2022-09-30 06:42:22 更新

概要

海軍と艦娘に全てを奪われた男のお話、その⑦です。

実家【pixiv】では3部と4部の間の『沖波の柱島日誌』も掲載しています。
まずはそちらからどうぞ。


前書き

柱島の攻略を終えた提督。

しかし彼はもう以前の提督とは違っていて・・・


【オリジナルキャラの補足説明】

白友提督→提督の友達でホワイト鎮守府運営中の提督

九草提督→クソ提督。頭が良くて出世にどん欲。性格最悪。












【大湊鎮守府】




白友「ふぅ…」



会議を終えて白友が廊下に出てきた。



??「よう」


白友「え…」



白友の表情が驚きに包まれる。



白友「お前…生きてたのか…」


??「ああ。生きて帰ってきたぞ」



白友の前に現れた男、それは彼の同期の…



霞「誰よこいつ」


曙「見ない顔ね。こいつが大本営の役員?」


白友「こいつは俺の同期の…」



白友の前に現れたのは柱島鎮守府に居るはずの提督だった。

彼の顔には禍々しい火傷痕が見えた。


まるで別人のような顔つきに白友が言葉に詰まる。



霞「同期?」


曙「クソ提督の同期が何の用よ」


提督「…」



白友の後に会議室から出てきた艦娘を見て提督の表情が冷たく変わる。




提督「落ちぶれたな白友」


白友「な…」


提督「九草なんぞに鎮守府を乗っ取られやがって。がっかりだな白友、お前に任せたのは間違いだったみたいだな」


霞「何よあんた!」


曙「偉そうにして!何様のつもりよ!」



やかましい艦娘達に対し提督は



提督「なんだその口の利き方は…」


霞「ひっ…!?」


曙「あ…あ…」



艦娘すら殺しかねないその提督の視線に霞と曙が青ざめる。



白友「おい!」



そんな二人を庇うように白友が前に立つが



提督「そんなガキどもに言いたい放題言われるような無能はいらん。お前は降格して更に辺境に飛ばしてやる」


白友「な…おい!」


提督「じゃあな」




そう言って提督は白友から離れて行った。








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【大本営 会議室】




会議室に大本営の役員達が再び集められた。



柱島鎮守府の提督の昇格を祝い佐世保鎮守府への帰還を…というのは表向きで、彼がどのような様子なのか、そして何を考え何を求めているのか、それを伺うためだった。



大淀「いらっしゃいました」



場を取り仕切る大淀の声に全員の注目がドアに集まる。




入ってきたのは…





雲龍「…」


「…?」


「ん…?」




彼の鎮守府に所属する艦娘の雲龍だった。



大淀「提督はどうしたのですか?」


雲龍「忙しいから誰か代理で行けって…」


大淀「え?」


雲龍「私、ジャンケンに負けたの…」


大淀「…」




大淀がやれやれと頭を抱える。



雲龍「もう行っていいかしら?私もお腹空いていて早く行きたいの…」


大淀「行きたい?」


「おいっ!!」



しかし肩透かしを喰らった会議室の役員達は憤りを隠せなかった。




「ふざけるな!」


「艦娘なんぞ代理で寄越しやがって!」


「バカにするのも大概にしろ!!」


「このふざけた行動を問題にしてやるからな!」



役員達の罵声が雲龍に浴びせられる。



雲龍「そうそう、提督から伝言があるわ」


「な…!?」




しかし雲龍がイムヤから借りた携帯電話を構えていたことで言葉を失う。








雲龍「『今、真っ先に文句を言った奴らは俺の敵だからな』だそうよ。ふふっ」








会議室の役員達は不敵に笑う雲龍の背後に柱島鎮守府の提督の姿が見えるような錯覚に陥った。







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【大本営近郊 孤児院 食堂】






「ごちそうさまー」


「いただきましたー!」



間宮「食べた後すぐに走り回っちゃだめよ?」



「はーい!」




食事を終えた子供たちが食堂を元気に出て行った。


間宮はそれを見送ると食器洗いを始める。



間宮「ふぅ…」



食堂から誰もいなくなるといつもここで一息つく。


孤児院に戻って約二年。


何度か旧佐世保鎮守府だった時津風や雪風が訪ねては来たが、最近はそれも途絶えている。



艦娘と会うことも減り、どこか寂しさを抱えながら間宮は孤児院の食堂で料理を作り続けていた。













間宮「…?」




間宮が夕飯の仕込みを始めようかと思った時、誰かが食堂に近づいてくるのに気づいた。





間宮「どな…た…?」



顔を上げてその人を見る間宮の表情が驚きに包まれる。




間宮「み、みなさん…」




間宮はエプロン姿のまま





間宮「おかえりなさい皆さん!!」





大喜びで駆け寄り間宮は客人を出迎えた。






その後、彼女は存分に腕を振るい食堂の食材全てを使い果たすまで料理を作り振る舞い続けた。







久しぶりに見ることができた間宮の最高の笑顔だった。






【横須賀鎮守府】





時津風「ほ、本当なの!?雪風!!」


雪風「はい!これ見て下さい!!」



雪風は天津風からの手紙を時津風に見せた。



時津風「う…うぅ…うぐっ…ばかばか…!どれだけ心配したと思ってんだよぉぉ…!!」


雪風「ぐすっ…でも…よかった…よかったですよぉ…」



二人はその手紙を見て泣きながら天津風や親潮、仲間だった艦娘達の生存を喜んだ。




時津風「…」


雪風「…?」




時津風が2度、3度と手紙を読み返していることに雪風が気づく。



雪風「どうしました?」


時津風「え…あの…なんでもないっ!」


雪風「あ…」



雪風もその内容を読み返して気づいた。



雪風「大丈夫ですよ!きっとしれぇも無事ですから!」


時津風「べ、別にあんな奴のことなんか関係無いよ!」



雪風の指摘に時津風が恥ずかしそうに顔を背けた。



雪風(素直じゃないですよね)



その手紙にかつて彼女らの提督の名前が無く不安になったのだろうと雪風は察した。



手紙の内容を見れば亡くなったとは考えにくく、無事だとは思うが時津風はその確信が欲しかったのだろう。




時津風「さ、さあ!天津風が帰って来るまでに訓練しよーっと!」


雪風「あはははは」


時津風「何笑ってんだよ雪風ぇ!!」




二人は久しぶりに明るい笑顔を自然と見せることができた。








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時津風「イク!ゴーヤ!聞いた!?」


イク「イムヤから連絡がきたのね!!」


ゴーヤ「無事で…うぐ…えぐっ…よかったでち…」


雪風「本当に良かったです!」





演習場で早朝訓練をしていたイクとゴーヤに会うと彼女達にもイムヤから連絡が来ていたようだ。




イク「イムヤ…」


ゴーヤ「約束、守ってくれたでちね…!」



二人の胸の中は喪ったハチのことを想い、ハチの分まで生きると言ってくれたイムヤの無事の嬉しさに暖かい気持ちでいっぱいになっていた。



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天龍「それ本当か!?」


風雲「ええ、沖波からやっと手紙が…」


天龍「ははは、そうか無事だったか!いやー良かったな!」


風雲「良くないですよ!!」


天龍「え?」



てっきり無事を喜んでいるかと思ったが風雲の反応は違った。



風雲「あの子…柱島鎮守府に行ってから全く連絡寄越さなくって…!私が何度も手紙送ったのに…!私の気持ちも…ぐすっ…し、しらないで…なによ…」


天龍「何か事情があったんだろ?わかってやれよ」


風雲「わかんないわよぉ!うぐっ…えぐ…!」


天龍「うぉ!?泣くなって…」




手紙を出さなかった沖波に対し憤りを見せる風雲だったが、無事を喜んでいることは間違いない様子なので天龍は苦笑いするしかなかった。






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陸奥「柱島を…攻略した…?」


天城「はい!今朝雲龍姉様と祥鳳さんからお手紙が!」


葛城「…」




天城は陸奥と葛城の所へ無事を伝えに行っていた。



葛城「なによ…」


天城「葛城?」


葛城「私達のことなんてどうでもいいくせに…」



少し寂しそうにしながら葛城はその場を離れて行った。




天城「あの子…まだ…」


陸奥「葛城の中では整理ついていないみたいね」


天城「そういう陸奥さんは?」


陸奥「私?私はね…」



陸奥は嬉しそうにしながらもその瞳の奥に情熱を滾らせる。




陸奥「秘密よ、うふふっ」


天城「陸奥さんたらっ…」



そんな陸奥を見て天城は楽しそうに笑顔を見せた。









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【横須賀鎮守府 演習場】





演習場に横須賀鎮守府の艦娘達が集められた。



長門「提督がお見えだ!全員敬礼!」



長門の号令に全員が一斉に敬礼をする。



九草「…」



現われたのは九草提督。


彼は白友提督の後の横須賀鎮守府の提督となっていた。



九草「3日後、柱島…いや、佐世保鎮守府との合同演習が決まった」


葛城「え…」


風雲「それって…!」


時津風「天津風達と…!?」



時津風達の反応を無視して話を続ける。



九草「内容は未定、当日発表されるとのことだ。各自手を抜くなよ」


天龍「手を抜かないようって…」


九草「特に元佐世保鎮守府の奴ら、情が移って手抜きなんかしたら許さんからな…!お前らも!無様な結果になるんじゃないぞ!いいな!」


陸奥「…?」




九草は苦虫を嚙み潰したような顔をしながらその場を離れて行った。




瑞鶴「今日のあいつ…随分と余裕が無いわね」


天城「はい…いつものような口調ではありませんでしたし…」


深雪「けっ!あんな奴…!司令官が人質にとられてなけりゃ…!」


叢雲「ちょっと…!聞こえちゃうって…!」



九草がその場を離れると艦娘達からの非難が聞こえてくる。



白雪「司令官…」


磯波「元気にしてるかな…」


吹雪「大丈夫!きっと戻って来るって信じてやって来たんでしょ!これまで通り頑張ろうよ!」


白雪「うん…」


初雪「そう…だね…」


吹雪「…」




吹雪の発奮にも中々艦娘達の気持ちは上がらない。











数ケ月前




海軍穏健派上層部の役員を多く取り込んだ九草は白友を追い落とそうと動き出した。





監査機関にも九草の力は及んでおり、横須賀鎮守府の監査に訪れた役員達はありもしない不正を作り出し彼を追求した。


当然反論し再調査を依頼する白友だったがそれを聞き入れてもらえずに白友は少しずつ窮地に追い詰められそうになる。




そこで助けになったのが完璧な経理業務をしていた第二秘書艦の翔鶴と白雪。


彼女達の作成していた資料には穴が無く、監査機関の作りだしたありもしない不正はこれで見破られるかに思えた。




しかしここで九草は白友の弱点を突く。



九草は助手として連れて来ていた駆逐艦の曙と霞が白友と監査機関を欺いたと言い始めた。


もちろん彼女達は何もしておらず白友をハメるようなことをしてはいないのだが、九草はトカゲの尻尾切りと言わんばかりに二人を解体処分にするとまで言い出した。


監査機関も大本営の役員もそれで良いと言い始め、彼女達を助けるにはもはや選択肢は一つしか残されていなかった。






…結局白友はありもしない不正を認め、横須賀鎮守府を追い出されることになる。


九草は『これまでの彼の功績を考えるとチャンスを与えるべきだ』と言い始め、彼を大湊鎮守府へと異動させ、資源獲得をメインとした任務をさせるようにしたのだった。もちろんそんなものは建前で本音は自分の居た駆逐艦の多い鎮守府へ彼を追いやり良い気分に浸ろうというものだった。



横須賀鎮守府にはそのまま九草が座り、白友の育て上げた精強なる艦隊をそのまま手に入れることができたのだった。


そして彼女達をこう脅した。



『白友提督が戻れるかどうかはあなた達次第』



そう言って彼女達を無理やり戦いに引きずり出し戦果を上げ続け少将にまで昇りつめたのだった。










時津風「大丈夫…だと思うよ?」


天龍「時津風?」



暗く顔を沈ませる艦娘達に対し時津風は少し明るい声で言った。



時津風「しれーが…なんとかしてくれる、と思う」


葛城「は…?」


時津風「だ、だってしれーは白友提督が大好きだって言ってたもん、きっと助けようとしてくれるって」


吹雪「時津風さん…」



時津風が『しれー』という人物は一人しかいない。



雪風「ふふふふ」


時津風「何笑ってんだよー!」


イク「笑わずにいられないのね!」


ゴーヤ「素直じゃないでちね」



旧佐世保鎮守府のメンバーはそれに続き笑顔が連鎖するかと思われたが…



風雲「あまり期待しない方が良いと思うけど?」


葛城「同感…あんな奴、期待するだけ無駄でしょ」



未だに提督のことを良く思っていない二人はすぐに反論する。




時津風「…ごめん」




その反論に時津風はすぐにしょぼくれた顔をする。



風雲「別に…時津風が悪いわけじゃ…」


天城「葛城?」


葛城「こっちこそ…ごめんね…」



盛り上がりかけた空気はまた一気に冷え切ってしまった。



長門「まずは演習に勝てるよう連携をしていこうか、全員出撃準備!」



その空気を変えるべく長門が大きな声で全員に号令を掛けその場は解散となった。




陸奥「皆には悪いけど…私はアピールの場にさせてもらうわ」


長門「良いんじゃないか?存分に暴れてもらおうか」


陸奥「任せて」



何に対してのアピールなのか。


長門はそれをちゃんと理解しておりそれ以上追及するようなことは無かった。





陸奥(もしも時津風の言う通り本当に助けてくれるのなら…)




陸奥はそんな淡い期待を持ちながら演習場へと乗り込んだ。












そして




天龍「よーし…!見てろよ!俺の成長した姿を見せてやるぜ!」




ここにまた意気込んでいる艦娘が一人



五十鈴「天龍、あなた今日は遠征部隊でしょ?遅刻するわよ」


天龍「…」





気合を入れようとして空回りしていた。








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【横須賀鎮守府 港】





佐世保鎮守府の提督を出迎えようと九草とその部下達、そして合同演習の審判も務める大本営の役員も集まった。




提督「出迎えご苦労」



船から降りるなり提督は頭を下げる九草にそう言った。



九草「お久しぶりです、よくぞご無事で柱島からお帰りになられましたね」


提督「残念ながら、だろ?あははははははっ!!」


九草「…」



高笑いをする提督に周りの部下や役員達がギョッとする。


しかしその態度は現在の九草と提督の地位の差を感じさせるような気がした。



提督「さっさと鎮守府へ案内しろクソ提督、長旅で疲れてんだよ」


九草「くそう、です。ではこちらへ…とその前に」



九草は部下に合図をして提督達の乗ってきた大型船に行かせようとする。



九草「大型船の燃料は大丈夫ですか?よろしければ演習中に補給を執り行おうと思いますがいかがでしょうか」


提督「勝手にしてくれ」


九草「では…」



九草の合図で部下達は大型船内へ入って行った。



祥鳳「提督、皆さんが…」


提督「わかってるよ、全員自由行動」


天津風「…!!」


沖波「お先に失礼します!」


イムヤ「行ってくるわ!」


雲龍「失礼するわね」



提督が自由行動と言うと何人かはすぐに駆け出して鎮守府の方へと走って行った。



九草「随分とまあ、規律の緩い艦隊ですね」


提督「俺は誰かさんみたいに人質を取って艦隊運営するようなことはしないからな、あはははははは!!」


九草「…」



九草はすかさず皮肉を言ったが簡単に提督に言い返されて彼にわからないよう顔をしかめた。



九草「この後は鎮守府案内の前に役員の方を交えて会食を…」


提督「断る」


九草「は…?」



車に乗せようと誘導する九草を無視してさっさと行こうとする。



提督「お前らと一緒にメシなんざ吐き気がする。俺はさっさと休ませてもらうぞ」


九草「…」


役員「佐世保提督!横暴が過ぎますぞ!少しは我々との…」


提督「あ?」



提督は役員に対し銃口を向ける。



提督「何か言ったか?」


役員「い、いえ…何も…」


提督「次俺に舐めた口利いたら頭吹っ飛ばすぞ」



本当にやりかねない程の圧力を感じ、役員は首を縦に振るしかなかった。



九草「お疲れ様でした、では明日の演習開始までゆっくりとお休みください」


提督「ふん、最初からそうすりゃいいんだよ間抜け。行くぞ」


祥鳳「はい」


九草「…」



九草は提督に対し深々と頭を下げて顔を見えないようにする。

その表情はかつてない程の怒りに歪んでいた。





役員「なんて滅茶苦茶な奴だ…!話に聞いていた以上じゃないか!九草君、あまりあいつを調子に乗らさないようにしてくれよ!」


九草「わかっていますよ…」




愚痴る役員に対し九草は必死に感情を隠しながら答えていた。





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天津風「と、時津風!雪風!」


時津風「う…あ、天津風だ…うっぐ…うぁぁぁ!」


雪風「あ、会いたかったですよぉぉ!!」



天津風は二人に会うなり抱きしめて再会を喜んだ。



時津風「バカバカ!どうして手紙くれなかったんだよぉ!どれだけ心配したと思ってるんだよ!」


天津風「ごめんね…あの人が外部への連絡を一切禁じてたから」


雪風「うぐっ…えぐ…でも…生きててくれて…ひっく…」



3人は涙を零しながら久しぶりの再会を噛み締め合った。





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風雲「私がどれだけ心配したかわかってるの!?なんにも連絡寄越さないで…」


沖波「…」


風雲「一体…どう…いう…」



連絡をしなかった怒りをぶつけようとしたが既に泣いている沖波に何も言えなくなった。



沖波「だって…だっで…しれいかんがだめだって…えぐっ…わ、わたじだっでおねえちゃんに手紙…うぐっ…っ…」


風雲「沖波…」


沖波「わだじだっでおねえぢゃんにあいだがっだ…うっぐ…ひっく…う、うえぇぇぇ…」


風雲「ああ、もう…」



泣きじゃくりだした沖波に我慢ができず風雲が両手を広げる。


沖波はよろよろとしながら風雲の胸に飛び込んだ。



沖波「うわあぁぁぁぁぁ!お姉ちゃあぁぁん!!」


風雲「まったくもう…」



我慢できず風雲も貰い泣きしてしまう。




風雲「私だって…会いたかったに決まってるじゃない…」





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葛城「何よ今になって会いに来て…」


雲龍「…」


天城「葛城…」



妹達に会いに来た雲龍に対し葛城は背を向けて顔を見ようとしない。




葛城「私は雲龍姉を許したわけじゃないから!顔も見たくないわよ!」


天城「ちょっと葛城!せっかく雲龍姉様が帰ってきたというのに」


雲龍「いいわよ天城」


天城「雲龍姉様…」



いつも無表情の雲龍が寂しそうに笑顔を見せている。




雲龍「何度も死にかけて、辛い想いをして、もうダメだと思う事もあったけど…こうして二人の顔を見れて…生きて帰ってこられて良かったって噛み締められる」


葛城「…」


雲龍「ありがとうね、生きていてくれて」



それだけ言って雲龍は二人から離れて行った。




葛城「なによ…」



背を向けていた葛城が身体を震わせる。




葛城「人の気も知らないで…!っ…もう…ぅ…」


天城「…」




素直に喜ぶことのできない葛城を天城は心配そうに髪を撫でながら慰めた。








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霧島「お久しぶりです金剛姉様!比叡姉様!榛名!」


金剛「キリシマーーーーー!!」


比叡「おかえりなさい、本当に無事で良かった…」


榛名「もう…毎日どうしているかずっと心配していたのですよ!」



霧島は金剛姉妹の居る所へと真っ先に辿り着いていた。




霧島「ご心配をおかけして申し訳ありませんでした、しかし…むぐぅ!?」


金剛「フッフッフ…」



霧島に対し金剛が口を布で縛り喋れなくする。



金剛「もう逃がさないネーーーー!!!金剛姉妹はこれからもずっとずっと…」


比叡「お、落ち着いて下さい金剛姉様ぁ!!」


榛名「ああ、また発作が…」



金剛は毎日霧島の心配をしているうちに少しおかしくなってしまったらしい。


帰ってきた霧島を見て金剛は暴走し縄で縛って監禁しようとした。



霧島「んんーーーー!?ッムヌヌゥゥゥ!?」




その後、しばらくの間霧島達は金剛を落ち着かせるためにあの手この手と苦労する羽目になった。





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天龍「そっか、ま、何はともあれ無事で良かった」


衣笠「心配してくれてたんだ」


天龍「当たり前だろ!あんなところに行くって知ってりゃ俺だって…」


親潮「一緒に行きたかったのですか?」


天龍「…」


衣笠「素直じゃないなあ、もう」


天龍「な、何がだよ!」



衣笠と親潮はかつての仲間だった天龍と陸奥に会いに来ていた。



陸奥「でも本当に良かったわ、こうしてまた五体満足無事で会えることができて」


衣笠「う、うん…」


親潮「…」


陸奥「…?」



陸奥の言葉に二人の顔が暗くなる。



陸奥「ごめんなさい…もしかして誰か…」


天龍「なんだよ…戦闘でどっかやっちまったとか…?」


親潮「…」


衣笠「艦娘は…無事だったけど、ね…」


陸奥「え…」


親潮「…」



その後、陸奥と天龍は詳しく聞くことはできず二人を見送った。





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熊野「まさかご無事で帰ってこられるとは…」


大井「あら、私程度の存在じゃ生き残れないと思ったの?」


鳥海「ふふ、冗談ですよね」


熊野「ええ。それに…」



熊野は嬉しそうに大井の格好を見る。



熊野「その姿になっているあなたでしたら生きて帰るのも納得がいきますわ」


大井「ありがとうね、でも演習の時は容赦しないから覚悟してよね」


鳥海「そこは…お手柔らかにお願いします」



大井のからかいに鳥海は楽しそうに目を細めた。



大井「…」



しかし熊野も鳥海もどこか疲れたような表情をしていることに気づかないはずがなかった。




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ゴーヤ「おかえりでち!!」


イク「イムヤ!おかえりなのね!!」


イムヤ「ただいま!ゴーヤ!イク!会いたかったよぉ!!」



ゴーヤとイクはイムヤを暖かく出迎えた。


3人はひしと抱き合い再会を喜び涙を零した。







ゴーヤ「うぐ…み、みんな…連絡来ないからって…諦めてて…」


イク「もう…諦めかけてたのね…ひっく…」


イムヤ「ごめんね、長いこと心配掛けちゃって…でもね」



二人の顔を上げさせイムヤは満面の笑みを浮かべる。




イムヤ「私は…生きて帰ってきたよ!」













その後、しばらく柱島でのことを話して一旦戻ろうとしたイムヤに



イク「あ、あのね、イムヤ」


ゴーヤ「お願いがあるでち…」




二人はあるお願いをした。




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【横須賀鎮守府 廊下】





時津風「あ…」


雪風「しれぇ!」



久しぶりの再会に時津風は戸惑い雪風は驚きつつも笑顔を見せる。



提督「…」


時津風「え…」


雪風「し、しれぇ…?」


提督「…」



しかし提督はチラリと見ただけでそのまま声も掛けず素通りしてしまった。



祥鳳「…」



その後ろで祥鳳が二人に対し申し訳ないと頭を下げ、提督に続いて行った。







時津風「…」


雪風「時津風…」






その提督の態度に時津風はショックを隠せず顔を俯かせた。








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瑞鶴「あ、佐世保の…」


翔鶴「お久しぶりです」


祥鳳「はい、お久しぶりです。皆さんもお元気そうで…」


葛城「あ…!」



そのまま歩いていると提督と祥鳳は瑞鶴と翔鶴、そして一緒にいる葛城に会った。



葛城「何よあなた…何をしに…」


提督「…」



提督がキョロキョロと視線をあちこちにやっている。



提督「天城は?」


葛城「あ、天城姉になんの…」


天城「私がどうかしまし…祥鳳さんっ!!」


祥鳳「天城さん…お久しぶりです」



天城が祥鳳の顔を見ると嬉しそうに駆け寄ってきた。



その駆け寄ってきた天城に祥鳳は嬉しそうに顔を綻ばせる。




提督「それじゃあ俺は部屋で寝てる」


祥鳳「は、はい」


天城「提督…?」


提督「…」




提督は小声で天城だけに聞こえるよう『少し頼む』と言ってからその場を離れて行った。




天城「私の部屋に行きましょうか」


祥鳳「はい…」




何かを察した天城は祥鳳を連れて自分の部屋へと向かった。





葛城「なんなのよ…こっちは眼中に無いってわけ…!?」


瑞鶴「こら、そんなに突っかからないの」


葛城「あたっ…!」



憎々し気に顔を歪める葛城に瑞鶴が先輩らしく額を軽く叩きながら宥めていた。





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天城は和風の自室に祥鳳を通し、寛げるよう座らせてお茶を差し出した。





天城「でも…本当に良かったです、皆さんとこうして無事に再会できて」


祥鳳「…」


天城「祥鳳さん…?」


祥鳳「っ…ぅ…」



何も言わなかった祥鳳が静かに涙を零す。



祥鳳「無事では…ありませんでした…」


天城「え…」


祥鳳「過酷な戦いなのは覚悟の上でしたが、でも…それでも本当に辛くて…」


天城「…」



泣きながら語る祥鳳に天城がゆっくりと近づいて自分の胸の方に祥鳳の頭を寄せる。



祥鳳「提督は…2度も生死の境を彷徨いました…」


天城「提督が…」


祥鳳「私の…ひっ…ぅ…私のせいで…私がもっと…上手く…やれれば…っぐ…ぅ…私が強ければ…」


天城「…」



天城は提督が真っ先に祥鳳を連れて会いに来た理由がわかった。


秘書艦という弱みを見せ辛い立場の祥鳳のやり場のない気持ちを自分という受け皿に吐き出させようということだ。




天城「でも、それでも皆さん生きて帰って来ました」


祥鳳「え…」


天城「あなたが頑張ったからですよ、祥鳳さん」


祥鳳「天城さん…」


天城「提督もその頑張りを認めているからこそ、こうして真っ先に私に会いに来てくれました。祥鳳さん、あなたのためにですよ?」


祥鳳「うっ…ぅ…うぁぁぁぁ…」




ようやく溜めていたものから解放されたのか、祥鳳は声を上げて天城の胸の中で泣き始めた。


そんな祥鳳を愛しく天城は優しく髪を撫でて慰めた。






天城「おかえりなさい、祥鳳さん…」











祥鳳を慰めながら天城はある決意を胸の中で固めていた。



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天城「あら提督」


提督「…」




ひと段落して天城が部屋を出ると提督が部屋の外で待っていた。



提督「祥鳳は?」


天城「眠りましたよ。とてもとても疲れていたようですね、誰かさんのせいで」


提督「すまんな」


天城「いいえ、真っ先に私のところに連れてきたので許してあげます」



天城は悪戯な笑顔を見せる。


提督は『変わらないな』と苦笑いをしながらその場を離れようとした。



提督「すまんが少し休ませてやってくれないか?」


天城「わかりました。あの…提督」


提督「なんだ?」











天城は提督にある提案をする。



提督「…それはこっちにとってもありがたいが、良いのか?」


天城「構いません。葛城はいつまで経っても意固地ですし、九草提督は私をまともに出撃もさせず事務処理ばっかりさせますし、白友提督がいなくなってからこの鎮守府の艦娘達は暗い顔ばっかりですし…いい加減頭に来てるのですよ?」


提督「…」



突如愚痴りだした天城に提督がなんとも言えない顔をする。


こんな彼女の姿を見るのは初めてだと驚いているようにも見えた。



天城「あら?私が愚痴るのは意外でしたか?」


提督「なんで俺に愚痴るんだよ…」


天城「ふふ、提督なら何言っても許されるような気がしまして」


提督「お前…俺を何だと思ってるんだ…」



提督に対して相変わらず物怖じしない天城の姿勢に呆れた溜息を吐くしかなかった。



天城「それに…祥鳳さんも心配、ですからね?」


提督「…わかったよ」



提督は天城に対し軽く頭を下げる。


その姿に今度は天城が驚く番だった。




提督「力を貸してくれ」


天城「提督…」



そして顔を綻ばせ優しい顔になる。



天城「うふふ、提督も柱島に行って少し丸くなったようですね。こちらこそどうかよろしくお願いします」




天城は提督の願いに快く頷き異動を願い出た。





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【横須賀鎮守府 客室前】





イムヤ「二人とも、いい?」


イク「う、うん」


ゴーヤ「大丈夫でち…!」




夜、イムヤは二人を連れてある部屋の前を訪れていた。

二人の返事を聞いてイムヤがドアをノックする。



イムヤ「司令官、ちょっといい?」



3人が訪れたのは提督の部屋だった。



『ちょ、ちょっと待ってて下さい…!』



イムヤ「?」


ゴーヤ「祥鳳さん?」



しかし中から聞こえてきたのは



『あ…!司令官、動かないで下さいぃ…』



イク「沖波の声なのね?」



祥鳳と沖波の声だった。




『入っていいぞ』


『て、提督!まだですよ!?あ、動かないで下さい!』



イムヤ「???は、入るよ?」



ようやく提督の声が聞こえてきたのでイムヤ達は戸惑いつつも部屋のドアを開けた。





イムヤ「…何してんの?」


祥鳳「すみません…」


イムヤ「い、いや…祥鳳さんが謝んなくったって…」




部屋に入るとそこには祥鳳の膝枕と耳掃除をされている提督の姿。


そして提督の足の方には沖波が居た。




イク「え…」


ゴーヤ「て、てーとく!?」



沖波の方を見た二人の表情が驚きに包まれた。



沖波が提督の足を構っている。


その足は…




イク「てててて、ていとく!」


ゴーヤ「あ、足がなくなってるでち!?」


提督「あっはっはっは、やっぱり驚いたか」



提督の左足は膝から先がなくなっていた。



沖波「もう…司令官たら…」



その足に義足を付けようとしている沖波が呆れた顔を見せた。



祥鳳「はい、終わりましたよ」


沖波「こちらも、メンテナンス完了です」


提督「うむ」



膝枕しながら耳掃除をしていた祥鳳、義足のメンテナンスをしていた沖波が提督を解放した。



ゴーヤ「あ、あははは…」


イク「相変わらずなのね…」


イムヤ「ね?変わってないでしょ…」



苦笑いをする二人にイムヤも苦笑いで返した。












提督「で?何の用だ?」




ようやく身体を起こした提督が二人に視線を送る。



ゴーヤ「あ、あの!てーとく!」


イク「私達をまた一緒に戦わせてほしいのね!」



二人でそう言うと揃って頭を下げた。



沖波「ゴーヤさん…イクさん…」


イク「一生懸命がんばるのね!だから…」


ゴーヤ「私達をまた使って欲しいでち!」


提督「…」



二人の言葉に反応せずに提督は黙って見ている。




祥鳳「提督…?」


提督「…」


イムヤ「司令官、お願い」



イムヤも同じように頭を下げてお願いをする。

それを見た提督は苦笑いをしながら浅いため息をついた。



提督「俺はお前らからハチを奪った男だぞ」


イク「…」


ゴーヤ「…」


祥鳳「提督…」



『何も今そんなこと言わなくても』と祥鳳が心配顔をする。



提督「そんな奴の所に戻ろうってのか?帰ってきても俺は出世のためにお前らを散々使い倒すぞ?」


イク「かまわないのね」


ゴーヤ「てーとくなら安心して任せられるでち!」


提督「は…?」


沖波「イクさん…ゴーヤさん…」




脅しとも取れる提督の言い方に二人は自信を持って返事をした。




イク「イムヤは…ていとくがハチを大事にしてくれてたことを証明するって柱島について行ったのね」


ゴーヤ「こうしてイムヤが帰ってきてくれたことが何よりの証明でち!」


提督「…」


ゴーヤ「てーとく…イムヤを…みんなを大事にしてくれて…」


イク「本当にありがとうなのね!」



再び二人揃って深く頭を下げた。




提督「ふっ…」



そんな二人に対し提督は顔を綻ばせる。



提督「ちゃんと訓練してたか?」


ゴーヤ「も、もちろんでち!」


イク「九草が来てから資源拾いばっかりさせられてたけど…空いた時間はいつでも帰れるよう特訓してたのね!」


提督「そうか」



提督は楽しそうにニヤリと笑みを浮かべる。




提督「足引っ張ったら放り出すからな」


ゴーヤ「そ、それじゃあ…!」


提督「イムヤ、後は任すぞ」


イムヤ「うん!任せて!」


イク「ていとく!ありがとうなのね!」




3人は手を取り合って喜びを分かち合った。


その姿を見て祥鳳も沖波も嬉しそうに笑顔を見せた。



しかし祥鳳には心配事があった。




祥鳳「提督…これで天城さんと合わせて3人、あの九草提督がそう簡単に異動を認めるでしょうか…?」


提督「心配いらん、沖波」


沖波「は、はい」


提督「これ。明日の演習が始まるまでに用意してくれ」


沖波「わかりました」



沖波は提督からの指示の書かれたメモを受け取った。



提督「大きな餌であの小物を釣る、明日が楽しみだな。あははははは」


ゴーヤ「てーとくの悪者顔…久しぶりに見たでち…」


イク「こうなったらもう任せちゃって大丈夫なのね」




頼もしさを感じさせる提督の不敵な顔を見てゴーヤもイクも呆れつつも楽しそうに笑っていた。






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【翌日 横須賀鎮守府内 廊下】





天龍「よお、久しぶりだな」


提督「…」


祥鳳「天龍さん」




演習の準備に司令部施設へと向かう提督と祥鳳の前に天龍が現れた。

天龍は廊下の壁にもたれて両腕を組みながら提督と祥鳳を見ている。



天龍「無事生きて帰って来れただろうが…柱島では相当苦労したんだろう?」


提督「…」


祥鳳「…」


天龍「ふふ…やはりそうか」



不敵に笑う天龍が目を閉じながら得意げな笑みを見せる。



天龍「そりゃそうだよな、なんせ対空戦のスペシャリストの俺がいなかったんだからな」



どうやら天龍は置いて行かれたことを根に持っているらしい。









天龍「なあ、これで俺がどんだけ頼りになるということがわかっただろう?だからよ…」


五十鈴「天龍、なにやってんの?」


天龍「なんだよ、邪魔すん…」




天龍が閉じていた瞳を開けると既に提督も祥鳳もいなくなっていた。




天龍「…」


五十鈴「大丈夫…?熱でもあるの?」


天龍「う、うっせー!」



天龍は恥ずかしそうに顔を赤くしながら走り去ってしまった。














【横須賀鎮守府内 司令部施設】






九草「天城、伊19、伊58の異動…?」


提督「ああ。こっちに寄越せ」


役員「佐世保提督殿…それはあまりに勝手ではありませんか…!?」


提督「あ?」



提督が懐に手を伸ばす。



役員「ひぃ!?」



また銃口を向けられると思って役員が九草の陰に隠れた。


その姿を見て提督がニヤリと笑みを深める。

彼は九草と役員が繋がっていることを確認できたからだ。



九草「別に構いませんが…それなりの見返りがありませんと…」


提督「わーってるよ。何もタダで寄越せなんて無茶言わねえよ、おい」


沖波「はい」



司令部施設に同席した沖波がジェラルミンケースを机の上に置く。



提督「ちょっとした余興をやろうぜ」


九草「余興?」


提督「ああ。普通に演習しても俺らの圧勝でツマランだろ?そこで…」



提督が沖波の置いたケースを開く。


その中身は…



役員「うぉ…」


九草「…」



ぎっしりと詰まった札束だった。



提督「艦娘一人5,000万。3人で1億5千万だ。俺に3戦して一度でも勝てたらこれをくれてやる」


祥鳳「こちらを」



すかさず祥鳳が九草に書類を渡す。


その書類は異動の契約書だった。既に提督の押印がされている。

内容は『本日の演習に勝利した場合、移籍金として支払う』と書かれていた。



提督「金は好きにして良いぞ。上に配っても良いしお前が好きに使っても良い」


九草「…」



慎重派の九草は何か裏が無いかと黙って考えている。


いつもの彼ならばこのような余興に付き合わないのだが…



役員「九草君!こ、こんなふざけたことを許すな!君の実力を見せてやりたまえ!」



役員は九草の陰に隠れながら演習をやろうと煽る。



提督「くくく…役員さんはやる気だぞ?」


九草(ち…!)



提督は役員と九草が裏で繋がっていることを見越してこのような取引を持ち掛けたのだ。

役員は金に目が眩み九草に受け入れろと催促する。

あわよくば九草が手にした金の一部を貰おうと思っているに違いない。



提督「心配すんな。普通にやったら俺達が楽勝だろうからハンデをくれてやる」


九草「…ハンデ?」


提督「ああ。演習は3種目だったな」



提督が改めて演習予定の種目を確認する。



提督「そうだな…1つ目の5kmリレーだがこっちは3人で良いぞ」



1種目目のリレーは以前も行ったもので、通常5人で行うものに対し提督は3人で挑む。

圧倒的不利なのは明らかだ。



提督「2つ目の空母による対空戦、こちらは2人、そっちは3人でやろうか。どのみちこっちは2人しか空母がいないからな」


九草「…」


提督「それと3つ目の艦隊戦、そっちが6人に対しこっちは4人で良いぞ。更に3戦やって1つでもそっちが勝てばこの金はくれてやろう。どうだ?」



不利な条件を与えるだけでなく1戦でも勝ったならそれでこの大金が手に入れられる。

そんな好条件を与えられても九草は黙っていたのだが…



役員「く、九草君!こんないい様に言われてて良いのか!?」



提督の挑発先は九草ではなく同席している役員だった。

すっかり金に目が眩んでいる。



部下1「九草提督…私はやるべきではないと思います」



そこへ九草の部下が九草に進言してきた。

彼は冷静な表情で演習をすべきではないと九草に伝える。



役員「おい!お前何を!?」


部下1「佐世保提督には絶対の自信があるように見えます…いくらハンデをもらったかと言っても…おそらく勝ち目はないでしょう。それに何か裏があるようにも見えます、ここは大人しく艦娘の異動を受け入れた方が…」


提督「へえ…」



部下の冷静な言葉になぜか提督が楽しそうに笑みを見せた。



九草「…おい」


部下1「え…ぐぁ!?」


役員「な…!?」



進言する部下に対し、九草は拳を鼻にめり込ませた。



九草「俺がこれだけハンデをもらって不様に負けるってのか?ああ!?てめぇらは黙って俺に従ってりゃいいんだよ!」


部下1「うぐ…ぅ…すみません…」



殴られた部下は鼻から血をポタポタと零している。



提督「おいおい、いつもの口調はどうしたんだ?くくく…部下は大切にしようぜ」



提督はそんな九草の部下に近づきながら自分の服の全ポケットを突っ込んでは探すを繰り返した。



提督「…あれ?」


祥鳳「提督…ハンカチはちゃんと持ち歩いて下さいっていつも言っているでしょう…?」


提督「ああ、すまんすまん」



祥鳳からハンカチを受け取り、鼻血を零している部下に渡した。



提督「おーおー、部下に優しくない酷い上司ですこと。そんなことではいつか…」


九草「いいでしょう、その余興受けて立ちますよ。あなたが言ったルールでぜひともやらせていただきます」


提督「話聞けよ…」



冷静さを欠いた九草は提督の言った有利な条件で大金を賭けた演習に挑むことを伝えた。











提督「沖波、第一種目の作戦はこれだ。天津風と親潮にも伝えてくれ」


沖波「はい」



沖波は提督から作戦が書かれたであろう小さなメモを受け取る。



提督「それじゃあ俺は寝る。後は頼むぞ二人とも」


沖波「行ってきます」


祥鳳「頑張ってね沖波さん。提督はおやすみなさい」



沖波が司令部施設を出て行って数秒後、提督の静かな寝息が聞こえてきた。




役員「これから演習だというのに…何だその態度は…!」


祥鳳「すみません」



提督に代わり祥鳳が役員に頭を下げる。



祥鳳「柱島では余裕のある時に少しでも睡眠を取るようにしてましたので…まだその癖が抜けていないのです。演習は私が見ていますのでご安心ください」


九草「…」



それはこの演習が『余裕で勝てる』という態度の表れだと捉えられ九草は眉を顰めた。





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【鎮守府内 演習場】





吹雪「よーし!皆さん、頑張りましょう!」


叢雲「前回の様にはいかないんだから!」


雪風「頑張ります!」



演習場には出場する艦娘が集まっていた。



時津風「…」


吹雪「時津風さん、どうかしました?」


時津風「う、ううん、なんでもないよ、大丈夫、しっかり走るから」


風雲「沖波…どれだけ成長したか見せてもらうからね」



横須賀鎮守府のメンバーは吹雪・叢雲・雪風・時津風・風雲の順番で走るよう指示されていた。


5人中3人が改二艦であり人数も5対3ということで性能面でも体力面でも圧倒的有利だった。



白友が人質にされているということもあり、絶対に手を抜けず彼女達は本気で勝ちにいこうとしていた。












沖波「お二人とも2回分走って頂きますので…どうかよろしくお願いします」


親潮「了解しました」


天津風「あの人らしい指示だわ…沖波もアンカー頑張ってね」


沖波「はいっ」



対して佐世保鎮守府の走者は親潮・天津風・沖波の順番になる。

親潮と天津風は人数が足りない分の穴埋めとして2回分走ることになった。



親潮「それでは行きましょう」


天津風「まさか雪風と時津風と対戦することになるなんてね…夢にも思わなかったわ」


沖波「でも…自分達の実力を測る良い機会ですね。私は風雲姉さんと対決できるなんてドキドキします」



3人は不利な条件でもまるで動じることなくリレーの準備を始めた。










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『よーい…』





開始の号砲が鳴らされタスキリレーが始まった。





吹雪「行きますっ!!」


親潮「…!」




最初のランナーは吹雪と親潮



二人はほぼ並走しながら海面を走り出した。






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深雪「がんばれー!ふぶきー!!」


白雪「負けないでー!」




観覧席ではランナー達の応援の声が上がっている。



しかし声を掛けているのは横須賀鎮守府の艦娘達だけで…




陸奥「…」



陸奥は佐世保鎮守府の艦娘達を見る。





雲龍「今朝のAランチは正直物足りなかったわ…」


衣笠「間宮さんから貰ってきた羊羹まだあるけど、後であげよっか?」


雲龍「お願い…」


霧島「もう全部食べたのですか?」


雲龍「うん…船の中で食べちゃった…」


衣笠「そんな一遍に食べたら肌が荒れちゃうよ?」




横須賀鎮守府の艦娘達は余裕の表情で談笑していた。




天城「雲龍姉様が…私達姉妹意外と談笑してる…ぐす…」


陸奥「何も泣かなくても…」



その光景を見て天城が感激の涙を零していた。




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吹雪「叢雲ちゃん!!」


叢雲「ええ!」




リレーはタスキを吹雪から叢雲に渡していた。


以前負けたことのある彼女達は全力疾走10分訓練を取り入れてそれをずっと続けていた。

そのため以前よりも速度もスタミナも十分に強化されていた。




叢雲の少し後ろを親潮が追い掛ける。



現状2対1の状態で親潮は2倍走らなければならず、さすがにペース配分を考えてか吹雪と少し距離を離されてしまっていた。





それを見送りながら天津風が準備を始める。



雪風「負けませんよ、天津風」


時津風「ごめんね、こっちには負けらんない理由があるから」


天津風「ええ。わかってるわ」



申し訳なさそうにする二人に天津風は笑顔で応えた。




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提督「すー…」



提督は本当に眠ってしまったのか寝息が聞こえている。



役員「おお、リードしていますな!」



中立的立場のはずの役員はすっかり九草側の応援をしている。



九草「ち…これだけハンデをもらって…なんてザマだ…」



しかし九草はそのリードに満足できず舌打ちをしていた。





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叢雲「ぜぇ…!ぜぇ…!ゆ、雪風ぇ!」


雪風「はいっ!!」



二人目のランナーの叢雲が雪風にタスキを繋ぐ。



親潮「天津風!」


天津風「ええ!」



その後、親潮が天津風にタスキを繋いだ。


そのリードは吹雪と叢雲が繋いだ時よりさらに大きくなっていた。





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雪風「と、時津風!」


時津風「おぉ!!」



3人目から4人目へのタスキを繋ぐ。



時津風は一瞬後ろの天津風を見る。


距離は大きく離されかなり余裕を持って走ることができそうだ。



雪風、時津風、天津風の性能に大きな差はない。



自分がしっかり走り切れれば勝てると時津風は自分に気合を入れた。





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沖波「ん…ん…」



天津風が2周目に入ると沖波が準備運動を始める。


風雲「改二改装したのね、おめでとう沖波」


沖波「ありがとうございます、と言ってもまだ改装したばかりで慣れないところもありますけど」



沖波が少し照れ臭そうに笑みを見せた。



風雲「手は抜かないからね、私達だって負けられないから」


沖波「はい」


風雲「…?」



涼し気に返答する沖波に風雲は妙な違和感を感じる。



全く気負う素振りを見せない沖波に少しだけ寒気を覚えた。






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役員「い、いよいよアンカーですな!」


九草「ええ…」



もうすぐ大金が手に入る。


そう思う役員は逸る気持ちを堪え切れない様子だった。



九草(さすがにこれだけ離せば…)



映像を見ると走る二人のリードは更に大きくなり、とても残り一人では逆転できないように見えたが…



祥鳳「…」


九草(ち…何だというのだこの落ち着き様は…)




何も言わず黙って画面を見ている祥鳳に九草は不気味なものを感じていた。





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時津風「風雲っ!!!」


風雲「はいっ!!」



タスキが時津風から風雲に繋がる。


風雲は勢いよく海上を走り出し、時津風は両膝に手を置きながら徐々にスピードを緩めた。




天津風「沖波っ!!」


沖波「こっちです!」




そのしばらく後に天津風から沖波へとタスキが繋がった。




天津風は沖波が走り出すのを見送りながらゆっくりと速度を緩めた。
















「ふざけんなよっ!!!」













天津風に対し大きな声で誰かが叫ぶ。



天津風「時津風…」


時津風「ぐ……ぜぇ!ぜぇっ!ぁ…天津風!!」



天津風に対し、時津風が息を乱したまま怒りに顔を歪めながら近づいてくる。



時津風「はぁ…!はぁ…!ど、どういうつもり…だ…よ!天津風ぇ!!」


天津風「…」


親潮「と、時津風…何を…」


時津風「親潮も!バカにすんなよ!!」



怒りを抑えきれない時津風に周りの艦娘達は何事かと注目を集めたり、間に入って止めようとする。



雪風「と、時津風…落ち着いて…」


吹雪「一体どうしたのですか…」



雪風は心配そうに時津風と親潮、天津風の間に入り、吹雪が何事だと聞き出す。




時津風「思いっきり手を抜いてさ…!何がやりたいんだよ!!」


叢雲「え…」


吹雪「手を…抜いた…?」


天津風「…」



時津風の指摘に天津風がバツの悪そうな顔をして沈黙する。



親潮「すみません、時津風」



助け船を出すように親潮がそれに答えた。




親潮「全て司令の指示です、手を抜くようにしたのも…」


時津風「な…」




親潮の視線は今、走っている二人に注がれる。






親潮「劣勢の状態で沖波さんに繋ぐのも…」







二人の距離はいつの間にか大きく縮まっていた







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風雲(なんで…なんでよ!?)









同じ夕雲型の改二なのに






一切速度を緩めずに5kmを全力疾走しているのに





白友提督を人質に取られ、負けるわけにはいかないというのに







風雲(どうして…!?)






風雲はあっという間に離していたリードを詰められ






風雲(え…)






横に並ばれたと思ったすぐに沖波に抜かされてしまった







一瞬見えた沖波の横顔






まるで別人のような厳しい顔つきだった








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役員「な、なんだあの速度は!?」


九草「ぐ…!」




勝利を確信していた役員の顔が一気に青ざめる。


九草は悔しそうに顔をしかめた。









祥鳳「提督、終わりましたよ」


提督「ん…」





祥鳳は勝利を確信して提督を揺り起こしていた。






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風雲「はぁ…!はぁ…!…うぐ…ぐ…」










結局風雲は大差をつけられてゴールを迎えた。





沖波「…」




全力疾走をして息も絶え絶えな風雲に対し、沖波は息ひとつ乱さず涼しい顔をしている。




風雲「おき…なみ…?」



両手を膝につけた風雲を沖波が見下ろす。



沖波「風雲姉さん…」



そしてどこか寂しそうな顔を見せた。




沖波「波の動き、風向きを見て必要最小限の動きをして…」


風雲「え…」


沖波「カーブに対しても力の入れどころを見極めて燃料とスタミナを温存し続ける」



風雲には沖波が何を言おうとしているのかわからない。



沖波「そうして少しでも決戦のための余力を残しておかないと…」




そこには風雲の知っている沖波はいなかった




沖波「私達は…あの柱島で生き残れなかったのですよ」


風雲「沖波…」


沖波「…」





沖波はそのまま風雲から離れ仲間達の方へと向かった。






親潮「お疲れ様です」


天津風「良い走りっぷりだったわよ」


沖波「ふふ、ありがとうございます」




親潮、天津風、沖波の3人は余裕の表情を見せながら演習場を離れて行った。




振り返りもせず離れて行く沖波の姿に、風雲は沖波との距離感だけでなく力の差をも感じ取っていた。






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【横須賀鎮守府 工廠】





九草「まったく…何てザマだ!情けない!」






演習を終えて艤装を外していると、リレーに出た艦娘達が九草に呼び出された。

吹雪、叢雲、雪風、時津風、風雲の5人が横並びに立たされている。



九草「あれだけリードしていたのに恥ずかしくないのか!?どうなんだ風雲!!」


風雲「すみません…」



そしてその矛先が風雲に向けられている。


司令部施設から見ていた九草には風雲が逆転を許したという風にしか映らなかったらしい。



時津風「やめろよ…!負けたのは全員が負けてたからだよ!」


雪風「そ、そうです…!雪風達の時は手を抜かれていました!」



風雲だけが責められることに耐え切れず時津風と雪風が声を上げる。



九草「だったらお前らまとめて連帯責任だ!全員明日まで独房に入ってろ!!」


時津風「な…!」


風雲「ちょ、ちょっと待ってよ!負けたのは私のせいなんだから!他の子は巻き込まないで!」


九草「黙れ!よくもこの俺を役員の前で恥を掻かせたな!?食事抜きで明日まで腹空かせて反省していろ!」


提督「そうだそうだ!お前らがヘナチョコなせいで恥を掻いたんだ!クソ提督に謝れ!」


九草「!?」


雪風「え!?」


時津風「し、しれー!?」


提督「このちんちくりんの雑魚共が!それでも改二駆逐艦か!?そんなことではいつまでも子供体形のままだぞ!!」


九草「…何をしているのですか?」


提督「説教」



いつの間にか提督がその場に混ざっている。



提督「撮ったかイムヤ」


イムヤ「ええ、バッチリよ」



その後ろではイムヤがスマホを構えている。



提督「いやー、クソ提督が自分の無能さを部下に責任転嫁しているところを撮影させてもらった」


九草「な…!?」


提督「可哀想な艦娘達…このことは大本営に報告させてもらおうか。穏健派筆頭のはずのクソ提督がこんな姿を晒しては…」


九草「ぐ…!な、何が望みですか…!」


提督「一回くらいの負けは許してやれよ、そっちがヘナチョコなんじゃなくてこっちが強すぎるだけなんだからよ。残り2戦あるんだ、そっちで挽回すりゃいいだろ?」


九草「…」


雪風「しれぇ…」



提督の意外過ぎる提案に九草が眉を顰める。



九草「どうしてあなたがそんなこと…元所属だった艦娘への情けのつもりですか?」


提督「情けって言うより情けないけどな」


時津風「な、なんだとー!!」


提督「俺はそっちの吹雪に少し貸しがあるんだよ」


吹雪「へ?私?」



名指しされた本人が一番驚いている。



提督「そんなわけでここは俺に免じて許してやってくれや、な?」


九草「…わかりました」



提督の提案に九草があっさりと引き下がりその場を離れて行った。









風雲「なによ…お礼なんか…」


提督「よお、沖波に負けたヘナチョコアンカー」


風雲「何ですってぇ!?」



提督の挑発に風雲があっさりと乗ってしまう。



叢雲「ちょっと!よしなさいよ風雲!一応助けてくれたんだから!」


提督「一応ってなんだ一応って」


吹雪「そうですよ!佐世保の提督さん!本当にありがとうございました!」


提督「ほらほら吹雪を見習え、土下座して感謝しろや」


風雲「うぐぐぐ!こんのぉーー!!」


叢雲「だぁぁ!あんたも挑発するんじゃないわよ!」



提督のあざ笑うかのような言い方に風雲は掴みかかりそうになる。

それをすり抜けるかのように提督は笑いながらその場を去っていった。





まるで以前と同じいつものやり取りに思えた。




雪風「時津風、良かっ…」


時津風「…」




しかし時津風は寂しそうな顔をしている。






時津風(なんで…)


雪風「時津風…?」





時津風(どうしてこっちを見てくれないんだよ…しれー…)






提督が時津風を視界に入れることが一度も無かったからだった。








提督との間にできてしまった壁のようなものに時津風は涙をこらえながら俯くしかなかった。










【横須賀鎮守府 工廠】





大鳳「それでは対空戦のメンバーですけど…」



横須賀鎮守府の空母機動部隊のリーダー的存在である大鳳が仕切り、これから行われる対空演習のメンバーを選ぼうとしている。



瑞鶴「向こうは二人で来るのよね、舐められたものね」


翔鶴「瑞鶴?油断してはダメよ?」


瑞鶴「わかってる。リレーでも5対3で負けちゃったわけだし…油断なんてしないわ」



瑞鶴の表情は良い感じに引き締まっていて頼もしさを感じさせる。

気負いは感じられない様で翔鶴がホッと息を吐いた。



隼鷹「向こうさんは何してくるかわかんねーからなー。前みたいに突貫してきたりして、あっはっは」


大鳳「ちょっと隼鷹さん?」



物々しい雰囲気を変えるべく隼鷹がおどけてみせて大鳳がそれを窘める。



葛城「十分考えられるわね、どうせ雲龍姉は狂気全面に出して襲い掛かって来るに決まってる」


天城「葛城…」


瑞鶴「あなた…自分の姉に対して…」


葛城「大鳳さん、私を演習に出して下さい」



葛城が険しい表情のまま演習への出撃を志願する。


彼女の中ではまだ雲龍のことを許すというのは割り切れない問題らしい。




大鳳「…わかりました」


翔鶴「大鳳さん?」


葛城「ありがとうございます!」


大鳳「…ですが対空戦ですよ?対艦戦ではありませんのでそこは勘違いしないで下さい」


葛城「う…すみません…」




次の演習は艦娘同士の戦いではなく艦載機を使った対空戦となる。


両チームの艦載機を全て撃ち落とした方が勝ちというルールだ。



大鳳「天城さんは?」


天城「私は遠慮します、外から雲龍姉と葛城の成長を見守らせていただきたいので。それに…」


翔鶴「…それに?」


天城「いえ…演習が終わったらお話します」


葛城「…?」



天城の申し訳なさそうな顔に葛城が眉を顰めた。



瑞鶴「そっか、それじゃあ私と…」


隼鷹「はいはいはい!前回の借りを返したいから出させてくれよ!」


大鳳「それでは瑞鶴さん、葛城さん、隼鷹さんの3人で対空戦に出場して下さい」


葛城「やってやるわ!見てなさいよ雲龍姉…!」


隼鷹「おーっし、景気づけに一杯やるかぁ!」


瑞鶴「…がんばりましょう」



やる気満々の二人に対し瑞鶴は少し自信無さげだった。









翔鶴「瑞鶴、どうしたの?」


瑞鶴「私達、ずっと演習をして大規模作戦をこなして戦果を上げたりしてきたけどさ…」



翔鶴と二人だけになったところで瑞鶴が暗い顔を見せる。




瑞鶴「なんか…勝てる気がしないのよね…今日の演習」


翔鶴「瑞鶴…」


瑞鶴「白友提督のために負けるわけにはいかないのはわかってる。でも、でもね…」



瑞鶴の表情は離れ離れになっている白友を想ってか、いつもの毅然とした態度ではなく弱々しい一人の女の顔になっていた。



瑞鶴「佐世保鎮守府のみんな…前に来た時と一緒でとっても楽しそうに見える」


翔鶴「…」


瑞鶴「正直…羨ましい…」




白友という大きな柱を失った瑞鶴の気弱な言葉を受け取りながら翔鶴は瑞鶴を優しく抱きしめ髪を撫でた。






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【横須賀鎮守府 演習場】






祥鳳「演習…久しぶりですね」


雲龍「ええ…柱島に行っていた間はずっと深海棲艦との艦載機ばかりだったものね」




演習開始までもう少し。


祥鳳と雲龍は先に出て準備運動をしていた。





雲龍「今でも悪夢にうなされることがあるわ…」




雲龍は遠い目で顔を上げながら呟く。



雲龍「沖波の考えた強化訓練をしている夢を…」


祥鳳「それ、すごくわかります…」




暑いわけでもないのに二人の顔に汗が浮かんでいた。





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瑞鶴「葛城、いい?絶対に先行しちゃダメだからね」


葛城「は、はい…!」


隼鷹「そんなに気負うなってーの、いつも通りやりゃ勝てるって」


葛城「いつも通りじゃダメよ!さっきのリレー見たでしょう!?」


隼鷹「お、おい…」


瑞鶴「葛城…」




先程出撃を志願した時より葛城の気負いが大きくなっている。


出撃させるべきでは無かったかと瑞鶴は演習前だというのに頭を悩ませた。




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【司令部施設】




沖波「失礼します」



艤装を外し終えた沖波が司令部施設にやってきた。



提督「よぉ先生、見事な走りっぷりだったな」


沖波「も、もう、先生はやめて下さい…!どうせ寝てたくせに…」


提督「バレたか、それよりもこれから生徒達が演習に出るぞ。もし負けるような事があったら一から叩き直してやれ」


沖波「負けるはずがありませんよ、あれだけ戦ってきたのですから」


提督「それもそうだな」



提督は司令部施設の椅子に深く腰を掛けて帽子で目を隠す。



提督「寝…」


沖波「寝たら祥鳳さんに言いつけますよ?ちゃんと見ててあげて下さい」


提督「わーったよ」



沖波に釘をさされ提督は大人しく司令部施設の画面を見た。








九草「…」




少し離れた所から九草がその二人の様子を見ていた。







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『演習開始』





葛城「全艦載機!発艦開始!!」



勢いよく葛城が艦載機を発艦させる、だが…



瑞鶴「葛城!速すぎる!!」


隼鷹「迂回するこっちにも合わせろっての!!」



葛城が正面を、瑞鶴と隼鷹で左右からという予定だったが、気負い過ぎた葛城の艦載機が先行してしまった。




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祥鳳「葛城さんの艦載機が来ましたね、私が正面から向かい撃ちましょう」


雲龍「それじゃあ私が左右から援護するわ」



二人は落ち着いた様子で葛城の迎撃を開始した。



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提督「あらら…俺から見ても葛城が突っ走ってんのがわかるぞ」


沖波「的にして下さいって言っているようなものですよね」


提督「うーわ、沖波さん口悪っ!」


沖波「司令官に言われたくないです!」



司令部施設から演習場の映像を見ながら二人は楽しそうに話している。






九草「ちっ…!せめて数機くらい落とせよ…!」




そんな二人を尻目に九草は舌打ちしながら見ていた。




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天城「葛城ったら…」



葛城の艦載機を見て天城が心配そうな顔で見ている。



先行してしまった葛城の艦載機が祥鳳と雲龍の見事な連携によって次々と撃墜されていく。



天城(キレイな陣形…前の演習を思い出しますね…)



雲龍が祥鳳の動きに合わせ完璧なフォローをしていた。


それが今の雲龍と祥鳳の深い関係を想像させて天城は嬉しく思ったが、葛城のこともあって心からは喜べなかった。




翔鶴「早く退かないと…!」


大鳳「全機撃墜されますよ!?」




翔鶴と大鳳が葛城に撤退して欲しいと声を上げた時…




天城「え…」



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葛城「っぐ…!」



葛城が自分の艦載機を一旦引き揚げさせようと思った時だった。




葛城「え!?なに…!?」




葛城の艦載機が残らず全て撃ち落とされてしまった。




瑞鶴「何よあれ!」


隼鷹「マジかよ…」




いつの間にか祥鳳と雲龍が葛城の艦載機を対空機銃で撃ち落としに掛かっていたのだった。




隼鷹「無茶苦茶だろ!?ありえねーって!」




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九草「な、なんだあれは…!」


役員「こんなのは反則…」


提督「反則か?」


役員「え?え?えっと…その…」



司令部施設にいる審判役の役員がパラパラと演習規定を読み直している。



提督「前例が無いだけで反則ではないだろう?くっくっく…」






通常、艦載機を操りながら同時に対空機銃で艦載機を撃ち落とすことなどできるはずがない。


艦載機を出している間、空母の艦娘達は想像以上の精神力を使って操っているからだ。

とても対空砲で狙いを定め撃つことなどできない。

下手をすれば自分の艦載機を誤って撃ってしまう可能性だってあるのだ。


それに対空機銃と対空電探を装着するということは自分の搭載数を削ることになるため数字上の不利を招くことになる。



沖波「うふふ、面喰ってますね。向こうの艦載機の動きが乱れています」




その様子を見て沖波のメガネがキラリと光った。




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瑞鶴「くっ…!各個撃破で来たか…!隼鷹!一対一で迎え撃つわよ!」


隼鷹「わ、わかってる…!けど上見りゃ良いのか下見りゃいいのか…!?」


瑞鶴「下への対処はできないわ!上空の艦載機だけを撃ち落とすことを考えて!」



そうは言うものの、想定外のことに二人とも艦載機の動きが乱れ、上手く陣形を作ることができない。





葛城「あ…ああ…」




立て直そう、冷静になろうとするが、その間に艦載機が次々と撃墜されていく。



祥鳳も雲龍も上空と対空の手を休めることなく撃ち続け…










『全機撃墜確認、佐世保鎮守府の勝利です』









時を必要とせずに3人の艦載機は全て撃墜されてしまった。





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祥鳳「お疲れ様でした、雲龍さん」


雲龍「お疲れ様…」



演習を終えて二人が一息吐く。


しかし演習に勝利したはずなのに雲龍は浮かない表情だった。



雲龍「正直…ガッカリしたわ…」


祥鳳「雲龍さん…」




何に対してガッカリしたのか。


祥鳳にはそれが痛いほどわかり彼女の背を優しく撫でるのだった。




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提督「…」


沖波「司令官?」



司令部施設で提督は自分の両耳を手で塞いでいる。



沖波「なにしてるのですか?」


提督「…?」



沖波に見られているのに気づきようやく提督が手を放す。



提督「いや…祥鳳がバカみたいにデカい声で叫ばないかと…」


沖波「ああ…それで…」



前回の合同演習で窓が割れそうになるほど祥鳳が歓喜の声を上げたことを思い出し提督は対策していたらしい。



沖波「ちゃんと勝ちましたよ、後で祥鳳さんを褒めてあげて下さいね」


提督「へいへい、わかってますよ」



沖波の声に提督が面倒くさそうに答えながら立ち上がる。



提督「持って来た金を仕舞っておいてくれ。あと、明日の艦隊戦の作戦準備も忘れるんじゃねーぞ」


沖波「はい」



提督は後のことを沖波に任せ、さっさと司令部施設を出て行った。






















沖波「…………んどくせーな…」







提督が去った後、残された沖波の小さく呟いた







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【横須賀鎮守府 工廠】





葛城「すみませんでした…」


瑞鶴「…」


隼鷹「あーあ、ったく…あれだけ先行されてちゃアタシらだってフォローに追いつけないだろ…」


葛城「はい…」



工廠に引き上げるとすぐに葛城が二人に対し頭を下げた。


隼鷹は頭を掻きながら呆れた溜息を吐き、瑞鶴は何も言わず俯いている。



瑞鶴「ごめんね隼鷹…」


葛城「え…」


隼鷹「は?なんで瑞鶴が謝るんだよ」


瑞鶴「気持ちが負けてたのよ…葛城だけじゃなく、私も…」


隼鷹「瑞鶴…」


瑞鶴「こんなんじゃ…負けて当然よね…」


葛城「瑞鶴先輩…」


隼鷹「お、おい…」



力無くうなだれる瑞鶴に葛城も隼鷹も掛ける言葉が見つからなかった。





雲龍「大丈夫?」


瑞鶴「え…」


葛城「雲龍姉…」



そこへ同じように演習場から引き揚げた雲龍がやって来た。



雲龍「艦載機の動きにも迷いが見られたわ。色々と抱えているようね」


瑞鶴「雲龍…」


雲龍「何か悩みがあるならいつでも聞くわよ。自分の仲間達には言い辛いことあるでしょうから」


瑞鶴「う、うん…ありがと…」



おおよそ雲龍らしくない優しい言葉に思わず瑞鶴は礼を言い、葛城が目を丸くしていた。





雲龍「葛城」


葛城「え…!」



しかし打って変わって葛城には冷たい目で見る。



雲龍「さっきのあれは何?どういうつもりなの?」


葛城「な、何が…」


雲龍「あなた、実戦でもあんなふざけた戦い方をするつもりなの?」


葛城「あ…ぅ…」



雲龍の厳しい指摘に葛城が言葉に詰まる。



葛城「さ、さっきのは…雲龍姉との…演習だったから…」


雲龍「演習のつもりで演習をしていたと?」


葛城「そ、それは…」


雲龍「…」



しどろもどろになる葛城に対し、雲龍が小さくため息を吐く。




雲龍「あなた、この2年間何をしてきたの?」


葛城「わ、私…」


雲龍「正直…ガッカリだったわ」


葛城「…」



雲龍の厳しい視線から葛城は逃れるように俯いてしまった。




そんな妹を呆れるような目で見た後、雲龍はその場を去ってしまった。






葛城「なによ…なによなによ…!だったら雲龍姉は何が変わったって言うのよっ!!」




雲龍が去った後、目に涙を溜めながら葛城が叫んだ。



祥鳳「葛城さん」


葛城「しょ、祥鳳さん…」



そこにすかさず祥鳳が現れる。



祥鳳「雲龍さんはあの柱島で変わりましたよ、以前のような狂気を全面に出す戦い方はもうすることはありません」



祥鳳は雲龍のフォローのために葛城に近づいたのだった。



祥鳳「今の雲龍さんは…自分のためだけでなく、仲間のために戦うことのできるとても頼りになる方なのですよ」


葛城「…」


祥鳳「だからこそ…今日の葛城さんの突っ走った戦い方が許せなかったのでしょうね…」




祥鳳の言葉を受け入れられたかはわからないが、葛城はそれ以上声を荒げることは無かった。






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【鎮守府内 談話室】




時津風「…」


雪風「しれぇに会いに行かなくてもいいのですか?」



午後から演習の無かった時津風と雪風は談話室で寛いでいた。


とはいえ時津風の表情は沈みがちでいつものような元気が見られない。



時津風「しれー…怒ってんのかな…」


雪風「はい?」


時津風「2年前…しれーの考えていることが理解できずに『大っ嫌い』なんて言っちゃったからさ…」


雪風「ああ、しれぇなら根に持っててもおかしくないですよね」


時津風「でしょー…」



雪風が肯定すると時津風が力無くテーブルに額をくっつけた。



雪風(よし…!)



そんな時津風を元気づけようと雪風が行動を起こす。



雪風「時津風!悪いことをしたと思っているのなら謝りましょう!」


時津風「へ?」



雪風の提案に時津風から間の抜けた返答をする。



雪風「きっとしれぇも許してくれます!待ってて下さい、今から連れてきますから!」


時津風「ま、待ってよ!どうせ会ってくれな…」


雪風「ドアをぶち壊してでも連れてきます!!」


時津風「こらーーー!!」




時津風が止める間もなく雪風は提督を連れてくるために走り出してしまった。
























提督「…で、本当にドアをぶっ壊して休憩中の俺を拉致したわけだ?」


雪風「はい!雪風は目的のためなら手段を選びません!」


提督「このクソ出っ歯…」


親潮「雪風、強引にも程がありますよ?」


雪風「はい!すみませんでした!」


提督「少しも悪びれないところは尊敬するぜ…」




雪風は勢い余って提督のドアを破壊し、部屋で寛いでいた提督を無理やり引っ張って談話室まで連れて来た。


途中、その光景を見て何事かと思った親潮が雪風を追い掛けて一緒についてきた。




提督「それで?俺をこんなところに連れ出してどうするんだよ?」


雪風「はい!時津風ーー!!」





雪風が大きな声で時津風を呼ぶと物陰からゆっくりと出てきた。




提督「…」




時津風を見ると提督が黙る。


その提督の態度に時津風が思わず下を向いてしまった。



雪風「時津風!言うなら今ですよ!」


親潮「言う?」


提督「…」


時津風「えっと…あの…」



雪風に強く促され、観念したかのように時津風がゆっくりと口を開いた。




時津風「し、しれーにさ、謝りたくって…」


提督「…」


時津風「そ、その…あの…柱島に行く前にさ…」



時津風らしくないまごついた口調で少しずつ言葉を絞り出す。


不安なのか自分の服の裾をギュッと握りしめていた。



時津風「ずっと前に…大嫌いなんて言って…ごめん…なさい…」


提督「…」


親潮「司令…」


提督「…」


雪風「…?」


提督「…」


時津風「…」



全く反応を示さない提督に時津風が恐る恐る顔を上げる。



時津風「あ…」


提督「…」


時津風「な、なにしてるんだよ…!」


提督「くくっ…」



提督は時津風に対して途中からスマホを構えていた。



提督「この映像は永久保存確定だな」


時津風「はぁ!?」


提督「うわはははは!少し無視したくらいでビビッて不様に頭を下げやがって!お前がこうするのをずっと待ってたんだよバーカバーカ!」


時津風「なんだとコラー!人が真剣に謝ったのに!!」


提督「あははははは!この映像を大本営ホームページにアップロードしてやる!」


時津風「ふざけんなこのやろーー!消せ!今すぐ消せーーー!!」



提督がスマホを構いだすと時津風が飛び掛かり腕に噛みついた。



提督「痛ててててっ!!放せこのクソ珍獣が!!」


時津風「ばかやろーーー!消すまで絶対に放さないからな!ガブッ!!」


親潮「ああ、時津風、落ち着いて…」


雪風「しれぇ!ちゃんと消さないと時津風は本当に放しませんよ!」




その後、親潮が時津風を離し、雪風がスマホを奪って動画を消すことでようやくその場が落ち着いた。



…かに思えた。





提督「うわああああああ!!足があああぁぁ!!!」


時津風「へ?ぎゃああああああああああああ!!しれーの足がああああ!?」


雪風「ああああああああああっ!足!足が取れてる!足、足あああ!!あしい!!」



提督はいきなり叫び出して自分の左足を見せる。


義足が取れてしまっていて事情を知らない時津風と雪風が悲鳴を上げた。




親潮「司令…義足で変な悪戯しないで下さい」


時津風「…え?」



外れた義足を親潮が拾って提督の足に装着した。




提督「わはははは!ビビったか?あはははははは!」


時津風「こ、こんなのビックリするに決まってんだろ!ふざけんなーーー!!!」


雪風「し、心臓が飛び出るかと思いました…」



雪風は呼吸を整えながら胸を押さえ、時津風が若干涙目になりながら再び提督に飛び掛かった。



提督「痛だだだだ!噛むなっつってんだろこのクソコアラ!!」


時津風「うるせーーー!このバカたれ!うんこたれが!!ガブガブ!!」



その後、しばらくの間は提督と時津風の騒がしいやり取りが続いた。



















時津風「まったく!なんなんだよあのバカ!謝って損したよ!!」


雪風「ぷ…くく…」



結局提督は時津風の噛みつき攻撃から逃れるようにどこかへ行ってしまった。



時津風「と、時津風!何で笑ってるんだよ!?」


雪風「あはははははは!!」


時津風「こ、こら!笑うなよぉ!もう!」



雪風にとっての久しぶりの大笑いに時津風はそれ以上追及することもできず、不満顔のまま自室へと戻っていった。





雪風(でも…本当に良かったです!)



時津風の顔は先程まで抱えていた暗い雰囲気など完全に払しょくされていた。






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【横須賀鎮守府 演習場】






陸奥「もう一セット、お願い!」


白雪「はい!」


初雪「ちょっと…待ってて…」




演習場では駆逐艦達の立てた的を陸奥が砲撃で当てる訓練をしている。




陸奥(こんなんじゃ…足りない!もっともっと…!!)




昼間、佐世保鎮守府の元仲間達の演習を見て陸奥は焦りを感じた。



陸奥は提督達と別れた後、何も変えられなかった自分を恥じひたすら演習や戦いに身を投じ自らを鍛え上げてきた。

それも柱島から仲間達が帰り、この演習が訪れる日を信じ、自分が鍛えられたことを披露したかったからだ。


しかし…今日の演習で駆逐艦の3人や空母の2人を見た時、想像以上の成長っぷりに焦りを感じてしまった。



陸奥(このままだと…また…!)



陸奥はプレッシャーから逃れるために自分を追い込む演習に打ち込んだ。









初雪「あ…」




演習の的出しを手伝っていた初雪が何かに気づく。


その方へ陸奥も視線を送ると…



提督「…」


陸奥(提督…)



入口の方に提督が来ていた。



陸奥(明日の演習に向けての偵察…?それとも…)



白雪「あ、あの…陸奥さん…」



手を止めて考えを巡らせていると白雪から『続けても良いのか?』という視線が送られてくる。



陸奥「ごめん!続けるわ!準備して!!」


白雪「は、はい!」


初雪「了解…」



気持ちを切り替えて陸奥が大きな声で続行を促す。




陸奥(今は関係無い!とにかく自分のためにやる!!)





その後、提督の視線を振り払うように陸奥は砲撃演習に没頭した。






















陸奥「はぁ…!はぁ…!白雪、初雪、ありがとね…」


白雪「お疲れ様でした陸奥さん」


初雪「これで…明日の合同演習も大丈夫…」



全ての的を撃ち尽くした陸奥が演習を終えて引き揚げる。




陸奥「…」




入口にいた提督はいつの間にかいなくなっていてその姿は無かった。



陸奥「あら…?」



しかし入口にある棚に缶コーヒーとメモが置かれている。

メモには『疲れには糖分』と素っ気無く書かれていた。


缶の冷たさから買ったばかりのものと思われる。



初雪「毒入り…?」


白雪「そ、そんなまさか…」


陸奥「あいつはそんなことしないわよ、遠慮なくいただきましょうか」



陸奥は提督の気遣いに嬉しくなってか、勢いよく缶を開けてグイっと中身を飲もうと…したのだが



陸奥「んぐ!?な、何これ!?甘っ!甘すぎ!!」



あまりの甘さに途中で飲むのをやめてしまう。



白雪「あ…それ…」


初雪「誰も飲まない超加糖のコーヒーだ…」


陸奥「あいつ…!味覚が全く変わってないわね…!祥鳳が心配するから控えろって言ってたのに!」



中身を捨てようと缶を下に向けようとしたがそれを思い留まる。



陸奥「部屋に帰って牛乳で薄めて飲むしかないか…」



提督の気遣いを無下にするわけにもいかず、陸奥は呆れながらそのまま缶を持ち帰るのだった。






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【横須賀鎮守府内 廊下】







祥鳳「みなさん会議室でお待ちです、早く行きましょう」


提督「ああ…」


祥鳳「…どうしたのですか?その腕」


提督「クソコアラに噛まれた」


祥鳳「まったくもう…」



明日の艦隊戦に備え、作戦会議のために祥鳳が艦娘達を集め提督を呼びに来ていた。


時津風に噛まれた腕には彼女の歯形がしっかりと残ってしまっていた。




九草「すみません、少しよろしいでしょうか?」


提督「なんだクソ提督」



そこへ九草が役員を連れて現れる。



九草「明日の演習のことでご相談が…」


提督「なんだ?手加減してくれってか?」


九草「まさか…実はスケジュールのことで…」


提督「あ?」




通常、合同演習の艦隊戦は午後4時から行い陽の沈む夜まで行われる。


昼間の砲雷撃戦と夜戦を行うためそのようなスケジュールとなっていることが多い。



役員「実は…午後からどうしても大本営に行かなければならなくなって…」


九草「それで艦隊戦を午前に行って欲しいとお願いに伺いました」


提督「ふーん…」



そうなると砲雷撃戦のみで終了となり夜戦は行えなくなる。



提督「やれやれ…編成から組み直しだな」


九草「…では?」


提督「わかったよ、仕方ねえな」


九草「ありがとうございます」



礼を言いながら九草は頭を下げる。


そのつり上がった口角は提督に見えないよう隠されていた。



提督「くくく…それで勝算があると思ったのか?めでたい奴らだな」


九草「…」



提督はまるで動じずに不敵な笑みを浮かべながらその場を去っていった。




役員「く、九草提督…」


九草「手はこれだけではありませんよ、見てて下さい」



不安になっている役員に九草は顔をしかめながら答えていた。





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【横須賀鎮守府内 廊下】





天龍「よお」


提督「…」


祥鳳「…」




会議室に向かう途中、天龍が待ちかねたように声を掛けてきた。




天龍「やっと時津風と仲直りできたようだな?」


提督「…」


天龍「そんな顔すんなよ、俺だってずっと心配してたんだぜ?ちゃんと帰ってくるのか、帰ってきても仲直りできるのかって。上手くいったようでなによりだ」



天龍は格好つけているのか、また腕を組んで壁にもたれ目を閉じた。



天龍「知ってるか?今の俺はこの鎮守府でトップレベルの対潜性能なんだぜ?対空だけじゃなくて対潜も可能な頼れる軽巡だ、どんな任務もこなして見せるぞ?」



自慢げに天龍が笑みを浮かべる。



天龍「イクもゴーヤも俺が鍛えてやったんだ。おかげであいつらも…」










…その後、天龍の話はしばらく続いた。






天龍「…お前もこうして無事帰ってきたことだし、あいつらとも仲直りできそうだからまた一緒に…」


阿武隈「天龍さん」


天龍「なんだよ、今話をしてるんだ、邪魔しないでくれ」


阿武隈「誰とですか?」


天龍「え…」




天龍が目を開けると提督と祥鳳はまたいなくなっていた。




天龍「…」


阿武隈「天龍さん?」


天龍「あ、あいつらぁぁーー!」


阿武隈「うわぁ!?いきなりなんですか!?」



話を無視され、置き去りにされた天龍が嘆きの声を上げる。



天龍「もう知るもんか!絶対戻って来てやらねえからなぁ!ちきしょぉぉぉ!」





若干涙目になりながら叫ぶ天龍の大声が鎮守府の廊下に木霊していた。







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【翌日 横須賀鎮守府 司令部施設】




艦隊戦は別々の司令部施設を使い、相手がどんな指示をしているのかわからないように部屋を分けられる。


どのような編成で来るのか、どんな作戦で来るのか読み合いとなるため、艦娘だけでなく指示する提督の力量も試される。




役員「メンバー表を…」


提督「ほれ」



佐世保鎮守府のメンバー確認のため、審判役の役員がメンバー表を取りに来る。


メンバー表を見た役員の表情が驚きに変わる。



役員「あれ…約束では佐世保鎮守府の艦娘は確かハンデで数を…」


提督「おい」


役員「え…ひぃ!?」




提督は懐から銃を取り出して役員に向ける。



提督「まさかこっちのメンバーをクソ提督に漏らしたりしないだろうな?」


役員「そ、そんなこと!絶対にしません!!」


提督「だったらこのメンバーでも問題無いだろ?どうなんだ?あ?」


役員「は、はひ!問題ありません!失礼しましたぁ!!」



役員は提督の脅しに怯え、司令部施設から逃げ出してしまった。



提督「ふ、あはははは、これだからバカ役員を脅すのはやめられん」


祥鳳「提督、程々にして下さいね」



楽しそうに笑う提督を祥鳳が苦笑いで注意していた。




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九草「以上が演習に出るメンバーだ」



九草は艦娘達を集め出撃するメンバーを発表した。



熊野を旗艦に長門、金剛、比叡、五十鈴、阿武隈の6人だった。



長門「く…」


陸奥「…」


翔鶴「なぜ陸奥さんを…」




艦娘達から疑問の声が投げかけられる。


陸奥は現艦隊の中で長門と肩を並べる実力者だ。


出撃でも演習でもずっと二人同時に出撃していたのだが…



九草「元佐世保鎮守府の奴らが足を引っ張るからだろうが!昨日の葛城みたいにな!」


葛城「…!」


天城「葛城…!」



九草の指摘に睨む葛城を天城がやめさせる。



九草「こっちはもう後が無いんだ!これ以上無様な結果を曝したら許さんぞ!いいな!!」



九草はまともに話をするつもりは無いようでさっさと司令部施設の方へと行ってしまった。




長門「陸奥…」


白雪「この日のためにずっとやってきたのに…」


初雪「陸奥さん…」


陸奥「仕方ないわよ…頑張ってね、みんな」


熊野「そうですわね…」


金剛「下を見てても仕方ないネー!」


比叡「相手は4人で来るらしいです、それでも気を抜かないように気合入れていきましょう!」



寂しそうに笑みを見せる陸奥に仲間達は何とか勝とうと気持ちを切り替えるしかなかった。





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九草が司令部施設に来ると部下が報告のために近づいてきた。




部下1「準備は整っています」


部下2「中の音声はハッキリと…」


九草「ふん、これで奴らの動きは筒抜けだな…」




九草はほくそ笑んで司令部施設の椅子に座った。




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【演習場】





九草『おい、わかっているな。奴らは必ず魚雷で旗艦を狙ってくる、相手を引き付けるんだ』


長門「了解…」


金剛「はーい…」


比叡「はい…」



九草の作戦は長門や金剛、比叡が旗艦に見えるようカモフラージュしながら戦うというものだった。


本当の旗艦は熊野で、それを庇いながら戦うという作戦だ。




熊野「みなさん、どうかよろしくお願いします。制空面は私にお任せ下さい」


五十鈴「阿武隈、すぐに相手の潜水艦を退けるわよ!」


阿武隈「はい!」



先日の航空戦を見てか、九草は空母を出さず必要最低限の制空確保に動いた。

正規空母達がいくら艦攻艦爆を飛ばしても全て撃ち落とされる可能性があるからだった。




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提督「イムヤ、もっと潜れ、深く、深くだ…」




提督は通信を使ってイムヤに指示を送っている。




提督「他の奴らは回避しながら引きつけろ、接近した奴を一人ずつタコ殴りにしてやれ」




そして海上の艦娘達にそう指示していた。




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衣笠「本当に大丈夫かな?相手に制空明け渡しちゃって」


大井「ま、あいつが大丈夫って言うなら大丈夫じゃないの?」


霧島「この作戦…正直フラストレーションが溜まります…」


大井「ちゃんと穴埋めするって言ってたからそっちに期待しなさいよ」





海上には3人しかおらず余裕の表情で開始を待っていた。






大井「さて、甲標的の準備をしなくちゃね」





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九草「やはり潜水艦を混ぜてきたか…」



提督の通信を聞いて九草がそう確認した。



提督の居る司令部施設の声が九草に筒抜けになってしまっていて編成と作戦がしっかりと把握されてしまっている。




九草「五十鈴!阿武隈!敵潜水艦は最大深度で攻めてくるぞ!逃すなよ!!」



ある程度その状況は想定していたのか、五十鈴と阿武隈に対潜装備のみを積ませ潜水艦への対応を可能としていた。






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『演習開始っ!』






熊野「さあ!参りますわよ!」



熊野が仲間達の制空確保のために勢いよく艦載機を飛ばした。




五十鈴「阿武隈は後方!私は前方を探るわ!」


阿武隈「五十鈴姉!気を付けて!」




五十鈴と阿武隈がソナーを使って潜水艦を探す。




長門「む…まずい!五十鈴!まだ出るな!」


五十鈴「え…」




前に出ようとした五十鈴を長門が庇うように立ちはだかる。




長門「ぐっ!!?」


金剛「長門っ!!」


比叡「長門さん!!」



長門はいつの間にか接近していた甲標的魚雷を浴びてしまった。




長門「まだ大丈夫だ…」







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『戦艦長門、中破』





放送で長門が中破したことが伝えられる。




大井「あら…やっぱり硬いわね」





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九草『熊野を庇おうとし過ぎるなよ!旗艦がバレる!対潜水艦処理を終えるまで全員接近するな!狙い撃ちにされるぞ!』


熊野「ええ…」


長門「了解…」



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提督「まだだ…もっと深く潜れ…」





提督は通信機の前で指示を送っている。




提督「恐らく旗艦をカムフラージュしてくるはずだ、しっかりと狙いを定めろ」






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九草「…くっ!」



提督の通信内容を聞いて九草に焦りの色が見えてくる。



九草「おい!まだ潜水艦は見つからないのか!?」


五十鈴『さっきから探してるけど見つからないのよ!』


阿武隈『ソナーに全く反応ありません!』


九草「相手は予想外の範囲に潜んでいるはずだ!グズグズしてないでとっとと引きずり出してやれ!」





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陸奥「…」



陸奥は観覧席でその様子をジッと見ている。



榛名「動き、ありませんね…」


陸奥「ええ…」



双眼鏡を使い霧島達の様子を見るが砲撃をしようとする動きが見られなかった。




陸奥「何を狙っているの…?」


鳥海「皆さん、やり辛いでしょうね…」



全く動かない霧島達に観覧席の陸奥達は言いようのない不気味さを感じていた。





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提督「いいな、イムヤの魚雷が命中したらそれを合図に全員突貫しろ。相手は一人でも撤退すればまとまりが無くなる。そのタイミングを逃すなよ」



提督の指示通り海上の3人は動かずにジッとしている。


提督も霧島も大井も衣笠も気負うことなく静かな表情だった。






九草「まだ潜水艦は見つからないのか!?」



対して通信を聞くたびに九草の焦りが高まっていく。




牽制のために長門や金剛が砲撃をするがいとも簡単に回避され、状況は膠着状態のまま…















時間だけが過ぎていった…












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吹雪「あれ…?」


白雪「どうしたの?」


吹雪「佐世保鎮守府の皆さん、見に来ていないですね」


深雪「さっき町の方へと出て行ったのを見たぞ」


磯波「5人とも楽しそうにしてました…羨ましいです」


吹雪「えー…」




自分達の艦隊の応援にも来ずに遊びに行ったらしい。


それは勝利の確信か、チームワークが無いのか、結論の出しようが無い疑問符が残ってしまった。




白雪「あれ…?」


初雪「どうしたの?」


白雪「今、5人…って言ったよね?」


磯波「は、はい…」



白雪が両手を使って数える。



白雪「佐世保鎮守府の皆さんって…艦娘は9人でしたよね…」


吹雪「あれ?今3人しか海上に見えないよね?」


初雪「1人は潜水してるんじゃない…?」


吹雪「あ、そっか。これで9人…」


白雪「ち、違う…!」


深雪「え?」




白雪が口元を震わせながら否定した。




白雪「佐世保の提督さんの傍に秘書艦の祥鳳さんがいました…!」


深雪「え!?」


磯波「それじゃあ…」




全員の視線が海上に注がれる。




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【横須賀鎮守府 近郊の町】






雲龍「間宮へのお土産は…これでいいかしら?」


親潮「美味しそう!あ、こちらもどうですか?」


天津風「あら、いいわね。まとめて買っちゃいましょうよ。沖波、それは?」


沖波「これは大淀さんに送ろうかなって」


親潮「ふふ、沖波さんは大淀さんと一緒にいる時間多かったですものね」



佐世保の艦娘達は町にあるデパートで買い物を満喫していた。




雲龍「さて…そろそろ演習は終わったかしら?」


天津風「そうね、帰りましょうか。あれ?」



誰かを探して天津風が店内を見回す。



イムヤ「ごめーーーん、遅れた?」


沖波「大丈夫ですよ、良いのは見つかりましたか?」


イムヤ「ええ。最新型のスマホを買ってきたわ」


親潮「良かったですね、それでは鎮守府に戻りましょうか」






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【佐世保鎮守府 司令部施設】






『時間です…演習終了』





九草「な…!?」




『佐世保鎮守府の…戦略的勝利です…』




結局九草の艦隊は何もすることはできず



ただ少しのダメージだけを受けて敗北をしてしまった…








提督『あはははははは!』


九草「っ!?」




急な提督の高笑いに九草も部下達もギョっとする。




提督『いやー、うっかり通信機の電源を入れるのを忘れてたよ、あはははは!よく勝ったなあいつら!』


九草「なんだと…!?」



その事実に九草の顔が歪む。


提督は指示をしたつもりが全く指示をしていなかったらしい。




提督『まったく、ハンデを増やしてイムヤを外したってのに、そのこともすっかり忘れてたぞ。まさか3人で勝てるとはな、あはははは!』


九草「ぐ…!そんな…!」





そして最初からイムヤを外しての演習に挑んでいたのだった。





九草「ちくしょぉぉぉっ!!」


部下1「うわっ!?」



九草は怒りに身を任せて椅子を蹴り飛ばす。


蹴られた椅子がそのまま部下の足に当たった。




九草「おい!盗聴がバレたんじゃないのか!?」


部下1「い、いえ…そんな様子はまったく…」


九草「それじゃあなんだ!?お前らがあいつに情報を横流ししたのか!?」


部下2「そんなこと…!我々はずっとあなたの傍にいたじゃありませんか…!」


九草「口答えするなぁ!!」


部下2「うぐっ!?」



九草の蹴りが部下の腹にめり込む。


苦しさから部下は床に膝をついた。




九草「おい!」


役員『な、なんでしょう…』



九草は通信機を使って審判役の役員に話し掛ける。



九草「どうして突然のメンバー変更を受け入れたんだ!!4隻で挑む話だっただろうがぁ!なんでそのことを伝えなかったんだ!!」


役員『い、いえ、あの、その…佐世保の提督に銃で脅されまして…』


九草「あぁ!?」


役員『し、しかし、人数を増やすならともかく、減らすのなら圧倒的優位になるかと思ったので!』


九草「くそ…!ふざけやがって…!」


役員『そ、それは…こっちのセリフだ!こんなハンデをもらって負けるなんて誰が思うか!今後の付き合いは考え直させてもらうぞ!』




九草の悪態に役員が逆切れをして通信は切られてしまった。




九草「クソッタレがぁ!!」




九草はその後、怒りが収まるまで司令部施設の設備を壊し続けた。



部下達はそれを止めることなくさっさと退室してしまった。







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陸奥「やられたわね…」


榛名「はい…」


鳥海「見事にしてやられましたね」



観覧席から見ていた3人は浅いため息を吐きながら引き揚げる艦隊を見ていた。




鳥海「この後、九草提督から罰を受けること考えるとを憂鬱ですけど…」


陸奥「…?」



鳥海は俯きながらも苦笑いを見せる。



鳥海「この3戦、佐世保鎮守府にコテンパンにやられて…九草提督にざまあみろって、思っちゃってます」


榛名「あはは…その気持ち、わかります…」


陸奥「そうね、うふふ」




慌てふためく九草の様子を想像しながら3人は笑顔を見せ合うのだった。








【横須賀鎮守府内 工廠】





九草「まったく…何てザマだ!」




工廠には横須賀鎮守府の艦娘全員が集められていた。




九草「3戦全敗だぞ!この責任はどうするつもりだ!?ええ!?長門っ!!」


長門「面目ない…全責任は私にある、だから…」


九草「はっ!それで庇えるつもりか!?お前らの連帯責任は免れんぞ!」


長門「それは…!頼む…やめて…くれ…やめて…ください…!」



長門は悔しそうにしながらも九草に連帯責任にならないよう頭を下げる。


周りの艦娘達は申し訳なさそうにしたり、唇を噛み締めながら俯いている。




九草は艦娘達が自分の思い通りの戦果を上げられない時はこうしていびることがある。


しかし今回はいつもより九草にも余裕が見えずどのような制裁があるのか見当もつかなかった。



金剛(ナガト…)


深雪(ちきしょう…長門さんばっかり…)


吹雪(長門さん…)


叢雲(私達のせいで…)



九草は艦娘達のリーダー的存在である長門を言いたい放題言って屈服させることで優越感と共に艦娘達を押さえつけていたのだった。


艦娘達は言い返そうにも遠い地で帰る日を待っている白友提督のことを考えると発言することなどできなかった。





しかしそんな中…




葛城「…いい加減にしなさいよっ!!」


九草「なにぃ!?」


長門「か、葛城…よせ!」




葛城が我慢できずに言い返してしまう。

いつもならば我慢できたのかもしれないが、雲龍とのこともあって沸点が低くなっていて堪え切れなかった。



葛城「私が対空戦であんなことしなければ良かったんでしょう!?文句があるなら私に言いなさいよ!」


瑞鶴「葛城!よしなさい!!」


葛城「いつもいつも艦娘のせいばっかりにして!恥ずかしくないの!?」


九草「お前…!」



ギリギリと歯を食いしばりながら顔をしかめた九草が葛城に近づく。



葛城「なによ!殴るなら好きにしなさいよ!解体したければすればいいじゃない!!」



凄んで近づいても葛城の勢いは止まることなく九草に対して声を荒げてしまっている。


止めようと周りの艦娘が葛城を掴むが彼女は止まりそうになかった。





葛城「きゃああぁ!?」




バチィィィンッ!と高い音が工廠に響き渡る。




葛城「っぐ…!ぁ…」



九草「っ!?」



天城「…」




葛城の頬を天城が思いっきり叩いた音だった。


威力は半端なものではなく、葛城は後方に勢いよく倒れ、何度も工廠の床に叩きつけられた。



瑞鶴「あ、天城…!?なんてことを…!」


翔鶴「瑞鶴、待って」



天城に詰め寄ろうとする瑞鶴を翔鶴が制す。





天城「申し訳ありませんでした九草提督。葛城には私から言い聞かせますので、どうかお許し下さい…」






天城は床に両膝を着いて九草に対し頭を下げた。


まるで土下座するような姿になり、周りの空気が変わる。



天城は身体を張って葛城を、そして他の仲間達を護ろうとしたのだが…




九草「それで庇ってるつもりか!?ああ!?葛城の無礼は絶対に許さんぞ!」


天城「…」


九草「お前らもだ!このことは今後の白友への対応にも影響させてもらうからな!」


長門「な…!?」


鳥海「やめて下さい…!」


吹雪「司令官は関係無いじゃないですか!」


九草「黙れ!お前らが不甲斐ないせいで俺は恥をかかされたんだ…!これが…」




このままでは九草の収まりがつかずどうすれば良いのかと艦娘達が焦りだした。




そこへ…









大井「ふん、作戦が悪いのよ」





工廠に艤装を外しに来た大井が口を挿む。



九草「なんだと…!おい!今何て…」


大井「作戦が悪いって言ったのよ、耳まで悪いのかしら?」


霧島「司令の作戦に振り回されっぱなしだったのに…責任転嫁も良いところですね」


九草「ああ!?なんだお前ら!」



同じく工廠にやって来た霧島も九草を責める。



大井「ずっと潜水艦が潜んでいると勘違いして目の前の3隻にすら砲撃してこない。どれだけ自分が消極的な作戦を執ったのか理解できてないの?」


九草「キサマ…!」


大井「自分の無能っぷりを自覚して反省することね」



大井は言いたい放題言ってその場を離れた。



九草「おい!待ちやがれ!こんな侮辱をして許されると…」


提督「まあまあ許してやれよ、大井にお前の無能っぷりを指摘してやれって言ったのは俺なんだからさ。あはははは!」


九草「ぐ…!また…」


風雲「あ…」


時津風「しれー…」



そこへ提督が祥鳳を連れて現れ、大井を追い掛けようとした九草を阻む。



提督「部下のせいにすんなって言っただろ?さっきの艦隊戦は明らかにお前のミスだろうが」


九草「あ、あなたには関係ない!これはこちらの鎮守府の…」


提督「関係無いとは言えないんだよ、そいつらの一部は元は俺の所に居たんだからな」



提督の視線が時津風達と倒れている葛城に注がれる。




提督「ここは俺に免じて許してやってくれないか?」


九草「いいえ!二度もそういうわけにはいきませんね!こいつらにはこの演習での不甲斐ない結果の罰を受けて頂きます!」


提督「わーってるよ、何もタダで許せとは言わんさ」



訝しげに見る九草に対し、提督が自分の頬を指差す。



提督「そいつらの制裁を俺が肩代わりする」


九草「は…?」


祥鳳「提督?」


雪風「しれぇ!何を…」


天龍「な、なんで!?」



驚く元佐世保鎮守府の艦娘達の声を受けながらも提督は軽く笑ってみせた。



提督「俺を一発殴らせてやる、それでどうだ?お前の気も済むんじゃないか?」


九草「…」



提督の提案に九草が何事かと思案する。



提督「ほら、遠慮なく」


九草「…」



自分の顔を差し出す提督に九草が周りに視線を送る。



九草「…そういうことですか」


提督「何が?」


九草「おい!何を撮っている!!」



九草が提督の後方へ大声を上げる。



衣笠「し、しまったー!」



スマホを構えていた衣笠がその場をそそくさと逃げてしまった。




九草「私があなたを殴るところを撮影して大本営に『演習の腹いせで殴られた』とでも報告するつもりでしたか?」


提督「ちっ、バレたか…」



提督は残念そうな顔をして頭を掻いた。



九草「しかしせっかくの申し出を断るわけにもいきません、ぜひ殴らせていただきます」


提督「え?」


九草「あなたが自分でそう言ったのですかね、くっくっく…」



九草はポケットからボイスレコーダーを取り出した。



提督「用意周到なことで…」


九草「すみません、慎重なもので。おい!」



九草が部下に声を掛ける。



九草「そういうわけだ、遠慮なく一発殴らせてもらえ」


部下1「え…」


提督「ちょっと待てコラ、お前がやるんじゃないのか?そいつは…」



部下は九草に比べ体格が大きく力も強そうだった。



九草「やれ、遠慮するな」


部下1「すみません…」


提督「しゃーねえな…やれよ」



提督は覚悟を決め、目を閉じて顔を差し出した。




時津風「よ、よしなよぉ!」


雪風「しれぇ!」


風雲「なんで…」


天龍「お、おい!バカなことすんなよ!」




目を閉じている提督に対し




提督「うぐっ…!カハッ…!ぐ…!」


祥鳳「提督…!」


時津風「しれーー!!」




部下は拳を腹部にめり込ませた。


その威力に提督は堪え切れずに両膝を着いて苦しそうにしている。



九草「おい、どうして顔面を殴らなかった?」


部下1「あの…顔を殴って痕が残ると面倒になるかと思いまして…」


九草「ふん…」



九草はつまらなそうな顔をしながら工廠を離れて行った。




















部下2「危なかったですね、あんなところ撮影されては…」


九草「まったく…あいつが何を意図してやったかもわからないのか?」


部下2「え?」



九草はつまらなそうな顔から歪んだ笑みを見せる。



九草「あいつにも弱点はあるんだな…ふふ…くくく…」












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提督「ぐ…!うぅ…」


祥鳳「提督、医務室へ行きましょう。あなた、手を貸してくれますか?」


部下1「え?なぜ私が…」


祥鳳「早く!手を貸して!」


部下1「あ、ああ…」



祥鳳は近くにいた部下に声を掛けて二人で提督に肩を貸しながら医務室の方へと歩いて行った。




時津風「しれー…また助けてくれたのかな…」


雪風「そうです!しれぇに助けられました!」


叢雲「また借りを作っちゃったわね…」



駆逐艦達が嬉しそうに声を上げている中、悔しそうに顔を伏せている者もいる。




葛城「なんなのよ…今になって…雲龍姉も、提督も…」



葛城は複雑そうな顔を上げることはできなかった。




天城「葛城、さっきのあれは何のつもり?」


葛城「え…」




そんな葛城に対し、天城が冷たく追い討ちを掛ける。




天城「この横須賀鎮守府の皆さんが必死で我慢してきたことをあなた一人で台無しにするつもりだったの?」


葛城「あ…」



ようやくそのことを理解できたのか、葛城の顔から血の気が失せる。


横須賀鎮守府の艦娘達は白友が戻ることを信じて九草の悪政に耐えてきた。


葛城は一時の感情でそれを台無しにしようとしていたことにようやく気付く。



天城「おまけに解体したいならしろって?あなた、雲龍姉様が何て言ったかもう忘れたの?」


葛城「雲龍姉が…?なによ…」


天城「…」


葛城「ひっ…」




天城は見たことも無いような怒りの表情で葛城を見下ろす。


その雰囲気に近くにいる瑞鶴も葛城を庇うことができなかった。



天城「雲龍姉は『生きていてくれてありがとう』って言ったのよ、それなのにあなたは簡単に解体しろだなんて…!ふざけるのもいい加減にしなさいよ!」


葛城「ひぅ…!ご、ごめんなさい…ぐす…」



叱り飛ばす天城に葛城が身を竦めながら泣き始めてしまう。


真剣に葛城を叱る天城を周りの艦娘達は見ていることしかできなかった。





天城「しっかりしてよね、私はもう…傍にはいられないんだから」


葛城「え…」




天城の言葉に葛城が涙に濡れた顔を上げる。




天城「みなさん…」



天城は艦娘達に対し頭を下げる。



天城「この2年間、本当にありがとうございました。私は佐世保鎮守府へと異動することになりましたので…ここでお別れです」


葛城「な…!」


天龍「ど、どういうことだよ!」



天城の突然の異動に艦娘達が驚きに包まれる。



イク「…」


ゴーヤ「…」



そんな中、イクとゴーヤは顔を見合わせて頷き合った。



イク「イクも異動することになったのね」


ゴーヤ「みんな暖かく迎えてくれて嬉しかったでち、本当にお世話になりました」



二人も全員の前に立ち深々と頭を下げた。



時津風「な、なんで…」


風雲「どうして異動なんて…」


イク「自分からお願いしたのね、またてーとくのところで働かせて欲しいって」


ゴーヤ「今回の演習が終わったら来て良いっててーとくが言ってくれたでち」


葛城「な、なんでよ…!どうしてあいつの所に…!だって…」


イク「葛城…」



戸惑いながら信じられないという顔をする葛城にイクが少し寂しそうな顔をする。



イク「葛城がハチのことを想っててーとくに真剣に怒ってくれたこと、嬉しかったのね…」


葛城「え…」


イク「でもね…」



寂しそうな顔をしながらもイクは前を向いていた。



イク「イムヤもイクもゴーヤも、もう前を向いて歩いているのね。葛城も…これ以上引きずらないで欲しいのね」


葛城「イク…」


ゴーヤ「ハチも…きっとそう思ってるでち…」








天城、イク、ゴーヤの3名はその後改めて横須賀鎮守府の艦娘達に礼を言ってその場を離れて行った。







葛城はこれ以上何も言えず、俯いて泣いていた。



怒りでも悲しみでもなく、自分への情けなさと恥ずかしさで泣いていた。






その涙は大きく遅れながらも、葛城が前を向いて歩き始めるきっかけとなったのだった…
















瑞鶴「隼鷹、少し葛城をお願いね」


隼鷹「え?ああ、いいけど…」


瑞鶴「ちょっと行くところがあるから…」





しばらくして瑞鶴は立ち上がりどこかへ走って行き、その後ろを翔鶴が追いかけて行った。
















時津風「…」


雪風「時津風…」


時津風「…」


雪風「…」




寂しそうに俯く時津風に雪風は何て声を掛けたら良いかと思うことしかできなかった。




雪風(しれぇと…一緒に行きたかったのですよね…)




時津風の気持ちを察し、雪風は背中を優しく撫でていた。





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【港 大型船前】




演習を終えた佐世保鎮守府の艦娘達は港に泊めてある大型船へ向かっていた。


提督からは集合時間だけを伝えられ、それまでは各自自由行動となっていた。




沖波「短い時間でしたが…風雲姉さんの元気な顔が見れて良かったです」


風雲「沖波も…ね」




風雲は別れを言いに港まで沖波を見送りに来た。



風雲「ね、ねえ沖波?」


沖波「はい?」



しかし別れる前、風雲はどうしても心配事を片付けておきたかった。




風雲「あの人は…提督はどうなの?みんなを…沖波を大切に想っていてくれているの?」


沖波「変わりませんよ」


風雲「え?」



あっさりと返答する沖波に風雲は意外そうな顔をする。



沖波「相変わらず艦娘を出世の道具としか思ってません、私も皆さんもあの人にとってはただの使い捨ての駒に過ぎませんよ」


風雲「お、沖波…」



沖波の言葉に風雲が耳を疑う。


しかし沖波が表情を崩さないためそれが嘘には到底思えなかった。



風雲「だったらなんであんな人に…」


沖波「どうしてでしょうね?」


風雲「ちょっと…ちゃんと質問に…」


沖波「あんな奴…殺しても殺したりないと思っているのですけどね」


風雲「え…」



笑顔でそう答える沖波に風雲は絶句する。




何の曇りもないその笑顔に



風雲は沖波が遠い存在なのだと思わされてしまった






沖波「風雲姉さん、またお会いしましょう」


風雲「…」




笑顔で手を振る沖波に、風雲は小さく手を振ることしかできなかった…






















瑞鶴「雲龍っ!」


雲龍「…?」



同じく佐世保鎮守府の雲龍達が大型船へと戻ろうとしていた。


そこへ瑞鶴が翔鶴と共に走って来て雲龍に声を掛ける。



瑞鶴「お願いがあるの…!」


雲龍「何?」



息を整えながら瑞鶴が雲龍をしっかりと見る。





瑞鶴「あの人のところに連れて行って…!」





【大型船内 司令部施設】






雲龍「…ということで連れて来たわ」



雲龍が翔鶴と瑞鶴を連れて司令部施設に入ってきた。



翔鶴「失礼します」


瑞鶴「急に…その、ごめんなさい…」


提督「…へぇ、こいつは珍しいお客さんだ」


雲龍「話、聞いてあげてね。失礼するわ」



提督は意外そうな顔をしながら二人を快く司令部施設へと招き入れた。

気を遣ってか入れ替わるように雲龍は司令部施設を出て行った。



祥鳳「お茶を…」


沖波「あ、はい、準備しますね」


瑞鶴「気を遣わないで、要件はすぐに済むから」


沖波「わ、わかりました…」



客人をもてなそうとする二人を止めてから瑞鶴が提督に視線を向けた。




瑞鶴「お願いします…!」




そして提督に対し、深々と頭を下げた。



瑞鶴「どうか…白友提督が戻って来られるよう力を貸して下さい!」


提督「…」


翔鶴「あなたしか頼る他無いのです…どうか…!」



翔鶴も同じように提督に頭を下げる。



そんな二人を見て提督は浅いため息を吐いた。



提督「あいつなあ…正直あんな間抜けな奴だとは思わなかった」


瑞鶴「な…」


提督「だってそうだろ?無関係の鎮守府の艦娘を助けるために不正を認めて大湊に異動になったんだろ?あんな奴が同期で正直恥ずかしいやら情けないやら…」


瑞鶴「バカに…バカにしないでよ!だったらあなたは同じ状況で艦娘を見殺しにするっていうの!?」


提督「…」


瑞鶴「…!?」



提督の睨みに瑞鶴が怯む。


まるで人の心を感じさせないような視線で瑞鶴に悪寒が走った。



提督「俺なら見殺しにするに決まってんだろ。そんな奴ら助けても何のメリットも無いだろうからな」


瑞鶴「え…」


翔鶴「そんな…」


祥鳳「…」


沖波「司令官…」



提督の血も涙もない言葉に場の空気が冷たく凍り付いてしまった。



翔鶴「…お願いします」


瑞鶴「翔鶴姉…?」



諦めようとしている瑞鶴と違い、翔鶴が再び提督に頭を下げる。



翔鶴「私達には…あなたに頼ることしかできないのです…どうか…どうか力を貸して下さい…!」



翔鶴の声が次第に大きくなっていく。


彼女は白友の第二秘書艦だったということもあってかここで引くつもりは無かったようだ。




提督「条件がある」


翔鶴「え…!なんでしょうか!」




条件次第で動いてくれるのかと翔鶴の顔が明るくなる。


その顔はどんなことでもするという覚悟さえ見え隠れしていた。




提督「簡単なことだ、俺と一晩過ごせばいい」


翔鶴「え…」


瑞鶴「はぁ!?ふざけんじゃないわよ!!」


祥鳳「提督…」


沖波「…」



提督の提案に翔鶴の顔は凍り付き、瑞鶴が顔を真っ赤にして怒る。


祥鳳は冷たい目線を提督に送り、沖波は呆れた溜息をついていた。





提督「それくらいのこともできないようなら最初から…」


瑞鶴「そんなのこっちから願い下げよ!行くよ翔鶴姉!こんな人を頼ったのが間違いだった!!」



瑞鶴が翔鶴の手を掴み司令部施設を出て行こうとした。



翔鶴「…!」


瑞鶴「しょ、翔鶴姉…?」



しかし翔鶴は瑞鶴の手を振り払った。



翔鶴「私が抱かれれば…力になってくれるのですね…!?」


瑞鶴「翔鶴姉!何言ってるのよ!ダメよ!!」


提督「ああいいぜ、約束する」


翔鶴「お願いします…!」



震える声で頼む翔鶴に提督が楽しそうに笑みを浮かべ近づいてくる。



提督「それじゃさっそく…」


瑞鶴「この…!いい加減に!」


翔鶴「黙りなさい瑞鶴っ!!」


瑞鶴「ひっ!?」



翔鶴の聞いたことも無いような大きな声に瑞鶴が驚き身を竦ませる。



提督「いい覚悟だ」


翔鶴「…」



翔鶴はキッと提督を見て成すがままにされることを腹くくった。



そんな翔鶴に対し、提督は更に距離を詰め…



翔鶴「っ…」



翔鶴をギュッと抱きしめた。



瑞鶴「しょ、翔鶴姉…」


翔鶴「…」






翔鶴はきつく目を閉じて耐えている。



しかし提督が彼女の首筋に口を近づけた時…




翔鶴「…っ!!」


提督「うぐっ!?」




提督を突き飛ばしてしまった。





提督「…交渉決裂だな」




突き飛ばされて尻もちをついた提督が翔鶴を睨みつける。




翔鶴「失礼します…!」


瑞鶴「翔鶴姉っ!」




翔鶴は少し顔を赤くしながら逃げるように司令部施設から出て行った。




瑞鶴「この変態…!見損なったわ!!」


提督「消えろ、この程度のことも我慢できない奴に用はない」


瑞鶴「言われなくてもこっちから消えてやるわよっ!!」




提督に対し怒りをぶつけた後、瑞鶴は司令部施設のドアを大きな音を立てながら閉めた。





提督「良い匂いがしたなぁ…」


沖波「司令官…」



提督は立ち上がりながら翔鶴を抱きしめた余韻に浸っている。

そんな提督を沖波が呆れた顔で見る。



祥鳳「…!!」


提督「痛てててて!!なにしやがる!」



祥鳳はそんな提督を不満に思い足を踏んづけた。

文句を言おうとする提督だったが、祥鳳の顔を見て何を不満に思ったのかすぐに察した。




提督「…妬くなよ」


祥鳳「妬いてません!」



図星を指された祥鳳が少し顔を赤くしながら横を向いた。


やれやれという顔をしながら提督は立ち上がり出発のために司令部施設を出ようとする。



祥鳳「それで…どんな匂いでした?提督の好きな匂いですか?」


提督「お前も貪欲だな…なんか甘い花のような…」




祥鳳は当然のように傍に寄り添いながら行動を共にした。




















沖波「…」







司令部施設には沖波だけが残される。






沖波「死ねよ変態野郎…」





提督に対し悪態をつきながら司令部施設の椅子を蹴飛ばしていた。











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【横須賀鎮守府 執務室】






九草「…」




提督達の去った横須賀鎮守府、執務室では九草提督が椅子に座って執務をしている。


彼は艦娘の秘書艦を傍に置くことはせず、その代わり部下達が彼のサポートをしていた。



部下1「九草提督」


九草「見つかったか?」


部下1「はい…」



部下がポケットから何かを取り出す。


彼が取り出したのは薬の中身が空のプラスチックケースだった。



九草は提督が泊まっていた部屋のゴミ箱を漁るよう部下に命じていたのだった。



九草「…」



部下から薬のゴミであるプラスチックケースを受け取るとすぐにパソコンで検索をする。







九草「…やはりな」





その検索結果を見て九草が満足そうに頷いた。





九草「あの柱島でまともにいられるはずがないんだ…あは…あはははは!」







パソコンに映った検索結果



そこには『精神安定剤』と書かれていた






九草「見てろよ…!すぐにお前の化けの皮を剥がしてやるからな…!!」





九草は歪んだ笑みを見せながらいつまでも高笑いをしていた。





















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私は柱島から帰る前、司令官に『死ぬのが怖くないのですか?』と聞きました






司令官は『死ぬのが怖いなんて感情は無くしてしまった』と当然のように答えました






そして…







寂しそうにこう続けました













『死ぬよりも怖いのは』













『裏切られることだな』と…











         『沖波の柱島日誌』より

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【佐世保鎮守府 港】





間宮「みなさーん!おかえりなさーい!」




佐世保鎮守府の艦娘達を乗せた大型船が港に着くと間宮が大きく手を振って出迎えた。




イク「あ!間宮さんなのね!」


ゴーヤ「やったでち!間宮さんでち!会いたかったでちー!!」


イムヤ「ふふ、また間宮さんの料理が食べられて嬉しい、でしょ?」



イクとゴーヤは嬉しさのあまり間宮に抱き着いていた。



天城「間宮さん、ご無沙汰しておりました!」


間宮「天城さんも、お久しぶりです!」





一通り再会の挨拶をして艦娘達は鎮守府の方へと向かおうとした。



提督「沖波、少し任すぞ。新しく迎えた3人はまだ鍛えなくていいからな」


沖波「わかりました司令官」


間宮「え?提督はどちらへ?」


提督「野暮用。行くぞ祥鳳」


祥鳳「は、はい、そ…それでは皆さん、少しの間、留守をよろしくお願い致します」



提督と祥鳳は大型船から降りてすぐにどこかへ向かって行った。



親潮「あれ?司令と祥鳳さんは…」


大井「野暮な詮索はしないものよ」


親潮「え?え?」


天津風「…」



親潮は分からないと言った感じで首を傾げ、天津風はなぜか顔を赤くしていた。




【翌朝 鎮守府内 会議室】







祥鳳「提督、皆さん集まっています」


提督「よし、それじゃ始めるぞ」




佐世保鎮守府に戻った翌朝、提督は艦娘達を会議室に集めた。



提督「帰ったばかりで忙しいことだがさっそく大規模作戦への出撃命令が出た」



提督の言葉に全艦娘が気を引き締めた表情で視線を集める。



提督「沖波」


沖波「はい、本作戦の概要と攻略手順はお手元の資料の通りです」



机の上にある資料を艦娘達がめくる。


その中には海域情報や出撃編成が事細かに書かれていた。



提督「今回の作戦担当は沖波に任せようと思う」


イク「え?」


ゴーヤ「沖波が…」


間宮「作戦担当をするのですか?以前の大井さんみたいに?」


提督「ああ。それだけじゃない、出撃部隊としても活躍してもらうつもりだ」


天城「そんな…沖波さんの負担が大き過ぎませんか?」



提督の言葉に4人が不安そうな顔を見せる。


しかし他の艦娘達は何も言わずにジッとしている。



提督「どうなんだ沖波?」


沖波「お任せ下さい」



沖波は提督の問いに自信満々に応える。




間宮「沖波さん…」




そんな沖波の成長姿に間宮はホロリと涙を零すのであった。




提督「それでは解散、沖波は俺と一緒に作戦会議だ。お前ら、この先は当分沖波主導で動くから足を引っ張らないようにな」


大井「わかったわ」


衣笠「了解!」


天津風「沖波、頑張ってね!」


沖波「はい!」




沖波の元気の良い返事をスタートに、佐世保鎮守府の艦娘達は次の大規模作戦への準備を開始した。





















この後、佐世保鎮守府の艦隊は大規模作戦の担当海域を前代未聞の速さで攻略し





提督は最高戦果表彰を受けて海軍内で増々株を上げることとなった。








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【横須賀鎮守府 執務室】





九草「…」



九草は海軍内報を読んで苦虫を嚙み潰したような顔をする。

そこには先日の大規模作戦の表彰を受ける提督の記事が載っていた。




九草(バケモノめ…!)



尋常ではない速さで大規模作戦を終えた佐世保鎮守府の艦隊に九草は身の毛もよだつ気持ちだった。


このままでは出世を繰り返し手の届かないところへ行ってしまう。


そう焦り始めた九草は電話機を手に取る。



九草「私です、上層部の…」



そして電話を上層部の彼が抱えている役員に連絡を取る。





九草「ええ、あの艦隊は連合艦隊が組めません。できるだけ大規模作戦の後半を任せない方が…」




そして佐世保鎮守府の艦隊がなるべく戦果を上げないよう工作を始めた。





だが…




九草「何?大本営秘書艦が手助けに入る可能性…何をそんな弱腰な…おい!クソっ!」



一方的に電話を切られ、執務室に九草の嘆きが響いた。


九草が抱える上層部の役員達も柱島から帰還した彼を危険視してはいる。

帰ってきてからの役員に銃口を向けたりする破天荒っぷりや異常なまでに強い艦隊に対し閉口してしまっている。


先日の九草提督との合同演習での圧勝もその要因となっているようだ。


そんな状況に九草は焦るばかりだった。






部下1「失礼します」



執務室に部下が何かの資料を持って訪れた。



部下1「九草提督、裏が取れました」


九草「話せ」



九草は座ったまま部下へと視線を向ける。



部下1「柱島…いえ、現佐世保鎮守府の提督は柱島から帰還した後、そして先日の大規模作戦の後も大本営近郊の診療所へと通っています」


九草「内容は?」


部下1「眠れない、悪夢を見る、失った足の痛みが再発する、何かに見られているような気がするなど…」


九草「ふん、やはりな。精神的に追い詰められたままらしい…くくく…」


部下1「医師に渡した金額はこちらです。失礼します」




部下は九草に掛かった費用の書類を渡して執務室を出て行った。



九草は部下に命じて提督の遣っていた精神安定剤の裏を取るよう動かしていた。

医師に裏金を渡し情報を聞き出すよう指示もしていた。


自分で動かないのはこの様な行為が問題になる前に部下の責任にして切り捨てられるようにしているからだ。



九草「なんだ…冷静になってみれば隙だらけじゃないか…ふふ、あははは…」



彼の尻尾を掴めたようでようやく九草から安堵の笑いが漏れ始めた。



九草「お前も白友のように追い詰めて叩きだしてやるからな!あははははは!!」






何かの確信も掴めたのか、九草の高笑いが執務室に響き渡った。










【横須賀鎮守府内 演習場】




葛城「ふぅ…」


瑞鶴「葛城、休憩にしましょう」


葛城「はい」




演習場では葛城と瑞鶴が次の出撃に備え汗を流していた。


彼女達は先日の演習での結果を基に出撃部隊から外されていた。



しかし腐ることなく演習に取り組み新たな力をつけようとしていた。




葛城「やっぱり難しいですね、機銃掃射と艦載機制御を同時に行うのって…」


瑞鶴「祥鳳も雲龍もどんな訓練をしてきたのかしら。行く前に聞いておくべきだったかしら?」


葛城「そうですね…雲龍姉も祥鳳さんも…凄かったですよね」




雲龍に思いを馳せるように葛城が遠い目をした。




瑞鶴「葛城、少し落ち着いたね。何だかスッキリした顔してる」


葛城「え?」


瑞鶴「この前の演習…ううん、この鎮守府に来てからずっと葛城は何かに追い立てられるような…追い詰められたようなものがずっと見え隠れしてたのよ」


葛城「…」



瑞鶴が少し寂しそうな笑みを見せる。



瑞鶴「何度も大丈夫?とか何か言いたいことがあるんじゃないかって聞いたけどその度にはぐらかされて…心配だったんだからね」


葛城「瑞鶴先輩…すみませんでした…」


瑞鶴「ふふ、謝って欲しいわけじゃないって」



瑞鶴の指摘に葛城が頭を下げるが瑞鶴はそれを笑いながら受け止めた。




葛城「私は…本当は雲龍姉のこと、どこか否定したかったのかもしれません。どうしてあんな狂気めいた戦いができるのか、どうしてあんなにもドライでいられるのか、どうして…提督のことを否定してくれないのかって…」


瑞鶴「葛城…」


葛城「でも…それが如何に後ろ向きな考えだったのかって…雲龍姉のこと、本当に考えてあげられなかったのかって天城姉とイクとゴーヤに教えられました」



俯き加減だった葛城は顔を上げる。



葛城「強くなりたいです、瑞鶴先輩。雲龍姉を超えてそれを否定するためじゃなく、自分のために…もっともっと強くなりたいです…!」


瑞鶴「そっか…ふふっ」



意気込む葛城に瑞鶴が優しく頭に手を置く。



瑞鶴「頑張ろうね葛城、私も一緒に頑張るから」


葛城「はい!」




葛城の元気の良い返事に瑞鶴も笑みを見せる。



その笑みは久しぶりに見せた瑞鶴の心からの笑顔だった。



同様に葛城も何かが吹っ切れた笑顔を見せていた。












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【横須賀鎮守府 工廠】




時津風「ふぅ…遠征終わりっと…」


阿武隈「みなさーん、お疲れ様でした。資源を格納庫に入れたら解散して下さーい」



遠征旗艦の阿武隈が全員に号令を掛けて移動させる。



深雪「次の遠征いつだっけ?」


磯波「1時間後…今度は南西海域だって」


時津風「南西かあ…今日はもう帰れそうにないね」


吹雪「なんか…最近遠征の数増えてない?」


深雪「なー…ちょっちきついよな」


白雪「大規模作戦で消費した資源を早く取り戻せって躍起になっているみたい」



白雪の視線が手元のボードに行く。


そこには遠征部隊に与えられた獲得資源の量が書かれていた。



白雪「正直…このペースでギリギリだよ、これ以上無理はできないし…ごめんねみんな…」


吹雪「ああ、白雪ちゃん泣かないで…!」


深雪「別に白雪を責めてるわけじゃないんだからさ!全部あのクソ野郎が悪いんだって!」


阿武隈「こ、こら!そんな大声でクソなんて言ったら聞かれるよ!」


深雪「阿武隈の方が声大きいだろ!?」


時津風「あはは…」




苦笑いをしながら時津風は心の中で思ってしまう。




時津風(しれーは…こんな無理な遠征を押し付けること無かったなぁ…)



時津風は寂しさが湧き上がりそうになる気持ちを首を横に振って切り替える。



時津風「こうなったらやるしかないよ!さっさと終わらせてクソ提督に突きつけてやろう!」


深雪「おうよ!」


白雪「はい…!」


吹雪「その意気です!みんながんばりましょう!」




このように遠征部隊の仲間達は愚痴りながらも互いを励まし合い遠征を繰り返していた。

遠征は艦娘に一任されてしまい、白友の第二秘書艦でもあった白雪が九草提督より遠征管理を任されていた。


遠征のやりくりに四苦八苦する白雪を仲間達は文句言わず力になり、白雪を一人にしないよう務め上げた。




それも全て白友のため、大湊で奮闘しているであろう彼のためだった。




しかし…そんな彼女達でも…





磯波「…」


時津風「磯波?どうかした?」


磯波「な、なんでも…ないです…」


時津風「…?」



徐々に限界を迎える者が出始めた。
















長門「よし、全員艤装を外してくれ。損傷した者は入渠を忘れないように」



入れ替わるように出撃部隊が工廠へ戻って来る。


彼女達は大規模作戦を終えたばかりだというのに定期任務消化のために出撃させられていた。



熊野「ふぅ…さすがに少し疲れましたわね」


鳥海「ここのところ休み無しですからね…こういう時ほど気を付けないと」



遠征部隊と同じく出撃部隊にも疲労が溜まっている。


以前の九草ならば疲労が溜まるかどうかのギリギリの範囲に留めていたのだが、合同演習の惨敗以降出撃の頻度を増やし始めていた。

まるで演習の負けを取り返すような九草の強要に、徐々に艦娘達の疲労とストレスを蓄積させ始めていた。




叢雲「翔鶴さん…」


翔鶴「はい?」


叢雲「その後、佐世保の提督からの連絡はありましたか?」


翔鶴「…」



翔鶴が首を横に振ると叢雲が力無く項垂れた。



叢雲「何よ…時津風が何とかしてくれるかもって言ってたけど…やっぱり期待なんてできないじゃない…!」


翔鶴「叢雲さん…」


叢雲「す、すみません…翔鶴さんに愚痴っても…」


翔鶴「ふふ、良いのよ。気にしないで」



翔鶴は叢雲の愚痴にも優しく受け止めて嫌な顔を見せなかった。



翔鶴「私達にできるのは…信じて待つことだけですよ」


叢雲「はい…」




翔鶴はこれ以上叢雲が心配しないよう気遣いを見せながら艤装を外しに向かった。











風雲「…」



一緒に出撃していた風雲はその光景を見て危機感を感じていた。


いくら白友提督のためとはいえ、艦娘達の疲労やストレスが目に見えて現れてきたのだ。


このままでは大きな事故に繋がる。



風雲の脳裏には轟沈した伊8のことが過った。



風雲(悠長なこと…言ってられないわよね…)



彼女のような犠牲を出してはいけないと人一倍責任感の強い風雲はそれを行動に移すことにした。




雪風「うーん…」


風雲「雪風…?どうかしたの?」



移動しようと思った矢先、雪風がうんうんと唸っているため声を掛けざるを得なかった。



雪風「なんか…変なんですよね」


風雲「何が?」


雪風「しれぇです、おかしかったですよね?」


風雲「え?」



雪風が『しれぇ』というのは一人しかいない。


現佐世保の提督のことだ。



風雲「おかしいって…いつも通りじゃなかった?相変わらず偉そうで私達のことバカにしてて」


雪風「そうなんですけど、うーん…なんか…しれぇにしては妙に…うーん…」


風雲「?」



雪風は唸りながらそのまま行ってしまう。


自分では解決の糸口を見つけてやれそうに無さそうなので、風雲は自分の考えたことを実行に移すべくある場所へ走って行った。





【横須賀鎮守府内 執務室】




風雲「夕雲型駆逐艦、風雲です。入ってもよろしいでしょうか」


九草「…?」



意外な訪問者に九草は一瞬悩んだが風雲を迎え入れることにした。



九草「何の用だ?」


風雲「あの…艦娘達の現状についてのご報告と…その…お願いが…」


九草「艦隊運営の批判か?」


風雲「そ、そうじゃなくて…!」



棘を差すような九草の言葉に風雲が慌てて首を横に振る。


変な刺激をしたら他の艦娘達や遠い地の白友提督に被害が行ってしまう。

風雲はそれだけは避けたかった。



風雲「わ、私がもっと頑張りますから…!お願いします、皆さんの負担をもう少し減らして頂けないでしょうか!」


九草「…」


風雲「お願いしますっ!!」



風雲の意見に九草は黙って聞いていた。


風雲は自分達を快く受け入れてくれた横須賀鎮守府の白友提督や艦娘達に少しでも恩返しと力になりたいという気持ちでこのような行動に出てしまっていた。



九草(くくく…わざわざ餌の方からこちらに飛び込んでくるとはな)



人一倍責任感の強い風雲の行動に内心ほくそ笑んでいたがそれを悟られないよう無表情を取り繕う。



九草「良いだろう、お前の意見を受け入れてやる」


風雲「ほ、本当ですか!?」


九草「ああ。しかし自分からやると言ったからにはヘマは許されない、わかるな?」


風雲「はい!ありがとうございます!」



風雲は九草に頭を下げた後、執務室を出て行った。








九草「くくく…本当に艦娘という奴は…バカというか単純というか…」




風雲が出て行った後、九草は歪んだ笑みを見せる。



九草「どれだけ頑張れるのか見せてもらおうか、お前には大物を釣る餌になってもらうのだからな…」



邪悪な笑みを浮かべたまま九草は出撃部隊と遠征部隊の編成を作り直すことにした。





数分後、完成した編成表には出撃と遠征の両方に風雲の名前が記載されていた。






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【横須賀鎮守府内 工廠】





風雲が九草に要望してから数日後…




風雲「ふぅ…」


時津風「ねえ風雲…最近異様に出撃多くない?」


雪風「遠征部隊にも出てて…どうしたのですか?」


風雲「ううん、何でもないわよ。たまたまじゃない?」



風雲は仲間達に出撃を増やしたことを悟られないよう笑顔を見せる。



風雲が要望した通り彼女の出撃が増える分他の仲間達のローテーションに少し余裕ができた。



風雲(キツくたって…この調子で頑張らないと…)



その分の出撃の負担が増えた風雲だったが、その成果が表れ始めたことが嬉しかった。


風雲の想いはそれだけでなく…



風雲(沖波は…もっと大変だっただろうから…!)



先日の演習で再会した妹のことがあったからだ。




風雲が自分の気持ちを改めて確認し発奮していた時





『駆逐艦の艦娘は工廠に集合しろ』





それを阻むかのように事件が起きてしまう。












【鎮守府内 工廠】




九草「この中に大本営への手紙を許可も無しに書いた者がいる」



九草の言葉に工廠に集められた駆逐艦の艦娘達がざわつく。

大本営への手紙は必ず所属している鎮守府の提督を通してやるものだと決まっているからだ。


彼は手紙を広げ読み始めた。



九草「『先日の佐世保鎮守府の合同演習以降、九草提督の艦娘への強要は目に余るものがあります。どうか改善して頂けるようお願い申し上げます』」



九草はその場で手紙をビリビリに破き叩きつけるように艦娘へ投げつけた。



九草「これは俺に対する立派な批判だな」



そして脅すような口調と共に艦娘達を睨みつける。



九草「誰が書いた?名乗り出ろ」


吹雪「…」


白雪「…」



艦娘達はお互いの顔を見合わせるが名乗り出る者がいない。

それはそうだろう。



九草(くく…居るはず無いよな、書いたのは俺なのだから)



元々艦娘から大本営に書いた手紙など存在しない。


これは九草の自作自演だった。

彼の狙いは特定の艦娘にある。



九草「名乗り出るつもりが無いのなら…一人ひとり尋問するしか無いな」


時津風「…!!」



九草が一瞬見せた視線に時津風の背筋に悪寒が走る。

まるで得物を捕らえる前の蛇のような視線を向けた先…



時津風(こいつ…!風雲を狙ってる!)



他の艦娘に比べ動物的勘の強い時津風は九草の狙いに気づいた。

誰でも良いという風に装ってはいるものの、尋問の標的が風雲に向けられている。



時津風(風雲の出撃や遠征が増えたのも…?そうはさせるか!)



仲間想いで一生懸命な風雲のことを想うと時津風は動かざるを得なかった。





時津風「ふん…そんなんだからしれーに負けるんだよ」


九草「なに…?」


風雲「と、時津風!」



時津風は自分に矛先を向けるように九草を挑発する。



九草「お前が手紙を出したのか?」


時津風「違うよ、でも出した人の気持ちもわかるなー。しれーとの演習で負けてからずっと八つ当たりみたいにされてるし」


九草「…」



挑発する時津風に対し九草が特殊警棒を伸ばす。



雪風「ちょ、ちょっと…!やめて下さい!」


時津風「なんだよ!そんなもの向けてさ!権力使って艦娘を脅したうえ今度は暴力振るうのかよ!」


九草「ふんっ!!」


時津風「うぎゃっ!」


吹雪「時津風さん!」


風雲「な、なんてことを!」



九草は躊躇うことなく時津風に対し特殊警棒を振った。

頭部に衝撃を受けて時津風はその場に両膝を着いてしまう。



時津風「うぐ…ぅ…」


九草「来い!お前は徹底的に取り調べて独房に閉じ込めてやる!」


時津風「うあぁぁぁ!!」



痛みにうずくまる時津風の髪を引っ張り九草は引きずるように工廠から連れ出そうとした。



時津風「痛っ!放せよ!放せ!このクソ提督!!」



その間も時津風は九草に対し文句を言い続ける。


しかしその視線は仲間達に向けられている。



雪風「時津風…!」



時津風の視線は『大丈夫だから邪魔しないで』と言っているように見えた。







その後、時津風は髪を掴まれたまま独房へと入れられることとなってしまった。










【横須賀鎮守府内 独房】







時津風「痛た…」



独房に入れられた時津風が特殊警棒で殴られた頭部を触ると腫れてたん瘤になっている。


幸い裂傷にはなっておらず血を流すようなことは無かった。




時津風「…」



地下にある独房は広さ2畳分くらいの部屋でコンクリートの床と壁が冷たさと寂しさを感じさせる。

寝る以外のことができないこの部屋にはこれまで『連帯責任だ』と言われ入ったことがある。


しかし一人で入るのは初めてで時津風は寂しさを誤魔化すように膝を抱え顔を隠した。





そこへ…





雪風「うぐ…ぅ…」


時津風「え…!」



雪風が時津風と同じように髪を掴まれ引きずられるように独房に連れて来られた。



九草「お前も入ってろこのクソガキが!」



そして九草に投げ捨てられるように時津風の隣の部屋に入れられた。



時津風「ゆ、雪風!どうしたんだよ!」


雪風「えへ…へ…あいつに噛みついてやりました…!」


時津風「どうしてそんな…あっ」



時津風は雪風が自分が寂しくならないようにと九草に反抗し独房入りをしたのだと気づく。



時津風「あんな奴に噛みついて…歯が腐っても知らないよ?」


雪風「時津風だってしれぇによくやってるじゃないですか」


時津風「しれーは良いんだよ、あいつは噛みついてやらないとわからないんだから」


雪風「あはは、そうですね」


時津風「そうだよ…」



ドア越しに場を和ませるような会話をしていたが時津風はすぐに元気を無くす。

このままではいけないと雪風が慌てて会話を繋ぐ。



雪風「時津風こそどうしてあんな挑発を?」


時津風「あいつ…風雲を狙ってた」


雪風「風雲さんを?」


時津風「なぜだかわかんないけど…そう感じたんだよ、絶対良く無いこと考えてるって。このまんまじゃマズイって思って…」


雪風「そうだったのですか…」


時津風「それに…あいつ最近なりふり構わないようになってきた。暴言も酷くなってきたし、手は出すし…しれーが帰ってきてから余裕が無いから何するかわかんないよ…」


雪風「はい…」



時津風の言葉に雪風が同意する。

少し二人の間に会話の溝ができてしまった。



時津風「…しれーだったらさ」


雪風「え?」


時津風「しれーだったら悪いこと考えてても止めようなんて一回も思わなかったよ。あいつ、やることには絶対意味があったし、筋は通ってたし…」


雪風「そうでしたね。でもそれを中々悟らせてもくれませんでしたよね」


時津風「うん…だから今は、こうして…っ…ぅ…」




柱島へ行く前に始まった理不尽な訓練、そして伊8轟沈の件から時津風は提督の真意を掴めずに袂を分かった。

その事を思い出してか、時津風は泣き出してしまう。



雪風「時津風…」



雪風は抱きしめ慰めたい衝動に駆られるがドア越しではどうしようもならない。



時津風「しれー…うぐ…えぐっ…やっぱり怒ってる…」


雪風「そんなはずは…」


時津風「連れて行ってくれなかったんだよ…もうあたしなんていらないって…ひっく…」


雪風「時津風…」



寂しさが限界になったのか、時津風は涙と一緒に本音を零した。



雪風「大丈夫ですよ!しれぇは雪風達を二度も助けてくれたんですから!」


時津風「でも…」


雪風「きっとまた来てくれますよ!大丈夫です!」



時津風の寂しさと不安を振り払うように雪風が大きな声で励ます。



時津風「うん…そう、だよね…」



そんな雪風に応えようと時津風が涙を拭って顔を上げた。






雪風「でも…しれーってあんなに優しかったでしょうか?」


時津風「え?」


雪風「以前だったら私達を助けようとせずに嘲笑うような人…でしたよね?」


時津風「い、いや…そんなこと…あるかも?」







その後、雪風と時津風は独房の寂しさを感じさせないように話し続けていた。










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【横須賀鎮守府 執務室】





九草「くそ…!あのガキ、思いっきり噛みつきやがって…」




執務室に戻ると九草が怒りに身を任せるようにドカッと椅子に座った。

彼が袖を捲ると歯型が付いており痛々しく血が滲んでいた。



部下1「当初の予定と狂いましたね、本当なら風雲を…」


九草「ふん。これも想定の範囲内だ、ちょうど良いからあのガキ2匹は実験台にさせてもらう」



九草は苛立ちを抑えながら手元の資料を開く。



部下2「こちら、他の鎮守府の戦果表です…」


九草「…」



九草がパラパラと資料をめくる。



九草「なんだ…!?どうなってるんだこの戦果は!!」



そして資料をバンと机に叩きつけた。




全鎮守府の戦果表がそこには記載されている。



佐世保鎮守府の戦果はぶっちぎりの1位。


他を寄せ付けない圧倒的な戦果を上げていた。



その事実を目の当たりにして九草の表情に焦りが浮かぶ。




九草(このままでは上層部があいつに乗り換える可能性がある…!くそ…!せっかくここまで築き上げたものが…!)




先日の合同演習の惨敗に続き、勢いのある佐世保鎮守府の提督へ靡いてしまうことを恐れた九草が役員への根回しのため電話を掛けた。













九草「ちっ…!何が誠意を見せろだ!金に群がるハエの分際で…!!」



一通り電話を終えて九草が苦虫を嚙み潰したような顔で愚痴る。


部下達は巻き添えは御免だと思ったのか既に退室していた。




九草は自分から大本営の役員達が離れてしまわないよう電話をして回ったが、その大半が誠意という名の金を要求してきた。


これまでも金を包み取り込んできたということもあってか、九草の立場が危うくなりそうなこの状況を役員達は好機と見て金をせびってきたのだった。




九草「このツケは…お前に払ってもらうからな…!!」




九草は広げっぱなしだった戦果表をクシャクシャに丸めて投げ捨てた。






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【大型船内 司令部施設】




九草が時津風と雪風を独房に入れて3日経った頃



佐世保鎮守府の提督と艦娘達は次の作戦海域へと出撃していた。



沖波「輸送作戦海域のみ…ですか?」


提督「ああ」



司令部施設に集められた艦娘からどよめきが起こる。



提督「大方上層部の馬鹿共が俺達を脅威に感じて戦果を上げられないよう手を回し始めたのだろう。次回はこんなことが無いように動くから今回は…」


雲龍「…」


霧島「…」


提督「おい、そんなあからさまに不満そうな顔すんな」



出撃が見送られそうな雲龍と霧島が不満顔になる。

提督は呆れた顔をしながらも話を続けた。



提督「とにかく、今回は輸送部隊を編成して作戦に挑む。旗艦に衣笠、後は祥鳳、大井、沖波、親潮、天津風。準備を始めろ。他の者達は休みだ、好きにしててくれ」



イク「出番なしなのね…」


ゴーヤ「残念でち…」


提督「心配すんな、お前らは…いや、何でもない」


イク「え?」


ゴーヤ「と、途中で止めないで欲しいでち!なんでちか!?」


提督「わははは、おら、お前らはさっさとサポートに動け」



提督の号令に艦娘達がぞろぞろと動き始めた。












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大本営が手を回したということもあって、出撃する海域の難度はとても低く輸送部隊はほとんど損傷を負うことなく帰投した。




衣笠「艦隊、帰投しました!」


祥鳳「提督、損傷は1名少破のみです」


親潮「すみません司令…潜水新棲姫の雷撃を避けられませんでした…」


大井「小破で済んだのなら上出来よ。次に切り替えなさい」


天津風「沖波の作戦通りだったわね」


沖波「ふふ、ありがとうございます」



戻った艦娘達は作戦の進行が順調ということもありその表情には余裕が見える。



提督「次の出撃は明日へ持ち越す、後は休んでくれ」


祥鳳「それでは皆さん、明日の集合時間は…」




今日の出撃を終わらせ解散させようとした時だった。





天城「…?提督、外部からの連絡です。繋ぎますか?」


提督「どこからだ?」


天城「えーっと…横須賀鎮守府からです」


天津風「横須賀…」


提督「クソ提督か…」


沖波「何でしょうか?」



提督が椅子に座り画面を見る。


『繋げ』という提督の意思表示だと思い天城は横須賀鎮守府との通信を繋いだ。






九草『少しお時間よろしいですか?』


提督「よろしくない」




提督はボタンを押して通信を遮断した。




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九草「…」


部下1「切られました…」


九草「…繋ぎ直せ」




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天城「また来ました」


提督「何だよ…」


九草『今日はあなたに良い話を持ってきました』


提督「あ?」


九草『そちらの艦隊では駆逐艦が不足しているのではないかと思いましてね』


提督「問題無い。じゃあな」


九草『あっ…』



提督は再びボタンを押して通信を遮断した。




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九草「ぐ…!」


部下1「また切られました…」


九草「地下に移動する!ついて来い!!」





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提督「何なんだ一体…」


衣笠「話くらい聞いてあげたら?」


提督「嫌だ」



話をする気は無いと提督が立ち上がって司令部施設を去ろうとする。



天城「提督…またです…」


提督「何だよもう…」



面倒くさそうに提督が再び席に着く。




そして画面に映し出されたのは…




親潮「あ…!」


沖波「そんな…」


提督「…」


九草『こいつらは私に反抗しましてね、罰のためにこうしています』




画面には独房のドアの隙間から疲れた顔でこちらを見ている時津風が映っていた。



天津風「何よ…!どういうことなのよこれは!!」



その映し出された画面に天津風が怒りの声を上げる。



提督「それで?話とは?」


九草『ふふふ…ようやく聞く気になりましたか?話というのはこいつと…』



画面が移動して別の独房内が映し出される。




親潮「雪風まで…!」


天津風「ふざけないで!二人を解放しなさいよ!!」



時津風と同じように独房には雪風が閉じ込められていた。



九草『この2隻をそちらに異動させようかという話です』


祥鳳「すぐに迎えに行きますから…!出してあげて下さい…!」


提督「もちろんタダでっていうわけではないのだろう?」


九草『そうですね…』



その言葉を待っていたと言わんばかりに九草がニヤリと笑みを深める。



九草『移籍金に5,000万円を要求します』


天津風「な…!」


大井「ざけんなよ…」


九草『払えない額ではないでしょう?先日の演習では3隻で一億5千万も用意したのですから。柱島攻略の報奨金を得たあなたならば端金ですよね』


提督「…」



先日の演習では天城、イク、ゴーヤの3人に対し一人5,000万円を用意していた。

今回は二人で5,000万円、これならばと九草は交渉を持ち掛けてきたようだった。



時津風『ふん、しれーがあたし達のためにそんな大金払うわけないだろ…』



画面のわからない位置から時津風の声がする。



提督「そいつの言う通りだな」


九草『え?』


時津風『へ…?』




提督は三度通信の電源を切った。



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時津風「…」


九草「…」



一方的に通信を切られ九草だけでなく時津風も唖然としていた。



部下1「切られま…」


九草「繋ぎ直せっ!!」



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提督「しつこい奴だな…」


九草『少しは話を…』


時津風『こらーーーーー!!本当に見捨てること無いだろぉ!ふざけんなーー!!!』



九草の言葉に時津風の大声が割り込んできた。



九草『おい!黙らないとまた痛い目に遭わせるぞ!』


天津風「ちょっと!やめなさいよ!!」


提督「わかったよ…払ってやるから落ち着けって」



提督が観念したかのように呆れた声で話に応じる。



九草『ふん…最初からそう言えば…』


提督「50円」


九草『…え?』


提督「50円なら払ってやる。そのちんちくりんにはそれくらいの価値しかない」


時津風『おい!何だよそれ!!』


九草『ご冗談を…真面目に交渉を』


提督「ああ、すまんすまん。二匹合わせて100円だな」


九草『…』



画面に映った九草の唇がヒクヒクと震えている。



九草『…この2隻は私への反逆ということで解体処分にするとしても…?』


親潮「な、なんですって!?」


祥鳳「二人を解放しなさい!」


九草『それかこのまま食事抜きにして衰弱死させましょうか?既に3日食事抜きにしています、このままだと…』


提督「ふーん」


九草『…』


提督「話は終わりか?切るぞ」



全く動じず交渉に応じない提督に対し九草がついにしびれを切らした。



九草『いつまでもその余裕が持てると思うなよ!いいな!明日までにここに5,000万円持って来い!でなければこいつらを解体処分にしてやるからな!わかったか!人質は二人いるんだぞ!その事をちゃんと頭に入れておけよ!!』






最後は九草の方から通信を切ってしまった。





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天津風「ちょ、ちょっと待ってよ!どうしてあんなこと言ったのよ!」


提督「交渉に応じるつもりは無い」


沖波「司令官…」


親潮「明日までなんて…ここから急いで行っても間に合うかどうか…」



提督の態度に艦娘達に動揺が走る。



提督「あんなものは脅しだ、放っておけ」


天津風「でも…!」


親潮「天津風…」



尚も食い下がろうとする天津風を親潮が制す。



親潮「司令に任せましょう。何か考えがあるはずです」


提督「何か勘違いしてないか?」


親潮「え…」


天津風「どういう…」



提督が天津風と親潮をしっかりと正面から見る。



提督「あいつらを助ける義理なんか無い、見殺しにする」


親潮「え…!」


大井「ちょっと…!!」


衣笠「本気で言っているの!?」


提督「ああ」



血も涙もない提督の言葉に艦娘達は信じられないと言った声を上げる。



天津風「…」


提督「わかったな。今は作戦中だ、勝手な行動はするなよ。一人でも抜けられたら予定が大幅に狂うからな」


天津風「でも…!もしも本当に解体されるようなことになったら…!お願いよ、お金を…」


提督「払ったら今後も奴に対して突け入れられる隙を作ることになる。それだけは絶対に許さん」


天津風「…」


祥鳳「天津風さん…」



天津風は納得いかないという顔のまま提督に対し背を向ける。



天津風「ごめんなさい…私には二人を見殺しになんてできないから…!」


沖波「天津風さんっ!!」



司令部施設を出て行った天津風を沖波が追いかけて行った。



大井「これからどうすんのよ」


提督「はぁー、めんどくせえな…ああ、俺だ」



提督はポケットから携帯電話を取り出して誰かと話し始めた。





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その司令部施設の会話は全て九草に聞かれていた。






部下2「動きませんでしたね…」


九草「おい、大本営の誰が動くのか監視の連絡を入れろ。役員なのか所属する艦娘なのかを見逃すなと言え」


部下1「はい…しかし本当に金を持ってくるでしょうか?」


九草「それはまだわからん、だが奴が現在大本営の誰と繋がっているのかを把握できるだけで収穫だ」



九草は自分の想定内に事が運んでいるようで歪んだ笑みを見せ始めた。



部下2「それにしても…どうして九草提督は佐世保鎮守府の提督から大金が得られると思ったのでしょうか?」


九草「奴が…艦娘に甘いからだ」


部下1「え…?」


部下2「甘い…ですか?」



二人の部下が顔を見合わせ信じられないと言った表情を見せる。



九草「奴が海軍提督として着任して以降、轟沈させた艦娘は何隻か知っているな?」


部下1「はい…確か一人だと…」


九草「『たった一隻』だ。この短期間であれだけの戦果を上げ続けたのにも拘らず、な。それも柱島では一隻も沈めずに攻略を成し遂げた」



九草の所属は艦娘に対する穏健派。

もしも一人でも轟沈させたのならその事を追求するネタにしようと思っていたのだがそれは叶わなかった。



九草「おまけにさっきのガキどもは奴に対して遠慮の言葉も知らんと来た。あいつがどれだけ艦娘に対しての躾が甘いのか丸わかりだ」


部下2「それでは…先日の合同演習の時の行動は…」



部下が合同演習で負けた艦娘の前に現れた提督のことを聞く。




九草「ああ。あいつは『俺の行動を大本営に報告するため』などと俺を撮影をしていたが…本当は艦娘に危害が及ばないよう庇いに来たに違いない」


部下1「本当に撮影するのならもっと上手くやりかねませんからね…」


九草「とんだ猿芝居さ、そんな事に気づかないとでも思ったのか、バカめ」



九草の笑いが増々邪悪なものに変わっていく。




九草「少し前までは白友という艦娘に甘すぎるバカが目立っていたが、奴が遠方に飛ばされてしまい隠れ蓑にすることもできなくなった。この男の甘さを隠すものはもう無いんだよ…」




執務室に置いている小さなモニターには佐世保鎮守府の面々が居る司令部施設の映像が映されている。



九草は佐世保鎮守府の者達が合同演習に大型船で来た際に『補給をする』と言っておいて部下達に隠しカメラを設置させていた。



映像と同じく音声も入ってきており、司令部施設での動きは全て露わになってしまっていた。






九草「さて…この後どんな動きを見せるかな…くくっ、あはははは…!」






九草のどこか勝利を確信した高笑いが執務室に響き渡った。







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【大型船内 司令部施設】






翌朝…




提督「おい、天津風はどうした」



輸送作戦のために集められた艦娘の中に天津風の姿が無かった。



祥鳳「…」


親潮「…」


提督「どこへ行ったのかと聞いているんだっ!!」




誰も答えられず視線を彷徨わせている姿に苛立ったのか、提督が声を荒げ机をバンと叩きつける。



沖波「天津風さんは…」



そんな中、沖波が重い口を開く。



沖波「横須賀鎮守府に向かいました」


提督「なんだと!?」



沖波の言葉に提督も周りの艦娘達も驚く。



祥鳳「どういうことですか!?」


親潮「ま、まさか一人で…!?」


提督「一体何をしに行ったんだ!」


沖波「…」


提督「おい!知ってるんなら早く言え!!」


沖波「その…」



詰め寄る提督に観念したのか沖波が顔を上げて答える。



沖波「身代金を渡しました」


提督「な…!?」


大井「ちょっと…」


衣笠「え!?5,000万円を!?」


沖波「…」



沖波がコクリと頷く。



提督「このボケが!俺が何のために裏に手を回して動いていたと思ってんだ!勝手なことして全部台無しにしやがって!!」



提督が司令部施設の椅子を義足で蹴飛ばす。

椅子は勢いよく飛び出し壁に激突した。


聞き慣れない提督の怒号に艦娘達はこれ以上刺激をしてならないと大人しくしている。



沖波「それだと…」


提督「ああ!?」


沖波「それだと間に合わない可能性があるじゃないですか…!」



しかし沖波は譲れないものがあるのか引き下がろうとしない。



沖波「いいじゃないですかあれくらいのお金!あれで時津風さんと雪風さんが助かるのなら安いものでしょう!?」


提督「…」


沖波「司令官は悠長過ぎます!そんなことだと前みたいなことに…」



沖波が言い切る前に




沖波「きゃぁぁっ!!」




バチンッ!と高い音が司令部施設に響いた。




親潮「あっ」


祥鳳「提督…!」


提督「…」



提督が沖波の頬を叩いた。

全力で叩いたのか、沖波はその場に倒れてしまう。


メガネは外れ、唇が切れたのか血がポタポタと床に落ちていた。



衣笠「提督酷いよ!手を出すなんて!」


大井「あんた…!なんてことすんのよ!!」



提督の行為に艦娘達が非難を浴びせる。

しかし提督は全く耳を貸す素振りを見せようとしない。




提督「お前にはガッカリだ」


沖波「…」


提督「調子に乗りやがって…お前がここまで足を引っ張るとは思わなかったぞ」



吐き捨てるように言って提督はドアの方へと向かった。



提督「作戦中止、後は好きにしてろ」


大井「ちょっと!待ちなさいよ!!」


親潮「司令…!ま、待って下さい!」



出て行った提督を大井と親潮が追いかけて行く。




衣笠「大丈夫…?これ使って」


沖波「はい…」


祥鳳「立てますか?」


沖波「大丈夫です、大丈夫ですから…」



手を貸そうとする祥鳳に遠慮し、衣笠から受け取ったハンカチで唇の血を拭う。




沖波「少し…一人にして下さい…」





心配そうに傍に居ようとする祥鳳と衣笠に一人にしてもらうよう頼んだ。












しばらく沖波はその場でジッと膝をついて項垂れていた。







やがて立ち上がった彼女は先程提督が蹴り飛ばした椅子を手に掴み








元の位置に戻すのかと思いきや…







沖波「…っ!!」






その場で思いっきり叩きつけて













沖波「ああああああ!!!くそ!くそ!!クソッタレがあぁぁ!!死ねよあのアホンダラぁぁ!!」
















形を歪ませた椅子を踏みつけてバラバラになるまで壊し続けた。












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【横須賀鎮守府内 執務室】





九草「くく…あはは、あははははは!!」




その光景をずっと見ていた九草が大きな声で笑う。



部下1「ま、まさか艦娘に手を出すとは…」


九草「あははははは!!やっぱりあいつはもうダメなんだ!精神安定剤を飲むような奴だからな!あいつはもう壊れているんだ、あははははは!!」



まるで勝利を確信したかのように九草は狂ったように笑い始めた。



九草「何が艦娘を大切にするだ!所詮ガラスのような関係だな!傍から見たらキレイに見えてもこうして衝撃を加えるだけでこのザマだ!脆いんだよ阿呆が!あははははは!!」



九草はその後しばらく司令部施設で荒れる沖波を見て笑い続けた。













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司令部施設に誰も映らなくなって数時間が経った。





部下2「九草提督、天津風が来ました」


九草「よし、地下へ案内しろ」




天津風が横須賀鎮守府に辿り着いた。






【横須賀鎮守府内 地下独房】





天津風「お金を持って来たわ!早く二人を解放して!」



大き目のジェラルミンケースを持った天津風が九草に中身を見せる。


中にはギッシリと札束が詰められていた。



九草「わかってるよ」



九草が部下に命じて独房の扉を開けさせる。



時津風「あ、天津風…」


雪風「来て…くれたのですね…」


天津風「時津風…!雪風…!」



よろよろと独房を出てきた二人を天津風が抱きしめる。

食事を抜かれて4日目だったため二人ともかなり衰弱していた。



時津風「しれー…助けてくれたんだよね…」


雪風「絶対助けてくれるって…信じてました…」


天津風「え…」



時津風と雪風の言葉に天津風は一瞬言葉を詰まらせた。



天津風「ええ…そうよ、あの人が二人を見捨てるはず無いもの」



励ましなのか、天津風はこの場でそう言うしかなかった。




九草「くくっ、あはははは!よくそんなことが言えるな!あいつはお前らを見捨てただろうが!」


天津風「黙りなさいよ!あなたに何が…」


九草「勝手に金を持って来たのだろう!?今頃あいつは血相を変えて金を取り返しに来るだろうな、あははははは!!」


天津風「ぐ…」


時津風「え…」


雪風「どういうこと…ですか…」



嘲笑する九草を無視して天津風が二人の手を引っ張る。



天津風「こいつの戯言に耳を貸しちゃダメよ!行くわよ!」


時津風「あ…ちょ、ちょっと天津風…!」


雪風「一体何が…」


九草「帰る場所があればいいな!今頃あいつらは…あはははは!」






耳障りな九草の高笑いを振り払うように天津風は二人を連れて地下から出て行った。











九草「くくくっ…さて…本番に移るか…」









九草は歪んだ邪悪な笑みを浮かべたまま




次なる魔の手を伸ばすために動き始めた





























帰りたいと思った夜は







必ずと言って良い程に風雲姉さんの夢を見ました







『しょうがないなぁ』と言いながら両手を広げ抱きしめてくれる風雲姉さん






でも…その瞬間風雲姉さんが消えてしまう、そんな夢







目が覚めた時はいつも寂しさから泣いていました








私にとって風雲姉さんがどれだけ大切な存在なのか






どれだけ私にとっての支えになってくれていたのか






そのことを改めて痛感させられました













だから…











私は風雲姉さんを喪うわけにはいかない…














傷つける者は














誰であろうと許さない











【横須賀鎮守府内 工廠】








吹雪「ええ!?手紙を出してたの!?」








工廠に吹雪の驚きの声が響き渡る。



磯波「ごめんなさい…ひっく…ごめんなさい…」


深雪「な、なんでそんな…!」


叢雲「勝手なことをしたらダメだって言ってたじゃない!!」



時津風と雪風のことがあってか、仲間達の声が大きくなり、自然と磯波を責めるような構図になってしまう。



磯波「ごめんなさい…でも…わたし…」


叢雲「何よ!言い訳なんか聞きたくないわよ!!」


白雪「ちょっと待ってみんな…」


初雪「待って!聞いてあげて!」


吹雪「い…!?」


深雪「は、初雪…?」



普段物静かな初雪の大きな声にその場が一気に静まり返る。



初雪「磯波…どうした…の…?」


磯波「私が手紙を出したのは…お、大湊の…」


吹雪「し、司令官のところ…?」


磯波「…」



涙を零しながら磯波が頷く。




仲間達の約束事として大湊鎮守府の白友提督の所には連絡をしないように決めていた。

もし手紙なんて受け取ろうものなら彼がどれだけ心を痛め、しまいには突拍子もない行動に出る可能性があるからだ。



叢雲「同じことよ…みんな我慢してんのに…司令官に手紙を出したら飛んできちゃうって言ってたでしょ」


磯波「うぐっ…ひっく…ご、ごめんなさい…」


叢雲「もういいわよ…怒鳴ったりしてごめんね…」



磯波に我慢の限界が訪れようとしていることを知っていて仲間達はそれ以上責める気にはなれなかった。



吹雪「時津風ちゃんと雪風ちゃん…どうしてるかな…」


深雪「独房に4日も閉じ込められてたって…もう出られたって言っても心配だぜ…」




心配の対象が独房に閉じ込められていた二人に移った時…




天龍「おい!それってどういうことだよ!!」




ちょうど、長期の派遣遠征から戻った天龍が声を荒げる。


彼女は一時的に別の鎮守府へ派遣され、その地で遠征を手伝っていた。



1週間にも及ぶ派遣に出ていたため、その間に何が起こっていたのか今聞かされたということだ。



吹雪「お、落ち着いて下さい天龍さん…!」


天龍「これが落ち着いていられるかよ!くそっ!行ってくる!!」


白雪「ああー!ちょっと待って下さいー!」


叢雲「どこ行くって言うのよ!?もう時津風と雪風は…」




天龍は仲間達の話を聞かずどこかへ行ってしまった。






【横須賀鎮守府内 地下】




天龍「よし、誰もいないな…」



天龍は地下独房に何かを持って来ていた。



天龍(皆のことを考えるとあまり勝手なことはできない…今、俺ができるのは…)



きっと食事を抜かれて腹を空かしているだろうと心配になった天龍は食堂で簡単なものを作り持ってきていた。


独房のドアの隙間から渡そうと思って来たのだが…




部下1「何をしているんだ?」


天龍「げっ!?」



九草の部下にあっさりと見つかってしまった。



天龍「な、なんだよ、ここで飯を食おうと思っただけだよ」


部下1「…」


天龍「う…」



苦しい言い訳だったと天龍の顔がヒクついてしまう。




部下1「…時津風と雪風なら昨日天津風が連れて行った」


天龍「え?マジで!?」



天龍が独房のドアの隙間から中を覗くと既にもぬけの殻だった。



部下1「ここには誰もいない、さっさと戻るんだ」


天龍「お、おう…」



拍子抜けだったと思いながら天龍はどこかホッとした顔を見せ地下を出ようとする。



天龍「これやるよ」


部下1「?」



天龍は作ってきた料理を部下に差し出す。



天龍「教えてくれてサンキューな」


部下1「…」




まさか艦娘に礼を言われるとは思わなかったのか、部下は呆気に取られた顔をしながらもそれを受け取った。



天龍「じゃあな」


部下1「もう少し…」


天龍「え?」


部下1「もう少しの辛抱だぞ」




部下はそれだけを天龍に伝えその場を離れて行った。





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【遠征海域】




風雲「う…ぐ…」


白雪「風雲さん!下がってて!」


五十鈴「ここは任せなさい!少しでも身体を休めて!」


風雲「すみま…せん…」



輸送貨物船の海上護衛遠征任務に出ていた3人が深海棲艦と会敵する。


仲間達はすぐさま風雲に後ろに下がるよう指示をした。




風雲(情けないわ…)




風雲の疲労は限界に達していた。



遠征と定期任務の出撃を両立させて他の仲間達の負担を減らしたいという目的で始めたことだったが、時津風と雪風がいなくなってしまい彼女への負担がより大きくなってしまっていた。


当然見かねた長門や白雪、翔鶴は風雲の負担を減らすべく九草提督に懇願したが『自分から言い出したことだ、今更変更は認めない』の一点張りで編成を変えることを許してくれなかった。



それでも『大丈夫です』と気丈に振舞う風雲だったが、次第に限界が訪れようとしている。



風雲(自分から言い出したんだ…!辛いなんて言ってられない…!)



そう自分に言い聞かせ、風雲は仲間を援護しようと機銃を構える。



敵艦載機を撃ち落とそうと機銃を掃射したのだが…



風雲「うぐ…」



疲労から視界がボヤけて身体がグラついた。



五十鈴「な、なに!?」


白雪「きゃあぁ!!」




後方からの味方のあり得ない位置への掃射に二人がぎょっとして攻撃の手を止めてしまう。




風雲「しまっ…」




しまった、と思った時にはもう遅かった。






敵艦載機の爆弾が輸送貨物船のコンテナに直撃してしまい火の手が上がってしまった。



幸い火はコンテナのみを燃やしたところで船員によって消し止められたが…




風雲「私の…せいで…」




海上護衛任務は失敗に終わってしまった。






【横須賀鎮守府内 執務室】





九草「やってくれたな」


風雲「申し訳ございません…」




鎮守府に引き上げた艦娘達が執務室に呼び出された。



五十鈴「遠征旗艦として責任は私にあります、風雲を責めないで下さい」


白雪「私も…遠征管理を任されているにも関わらず今回のようなことを招いてしまい…」



一緒に出撃した二人がすぐさま風雲を庇おうとする。



九草「どうなんだ?」


風雲「私の責任です!私が後ろから撃とうとしなければこの様なことにはなりませんでした!」


五十鈴「風雲!」


白雪「風雲さん!」



庇おうとする二人を巻き込まないようにするために風雲は大きな声で非は自分にあると言った。




九草(くく…バカが…まんまと引っ掛かりやがった…)




九草がそう誘導していることを知らず、風雲は全責任を背負うこととなってしまった。





















九草「さて…賠償の件だが」


風雲「…!」



五十鈴と白雪が執務室から退出させられた後、九草が今回の被害についてを風雲に話す。


九草が机の上に置いた被害報告書を見ると風雲の顔が青ざめる。



風雲「な…に…これ…」


九草「見ての通りだ、あの船には商品だったブランドものがたくさん入っていてな。その被害額は億を超える」


風雲「…」


九草「本来なら海軍から補償することになるが…」


風雲「…!」



一瞬何とかなると思い希望を持ちそうだった風雲を九草が無表情のまま風雲を睨む。



九草「こんな何でもない遠征任務をこなせないような奴のためにどうして俺が上に頭を下げなければならないんだ?」


風雲「え…」


九草「補償はお前らで何とかしろ、俺は知らん」


風雲「そ、そんな…!」



助けようとしてくれない九草に対し風雲は床に両膝をつく。

屈辱的だろうが他の仲間達に迷惑を掛けたくない風雲は九草に土下座をした。



風雲「お願いします…!どうか力を貸して下さい…!お願いします…!」


九草「…」


風雲「私にできることなら何でもします!どうかお願いします!」



額を床に付けながら必死になって懇願する風雲に九草が歪んだ笑みを深める。



九草(くくく…本当に艦娘というのはバカというか考えが浅いというか…これだからこいつらを利用するのはやめられん)







九草は風雲が任務に失敗するよう疲労を無視して任務出撃と遠征を繰り返させた。


今回も失敗を予想していて貨物船の荷台には偽のブランド品を積むよう取引業者に話をしていたのだった。



本来の被害額は大したものでは無くこの被害報告書も九草が作った偽の報告書だった。




九草(海軍が艦娘を使い続けるのも頷けるな。こんな利用しやすい道具は他に無いのだろう)



必死に頭を下げお願いし続ける風雲に対し呆れと憐みを含んだ目でしばらく見ていた九草がようやく口を開く。



九草「良いだろう…お前がそこまで言うのなら補償するよう話をしてやる」


風雲「ほ、本当ですか!?」



九草の言葉に風雲が涙に濡れた顔を上げた。



九草「ああ。この後のお前の態度次第だがな」


風雲「は、はい…!どんなことでも…」


九草「本当だな…」


風雲「はい…!」



そうは言ったが風雲は何かとんでもないことをさせられるのではないかと心の中で後悔し始めていた。



九草「立って後ろを向け」


風雲「え…?」


九草「早くしろ」



九草に言われた通り風雲が立って後ろを向く。

風雲の背後からゆっくりと九草が近づいてくる。


何をされるのだろうと不安になり風雲の足が少し震えた。








風雲「痛っ!!」



風雲の首に激痛が走る。



そう思った時には既に床に膝をついていた。



風雲「な…に…?」



倒れながらも後ろの方を見ると九草が手に注射器を持っていた。



九草「意識がハッキリしているのに力が入らないのはどんな気分だ?」


風雲「え…」



風雲が立ち上がろうとしても身体が思うように動かせず手にも足にも力が入らなかった。



風雲「なに…を…」


九草「艦娘用に作られた筋弛緩薬だよ、暴れる艦娘を大人しくさせたり…」



九草が力が入らず倒れたままの風雲に近づき



九草「艦娘を…売り飛ばす時用のものだ」


風雲「ひっ…」



風雲の顎を掴み、無理やり顔を上げさせる。


その顔が徐々に恐怖に塗り替わっていった。



九草「お前は…高く売れそうだな、くく…あはははは」



自分がこれからどうなるのか



それをようやく自覚できて風雲の全身を寒気が包み始めた。






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【横須賀鎮守府内 工廠】






五十鈴「遅いわね…」


白雪「はい…」




先に執務室を退出させられた二人は風雲が戻るのを待っていた。




天龍「何かあったのか?」


吹雪「白雪ちゃん…どうしたの?」


白雪「あ、みなさん…」



そこへ別の遠征に出ていた艦隊が戻って来る。



天龍「もしかして風雲のことか…?」


白雪「…」


五十鈴「あのね…」




五十鈴が戻ってきた仲間達に今日あったことを話す。




天龍「あんのクソやろう…!どうして風雲ばっかり…!」


吹雪「心配ですね…」


五十鈴「もしも大きな音が聞こえたらって執務室のドアの前で待っていたんだけど…部下の人達が来て…」


叢雲「そっか…」



風雲のことを想い仲間達の顔が沈みがちになる。




叢雲「あいつ…本当に最近なりふり構わずやってくるわよね」


吹雪「うん…前と違って…なんか見切りをつけたっていうか…」


白雪「もしかしたら、だけど…」


五十鈴「ん?」



俯いていた白雪が顔を上げる。



白雪「九草提督は…ここから異動するんじゃないかって…」


叢雲「そ、それ本当?」


白雪「もしかしたら、だよ…あの人のやり方を見てるとそんな気がして…」


天龍「あ…!それだったらこの前あいつの部下が…」



天龍は地下であったことを仲間達に伝える。



五十鈴「もう少しの辛抱…か」


吹雪「む、叢雲ちゃん!これって…!」


叢雲「ええ!期待できるわね!」



天龍の言葉に白雪の予想の信憑性が増して工廠に明るい声が響き渡る。




白雪「司令官…やっと…ぐす…」


五十鈴「気を抜いちゃダメよ、これからあいつの私達への酷使は増してくるかもしれないんだからね」


白雪「はい…!それに負けないよう、しっかりとした遠征プランを組み直しますね!」



ようやく長いトンネルを抜けられそうな艦娘達の声は自然と明るくなり、久しぶりに笑顔を見せることができた。




天龍(風雲…大丈夫かな…)




そんな仲間達を見ながら天龍は風雲の心配をしていた。







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【佐世保鎮守府 執務室】





沖波「…」



誰もいない執務室で沖波は一人、掃除をしていた。



先日の勝手な行動が提督の逆鱗に触れてしまったのか、沖波は次の大規模作戦から外され一人鎮守府に置いて行かれたのだった。


一通りの拭き掃除を終えて沖波が執務室を出ようとした時。



沖波「…?」



ポケットに入っている携帯電話が鳴る。



沖波「風雲姉さん…?」



ディスプレイを見ると風雲の名前が表示され、テレビ電話の着信になっていた。


何事かと思い着信を繋いでみると…



沖波「なに…?」



ディスプレイに映ったのは見慣れない壁とコンクリートの床。




沖波「風雲姉さん…?」




沖波が声を掛けると画面が移動し…








沖波「な!?」







床に倒れている風雲が映し出された。


衣服は乱れ、下着が露わになっている。



普通の状態では無いことは明らかだった。



沖波「風雲姉さん!どうしたの!返事をして!!」


風雲『う…ぅ…』



沖波の声が聞こえているのかいないのか、風雲は小さな呻き声を上げるだけだった。




??『こいつにはこれから任務失敗の責任を取ってもらう』



風雲の声を遮るように誰かの声が聞こえてきた。



沖波「その声…!横須賀鎮守府の…」


九草『正解』



九草は隠そうともしなかった。



沖波「すぐに風雲姉さんを解放しろ!でなければお前を殺すぞっ!!」


九草『ふふふ、そんな口を利いて良いのか?』



九草は沖波のドスノ利いた声に全く動じることなく画面を風雲の方へと移動させた。




風雲『きゃああぁぁ!?』



そして敗れている風雲の制服を引っ張って更に肌を露出させる。



沖波「や、やめろぉぉ!!」


九草『やめろ?』


沖波「ぐ…うぅ…!や、やめて…下さい!」


九草『くくく…』



沖波が悔しそうに言い直すと九草が勝ち誇ったような笑いを零す。



風雲『おき…なみ…?』


沖波「風雲姉さん!」



沖波と九草のやり取りに風雲が気づいた。



風雲『私は…大丈夫だから…』


沖波「何を言って…」


風雲『私が招いたことだから…いいの…』


九草『くく…そうだな、全部お前がヘマをしたかたこんなことになったんだよな?』


沖波「え…」



テレビ電話の画面が移動し、風雲から離れていく。



九草『風雲は先日の護衛任務に失敗し、多額の賠償金を発生させてしまった』


沖波「そんなのはそちらの鎮守府が補償を…!」


九草『しかし健気にも風雲は「自分で責任を負います」と言ったんだ』


沖波「ぐ…どうせ風雲姉さんの弱みに付け込んだのでしょう…!!」


九草『さあな。俺はその意気を買うことにしたよ。早速こいつを高く買ってくれる奴が見つけてやったさ、あはははは!』


沖波「ま、待って!」



この後風雲がどうなるかわかってしまった沖波が九草を止めようとする。



九草『待って?』


沖波「待って…下さい…!」


九草『待てと言われてもなあ』


沖波「賠償金は…いくらなのですか…」



沖波の言葉に九草の笑みが深まった。



九草『今回の任務失敗の賠償金は…』


沖波「な…そんな…!」



沖波がその額を聞いて驚愕する。



沖波「そんな金額おかしいです!すぐに再調査を…」


九草『そんな時間は取れない、そういうわけで風雲を…』


沖波「ダメです!それだけはやめて下さい!お金は…」


九草『お金は?』


沖波「私が…用意しますから…」



それが九草の待ちに待った言葉だった。




九草『お前のような一介の駆逐艦に用意できる金とは思えんな。どこから用意するつもりだ?』


沖波「それは…」


九草『まあ良い、金の受け渡しはネットバンクのデータとさせてもらう。送金手続きは必要無い、電子口座ごと頂く、それで良いな?』


沖波「はい…」



沖波は苦々しく了承するしかなかった。

九草は振り込みという形で提督との繋がりができることを避け、あくまで盗まれたという形で足を着かないように仕向けてきた。

沖波が提督の金を持ってくるということを確信しての指定方法だった。



九草『それと柱島…いや、佐世保鎮守府の作戦データ等も一緒に頂こうか?』


沖波「な…!こ、これ以上司令官に迷惑を掛けるわけには…!」


九草『どうせ奴の金から賠償金を用意するのだろう?ついでに持ってきても罪は大して変わらんだろう』


沖波「でも…!」


九草『…奴に復讐する良い機会だとは思わんか?』


沖波「…!!」




復讐という単語に沖波が揺れる。




沖波「ふ、復讐なんて…」


九草『お前が奴に相当の恨みを抱いていることは把握済みだ、別に誤魔化さなくても良い』


沖波「ち…違…」


九草『柱島ではお前も地獄のような生活を強いられたのだろう?可哀想に、奴はお前が何も言えないことを良い様に利用しているだけなんだ、そうだろう?』


沖波「…」


九草『ふふふ…』



沈黙は肯定の証だと九草が笑う。



九草『わかったな。おかしな真似をするなよ、お前の所には既に見張りを送らせている。後はそいつの指示に従うんだ』


沖波「え…」



九草の言葉に沖波が辺りをキョロキョロと見まわす。


執務室の窓から正門を見ると見慣れない車が停まっていた。




沖波「…」




沖波はもう逃げられないのだと観念したのか、普段提督が座っている椅子に座りパソコンを立ち上げた。







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【横須賀鎮守府内 執務室】






部下2『沖波が動いたように見えます』


九草「そのまま監視を続けろ、後は手筈通りに動け」




風雲を監禁している場所から執務室に戻った九草は部下に指示をしながら執務室で大型船内の様子を伺うことにした。









天城『て、提督…!私達の作戦データが抜き取られています!』


提督『なに?どこからだ!?』


天城『そ、それが…』



慌てて天城がパソコンのキーボードを叩く。



天城『さ、佐世保鎮守府から…』


提督『…沖波かっ!あのクソガキ!』



提督が立ち上がり机に拳を叩きつけた。



祥鳳『提督…』


提督『なんだ!?』



恐る恐る声を掛ける祥鳳に提督が八つ当たりにも似た返事をする。



祥鳳『ネットバンクに…アクセスできなくなっています…』


提督『な…!?』



祥鳳の言葉に提督が画面を覗き込む。


そして自分でIDとパスワードを打ち込んでもエラーの表示が出た。



提督『あいつ…俺の金を…』


祥鳳『…』


天城『…』



パソコンの画面を見ながら提督が信じられないという顔をする。

















大井『ちょっと、聞いてるの?作戦中なのに…』


提督『…戻れ』



作戦海域に出ている大井からの通信に提督は帰投を命じる。



大井『は?何言ってんのよ』


提督『作戦は中止だ!さっさと戻って来い!沖波のクソガキをここに引きずり出してやる!!』



一方的に通信を切って提督は辺りの物を壊し始めた。



提督『あのクソガキがぁぁ!!』


天城『きゃあああああ!』


祥鳳『提督!お願いします!落ち着いて下さい!』





祥鳳と天城が必死に止めようとするが、それでも提督は暴れるのをやめようとせず、椅子を壊し壁に穴を開け、机にある物を当たり散らしていた。














九草「あははは!あはははははははは!!悔しいだろうなぁ!信じていた艦娘に裏切られて、あはははははははは!!」



その様子を執務室にあるモニターから見ていた九草は手をパンパンと叩きながら笑っていた。




その後もしばらくは提督の荒れっぷりが収まることは無く



大井達が帰投するまで暴れ続けていた。






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【横須賀鎮守府近郊 港】




沖波「…」


部下2「降りろ」




九草の部下の車に乗っていた沖波が言われた通り車を降りる。


港にある大きな倉庫の前で降ろされ、その入り口にはもう一人の部下が立っていた。

沖波が周りを見るが九草の姿が見当たらない。



部下1「ものは…」


沖波「…」



手を伸ばした部下に対し沖波がUSBメモリを渡す。



沖波「鎮守府のデータはこの中に…IDとパスも一緒に入っています…」


部下1「名義変更の手続きは?」


沖波「既に完了しています…反映まであと1時間くらいかと…」


部下1「わかった…口座の利用が確認次第風雲の居場所を連絡する」


沖波「…」



部下は沖波からUBSメモリを受け取るとそのまま車に乗り込み鎮守府の方へと行ってしまった。



沖波「…」



後に残された沖波は一人、その場で両膝を抱えてうずくまった。



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【横須賀鎮守府内 執務室】



九草「…ええ、ですから金の工面はできました。近日中に振り込みますよ、ですから私を欧州遠征部隊に…はい、私の後任はそちらの選んだ者を…白友?ははは、あんな奴はいつまでも輸送部隊を指揮していればいいのですよ」




九草は上機嫌で自分の抱えている役員達に根回しを始めていた。


既に沖波から金を受け取れる確信を得ているのか、大金を振り込む約束をしていた。



九草(くくく…ばかめ、俺が欧州遠征に行くことになったらお前らなんぞ切り捨てさせてもらうからな)





部下1「失礼します」



電話をしながら内心ほくそ笑んでいる所に部下達が戻って来る。



部下1「沖波からデータとID、パスワードを入手しました」


九草「セキュリティスキャンに掛けろ」



用心深い九草は沖波がウィルスを持ち込んでいないか警戒し、部下のパソコンを使ってウィルスの確認をさせた。



部下1「セキュリティ問題ありません」


九草「よこせ」



さっさと部下からUSBメモリを受け取ると早速IDとパスワードを使ってネットバンクにアクセスした。



九草「くく…あはは…あはははははははは!!」



その金額を見て高笑いせざるを得なかった。



九草「見ろ!あいつはなんて大金を持っていたんだ!あはははははははは!!これは俺がありがたく使わせてもらうよ!お前が必死に柱島攻略して得た金をな!あはははははははは!!」



ネットバンクに表示された金額は5億を超えるものだった。


これならばどれらけ役員達に上納金を渡してもお釣りが来ると九草は笑いが止まらなかった。



九草「それにあいつ作戦中のデータまで奪い取って来やがった!あはははははははは!!これであいつは今回の作戦も途中で降りざるを得なくなったわけだ!ふはははははは!ざまあみろ!俺に逆らうからこんなことになるんだよバカめ!!」


部下2「風雲に関しては…」


九草「監禁場所を教えて好きにさせてやれ!もうあいつは用済みだ!」


部下1「はい」




九草に確認後、部下は沖波へ連絡をして監禁場所を伝えた。





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【横須賀鎮守府内 港倉庫地下】




沖波「風雲姉さん!!」



風雲の居場所を聞いた沖波は港倉庫の地下に探しに行った。

通常では絶対にわからないであろう港倉庫の地下に行くと、風雲がテレビ電話に映った通り冷たい床に倒れていた。



風雲「沖波…」


沖波「大丈夫ですか!?何かされませんでしたか!?」


風雲「うん…」



見ると衣服は乱れている様だが、テレビ電話で見た時とあまり変わっておらずそれ以上のことはされていない様に見えた。



沖波「良かった…」



力無くその場にへたり込みながらカバンに入れていた大き目のタオルを風雲の肌が露出しないよう掛けてあげた。



風雲「ぅ…おき…なみ…」



妹の優しさに耐え切れなくなったのか、風雲が涙を零した。



風雲「ごめん…なさい…ひっ…わたしの…せいで…うぐ…」


沖波「良いんですよ…風雲姉さんが無事ならそれで…」



風雲の見せる涙をハンカチで拭って沖波は優しく抱きしめた。








その後、しばらくは沖波に胸を借りて泣いていた風雲だったが



沖波「行きましょうか。とりあえずここを離れましょう、しばらく身を隠せるところをいくつか考えていますから…」


風雲「…」


沖波「風雲姉さん…?」



ここを出ようと立ち上がらせようとする沖波から離れた。

まだ足元がおぼつかないのかフラフラとしている。



風雲「私は…行けない…」


沖波「どうして…?」


風雲「横須賀鎮守府に…戻らないといけないの…」


沖波「…」



風雲の言葉に沖波が信じられないという顔をする。



沖波「何を言っているのですか…こんな目に遭わされて…」


風雲「私達が…佐世保から横須賀に異動した時…ね…」



その理由をポツポツと話し始めた。



風雲「ここのみんなは…暖かく迎えてくれたの。私達に困っていることはないか、寂しくは無いかって、艦娘達も白友提督もいつも気に掛けてくれたわ…」


沖波「…」


風雲「私…ここのみんなに本当に感謝してるの、迷惑を掛けたまま…離れられない…っ…」



申し訳なさそうに俯く風雲が涙を零した。


いきなりの異動で心細かった彼女達に優しくしてくれた横須賀の仲間達に恩を返せないまま離れたくないというのが風雲の気持ちだった。




風雲「ごめん…ね…沖波…こんな…ぅっ…迷惑掛けたのに…ひっく…私は…」


沖波「ううん、いいのですよ」



泣きじゃくる風雲を再び沖波が優しく抱きしめた。



沖波「それでこそ…私の大好きなお姉ちゃんです」


風雲「沖波…ぅ…ぅ…ぅああぁぁぁぁぁ…」



沖波の優しさに我慢できなくなった風雲が声を上げて泣き始めた。






沖波は風雲が泣き止むまでの間、抱きしめながら優しく背中を撫でていた。































沖波「風雲姉さん、お願いがあります」


風雲「え…?」




風雲が泣き止み、自力で立ち上がれるようになった時



沖波があるお願いをしてきた







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【横須賀鎮守府内 執務室】





九草「くくく…笑いが止まらんな、これだからバカな艦娘達の硬い絆は利用のし甲斐がある」




九草は上機嫌で自分の抱えている役員達に送金していた。


その額に役員達は手の平を返したように九草に連絡してきて今後も支えていくことを約束していた。



部下1「九草提督、風雲が…」


九草「なんだ?」


部下1「風雲が…戻ってきました」


九草「ふん、やはりな。クソ真面目な奴だ」



九草もある程度予想していたのか、特に動じることはなかった。



部下1「それが…沖波も一緒に来ているのですが…」


九草「なに…?」



しかし沖波の名を聞かされて九草が眉を顰めた。

























風雲「失礼します…」


沖波「失礼します」



少しして部下に連れられながら風雲と沖波が執務室に入ってきた。



九草「風雲はまだしも…沖波、お前は何の用で来た?」


沖波「その…」



話し辛そうにしながら沖波がポツポツと話し始めた。



沖波「司令官に…佐世保鎮守府に対し、あれだけの事をした私には…行き先がありません」


九草「…」


沖波「どうか…」



沖波が九草に対し頭を下げる。



沖波「私をここに置いて頂けないでしょうか…」


九草「…」



沖波のお願いに九草は眉間にしわを寄せる。


確かに沖波の言う通り彼女は行き場を無くし困っているのは間違いない。



通常の異動ならば問題は無いが、今の沖波は佐世保鎮守府を飛び出した状態で逃亡の身だと言われてもおかしくない。


艦娘の逃亡は重罪で、捕まったら即解体ということもありえるのだ。




九草「頭が高い」


沖波「え…」


九草「それが人に物を頼む態度か?ああ?」


沖波「…」


風雲「お、沖波…」



やめさせようとする風雲を沖波が手で制す。

そして床に両膝を着いた。



沖波「…」



そのまま土下座するのかと思いきや、沖波はそのまま動かない。



九草「どうした?さっさとしろよ」


沖波「…」



悔しさからか、屈辱からか沖波が小刻みに震えている。

唇を噛み締め、眉間にしわを寄せている。



九草「匿って欲しいんだろ!?オラ!さっさと地べたに這いつくばって頭下げろって言ってんだよ!!」


沖波「…」



屈辱に顔を歪めたまま…



沖波「お願い…します…」



沖波は頭を下げた。



九草「…」



九草が満足そうに歪んだ笑みを深めた。



九草「仕方ないな、匿うだけならしばらくここに置いてやろう」


沖波「ありがとうございます…」


九草「だがお前を完全に信用したわけじゃない、しばらくは独房で様子見させてもらうぞ」


風雲「そ、そんな…!」


九草「心配するな、食事抜きにするわけじゃない。一応は客人だからな、あはははははははは!!」


沖波「わかり…ました…」



沖波は独房で過ごすことを受け入れ、部下に連れられて執務室を出て行った。



九草「おい、あいつがおかしいことをしないか監視モニターでチェックしていろ」


部下2「わかりました」







九草は部下にチェックを命じて自分のパソコンを確認する。



そこには…






『私をここに置いて頂けないでしょうか…』




沖波が九草に対しお願いするところが映っていた。




九草(くくくっ…これをあいつが見たらどんな顔になるのか…楽しみだ)



九草は沖波を『捕えた』と提督に連絡し、彼女を処分しようと考えた。


怒り狂っている提督が大金を勝手に持って来た沖波を許すとは到底思えず、彼女の前に現れた時にどうするかを想定し始める。



九草(もしもその場で沖波に暴行を加えればそれだけで上に報告できる…もし解体処分をしようものなら…ふふ…たとえ連れて帰ったとしても、もうあいつらの関係は完全に終わっている。艦隊がまともに機能するはずがない…ふふ…ふふふふ…それにあいつは作戦中止を命じた…これは立派な職務放棄だ…!まずはこれをネタにあいつを大本営に呼びつけて…!!)



考えれえば考えるほど自分の手の平で踊る提督のことが楽しくて仕方なかった。




九草「選り取り見取りだな、あはははは!うわははははははははっ!!」




勝利を確信した九草の高笑いが執務室に響き渡った。






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【横須賀鎮守府内 廊下】




天龍「お、沖波!?」


沖波「あ、天龍さん、こんにちは」



部下に連れられた沖波が地下へ向かう途中天龍と会った。



天龍「な、何があったんだよ!お前、一体何を…」


沖波「しばらくこちらの独房にお世話になります」


天龍「はぁ!?」



平然と話す沖波に天龍が混乱した声を上げる。



天龍「ど、どういうことだよ!」


沖波「心配しないで下さい。私のことよりも風雲姉さんのことをお願いしますね、とても疲れているでしょうからしばらく休ませて下さい」


天龍「お、おい…」


沖波「大丈夫ですよ」



天龍の横を通り過ぎた沖波が一旦振り返る。








沖波「もう終わりですから」


天龍「え…お、終わりって…おい…!」








それがどういう事なのかわからない天龍はそのまま沖波を見送ることしかできなかった。










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【大型船 司令部施設】











数日後…








天城「提督、大本営から…」


提督「ああ」




司令部施設で天城が大本営からの電話を提督に繋ぐ。





提督「…わかりました」




何かを了解して提督が受話器を置く。







提督「さて、行きますかね」


祥鳳「皆さん、留守の間をお願いします」


天城「いってらっしゃい」







提督と祥鳳は大本営へ向かい歩き始めた。















【横須賀鎮守府内 地下】




天龍「沖波」


沖波「あ、はい」



独房のドアにある格子付きの小さな窓から天龍が呼び掛けると本を読んでいた沖波が近寄って来る。



天龍「ほら、これで良いか?お前って本当に読むの早いよな」


沖波「ありがとうございます天龍さん」



格子の隙間から天龍が沖波に分厚い本を渡した。



沖波「天龍さん、こうして来てくれるのはとてもありがたいのですけど…」


天龍「何だよ?」


沖波「少しは隠れて来た方がよろしいのではないでしょうか?」


天龍「ああ、それなんだけど…」



沖波に言われて天龍が辺りに視線を送る。


視界には九草の部下達の姿が映るが、彼らは天龍を咎めようとせず警戒もしていなかった。



天龍「その気になりゃこんなドアなんかぶっ壊して沖波を助け出せるけど…何だろうな?なんか変な雰囲気なんだよ。あのクソ提督の異動が決まりそうだからかな?」


沖波「あまり無茶をしないで下さいね」


天龍「わかってるよ、また夕方頃に覗くわ。じゃあな」



沖波に諭されてか天龍は大人しく地下室を後にした。




沖波「さてと」




沖波は再び独房の床に座り本を読み始めた。




独房に入れられているにも拘らず沖波は鼻歌を歌いそうなほどの笑顔で本を読んでいた。





その姿は何かを楽しみに待っているようにも見えた。











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【大本営 会議室】




「九草君の欧州遠征の派遣は…」


「後は上に話を通すだけで…」


「後任は我々の派閥から…」


「いやぁ…九草君からのお礼はすごかったね…」





会議のために集められた役員達の一部がニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら談笑をしている。


彼らは九草をバックアップしていた役員達で強引な昇進などを後押ししていた者達だ。

その見返りに九草からは多額の賄賂を受け取ったりもしていた。







鹿島「失礼します」




会議室に大本営第二秘書艦の鹿島が入る。


彼女の登場に会議室の空気が一気に張りつめた。




鹿島「佐世保鎮守府の提督さんがお見えになりました」




鹿島の言葉に議長が入れるよう指示すると彼女はドアを開けて入るよう声を掛けた。




提督「…」



提督は頭も下げず会議室に入り、コの字になっている会議室の役員達全員が見える位置に立った。



鹿島「それでは今日の会議は…」



本来会議に顔を出す艦娘は大本営秘書艦の大淀のはずだが、彼女は少し前まで柱島で時間を共にしていたということもあり、公平性を保つために第二秘書艦の鹿島が艦娘代表として取り仕切ることになっていた。



提督「こんな所に呼び出しやがって、何の用だ?」



「な!?」


「おい!何だその態度は!?」



開口一番、物怖じしないどころか怖いもの知らずな提督の一言に会議室の役員達が顔を真っ赤にしながら怒声を浴びせる。



提督「くだらん要件だったら許さんぞ、さっさと言え」


「ぐ…」


「話に聞いていたがなんて奴だ…!」



役員達の声を全く聴こうともしない提督の態度に彼らは苦虫を嚙み潰したような顔をした。



「ふん…!いつまでそんな態度でいられるかな?」


「お前を呼び出したのはここ最近続けて大規模作戦から撤退していることだ!」


提督「あ?撤退?」


鹿島「え?」



鹿島が手に持っている資料を確認している。



「それだけじゃないぞ!」



役員達には提督を追い詰めるだけのネタがあるのか、少しずつ平静を取り戻し始めた。




「お前には艦娘への暴力沙汰も噂されているぞ!」


「おまけに精神治療をしているらしいな?そんな状態でいつまで海軍提督が続けられると思っているんだ?」


「どうなんだ?何とか言ってみろ!」


「お前のような若造が柱島を攻略したなんて何か後ろめたいことがあると思っていたんだよ!」



提督「…」



勢いを強め始めた役員達を前に提督が閉口する。


何も言わない提督を見て役員達は調子に乗ってきたのか声が大きくなり始めた。



「それで中将の位を与えられるなんて早すぎるんだよ!」


「時期尚早だったな!」


「お前には荷が重すぎる!」


「二度続けての大規模作戦撤退もちゃんと問題にさせてもらうからな!!」



九草派の役員達は彼を今後も後押しするために提督を中将の座から引きずり落そうということで一気にまくしたてようとした。



提督「ふっ…くくく…」



「な、何がおかしい…!」



しかし不敵に笑う提督に場の空気が一変した。



提督「二度続けての大規模作戦からの撤退?何のことだ?」



提督は余裕の笑みを浮かべたまま役員達に対し答える。



「何を言って…」


「大規模作戦の中止を自分から…」


提督「中止?そうなのか?」


鹿島「いいえ、今回の作戦は継続中になっていますよ?」


「な…!?」


「なんだと!?」




鹿島が手元の資料を確かめながら役員達に答えた。



提督「確かに俺は司令部施設で『作戦は中止だ』と言ったが…」



不敵に笑う提督が役員達を睨みつける。



提督「実際に中止すると大本営に報告はしていない」


「な…」


「そんな…!」


提督「どうして中止したなんて勘違いをしたんだろうな?くくく…」



九草派の役員達は提督が大規模作戦を中止したということを司令部施設を盗聴していた九草から聞かされていた。


彼の情報なら間違いないだろうと高を括っていたため思わぬ反撃に言葉を詰まらせる。



「だ、だが…!実際現場を離れているのは間違いないだろう!」


提督「ここに呼んだのはてめえらだろ」


「黙れ!現場で指揮を執っていないのなら作戦中止と変わりは…」


提督「その後の戦線維持はできてるか?」


鹿島「はい。提督さんが離れてからも作戦海域の戦線は維持されたままですね」


「そ…」


「そんな馬鹿な…!」



提督の質問に鹿島が答え、その内容に役員達が黙ってしまう。



提督「俺が柱島で死にかけてる時もあいつらは戦線を維持し続けた」



提督がそう言いながら九草派の役員達を見下ろす。



提督「こんなヘボい輸送作戦の維持なんて造作も無いことなんだよ、わかったかブタ共」


「な…!」


「なんだその口の利き方は!?」



提督の暴言にたまらず役員達が立ち上がって非難を始めた。



「お前のその態度は問題にするからな!」


「こちらにはお前を追い込むネタはいくらでもあるんだからな!!」


「謝るなら今の…」


提督「謝るなら今のうちだぞ」


「は…?」


「何を言って…」




役員の台詞を先に提督が口にした。




提督「5…4…」


「何を…」


「そんな強がりをして…!」


提督「3…2…」



提督がカウントダウンしながら懐に手を入れる。


何かされると思った役員達が『ヒィッ!』と声を上げて身を竦ませた。




提督「1…ん?」



数え終えようとした提督が何かに気づく。




「あ…!」


「お、おい!何をしているんだ!」



ようやく顔を上げた役員達もそれに気づいた。





提督の前で一人の男が土下座をしている。



役員「もうしわけ…ございませんでした…」



彼は以前九草との合同演習で審判をしていた役員だった。




提督「お前は少しくらい優遇してやる」


役員「ありがとうございます…!」


「お、おい!待て、まだ話は…」


「どこへ行く!」




提督は土下座する彼に声を掛けてからさっさと退室してしまった。


















祥鳳「終わりましたか?」


提督「ああ」



廊下に出ると祥鳳が待っていた。



提督「俺は横須賀へ行く、お前も予定通りに動いてくれ」


祥鳳「はい、提督もお気を付けて」






提督は祥鳳に動くよう言って、携帯電話を取り出しながら大本営の外へ歩き出した。














提督「…天城か、俺だ。霧島を護衛で連れて行くけど良いか?」










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【横須賀鎮守府内 執務室】





九草(ふふふ…ようやく俺の欧州遠征が決まりそうだ)



執務室の椅子に深く座りながら九草は愉悦に浸っていた。


欧州遠征部隊は提督達にとっての出世コースであり、中将や大将等の限られた位を持つ者にしか率いることが許されない。

それに選ばれることを確信してか、九草は上機嫌でこの先行くであろう欧州の資料をめくっていた。



九草「ん…?もしもし?」



九草の携帯が鳴る。


相手は彼の抱えている大本営の役員だった。




九草「奴がそんなことを…?ええ、大丈夫ですよ。そんなのはただのハッタリと負け惜しみです。ええ、私を信じて下さ…」




提督「お邪魔するぞ」



九草「…!?」



ノックもせずにいきなり現れた提督に九草が身体をビクつかせた。



九草「…失礼…後で掛け直します」



何とか平静を保ちながら電話を切る。



提督「沖波が来てんだろ?」


九草「ええ…」


提督「出せ」


九草「…」


提督「さっさとしろ」



九草が提督の様子を伺う。


提督は眉間に皺を寄せて怒りの表情を噛み殺しているように見える。



以前、合同演習で訪れた時には見せなかった余裕のない表情だった。


九草は内心ほくそ笑みながら部下に沖波を連れてくるよう促す。



九草「待っている間に…よろしければこちらをご覧いただけますか?」


提督「あ?」



九草が机に置いてあるノートパソコンを提督に向け動画を再生する。


そこには…






沖波『私をここに置いて頂けないでしょうか…』







九草に頭を下げる沖波の姿が映っていた。



提督「なんだこれは…」


九草「沖波は自分から匿って欲しいと願い出てきましてね」



動画を見る提督の方が震えている。

それを見て九草がニヤリと笑みを深めた。



九草「あなたが迎えに来るだろうと独房に入れて…」


提督「あのクソガキがぁぁぁ!!!」



怒りが頂点に達した提督が机を蹴る。

大きな音に驚くことも無く九草はその様子を嘲笑っていた。







部下1「連れて来ました」


沖波「…」






そこに部下が沖波を連れて入って来た。

沖波は怯えたような顔で俯いている。



九草「後はお二人でどうぞ」



それを見て九草がすぐに執務室から出ようとする。




提督「沖波…てめぇ…!!」


沖波「し、司令官…わ、私…」




九草の背後では彼の予想通りのやり取りが始まろうとしていた。




九草(くくく…艦娘を殴ってみろ、この部屋に仕掛けられたカメラでしっかりと撮影させてもらうからな。逆上した艦娘に殺されれば最高だ…!)



この場に巻き込まれないよう、九草はそそくさと執務室のドアへと向かった。





しかし…




部下1「…」


九草「…?おい、どけ」




彼の部下がドアの前で立ち塞がり行く手を阻んだ。


























提督「よくやった沖波、ミッションコンプリートだ」



沖波「えへへ、ありがとうございます司令官」























九草「え…」




彼の背後では想像から大きく外れるやり取りがされていた。




どういうことかと九草が振り返ろうとしたが…



提督「ロケットキック」


九草「うごっ!?」



提督の飛ばした左足の義足が九草の背中に勢いよくめり込む。


痛みと息苦しさに九草がその場に両膝を着いた。




提督「ほれ、沖波」



提督が何かを沖波に投げ渡す。



沖波「サンダーパーンチッ」


九草「ぐああああああああああああああああああっ!!!」



沖波は提督からスタンガンを受け取るとすぐにスイッチを入れて九草の脇腹に浴びせた。


予想外で尋常ではない刺激に九草はその場にうつぶせになって倒れてしまった。




沖波「うふふ、今のは時津風さんの分ですよ?」


九草「うぐ…ぅ…な、何を…」


沖波「そしてこれは雪風さんの分です、サンダーパンチ改!」


九草「おああああああああぁぁぁぁ!!!」



先程とは逆の脇腹にスタンガンの電流を浴びせ、九草は立ち上がれないほどの痛みを受けてしまった。




提督「おいおい手加減してやれよ、気絶したら面白くないだろ?」


沖波「うふふ、すみません司令官」


九草「…!?っ…な…」



義足を履き直した提督とスタンガンを持っている沖波が和やかに話している。


九草にとっては信じられない光景だった。



沖波「どうかしました?」


九草「な…なぜ…だ…?お前達は…」


提督「お互いを憎んでいたはずだろうって?」


九草「…!!」



提督の指摘に倒れたまま九草が表情を硬直させる。



沖波「そうなのですか?変態野郎のクソ司令官」


提督「そうだと思ってたみたいですよ?沖波様、くく…あはははははは!」


九草「ぐ…バカ…な…!?」



提督に対し平気で悪口を言う沖波とそれを平然と受け入れている提督に対し九草の顔が青ざめる。



沖波「うふふ、こーんな簡単な罠に引っかかるなんて、本当におかしくって我慢するのが大変でしたよ?」


提督「言ってやるなよ、クソ提督だって必死だったんだからな」


九草「減らず口を…おい!早くこいつらを何とかしろ!!」



倒れたまま九草が部下に声を掛ける。



部下1「…」


九草「おい!聞いてるのか!さっさと…」


部下1「…」



しかし部下は一切反応することなく倒れている九草を見下ろしていた。



九草「な…おい…!お前…」


沖波「あららー、お返事がありませんねー」


提督「クソ提督は嫌われてるもんなぁ」


九草「お前ら…ただじゃ置かないぞ…!こんなことして問題にならないとでも思っているのか!!」



床に情けなくうつぶせになっている九草が携帯電話を取り出す。



提督「どうぞ、好きなところへお掛け下さい」


沖波「うふふふ」



提督も沖波もそれを止める素振りを見せず嘲笑っていた。

その様子に不気味なものを感じながら九草が大本営の役員達に電話を掛ける。






しかし…







九草「ばかな…!どうして誰も出ない!!」







一人、二人、三人と掛け直すが誰も電話に出ようとしなかった。




提督「そりゃそうだろう、今頃あいつらはそれどころじゃないだろうからな」


九草「ど…どういうことだ…!?」


沖波「こういうことですよ」




沖波が九草のノートパソコンを取って倒れている彼に見せる。




九草「な…何だこれは!?」




パソコンに移った画面には髑髏のマークが笑っていた。



手を伸ばしてキーボードを触るが全く反応が無い。



提督「ここ最近、このパソコンを使っていた全ての行動をハッキングして抜き取らせてもらったんだよ」


九草「な…!?」


提督「もちろんお前が大金を役員共に送金したのもバッチリな。あはははははは!」


沖波「うふふ、贈収賄の証拠がバッチリ残っちゃいましたね。あ、既にそのやり取りの記録は大本営の協力者さんに届いていますよ?」


九草「そんな…ばかな…!」


提督「おまけにお前の抱えているクソ役員達の弱みのデータまでしっかり残しててくれて…いやー、おかげで大本営の肥え腐ったブタ役員共をまとめて排除できたぞ。ありがとなクソ提督」


九草「そんなはずないだろぉっ!!」



九草が倒れたままパソコンを叩きつける。



九草「おい!お前にセキュリティチェックをさせたよな!?これは一体どういうことだぁ!!」


部下1「…」




九草は沖波の持って来たUSBメモリのウィルススキャンを部下にさせていた。


その時の部下からの回答は『問題無い』というものだったが…



部下1「もうあんたに従うのは懲り懲りだ」


九草「な…」


部下1「受け取っていた金は全て返す。この方が全額肩代わりしてくれたからな」


九草「ふ、ふざけるなぁ!てめえいつの間にこいつと繋がっていたんだ!おい!誰か早く来い!こいつらをどうにかしろぉぉっ!!」



あっさりと見捨てた部下に九草が罵倒を浴びせ、他の者を呼ぼうとするが、誰も姿を見せず状況は一切好転しない。




部下1「私だけでは無い、他の者達も全員あんたとは縁を切らせてもらうことになっている」


九草「なんだと…!?」


沖波「人望無いですねぇ」


提督「汚れ役はいつも部下にやらせるような奴だからなぁ。俺を殴るのも部下にやらせて責任逃れしようとするし、自分のパソコンにウィルスが入るのが嫌だからって部下にウィルスチェックさせるし、沖波に対しての監視も何かあったら危険だろうから自分では動かないし。おまけに部下の家族が病に侵されているのを盾にして何でもかんでも強制させれば…誰だってついていく気を無くすわなぁ」



部下から三下り半を突きつけられた九草に沖波と提督が呆れながら九草の悪いところを指摘した。



提督「前に言っただろ?部下は大事にしようぜって」


九草「ぐ…ぅ…!」



勝ち誇った提督の言葉に九草が倒れたまま項垂れ顔を床に着けた。

提督の勝ち誇った姿は数時間前の自分と同じだと言うのが皮肉なことだった。




九草「い…いつからだ…」


提督「は?」


九草「お前は…いつから俺を罠にかけようとしていたんだ…!」




九草は悔しそうに顔を歪めながら提督に聞き出そうとする。

その態度が気に入ったのか、提督は笑みを見せながら口を開いた。







提督「お前が俺の前に現れた、その日からだよ」


九草「…!?」


提督「おかしいと思わなかったのか?俺が初対面であるお前にいきなり挑発するようなことを言ったのが」




2年以上前に遡る。


初の合同作戦にと集められた会議場で九草は提督の前に現れた。


その時に九草は挨拶と称して提督の値踏みをしようとしたのだが、いきなり暴言を浴びせられ退散させられたのだった。




提督「お前をターゲットにしたのはもちろんだが、それよりもお前の背後にいる大本営のブタ共をどうやって排除してやろうかと考え始めたんだよ」


九草「そんな…前から…」


提督「この先必ず障害になるだろうからな、色々考えを張り巡らせたよ。誰がどう繋がっているのか、弱みを掴むにはどうしたら良いのか、誰から排除するのが効率が良いのか…」



淡々と語る提督に対し九草が寒気を覚える。



提督「もし…柱島に飛ばされた場合…どうすれば良いのか、とかな。くくく…」


九草「ば…ばかな…!そんなことまで…」



提督が柱島に左遷させられたことすら想定していたと知り、九草が驚愕する。




沖波「おバカさんですねえ、司令官を敵に回すなんて。この世で最も敵に回しちゃいけない人なのに」


提督「はっはっは、照れるぜ」


九草「ぐ…ぅ…」



九草が悔しそうに歯を食いしばっている。



提督「柱島から帰ってからは色んな罠を用意したんだぞ?お前から艦娘を庇って『艦娘を助ける甘い提督に見せる』とか」


九草「なに…!?」


沖波「私が司令官に対して不満を持っているようにわざとあなたの前でそう見せていたのですよ?」


九草「ぐ…!」


提督「精神安定剤のゴミをわざわざ部屋に置いてきたりとか、大本営で金に弱そうな医者を見つけて適当な診断をしてもらったりとかな。他にも艦娘を連れて遊びに出掛けるとかギャンブルにのめり込んでるとかやったけどそっちの餌には引っ掛からなかったな」


沖波「あなたが私を標的にするのを予想して前々からウィルス入りのUSBを用意していたのですよ?あなたは弱い者いじめが好きでしょうから絶対に姉妹艦を人質に取って駆逐艦を狙って来るって確信してましたものね。更に見た目弱そうな私に狙いを絞って来やすいようにわざわざあなたの前で司令官に不満を持っているようにしていたのですよ?合同演習の司令部施設の時も、盗撮されていた大型船内の司令部施設の時も、ね」


提督「堅物そうな親潮が狙われないだろうから沖波か天津風には事前に全て話しておいたんだよ。尤も天津風の奴は最初頭に血が昇って打ち合わせていたことを忘れていたみたいだがな。まあそれが結果的に演技に見えなかっただろうから良い方に転がってくれたがな」


沖波「うふふ、そうなることも予想してたくせに…」


提督「まあな」



楽しそうに話す二人に九草は口を震わせながら見ていることしかできない。



沖波「天津風さんを利用して簡単に大金を手にできて味を占めたでしょうから次はぜーったいに私を狙って来るって確信しましたよね」


提督「まんまと釣られてくれたよな。おかげでお前と大本営のブタ共をまとめて釣り上げることができたわけだ、あはははははは!」


九草「なぜ…」


提督「ん?」



ネタ晴らしをする提督と沖波に九草が生気の抜けた顔で何かを呟いている。




九草「こんなバカな手に…なぜ…俺は…」


提督「なんだお前、自覚できてなかったのか?」


九草「え…」


提督「どうしてこんな簡単な罠に引っ掛かったのかって?それはな…」




倒れたままの九草を提督が勝ち誇った顔で見下ろす。




提督「お前がずっと俺を怖がっていたからだよ」


九草「な…ん…」


提督「お前の出世に最大の障壁となるだろう俺を柱島に飛ばすことに成功し、白友を蹴落として出征街道まっしぐらだったお前の前に…俺が柱島を攻略して帰ってきた。艦娘の犠牲を出すことなく実績と影響力をつけてな」



提督は不敵に笑ったまま続ける。



提督「このままではまずい、せっかく得られるはずだったものが全て水の泡と化す、大本営の役員達が俺に靡いてしまう、そんな恐怖をずっと抱えていたのだろう?」


九草「う…ぐ…」


提督「そうだろう?だからこそ『あいつは精神的に不安定だ』『あいつは艦娘に甘い』なんて嘘の弱点に縋ることしかできず何も見えなくなったんだ。『これなら付け入る隙がある、何とかなるかもしれない』と思い…そうすることでしか安堵できなかったんだからな。想像以上に視野が狭くなっていたんだよお前は」



提督の言うことが全て図星なのか、九草には何も反論ができない。



提督「上に媚びへつらって相手の足を引っ張ることしか考えられない。おまけに信用できる仲間もいない。それなのに自分には実力があるなんて勘違いしやがって…化けの皮が剝がれればこんなものなんだよ、お前は…くく…あはははははは!あっはっはっはっは!!」


九草「くそ…ちきしょう…!!ちきしょぉぉぉぉぉぉ!!!!」




ついに負けを認めたのか、九草が悔しさから大声で嘆き始めた。




提督「お前はもう終わりだ。沖波、楽にしてやれ」


沖波「はい司令官」



沖波が手に持っているスタンガンを最大出力に切り替える。



バチン!バチン!とスタンガンから大きな音が聞こえ始めた。




沖波「最後に良いことを教えてあげましょうか?」




スタンガンを九草の目の前に向けながら沖波が提督と同じような笑みで九草に語り掛ける。





沖波「あなたがやっていた圧制は艦娘の本来の力を50%も引き出せていませんでした、だから結果が、戦果が思ったほど良くなかったでしょう?」



沖波は九草が白友を人質にして艦娘達を強制していたことを言っている。







沖波「艦娘達の力を100%引き出して」







九草に向けられた最大出力のスタンガンが









沖波「200%の結果を得るのが私の司令官です」










九草の首に押し当てられた。








九草「うぎゃああああああああああああああああああああああっ!!!!」











しばらく身体をビクビクとのたうち回らせていた九草が意識を失った。











沖波「今のは風雲姉さんを泣かせた分ですよ」














霧島「失礼します」


沖波「あ、霧島さん」



九草を気絶させた少し後、霧島が執務室に入って来た。



提督「遅いぞ、どこ行ってたんだ」


霧島「すみません司令、金剛お姉様に見つかって追いかけ回されていました…」


提督「そりゃご愁傷様。こいつを独房に閉じ込めておいてくれ」


霧島「わかりました」




霧島は気絶している九草の手を乱暴に掴むとそのまま力任せに引きずって行った。





提督「ん?」



霧島が執務室を出ると同時に提督の携帯電話が鳴る。



提督「祥鳳か、わかった。すぐに行く」



電話の相手は祥鳳で何かの準備を終えたらしい。



提督「それじゃ迎えに行ってくる」


沖波「私は天津風さんを迎えに行ってきますね」


提督「頼む」



姿を隠している天津風のことを沖波に任せ、提督はどこかへ歩き出す。












提督「さて、フィナーレといきますかな」
















吹雪「し、司令官が港に来たって本当なの!?」


白雪「うん!出撃部隊が戻る時に港に来てたって連絡が!!」



横須賀鎮守府内の艦娘達が騒がしく廊下を駆けだしていく。



磯波「し、司令官…ぐすっ…」


叢雲「ああ、もう…まだ泣かないの!早く行きましょう!」



白友提督が横須賀に来たと聞いた艦娘達は居ても立っても居られなくなり鎮守府から出て行ってしまう。


所属している艦娘達全員がその事実を確かめようとした結果、鎮守府内はもぬけの殻となってしまった。





??「地下にいるって?」


??「ええ、あの人から連絡があったわ」




そんな出て行った艦娘達と対照的に見慣れない艦娘が二人、地下室へと向かって行った。







【横須賀鎮守府 港】




長門「て、提督…」


金剛「本当にテイトクが帰って来てるネー!」



港に集まった艦娘達が白友提督の姿を見掛けると一斉に集まってきた。




白友「みんな…」


吹雪「グスっ…司令官…会いたかったですよぉ!」


熊野「この日をどれだけ待ったことか…」



泣きながら白友との再会を喜ぶ艦娘達であったが、白友はそんな姿を見て心を痛めていた。




白友「すまなかった…」


翔鶴「え…」


瑞鶴「ど、どうして提督さんが謝るのよ…!」



歓喜の空気の中、白友提督が艦娘達に対し深々と頭を下げた。



白友「俺の力が及ばないことでどれだけ迷惑を掛けてきたか…皆にどう詫びれば良いのか…」


白雪「謝らないで下さい…私達はそんなあなただからこそ…」


深雪「そんな司令官だから力になりたいんだぜ!」


初雪「だから…顔を上げて…」


磯波「これからずっと一緒にいて下さい…!」


叢雲「あ!こら磯波!」



感極まってか磯波が白友の胸に飛び込む。


一瞬ビックリした白友だったが磯波を受け止めて抱きしめた。




白友「許してくれるのか…?」


大鳳「もちろんです!これからも一緒に頑張りましょう!」


鳥海「提督のために私達はどこまでも力になりますから!」


白友「ありがとう…ありがとうみんな…!」



白友の目から大粒の涙が零れ、抱きしめている磯波の制服にポタポタと落ちる。


その涙を翔鶴がハンカチで拭い、周りの艦娘達の多くが笑顔を見せながら貰い泣きをしていた。



部下1「あの…」


部下2「白友提督…」


白友「お前達…」



更にその中に部下達がやって来た。



白友「お前達にも苦労を掛けてしまったな…」


部下1「すみませんでした…家族のためとはいえあんな奴に…」


部下2「艦娘達にも…無理を強いて…」


吹雪「そんなことはありません!」



頭を下げる部下達を庇うように吹雪が声を上げる。



吹雪「皆さんは九草提督の見えないところでいつも私達を励ましてくれました!私達を庇おうともしてくれました!今の私達があるのは皆さんのおかげなんです!」


五十鈴「そうよ!私達が困らないよういつも陰で支えてくれてたわよね!」


白雪「だから…また…」


白友「ああ…」



白友が頭を下げる部下の顔を上げさせ手を握る。



白友「また力を貸してくれるか?」


部下1「は、はい!」


部下2「ありがとうございます!お帰りなさいませ、白友提督!」



白友の帰還を願って耐え忍んでいたのは艦娘達だけではない。


部下達も再び白友と共に働けると思うと心から喜び涙を零し合った。




























提督「これが自然とできるのが白友のすげえところだよな」


祥鳳「提督にはできませんか?」


提督「ああ、俺には無理。計算しても嘘泣きなんかしたくねえ」


祥鳳「白友提督のは嘘泣きじゃありませんよ、もう…」



白友を連れてやって来た祥鳳が呆れながら提督を窘める。




翔鶴「あの…!」


提督「ん?」



そこへ翔鶴がやって来た。



翔鶴「本当に…ありがとうございました!」


瑞鶴「ちょっと翔鶴姉!そんな変態に頭下げる必要なんて無いって!そいつは翔鶴姉を…」



提督に礼を言う翔鶴に瑞鶴が庇うように立ちはだかる。



翔鶴「あなたを信じて良かったです…本当に…本当にありがとうございました!」


提督「ふっ…あそこまで言えば引き下がると思ったのに、あの時は対処に困ったぞ」


翔鶴「す、すみませんでした…気が利かなくって…」


瑞鶴「え?え?どういうこと?」



一人、どういうことなのかわからない瑞鶴が困惑の表情を浮かべる。




翔鶴「実はね…」





提督が白友提督を助ける交換条件に『俺と一晩過ごせ』と言って来た理由。


それは既に白友復帰のために動いているのだが、それを盗聴され、九草に悟られると支障をきたすため翔鶴を追い払おうと無茶な交換条件を付きつけたのだった。

ここまで言えばさっさと帰るだろうと思っていた提督だったが、翔鶴はそれでも引き下がら無かった。




翔鶴「この方はね、私を抱きしめたときに小声で『盗聴されている、俺を突き飛ばせ』って言ったのよ」


瑞鶴「そ、そうだったんだ…でも…」


提督「なんだ?」



瑞鶴の提督に対する疑いの目は完全には晴れていなかった。



瑞鶴「別に抱きしめる必要は無いじゃない?他に伝える方法はあるんじゃ…」


提督「あー、瑞鶴さんったらー、俺がこんなにも白友が帰って来られるよう尽力したのにそんなこと言うんだー」


瑞鶴「な、なによ…」


翔鶴「瑞鶴、謝りなさい」


瑞鶴「う…ごめんなさい…」



提督を完全に信用しきっている翔鶴が瑞鶴を睨むと大人しく瑞鶴が提督に対し謝罪をした。


提督は楽しそうにその光景をいつもの笑みで見ていた。




























祥鳳「それで?どうして翔鶴さんを抱きしめたのですか?」


提督「多少役得があっても良いだろ」


祥鳳「もう…」















【横須賀鎮守府内 地下室】





??「…」


??「…」




地下室には見張りも誰もいない。


艦娘も九草の部下達も全員が白友の迎えに行っているからだ。



九草「誰…だ…」



独房の中で倒れている九草が誰かの気配を感じ、立ち上がって格子付きの小さな窓から顔を覗かせる。



九草「お前ら…」



そこに居たのはかつての彼の部下だった艦娘。



曙「…」


霞「…」



曙と霞だった。



九草「おい…!今のうちにここから俺をさっさと出せ!」


曙「…」


霞「…」



九草の言葉に二人は反応せず見返すだけだった。



九草「お、俺をここから出したら欲しいだけの金を払ってやる!それにお前らの望む鎮守府へと異動させてやる、どうだ!」


曙「…」


霞「…」






九草の言葉を聞いて曙が地下室にある机から鍵を持って来た。




九草「良し!そうだ!さっさと鍵を開けろ!」



早くここから出たいのか、九草が鉄格子を両手で掴み顔を寄せてきた。




曙「…」




曙は鍵を持っている手を握りしめ、拳を作り…




曙「ふんっ!!!」


九草「ゴァッ!?」



その拳を九草の鼻面目掛けて叩きこんだ。


艦娘の力ある拳を顔面にまともに受けてしまった九草は情けなく独房の中で仰向けに倒れた。



霞「あんたみたいなクズに今更誰が従うもんですか」


曙「クソ提督にはこの独房がお似合いよ、ふん!」



情けなく倒れている九草に対し二人は侮蔑の眼差しで見下ろしていた。



九草「お前ら…!」



九草が血が流れ痛む鼻を抑えながらフラフラしながらも立ち上がって再び格子を掴む。



九草「俺にこんなことをしてタダで済むと思うなよ!お前らみたいな小物のの駆逐艦なんぞ俺の命令ひとつで…」


曙「まだそんなこと言ってる、あはは」


霞「いい加減に現実を見なさいよ、あんたは終わり。誰も助けに来ない時点でダメだって思わないわけ?」


九草「だ、黙れ!黙れぇ!!」



かつて自分が蔑み、良い様に扱っていた艦娘達に言いたい放題言われ九草が怒りに顔を歪ませながら叫んだ。





提督「うるせえ奴だな、まだまだ元気だなクソ提督」


霞「あ…!?」


曙「っ…!?」


九草「お前…!!」




そこに提督が祥鳳を連れて現れた。




霞「お久しぶりです!佐世保鎮守府司令官殿!!」


曙「お元気でしょうか!?佐世保鎮守府提督殿!!」


九草「な…!?」



提督の姿を見ると霞と曙がビシッ!と敬礼を決めて提督に挨拶をした。


その豹変ぶりに九草は唖然とする。



提督「よお霞、曙、元気だったか?」


霞「はい!おかげ様で元気です!お気遣いありがとうございます!!」


曙「佐世保鎮守府提督殿は如何でしょうか!?」


提督「ああ、こっちも変わりない、元気そうで何よりだ。くくく…」



九草が見たことも無いような霞と曙の張り切りぶりに困惑し、信じられないものを見る目をしている。



九草「な…なぜ…」


提督「さあ、なんでだろうな。あははははは」



提督と霞、曙には何のつながりも無いはず。

それなのに二人は提督に対し完璧な敬礼を決めるだけでなく、どこか嬉しそうな顔までしているのだ。



提督「曙、霞、お前ら大湊鎮守府輸送部隊の異動が決定した」


曙「え!?」


霞「ほ、本当ですか!?」


提督「ああ。望み通り横須賀鎮守府へ異動となった。これからも白友を支えてやってくれ」


曙「はい!ありがとうございます!!」


霞「この御恩は一生忘れません!!」



曙と霞が心底嬉しそうに提督に対して礼を言う。


とても演技をしているようには見えず、二人が提督に対して心から従い感謝しているのが九草からも見て取れた。




提督「それじゃこんな辛気臭い所からさっさと出て新しい仲間達に挨拶に行こうか」


曙「はいっ!!」

霞「はいっ!!」



提督が地下室を出て行くと曙と霞も一緒に出て行った。




九草「なんで…だ…どうして…」




後に残された九草がブツブツと呟いている。




祥鳳「どうして彼女達が心から嬉しそうにしているか、ですか?」


九草「え…」



地下室に残った祥鳳が九草に話し掛ける。



祥鳳「それはあの人が艦娘達と同じ目線で立っているからですよ。彼女達が何を望んでいるのか、何に悩んでいるのかをしっかりと考え解決してあげようとしたからです」


九草「なんで…そんなこと…」


祥鳳「出世のため、と本人は言っていますが本当のところは私にもわかりません」



そう伝えた祥鳳が地下室を出て行こうとする。





祥鳳「あなたのように…上から目線で部下も艦娘達も押さえ付け、意のままに従えさせようとするのとは違うのですよ」





過去に九草のような力でものを言わせる上官に仕えていたからか



最後は祥鳳らしくない吐き捨てるような言い方をしていった。


































九草「ありえない…認めないぞ…お前なんか…お前なんか…」





後には放心してブツブツと繰り返す九草だけが残されていた。













____________________





【横須賀鎮守府内 工廠】



三日月「司令官、ここに来るのも久しぶりですね!」


白友「ああ…そうだな…っ…」


望月「泣くなよ司令官…」


白友「な、泣いてなんかいない…!」



しばらく離れていた鎮守府の工廠を見て感極まった白友に三日月と望月が呆れながらも笑顔を見せている。


そんな彼らにつられてか、その周りには白友を中心とした艦娘達の笑顔の輪ができていた。



大潮「あの、司令官、そろそろ…」


白友「ああ、そうだな。紹介するよ」



大湊鎮守府から一緒に来た艦娘達を順に紹介する。




大湊鎮守府に異動させられることとなった白友提督を一日も早く復帰できるよう尽力した遠征部隊は提督の計らい(裏工作)によって横須賀鎮守府へと異動することができた。



大潮「駆逐艦大潮です!大湊鎮守府では司令官に大変お世話になりました!」


霰「霰…です…みんな…よろしく…」



朝潮型駆逐艦の大潮と霰、そして…



曙「綾波型駆逐艦の曙、みんなよろしくね」


霞「霞よ、ガンガン行くからね」



曙と霞も希望通り白友提督と一緒に横須賀鎮守府へと異動することができた。



五十鈴「これで水雷戦隊もより強化されたわね!」


阿武隈「みんな、よろしくですぅ!」


吹雪「わからないことがあったら何でも聞いてね!」



歓迎ムードの横須賀鎮守府の面々に異動することになった4人は照れながらも笑顔を見せていた。



提督「俺ができるのはここまでだ。これからも精々励めよ」


曙「はいっ!!!本当にありがとうございました!!」


霞「必ずこのご恩に報います!!ありがとうございました!佐世保鎮守府司令官殿!!」


白雪「うわぁ!?」


瑞鶴「なに!?何なのよ!?」



いきなり提督に対し全力で挨拶をする曙と霞にその場の全員が驚きに包まれた。




白友「お、お前…曙と霞になにを吹き込んだんだ!」


提督「さぁな、あははははは」



提督はその場の者達の反応を見て楽しそうに笑っていた。












天津風「戻ったわ」


天龍「あ、天津風!」


沖波「司令官、お迎えから戻りました」


提督「おう、お疲れ」


霧島「九草の引き渡しも完了しました」


提督「うむ」



そこへ天津風と沖波、霧島が戻って来る。



時津風「ただいま…って白友提督がいる!」


雪風「あ!しれぇも!」



同じように時津風と雪風も戻ってきた。



天津風「終わるまでホテル暮らししてろだなんて…窮屈で仕方なかったわ」


提督「高級ホテル泊まらせてやったんだ、むしろ感謝しやがれ」


天津風「そうは言っても外出禁止なんて言うからできること限られるし、限度ってものがあるわよ」


提督「はいはいお疲れさんでした」



愚痴る天津風に提督が適当に受け答えをする。



時津風「本当に天津風の言う通りだったね…」


雪風「はい!雪風は信じていました!」



いつも通りのやり取りをしている二人を見て雪風と天津風がホッとしていた。



提督「さて、それじゃ帰るか。早く帰らないと作戦海域の攻略期限が切れちまう」


祥鳳「皆さん、私達はこれで」


沖波「失礼します」


白友「お、おい…何か礼くらいさせて…」


提督「いいよいいよそんなの、じゃあな」



白友が止める間もなく提督達は港の方へと向かおうとする。






















「待ってっ!!!」



















誰かの引き留める大きな声が工廠に響き渡った。




白友「陸奥…?」


陸奥「…」



声の主は陸奥だった。


彼女らしくない大きな声にその場の全員が目を丸くして彼女に注目する。



提督「なんだよ」


陸奥「霧島と勝負をさせて…!」


霧島「私…ですか?」



陸奥の強い視線はこの場に同行していた霧島に注がれている。



提督「勝負って言ってもなあ…忙しいし、また今度に…」


陸奥「だったら賭けをしましょう!!」


提督「お?」



提督の返答を予想していたのか、間髪入れず陸奥が賭けを提案してくる。



陸奥「霧島が勝ったらあなたの言う事なんでも聞くわ!!」


提督「ほほぅ…」


白友「む、陸奥!?そんなこと…」


長門「提督…」


白友「長門…?」



止めようとする陸奥を長門が制する。


長門は『ここは陸奥の好きにさせて欲しい』という目をしていてそれを見た白友は何も言えなくなる。



提督「お前が勝ったら?」


陸奥「私が勝ったら…」




陸奥の目は迷いなく提督と霧島を捉えていた。





陸奥「私をあなたの所で再び戦わせて!!」


提督「ふーん」




提督がニヤリと笑みを深める。


その笑みはどこか嬉しそうなものを含んでいるようにも見えた。




提督「霧島、いいか?」


霧島「はい、私も一度陸奥さんとは全力で戦ってみたいと思っていました」


陸奥「ありがとう霧島!」


提督「よし、それじゃ早速準備してくれ。白友、演習場貸してくれ」


白友「わかった…」




こうして帰ろうとした提督達を引き留め、陸奥と霧島の演習が行われることになった。













祥鳳「霧島さんを連れてきたのはそういう事でしたか」


提督「さあ何のことかな?」


祥鳳「何でもないです、うふふ」


提督「ニヤニヤすんな」


















演習の準備中…




比叡「き、霧島!何をやってるの!?それは実弾ですよ!」


陸奥「え…!?」


霧島「あ…そうでした」



霧島は実弾を装填しようとしたのを比叡に止められていた。

その言葉に隣で同じように準備していた陸奥がぎょっとする。



霧島「柱島ではずっと実弾で演習していたもので、つい…」


榛名「一体柱島でどんな演習をしていたの…?」


霧島「ふふ、それはお教えできません。知らない方が良いこともありますので」


金剛「オーウ…霧島が不良になってしまったデース…」


陸奥「…」





演習が始まる前から陸奥は霧島から滲み出る強者の雰囲気に気圧され始めていた。










金剛「ヘーイ!佐世保鎮守府のテイトクーーー!いい加減霧島を返すネ!私がこっちで更生させて見せマーーース!!」


提督「コンちゃんうるさい」


金剛「だ、誰がコンちゃんネ!?馴れ馴れしく呼んで良いのは私のテイトクだけデーース!許さないネーーーー!!!」


比叡「ああ!お姉様!落ち着いて下さい!!」






一方で提督と金剛の場外乱闘が始まりそうになっていた。



【横須賀鎮守府内 演習場】




陸奥「ごめんなさいね霧島、急にこんな無茶を言って」


霧島「いえ、気にしないで下さい」



演習開始前、対峙した二人が会話をしている。


陸奥はどこか張り詰めた表情をしており、霧島は余裕の表情で笑みを浮かべていた。



霧島「一度陸奥さんとはやってみたいとずっと思っていましたから」


陸奥「そう…っ!?」



しかし突如霧島から発せられた雰囲気に陸奥の血の気が引く。




霧島「ビッグセブンだか何だか知りませんけど、その高い鼻っ柱を叩き潰してやりたいってずっと思っていたのです」


陸奥「き、霧島…」


霧島「柱島で私がどれだけ強くなれたのか…存分に確かめさせていただきますね」


陸奥「…!負けないから…!!」




不適な表情で睨む霧島に陸奥は負けじと睨み返し、お互い演習開始位置へと移動を開始した。







陸奥(私だって…ずっとやって来たんだから…!)




陸奥はこれ以上気圧されることが無いよう自分を発奮させながら霧島に狙いを定めた。








後書き

続きはpixivでどうぞ。
『ガラスの絆㊲掌の人形劇フィナーレ』からがこの後の続きとなります。
実家【pixiv】では3部と4部の間の『沖波の柱島日誌』も掲載しています。
まずはそちらからどうぞ。


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このSSへのコメント

15件コメントされています

1: あだっち 2020-05-30 11:08:26 ID: S:eUxEXK

大湊“鎮守府”ではなくて、警備府じゃないでしょうか?

2: SS好きの名無しさん 2020-05-30 12:44:05 ID: S:Jsiq-J

柱島だって本来は錨地だから多少はね

3: SS好きの名無しさん 2020-05-31 00:57:41 ID: S:ELzhaR

続きキター

4: SS好きの名無しさん 2020-06-01 13:16:41 ID: S:d0FlBq

続きが見たいです(切実

5: 歩提督 2020-06-01 23:34:21 ID: S:nAvyEf

続きが楽しみで学校いきたくないかもー
カラカラカラカラカラ
ぷっはーおいしいかも~~

6: SS好きの名無しさん 2020-06-06 22:44:11 ID: S:beH-Wm

柱島の内容しりたくて見に行っちまった。騙されました(白目)

7: SS好きの名無しさん 2020-06-23 12:20:28 ID: S:MnNE8X

待ってます

8: SS好きの名無しさん 2020-06-28 17:56:01 ID: S:JCZtBi

ピクシブに乗ってなくね?

9: トッポ 2020-07-01 20:26:39 ID: S:2LwQkO

>>8 知ってたらすまねーがこの人のpixivでの名前は神崎シュウだぜ!ユーザー名で検索すれば見つかるはずだぜ!

10: SS好きの名無しさん 2020-07-03 17:58:15 ID: S:EQ6Iee

トッポさん
ありがとうございます!探してみますね

11: SS好きの名無しさん 2020-07-05 21:59:49 ID: S:T8WVyL

急に見れなくなったのはなんでなんだぜ?

12: トッポ 2020-07-09 20:14:49 ID: S:ZxR3zk

(゜д゜) pixivの方確認したらめっちゃ進んでるんだぜ、驚愕だぜ

13: SS好きの名無しさん 2020-09-22 13:18:45 ID: S:n8gbl4

気になりすぎてpixivまで行ったがまだ未完でさらに続きが気になる展開でした!

14: SS好きの名無しさん 2020-11-10 20:42:28 ID: S:8WxnGY

胸糞展開だけど見たくなる
かっぱえびせん?
中毒いや末期になっちまった。
pixiv読破しました。
あえて言わせて貰おう。良作だと!!

15: SS好きの名無しさん 2023-09-08 00:28:33 ID: S:NebW5_

ここまで追いつきました。久々の良作で感動中です。


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1: SS好きの名無しさん 2023-09-08 00:27:48 ID: S:OVlnjw

久しぶりの良作。


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