口の悪い艦娘を異動させてみた(完結)
人の我慢にも限界ってものがあってだな。
霞「はぁ!?」
曙「どうして私達が!」
満潮「異動なのよ!!」
話を遡ること、一週間程前…。
【鎮守府内 執務室】
霞「これで良しっと…」
提督不在の執務室を掃除して一息ついた。
提督は大本営での定期検診のため3日間不在となる。
今日はその2日目、彼がいなくても心配しないように秘書艦の霞は留守をしっかりと守っていた。
トゥルルルルッ、と執務室にある電話が鳴る。
霞「はい、もしもし…」
提督『霞か?俺だ』
霞「何よ?何の用なの?」
相手が提督と知ると途端に不機嫌そうな声で対応する。
長年沁みついた癖なのでもう治しようが無い。
提督『いや…留守は大丈夫なのかなと』
霞「あんたがいなくても問題ないわよ!いちいちこんなことで電話してこないで!」
提督『…ははっ、問題なさそうでほっとしたよ』
霞「こっちのことは良いからさっさと終わらせてきなさいよ!切るわよ!」
ガチャンッ!と叩き付けるように受話器を置いた。
霞(全くもう、心配性ね)
電話をしているときとは打って変わって笑顔になる。
霞(留守を預かっているんだからちゃんとしないとね!)
提督からの電話を励みに霞は一層頑張ろうと誓うのだった。
【鎮守府 工廠】
曙「みんな、お疲れ様!」
遠征を終えた曙を旗艦とした部隊が帰投し、保管庫へ資材を仕舞い込む。
資源を保管庫に入れて今日の遠征は終わり部隊は解散、のはずだったのだが…。
由良「ねえ曙ちゃん」
曙「はい?」
解散して執務室に戻ろうとする曙に由良が声を掛ける。
由良だけじゃない、他の仲間達も残って曙を見ている。
夕雲「そろそろ私達にも旗艦をさせて欲しいのだけれど」
雷「曙ずっと働きっぱなしじゃない、大丈夫なの?」
電「たまには休んで欲しいのです」
曙「え?う、うーん…」
曙は少し考える振りを見せてすぐに仲間達から離れる。
曙「わ、私は大丈夫だからっ!気を遣ってくれてありがとっ!じゃね!」
由良「あ!ちょっとっ!曙ちゃん!」
まるで逃げるようにその場を立ち去り、その場には何も伝えられなかった艦娘達が寂しそうに立ち尽くしていた。
曙(これはクソ提督に任された仕事だもの、しっかりとこなさないとね!)
今日も無事に遠征を終えて上機嫌で鼻歌を歌いながら執務室へ向かった。
(ずっとこの調子…)
(全然話を聞いてくれない…)
(いつまで続けるつもりなの…?)
【鎮守府内 演習場】
満潮「今よ!集中して!砲撃開始!!」
満潮の号令と共に全員が的に向けて砲撃を開始する。
的に全ては当たらずバラバラと水柱を作った。
満潮「次!全速前進!ほら速く!!」
砲撃からすぐにまた号令が掛かり全員が行動を開始する。
満潮に続き陣形を整わせながら進むが形が歪み崩れてしまう。
春雨「ごめんなさい!陣形を崩して…!」
満潮「良いのよ、もう一度いきましょう!」
申し訳なさそうな顔をする仲間を励ましすぐに改めてやり直す。
艦隊としての練度を高めようと演習担当の満潮は懸命に取り組んだ。
満潮「今日はこれでおしまい、みんなお疲れ様っ」
演習を終えて解散させようとしたが仲間達の顔の暗さに心配になる。
沖波「どうしよう…このままじゃまた次の合同演習で…」
清霜「足、引っ張りたくないなあ…」
満潮「大丈夫よ、例え勝てなくったって司令官はみんなを責めたりしないから」
春雨「はい…」
満潮の励ましにも曖昧な返答しかせず雰囲気は暗いままだった。
満潮(ここのところ合同演習で負けが混んでて自信を失い掛けてる…もっと演習をして練度を上げないと…)
仲間達に明るい顔を取り戻せるように満潮は心の中で固く誓った。
(司令官は…私達を責めたりしないけど…)
(私達の心配はそうじゃないの…)
(もう、見ていられなくて…)
【鎮守府内 執務室】
満潮「戻ったわ」
曙「お疲れ」
霞「お疲れ様」
執務室に霞、曙、満潮の3人が集まる。
提督不在の間の情報交換のためそれぞれの担当の結果、状態を説明する。
曙「資源状況はこんな感じ、ほぼ横ばいね。本当はもう少し増やしたいけど…」
霞「無理して増やさなくてもいいわよ。司令官に節約できるようにやり繰りの相談をしておくわ」
曙が報告し霞がメモを取る。
そして報告をまとめ秘書艦の霞が提督に伝えるというのがいつもの流れだ。
満潮「最近合同演習の相手が強くなってきて、中々勝率が上がらなくって…」
霞「そうね…今月は60%くらいか…艦隊の練度をもっと上げないと…」
満潮「司令官にも発破をかけないとね、もっとみんなに声を掛けて励まして欲しいし」
霞「あ、司令官といえば…」
霞は先程提督から電話があったことを伝えた。
満潮「相変わらず心配性ね、ふふっ」
霞「全くよ」
曙「どんな顔して電話をしてきたか目に浮かぶわ」
3人とも顔を見合わせ穏やかな顔を見せる。
普段は絶対に提督の前では見せない優しい表情…。
霞、満潮、曙はこの鎮守府に提督が着任して直後に配属された古株の駆逐艦だった。
当時は右も左もわからない提督を引っ張り鍛え、叱咤し、導いてきた。
その厳しさは尋常では無く提督に対し一切の遠慮をせず言いたいことを言い時には手を出してでも強引に言い聞かせてきた。
その結果、提督は他の鎮守府に引けを取らない海軍提督に成長した。
彼女達の功績は大きく、そして影響力も大きい。
この鎮守府の柱と言うべき存在である。
霞(早く帰って来ないかしら)
曙(もっと資源を集めて嬉しそうな顔が見たいんだけどなぁ)
満潮(演習の相談と称して二人きりの時間を…って何考えてるの!?)
彼女達の内情はこのような感じである。
提督を鍛え、育て、成長させることが彼女達の生き甲斐であり誇りでもある。
そして知らず知らずのうちに成長する彼に惹かれていた。
しかし…
(いい加減にして欲しい…)
(苦しそう…)
(辛そう…)
(助けてあげたい…)
(私達が…)
(私達にも…)
(でも私達には…)
提督は予定の3日を過ぎても戻ることは無かった。
【鎮守府内 執務室】
曙「まだ連絡無いの?」
霞「うん…」
満潮「全く…どこで油を売ってるんだか、もう!」
執務室では今日も連絡を待って3人が集まっていた。
提督が大本営へ行って7日目、まだ鎮守府に帰る気配は無く連絡もない。
4日目、5日目、6日目は艦隊運営を一切行っていない。
提督が帰らないことが気掛かりでまともに手がつかないからである。
曙「…」
霞「…」
満潮「…」
会話はすぐに途切れる。
強がりを言っていても本当は提督が心配であり可能ならば今すぐにでも大本営に乗り込んで提督を連れ戻したかった。
しかし留守を預かる身であり責任感の強い彼女達にはそこまですることはできなかった。
大人しく待つ、彼女達にできるのはそれだけであったのだが…。
霞(連絡が無いなんて今まで一度も…)
曙(定期検診で何かまずいものでも見つかったのかしら…)
満潮(演習成績や戦果のことで呼び出された?でもそんなに悪くは…)
トゥルルルルッ!
曙「!?」
霞「!?」
満潮「!?」
電話が鳴ると同時に三人の視線が電話機に集まる。
顔を見合わせて頷き合い霞が電話を取る。
霞「も…もしもし…?」
曙「ゴクリ」
満潮「ゴクリ」
霞「は、はい。秘書艦は私です…はい…」
曙(クソ提督じゃ…)
満潮(無いみたいね…)
曙と満潮は顔を見合わせてがっかりする。
霞「え…抜き打ち監査のため…?はい、わかり…ました…」
霞は話を終えてゆっくりと受話器を置いた。
曙「何だって?」
霞「うん…あのね」
電話は大本営の役員からだった。
『そちらの鎮守府を抜き打ちで監査をすることになった』
『定期的に無作為に選ばれた鎮守府にて行うもので特別な意図はない』
『艦隊の運営状況、提督に不正が無いかどうか、艦娘に対し酷いことをしていないかというのが調査内容になる』
『そちらの提督は監査のため大本営にてもう1週間程休んで頂くことになった、帰ることは許されない』
満潮「何よそれ…」
霞「決して悪いことにはならないから心配しないで欲しい…って」
曙「ふんっ!上等じゃない、真正面から受けてやりましょう。この鎮守府に不正なんかありもしないんだから!」
霞「うん…そうよ、そうよねっ」
少し沈みがちな霞を励ますように曙が明るい声で発破をかける。
霞「あ、それともうひとつ、今日からこの鎮守府に…」
コンコンッと執務室のドアをノックする音が聞こえる。
満潮「どうぞ」
??「失礼します」
ドアを開けて一人の艦娘が執務室に入った。
鹿島「大本営より派遣されてきました、練習巡洋艦・鹿島です。よろしくお願いします。うふふっ」
霞「よ、よろしくお願いします…」
先程霞が言い掛けたこと。
『大本営より今日から監査役に艦娘が派遣される』
『彼女に従うように』
ということだった。
鹿島「早速ですが霞さん、曙さん、満潮さん」
鹿島は持って来たカバンから書類を取り出して読み上げる。
鹿島「あなた達にはここを離れて頂きますね」
霞「え…!?」
曙「な…」
満潮「何よそれ!っ…」
反論しようとしたが途中で言葉に詰まる。
鹿島が反論できないほどの冷たい空気を漂わせていたからだ。
鹿島「うふふ…」
【鎮守府内 執務室】
鹿島「異動です、あなた達にはこちらの鎮守府へ行って頂きます」
霞「はぁ!?」
曙「どうして私達が!」
満潮「異動なのよ!!」
先程は気圧されそうになったが我慢できずに鹿島に向かって怒号を浴びせる。
鹿島「お、落ち着いてくださいっ。あくまで一時的なものです、そう、レンタル、レンタル移籍ですっ」
曙「レンタル移籍ぃ?」
曙が訝し気な目で鹿島を睨む。
鹿島は慌てた振りをしているもののこのような状況に慣れているのかどこか落ち着いている様にも見えた。
鹿島「抜き打ち監査のことは聞いていますよね?」
満潮「ええ。だから司令官は帰って来れないんでしょう?」
鹿島「はい、その監査ですがあなた達主力の艦娘も対象となりまして…」
鹿島の視線が書類と霞達を行き来しながら説明をする。
主力の艦娘達が提督を庇って監査の邪魔をしたり見られたりしたらまずい書類などを隠蔽しようとするかもしれない。
だからこそ秘書艦や主力の艦娘を遠ざけるということらしい。
そしてもうひとつ、この鎮守府の艦娘が不当な扱いを受けていないかを別の鎮守府にて見極めることだ。
霞「そんな必要ないわ」
曙「私達不当な扱いなんて受けていないもの」
満潮「一時的でも異動なんて拒否するわ、ここを離れるわけにはいかないもの」
彼女達からは『ここを絶対に離れたくない』という強い意志が感じられた。
そしてこの鎮守府にはまずい隠し事も無く艦娘が不当な扱いを受けていない。
彼女達の目がそう語っていた。
鹿島「そうですか…」
鹿島は笑顔のまま渡そうとした書類を仕舞う。
鹿島「では大本営には『秘書艦達が非協力的で何か隠しているかもしれない』と伝えておきますね」
霞「ちょ…ちょっと!?」
曙「何よそれ!」
慌てる霞達をよそに鹿島は不敵な笑みを浮かべ柔らかい雰囲気の中に強気の姿勢を見せる。
鹿島「あなた達の提督さんの疑いがあると大本営は判断すると思いますよ?それでも良いですか?」
満潮「私達を脅すつもり…!?」
鹿島「それに…ここを離れて別の鎮守府に行くのは悪い話ではないですよ?」
霞「え…?」
鹿島は一時的な異動先を説明した。
異動するのは横須賀鎮守府。
現在この鎮守府に着任している提督は大本営にも影響力の高い大将で配属されている艦娘も強者揃いである。
そして監査の一環として一時的に異動してきた艦娘達の実力を測ることも目的とされている。
満潮「それってつまり…」
鹿島「異動先でのあなた達の評価はそのまま提督さんの評価のも繋がります」
霞「…!」
曙(アピールのチャンスにもなるってことね!)
ニコリ…と鹿島は笑みを深めた気がした。
鹿島「どうしますか?」
霞、曙、満潮の3人は一時的な異動を受け入れた。
彼女達は鹿島に乗せられて気付かなかった。
自分達には選択肢が最初から用意されていなかったこと。
全て鹿島の思い通りに事が運んでいたことに…。
【横須賀鎮守府 執務室】
横須賀鎮守府に異動となった3人は早速着任の挨拶のため執務室を訪れた。
霞「本日より一時的にこちら横須賀鎮守府に異動となりました霞です!」
曙「曙です!」
満潮「同じく満潮です!よろしくお願いします!」
3人は大きな声でハッキリと挨拶し、綺麗な敬礼を決めた。
大将「よく来たなクソガキども!ここではお前達の実力を測るためにも馬車馬になって働いてもらうからな!予定期間は1週間だ、クタクタになるまでこき使ってやるぞ!覚悟しとけや!」
霞「は、はい!」
曙(これは…)
満潮(大変なところに来たかも知れないわね…)
大将の威圧感に気圧されそうになるが何とか堪え挨拶を終えた。
大将「てめえらの指導役は…おめえがやっとけ武蔵!たっぷりとこき使えよ!」
武蔵「まったく…他に言い方があるだろうに…さ、行こうか」
大将の乱暴な紹介に呆れながら武蔵は3人を外へ連れ出した。
武蔵「うちの提督はいつもあんな調子だ、口は悪いが決してお前達に対し酷い扱いをしたりしない。安心してくれ」
霞「は、はい!」
まだ固くなっている3人に武蔵は優しい笑みを向ける。
武蔵「早速だが君達には遠征部隊に配属してもらう。今日からよろしく頼むぞ」
曙「はい!」
満潮「よろしくお願い致します!」
元気よく返事をして3人は遠征部隊の待つ場所へ向かった。
霞(失敗は許されない!鎮守府の評価は…)
曙(クソ提督の評価は…!)
満潮(私達に掛かっているんだから!)
心の中で同じ想いを持って3人は横須賀鎮守府での生活を始めた。
1週間は彼女達が思っているよりもあっという間に過ぎて
約束された日を迎えることになった。
しかし…
【横須賀鎮守府 会議室】
その日の朝、3人は指導役の武蔵から呼ばれ会議室に集められた。
(別れの挨拶かな?)
3人とも同じことを思っていたが武蔵からは聞かされたのは彼女達が予想していないものだった。
霞「え…」
曙「延長…ですか…?」
武蔵「ああ」
彼女達の移籍期間の延長だった。
それを聞いた3人はショックを隠しきれず俯いてしまう。
満潮「どうして…ですか…?何か私達が失敗を…」
武蔵「逆だよ」
霞「逆?」
武蔵「ああ、君達の実力をもっと見てみたいと提督が…な。1週間じゃ足りないから期限を一ヶ月に伸ばせないかと言ってきたんだ」
曙「…」
返答に困った。
自分達を評価してくれるのは嬉しかった、それが自分達の提督の評価にも繋がるからだ。
しかし本音は…
(帰りたい…)
鎮守府へ帰り、提督の傍に戻りたい。
またいつもの日常を過ごしたい、それが彼女達の本音だったのだが…。
逆にチャンスでもあった、自分達がここで頑張れば頑張るほどに提督の評価が上がる。
彼の役に立ちたいという想い、帰りたいという想いに揺られていたのだが…
武蔵「君達がどうしても帰りたいというのなら私から提督に…」
武蔵のこの一言は彼女達の反骨心に火を付けて後戻りできない状況を作った。
霞「いえ!ここに残らせて下さい!」
霞が口火を切り
曙「私達の力が認められそうで嬉しいです!頑張らせてください!」
満潮「もっと私達の実力が見たいのなら存分に見て頂きます!」
武蔵「そうか…」
武蔵は嬉しそうに頷き会議室を出ようとしたところで振り返り
武蔵「そうそう、君達の提督は無事に抜き打ち監査を終えたそうだ。今日にも鎮守府へ戻るらしい」
それだけ言って会議室を出て行った。
霞「ほっ…」
曙「良かった…」
満潮「何も無いとわかっていても…ね…」
わかってはいても監査されるのは気持ちの良いものでは無く、ずっと提督を心配していた。
提督が無事に帰って来れると聞いて3人は心底胸を撫で下ろし笑顔を見せた。
霞「後は私達ね…頑張りましょう!」
曙「ふふ、きっと私達がいなくて鎮守府は大変なことになっているでしょうけど」
満潮「それを含めて今から帰るのが楽しみね」
本音は『早く帰りたい』『提督の傍に居たい』というものだったが3人はそれを押し殺し
提督のためにより高い評価を得られるように頑張ることを誓ったのだった。
そして…
約束の1ヶ月が過ぎ…
『彼女』は3人の前に現れた。
【横須賀鎮守府 会議室】
鹿島「お久しぶりですっ、皆さん。この1ヶ月本当にお疲れ様でした」
出会った時と同じような笑みを浮かべ鹿島が会議室を訪れた。
霞「挨拶はいいわ、さっさと用件を言って」
鹿島「そ、そんな怖い顔しないで下さいよぉ」
睨む霞に鹿島がおどけた表情で応える。
鹿島「せっかく皆さんに良いニュースを持って来たのに」
曙「良いニュース?」
満潮「な、何かしら…」
何だろう…?
きっと提督が…
私達を褒めて…?
色んな妄想が霞を、曙を、満潮を包み幸せな気持ちにさせる。
しかしそれは…
鹿島「おめでとうございますっ、皆さんは正式に横須賀鎮守府に異動となりましたっ!」
霞「え…」
曙「な…」
満潮「なんで…?」
一瞬で消え失せることとなった…。
霞「どういうことよ!」
最初に怒りを露わにしたのは霞だった。
鹿島「どうもこうも…今言った通りですけれど?」
そんな怒る霞に対しても鹿島は全く動じる気配が無い。
それどころか挑発的な笑みを浮かべていて不気味さを感じさせた。
曙「な…なんで私達が…異動…」
鹿島「だからあなた達の頑張りが認められたからで」
満潮「そうじゃないわよ!何で私達が帰れないのかって聞いてんのよ!」
曙は肩を震わせて俯き満潮は霞に続いて鹿島に詰め寄った。
自分に危険が迫りつつあるかも知れないのに鹿島は全く動じない。
霞「帰る…」
鹿島「え?」
霞「私達は帰るわ!早く帰らないと…皆が困っているんだから!」
曙「そうよ!みんな遠征が上手く出来なくて困っているだろうし!クソ提督だって私がいないと資源管理がまともにできないわ!」
満潮「演習だって…すぐこのままじゃ合同演習にも勝てないわ!あいつにも発破をかけてもらって…」
霞に続き曙も満潮も帰る理由を並べ立てる。
霞「帰るわ!このままはあのクズだって…」
黙って聞いていた鹿島が浅い溜息をつく。
鹿島「あなた達、何様ですか?」
霞「…!?」
曙「ひっ…」
満潮「っ…」
鹿島の一睨みで3人は竦み上がる。
鹿島「座りなさい」
逆らう気持ちを打ち消す鹿島の強い威圧感に3人とも黙って従った。
鹿島「私がいないとダメ?皆が困る?演習に勝てない?勘違いもここまでいくとすがすがしいですね」
霞「な…え…?」
鹿島「おまけに提督さんをあいつ?クズ?クソ提督?よくそんな呼び方が今まで許されてきましたね」
曙「…」
冷たい笑みの向こうから鹿島の怒りを感じ、何も反論できないほどに呆気にとられ固まっていた。
満潮「だ…だって…現に私達が…」
鹿島「確かに、執務から遠征、そして演習を取り仕切っていましたよね?」
鹿島は持って来たカバンの中から書類を取り出し座っている3人の前に置く。
鹿島「あなた達いなくなってからのあの鎮守府がどのような状態だったか、ここに書かれています」
その言葉に食い入るように書類に目を通す。
(私達がいなくて…)
(みんなが困っているはず…)
(艦隊運営なんかままならないはず…)
そんな彼女達の希望に似た想いは一瞬にして崩れ去る。
曙「な…なんで…」
最初に声を震わせたのは曙だった。
曙「何で資源が…こんなにも増えているのよ…」
鎮守府の資源を主に管理していたのは曙だった。
鎮守府を出て横須賀鎮守府に来る前までの資源量はほぼ横ばいに推移していたはず…。
あり得ないものを見て身体を震わせ始めた曙の隣で次に声を上げたのは満潮だった。
満潮「どうして!?合同演習の勝率が90%!?嘘よ!あり得ない!」
満潮が大声で書類が間違いだと指摘した。
彼女が指揮をしていた演習部隊の勝率はせいぜい60%、それも勝てない日が続いてスランプに陥っていたはず…。
霞「落ち着いて曙、満潮。こんなのでたらめよ!私達を騙してこの鎮守府に置いて行こうとする罠よ!そうに決まっている!」
鹿島「うふふっ」
霞「何よ!何笑ってんのよ!」
鹿島「必死ですね」
鹿島は相変わらず挑発的な姿勢を崩さない。
鹿島「『私達がいなければ』『私達がずっと引っ張ってきた』『みんな大変だろうな』。それがあなた達の幻想だったと自覚するのがそんなに怖いですか?」
曙「幻想…」
満潮「ち、違う…そんなはずは…」
霞「しっかりしてよ!騙されたらダメだって!」
鹿島は立ち上がりカバンからDVDを取り出して会議室に置いてある再生機に入れる。
鹿島「あなた達が不在の鎮守府がどんな状態だったか」
そしてテレビの電源を付けて再生した。
鹿島「それを知って…」
振り返り3人を見る。
鹿島「現実を受け止めなさい」
【鎮守府内 執務室】
テレビには執務室が映し出された。
机に向かって書類を整理している提督の姿が映っている。
夕雲『提督、次はこちらの書類になります』
提督『ああ、ありがとう』
提督の隣には夕雲が控えており秘書艦をしているようだった。
霞(なんで…)
その映像を見ていた霞は愕然とする。
霞(なんで…そんな…)
穏やかな顔をしているの…?司令官…。
その表情を見て今までの提督との違いがより鮮明に見えてきた。
自分達が近くに居る時はどこか張りつめていて…息苦しそうで…
どうしてそんな簡単なことにも気付かなかったのだろう…
夕雲『提督、今日の書類整理は終わりました。お疲れ様です』
提督『夕雲もお疲れ様』
こんなにも優しい笑顔で接しているなんて…
夕雲『では労いの時間です』
労い…?
夕雲は提督に近づいて正面から自分の胸に引き寄せ抱きしめた。
霞「な、ななななっ何やってんのよ!!」
夕雲『いっぱい甘えて下さいね』
提督『ははっ、いつもながら照れくさいな』
提督は抵抗もせずに夕雲を受け入れされるがままになっていた。
目を閉じて安らぎを感じる提督に霞が黙っていられるはずもなく
霞「何やってんのよ、このクズ!さっさと離れなさいよぉ!!」
我慢できずに霞は立ち上がってテレビを掴みガタガタと揺らす。
曙と満潮が両肩を掴んで強引に座らせることでようやく治まった。
雷『戻ったわ!』
電『ただいまなのですっ』
執務室のドアが開き駆逐艦の雷と電が入ってくる。
提督『おかえり』
夕雲『おかえりなさい』
提督を抱きしめていた夕雲がようやく離れた。
その顔は名残惜しそうでまだまだ足りないと言った感じだった。
雷と電は提督に近づき何かを求めるように見上げる。
提督『遠征お疲れ様、今日もありがとうな』
雷『ふふっ、もーっと褒めても良いのよ?』
電『嬉しいのです』
提督は両手でわしゃわしゃと二人の頭を撫でている。
二人はそれを嬉しそうに受け止めて目を細めていた。
曙(あの二人の…あんな顔…見たこと無い…)
映像を見ながら曙はショックを隠せなかった。
自分が見る雷と電と違い二人は本当に楽しそうにしていた。
由良『提督さん、今日の遠征終了しました。獲得した資源の結果はこちらです』
提督『ありがとう由良…って、凄いじゃないか!また大成功だ!』
由良『みんなが頑張ってくれた結果ですね、ね』
雷『ねー』
電『ねー、なのです』
曙(遠征の結果…本当に良いんだ…どうして…)
曙が旗艦を務めていた時の前月比は100%を超えるかどうかの範囲だった。
しかし曙が抜けた今の資源獲得量は150%に増え備蓄資源も増えていた。
曙(私がいたから…?私がみんなの足を引っ張っていたせいで…?)
私…なんか…
映像の中の執務室はいつの間に由良と提督の二人になっていた。
由良『提督さん、お洗濯終わりました。洗い終えた洗濯ものはこちらに置いておきますね』
提督『ありがとうな由良、こんなことまでさせて』
由良『良いんです、好きでやっていることですから。それよりも…』
由良は少し体を屈めて提督を上目遣いで見る。
提督は由良が何を欲しているか察して手を頭に置いた。
由良『えへ…』
由良は顔を赤らめてそれを受け入れていた。
ギリギリ…ギリ…と何かの音がする。
霞が怒りを堪え歯ぎしりをする音だった。
清霜『司令官!ただいまー!』
沖波『ちょっと清霜、ノックをして下さい…あ、由良さん!すみません!』
由良『あ…』
頭を撫でられていた由良が恥ずかしそうに提督から離れた。
由良『お、おかえりなさいみんな。演習の報告よね』
春雨『は、はい…今日も無事に終わりました』
清霜『明日の合同演習も勝つぞー!』
満潮(明日も…ってまさか…)
意気込む清霜を尻目に提督は手元の資料を確認する。
提督『凄いな、今週の演習勝率…90%を超えているじゃないか!』
春雨『えへ、司令官のお陰です』
沖波『作戦通り、演習通りに自然と身体が動きました。普段の訓練の賜物ですね』
満潮(私がいたときには…負けが混んでたのに…)
鹿島「はい」
鹿島の声に3人は混乱の中から現実に引き戻される。
鹿島「どうしてあなた達が居なくなってから遠征で資源が増えたり演習結果が良くなったかわかりましたね?」
霞「…」
曙「…」
満潮「…」
3人は答えない。
いや、答えがわかっていても答えたくないのかも知れない。
そんな3人を見て鹿島はやれやれと小さく首を振る。
鹿島「艦娘が戦ったり資源を集める時に大切なもの」
まるで確認するかのように3人を覗き込み正面から見据える。
鹿島「それはモチベーションです。艦娘が普段以上の実力を発揮するためには『誰かのため』というものを明確にして自覚させることが大事です」
満潮「…知ってるわよ、そんなこと」
鹿島「彼女達の力の源は『甘えること』『甘えさせること』『お世話をすること』『褒められること』ですね」
霞「力の…源…」
鹿島「執務室の皆さん、楽しそうでしょう?今までは誰かさん達が居たせいで誰も近寄ろうとしなかったでしょうから余計に提督さんの近くにいたがるのかも知れません」
曙「…」
あんな楽しそうな仲間達を見るのは初めてだった。
自分達が執務室で提督の傍に居る時は誰も近寄ろうとしなかった。
仲間達の生き甲斐を、楽しみを、原動力を奪っていたのは自分達だと自覚して増々鎮守府に帰りたくなった。
帰って謝りたい。
仲間達に頭を下げて許してもら…
鹿島「あなた達、まさか謝れば許してもらえるとか元の鎮守府に帰れるとか思っていませんか?」
曙「え…」
鹿島のその一言は甘い幻想を打ち砕いた。
鹿島「あなた達はしてきたことは仲間の皆さんにだけですか?違いますよね?本当に酷いことをしてきたのは…」
鹿島の視線は再びテレビに注がれる。
鹿島「提督さんに…ですよね?」
画面に映し出されたのは執務室では無く演習場だった。
鹿島「鎮守府内のあちこちに隠しカメラが設置されているのはご存知ですよね?」
霞「確か…艦娘達に危害を加えていないとかを…監視するため…」
鹿島「そうです、艦娘の皆さんの保護のため、提督さんが何か不審な点が無いかを調べるために設置されていたのですが…」
満潮『何とか言いなさいよ!』
提督『す、すまない…!』
満潮「あ…」
テレビに映し出されていたのは叱る満潮と謝る提督だった。
鹿島「面白いものがたくさん撮れていました」
満潮『あんたの作戦がしっかりしてないのが原因よ!わかってるの!?』
春雨『み、満潮さん…私達が…』
沖波『そうです…私達のミスが原因で…』
満潮『いいえ、みんな練習通りにできているわ!こいつがつまらない作戦を立てたせいで…!』
提督『…』
鹿島「すごいですね、みんなの前で提督さんを叱るなんて。提督さん可哀想、何も言い返せずにじっと耐えているなんて」
満潮「あ…あれは惜しいところで負けて…他の皆が気にしないように…」
鹿島「見て下さい沖波さんと春雨さんの表情。青ざめて泣きそうになっていますよ?自分のせいで大好きな提督さんが叱られていて居心地最悪でしょうね」
満潮「う…あ…」
鹿島「きっと春雨さんも沖波さんも委縮して実力を出せなくなったでしょうね。『もし自分がヘマをしたらまた提督さんが叱られる』って頭をよぎるでしょうから」
満潮「…っ」
満潮にはもう反論する気力すらない。
画面の沖波と春雨の表情を見て自分も同じような顔になろうとしていた。
映像が切り替わり今度は工廠が映し出された。
由良『大丈夫…?』
曙『はい…平気…です…』
曙は遠征帰りに損傷したらしく由良に肩を借りて入渠ドッグへ向かっていた。
同行した雷と電も被弾したようで曙程ではないがあちこち損傷していた。
提督『曙!大丈夫か!?』
曙『…っ!』
提督が帰投した艦娘達のもとへ駆けつけた。
雷『司令官!曙が…』
電『途中で会敵して…その…私達を庇って…』
曙は居心地の悪そうな顔で俯いている。
由良『提督さん、曙さんをお願いします。私は二人を…』
提督『わかった!さ、曙…』
肩を貸していた由良が曙を提督に預けようとした。
曙『触んな!』
提督の差し伸べた手を曙は乱暴に叩いた。
提督『あ、曙…!?』
曙『こっち見んな!このクソ提督!そんなに私の裸が見たいわけ!?』
提督『ち、違う!俺はお前が』
曙『ふん!』
曙はふらつく身体を圧して自力で入渠ドッグへ向かった。
由良『ちょ、ちょっと曙さん!』
提督『曙…』
雷『…』
電『…』
鹿島「本気であなたを心配して来たのに、酷いものですね」
曙「ち、違う…あれはその…」
曙(遠征に失敗して…役に立てないのが悔しくて…でも…クソ提督が来てくれたのが…)
本当は嬉しかったのだが照れくさくなってあのようなそっけない態度を取ってしまった。
映像は続き、見慣れないパーティ会場が映し出された。
霞「あ…」
鹿島「覚えていますか?前の元帥さんが退役するときのパーティ会場です」
パーティに呼ばれたのは提督だけでは無かった。
『秘書艦も同伴させること』と大本営から通達がありパーティには霞が同席した。
霞『何やってんのよ!ナイフとフォークの使い方あれだけ教えたでしょう!』
提督『あ、ああ…』
霞『本当にだらしないわね!もう!』
パーティ会場に霞の大声が響き周りから注目を集めてしまう。
霞は苛立ちながら席を立ってどこかへ行こうとする。
提督『お、おい霞、どこへ…』
霞『お花を摘みによ!』
提督『う…すまない…』
足音に苛立ちを感じさせながら霞は提督を置いてパーティ会場を出て行った。
『なんだあの提督は…あんなガキに良いように言われて…』
『情けない…言い返すこともできんのか…』
『あの鎮守府の程度が知れるな』
『海軍提督の恥晒しめ…』
提督『…』
霞が去ってから他の提督達からの白い目と陰口に提督はただただ俯いて耐えるだけだった。
鹿島「酷いですね、パーティ会場で晒し者にするなんて」
霞「あ、あれは…違…」
鹿島「何が違うんですか?提督さんの顔見て下さい。屈辱的な目に遭わされて本当に辛そうですよ?」
霞「…」
霞(あの日は…パーティ会場に同席させてもらうことが嬉しくて…ドレスが似合ってるって褒めてくれて舞い上がりそうで…だからいつも以上にいつも通りでいられるよう張り切って…)
自分のいないときにあんなことになっていたなんて思いもしなかった。
彼はその後何も言わず隠して感じさせもしなかった。
俯いた霞の目からポロリと涙が机に零れ落ちた。
鹿島「提督さんがどれだけのストレスをあなた達に感じていたかわかりましたか?」
霞「…」
鹿島「提督さんはね、ストレスでもう限界でした。仕事が手につかなくなるくらいに、そして鎮守府に帰りたくなくなるくらいに」
曙「そ…そんな…」
満潮「わ、私達は…本当は…」
鹿島「『本当は提督さんを想っている』とでも言いたいのですか?あれだけ好き勝手にしてそれが伝わっているとでも?」
鹿島の言葉に何も言い返せず悔しそうに、悲しそうに顔を俯かせた。
鹿島「真意の伝わらない暴言は…ただの中傷にしかなりません」
霞『あんたがいなくても問題ないわよ!いちいちこんなことで電話してこないで!』
霞「あ…」
テレビに映ったのは電話で怒鳴っている霞の声だった。
鹿島「提督さんは『自分なんて必要ない』と思わされるくらいに追い詰められていました」
霞「違う…違うの!そんなつもりじゃ…うぅ…ぐすっ…」
耐え切れずに霞は嗚咽を漏らし始める。
曙も満潮も同じように泣いていて悲しく暗い雰囲気が会議室を包み込んでいた。
鹿島「でも…安心して下さい…」
曙「え…?」
鹿島「提督さんは…あなた達を許してくれました」
満潮「ほ…本当…に…?」
鹿島「はいっ」
鹿島の言葉に光明を見出せたかのように3人は顔を上げる。
鹿島の視線は再度テレビに注がれた。
由良『提督さん…あの…横須賀鎮守府からお手紙が…』
テレビには再び執務室が映る。
由良が秘書艦をしていて手紙を提督に渡した。
提督『霞、曙、満潮を異動させて欲しい…か…』
霞「し、司令官…」
由良『提督さん…あの…どうするのですか…?』
曙「お願い…」
提督『そうだな…』
満潮「止めて…止めてくれる…よね…」
画面の向こうの提督は少し考えるような仕草をして…
提督『わかった…正式に異動させよう』
霞「うそ…」
提督『彼女達もそれを望んでいるだろう、向こうで頑張ってるみたいだし』
曙「違う…」
『俺も…あいつらの顔なんて二度と見たくないからな』
満潮「いやああああああああああああああああぁぁぁぁっ!!」
霞「嘘よ!こんなの!うぐっ…あ、あああああぁぁぁ!!」
曙「何言ってんのよ!どうしてよ!違う!違うのよおおお!!」
会議室に3人の絶叫が響き渡った。
テレビに縋り付くようにして提督に向かって叫んでいる。
顔を涙で濡らし苦痛に顔を歪めまるで置き去りにされた子供の様に泣き叫んだ。
鹿島「それじゃあ明日異動の書類とあなた達の私物を持ってきますね」
そんな3人を放り出し鹿島は一人会議室を後にしようとする。
霞「ま…待って!待ちなさいよぉ!」
霞は鹿島の腕を掴み引き止めた。
霞「し、司令官に会わせて!ねえ!お願いよ!私を…私達を帰して!」
鹿島「ダメです、あなた達の異動は決まっています」
曙「謝るから!償うから!何でもするからお願い!」
鹿島「無理です、決定事項です」
鹿島は感情を持たない瞳で見下ろし一切の希望を持たせない。
満潮「何よ!あんた何がしたいのよ!私達をここに連れてきたのも全部あんたの考えたことじゃないの!?司令官に…」
鹿島「…」
満潮「ひっ…」
鹿島の冷たさが一層強くなった睨みに満潮が身を竦めた。
鹿島「私が…何をしたいのか…?」
逆らえない雰囲気で鹿島は3人を睨む。
鹿島「私が大本営から派遣された本当の理由はね」
霞も曙も満潮も何も言うことができない。
鹿島「『抜き打ち監査』のためでは無く…」
視線は一旦テレビに映った提督に向かい
鹿島「提督さんに『必要なもの』を与え」
そして視線は霞と曙、満潮に注がれた。
鹿島「鎮守府にとって『邪魔なもの』を排除するのが私の本当の仕事ですよ」
氷のように冷たい鹿島の視線に3人はただ絶望して沈黙するしかなかった。
鹿島「うふふっ…」
【横須賀鎮守府 廊下】
彼女達の泣き叫ぶ声は廊下まで響いていた。
霞「うぐっあぁぁっわあああああああああぁぁぁ!」
曙「嫌だよぉ!帰りたいっ帰りたいよおおおぉぉ!」
満潮「司令官っしれいかぁぁぁん!!」
今も会議室では3人が泣き叫んでいることだろう。
鹿島(思った以上に重傷でしたね)
私は歩きながら彼女達の提督さんとの出会いを思い出した。
【約1ヶ月前 大本営 宿泊室】
いつまで寝てんのよ!このクズっ!!
提督「うおぉぉ!!」
霞の声が聞こえたような気がしてベッドから飛び起きた。
提督「あ…」
部屋にある時計を見ると時間は午前6時、窓を見ると陽が昇りかけていた。
提督(ここ…大本営だったな…)
昨日大本営に到着してそのまま一泊して今日から定期検診が始まる。
定期検診を受けるのは年に1度で胃カメラやレントゲン撮影、血液検査など全身を一通り診てもらう。
せっかく大本営に来て仕事も忘れゆっくり眠れると思ったのだが…
提督(習慣って怖いな…)
少しでも惰眠を貪ろうとしたら脳内に住む霞の声が聞こえるような気がしてゆっくりと眠ることもできなかった。
検診が始まるまでまだまだ時間がある。
提督(散歩でもするかな、どうせ検診の朝食は摂れないし)
そもそも最近の朝は気持ち悪くって何かを食べる気がしない。
執務中に腹の音が鳴って曙に『だらしないわね!』って叱られたっけ…。
みんなどうしているかな?
大規模作戦も当分無いから忙しい時期ではないがしっかりやれているだろうか。
最近演習の勝率が悪くて満潮がやたらと張り切っていたが無理させていないだろうか。
鎮守府を一日離れただけなのに気になって仕方なかった。
後で電話をしてみようか?
霞がどんな反応するか想像はつくけど…。
提督「っぐ…ぅぐ…」
胃の辺りが急に言いようのない不快感に襲われ軽い吐き気を覚える。
最近こんなことがよく起こりここ2週間くらい朝食をとっていない。
もしかして…
その考えを振り払い俺は時間潰しのために部屋を出て大本営の周りの散歩に出掛けた。
【大本営 医務室】
医者「うーん…ストレス性胃炎かな」
提督「え?」
午前、定期検診で胃カメラをした後、老人の医師にいきなり言われ言葉を失ってしまった。
隣では助手らしき人が頭を抱えている。
その顔は『今言ってはだめでしょう…』と呆れていた。
ストレス…
一瞬あの3人の顔がよぎりかけて頭を振ってそれを否定した。
彼女達は関係ない…!
ずっと…ずっと俺を支えて…
脳裏によぎるのは彼女達の怒り顔。
罵倒の言葉。
彼女達が笑ったのは…
最後に褒められたのはいつだったかな…
そんなことを考えていると強い吐き気に襲われて思わず身体を屈めてしまう。
違う…
違うんだ…
必死にそれを否定しようとしている時点で心の中でそう思っている自分を自覚してしまう。
それが辛くて負の感情の悪循環に陥ろうとしてしまうのが嫌で検診を途中で投げだして宿泊室へ向かった。
部屋に戻り携帯電話を取り出して電話を掛ける。
声が聞きたかった。
自分の中のそれを否定して欲しくて縋るような気持ちだった。
霞『はい、もしもし…』
霞の声だった。
そういえば霞に留守をお願いしてたっけ…。
提督「霞か?俺だ」
霞『何よ?何の用なの?』
浅い溜息と共に面倒臭そうな対応をされた。
その言葉に胸の辺りがじわじわと痛むのがわかる。
提督「いや…留守は大丈夫なのかなと」
霞『あんたがいなくても問題ないわよ!いちいちこんなことで電話してこないで!』
当たり障りの無い話題にしようと思ったがどうやら霞の逆鱗に触れたらしい。
『あんたがいなくても』か…。
俺…必要無いんだろうな…。
提督「…ははっ、問題なさそうでほっとしたよ」
霞『こっちのことは良いからさっさと終わらせてきなさいよ!切るわよ!』
何とか取り繕っているといきなりガチャンッ!と受話器を置く音が耳元で響き、電話が切られたことがわかる。
なんだよ…それ…
自分が何を求めていたかわかる。
少しでもいい、労いの言葉、優しくて暖かい言葉が欲しかった。
こんなものを部下に求めている自分が女々しくて…情けなくて…
提督「っぐ…ぅ…ぅ…っ…」
情けなくて…泣いた。
提督として着任して初めて流した涙だった。
慰める者も
立ち直らせてくれる者もいない独りの宿泊室で
しばらくの間泣き続けた。
その後館内放送で自分の名前が呼ばれた。
どうやら検診を途中で抜けたことが知れたらしい。
すぐに大本営の幹部の部屋に行くようにとのことだった…。
【大本営 幹部の部屋】
提督「しばらく休みをいただけませんか?」
幹部「はぁ?」
俺を呼び出した幹部の部屋を訪れてすぐにこう言った。
半ばヤケクソ気味で投げやりな言い方に幹部は眉を顰める。
彼は海軍提督達の人事等を統括する者で位は自分よりかなり上だ。
隣では彼の秘書艦の駆逐艦・磯風が黙々とメモを取っている。
彼女のようなもの静かな秘書艦だったらどんな感じなのだろうか…
幹部「バカなことを言ってないでさっさと検診に戻れ」
提督「バカなことって…」
全く自分の意見を聞こうとしない幹部に苛立ちを覚える。
もちろん我儘言っているのはこちらでその自覚はあったが今はどうでも良かった。
幹部「子供みたいに拗ねていないで早く戻れ!そんなことだからいつまで経っても…」
霞『そんなことだからいつまで経ってもクズなのよ!』
提督「…」
まるで霞に怒鳴られるような錯覚に陥り胃の辺りにまた吐き気を覚える。
幹部「おい!黙っていないで何とか言ったら…」
満潮『黙ってないで何とか言いなさいよ!!』
幹部「何黙って見て…」
曙『何見てんのよ!こっち見んなって言ってんでしょ!このクソ提督!』
自分の中で…
何かが限界を超えた
座っていた椅子を掴み持ち上げる。
幹部「お…おい…」
霞『いつまでたってもクズなのよ!』
曙『このクソ提督!』
満潮『ウザイのよ!』
雑音が…
喧しい…!
持ち上げた椅子を窓ガラスに向かって思いっ切り振り下ろした。
幹部「うおおおぁぁ!?」
磯風「!?」
ガシャーーーーーンッ!!と大きな音が幹部の部屋に響く。
とても気持ちが良い。
提督「うわははははははははっ!!」
気が付いたら笑っていた。
狂ったように、これまで溜め込んでいたものをぶつけるかのように笑い続けた。
隣の窓ガラスも続けて破壊しまた大きな音が鳴り響く。
幹部は机の上で身体を竦めており磯風は彼を護るように立ちはだかっていた。
提督「はははははは!やってられるかバカやろぉ!!!全部全部壊れてしまえええぇぇ!!」
幹部の部屋の窓ガラスが全部割れるまでそれは続けられた。
警備「何事ですか!?」
提督「わははははははっ!」
ぞろぞろと警備員が部屋に入ってきた。
俺は警備員に向かって近づくと回り込んだ警備員に背中から床に倒し伏せられた。
警備「何だお前は!?何を考えている!?」
提督「うるせえ馬鹿野郎!てめえら全員ぶっ殺してやる!!」
警備「とか言っていますがどうしますか?」
押さえ付けられている俺の後頭部に銃口が向けられた。
提督「撃てええええ!!殺せえええええええええ!!」
ヤケクソになって喚き散らす。
もう、楽にして欲しかった…。
幹部「…放してやれ」
ため息を尽きながら幹部は俺を解放するよう護衛に言った。
護衛「良いのですか?危険では?」
幹部「ガラスを割られただけだ、なんてことはない」
提督「ふーーーっ!ふーーーーっ!!!」
護衛「ですが…」
幹部「大丈夫だ、下がってくれ」
納得がいかない顔のまま護衛達は俺を放しそのまま退室した。
提督「…」
幹部「わかった、わかったからそんな目で睨むな。ちゃんと休みを与えてやるから今日はもう宿泊室で休んでいろ」
提督「…」
その言葉が真実かどうかもうどうでも良くそのまま立ち上がって部屋を出た。
____________________________________
幹部「ああ…全く、こんなに壊して…」
部屋の窓ガラスを全部壊されて幹部は深い溜息をついた。
隣では磯風が箒とちり取りを持って割れたガラスを片付け始めた。
磯風「ここまでされてお咎めなしか?随分と優しいな」
幹部「ん?ああ、あいつの様子に気付けなかった俺もまずかった。たまにいるんだよ、女だらけの職場でストレスを溜め込んでああなってしまう奴がな。それに…」
磯風「それに?」
幹部「ああいう平凡な男も組織には必要なんだよ」
彼のように大きな戦果は挙げられないが安定していて特に問題も起こさない。
組織側にとって『ある程度計算のできる人間』は組織の根元を支える人財といえた。
ましてや艦娘達の提督という難しい職場なら尚更のことである。
磯風「なるほどな」
磯風は納得したようで少し嬉しそうな顔を見せながら掃除を続けた。
幹部「そしてこの手の対策は一応準備してある」
幹部は部屋にある電話を取る。
幹部「俺だ、カウンセラーを一人こちらへ寄こして欲しい」
____________________________________
【大本営 宿泊室】
今自分の心の中にあるものは『やってしまった…』という後悔と『どうにでもなれ』という投げやりな気持ち。
その2つの気持ちが頭の中で駆け巡り自分を苦しめていた。
今日で大本営に来て4日目、みんなには3日で帰るように言って来たのでもしかしたら心配しているのかもしれない。
そう思って机の上に置いている携帯電話に目が行くのだが…。
ふと浮かんだのは執務室で3人に罵倒されている自分の姿
俺の心配なんて…しているわけないか…
その自分の中結論に少し悲しい気持ちになっていると
コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
??「すみません、大本営より派遣された者ですけど」
提督(大本営から…?)
女性の声だった。
ここが海軍の大本営ということなら来たのは艦娘の可能性が高い。
もしかしたら俺に処分を伝えるために寄こした者かも知れない。
自分は既に海軍提督を辞めるつもりでもいたので大人しく彼女を部屋へ迎えた。
彼女は部屋に置いてある椅子に座り俺はベッドに腰を掛ける。
鹿島「初めまして提督さん、私は練習巡洋艦鹿島です。よろしくお願いいたしますっ」
提督「あ、ああ…」
何に対してよろしくなのかわからなかったので曖昧な返事になってしまう。
鹿島「私は提督さんのカウンセラーとして大本営より派遣されました」
提督「カウンセラーだと?」
てっきり処分を伝えるための使いの者だと思っていたのだが違うらしい。
海軍は、大本営は俺を現場へ戻そうと彼女を寄こしたようだ。
提督「せっかく来てくれて悪いが俺は…」
鹿島「『あの鎮守府に帰るつもりはない』」
提督「う…」
言おうと思ったことを先に言われ言葉に詰まってしまう。
鹿島は持って来たカバンから書類を取り出して読み上げる。
鹿島「『どうせ俺なんか居なくたって』『彼女達が居れば大丈夫だろう』『俺なんか必要とされていない』」
提督「…」
鹿島「そして…」
書類を呼んでいた鹿島はいつの間にかこちらを見ていた。
鹿島「『彼女達』とこれ以上顔を合わせたくない」
提督「やめろ!」
鹿島「…」
俺の制止に鹿島は言葉を止める。
提督「あんたに何がわかるって言うんだ!霞は、曙は、満潮は俺をずっと支えてくれたんだ!何もできない親の七光り同然で提督になった俺を育ててくれたのは彼女達だ!!ずっとずっと傍に居ていつも俺を…俺…を…」
鹿島「…」
言葉尻がどんどん重くなる。
言おうとしていることと思っていることに違いが生じている証拠でもあった。
鹿島「彼女達に感謝している。だからこそ…」
提督「え…」
鹿島「だからこそ…提督さんは辛い…ですよね…?」
鹿島は真剣な表情だった。
鹿島「提督さんが一番恐れていること、当ててみましょうか?」
一転、今度は少し悪戯な笑みを浮かべる。
重苦しい雰囲気を払拭させる不思議な魅力があった。
鹿島「提督さんが今、一番恐れているのは『彼女達』では無くて…『このままだとストレスの矛先が彼女達にいってしまうこと』じゃないですか?」
提督「…な!なんで…」
自分の中に隠されていた不安、恐怖を暴かれた気がした。
そうだ…
俺が本当に恐れていたこと
鎮守府に帰りたくない本当の理由…
これまでずっと支えてくれた
霞を
曙を
満潮を
嫌い…
傷つけてしまうこと…
鹿島「提督さん」
気が付いたら鹿島は俺の前に立っていて
優しく抱きしめてくれた
提督「よしてくれ」
鹿島「ずっと…ずっと独りで悩んでいたんですね…」
この優しさに溺れたら
鹿島「我慢して…我慢して…こんなになるまで耐えて…」
全てをさらけ出してしまう
提督「女々しいよな…褒めて欲しい…認めて欲しいなんて…」
鹿島「そうは思いません」
鹿島は首を横に振ったのがわかる。
鹿島「誰だって…同じ欲求を持っています。人も…艦娘も同じ…同じなんですよ、提督さん」
提督「ぐっ…う…ぅぅ…」
我慢できずに涙が零れ
彼女の衣服を濡らしてしまう
鹿島「大丈夫です…提督さん…」
彼女の優しい声に身を任せてしまう
「私が…全てを…救ってあげますからね…」
【鎮守府 正門】
大本営に行ってから10日目、ついに自分の鎮守府へ戻ることとなった。
鹿島が事前に動いて霞、曙、満潮の3人を横須賀鎮守府へ一時的に異動させてくれたらしい。
そのため正門にて自分を迎えてくれたのは彼女達では無かった。
夕雲「おかえりなさい、提督」
電「司令官さんっ、おかえりなさいなのです」
雷「おかえり司令官、ゆっくり休んでね」
春雨「司令官、会いたかったです!おかえりなさい!」
由良「提督さん、おかえりなさい。お仕事は私達が出来る範囲でやっておきましたので提督さんは休んでてくださいね、ね」
艦娘達に笑顔で帰りを出迎えられ自然と自分の顔がほころぶのがわかった。
雷と電が走り寄ってそのまま自分に抱きついて来て夕雲と由良が両手を握って執務室まで連れて行ってくれた。
こうして触れ合うのはいつ以来だろうか…。
霞達にが掛かりっきりだったので他の艦娘達には寂しい想いをさせていたのかも知れない。
【鎮守府内 執務室】
沖波「おかえりなさい司令官!」
清霜「司令官だー!わーい!」
鹿島「うふふっ、清霜さん嬉しそう」
執務室に行くと今度は沖波と清霜と鹿島が迎えてくれた。
彼女達は書類整理をしてくれてたらしい。
鹿島は自分が不在の間この鎮守府の運営を代行してくれていたためか執務室に居たらしい。
沖波「こちらが今日届いた書類、そしてこちらが司令官がいなかった間の書類です。あとこちらは遠征の結果で…」
提督「おお…すごいな…」
沖波の書類のまとめ方はキッチリとしていて非常に見やすかった。
もしかしたらこういうことが得意なのかもしれない。
こんなことならもっと早くに…
清霜「司令官?どうしたの?どこか痛いの?」
提督「あ、ああ…大丈」
鹿島「提督さんはまだ治療を終えてませんから、あまり無理はさせないで下さいね」
提督「お、おい鹿島…!」
清霜に『大丈夫』と言おうとしたのに鹿島はそれを遮った。
沖波「ええ!?ち、治療って…!?」
清霜「司令官どこか悪いの!?大丈夫なの!?」
提督「いや、あの…その…」
本当のことを言うことができずにしどろもどろになってしまった。
鹿島「疲れが溜まっていて大本営で休んでいたのですよ。だから…」
そして助け舟を出してくれたのは鹿島だった。
清霜「うん!わかった!清霜に任せて司令官は休んでいてね!」
沖波「司令官のお仕事は必要最低限までに減らして見せます!」
提督「お…おお…」
沖波と清霜が発奮して増々仕事に意気込んで取り掛かった。
呆気にとられ何も言えずに見ているといつの間にか鹿島が俺の隣に来ていた。
鹿島「後で彼女達をいっぱい褒めてあげて下さいね」
提督「え?」
鹿島「それが彼女達の一番のご褒美ですから」
そうか…
いつも隣で誰かが睨みを利かしていたからまともに褒めてあげられなかったっけ…
清霜や沖波だけじゃない
雷や電、夕雲も由良も春雨も、俺の留守中の鎮守府を守ってくれたみんなをいっぱい褒めてあげよう…!
そう心から誓うのだった。
そして霞、曙、満潮が鎮守府を離れて約1ヶ月が経過した。
その間の艦娘達の戦果、演習成績、遠征結果は目を見張るものがありこれまでとは比べ物にならないほどに高い成果を上げた。
一体どうして…?
ひとつは残った艦娘達のモチベーションの向上。
俺の役に立ちたい、褒められたいという素直な欲求を満たし常に高いモチベーションを維持して普段の仕事をしてくれたかららしい。
もうひとつは鹿島の指導によるものだ。
彼女が率先して仲間達に指示を送り徹底した管理の元に艦隊運営を手伝ってくれた。
その手腕は確かなもので、遠征での効率的な資源確保の仕方、戦いでの個々の能力に見合った作戦などを一緒に考えてくれた。
それを実行に移すことで目に見える結果を出し、艦娘達の自信に繋げ良い循環を作り上げることに成功したのだ。
鎮守府全体が暖かく和やかな雰囲気に包まれ、着任して初めて安らぎを得たような気持ちになり
全てを投げ出して自暴自棄になっていたことなどすっかり忘れかけていた
いたのだが…
どうしても心の奥底にしこりのようなものがある気がして
本当に心から喜ぶことができなかった…
鹿島「提督さん」
不意に鹿島に声を掛けられる。
鹿島「そろそろ本格的に治療を始めましょうか」
提督「え…?」
どういうことなのか
鹿島が何を意図してこのようなことを言ったのか
この時はまだ想像もしていなかった。
____________________________________
【現在 横須賀鎮守府 会議室】
時を現在に戻す。
鹿島が3人に異動を言い渡した次の日、彼女達は改めて会議室に集められた。
去り際に言ったように彼女達の荷物を届け正式に異動の手続きを取るためだ。
鹿島「おはようございます、良く眠れましたか?」
霞「…」
曙「…」
満潮「…」
目の下にハッキリと隈が見える。
全く眠れていないのは明らかだった。
たった1日でここまでゲッソリとするなんて想像以上に重傷だと鹿島は思った。
鹿島「案外『もう提督さんを無理に叱らないで済む』とか思ってたりして」
霞「…っ!」
曙「な…」
満潮「なんで…」
鹿島の挑発とも取れる一言だったが3人は妙な反応を示す。
鹿島「あれ?もしかして当たりでしたか?」
霞「あんたに…」
鹿島「え?
霞「あんたなんかに何がわかるっていうのよ…!私は…私達は…」
何かを言おうとしてもその後が続かない。
霞の顔は徐々に俯き声にも自信が無くなっていく。
鹿島「私は…何ですか?」
霞「…」
曙「わ、私達反省してる…してますから…」
満潮「みんなに…司令官に真剣に謝って…何でもするから…だから…」
黙り込んでしまう霞を助けるように曙と満潮が縋るように鹿島に頼んだ。
しかし…
鹿島「はぁ…」
ため息をついて鹿島は立ち上がる。
鹿島「帰ります」
満潮「え?」
鹿島「少しくらい反省するか素直になっていれば提督さんに取り次ごうと思ったのに…これじゃあダメですね」
そう言って鹿島は3人に背を向けて部屋を出ようとした。
満潮「ま、待ってよ…!」
霞「言う…言うから…」
曙「だから…お願い…します…」
その言葉に鹿島は振り返りニヤリと笑みを浮かべた。
屈辱を感じている暇は無い。
今、3人は鹿島に全てを握られていて彼女に縋るしかないのだ。
3人は少しずつ、提督と出会った頃からのことを話し始めた。
____________________________________
私達3人は同じ時期に着任した。
そして出来たばかりの鎮守府に居たのが彼だった。
最初は本当にだらしなくてダメな提督だと思った。
いや、実際にダメな提督だった。
親の七光りで海軍提督になったらしいけどとても艦隊の指揮を執れるような人には見えなかった。
私達3人は話し合いあることを決めた。
『彼を一人前の提督に育てよう』
それが私達の目標になり
生き残るための命綱になった。
私達の命は提督に握られている。
彼の采配ひとつで私達はあっさりと命を落とすことになる。
基本的には彼に逆らうことは許されない。
命令に従わない者は罰を受けるか最悪解体という名の処刑されることになる。
幸いにも私達の提督はそんなことをする男では無かった。
(運が良かった…)
これなら私達の計画通りに事は運ぶ、そう思えた。
常に誰かが彼に張り付き徹底的に指導した。
時には怒鳴り、時には手を出した。
彼の逆鱗に触れ解体される危険性はもちろんあったがそれも覚悟の上だった。
危険でもやるしかない、それが私達が、艦娘達がこの先を生き残るためなんだから…。
私達は知っている限りの知識を彼に与えた。
艦隊の基礎知識、作戦、臨機応変の指示、覚えるまで何度も何度も教えた。
その結果、彼は成長し作戦のミスな無くなり戦果を上げられるようになった。
嬉しかった…
最初はみんなで喜んだ…
やってきて良かった…
3人で手を取りあい喜びを分かち合い
今後も彼がもっと成長できるよう頑張ろうと改めて誓った
でも…
____________________________________
鹿島「怖くなったんですね?」
霞「…」
ゆっくりと霞は頷いた。
____________________________________
ある日のことだった。
大本営から提督宛に書類が届く。
何かしら…?
霞は提督に渡す前に書類を見る。
いつものことなので提督も特に気にしていなかった。
____________________________________
え…?
書類に書かれていた内容。
『戦果を立て続けに上げている提督への称賛』と…
『今後の昇進と別の鎮守府への異動予定』が書かれていた。
異動…?
いなくなる…?
彼が…?
戦場でも感じたことの無い冷や汗が流れた。
提督「どうかしたか?」
霞「っ!?」
心配そうにこちらに視線を向けている。
霞「な、何でもないわ…」
そう言って書類をそのまま近くにあったシュレッダーへ入れた。
提督「おいぃ!?何やってんだ、それは大本営からの…」
霞「あんたへの誹謗中傷が書かれていただけよ、酷い悪戯だわ」
提督「だが…」
霞「何よ!私の言うことが信じられないとでも言うの!?」
提督「わ、わかった!すまないっ!」
司令官にはそう言い聞かせすぐにその場を離れる。
まずい…
まずいことになった…
私達のしたことが仇となり
無駄に消えようとしていた…
いつものように曙、満潮と3人で集まったとき
そのことを相談した
二人とも青ざめていた
きっと私も同じような顔をしていたのだろう
本来だったら彼の昇進を祝うべきだった
彼の異動を喜んで送り出すべきだった
しかし…
ダメ…
絶対にそんなことはさせない…
もしも、彼の後に来た提督が最低の男だったら?
せっかく私達に訪れた安寧の日々、幸せな毎日が破壊される
そうに決まっている
そして知らず知らずのうちに彼に惹かれていた…
時折見せる笑顔
達成感いっぱいの満足げな表情
ひたむきに艦隊の勉学に勤しむ姿
もっともっとその姿を私に見せてほしかった
だから彼をここに残すのは仕方のないこと
彼をどこにも行かせないのは仕方のないこと
これ以上成長させないのも止む終えないこと
そうだ…
霞「ねえ…曙…満潮…」
私は二人にこう言った
『あのクズはここに居るべきよね?』
曙も満潮も考える時間を必要とせずすぐに頷いた
具体的にどうしようと言ったわけではない
どうするか指示したわけではない
しかし私達3人の奇妙な連帯感は言葉にする必要もなく強まった
____________________________________
鹿島「そうしてあなた達は提督さん閉じ込めた」
3人は黙って俯いている
しかし反論はしなかった
鹿島「提督さんを成長させない鳥籠に」
____________________________________
『何やってんのよこのクズ!』
『クソ提督!しっかりしなさいよ!』
『つまらない作戦立てないでよ!!』
私達の新しい作戦が始まった。
彼をこれ以上成長させないよう徹底的に注意し罵倒した。
褒めるなんてことは絶対にできなくなった。
辛くて仕方なかったけどやるしかなかった
それが私達の、みんなの平穏を続けるためなのだから
仕方ないこと
仕方のないこと
みんなを護るため…
だから…
そう思うことで彼を傷つける現実から目を逸らし
私達は自分の居場所を守るため
日々を過ごしていた…
____________________________________
鹿島「…」
やはりそうか、と鹿島は思った。
彼女達が提督に罵倒を浴びせ辛く当たっていた原因。
表向きは彼を成長させるため、甘やかさないため、愛情の裏返し。
しかし本当に隠されていたものは強烈で歪な形をした依存だった。
最初は純粋にみんなを守るためと行動を起こしたのかも知れない。
しかし彼を囲もうとする行為は徐々に意識と無意識の境界線を自覚させなくしてしまった。
これで良いのか?
これで良い。
私達は間違っていないか?
私達は正しい。
本当にみんなを守るため?
そう、みんなを守るためだから。
いつの間にか自問自答は自己正当化のためのものになっていた。
そうして彼女達は止まれなくなった。
『私達が正しい』
そう言い聞かせて誰の忠告も聞こうとしなかった。
彼女達の裏の裏
自分達で気がつけないほどの歪んだ依存と愛情に辿り着き自覚させた。
霞「もういいでしょ…」
俯いたまま霞が口を開く。
霞「もうわかったから…全部、私達がやったこと…」
提督を縛り付け、仲間達から遠ざけ、艦隊を私的運用していた。
曙も満潮も同じように告白した。
改善できるはずだった遠征を変えずに資源を増やさないようにしていたこと。
演習での勝率が上がらないようにどこかで調整していたこと。
彼女達がどこまで自覚してやっていたのかはわからない。
罪悪感と焦燥感の狭間で無意識的に行動をしていた可能性もあった。
満潮「もう帰って…」
罪を告白し目に涙を溜めている満潮が口を開いた。
満潮「許されることが無いのはわかっているから…」
曙「帰れないこともわかった、もうどうにでもなればいい…」
霞「帰って」
鹿島「…」
投げやりな言い方でこの後はもう何も言っても無駄、鹿島はそう思った。
このまま彼女達を放っておけば3日も持たずに轟沈、自沈しかねない。
ため息をついて鹿島は椅子から立ち上がってドアの方を振り返る。
鹿島「だ、そうですけど。提督さん、どうします?」
え…?
3人が涙に濡れた顔を上げる。
いつの間にかドアは開けられていて
そこには彼女達が求めていた提督の姿があった。
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霞「い…今の話…」
提督「全部聞いてたよ」
曙「そんな…」
満潮「嘘…」
一番聞かれたくない人に一番聞かれたくないことを知られてしまった。
彼を閉じ込め自分達の手に届く場所に置こうなどという自分勝手すぎる行為を誰が許すというのか。
提督「…」
提督はゆっくりと彼女達に近づく。
3人はギュッと目を閉じて身体を震わせた。
怖くて何をされるのかわからない。
もしかしたらキツイ制裁を受けるのかも知れない。
でも仕方ない、そうしてしまったのは自分達なのだから…。
怖くとも罪を受け入れようとしていた3人を
提督「すまなかった」
提督はギュッと優しく抱きしめた。
霞「え…?」
曙「な…」
満潮「何で…?」
3人には提督が何をしているのか、何を言っているのか理解できなかった。
私達は彼に制裁を受けるはずだ。
それなのにどうして優しく抱きしめられているの?
提督「君達に依存していたのは…君達を苦しめていたのは…」
提督の声色には後悔が見えていた。
提督「俺の方だったんだよ…」
遡ること2日前…
【鎮守府内 執務室】
鹿島「そろそろ本格的に治療を始めましょうか」
提督「え…?」
どういうことなのか?
治療…?
鹿島「提督さん、何を気にしているのですか?」
提督「何って…」
一瞬胸がドキリと高鳴る。
鹿島「気になりますか?霞さん、曙さん、満潮さんのことが」
鹿島には全てお見通しなのかもしれない。
元々隠し事の通じる相手では無かったんだ…。
そう観念してゆっくりと頷いた。
鹿島「でも彼女達との関係を断ち切って頂きます」
提督「何?」
鹿島「ちょうど良いので由良さんには相方をやっていただきましょうか」
由良「はい?」
鹿島は手に持っていたプリントを俺と由良に渡す。
鹿島「今からここに書かれた通りのことをやっていただきますね」
そこに書かれていた内容とは…
由良「なっ…!」
提督「何だよこれ…!」
霞、曙、満潮の3人を異動させるというやり取りを撮影。
それを彼女達に見せるというものだった。
その中には
『俺も…あいつらの顔なんて二度と見たくないからな』
と言うように書かれていた。
提督「無理…だ…」
由良「提督さん…」
提督「嘘でもこんなこと言えっこない…言いたくない…」
鹿島「…」
これまで自分を支え貢献してきた3人にこんなことを伝えるのは躊躇われた。
例え俺のことを嫌っていてもこんなこと言われたら誰だって傷つくに決まっている。
鹿島「なぜですか?」
提督「なぜって…」
鹿島は突き放すような言い方だった。
鹿島「提督さんのストレスの原因は彼女達のはずですよね?この期に及んでどうして庇うのですか?」
提督「それは…彼女達を傷つけたくなくて…」
鹿島「それは表向きの理由ですよね?」
再びドクンと胸が高鳴った。
見透かされている…
俺の本心を…
鹿島「彼女達が嫌いになったりうっとおしいと感じたのならさっさと異動させることができたはずです。最悪解体なんてことも可能ですよね?」
提督「…」
鹿島「なぜ…それをせずに彼女達を近くに置き続けたのですか?」
観念したようにうなだれて俺は告白することにした。
提督「本当…は…」
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提督「俺は…お前達を逃げ場にしていたんだよ」
霞「え…?」
曙「それって…」
満潮「どういういこと?」
3人を抱きしめたまま懺悔するかのように言葉を絞り出す。
____________________________________
提督が彼女達の指導を受け、一人前の海軍提督に近づいていたある日のことだった。
安全な海域の遠征に出たはずの部隊が運悪く深海棲艦と会敵し酷い損傷を受けて帰ってきた。
手が震えた、声が出なかった、背筋が凍り動けなくなった。
そして自覚させられた。彼女達は危険な海に出ていて、命を落とす危険と常に隣り合わせだと言うことを。
彼女達の命を握っているのは自分の采配でそれを強く認識させられた。
怖い…
大事な艦娘を、自分を支えてくれる仲間達を喪う恐怖。
彼はそれを割り切れるほど非情でも強くも無く、そして甘く優しすぎた。
『何をやっているのよ!そんなのだからいつまで経ってクズなのよ!!』
『私に十分感謝しなさいこのクソ提督!』
『つまらない作戦を立てないでよね!ふんっ!』
そうだ。
自分は彼女達に教わり育ててもらった。
彼女達の教えに間違いはない…
たとえ誰かが沈んだとして
それは教わったことをしていただけで
自分のせいじゃない…
そんな卑怯な逃げ場を
心の拠り所を作ってしまい
3人に対しての歪な依存関係を作ってしまったのだった。
____________________________________
提督「すまなかった…俺が君達を逃げ場にしてしまって何も変えず、拒絶もできず君達を苦しめ続けてしまった。本当にすまなかった」
霞「司令官…」
曙「私達も…」
満潮「ごめんなさい…」
見捨てられたわけでも嫌われたわけでも無かった。
3人はそれが確認できただけでも心の底から嬉しくなり抱きしめてくれる司令官に身を寄せた。
提督「君達さえ良ければ帰ってきてくれないか?また一緒に」
霞「…」
曙「…」
満潮「…」
3人は提督の胸の中で顔を俯かせる。
霞「無理…よ…」
提督「どうして?」
喜んで戻るものかと思われたが彼女達の反応は暗いものだった。
曙「ずっと私達が提督を独占して…みんなから提督を奪っていたから…」
彼女達の脳裏によぎるのは先日鹿島が見せた彼女達が不在の鎮守府の様子。
満潮「みんな私達に戻ってきてほしいなんて思ってない…嫌われても当然のことをしてきたから…」
帰りたいけど…
戻ることはできない…
その2つの想いが彼女達を苦しめ始めた。
鹿島「嫌われている?」
そんな暗い空気の中で黙って見ていた鹿島が口を開く。
鹿島「私、そんなこと言ってませんけど?」
霞「え…?」
曙「嘘…」
提督「嘘じゃないさ」
抱きしめたまま提督もそれに続く。
提督「3人に戻ってきてもらうように背中を押してくれたのは彼女達だったんだよ」
満潮「それって…?」
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『3人を突き放すような映像を見せる』
『今の歪な依存関係を一度完全に断ち切る』
鹿島のその提案に答えを出すことができずにいた。
由良「提督さん…」
隣に控えていた由良が口を開いた。
由良「みんなを…助けて下さい」
提督「助ける…?」
頭を下げてお願いをする由良にどういうことかと彼女を見る。
鹿島「みなさーん、そろそろ入ってきて下さい」
そんな俺達をよそに鹿島はドアに向かって声を掛けた。
提督「みんな…」
執務室に入って来たのは夕雲、雷、電、沖波、清霜、春雨の鎮守府のメンバー全員だった。
鹿島「少し前に皆さんと一対一で面談をしました」
鹿島は視線をこちらに向ける。
その目は先程までの突き刺さるような厳しいものでは無くとても優しいものだった。
鹿島「霞さん、曙さん、満潮さんに帰ってきてほしいという意見はみなさん一緒でした」
そして嬉しそうに声を明るくさせた。
どうして…?
最近のいきいきとしていた夕雲達の姿が思い浮かぶ。
てっきり彼女達は霞達がいなくなって内心喜んでいるのだろうと思っていたが…。
電「司令官さん」
最初に口を開いたのは電だった。
電「覚えていますか…まだ鎮守府の人数が少なかったことのこと…」
電は初期艦で俺にとっては一番付き合いの長い艦娘だ。
霞達が台頭してきてからは秘書艦を譲り裏方に徹していた。
電「最初はみんな喜んでいたのです…遠征が成功したとき、演習で勝ったとき、海域の平和を取り戻したとき…毎回お祝いパーティをしたのです」
懐かしい情景が思い浮かぶ。
雷「覚えてる?あの頃は霞も曙も満潮も笑顔で祝っていたのよ?」
当時を知る雷が電に続いた。
彼女達の笑顔…思い出すことができない。
俺が今思い出せるのは彼女達の…
夕雲「ある日を境に祝うことって無くなったわよね…」
いつからだろう、どれだけ結果を残しても作戦に成功しても祝われることも褒められることも無くなったのは。
沖波「霞さんも曙さんも満潮さんもいっぱい仕事を抱えて私達に手伝わせてくれなくて…」
清霜「どれだけ大変でも危険でも常に先頭を走ってたんだよ、もう心配で心配で…傷ついてもやっぱり変わろうとしないし…」
今、思い出せるのは彼女達の怒った顔、呆れた顔…
春雨「司令官…霞さん達はね、いつも司令官を怒ったりした後はね…」
そして
春雨「泣くのを堪えているような、辛そうな顔をしていたんですよ?」
思い出されるのは彼女達の辛そうな横顔だった。
由良「提督さん」
いつの間にか目の前にいた由良に手を握られていた。
由良「私達では彼女達を止めることも変えることもできませんでした」
由良は後悔を含んだ顔をしている。
由良「思いっ切り彼女達に踏み込んで現状を変える勇気も無かったんです…」
縋るような助けを求めるような雰囲気だった。
由良だけじゃない、周りの艦娘達も同じだった。
由良「提督さん…」
雷「霞達を…」
電「助けてあげて欲しいのです…」
現在の関係を一度完全に断ち切り
新たなるスタートを切る決意をするのに
彼女達の優しく強い後押しは心強い味方となった
提督「鹿島」
鹿島「はい」
隣で静かに聞いていた鹿島に声を掛けた。
____________________________________
そうして作られたのがあの映像だったのだ。
提督「帰ろう…みんなも待っている」
霞「いいの…?」
提督「ああ」
曙「本当に…?」
提督「もちろんだ」
満潮「うぐっ…ぇっ…うわあああぁぁぁぁぁ…!」
満潮に続き霞、曙も提督の胸で泣き始めた。
提督「帰ろう、俺達の鎮守府へ」
その様子を少し離れた位置から鹿島は優しい瞳で見守っていた。
【数ヶ月後 鎮守府内 執務室】
霞「何やってんのよ!この書類の漢字間違ってるじゃない!」
いつもの怒号が執務室に響いていた。
提督「す、すまん…」
霞「全く、いつまで経ってもこれなんだから…」
しかし怒った霞だが以前と違い余裕のある表情も見える。
夕雲「ただいま戻りました」
清霜「ただいましれいかーん!」
沖波「今日も大成功ですっ」
そこへ遠征部隊が戻ってきた。
曙「大戦果よ!私達に十分感謝しなさいっ!」
誇らしげに曙が胸を張って帰ってきた。
提督「ああ。感謝してるよ」
曙「ちょっと!人前で頭撫でるなこのクソ提督!」
恥ずかしそうにしているがその手を跳ね除けない曙に執務室が優しい雰囲気に包まれる。
清霜「しれいかーん!私も褒めて褒めて!」
沖波「あの…私も…」
それに続き2人も同じように撫でてやる。
和気藹々としたこの執務室が今の日常だった。
夕雲「霞さん今日も厳しいみたいですね、ドアの外まで声が聞こえていましたよ?」
霞「しょ、しょうがないじゃない。こいつがしっかりしないから」
夕雲「いいのいいの、この調子で頑張って」
霞「へ?」
どういうことか霞には意図が掴めない。
夕雲「明日の秘書艦は私、今日霞さんが叱った分たーくさん提督を甘えさせてあげますからね」
霞「なっ!?」
提督「それは楽しみだな」
霞「あ、あんたまでぇ!」
夕雲「うふふっ」
現在の秘書艦は日替わり制となっている。
この鎮守府に務める全艦娘が一日交代となっていた。
霞「わ、私だって甘えさせるくらい…」
夕雲「できますか?」
霞「…」
霞は顔を真っ赤にして提督に近づく。
提督「お?」
そして提督の頭を優しく撫でた。
清霜「あっはははは。何それっ」
夕雲「甘えさせるというには…」
霞「わ、笑うんじゃないわよ!」
霞にとってこれが最大限の甘えさせる行為だったらしい。
満潮「何やってんのよ…」
霞「でぇあああああ!!?」
いきなり満潮に声を掛けられて霞は横に跳び上がった。
春雨「司令官、ただいま戻りました」
雷「戻ったわよ」
電「今日も演習大勝利です!これで11連勝なのです!」
嬉しそうに春雨と雷、電が帰ってくる。
提督「由良、旗艦お疲れ様」
由良「いえ…でも勝てて良かったです。みなさんを褒めてあげてね、ね」
旗艦を務めた由良が嬉しそうに顔を綻ばせた。
清霜「それで…霞が提督を甘えさせようと…」
満潮「へぇ~…」
霞「な、何よ…」
清霜が満潮に何があったのか説明をしていた。
満潮「何も無理にこんなことしなくてもいいじゃないの。それにこんな甘えさせたら司令官が付け上がって…」
春雨「とか何とか言ってますけど満潮さん昨日の夜に…」
満潮「っちょ!?春雨!?」
雷「夜にどうしたの?」
春雨「提督が夜遅くまで執務をしていたから差し入れしようとしたんだけど…満潮さんが先に…」
曙「ふーん…満潮が…ねえ…」
満潮「こらぁぁぁぁっ!」
またしても執務室が笑いに包まれる。
この優しい雰囲気をもたらしてくれた彼女にお礼を…
提督(鹿島…?)
いつの間にか彼女は姿を消していた。
なんとなく、何かの予感に突き動かされる様に机の引き出しを開けると彼女の残した手紙を見つける。
その手紙には一言
『またお会いしましょう、今度はみなさんの笑顔と一緒に』
それだけが書かれていた。
____________________________________
【鎮守府外 正門】
私は執務室のある方を見る。
きっと今もあの中は優しい笑顔で満たされていることだろう。
私はこの鎮守府の『邪魔なもの』を排除し『必要なもの』を与えるために派遣された。
この鎮守府にとっての『邪魔なもの』
素直になれない心
甘えや閉じ込めといった歪な依存関係
踏み込めない勇気
そしてこの鎮守府にとって『必要なもの』
本心を打ち明ける勇気
これまでの全てを投げ捨てる覚悟
遠慮しない関係
これらを排除し与えることでこの鎮守府はこれからも成長できるはずだ。
このまま歪なままの依存関係を続けていたらいずれ大きな悲劇を招くところだった。
それを提督さんはストレス性胃炎という形で最初に警鐘を鳴らしサインを出した。
それをきっかけに霞さん達3人には『最悪の結果』を現実にさせて一度関係を断ち切らせ
提督さんには自分を押しとどめていた甘えを自覚し捨てさせて
仲間達には自分達が何もできず彼女達を助けることができなかったことを告白させた
いきなり大きく変わることはできない。
いずれ想定外の悲劇を招くかもしれない。
でもみんなで支え合い助け合い、提督さんが前を向き皆を引っ張ることで乗り越えられるはずだ。
鹿島「ミッションコンプリートですね、うふふっ」
私は軽い足取りで
次の依頼があった鎮守府へ歩き始めた。
END
もし動画にして転載する際には一言書いてね
とうとう、この鎮守府にも
ストレスチェックが導入されましたか。
他人事とは思えない。
よほど、この提督はストレスが
溜まっていたと思います…。
頑張って下さい作者様。
まあ、やってる事は正しい事でも普段の非常識な言動が目立つからねぇ…そう捉えられてもおかしくないわな。
コメントありがとうございます
>>1
女性だけの職場とかストレス半端ないですからね。
私も他人事とは思えません。
頑張って書き続けますね。
>>2
本人達は正しいと思っていても言動があれでは…ということですね。
コメントありがとうございます
>>1
女性だけの職場とかストレス半端ないですからね。
私も他人事とは思えません。
頑張って書き続けますね。
>>2
本人達は正しいと思っていても言動があれでは…ということですね。
いやはや、霞を良く思わない自分としてはスカッとしますね。
何もしていないのにクズ呼ばわりは誰だって嫌な気分になるのを解っていないですからね、このガキは・・・
若い頃、陸上自衛隊に居たけど
この三人の様な口調の隊員など
居なかった。
即体罰モノだったから。
現実は厳しいね…
コメントありがとうございます
>>5
クズ呼ばわりされて喜ぶ奴なんていませんからね
傷つく以外の想像はできません。
>>6
リアル上官に対してそんな口を利いたら…(´Д⊂ヽ
そりゃ目も当てられない結果しか待ってませんよね
もしかして:この三人のプレッシャーのせいで戦果が伸びなかった。
だとしたら大失態ですよ…優秀なだけでは運営できないのに…提督に対する言葉遣いも態度も大失態以前に解体されるものなのに…よく解体されなかったのかが不思議。移籍なんてとても優しい温情です
よくこれまで解体されませんでしたね。
この提督さんはよく耐えたと思います。(自分は絶対無理です)
霞たちは自分たちが正しいという独善のもとでやっていたんでしょうが、
結果的には鎮守府のボトルネックそのものになってますね。
個人の能力が幾ら優秀でも、周囲に与えるストレスが酷いと、「結果的に作業効率や成果が平均以下になる」からなぁ・・・。
それに、頑張り方が完全に間違ってる。自主的に休暇を返上して秘書艦独占(曙)とか、上官に発破を掛けようとして上官を罵倒(霞)とか、訓練で疲弊した連中に更なる訓練(満潮)とか。
これ、やり過ぎて模範的な悪循環に陥ってるじゃないか・・・。
コメントありがとうございます
>>8
移籍は温情であり最適な環境への異動ですからこれで良かったのです。
彼女達は嫌がるでしょうが…
>>9
正しい行為と思って歯止めがきかなかった、止める者がいないのがある意味不幸だったのかもしれません
>>10
会社組織と同じで負の悪循環に陥ると中々元に戻せません
誰かが止めてくれないと永遠にこのままです。
まー自業自得とはこの事ですな。真意の伝わらない暴言と言動は、人を殺せますからねぇ。これで自殺してしまったら、どう責任取るのやら。唯一の救いは、この提督が自殺まで追い込まれ無かったことかな。鹿島は正しい事をしてたんだから、逆切れするのはお門違い。移籍先の提督はかなり厳しそうだしハートマン軍曹みたいだから、沢山罵倒されまくって、今までしてきた事を反省しないとね。曙、お前はクソで霞はクズで満潮はモラハラ野郎だよ。私もこの三人は大嫌いなのでスッキリしました。なーにが裏提督LOVE勢だか。提督アンチ勢の間違いだろ
つまり最初から春雨ちゃんや由良さんを主体にした鎮守府に
すれば良かったんや!と思ったけど凄くユルくなりそう。もう毎日
おままごとやお料理教室やるレベルで
あ、解った。
この3人、実は深海棲艦の手先でサボタージュしてるんだな!
サボタージュ(sabotage)
日本では「怠ける事」という意味合いで使われる事が多いが、実はれっきとした軍事作戦行動の一つ。生産拠点で生産数を減らしたり作戦部隊の士気を下げたり、「戦闘行為を行なわずに敵を弱体化させる」目的で行われる。当然、味方に対して行ったら厳罰・・・というか、明確な裏切りなので敵の諜報員扱いされて処刑されたりする。
曙がこの状況でもクソ呼びをしていた時点で、もうお察しですわ。人の心配を「素っ気ない」「素直になれなかったから」とこのクソ態度で跳ね返してましたしねー。戻ってこれたとしても、「無いもの」として扱うのは間違いなし。寧ろ、雑用係にされるかも。提督ヘイト勢に自らなってしまったんだし、受け入れないとね。
霞嫁の自分は霞が嫌いという趣旨のコメを見て激昂しかけましたが…
〜頭冷やし〜
もし、自分がこの提督の立場だったらと考えると耐え難いことですね…
解体をせずにずっと耐えてきた提督さんは尊敬ものです
まぁ、三人衆がいなくなったことによって鎮守府全体のモチベーションが上がったことは良いことだと思います。
三人はかわいそうだけど、自分たちが提督を追い詰めていたことは反省しないとね…
「真意の伝わらない暴言は中傷になる」か
鹿島先生いいこと言うな〜…
この三人は戻って来ても、相当な冷遇を受けますね〜。逆切れしても全員にバッシングされるだけだし
提督の方がダメなんだよなぁ
部下、しかも小さい女の子の暴言に対してただ萎縮してどうする
「興奮した」というなら分からなくもないが
お互いきちんと話をしてればここまで拗れなかったかもね
糖分過多になってたところ、程よい毒を感じたので一気読みさせてもらったゾ~^
ええ作品やこれは…
コメントありがとうございます
>>18
もちろん提督もダメですね。
それなりの理由はあります(書き上げるとは言ってない
>>19
話し合う土台すら準備しない、目を背けた結果がこちらです
>>20
塩分たくさん用意しておきますのでまた来てください!
このコメントは削除されました
このコメントは削除されました
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そもそも可愛くても俺だったら秘書艦どころか10分でも会話したくないレベルのキャラなんだよなぁ。「言葉の真意を理解して欲しい」なんぞ甘えにすぎねーんだよ
色々と重なったとはいえ実質三人に鎮守府を乗っ取られていたようなものだし、この提督も部下の管理能力を疑われても仕方が無いんじゃなかろうか
それに、口どころか手癖の悪いのとかガラ悪いのとかアルハラらしてきそうな奴とかまだいるのにやっていけんのこの提督
ここまで書いていてなんですが改めて鎮守府って魑魅魍魎が跋扈する人外魔境ですなぁ、正気じゃやっていけませんか
面白いです!次回作楽しみにしています
自分もこの3人のような「言葉にする」というのが、出来ない人間なので、とてもいい教訓になりました。
お疲れ様でした、次回作も期待しています
口悪3人組がメイン、バッドエンドの話かと思って読み進めていたらまさかの綺麗な終わり方。鹿島も暗黒キャラかと思ったら普通にいい味を出していて控えめにいって最高でした!
ただ復讐して鬱エンドになるかとおもったら
ハッピーエンドにするとは
…すごくよかったです!!
次の作品も楽しく読ませてもらってます!
正直、徹底的に救いのない鬱エンドの方がよかったかも
こいつらに限らず一部の艦娘は本当に性格が悪くて、こんな奴らが好きな提督って相当歪んでるんじゃないのかと引くレベル
まともな人間が暴言吐くような屑を好きになる訳がない
しかもこいつら、提督に許してもらった後でも反省してないし、頭の中身が猿レベルなのかと
鹿島にはもっと追い詰めてほしかったなあ
このコメント欄でもクソガキ3人を擁護して提督を叩く救いようのない低脳のキモオタ共が沸いてて心底引いた
どうせこの手のキモオタは暴言吐くキャラがブスだったり男だとしたら親の仇のように批判する頭終わってる連中だし
やっぱり暴力系や暴言系のクソ女共にのめり込むようなのはロクな奴がいないと再確認した
あ、作者様はお疲れ様です。ハッピーエンドは少し残念でしたがSSは面白かったです
なんか鹿島イラッときたな