと僕だって思う
雨の日の、晴れ間に掛かる、虹のような笑顔
「おはよう涼月」
そんな些細な朝の挨拶でも、涼月の胸を揺さぶるには十分だったのだ
つまり…見ていられなかったのは
あかねの悲愴な佇まいの事ではなく
連日、向けられるその笑顔。問題だったのは受け止めきれなかった涼月自身であり
どうしてそうなった…
と、初月は最初の疑問に立ち返っていた
「良いじゃないっ。あんなに喜んでるのよぅ」
「いや、あれは…」
その声に、遠目に眺めていた あかねが振り返る
ウィンクされた、ばっちりとだ、つまりわざとだ
自分が飽きるか、涼月が根負けするかの我慢比べ
「しかし、良かったのか?」
良いんだ
何をとちくるったのか、出来合いのかぼちゃを 畑に撒いたのまでは見ない振りも出来た
「せっかく。二人っきりの時間だったのだろう?」
傍から見ても惜しいと思うのは その一点
かぼちゃが実るまでの半年程度は、わずかの間とはいえ一緒に過ごせたろうに
「相合い傘…」
「は?」
呟いた涼月の一言に、どうしようもなく首を傾げてしまった
「あかねさんがね? 傘をね? 一緒に入ろうって…ね? ね?」
「…」
傾げた首を肩と一緒に くるりと回す
多少ほぐれた心を持ち直し、姉の肩を捕まえて化粧室に押し込んだ
「良いから鼻を噛め。頼むからその顔で人前に出ないでくれ、頼むから…」
まったく
赤い色がよく映えるとは、あかねの言ではあったか…
まったく
分かっていて ちょっかいを掛けるあかねも大概で
まったく
だとしても、我が姉君は純情がすぎた
ー
「鳳翔さんっ」
厨房に立つ鳳翔の前に、デデンと置かれたのは良く肥えた かぼちゃであった
「今朝 畑で採れたのよっ」
嬉しそうに語る あかねは楽しそうで何よりではあったが、その言葉に首を傾げずにはいられない
「…今朝?」
いや、涼月さんがかぼちゃを育てているのは聞いてはいたが、あまりにも時期が合わない。季節が正反対だ
「ええ、涼月が見かねた見たいでね?」
「ああ…」
それで合点がいった
微笑む あかねの表情が、無邪気なものから悪戯好きに切り替わっている
毎朝、無駄に早起きをして何をしているかと思えば…
「提督…いえ、あかねさん? 人恋しいのは理解しますが、ものには節度というものがですね」
意味のないお小言だと思っても、言わずにいられないのは老婆心からか
実際、それで誰が困るでもなし
むしろ、彼女が上手く立ち回っている分には皆さんも楽しそうで結構な事なんですが
不健全だと、そう言ったのが不味かったのか
「下心のない愛情なんて私は信じないわっ」
機雷に触れたみたいだった
「胸を張らないで下さい…」
貞淑とは程遠いその宣言に、感嘆すら含んだため息が漏れる
「そんなもの、私がいくらでも差し上げますから…」
見かねた…
といえば無礼なのかも知れない。無償の愛といえば煩わしくも思われただろう
けれど、そんなものは意外と簡単に、それこそ足元にでも転がっているものだと気づいて欲しかった
灯台みたいに忙しのない彼女には
「それならさ、かぼちゃが食べたいわ」
毒気を抜かれたような声音で、思い出したかの様に持ち込んだ かぼちゃを指差すあかね
「ああ、そうでした…そういえば…」
忘れていた
かぼちゃの話をしていたんですよね
確かに、彼女の傷心は気にかかれど、この食いでのありそうな かぼちゃもどうにかしないといけない
「ご希望は? なにか食べたいものは?」
一口にかぼちゃと言っても、食べ方は多岐に渡る
大見得切って持ち込んだんだ、なにかリクエストもあろうかと思えば
「ん? 何でも良いかな?」
困る回答だった
案外と、期待されていないのかと、少し心が拗ねたのも束の間
「何でも美味しいもの、鳳翔さんが作るなら」
笑顔を浮かべる あかねに あっけにとられてしまう
「それで困るってなら、一番得意なのがいいわ」
分かりました
頷いては見せたものの、それが一番困る回答だった
ほくほく顔で厨房を出ていく 彼女を見送りながら、かぼちゃの行く末に思いを馳せる
『絶対美味しいもの』
言葉にこそしなかったが、そんな言葉が向けられた笑顔一杯に張り付いていた
下心のない愛情なんて信じない、不意に彼女の言葉が頭に浮かぶ
「かも知れませんね…」
認めた訳でもないが、そういう気持ちも理解はできた
美味しいと言わせたい
存外と意地っ張りな自分を笑い合いながら、かぼちゃに包丁を差し込んでいた
ー
夜
寝返りを打つベッドの上に窮屈さを感じて目を覚ました初月
「またか…」
零れた吐息は、それでも起こさないようにつぶやく程度ではあった
別に珍しいことでもない
あかねがベッドに潜り込んでいるなんて。今日は僕か、感想としてはそんな程度
気がかりな点を上げるなら、いつのまに、という彼女の器用さに対してのものだろう
すぅ…すぅ…
なんて、吐息は静かなものだった
いつもの快活な姿からは、涎を垂らして豪快に布団を蹴っ飛ばしてそうなものなのに
隣で寝ているのは少女の、年相応の寝顔に庇護欲も湧いてくる
気持ちよさそうな寝顔
それこそ、安らかという言葉がよく似合う
「黙ってれば普通に可愛いんだよな…」
眠ってる彼女の頬を突く
起きてれば やり返してきそうな所を、自分にされるがままになっているというのは少し新鮮な感じもした
「ずっとそうしてれば良いのに…」
抱えていた庇護欲が別の言葉に変わっていく
このまま彼女を連れ去って、どこか二人、静かな場所で…
なんて…
そんな事をしたって彼女は喜ばない、それは自分が一番良くわかっている
決して怒りはしないだろうし、僕を責めるでもないのを
たとえ、そうなったとしても現状を満喫するだけだとは思うのも
きっと、先に壊れるのは僕だろう
置いてきた心残りが罪悪感に変わった時、その不安は自ずと彼女に向くことになる
「許して欲しい」と言ってしまって「許してあげる」と言われたい
「ばか…」
呟いた矛先はどこに向いていたものか
もちろん、人の気も知らない彼女へ向けては見たものの
その実、そんな彼女にどうしようもなく甘えたくなる自分にこそ向いていたのかも知れない
いつの間に眠っていたのか
それを温かいと感じながらも若干息苦しくも思う
そろそろ時間だろう
頭では分かっていても、まどろんだ体はどうにも この温もりから離れるのを嫌がっていた
布団とは違う温かさ
ちょうど誰かに抱きしめられているような心地の良さに、子供みたいに体が丸まっていく
頭を撫でられている
されるがまま、胸の中に頭を預け、おでこにキスをされる頃には、もう完全に起きる気をなくしていた
「あかね…」
温もりを口にしてようやく思い出す
そういえば、昨日布団に潜り込んでいたなと
ただ、それも
「なぁに?」と優しく返ってくる返事の前には些細なことに思えてしまっていた
良いか…
あかね が此処にいるなら、時間だとかそういう都合はどうとでもするだろう
そうして、最後に残っていた理性は考えるのを放棄した
彼女に体をあずけ、まどろみに身を委ねる
ただ あかねに甘えるだけ。人前では出来ない欲望に心が満たされていく
がちゃり…
扉の開く音がした
普段の行い、というのは あかねにこそ似合う言葉だと思っていた
あいつなら何をしても可怪しくないという、圧倒的信頼から来る不安
ただそれは、程度の問題であったようだ
規則正しくと、目覚まし代わりのような生活を続けていた手前
ふと、姿が見えないだけで、何かあったかと気にかけられる
その心遣いは嬉しいし、その気遣いに申し訳なくも思うのだが
今朝に限って言えば放って置いて欲しくもあった
「初月? もう時間だけれど…」
扉を開けた涼月姉さんの声が途切れる
その気配を肌で感じ取れるくらいには目が冴えてしまっていた
今から布団を被り直せばやり過ごせはしないだろうか?
いや、ない
僕の部屋に、僕のベッドに僕が寝てないのは不自然でしかない
「おはよ、涼月」
なにより あかねが返事をしてしまっている
「お、おはよう…ございます…あかね、さん?」
しどろもどろに途切れる涼月の言葉は誰かを探しているようで
その実、見ない振りを続ける不自然さを伴っていた
とりあえず、気づかない振りをしてくれるということなのだろうか?
なら今は好意に甘えてと、狸寝入りを決め込んでいたが
「初月って可愛いよね?」
がたり…崩れる音がする
その一言で張り詰めていた琴線が弾け飛んでいた
「お前はっ!?」
諦めて飛び起きると、朝一で目にするには可愛げのない笑顔
そこに文句の一つも言いたくなるが、それ以上に涼月の、崩れた姉の事が気にかかる
「お、おい…大丈夫か、姉さん…」
「え、えへへ…へいき、よ?」
正直怖かった
薄笑いをこぼす少女が、口元を手で覆いながら、ベッドの脇で肩を震わせている
これが、姉の姿でなければ二もなく距離を置いていた所だが
ぽたり…と、指の隙間から溢れたそれが、まるで平気ではないと物語っていた
ー
「怪事件発生、鎮守府に謎の血痕現る」
執務室のソファに座り、鎮守府速報を広げていた あかねが「だってっ」と他人事の様に締めくっていた
「そりゃ怪人が居るんだもの、怪事件くらい起こるでしょ」
気のない返事と分かるように声音を選んだ神風だったが
こいつには通じはしないだろうという事も十全に理解していた
「変身でもしてみましょうか?」「やめろ変態」
そこを見るまでもない
ためらう事なく脱ぎだそうとする あかねと、その服に掛かる手を押さえつけるのは同時だった
「あんたが そんなだから涼月の鼻血が止まらないんでしょうに」
「あら、新聞には謎の血痕としか書いてないわ」
もしかしたら私のかもよ?
そんな戯言を笑顔と一緒に持ってこられても、どこを信じて良いもんか
血に染まった白い手袋
そんなショッキングな目撃証言と苦情も最初だけ
そのうちに何時もの事かと皆馴れていく、どうせ あかねがまたちょっかいを掛けたんだろうと
ただ、涼月のリアクションが人一倍強烈だったというだけで、さほど目新しいものでもない
「人前で人のエロ本を読むような奴がなにを…」
その度胸の前じゃ、どんな羞恥プレイも真顔でいられそうだ
「じゃあ…確かめてみる?」
急にしおらしく、あかねがソファの上に横になる
額に腕を乗せて顔を隠し、恥ずかしそうに縮こまっていた
「はぁ…あんたね…」
やっぱり、回し読みをするもんじゃないな
その、どこかで見たようなシチュエーションに上辺だけ付いてみせた溜息
「私だって…」
から始まる お決まりのセリフ
冷静に考えれば、そんな事言うやつは居ないだろうけど
居ないだろうからこそ、それは魔法の呪文の様に心を揺さぶった
揺れる心が、一際 扇情的に あかねを映す
見慣れた執務室の壁紙も、座り馴れたソファでさえ
ありえないことの引き合いに出されて、欲望との境界を曖昧にしていった
極め付けは彼女自身
普段好き勝手にしている分だけ、大人しく、しおらしく
恥ずかしさに体を揺らす仕草が堪らなく私の心を煽ってくる
流石に、人の蔵書の大半を漁っただけはある
私の嗜好なんてとっくに筒抜けで、欲を言うなら立場を変わって欲しいくらいだが
仕事にならないから、言い訳はそんな所
誘われるまま あかねに覆いかぶさって、もろもろの責任を彼女に押し付けた
抵抗の残る両手を取り、手首を掴んでソファの上へと押さえつける
赤い頬、濡れた瞳、薄く開いた唇から溢れる吐息
なんの軽口もない、いつも真っ直ぐに見つめてくる視線は羞恥に揺れて
無防備に開かれた体は、私にされるがままになるのを待っている
「私だって…? なによ?」
ただ最近は、こっち側を演じるのも悪くは無い気もしていた
悪い子にはお仕置きをしないといけない
いつも振り回されている分だけ、今は振り回してやろうと嗜虐心も湧いてくる
ゆっくりと顔を寄せていき、あかねの頬に唇を落とす
なぞるように首筋まで伝っていくと、そのまま軽く口を開け
「ぃっ…」
あかねの口から小さな悲鳴が漏れる
軽い甘噛み程度でも、薄い肌を傷つけるのは十分だった
滲む傷口に舌を伸ばし、舌先に彼女を感じながら、私の唾液を塗り込めていく
とすっ…
気配に気づいたのはそんな時
対面のソファに我が物顔で落ちた影は当然の様に口を開く
「どうぞ、お構いなく」
続きはWEBでとか言われそうなほど、最高のタイミングで神風の視線は固まっていた
「いやいやいやいや…」
だと言うなら、気を利かせて部屋から出ていって欲しいものだし
じゃなくても、どうしてそんな「続けて」と言わんばかりの表情でこっちを眺めているのかと
「そういう趣向では?」
「普通止めない?」
意味がわからないと首をかしげる旗風に、一般常識を説くあたり私も随分とずれてるとは思うけど
それ以上に、姉と上司の情事を鑑賞しようという、妹の根性が理解できん
「見ものかと存じます」
誰がこんなふうに育てたんだろうと口にしようものなら
下にいるやつに、お前だろうと言われそうなので、そこはぐっと抑え込んだ
「あんたさ、春風以外の事だと途端面白がるわよね…」
答えはない
代わりに湯呑で顔を隠し
ごくり…
鳴らした喉と一緒に、何を飲み込んだのか知れたものじゃない
「で、続きする?」
「するかっ!!」
それはそれでと、調子に乗り始めた あかねを叩き起こし、残っていた書類を旗風に投げつける
完全に興ざめだった
ー
初月は悩んでいた
あの日以来、涼月がどうにもよそよそしい
幸いなことにそれで、仕事に影響が出ているわけでもないし
元より、姉にべったりと言うわけでもなかったお陰で、対面的には何も変わっていないはず
ただ…
距離感、というか、いつもより空いた空白と会話の間
それを嫌ったように、何気ない会話も減っていた
「なに? 喧嘩でもしてんのあんた達?」
元凶の口からそう言われた時
呆れはしたものの、流石に良く見ていると感心しないでもなかった
「喧嘩、というかだな…」
さすがに君のせいだとは言いづらい
あかねにしてみれば、人恋しさに自分を頼ってきただけだろうし
そんな子供の手を跳ね除けるような事は言いたくはない
そうして、初月が言葉を選んでいると
「あの日、何をしてらしたんですか?」
意外な所から掛かる声に、あかねと一緒に振り返る
そこには、おっかなびっくりといった具合に涼月が佇んでいた
覗き込んだあかねの顔
二つの瞳に映るのは、期待と不安に揺れている自分と姉の顔
それに答えるように、ぱっと彼女の顔が輝いた
それは、不安を払拭するには十分なほどに眩しいもので
「あの日は、何もなかったわよっ」
それを裏付けるように きっぱりと、期待どおりに不安を埋め合わせてくれていた
ー
しばらく初月の顔をまともにみれなかった
どうしても思い出してしまう
初月とあかねさんと…二人が一緒に…
いや、いい、一緒に寝てただけ、寝てただけなんだろうけど…
ダメだと思うほど、見てはいけないものにこそ、余計な興味をそそられて考えてしまう
初月とあかねさんの、妹と提督との…その先を想像すると鼻の奥がむず痒くなっていた
「あ…」
思わず漏れた声を慌てて飲み込む
廊下の先、目の前には初月とあかねさん
相変わらずの距離感で初月の顔を覗き込む彼女は、そのままキスでもしてしまいそうな程親しげだった
ためらう
踵を返すことも出来た
急ぎの用事もないのだから、気づかれない内に向こうに行ってしまおうと
踵を返したつもりだった
だというのに
「あの日、何をしてらしたんですか?」
そう口にした自分こそ何をしているのか
二人の視線が私に向く。驚いた風に目を丸くする初月と、いつもの笑顔で返してくる あかねさん
対応に困ったのか、初月の視線が あかねさんに向けられると私もつられて視線を移す
私達の視線を受けて、きょとんと不思議そうな顔をしたのも束の間、訳もない自信を滾らせた彼女は
「あの日は、何もなかったわよっ」
そう、それはそう…
なにもないと彼女が言うなら何もなかったでしょう、本当に
何かなされたのなら、それこそ億面もなくそう言いそうですし
それでも覚えた引っ掛かり。額面通りに受け取れなかった言葉の裏
「あの日は…」と、そういうのなら別のいつかには何か合ったんじゃないかと
「そうですか…。その、失礼します…」
軽く頭を下げた後、足早に二人の横を通り過ぎる
やってしまったと後悔しながらも、足は勝手に人目を避けていく
つーんとした…
慌てて口元を抑えて、目立たないように顔を下げる
伝ってくる何かが指先を濡らす、じんわりと広がる温度に慌てて息を吸い込むと
鉄錆びた血の匂いが胸いっぱいに広がっていた
ー
「おい…」
慌てて立ち去った涼月を見送った後、初月に小突かれた あかね
「なにかしら?」
いつものようにしらばっくれて見せると、いつも以上のジト目が返ってくる
「あの間はなんだ」
まあ、そこか、そこだろう
気にもしなければ気にもならない間。けれど、気になってしょうがない涼月の耳にはきっと意味深に響いた筈
「嘘はいってないわ。あの日は、本当に何もなかったじゃない」
まあ、同じ布団で寝るのでさえ ふしだらだというなら その限りではないのだろうけど
「そこじゃないよ。どうしてわざわざ「あの日は、」で区切ったんだ わざとらしい…」
「わざとだもん」
叩かれた
「もんとか言わないでくれ、子供じゃないんだから…」
「ソレにしたって嘘じゃないじゃない」
「だからってな…」
それでも子供っぽく唇を尖らせてみせると、呆れ顔で返されてしまう
だがその呆れ顔も、途切れた言葉が流されるにつれ緩んでいく
遠回しにしろ暴露されてしまった事実が、初月の頬を染めているようだった
「まあ、フォローくらいはしてくるし、それで良いでしょう?」
「不安しか無いんだが…」
「どうしてよ?」
別れ際に初月に言われた言葉
「君のフォローはフォローになっていないんだ」
激励かしら? それはないか、そんな事を口走ればまた叩かれそうな気しかしない
それはそれで楽しそうだと考えながら涼月の後を追って歩く
言われるまでもなく、彼女の行きそうな場所の心当たりは付いていた
ー
「やってしまった…」
零れた愚痴が育ち始めた かぼちゃに落ちていく
返事はない、当然だ。たとえ風に揺れる姿が頷いているように見えたとしても
それでも、こんな話が出来るのは彼らくらいだろうとその場にしゃがみ込む
興味を持ったのはいつからだったか
着任してから少しの後。あかねさんに用があると執務室の扉を開けると
春風さんと抱き合って、キスをしていた あかねさん…
「そういうのもあるんですねっ」
なんて、頓珍漢な事を言って誤魔化そうとした覚えはある
いやだって、見られた事を恥じるでもなく、何事もなかったように開き直るんだもの
なんかそういう風潮というか、ほら、欧米では当たり前だと聞かないでもないし
目に見えて狼狽えていたんでしょう
あの人達の性格を考えれば、余程可愛らしく映ったのかもしれない
「よろしければどうぞ?」冗談半分でも春風さんに手招きをされた途端、用事も忘れて逃げ出していた
「普通、なのかな…」
気になって気にしてみれば確かに普通にも思えた
おもに あかねさんのせいではあったが、春風さんに限りらず色んな娘とベタベタいちゃいちゃしていて
たまに横を通られると、次は自分なんだろうかって、まるで期待でもしているようだった
つーっと…
唇を指でなぞってみる
ここが誰かのと触れ合って…
どんな感じなんだろう? どんな味がするんだろう? 嬉しいのかな? 恥ずかしいのかな?
期待と興味が、それでも羞恥とごっちゃになって、心臓が高鳴っているのにも気づかずに、気づいた時には…
ぽたり…
「あ…」
広がるかぼちゃの間を縫って、鼻血が土の中に染み込んでいった
慌てて手で拭って、真っ赤になった手袋をまたも慌ててポッケに隠す
最近噂になってきたせいか、血のついた手袋をつけて歩くと現行犯にされかねない
「どうしようね…」
色々と愚痴は零してみたものの、聞き上手のかぼちゃは何も答えてはくれなかった
「してみれば良いんじゃない?」
代わりに答えたのは明るい声
太陽だとか、ひまわりみたいな、ぴっかぴかの まあるい笑顔
いつの間にか、私の横で、私と同じ様に膝を抱えた あかねさんに横顔を眺められていた
「…」
何をと返す言葉の先で期待が蓋をする
積極的な彼女のこと、このままうやむやにしていれば、向こうからしてくれるのではないかと
なし崩し的な展開を期待している自分が、少しばかり卑怯にも思いながら、真っ直ぐな好意から視線を逸らす
「どうして…」
代わりに、今になってと問を返していた
今まで何もしてこなかったのに、変に抱きついてきたり、キスをするような素振りをみせたり
思わせぶりな態度ばかりをとってきて、今になって求めるのはどういうつもりなのかと
「白状すれば、私の負けだから…かな?」
あっけらかんを形にしたらこうなるんだろうか
この娘が絶対にいいそうにない台詞が飛び出してきたことに私は目を丸くしていた
「バレなきゃイカサマじゃないのよ」を平然とやってのける負けず嫌いが、ここにきて負けを認める意味を測りかねる
「どうすれば涼月から求めてくれるかなーって色々してたのに…」
「ぇっ…」
気づけば天地がひっくり返っていた
目の前には青空。浮かぶ太陽とそれに代わる彼女の笑顔
湿った土の感触が背中いっぱいに広がると、草木の匂いに包まれる
「ダメっては言わないんだ」
「…言ったら、聞いてくれますか?」
「ううん、無理っ」
明るく返ってくる否定に、返す言葉も無くなった
止めるつもりなら、無理やり彼女を引き剥がすか、本気で嫌がってみせるかだけれど
どうにも、私にはそのどちらもする気が起きなくて、ただ流されるに身を任せてしまう
「あの…でも、一つだけ…」
それでも、される前に聞いておきたかった
本当なら、かぼちゃに零しておきたかった最後の愚痴を
「初月とは…その…」
あかねさんの指が私の唇に添えられる
それだけで二の句が告げなくなり
不満そうに見下ろしてくる視線の奥から この娘の独占欲に見つめられていた
「涼月…」
「はい…」
名前を呼ばれてただただ頷く
いつも以上に早くなる鼓動、期待と不安が早鐘を打っていて、それが顔に集まってくるのを自覚する
見ていられなくなって閉じた瞳、近づいてくる彼女の気配
吐息に頬を撫でられて、近づいてくる体温に身を任せていた
「はっ…」
気づけば、医務室のベッドの上だった
「ごきげんよう」
掛けられた優しい声音に顔を向ければ、春風さんの笑顔に包まれる
「お聞きになりますか?」
「いえ…平気、です…」
経緯の説明を春風さんに尋ねられ、それに首を振って答えていた
といいますか、大体の状況の察しはついてもいる
目が醒めて、医務室のベッドの上で、春風さんに看病されていて
夢でも見ていたのかと思いたいけど、遂には甘い妄想で倒れたなんて思いたくもないし
現実にしろ、それまでの経緯を誰かの口から聞かされるなんて恥ずかしすぎた
「安心してくださいな。未遂ですから…」
それの何を安心すれば良いのやら
むしろ、残念にも思うところを「初めてを覚えてないのは寂しいでしょう?」と付け足されれば むべもない
「はぁ…」
煮詰まった色々な感情が、大きなため息となって出ていく
「まあ、慣れでしょうね…」
そんな私を見て何を思ったのか、春風さんが一冊の本を差し出してきた
ー
涼月を春風に任せた後、執務室に戻ったあかねは
「このおバカっ」
その途端に、神風に蹴っ飛ばされていた
「だってー」
などと言い訳をしようものなら、さらに睨みつけられては口を閉じざるを得なかった
いやはや、噂が広がるのは早いか
まあ、そうだろう。鼻血を出してぶっ倒れた涼月を担いでいればイヤでも目立つし、その経緯はだれだって想像できる
中でも、ぎょっとした初月が頭を押さえるていたのは中々レアな光景だった
「こちらを…」
旗風から受け取ったタオルで顔を拭くと、涼月の愛情で真っ赤に染まっていた
ーおしまいー
春風「さあ、恥ずかしがらずに…」
涼月「ま、待ってください、私まだ…」
春風「簡単ですよ。ページを捲るだけですから…ね、簡単でしょう?」
涼月「わーっわーっ、待ってください待ってください。ああ、そんな…うそぉ…」
旗風「ぶっちゃけ…。さっさと耐性をつけさせるのが近道と存じます」
神風「だったら自分らの使いなさいな…」
旗風「お姉さまのものは比較的健全ですから」
神風「不健全って自覚はあんのね」
旗風「存じております」
春風「まあ、本当に赤い色がよく映えますわね」
涼月「ご、ごめんなさい…私また…」
春風「よろしいのですよ。ゆっくり…覚えていけば」
神風「せめて他所でやってよ、もぅ…」
最後までご覧いただきありがとうございました
艦娘可愛いと少しでも思って頂いたなら幸いです
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