2019-09-16 19:44:08 更新

概要

艦娘と海軍に全てを奪われた男の復讐物語。


前書き

本作に登場しないもの

艦娘への愛・優しさ・人権・ハッピーエンド

作者は善人主人公を書くのに飽きたらしいです。




【作中唯一のオリジナルキャラ】


《白友提督》

名前の通りホワイト鎮守府を運営する友人提督
彼には嫌われている







海軍の訓練校では艦娘についてこう教えられた。







『艦娘の同士の絆は強い、姉妹艦同士の絆は特に強い』




『精神的に強い者がいるが反対に弱い者もいる』




『艦娘はモチベーションを高めることでより一層励み、高い成果を上げる』




『艦娘も年頃の少女と変わらない者が多いことを忘れないように』と。




つまりこういうことか。



絆が強いなら姉妹艦の人質を取ることで従わせることが可能。



精神的に弱い者はその弱みに付け込み、強い者は煽てて働かせる。



モチベーションを上げるためには高いエサを与えればいい。



年頃の少女なら少し身体を張ってやればあっさりと靡く。



こんなところか。





海軍が艦娘を利用し続ける理由がわかったよ。

こんなに扱いやすい兵器は無いのだからな。




俺も利用させてもらうとしよう。






海軍に…艦娘に俺の家族を皆殺しにされた復讐のためにな…








俺達は訓練校を修了して最初の鎮守府へと向かう。




海軍提督見習いである俺の最初の仕事



それは落ちこぼれた艦娘、最上型ネームシップ、最上の指導だった。






プロローグ 傷だらけの鳳





【鎮守府内 執務室】




提督「今日からよろしくお願い致します」



敬礼を解いて俺は上官に頭を下げる。



上官「こちらは作戦海域攻略で忙しい、俺の邪魔をせんように勝手にやっておれ」


提督「はい、それでは失礼致します」



海軍提督見習いである俺はこの上官の下で艦娘達の指導をすることになった。

彼は作戦海域の攻略で忙しいらしく俺に構っている時間も勿体無いと言わんばかりに追い払った。


事前に彼のことを探ってみたが、どうやら他の提督達と比べ攻略が遅れているらしい。

それは彼の隠しきれない苛立った態度から見て取ることができた。



提督(邪魔はしないさ、その代わり好き放題させてもらおう)



内心ほくそ笑んで上官の下を離れ艦娘達が待つ工廠へと向かった。




【鎮守府内 工廠】



俺が工廠へ行くと既に艦娘達が集まっていた。



提督「よし、揃っているな。それでは自己紹介をしてくれ」


集まっている艦娘は4人。

重巡級が2人と駆逐艦が2人だ。



三隈「航空巡洋艦、三隈ですわ。提督、宜しくお願い致します」



やや大人しいタイプの艦娘だ。

彼女みたいなタイプは姉妹関係で脅してやると扱いやすいかも知れない。



朝雲「朝潮型駆逐艦五番艦、朝雲よ」



こちらはしっかり者のようだ。

しっかり者というのは褒めて従わせるのが一番やりやすい。


しっかりしているというのは褒められ続けたい、認められたいという欲求の裏返しでもあるからな。



山雲「朝潮型駆逐艦六番艦の山雲です~」



こういう掴みどころのない奴が一番苦手だ。何を考えているのか読みづらい。

事前に見た資料では姉の朝雲にベッタリらしい。


その点を上手くつけば扱うことができるだろうか。





さて、本来なら並んでいる巡に挨拶をするはずが、三隈が気を遣って最初に自己紹介をした。



誰に気を遣っているのかというと…



提督「お前は?」


最上「…」


三隈「も、最上さん…」



三隈が彼女の袖を掴んで言い聞かせてようやく顔を上げた。


しかしこちらを見ようとはせず不貞腐れた態度のままだ。



最上「航空巡洋艦…最上です…」


提督「…」




こいつか、例の落ちこぼれた奴は。



訓練受け直しを言い渡されてさぞ不服なのだろう、その態度を隠そうとしていない。




最上の資料を事前に見てここに送られた原因をいくつか確認しておいた。



彼女はここのところ出撃時立て続けに大破し撤退の原因になっていた。

その後、どれだけ訓練、演習をこなしても改善されることが無く、艦隊から外されてしまった。

それが気に入らなかったのか、最上は無断で艦隊に同行し、提督の許可なく出撃したらしい。


上がらない戦果と命令違反によって最上はここへ送られることとなったのだ。




最上は一体何に焦っているのか?


資料には近々行われる大規模作戦『レイテ沖海戦』のことが絡んでいると書かれていた。




しかし本当の原因は他にあるだろう。



提督「不服か?こんなところに送られて」


最上「…っ!」



俺の上から目線の物言いに最上は反発して睨んでくる。



本来優しくて従順な艦娘と資料には書かれていたが、今の彼女からはそんな姿は見る影もない。






これは一度痛い目に遭わせた方が良さそうだな。





提督「そんなに現場復帰したければさせてやろうか」


最上「ほ、本当!?」


提督「ああ。これから行う試験に合格できればな、さっそくだがいけるか?」


最上「う、うん!僕がんばるよ!」



不貞腐れていた最上は一転して明るい顔に変わる。


隣の三隈や朝雲、山雲は少し複雑そうにしながらも最上を後押しするよう笑顔を見せていた。





笑っていられるのも今のうちだ



お前達は最初の実験台なのだからな





_____________________




【鎮守府内 祥鳳の部屋】



ここは上官の囮機動部隊に所属する軽空母隊長、祥鳳の部屋。


彼女は何かの資料を作るため机に座り資料をジッと見ていた。



そこへドアがコンコンと鳴らされる。




瑞鳳「し、失礼します」


祥鳳「なに?」


瑞鳳「あ…あの…資料を…」


祥鳳「そこ、置いて」


瑞鳳「うん…」




祥鳳の突き放すような言い方に瑞鳳が顔を俯かせる。




瑞鳳「あ…あの…お姉ちゃん…?」


祥鳳「瑞鳳」


瑞鳳「ひっ…」



祥鳳の突き放すような言い方に瑞鳳が身を怯ませる。



祥鳳「私はあなたの姉妹艦でも姉でも何でもないって言ってるでしょう。いい加減にして」


瑞鳳「ご…ごめんなさい…」


祥鳳「用が済んだら出てって」


瑞鳳「…うん」



泣きそうな瑞鳳に対し祥鳳はどこまでも冷たい。


しばらく無言で立っていた瑞鳳は静かに部屋を後にした。





祥鳳「ごめんね…」





瑞鳳が去った後、祥鳳の寂しそうに小声でドアに向かって話した。


その寂しい気持ちを振り払うように頭を振って再び机に向かった。





_________



【鎮守府内 司令部施設】



最上『作戦エリアに到達!敵軽巡と駆逐艦を発見!攻撃開始するよ!』


三隈『最上さん!あまり先行しないで、危険です!』



司令部施設に通信機越しの声が響く。


最上からは焦りの感情が隠しきれておらず精神的に不安定なのが手に取るようにわかった。









現在海上で戦っているのは最上と三隈だ。



朝雲「ねえ司令、どうして私と山雲は待機なの?」


山雲「てっきり随伴するように言われると思ったのだけど~」


提督「ふむ」



駆逐艦の二人は俺の傍で控えさせている。




提督「最上のための試験だからな。随伴艦無しに戦わせた方が最上も実力を発揮しやすいと思ってな」


朝雲「そうなの?」


提督「だが何かあった場合は出てもらうぞ、心積もりはしておいてくれ」


朝雲「わかったわ」




朝雲の質問に真面目に答えてやると彼女は納得したようでしっかりとした返事を返してきた。



やはりこういう真面目なタイプは扱いやすい。

今後もしっかりと対応して俺の言うことを聞きやすいように誘導してやろう。







最上『くッ…外した…!追撃するよ!』


三隈『最上さん、無理しないで!』



どうやら水上攻撃機が標的を外したらしく最上が悔しそうな声を漏らす。



山雲「またですね~」


提督「また?」


山雲「一時期から最上さんの水上攻撃機って当たらなくなったんですよね~」


朝雲「前は自在に操っていたのに…本当どうしたのかなぁ…」




攻撃機の操作はかなり難しいらしい。

精神的に不安定だとまず言うことを聞かなくなるだとか…。



最上『うぐっ…!!』


三隈『最上さん!?』




どうやら被弾したらしい。


航空巡洋艦である最上が軽巡や駆逐程度の被弾では大した損傷にはならないだろうが…




提督「朝雲、山雲、二人の座標はわかるな?」


朝雲「え?ええ」


山雲「大丈夫です~」


提督「二人を撤退させる。迎えに行ってくれ、通信機を忘れるなよ」


朝雲「え?もう?」


提督「ああ。これ以上は危険だ。試験も中止する」



俺は真剣な顔を取り繕う。

今の朝雲には俺がまるで心の底から最上を心配しているように見えるだろう。



朝雲「わかったわ!山雲、行くわよ!」


山雲「は~い」




何も疑うことも無く朝雲と山雲は最上達の場所へと向かった。





提督「最上、試験は中止だ。戻って来い」


最上『え!?何言ってるんだよ提督!こんな傷大したことないじゃないか!』




『中止』と言ってやると最上は焦りと苛立ちの返事を投げかけてきた。





本当…今のお前の思っていることは手に取るようにわかるよ。



内心ほくそ笑んでいたがそれを出さないよう気を付ける。




提督「命令だ最上、今のお前にはこれ以上何もさせられない。時間の無駄だ、早く戻れ」


最上『そんなの…そんなのやってみなければわからないじゃないか!!』


三隈『あ!最上さん!』


提督「最上!!どこへ行く!!」





予想通り最上が暴走を始めた。


全てが俺の思惑通りに運びおかしくて仕方なかった。



追い詰められた場合は人間も艦娘も考えることがとても分かりやすく読みやすい。






なあ最上、どうして朝雲と山雲を一旦ここに置いていたと思う?



お前が暴走しやすいようにしたからだ。


随伴であり、お前よりも力のない駆逐艦が傍に居たらお前は簡単には暴走しないだろう?




心を許しているであろう妹の三隈の前なら遠慮なく我を忘れてくれるだろうと思ったんだ。





そして…





三隈『最上さん!危ない!きゃああああっ!!!』


最上『み、三隈ぁ!!』




お前を助けようと妹の三隈は必ず身体を張るだろう。




案の定、いつの間にか接近していた敵重巡の砲撃を三隈はまともに喰らって被害を受けた。




今最上たちのいる海域では深海棲艦の重巡が出ることは調べ済みだ。

普段通りの最上と三隈なら砲撃一発で撃沈できる程度の相手だから苦戦しないだろうが、今の最上の精神状態ではそれも叶わない。



まあ、朝雲と山雲が合流するだろうから問題にはならないだろう。






最上『く…このぉ!なんで…なんで当たらないんだよおぉっ!!』




声だけでわかる。


フォームもバラバラでまともに照準を合わせることもできずに砲撃を繰り返しているのがわかる。




どうだ最上?


お前の勝手な行動のせいで妹の三隈は傷つき


試験には不合格で現場復帰は増々遠のいたぞ?





提督「くくっ…あははっ」





俺の掌で面白いように踊る最上が哀れで笑いが漏れてしまった。







心配するな。



必ずお前を立ち直らせて現場復帰させてやる。





お前は大事な実験体なのだからな。




朝雲『司令!最上さんを見つけました!』


提督「よし、山雲は三隈にこれ以上被害がいかないように敵の注意を引け、朝雲は寄ってきた重巡を雷撃で仕留めろ」


朝雲『了解っ!』


山雲『はーい』





この後は俺の指示通り朝雲が重巡を仕留めた。

4人に帰投命令を出して俺は彼女達を出迎えに港へ向かうことにした。





さて…どんな罰を与えてやろうか…





顔がニヤつかないように気を付けて司令部施設を出た。









【鎮守府 港近郊】





港へ向かう途中のことだった。




提督(あれは…?)




見慣れない艦娘が一人、港から艦載機を発艦させていた。

自主訓練だろうか?


最上や三隈のようなタイプではない。

あれは正規空母か軽空母の弓矢による艦載機の発艦だ。



彼女の洗練されたフォームに思わず目を奪われた。


それだけじゃない。


なぜか張り詰めた空気を漂わせ、その空気に当てられてしまう。



何かを諦めたような


逃げたいけど…逃げることができない無力感



彼女からはそんな感情が伝わってくるような気がした。






提督「艦娘達が4隻戻って来ていないか?」


??「え?」



俺が近づいていることに気が付かないほど集中していたらしい。


少し驚いてこちらを警戒するような目で見る。



提督「失礼。俺はこの鎮守府に提督見習いとして来ている…」



簡単に自己紹介をすると彼女は少し警戒を緩める。



祥鳳「こちらこそ失礼致しました。私は軽空母・祥鳳です」


提督「祥鳳…確か上官殿の機動部隊隊長だったか?」


祥鳳「いいえ、『囮』機動部隊です。私みたいな何の変哲もない軽空母に正規の機動部隊は務まりません」



囮…か…。



まるで投げ捨てるような言い方だった。


前を向くことを…


生きることを諦めたようなその言い方に思わず惹きつけられた。







良いな…こいつは…






今までに見たことの無い魅力を彼女に感じて昂る気持ちを堪えるのに必死になってしまう。





祥鳳「失礼します」





艦載機を戻し彼女はその場を離れて行った。






『囮』機動部隊か。




どうやら最上の試験以外にもう一仕事しなければならなくなりそうだ。




面倒臭さも煩わしさも感じない。



ただあの軽空母・祥鳳を必ず手に入れてやろうという欲が俺を包み込む。






どうやってあの上官から分捕ってやろうか考えながら俺は最上達の帰投を港で待つことにした。








【鎮守府 港】




提督「戻ったか」



祥鳳が去った後、港でしばらく待っていると最上達が戻ってきた。



三隈「わざわざのお出迎え…ありがとうございます…」


提督「そんなことは良い、早く入居して来い」


三隈「はい…」



三隈は心配そうにしている朝雲と山雲に連れられて工廠の方へと向かって行った。




提督「最上」


最上「…」



最上は俯いて悔しそうに唇を噛み締めている。



提督「自分の勝手な行動のせいで妹が傷ついた気分はどうだ?」


最上「ぐっ…!!」




唇がより一層きつく噛み締められる。


身体は震え出して目にはすぐに涙が溜まり零れ落ちる。






艦娘達の絆は強く、姉妹艦であればそれはより深い絆で結ばれている。


今の悔しがって泣いている最上はそれを実証していた。







提督「三隈の入居が終わったら朝雲と山雲も連れて第二執務室に来い」


最上「はい…」





辛うじて返事をして最上は三隈の運ばれていった方へ走って行った。






提督(きつ~いお仕置が待っているぞ、最上)





それとは反対に俺は彼女達を待つため、見習い期間中に与えられる第二執務室へと向かった。





【鎮守府内 第二執務室】





しばらくして4人が第二執務室に集まった。



提督「三隈、身体は大丈夫か?」


三隈「はい。あのくらいでしたら後遺症も残ることもありません。ご心配をおかけしました」



ゆっくりとこちらに頭を下げる三隈だったがその視線は悔しそうに俯いている最上の方をチラチラと見ている。



提督「それは良かった、こちらも遠慮する必要もなくなった」


三隈「え…?」


最上「…?」



俺の言葉に怪訝そうな目を向けてくる。




提督「最上、先程言った通り命令違反の罰を受けてもらう」


最上「はい…」


三隈「提督…どうか寛大な処置を…」



悔しそうに唇を噛み締めて最上が返事をする。



しかしその顔には反省の色が見られない。


このままではまた同じようなことをしでかすだろう。





提督「気に入らんな」


最上「え…」




俺の言葉に最上が顔を上げる。




提督「命令違反で仲間を危険な目に遭わせておいてその態度は何だ、馬鹿にしているのか?」


最上「え…その…」


朝雲「司令…?」



威圧的な言い方をすると最上がしまったという顔をする。




提督「連帯責任だ、全員に独房入りしてもらう。3日間食事抜きのおまけつきだ」


朝雲「い!?」


山雲「あら~」


最上「ちょっ、ちょっと待ってよ提督!どうして他のみんなまで!?」



俺に掴みかからんばかりの勢いで最上が詰め寄ってくる。



提督「この上また命令違反を重ねるか?もっと重い罪が必要か?」


最上「で…でも…!その…」


三隈「最上さん…やめて…」


朝雲「わ、私達のことはいいから…」



そう言う朝雲だが顔が引きつっている。

それはそうだ、独房入りだけでなく3日間も食事を抜かれるのだ。

誰だって本音は嫌だと言いたい状況に決まっている。



提督「さっさと移動しろ」


最上「っぐ…!」



まるで血を流さんばかりに最上が歯を食いしばっている。



そんな最上を無視するように俺は机にメモを置いて先に独房へと向かうため第二執務室を出た。



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【鎮守府内 第二執務室】




祥鳳(第二執務室…ここは初めて来るわね)



私は上官から書類を届けるよう言われ第二執務室に来ていた。

『雑用くらいさせてやる、感謝しろ』と偉そうに言われて正直腹が立った。


でも…正規空母のような力を持たない私にとってこれくらいしかできないものね…




ドアをコンコンと鳴らすけど反応がない。



祥鳳(留守かしら?)



ドアをゆっくりと開けて覗いてみるとやはり誰もいない。


書類だけ置いて出るかどうか悩んでいると机の上にメモがあることに気づく。



祥鳳(『独房に行ってます』か…)



艦娘達を閉じ込めてよからぬことでもしているのかしら?

少し前に港で見かけたあの人、悪いことをするような人には思えなかったけど…




祥鳳(海軍提督なんてどいつも最低なのかしら…)




うんざりするような気持ちで書類を置いて執務室を離れようと思った時…




祥鳳(…あれ?)





振り返ってもう一度メモ用紙を見直す。









祥鳳「独房に…入ってます?」






________




【鎮守府内 独房】




鎮守府の地下にある独房は10部屋用意されている。


中は2畳程の広さで簡易のトイレが付いている以外は何もない。

ドアに小さめの鉄格子があるだけで外の様子を伺うこともできない。

そして寝る以外にできることなんて何もない。


精神的に壊れてしまわないように座禅を組んだり眠りについたりする者が多い中…




最上「うっぐ…ぐす…」



最上はずっと泣いていた。


独房に入ってもうすぐ3日目になる。

巻き込んでしまった仲間達への申し訳の無さ、自分への苛立ちと情けなさにずっと泣き続けていた。



三隈「最上さん…大丈夫ですか…?」



隣の部屋からドア越しに声が聴こえる。



最上「三隈…ごめん…ごめんね…っ…ひっく…」


三隈「最上さん…もういいですから…」


最上「朝雲…山雲…僕のせいで…っう…」


朝雲「今日で終わりですよ、もう泣くのはやめましょう?」


山雲「そうですね~、泣いていると身体に悪いですよ~」



朝雲も山雲も最上を責めるようなことをせずに慰めている。




仲の良いものだ、3日間ずっとこの調子だった。



そして…




最上「ちくしょう…あいつ許せない…!どうしてこんなこと…っぐ…!」



ぐううううぅぅぅぅ…と大きな音が鳴る。

きっと誰かの腹の音だろう。



最上「ちくしょう!ちくしょう!バカ!提督のバカ!」



腹の音の後に悔しそうな声が聴こえたと思ったら壁に何かを打ち付けるような音が聞こえる。

恐らく最上が壁に八つ当たりをしているというのが予想できた。


全く…懲りないやつだ。




祥鳳「あの…」




ドアの外から誰かの声が聴こえる。




祥鳳「すみません、こちらに提督はいらっしゃいますか…?」



俺を探して誰かがやってきたらしい。




提督「ああ、こっちだこっち」


最上「ええっ!?」


三隈「ど、どうして…?」


朝雲「し、司令!?いたの!?」



最上達のびっくりした声が聞こえた。

それはそうか、彼女達に俺も独房入りしていることは全く言ってなかった。




祥鳳「…何をしていらっしゃるのですか?」




小さな鉄格子から顔を覗かせたのは先日見掛けた軽空母、祥鳳だった。




提督「連帯責任で食事抜きの独房入り」


祥鳳「え…?」




祥鳳が呆れながら信じられないという顔になる。



提督「もう3日目だ、腹減って死にそう」


祥鳳「…」



しばらく呆気にとられ無言だった祥鳳がハッとして書類を見せる。



祥鳳「こ、これを…あなたの上官から…」


提督「ああ、わざわざありがとう」




鉄格子から書類を受け取る。


内容は大本営からの最上指導の報告書提出の催促だった。




面倒くさい…と内心思いつつ顔に出さないように気を付ける。




祥鳳「そ、それでは失礼いたします」


提督「ああ」




祥鳳は怪訝な表情を残したままその場を去って行った。















提督「最上」


最上「は、はい!?」



祥鳳が去って少ししてから部屋越しに最上に声を掛ける。



提督「この3日間、言いたい放題言ってくれたじゃないか」


最上「う…」


提督「『バカ』だの『クソ』だの『死ね』だの、お前は俺を何だと思ってるんだ」


最上「そ、そこまで言ってないよぉ!!」




ある程度は認めるわけだな。




提督「何か言うことは?」


最上「ご…ごめんなさい…」


提督「何!?聞こえんぞ!後3日追加するか!?」



そんなのは俺も御免被るが。



最上「ごめんなさい!いっぱい反省したから許して下さいぃっ!!!」





廊下に響き渡らんばかりの大声で最上が謝った。









提督「よし…」




俺は独房を出て4人とも独房から出してやる。



ぐううううぅぅぅぅっ…と、今度は俺の腹が鳴る。



提督「それじゃあ飯にしようぜ、好きな物を食べさせてやる」


三隈「やった…」


山雲「うふふ~、遠慮なく注文しますよ~」


提督「ああ。遠慮なんてするな。どんどん食え」




どうせ海軍が金を出すから俺の懐は痛まないからな。





最上「…」



複雑そうな顔をして最上はこちらを見ている。




いくら連帯責任と言ってもまさか俺が一緒に独房で飯抜きをしているとは思わなかったのだろう。



最上が俺を見る表情は先日までの怒り、疑い、やりきれない想いが消えて今は戸惑いで染まっている。





これで50%くらいか…






艦娘達は年頃の少女と変わらない



こうして身体を張って同じ目線で行動してやるだけで簡単に強い信頼を得ることができそうだ




簡単に靡きやがって…笑いが止まらんぞ






今後の最上との信頼強化に手ごたえを覚え、俺は気分よく食堂への歩みを進めた。








喜べ最上



今日中にはお前との信頼関係を100%にしてやる









【鎮守府内 食堂】




食堂に豪華な料理が並べられている。


好きなものを食べさせると言ったため、艦娘達は無遠慮に出前まで頼んだためテーブルの上はすごいことになっていた。


しかし相当腹を空かせていたのか、艦娘達の食べる量は凄まじくあっという間に料理を空にしていった。








提督「最上」



並んだ料理を一通り食べ終えたところで最上にだけ聞こえるように声を掛ける。



提督「美味いか?」


最上「う…うん…」



複雑そうな顔をして最上が顔を俯かせる。

さっきまで凄い勢いで食べていたのに今更だろ…。




提督「美味いと思えるなら良かった。兄妹を…家族を喪った時の飯は酷くまずいものだ」


最上「え?」



俺の言っている意図が掴めない様で最上は首をかしげる。



提督「俺は…両親と弟、そして妹を喪っている」


最上「そう…なの…?」


提督「ああ。ずっと食べては吐いての繰り返しだった。立ち直るのにえらく時間が掛かったもんだ」


最上「提督…」





俺の『本当の話』は最上の心にも響くようだ。


もっとも…俺の家族を殺したのは艦娘だがな…







提督「三隈の被害があの程度で済んで良かったな?」


最上「うん…ごめんなさい…提督…」



謝る最上の頭に手を置いてやる。


最上は逆らうことなくそれを受け入れる。



随分と大人しくなったものだ。


もう一息か、そう思っているところに。







上官「おい!」




いきなり食堂に上官が入ってきた。



提督「何でしょうか?」



俺は上官に向かい敬礼をする。

それに倣い艦娘達も同じように敬礼をした。



上官「こんな落ちこぼれの再教育にどれだけの時間を掛けているんだ!」


最上「…っ!」




『落ちこぼれ』という言葉に最上が唇を噛み締めて悔しそうな顔を押し殺す。




提督「すみません、再教育に時間が掛かりまして。もう少し時間を頂けないでしょうか」


上官「さっさと終わらせろ!それができないなら諦めてしまえ!こんな落ちこぼれにこれ以上無駄な時間を割くな!!」




やかましい奴だ。


元々再教育期間は3日と決められている。

その時間を丸々独房で過ごしたので上官のお怒りはごもっともだろう。



もちろん俺は計算ずくで行ったがな、お前がここに怒鳴り込むのも含めて。




提督「訂正してください」


上官「なにぃ!?」


提督「最上は落ちこぼれなどではありません」


最上「提督…」




ほら、怒れ怒れ。




提督「必ず戦線に復帰して力になってくれると思います、どうかそれまでは…」


上官「偉そうな口を利くなぁ!!」


提督「ぐぁ!!」



上官に特殊警棒で頭を殴られて俺は膝をついてしまう。



三隈「提督!!」


朝雲「司令っ!」



ここまで予想通りだと笑ってしまいそうだ。



上官「新米の分際でふざけたことを言いやがって!お前のような甘ったれが海軍を腐らせるんだ!わかっているのか!!」



倒れた俺に容赦なく警棒を振り下ろす。


この場で反撃してくびり殺してやりたいがそれを堪える。



最上「や、やめてよ!お願いします!僕が…僕が悪いんだからぁ!!」




お前が殴り、俺がそれに耐える分、最上は俺に対して信頼を深めていくんだからな。



やがて上官の大きな声につられたのか、この鎮守府の艦娘達が集まってきて上官が居心地悪そうに顔を歪める。




上官「ふんっ!」




忌々しい顔で俺を睨みつけた後、足早にその場を離れて行った。








最上「提督!大丈夫!?」


提督「ああ…」




正直かなり痛い。

あのクソ野郎、思いっ切り殴りやがって…。



朝雲「早く医務室へ行きましょう!山雲!」


山雲「はーい」



朝雲と山雲に抱えられて俺は医務室へ連れて行かれることになった。





【鎮守府内 医務室】




三隈「これで手当て完了ですわ、提督大丈夫ですか?」


提督「ああ、ありがとうな」




三隈に治療をしてもらい不安にさせないよう笑顔を作る。



最上「…」



最上は泣きそうな顔で顔を俯かせている。



好機だと思ってさっさと行動を起こすことにした。




提督「悪いが少し最上と二人にしてくれないか?」


朝雲「え…」


三隈「わかりました…」




少し名残惜しそうな顔を見せて退室する。



最上「ごめん…なさい…提督…」


提督「ん?」


最上「僕のために…こんなことになって…」



俯いた最上が涙を零す。


俺に対しハッキリとした弱みを見せるということはかなり信頼を置き始めたらしい。




提督「こんなこと気にするな。それよりも…」




ここは最上との信頼関係を100%強固なものにする好機だ。




提督「お前が何に焦っているのか当ててやろうか?」


最上「え…」




最上が顔を上げる。




提督「近々行われるレイテ海戦もあるだろうが…」


最上「…」



最上の顔が強張る。



提督「本当は『妹達に改二を先に越された』というのが大きいな」


最上「…っ!!」




図星を突かれたようで最上の顔色が酷いものになる。



緊張、焦り、苛立ち



そんな感情が混ざった言葉では言い表せないものになっていた。



最上「うぐ…っ…うぅ…!」



大粒の涙を零し、悔しそうに顔を歪める。






最上型ネームシップである最上にとって妹が自分より力をつけると言うのは想像以上のショックだったのだろう。



先日、最上の妹である鈴谷・熊野の両名が改二実装された。

その能力の上がり具合は凄まじくあっという間に艦隊の主力になったらしいのだ。






艦娘達の姉妹同士の絆はとてつもなく強い。



だがその反面、負の感情は生まれやすくなまじ絆が強いため表に出すことが難しい。


こうして最上のように溜め込んでしまい精神的に弱い者が生まれてしまったというわけだ。






提督「焦るな、というのは無理な話だろうが…」


最上「え…」




俺は最上の手を握る。



提督「今は俺を信じてくれないか?必ず戦線に復帰させてみせる」


最上「提督…」


提督「そしていつの日か訪れる改二実装の時まで耐えてくれないか?」




最上の涙が俺の手に零れた。




最上「うん…僕…頑張るよ…だから提督…僕を…」


提督「…」


最上「た、助けて下さい…」


提督「ああ…」




少年のような強さが消え失せ、か弱い少女のような最上の後頭部に手を回し引き寄せる。



最上は抵抗なくそれを受け入れ、俺の胸の中で泣き始めた。





提督「一緒に頑張ろうな」


最上「うん…うん…!」



















これで最上はもう俺に逆らうことは無い。


彼女の中から俺への疑いは消え、強い信頼関係が結ばれただろう。





提督(本当に簡単なものだな…くくっ、なんて単純なんだ艦娘というのは…)




順調に行き過ぎて心の中で笑いが止まらなかった。













__________



三隈「最上さん…良かった…」


朝雲「はい…!これで明日からも大丈夫ですね!」





医務室の外で話を聞いていた三隈と朝雲が嬉しそうに顔を見合わせていた。












山雲「…」








しかし山雲だけはどこか冷めた目で医務室のドアを見ていた。








【鎮守府内 囮機動部隊の部屋】




龍鳳「瑞鳳さん!しっかりして下さい…!」


瑞鳳「うぐ…うぅ…」



ベッドに寝かされた瑞鳳が苦しそうに呻いている。




祥鳳「どうして…?」




なんでよ…瑞鳳…




祥鳳「なんで私を庇ったのよ瑞鳳っ!!」






囮機動部隊としての任務中…



帰投中、殿をしていた私は仲間達を逃すために撤退が遅れた。



何とか戦闘海域を抜けたと思った時…





私に潜水艦の魚雷が迫っていた。



瑞鳳は私を庇って潜水艦の魚雷に直撃し、大破して命辛々帰投したのだった…。







狭霧「す、すみませんでした…!私達を逃すためにこんなことに…!」


天霧「ちくしょう…!瑞鳳、すまない…!」




随伴していた駆逐艦達も悔しそうに唇を噛み締めている。




瑞鳳「うぅ…っぐ…」


祥鳳「瑞鳳…!」




痛みに顔をしかめる瑞鳳を見て胸が苦しくなる。




龍鳳「修復材は…?」


天霧「ダメだ…もう残ってない…」


狭霧「もう何日も支給されなくって…」


龍鳳「そんなぁ…」




龍鳳ががっくりと肩を落とす。



そう…



私達のような使い捨ての部隊に修復材なんてものは支給されない。


傷ついたまま放置され見捨てられるなんてことは当たり前だ。






でも…





瑞鳳「お、お姉ちゃん…うぅ…だめ…」


祥鳳「…」


瑞鳳「置いて…行かない…で…」




苦しそうに呻きながら瑞鳳が涙を零す。



きっと悪い夢を見ているのだろう…。






祥鳳「龍鳳、ここで瑞鳳を看ててくれる?」


龍鳳「え…祥鳳さん、どちらへ…?」


祥鳳「何とか修復材を譲って貰えないか行ってくるわ…」


狭霧「え…」


天霧「止めときなって…また殴られるのがオチだ…」




わかっている。


あの上官が私達なんかに資材を譲ってくれるわけが無い。



でもね…




瑞鳳「う…うっ…ひっ…お姉ちゃん…うぅ…」




苦しそうにしている瑞鳳を前に何もしないなんて選択肢は存在しなかった。




_____________________




【鎮守府内 工廠】





提督(現在の資源は…)




夜、明日からの最上の訓練に備え資源の確認に来た。


俺のような見習いに充てられる資源はわずかなもので少しの無駄も許されない。



彼女達の傷を治す高速修復材も数えるほどしか置いてなかった。



朝雲「司令っ、何してるの?」


提督「ん?ああ、朝雲か」



資源を見ていると後ろから朝雲に声を掛けられた。



提督「明日からの訓練に備えて資源を見ているのだが…何かあったのか?」


朝雲「ううん、何か手伝えることないかなーって」


提督「ふむ…」



朝雲は少し頬を紅潮させたようにしてこちらを見ている。



こいつ…



もしかしてやり過ぎたのかもしれない。



提督「気を遣ってくれて嬉しいが特に手伝ってもらうことは無いかな」


朝雲「そ、そっか…」



今度はしょんぼりして視線が下へ向く。

残念そうなその顔…



提督「だがありがとうな。今日はもうやることがないけど明日からよろしく頼むぞ」


朝雲「あ…」



頭を撫でてやると一転して嬉しそうな顔をした。



朝雲「うん!最上さんのために、司令のためにも頑張るね!」





ああ、やはりな…。


どうやら俺は朝雲にも好印象を与えすぎたらしい。







『艦娘は年頃の少女と変わりない』という特性を少々甘く見ていたようだ。


恋や愛なんてものはモチベーションアップは期待できるが、その反面弱りやすく壊れやすいという欠点を持つ。

扱いが難しくなって制御し辛くなってしまうのだ。




真面目な朝雲は意外にもこういったものに幻想を抱き憧れていたのだろう。


どうやら今のその標的…もとい対象は俺になってしまったようだ。



提督(今後は適度な距離を保って…ん?)



今後のことを考えていると向こうから誰かがやってくるのが見えた。



あいつは…




俺が手に入れたいと思っていた艦娘



提督「軽空母・祥鳳だったな、どうしたその顔は」


祥鳳「…」


朝雲「だ、大丈夫ですか!?」




祥鳳の頬は赤くなっている部分がある。

誰かに殴られたというのは一目瞭然だった。



誰が殴ったのかは容易に想像がつくがな…。



祥鳳「あの…」


提督「おい…」


朝雲「ちょっと!?」



祥鳳は俺の前に来るといきなり両膝をついて頭を下げた。


まるで土下座をしているかのようだった。




祥鳳「お願い…します。高速修復材をひとつ、譲っていただけないでしょうか…」


提督「…」


祥鳳「あなたの望むこと…何でもします…お願いします…!」



両膝をついたまま深々と頭を下げて床につける。






『何でもします…』か…。



だったら部屋に連れ帰って一晩中夜の相手をしてもらいたいところだが…。



朝雲「司令…」



朝雲が『どうにかして欲しい』と言った目でこちらを見ている。


朝雲の手前、それは不可能だろう。

そんなことを言ったら一瞬でこの三日間の苦労が吹き飛んでしまう。





それに祥鳳…


お前は大切にするつもりだからな…ふふっ…




提督「朝雲」


朝雲「な、何?」


提督「お前、今日の訓練で負傷したよな?」


朝雲「え…」



朝雲が一瞬何のことかわからないと首を傾げそうになった。

そもそも今日は独房で過ごしていたから訓練なんてしていない。



朝雲「そ、そうよ、大変だったんだからっ!」


提督「いやぁうっかり普通の損傷と間違えて修復材を使ってしまったよ」


祥鳳「…?」



朝雲が察して俺の小芝居に付き合うが祥鳳が何のことかとわからずにこちらを見上げた。



提督「数え間違えていたよ、高速修復材はマイナス1だな」


祥鳳「あ…」



俺は高速修復材を祥鳳に差し出す。



提督「誰のためか知らんが早く持って行ってやれ」


祥鳳「あ、ありがとうございます!」



嬉しそうに涙を溜めて祥鳳が深々と頭を下げた。



提督「その代わり明日なのだが手は空いているか?」


祥鳳「はい、明日は出撃もありませんし…」


提督「少し手伝って欲しいことがある。明日の10:00、演習場へ来てくれ」


祥鳳「は、はい、了解しました!それでは失礼します!」







祥鳳は高速修復材を抱え足早に走り去って行った。









朝雲「司令ってさ」


提督「ん?」



祥鳳が去って俺達もその場を離れようとした時、朝雲が俺に声を掛ける。



朝雲「なーんか、あの祥鳳さんに対して優しくない?」


提督「そうか?」


朝雲「そうだよっ」




面倒な奴だな…。

まあ、お前の言う通りではあるがな。



提督「だったら『お前にやる資材は無い』って突き放した方が良かったか?」


朝雲「そ、そうは言ってないけどぉ…!もう!知らない!」




やれやれ、今度はヤキモチ焼きか。


本当に面倒くさい…。




しかしこれで一旦は距離を置けるだろうかと思うことができた。



今後は用心しないとな…。























山雲「…」













離れた場所から山雲がこちらを見ていることに気づいていた。



まるで俺を仇とするような視線、気づかないはずがなかった。




あいつともどこかで話す必要がありそうだ。











【鎮守府内 演習場】



翌日、朝10:00に艦娘を演習場に集合させた。



提督「最上、準備はできているか?」


最上「う、うん!」



初めて会った時とは打って変わって従順になったものだ。



最上「でも…どうして偵察機だけなの?主砲とかは?」



しかし最上には偵察機だけを装備させ攻撃に使う物は一切持たせていない。



提督「すぐにわかるさ」


最上「?」



こちらへ向かって歩いてくる音が聞こえる。



提督「来たな」



俺がそちらへ視線を向けると艦娘達もそちらへつられる。



祥鳳「お約束通り来ました、昨日は本当にありがとうございました」



来るなり祥鳳は俺に対して深々と頭を下げる。



提督「いいさ、その代わり今日は最上の指導役をお願いしたい」


最上「僕の?」


祥鳳「私が?」


提督「ああ。艦載機の使い方を一から教え直してやってくれ」


祥鳳「は、はい…」



祥鳳は少し不思議そうな顔を見せながらも頷く。



提督「そういうわけだ、今日は彼女に教えてもらってくれ」


最上「え…でも…」


提督「俺を信用してくれないのか?」


最上「ううん!そんなことない!わかったよ!」



慌てて両手をワタワタとさせる。


本当に信頼されたものだとおかしくなる。



最上「よろしくお願いします!」


祥鳳「はい…それじゃあ海に出ましょうか」


提督「三隈、朝雲、山雲は二人の護衛をしてやってくれ。そう遠くに行かなくてもいいからな」


三隈「はいっ!」


朝雲「了解!」


山雲「はーい」




5人はそろって海に出て演習海域へと向かった。




_____________________



【演習海域】




祥鳳「それでは一度飛ばしてみて下さい」


最上「う、うん!」



最上さんが艦載機を飛ばそうと構えます。



祥鳳「待って!」


最上「え!?」



しかし慌ててそれを制しました。



祥鳳「最上さん」



私は最上さんの後ろに立ち両肩に自分の手を置きます。



祥鳳「落ち着いて深呼吸して。艦載機の妖精さんをしっかり見て」


最上「妖精さんを…」



最上さんは空を見上げ、ゆっくりと呼吸を整えます。


そして艦載機の妖精さんに視線を送ります。



最上「あ…」



どうやら気づいたみたい。



祥鳳「どう見える?」


最上「僕を…心配してる…」


祥鳳「そうよ」



艦載機の妖精さんは最上さんを見上げ、心配そうな視線を送っています。



最上「ずっと気づかなかった…見えていなかったんだ…」



少し悔しそうに最上さんが唇を噛み締めます。



最上「ごめんね…」



優しく妖精さんを撫でると妖精さんは嬉しそうに顔を綻ばせました。




これならきっと大丈夫でしょう。





祥鳳「最上さん、深呼吸しながら空を見上げて」




言われた通り最上さんが空を見上げます。



祥鳳「空はいつだって広くて自由です。この空に艦載機を自由に解き放って下さい」


最上「うんっ!」




自由…か…。






今の私には一番遠い言葉のような気がします…。




_____________________




【鎮守府内 演習場】




双眼鏡から祥鳳と最上の様子を伺っていると最上が艦載機を発艦させたのが見えた。


その飛び方は軽やかでこれまでの最上と違い解放的で自由な飛び方だった。




祥鳳…大した奴だ、ものの数分で最上を立ち直らせようとしていた。




このままいけば最上は順調に復帰への道を辿ることができるだろうが…。






正直最上に対しては元々心配はしていなかった。


彼女ほどの器ならば少しのきっかけがあれば立ち直ることは可能だと思っていたからだ。



これまで最上を指導してきた奴らが無能だっただけだろう。





しかしそんなことより今は…




双眼鏡から祥鳳を覗き見る。





最上の艦載機を目で追っているがその姿はどこか寂しそうだ。





その寂しそうな姿を見て思う。



どうやって祥鳳を手に入れてやろうか…と。





双眼鏡を下ろしその辺りに座って最上の帰投を待とうかと思った時、後方で誰かの視線を感じた。




提督「そんなところで見ていないでこっちに来たらどうだ?」


??「…っ!」



声を掛けられて隠れようとしたがバレているのに観念したのかゆっくりとこちらへ歩いてきた。

艤装を付けていなくても雰囲気でわかる、彼女は艦娘だ。




提督「君は?」


瑞鳳「祥鳳型…軽空母、瑞鳳です…」



ああ、上官の囮機動部隊の…。



提督「祥鳳の妹か?すまないな、今は彼女に最上の指導に協力してもらっている」


瑞鳳「…」



瑞鳳は少し悲しそうに顔を俯かせた。



提督「どうかしたのか?」


瑞鳳「前は…ね…?」


提督「ん?」


瑞鳳「私も…前はあんな感じにお姉ちゃんに色々と優しく教えてもらったのに…」



瑞鳳がポツポツと話し出す。

この感じはきっと誰かに聞いてもらいたかったのを我慢していた言い方だろう。


こいつは随分ともどかしい想いを溜め込んでいたらしいな。


仲間達にも言えなかった愚痴みたいなものを聞かせてくる。

いつもだったら迷惑なので突き放したいところだが、祥鳳関連のことなので黙って聞くことにした。



瑞鳳「せっかく一緒の機動部隊に配属されたのに…急に私に冷たくなって…」


提督「…」


瑞鳳「昨日もね…お姉ちゃんが危なかったから庇ったんだけど…今朝、目が覚めた時『余計なことしないで』ってすごく怒られて…ぐすっ…」



泣き出しやがった。

面倒臭いことこの上ないな。



しかし祥鳳は随分とこの瑞鳳を大事に想っているようだな。

瑞鳳も囮機動部隊なんてところに配属されなければこんなことすぐに気づくだろうに…。





しかしこの状況…


祥鳳が瑞鳳を想い、瑞鳳が祥鳳を想う強さ





利用しない手は無いな。





提督「昨日のことだがな」


瑞鳳「…」


提督「祥鳳が俺のところへ来たぞ。『高速修復材を譲ってくれ』って必死に土下座してな」


瑞鳳「え…?」



涙に顔を濡らした瑞鳳が顔を上げる。



提督「そして『何でもしますから』って言うから今日の最上の演習に付き合ってもらうことにしたんだよ」


瑞鳳「そう…なの…?」


提督「誰のための修復材なのかは言わなかったけどな」



そう言って俺は瑞鳳の目を見る。



瑞鳳「うっ…っぐ…えぐ…」



今度は大粒の涙を零して泣き始めた。

先程までとは違う嬉し涙だろう。



ハンカチを差し出して涙を拭うように促す。





しばらく瑞鳳の泣き声に付き合うこととなった。


本当に鬱陶しいが顔に出さないよう気を付けた。








瑞鳳「ありがとうね…それじゃあお姉ちゃんが来る前に…」


提督「あ、ちょっと待ってくれ」



瑞鳳が泣き止んでその場を離れようとしたところを引き留める。


そしてある物を渡した。




瑞鳳「これは…?」


提督「俺のところへの直通の超小型通信機だ。何かあったら使ってくれ」


瑞鳳「あ、ありがとう…」



それをどんな機会に使用すればいいのかわからず瑞鳳が不思議そうな顔をしている。



提督「いつでも連絡をくれ、いたずらでもラブコールでも構わないぞ」


瑞鳳「も、もう…!ふふっ」



呆れたような顔をして瑞鳳が笑顔になった。






…お前も囮機動部隊で死なれては困る。

そんなことになったら俺の祥鳳を手に入れる計画はご破算だ。




祥鳳を手に入れるその日まで生き延びてくれ。




その通信機はその切り札だ…大事にしてくれよ。













瑞鳳がその場を離れしばらくした後…





最上は笑顔のまま帰投した。



その笑顔は近々行われる復帰試験の成功を予感させた。
















【鎮守府内 第二執務室】




その日の夜、最上の試験内容を確認するため机に向かっている時のこと。



山雲「失礼します~」




山雲がノックもせずに執務室に入ってきた。





…そろそろ来る頃かと思っていたぞ。






提督「どうかしたのか?」


山雲「…」



山雲は薄ら笑いを浮かべこちらを見ている。



いや…睨んでいるのか…。



山雲「お上手ですねぇ~」


提督「どういう意味だ?」


山雲「ここまで手際の良い司令さんは初めてでした~関心します~」


提督「…」



やれやれ…

予想通り山雲は俺の行動に疑いを持っていたらしい。


最上や三隈、朝雲と違い俺とは一定の距離を保っていたからそんな気はしていた。



だが疑いを持っていることは表面上のことで本当の望みは別にあるだろう。




提督「何が言いたいんだ?」


山雲「はい?」



こういう手の者には包み隠さず本音で話すのが良い。



提督「俺にどうして欲しいんだ?」


山雲「そうですね~」



山雲は隠し持っていた銃を俺に向けた。



山雲「これ以上~、朝雲姉に近づかないで頂けますか~?」


提督「…」




その本質は異常な姉への愛情か。


艦娘というのは本当に面白い、人間では中々見られない激情を見せてくれる。



山雲はこうやって今までも提督達を脅し、排除してきたのだろうか?


確かに彼女からは他の艦娘達と違い狂気めいたものを感じる。



並の人間ならばこの狂気に気圧されたりするのだろうが…。




山雲「…」




俺は動じることなく銃口から目を離さず山雲を見つめ続ける。



俺は一度死んだようなものだ。


艦娘に殺されかけたこともある俺にとってこの程度の脅しは何の意味も無い。




命なんぞいつでも捨ててやる覚悟でいるからだ。





山雲「…」


提督「…」





やがて…





山雲の表情に少しだけ迷いが見えた。




『少し脅してやろう』という甘い気持ちが揺らぎ不安が彼女を襲い始めたのだろう。



『このままでは私も朝雲姉も…』



そんな感情を持って顔が強張る前にこちらから動いてやることにする。





提督「安心しろ、朝雲に関しては元から一切手を出すつもりは無い」


山雲「…」


提督「本当だ。どうせ俺は最上の試験が終わったら別の鎮守府へと正式配属されるだろうしな。お前達とはここでお別れだ」


山雲「そうですか~」


提督「そんなことより…」




逆にこの状況を利用させてもらおうか。




提督「良いのか?このままだとお前達のこの次の着任先はあの上官の下だぞ?」


山雲「え…」


提督「あんな囮機動部隊を扱うような奴の下で働く方が朝雲が大変なんじゃないか?」


山雲「…」




無表情を取り繕ってはいるが山雲の表情に動揺が見え隠れしている。


あっさりと揺れ動きやがって…

内心呆れた溜息をつくがこのまま攻勢を掛ける。




提督「山雲、俺に銃口を向けた無礼は許してやる。その代わりにひとつ頼まれてくれないか?」


山雲「何をですか~?」


提督「お前にとっても悪い話じゃない。それは…」





俺はあることを山雲に提案する。





山雲「…」


提督「お前が嫌というなら別に構わん。その後のことは俺の知ったことではないからな」



山雲は少し思案するような顔を見せたが俺の提案に頷いた。



山雲「わかりました~。朝雲姉のためにもあなたに利用されてあげます~」


提督「ふん、言ってろ」



山雲が少し悪そうな笑みを見せる。


その笑みはこれからの悪だくみを俺と共有することを了承した笑みだった。




山雲「それに~」



執務室を出ようとした山雲がチラリとこちらを見る。




山雲「あなたを敵に回すと面倒なことになりそうですから~」


提督「誉め言葉として受け取っておく」


山雲「失礼いたしました~」




山雲は笑みを浮かべたまま退室した。






山雲が俺に協力することで今後動きやすくなりそうだと俺は心が躍るのを感じていた。




_____________________




【鎮守府内 執務室】




祥鳳「…」


上官「以上が作戦内容だ、解散しろ」




集められた艦娘達がぞろぞろと執務室を出ていきます。



その中の何人かは私に憐みの視線を向けてきました。



それも仕方ありません…




祥鳳(これで終わりね…)




次の作戦が終わる頃に私が生きている可能性なんて毛ほどもありませんから…。






_____________________




【鎮守府内 司令部施設】



提督「準備は良いか?」


最上『いつでも大丈夫だよ!』



通信機を通して元気の良い返事が聞こえてくる。



提督「作戦開始っ!」


最上『航空巡洋艦最上!抜錨だよ!』



最上の復帰試験が始まった。




俺の隣には大本営からこの鎮守府の視察と試験の監督に大本営から役員がやってきていた。



提督「本日はよろしくお願いします」


役員「…」



役員は俺の挨拶に少し手を上げて応える。

寡黙な男らしいが芯が通ったしっかり者だと海軍内でも評判だ。


うっかりボロが出ないよう俺も気を付けないとな…。










最上の復帰試験は順調に進んだ。









最上『提督!道中の敵は撃沈したよ!先に進むね!』


提督「気を付けろ、次が敵主力艦隊だからな」


最上『了解!』




最上の元気の良い返事がまた通信機越しに響く。



役員「艦娘と強い信頼関係を結ぶことができたのだな」


提督「ええ。何をするにもまず信用してもらわないことには進みませんからね」



役員の問いに自信を持って答える。


この信頼を得る方法が独房に3日閉じ込めたり上官にわざわざ殴らせたりしたと聞いたらこの寡黙な役員はどんな反応をするのだろうか?

そんなことを考えていると…



部下「すみません、少しこちらへお願いできますでしょうか?」


役員「いえ…今は試験の最中でして…」


部下「ですが緊急の案件だと上官殿が…」


役員「しかし…」



上官の部下が役員をここから連れ出そうとする。

真面目そうな役員はここから離れようとしないが…。



提督「構いませんよ、今は最上達は移動中ですしすぐに戦況が変わるようなことはありません。何かあればお呼びしますよ」


役員「では…少しだけ…」



役員は俺に頭を下げその場を離れて行った。








好都合だ。






俺はレーダーの表示を最上達ではなく囮機動部隊の表示に変更する。






提督(もうすぐか…)





祥鳳率いる囮機動部隊が敵を引きつけるためにいつも以上に作戦海域へ深入りしている。


おおよそ上官に無理難題を押し付けられたのだろう。

このままでは祥鳳の部隊は敵を引きつけられても撤退することはできない。




なぜ彼女達の位置がわかるのか。



それは…




_____________________



【作戦海域付近】




天霧「くっ…敵が多すぎる…!」



私達、囮機動部隊は作戦海域の最終エリアにいる艦娘達を助けるため敵を少しでも引きつけるよう動いていた。


艦載機を発艦させ、深海棲艦に攻撃を当ててこちらを向かせ撤退する。

その繰り返しだったのだが…さすがに最終海域ということもあってか敵の数がこれまでとは段違いだった。








瑞鳳「きゃあああああっ!!」


祥鳳「瑞鳳っ!!」



撤退中、敵からの攻撃を振り切ることができず、瑞鳳が敵戦艦の砲撃をまともに受けてしまった。



瑞鳳が吹き飛ばされ、海面に何度も身体を叩きつける。




龍鳳「こ、このぉ!!」




すぐさま龍鳳が艦攻艦爆を発艦させて敵戦艦を撃沈した。




瑞鳳「うぐ…うぅぅ!」


狭霧「瑞鳳さん!しっかりして下さい!」


天霧「これだけ酷いと…もう…」




瑞鳳はもう発着艦できないどころかまともに動くことすらできない状態だった。





祥鳳(ここまで…ね…)





みんな頑張って戦ってくれたけど…これ以上はもう無意味だ。



私は通信機を使って上官に連絡をする。




祥鳳「囮機動部隊、瑞鳳が大破しました。帰投させて下さい」



どうせ断れるだろうと諦めていた。



上官『何を言っている!お前らの仕事はまだ終わっていないぞ!もっと戦え!死んでも敵を引きつけろ!!』


祥鳳「…」


上官『このまま帰ってきてみろ!お前ら全員解体してやるからなっ!!』




予想通り過ぎる声に呆れを通り越して情けなさすら湧いてくる。




こんな奴のために命を捨てたくない。




私だけならまだしも…


こんな作戦に参加させられた龍鳳、天霧、狭霧…




そして…






祥鳳「了解しました。主力部隊の作戦中は何が何でも敵を引きつけて見せます」


上官『ふんっ!最初からそうしていろ!この使い捨ての役立たずが!』


祥鳳「ですから…どうか生き残った者達に処分はしないで下さい」




一方的に通信を切って握り潰して破壊した。


もうあんな奴の声は聴きたくなかったからだ。




瑞鳳「うっ…、だ、大丈夫…まだ…」


狭霧「ダメです瑞鳳さん!動かないで!」



痛みを堪えて瑞鳳が立ち上がろうとする。

しかし損傷が酷く狭霧に寄りかかってしまう。




瑞鳳「さ、最後まで…一緒に…」


祥鳳「…」




瑞鳳…





あなただけは…





瑞鳳「お願い…」





喪うわけにはいかない…







私の脳裏に浮かぶのは瑞鳳が着任したての頃


一緒に海に出て私が指導したこと


『お姉ちゃん』と言って私に笑顔を向けてくれたこと







いつかこんな別れが来ると思っていたから…


あなたに冷たい態度を取り続けていたのだけど…





祥鳳「撤退準備を始めて」


龍鳳「え…」


天霧「でもこのままじゃ敵に追いつかれてしまうよ…」





瑞鳳…私があなたを…





祥鳳「私が時間を稼ぎます」


瑞鳳「お…お姉ちゃん…!」


龍鳳「そんな…!」




あなたを護るから…




狭霧「このまま戻ったとしても…私達は…」


祥鳳「鎮守府に戻ったら最上さんの再試験をしている提督の所へ行って。彼ならもしかしたら力になってくれるかもしれない」











これでお別れね






瑞鳳「お願い…やめて、やめてよぉ…」




瑞鳳が泣きながら私へ手を伸ばす。




瑞鳳「お姉ちゃん…置いて行かないで…っ…ひっく…」




こんな時でも…私をお姉ちゃんと呼んでくれるのね…





祥鳳「瑞鳳…」




私は瑞鳳を抱きしめる







祥鳳「さようなら…」







あなたを…必ず護るからね…








祥鳳「行って!龍鳳!あなたが先頭よ!!」


龍鳳「祥鳳さん!!」


瑞鳳「お、お姉ちゃん…!」




私は仲間達から離れ敵のいる方へと走り出す。







瑞鳳「待って…待ってよぉぉぉ!お姉ちゃぁぁぁん!!いやだあぁぁぁ…!!」








さようなら…








瑞鳳の大きな声を背に後押しされるかのように私は走り続けた。










_____________________







お姉ちゃんが…





見えなくなっていく…!!






瑞鳳「離して!離してよぉ!!お願い、行かせて!お姉ちゃんと一緒にぃ!!」





私がもがいて狭霧と天霧を振り切ろうとするけどガッチリと掴まれていてそれができない。



狭霧「お願いします…っ…瑞鳳さん!」


天霧「何のために祥鳳さんが行ったと思ってんだよぉ!!」



狭霧も天霧も泣いている。


その顔がもうお姉ちゃんが助からないと思わせるには十分で…




瑞鳳「いやぁ!いやだぁぁ!お姉ちゃん!戻ってきてよぉ!!」




私が泣き叫んでも二人は撤退する足を止めようとはしない。




龍鳳はこちらを見ずに撤退経路を見ている。


龍鳳にも頬から零れ落ちる涙が見えていた。





もうダメなんだ…



お姉ちゃんはもう…










誰か…



誰か助けて…!










絶望な気持ちになっていた私は…










『俺のところへの直通の超小型通信機だ。何かあったら使ってくれ』












あの人の言葉を思い出した。










【鎮守府内 司令部施設】




提督(作戦海域から離れ始めたか…?)




レーダーを見ると瑞鳳の反応が作戦海域からこちらへと戻ってくるのがわかった。


どうやら撤退を始めたらしい。



しかしあの海域の敵数は相当なもので撤退するにしても容易では無いはず。



余程練度が高い艦隊ならばなんとか撤退も可能だろうが、そうでないなら誰かを犠牲にするくらいでないと撤退はできないだろう。








あの責任感の強さ、佇まい、雰囲気


そして瑞鳳への姉妹愛




必然的に誰が犠牲になるか容易に想像がつく





役員「失礼」



席を外していた役員が戻ってくる。


俺はすぐにレーダーを最上達に切り替えた。



見るとあと少しで敵主力の潜む海域へと突入しそうなところだった。




提督「もうすぐ主力と会敵します」



現在の状況を伝え役員が俺の隣に立ち静かに見守るようにしている。






そこへ…






『…けて…』





役員「?」



通信機に何か声のようなものが聞こえてくる。



この場の通信機は役員にも聞こえるようになっているので彼は聞き慣れない声に首をかしげている。




『助…けて…!お、お願い…』




役員「なんだ…?」


提督「まさか!?」




俺は大袈裟に驚いて通信機を瑞鳳のものに合わせる。




提督「瑞鳳か!?」



瑞鳳『お願い…!お姉ちゃんを…助けて!お願いっ!!』


提督「どうした瑞鳳!何があった!?」



あたかも心配しているような感じで大声を出す。




瑞鳳『お、お姉ちゃんが…ひ、一人で…わ、私達を逃がすために…!』


提督「な、なんだと!?」


瑞鳳『お願いしますっ!お願いしますぅっぅっ!ぐすっ…お、お姉ちゃんを…』


提督「わかった!すぐに救援を要請する!」



俺はすぐに上官に通信を繋げる。




提督「上官殿!聞こえますか!」


上官『なんだ!?こちらは作戦中だぞ!』



上官の苛立った声が通信機越しに聞こえる。

もちろん俺の隣にいる役員の耳にも届いている。



提督「囮機動部隊へすぐに救援をお願いします!このままでは犠牲が…!」


上官『そのための囮だろうが!どうせ使い捨ての奴らだ、そんなことに一々気にしてられるか!!』


提督「な…!」



上官は一方的に話て通信を遮断した。



役員「なんてことを…!私が」



血相を変えて役員が上官のいる場所へ行こうとする



提督「いいえ!それでは間に合いません!」


役員「し…しかし…!」


提督「すぐに助けに行くには…」



俺は迷っている表情を作る。







最上『提督、どうしたの?もうすぐ敵主力と会敵すると思うのだけど…』






通信機から最上の声が聞こえる。







祥鳳が戦っているであろう海域に今、最も近いのは最上達の部隊だ。






提督「最上…」


最上『何?』


提督「その…な…」





わざと間を作る。


あっさり言ってしまっては危機的な状況の演出にならない。




最上『提督…僕、何があっても提督に従うよ?』


提督「最上…?」



一瞬彼女が何を言っているのかわからなかった。




最上『撤退なら撤退って言ってよ。試験がダメでも僕、何も言わない。提督を信じてるから』




そういう意味か。


彼女からの厚い信頼に胸が躍る。




ならば存分に役に立ってもらおうか?





提督「最上…実はその近くの海域で祥鳳が孤立してしまったんだ」


最上『え…!?大変じゃないか!』


提督「ああ…だがお前は試験を…」


最上『そんなことどうでもいいよ!早く座標を教えてよ!すぐに向かうから!!』


提督「最上…」




そう言ってくれると思っていたよ。




内心笑いを堪えて最上に座標を指示する。


すぐに座標を言えたのは先程から瑞鳳が居た位置をレーダーで捉えていたからだ。




彼女に渡した超小型通信機は発信機の役割も持たせていた。




全てはこの時のためだ。



彼女がどう移動し、どのような行動を取っているか把握し、いつ作戦が行われるか推測し今日を迎えた。


わざわざ艦娘に対しての穏健派の役員が来る日に最上の試験を合わせたのはこのためだった。




役員「私は動かせるものを出して撤退経路の手助けをします!」


提督「あ、ありがとうございます!」



俺は大袈裟に役員に対し深々と頭を下げた。



提督「最上!北西に艦載機を飛ばせ!祥鳳を援護するんだ!」



最上『了解!いっけぇ!!』




元気の良い最上の返事に俺は祥鳳の救出を確信していた。





_____________________




【作戦海域付近】





祥鳳「はぁっ…はぁ…っぐ…」




身体の痛みに海面に膝をつく。



飛行甲板も損傷を受けてこれ以上発艦できないようになってしまっている。




祥鳳(ここまで…ね…)




思っていた以上に時間を稼ぐことができた。


先制攻撃で空母ヲ級を仕留めることができたのが大きい。



後は一進一退の攻防を繰り返し、敵の部隊を削り徐々に後退していたけど…。




どうやら限界が来たようだ。


燃料・弾薬は尽き、損傷も受けてこれ以上何もできない。




私は敵を前にして目を閉じる。





脳裏に浮かぶのは泣いている瑞鳳の姿…






ごめんね瑞鳳…





本当は以前のようにあなたに優しくしたかったのに…





こんな囮機動部隊に来てしまって…





ずっと突き放すような態度を取り続けてしまった…
















ごめんね…







さようなら…






あなたに『お姉ちゃん』と呼ばれていたこと





心の底から嬉しかったよ






心の中で別れを言っていると…





『無事に辿り着いただろうか?』


『彼に匿ってもらっているだろうか?』


という思考に行きつく。











『もしも私があの人の指揮下で戦えたなら…』






そんな未練がましいことを思っていた時だった。








祥鳳(え…?)






聞き覚えのある艦載機の音が上空を通っていく。



ゆっくりと目を開けると視界に入ったのは…




祥鳳(瑞雲…?あれは確か…)



先日指導して欲しいと言われ一緒に出撃した彼女の…


なんで…こんなところに…?




最上「祥鳳さーーーーーん!」



今度は幻聴…?



恐る恐る声のした方へ顔を向ける。





幻じゃなかった…




最上「良かった!無事だった!!」



最上さんが艦隊を率いてこちらへ向かってきていた。




最上「提督!祥鳳さんを発見!これより護衛しながら撤退するよ!」





悪夢の先に夢のような現実





最上「さあ帰ろう!みんなが待ってるよ!」





私は最上さんの手を取って帰投を開始した…




_____________________



【数日後 鎮守府内 執務室】





上官「ど…どういうことだ!?」



やかましい上官の嘆きが執務室に響く。



役員「言葉通りの意味ですよ。あなたには海軍提督を降りて頂くことになります」


上官「な…なぜ…」



肩を震わせ目を血走らせる上官が役員に詰め寄る。

しかし役員はどこ吹く風と言った感じで持ってきた資料を叩きつけた。



役員「ひとつ、鎮守府内資金の私的流用」


上官「それは…!」



俺がここに来た時からお前の資料を漁って見つけたものだ。

PCのセキュリティもザルで閲覧し放題だった。



役員「ふたつ、海域攻略の大幅な遅れ。随分と遊んでいたみたいですね」


上官「い、いや…その…」




こいつは艦隊運営を秘書艦に押し付け自分は夜の街に遊び通しだったらしい。

この鎮守府の艦娘や町の人間から聞き出した情報を教えてやった。



実は艦娘達から情報を聞き出し役員に伝えたのは山雲だった。

俺から言ったのではただ上官を引きずり下ろそうとする俺の陰謀に見えるだろうから間に艦娘である山雲に協力してもらったのだった。



無能なうえ仕事を他の者に押し付けていたらそれは海域攻略が遅れて当然だろう。



役員「そして3つ目、艦娘達の異常な酷使と捨て艦作戦の実行」


上官「な!?そんな作戦を行ったことは…!?」


役員「囮機動部隊を使い捨てようとしましたね?あなたと彼の通信であなたはハッキリとおっしゃっていました」


上官「通信…」



ハッとして上官は俺に顔を向ける。






阿呆が。


ようやく気付いたか。




全部お前を陥れるために仕組んだことなんだよ。



上官「貴様あああああぁぁぁ!!」



上官が特殊警棒を振り上げ俺に襲い掛かってきた。



俺はサッと躱し腕を取って床に押し倒した。



上官「ぐべっ!?」



情けない声を出して車に轢かれたカエルみたいな惨めな格好になる。



役員「大本営に行ってじっくりと話を聞かせて頂きますよ」



執務室にゾロゾロと憲兵が押し寄せる。



上官「放せ!放せぇ!!ちくしょう!このクソッタレがあぁ!!」



やかましい喚きとともに上官は連れ出され、連行された。






あばよクソ上官。


2度と会うことは無いだろう。






提督「お願いがあります」


役員「何ですか?」


提督「後任には穏健派からの提督をお願いします。艦娘達も傷ついて怯えている者も多いでしょうから」


役員「そのつもりです、なんなら…」



役員が俺を覗き込むような視線を送る。



役員「あなたがこのまま着任されますか?私が推薦しても…」


提督「お断りします。私は試験で派遣されている身です、身に余るお話ですが一度大本営に修了を報告した後に正式配属を待ちます」


役員「そうですか」



俺を確かめるために言ったのはわかっていた。

そのため断った。


俺はこんな小さな鎮守府でのんびりとするつもりは無い。



提督「最上の復帰試験のことですが…」


役員「彼女は特別に合格させましょう。あの戦いっぷりと行動力、視野の広さに自分の立ち位置を把握しているのは感嘆としました。彼女に伝えて下さい」


提督「ありがとうございます」



人情派のこの男ならばこういうだろうと予想していた。


これで俺のこの鎮守府での仕事は終わったな。



提督「失礼します」




役員に頭を下げ、艦娘達が待っている第二執務室へ向かった。







【鎮守府内 第二執務室】




最上「そ、それ本当!?本当に合格なの!?」


提督「ああ、おめでとう最上」


三隈「最上さん!やりましたね!」


朝雲「おめでとう!」


山雲「おめでとうございます~」



最上が肩を震わせて涙を零す。

それだけ彼女は色んなものを堪え溜め込んでいたのだろう。



提督「すぐに正式配属の話が来る、三隈と一緒に他の鎮守府で頑張ってくれ」


最上「うん…!て、提督…!ありがとう!!」


提督「うぉ!?」



感極まった最上が我慢できずに俺に抱き着いてきた。



最上「ありがとう提督!僕、僕提督に会えて本当に良かったよぉ!!」


三隈「まあ最上さんったら」


朝雲「ちょっとぉ!離れて下さい!」




ん…?


最上…こいつ…。




俺への抱き着き方が尋常ではない。

まるで発情した犬のように下半身をこすり付けている。


本人がどこまで自覚しているのかわからないが…













その後しばらく騒がしい最上をなだめるのにしばらく時間が掛かった。








そして3日後…








【鎮守府内 廊下】




早朝、まだ誰も起きていないだろう時間帯。


俺はさっさと荷物をまとめ鎮守府を出る準備をしていた。




山雲「司令さーん」



しかし山雲は既に起きていたようで俺に声を掛けてきた。



山雲「色々と~ありがとうございました~」


提督「それはこちらの台詞だ、よく働いた。感謝するぞ」


山雲「あなたのためではありません~、朝雲姉のためです~」


提督「わかってるさ」



山雲には上官の艦娘達への聞き込み、そして大本営から来た役員へのタレコミと役に立ってくれた。


彼女のおかげで上官の追放は思った以上に早くすることが可能になったのだ。



提督「お前の望み通り後は穏健派の提督が着任となるだろう」


山雲「ありがとうございます~」


提督「じゃあな、せいぜい長生きしてくれ」




彼女の横を通り過ぎさっさとその場を離れようと思った。




山雲「あなたとのお仕事~、楽しかったです~。またお会いしましょう~」




彼女なりの別れの言葉と誉め言葉なのだろう。


俺は軽く手を上げてそれに応え鎮守府から出て行った。







【鎮守府 港】




大本営へ帰るための船は既に用意されていた。




「待って下さいっ!」



船に乗り込もうとした俺に誰かが後ろから声を掛けてきた。



振り返って見るとそこには…



提督「もう身体は大丈夫なのか?」


祥鳳「はい…」



軽空母・祥鳳が肩で息をしながらこちらを見ていた。

どこからか知らないが走ってきたらしい。



祥鳳「せめて…何かお礼ができればと思っていたのに…こんな急いで戻らなくても…」


提督「礼など必要ない。俺は当然のことをしたまでだ」


祥鳳「でも…」


提督「そうだな…もしもお前にその気があるのなら」



俺はしっかりと正面から祥鳳を見る。



提督「俺の秘書艦になってくれないか?」


祥鳳「え…」


提督「大本営に戻り次第俺はすぐにどこかの鎮守府へと着任となるだろう。その時君のようなしっかりした艦娘なら俺も助かるのだが…」



祥鳳は少し考えて俺の視線から目を逸らしたが…




祥鳳「はい!私をあなたの秘書艦にして下さい!必ずあなたのお力になりますから!」




笑顔とともに元気の良い返事が返ってきた。




提督「期待してるよ。着任先が決まったら連絡する。それまで待っていてくれ」


祥鳳「道中お気をつけて…。ご連絡お待ちしています」




深々と頭を下げる祥鳳に対して俺は背を向け船に乗り込んだ。











誰も…






何一つ俺を疑っていなかった…









船が動き出し、大本営への海路を進み始めた。











提督「くくっ…アハハッ…!アッハッハッハッハッハ!!」








船の大きな音に紛れながら俺は大きな笑い声をあげた。



何度も何度もほくそ笑んで内心笑っていたものをここで解放する。






とても気持ちが良かった。









ああ、気持ちが良い。



自分に酔えるくらい最高の気分だ。








こうやって艦娘を利用して…





俺の復讐のための道具にし続けてやる…!












勢いよく走り出した船の甲板で全身に風を受けながら俺は気が済むまで大声で笑い続けた。
















                                   プロローグ 終 




楔となる者






【大本営】





試験を終えて大本営に着くと早速新しく着任する鎮守府への指令書が渡される。




大将「お前には佐世保鎮守府へと行ってもらう」


提督「ハッ!」



敬礼を決めた後、頭を下げながら両手を伸ばし対象から指令書を受け取る。


そのまま後ろへ下がりしっかりとした気を付けをして待機する。





実は指令書を受け取りに来たのは俺だけではないのでそのまま退室せず待つことになる。





大将「白友提督!」


白友「ハッ!」


大将「お前には横須賀鎮守府へと行ってもらう!」




俺の隣に立っていたこの男・白友提督



彼は俺の同期であり海軍の養成所からずっと一緒の男だ。


常に成績はトップで何をやらせても一番だった。

それだけでなく人望もあって上からも下からも評判が良い。



しかも艦娘に対し優しい。

誰かさんとは大違いな男だ。




大将「お前には期待しているぞ」


白友「ありがとうございます!」



俺の時と違い白友に対しては過分なる期待を寄せているようだ。


それはそうか、彼は海軍で知らない者はいない期待の新星なのだ。



提督「失礼しました!」

白友「失礼しました!」



俺達は敬礼して大将殿の部屋を出た。




提督「おめでとう白友!いやぁ良かったなあ!横須賀鎮守府配属とは…出世コースまっしぐらだなぁ!」



俺はバンバンと彼の背中を叩く。

久しぶりに会った同期なのでつい馴れ馴れしくしてしまう。



白友「…」


提督「いよ!同期の星!出世頭!」


白友「…」



しかしそんな俺に対し彼は冷たい目を向ける。



白友「馬鹿にしているのか?」


提督「は?」


白友「お前なんかに褒められても嬉しいわけが無いだろう!離れろ!」



俺の腕を取って振り払う。



白友「改めて言っておくが…俺はお前みたいな艦娘を蔑ろにするような奴は大っ嫌いなんだからな!」


提督「なんだよ…俺はお前が大好きなのに…」


白友「気色悪いことを言うな!」





そう。



俺はこの男に嫌われている。



訓練生時代から艦娘に対し優しかった彼とは別に俺は容赦なく接してきた。


そのためよく意見がぶつかって注意されたり叱られたり喧嘩したりもした。




しかし俺はなぜかこの白友が嫌いになれない。


それどころか好きかも知れない。





白友「いいか!もしも新しく配属した鎮守府で艦娘を傷つけたりしてみろ!俺は絶対に許さないぞ!」


提督「きゃー怖い」


白友「真面目に聞かんかあ!!」




このようにからかいがいがあり過ぎて俺を楽しくさせてくれるからだろう。




提督「わかったよ、心を入れ替えて優しくすると約束するよ」


白友「本当だな!?」


提督「ああ。約束する」



このままではやかましくて敵わないのでとりあえず適当に約束をすることにした。



すまん…着任早々に約束を破ることになるだろうな。




提督「じゃあな、また演習かなんかで会おう」




俺は白友に手を振ってその場を離れ港へと向かった。












その途中である場所へ電話を掛ける。












提督「祥鳳に繋いで下さい」




少し前まで試験のために居た鎮守府だ。


今は新しい穏健派の提督が着任している。








提督「配属先が佐世保に決まった。着任日は…」











【鎮守府内 執務室】




佐世保鎮守府に着いて執務室へ入る。


荷物は自分が送った私物の入った段ボールが数個あるだけでそれ以外は何もない。



1から…いや、ゼロからのスタートとは聞かされていたが本当にそうらしい。

まだこの鎮守府には指令書も何も置かれていない。


工廠にある程度の資源が置かれている以外は何も無く、どうやら全て自分で行動せねば何も始まらないらしい。




まずは私物の入った段ボールを私室に移動しようかと思った時…




コンコンとドアが鳴る。



「あの…祥鳳です、入ってもよろしいですか?」




…来たな。



提督「どうぞ」


祥鳳「失礼します」



俺は逸る気持ちを抑え彼女を迎えた。




提督「本当に来てくれるとはな、嬉しいぞ」


祥鳳「そんな…勿体無いお言葉です」



少し照れ臭そうに祥鳳が顔を赤らめる。



その顔が数分後にどれだけ歪んでしまうか見ものだな…





祥鳳はしっかりとこちらを見て敬礼する。



祥鳳「軽空母・祥鳳です。あなたの秘書艦としてこの鎮守府に配属となりました。どうか宜しくお願い致します」


提督「ああ。頼りにしているぞ」




お前とはきっと長い付き合いになるだろうからな。




提督「さっそく雑用になってしまって悪いが一緒に段ボールを俺の私室まで運んでくれないか?」


祥鳳「はい、喜んで!」



祥鳳は嬉々として段ボールを持ち上げて移動しだした。

さすがは艦娘だけであって数個まとめて運んでも何も問題ない様子だった。



鼻歌でも歌いそうな上機嫌な祥鳳の後ろを俺はニヤつく顔を抑えきれないまま私室へと向かった。




【鎮守府内 提督の私室】



執務室からそう離れていない俺の私室に段ボールを運び入れた。



祥鳳「これで全部ですか?」


提督「ああ、少ないだろう?」


祥鳳「い、いえ…!」


提督「ははっ、元々あちこち移動することを見越して荷物を少なめにしているんだよ、そんな顔するな」



談笑を交えながら祥鳳と荷を解いていく。


一通り荷物を出し終えたところで俺はベッドに腰を掛けて祥鳳を見る。




さて…





始めるか…










提督「祥鳳」



祥鳳「は、はいっ」




張りつめた俺の声に祥鳳が緊張した視線を向ける。




提督「最初の命令だ」








秘書艦として着任した彼女への命令。









それがこれから始まる復讐への第一歩目だ












提督「今からお前を抱く」


祥鳳「え…」




祥鳳は何を言っているのか理解できないといった顔を見せた。



提督「服を脱げ。裸になるんだ」


祥鳳「な…」




言葉を失い、先程まで明るかった表情は見る影も無く歪み、戸惑いを含んだものへと変わる。




提督「仕方ないな…」



俺は立ち上がって祥鳳に近づく。


祥鳳は一歩ずつ下がろうとするが俺はさっさと間合いを詰める。



祥鳳「きゃあああああああああっ!!」



そして彼女の白い服を掴み一気に下ろした。



元々半分見せてたくせに今更だろう…



祥鳳「やめて!やめて下さい!何を考えているのですか!!」



祥鳳は俺の手を振り払い胸元を隠すようにしてこちらに背を向けた。



提督「着任早々に命令違反か?良い度胸をしているな」


祥鳳「でも、こんな、こんなこと…!」



徐々に祥鳳の目に涙が溜まり悲しそうな表情で歪んでいく。



戸惑い、悲しみ、怒り



彼女が何を期待してここへ来たかはある程度想像はつく




しかし現実に前の上官のような



いや、それ以上に最悪な命令に耐え切れなかっただろう…







涙は零れ、悲しみを通り越して怒りの表情を向ける。






『どうして!?なんで!?』





そんな彼女の心の声が聴こえてくる。







俺もきっとあの時は同じような顔をしていたのだろうな…







提督「嫌か?」


祥鳳「嫌です!こんな…こんなことのために…私を呼んだのですか!?私…そんな…」



祥鳳が唇を噛み締めて悔しそうに顔を歪め涙を零す。


それほどまでに彼女にとっての俺の評価は高かったのかと思わず笑いたくなった。



提督「嫌なら仕方ない」


祥鳳「え…?」



脱がせようと下卑た態度で迫るのをやめて祥鳳をから距離を取る。



提督「消えろ。元居た鎮守府に帰れ」


祥鳳「な…」



いきなり興味を無くしたようにそっぽを向かれ祥鳳がどうしたらいいのかわからないと固まっている。





祥鳳「どうしてですか…」


提督「は?」


祥鳳「なんでこんなこと…あなたは一体…」



面倒だが一から説明する必要がありそうだ。



元々彼女には全て話すつもりで秘書艦として来てもらったのだから





提督「なぜ…か?」









忌々しいあの記憶が蘇る








提督「お前を助けたのも、お前をここへ来るように仕向けたのも」








血に染まったベッド




艦娘の砲塔から立ち上る硝煙




振り向きざまに俺を撃った艦娘




あの時の痛み



心と身体の想像を絶する痛み









永遠に忘れることなんてできるものか…!













提督「全て…復讐のためにしたことだ」



祥鳳「復讐…」





祥鳳は逃げようとしない





その先を聞かせて欲しいと彼女の表情が物語っていた…







_____________________







まだ自分が学生の身だった頃の話




海軍提督だった父が久しぶりに家に帰ってきた




いつもと違いその時は艦娘を2人連れていた





彼女達の名前を絶対に忘れはしない




『黒潮や、よろしゅうな』



『親潮です!宜しくお願い致します!』




息子である俺に対照的な挨拶をしてきた二人



陽炎型駆逐艦 黒潮と親潮



俺の運命を



人生を大きく狂わせたのがこの二人だった










どうやら父は着任したばかりの彼女達の教育係を命じられていたようで



息抜きと交流を含めて彼女達を連れて帰ったらしい





『少し話し相手になってやってくれ』




そう父に命じられた俺は積極的に彼女達との交流を試みた



彼女達も同じように言われていたのか、話は自然と弾んだ




彼女達からしか聞けないような父の話など話題は尽きず




あっという間に数日が過ぎ…








ついにその日は訪れた…





















父が『明日から大本営に行かなければならない』と言って次の日からまた家を空けると伝えた




その日の深夜…





翌日が休日ということもあって2階の自室で夜更かしをしていた俺は




一階から聞いたことも無いような妙な物音を耳にする




その音がした場所へ向かうと




そこは両親、そして少し年の離れた弟と妹が眠る寝室だった













ドアが少し開いていて




俺はその隙間から覗き込む






『終わったで…早く行こう…!』



『う…あ…』



『早う行かんと…!』



『は、はい…』




聞き覚えがあり、聞き間違えることの無い彼女達の声




黒潮と親潮は艤装を付け



その機銃からは硝煙が立ち込めていた






そして彼女達は返り血に染まっている








まさか…







その血をどこで浴びたのか…?





恐る恐る視線を向ける…






父が


母が


弟が


妹が




4人が眠っているはずのベッドが穴だらけになっていて



白いシーツが真っ赤に染まり



その面積を徐々に広げ



床にポタポタと血が滴り落ちていた…










俺は腰を抜かしてその場に尻もちをついてしまう






『だ、誰や!?』



『く…っ!!』




親潮が俺に機銃を向けて



躊躇なく引き金を引いた





音はほとんど聞こえなかった気がする



サイレンサーを装着していたのか詳しいことはわからないが大きな音がしなかったのは確かだ






『うぐっ!?ぐあああぁ!!うあああああ!!』







俺は腹部を撃たれ痛みと衝撃、受け入れがたい現実に断末魔のような悲鳴を上げた。






『親潮!何しとるんや!?』



『あ…ああ…』





そして俺を、家族を撃った仇を睨む



『な…なんで…!っぐ!ど、どうして…!?』



なぜだ…


どうしてこんなことを…!





薄れゆく意識の中




『早う逃げるで!さっさと報告せんと!』



『あ…は、はい…!』




俺を置いて逃げ出す彼女達の声を聞いていた























その後、父の友人である別の提督が家を訪れたため



俺の命はギリギリのところで繋ぎとめることができた







_____________________




【現在 鎮守府内 提督の私室】



提督「それが復讐を誓ったきっかけだ」


祥鳳「…」





提督が見せてくれた腹部の銃痕


怒り、憎しみに震える雰囲気



その話が事実であると裏付けているのが嫌でもわかってしまう。





でも…




祥鳳「艦娘が自分の指揮官を撃つなんて…なにか…何か理由があると思います!」


提督「だろうな」


祥鳳「え…」



そんなことは知っていると言わんばかりに提督はあっさりと返事をした。



提督「大方海軍部の上の人間から脅されていたのだろう。『奴を殺さなければ他の姉妹艦がどうなるか』なんてふざけた脅しをしたに決まっている」


祥鳳「…」



そこまで想像できているのならどうして…



提督「何か勘違いしていないか?」


祥鳳「勘違い…?」


提督「俺が復讐しようとしているのはその艦娘だけじゃない」



提督の顔が憎しみに歪む。


何かに憑りつかれたような恐ろしい表情に背筋が凍った。



提督「艦娘を含めた海軍そのものに復讐してやるつもりだ」


祥鳳「そんな…」


提督「艦娘どもを利用して戦果を稼がせ、権力争いに勝ち続け、俺はこの海軍の上に昇りつめた後…」


祥鳳「…」




提督「叩き潰してやる」



この人はきっと止まらない


自分でも止めることができないと自覚しているのかもしれない




提督「そのためにお前に優しくしてここへ来るよう仕向けた」



提督はまるで私を嘲笑うかのように言い捨てた。




祥鳳「ぅっ…く…」




こんな復讐のために私は騙されてここへ来てしまった。


彼への怒り、自分への情けなさに涙を堪えることができなかった。




彼の言った通りこの場を離れ瑞鳳の居る鎮守府へ帰ろうか?


そう思ったけれど…




祥鳳「でも…」


提督「…?」



どうしても気になることがある。



祥鳳「どうして…私なのですか?」



彼に矛盾を感じた。



祥鳳「あなたが復讐のために艦娘を利用すると言うのならば…私のような力の無い軽空母を秘書艦に取り立てる必要性が感じられません…」




そう、別に私である必要は無いはずだ。




祥鳳「どうせ騙して連れてくるのであれば、戦艦や正規空母の即戦力で戦える艦娘の方が良いはずなのに…どうして…」




あの鎮守府で行っていたことが全て計算ずくでするような男だ。

その気になればもっと力のある艦娘を騙して連れてくるなど容易なはずだ。



提督「お前には他の艦娘を繋ぎとめる楔となってもらう」


祥鳳「え…?」



どういう意味かわからない。



提督「どうしてお前ほどのしっかりとした艦娘が俺なんかに従うのか?そう他の者に思わせるだけで艦娘達が簡単に離れなくなる」


祥鳳「私が…なぜ…」


提督「お前は不思議だ。初めて会った時から他の艦娘に無い何かを感じさせた」




そんなこと言われても私にはわからない。




提督「お前は自分が思っているほど感情を隠すのが得意では無いな」


祥鳳「え?」


提督「どうして俺がお前を助けようと思ったかわかるか?なぜ瑞鳳が命を懸けてお前を護ろうとしたかわかるか?」



瑞鳳が私を護ろうとした理由…?



提督「お前の全身から、雰囲気から『助けて欲しい』って言ってるからだ。それで隠しているつもりだったら笑えるぞ」


祥鳳「そんな…」



ずっと瑞鳳を傷つけたくなくて、巻き込みたくなくて突き放したりしてたのに…


だからあの子を何度も危険な目に遭わせて…




提督「だからこそお前を選んだ。祥鳳、お前には俺の全てを話し理解し、納得の上で秘書艦をしてもらう。他の艦娘達に『どうして彼女が俺に従うのか』ということを感じさせるためにな」


祥鳳「…」


提督「お前がそれを拒むというのなら仕方ない、さっさと消えろ。お前の代わりを早く探さないといけないのでな」




この人が私を見る目。


まるで物を見るかのような上から目線、蔑んだ瞳。



彼の言う通り私が断ればすぐにでも他の艦娘を探すに違いない。





こんな…こんな艦娘を復讐の道具にするような人に従うわけにはいかない




そう思っているのに…




提督「なあ祥鳳、お前はここへ何しに来たんだ?」


祥鳳「え…わ、私は秘書艦を…」


提督「俺に守って欲しくて来たのか?それとも俺の力に成りに来たのか?」


祥鳳「あ…」




確かに前の上官と違って『この人ならば艦娘を大切にしてくれる』と思っていた。


最上さんとの信頼関係を見て心からそう思っていたけれど…


あれが何もかも嘘だなんて今でも信じられない。



あの信頼関係を見て私は…




『この人の下で戦いたい』


『力になりたい』




そう思って瑞鳳と別れこの鎮守府に来たんだ…。




提督「あと10秒やる、秘書艦をやらないなら出ていけ」




でも…それが復讐のための道具とわかってしまったというのに…




私の足は一向にこの部屋から出ようとしていない。




破滅的なほどに感じる彼の復讐心が本物なのかどうなのか




この先彼がどこへ向かいどのような結末を迎えるのか




その感情が一つひとつ私を繋ぎとめる鎖になっているような気がして…




祥鳳「…」




私は何も言うことができなくなり




提督「…」




無言で近づく提督が私の後頭部に手を回して逃げられないようにするのに抵抗もせず




祥鳳「ん…ちゅ…んむ…」




彼の口づけを受け入れ




提督「抱くぞ、良いな?」



祥鳳「…」





そのままベッドに押し倒され





私は純潔を提督に捧げることになってしまった






不思議と嫌な感情が湧いてくることは無かった






もしも相手が前の上官だったら迷わず舌を噛み切って死を選んでいただろう






でもそんなことはしようとも思わず




彼の思うまま、気が済むまで一晩中抱かれた











『これからどうなっていくのか』



『彼はどんな結末を見せてくれるのか』



『私の知らない世界を見せてくれるのだろうか』





そんな灰色な感情が私を包み込み





逸る気持ちを否定することも無く夜は更けて





私の秘書艦初日は終わりを迎えた



















【鎮守府内 提督の私室】




提督「祥鳳」




翌朝、身なりを整えた私に提督が何かを差し出す。




祥鳳「え…」



『遺書』と書かれたものだった。



提督「これをお前に預けておく」


祥鳳「どうして…」


提督「運悪く命を落とすなんてこともあるだろうからな、もしも俺が死ぬようなことがあったらそれを海軍部に提出しろ」


祥鳳「…」


提督「一応言っておくが開けるんじゃないぞ、遺書なんだからな」




本当にこの人はわからない。




提督「それに…もしも俺が復讐のために大きく道を外れるようなことをしたら…」




私の理解の範疇も予想の範囲も超えている。





提督「事故に見せかけて俺の命を奪え」




まるでそれこそが私への信頼の証と言わんばかりに提督は自身の生殺与奪の権利を与えてくれた。



祥鳳「そうならないように精々気を付けて下さいね」


提督「ああ」




私はそれを受け取る。




提督「祥鳳」



祥鳳「え?」



提督「良い笑顔だ」






知らぬ間に私は笑っていたらしい。






きっとそれは…




瑞鳳に見せられないような悪い笑みだっただろう…








_____________________





【鎮守府内 執務室】




祥鳳をこの鎮守府に秘書艦として迎えて3日目、ようやく艦隊運営に必要な人材が大本営より送られてきた。




雪風「陽炎型駆逐艦8番艦の雪風です!」


天津風「陽炎型駆逐艦九番艦の天津風よ」


時津風「陽炎型十番艦の時津風だよ」



3人はしっかりと敬礼して自己紹介をした。



祥鳳「秘書艦を務めます軽空母祥鳳です、よろしくお願いしますね」



それに続き祥鳳も彼女達に挨拶をした。


既に秘書艦として務めることに腹を括ったのか堂々とした挨拶をしていた。




提督「さっそくだがお前らの実力を見せてもらいたい、30分後に艤装を付けて演習場に集合してくれ」



雪風「はい!」

天津風「ええ」

時津風「はーい」



提督「祥鳳、お前も演習のサポートをしてもらうから同じように艤装をつけてくれ」


祥鳳「はい」



そう言って彼女達を一旦解散させ俺は書類を持って演習場へと向かおうとした。




祥鳳「あの…」



しかし祥鳳が残っており心配そうな顔でこちらを見ている。



提督「心配か?陽炎型のあいつらを俺が傷つけたりしないか」


祥鳳「は…はい…」




俺の家族は同じ陽炎型の黒潮と親潮に皆殺しにされている。

その話を知っている祥鳳として気がかりなことなんだろう。



提督「心配するな。あいつらはそのこととは関係ない、むやみに傷つけることは無いさ。まあ…」



これからのことを考えると思わず笑ってしまいそうになる。





提督「それなりの調教は必要になるかもしれないがな」





【鎮守府 演習場】




演習内容は走行性能、砲撃・雷撃性能のテストから始まり対空、対潜の性能も測った。


天津風も時津風も雪風もそつなくこなし高い性能を見せつけた。



さすがに養父のコネを使って無理やり『高性能な駆逐艦を寄越せ』と大本営から引き抜いてきただけあってこれからの活躍を期待させてくれた。




が…




天津風「どう?結構やるでしょう?」


雪風「戦場に出ればもっと頑張ります!」


時津風「期待しててね~」



提督「…」




この余裕を持った態度が気に入らない。




提督「どうだった?」


祥鳳「はい、一人ひとりの練度はとても高くこの調子ならすぐに実戦に出ても…」


提督「性能を聞いているんじゃない」


祥鳳「え?」



こいつら一人ひとりの性能の高さは見れば誰にでもわかる。


俺が聞きたいのは…



提督「こいつらの空気はどうだ?」


祥鳳「あ…」



祥鳳は俺の聞きたいことを察して顔を曇らせる。


彼女もどうやら俺と同じ感想を持っていたらしく、俺に近づき駆逐艦達に聞こえないよう小声で言った。




祥鳳「正直…ぬるいかと…」


提督「だろうな」



少し前まで囮機動部隊としてギリギリの命のやり取りをしていた祥鳳がこのぬるい空気を感じないはずが無い。




提督「もう一度チャンスをやるか」


祥鳳「え?」


提督「よし、仕上げだ」



俺はパンと手を叩き駆逐艦達の注目を集める。



提督「最後に全力疾走10分だ。瀕死のところを深海棲艦に追われているという想定で行こうか」


天津風「わかったわ」


雪風「了解です!」


時津風「は~い」



『緊張感を持ってやれ』と間接的に言うが全く伝わっている感じがしない。



提督「良いな。全力でやれよ、死ぬ気で逃げ切る訓練だからな」




念を押して置いたがどうやら期待できそうに無い。



俺と祥鳳は半ば諦めたような気持ちで彼女達の走りを見守っていた。
























時津風「ふぃ~、疲れた疲れた」


雪風「司令!戻りました!」


天津風「ふぅ、良い汗掻いたわ」




案の定、こいつらは余裕を持って戻って来やがった。



満足そうに帰ってくる彼女達を俺だけでなく祥鳳もどこか冷ややかな目で見ていた。




やれやれ、これは調教が必要だな。




提督「良し、演習は終わりだ。全員艤装を外して執務室に集まってくれ」


天津風「何かするの?」


提督「そうだな…」



本当のことを言ったらこいつらは逃げ出しかねないので…



提督「適性検査…といったところか」


雪風「?」


時津風「なにそれ~?」



答えを濁しながら俺は彼女達から離れ、先に執務室へと向かった。





【鎮守府 地下】





天津風「こんなところで何しようってのよ…」


提督「心配するな、痛いことしないよ」


時津風「本当に~?」


提督「もちろんだ」


祥鳳「…」



俺は満面の笑みを作り駆逐艦達を疑わせないように歩かせる。




痛いことはしないさ。


痛いことは…な…。




提督「ここだよ」


雪風「え?」




地下室にある小部屋に入る。


6畳分くらいの小さな部屋にドアが一つあり、その中にトイレがあるだけだ。

地下なので当然窓なんかない。



天津風「この部屋が…なんなのよ?」


提督「その部屋の奥を見て見ろ」


時津風「?」




俺の言葉に駆逐艦達3人がその場を見ようと奥へ進む。



祥鳳「…」




俺と祥鳳はその隙に部屋を出た。




時津風「なんにもないよ~?」




そして俺は廊下にあるボタンを押す…








ガチャンッ!!と大きな音とともに部屋の入り口に鉄格子が出てくる。




天津風「え!?」


雪風「わぁ!?」


時津風「ちょっと!?」




彼女達は3人ともその部屋に閉じ込められてしまった。



天津風「これはどういうことよ!」


提督「言っただろう?適性検査だよ」


雪風「待って下さ…え!?」



この部屋の向かいに同じ部屋がもう一つ用意されている。



俺はそこに入り、祥鳳が同じようにボタンを押して鉄格子を下ろした。






祥鳳はその場を去って、鉄格子のついた部屋には天津風・雪風・時津風が残され


その部屋の向かいに俺が同じように残された状態となった。





提督「さて、適性検査を始めようか」





この駆逐艦達にとって



とてつもなく長く感じるであろう適性検査が開始された。








天津風「ちょっと!早く出しなさいよ!!何がしたいのよ!」


雪風「雪風たちは何も悪いことしてません!」


時津風「出~し~て~よぉ!」




俺と駆逐艦達が牢屋に入ってすぐに鉄格子越しに言いたい放題言い始めた。



提督「心配するな、お前達の態度次第ではすぐに出してやる」


天津風「信用できないわ…!」


時津風「時津風達を閉じ込めてあんなことやこんなことをするつもりだなぁ!?」


提督「…」



お前らみたいなちんちくりんに手を出すわけないだろうが…




祥鳳「提督、お持ちしました」


提督「ご苦労」




祥鳳が紙の束を抱え戻ってきた。



そして鉄格子の隙間から艦娘達の部屋へ、そして俺の部屋へ半分ずつ渡す。




すぐに何が書かれているか駆逐艦達が確認する。




雪風「作戦指南書…?」



彼女達に渡したのは俺と祥鳳がこの3日間で考えた作戦内容が書かれたものだ。

駆逐艦用に作ったものだがその紙束の厚さは50センチはありそうだ。


あれこれと一通りの作戦を作っていたらこれだけの量になってしまったのだった。



提督「今日からここで作戦を覚えてもらう」


雪風「ええ!?」


天津風「な、何もこんなところでしなくても…!」


時津風「やだよこんな所で!早く出してよぉ!!」


提督「一枚目をめくれ」




俺は作戦指南書を持って始めようとするが駆逐艦達はギャーギャー騒ぐだけでやろうとしない。



提督「命令だ、作戦指南を始めるから一枚目をめくれ」



もう一度念を押して言う。



しかし…



雪風「ここから出して下さい!」


時津風「い~い~から~!出せぇ!!」



雪風と時津風は聞こうとはしなかった。




天津風「あ…!雪風!時津風!待って…!」





天津風はどうやら気づいたらしいがもう遅い。








提督「お前ら…」


雪風「い…」




俺は大袈裟に溜息をついて奴らを睨む。



提督「言葉遣いも多少の無礼も俺は気にしない。だがな…」


時津風「あ…の…」



空気を変えたことで先程まで言いたい放題言ってた二人も黙った。




提督「命令違反だけは絶対に許さん」



俺はポケットから携帯電話を取り出してタイマーをセットする。



設定した時間は24時間、それを3人に見せるようにして背を向けた。




提督「罰だ。24時間この牢屋に居る時間を追加する」


天津風「え…!?」


雪風「あ、あ…」


提督「言っておくが…」



懐から耳栓を取り出して自分の耳に嵌める。



提督「この牢屋に居る間は食事無しだからな」


時津風「…!…!?」


天津風「…!!」



耳栓をつけたのでこいつらが何を言っているのかもう聞こえない。




俺はその場に寝ころび彼女達に背を向け『これ以上話は聞かない』と言った態度を見せて眠りに入った。






















しばらく眠った後、腕時計を確認すると20時間ほど経過しているようだ。

最近徹夜が多かったせいかよく眠れたらしい。


提督「さて…」



俺は彼女達に気づかれないようにこっそりと耳栓を外してみる。








時津風「おなかすいた~…」


雪風「ごはん…」



どうやら時津風と雪風はがっくりとしながら愚痴っているらしい。




天津風「次…敵編成が駆逐艦3隻の場合…」



天津風はどうやら作戦指南書を読んでいるようだ。


こんなところに20時間も閉じ込められているのだ。

やることが無く暇を持て余しているからだろう。




提督(あと四時間か…)



俺はこの後のことを楽しみにしながらもうひと眠りについた。






















ピピピピピッ!と携帯電話のアラームが鳴り目が覚める。



提督「時間か…」



俺は身体を起こし駆逐艦達に向き合う。



提督「おはよう」


天津風「…」


時津風「…」


雪風「…」



明らかな不機嫌顔でこちらを睨んでいる。

言葉にせずとも『さっさとここから出せ』と言っているのがわかってしまう。



提督「それじゃあ始めようか」



しかし俺が作戦指南書を持って講義を始めようとしたら彼女達も大人しくそれに従う。


さすがに24時間も食事を抜かれもう逆らう気は無いらしい。

早く終わればここから出られると思っているのだろう。


それは正解ではあるのだが…



提督「最初にそれぞれの艦種の特徴について…」






そう簡単に出られると思うなよ?














提督「一旦閉じろ」



一通り講義を終えて彼女達に向き合う。

開いていた指南書を閉じさせてこちらを見るように言う。



提督「それでは問題だ。カンニングは禁止だぞ」


天津風「え…?」


雪風「あ…」


時津風「う…」



3人ともしまったという顔をする。



提督(やはりな…)



どうやら途中からしっかりと聞いていなかったようで頭に入っているか自信が無いのが顔に出ている。



提督「時津風、海防艦の特徴は?」


時津風「あ…の…」



海防艦の特徴は講義の後半部分の話なので恐らく頭に入っていないだろう。



天津風「それは」


提督「教えるのも代わるのも禁止」


天津風「う…」



天津風が時津風に助け船を出そうとするのを阻止する。

それでは意味が無いからだ。



提督「あと5秒だ」


時津風「た、確か小さくって…」


提督「時間切れだ」



俺は携帯電話を取り出す。

時間を3時間にセットして彼女達に見せた。



雪風「も、もしかして…!?」


提督「質問に答えられなかった場合でもペナルティだ」


天津風「ちょっと待…」


時津風「…!?」




再び耳栓をして彼女達の声を遮断し俺は背を向けた。





















そして3時間後に起き上がって彼女達を見る。



先程とは打って変わって真剣に指南書を読んでいた。


どうやら天津風が講師となって二人に教えているという構図になっているようだ。



祥鳳「提督」



耳栓を外して声を掛けようとしたところに祥鳳がやってきて声を掛けてきた。



祥鳳「こちら郵便物です」


提督「ご苦労」



俺達と違い外に出ているはずの祥鳳だがその顔に元気が無い。



こいつまさか…



その場を離れようとした祥鳳が立ち上がった時…


ぐうぅぅぅ…と腹の音が聞こえた。



時津風「んん?」


祥鳳「あっ…」



祥鳳が恥ずかしそうに腹を押える。



雪風「も、もしかして祥鳳さんまで…」


天津風「最低ね…!」


提督「俺は何も言ってないぞ」


雪風「え?」



本当に何も言ってない。




祥鳳「私だけ楽するわけにはいきませんから…」


天津風「…」


雪風「…」


時津風「…」



駆逐艦達は言葉を失って黙ってしまう。



彼女達が今何を考えているか容易に想像できる。




『どうしてこの秘書艦祥鳳はここまでするのか…』



そう思っていることだろう。



『こんな艦娘に酷いことをする提督なのにどうして彼女は従うのか』


『なぜここまでできるのだろうか』



俺の予想した通り祥鳳という存在は彼女達をこの鎮守府から逃げ出さなくなる楔を順調に打ち込んでいるようだ。





提督「さて、続きを始めるぞ」





この雰囲気を活かさない手は無い。



今のうちに俺はこの駆逐艦達の調教を進めることにした。



















【鎮守府内 地下室】






作戦指南を終えたのはそれから2日後のことだった。






提督「これで終わりだな」


雪風「お…」


天津風「終わった…」



合計3日間程食事抜きの睡眠不足で3人とも疲れ切った顔をしている。

それだけじゃない。

『質問に答えられなかったら時間延長のペナルティ』というプレッシャーからようやく解放されたのだ。



時津風「は…早く出してよぉ…」



時津風が泣きそうな声で力無くお願いする。


最初の頃のまるで犬のような噛みつき方とはえらい違いだ。





提督「そうだな…」





しかしここからが適性検査の始まりだ。





提督「では一人だけ出してやろうか?」




天津風「な…」


雪風「え…?」


時津風「ひ…ひとり…だけ…?」


提督「ああ」



『やっと出してもらえる』と思っていた3人は信じられないといった顔を見せる。



提督「残った二人はここで引き続き作戦指南だ」


天津風「…」


雪風「…」


時津風「…」



3人は恨みがましい目をしながら俺を睨む。

しかしその表情には『ここから出たい』『でもどうすればいいのか』というものが見えている。



提督「5分後にどうするか回答しろ」



俺はそう言って携帯電話を5分セットして耳栓をつけて背を向ける。




さて…どんな返事をしてくれるだろうか?

























アラームが鳴ったので耳栓を外し彼女達を見る。



俺を見る彼女達の目は何らかの強い意志が感じられた。




天津風「全員ここに残るわ…」


提督「ほう…良いのか?」



疲れた顔をしていても彼女達の意志は強そうだ。



雪風「一人だけなんて…選べません…」


時津風「喧嘩するくらいならここに居た方がマシだよ…」


提督「…」



艦娘達、姉妹艦の絆は強いとは聞いていたが…予想通りとても強固なもののようだ。


あと3日くらい閉じ込めて同じ質問をしてみたい衝動に駆られるが、そんなことをしたらこいつらを利用できなくなるというデメリットが生じる可能性の方が高いのでこれくらいにしてやる。



提督「良い回答だ」



俺がそう言うと3人は期待の目をしてしまう。

『ようやく出してくれるのか?』と顔で言っている。



提督「祥鳳、持ってきてくれ」




携帯電話で事前に打ち合わせをしていた祥鳳を呼び出す。











少しして祥鳳がやって来た。



駆逐艦達が祥鳳に『早く出してくれ!』と噛みつかんばかりの表情を見せているが…




祥鳳「どうぞ」



雪風「…?」


天津風「これは…?」



祥鳳は鉄格子の隙間から何かを3人に渡した。



時津風「クッキー…?」



透明な包装用紙に包まれたクッキーだった。


4枚持っていたその内の3枚彼女達に渡す。



『どういうことか』と理解できず祥鳳を見上げる彼女達だが…



雪風「ゴクリ…」


時津風「ジュル…」


天津風「うぅ…」



3日も食事を抜かれていた彼女達にとっては我慢できる代物では無かった。


だが少しの疑いの表情をしている。

そんな彼女達を安心させるため…。



祥鳳「いただきます…」


雪風「あっ」



祥鳳が先に封を開けて一枚食べてしまう。



祥鳳「久しぶりの食事…美味しいです」



祥鳳がウットリするような表情を見せて美味しそうに食べてしまう。

その彼女の姿に…



雪風「いただきます!」

時津風「いただきます!」



理性は切れてしまった。



天津風「…」



雪風と時津風が美味しそうに食べてしまう中、天津風は俺を見ていた。



天津風「…」



彼女も限界まで腹を空かせているというのに俺の様子を伺ってこの行為に何の意図があるのかと必死に探っているらしい。


しかし…


ぐうぅぅぅ…と天津風の腹が鳴る。



時津風「天津風も食べちゃいなよ」


雪風「変なもの入ってないみたいですよ?」


天津風「…くっ…ぅっ…」



天津風は悔しそうに顔を歪め涙を零しながら封を開ける。



天津風「しょ…祥鳳さん…」


祥鳳「はい…?」



そしてクッキーを半分に割り震える手で祥鳳に渡した。



天津風「あ、あの人に…渡して…」


祥鳳「…」



祥鳳はコクリと頷いてそれを受け取り俺に手渡した。









提督「合格だ」


天津風「…」


時津風「え?」


雪風「それってどういう…」


提督「祥鳳」


祥鳳「はい」



祥鳳は立ち上がり廊下にあるボタンを押す。


3人を閉じ込めていた部屋、そして俺の部屋の鉄格子が開けられ外に出られるようになった。




提督「適性検査は終わりだ。時津風、雪風。お前ら天津風に感謝しろよ」



俺の言葉に時津風と雪風がハッとする。




提督「さ、飯にしようぜ。祥鳳、準備はできているな?」


祥鳳「はい。食堂に用意してあります」




何も言えず立ち尽くしている3人を置いてさっさと食堂へと向かった。







【鎮守府内 演習場】




提督「演習を始める前に…」



食事を終えてしばらく休憩をしたの後、15:00に演習場に艦娘を集めた。

既に艤装を付けて駆逐艦達は集まっており、準備万端の様子でこちらを見ていた。


先日までの緩んでいた雰囲気は引き締まり3人とも緊張の面持ちになっている。



提督「天津風」


天津風「は、はいっ」



呼ばれた天津風がしっかりと敬礼をして返事をする。



提督「リーダーはお前がやれ。最後まで冷静でいられたお前にふさわしい」


天津風「え…わ、私…?」


提督「返事は?」


天津風「わ、わかったわ!」



一瞬呆気に取られていた天津風だったがリーダーの役割を受け入れた。


その様子に少し申し訳なさそうに雪風と時津風が顔を俯かせている。



提督「時津風と雪風はしっかりと天津風に従うように。それと…」



彼女達に顔を上げさせて見つめ返す。



提督「天津風は自分を犠牲にしてでもお前らを庇い命を落とす危険がある」


時津風「う…」


雪風「…」



少し前の地下での出来事を思い出して二人の表情は増々暗くなった。



提督「そうならないよう守ってやるのがお前達の仕事だ。良いな?」


時津風「う、うん!」


雪風「頑張ります!!」



一転して表情を引き締めて大きな声で返事をした。




提督「それでは演習開始!」



手を叩いて号令し、演習を開始した。






先日までとは全く違う緊張感のある演習となっている。


この3日間で叩きこまれた作戦を実行しようと天津風が指示して時津風と雪風はそれに応える。


演習を手伝っている祥鳳もその様子が楽しいのか嬉々としていた。





そして演習が一通り終わり…



提督「それでは最後だ、全力疾走10分。用意は良いか?」


天津風「ええ…!」

時津風「いつでも…!」

雪風「いけます!」



俺の言葉に3人の表情が一層引き締まる。



提督「走れっ!!」











3人は一切の手を抜くこと無く全力で10分を走り終える。



天津風「…っ…ぐ…」


時津風「ぜぇ…!ぜぇ…!」


雪風「うぐっ…ゲホッ…ゴホッ…」



立ち上がれない程に疲弊して膝をついて呼吸を整えようとしている。


演習に取り組む姿勢が変わった彼女達の姿を見て俺も祥鳳も少し黒い達成感を感じていた。



提督「演習は終わりだ、艤装を外して執務室に集まれ」



天津風「…!?」


時津風「ひっ…」


雪風「あ、あの…」



また閉じ込められるのかという恐怖心からか怯えた表情を覗かせている。



提督「そんな顔するな、今日の演習は良かったぞ。この後はお前らの今後の住処を案内してやる」





【鎮守府 艦娘寮】





提督「ここだ」



艦娘達の住む寮へ連れて来て部屋を見せる。



天津風「何にも…」


雪風「無いですね…」



連れてきた部屋はまだ何置いていない10畳分くらいのやや広めの部屋だ。



時津風「殺風景だなぁ…牢屋と変わんないじゃん…」


提督「なんだお前、このまま住むつもりか?変わった奴だな」


時津風「へ?」


提督「まだ何も家具を買ってないんだから何も無いに決まってるだろ。これから好きなものを買って運び入れると良い」


雪風「ほ、ホントですか!?」



雪風が信じられないといった顔をする。



天津風「でも…そんなお金…」


提督「金は出してやる。多少の調整は必要になるかもしれないが取り合えず欲しいものの見積もりを取って来い」


時津風「うっそ…」



少し前の地下牢でしていたことと打って変わって優しい対応に3人は目を丸くしている。



雪風「大きなベッドが欲しいです!」


時津風「こたつが欲しいなー」


天津風「ちょっとまって、3人でこの部屋だと…配置をあらかじめ考えておかないとね」


提督「この部屋は一人用だぞ?」


時津風「ええ!?」


提督「お前らそれぞれに用意してあるが…相部屋が良いなら好きにしてくれ」


天津風「こ、こんな大きな部屋を…?」



まだ受け入れられないといった顔をしている。



こいつら…前の鎮守府でどんな生活をしていたんだ?



提督「次に毎月の給与形態だが…」


雪風「え!?お給料も出るのですか!?」


天津風「嘘でしょう!?」


提督「ちょっと待てこら」



なんでそんなことに驚かれなければならないんだ。



提督「お前ら…前の鎮守府での給料は?」


時津風「そんなもの無かったよ?」


天津風「『国のために戦うのだから』って言われて…撃破報酬くらいしか…」


提督「あのなあ…」




呆れて言葉を失いそうになる。




提督「お前ら、戦場に出て命のやり取りをして給料も出ないとかおかしいと思わなかったのか?」


天津風「…」


提督「少しは疑えよ。その鎮守府の提督、絶対にピンハネしてるぞ」


時津風「そ…」


雪風「そんな…」



やれやれ…『艦娘は年頃の少女と変わらない』と聞かされていたが…こんなところまで…。




提督「言っておくが、俺はお前達がしっかりと演習をして任務をこなしてくれるのなら給料も休みも与えてやるつもりだ。というかそれが当然なんだがな」


雪風「お休みも…?」


提督「ああ。まだ人数が少ないからしばらくは遠くへ行くのは控えて欲しいけどな」


時津風「しれぇ…」



俺は真剣な表情と声を取り繕って伝える。



少しずつ、3人の表情から疑いが消え始めるのがわかった。




提督「それでは飯にしようか。祥鳳が食堂で準備を終えた頃だろう、家具カタログでも見ながら早いとこ入れたい家具を決めてくれ」























その後、祥鳳が用意してくれた料理を食べながら駆逐艦達は楽しそうにこれからの話をしていた。




その様子に俺は嬉しさを超える優越感を感じていた。





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【鎮守府内 執務室】




夕食を終えて私と提督は執務室で書類整理をしていました。


3日間も提督が地下牢で過ごしていたため急ぎの書類以外は溜め込んでしまっていたため今日は遅くなりそうだったけど…。




提督「後は俺がやる、お前はもう寝ろ」


祥鳳「え…?」



提督が私に休むように言います。



提督「疲れが顔に出ているぞ。3日食事抜いただけでなく俺がいない間もずっと訓練してただろ」


祥鳳「…」



気づかれていたのね…鋭い人。

この人は本当に人を見抜く力はすごいのかもしれない。


そう関心していると…



ぐうぅぅぅ…とお腹が空く音が聞こえる。



祥鳳「提督?そういえばあまり食事を摂ってませんでしたよね?」


提督「3日も食事を抜いて食べ過ぎると胃もたれするんだよ。前に最上達に同じことをしたときに学んだ」


祥鳳「…」



そういえば最上さんたちも独房に閉じ込めていましたね。

提督も一緒に3日食事を抜いて付き合っていたのを覚えています。



提督「お前ら艦娘の頑丈な胃袋が羨ましい」




失礼ね…




祥鳳「少し待ってて下さい」


提督「ん?」




私はこの部屋のキッチンを使い、簡単な料理を始めました。






祥鳳「どうぞ、これなら胃に優しいと思います」


提督「おぉ…」



卵粥を提督に差し出すとすぐに食べ始めた。




提督「ふむ、美味いぞ」


祥鳳「それにしても…」


提督「ん?」



聞いておきたかったことがあった。



祥鳳「見事な手際でしたね。たった3日であの子達の演習に取り組む姿勢を変えただけでなく信頼まで得られることができて」


提督「そうだな」



当然のことのように提督は笑みを浮かべて応える。



祥鳳「でも…」


提督「なんだ?」


祥鳳「どうしてあなたまで一緒に付き合ったのですか?艦娘はあなたと違い多少頑丈ではありますが…このままでは身体を壊しますよ?」



単刀直入に『どうしてそこまでするのか』と聞きたかったけど少し遠回しに聞いてみる。




提督「同じ目線に立つためだ」


祥鳳「同じ目線?」


提督「艦娘は年頃の少女と同じだ。自分だけ楽をして仲間達を傷つける奴を絶対に許さないだろう、祥鳳の前の上官のようにな」



思い出すだけで吐き気のするような上司が頭に過った。


それが顔に出ていたのか提督が私を見て笑みを浮かべている。



提督「正直…力で部下を押さえつけるやり方が一番手っ取り早いのだろうが、それは長く続かないし艦娘達のモチベーションも上がらない」


祥鳳「だから提督は…」


提督「ああ。あいつらが心底辛いと思うこと、3日間空腹に付き合い辛さを共有したんだ。『俺は楽はしない、辛いのも一緒に付き合う』と思わせるためにな」


祥鳳「…」


提督「効果は見ての通りだ。前の最上達も同じような方法で信頼を得ることができたぞ」



悪そうに口元を緩めている。




この人は本気でそう思っているから質が悪い。




提督「後はそれなりの報酬と待遇を用意してやれば完璧だな」




確かに前の鎮守府と違い、この人は信頼を得てこれから昇りつめていくのだろうけど…









なぜか…




消えない不安がずっと私の胸の中で渦巻いている。







いつの日か…



全てが露呈して






まるでガラスのようにこの人と艦娘の関係は粉々に砕かれてしまうような気がして…























提督「ごちそうさま。美味かったぞ」



用意した卵粥を平らげて提督が手を合わせている。



提督「しかし祥鳳、俺に食事を摂らせたのは失敗だったな」


祥鳳「え…?きゃあ!?」



どういうことかと思っていた私を提督が持ち上げる。


まるでお姫様抱っこのようで恥ずかしくなった。




提督「食欲が解消されたら性欲が湧いてきた。今から抱くぞ」


祥鳳「ちょ、ちょっと待って下さい!」


提督「待たない」




提督はお姫様抱っこのまま私を執務室奥にある仮眠用の大きめなベッドに置いて覆いかぶさってくる。

このベッド…仮眠用にしては大きいと思ったけどもしかしてこのために…



祥鳳「て、提督!書類は!?」


提督「そんなもん明日だ」


祥鳳「そんな…!んむっ!?っちゅ…!んむぅぅ!?」



強引にキスをされて舌を差し込まれ口内を掻きまわされる。




こうなるともう止めようがない…















私はこの夜、『我慢していた分だ』と言わんばかりの提督にまた一晩中抱かれることになってしまった。











































天津風「ぅ…!あ…」





執務室のドアに鍵を掛けていなかったので天津風さんに見られていることにも気づけないまま…





_____________________





優しさと甘え






祥鳳『提督、お夕飯の支度が整いました』



祥鳳の内線が聞こえたので俺は立ち上がり食堂へ向かう。






既に天津風、時津風、雪風が食堂に来ており先に食べていた。



最初は俺に気を遣って全員揃うまではしに手をつけなかったが『そんなことに一々気を遣わなくて良い』と言い聞かせたところ最近ようやく先に食べるようになった。



提督「なあ…お前ら料理ってできるのか?」



食事中に気になったことを聞いてみる。



時津風「できない!」

雪風「できません!」


提督「うむ、正直でよろしい」



時津風と雪風は間髪入れずに無理と返答する。



提督「天津風は?」


天津風「できないことはないけど…得意ってわけじゃないわ」


雪風「司令はどうなのですか?」


提督「最近の冷凍食品は美味いぞ」


時津風「それってできないってことじゃん」



どうやら駆逐艦達に料理を期待するのは難しいようだ。



祥鳳「提督?料理でしたらこのまま私が…」



現在厨房を任せている祥鳳の料理は美味い。

しかし…



提督「今後大所帯になることを考えたらいつまでも料理なんかさせてられない。本業に支障をきたすからな」


祥鳳「それはそうかもしれませんが…」


時津風「しれー!なんか祥鳳さんに優しくない!?ひーきだひーきだ!」


提督「秘書艦はお前らよりも偉いんだ!贔屓して当たり前だろ!」


雪風「うわ…言い切りましたね…」


天津風「…」



誰か…鎮守府の台所を任せられる人材…

食事の手を止めて少し考える。




雪風「料理といえば大本営で食べた時の間宮さんの料理は最高でしたね」


時津風「あれは美味しかったなぁ~」


提督「間宮?そいつは艦娘じゃなかったのか?」


雪風「そうなんですけど…大本営で調理場を任されているんですよね」


時津風「艦娘向けの料理ができるってすっごい評判だったんだよ?」



艦娘…間宮か…




提督「ふーん…」


祥鳳(また何か良からぬことを考えていますね…)


天津風「…」






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【鎮守府内 食堂】



天津風「祥鳳さん」


祥鳳「はい?」



夕飯の後片付けを手伝ってくれている天津風さんが声を掛けてきました。



天津風「あ…の…」



なぜか天津風さんは顔を真っ赤にして言いにくそうにしています。



天津風「しょ…祥鳳さん…は…」


祥鳳「…?」


天津風「その…!あの人に…いつもあんなこと…強要されているんですか…!?」


祥鳳「え?」




あんなこと…



強要…?




祥鳳「あっ!?もしかしてこの前…!」


天津風「ご、ごめんなさい…!覗くつもりは…なかったんですけど…」


祥鳳「…」




今度はこちらが恥ずかしくなって顔を上げられなくなってしまった。



提督が『誰か覗いているかもしれないぞ』って私を恥ずかしがらせるための演技だったと自分で結論付けていたのに…

ドアが少し開いていて…天津風さんが覗いていたなんて予想だにしていなかった。



祥鳳「…」


天津風「…」



お互い顔を真っ赤にして俯いてしまう。



これからどう接すれば良いのかわからなくなってしまった…。



天津風「も…もしも…強要されているなら…あんなことやめさせます…!上に報告してでも…」




天津風さんはどうやら私が無理やりされているということで心配してくれているようだった。


別に無理やりというわけでは…強引ではあったけど。



祥鳳「だ、大丈夫よ…強要されているわけではないから…」


天津風「ほ…本当ですか?」


祥鳳「ええ…」



このまま放っておくと面倒なことになりそうなのでとりあえずこれだけは言っておかないと…。



天津風「どうして…」


祥鳳「はい?」


天津風「どうして…祥鳳さんはこの鎮守府に?何か弱みでも握られたんですか?」


祥鳳「…」



そう見られても仕方ないよね…あの人があんなのでは…。



祥鳳「私はね…」




ここに来た時のことを思い出す。




彼は『元居た鎮守府へ帰れ』と逃げ道を用意してくれた。

それにも関わらず、私は自分で選択してここに着任することを選んだ。




祥鳳「私は…自分で…自分の意志でここに居るのよ」


天津風「なんで…」



納得いかないような顔をするもの仕方のないことかもしれないわね…。


私の中でも明確な答えがあるわけでもないし…。




だから今は…




祥鳳「あの人の行く末を見たいから…かな?」


天津風「行く末…?」


祥鳳「ええ」




こう答えることしかできなかった。





しかしそれが提督の言う『艦娘を繋ぐ楔』となっていると思うと複雑な心境ではあった。




でも…今の私の毎日は以前に比べやりがいがあり充実している。



それだけは確かだった。




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【大本営】



さっそく俺は大本営に間宮を攫い…


いや、勧誘しにやって来た。



周りの奴らに知っているか聞いてみるとどうやら彼女はちょうど今日行われる大本営のパーティ会場に出す食事を用意しているらしい。



俺はコネを使ってそのパーティに参加し彼女を探す。




提督(間宮の特徴は…)



駆逐艦達に聞いてきた特徴を思い出す。




天津風『エプロンが良く似合っていて…』



エプロン…何人かいるな。



雪風『髪が長かったですよ?』



髪?判別し辛いな。



時津風『おっぱいがドーンってでっかいんだよ!』




…あいつだ。間違いない。



エプロン姿でも隠し切れない胸が目立っている彼女に声を掛けようと思った。




しかし…





間宮「…」


提督「…」



彼女の沈んだ表情に声を掛けるのを躊躇する。



提督(聞いていた話と違うな)



雪風の話では笑顔がとても印象的だったらしいが…

今の彼女からはその様子が全く伺えない。


まるで出会った時の祥鳳みたいで思わず笑いそうになる。



提督(やれやれ…こいつもわかりやすい奴だな)



『辛い…』


『悲しい…』


『誰か助けて欲しい…』



そんな感情がわかりやすいくらいに全身からにじみ出ている。



もっともこの大本営で間宮のことをそこまで見ている奴はいないだろうが…




白友「君…大丈夫か?」


間宮「え…」




あ、同期の白友提督だ。

さすがホワイト鎮守府の鑑のような男…こういうことの嗅覚に優れているらしい。


だがお前に邪魔をされては俺の計画が狂う。


ここは…






提督『あーーーー!訓練所の方で艦娘が提督から理不尽な暴力を受けているぞ!!』


白友「な、なんだと!?」




白友提督は弾かれるように間宮の傍から離れ訓練所の方へすっ飛んで行った。

…これだからあいつをからかうのはやめられん。



さて…邪魔者もいなくなったところで…




提督「つまらなそうな顔をしているな」


間宮「え…?」



俯いていた顔を上げて間宮がこっちを見る。



間宮「す…すみません…」


提督「咎めようってわけじゃない。何がそんなに辛いのか聞きたくてな」


間宮「別に…私は…」



聞いても言おうとしない。

そんなことだろうとは思っていたがな。



提督「君さえよければ一度うちの鎮守府の艦娘達に料理を振舞ってやってくれないか?」


間宮「え?」



彼女にとって意外な問いかけだったのか間宮は固まっていた。



間宮「でも…私はここの仕事が…」


提督「もちろんここを離れる分の補償はさせてもらう」


間宮「あの…でも…」



間宮は少し考えるような仕草をする。



提督「君の料理をまた食べたいという艦娘が居るんだ。お願いできないだろうか?」


間宮「…」



考えが後ろ向きになる暇を与えないよう間髪を入れず追撃をした。



間宮「わ…わかりました…」



渋々と言った感じで間宮が頷き了承した。



提督「よろしく頼む。それではここを離れる補償だが…」


間宮「え…こんなに…」



金額を提示してやるととても驚いた顔をしていた。

全く…艦娘共の給与形態はどうなってんだ…。



提督「それじゃあこの日に」


間宮「はい…」


提督「みんな腹を空かせて待っているからな、楽しみにしているぞ」



要件を伝えこれ以上ここに用事は無いのでさっさと鎮守府へと戻ることにした。









間宮「…?」



間宮(今…何か妙な言い方をしたような…)












白友「お前かぁ!艦娘をぞんざいに扱っているのは!!」




俺に騙されていたはずの白友提督は訓練所で本当にひどい目に遭っていた艦娘を助け出し、見事自分の鎮守府に迎え入れていた。






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【鎮守府 正門】



間宮「ここですね…」



約束通り指定の日に間宮は鎮守府を訪れた。



祥鳳「間宮さんですね?」


間宮「あ…はい…」


祥鳳「私はここで秘書艦を務めています祥鳳です。今日はよろしくお願いします」


間宮「い、いえ…!」



祥鳳にしっかりと頭を下げられ間宮が慌てたそぶりを見せる。



祥鳳「では…食堂の方へ…あっ!」



食堂へ案内しようとした祥鳳の腹の音が鳴る。



祥鳳「す…すみません…」


間宮「い…いえ…」



お互い気まずそうにしたまま食堂へと向かうこととなった。




【鎮守府内 食堂】




間宮「な…!?」



間宮は食堂に着くと驚きを隠せなかった。




時津風「や…っと…」


雪風「来て…くれましたね…」


天津風「待ってたわ…」



ぐったりと机に突っ伏す駆逐艦達が出迎えたからだ。



間宮「これは一体…!大丈夫ですか!?」



近くの時津風に駆け寄る。


すると先程の祥鳳と同じように彼女の腹からも音がする。



時津風「早く…何か作って…」


間宮「なんてこと…!」



腹の空き様が異常なことから彼女達が何日か食事を抜かれていたことが嫌でも理解できる。



提督「来たな?では早速…」



そこへ提督も食堂へやって来た。



間宮「どういうことですか!?艦娘達をこんな目に遭わせて!あなた一体…」


提督「まあ落ち着け」


間宮「これが落ち着いて…え?」



今度は提督からも腹の音が聞こえる。




天津風「提督がね…『間宮の料理をより美味しく食べる方法を試すか?』なんて言うからさ…」


時津風「それに乗った私達がバカだったよぅ…」


雪風「おかげで昨日から食事抜きです…」


間宮「な…!何を考えているのですか!?」



間宮が怒って俺に詰め寄ってくる。

大きく揺れる胸が目の保養になるだけで全然怖くない。



提督「そんなわけで早く飯を作ってくれ」


間宮「…!」



動じずに対応すると言葉にならない怒りを向けられるのがわかる。



間宮「30分で作りますから!それまで…」


提督「よし、じゃあそれまで訓練だな。行くぞ」


時津風「ええーーー!!」


雪風「そんなぁ…」


間宮「ちょっと!?」


提督「グズグズするな。飢餓状態でどれだけ動けるかの訓練だ。さっさとしないと…」


天津風「わかった!わかったから!」



嫌々ながらも駆逐艦達が俺について訓練場へと向かった。




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間宮「なんて人…いつもあんな感じなのですか?」


祥鳳「はい…いつもあんな感じです…」



彼を庇う気にもなれず呆れる間宮さんに同意しておきましたが…



祥鳳「ただ…本人も一緒に付き合うから余計質悪いのですよね」


間宮「…」



一応フォローはしておいた後、私も訓練のために食堂を出ました。





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【鎮守府内 食堂】




30分後…



とても短時間で作ったとは思えない豪華な料理が並べられていた。



時津風「うわあああ…」


雪風「凄いです!」


天津風「想像をはるかに超えていたわね…」



飢餓状態の訓練を終えて食堂に来た駆逐艦達が感動の声を漏らす。

俺も油断していたら涎を垂らしてしまいそうなほどに期待できる料理が並んでいた。



間宮「さあどうぞ、遠慮なく食べて下さい」



間宮がそう言うと駆逐艦達がこちらを見て『食べて良いのか?』と目で語っている。



提督「これは俺が食っても大丈夫なのか?」


間宮「はい、艦娘も人間もそんなに違いはありませんので問題ありません」


提督「それじゃあ頂こうか。いただきます」



「「「「いただきまーす!」」」」



合掌してすぐに途轍もない勢いで食べ始めた。




時津風「うぐ…えぐっ…美味しいよぉ…」


雪風「こんなに美味しいの初めてですぅ…っ…ひっく…前に食べた時より美味しいような…」



時津風と雪風が感動のあまり泣きながら食べていた。



提督「な?俺の言った通り何倍も美味しくなるだろう?」


天津風「威張ってんじゃないわよ!でも…美味しい…」


祥鳳「本当…年季が違うというか…いくらでも頂けそうです!」





喜びの声を上げる艦娘達を前に間宮は嬉しそうにしているように見えるが…



間宮「良かった…です…」


提督「…」



どこか寂しそうな顔をしていた。




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時津風「はぁ~満腹…」


雪風「雪風は…幸せです…」


天津風「ごちそうさまでした」



幸せそうな顔をして間宮の料理を平らげた駆逐艦達が両手を合わせている。


なるほどな…

これなら艦娘達からの人気も納得がいく。

間宮がずっとここに居てくれたら彼女達は高いモチベーションを維持して高い戦果が期待できるだろう。



提督「間宮」


間宮「は、はいっ」



嬉しさと寂しさを混ぜ合わせたような顔をしていた間宮が俺の声にビクつく。




提督「正式に君をこの鎮守府に配属させるようにしたいんだが…君はどうだ?」


間宮「え…」



間宮の顔が暗く俯く。

良い回答は期待できそうに無いことくらいわかっている。


少し揺さぶってやるか。



提督「お前らはどうだ?」


時津風「さんせーーーーい!!」


雪風「ぜひ!お願いします!!」


間宮「あ…」



時津風と雪風の元気の良い返事に間宮が増々申し訳なさそうな顔をする。




間宮「ご…ごめんなさい…」




これ以上期待させてはダメだと言わんばかりにすぐに頭を下げた。




しかし簡単に諦めるつもりは無い。





提督「何か理由があるのか?大本営に残らなければならない理由が」


間宮「…」



俺の問いに黙ってしまう。

『理由はあるけど言いたくない』と態度で言っているのがわかる。




提督「まあ良いか…あまり無理に聞こうとするのも申し訳ないからな」


間宮「え…」



俺の答えが意外だったのか間宮が顔を上げる。



くくっ…油断大敵だぞ…俺がそんな甘いわけ無いだろ。





提督「次はいつ来られそうだ?」


間宮「そんなの…いつになるか…」


提督「そうか…仕方ないな…」


天津風「え…ま、まさか…!?」



察しが良いな天津風。




提督「それまで腹を空かせて待っているぞ」


雪風「ちょ!?ちょっと待って下さい!」


時津風「い、いやだああああぁぁ!!」




俺の答えに二人が悲鳴を上げる。




間宮「ちょっとあなた!また私が来るまで食事を抜く気ですか!?」


提督「そうだが?」


間宮「そ、そんなこと…!」



『そんなことをして良いんですか』と間宮は天津風と祥鳳を見る。



天津風は諦めたように机に突っ伏して祥鳳は全てを投げ出したような遠い目をしていた。



提督「心配するな、最初に餓死するのは俺だ」


間宮「なんの心配ですか!こんなことはもうやめて下さい!」


提督「止めて欲しければさっさと理由を話せ」


間宮「う…なんて卑怯な…」



脅すような言い方をするとさすがに間宮が俺を非難するかのような目を向けた。



雪風「お願いします間宮さん!理由を教えてくださいぃ!!」


時津風「しれぇは本気でやるよぉ!助けてぇぇ!」


提督「さあどうする?」


間宮「わ、わかりました!話します、話しますから!」



観念したかのように間宮が理由を話し始めた。







間宮「実は…大本営の近くに…」













間宮が大本営に残り飯炊き係をし続ける理由




時津風「そっかぁ…」


雪風「大変だったのですね…」


間宮「…」



それは大本営近郊にある孤児院のためだった。




間宮はその孤児院の子供たちの面倒を見ていた。


深海棲艦によって家族を喪った子、元々捨てられていた子、そして…




天津風「戦えなくなった艦娘も…?」


間宮「はい…」




まるで使い捨てのような目に遭った艦娘や深海棲艦との戦いで戦場へ戻ることができなくなった艦娘。

そのような者達を放ってはおけず間宮は大本営で稼いだ資金を孤児院へと収めているらしい。



祥鳳「なぜ間宮さんが稼ぐ必要が?」


間宮「国からの補助金を削られたって院長さんが…」


雪風「そんなぁ…」




提督「…」





俯いている間宮の顔を覗き込む。



彼女のやりきれない想いが伝わって来るかのようでそれが他の者にも伝染している。


傍から見れば彼女が身を粉にして子供達のために頑張っているように見えるのだろうが…

間宮のその表情の裏に隠されたものを俺は見逃さなかった。




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提督「…」



祥鳳(提督…?)




てっきり『それじゃあその問題を解決して間宮に来てもらおうか』くらいのことを言うと思っていたのだけど…




提督が間宮さんを見る目。



まるで何かの怒りを堪えるかのような冷めた目をしていた…。




提督「それじゃあ早速その問題を解決しに行こうか」


間宮「え…それってどういう…」


祥鳳「…」



しかし提督はすぐに表情を戻しいつもの調子になる。




さっき見せた冷たい目は一体…?








_____________________



【大本営近郊 孤児院】





間宮「ここです…」



間宮に連れられて祥鳳とともに大本営近くの孤児院を訪れた。



建物はあちこち綻びが見えている。

老朽化している場所もそのままで余裕が無いのが見て取れる。





間宮「みんな、ただいま」


「あ!間宮さんだー!」


「おかえりなさーい!!」




間宮が笑顔を作り中に入ると子供たちに囲まれた。

そんな子供たちに間宮は笑顔で接している。


鎮守府でも見せた…あの作り笑いだった。




提督(…ん?)



みんなが歓迎して間宮を迎える中…



??「…」



少し離れた位置からこちらを見ている少女に気づく。



雰囲気で分かる。

彼女は艦娘だ。



提督「君は?」


??「…っ!」



俺に声を掛けられた少女はその場をすぐに離れようとしたが…



??「あっ!」



バランスを崩してその場に倒れてしまう。



間宮「沖波さん!」



それに気づいた間宮がすぐに彼女を助け起こす。




沖波と呼ばれたその艦娘




祥鳳「大丈夫ですか?」


沖波「はい…すみません…」




祥鳳が沖波についた埃を払ってやる。

沖波は申し訳なさそうに顔を暗く俯かせる。




俺の視線は彼女の足元へいく。





彼女には右足が無かった。






なるほどな…戦えなくなった艦娘も居るとは聞いていたが…



正しくは戦えなくなって見捨てられた艦娘ということだろう。








提督「院長に会わせてくれ」


間宮「あ…はい、こちらです…」



沖波のことが気にはなったがとりあえず本来の目的のため院長の所へと向かう。






【孤児院 院長の部屋】




間宮がノックをして俺達を院長の部屋へと入れる。

院長は50代くらいの男で見た目はしっかりとした男性に見える。




院長「これはこれは、海軍提督の…」


提督「すまないな、うちの鎮守府に間宮を派遣してもらって。これは少ないが足しにしてくれ」



俺は祥鳳の方を向いて鎮守府から持ってきた封筒に入った金を渡す。



院長「こんなに…!ありがとうございます」



嬉しそうに金を受け取る。


院長はそのまま金を机に仕舞った。






ちゃんと受け取っておけよ…それは手切れ金だからな。





提督「それじゃあ帰るか」


祥鳳「え?」

間宮「え?」



俺の言葉に祥鳳と間宮が同時に疑問の声を出す。



提督「じゃあな」



間宮の肩を叩いて別れを告げて院長室を出る。





間宮「ま、待って下さい!」



すぐに間宮は廊下に出て俺を追いかけてきた。



間宮「あ、あの…あの子達の食事は…!?」


提督「心配するな。もう食事を抜いたりしない」


間宮「でも…あの…」


提督「言いたいことがあるなら言ってみろ」



そう言って俺は視線を院長室の方へ向ける。



間宮「あ…」


祥鳳「…」



俺が何を言いたいのか気づいているはずだ。


隣にいる祥鳳も


そして間宮も…






しかし間宮は…





間宮「…」




何も言わなかった。


それは子供達を見殺しにしているのと相違ない。





提督「お前みたいな奴は必要無い」


間宮「え…」



咎めるような俺の言い方に間宮はショックを隠せないでいた。


そんな顔しやがって…

本当はわかっていると思うと腹が立つ。



提督「無駄足だったな、帰るぞ」


祥鳳「はい」


間宮「あ…」



何かを言いたげな間宮を残し俺達はそのまま孤児院を出て行こうとする。




祥鳳「あら…?」




外へ出ると…



沖波「…」



松葉杖をついて片足を失った艦娘の沖波が柱の陰に隠れながらこちらを見ていた。




提督「…」


沖波「…」



彼女も間宮と同じ何かを伝えようとするか悩んでいる。

その証拠に先程声を掛けた時と違い逃げようとする意志も怯えている様子も見られなかった。




…こいつは利用できるかもしれないな。




提督「このままでいいのか?」


沖波「…」



暗く顔を沈ませる。



『このままで良いはずがない』

『でも私にどうすれば良いのかわからない』



そう伝わってくる。



しかし先程の間宮とは違い沖波からは諦めたくないという意志が感じられた。




提督「お前にその気があるのなら…」



俺は懐から財布を取り出して万札を数枚と名刺を渡す。



沖波「…?」


提督「俺を利用してみろ」




沖波は金と名刺を片手で受け取り俺を見上げる。





頷きも首を横に振ることも無かったが…




沖波「…」



沖波はしっかりとこちらを見たまま俺達を見送った。





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【帰りの電車内】





祥鳳「意外でした」


提督「何がだ?」



鎮守府へ向かう帰りの電車内で提督に聞きたいことがあったので聞いてみる。



祥鳳「てっきりあの孤児院を潰してでも間宮さんを手に入れるかと心配していましたので」


提督「馬鹿言え…」



提督の呆れた反応に思わず笑ってしまう。


そんなことをしないのは私もわかっていてこんな悪戯な質問をしたのだった。



本当に聞きたいのは…



祥鳳「あの子を利用するつもりですか?」


提督「さあな」



提督は片足を失った沖波さんを利用して間宮さんを意地でも手に入れる気だとそう思ったのだけど…



提督「あいつ次第だな。ダメならもう諦める」


祥鳳「…」



諦めると言いつつも提督には自信があるらしい。

その証拠に余裕の笑みを浮かべていた。





意外だったことといえばもう一つある。




祥鳳「提督が子供好きだとは思いませんでしたね」


提督「は?」


祥鳳「あれだけのお金を寄付するなんて思いもしませんでした」


提督「ああ…」





もっとも…


そのお金を受け取った院長はすぐにお金を仕舞った。




出稼ぎをしている間宮さんを前にして…何の相談もせずに。



そして間宮さんはそれを咎めることも無く…





提督「俺も…あっち側に居たかもしれないからな」



少し寂しそうに言う提督。



そうか…提督は家族を殺され…



提督「養父に拾われていなかったらな」









祥鳳(え…!?)







思わずドキリとした。




養父のことを話す提督の表情…




私に初めて復讐の経緯を話してくれたあの時




復讐に染まる歪んだ表情を私に見せていた…。






提督…



あなたの復讐心の源は艦娘だけじゃなく…





もしかして…





提督「着いたら起こしてくれ」


祥鳳「は、はいっ」





これ以上話すことは無いと提督は目を閉じて眠りにつく。





私もこれ以上聞くことはできず窓から見える景色に視線を送った。





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【鎮守府 食堂】




時津風「えええーーーー!!間宮さん来ないのー!?」


雪風「そんなぁ…」



帰って早々に時津風と雪風が嘆く。



時津風「ご飯抜いた分返せー、かえせよー!」


提督「こらこら引っ張るな」



間宮のことが諦めきれないのか、俺の背中の服を時津風が引っ張る。

ガキかお前は。



天津風「意外ね、縛ってでも連れてくると思ってたのに」


提督「祥鳳と同じようなことを言いやがって…」


天津風「日ごろの行いのせいね」


祥鳳「全くです、ふふっ」


提督「お前らな…」



最近遠慮のなくなってきた艦娘達に呆れながらその日の夕食についた。














祥鳳「あら…?」



料理をしていた祥鳳が感心したかのような声を上げる。



提督「どうした?」


祥鳳「間宮さんがあれだけ豪華な料理を作ってくれたのというのに…食材があまり減っていません」


提督「…」


天津風「食材を大切にする人なのね」


祥鳳「ええ…」





間宮の料理に対する真剣な姿勢がその場に残っているようで


『やはり強引にでも連れ帰るべきだったか』というのが頭の中に過ってしまった。
















【鎮守府内 執務室】



食事を終えて俺はあるところへと電話を掛ける。



提督「よお!久しぶりだな白友!」


白友『なんでお前が…!』



同期で横須賀鎮守府所属の白友提督だ。



提督「定期的に連絡をして親睦を深めようと…俺達同期じゃないか!」


白友『いたずら電話なら切るぞ!!』



全く…冗談のわからん奴だな。



提督「わかったわかった、本題はな…」




白友提督にあることを伝える。



白友『それは本当か…』


提督「調べてみればわかることだ、どうするかは好きにしてくれ」


白友『…』


提督「それじゃ俺はこれで」


白友『ちょ、ちょっと待て!』



要件は済んだので電話を切ろうとしたら白友に止められる。



白友『なぜお前がこんな情報を…何を企んでいる?』



酷い言われようだ。

これまでがこれまでだから仕方ないが。



提督「お前が言ったんだろ?艦娘に優しくしろって、だから俺も…」


白友『そ…そうか!お前も心を入れ替えたのか!ははは!そうか!』


提督「まあな」




大ウソだけど。


俺が着任早々に祥鳳に手を出して駆逐艦達を監禁したって聞いたらどんな反応をするか…

それは今後の楽しみにとっておこう。



その後しばらく白友の鬱陶しい話に付き合うこととなった。





















その後、数日間は何の音沙汰もなく過ごし


当てが外れたのかと思いそろそろ別の料理人を探そうかと艦娘達に提案しようと思っていた時…





俺の携帯に連絡が入る。




提督「もしもし?」


??『あ…の…』


提督「沖波か?」


??『…はい』




あの孤児院に居た駆逐艦沖波から連絡が入った。






沖波『お願い…します…』


提督「わかった」






こちらもある程度の手筈は整ったところだった。



提督「行ってくる、留守は任せるぞ」


祥鳳「はい」


時津風「お土産よろしくー」


提督「ほいほい」




その連絡を受けて俺は再び大本営近郊の孤児院へと向かった。




でかい土産を期待しておけよ。




【大本営近郊 孤児院】




孤児院に着くと最初に出迎えたのは間宮だった。



間宮「あ…」


提督「…」



今、用があるのは彼女じゃないので俺は何も言わず素通りする。



沖波「お待ちしていました…」


提督「ああ」


間宮「え…?」



松葉杖で立ち出迎えた沖波、彼女は先日よりも強い眼差しをこちらに向けていた。



沖波「これを…」



沖波は俺に何かを差し出した。



俺はそれを取り出し目を通す。





提督「…」




ひと通り目を通し沖波を見る。



沖波「お願い…します…!」



沖波はそんな俺に対し頭を下げ…



沖波「みんなを助けて下さいっ!あっ!」


間宮「沖波さん!?」




松葉杖のまま俺に頭を下げたのでそのままバランスを崩して倒れてしまう。



沖波「お願いしますっ!お願いしますっ!!」



しかし倒れたままでも沖波は俺を見上げ力強く見つめてきた。



提督「わかった」





沖波のことは間宮に任せ俺は院長室へと向かった。




【孤児院 院長室】




提督「失礼するよ」


院長「こ、これはこれは提督さん…今日は何の…」



まさかまた来ると思っていなかったのだろう。

身体をビクつかせてこちらを振り返った。



提督「先日渡した金の使い道を聞こうと思ってな」


院長「な…何を今更、あのお金はこの孤児院の…」


提督「孤児院の何に使った?」


院長「あ…あの…その…た、建物、建物の修繕に…!」


提督「それをなんという業者に、いつまでにどの部分を依頼した?」


院長「そ…それは…その…」



俺に問い詰められている院長はしどろもどろになって視線をあちこちに漂わせている。



答えることなんかできないだろう。



提督「あんたに渡した金の使い道はこれだな?」



先程沖波から受け取ったものを院長に見せる。




院長「こ…!?」


提督「人の金で随分と楽しんでくれたみたいだな」







俺が渡した金で沖波が買ったのはカメラだった。


沖波は院長を追いかけて奴の本当の姿を映し出そうと追いかけ続けた。



不慣れな片足での追跡、楽なものではなかったのだろう。

先程見た沖波の足はあちこち傷が残っておりその苦労が垣間見えていた。



先程沖波が俺に渡したもの


ひとつ目はその院長の姿を追い掛けた写真…

そこには競馬をしている姿と夜の街に女を侍らせて入っていく姿が映っていた。



提督「ギャンブルに酒に女…典型的な無駄遣いだな?」


院長「な…なんで…」



そしてもうひとつ…



提督「国から補助金を貰うために艦娘を受け入れるようにし始めたというのに…その金はどこへやった?」


院長「え…あ…」



この孤児院に行き場を失った艦娘を受け入れることで国からは追加の補助金が受け取れるシステムがある。

それを悪用にこいつは私服を肥やしていた。



提督「ほれ」


院長「あ…!?」



その金をどのようにして使ったように見せかけ自分の懐に入れていたのかという報告書が作られている。

写真と同じくこれを作ったのは…



院長「お…お前が…!」


沖波「…」




院長の視線はいつの間にか部屋の様子を覗きに来ていた沖波へと向けられる。



どうやらこの院長、沖波に書類の整理を一部任せていたらしい。

彼女に任せていたのは不正経理がわからないようにしたものではあったが…


この男を疑っている沖波がこの不正経理を暴こうと動かないはずがなかった。



傷ついた艦娘だからと油断していたな…間抜けめ。




院長「このガキがあぁぁ!!」


沖波「っ!?」



院長は近くにあった杖を振り上げて沖波に襲い掛かった。


俺はそれを止めようともせずに素通りさせる。

院長はそのまま振り上げられた杖を沖波に向けた振り下ろした。



院長「この!この恩知らずが!せっかくお前を受け入れてやったのにその恩を忘れやがって!!」


沖波「…!ぅっ…!!」



沖波は倒れてしまい身体を小さく丸め込ませている。

院長はそんな沖波に容赦なく杖を振り下ろし続け痛めつけていた。






間宮「何をしているんですか!?やめて下さい!!」



そこへようやく間宮が駆けつける。

沖波を庇おうとする間宮の前に立って邪魔をしないよう立ち塞がる。



間宮「じゃ、邪魔しないで下さい!沖波さんが!」


提督「沖波」



間宮を無視して倒れている沖波に声を掛ける。




提督「このまま耐えているだけか?」


沖波「…っ!!」


院長「うぉっ!?」



俺の声に刺激された沖波が院長の杖を掴んで逆に床へ引き倒す。



沖波「なにが…恩ですか!あなたは不正にお金を得ていただけでなく間宮さんを騙して働かせて!!」


間宮「…」



沖波の言葉に間宮が身体を震わせる。



そうだよな、お前は騙されているのを承知で何もしなかったからな。




沖波「あなたみたいな最低な人なんか許せません!この卑怯者!!」


院長「この…クソガキ…!!」



沖波に言いたい放題言われ怒りに顔を歪めながら沖波に掴みかかろうとする。







院長「ぎゃあああああああああああああ!?」


提督「すまん、足が滑った」





しかしそんな院長の手を俺は思いっきり軍靴のかかとで踏み潰した。




提督「あんた相当手癖が悪いようだな、もう一本もやっておくか」


院長「な!?よ、よせ…!うぎゃあああああああああ!!」




今度は反対の肘の辺りを踏み潰す。

片手の掌が砕け反対の肘はおかしな方向を向いていた。




院長「こ…こんなことをしてタダで済むと思うな…!俺には海軍少将との繋がりがあるんだぞ…!」


提督「知ってる」


院長「え…?」




この孤児院に傷ついた艦娘を送るよう指示して金を得ていた者がいる。

しれが海軍の誰なのか既に特定が終わっている。



提督「そいつは今頃正義感の強い俺の同期の白友提督によって排除されているだろうな」


院長「な…!?」



白友提督は海軍期待の星だけあって上層部への人脈もかなりのものだ。


傷ついた艦娘達が金のためにこんな利用をされていては彼は絶対に許さないだろう。

そんな熱い正義感を利用させてもらった。




提督「お前はもう終わりだ」


院長「くっ…」




俺の言葉に院長はがっくりと項垂れて後から来た憲兵に連れられて行った。







【孤児院 入口】





提督「さて…」



ようやく邪魔者が排除されたので本題に入ろうと思っていた。



間宮「これから…ここはどうなるのでしょうか」


提督「もっとマシな奴が来るようにしておいた。こんなふざけた運営する奴はもう来ないだろう」


間宮「そうですか…」



間宮はホッとしたような申し訳なさそうな顔をしている。



提督「沖波」


沖波「は…はいっ…」



またも間宮を無視して沖波に声を掛ける。



提督「お前はこれからどうする?」


沖波「…」



少し顔を俯かせた後、沖波は強い意志を持って俺を見上げる。



沖波「私を…連れて行ってください…!」


間宮「お、沖波さん!?」


提督「わかった。さっさと準備して来い」


沖波「はい!」




松葉杖を使い沖波は準備のため孤児院に入って行った。




間宮「な…なんで…?」


提督「誰かさんとは違って現状に何一つ満足していないからだな」


間宮「あ…」



俺の咎めるような言い方に間宮は俯くことしかできなかった。





提督「もっとも…」




準備を終えた沖波が入り口から出てくる。










提督「沖波にとっての地獄はここからだがな」


間宮「え…!?」










今の言葉は間宮にしか聞こえないように言った。




提督「それじゃあ行くか」


沖波「はい…!よろしくお願いいたします!」


間宮「…」




俺と沖波は孤児院を離れ鎮守府へと向かう。




間宮「…」






間宮はしばらく考え立ち尽くしていたが…


やがて俺達を追いかけて走ってきた。








【鎮守府 演習場】






沖波「夕雲型駆逐艦十四番艦の……沖波です。よ、よろしくお願い致します!」



鎮守府に来て早速沖波を挨拶させる。



時津風「よ…」


天津風「よろしく…」


雪風「お願いします…」



駆逐艦達の反応はどうしてもよそよそしくなってしまう。

それもそのはずだ、沖波は片足で松葉杖をついている。


微妙に気を遣ってしまいどう反応すれば良いのかわからないのだ。



おまけに…




間宮「…」




暗い顔して間宮が着いて来ている。

せっかく連れてきたというのに…



祥鳳(間宮さんをどう脅したのですか…?)


提督(脅してないっての)



小声で祥鳳が失礼なことを言ってきたので小声で反論する。



提督「祥鳳、頼んでいた物は?」


祥鳳「はい」



予め祥鳳に頼んでいた物を持ってこさせる。



提督「沖波」


沖波「は、はい」


提督「これを」


沖波「あ…」




祥鳳が持ってきたもの、それは…



沖波「義足…ですか?」


提督「ああ。艦娘用のな」


天津風「そっか…これがあれば…!」



早速沖波が義足を右足に嵌める。



提督「どうだ?」


沖波「違和感は感じますけど…なんとか…立て…ます…!」


時津風「や、やったぁ!」


雪風「しれぇ!ありがとうございます!」



嬉しそうに艦娘達が声を上げる。






これが後々沖波の悲劇となることも知らずに…な。





沖波「ありがとうございます…!これで私も…!」



何も知らず沖波も心からの嬉しそうな表情を浮かべている。


俺の隣に居る間宮もその表情につられ笑顔を見せていた。




もしかしたら間宮は俺のことを『沖波のことを真剣に考えている善人』とでも勘違いしているかもしれないな、くくっ。




提督「天津風」


天津風「なに?」



沖波の準備が終わり演習場へ向かおうとした天津風を呼び止める。



提督「俺が合図するまで沖波に合わせて演習をしろ。楽でものろくても構わん」


天津風「え…」



少し考えた後天津風の顔色が変わる。



天津風「合図する…まで…って…」


提督「そうだ、わかったな」


天津風「…」



表情を暗くしたまま天津風は3人を追いかけて演習場へと向かった。


勘の良いこいつは俺がどのような意図を持っているか気づいているだろう。




さて…頑張れよ沖波…



たとえどんなに辛くてもな…




俺は間宮の後ろに控える祥鳳へ視線を送る。


彼女は既に察しているようでゆっくりと頷いた。






【鎮守府 演習場】




沖波「あぅっ…っと…わわっ…」


時津風「大丈夫~」


天津風「ゆっくりで良いからね」


雪風「無理しないで下さい」


沖波「ありがとうございます…」




慣れない艦娘用の義足を使っているせいで沖波は海上を前進することすらままならない。

しかし天津風達は沖波に合わせ手を差し伸べる。



徐々に…


徐々に沖波が義足に慣れ始め前に進み始めた。



間宮「沖波さん…」



その沖波の姿に間宮は涙を流しそうなほどに感激しているのがわかる。




それからは砲撃訓練、雷撃、対空と沖波を交えた演習が行われた。


暗い顔をよく見せていた沖波の顔が前を向いている。

『これなら私も…』そう思っていることだろう。




さて…そろそろか。





提督「天津風、仕上げだ。全力疾走10分」


天津風『了解…』


間宮「え…?」



どういうことかと間宮が俺を見る。







天津風『全力疾走10分!行くわよ!』


時津風「りょ…」


雪風「了解っ!」


沖波「え…!?」




突如3人が海上を全力疾走をし始めた。


時津風と雪風は少しだけ沖波を申し訳なさそうに見て走って行ってしまう。






沖波「ま…待って…!」





その後を追い掛けようとする沖波だったが…





沖波「あっ…うぁ!?」


間宮「お、沖波さん!」




その速度に追いつけずバランスを崩して倒れてしまった。




沖波「くっ…うぅ…」




沖波は自力で立ち上がり3人を追いかけようとする。



沖波「う…あぁっ!!」



しかしまたバランスを崩して倒れてしまう。

悔しそうに顔を歪めるがそれでも諦めようとせずに立ち上がる。



その後ろから2週目に入る3人がもの凄い速度で追い抜いていく。




沖波「ぁ…」




先程まで嬉しそうだった沖波は自分の現実を無理やり突き付けられ徐々に表情が歪んでいく。





沖波「…」











その後、沖波は何度も倒れては起きるを繰り返し



10分が経つ頃には他の三人よりもヘトヘトになっていた。










間宮「…」





俺の隣に立って見ている間宮も絶望的な表情になっている。




しかし…




これで終わりじゃないぞ沖波




お前にはもっと現実の非情さを味わってもらおうか
































天津風「10分!!終了よ!!っぐ…はぁっ!はぁ!」


時津風「ぜぇっ…ぜぇっ…!ぉえっ…」


雪風「はぁーっはぁーっうっ…!うぐっ…」




いつものように全力疾走の訓練を終えて息も絶え絶えにその場に倒れている。



今日も手を抜くようなことはせず全力で走り終えた姿だ。

徐々に走れる距離も長くなり速度も出るようになって彼女達の成長を見て取れた。





しかし…




沖波「うぐ…ぅ…っ…」





3人が全力疾走をしている間、沖波は倒れて起きてを繰り返し


ただただもがいているだけでその距離をほとんど進めることはできなかった。





提督『追加訓練だ、1対1を行う』


天津風「え…?」


提督『天津風と雪風、時津風と沖波だ。まずは天津風と雪風、始めろ』


雪風「ちょ、ちょっと…」


時津風「待ってよ!そんなの無理だって…!」


提督『早く準備しろ』


天津風「やめてよ…!私達は良いからせめて沖波は…」



当然のように反論をしてくる3人。


最近彼女達に甘くしていたからだろう、遠慮が無くなってきている。




元々堅苦しいのが嫌なので彼女達のすることをある程度見逃してはきたが…




提督『命令だ、始めろ』


雪風「ひっ!?」


時津風「あ…ぅ…」


天津風「そんな…」





沖波「…?」



俺の『命令』に逆らうことは絶対に許されない。

そのことを3人は嫌というほど思い知っている。



天津風「わかったわよ!やればいいんでしょう!」


雪風「あああああああああああっ!!!!」




天津風と雪風は戦えるよう離れた場所へと向かって行く。




時津風「…」


沖波「…」




その場には気まずそうな時津風と沖波が残された。



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【演習場海岸】





間宮「正気ですか!?何を考えているんですか!」



間宮さんが掴みかからんとばかりに提督に詰め寄る。

私はそれを遮るために割って入った。



間宮「止めさせてください提督!お願いします!!」


提督「…」



提督はチラリと間宮さんを見て相手にしないとばかりに視線を演習場へと向けます。



間宮「提督…!」


提督「…」



提督は何も答えません。


ただジッと今演習が行われている天津風さんと雪風さんを見ています。




何かを感じ取ってくれたのか


それとも諦めたのか




次第に間宮さんは顔を伏せて何も言わなくなりました。




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【鎮守府 演習場】




提督『次、時津風と沖波』


時津風「マジでやるのぉ…?」


沖波「お…お願いします…」



天津風と雪風が演習を終え、次に時津風と沖波が向かい合う。




提督『始めろ』



時津風「…っ!!」


沖波「あ…!」




沖波の前からあっという間に見えなくなるほどの距離を取りながら時津風が砲撃を開始する。



沖波「あっ…!!きゃああああ!?」



沖波には避けることなどできるはずも無く被弾してしまう。

演習用の弾薬といっても痛みは感じる。


苦痛に顔を歪めながらも沖波は反撃をしようと時津風を探す。



いつの間にか時津風は沖波の背後に回り込み魚雷と砲撃の同時攻撃を開始




沖波「ひっ!うああああああっ!?」




またも沖波は被弾してしまい魚雷の衝撃に身体が吹き飛ばされ海面に叩きつけられる。

艤装は無事だったものの、装着したばかりの義足が取れてしまい立つことができない。



沖波「っく…っぅ…うぅ…」


間宮「沖波さん!!提督!やっぱり無理です!早く止めさせて!!」




隣で間宮が喚き散らすがそんなものは無視する。
















その後しばらく沖波は一方的に撃たれ続け



ついに海面に倒れ立ち上がれなくなった。




沖波「あぐ…っひ…うぅっ…えぐっ…」




精神的にも打ちのめされたのか、沖波が涙を零し始める。



時津風「…」



時津風はその沖波を見て砲撃の手を止めてしまった。



提督「時津風、手を休めるな」


時津風「…」



通信を使って話しかけるが彼女からの返答は無い。



提督「聞いているのか、おい」


時津風「無理…」


提督「なに?」


時津風「もう…無理…だよ…!」



時津風は身体を震わせて反抗する。

歯を食いしばって怒りと悲しみをこらえているのが見て取れる。



提督「やれ時津風、でないと…」


時津風「罰を与えるのなら勝手にすればいいだろ!監禁するなりご飯を抜くなり好きにすれば!?」



俺の脅しにも屈せずに時津風は反抗を続ける。


出会ったばかりの沖波のために…早々に良い効果が出ているようだな、くくっ…




しかし…




提督「何を勘違いしている」


時津風「え…」


提督「お前が手を抜いた場合罰を受けるのは沖波だぞ」


時津風「な…なんだよそれ…!?」



さすがに時津風も想像していなかったのか驚愕している。



間宮「いい加減にしてください提督!こんなバカなことをしてなんになるんですか!!」



間宮が俺に掴みかかりそうだったがその間をまた祥鳳が割って入る。



提督「手を抜くな時津風、お前のやっていることはただの甘やかしだ」


時津風「う…し、しれぇ…こんなの…っ…」



葛藤に耐え切れなくなったのか時津風が涙を零す。








祥鳳「時津風さん」





そんな時津風に対し祥鳳が俺と通信を代わる。




祥鳳「ここで戦いをやめるのは沖波さんへの侮辱です」


時津風「な…何を言って…」


祥鳳「彼女をよく見て」


時津風「え…」




ゆっくりと顔を上げて時津風が沖波を見る。




沖波は…





沖波「っ…くっ…えぐっ…」





泣きながらも立ち上がろうとしていた。


その目はまだ死んでおらず時津風と戦う意志を見せている。





間宮「な…」


時津風「なんで…」





先程渡した義足が完全に壊れ立つのもままならない


艤装は傷つき、悔しさで顔を歪ませ涙に濡れているというのに


沖波はそれでも立ち上がろうとしている






沖波「っ…!ああああああああぁぁぁ!!」





そして前に倒れながらも時津風に砲撃を始めた。


照準は完全に外れ時津風という照準を大きく外し水しぶきを上げた。





祥鳳「戦って、時津風さん」


時津風「…!っく…うああああぁぁぁ!!」




祥鳳の声を引き金に時津風が沖波へ再び砲撃を開始した。






間宮「そ…んな…」





再び戦い始めた二人を見て間宮は信じられないといった顔をする。



その間で祥鳳が非難交じりの目でこちらを見ていた。



『もう少し上手くできないんですか』



そう目で語っているのがわかった。
























そして…



















提督「終了しろ」




時津風「はぁ…!はぁ…!っぐ…」




結局沖波の砲撃は一度も時津風に当たることは無く




沖波「うううっ…!っひ…うああああぁぁぁ!!わああああああぁぁぁあぁああああ!!」




ただ一方的に撃たれ続け、何もできなかった沖波の大きな泣き声が演習場に響き渡った。









【鎮守府 演習場海岸】




沖波「うっ…くっ…ぐすっ…」



泣いている沖波に雪風と天津風が肩を貸して海岸へとたどり着く。



提督「無様だな」


沖波「…」


天津風「ちょっと…あなた!」



泣いている沖波に容赦ない声を掛けると非難の視線が集まる。




提督「これがお前の現実だ。走ろうとしたら置いてけぼりにされ、戦おうとしても相手に傷ひとつ負わせられない」



しかしそんな視線を無視して続ける。






提督「今のお前は足しか引っ張れないただのお荷物だ」







このまま沖波への罵倒を続けようと思った時





顔面に耐え難い程の衝撃を受ける。





間宮「…っ!!」


祥鳳「て、提督っ!!」




間宮が俺の頬を平手で叩いたと気づいたのは倒れながら顔を上げようとした時だった。





間宮「最低です!なんのためにこんなことを!あなたなんかに沖波さんを任せることなんて絶対にできませんっ!!」





口の中が切れ、血が唇を伝って零れるのがわかる。




間宮「帰りましょう沖波さん…!こんなところでなくても…もっとあなたを大事にしてくれる鎮守府を私が…」


沖波「…」



痛みでしゃべるのもきつくなりそうだが何とか祥鳳の手を借りて立ち上がり口を開く。




提督「心配するな、まだ着任を許可したつもりはない」


間宮「え…」


沖波「…?」



俺の言葉に間宮と沖波が顔を上げる。




提督「間宮と帰りたければ帰れ、別に止めはしない。お前がそれを望むのならな」


沖波「…」




俺は沖波に言葉を掛け返答を待つ。



間宮「帰りましょう…あなたが居るべき場所はここじゃない…!」




後ろ向きに生きている間宮には俺の言葉は届かない。





だが…





沖波「今の…」


間宮「え…?」



前向きに生きようとしている沖波には届いていたようだ。




沖波「今の私は…ということは…」



しっかりと顔を上げて俺を見返す。






沖波「いずれ…戻ることができるってこと…ですよね…!」






その強い意志はここまで打ちのめされていても折れることはなかった。




間宮「沖波さん…?」


沖波「ここに…置いて下さい…」


間宮「どうして…何もこんなところじゃなくても…」


沖波「もう…嫌なんです…」


間宮「え…」




悔しそうに顔を歪め沖波が再び涙を零す。




沖波「何もできない毎日を過ごして…戦うことも…逃げることもしなくって…あんな日々はもう嫌なんです…」


間宮「…」




艦娘の沖波にとって


戦えないということは俺たち人間には想像もできない苦痛なのかもしれない


孤児院で暗い顔をしていた本当の理由



何もできない自分への虚無感の中に取り残されていたからなのかもしれない


その証拠に訪れた俺に対し縋るように要望に応えチャンスを得ようともしていた




提督「生憎とお前のような戦えない、遠征もできない役立たずを雇う余裕はないぞ」


間宮「な…なんてことを…!」



試しにもう一度突き放してみるが



沖波「雑用でも…なんでもします…だから…お願いします…!」



沖波は即座に反応してこの場に残ろうとする。

俺に縋ってでもチャンスをものにしたい、その姿勢は変わっていない。




時津風「ね、ねえ…しれぇ…」



そんな俺達の間に入るのは先程まで沖波を痛めつけていた時津風だった。



時津風「もっと良い艦娘用の義足は無いの…?あれ、多分沖波に合ってなかったと思うんだけど…」


提督「間に合わせで用意したものだからな。合ってないのも仕方ないだろう」


時津風「それじゃあ…!」


提督「しかし高いぞ、艦娘用の義足は特注だ。そんな追加予算を出すつもりは…」


時津風「私の給料から出すよ!だったら何の問題もないでしょ!?」



時津風らしからぬ気遣いに周りのみんなが驚いている。



沖波「と、時津風さん…」


雪風「しれえからお給料はたくさん貰ってますから!私も出します!」


天津風「それだけじゃないわ、生活費も私達が面倒を見るわ。いいでしょう?」


沖波「雪風さん…天津風さんも…」



時津風に続き雪風と天津風も続く。




提督「お前らの給料から出す分は何の問題も無い、好きにしろ」


雪風「や…」


時津風「やったぁ!」


天津風「沖波!私達もあなたに協力するわ!だから…一緒に頑張りましょう!」




沖波「み…みなさん…」




沖波が再び涙で顔を濡らす。







沖波「ありがとうございます…!」





しかしその泣き顔は



徐々に泣きながらの笑顔に変わっていった。










間宮「…」










さて…間宮はこの沖波を見てどう思っただろうか…




間宮は沖波の笑顔を前にして困惑の表情を隠しきれなかった。







提督「そういうわけだ、沖波はこの鎮守府で預からせてもらう。お引き取り願おうか」


間宮「え…あ…あの…」



私はどうすれば?といった顔でこちらを見る。



提督「孤児院に帰って子供たちの面倒でも見ていれば良いだろ」


間宮「でも…あなたは私を…」



確かに料理のできる艦娘ということでこの鎮守府に迎えようと思った。

実際に間宮の料理は絶品でこの先も引く手数多だろう。


だが…



提督「そんな辛気臭い顔でこの鎮守府の厨房に立たれたら返って士気が下がるだろうが」


間宮「あ…」



暗い顔で間宮が俯く。


全く…あの沖波を前にしていつまで自分の殻に閉じこもっているつもりなんだか…




仕方ない、少し煽ってやるか。



提督「沖波」


沖波「は、はい…!」



雪風が演習場から取ってきた間に合わせの義足を付けた沖波が涙を拭いながらこちらへ来る。



提督「お前料理はできるか?」


間宮「な…!?」


沖波「は、はい。間宮さんを手伝っていたので一通りは…」


提督「今日の夕飯は任せるぞ。祥鳳、手伝ってやれ」


沖波「はい…!頑張ります!」


祥鳳「それじゃあ厨房に案内しますね。皆さんは沖波さんの部屋を準備して下さい」



駆逐艦達は沖波の部屋を用意するために掃除道具を持って寮へと向かう。



雪風「はい!」


時津風「よし!気合い入れて掃除するよー!」


天津風「終わったら私達も手伝いに行くわ」




提督「それじゃ解散、飯ができたら呼んでくれ」


間宮「え?あの…」


提督「まだ居たのか?帰って良いぞ」




それぞれが目的の場所へと向かい解散する。

その場に間宮一人が残されどうすればいいのかわからずにいたが…




間宮「ま、待って下さい…!私も手伝います…!」




やがて祥鳳と沖波を追い掛けて厨房へと向かった。








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【鎮守府内 食堂】




間宮「それじゃあ私はこちらをやりますので沖波さんはこっちを、祥鳳さんは…」



厨房に入って間宮さんが私と沖波さんに指示を出しています。


先程は『手伝う』と言っていたのにいつの間にか間宮さんが中心となって私と沖波さんがサポートをする形となりました。

本当に料理が好きで、料理に対する強い想いを感じずにはいられません。



厨房に立つ間宮さんはとても頼りになりしっかりしています。

これまで何度も見せたような弱気で塞ぎがちなところが無くなっていました。






…てっきり提督は沖波さんを利用して間宮さんを引き込むのだと思っていたのだけど…

この後どうするつもりなのだろう。




祥鳳(え…!?)




食材を洗おうと腕を捲った間宮さんに目を奪われる。




彼女の腕には無数の切り傷と抉ったような痕、噛みついたような傷痕が残っていた。


その数はとても多く無傷の所を探すのが難しいほど…。



間宮「あっ…!」



私の視線に気づいて間宮さんが腕を隠す。


その奥では沖波さんが気まずそうな顔をしている。

どうやら彼女は知っていたみたい。



あの傷は自分でつけたものだ…

戦闘艦でない間宮さんが戦場で傷つくことは無いはずで

仮に戦場で傷ついても私達はすぐに治すことができる。



でもあの傷は生身の間宮さんがつけた傷…

だから今も残っており消えることの無い痕として残ってしまっていた。




祥鳳「ごめんなさい」


間宮「いえ…」




間宮さんはまた暗く沈んだ顔を見せる。




これは思った以上に間宮さんの心の闇は深そうだけれど…



提督はこの後どうするつもりなのだろうか?


あの人が簡単に間宮さんを諦めるとは思えないんだけど…。







その後、静かに厨房で料理の手伝いをして




祥鳳「みなさん、料理ができました」




私は館内放送を使ってみんなを食堂へと呼びました。







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【鎮守府内 食堂】





「「「「いただきまーーす!!」」」」




艦娘達の大きな合掌とともに食事が始まる。




時津風「んまーーい!」


雪風「やっぱり間宮さんの料理は最高です!」



さっそく艦娘達から感激の声が上がる。



天津風「だからね、家具はここから好きなものを…」


沖波「え?本当ですか…!?」



既に打ち解けているのか天津風と沖波が交流し今後のことを話していた。



料理の美味しさに、前向きなこれからの未来に食堂は艦娘達の笑顔が溢れている。




彼女達の嬉しそうな顔に間宮は笑みを浮かべるように見えたが…



間宮「…」



彼女の視線は俺に注がれている。



祥鳳「提督?食べないんですか?」



俺はまだ料理に手を付けていなかった。



提督「口の中が痛くてな」



先程間宮にぶん殴られたせいで本当に口の中が切れて痛い。

頬も赤く腫れていたのでシップを張って痛みを誤魔化している。




祥鳳「それなら…」


間宮「さ、先程はすみませんでした!提督には口の中が痛くならないよう調整しましたので…!」



祥鳳が言おうとしたことを間宮が割って入る。

申し訳なさそうに謝っているように見えるが…




彼女が本当は何を考えているのかわかっていた。




提督「ふむ…」




実際に料理を口に運ぶ。

確かに彼女の言う通りこの料理は俺のために調整されているのがわかる。


が…




提督「ごちそうさま」


間宮「え…」



一口食べただけで箸を置いた。

俺のその行動に全員の注目が集まる。



提督「一口で充分だ、残りは捨ててくれ」


間宮「な…っ!!」



俺の一言に間宮の表情が驚愕に歪む。

余程自信があったのだろうか、彼女は倒れそうなほどに足元をふらつかせながらも何かを堪えるような顔をしていた。



提督「何か言いたいことがあるのか?」


間宮「…」




そして塞ぎ込む。

何も話さず暗く顔を俯かせる、これまで何度も見てきた間宮の表情だ。



だがもう少し刺激が必要だ。




提督「こんな不味い物を食わされる方はたまったものじゃないな、全部捨てるぞ」


時津風「何言ってんだよしれえ!!」


雪風「しれぇ!酷いですっ!!」



小うるさい駆逐艦達を無視して俺は料理を持って立ち上がり捨てようと厨房へ歩き出そうとするが…



間宮「…」




間宮は自分自身の腕に爪を立てて何かを堪えるように震えている…


いや…これは…



提督「祥鳳、止め…」


祥鳳「間宮さん!」



俺が言う前に祥鳳は立ち上がり間宮の両腕を掴み爪を離させる。




こいつ…やはり自分で自分を傷つけていたな。


過剰なストレスから逃げ出すために…




祥鳳「これ以上自分を傷つけないで」


間宮「…っ…ぅ…っ…」



間宮は静かに涙を零し床に膝をつく。

その静かな泣き声に全員が静まり返り沈黙が包もうとしていたが…




沖波「間宮さんっ!!」




沖波が立ち上がり、まだ慣れていない義足を使いながら間宮に近づく。




沖波「このままでいいんですか!?せっかく間宮さんが一生懸命に作ってくれた料理を捨てようとしているんですよ!!」


間宮「お、沖波さん…」



おとなしいと思われていた沖波からの檄に間宮は驚いている。




沖波「私は嫌です!こんなに美味しい間宮さんの料理を捨てるなんて絶対に許せません!」





沖波…


お前は賢い奴だな。


すぐに俺の意図を理解して行動を起こしてくれた。



お前のような賢い奴は大好きだぞ。





間宮「うっ…っく…」


沖波「言ってください!間宮さんはどうしたいんですか!?」




間宮は祥鳳に支えられながら立ち上がり俺の方を見る。




提督「何か言いたいことがあるのか?」




泣き顔を見せながらも間宮がしっかりとこちらを見る。




間宮「…ないで…」


提督「あ?」


間宮「捨て…ないで…」



まだどこか怯えながらも間宮は俺に言葉を繋ぐ。



間宮「お願い…です…ちゃんと食べて…下さい…!」


提督「…」


間宮「あなたのために…一生懸命作りました…から…!」



涙に顔を濡らしていても顔を伏せようとしない。


沖波の意志が、視線が、想いがそれをさせようとしないからだ。




間宮「お願いです!食べて下さい!料理を捨てないで…食材を無駄にしないで!お願いです!お願いですからぁ!!」






間宮の言葉は俺に向けられているだけではない。


これまで大本営のパーティで間宮の料理を食べていた者達…


いや、碌に食べもせずに残していった者達にも向けられているのだろう。







彼女にとって


艦娘であり給糧艦である彼女にとってひたすらに料理を強制され


ろくに食べられもせずに捨てられていくというのは耐え難い屈辱だったのだろう




しかし孤児院の子供を人質にされ、金を稼がなければならない間宮はその怒りを押し殺すしかなかった





次第にそのストレスが繰り返されることによって


間宮は自分を護るために固い殻に閉じこもってしまう。




『自分さえ傷つけば』


『自分さえ我慢できれば』



そんなことを繰り返し増々精神的な引き籠りを起こしてしまった。




そのため孤児院でも院長の不正から目を背け


『自分が働けば』と言い聞かせ耐えてきた。




しかしそのやりどころのない鬱憤から自分を護り切れず


自分自身を肉体的にも傷つけることで無理矢理解消しようとしていた…







しかし今は…





沖波「間宮さん…やっと言ってくれましたね」


間宮「うっ…ひっく…ぅ…」




同じように傷ついていたが前向きに生き始めた沖波という存在が



間宮の、間宮自身の殻を破らせついに自分の本音を言うことができたのだ。





俺は手に持っている料理をテーブルに置き

椅子に座って料理を口に運ぶ。



提督「肉は柔らかくされて食べやすい。香辛料、辛みを抑え口の中の傷に刺激が少ないよう調整されているな」


間宮「あ…」


提督「とても優しい味だ」



俺の感想に間宮が顔を上げる。



改めて食べると口の中の傷を忘れさせてくれるくらい美味しくもっと食べたいという欲求が途絶えない。



この優しい味は母の…



提督「…」



一瞬亡くなった母の面影が頭に浮かびそれを何とか悟られないように振り払う。




提督「最高だよこの料理は」


間宮「あ…っ…ぐすっ…うぅ…」



俺の感想に間宮は再び涙を零した。




時津風「やった!しれえが負けた!」


天津風「この人は滅多に褒めないのよ。誇っても良いわよ」


雪風「やっと正直に美味しいって言ってくれましたね!」



間宮を後押しするかのように駆逐艦達が嬉しそうな声を上げる。



沖波「間宮さん…さすが間宮さんです!やっぱり間宮さんの料理は世界一です!」




そして沖波は涙を流しながら喜んでいた。





間宮「ありがとうございます…!みなさん…!」





そしてずっと暗い顔を見せ続けていた間宮が




初めて心からの笑顔を見せてくれた。






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【鎮守府内 執務室】




提督「これからどうするんだ?」



食事を終え、片づけが終わった後で提督は間宮さんを執務室へと呼びました。



間宮「孤児院へ帰って…」



間宮さんの顔は憑き物が落ちたかのようにスッキリとしている。



間宮「準備を整えてこちらへ来ようと思っています」



まるで別人と思えるかのような強い視線を提督へと送っています。






間宮「提督…私をここに置いてくれますか?」





間宮さんの頬は緊張しているのかまだ心が落ち着いていないのか少し紅くなっている。


それとも…もしかして…




提督「俺はな…」




そんな間宮さんに対し提督は




提督「俺はお前を迎えるために艦娘達の飯を抜き、沖波を利用した」


間宮「え…」




わざわざまるで突き放すかのような言い方をする。


すんなりと迎えれば良いものを…どうして?




提督「そんな奴のところに来るというのか?」




何度も念を押すかのように確認をする。

『本当に良いのか』と間宮さんに問いかけ、彼女は…




間宮「はい、問題ありません」



あっさりと返事をした。


そうか…わざわざ再確認をしたのは間宮さんが自分からしっかりと選択することを確認するためね。

私の時もそうだった。


自分の黒いところを見せ、それでも良いとこの先の自分の逃げ場を無くすため…でしょうか。



しかし間宮さんは…



間宮「その方が私も遠慮せずに済みそうですからね」


提督「なに?」


間宮「うふふっ、それでは失礼いたします」



逆に提督に対し不敵な笑みを浮かべそのまま退室した。


それが何を意味しているのかこの時はまだ私も提督も想像できていなかった。














祥鳳「全てあなたの計算通り…ですか?」



間宮さんが一旦鎮守府を離れ落ち着いたところで提督に話し掛ける。



提督「何がだ?」


祥鳳「間宮さんのことです、沖波さんを焚き付けて上手い具合に彼女を仕向けましたね」


提督「まあな」



提督は満足そうに頷いている。





本当は…沖波さんを立ち直らせ、笑顔にしてくれたこと。


間宮さんの心の闇を暴き本音を言わせたこと。



これらが本当に計算通りにやったのかと思いたくなかった。

そんな生半可な計算で人を一人救うなんてたやすくないはずだからだ。




でも…この人にそんな幻想は通用しないし油断して心を許してはいけない。

そうでもしないと下手に取り込まれ増々利用されるに決まっている。




提督「だが沖波は予想外の良い拾い物だった」


祥鳳「え…?」




確かに沖波さんは偶然孤児院で見掛けたから提督も最初は計算して無かったとは思うけど…




提督「あいつが頑張ってくれるだけで他の者にもかなりの相乗効果が期待できる、時津風達の反応を見ればわかるだろ?」


祥鳳「…」



提督の言う通りこれまでは天津風さん、雪風さんと時津風さんは同じ陽炎型ということ、そして似たような実力を持っていて訓練は厳しくてもどこか馴れ合いのようなものがあった。



提督「しかし沖波という自分より弱い存在によってこれまで戦うことを一辺倒にしていたが今後は護るための戦いも覚えなければならない。視野も広くなって俺がわざわざ指導しなくとも新たな戦術を自分で身に着けてくれるだろうな」



薄く笑いながら提督が楽しそうに話す。

本気で沖波さんの境遇を利用する気なのがわかってしまう。



提督「それに…あんなハンデを背負った沖波を前にして訓練で手を抜くことなんか絶対にできないからな、あいつらも…これから着任する艦娘達もな。あははっ」


祥鳳「…」




このことを沖波さんだけじゃなく他の皆さんが知ったらどう思うのだろうか。

提督はそんなことは承知だと言わんばかりに余裕の笑みを浮かべている。



彼にとってやはり艦娘という存在は復讐の道具に過ぎないのだろうか…




今日見た沖波さんや間宮さんの笑顔を見てそうは思えない





そう思いたくないと…私は甘い考えを持ちたい衝動に駆られてしまっていた…。
















提督「さてと…」



一通りの仕事を終えて提督はペンを机に置いて私を見る。


今日も提督が私に夜の相手を務めさせる気だ。

何度も繰り返しているので今日は彼がその気なのがわかってしまう。


自分の思い通りに事が運んだ高揚感を私にぶつける気なのだ。



提督「…」



いつものように私に深いキスをするのだと待ち構えていたのだけれど…



提督「口の中が痛い…あまり激しい運動もしたくないな…」



どうやら昼間、間宮さんに殴られた時の傷が邪魔をしているらしい。

このままだと今日は無しかな?と思ったけど…



提督「というわけで…頼む」


祥鳳「…え?」





今日は『提督が動かなくても満足できる』行為をさせられた。






【鎮守府内 食堂】




2日後、約束通り間宮さんは鎮守府を訪れて早速その日の昼食を用意してくれました。




提督「おい、これはどういうことだ」



せっかく間宮さんが料理してくれたというのに提督が不機嫌そうな声を出しています。

それだけじゃありません。



時津風「うわあああああ!ピーマンがある!!」



時津風さんも嘆きの声を上げていました。



提督「なんでトマトがあるんだ!苦手だって書いただろうが!」



子供ですかあなた達は…


そういえば提督と時津風さんはお互いの苦手な食べ物を交換したりしてましたね。



間宮さんはここに来るなり全員に好きな食べ物、苦手な食べ物、アレルギーが出ないか等を全員にアンケートを取っていました。



間宮「私がここを預かる限り全員の栄養バランスを摂るため苦手なものは克服して頂きます」


提督「な…」


時津風「え…」



間宮さんは二人を睨み返し不敵に笑っています。



間宮「せっかく作った料理を残したら…」



そして包丁を持って二人に見せます。

しっかりと磨かれた包丁がキラリと光りました。



間宮「どうなるか覚悟して下さいね」



その間宮さんの笑みに食堂に居る全員が震えあがりました。



時津風「ひっ…」


提督「卑怯者め…!」


間宮「あなたに卑怯とか言われたくありませんっ!」



そうか…

『私も遠慮せずに済みそう』というのはそう言うことですか…




祥鳳「ふふっ」



つい笑いが零れてしまいました。




間宮さんに言われた通り提督と時津風さんが顔を歪めながら苦手なものを食べようとしています。


その光景を間宮さんが楽しそうな笑みで眺めていて


食堂では和やかな空気で満たされていました。







願わくば、この優しい空気がいつまでも続きますように。




そう思わずにはいられないほどに暖かい気持ちになりました。








渡り鳥の欲望







沖波、間宮を迎え艦隊運営に余裕が出てきたので本格的に海域攻略に乗り出した。



今回も出撃は祥鳳を旗艦に天津風、時津風、雪風の4隻。

鎮守府近郊の海域を完全に攻略するために主力部隊を討伐し帰投していたのだが…




【鎮守府 港】



沖波「祥鳳さん…!みんな…」


間宮「大丈夫ですか!?」



俺と沖波、間宮の3人で戻ってきた部隊を港で出迎えたのだが…




祥鳳「て、提督…作戦海域の攻略…終わりました…」


提督「ああ」




旗艦である祥鳳は大破状態の瀕死で天津風と時津風肩を借りている状態だった。

その肩を貸している二人もあちこち損傷している。


元気なのは雪風だけだった。

彼女は損傷が少ないということで帰投途中の旗艦と後方の安全確保に力を尽くし他のみんなとは違った意味で疲れ果てていた。



提督「みんなよく頑張ったな」


天津風「え…ええ!?」


時津風「嘘…?」


雪風「明日は土砂降りですね!」



労ってやると天津風と時津風が疑いの表情を向け雪風が遠慮のない言葉を投げかける。

こいつら…普段褒めてやってないからって…。



提督「早いとこ傷を癒して休むんだ、今日はもう何もしなくていい」


祥鳳「はい…」



祥鳳の肩をポンと叩いてその場を離れる。



提督「沖波、間宮、すまないが手伝ってやってくれ」


沖波「はい!」


間宮「こちらへ…後で疲れの取れる料理を用意しますね」



連れられてゆく艦娘達を見届け俺は執務室へと向かった。







【鎮守府内 医務室】





提督「入るぞ」



しばらくして医務室を訪れる。




祥鳳「提督…」



ベッドで半身を起こして祥鳳が答える。



間宮「提督、ノックくらいして下さい!」



祥鳳の隣で看病していた間宮が呆れた声を上げる。



提督「前向きに検討する」


間宮「そんなこと言うと…明日の朝食をトマト山盛りに…」


提督「わかったわかった!食事を使って脅すのをやめろ!」



最近全く遠慮をしなくなった間宮に怯えつつ祥鳳に近づく。



提督「調子はどうだ?」


祥鳳「これくらいなんてこと…今執務室に…」


間宮「ダメですよ、明日一日は安静にしていないと…」


祥鳳「でも…」



祥鳳が申し訳なさそうな顔をこちらに向ける。

その表情から秘書艦業務をしなくていいのかというメッセージが伝わってきた。



提督「間宮の言う通り大人しく寝てろ」


祥鳳「え…」


提督「それと明日から3日間は出撃も遠征も訓練も中止する。鎮守府近郊の海域攻略が終わりしばらく落ち着くからな」


祥鳳「提督…」



心配そうに、しかしどこかホッとした表情をみせた。


やはりな…いつの間にか祥鳳への負担はかなり増えていたらしい。

秘書艦業務に演習の教官、出撃部隊の旗艦とさすがに無理をさせてしまった。




ここは…




提督「ありがとう祥鳳、お前のおかげで想像以上に速く海域攻略を進めることができた」


祥鳳「え…?」


提督「今はゆっくりと傷を癒すことを考えてくれ。それとお前の負担を減らすように今後運営することを約束する」


間宮「提督…」



祥鳳があり得ないものを見るかのような目になる。

隣の間宮は『提督が改心してくれたのか』という期待の眼差しを送ってきた、鬱陶しい。




祥鳳「本音は何ですか?」


提督「これ以上無理させて轟沈されたらシャレにならん。艦娘の轟沈は穏健派の提督共に総すかん喰らうからな」


祥鳳「だと思いました…」



『やっぱり』と呆れた顔を見せたと思ったら祥鳳が布団を被りこれ以上話すことは無いと態度で表してきた。



間宮「…」



隣の間宮は少しがっかりしている。

後で沖波辺りをフォローに走らせないと食事のメニューが苦手なもので埋め尽くされかねない。



提督「それじゃあな、さっさと寝ろよ」




残っている仕事と今後のことを片付けるために再び執務室へと向かった。






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間宮「はぁ…」




提督が去った後に間宮さんが呆れた溜息をついています。




間宮「どうしてあの人はあんな感じなんですかね」



間宮さんからすれば『もっと艦娘に優しくしてほしい』ということなのかもしれませんが…



祥鳳「…」



あの人の、提督の過去のことを思うとこれでも十分に優しいのかもしれない。

いくら私達を利用して海軍のトップに昇りつめるつもりであっても



あの人の家族を奪ったのは私達と同じ艦娘なのだから…



時々油断しているとそのことを忘れさせるかのようなあの人の気遣いが恐ろしくなる。

複雑で何重にも自分の心を封じ込めて誰にも見せないようにしているようで…そこが計り知れないからだ。



だから…



祥鳳「あの人に余り期待しすぎると痛い目に遭いますよ」



自分に言い聞かせるように


間宮さんにくぎを刺しておくことにした。





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【鎮守府内 執務室】



沖波「司令官、現在の資源状況はこちらです」


提督「うむ」



沖波が資料をこちらに寄越しそれを確認する。


『祥鳳の代わりに』と沖波が言い出したので遠慮なくこき使ってやろうと色々とさせていた。



沖波にさせていたのは資源状況の確認と次の攻略対象の海域である南西諸島海域の分析。

そして…



沖波「大型艦の誘致に使用できる資源はこちらです」


提督「ああ…」




大型艦を自分の鎮守府に誘致するには大本営にある程度の資源を納めることが義務付けられている。

駆逐艦や軽巡洋艦程度ならば申請してしばらく待てば送られてくるが戦艦や正規空母等の大型艦はそうもいかない。



そのため誘致するための資源を沖波に確認させていた。



戦艦中心に誘致するか、空母にするか?

先程からそのことを考えていて他のことを沖波に任せていた。


基本的には空母を優先しようと思っているが…



沖波「あの…司令官…」


提督「なんだ?」


沖波「い、いえ…なんでもありません、すみません…!」



何か言いたげにしていたくせにすぐに引っ込んでしまう。


中途半端に隠されると余計に気になるだろうが…。



提督「言いたいことがあるなら言ってみろ」


沖波「は、はい…あの…大型艦の申請ですけれど…」



沖波は今後攻略予定となっている海域の資料を広げる。



沖波「私は正規空母を優先すべきだと思います、理由は…」




沖波の意見は今後の海域は空母ヲ級クラスの深海棲艦が多数出現することが予想され、祥鳳一人ではとてもではないが制空権確保が追い付かず苦戦を強いられるからということだ。

その意見は予想される消費資源や制空確保に必要な艦載機等を数字化しての説明で非常にわかりやすかった。



提督「よし、では正規空母を迎えるか」


沖波「え?ええ!?そんなあっさり」


提督「元々正規空母を迎える予定ではあったがお前の意見を基に決定に進んだだけだ」


沖波「で、でも…」


提督「お前の意見だが責任は俺が取る。心配するな」


沖波「は、はいっ」



心配そうな顔が一転嬉しそうな顔に変わる。

自分のしてきたことが実を結んで達成感を感じているだろう、ここは飴を与えるいい機会だ。



提督「そうだ沖波、これを」


沖波「?」



俺は机から封筒を取り出して沖波に渡す。



提督「お前の給料だ、受け取ってくれ」


沖波「ちょ、ちょっと待って下さい!」


提督「すまんな、まだ口座入金に時間が掛かってな。今回は手渡しに…」


沖波「そ、そういうことではなくて…!」



慌てた様子で沖波が受け取った封筒を机に置いた。



沖波「私…まだ出撃も遠征もしていません…まだ何も貢献していない私がこれを受け取るわけには…」


提督「貢献していない?それは本気で言っているのか?」


沖波「え…?」


提督「お前は出撃、遠征はできなくても他の所で貢献しているだろ」



沖波は自信無さげに給料の受け取りを拒否しようとする。

自身の足にハンデを負っている彼女らしい態度、ここまでは想定通り。


遠慮がちなところをここは押し通さなければならない。




提督「全員の艤装のチェック、資源の確認、料理の手伝い、そして今日みたいな秘書艦代理業務。これを貢献していないとは言わせないぞ」


沖波「司令官…」


提督「この金はお前への正当な報酬だ、受け取ってくれ。他の駆逐艦達みたいな額ではないが…な」


沖波「うっ…えぐっ…し、司令官…ありがとうございます…」



沖波は涙を零しながらその金を受け取った。



提督「これからも頼むぞ」


沖波「はいっ!!」



これからも散々こき使ってやるからな。




やはりこういう真面目なタイプは扱いやすい。

以前研修で会った朝雲もそうだったが、真面目なタイプは心のどこかで『認められたい』という欲求がある。


だからこそ彼女のしてきたこと、やっていることを正当に評価し褒めることで簡単に靡いてくれる。


天津風もその手のタイプで扱い易い。

しかし雪風や時津風のような直情タイプは少し苦手だ、たまにこちらの予想を超える行動をしてくるからだ。








今後、この鎮守府に迎える正規空母の艦娘も扱い易いタイプであることを祈り申請書の作成に取り掛かった。









【鎮守府内 食堂】





書類整理に時間が掛かってしまい小腹が空いたので何かないかと食堂を訪れたのだが…



時津風「げ…」


雪風「しまっ…」


天津風「だ、だから言ったじゃない!もう!」



駆逐艦達が食堂を訪れて何かを食べていた。



提督「つまみ食いか?」


時津風「う…」


雪風「こ、このことは間宮さんには…」



阿呆だなこいつら、間宮の食材の管理の完璧さをまだ知らないらしい。



提督「わかった。黙っててやるから天津風、少し良いか?」


天津風「え…?なに?」



天津風を手招きして食堂から連れ出す。





提督「医務室に居る祥鳳の様子を見て来てくれないか?」


天津風「なんで?そんなの自分で行けば…」


提督「俺が行くとあいつは気を遣って休まないんだよ、頼む」


天津風「そういうことなら…わかったわ!行ってくる!」




天津風は少し嬉しそうな顔を見せて医務室の方へと向かった。




これは俺が『傷ついた艦娘を気遣っている』というアピールのために行ったものだ。

天津風だけではなく時津風と雪風がこの話をこっそり聞いていることも想定内だ。



きっと俺を少し見直したことだろう。



提督「さて、つまみ食いなら俺も混ぜてくれ。二人も三人も大して変わらんだろ」


時津風「お?いいねいいねぇ」


雪風「一蓮托生ってやつですね!」



食堂に戻ると急いで取り繕った顔を見せる二人が楽しそうに迎えてくれた。













結局間宮につまみ食いしたことが翌日朝にバレた。



罪を全部二人に擦り付けようとしたが失敗し山盛りのトマトを食わされる羽目になってしまった。










【鎮守府内 執務室】




3日後、鎮守府に正規空母が着任した。



やってきたのは雲龍型の3隻、正規空母としてはやや小型の艦娘と資料に書いてあったはずだが…




雲龍「雲龍型航空母艦、雲龍、推参しました。提督、よろしくお願いしますね」



小型…?



天城「雲龍型航空母艦、天城と申します。提督、どうぞよろしくお願い致します」



こいつらのどこが小型だ?

天城も凄いが雲龍は間宮を凌ぐとんでもない巨乳だった。



祥鳳「提督?」


提督「…」


祥鳳(どこを見ているんですか!?)


提督「ぬ…」



祥鳳に小声で注意を受けてしまった。



提督「…よろしくな」



思わず思考停止していた。

こんなに視覚的刺激の危険な艦娘が来るとは思っていなかったからだ。


雲龍も天城も薄着でその自己主張の激しい胸を見せつけているかのようだ。

基本的に空母は祥鳳のように(こいつも半裸だが)厚着で来るものだと思っていたのに…




そういえばもう一人、



葛城「雲龍型航空母艦、三番艦、葛城よ!」


提督「…」



『本当に同じ姉妹か?』という言葉を漏らしそうになったが堪える。


雲龍に比べたらスイカと煎餅くらいの差に思わず泣きそうになった。



提督「君を見ていると落ち着くよ」


葛城「は、はぁ?」



執務中にムラムラきた時は葛城を見て落ち着くとしよう。






提督「この鎮守府は戦力不足でな、君達の活躍を期待しているぞ。まずは艤装を付けて演習にてその力を見せてくれ」


葛城「ええ!正規空母の力、存分に見せてあげる!」


天城「はい!天城、頑張ります!」



妹二人が元気の良い返事で答えたのに対し…




雲龍「腕が鳴るわね」




雲龍は掴みどころのないフワフワとした返事をしていた。




雲龍「さあ、行きましょうか」


提督「…?」




その表情、答えは…何かを隠しているんじゃないかと感じさせられた。















【鎮守府内 演習場】





雲龍「稼働全機発艦始め」


天城「天城が参ります!」


葛城「航空母艦葛城、抜錨!」



3人の艦載機が水上と上空の的を次々と撃ち抜いていく。



祥鳳「凄いです…」


提督「ああ」



正確なその艦載機捌きに俺も祥鳳も驚いてしまう。



ただ正規空母だから、というだけではない。

彼女達の普段の訓練姿勢や努力が垣間見える訓練風景だった。





提督「全力疾走10分、行け!!」




演習の締めに祥鳳と駆逐艦達が全力疾走を開始する。




葛城「な…!?」


天城「え!?」


雲龍「…!」



一瞬呆気にとられた3人だったがすぐにその意図を掴み同じように全速力を出して走り始めた。


わざわざ俺から何も言う必要が無く、天津風達みたいに一々独房に閉じ込めて教育する必要も無さそうなため『これは優秀な艦娘が来たな』と思えた。





しかし…





葛城「はぁ…!はぁ…!し、締めのこれ…きっつ…!」


天城「い、いつもこんなことしているのですか…?うぐっ…」



全力疾走を終えて疲労感と達成感に満たされている妹二人と対照的に…




雲龍「…」




肩で息をしていても、雲龍の表情は虚無感に支配されているように見えた。





提督(やれやれ…面倒な奴だな…)




真面目そうな天城や直情的な葛城を意のままに操るのは簡単だ。



しかしまるで雲のように掴みどころのない雲龍をどう動かすか、どうやってこいつの本性を暴き出すのか。



面倒ではあるが…



彼女の虚無感に支配された仮面をはぎ取る楽しみもできたみたいで少し楽しみにもなってきた。








【鎮守府内 司令部施設】




雲龍たちが鎮守府に着任して数日後、戦力が整い艦隊としての演習も一通り終えたので南西諸島海域の攻略に移ることした。



提督「旗艦に雲龍、頼めるか?」


雲龍「任せて」



艦隊旗艦はこれまでずっと祥鳳だったが今回は雲流に頼むことにした。


その他のメンバーは天城・葛城・天津風・雪風、そして最後尾に祥鳳だ。



提督「それと…時津風と沖波」


沖波「は、はい!」


時津風「な~に?」


提督「南西諸島から艦隊が帰投する際に途中まで迎えに行って帰投を手伝ってやってくれ」



これまでと違い艦隊に少し余裕ができたため残った二人を迎えに出そうと思ったのだが…



沖波「わ、私…良いのですか司令官」


提督「演習について行けるようにもなった、俺は大丈夫だと見込んでいる」


沖波「し、司令官…」


提督「初任務だ、しっかり頼むぞ」


沖波「はい!全力を尽くします!」




帰投の迎えくらいで大袈裟な…。

そう思うがこれまで怪我で全く何もできなかった沖波にとっては大きな一歩なのだろう。



天津風「頑張ってね沖波!」


雪風「雪風達の帰りを待ってて下さい!」







提督「いざとなったら時津風を使え、置き去りにしても構わん」


沖波「え、ええ!?」


葛城「ちょ!?」


天城「な、なんてことを…」



俺の言葉に沖波、天城と葛城が信じられないような顔を見せる。

まあ時津風ならしぶとく生き残るだろ、と思っていたら…



時津風「こーらー!私と沖波の扱い違い過ぎない!?」


提督「沖波はお前と違って書類整理ができるんだ、扱いが違って当然だろ!」


時津風「なんだとぉーーー!!」


提督「痛でででっ!?噛むなこの珍獣!!」


沖波「ああ!?時津風さん落ち着いて!」



いきなり時津風が飛び掛かって俺の腕に噛みついてきた。

しっかりと噛みつかれたため腕に痕が残ってしまった。

















提督「祥鳳」



出撃前に祥鳳と二人になる。



提督「雲龍の様子をよく見ておいてくれ」


祥鳳「え?」


提督「そのためにお前を後方に下げた。それに今回の出撃は少々戦力過剰となってる、それくらいの余裕はあるだろう」


祥鳳「は…はい」



いまいち俺の意図が伝わっていなさそうなのでもう少し詳しく言っておく。



提督「そうだな…特に敵を倒した後や海域を制圧した時なんか注目してくれ」


祥鳳「はい…」





それだけ伝えて俺は作戦指揮を執るため司令部施設のレーダーの前に立ち艦娘達の出撃に備えた。




さて…彼女はどんな顔を見せてくれるのかな?





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【南西諸島 作戦海域】





雲龍「稼働全機、発艦始め!!」


天城「追撃です!」


葛城「攻撃隊!発艦準備!!」




敵主力が潜む海域に入る前、雲龍さん達はいち早く敵艦隊を発見すると先制攻撃のために一斉に発艦しました。



祥鳳「続きます!攻撃開始!!」



私もそれに遅れないよう続きます。

雲龍さん達の連携は見事なもので3人とも呼吸を自然と合わせ、乱れの無い美しい艦載機の陣形を作っていました。



祥鳳(これは…)



艦載機の目を通して敵の編成が見えました。

6隻いたのですけれど…



雲龍「敵主力撃沈!このままいくわ!」


雪風「え!?」


天津風「うそ!?」



先制攻撃で敵主力の撃沈に成功し、残るは敵残党の殲滅へと移ります。

敵艦隊は混乱しており残った艦載機の攻撃でさらに3隻沈めました。




天城「天城航空隊、再度発艦はじめ!!」


葛城「よーし!良いとこ見せるわよ!」



天城さんと葛城さんは動じる様子もなく追撃戦に行きました。

このような先制攻撃での動き、戦い慣れしているのがわかります。


これまで彼女達が鍛錬と実践を重ねてきた証拠です。



祥鳳「…」



その雲龍さん達の姿に私は劣等感のようなものを感じてしまいます。

何の力も無い私のような軽空母と正規空母の力の差を見せつけられたようで…







祥鳳(え…!?)






しかしそんな嫉妬めいた私の感情は雲龍さんの表情を見たことでどこかへ行ってしまいます。




雲龍「…」




戦局は圧倒的に有利で全員が無傷、天城さんと葛城さんの追撃により今にも勝利を得たにも関わらず…





雲龍「…」


祥鳳(なんて…)





なんて…虚無感に満ちた顔をしているのだろう…。





天城「雲龍姉様!敵主力艦隊、殲滅完了です!」


葛城「完全勝利ね!やったわ!」




雲龍「そう…」




妹達に対し優しい笑みを見せていたけれど



私にはその笑みがまるで人形のような作りものに見えて寂しさすら感じてしまいました。







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【鎮守府内 司令部施設】





雲龍『提督、艦隊勝利しました。これより帰投を開始します』


提督「わかった」



雲龍から勝利の報を聞き通信を鎮守府近海に迎えに出ている沖波に切り替える。



提督「沖波、もうすぐ雲龍達が戻る。損傷は無いが帰投時は護衛してやれ」


沖波『は、はい!』




後はもう特に俺がやることは無いだろうと手元にある資料に目をやる。




この資料は大本営より取り寄せた雲龍たちの経歴書だ。



見ると彼女達3姉妹は前からずっと行動を共にしており出撃記録も常に同行している。

彼女達の出撃した戦いの勝率は凄まじく任務に失敗したことなどほとんど無かった。




が…




提督「なるほどな…」




雲龍のあの虚無感に支配されている雰囲気の原因が少しわかった気がする。




提督「まるで渡り鳥だな、くくくっ」




これからどうやってあの仮面を剥いでやるか、その方法がわかってきたので



俺は一人なのを良いことに司令部施設で笑いを零していた。











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【鎮守府内 食堂】





海域攻略が進んだため、ささやかながら食堂で祝勝会が行われました。




間宮さんが用意してくれた豪華な食事を前に、提督が用意してくれた飲み物を片手に持って乾杯します。


提督はこの場にはいません。

『俺がいない方が気楽にできるだろう』と彼は執務室に引き籠ってしまいました。




祥鳳「それでは今後の皆さんの武運を祈って、乾杯」



「「「「「かんぱーーーい!」」」」」




グラスを合わせる音とともに祝勝会が開始されました。





















葛城「着任早々に3日も監禁された!?なによそれ!?」




葛城さんは駆逐艦の子達と積極的に交流をしている。

どうやら提督のことを聞いているみたい。



時津風「あれは辛かったよね…」


雪風「3日が10日くらいに思えました…」



当時のことを懐かしそうに…ではなくて白い目で語っています。



葛城「そんなの許せない!私提督のところに文句を…」


天津風「待って待って、待ちなさいよ」


時津風「監禁されたのは最初の3日だけなんだから」


葛城「だ、だからって…!」


雪風「でも監禁された間もしれぇは一緒に付き合ってくれたんですよね…」


葛城「は、はぁ?」


天津風「一緒に食事なしもね…だから文句言い辛いのよ」


葛城「あ、あいつ頭おかしいんじゃないの…?」


雪風「おかしいと思いますよ?」


時津風「まともじゃないのは間違いないよねー」


葛城「…」




あ、葛城さんがあきれ果ててる…。

後でフォローしておかないと今後に関わるかもしれない。




葛城「しかしそんな危険人物に…あなたよくあんなことできるわね?」


時津風「へ?」


葛城「ほら、出撃前に提督に噛みついていたじゃない、物理的に」





あれには私も驚きました。





時津風「良いんだよ、最近しれえってば私に対する扱い酷いんだよ?珍獣とかコアラとか言いたい放題言って来るんだよ」


雪風「私なんかげっ歯類とかカピパラとか言われます。幸運艦だからって宝くじを買わされました」



結局100円しか当たらずに『本当に幸運艦か!?この嘘つきめ!』とか言ってたのはさすがに注意しました。



葛城「本当に言いたい放題ね…天津風は?」


天津風「…」


葛城「どうしたの?」




葛城さんの問いに対し天津風さんが少し恥ずかしそうに、そして悔しそうに顔を伏せています。




天津風「『お前って真面目なのに下着だけ大人だな』って言われた…」


葛城「もはやセクハラの領域じゃないの…」




葛城さんが頭を抱えて呆れ果てています。

後で提督を注意しておかないと…


最近艦娘との付き合い方に少し馴れが生じてきたのかお互い遠慮が無くなっていましたからね…。





祥鳳(え…)




視線を雲龍さんに送ると彼女の横には食べつくされたお皿がいくつも重なっていました。



雲龍「おかわりいい?」


間宮「は、はい…少し待って下さい」



驚いた様子の間宮さんが内線を使って提督に許可を取っています、本当に真面目な人です…。



間宮「え?あ、はい。わかりました。雲龍さん、好きなだけ食べても良いと許可を得ましたので今から追加で作りますね」


雲龍「ありがとう。あなたの料理は今まで食べてきた中で一番ね。いくらでも食べられるわ」


間宮「そ、そうですか!ありがとうございます!腕によりをかけてもっと作りますね!」



雲龍さんの誉め言葉に間宮さんが嬉しそうに厨房へと戻っていきました。

彼女の活き活きとした笑顔を見られて私も嬉しく思えました。





祥鳳「天城さん」


天城「あ、はい」



その様子を私と同じように少し離れた位置から見ていた天城さんに声を掛けます。



祥鳳「どうですか?もう鎮守府の生活には慣れましたか?」


天城「はい!皆さんとても優しくてくれて…できればこの鎮守府に長く留まりたいですね」


祥鳳「…?」



笑顔ではあるけれど天城さんの少し寂しそうな表情が気になった。

まるでそのうち自分達はここからいなくなるみたいな言い方だったからだ。




祥鳳「…どこか異動を言い渡されたのですか?」


天城「そういうわけではありませんが…何度も異動を繰り返していますから…私達…」


祥鳳「え…?」




正規空母でありあれほどまでに強い力と団結力を持っている3人が…?




言葉を失い興味を持った私に気づいたのか天城さんは他の方に聞こえないよう少し小声で教えてくれました。





天城「私達はこれまでに何度も主力として海域攻略に貢献してきたのですけれど…その後のより深くて厳しい海域に行くにつれて出番が無くなっていくんです」


祥鳳「え…」


天城「私達より力があって搭載が多くて強い空母っていくらでもいますから…その人たちの出番になって私達は大本営へと戻されるのです」


祥鳳「…」


天城「何度もその繰り返しで…私や葛城は海域攻略ができればやはり嬉しいのですけれど…」




天城さんの寂しそうな視線が雲龍に向かう。




天城「雲龍姉様は…」


祥鳳「…」





雲龍さんが海域攻略に成功して虚しそうな雰囲気を漂わせていたのは…





祥鳳(…)



その気持ちは少しわかるような気がします。


私も、瑞鳳も龍鳳も…以前の鎮守府では正規空母の方達が台頭してきてからは使い捨ての囮機動部隊に配属させられていたのだから。




天城「提督は少し変わった人ですけれど艦娘を大切にしてくれているのはわかります」


祥鳳(え”…)



天城さんの提督への評価に思わず聞き返しそうになりましたが堪えます。





天城「ですから…少しでもここに長く留まりたいですね」






私に心配しないように笑みを見せてくれる天城さん…


もうそんな顔を見せないようにしてあげたいのですけど…






祥鳳(提督はどうするつもりなのかしら…)






一応聞いたことを提督に報告したのだけれど


既に彼女達の経歴書からそのことは察していたようで


『いずれ動く』と言っただけで何も指示はありませんでした。



私が『彼女達をいずれ手放すつもりですか?』と聞いたのだけれど



『それはあいつ次第だ』と答えをはぐらかされました。


















その後、南西諸島海域の沖ノ島海域の攻略を完了し



南西諸島制海権を取り戻した祝勝会を終えた後






提督は動き始めました。












【鎮守府内 執務室】





雲龍「提督、雲龍です」


提督「ああ、どうぞ」




祝勝会を終えて一息ついた後、提督は執務室に雲龍さんを呼びました。




雲龍「何か用?」


提督「改めて感謝しておこうと思ってな。君達が来て奮闘してくれたおかげで南西諸島海域を攻略することができた。ありがとう」



提督が雲龍さんに向かって頭を下げています。

正直気味悪いです、こんなにも艦娘に対し謙虚な姿勢、裏が無いとは言えません。



雲龍「いえ…」



そんな提督に対し雲龍さんは特に感心することもなく受け流しています。

まるで海域攻略を終えた時みたいに虚無感に満ちた表情で…。


提督がそれに気づかないはず無いと思います、彼はこの後どうする気で…



提督「今日までご苦労様、君達はもう用済みだから明日大本営へ帰ってくれ」


祥鳳「え…」


雲龍「…」



なんて…ことを…



祥鳳「提督…!本気ですか!これまで貢献してくれた彼女達をそんな」


提督「本気だ」



寂しそうに『この鎮守府に少しでも長く居たい』と言ってくれた天城さんのことが頭を過り提督に詰め寄ってしまいます。



提督「どうせ今後の戦いについてこられなくなるだろう、お前達より優秀な正規空母を誘致するから心配するな」


祥鳳「そんな心配はしていません!彼女達ほど優秀ならば今後の戦いでも…」






え…?





提督にどうにか雲龍さん達を残してもらおうと続けようと思ったのだけれど…





雲龍「…」


祥鳳「あ…」




雲龍さんから提督への溢れるほどの殺気に執務室の空気が凍ります。

私は言葉を失い、その殺気に怯んでしまいましたけど…



提督「はははっ…空気が変わると言うのはこういうことを言うのだろうな」



提督は平然と雲龍さんを見ています。

恐れることはまるで無く嘲笑うかのように…


そんな提督に対し雲龍さんは殺気を込めて睨み続けています。





提督「冗談だよ、これほどまでに力を持ったお前達を早々簡単に手放すわけ無いだろう」


雲龍「信用できない」


提督「だろうな、お前達はこれまで何度も裏切られ続けてきたのだろうからな」



やはり提督は雲龍さん達の事情を知っていて…




提督「もっとも…」




だったらどうしてこんな悪質な嘘を…




提督「まるで渡り鳥みたいな扱いをされてきたことに対する怒り、そんなものは表向きの理由に過ぎないだろう?」


雲龍「え…」




初めて…


雲龍さんの表情が変わりました。




ずっと無表情か作られた笑みしか見せなかった彼女だったのに



提督に『表向きの理由』と指摘され、その表情が驚きに染まっていました。




提督「祥鳳」


祥鳳「は、はい」


提督「席を外せ、雲龍と少し話をしたい」


祥鳳「え…」




見ると雲龍さんから先程まで溢れ出ていた殺気が消えています。


いくら安全になったからってこのままここを離れては提督が…




祥鳳(ううん、違う…)



自分の中の自問自答を一度否定する。


きっとこれから提督は雲龍さんの本音を引き出すつもりだ。




それが何なのか?


私達姉妹と似たような扱いを受けてきた彼女の本当の素顔。


それが見たくて仕方ないんだ。




祥鳳「いえ…このまま執務室に残らせて下さい」


提督「なに?」


祥鳳「お願いします」


提督「へえ…」



提督が私を意外そうな顔で見た後視線を雲龍さんに送ります。

その目は『良いか?』と問いかけているようです。



雲龍「構わないわ」



雲龍さんからも了承が得られ、私はこのまま執務室に残ることになりました。







提督「表向きの理由は鎮守府をたらい回しにされて出撃の機会を奪われ与えられなかったことだが」



まるで雲龍さんの身体の奥を覗き込むような目で見ています。



提督「本当は『全力で戦えていない』自分への苛立ちがお前の虚しさの理由だ、違うか?」



雲龍「…」



雲龍さんは肯定しなかったけれど


否定もしなかった。



その雲龍さんの様子に提督が満足そうな表情を見せる。





全力で戦えていない…?


でもそんなことは相手が深海棲艦ならそんな余裕は…


ましてや天城さんと葛城さんと一緒に出撃していてそんなことを…




提督「相手が深海棲艦じゃ物足りないのだろう?」



私の質問に答えるかのように提督が続ける。



提督「お前が本気で戦いのは艦娘なのだからな」



提督の問いに



雲龍「…」



雲龍さんが…




雲龍「ふふっ…」




初めて笑みを見せた。







これまで何度も見せた作り笑いじゃない。


本当に嬉しいときに見せる笑みなのは間違いないのだけれど…


その笑みは少し歪んでいる。



まるで提督が悪いことを考えている時と同じように…。




提督「祥鳳」




そんな雲龍さんの歪んだ笑顔に提督は嬉しそうにしながらも




提督「大型艦誘致用にまだ資源を除けていたな?」


祥鳳「は、はい…」


提督「その資源を全て艦載機開発に回せ」


祥鳳「え…?」


提督「雲龍、お前が本気で戦える演習を…相手を用意してやる」


雲龍「…」


提督「全力の…お前の本当の姿を見せてみろ」



提督の言葉に雲龍さんは嬉しそうにしながらもまだ少し疑っている。



雲龍「それはあなたにどんなメリットがあるの?タダで…というわけじゃないでしょう?」


提督「他の鎮守府に演習で勝てば俺の評価が上がるんだよ、相手が強ければ強いほど…な」


雲龍「そう…」



納得したように雲龍さんは頷いてから




雲龍「楽しみにしているわ」




歪んだ笑みを増々深くさせていた。




その笑みに恐怖のようなものを感じながら


それをあっさりと引きだした提督にも同じように恐怖を感じてしまった。




雲龍「提督」



執務室を出る前、雲龍さんは振り返って提督を見る。




雲龍「あなたも私と同じなのね」



え…?

それってどういう…



提督「ああ」



提督は雲龍さんの問いを肯定し



提督「長年溜まった鬱憤を一気に晴らすのは気持ちが良いぞ」


雲龍「そう…ふふっ」



彼もまた、雲龍さんのような歪んだ笑みを見せていた。




_____________________




【鎮守府内 演習場】




舞鶴鎮守府の提督に連絡し、互いの艦娘、艦隊向上のためだとかそれなりに動いてくれそうな理由を並べ立て合同演習の日を迎えた。





提督「相手は空母機動部隊、一航戦二航戦の部隊だ」


天城「ということは…」


雲龍「赤城、加賀、飛龍、蒼龍ね?」


葛城「うわぁ…」



葛城が名前を聞いただけで難しそうな顔をしている。



それは仕方ないのかもしれない。

赤城、加賀は雲龍達より戦歴が長く彼女達から見たら大ベテランだろう。


おまけに飛龍、蒼龍は先日改二改装を終えてさらに強くなったと噂されている。



それに対しこちらの編成は雲龍、天城、葛城、そして祥鳳。

搭載数、戦歴、経験、そして傍から見た実力では圧倒的不利と言っても差し支えないだろう。



提督「以上がこちらの作戦と編成だ。今回の演習はこちらからの指示は必要最低限しかするつもりはない。お前達の判断に任せる、存分に戦ってくれ」


葛城「…」


提督「なんだ?」



葛城が俺に対し何らかの疑いの目を向けている。



葛城「そんな自主性に任せるとか言って…もしも負けたら私達のせいにするんじゃないの?」


天城「ちょ、ちょっと葛城!?」


提督「…」



やれやれ、駆逐艦共に何か吹き込まれたか?



提督「そんなことはせん」


葛城「本当にぃ?」



葛城からまだ疑いの目が消えない。

ここは…



提督「そうだよな、天津風」


天津風「え?ええ…私はしない…と思うけど」


葛城「そう…」



さすが天津風。

これから演習に臨もうとしている艦娘達のモチベーションを奪わぬよう100点満点の回答だ。



雪風「でもしれぇはこないだ宝くじが外れた時雪風のせいにしてました!」


葛城「ほらぁ!やっぱり!」


提督「ぐっ…!」



くそ、げっ歯類め。余計なことを言いやがって。


とはいえ身から出た錆に間違いないのでここはグッと堪え、葛城の疑いを消すよう四苦八苦しながら演習に出る艦娘達を見送る。









提督「雲龍」


雲龍「なに?」


提督「最小スロットの装備を副砲に変えておけ」


雲龍「?」


提督「きっとその方が良い戦いができるだろうからな」


雲龍「…わかったわ」



少し首をかしげながら雲龍は頷いて装備変更のため工廠へ向かった。





さて、俺ができるのはここまでだな。



彼女達の、いや雲龍の奮闘に期待して俺は司令部施設へと向かった。






_____________________




提督「よろしくお願いします」


舞鶴「こちらこそ」



舞鶴の提督と握手を交わしお互いが司令部施設の席に着く。



提督「沖波、演習開始の放送を」


沖波「はい!」







_____________________





雲龍「稼働全機、発艦始め!」


天城「はい!」


葛城「続くわ!」


祥鳳「発艦開始します!」



演習開始の放送と同時に4人が艦載機を発艦させた。



天城(雲龍姉様…)


葛城(なんか…いつもより…)


祥鳳(…)



雲龍の声色が高く興奮しているのだろうかと周りの艦娘達は思った。



雲龍「…」



しかしすぐにいつも通りの無表情となって相手が居るであろう遠くの海を見つめていた。




_____________________




赤城「第一次攻撃部隊!発艦開始!」



対する赤城達も4人が同時に発艦を開始して両陣営の艦載機同士の撃ち合いが始まる。








経験の差なのか、数の差なのか。



加賀「このまま続けます」


飛龍「第二次攻撃隊!発艦準備!」



_____________________




天城「あ…!」


葛城「くぅ…!やっぱり簡単な相手じゃないわね!」



徐々に赤城達の艦載機が残り、雲龍達の艦載機が落とされ始めた。



雲龍「このまま艦載機の攻撃を続けるわ!第二次艦載機隊用意!!」



雲龍は想定済みだったかのように落ち着いて再度攻撃を指示している。





_____________________





『佐世保鎮守府、天城、葛城、大破判定!舞鶴鎮守府、赤城、加賀、大破判定!撤退して下さい!』




提督(ふむ…)



天城と葛城が撤退となってしまったが赤城と加賀をどうにか道連れにできた。



舞鶴「やりますね」



舞鶴鎮守府の提督が感心したような声を出している。

それはそうだろう、こちらは圧倒的に不利なはずなのにここまでは善戦している。


傍から見たら2対2の五分に見えるが舞鶴鎮守府の提督は余裕の笑みを見せている。



それも仕方ない、こちらの残りは雲龍と祥鳳の正規空母1、軽空母1に対し相手は正規空母2隻。

おまけに蒼龍と飛龍は改二改装を終えていて戦力的にはこの正規空母の中では1番かも知れない。



現状の不利は戦闘開始時よりも悪くなっているのだが…



提督(理想通りだな)



ありがたいことに俺の理想通りに事が運んでくれた。




俺は放送用のマイクを持つ。



提督『祥鳳、使用している艤装に不具合が見られる。すぐに撤退しろ』


沖波「え…?」


舞鶴「ん?」



俺の隣に居る沖波も舞鶴鎮守府の提督も『そんなことは…?』という目で見ていた。


_____________________





演習開始前に提督にこう言われました。



『運良く雲龍と二人だけ残ったら演習場から撤退させる』



そんなことどうやって…?と思っていたのだけれど…




提督『祥鳳、使用している艤装に不具合が見られる。すぐに撤退しろ』


祥鳳「…」



演習場にあるスピーカーから提督の声がする。

もう少し他に言い方は無かったのですか?と思ったけど渋々演習場から離れる。


その途中、旗艦である雲龍さんと目が合います。



祥鳳(すみません…)



少し頭を下げてその場を離れ始める途中、雲龍さんは



雲龍(いいのよ)



そう表情で返答してくれた気がします。





その表情は…





祥鳳「…」





とてもこれから2対1の勝ち目のない戦いに臨む者の表情ではありませんでした。





_____________________






飛龍「て、提督!?相手の軽空母離脱しちゃいましたけど!?」


舞鶴『構わん、蒼龍とともに挟み撃ちにして一気にケリを付けろ』


蒼龍「了解!行くよ飛龍!」


飛龍「ええ!蒼龍!」




舞鶴鎮守府の提督、飛龍、蒼龍は油断することなく戦闘態勢を維持し勝負を決めに走る。






_____________________





雲龍「…」




ドクンッ…ドクンッ…



これまでに感じたことの無い胸の強い高鳴りが感じられる。




雲龍(これこそが…私がずっと求めていた…!)




提督の言う通り



私はずっと厳しい戦局での戦い

強い相手を求めていた。



確かに強い深海棲艦と戦うことは何度もあったけれど


奴らをどれだけ撃沈してきても私は満たされなかった。




それは私の中にある自尊心のようなもの


裏を返せば優劣を決められ、見向きを去れなかったことへの怒りのようなもの






それが…今…





『長年溜まった鬱憤を一気に晴らすのは気持ちが良いぞ』





提督の言葉が思い出される。





そう…チャンスだ。




私が溜め込んできた鬱憤を晴らしてしまう




自分が望み続けた戦いをすることができる…







でも…











提督は恐らく気づいているであろう、その欲望に身を任せなかった本当の理由






天城…





葛城…





あの子達の前で、私の本当の姿を晒したくないという気持ち






それがずっと残っていたのだけど…







提督『雲龍』




提督から通信が入る。




提督『今、この場で全てを曝してしまうんだ』





提督の言葉は…




提督『この機を逃したらお前は一生そのままだ』




私を…







提督『勝て、お前が最強なのだと証明してみせろ』












私を解き放った…!!











雲龍「ぐあああああああああああああっ!!!!」










_____________________







蒼龍「え!?」





雲龍を挟み、彼女が艦載機でどちらかを攻撃しようとしたら後ろから…そう思っていたのが…






雲龍「あははははははははっ!!」







蒼龍「ひぃ!?う、撃ちます!!」



いきなり叫び、笑いながらこちらへと接近してくる雲龍に怯みながらも蒼龍が艦載機を発艦した。



それと同時に反対側から飛龍が発艦したのが見えたのだが…





雲龍「はははっ!!あはっ!!あはははっ!!」


蒼龍「な、何よあれ!?」




雲龍が自分で発艦せずとも自然と彼女の周りから艦載機が発艦させられる。


その艦載機はまるで雲龍を護ろうとするかのように彼女の周りにまとわりつき、飛龍と蒼龍の攻撃を防いだ。




しかしさすがに二人分の艦載機の攻撃を防ぎきれず、彼女の周りで大きな爆発と水柱が立ち上った。





蒼龍(や、やったの…!?)




水柱が戻り、爆煙が消えかけたその時…





雲龍「あはははははははは!!」


蒼龍「ひぃ!?」




雲龍はあちこち損傷してはいたものの二人分の攻撃を掻い潜り、さらに蒼龍に接近した。




蒼龍「く、来るなぁ!!」




慌てて蒼龍が雲龍と距離を取りながら艦載機発艦の準備に取り掛かったが…




雲龍「ガアアアアアァァァ!!」


蒼龍「きゃぁっ!!」



雲龍は艦載機を使わずにそのまま蒼龍に接近し、彼女を素手で殴りつけた。


予想外の攻撃だったのか蒼龍は回避行動も受け身も取れず海面に倒れる。




そこへ…





雲龍「あっはははははは!!」



雲龍は装備していた副砲を撃ち始める。




蒼龍「や、やめ…っぐ…うっ!…」












『ま、舞鶴鎮守府蒼龍、大破判定…!て、撤退を…』






やがて蒼龍が意識を失ったのを確認して砲撃をやめた。






本来ならば正規空母の艦娘が接近戦で副砲をしようするなどありえない。


しかしだからこそ予想外の攻撃で彼女を打ち倒すことに成功した。






しかし…






飛龍「このぉぉっ!!!」





蒼龍に急接近したため雲龍と飛龍の間に大きく距離が空いてしまう。

飛龍が再度艦載機の攻撃をするのに十分な距離だった。




飛龍(蒼龍が撤退したら…!)




雲龍が自分を目掛けて突進して蒼龍から離れたらすぐにでも攻撃機を発艦し攻撃するつもりでいた。




だが…




蒼龍「ぅ…ぅあっ…」






飛龍「えっ!?」






雲龍「くくっ…あはは!あはははははははは!!」






雲龍は気絶している蒼龍を持ち上げ、飛龍からの攻撃の盾にするかのように見せつける。





飛龍「やめなさいよぉ!!」


雲龍「あはははははははは!!あっはっはっはっは!!」





そのまま雲龍は蒼龍を盾にして飛龍との距離を詰め始めた。





_____________________




舞鶴「お、おい!なんだアレは!今すぐにやめさせろ!!」



俺の隣で舞鶴の提督が顔を青くしながら止めるよう言ってくる。



提督「あー、あー、すみません、マイクが故障しました」


舞鶴「な、なんだとぉ!?」



演習場へ自分達の声が届かぬようマイクの電源を切っただけだ。

慌てている舞鶴の提督はそれに気づかない。




どの道…今の雲龍に俺の声なんぞ届かないだろう。




_____________________




葛城「雲龍…姉さん…?」



葛城さんが青い顔をして雲龍さんを見ています。


それも仕方ありません、私ももし瑞鳳があんな豹変したらショックで気を失うかもしれません。



天城「…」



しかし天城さんは雲龍さんから目を離さずにジッと見ています。


もしかしたら天城さんはある程度予想していたのかもしれません。






雲龍「うがあああああああああああああっ!!」




雲龍さんが飛龍さんと距離を詰め、蒼龍さんを彼女に投げつけた後副砲での攻撃を開始しました。




その後、雲龍さんは弾切れとなった後、飛龍さんを素手で殴り、動かなくなるまで海面を引きずり回しました。






雲龍「あっははははははは!!きゃはははははははっ!!!」






雲龍さんは動かなくなった飛龍さんを見て



とても楽しそうに、気持ちよさそうに笑っていた。






それはまるで『私こそが一番だ!』と見せつけている様にも見えました…。





葛城「こんなの…」




悲しそうに顔を伏せる葛城さんと




天城「雲龍姉様…」




どこか嬉しそうにしている天城さんを尻目に




祥鳳「…」





私は…気持ち良さそうに笑う雲龍さんが羨ましいとすら感じていました。




『え、演習を終了します、佐世保鎮守府の勝利です…』






沖波さんの放送を聞いて




私達は撤収のために動き始めました。







後書き

10万の文字制限が来ちゃった。

ちなみにここまでで本編の20%くらいです。

続き→http://sstokosokuho.com/ss/read/16974


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1: みがめにさまはんさみかたき 2019-01-28 00:09:54 ID: S:SaPxjL

ぅおい!続きが!続きが欲しいのだ!
あと北上さんもだしてほしいなって!利用されてるのがわかっていても点に頼られていることが嬉しくて利用される北上さんが!欲しいです!
無理でも執筆がんばってください!

2: ウユシキザンカ 2019-01-28 19:35:28 ID: S:Toy7Wa

>>1

そんなこと言われると頑張りたくなるんだぜ。
ありがとうございます。

北上さんかあ、前作で思い切りメインだったから今のところ登場予定が無いかな?(今のところは)

3: SS好きの名無しさん 2019-01-28 21:38:43 ID: S:k5OrJe

狂った提督が出る物語は大好物です!

楽しみに続き待ってます!

4: みがめにさまはんさみかたき 2019-01-28 22:37:54 ID: S:6kmQ3X

※2アソッカ…そういえば大井っちに厳しい北上さん見てニヨニヨした覚えがある…
まぁともかくがんばってください!

5: かむかむレモン 2019-02-05 17:54:11 ID: S:JBlV3T

救いは無いね!(レ)な話いいゾ~^これ
更新お待ちしてナス!

6: SS好きの名無しさん 2019-02-07 07:27:51 ID: S:UIYOHZ

あぁ^~いいっすねぇ^~、こんな話を読みたかった。
もがみんの表情を想像すると、あぁ^~たまらねぇぜ
更新待ってます。

7: ウユシキザンカ 2019-02-07 07:47:57 ID: S:lcFFeZ

>>5

無いよ!断言する。
前作、前々作のような救いは存在しない。

>>6
もっともっといろんな顔を見せてあげるよん

8: みがめにさまはんさみかたき 2019-02-07 16:37:41 ID: S:YUMxtz

※5
ファッ!?予想だにしない人物いて草はえますよ…

山雲…恐ろしい娘!

9: SS好きの名無しさん 2019-03-04 15:04:26 ID: S:t92nfX

これが悪のカリスマって奴か。
悪堕ち祥鳳の未来も気になる

10: ウユシキザンカ 2019-03-10 09:11:06 ID: S:czYbqO

>>9

まだ灰色くらいで堕ちてません、これから徐々に黒く染まっていく

かもしれない。

11: みがめにさまはんさみかたき 2019-03-11 12:09:48 ID: S:gUJdpm

提督も閉じ込められらたってこったろ?
相も変わらず偉いねぇ彼は

12: ウユシキザンカ 2019-03-13 07:33:48 ID: S:vJWwvX

>>11
閉じ込められたというか自ら入ったんですね。
そのためにわざわざ拵えました。

13: SS好きの名無しさん 2019-03-13 20:50:31 ID: S:laStGd

こーいうドロドロ…好きです(唐突な告白)
序盤からの展開とか、他には無い艦これssっぽくて好きです。
これからも頑張ってください。

14: みがめにさまはんさみかたき 2019-03-13 22:06:45 ID: S:Pg_RdF

あぁ^~ゲスいしクズだけどこの提督の雰囲気好きなんじゃ^~

15: ウユシキザンカ 2019-03-15 07:57:01 ID: S:fxCNGW

>>13
嬉しいお言葉ありがとうございます。
頑張ります。

>>14
ゲスいしクズだからこそ書いていて楽しかったり。

16: みがめにさまはんさみかたき 2019-04-17 01:36:41 ID: S:9yEAjZ

養父設定の提督大杉ィ!
まぁ俺も人のこと言えないんだけどね!
それにそういう設定大好きだしね!

17: ウユシキザンカ 2019-04-17 08:12:12 ID: S:i24tzE

>>16

実父が生きていると色々と作品に制約が掛かるからね
養父ならやりたい放題なんすよ

私の作品は大体家族がお陀仏ですね

18: SS好きの名無しさん 2019-04-25 02:22:48 ID: S:Fzl3Lr

好きだぜこの作品。
だから続きを下さい(懇願)

19: ウユシキザンカ 2019-05-05 20:36:14 ID: S:HHBkDP

>>18

ありがとうございます、もう少し頑張ります。

20: SS好きの名無しさん 2019-05-09 14:52:51 ID: S:snN8i2

雲龍をどう扱うか見物です!
作者様、頑張って下さい

21: みがめにさまはんさみかたき 2019-05-10 00:36:22 ID: S:RM6bo2

もうほんとこのSSだいしゅき

22: SS好きの名無しさん 2019-05-15 10:03:09 ID: S:GpMosm

一気に読み耽ってしまう程に素晴らしい作品です。続きが見られるなら是非に拝見させて頂きたい

23: ウユシキザンカ 2019-05-16 17:19:46 ID: S:OfvWDI

>>20
一番好きな正規空母ですからね、大切に扱います。ククク

>>21
嬉しいぜよ

>>22
頑張って続けていきます!

24: SS好きの名無しさん 2019-05-17 09:42:02 ID: S:acTqi0

他の人が書いた復讐(笑)とちがって本当に読みやすくて面白いです
これからも更新楽しみにしています

25: SS好きの名無しさん 2019-05-19 07:44:35 ID: S:WOzt9a

おい…なんだこれは…
…すげぇおもしれぇじゃねぇかコンニャロー!!
意訳(とても面白いです!続きも楽しみにしています!!)

26: ウユシキザンカ 2019-05-19 17:35:33 ID: S:BB6Q78

>>24
読みやすさは自分なりにずっと気を遣っているところですね。
お褒め頂き嬉しい限りです。

>>25
なんだとぉ!?だったらもっと読みやがれ!
意訳(ありがとうございます。他の作品もよろしくね!)

27: SS好きの名無しさん 2020-03-28 00:18:16 ID: S:e8lvAu

めっちゃ好きw

28: ししろこ 2020-05-07 17:51:18 ID: S:qluFxz

これだ…これだよ!!!!!私が求めていたのはこれだ!!!!やっと見つけた…!!!
この後々鬱展開になりそうなストーリーをずっと欲していたんだぁ!!!!!!!!願いが…!叶ったんだ…!


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5件オススメされています

1: みがめにさまはんさみかたき 2019-01-28 00:10:14 ID: S:CYPfSI

序盤でこんなに面白いなんて…あたし聞いてない!

2: ログインパスを忘れたリスト作り 2019-01-29 16:49:08 ID: S:JjqxgF

応援と星5評価とオススメ度MAXにしておきますからねェ・・・(ネットリ

楽しみだなァおい。

3: SS好きの名無しさん 2019-04-25 02:26:59 ID: S:x7LH4q

これは名作になるよ!みんな見てくれ。そして応援して作者さんのやる気を出させるんだ!
俺はこの作品の続きが見たいんだよ!!

4: SS好きの名無しさん 2019-05-19 07:47:29 ID: S:5q0qcl

応援とオススメの意を込めて星MAXです

なんの問題もないよね?

5: ししろこ 2020-05-07 17:52:38 ID: S:Uy1xjV

私が求めていたのはこれだった


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