2019-02-16 10:02:34 更新

概要

第弐部 提督過去編です 一部に比べれば短めです。







【現在 先輩の鎮守府】


合同演習から帰ってきた先輩の艦娘達はそのまま解散となった。


妙高は先輩提督に先に行くところがあると一旦別れた。

先輩提督はその後ろ姿を見送ったがその背中は寂しそうだった。




【鎮守府のある一室】


妙高は静かに部屋に入る。

そこには一人の艦娘が寝かされていた。


重巡洋艦 妙高型4番艦 羽黒


妙高は羽黒の手を握って自分の顔近くに寄せる。

羽黒からの反応は全くない。

そんな羽黒に対し、ポツポツと声を掛け始めた。


妙高「羽黒…久しぶりにあの方にお会いしてきたわ…」


羽黒の静かな寝息のみが聞こえてくる。


妙高「ボロボロだったわ…傷だらけで、疲れ果てて…でもね、」


妙高は目を閉じる。


妙高「何があったのかは知らないけどたった一日の間に見事に復活したわ、本当、凄い人ね…」


まるで祈るかのように羽黒の手を両手で握りしめる。


妙高「皆あなたを待っているのよ…お願い、お願いだから…早く眼を覚まして…」


その声はまるで自分を責めているかのように聞こえた。

妙高の目から涙が流れ、羽黒の手に落ちる。


今、妙高の胸の内は後悔で一杯になっている。


妙高(私が…提督に…あなたの提督に紹介したばかりに…)











まるで死んでいるかのように眠る艦娘


重巡洋艦 羽黒






提督の秘書艦であり、提督が愛した艦娘だった。






秘書艦の着任と運命の選択




【過去 鎮守府内 客室】


提督「え?秘書艦ですか?」


先輩「ああ、お前もいい加減一人くらいはいた方が良いと思ってな」


たまたま仕事で自分の鎮守府へ来ていた先輩から呼ばれてそんな提案を出される。


提督「別に今まで通り一人でも問題無いと…」


先輩「先日無理して倒れたのは誰だったっけ?」


提督「…」


まるで責められるかのように言われ言葉に詰まる。


先輩「お前が神通のことを気遣って秘書艦を置いてないのは知っているが…」


提督「…」


先輩「そろそろいいんじゃないか?神通もすっかりお前に信頼を置いているし大丈夫だとは思うんだが」


逃げ道を塞いでいくかのように先輩から次々と言われる。

提督が黙っていると更に先輩が続けた。


先輩「まだ納得してないみたいだな…妙高」


妙高「はい」


傍に控えていた先輩の秘書艦の妙高が返事をする。


先輩「今日一日、こいつの仕事を手伝ってやってくれ」


妙高「わかりました」


提督「ちょっと、そんな勝手に…」


先輩「彼女は優秀だぞ、お前の考えなんか一日で変わるくらいにな」


妙高「そんな…」


褒められて妙高が頬を染める。

この二人が仲の良いことは前から知っていたが関係は進んでいるのかもしれない。


妙高「では行きましょうか」


妙高がはりきっているのかさっさと行こうとしてしまう。

その後ろを慌てて追いかけた。



【鎮守府内 執務室】


赤城「提督っ!」


伊8「あ…」


提督が妙高を連れて執務室に戻ると、机の前で正規空母の赤城と着任してまだ間もない新人の潜水艦、伊8が待っていた。


提督「あ、帰っていたのか、おかえり」


索敵や偵察などの演習のため、艦種は違えど赤城が伊8の新人研修の講師をしていた。

その演習から帰ったらしい。


赤城は嬉しそうな顔で近づいてくる。

その顔はやや赤みを帯びて発情中の牝のようだ。

何か物欲しそうなその顔…用件はわかっている。


赤城「提督…あの…ごは」


提督「食堂に赤城スペシャルを用意しておいた、存分に…ってもういない」


赤城はとんでもない速さで執務室を出て走り去ってしまった。

いつものことなのでこれくらいでは動じない。

隣に妙高がいたのも全く目に入らなかったようだ。


提督「はっちゃん、おかえり。研修はどうだった?」


伊8「はい…赤城さんの講習、とても分かり易かったです。索敵の重要さがとても良くわかりました」


提督「そっか、それは何よりだ。研修が終わるまでの少しの間だが頑張ってな」


伊8「はい、あ、あのそちらは?」


妙高「今日一日秘書艦を務めます重巡、妙高です、よろしくお願いいたします」


伊8「ハチです、研修で少しの間ですがお世話になっています」


伊8はしっかりと敬礼を決める、その姿が可愛らしくて思わず笑みが出てしまう。


提督「そうだ、はっちゃんが言ってたシュトーレンを試しに作ってみたんだ、食堂に置いてあるから食べてみてくれないか?」


伊8「え?本当ですか?」


提督「ああ、後で感想聞かせてくれ」


伊8「ダンケッ!!」


伊8は心底嬉しそうな顔を見せて執務室を出ていった。

作ってあげて良かったと自分も嬉しくなった。


赤城、伊8の姿に妙高もつい笑顔になっていた。





那珂「提督ーーーーっ!!」


入れ替わりに出撃帰りの那珂が入ってきた。


那珂「提督がついに秘書艦を置くんだって!?」


那珂が嬉しそうに執務室に入ってきた。

その後ろから出撃から帰投した神通、川内、皐月、水無月、加賀が入ってくる。


加賀「この前みたいに倒れるまで仕事されても心配なだけですからね、良いことだと思います」


加賀に責めるかのように言われる。

先程先輩から言われた口調と全く同じようだった。


提督「あー、もう、わかったからほれ、報告…」


妙高「報告は私へお願いします、提督へは後でまとめたものをお渡ししますね」


その場に居た艦娘達がおお、と感心したかのような声を上げる。

これが秘書艦の仕事なのかと。


妙高「提督は手元の書類を片付けて下さいね」


提督「は、はい」


またしても艦娘達から感心した声が上がる。

提督が大人しく従うだけでなく静かに書類を片付け始めたからだ。


川内「秘書艦効果バッチリだね…じゃ、私達はこれで」


報告を終えて皆揃って執務室を出て行く。

廊下に出たところで川内が神通に声を掛ける。


川内「神通でしょ?秘書艦を置いてくれるようお願いしたの」


神通「はい…私はもう大丈夫ですし、それに提督も大変だから…」


川内「でも意外だったね、神通だったらてっきり『私に秘書艦をさせて下さい』とか言うと思ったのに」


神通「…」


神通は遠い目をしている。


神通「言わなかったと…思いますか?」


川内「あ…」


肩を落としながら歩いていく妹を姉は頭を撫でながら慰めるのであった。





【鎮守府内 執務室】


妙高は秘書艦として大変優秀であった。

提督の代わりに必要書類をまとめ、少しの確認だけで決済が取れるように準備をする。

演習の内容を確認し、自分なりの意見を書きだした上で提督と今後の訓練内容を打合せする。

休憩したくなりそうな時間帯を予め把握し時間が迫るとコーヒーとお茶菓子を用意する。


その他スケジュール調整から移動する際の荷物や書類の準備等、いつも一人でやっていることを彼女がやってくれた。

一日を終えて妙高の働きっぷりと優秀さに関心していると夜に先輩が訪ねてきた。


先輩「どうだ、彼女は優秀だろう?少しは考えが変わったんじゃないか?」


提督「はい、私が間違っていました。先輩…」


先輩「なんだ?」


提督「妙高さんを下さい」


先輩「だめだ、彼女は私のものだ」


妙高「…」


妙高は嬉しそうにもじもじしている。

やっぱりこの二人、できているな。


先輩「その代わり秘書艦の候補は彼女の妹達をリストアップしておいた」


提督「妹達って言うと…確か那智、足柄、羽黒でしたっけ?」


妙高「はい、私の自慢の妹達です」


先輩「お前さえ良ければ早速明日から一人一日ずつ秘書艦をやってもらいお前に選んでほしい」


提督「選ぶって…いいんですかね?」


妙高「妹達にあなたのことを話したら二人は、じゃなくて皆乗り気でしたよ」


妙高の言い方が少し引っかかったが秘書艦候補に会うのが楽しみということもあり、あまり気にしなかった。




【翌日 執務室】


那智「那智だ。今日一日秘書艦を務めさせてもらう、よろしく頼むぞ」


提督「ああ、よろしく」


まずは一日目、妙高型の2番艦那智が秘書艦として務めることとなった。

彼女は妙高と変わりないくらい優秀で実力も文句なし、演習でも神通の代わりに旗艦を務めてもらった。

仲間達を鼓舞するのが得意で自ら先陣を切ったり盾となったりとにかく頼りになった。


しかし…


那智「貴様、何をやっている!この文章はなんだ!言葉遣いが間違っているぞ!」


那智「何だその服装は!髪が跳ねているぞ、裾も汚れているし、身だしなみはしっかりとせんか!!」


那智「いつまで休憩をしているんだ!さっさと次の仕事をこなせ!!」


少々やかましい。




おまけに…






【夜 執務室】


那智「お疲れ様だ提督、お前のためにこれを用意した」


ドンッ!と机の上に日本酒の一升瓶を置かれた。


提督「那智、せっかく用意してくれたが俺は酒が…」


那智「何ぃ!貴様、私の酒が飲めないというのかっ!!」


既に酔っているらしい。


提督「いや、だから俺は酒が…」


那智「そうか、喜べ、私が強くしてやろう!」


提督「ちょっ!?無理やり飲ませようとするな!グボッガボッッグボボッッッ!!?」


一升瓶ごと無理やり飲まされた。

部屋に帰って思いっきり吐くことになった。





【翌日 執務室】


二日酔いで痛む頭を我慢して執務室に行くと既に妙高型の3番艦、足柄が待っていた。


足柄「提督、おはようございます。重巡洋艦、妙高型の足柄です、本日はよろしくお願いします」


提督「ああ…おはよう…よろしく…」


足柄「元気ないですね、あ!わかった!昨日那智に飲まされたんでしょう、ちょっと待っててくださいね、はいこれ頭痛薬と胃腸薬です、これで少しは良くなると思いますよ、あ、じゃあ私が提督の調子が良くなるまで書類整理をしておきますので休んでいて下さいね」


提督「あ、ありがとう…」



二日目は3番艦の足柄が秘書艦として来てくれた。

妙高、那智と遜色ない出来た秘書艦として仕事をこなしてくれた。

演習では那智とは違い旗艦を務めるタイプではないが野性味あふれる闘志で切り込み隊長的な役割を見せる。

夜戦時の川内を思い出させるような無鉄砲ぶりに見えるが実力が備わっており、見ていて不思議と安心感を感じさせた。


料理も得意で赤城や加賀が大絶賛していた。

料理好きの提督も思わず舌を唸らせそのレシピを聞いてしまう程の出来であった。






だが…






足柄「そうそう、この前港町で良い喫茶店を見つけたのよ、お店の雰囲気もなんだか静かで良くって、コーヒーを飲んでみたんだけどこれが中々良くってね?マスターも渋くていかにも歴戦の勇士って感じ?今度一緒に行ってみない?ちょうど来週あたりにこの近くのイベントに来賓で呼ばれていたわよね?スケジュールは私が作っておくから任せておいて。あとね、その港町の商店街で良い服屋を見つけたのよ、値段もそこまで高くも無くて良い素材を使っているのよ、品ぞろえも良くて選ぶのに困らないわ、メンズの品ぞろえも充実してたわ、場所もちゃんと覚えているから行ってみましょうよ?ね!」




彼女は那智とは違う意味でやかましい。





【さらに翌日 執務室】


提督(次はどんなのが来るのやら…)


前の2日間で仕事は片付いたが少し疲れ気味で提督は次の秘書艦を待っていた。

だが時間になっても姿を見せない。


提督(妙高の妹なら遅刻なんてしないと思っていたが…)


執務室のドアの方を見ると少しだけ開いている。

閉め忘れたかな?と思って近づいてみると廊下に誰か居るようだ。


羽黒「ひっ!」


目が合うといきなり逸らされてしまった、俺、そんなにひどい顔してるかな…。


提督「あの…」


羽黒「ご、ごめんなさいっ!」


おまけに謝られてしまった、そんなに怯えなくても。


提督「君が羽黒?」


羽黒「はい…妙高型重巡洋艦姉妹の…末っ娘の…羽黒です…。あ、あの…ごめんなさいっ!」


また謝られてしまった、前の二人と全く違ったタイプで今からのことを思うと苦笑いが止まらなかった。





正直彼女の扱いには困った。

前日の那智、足柄が自ら動くタイプだったのに対し彼女は自分から動こうとしない。

声を掛けると


羽黒「ご、ごめんなさい!」


という返事が帰ってくるのであまり無理はさせられない気持ちになる。

そのため指示はこちらから出さなければいけないので気を使う。


演習に出て見ればなんと相手の砲撃に対し目を閉じてしまうという自殺行為をする。

当然のごとく大破扱いで途中撤退となる。


羽黒「もう少しで轟沈するところでした…」


神通が氷のような瞳で羽黒を見ていたのが忘れられなかった。


一日を終えるころにはくたくたに疲れ果てて重い足取りで帰っていった。

妙高がなぜ彼女を秘書艦としてこちらに寄こしたのか疑問に思った。


あ、そう言えば二人は…とか言ってたような…。





【鎮守府内 執務室】


3人それぞれの一日秘書艦を終えて、明日先輩と妙高に誰を選ぶか返事をしなければならない。

誰が優秀で誰がこの艦隊の助けになってくれるか、それははっきりとしている。


しかし誰を選ぶか、となると…。


神通「失礼します…」


椅子にもたれてどうするか迷っていると神通が入ってきた。

今回の秘書艦選びについて意見が聞きたいので呼んだのだ。


提督「すまないな疲れているところに」


神通「いえ…それで相談とは…?」


提督「ああ、秘書艦のことだが…」


神通「はい、喜んでお受け…」


提督「いや、お前じゃない」


勝手に話を進めそうな神通を止める。

彼女は心底残念そうに俯く。

彼女には艦隊の旗艦、演習の旗艦、おまけに駆逐艦の皐月、水無月の訓練もしている。

これ以上彼女に負担はかけたくないのだが…。


神通はがっくりと俯いたままだ。

罪悪感が湧いてくる前に話をする。


提督「秘書艦のことでお前に相談があってな…」


神通「…」


神通が顔を上げてこちらを見る、そして浅くため息をついた。


神通「もう誰にするか決まっているんじゃないですか?」


提督「え?」


神通「提督のことですから誰にするかはもうわかっています…」


こちらのことはお見通しと言った感じだ。

つい驚いた顔をしてしまう。


神通「私のことは心配しないでください…」


そして神通はこれから自分にさらに負担が掛かるんじゃないかと心配していたことまで見抜いていたようだ。

全く、彼女には頭が上がらないな。


提督「わかった、神通、ありがとうな」


相談というのは建前で本当は背中を押して欲しかったのかもしれない。

そんな胸の内をわかってくれた神通に心から感謝した。


神通「ですが私が秘書艦を務めれば」


提督「お疲れ様、今日はゆっくり休んでくれ」


余り時間を掛けるとまた神通がやりたいと言い出しかねないのでさっさと打ち切ることにした。

彼女はとても不服そうだった。






【翌日 鎮守府内 客室】


先輩「で、秘書艦にする娘は決まったか?」


提督「はい、末娘の羽黒でお願いします」


先輩「ほぉ、どうしてだ?」


提督「え…どうしてって…」


本当のことを先輩の、ましてや妙高の前で言うわけにもいかず言葉に詰まってしまう。


提督「そうですね…彼女が一番静かだからですかね」


先輩「ふーん、まあそういうことにしておいてやるか」


先輩にはどうして羽黒を選んだかばれているようだ。

付き合いが長いので仕方ないのかもしれない。


妙高「では明日から羽黒に行くように伝えておきますね」


妙高も羽黒を選んだことに特に反応を示すことがなかった。

とりあえず執務室に戻って準備をしなければならないので先輩に頭を下げ、戻ることにした。







提督が客室を出て行ってから妙高と先輩が顔を見合わせる。


妙高「本当に羽黒を選びましたね」


先輩「ふふ、言った通りだろう?あいつの考えそうなことは大体わかるんだ」


妙高「信頼しているんですね」


先輩「まあな、あいつは長年一緒に過ごした弟のようなものだからな」


先輩は少し心配事がありそうな妙高の頭を撫でてやる。


先輩「きっとあいつなら羽黒を大事にしてくれるよ」


頭を撫でられて嬉しそうな妙高は先輩の胸に頭を寄せ身体を預けるのだった。






【翌日 鎮守府内 執務室】


提督「今日からうちの鎮守府の秘書艦を務めてくれる重巡洋艦の羽黒だ、まあ先日の一日秘書艦でみんな顔は合わせているだろうけどな」


羽黒「妙高型重巡洋艦姉妹の末っ娘の羽黒です…」


執務室に全員が集まったところで羽黒に着任挨拶をしてもらう。

艦娘達の反応は意外そうな者、やっぱりという者、大丈夫なのか?と心配している者、反応は様々だ。


提督「今まで通り艦隊旗艦は神通にやってもらう。羽黒には準備が終わるまで書類整理等の雑務を指示するからよろしく頼む」


羽黒「じゅ…準備…とは?」


提督「ああ、羽黒用の訓練スケジュールを組んでおく」


水無月「え?司令官が?」


皐月「いつもは神通さんに任せっきりなのに」


提督「お前らの駆逐艦の訓練は神通に任せっきりだったが羽黒は重巡だからな。秘書艦ができて多少時間ができそうだし…久々に腕が鳴るな!」


はりきっている提督と対照的に暗い顔を見せているのは川内と那珂だった。

平静を装っている神通も眉毛が震えていた。


川内「提督自ら…」


那珂「羽黒ちゃん…」


那珂は羽黒の肩をポンと叩く。


那珂「頑張ってね…」


羽黒「え?え????」


過去の提督立案の訓練を思い出してか急に暗い顔をする川内と那珂に羽黒は急に不安を覚えるのだった。







【鎮守府近郊 演習場近くの港】


羽黒「キャアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」


羽黒の悲鳴が響き渡る。





提督「だめだな、また目を閉じてた。もう一回」


提督か表情を変えることなく言った。


赤城「はい」


羽黒「ま、待ってくださ…」


赤城が手元の縄を引っ張ると両足を縛られた羽黒は顔面を下に向けた逆さ吊りのままどんどん上へ上がっていく。


赤城「提督…この訓練は本当に効果があるんですか?」


赤城が心配そうにこちらを見る、が手はどんどん縄を引っ張り羽黒はどんどん昇っていく。


提督「以前第六駆逐隊の電をこの方法で度胸を付けさせた、効果はあったぞ」


提督は胸をはって自信満々に言う。


提督「まあその後暁と響と雷に思いっきり非難されたけどな」


その表情に影を落とす、相当非難されたらしい。


提督「すまないな、変な訓練の手伝いをさせて」


赤城「いいえ、私達は提督を信じて進むだけですから」


赤城の瞳には決意が表れている。


赤城「それに提督特製のプリン、楽しみにしています」


赤城の口元からよだれが流れている。


提督(あっさり食べ物で釣られるところが心配なんだが…)


そんなことを思っていると赤城が縄を引き終えていた。


提督「はい、GO!」


パッと赤城が手を離す。


羽黒「キャアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」


羽黒が顔面を下に向けたまま30m程落下してくる、ぶつかる直前で赤城が縄を掴む。

そして地面スレスレのところで停止する。


羽黒「ひ、ひぃっ…」


羽黒は目を閉じている、その顔は泣き顔になっていて涙でくしゃくしゃだ。


提督「だめだな、次。羽黒、言っておくがこれは目を閉じている限り永遠に続くからな」


羽黒「そんな、ああ、ああああああああ…」


赤城がまた縄を引っ張り上げ羽黒は逆さ吊りのままどんどん昇っていく。


羽黒には下手したら顔面直撃で死ぬかもしれないと伝えてある。

本当は縄に3重のストッパーが付いており赤城が縄を掴もうが掴まなかろうが顔面スレスレで止まるようになっている。

羽黒に伝えたら意味がないので言っていない。


演習でも相手砲撃から目を背けるという自殺行為を行っていたのでまずは度胸を付けさせるためにこのような特訓を始めた。


羽黒「キャアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!」


当分羽黒の悲鳴はこの港に木霊し続けることになりそうだ。






【演習場】


演習場にて提督は小型の船に乗り少し離れた位置から指示を出す。


提督「よーし、魚雷発射準備!!!」


羽黒「ひいいいぃぃぃぃぃ!!」


透明な明石特製の盾を持って羽黒は構える。

逃げ出さないように両足が最低限の動きしかできないように固定されている。


皐月「い、いいのかな~?」


那珂「これも羽黒ちゃんのため…これも羽黒ちゃんのため…」


水無月「い、いくよ!?」


那珂、皐月、水無月が羽黒に向かって魚雷を放つ。

羽黒は必死に盾を握って目を閉じて俯いてしまう。


魚雷は演習用の物を使っているが爆発と音が派手になるよう明石に改良させてある。

もちろんこれも羽黒には本物の魚雷と伝えており本当のことは言っていない。


3発連続で羽黒の持つ盾に命中する。

羽黒はなんとか堪えるがまともに魚雷を見ることはできなかった。


提督「よーし次だ、どんどん行くぞ」


羽黒「そ、そんなあ…」


提督「さっきと一緒だ、目を閉じたり逃げようとするなら永遠に続くからな」


羽黒は心底嫌そうな顔でこちらを見るが無視する。

訓練に甘えは一切許さない。


提督「ほらほら早く構えて、次がくるぞ」


羽黒「うぅっぐすっ…」


先は長そうだった。





【鎮守府内 廊下】


羽黒が秘書艦として来てから2週間が経った。




提督「今日はもう上がってくれ」


羽黒「はい…失礼します…」


クタクタに疲れ果てた羽黒は軽く頭を下げて執務室を後にする。

フラフラと自分の部屋へ戻ろうとしたところへ足柄が声を掛けてきた。


足柄「やっほー羽黒、調子は…何、その疲れた顔は」


羽黒「足柄姉さん…」


足柄「ちょっと羽黒!?」


足柄の顔を見るなり羽黒は泣き出してしまう。


羽黒「う、うく…ひっく…」


足柄「ああ、もう!こんなところで泣かないで、部屋に行きましょう」


泣いて足柄に縋り付く羽黒を足柄は羽黒の部屋に連れて行くことにした。





【羽黒の部屋】


足柄「な、何よそれっ!?」


羽黒の部屋に妙高、那智、足柄、羽黒が集まり妙高型重巡洋艦姉妹が勢ぞろいだ。

羽黒からここ2週間の特訓について聞かされた足柄は思わず声を上げ、那智は眉をひそめる。


那智「無茶苦茶だな…」


羽黒「もう限界です…」


度胸を付けるための訓練は思うように成果が上がらず羽黒の怖がりは余り改善されなかった。

訓練は秘書艦の仕事をそっちのけでほぼ一日行われていた。


演習などで神通と対戦させても一方的で勝負にすらならなかった。

おまけに演習後、神通に


神通『あなた、何をしに来ているんですか…?』


と怒りを込めて言われたのがショックだったらしい。

羽黒からの愚痴にも似た現在の様子を聴かされ那智と足柄は怒りを覚えたようだったが妙高は静かに聞いていた。

そして口を開く。


妙高「がっかりね」


明らかに怒気を含んだ言い方に他の3人は少し怯んだ。


足柄「そ、そうよ!ここまでするとは思わなかったわ!」


那智「提督のところへ抗議に行こうか?」


妙高は那智、足柄を無視して羽黒を見る。


妙高「羽黒、あなた何をしに行っているの?」


羽黒「え…?」


予想外の妙高の言葉に羽黒が驚いてしまう。

てっきり自分の味方をしてくれるものだと思っていたからだ。

それは那智、足柄も同様で目を丸くして妙高を見ている。


羽黒「わ、私は秘書艦として行って…」


妙高「その秘書艦の仕事はどうしたの?」


非難混じりの妙高の視線に羽黒はたじろいでしまう。

見かねた足柄が助け舟を出す。


足柄「だ、だって一日中特訓でしょ?秘書艦の仕事なんてする間もないんじゃ…」


妙高「じゃあ提督はいつ仕事をしているの?」


羽黒はハッとする。

提督は一日中自分に尽きっきりで最近仕事をしている様子は見られなかった。


妙高「私も秘書艦として提督の仕事を手伝っているからわかるけど、仕事はとても多いのよ?今頃仕事をしているでしょうね、あなたに掛かりっきりだったから」


羽黒は神通に言われた言葉を思い出す、『あなた、何をしに来ているんですか…?』と。

自分が秘書艦となってから提督の負担を増やしているだけではないのか、と。

羽黒は泣きそうになって俯くが妙高は意に介さず続ける。


妙高「明日、私からあなたの提督に謝りに行くわ、私の妹が迷惑をかけて申し訳ありませんでしたって」


足柄「ちょ、ちょっと妙高姉さん!」


妙高「ついでに秘書艦を変えるようお願いするわ、もう行かなくていいわよ」


羽黒「…っ!!」


何も言い返せず泣き出しそうな羽黒は部屋を飛び出して行こうとする。


那智「羽黒!」


足柄「どこへ行くのよ、こんな時間に!」


妙高「こんな時間になってもあなたの提督は仕事をしているっていうのにね」


出て行きそうな羽黒に対しても姉は容赦ない。

羽黒はそのまま飛び出すかのように出て行った。


妙高「放っておきなさい、もう子供じゃないんだから。とは言え…」


追いかけて行きそうな足柄を止めて妙高が浅くため息をつく。


妙高「あの子を甘やかしすぎたのは私達なんだけどね…」






主が出て行った部屋で妙高が那智と足柄に向き直る。


妙高「これはまだ未発表で…すぐに皆が知ることになるだろうけど、近々大規模作戦が始まるわ」


那智「それは本当か?」


妙高「ええ、そうなると各鎮守府でも総力戦となって艦娘も全員出撃になるだろうと思う」


足柄「もしそうなった場合は…」


妙高「羽黒も出撃を避けられないわね」


那智と足柄が黙り込む、羽黒が戦っている姿が想像できないからだ。


妙高「羽黒の居る鎮守府は戦力に余裕があるとは言えないわ。純粋に戦力を求めるならあなた達を選ぶはずよ、それでも…」


妙高は嬉しそうに顔をほころばせた。


妙高「それでもあの人は羽黒を選んだのよ」





【鎮守府内 執務室前】


羽黒はフラフラと泣きながら走っていたら気が付いたら執務室前に居た。

執務室のドアからは灯りが漏れていてまだ中に人がいるようだ。


妙高の『こんな時間になってもあなたの提督は仕事をしているっていうのにね』という言葉を思い出して執務室のドアをそーっと開けて中の様子を伺う。

提督が机に突っ伏していた。

どうやら眠っているらしいが手にはペンが握られていて仕事中に眠ってしまったらしい。


羽黒「…」


羽黒は静かに執務室に入り提督の机に近づいていく。

机の上には書類が散らばっており提督は顔面を書類もろとも巻き込んで眠っている。


羽黒がその書類を覗いてみる。


羽黒(これ…)


机に置いてあった書類は羽黒の演習時の動き、砲撃、移動速度の分析記録、そして今後の訓練プランや羽黒を加えた出撃編成等が書かれていた。

机の隣に目を移すとゴミ箱がある、その中は栄養ドリンクの空瓶で一杯だった。


最近提督は疲れた表情を見せていた。

あれは羽黒に呆れていたのではなくて純粋に疲れていたのかもしれない。


羽黒(私は…)


羽黒は泣いた。

その涙は悲しみのものではない。


自分への苛立ちと悔しさの涙だった。


提督「…ん、んぉ?」


眠っていた提督が目を覚ました、寝ぼけた目を擦って眠気を何とかしようとする。


提督「あ…あれ…羽黒?なんで居るの…?」


羽黒「司令官さん…私…」


提督は羽黒が泣いていることを把握するのに少し時間が掛かった後、気を遣うような表情になる。


提督「ああ、そうだ羽黒、明日から…って今日か。今日から二日間休んでくれ」


羽黒「え…?」


提督「無茶な訓練させて疲れただろう?すまなかった、もう少し内容を考え直すからそれまでゆっくりと…」


途中から羽黒の耳には入っていなかった。


羽黒(な…何ですかそれ…っ!)


提督なりに羽黒に気を遣った。

優しさを身に沁みて感じた。

だが今の羽黒には傷ついた心に塩を塗られた気分だった。


羽黒「い、いい加減にして下さいっっ!!!!」


提督「いぃっ!??」


提督なりの優しさと気遣いは逆に羽黒の心に火を付けてしまった。


羽黒「私は秘書艦として来ているんです!何ですか休めって!!馬鹿にしないでくださいっ!!!」


いきなりの羽黒の大声に提督の眠気はどこかへ吹き飛んでしまった。


提督「だ、だがこのままでは…」


羽黒「訓練ですか!?目を開ければいいんですよね!!そんなの今日のうちに克服しますよっ!!!私だって妙高型重巡洋艦です!絶対に今日中に終わらせて見せますよ!!!」


提督「お…おぅ…」


あまりにも羽黒の勢いが凄くて提督は圧されっぱなしである。

終始涙目の彼女だったかその本気具合は本物だった。


羽黒「ではさっさと書類を片付けましょう!こちらの書類は私が見ますから司令官さんはそちらをお願いしますっ!!」


提督「わ、わかりました…」


羽黒に睨まれながら言われたためつい敬語になってしまった。


提督(それにしても急にどうしたんだ…?だが)


羽黒が着任して2週間、初めて彼女は自分の意見を言い、自分から動いたのだった。










執務室のドアの外から妙高がその姿を見ていて安心したかのように浅いため息をついた。


妙高「頑張ってね、あなたは本当はすごい子なんだから」






【翌朝 鎮守府近郊 演習場近くの港】


提督「羽黒ー!いいかーっ!!」


羽黒「い、いつでも大丈夫ですっ!!」


羽黒から元気の良い返事が帰ってくる。

赤城が意外そうな表情でこちらを見る

提督は嬉しそうな顔で赤城にGOサインを出す。


赤城「いきますよっ!」


赤城が手を離した。


羽黒が顔面を下に向けて落下してくる。

その表情は鬼気迫るものがあってその目は血走っている。


羽黒「……………っ!!!!!!」


羽黒は全力で歯を喰いしばり悲鳴も耐えていた。








羽黒「ど、どうでした…?」


肩で息をしながら羽黒は提督を見る。

隣に居る赤城も驚いた表情を隠せなかった、が、すぐに無表情に戻る。


提督「い、いやあ本当にできるとは…合か」


赤城「まぐれかもしれませんね、もう一度いきますよ」


提督「お、おい赤城!?」


赤城は手元の縄を引っ張ってまた羽黒が上に昇っていく。

羽黒は一瞬怯んだかのように見えたがすぐに表情が引き締まる。


羽黒「は、はい!お願いしますっ!!」


赤城「良い返事ね」


赤城は嬉しそうに微笑みどんどん縄を引っ張っていく。

一番高いところへ羽黒が上がると何の合図も無しにその手をいきなり放す。


羽黒「ぐっ……………………っ!!」


落下する羽黒は懸命に歯を喰いしばり目を開けたままでいる。

そして顔面スレスレまで来てもそのままでいた。


赤城「合格…ですね、提督」


提督「あ、ああ」


提督と赤城は羽黒の縄を解いてやる。


羽黒「さ、さあ次は演習場に行きましょう…」


提督「お、おい…少しくらい休憩しても」


羽黒「皆頑張っているのに自分だけ休めません!」


赤城「その意気です!頑張ってくださいね!!」


赤城が嬉しそうに羽黒に発破をかける、羽黒は頷いて演習場の方へ走っていった。


赤城「いきなり変わりましたね彼女、一体何があったのですか?」


提督「俺にもわからんのだよ…」




【演習場】


提督「魚雷が来るぞ!構えろ!」


羽黒「は、はいっ!!」


那珂、皐月、水無月が放った魚雷が透明な盾を構える羽黒に直撃する。

羽黒は目を逸らすことなくそれらを全て受け止めた。


那珂「すっごーい!やっぱりまぐれじゃなかった!」


皐月「やったね!」


水無月「これでこの訓練も…」


喜んでいる3人に提督が通信を入れる。


提督「待った、那珂、皐月、水無月、もう一度魚雷を準備してくれ」


那珂「え?は、はーい」


慌てて那珂達が準備に入る。

この訓練にはもう一段階上がある。


提督「羽黒、盾を外せ、次は魚雷を避けてみろ」


羽黒「え…?は、はい!」


一瞬呑み込めなかった羽黒だったがすぐに盾を外し那珂達居るの方向を見る。

この訓練の第二段階は見れるようになった魚雷を躱すものだった。

魚雷を見ずに適当に移動しては避けることはできない。


那珂「いっくよー!!」


那珂達から合図とともに魚雷が発射される。

本来なら羽黒は電探等で魚雷の位置を特定し回避行動に出るはずだ。




しかし




提督「ん?」


水無月「あれ?」





羽黒の動きに違和感を感じる者がいた。









通常ならば魚雷の音等で動きを特定してから回避行動を取るためギリギリになりやすいのだが羽黒の回避行動は速すぎるくらいに速かった。

そして魚雷はそのまま外れる。


提督(まさかな…)


水無月(そんなこと、な、ないよね…)







羽黒「司令官さん…?」


提督「ああ、訓練終了!羽黒、合格だ!」


羽黒「やった…」


羽黒は喜びを噛みしめるように自分の両手を握りしめた。






訓練を終えて羽黒のところへ那珂達が集まってくる。


那珂「すごいよ羽黒ちゃん!昨日と大違いだよぅ!」


皐月「これでこの訓練も終了だよね!」


羽黒「あ、ありがとうございます…」


嬉しそうな那珂達と同じく嬉しそうに羽黒はお礼を言う。

提督が羽黒に休憩をさせようと近づくが羽黒は神通の方へ近づいていく。


羽黒「あ、あの!」


神通「なんですか…?」


羽黒「わ、私と勝負してくれませんかっ!?」


昂りすぎた状態で羽黒はつい大声で言ってしまった。

周りにいる艦娘と提督は全員耳を疑った。


神通「初心者用の訓練が終わったくらいで…何を言っているんですか…」


神通が呆れたようにため息をつく。

それもそのはずだ、ここ最近は神通が羽黒と1対1の演習をしており、羽黒が逃げながら一方的に撃たれるという繰り返しだった。

内心神通はイラついたことだろう。


神通は羽黒の方を見ようともしない。

だが羽黒は引き下がらなかった。


羽黒「わ、私が『秘書艦』に相応しいか、試してください」


那珂「ぎょっ!?」


神通「…」


艦隊のアイドル(自称)らしからぬ声が那珂から出てしまう。

誰よりも秘書艦になりたいのは神通だと一番よく知っているからだ。


羽黒は無意識のうちに神通を挑発してしまったらしい。


神通「わかりました…」


神通が羽黒を睨む。

その瞳はまるで深海棲艦を見るかのようだった。


神通「本気で相手をしてあげます…」


神通は立ち上がりさっさと演習場へ向かって歩いて行った。

周りの空気はすっかり冷えてしまっている。

神通に勝負を挑んだ当の羽黒の足は震えていた。






【演習場】


提督『それでは演習を開始する、二人とも準備はいいな?』


羽黒「は、はい!」


神通「いつでも…」


1対1の演習で二人は対峙する。

明るいうちに砲撃戦が始まり、砲撃戦が終了すると夜戦に突入、その後演習は終了となる。


提督『3…2…1…演習始めっ!』


開始と同時に神通、羽黒が動き出した。








砲撃戦が終了し、演習は夜戦に突入しようとしていた。

砲撃戦は終始神通が羽黒の砲撃を躱し無傷のまま、逆に羽黒は直撃を避けたものの少しずつ砲撃を喰らい中破手前の小破といったところだ。

羽黒は神通の砲撃から目を背けること無く果敢に立ち向かったが練度の違いか一度も当てることはできなかった。


提督『双方、夜戦に突入するがいいか?』


羽黒「は、はい!!」


神通「お願いします…」


砲撃戦で決めきれなかったせいか神通は少し苛立っているように感じた。





提督『夜戦始めっ!』


開始と同時に神通が砲撃を開始する。

神通は主砲の連撃からの魚雷で仕留めるつもりだ。


神通得意の戦術として砲撃戦で消耗させた後に夜戦で主砲の連撃で相手を追い詰めて誘導、そして魚雷を命中させるというものだった。


神通「これで終わりです…」


羽黒が神通の想定通りの動きを見せたので勝利を確信した。

この夜戦を見ていた他の皆も、提督も同じことを思った。


神通「…!?」


神通にも、その場に居た皆にも予想外のことが起きた。

羽黒は魚雷の進路に入ろうとする直前に反転し、主砲を喰らいながら神通に急接近した。


提督『は、羽黒中破!』




水無月「まただっ!?」


観戦していた水無月が立ち上がって声を上げる。


皐月「また?」


水無月「羽黒さん変じゃなかった!?予め魚雷の来る位置がわかっているみたいな動きをして…」


那珂「た、確かにさっきも…」




羽黒はそのまま神通に接近する。

反撃をしたい神通だったが砲撃戦と夜戦で弾薬を使い切ってしまった。


羽黒「これでっ!!」


近距離で羽黒の連撃が直撃して神通は吹き飛ばされた。


神通(そんな…)


自分が負けるとは微塵も思っていなかった神通は放心したまま海に叩き付けられた。


提督『神通大破 勝者羽黒!』


観覧席から歓声は上がらず皆、目の前の出来事が信じられず静かなままだった。






神通は海に身体を預けたまま夜の星空を眺めていた。

敗北感よりも、屈辱感よりも、今の神通は安堵の気持ちで満たされていた。


羽黒「だ、大丈夫ですか!?」


心配そうに駆け寄ってきたのは羽黒だった、問題ない、と笑顔で答えてあげる。


羽黒「あ、あの!ごめんなさいっ!!」


いきなり謝られて何事かと神通は首をかしげる。


羽黒「これまでご迷惑をおかけして…生意気なこと言って…ごめんなさい!」


神通が気にしてなかったことを必死で謝ってきて思わず笑ってしまった。


神通「いえ…こちらこそ先日失礼なことを言って申し訳ありませんでした…」


神通も謝り手を伸ばす、その手を羽黒はしっかりと握り神通を立ち上がらせた。


神通「羽黒さん、これからもよろしくお願いしますね…」


羽黒「は、はいっ!!」


神通に認められたと思い嬉しくなって羽黒は泣きそうな顔になりながら笑顔で元気よく答えた。


神通「そして、提督を支えてあげて下さい…お願いします…」


そう言った神通の顔は少し悲しみを含んでいたようだった。







提督(天は臆病な羽黒に思わぬ副産物を与えたようだな…)


提督は今日の訓練とたった今終わった演習での羽黒の動きを自分なりに分析していた。


提督(あの危険察知能力、艦隊にとって最高の盾になるかもしれないな)


その能力が活かせるか、それはまだわからない。

だが羽黒が提督にとって、鎮守府にとっての大きな希望になりそうな予感がした。



【演習場 観覧席】


皐月「それにしてもさ、司令官はどうして羽黒さんを秘書艦にしたのかな?」


水無月「まさかこうなることを予想して…それはないかぁ…」


那珂「ああ!実は羽黒ちゃんみたいなのが好みとかっ!?」


3人があれやこれやと考えているのを見て加賀がクスリと笑う。





実は数日前加賀は秘書艦として羽黒をなぜ選んだのか提督に詰め寄った。

余りにも戦闘向きではなかったためである。

その問いに提督から帰ってきた答えはこうだ。


提督『正直提督として間違った選択をしているのはわかっているんだよ…』


提督は迷いを持った表情をしていた。


加賀『だったらどうして…』


提督『那智、足柄はどこの鎮守府に行っても即戦力で活躍するだろうが…羽黒は』


加賀『羽黒さんは?』


提督『羽黒はうちで鍛えてあげないと…と思わされてな、このままじゃどこ行っても大変な目に遭うだろうから…』


加賀『…はぁ』


加賀はため息をつく、この人は甘すぎると。

せっかく提督の負担を減らすために秘書艦を着任させたのにかえって負担が大きくなっている。

艦娘に甘くて、お人好しで、優しくて…。


だがそんな提督だからこそ皆付いてきたのだ。


加賀『わかりました、こちらもできる限り協力しますから無理はしないでくださいね』


提督『ありがとう加賀、色々と頼む』







加賀は提督とのそんなやりとりを思い出す。

結果的には、ということになるが提督の選択は正解だったのかもしれない。


加賀「さあ、皆で二人を出迎えましょう」


加賀が皆に声を掛け羽黒と神通の出迎えに向かった。




家族




【現在 鎮守府内 執務室】


提督は執務室の机で愛用のノートを開いていた。

その最後のページに写真が貼り付けられている。


その写真には赤城、加賀、皐月、水無月、伊8、那珂、川内、明石、そして中央に提督。

提督の左隣に旗艦を務めた神通、提督の右隣に秘書艦を務めた羽黒。

そして提督の正面に朝潮が写っている。

朝潮の両肩に提督の両手が置かれて朝潮はしっかりと敬礼をしている。


写真に写っている皆は最高の笑顔を見せている。

この写真は大規模作戦を無事終えた時に撮ったものだった。

皆の顔はススだらけだ。

提督も空襲を喰らい、危うく命を落としかけるところだった。

そのため写真に写っている提督も顔がススで汚れていた。


提督(振り返ってはいけない…振り返る権利なんか無いのにな…)


提督は前の鎮守府を出るとき私物を全て処分した。

しかしどうしてもこの写真を捨てることはできなかった。


最高の仲間と最高の瞬間を迎えることができた思い出、何度でも振り返ってしまう。

その写真の朝潮、羽黒に目が行ってしまう。


提督(俺はどれだけの笑顔を奪ってきたんだろうな…)





振り返りたくなる、しかしその度に沈んだ気持ちになる。


提督は執務室でひとり、そんな悪循環の中にいた。






【過去 鎮守府内 執務室】


羽黒が秘書艦として着任してから数カ月が経過した。

すっかり鎮守府に溶け込んで仲良くやっている。


意外だったのは特に神通と仲が良いことだ。

元々大人しい者同士気が合うところがあるのかもしれない、よく一緒に居るのを見掛ける。

艦隊旗艦と秘書艦が仲良くしてくれるのは提督としても嬉しい限りだった。






ある日のこと、大規模作戦を無事終え、やや平和な日常を過ごしていた鎮守府に新しい駆逐艦を迎えることになっていた。


執務室のドアをノックする音が聞こえた。


羽黒「どうぞ」


提督の代わりに秘書艦の羽黒が答える。

最近は秘書艦の仕事も慣れたようで堂々としている。


朝潮「失礼します!」


入ってビシッと敬礼を決めて大きな声で挨拶をする。


朝潮「朝潮型一番艦、朝潮です!本日よりこちらの鎮守府に着任となりました!よろしくお願いします!!」


提督「お、おう…」


余りにも元気の良い挨拶に提督が怯んでしまう。


提督「俺がここの提督だ、こちらは秘書艦の羽黒、これからよろしくな朝潮」


朝潮「はい!司令官、ご命令を!」


敬礼を決めたまましっかりとこちらを見て朝潮が指示を待つ。


提督「そんなに固くなるな、やすめ。楽にしていいぞ」


そう言われてようやく朝潮が敬礼を解く。

指示を待っているのかまだこちらを見ていた。


提督「しばらくは軽巡那珂が旗艦をする遠征部隊で働いてもらうこととなる、明日以降の出撃となるだろうから今日はもう下がっていいぞ」


朝潮「はい!それでは失礼しますっ!!」


すごい勢いで頭を下げた後ドアの前でまたビシッと敬礼を決め朝潮は退室した。

思わずビックリして羽黒と顔を見合わせる。


提督「すごい固っ苦しい子が来たものだな」


羽黒「げ、元気も良かったですね」


彼女がこの鎮守府に馴染めるのだろうか、そんな不安が二人をよぎった朝潮の着任日であった。




【翌日 鎮守府 港】


さっそく朝潮には長距離遠征に出てもらうこととなった。

今日は那珂が機関で皐月、水無月も一緒に出撃する。


提督「よし、全員揃っているな。那珂、今日もよろしく頼むぞ」


那珂「はーい、那珂ちゃん現場入りまーす」


提督「皐月、水無月、朝潮は初遠征だから助けてやってくれな」


皐月「うん!僕に任せてよ!」


水無月「えへへ、行ってきます」


那珂、皐月、水無月が笑顔で敬礼する。


提督「朝潮は初の遠征だがあまり気張らないようにな」


朝潮「…はい」


朝潮はとても不機嫌で不満そうな顔をしている。

遠征に出撃するのが不満だったのだろうか?

でも昨日はそんな雰囲気は微塵も無かったが…


那珂「行ってきまーす」


4人は海へ飛び込み遠征に出撃した。

朝潮の顔は終始不機嫌そうだった。





【鎮守府内 執務室】


羽黒「い、以上が…今回の大規模作戦の消費資源、使用資材となります」


羽黒から大規模作戦時にどれだけ資源と資材が消費されたか調べてもらった。

燃料弾薬は想定通りの減りで鋼材がかなり余った。

この鎮守府には他の鎮守府みたいな戦艦がいないため鋼材は常時余っている。


逆にボーキサイトがかなり減った。

赤城、加賀を主力に出撃させたためどうしてもボーキサイトだけは減りが速い。


予定外だったのは高速修復材がかなり余ったことだ。

これは羽黒の危機察知能力を戦闘に活かし被害を最小限に留めたこと。

そして神通を中心に大規模作戦の主力を時間を掛けず仕留めたことが大きかった。


神通「提督…戻りました…今日も特に変わったことはありません…」


神通が近海の警備から戻ってきた。

大規模作戦が終了し、最近は任務も特にないため暇なときは交代で近海の警備に当たってもらうことにしている。

神通はそのまま提督に近づき頭を差し出す。


提督「お疲れ様、今日もありがとうな」


提督はその頭を撫でてやる。

皐月、水無月以外には余りやらないのだが神通はたまにお願いしてくる。

誰か他の艦娘が居るとしてこないのだが羽黒の前では遠慮しないようだ。


羽黒「…」


チラリと羽黒の方を見ると少し不機嫌そうに見えた。


羽黒「あ、あのっ!」


提督「おお!?なんだ!?」


いきなり大声を出しながら羽黒が迫ってくる。


羽黒「わ、私、大規模作戦で頑張りましたよね!?皆の被害を減らすお役に立てましたよね!?」


提督「そ、そうだな」


そう言いながら神通と同じように頭を差し出してくる。


羽黒「お、お願いします!!」


いきなりお願いされてなんのことやらと一瞬戸惑うが頭を撫でてほしいらしい。


提督「そうだな、羽黒のおかげで被害は最小限だった。お疲れ様だったな…」


羽黒「は、はい。えへへ…」


羽黒はとても嬉しそうに目を閉じておとなしくしている。

そんな羽黒を横目に神通が対抗してくる。


神通「大規模作戦では最終海域の主力を仕留めました…」


提督「ん…?」


神通「仕留めたんです…」


羽黒を撫でていた反対の手に頭を押しあててくる。

結局二人揃って頭を撫でることになってしまい、いつやめればいいのか迷っていると近海に偵察機を飛ばしていた加賀が帰ってきた。


加賀「何をやっているんですか…」


後ろから加賀に声を掛けられ神通と羽黒は反対側へ飛び離れる。

そんな二人を見て呆れながら加賀が報告のため提督に近づく。


加賀「提督、近海偵察から戻りました。遠征部隊の姿も見え、後10分程で戻ると思います」


提督「ん、わかった。じゃあ俺は遠征部隊の出迎えに行ってくる」


提督は加賀の報告を聞くと立ち上がり執務室を出る。


提督「うおっ!?」


出ようとしたところで加賀に服を掴まれ引き止められる。


加賀「今日もちゃんと偵察任務を終えました」


提督「へ?」


加賀「大規模作戦時も赤城さんとともに制空に攻撃に、フル回転しました」


提督「そ、そうだな」


そう言った加賀が頭を差し出してくる。

加賀よ、お前もか…。





【鎮守府 港】


皐月「しれーーーかーーーーんっ!」


水無月「たっだいまーーーー!!!」


いつものように皐月、水無月が走って提督に飛びついてくる。

二人をがっしりと抱き止め頬刷りをする。


提督「おかえり、今日もありがとうな」


皐月も水無月も嬉しそうに抱きしめ返してくる。

遠征帰りはこれで出迎えるのがすっかり定着した。


提督「那珂もおかえり、旗艦お疲れ様」


那珂「那珂ちゃん地方巡業もしっかりやります!」


那珂が笑顔で敬礼を決める。

彼女が嫌がらずに遠征旗艦を務めてくれるのは提督としても大助かりだった。

そんな彼女に感謝しつつ初遠征を終えた朝潮を見る。


提督「おかえり朝潮、初遠征はどうだった?疲れてないか?」


朝潮「…」


朝潮は俯いて震えている。

返事が無いので少し心配になった。


提督「おい朝潮?」


朝潮「なんなのですかっ!!!」


提督「うわぁっ!」


皐月・水無月「うわあ!!」


朝潮がいきなり大声をあげたのでびっくりして皐月と水無月を投げ捨ててしまう。


朝潮「なんなのですかこの艦隊は!この鎮守府は!!」


提督「どうしたんだ急に…ぁ痛っ!!」


怒った朝潮をなだめようと提督が頭に手を置こうとするとその手を思いっきりはじかれた。


朝潮「ふざけないでくださいっ!司令官がそんなだからみんながしっかりしないんです!!!」


提督「しっかりしないって…そんなに遠征結果悪かったのか?」


提督は那珂を見る。


那珂「今日の遠征は5時間で修復材6個だけど…」


提督「いつも通りだな、特に悪いところはないんじゃないか?」


朝潮「結果じゃありません!規律が、司令官が、普段の行いが緩いから皆がダラダラとしているんです!」


那珂「ひ、酷い…」


皐月「そんなに悪く言わなくてもいいじゃないか!」


朝潮の批判に思わず皐月が反論する。

しかし朝潮は怯まず続ける。


朝潮「皐月さんと水無月さんもです!司令官とそんな馴れ合いはやめてください!」


水無月「ごめん!それは無理っ!」


朝潮「ぐっ…」


間髪入れずに水無月が拒否したので思わず朝潮が絶句する。


提督「まあまあ、俺が緩い提督なのは認めるから。朝潮もそれくらいに…」


朝潮「そういうところもダメなんです!もっとしっかりしてください!!」


やってられないという表情になった朝潮は怒って先に鎮守府へ行ってしまった。


朝潮「それと一々遠征に見送りと出迎えはいらないと思います!失礼します!」


そして不機嫌の理由(らしきもの)を残していった。





那珂「いやぁ~…」


皐月「なんというか…」


両手で皐月、水無月の頭を撫でながら提督は苦笑いをする。


提督「真面目なやつが来たものだ」





【鎮守府内 執務室】


朝潮が着任して1週間が経った。


彼女は中々他の艦娘と馴染もうとせず、少し溝ができているような感じだ。

仕事っぷりは真面目の一言に尽きる。

余計な私語ははさまない、寄り道をしない、居残り訓練は当たり前、彼女から見て許せないものはすぐに注意をする。

うちの鎮守府にはいないタイプだったので正直扱いに困っていた。


最近だと訓練後の居残りを中々やめようとせず神通に無理矢理連れ出されていた。

朝潮は力の抜きどころを知らないように見えて提督のみならず鎮守府の皆も心配していた。


提督「ふむ…」


提督は執務室に戻りある資料を見ていた。

その資料はこの鎮守府に来る前の朝潮のことが書かれているものだ。


朝潮はこの鎮守府が初の着任だがその前は訓練所で鍛えてきている。

驚くべきはその成績だ。


提督「すごいな…」


朝潮は艦娘としての動き、砲撃能力、基礎知識や応用力、全てにおいてトップの成績だった。

艦娘は配属先を自分では選べないのは仕方ないにしても正直自分の鎮守府では彼女を持て余してしまうかもしれないと心配になる。


羽黒「し、失礼します…」


羽黒が執務室に戻ってきた。

彼女には朝潮の様子を見に行ってもらっていた。


提督「どうだ、朝潮は」


羽黒「だ、だめです…訓練をやめようとしてくれません…」


心配そうに羽黒が俯く。

羽黒が言っても聞かないらしい。


いつもは神通が引きずってでも訓練所から追い出すのだが生憎と今日はかなり遠方への遠征で不在だ。


提督「わかった、何とかしてみる」


羽黒「はい…お願いします…」


提督は立ち上がり資料を机に置いて訓練所に向かうことにした。





【訓練場】


訓練場は演習場の隣にあり、夜でも訓練ができるようナイター施設が整っている。

普段なら誰もいない時間帯だが朝潮が一人海に的を並べて撃ちこむ砲撃の訓練をしている。


朝潮がこちらに気付いたのか近づいてくる。

その表情はいけないことをして怒られることを想像している子供のようだった。


全身びっしょりで汗なのか海水なのかわからなくなっている。

明らかな疲労も顔に出ていた。


提督「朝潮、これ以上の訓練は無意味だ。もうやめろ」


朝潮「まだです!これくらいは着任前でも毎日やっていました!平気です!!」


疲れているにもかかわらず朝潮は虚勢を張って続けようとする。

確かに着任前の訓練所のしごきは相当なものだと聞いている。


しかしここは艦娘の訓練所ではない。

明日、いきなり戦場と化す可能性のある鎮守府だ。


提督「朝潮、命令だ。今日はもうおしまいにしろ」


朝潮「…」


渋々、といった表情で朝潮が訓練場から出てくる。

このままでは明日もそれ以降も続けてしまいそうだ。


提督「身体を暖めてから部屋に戻れよ。風邪をひかないようにな」


朝潮「っく…これくらい平気です!」


艦娘として馬鹿にされたと勘違いしたのか朝潮は声を荒げた。







その後も朝潮は仲間達と馴染もうとせず訓練は一人続け、皆を心配させた。

提督も仲間達もあの手この手で何とか朝潮とうまくやろうとしたが関係は進まなかった。


そんな中、ちょっとした事件が起こる。






【鎮守府内 朝潮の部屋】


遠征出撃予定の朝、目が覚めた朝潮は背筋が凍る思いだった。

実際に背筋が凍るような感覚が身体に残ったままなのかもしれない。


朝潮(これは…まずい…)


身体がだるい、顔が熱い、喉が痛い。

明かな風邪だった。


艦娘は風邪を引くことは滅多に無い。

だが疲労が積み重なったりすると体調が悪くなり風邪を発症することがある。


朝潮(これくらいで休んでいられない…)


朝潮は熱冷ましを飲んで身なりを整え、遠征する仲間が待つ港へ向かった。


しかしその道中はフラフラしていつもよりかなり時間が掛かった。




【鎮守府 港】


いつものように那珂が旗艦で長距離遠征に出てもらう予定だったのでこちらもいつものように提督が羽黒と一緒に見送りに来ていた。

しかし今日はいつものようにいかなかった。


朝潮「お、遅れて申し訳ありませんっ!」


朝潮が遅れるという珍しい、と言うよりありえないことが起きた。

那珂も、皐月も水無月も目を丸くして朝潮を見ている。

朝潮は何でもない、といった感じで整列する。


提督「…」


四人が並んだところで提督の点呼を待っている。

遠征に出撃するときにいつもやっていることだ。


提督「今日の遠征は中止だ」


突然の遠征中に艦娘達からええっと声が上がる。

ぼーっとしていた朝潮がハッとこちらを見る。


提督「なぜかわかるな、朝潮」


朝潮「ま、待ってください司令官!私はなんともありませんから!出撃させて下さい!!」


朝潮が提督に必死に食って掛かる。

そんな朝潮を無表情で見ている。


提督「遠征に出て」


朝潮「え?」


提督「運悪く深海棲艦と遭遇して」


朝潮「あ、あの」


提督「朝潮はまともに戦えないから四人の内一人は朝潮に付くからまともに陣形も組めず実質2人で戦って」


朝潮「そ、そんなのやってみなければ…」


提督「駆逐ロ級ならまだしも相手が重巡や戦艦だったら朝潮を連れて撤退もできない」


朝潮「だから…」


提督「艦隊は全滅」


朝潮「…」


提督「というようなことを想定して遠征は中止、以上、解散」


食って掛かる朝潮を無視して提督は遠征部隊を解散させる。


朝潮「待ってください!待って…」


それをやめさせようと朝潮が迫るが遠征が中止と言われ気が抜けたのか、身体をふら付かせその場で倒れそうになった。


羽黒「あ、朝潮さん!」


近くにいた羽黒がなんとか朝潮を抱きとめる。

朝潮は意識を失ったのか羽黒に身を任せていた。


提督「羽黒、そのまま朝潮を部屋に運んでやれ。後は任せていいか?」


羽黒「は、はい。わかりました」


意識を失った朝潮を羽黒が運んでいく。

大人しいように見えて羽黒も重巡洋艦の艦娘だ。

朝潮くらいなら運ぶのも簡単である。


那珂「あとで様子見に行ってくるね」


提督「ああ、よろしく頼む」


那珂だけでなく皐月、水無月も賛同していた。






【鎮守府内 朝潮の部屋】


羽黒は朝潮を部屋に連れて行き、服を脱がせ汗を拭いて着替えさせた後ベッドに寝かせた。

途中で目を覚ました朝潮だが最初は悔しそうな顔をしたがすぐに羽黒に大人しく従った。

本当はかなり辛かったのかもしれない。


羽黒「そ、それじゃあ私は戻ります。何かありましたら内線で呼んでくださいね…」


朝潮「はい…申し訳ありません」


本当に申し訳なさそうに朝潮が羽黒に謝る。

普段見せていたような強気な姿は全く見られなかった。

そんな朝潮が可愛らしく見えたのか羽黒は優しく頭を撫でてあげる。


羽黒「こういうときはごめんなさい、よりありがとう、ですよ」


羽黒から声を掛けられ朝潮がベッドで羽黒を見上げる。


羽黒「わ、私も妙高姉さんや司令官さんに言われていますから…」


羽黒は笑顔で、そして照れたように言った。


朝潮「ありがとうございました…」


羽黒の優しさに充てられたせいか、風邪をひいてしまった自分へのふがいなさか、後ろを向いて朝潮は涙を流した。








少し経った後、那珂、皐月、水無月が様子を見に来た。


那珂「やっほー、朝潮ちゃん大丈夫かなー?」


皐月「お見舞いに来たよ!」


水無月「大丈夫?喉乾いてない?冷えた飲み物持って来たよ」


部屋に3人も雪崩れ込んできて急に騒がしくなった。

沈んだ気持ちになっていた朝潮としては部屋の雰囲気が少し明るくなった気がして嬉しかった。

だが同時に3人に対して申し訳ないという気持ちも出てきた。


朝潮「皆さん、申し訳ありませんでした…私が…」


那珂「ああ、いいのいいの!こんな日もあるって」


起き上がって謝ろうとする朝潮の両肩を押してベッドに寝かせる。


水無月「それにしてもさ、司令官にあっさり見抜かれたね。僕、朝潮が風邪なんて最初気が付かなかったよ」


皐月「司令官が見送りに来るのはああやって僕達に異常が無いか見ているんだよね、前に神通さんが無理しようとした時も止めたっけ」


朝潮(そっか…あの見送りと出迎えは…)


先日見送りと出迎えはいらないと言ったが今の自分のことを思うと大事なことだと思わされる。





少し身の回りの世話をしてもらい朝潮が感謝すると3人は嬉しそうに微笑む。


皐月「朝潮を見てるとここに来た頃の自分を思い出すなあ」


那珂「そうだねえ、神通ちゃんのときも酷かったけど皐月ちゃんもすごかったねえ」


朝潮(え…?)


皐月が近くまで来て朝潮を見つめる。

朝潮は信じられないといった顔で皐月を見る。


水無月「あはは、朝潮が信じられないって顔してるよ」


那珂「そりゃ今の皐月ちゃん見たら信じられないよ」


皐月の話に二人が笑うがどうやら本当のことらしい。


皐月「僕はね、元々解体予定だったんだよ」


皐月の表情に少し影が落ちる。

あまり思い出したくない過去なのかもしれない。


解体とは艦娘にとって死を意味する。

余程のことがない限り解体処分にされるような艦娘はいないはずだ。


皐月「でも司令官が助けてくれて…最初は『お前なんか信じるか!』って反発していたんだけど」


那珂「提督の作ってくれた料理をそのまま投げつけたりしてたよね、あれにはビックリしたなあ」


朝潮(信じられない…)


提督を見掛けるなり嬉しそうに飛びついている皐月を見ていた朝潮としては全く信じられない話だった。


それから皐月のこと、水無月のこと、提督や鎮守府の皆ことを色々教えてもらった。

その話はつい朝潮が聞き入ってしまう程に興味深いものだった。


風邪というアクシデントがきっかけではあったが朝潮はこの鎮守府に来て初めてまともに仲間達と話をした。

朝潮にとって着任後初めて過ごすゆっくりとした時間で体調は悪いはずなのにとても心地よい時間だった。







皐月達が部屋を出て朝潮はしばらく眠りについた。

外が真っ暗になる頃に目が覚め、体調はかなり良くなってきた。

多少の空腹を感じて夕食をどうしようか考えたところでドアがノックされた。


提督「朝潮、俺だ。入っていも良いか?」


朝潮「あ、はい!大丈夫です!」


提督の訪問に思わず返事が大きくなる。


提督「お?大分顔色が良くなったな、順調そうでなによりだ」


朝潮「司令官、この度はご迷惑をおかけして申し訳あり…」


提督「いいよいいよ、こんな日もあるさ。それより…」


提督は朝潮をなだめながら手に持っていた食器を差し出す。


提督「お粥を作ってきた、そろそろ腹減っただろう」


朝潮「あ、ありがとうございます!」


ちょうどお腹が減っていたところへ提督が食事を用意してくれてうれしくてつい大きな声を出してしまう。


朝潮「お、美味しいです!申し訳ありません、司令官に…こ…んな…」


段々と、何かが込み上げてきたのか朝潮は泣き始めた。


朝潮「本当に申し訳…ありませ…ん、私、偉そうなこと言って…」


そんな朝潮に対し提督は優しく頭を撫でてあげることで答える。

提督は朝潮が泣き止むまでそうしていた。






朝潮「司令官…私は生き方を変えるべきなんでしょうか…」


ひとしきり泣いた後、落ち込んだ様子で朝潮が言った。

どうやら今回の遠征中止の責任を大きく感じているようだ。


責任を感じて自分というものを見失いつつあるかもしれない。

そんな朝潮の責任感の強さに感心しつつ心配にもなってしまう。


提督は改めて頭を撫でながら朝潮を諭す。


提督「別にいいんじゃないか?今まで通りで」


朝潮「…え?」


てっきり自分を見直して反省しろくらい言われると思っていた朝潮は提督の意外な言葉に顔を上げる。


提督「今まで通りでいいよ、それがこれまでの朝潮を支えてきたんだからな。ただたまには息抜きというか休むことも大事だからな。それを忘れないようにすればいい」


朝潮「息抜きって…でも私どうしたら…」


朝潮は悩みを抱える難しい顔をする。

これまで休んだりすることを一切考えずに生きてきたのかもしれない。

彼女らしい悩み方に思わず苦笑いしてしまう。


提督「そうだな…」


提督も少し考えるように上を向いた後、いい考えを思いついたかのように笑みを浮かべる。


提督「今回の遠征の罰としてこれから1年間、俺の命令に従うこと」


朝潮「え?」


突然脈絡の無いことを言われ朝潮は返答に困った。


提督「できるか?」


朝潮「は、はい!できます、やれます!」


余り答えを待ってくれる様子が無かったので朝潮は元気よく答える。


提督「変な命令を出すかもしれないぞ?」


朝潮「どんな命令にも従います!それに司令官を信じています!」


皐月や水無月の話を聞いた影響か朝潮は提督を信じ、この命令に従うことにした。

しかし朝潮には提督がどんな意図でこのようなことを言ったかまだわかっていなかった。


提督「よし、では最初の命令だ。ゆっくり休んで体調を整えること。万全になるまで出撃は休みだ、いいな」


朝潮「は、はい。了解しました」


提督「良い返事だ、勝手に訓練場に出るんじゃないぞ?これも命令だからな」


朝潮「う…りょ、了解しました」


少しでも体調が整ったところで遠征出撃できなかった失態を取り返すため訓練しようとしていたことを見透かされて朝潮は顔が熱くなった。


提督「じゃあ今日はお休み、ゆっくり休んでくれ」


朝潮「はい!司令官、ありがとうございました!」


朝潮の部屋から出て提督は少し安堵したかのようにため息をついた。


提督「責任重大だな」


そしてこれから朝潮に対しどんな命令を出していこうか考え、少しだけ重圧を感じた。

しかし同時に光明も見出したのかその表情は明るかった。





【翌日以降 鎮守府】


提督「朝潮、命令だ 遠征に出撃してくれ」


朝潮「はい司令官!」



さっそく提督からの命令が朝潮に飛ぶ、朝潮は元気よく返事をした。





提督「朝潮、命令だ 今日の訓練はもう終わりだ」


朝潮「あ、はい、司令官」



無理しそうなときは命令を使ってやめさせる。




提督「朝潮、命令だ 今日は皐月、水無月に付き合うように」


朝潮「りょ、了解です」


皐月「よぉし!一緒に行こう朝潮!」


休日には仲間達とのコミュニケーションを取らせるために命令を使う。






提督の『命令』の狙いは朝潮の休みが必要な時、息抜きが必要な時に休ませるという目的が大きかった。

彼女は加減がわからず物事の区切りも中々できないというところがあったので提督から『命令』という形で休ませたり息抜きさせたりした。


最初はぎこちないところも見せた朝潮だが段々と慣れてきたのか変化を見せた。






提督「朝潮、視察に行くぞ」


朝潮「はい!」




提督「朝潮、買い出しだ」


朝潮「はい!ご一緒します!」



提督「朝潮、今日はもう上がりだ」


朝潮「はい!お疲れ様でした!」




提督「朝潮、遠征お疲れ様」


朝潮「司令官、あまり人前で頭を撫でないでください!」


那珂(人前じゃなけれないいんだ)

皐月(二人っきりではいいんだね)

水無月(普段からやっているんだろうなあ)




いつの間にか提督は『命令』を使わなくなり、朝潮は『命令』が無くとも従うようになった。

二人の間の信頼関係はどんどん強くなり、気が付いたら提督のそばには朝潮が居るという絵が多くなった。





提督「朝潮」


朝潮「はい!遠征準備、出来ています!」




提督「朝潮」


朝潮「はい!資料はここです!あと20分後にお茶を準備するよう羽黒さんに言ってきますね!」




朝潮「司令官!皐月さんたちと町へ行ってきました!これは私が取った景品です!」


提督「おお、可愛いぬいぐるみだな、良かったな」


朝潮「はい!さっそく部屋に飾ります!」





朝潮との関係は更に良くなり秘書艦の羽黒がヤキモチを妬くようになるほどになった。

それは仲間達からあだ名を付けられるほどになった。


そのあだ名は『忠犬』


悪い意味の犬ではなく、褒められている時の朝潮がから犬耳と尻尾が見えるという錯覚を起こすことから付いたあだ名だった。


朝潮はあっという間に艦隊の主力となり遠征では旗艦を任され、駆逐艦としては対潜・夜戦と前線で活躍するようになった。



朝潮「司令官!無事遠征終わりました!」


提督「朝潮、旗艦お疲れ様」


無事遠征の旗艦を終えた朝潮の頭を撫でてあげる。


朝潮「…え、えへへ…」


最近は人前で撫でられることにすっかり慣れた朝潮が嬉しそうに顔を綻ばせる。




那珂(…)


ゴシゴシッ ←目を擦る音


那珂(やっぱり…尻尾が見えたような…)


那珂が隣を見ると神通がありえないものを見たかのように頭を振っている。

さらにその隣では川内が目をパチパチさせている。


那珂(や、やっぱり見えるんだ…)






朝潮が艦隊の一員として馴染み、新たな大規模作戦を完遂して絆を深めた頃、騒がしい出来事が鎮守府に起きた。





【鎮守府内 廊下】


提督「え?お見合いですか?」


先輩「ああ、お前にな」


提督の鎮守府を訪れた先輩と秘書艦の妙高を出迎え、執務室に一緒に向かう途中先輩が急に言い出した。


先輩「以前大本営でのパーティで大将殿の娘がお前に一目惚れしたらしい」


提督「はぁー、そんな人がいるんですかねえ」


無関心、と言った感じで提督は生返事をする。


先輩「お前も海軍に入って長いし良い年なんだからそろそろ所帯を持ったらどうだ?」


そんな無関心の提督に先輩は詰め寄ってお見合いをさらに進めてくる。

なんだかいつもの先輩と違う。


提督「で、先輩、本音は?」


先輩「すまん!大将殿も乗り気なので是非一度会ってやってくれ!俺と大将殿の顔を立てるということで…」


先輩も付き合いやらなんやらで困っていることもあるらしい。

ここは先輩に免じて一度会ってみる…。




と思ったところであいつの顔が頭をよぎる。

人一倍泣き虫で心配性で、そんな怖がりの彼女が戦場に出れば味方を庇って戦って。

いつも自分の傍で自分を支えてくれて、時折見せる笑顔が眩しくて…。


俺がお見合いをすると知ったらあいつはどう思うだろう?

そんなことを考えてしまう。


ずっと、ずっと家族が欲しかったはずなのに…。


気が付いたら彼女は自分にとってこんなにも大きな存在となっていたのだ。




提督「わかりました先輩」


先輩「おお、では!?」


提督「その顔に泥を塗らせて頂きます」


先輩「へ?あ、おい!ちょっと待て!」


提督は先輩を無視して先に執務室へ行ってしまった。

その様子を楽しそうに妙高は笑顔で見守っていた。









だがそのやりとりを中途半端なところまで見ていた艦娘がひとり。


水無月「た、大変だぁ…」








【鎮守府内 談話室】


提督が先輩と打ち合わせがある、ということで艦娘達は出撃も遠征も無く休みだった。

仲間達を労いたいという意味も込めて羽黒主催のお茶会が開かれていた。

今は少し席を外した水無月以外の全員が集まっている。


そこへ水無月が駆け込んでくる。


水無月「た、大変だぁ!司令官がお見合いして、結婚するってさ!!」








ガシャーーーーーーンッ!!!!







羽黒が手に持って運ぼうとしていた紅茶のセットを盛大に床に落とし床にへたり込む。








バタッ!







神通がその場に倒れる。






皐月「うわぁー!!神通さんが息してないよっ!!」










川内が神通の蘇生措置をしたところで何とか復活させた。


神通「…」


羽黒「グスッ…」


加賀「…」


赤城「モグモグ」


先程まで和やかな雰囲気だった談話室が一気にお通夜の会場になってしまった。

2人を除いて。


朝潮「あの…司令官がお見合いすることが何か問題あるのでしょうか?」


仲間達の反応こそ信じられないといった表情で朝潮が言う。


朝潮「司令官程の方が伴侶を持たないのが不思議でなりません、皆でお祝いしてあげませんか?」


那珂(眩しい、眩しいよ朝潮ちゃん!)


朝潮にとっての提督は好きではあるがそれは尊敬するという意味合いが強い。

神通、加賀、羽黒のように男性としてという好意は持っていない。


暗い雰囲気が少し続いた後神通が立ち上がる。


神通「羽黒さん…少しよろしいですか…?」


羽黒「…?あ、はい…」


二人は談話室を出て行ってしまった。

もしかして提督に問い詰めに行ったんじゃないのかと皆が心配する。


そこへ入れ替わりに提督が入ってきた。


提督「いやーすまんすまん、遅れて…ってなんか暗くないか?」


談話室でお茶会をしようと誘われていた提督は予想外の空気の悪さに心配になってしまう。


那珂「提督!結婚するって本当なの!?」


提督「何だいきなり!?何の話だ!?」


那珂「だって提督がお見合いして結婚するって言ってたって!」


提督「誰がそんなこと…」


提督は加賀を見る。

非難混じりの目でこっちをじっと見ている。


皐月を見る、こっちを見ている。


赤城を見る、誰も手を付けないお茶菓子を食べている。


水無月を見る、あ、目を逸らした。


提督「お前か水無月ぃ!」


逃げようとした水無月の両脇を掴んでこちょこちょする。


水無月「あ、あはははははははっ、ご、ごめんなさいいいいいっ」


ひとしきりこちょこちょを終えた後、提督は水無月を離してあげる。


提督「お見合いの話なら断ったよ」


呆れたため息を吐きながら提督が言った。

その言葉に皆が安堵したかのようにホッとする。

しかし納得がいかなかった子がひとり。


朝潮「司令官、どうして断ったのですか?良い話だと思ったのですが」


提督「どうしてって…」


提督は落ち着かないように視線を右に左に送って目的の人がいないことに気付く。


提督「別に…今はそんなことする余裕もないからな…」


朝潮「いえ、今は大規模作戦も終えたばかりで余裕が…」


川内「はいはい朝潮、それくらいにしてあげなさいな」


朝潮「ちょっとまだ話は…」


川内が提督を追求しそうな朝潮を遮ったところで羽黒と神通が戻ってくる。

羽黒はこっちをみるなり真っ赤になって目を逸らした。


提督(な、なんだなんだ?)


その反応に提督もどう接したらいいか困ってしまう。


明石「さあ、皆揃ったようですし改めてお茶会にしましょうよ」


収集が付かない状況を明石がなんとか納めてくれ、改めてお茶会を始めることにした。

赤城がお茶菓子を全て平らげてしまったため一から作り直しとなった。






神通は諦めたような、悲しそうな表情をしておりその神通を川内は心配そうに見ていた。









【鎮守府内 執務室】


羽黒「で、では、お預かりします」


羽黒が執務室を訪れた工廠の整備員から書類を受け取る。

書類には休暇届と書かれていた。


整備員「提督、よろしいのですか?」


提督「ああ、こんなときくらいしかゆっくりできないからな、実家に帰ってやってくれ」


整備員「ありがとうございます!」


整備員は提督に感謝し、頭を下げて執務室をあとにする。

その後ろ姿を見る提督の目は少し寂しそうだった。


そんな提督を羽黒が心配そうに見つめる。


提督(実家…家族…か…)




神通「失礼します…」

朝潮「失礼します!」


入れ替わりに神通と朝潮が入ってきた。


神通「工廠、補給班の皆さんへの声かけ、終わりました…」


朝潮「皆さん交代でお休みを取らせてもらいます、とおっしゃってました!」


提督「そっか、お疲れ様」


朝潮が近づいてきてもの欲しそうにこちらを見ている。

頭を優しく撫でてあげると満足そうに微笑んだ。


羽黒、神通は朝潮の前ではさすがに遠慮するのかじっと我慢している。


大規模作戦が終わり、急を迫られる任務も特に無いため今のうちに工廠の整備員や補給班に休暇を取ってもらおうと神通、朝潮に声掛けに行ってもらった。

まとまった休暇が取れるということで休暇中に実家に帰る者が多かった。


朝潮「あの…」


提督「ん?」


頭を撫でっぱなしだった朝潮が何かを聞きたそうにこちらを見ている。


朝潮「司令官は皆さんのようにお休みを取らなくてもよろしいのですか?」


提督「まあな、提督業ってのは忙しくてな。中々休めないものなんだよ」


朝潮「でも…ご家族の方が心配されるのでは?」


羽黒「そ、そうです…司令官さんがお休みを取られても、なんとか頑張ります!」


神通「…」


休みを勧める朝潮、羽黒に対して神通は黙っている。


提督「家族…か」


家族という言葉に提督の表情に影を落とす。


提督「俺には家族はいないんだ」


朝潮「え…」


羽黒「いない…?」


提督「捨て子だったのか、捨てられたのかわからないけど物心ついたときには孤児院に居たよ」


そう言った提督の表情は寂しそうだった。


朝潮「す、すみませんでした!出過ぎたことを!」


羽黒「ご、ごめんなさい!」


提督「ああ、もう!そんな泣きそうな顔をするな!別に気にしてないよ!」


机に頭をぶつけそうな勢いで謝る朝潮と泣き出しそうな羽黒に慌ててフォローするはめになる。





羽黒「あの…」


ようやく落ち着いたところで羽黒が口を開く。


羽黒「も、もしよろしければ司令官さんのこと教えてくれませんか?昔の話とか…もっと司令官さんのこと知りたいです」


遠慮がちな羽黒らしくない踏み込んだお願いをしてきた。


朝潮「わ、わたしも!お願いします!」


俯いていた朝潮も顔を上げ続いてくる。


提督「そうか…いいぞ」


朝潮と羽黒の顔がぱぁっと明るくなる。

そんな二人の反応が嬉しくてつい提督にも笑みがこぼれる。


提督「神通には前に話したよな」


神通「はい…ですが私ももっと教えてほしいです…」


提督「わかった、少し長い話になるかもしれないからソファに座ってくれ。羽黒お茶を頼む」


羽黒「は、はい」






ソファに移動し、羽黒がお茶を出してくれたところで提督が話し始める。









【さらに過去 ある港町】


提督が物心ついたときには孤児院に居た。

10人ほどの小さな孤児院で捨て子や戦災で親を失った子供たちばかりだった。


優しい先生に育てられすくすくと育っていった提督だったが、外で両親と一緒に遊ぶ子供たちを見かける時に胸に穴が開いたような寂しい気持ちになることもあった。


10歳くらいになったときに新しく迎えられた子供が中々馴染まなくて困ったことがあった。

その男の子は5歳くらいで捨て子だった。


その子は中々食事も取らず泣きながら親を探しに出て行ってしまうということがあり、先生達や皆を困らせた。


ある日、先生が仕事でいないときにその子はまた一人で外へ行ってしまった。

遅くまで帰ってこないので皆心配して探し回った。

しばらくしてようやく見つかりそのころにはすっかり夜も更けてしまっていた。


提督はその子はもしかしたら腹を空かせているのではないかと思い、見様見真似で食事を用意した。

簡単なおにぎりと目玉焼き、初めて作った料理だった。


その子が泣き止んだタイミングを見計らって食事を差し出す。


『食べても食べなくてもいいよ』と強制はしなかった。


やはり腹を空かせていたのか、その子は一口食べるとそれを皮切りに一気に平らげた。

そして『おいしかった、ありがとう』と少し笑顔を見せた。


その笑顔が嬉しくなって料理を作ってよかった、またこの笑顔を見たいと心から思った。




その後、勝手に料理して火を使ったことがばれて先生に叱られた。

叱られている最中も次は何を作ってやろうか、先生にどんな料理を教えてもらおうか、そんなことで頭の中はいっぱいだった。


その子もそのことをきっかけに仲間内に溶けこみあっという間に皆と仲良くなった。

これからも料理で皆を笑顔にしていきたい、そう思うようになった。



提督が料理を覚えて2年ほど、料理の腕は少しずつ上達し孤児院の料理を手伝うことも多くなった。

そんな提督にちょっとしたイベントの誘いがあった。


港町で海軍の観艦式があり、そこで開かれるバザーで簡単な料理を作ってみないか?という誘いだった。

提督は喜んで参加すると伝えた。


(自分の料理で多くの人を笑顔にできるかもしれない)と考えるだけで楽しくなり、その夜はなかなか眠れなかった。










観艦式当日、バザーに参加して提督は料理の準備をしていた。

まだ12歳の子供なのであまり難しいことはさせられないということもあり、鉄板焼きの店でお好み焼きや焼きそばを作る手伝いをすることになった。

しかし『ここをこうしたらでしょうか?これを追加したら?』など言わずにおれず、店主を苦笑いさせた。

店主はバザー後半で提督に任せてくれると約束し、提督はがぜんやる気に満ち溢れた。


観艦式が始まり、店が忙しくなり始めるところで孤児院の皆が様子を見に来た。

その中には初めて料理を振る舞ったあの子も居た。


孤児院の皆にお好み焼きと焼きそばを渡し、手を振って皆を見送った。

皆笑顔で帰っていき、その笑顔が嬉しくなって提督は増々やる気に満ち溢れた。











だがそんな幸せなひと時は一瞬で奪われた。












港町に深海棲艦の艦載機が襲った。

多数の艦載機が港町を飛び交い、その口から弾丸、爆弾など次々と放たれる。

町は一瞬で炎に包まれ、悲鳴と断末魔が上がり始めた。






提督の目の前で孤児院の皆が炎に包まれ、先程まで笑顔だった顔は絶望と苦痛に染まり、あっという間に黒焦げの人だったものに変わっていった。

呆気にとられ、乾いた笑いが漏れ、目の前のものが現実として捉えることができなかった提督だったが、一人だけ炎を逃れた子供に目が入って正気を取り戻す。


『あの子だ…!』


この絶望的な状況から逃がしてやろうとその子の手を取ってまだ火の手が上がっていないところへ走って連れて行く。

なんとか路地裏まで行くことができ、肩で息をしながらその子を見る。

顔は泣き顔でくしゃくしゃだった。


なんと声を掛けようか迷っていると近くで爆発が起き、身体が吹き飛ばされた。

どうやら艦載機が爆弾を落としたらしい。


幸いにも体が吹き飛ばされただけで火傷は少なく、すぐに目を覚ましあの子を探す。

近くで倒れているのを発見した。

すぐに起こしてあげようと手を取って立ち上がらせようとする。



その子は小さい身体だったがやけに軽かった。



その子の下半身は吹き飛ばされ無くなっていた。



思わず手を放しその子だったものを落す、反応は全くない。





言葉を失い、目的を失い、放心していたところへ深海棲艦の艦載機が自分の方に近づいてくる。



『あ…自分も死ぬんだ…』



驚くほど冷静にそんなことを思っていた。

艦載機の口から機銃らしきものがこちらを向き照準を捉えたように見えた。





提督と艦載機の間に何かが割って入った。





それは、その人は背中に黒い塊を付けていた。

手に持っていた傘を広げ機銃を防ぎ、反撃に黒塊に付いていた銃らしきもので艦載機を撃ち落した。


??「大丈夫ですか…!?」


撃ち落してすぐに後ろを向き提督の心配をする。

よく見るとその人は着物を着た女性で背中に船に取り付けられた武器のようなものを付けている。


彼女は提督の手を取って走り出す。


??「安全なところまで行きましょう…!」


状況が飲み込めずただその人に付いていく。

途中何度も艦載機に出くわし、その度に守られ彼女は傷ついていく。

苦痛に顔を歪めながらもこちらを向くときは常に笑顔だった。


避難所らしき場所に連れてこられたときには彼女は傷だらけでボロボロだった。


??「ここまで来ればもう安全よ…」


彼女は提督の手を放し笑顔で別れようとする。

守ってくれた彼女にお礼を言おうと口を開きかけたとき、後ろから声がした。


??「おい!」


振り返ると白い服を着た男性が彼女に向かって声を荒げている。

彼女はその男に向かって頭を下げている、彼女の上官だろうか。


その上官は彼女に近づくといきなり頬を叩いた。


上官「避難誘導くらいで傷だらけになりよって!これだから旧式は!!お前は今から海に出て奴らを狩りに行くんだぞ!」


??「申し訳ありませんでした…」


その光景を見て方針気味だった自分は正気を取り戻しその上官に詰め寄る、相手が大人だろうが軍人だろうが関係ない。


『この人は僕を助けてくれたんです!やめてください!』と許しを請う。


上官「何だお前は!お前なんかにかまってる暇はないんだよ!」


上官から腹部を蹴られ痛みと吐き気にその場にうずくまる。

彼女は心配になった自分に近づいてくる。

だがここで引き下がるわけにはいかなかった。

上官の足を掴み縋り付くようにして『お願いします、許してあげて下さい』と懇願する。


その光景を避難所の人達が何事かと見ている。

その場に居辛くなったのか上官は舌打ちをして足にくっついている提督を引き離しその場を去ろうとする。


上官「チッ!12:00に出撃だ!それまでに準備をしておけ!」


??「はい、司令官様…」


上官がその場を去り彼女は提督を起こして優しく頭を撫でてくれた。

そして花が咲いたような美しい笑顔でこちらを向いて


??「ありがとう…」


と言い提督から離れた。


『お姉ちゃん、ありがとう…本当にありがとう…』とお礼を言った。

『でもお姉ちゃん、そんな身体で、傷だらけで出撃って…』と心配になり出撃をやめるようお願いした。


??「ごめんなさい、これは私の仕事であり使命でもあるの…」


そう言った彼女の瞳は決意に満ち溢れており子供心に止められないと悟った。

去りゆく彼女に思い出したかのように提督は声を掛ける。


『お姉ちゃん!名前は…!』


振り返り彼女は言った。


??「私は春風、神風型駆逐艦の三番艦、春風です」










その後艦載機は港町から消え、しばらくしてから海軍が勝利したとの報が避難所に聞こえてきた。

提督は避難所を飛び出し港へ向かいあの駆逐艦春風を探しに港へ向かった。





どれだけ探しても彼女の姿は無かった。


軍人たちが勝利に湧き喜んでいる隣で春風と同じような着物の女性が複数人居た。






…彼女達はずっと泣いていた。











【鎮守府内 執務室】


提督「今でも彼女がどうなったかはわからない、けどいつか会ってお礼がしたい、成長した自分を見せたい、そんな気持ちで俺は提督になったんだ」



長い話になったが3人はじっと聞いていた。


暗い話になってしまったと思い、すっかり沈んだ雰囲気になってどうしたものかと悩んでいたらいきなり朝潮が立ち上がった。


朝潮「こうしちゃいられません!私、訓練所に行ってきます!」


と勢いよく執務室のドアまで行ってこちらを振り返った。


朝潮「あ、あの…私からこんなこと言うのも差し出がましいけれど…司令官をいつも尊敬しています!」


顔を真っ赤にして勢いよく執務室を飛び出して行った。

呆気に取られていると神通も苦笑いしながら立ち上がった。


神通「朝潮さんに付き合ってきますね…」


彼女もドアの前で振り返った。


神通「私、提督の下で働けて幸せです」


そう言って朝潮に続いて行ってしまった。

執務室には提督と羽黒が残された。


羽黒「お茶、入れ直しますね」


提督「ああ、ありがとう」


そう言ってお茶を持ってソファから立ち上がった。




お互い無言の時が流れる。

やはり暗い雰囲気が抜けておらず話したのはまずかったかな、と提督が後悔しているところに羽黒が近づいてくる。

お茶を入れ直すといったはずだが手ぶらだ。


羽黒「あの…司令官さんは…」


提督「ん…?」


羽黒「今でも…寂しいですか…?」


家族が居なくて、という意味だろう。


提督「いや、今はお前達がいるからな。寂しくなんかない…」


あまり気を使わせたくなくて明るく振る舞おうとした。

しかし最近羽黒の前ではつい本音を漏らしてしまう。


提督「ない…とは思っているがな、今でも家族とかそういったものに憧れているのかもしれないな」


提督という立場上、できれば余り弱みを見せたくはない。

だが秘書艦という今の自分に一番近しい彼女につい自分の弱みを見せてしまった。


ソファで俯いていた提督の前にいつの間にか羽黒がいた。





羽黒は床に膝をついて提督を正面から抱きしめた。


提督「は…ぐろ…?」


羽黒に優しく抱きしめられ提督は突然のことに言葉を失う。


羽黒「今は私達が…いえ、これからはいつでも私が傍にいます、司令官さんを寂しくなんかさせません…」


羽黒の優しさに包まれて提督は目を閉じる。



羽黒の鼓動が聞こえる、とても安らかな気持ちになった。



羽黒「ご、ごめんなさい!いきなりこんなこと…」


そう言って羽黒は我に返ったように離れる。その顔は耳まで真っ赤だった。


提督「いや…」


今度は逆に羽黒を引き寄せ抱きしめてやる。

羽黒は一瞬身を固めたがすぐに身体を預けてきた。


提督「少し、このままでいいか…?」


羽黒「…はい」










羽黒の暖かさを感じどれだけの時間そうしていたかわからない。


二人は少し離れるとお互いを見つめ合う。








二人の唇が重なるのに時間は掛からなかった。












【1週間後 鎮守府内 工廠】


提督はある相談事を明石に持ちかけた。


提督「なあ、結婚指輪についてなんだが」


明石「ああ!ついに羽黒さんに指輪を上げるんですね!?」


提督「バカッ声が大きい!」


慌てて明石の口を塞ぐ。

工廠の整備員が何事かとこちらを見ている。


明石「い、いやぁすみません。つい嬉しくなって」


提督「というかなんで羽黒に指輪って知っているんだよ」


明石「え…」


明石が信じられないものを見るかのような目を向ける。


明石「あれだけ二人の甘いオーラ出してて知らないわけないでしょう!?」


提督「ちょ…そんなに分かり易かったのか!?」


明石「自覚が無いのが一番性質悪いです…」


明石が呆れた表情でため息をつく。

周りを見ると工廠の整備員が皆こちらをみていた、その表情はニヤニヤしている。あ、こいつらもか。


提督「じゃあさっさと本題に入る。指輪についてだけど…」


明石「しかし提督、羽黒さんはまだ最大練度ではありませんが?ご存知ですよね、ケッコンカッコカリの指輪は最大練度じゃないと…」


提督「そっちじゃない、結婚指輪だ。ケッコンカッコカリじゃない」


明石「え?どういうことです?」


提督は恥ずかしくなって俯いてしまう。


提督「ケッコンカッコカリは…仕事上のものだと思ってる、だが羽黒にはそんなものは関係ないという意味を込めて本当の結婚指輪を渡したいんだ…」


顔を真っ赤にして提督はなんとか言い切った。

そんな提督を見て明石は両手を握りしめて上下に振る。


明石「提督!!この明石、全身全霊全力で指輪を探しにご協力します!!!」


提督「お、おう、頼りにしてるぞ…」


そう言って明石はカタログを探しに行くと言って工廠の奥に行ってしまった。


明石が戻ってくるのを待っていると誰かが走って工廠に向かってくる。













羽黒「司令官さんっ!!!!!!」












この瞬間、提督と羽黒の短かった幸せな時間は終わりを迎えた。













羽黒「ね、姉さんが…妙高姉さん達が…!!!」











羽黒は泣き出してしまいその場で膝をついてへたり込む。

提督が駆け寄り両肩を掴んで何があったと羽黒に聞く。


羽黒の手には書類が握られており提督がそれを取って目を通す。

大本営からの電文だった。




その内容を要約すると


提督「先輩の鎮守府で…立て籠もり…」


反乱した一部の海軍が先輩の鎮守府で先輩を人質に取り立て籠もった。

先輩を人質に取られてしまったことで艦娘達は脅され無理やり出撃しているらしい。





提督「羽黒!集合だ!執務室に行くぞ!」


羽黒「グスッ…は、はい…」



















幸せの終わりからすぐに二人の悲劇が始まった。










沈みゆく彼女と奇跡の代償




【現在 鎮守府内 朝潮と満潮の部屋】


朝潮はいつものように早朝に目が覚め遠征の準備に取り掛かる。

着替えを済ませ髪を整え、後は工廠で艤装を付けるだけとなった。


朝潮は自分の机の引き出しを開く。


一枚の写真が置いてある。

その写真はクシャクシャであったがなんとか引き伸ばした痕が見られた。



前の鎮守府で大規模作戦が終わった記念に皆で撮った写真だった。

笑顔の仲間達、提督、そして朝潮が写っている。


朝潮「…」


懐かしい気持ちと寂しい気持ちが同時に込み上げてくる。

笑顔の自分がまるで別人、違う世界の人間に見えてくる。


最後に笑顔になったのはいつだろう。

最後に心から笑ったのはいつだろう。


それを奪ったのは…





写真に写る提督に目がいく。

提督の顔はススだらけだ。


鎮守府に空襲を受けても避難せず、出撃している自分達に指示を送るため危うく命を落としかけたのだ。





もう一度提督に目を移す。

隣には笑顔の羽黒が写っている。


朝潮(どうして…なんで…)



胸が痛くなりかけたとき、先日の加賀の言葉が頭をよぎる。



『その溜め込んでいるもの、提督にぶつけてみてはどう?』



その言葉を思い出すと胸の中の辛い想いがスッと消えていくような気がした。



朝潮(加賀さん…ありがとうございます…でも今はまだ…)







朝潮は引き出しを閉めて部屋から出て行った。

その表情は少しだけスッキリとしていた。







【過去 大本営】


提督は捕まった先輩の安否を確かめるため大本営に連絡した。


反乱したのは海軍で今の現状に不満を持つ者、過激な思想を持つ者の数名。

突然先輩の鎮守府に押し掛け先輩を捕らえる。

先輩が人質に取られたため艦娘達は下手に動けず、現在は近海の警備、見張りをさせられている。


『突破しようとするものを見たら沈めろ できなければお前たちの提督は散々苦痛を与えたうえで殺す』


という脅しをされて嫌でも警備せざるを得なかった。

実際に偵察用の無人艦載機等が次々と艦娘達によって落された。


反乱軍は大本営に映像を送り自分達の要望と人質の現状を伝え返答を待っている。


返答期限は5日だ。





大本営の決断は短絡的で簡単なものだった。




『3日後に鎮守府もろとも総攻撃をかける』




その決定に提督は全力で抗議をした。

しかし立場の低い提督の意見など通るはずもなく、その意見は一蹴されようとしていた。


だがその提督に味方をする者がいた。

先輩と付き合いのあった海軍の大将殿だ。

以前提督にお見合いを勧めてきたのも彼だ。


大将「作戦決行の日を伸ばすことはできない。だがそれまでにあいつを救出できれば…」


提督「…ありがとうございます!」


大将殿は上層部に掛け合い、決行の日までは提督に救出を含め任せてくれるようにしてくれた。

立場上大将殿は動くことはできない、その悔しさは提督に痛いほど伝わってきた。


提督は頭を下げ、急いで鎮守府に戻る。


大将「あいつを…助けてやってくれ…」


走り去る提督に今度は大将殿が頭を下げ、見送った。






【鎮守府内 執務室】


鎮守府に戻り、全鎮守府に警戒態勢を命じられたので主だった艦娘に近海の警備に当たらせる。

羽黒は反乱が起こって以降は一睡もできないのか明らかな疲労が見えたため今は部屋で休ませている。


今の彼女を警備に出せば先輩の鎮守府に向かって突撃しかねない。

そのため羽黒の艤装は全て工廠の整備員に出さないよう命じてある。


大本営から戻って1日が経ったため、総攻撃の決行日まで後2日だ。


提督「明石を呼んでくれ」


提督は執務室にある内線で工廠に繋ぎ明石を呼び出す。




執務室はいつも傍に居た秘書艦の羽黒がいないため寂しく感じた。






しばらくして明石が執務室に入ってくる。


提督「来たか明石、さっそくだが頼みがある」




提督は明石にその頼みを伝える。


明石「え!?そんなの…3日は掛かりますよ!?」


提督「すまん、1日でやってくれ!」


明石「テストも含めて2日は…」


提督「頼む明石!」


明石「無理なものは無理…」


提督「頼む!お前だけが頼りなんだ!」


明石「わ、わかった、わかりました、やりますから頭を上げてください!」


明石は諦めて提督のお願いを聞き入れた。


明石「ですが量産はできませんよ!せいぜい2人分だと思ってください!」


提督「十分だ!ありがとう明石!」


明石はさっそく準備のため急いで出て行った。

提督は明石に礼を言い、執務室の机に向かう。


先輩救出のための作戦を立て始めた。





【翌日夜 鎮守府内 司令部施設】


提督「赤城、前進して東側に索敵機を飛ばしてくれ」


赤城『了解しました』


提督「はっちゃん、西側の様子はどうだ?」


伊8『はい、こちらは深海棲艦の数がわずかです』




赤城と伊8に先輩の鎮守府近辺の様子を探らせる。

今調べてもらっているのは西側と東側の深海棲艦の数だ。


赤城『提督、東側にはかなりの数の重巡、軽巡がいます。それに潜水艦もいるかもしれません』


提督「わかった。赤城、はっちゃん、二人は一度戻って補給してくれ」


赤城『了解しました』


伊8『了解です』



そろそろ燃料が半分になりそうな赤城、伊8を一旦下がらせる。

次はどうしようか考えていたところにノックも無しに司令部施設のドアが勢いよく開けられた。


明石「て、提督!完成しました!!」


表情から明らかな疲労が見えるが明石は笑顔だった。

その表情から彼女の出来栄えに期待できそうだった。


明石「羽黒さんの時に改良してたので思ったより早くできました!なんとかテストも終了しました、これで…」


提督「ああ!これで作戦が始められる、ありがとう明石。ゆっくり休んでくれ!」


明石「はい…部屋にいますので何かあったら呼んでください…」


フラフラと重い身体を引きずって明石は司令部施設を出て行った。






明石が司令部施設を去ってから提督は出撃している艦娘達に指示を送る。


提督「神通、朝潮に引き継いで一度帰投してくれ」


神通『了解しました…』

朝潮『了解しました!』


提督「加賀も引き上げてくれ、この調子なら相手もいきなり動いてこないだろう」


加賀『了解』


神通と加賀を引き上げさせる。

この二人と既に取り掛かっている川内が今回の作戦の要だ。





しばらくして神通と加賀の二人が司令部施設に入って来た。


神通「提督…戻りました…」


提督「おかえり、補給は済ませたな?」


加賀「はい」


提督「そうか…」



神通と加賀と向き合う。

これから話す作戦内容のことを考えるとどうしてもためらってしまう。


神通「提督…?」


神通が心配そうにこちらを見ている。

あまり時間が無い、そう思って顔を上げ作戦内容を話すことにした。


提督「先輩を救出するために二人に出撃してほしい」


神通「出撃…?」


加賀「どういうことですか?」


提督「ああ、一から説明する」




提督の立てた先輩救出の作戦はこうだ。




実は既に先輩救出のため先輩の鎮守府に川内を送り込んでいるのだが先輩の捕えられている場所がわからない。

その先輩を見つけるため強行策に打って出ることにした。


提督「二人には出撃してもらい先輩の鎮守府を警備している艦娘を攻撃してほしい」



この内容に二人は眉を動かさず聞いている。

提督のことを信じているのだろうか反論もしない。


提督「明石が特殊な弾薬を開発してくれた」



そう言って二人に弾薬を見せる。

見た目はいつも使っている弾薬と変わりない。



提督「この弾薬は演習用の改良型で艦娘に当たると派手に爆発して電気系のショックを与えることができる。向こうの反乱軍からすれば相手が強行策を取ってきたように見えるはずだ」


神通「強行…そうなると向こうの提督は…」


提督「艦娘の盾が通用しないとなると必ず反乱軍に動きが出るはずだ、川内にはそこで同時に動いてもらう」


提督の狙いは艦娘の盾が通用しないと反乱軍が改めて先輩を使って脅しに掛かる、もしくは先輩に危害を加えようとすると睨み、そこを川内に追わせて先輩を救出するという作戦だった。


正直神通、加賀も川内も先輩もリスクを負う作戦だが鎮守府もろとも総攻撃を掛ける大本営のことを考えると時間的にこの作戦意外思いつかなかった。


提督「…」


いくら相手の艦娘に攻撃しても大丈夫だとしてもこの任務は無慈悲に相手に攻撃を加えるだけでなく、死に物狂いで反撃してくるかもしれない先輩の艦娘の攻撃に対しても危険が伴う。


神通「では出撃します…」


加賀「いってきます」


こちらから改めて出撃をお願いする前に神通と加賀が行ってしまいそうになる。


提督「お、おいちょっと…」


神通「私達は提督を信じて任務をこなすだけです…」


加賀「あまり時間が無いのでしょう?だったら一言こう言えばいいのよ、『出撃しろ』って」


提督「神通…加賀…ありがとう…」


二人の熱い信頼に胸が熱くなった。


提督「よし!二人は西側のルートを進軍し先輩の艦娘達を見つけ次第攻撃!派手に暴れてくれ!!」


神通、加賀はしっかりと敬礼をして出撃に向かった。







二人が出撃して少しの時間が経った。

すでに川内にも連絡を送っており後は神通達が先輩の艦娘に接触するのを待つだけだ。


今司令部施設に居るのは提督一人、そこへ大本営から連絡が来る。


人質救出の現状等を聞いてきた。

総攻撃開始までもうあまり時間が無いとのことらしい。


提督「救出には既に動いています、こちらから相手艦娘へ攻撃を仕掛け反乱軍が動き出したところに…」





大本営に作戦を伝える途中で誰かが後ろに居ることに気付いた。


後ろを振り向くとそこには…






提督「羽黒…」


羽黒「…っ!」


提督「羽黒っ!」





部屋で休んでいるはずの羽黒が司令部施設に来ており今の話を聞いていた。

それも中途半端なところまで…。






提督「待て!羽黒っ!」


司令部施設から出て走り去りそうだった羽黒をなんとか摑まえる。

こちらを振り返った羽黒は泣いていた。


羽黒「し、司令官さん…嘘…ですよね…」


羽黒は信じられないといった表情でこちらを見る。


提督「羽黒、落ち着け」


羽黒「姉さんを、妙高姉さんを、仲間達を攻撃するなんて…」


提督「違う羽黒、話を聞いてくれ!俺だってこんなことは…!」


羽黒は冷静さを失い話を全く聞いていない。

連日精神的に辛い思いをして疲れ切っていたのが拍車をかけたのかもしれない。


提督「羽黒、事情は後で話す、だから今は一緒に司令部に…」


羽黒の手を取って少々強引に連れて行こうとする。

神通と加賀が出撃中ということもあり、あまり司令部施設から離れたくない。






バシッ!!





羽黒に手を弾かれた。

彼女に手を上げられたのは初めてかもしれない。


羽黒「…」


提督「は…羽黒、話を、この作戦にはわけが…」


羽黒「司令官さん、私を出撃させて下さい…」


提督「そんなことさせられるわけないだろう!」


羽黒「私が出撃して妙高姉さんの司令官さんを助けます!それで良いんですよね!」


提督「羽黒、冷静になれ!」


羽黒「お願いします!私を、私を出撃させて下さいっ!!」


提督「ダメだ!絶対ダメだ!!羽黒、お前の気持ちはわかるが、ここは俺に従ってくれ!」


羽黒「私の…気持ち…!?」


涙目の羽黒に睨まれ思わず怯んでしまった。

彼女の見たこと無い表情、見ることが無いと思っていた表情に身が凍るような気持ちになった。


羽黒「司令官さんには…司令官さんには家族なんていないから…私の気持ちなんてわかりませんっ!!!」


提督「…は、羽黒」


そして彼女から放たれた言葉。

最愛の人から一番傷つくことを言われ提督の頭に血が昇る。


提督「お前は自室で大人しくしていろ!わかったな!!」


羽黒「…っ!!」


羽黒は廊下を走り去ってしまった。

提督も急いで司令部施設に戻る。






この時、神通・加賀・川内の出撃中という状況、迫るタイムリミットと先輩の危機。

それらが提督から冷静さを奪い、羽黒のことを考える余裕も奪ってしまった。

そして艤装は工廠の整備員に出さないように言ってある、という油断。


後に提督は羽黒の言葉の裏にあった想いに気付けなかったことに後悔することになる。







【司令部施設】


司令部施設に戻った提督に単独で潜入していた川内から通信が入る。


川内『提督、動きがあったよ!』


提督「よし、そのまま追跡!川内、十分気をつけてな!」


川内『了解!』



神通と加賀の攻撃開始後、提督の読み通り相手に動きがあった。

後は川内が先輩を見つけ救出することを信じるのみだ。


提督「…」


作戦通りにいっているのに提督の表情は晴れない。

先程羽黒に言われたことが何度も頭の中で思い出される。


提督(羽黒…)


本当ならすぐに羽黒の部屋に行って様子を見たかった。

しかし作戦が終了、先輩の救出が終わるまではここを離れるわけにいかずもどかしい時間を過ごすこととなった。





突然、ドォンッ!と言うような轟音が響き司令部施設も少し揺れた。

何事かと思っていると司令部施設の内線電話が鳴る、工廠からの連絡だった。


提督「どうした、何かあったのか!?」


整備員「た、大変です提督!羽黒さんが…!」


嫌な予感がした。


整備員「羽黒さんが艤装を奪って出撃しました!!」


提督「な…なんだと!!!??」




提督は弾かれるように工廠に向かって走り出した。





【鎮守府内 工廠】


提督が工廠へ駆けつけると負傷した整備員が一人、傷の手当てを受けているところだった。


提督「大丈夫か!」


整備員「は、はい!たいしたことありません。ですが…」


整備員の視線の先を追うと工廠の壁に爆撃されたような大穴ができていた。

穴の向こう側には海が見える。


提督「これを…羽黒が?」


整備員「はい、ここから出撃していきました」


提督「ここから…向かった方角はわかるか?西か?東か?」


西側なら神通・加賀が出撃した同じ方角だ、彼女達に通信を入れておけば止めてくれるかもしれない。

東側に向かったとしたら最悪だ、深海棲艦の群れと当たってしまう。

おまけに陽が暮れて今の道中は夜戦状態だ…。


整備員「羽黒さんが向かった先は…東側です…」


提督「つ、通信機は!?」


整備員は首を振る、どうやら付けずに出撃したようだ。





最悪だ…。



提督(羽黒を連れ戻さないと! そうだ、工廠には『アレ』が…!)


工廠の奥に隠されているあるものの場所は提督が向かおうとしたところに誰かが立ち塞がる。

補給のため帰投しており騒ぎを聞きつけた赤城と伊8だった。


赤城「提督、作戦中ですよ?どこへ行くのですか?」


提督「赤城!どけ!羽黒を…羽黒を連れ戻さないと!!」


赤城「加賀さんと神通さんは出撃中ですよ?何をやっているのですか?」


提督「このままでは羽黒が危険なんだ!行かせてくれ!!」


赤城「加賀さんの時みたいにまた無茶するつもりですか?」


提督「どいてくれ赤城っ!!」


提督は冷静さを完全に失い赤城の言葉が頭に入っていない。





バシィッ!!





赤城が提督の頬を叩いた。

さすがに艦娘の彼女が全力を出すわけにもいかないのでもちろん手加減をしてだ。


それでもかなりの威力だったのか提督はその威力を受け止め切れず勢いよく倒れ込む。

だが錯乱気味だった提督に少し冷静さを取り戻させるには十分だった。


提督「あ、赤城…俺は…」


赤城「私が羽黒さんを連れ戻しに行ってきます」


提督「だ、だが赤城…あの海域は…」


赤城「わかっています、自分の偵察機で見ましたから。ですが…」


東側に深海棲艦が群れを成していることは赤城が一番知っている。

赤城は決意に満ち溢れた表情で提督を見ている。


赤城「提督が助けに行くのと私が助けに行くのではどちらの方が可能性がありそうですか?」


提督「…」


提督はその場にへたり込む。

赤城の言う通り自分よりも赤城が行った方が助けられるかもしれないのはわかっていた。

だが今度は赤城も危険にさらしてしまうということもあり正直に頼むということができなかった。


赤城「提督、司令部施設に戻ってください。一航戦の誇りにかけて私が必ず羽黒さんを連れ戻します」


伊8「テートク、はっちゃんも出撃させて下さい。索敵の補助と敵への牽制くらいはできます」


提督「赤城…はっちゃん…」


提督は床に両手をついて俯いている。

まるで土下座をするかのような体制だ。


提督「頼む…羽黒を助けてやってくれ…」


最後は涙声だった。


赤城「はい。ハチさん、行きますよ」


伊8「はい!」


赤城と伊8は艤装を付けて東側の海域へ出撃していった。

その姿を見送った後提督は立ち上がり司令部施設へ走り出した。










【東側の海域】


陽が落ち、暗くなった東側の海域を羽黒は先輩の鎮守府を目指し進んでいた。


羽黒(司令官さん…私が、私が救い出しますから、だから…)





羽黒の頭の中は先輩の救出で頭がいっぱいだった。


彼女は先輩を救出し、姉を含む艦娘達への攻撃を止めさせたいと思い単独で出撃した。

提督への心無い暴言は提督と一緒にいると出撃を止められると思った咄嗟の行動だった。


羽黒(司令官さんは絶対こんなことしたくないはず…だから!)


だから自分が先輩を救出しようとした。




それほどまでに彼女が追い詰められていた。

正常な判断が一切できないほどに…。








羽黒「きゃあああああああああああああああああっ!!!」





突然羽黒の身体に魚雷が直撃して身体が吹き飛ばされる。

一発ではない、二発同時に直撃した。




羽黒(な…なんで…!?)





羽黒は目の前の道中を塞ぐ深海棲艦は捕えていた。

しかし海中に潜む敵潜水艦を捕らえることはできなかった。




羽黒の被害は甚大で一気に大破状態まで追い込まれてしまった。

おまけに機関部を大きく損傷し思うような動きも取れない。





闇深くなる海原で彼女はたった一人、敵に囲まれ、動くこともできずただ死を待つだけの絶望に直面するしかなかった。





水無月『ソナーが潜水艦を捉えたよ!』


皐月『僕が攻撃するよ!任せて!』


那珂『那珂ちゃんも追撃するよー!』





潜水艦に攻撃できない自分の代わりに攻撃してくれる明るい仲間はいない。






川内『よーっし!夜戦だぁ!!後は任せて!!』


伊8『さあ…!魚雷を装填して、いきますよ!』





夜戦になったら更に頼りになる仲間もいない。












羽黒「いや…」










赤城『私が前方に攻撃を仕掛けます!加賀さんは…』



加賀『はい、では私は撤退ルートを確保します』





自分が大破した時には敵を引き止め、撤退しやすいように道を切り開いてくれる仲間はいない。







神通『朝潮さん!撤退時の先陣をお願いします!殿は私が務めます!!』


朝潮『了解しました、羽黒さん、大丈夫です、必ずみんなで帰りましょう!』







神通『あなたの背中は、私が護ります…!』






大破した時、命の危険にさらされた時ほど頼りになる仲間はどこにもいない。











羽黒「嫌…いやあああああああああああああっ!!!」









明石『羽黒さん!こっちです、ドッグは空けてありますよ!!』







帰って出迎えてくれる、顔を見ただけで安心できる仲間もいない。










そして…









提督『羽黒!無事だったか…っ!!…!あまり心配させるなよ…』








鎮守府に帰るといつも出迎えてくれる最愛の人の姿は無い…。












羽黒「嫌、いやああああああああ!!やだ!死にたくないっ!!いやあああああああああああああ!!!」





羽黒の心の奥底に閉じ込めていた恐怖という名の怪物が扉を開けた。

元々臆病な彼女はその怪物を消すことはできず、心の中に閉じ込めていたに過ぎない。


頼りになる仲間達によって…しかし、羽黒は今、ひとりだ。








羽黒「やだぁ!助けて!誰か!誰かああぁぁっ!!」


ほとんど動かない身体を引きずるようにして深海棲艦から逃げようとする。

しかしその距離はどんどん縮まり羽黒の近くへ迫ってくる。






羽黒「やだ!いや!いやあああ!司令官さん!!司令官さぁん!!!!」








羽黒を支配していたものは恐怖、しかしそれを上回るもう一つの恐怖があった。





羽黒『司令官さんには…司令官さんには家族なんていないから…私の気持ちなんてわかりませんっ!!!』





羽黒(あんなのが…あんなのが最後になるなんて!絶対に嫌!司令官さん!!)


先程鎮守府で提督に言ったあの言葉。

言った時の提督が見せた悲しそうな顔。




帰りたい、帰って提督に謝りたい。

許されなくても謝りたい。




最愛の人を傷つけてしまったという後悔で羽黒の心はいっぱいだった。








暗闇に染まる海で羽黒は希望の光を見つける。



羽黒(あ、あれは…)



見覚えのある偵察機だった。

あれは赤城か加賀が愛用していた彩雲偵察機だ。



味方が来てくれた、これで助かる…。

鎮守府に帰れる…。


羽黒は偵察機に向かって手を伸ばし、助けを請うような姿勢になった。

恐怖に蝕まれていた彼女にとって味方の助けは強すぎる光だった。











その光に羽黒の意識は全て奪われ









自分の後ろで敵の重巡洋艦が主砲と魚雷を放とうとしていることに全く気が付かなかった…。



________________________________________



赤城は偵察機を飛ばしながら可能な限り全速力で進んでいた。

海中では遅れながらも伊8もついて来ていることだろう。


できれば赤城も夜の戦闘は避けたかった。

夜戦になれば赤城も攻撃手段を持たないからだ。


そのためいつもより頻繁に偵察機を飛ばし早く羽黒を見つけたかった。






赤城(…いた!)




彩雲偵察機が羽黒の姿を捉えた。

偵察機を通して赤城にその映像が送られてくる。


羽黒は彩雲に向かって手を伸ばし、助けを求めている。

大破しており危険な状態に見えた。



赤城(早く行かないと…!)



赤城はさらに足を速めて羽黒に向かって突き進む。

牽制用に当てずっぽうでも構わないから奥に潜む深海棲艦に向かって艦爆撃とうとを用意したところで次の映像が脳裏に映し出される。




赤城「まずい!羽黒さん!羽黒さんっ!!!!」



________________________________________





羽黒(…え…?)



羽黒に重巡洋艦の主砲と魚雷が命中した。

その衝撃で身体は高く吹き飛び海に叩き付けられる。




そして…。




羽黒(そんな…)




羽黒は沈んでいく。




手を伸ばしても、どれだけ伸ばしても沈んていく。




羽黒(司令官さん…)




羽黒は伸ばした左手を見て















羽黒『し、司令官さん…どうしてそんなに左手を触るのですか…?』


提督『いやぁ、綺麗な手だなって』


二人の想いが通じ合ったあと、二人きりの時に提督がやたらと羽黒の左手を触りたがった。

最初は何だろうと思っていたがすぐに一つの結論に当たる。


羽黒(し、司令官さん…もしかして…)


提督はさりげない振りをしてはいるがその手は左手薬指のサイズを測るかのように動いている。

羽黒は何も言わず提督に任せていた。

まだ憶測の域ではあるがその嬉しさを胸の奥に仕舞い込んで。


羽黒(司令官さん…)











沈みゆく彼女は手を伸ばす…









羽黒(司令官さん…)







だがその手は何も掴むことは無かった…






そして彼女は夜の深海の暗さとともに意識を闇に沈めてしまった。






【東側の海域】


赤城「そ…そんな…」


偵察機を通して赤城は全てを見ていた。

いや、全て見ざるを得なかった。


沈みゆく彼女を。





艦娘は生きている限り海の上を歩き、走り、浮いていることができる。

しかしその命の灯が消える時、沈んでいくのだ。





赤城には羽黒を救うという役目の他にもうひとつの辛い役目を負うこととなった。


提督に羽黒の死を伝えるという役目を…。





赤城「提督…赤城です…」





【鎮守府内 司令部施設】


提督に赤城から通信が入った。


赤城『提督…赤城です…』


提督「…!!赤城!どうした!?」


赤城『その…』


赤城の声色が低い。

提督は逸る気持ちと嫌な予感に胸の鼓動で痛くなる。







赤城『羽黒さん…轟沈しました…』






提督「…」


耳を疑った。

現実味が無かった。


いや、自分自身が認めたくないだけだったのかもしれない。


提督「赤城…よく聞こえなかった、もう一度頼む…」


赤城に辛い役目を負わせてしまっているにもかかわらず提督は聞き返す。


赤城『羽黒さん轟沈です、偵察機を通して確認しました…間違いありません…』


赤城の声は震えていた。しかし内容ははっきりと聞き取れた。





(嘘だ…)

(早く赤城とはっちゃんを撤退させないと)

(羽黒が…)

(意識をしっかり持て、まだ作戦中だぞ!)

(そんな…)

(川内の状況を確認しないと!)

(嘘だ!嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!!!)


提督の心は責任と悲しみがひしめきあい押しつぶされそうになる。


その場で泣き叫びたかった。


泣いて喚いて目の前のものを破壊し自分を傷つけたかった。


羽黒の轟沈を受け止め切れず命を絶ちたかった。




だが提督としての責任、仲間達を危険な目に遭わせている現実、それらが提督の心を留めていた。


正常な思考に戻り赤城達に指示を送るまで少し時間を要する、そうなると思われた。







??「…トク!」


提督「…?」


(誰だ…)


??『テートク!テートク!聞こえますか!?』


(はっちゃん…?)






潜水艦として赤城の補助に出撃していた伊8が






??『テートク!羽黒さんを…羽黒さんを捕まえましたっ!!』





奇跡を起こした。






提督「な、な…」


提督はその奇跡の内容を理解できず声も出せなかった。


伊8『これより浮上して赤城さんに合流します!』


赤城『提督!指示を、指示をお願いします!』


川内『提督!無事に救出完了したよ!どうすればいい!?』




頭を振って目の前の現実を受け止める。

伊8のおかげで目が覚めたかのように頭がすっきりしている。


提督「はっちゃん!ある程度の座標と方角を教える!そっちに向かってくれ!!」


伊8『了解です!!』


提督「赤城は後退しながら敵に向かってありったけの艦載機を放て!時間稼ぎしながら撤退しろ!!」


赤城『はい!』


提督「川内!そのまま先輩を抱えて海上に突入!南東に進んで神通、加賀に合流しろ!!」


川内『オッケー!任せてよ!』


通信を切り替え今度は神通に向けて話す。


提督「神通!そちらの状況はどうだ!?」


神通『只今妙高さんと交戦中、さすがに強いです…!』


秘書艦の妙高ともなると一筋縄ではいかなようだ、先輩の命が掛かっているとあれば尚更だ。

提督は過去の通信記録から妙高のものを探す、過去に共同作戦した際に記録したものだ。


提督「神通!攻撃止めて回避行動に移れ、妙高に救出成功の通信を送る!加賀にも伝えてくれ!!」


神通『…っ!了解しました!』


神通から明るい返事が来る、恐らく川内のことを心配していたのだろう。

提督はすぐに通信記録から妙高のデータを引っ張り出し送信する。


提督「妙高!先輩は救出した!すぐに攻撃をやめてくれ!こちらも攻撃の中止を出した!」


妙高『本当ですか!?で、でもあなた達は』


提督「改造した演習用弾薬だ!大丈夫、そちらの艦娘も皆無事だ!すぐにそちらに先輩を連れた川内を合流させる!」


妙高『あ、ありがとうございます!』


これで神通の方は大丈夫そうだ。

あとは…。



(羽黒…無事に帰ってきてくれ…!!!)



気が抜けたのかその場に座り込んでしまう。

祈るような気持ちで赤城と伊8、羽黒の帰投を待つのであった。




【鎮守府内 工廠】


伊8によって連れてこられた羽黒は帰投後真っ先に工廠のドッグへ入れられた。

羽黒の全身から生気は感じられず人間であったら死んでいるようにしか見えなかった。


しかしわずかに息使いが感じられて一縷の望みを掛け明石に託した。

さすがに明石も羽黒を見たときは青ざめてドッグ入りを躊躇ったが伊8や赤城、提督の必死な姿に決意を改め羽黒をドッグ入りさせることとなった。


どれだけ時間が掛かるかわからないということだったので一旦解散となり赤城と伊8を休ませることにした。


赤城「提督…申し訳ありませんでした…」


赤城が涙目になりながら頭を下げ謝ってきた。


伊8「テートク…私がもっと早く行けていれば…」


伊8も同じようにしてきた。

提督は彼女達に近づくと両手で二人の頭を撫でてあげる。


提督「お前達がいなければ羽黒は連れて帰ることはできなかった、ありがとう」


そんな二人に提督は逆に感謝をし、司令部施設に戻っていった。

まだ出撃中の艦娘がいる。

連夜の警戒任務で疲れているであろう彼女達を早く帰投させて休ませてあげたかった。





入渠している羽黒をここで待っていると自分も壊れてしまいそうな気がしたからでもあった。







【数時間後 工廠ドッグ前】


皐月「なんでさ!なんで羽黒さんが…!」


工廠のドッグ前では帰投した艦娘達が集まっていた。

警戒任務に出ていた皐月、水無月、那珂、朝潮。

そして救出任務に出ていた川内、神通、加賀も戻っていた。


彼女達は特に損傷していたわけでは無かったが鎮守府内の慌ただしい様子を不審に思いここへたどり着いた。


加賀「どういうことですか?」


那珂「ねえ!どうして!なんで羽黒ちゃんは出てこないの!?」


水無月「修復材でもだめなの!?僕達一杯持ってくるから…」


朝潮「修復材でもダメな場合は…それって…」


明石「み、皆さん、落ち着いて…今はまだ何とも…」


艦娘達は明石のところに押し掛け矢継ぎ早に質問を投げかける。

明石としても回答に困った。

何せ一度事実上の轟沈をした艦娘を治療するなんて初めてな上に他の鎮守府でも前例がない。

治療しようにもこれ以上何をしていいかわからないのだ。


そこへ提督がやってくる。


提督「皆、ここに居たのか。早く解散して休め。あまり明石を困らせるな」


皐月「司令官!これは一体どういう…」


提督「聞こえなかったのか?解散しろ」


水無月「し、司令官…」


提督「…」


提督は艦娘達の方を見ない、見ることができないなかったのかもしれない。

何があったのか艦娘達に悟られないよう提督は無表情で努めた。


川内「皆、言われた通り一旦解散しよう」


那珂「…わかったよ、でも後で必ず知らせてね!」


川内、那珂がそう言って皆に解散するよう促した。

付き合いの長い彼女達は何かを悟って気を使ってくれたのかもしれない。

ぞろぞろと皆が離れて行くと思ったが朝潮と神通が残る。


朝潮「司令官!私は納得していません!一体何があったんですか!?」


提督「…」


提督は答えない、朝潮の方を見ようともしない。


朝潮「司令官!聞いているのですか!?こっちを見て…」


加賀「朝潮、やめなさい」


帰ろうとしていた加賀が振り返り朝潮を止める。


朝潮「加賀さん!でも…!」


加賀「提督をあまり困らせないで上げて」


まるで子供を叱りつけるような加賀の言い方に朝潮は絶句し納得いかない表情のままで工廠から離れて行った。


提督「加賀、すまない…」


加賀「いえ…」


加賀とも付き合いは長い、何も言わずとも提督を気遣ってくれるのがわかる。


提督「赤城が心配だ、付いてやってくれないか?」


加賀「はい」


先程の赤城の様子が心配だったので加賀にお願いすることにした。

加賀が離れていくところで神通が残る。


提督「危険な任務、ありがとうな」


神通「いえ…」


無表情で目を見ないまま提督は神通にお礼を言う。


神通「提督…あまり一人で抱えないでくださいね…」


一言だけ提督に言って神通もその場を離れていく。


提督「明石、ケガをした整備員は?」


明石「あ、はい。病院に運ばれましたが大きなケガでもないみたいで数日で退院できます」


提督「そうか…」


明石「では私は羽黒さんを見てきます」


提督「頼む…」


明石は工廠のドックに入り提督はその後ろ姿を祈るような気持ちで見送るしかなかった。






神通(羽黒さん…あなた何をやっていたんですか…!)


拳をギリギリと握りしめ神通は自分の中で怒りを噛み殺した。


神通(何の為に、あなたに提督を託したと思っているのですか…)


神通(何の為に…私が出撃したと…)


怒りで胸が一杯だったはずなのに気がつくと涙を流していた。





今回の件で苦しんでいた羽黒を少しでも早く楽にしてあげたい、助けてあげたいと今回の任務も喜んで引き受けた。

そして救出が成功し急いで羽黒に報告に行こうとした、それがこんなことになっているなんて…。



神通(早く、早く目を覚ましてください…みんな待っています、提督も、私も…)


溢れ出る涙を拭いながら神通は部屋へ向かった。







明石によって羽黒がドックより移動用のベッドに寝かされ彼女が運び出される。

提督は急いで羽黒の下へ駆け寄る。


提督「羽黒!おい、羽黒!」


羽黒「…」


羽黒は全く答えない、まさか死んでいるのか?というのが頭をよぎりかけたが提督はそれを否定するかのように声を掛け続ける。


提督「羽黒、お願いだ!目を覚ましてくれ…!」


羽黒はドックに運ばれた時のように生気が感じられない、しかし微かに息使いがあるのか胸が上下している。


提督「明石!羽黒は!?羽黒は…!?」


明石に縋るようにして視線を向ける。

明石は俯いたまま暗い顔だった。


明石「わかり…ません…」


明石の答えは少し予想外だった。


明石「できる限りにことをしたのですが…すみません提督、力不足で…」


明石は前例の無いこの事態にできる限りの処置を施した。

しかし羽黒は目覚めることは無く入居する前と変わりが無かった。


悔しそうに明石は唇を噛み締めている。


提督「すまない…羽黒の状態は…?」


明石「人間で言うと植物状態と言えばいいでしょうか…肉体は生きているのですが精神が、魂が残っていないというか…」


赤城に聞いた話では羽黒は一度目の前で沈み、沈んでいくところを伊8が海中から引き上げたらしい。

艦娘は命の灯が消えたときに沈んでいくらしい。

だから羽黒は命の灯が消え、魂が消滅したところを引き上げたため、肉体のみが残ったのかもしれない。


その予想が当たっている場合羽黒はもう…。


提督「明石、色々とありがとう。彼女を医務室へ運んだら君も休んでくれ」


明石「はい…失礼します…」


最悪の予想を頭を振ることで振り切って提督は明石を労い執務室へ戻っていく。






【鎮守府内 執務室】


執務室に戻って提督は暗いままの部屋で立ちつくしてしまう。

いつも出迎えてくれた羽黒の姿は無い。




羽黒『し、司令官さん、お帰りなさい。今コーヒー入れますね』



彼女の声はもう聞けないかもしれない。



羽黒『少し休みませんか…?無理しないでくださいね』



俺のせいで…



羽黒『司令官さん…私、幸せです…』



提督「う…ぅ…」





ここで堪えていたものに限界が来た。






提督「うがあああああああああああああああぁぁぁぁ!!!」





手当たり次第にその辺りの物に当たり散らした。




提督「ぐがああああ!うがああああああ!!!!」




羽黒が綺麗にしてくれた執務室を、机の上を、目に入ったものを全て壊してしまいたかった。




提督「うわあああぁあああ、あああああああ!!」



壊すものが無くなったら自然と涙が溢れ、提督は一人泣き喚いた。



その声は誰にも聞こえなかったのだろうか…












神通(提督…)




心配になって執務室を訪れようとした神通は部屋に入るのを躊躇った。

そして部屋の外で彼女も同じように涙を流すのだった。


神通(お願い…お願い羽黒さん…早く目を覚まして…提督が…)


そして頭を抱えその場にうずくまってしまった。


神通(提督が…壊れてしまいます…)






【鎮守府内 赤城の部屋】


加賀「赤城さん、大丈夫ですか?」


赤城が心配になった加賀は彼女の部屋を訪れる。


赤城「加賀さん…」


彼女の目は赤く腫れあがり泣いていたのがすぐにわかった。

俯いてベッドに座っていた赤城の隣に座ると加賀に縋り付いてきた。


赤城「消えないんです…私の脳裏から…羽黒さんの…」


言いながら涙声になる、加賀に縋り付いて泣き出してしまう。


赤城「最期が…」


艦載機を通してこちらへ手を伸ばす羽黒、そして深海棲艦の攻撃をまともに受けて吹き飛ばされる彼女の姿。

それを思い出したのか赤城はガタガタと震えだす。

そんな赤城が心配になり加賀は優しく抱きしめてあげる。








赤城はその後しばらく立ち直れなくなり前線から姿を消すことになった。





【数日後 鎮守府内 執務室】


あれから数日が経過した。

羽黒は変わらず眠り続け、目を覚ます気配は一向に感じられなかった。


その間に提督は先輩を救出の功績を称えられ特別勲章を受け取ったが何の感慨も湧かず賞状は破られ勲章はゴミ箱に捨てられていた。

鎮守府の雰囲気は悪く、出撃も遠征も無く艦娘達も暗いままの日々を過ごしていた。




執務室でひとり作業をしている提督に電話が入る。


提督「先輩、身体はもう大丈夫ですか?」


救出されそのまま入院していたはずの先輩からの電話だった。


先輩『ああ、お陰様でな、俺のことは良いんだが…』


そう話す先輩の雰囲気が暗い、何かあったのだろうか。


先輩『…』


提督「先輩?」


先輩『お前の耳に入れようか悩んだのだが…』


先輩の声は増々暗くなり嫌な予感がした。


先輩『近々羽黒が解体されることになるかもしれない』


提督「…」


何を言っているのか理解できなかった。


提督「え…?」







羽黒が、解体…?






どうして…?






先輩『お前のところにいる整備員がケガをしたのは本当か?』


提督「え、ええ。確か羽黒が出撃する際に…」


羽黒が工廠を自分の艤装を使って破壊した時、止めようとした整備員が吹き飛ばされて軽い火傷と打撲を負った。

明石の話では近くの病院に入院していて近々退院するらしい。


先輩『実はその整備員が元帥殿の遠縁の親族でな、身分を隠して海軍に入りゆくゆくは跡を継がせようと思っていたらしい』


提督「元帥殿の…」


元帥には何度か会ったことがある。

しかし艦娘は兵器と切り捨て、私情を一切挟まないタイプだったのであまり相性は良くないとは思っていた。


その元帥の親族がこの鎮守府にいたとは…。


先輩『命令違反して勝手に出撃した上にケガまでさせたその艦娘を解体しろと怒り狂っている、正直止められるかは…』


元帥の影響力を考えると提督や先輩では到底止めることはできないだろう。

命令違反したということを掴んでいるということはこちらの調べも付いている。

そして恐らく羽黒が轟沈寸前となり目を覚まさないことも知っているかもしれない。






どうすればいい…




どうすれば…









この時提督は疲れ切っていた。


救出作戦から今に至るまでの睡眠不足と不眠。


羽黒への罪悪感と後悔。





それらが合わさり正常な思考は出来ない状態だったのかもしれない。







先輩『本当にすまない…俺がこんなことにならなければ』


提督「先輩」


謝罪をしようとした先輩を途中で遮った。


先輩『ん…?なんだ?』


提督「後は…お任せします」


先輩『後はって…おい、どういうことだ!?おい!』





先輩が何か言っていたが途中で切った、正直あまり時間は無さそうなのですぐに行動に移る。




執務室の電話を手に取りどこかに掛ける。



提督「…青葉か、久しぶりだな」


青葉『司令官!お久しぶりです、お噂はかねがね…』


提督「さっそくだが紹介してほしい人がいる」













青葉『司令官…その…何をしようとしているのですか?』


提督「ありがとう青葉、お前に迷惑は掛けないよ」


青葉『そういうことでは無くてですね、司令官…ちょっと…!?』



話の途中だったが青葉との電話を切る。


これで第一段階…次は…




提督『明石、急ぎ執務室に来てくれ』


提督は館内放送用のマイクを取り明石を呼び出した。






【鎮守府内 執務室】


明石「提督、どうかしたのですか?急ぎの用なんて珍しいですね」


明るく振る舞っているが明石は疲れた顔だった。

連日羽黒が少しでも良くならないか調べてくれているのだろう。


提督「明石、俺はお前に特殊弾薬の作成は依頼していない」


明石「え?」


提督「弾薬は誰かの手によっていつの間にかすり替えられていた、と言うことにしておいてくれ」


明石には提督が何を言っているのか理解できなかった。

ただ提督が何かとても大変なことをしようとしていることがその雰囲気から感じられた。


明石「提督、その」


提督「話は以上だ、わざわざ呼び出してすまない。それとこの件は誰にも言わないでくれ」


明石「提督…」


提督は明石を見ようとせずこれ以上話はしないというのがわかったため明石は執務室を後にする。




提督『赤城、はっちゃん、執務室に来てくれ』


明石が執務室を出た後、今度は赤城と伊8を呼び出した。






赤城「提督、お待たせしました…」


伊8「テートク、ご用件は何ですか?」


赤城と伊8が一緒に入ってくる。

加賀から赤城のことは聞いていたが酷く疲れた顔をしている、最近よく眠れていないのかもしれない。

伊8は申し訳なさそうな顔で俯いている。

先日羽黒救出について何か責任を感じているのか。


提督「先日の羽黒救出の件だが…」


そう言うと赤城、伊8とも身体をびくっとさせる。

やはりこの件については二人とも責任を感じているらしい。


提督「あれは羽黒が出撃したのを心配したお前たちが自分から救出に行った、と言うことにしてくれ」


赤城「え…?」


伊8「て、テートク?」


提督「俺はあの時お前達に会っていない、そういうことだ」


赤城と伊8は顔を見合わせる、提督の意図がわからないと言った顔だ。


提督「話は以上だ」


さっさと次に移りたいので提督は話を切り上げる。

二人とも納得いかないと言った顔だったがゆっくりと退室して行った。





提督『神通、加賀、執務室に来てくれ』


続いて神通と加賀を呼び出した。







提督「神通、加賀、お前達は俺から特殊弾薬を受け取っていない。あれは誰かがすり替えたものだ。元々は先輩の艦娘を沈めるつもりだった、そういうことにする」


神通「…」


加賀「…」


提督「そうだな…お前達は俺に脅されて無理矢理出撃させられたことにでもしておくから後は…」


加賀「提督」


黙って聞いているつもりでいた加賀が口を開く。その表情は怒りを堪えているかのようだった。


加賀「何を考えているのですか?いえ、あなたが何を考えているか、しようとしているかは大体わかります」


提督「…」


加賀「このことは誰かに相談しましたか?」


提督「…」


提督は答えない、聞いていないのか聞こえていないのか。そんな提督に加賀は更に詰め寄る。


加賀「考え直して下さい、皆で別の方法を…」


提督「加賀」


黙っていた提督がようやく口を開く。


提督「命令だ、従ってもらう」


加賀「…っ!!あなたはっ!!」


その言葉に加賀が激昂する、いつも冷静な彼女には珍しいことだった。


加賀「そうやって自分一人で抱えることが良いことだと思っているのですか!?一人で悩んで、誰にも言わず傷ついて!何の為に私達が、仲間が、部下がいるのですか!!あなたは前も、私の時もそうやって一人で…」


神通「加賀さん…!」


提督に詰め寄り掴みかかろうとした加賀を神通が止める。


加賀「神通!放しなさい!このままではこの人はまた…」


神通「…っ!!」


神通は引き止めはしたが何も言わない。

彼女も加賀と同意見なのかもしれない。


提督「加賀、もう一度言う。命令だ、黙って従え」


その言葉に加賀は時が止まったかのように動かなくなった、そして提督から離れ。


加賀「……っ…くっ…ぅ…」


執務室を走り去って行った。



その顔は涙に濡れていた。




提督「…」


神通「…」


執務室には提督と神通が残された。


神通「提督…」


沈黙を破ったのは神通からだった。


神通「羽黒さんのために必要なこと、なんですよね…」


提督「…」


神通「どんな結果になっても…それが間違った選択だったとしても…」


神通は振り返り提督に背を向ける。


神通「私は最期まで、提督の味方です…提督に従いますからね…」


提督「…」


神通は静かに執務室を出て行った。








…これで第二段階、次は…。


提督は立ち上がり、彼の元へ向かった。






【鎮守府から少し離れた病院】


提督「その後の経過はどうだ?」


整備員「あ、提督!わざわざすみません!」


病院のベッドで休んでいた彼はお見舞いに訪れた提督を見るなり半身を起こす。


提督「いいよそのままで」


整備員「大丈夫です、たいしたことありませんので」


提督に気を使ってか彼は起きたままになる、そしてすぐに顔を曇らせた。


整備員「提督…申し訳ありません、私の…」


提督「ああ、聞いているよ。まさか君が元帥殿の親族だったとはな」


整備員「羽黒さんの件、もう一度止めてみます!解体なんかやめさせるよう私から言いますので」






提督(ありがとう…お前の気持ちはありがたい。だがその気持ちで止められるほど元帥殿は優しくないんだ)






提督「その件なら気にしないでくれ、あんなのはさっさと解体するから」


整備員「…は?な、何を言って」


提督「そんなことより元帥殿によろしく言っておいてくれ。これからも面倒を見させてもらいますから、と」


整備員「そんなことって、どうしたんですか!提督!!」


返答もせず提督は病室を後にする。

整備員は唖然としてそのまま動けずにいた。





【鎮守府内 執務室】


提督は仕上げに掛かっていた。


提督(後は…これを…)


何かを作っていた。





夜中の執務室に一人、提督は机に向かって何かをブツブツと呟いている。





提督「解体させはしない…」





(本当にいいのか…)





提督「これは必要なことなんだ…」





(ここまでする必要が…)





提督「羽黒を助けるためなんだ…」





(だが…)






提督「解体なんてさせるものか…」





(…)





提督「羽黒…」






(…)






提督は自分の中で沸き起こっていた自問自答の声を押し殺した。


いつもだったら周りの者の声に耳を傾けたに違いない。

いつもだったら自分で自分を制御できたに違いない。


しかし今の彼の目は虚ろで何かに憑りつかれたかのようにひたすら作業に没頭している。





自問自答の声はいつの間にか聞こえなくなっていた。










【2日後 鎮守府入り口付近】


皐月と水無月に気晴らしに出て見ないか?と誘われ朝潮は街に出かけていた。

しかし3人ともどこかぎこちなく微妙な雰囲気のままだったので居た堪れなくなった朝潮は先に帰ることにした。


朝潮(羽黒さんの様子、見に行ってみようかな…)


帰って医務室で寝かされたままの羽黒を見に行こうかと朝潮が鎮守府の入り口付近に差し掛かったところで正門前に誰かがいることに気が付く。

年齢は40代くらいの男性だった、手にメモのようなものを持っている。


??「あなたはここの艦娘ですかな?」


朝潮「は、はい」


突然声を掛けられ朝潮は声が上ずりつつも返事をする。


??「失礼、私はこういう者です…」


男は名刺を朝潮に差しだす。


朝潮「雑誌記者…?」


もしかしてクーデター鎮圧の件だろうかと朝潮は思った。

実際その手の取材らしきものは来ていたのは知っている。

提督は全部断って受けなかったらしいが…。


記者「あなたの提督ですが秘書艦をわざと出撃させ轟沈させようとしたとの話を聞きまして」


朝潮「え…」


一瞬何を言っているのか理解できなかった。


朝潮(轟沈させようとした…?)


朝潮「ふ、ふざけたことを言わないでください!」


記者「何か提督の秘密を掴んだ秘書艦を精神的に追い詰めたとか、資材の横流し、横領等をしていたとか」


朝潮「何なのですかあなたは!それ以上司令官を侮辱すると許しませんよ!!」


現れるなりいきなり提督を侮辱された朝潮は怒りを露わにする。

その姿に怯んだ記者は足早に撤退した。


朝潮(何だったのですか、失礼な男…!)


帰っていく男を睨み付け朝潮も振り返って鎮守府に戻る。

妙なことを言われ不安になったのか急に提督の顔を見たくなって執務室へ向かった。



【鎮守府内 執務室】


朝潮「朝潮です!失礼します!」


いつものように、なるべくいつものように振る舞い朝潮は執務室に入る。

しかしそこに主の姿は無かった。

その代わり何人かの艦娘達が集まっていた。


朝潮「あの…司令官は?」


彼女達は朝潮をチラリと見たがその後の反応は無い。

机の上にある何か書類に気を取られているようだった。


朝潮も近づいてその書類を見る。


朝潮「な…何なのですかこれは…」




その書類に書かれていたもの。

提督を査問会議に掛けるというものだった。

その内容は…




・資材の横流し、鎮守府の資金横領


・上記内容を知った秘書艦を単艦出撃させ轟沈させようとする


・艦娘達の酷使




朝潮は目を疑った。

先程あの雑誌記者から聞かれたことと同じだったのだ。


あんなのはただのデマか嫌がらせだと思っていたのに…。



朝潮は他の艦娘達の様子を見る。

那珂は信じられないと青ざめて川内は悔しそうに歯を噛み締めている。


神通、加賀はショックを受けた様子は無くただ暗い顔をしている。

その二人の様子に朝潮は不安を感じた。


朝潮(どうして…どうして何も言わないんですか!)


こんな疑いを掛けられたら真っ先に怒って大本営に押し掛けかねない神通と加賀が黙っているのだ。

提督が信じられないのか…?いや、そんなはずはない。でも…。


朝潮(だったら…私が…!)


朝潮は執務室を飛び出した。




朝潮はひとり、大本営へ向かった。

何度か司令官と一緒に行ったことがあるため場所も行き方もわかっている。


朝潮(司令官…司令官…私、信じていますからね…)


その表情は想いとは裏腹に不安で一杯だった。








【大本営 会議室】


提督は多くの上官達と査問委員に囲まれ査問会議をされているところだった。





___資源を横流ししていることに関して



提督「うちは戦艦がいませんからね、余るんですよ。特に鋼材がね。おまけにアレのおかげで修復材が余りましてね、どこの鎮守府でも大規模作戦の時は鋼材、特に修復材が不足がちですからね。良い稼ぎになりました」


___アレ、とは?



提督「秘書艦の羽黒のことですよ。あいつ面白い能力持ってましてね、危険な時に気配を察知するというか、つまりあいつのおかげで艦娘達の被弾率が異常に下がりましてね、おかげで修復材の使用がかなり減りました」


___次に資金の横領について



提督「費用を水増しして大本営に請求しました。水増しと言うか規定範囲内の請求でしたがうまくやりくりして費用を抑えました、他の鎮守府と違って大型艦が少ないですからね、費用を抑えるのは簡単でした」


___横領した資金の使用先は?



提督「鎮守府の設備投資に使いました、これはその明細です。おかげでうちの鎮守府は増々功績を上げることができました、大本営としても良かったでしょう?」



___秘書艦を囮に使った件について



提督「アレに横領の件で脅されましてね、これ以上続けると大本営に報告すると。良い機会だったから救出作戦の囮に使わせてもらいましたよ、『お前の姉を含む艦娘達は全部沈める』って言ってね。予想通り青い顔して勝手に出撃しましたよ。工廠の壁をぶち壊してね」



___特殊弾薬について



提督「あれには私もびっくりしました。いつの間にか弾薬がすり替えられていたんです。以前あいつの演習用に使ったものを取っておいたんですかね?ただあいつが慌てて出撃したところを見るにすり替えたのは羽黒じゃないかもしれないですね。詳細は不明です」



___艦娘の酷使について



提督「彼女達はそんなこと言ってないでしょう?よく教育していますから」



___元帥閣下の甥に取り入ろうとした?



提督「なんでもうばれているんですか…これからもお願いしますと言っただけですよ」





___何か反論は?



提督「特にありません、これだけ証拠を掴まれていては言い逃れできそうにありませんからね」











査問会議は終了した。

提督は礼をして会議室を出て憲兵二人に連れられて移動する。


提督への処分は追って出されることになったが鎮守府に戻ることは許されず大本営の独房にて謹慎となった。





提督(これでいい、これで…)




そんな提督に怒りを露わにして近づいてくる艦娘がいた。


足柄「…っ!!!」


二人の憲兵を無視して足柄が提督の胸倉を掴みあげる。

かなりの力で首や胸のあたりに痛みを感じたがなるべく無表情を装った。


足柄「あんた!あの娘が…羽黒が…どれだけあんたのためにやってきたと思ってるのよ…!!!」


足柄は泣きながら怒りに満ちた表情で提督に迫る。

後ろには那智がいて同じようにこちらを睨んでいる。


足柄「ふざけるんじゃないわよっ!妙高姉さんまで殺そうとしたなんて…!!」




提督(全く、どこで聞いていたんだか…)


内心呆れたため息を付いていた。

査問会議を盗み聞きしてたなんて大問題だ。

どんな方法を使ったのやら。




提督は足柄を見ているようだったが周りに意識を向けていた。

雑誌記者らしき人物がいるのも確認が取れる。

自分を嫌っている上官辺りが査問会議に紛れ込ませていたのかもしれない。


騒ぎを聞きつけ人が集まってきている。



良いタイミングだ。





足柄「ちょっと!聞いているの!?何とか言いなさいよっ!!!」






(足柄すまない…本当にすまない…)





(お前は良い姉なんだろうな…)





(でもその気持ち…)





(今は利用させてもらう…)






提督「で?」


足柄「なっ!?」


提督は足柄に返事をしたかと思うと挑発的な態度をとる。


提督「何が言いたいわけ?」


足柄「あんたっ…!」


提督「むしろ俺に謝ってくれないかな?あいつのせいで俺はもう出世できないんだぞ?」


足柄「う…うぅ…!!!」



そして呆れたため息をついて足柄を見る。






提督「あんな奴を秘書艦にしたのが間違いだったな」






足柄「ぐ…グぐ…があああああぁぁぁぁ!!!」


足柄の怒りは限界を迎え提督を勢いに任せて投げ捨てる。

提督の身体は廊下の壁に激突し、背中を強く打ったのか酷く咳き込んだ。


足柄「絶対!!!絶対に許さない!!許さないからぁ!!!」


更に殴りかかろうとしてきた足柄を黙ってみていた那智が止める。


那智「止めろ足柄!!こんなところで!!!」


足柄「離して!!離してぇ!!こいつは、こいつだけは許せない!!」






足柄の大きな泣き声は大本営中に轟き多くの人を、野次馬を集めた。






(これでいい…ありがとう足柄…)






(これで羽黒は…)





(助けられるんだ…)






提督はそれ以上反論も、反応も示さず俯いていた。


那智「お前…?」


足柄「何よ!何とか言いなさいよ!!羽黒に…羽黒に謝りなさいよおおおぉぉぉ!!!!」












(これで…)


















提督の思惑通りに事は運んだ。





自分にも、先輩にも怒り狂った元帥は止められない。

羽黒を連れて逃げようにも治療法も行く先も見つけられない。


考える時間はほとんどない。



提督が思いついた作戦は世間に羽黒を救ってもらうという強引な手段だった。



自分が悪役となり羽黒は精神的に追い詰められた可哀想な被害者という構図を作り、それを表沙汰にすることで元帥が羽黒の解体をできないようにするという強引すぎる手段だった。


提督はありもしない横領、横流しの資料を作成しそれを匿名で青葉に紹介してもらったゴシップネタが好きそうな出版社に送る。

横領等の証拠は隠すのは大変だが作るのは非常に簡単だった。


内部告発文章も自分で作成し、続けて出版社に送った。

内部告発は今回の救出作戦の裏側について、そして艦娘達の酷使について書いた。



それがすぐに記事となり大本営に呼び出されたのだ。




ここまで話が大きくなれば被害者である羽黒の解体はいくらなんでも可哀想と世間の批判を受けるはずだ。

そうなれば元帥も羽黒の解体を思い留まる他ない。








こうして提督は自ら『嫌われ提督』となり…










奇跡の代償を払うこととなった





















朝潮「嘘…」











その一部始終を朝潮は見ていた。










朝潮「そんな…」








糸が切れた操り人形のごとくその場でへたり込む。











朝潮(嘘…嘘よ…)



















朝潮は自分を支えていた土台そのものが崩壊したかのように立ち上がれなくなってしまった。

その目は本人も気が付かないほどの涙で濡れていた。











【大本営 会議室】


上官(くそっ!だめか!)


ある会議の最中、上官は内心悪態をついていた。



会議の議題は『無法鎮守府に関して』というもの。



無法鎮守府とは、提督に一切従わない艦娘達、戦えなくなった艦娘達、見放された艦娘達が集まる場所。

そんな鎮守府に行きたがる提督がいるはずもなく、現在はそこに着任している提督はいない。

たとえ止む負えない事情で着任してもすぐに逃げ出したりしていなくなる。


上官はそんな鎮守府はさっさと潰してしまおうと提案したがそれに賛同する者は誰もいなかった。

無法鎮守府とはいえ集められた艦娘は実績十分の練度が高い艦娘も複数おり、手痛い反撃を受ける可能性が十分あったため二の足を踏んでいた。


会議は終了し結局無法鎮守府はそのまま放置されることとなった。


上官(何か理由が必要なんだ、大本営を動かすくらいの…)



そこで上官は思い出した、先日の騒ぎを。








上官(あの男…使えるかも知れんな…)









【数日後 大本営 独房】





あれから数日が経過した。


独房ではさすがに何かをするような気力も起きず、ずっと大人しくしていた。





羽黒を助けたという達成感はもう無くなっている。

そして始まったのは自問自答の毎日だった。


提督(本当にこれで良かったのか…良かったんだよな…?)




提督(皆はどうしているんだろうな…)




先輩が面会に来た。

とても心配そうな瞳でこちらを見ており目を合わすのも苦しいくらいだった。


先輩「無茶するな、本当に…」


提督「…」


先輩「お前のところにいた艦娘達はこちらで引き取ることにしたよ」


提督「ありがとうございます…」


提督はようやく口を開いた。

後は任せる、というのは自分の元に居た艦娘達のことだったのだろう。


先輩「皐月も水無月も、他の皆もお前を信じて待ち続けると言ってたよ…」


提督「…」


その言葉に胸が苦しくなった。

皆を欺いて自分勝手に事を起こしたというのに…。


自分はもう海軍にはいられなくなるかも知れないのに…。



先輩「ただ、朝潮がな…」


提督「…?」


先輩「朝潮だけには拒否された、もう何も信じられないと」


提督(朝潮…)



真面目な彼女には今回の件を受け止め切れず深く傷つけたかもしれない。

そんな朝潮のことを想うと辛い気持ちになる。


だがいつまでも俯いている暇はない。



提督「朝潮に手紙を書きます…」


先輩「手紙?」


提督「今回のことを全部朝潮には伝えます、表沙汰になるリスクはありますが彼女なら誰にも言わないはずです」




許してはくれないかも知れない、だが少しでも彼女の負担を小さくしてやりたいと思い手紙を書くことにした。



今回の全てを記した手紙を…。










先輩「わかった、必ず届ける。こっちのことは心配するな」


提督「よろしくお願いします…」








更に数日後、意外な人物が面会に来た。

元帥の甥の整備員だ。




整備員「提督…これで良かったんですよね…?」


提督「…ありがとう」


彼は提督の考えに気付いていた。

よくよく考えれば工廠で結婚指輪の話をしていたときこちらを見て笑っていたのは彼だったような気がする。


整備員「また、提督の下で働きたいです、待っています…!」


提督「…」


返答はできなかったが彼の熱い想いに感謝をした。



願わくば彼のような人が海軍のトップになれますように…。



そう心から思えるほど彼は爽やかな男だった。







先輩と整備員が面会に来た更に数日後、ある人物に呼び出され提督は独房を出ることとなった。




上官「よく来たな」


小会議室に入り上官と対面する。

この男は演習などで何度か対峙したこともあり良く知っている。

艦娘達を自分の出世道具としか見ていない提督の一番嫌いなタイプだ。


上官「お前の次の配属先が決まったぞ」


提督「え?」


耳を疑った。

もう海軍にはいられなくなるとばかり思っていたからだ。


上官「お前の次の鎮守府はここだ」


上官は書類を提督に渡した。


提督(ここは…)


上官「お前も知っているだろう。無法鎮守府と呼ばれるところだ」


提督も無法鎮守府に関しては知っていた。

と言っても何か繋がりがあるわけでもなく名前と状況を少し知っているくらいだ。


上官「あれだけのことを仕出かしたんだ。ここくらいしか行くところは無いぞ」


提督「…」


上官「まあ行かないと言うならこのまま海軍を去ることとなるだろうがな」


提督「…」



上官の声は途中から耳に入っていなかった。


独房に居る時に無法鎮守府に関して悪い噂を聞いた。

このまま提督不在の状況が続けば所属する艦娘が全員解体されると。



自分にはもう関係が無いと思って聞き流していたのだが…。



提督は目を閉じ二人の艦娘を思い出す。



自分を庇い傷ついたまま出撃して帰ってこなかった春風。


引き止められずに轟沈寸前までさせてしまい眠り続ける最愛の艦娘、羽黒。



ほんの数秒の間で結論は出た。


どのような理由であれ彼女達を解体させるわけにはいかない。



提督「わかりました、是非行かせて頂きます」


上官「そうか!行ってくれるか!」



上官がやけに嬉しそうだった。

さすがに何か思惑があるのだろうと思ったが今は忘れることにした。



上官「さっそく明日にでも出発してくれないか?今日は大本営の宿舎で休んでくれ、話は付けてある」


提督「はい、では失礼します」


提督は上官に頭を下げ小会議室を後にした。







上官(クク…やはり食いついてきたな)


独房にいる提督が無法鎮守府の噂を聞いたのは彼の差し金だった。

部下に世間話するかのように指示して無法鎮守府に関しての話をさせ、提督の耳に入るようにしたのだ。



先日上官は別の会議で無法鎮守府に問題を起こした提督を着任させるという提案をし、誰の反対も無く通すことに成功した。

上官はある理由でどうしても無法鎮守府を解散させたかったのだ。


そのためには…。


上官(どうしても大本営の力が必要なのだ、そこでお前には)


上官は誰が見ても嫌らしい笑みで静かに笑っていた。


上官(死んでもらおうかなぁ)





上官は新品の雑誌を手に取って何かを始めた。






【翌日 大本営 正門】


手際よく上官が準備してくれたのか車が用意されていた。

これで無法鎮守府に向かえということだ。


車に乗り込もうと向かうところで誰かがこちらへやってくる。


伊8だった。


提督「はっちゃん…」


伊8「テートク…」


提督「佐世保に行くんだったよな、向こうでも頑張ってな」


伊8「テートク、私は!わたし、は…本当にこれで…」


伊8は泣きそうな顔で俯く。


提督「はっちゃんが俺を救ってくれたんだよ」


伊8「え?」


提督「羽黒を助けてくれたおかげで俺はギリギリのところで踏みとどまれた、その後も皆に指示を出すことができた。あのまま羽黒が沈んでいたら俺はもう立ち直ることもできなかったんだよ。だから」


提督は伊8の頭を優しく撫でる。


提督「ありがとう」


そして笑みを見せた。

もしかしたら羽黒があんなことになって以来初めて笑みを見せることができたのかもしれない。


伊8「テートク!」


伊8は提督に縋り付いた。

そして声を提督の胸で押し殺しながら泣いた。




伊8は自分を責めていた。

助かる見込みのない羽黒を引き上げ、そのせいで提督が全てを捨ててしまったことに。


自分が起こした奇跡の代償を提督が払うことになったことに。



だが今の提督の笑顔で救われた。


提督「元気でな…」


伊8「はい…」



伊8と別れ提督は車に乗り込む。





そして一度だけ振り返りアクセルを踏んだ。



その車が見えなくなるまで伊8は見送っていた。








【無法鎮守府に向かう道中 移動中の車内にて】


明石「そろそろいいですかね?」


提督「うおぉ!!」


いきなり荷室から明石が現れ提督は大声を上げる。


提督「あ、あ、あ明石!なんで!?」


明石「ついてきちゃいました」


提督「お、お前なあ…どうして」


明石「あ、ちゃんと許可取ってますよ?提督の先輩さんに」


提督「い、いやそうじゃなくて」


明石「それに工廠には優秀な整備員を残してきましたから大丈夫ですよ?」


提督「そういう問題じゃなくて…」


明石は帰る気はさらさら無いらしい。

提督は諦めたように溜息をつく。


提督「知らんぞ…どうなっても」


明石「任せてください!旅は情けってやつですよ!!」


提督「旅は道連れな」


元気に振る舞う明石に励まされ、一人で沈みがちだった気持ちが明るくなった。







提督は顔も心も前に向け勢いよくアクセルを踏み込んだ。









【現在 先輩の鎮守府 ある一室】


妙高「ん…」


妙高はいつの間にか羽黒のベッドに突っ伏すように寝ていた。

時計を見るとかなり時間が経っておりそろそろ提督のところへ戻らないといけない。


妙高「羽黒…また来るわね…」




退室間際妙高はそう声を掛けるが羽黒は答えない。








羽黒は一人、ベッドで眠り続け静かすぎる寝息を立てていた。




その傍らには写真立てがある。















そこには大規模作戦を終えたばかりの皆の笑顔が写っていた。




  第弐部 完

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1: SS好きの名無しさん 2019-03-25 17:45:56 ID: S:32Uy3N

応援してます

2: SS好きの名無しさん 2019-07-07 15:18:55 ID: S:mR6Ssc

泣ける(´;ω;`)応援してます

3: SS好きの名無しさん 2019-08-16 20:04:07 ID: S:WlbePc

応援してます!続きはpixivの方であがってるのでしょうか?

4: ウユシキザンカ 2019-08-16 20:37:56 ID: S:pd2JfX

>>3 ありがとうございます!

全話PIXIVに上がっています。
『嫌われ提督』か『神崎シュウ』で検索して頂ければ辿り着けます。


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