作戦批判する艦娘を冷遇してみた(完結)
入渠とかMVP毎に文句言うから・・・
前作は間接攻撃でしたが今回は直接攻撃です
『艦隊が帰投しました!』
大淀の放送が聞こえたので艦娘達を出迎えるために俺は立ち上がり司令部施設を出た。
提督「はぁ…」
作戦失敗の仲間達を出迎えるのはいつも憂鬱な気持ちになる。
北上「行こっか」
提督「ああ」
秘書艦をしている北上が背中を叩いて俺を励ましてくれた。
【鎮守府外 港】
ある程度の戦況は先程の通信を通して聴いている。
敵主力を前にして駆逐艦吹雪が敵艦載機の攻撃を受けて大破。
撤退するよう命じて艦隊はようやく帰投した。
吹雪「すみません、司令官…」
北上「おかえり。いやー、大変だったねえ」
提督「みんなは良くやっている、悪いのは…」
出撃したのは吹雪と摩耶、大鳳とサラトガ、そして大和と…
大井「作戦が悪いのよ…」
吹雪「お、大井さん!」
大井「あ、いえ!私が至らなくてごめんなさい」
提督「…」
不機嫌そうに悪態をついた大井がすぐに笑顔になる。
作り笑顔なのは誰の目からも明らかだった。
提督「みんな早く入渠して休んでくれ」
傷だらけの艦娘達を見るのは忍びない。
なんとか平静を保って入渠を促すが…
摩耶「こんなになるまでこき使いやがって!クソが!」
提督「す…すまない…」
鳥海「ちょっと摩耶!」
摩耶「ケッ!」
摩耶が八つ当たりのような暴言を吐いた。
一緒に摩耶の出迎えに来た鳥海が注意しようとするが聞く間も無く行ってしまった。
吹雪「司令官…」
大井「…」
サラトガ「ソーリー、提督…」
大和「私達…頑張りますから、落ち込まないで下さいね」
艦娘達はその場を離れ工廠の方へ向かう。
提督「はぁ…」
深いため息をついた。
何度作戦に失敗したかわからない。
毎日毎日夜遅くまで作戦を練って主力達と何度も打ち合わせをした。
それでも成果を上げることもできず、大破して帰ってくる艦娘達。
そんな艦娘を見るのはもう嫌になっていた。
そして俺に対し批判的な艦娘達…
当然か、こんな無能は嫌われて当たり前だよな…。
北上「提督」
提督「ん?」
北上がその場に残っていた。
北上「後で部屋に行くからね、元気出して」
提督「ああ…」
心の底から提督を心配している表情で北上は提督を労った。
彼女の左手薬指にはキラリと光るものが付けられていた。
大井「ちっ…」
そんな二人を横目に見て大井は舌打ちをした。
【鎮守府 演習場】
満潮「全く…つまらない作戦立てないでよね!」
提督「う…すまない…」
荒潮「ちょっと満潮姉さ~ん?」
演習を終えて早々に満潮に文句を言われる。
他の鎮守府との演習をしたのだが、相手艦隊に含まれていた潜水艦1隻ならばどうとでもなると思い、対潜装備を積まず勝負に挑んだ。
しかし結局その1隻を落としきれずこちらが判定で負けてしまったのだった。
荒潮「せっかく提督が満潮姉さんを鍛えるために演習を続けていたのに~」
満潮「でも荒潮!こいつ、いつまでたっても…!」
提督「荒潮…満潮の言う通りだ、俺がミスしたから」
満潮「そうよ!反省しなさいよね!フンッ!!」
ずかずかと苛立った足取りで満潮はその場を去っていった。
荒潮「ごめんなさいね~提督~」
謝りながら荒潮は俺に近づいて耳元で囁く。
荒潮「後でい~っぱい慰めてあげるからね~」
いつもの子供のような小ささを忘れさせる妖艶な笑みを浮かべていた。
【鎮守府 北上・大井の部屋】
北上「ただいま~」
大井「あ!北上さん、おかえりなさい!」
夜遅く、北上が部屋に戻ってきた。
大井「何か飲みます?コーヒーでも紅茶でもなんでも言ってください」
北上「ん~、いいや。提督のところで飲んできたし」
大井「そ…そうですか」
北上は大井の提案をあっさりと断った。
いつもと違い北上の言葉にはどこか棘があるようにも感じた。
北上「ねえ大井っち」
大井「何ですか?」
北上「どうして提督にあんなこと言うの?」
大井「え…」
北上の表情はいつも通りに見えるようだがその目には明らかに怒りが含まれていた。
北上「提督が夜遅くまで私達のために頑張っていることは知ってるよね?それに作戦は全員で話し合って決めたものだよね?それなのにどうして?ねえ?」
大井「あ…私は…」
責めるような北上の口調に大井は何も言えなくなってしまう。
こんなことは初めてだった。
今まで軽く窘めることはあってもここまで直接的に言ってくることはなかった。
大井「あの…ご、ごめん…なさい…」
北上「謝る相手が違うでしょ?私じゃなくて明日提督に謝って」
大井「…」
北上「聞いているの?」
大井「こ、この話は止めにしましょう!もう夜遅いですし、ね!」
北上「ちょっと大井っち」
大井は部屋の電気を消してベッドに潜り込んだ。
北上「大井っち…」
大井「おやすみなさい!」
もうこれ以上話すことは無いと言った態度で大井は耳を塞いだ。
北上の浅い溜息が聞こえてきたような気がした。
【摩耶・鳥海の部屋】
鳥海「ねえ摩耶」
摩耶「なんだよぉ…」
部屋に戻って摩耶はずっと自分のベッドに顔を埋めて落ち込んでいる。
鳥海「いい加減にしてくれない?」
そんな落ち込んでいる摩耶に対して鳥海は優しくなかった。
摩耶「何がぁ…」
鳥海「司令官さんに対する態度よ、いい加減八つ当たりみたいなことしないでよね」
摩耶「そんなのいつものことじゃねえか…」
咎める鳥海に対し摩耶は適当にあしらう。
摩耶「明日から気を付けるよ…おやすみ」
鳥海「もう…いっつも口ばっかりなんだから…!」
摩耶はこれ以上話すつもりは無いようでそのまま眠りについてしまった。
【荒潮・満潮の部屋】
荒潮「改二改装おめでとう~」
今日の演習を終えて既定の練度に達した満潮は改二改装し、新たな力を得ることができた。
満潮「ありがとう。これも荒潮が一緒になって訓練に付き合ってくれたおかげね」
荒潮「それと提督もね~」
満潮「あいつは…別に…」
荒潮に提督のことを言われると思わず顔を逸らしてしまう。
いつも部屋に二人でいるとき、提督の話となると…
荒潮「でも~、もう少し提督に感謝してもいいと思うのよね~。それと口調も優しくして~」
満潮「またその話?わかってるってば」
荒潮「そう~?ならいいんだけど~」
満潮「そんなことよりも、これで私も大発動艇を積めるようになったのだから荒潮の遠征の負担を小さくできるわ!楽しみにしててよね!」
満潮は提督の話を聞き流して明日からの希望を口にしていた。
そんな姉を荒潮は優しく、どこか呆れた目で見ていた。
【鎮守府内 ?????】
『こんなになるまでこき使いやがって!クソが!』
『つまらない作戦立てないでよね!』
『作戦が悪いのよ』
いつからだろうか?こんなことを言われるようになったのは。
そういえば最初からだったかもしれない。
作戦批判等が当たり前に言われるようになっても我慢してきたが…
もう我慢の限界だった。
そんな俺に悪魔のような囁きが聞こえてきた
このままでいいのか?と…
(いい加減にしないと~)
(いい加減にしないと)
(いい加減にしてくれないと)
痛い目を見るわよ
【鎮守府 会議室】
会議室にて次の作戦の打ち合わせがされていた。
提督と大勢の艦娘が集まり出撃する部隊と遠征する部隊の編成を確認する。
提督「次にKW環礁沖海域(通称6-5)の出撃部隊だが…」
次々と艦娘の名前が読み上げられていく。
前回通り大和、サラトガ、大鳳が呼ばれ…
提督「重巡に鳥海!」
鳥海「はい!」
摩耶(え…?)
『あれ?』と思ったのは摩耶だけでは無かった。
提督のその選出に艦娘達が少しざわつく。
摩耶「な…なあ、あの海域の対空面は大丈夫か?いつもだったら私が…」
提督「摩耶にはずっと頼りっぱなしだったからな、たまには休んでくれ」
摩耶「だけどよ…」
提督「今回の重巡洋艦枠は空母棲姫の撃破用の火力に力を入れようと思ってな。期待しているぞ、鳥海」
鳥海「はい!司令官さんのご期待に応えられるよう全力を尽くします!」
そういうことなら、と艦娘達も納得して頷いていた。
摩耶(なんだよ…ふんっ)
摩耶は自分のポジションを奪われたような気がして少しつまらなかったが
摩耶「ま、頑張りなよ鳥海。あたしは久しぶりに休ませてもらうわ」
鳥海「ええ、摩耶はずっと出っ放しだったからたまには休んでてよね」
そう言って鳥海を励まして気を紛らわせた。
提督「続いて…駆逐艦、秋月!」
秋月「は、はい!」
吹雪「ぅ…」
吹雪は悔しそうに、そして悲しそうに俯いた。
摩耶が外れた分の対空面により力を入れるとわかっていても気持ちがついてこなかった。
提督「最後に…軽巡、由良!」
由良「はいっ!」
大井(え…?木曽でも…北上さんでも無くて…由良?)
提督「制空の足りない分を水戦で補ってくれ、頼りにしてるぞ!」
由良「はい!期待に応えられるよう頑張りますね、ね」
大井「…」
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大井(何よ…)
提督は由良に向けて笑顔で対応している。
こんなことは私には無かった。
最近は目も合わしてくれないような気がする。
ずっと…初期のころからずっと支えてきたのに…。
原因はわかっている…でも…。
もどかしい想いを持って作戦会議を終えて退室しようとした。
提督「吹雪」
吹雪「はい…」
提督が同じように出撃部隊を外された吹雪に声を掛けている。
提督「そんな顔するなよ、可愛い顔が台無しだぞ?」
吹雪「うぐっ…司令官…」
提督「必ず挽回させる機会を設けるから…そんな顔しないでくれ。俺はずっと支えてくれた吹雪を頼りにしているんだぞ?」
吹雪「はい…はいっ!吹雪、これからのために訓練に参ります!」
発奮して大きな声で応える吹雪の頭を優しく撫でていた。
大井(…)
提督は私と一瞬目を合わしたと思ったがそのまま素通りして行った。
大井(何よ…私には…何も言ってくれないわけ…?)
そのそっけない提督の態度は思った以上に大井の胸の中に重い何かを残した。
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【鎮守府 工廠】
荒潮「こっちは準備完了よ~。満潮姉さん、大発動艇は積んだかしら~?」
満潮「ええ、それじゃあ遠征に行くわよ」
いつも通りに大発動艇とドラム缶を持って東京急行の遠征に行く準備を整えていた荒潮と満潮のところへ
提督「満潮」
満潮「何よ」
提督に声を掛けられて不機嫌そうに反応する。
いつもの様子なので他の艦娘は何も言わない。
提督「お前には外れてもらう」
満潮「はぁ!?なんでよ!」
いきなりの交代に満潮が声を荒げる。
提督「今日、大潮の改二改装が終わってな。今日からしばらくは交代で行ってもらうことにする」
満潮「だったら荒潮が休んでくれれば…」
提督「お前が改二改装された頃は荒潮が面倒を見てくれただろう?」
満潮「それがなに!?」
荒潮「こういうのは、お姉ちゃんの仕事なのよ~」
満潮「うっ…」
急に提督との間に入られ、下から覗き込まれた満潮は言葉に詰まった。
満潮「…って、ちょっと待ちなさいよ!姉は私でしょう!?」
荒潮「それじゃあ提督~、行ってきま~す」
提督「よろしくな」
満潮「ちょ、ちょっとぉ…!」
そのまま二人は満潮の傍を離れて行った。
満潮「…」
その場にポツンと取り残された満潮は寂しい気持ちになった。
満潮「いきなり休みって…どうすればいいのよぉ…」
【鎮守府内 演習場】
摩耶「あ」
大井「あら」
満潮「どうも…」
演習場で滅多に顔を合わせない3人が来ていた。
大井「珍しいわね、演習場に来るなんて」
満潮「ええ…急に休みをもらってどうしたらいいのかわからなくって…」
摩耶「そっか、満潮もか」
満潮「も…って、あんた達も?」
大井「そうよ」
満潮「ふーん…」
摩耶「…」
大井「…」
満潮「…」
滅多に顔を合わせないだけあってか会話が続かない。
大井「それじゃあ演習後に買い物に付き合ってくれない?北上さんにちょっと贈り物をしたくって」
摩耶「いいねー、それじゃあ私は鳥海に何か買ってやるかな」
満潮「付き合うわ。私も荒潮達にお菓子でも買ってあげようかな」
せっかくの休みなら、と大井が二人を誘い摩耶と満潮はそれに乗ることにした。
(そのうち自分達の出番はあるだろう)
(泣きついてきたりして)
3人にはまだまだそんな余裕があった。
しかし…
【数週間後 鎮守府内 会議室】
大規模作戦が開始され、作戦会議のために艦娘達が集められた。
現在は終盤の海域を攻略中でこの後は厳しい戦いが予想される。
(いい加減、そろそろ出番あるだろう)
そう思って摩耶と大井は名前を呼ばれるのを待っていたのだが…
提督「…そして、重巡に鳥海と羽黒」
羽黒「は、はいっ」
鳥海「はい!!」
提督に名前を呼ばれた羽黒と鳥海は張り切って返事をする。
摩耶「…」
その様子を摩耶が面白くなさそうに見ていた。
提督「第二艦隊最後尾に木曽と北上」
木曽「おう!」
北上「あいよ~」
敵主力にとどめを刺す要因として選ばれたのは木曽と北上だった。
大井「っち…」
吹雪「ちょ、ちょっと大井さん…!」
不機嫌そうに隠そうとしない舌打ちに吹雪が小声で注意する。
提督「吹雪…吹雪?」
吹雪「は、はい!すみません!」
提督「ん?」
叱られたと勘違いして吹雪が立ち上がって謝った。
提督「何を謝っているんだ吹雪?お前にも第二艦隊で出てもらうんだ、しっかりしろ」
吹雪「え…?」
提督「頼りにしているぞ」
吹雪「司令官…はい!吹雪頑張ります!!」
若干涙目になりながら喜んでいる吹雪に対し、周りの仲間達から応援する声が聞こえてきた。
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大井(…)
いつもだったら吹雪の編成を喜んであげられたはず
秘書艦をやっていた時なら尚更だ
提督「それじゃあ作戦に取り掛かる、解散!」
そして以前なら私が外されるときは必ず理由を教えてくれたのに…
提督「秋月」
秋月「は、はいっ!」
提督「状況次第ではまた出撃してもらうかもしれない、いつでも出られるように準備をしておいてくれ」
秋月「お任せ下さいっ!」
今回出撃から外された秋月を励まして…
提督「…」
大井「…」
私の隣を素通りして会議室を出ていった。
視線を私に合わせないように顔を逸らして…
大井「…っ!!」
苛立ちが治まらずに私は机に手のひらを叩きつけた。
北上「おわぁ!びっくりした」
隣の北上さんがびっくりして椅子から落ちそうになってしまった。
謝る気にもなれず黙っているしかなかった。
苛立ちと胸の痛みが消えることなく、嫌なものを引きずったままその日を過ごすことになった。
【鎮守府内 執務室】
摩耶「入るぜ」
ノックもせずに摩耶が執務室に入ってくる。
鳥海「ちょ、ちょっと摩耶…!ノックくらいしなさいよ!」
今日の秘書艦である鳥海が慌てて摩耶を咎める。
怒っているのか頬が紅潮していた。
提督「何の用だ…?」
勢いのある摩耶に対し提督はひるむことなく対応する。
何かを邪魔されたような苛立った顔をしている。
しかし摩耶にはそんなこと関係無いといった風で…
摩耶「あのさぁ、そろそろ出撃させてくれねえか?このままじゃ身体が鈍っちまうよ」
提督「…ああ、その内にな」
摩耶「え…」
そっけなく返して視線を書類に向けた。
摩耶「おい、そんだけかよ?もっとあたし達に対する労いをだな」
提督「要件はそれだけか?」
摩耶「あ…?ああ…」
提督「忙しいから出ていけ」
摩耶「んだとぉ!?何だその態度…って鳥海!耳引っ張んなって!痛い痛い!!」
鳥海に耳を引っ張られてされるがままに執務室を追い出されるしかなかった。
摩耶「何すんだよぉ!追い出すにしたってやり方が…」
鳥海「いい加減にしてって言ってるでしょう!!」
摩耶「ぅっ…!」
本気で怒った声を出す鳥海に言葉が詰まってしまう。
鳥海「いつもいつも司令官さんに対してあんな失礼な態度をとって!言葉遣いを直してって言っても聞いてくれなくて!もう摩耶なんか知らないから!」
摩耶「お、おい…鳥海…」
鳥海「ふんっ!」
バタンッ!とドアを閉めてしまい鳥海は執務室に戻ってしまった。
摩耶「何だってんだよ…」
摩耶はポツンと廊下に取り残され、行き場をなくしていた。
【鎮守府 工廠】
荒潮「艦隊が戻ってきまぁ~す」
荒潮達が遠征から帰ってきた。
満潮「おかえり」
今回も遠征に出ることが無く手持ち無沙汰だった満潮は遠征部隊が資源を保管する工廠へ姉妹の出迎えに来た。
提督も既に出迎えに来ていて、荒潮や大潮の頭を笑顔で撫でていた。
満潮「…」
大潮「司令官!アゲアゲの戦果です!」
荒潮「みんなが出撃している分、私達も頑張らないとね~」
提督「すまないな、先日輸送作戦に出てもらったばかりなのに無理させて」
大潮、荒潮は大規模作戦前半の輸送作戦にて資源輸送任務をこなしてきた。
いつもの遠征とは違い道中には深海棲艦が溢れ、輸送基地には敵主力も待ち構えていたが、彼女達輸送部隊は無事に任務をこなしたのだった。
満潮「…」
しかし満潮はその輸送作戦とその後の遠征部隊に配属されることは無かった。
提督「そろそろ二人にも休んでもらおうか。ここのところ出ずっぱりだったからな」
大潮「司令官!大潮はまだまだいけますよ!?」
荒潮「これくらいなんともないんだけどぉ~?」
満潮「ダメよ、疲労って本人も気づかない間に蓄積するものなんだから」
満潮はそう言って期待を込めた眼差しで提督を見る。
『私を出しなさい』と目で言っているのは丸わかりだが…。
提督「お~い、鬼怒~」
鬼怒「はーい!」
提督は満潮の方を見ることなく軽巡洋艦・鬼怒を呼んだ。
満潮「…」
まるでこの場に満潮が存在しないかのように。
提督「今日から鬼怒と変わってくれ。鬼怒はな、改二改装が終わって2人分働けるんだぞ?」
鬼怒「う…めちゃくちゃ働かせる気満々だ…」
笑顔で紹介する提督とは対照的に鬼怒は引きつった笑みを見せていた。
荒潮「それじゃあお願いね~?」
大潮「疲れたらいつでも言ってください!失礼します!」
納得したように大潮と荒潮が艤装を外して工廠から出て行った。
この場に残っているのは提督と鬼怒、そして満潮だ。
満潮「あのさ…」
提督「よろしく頼むぞ、鬼怒」
満潮が声を掛けたが提督はそれを無視して鬼怒に声を掛けた。
鬼怒「提督のためなら頑張るけどさぁ、本当は私も出撃したいんだよね」
提督「わかってるさ」
愚痴る鬼怒に対し提督は…
鬼怒「ひにゃぁ!!」
工廠の壁に手をついて鬼怒の顔に自分の顔を思いっきり近づける。
提督「頼りにしてるからな…」
鬼怒「ちょっと!いきなり壁ドンはやめてっていつも言ってるでしょ!かかか、顔近いっ!」
提督「はっはっは」
鬼怒は顔真っ赤にして怒っているがまんざらでもなさそうだった。
提督「それじゃあ気をつけてな」
鬼怒「りょ、了解…」
そして恥ずかしそうに出て行く鬼怒を見送った後、提督もその場を離れた。
満潮「な…なによ…」
一度も満潮の顔を見ることも声を掛けることもなく…
_____________________
【鎮守府 演習場】
摩耶「最近よく会うな…」
大井「ええ…」
満潮「そうね…」
他の仲間達が遠征や出撃している間、暇を持て余した3人は演習場に来ていた。
いつでも出撃できるように
いつ声が掛かっても大丈夫なように
そういう心積もりで演習場で自分を鍛えていたのだが…。
摩耶「なんか最近さ…提督が冷たくなったような気がしてよぉ…」
満潮「え…あんたも?」
大井「満潮もなの…?」
満潮「それじゃあ…大井さんも…?」
提督に冷たく接されるとモチベーションは上がらず演習場に来ても顔は下を向いていた。
冷たく接されているのは自分達だけだった。
摩耶「どうすりゃいいんだろうな…」
満潮「…」
大井「…」
艦隊から外されたまま戻されることは無かったり
露骨に無視されたり
他の艦娘をわざわざ彼女達の前で褒めたり
最近まで無遠慮に接していた提督から冷たくされただけでこれほどまでに引きずるとは思ってもみなかった。
大井「原因を聞いてみる?」
満潮「原因って…」
摩耶「う…」
大井「どうしたの?」
『原因』ということで何か思いついたのか、摩耶が頬を掻いている。
摩耶「思い当たることが多すぎてどれが原因なのかなって…」
満潮「私も…」
大井「あなた達ねえ…」
呆れつつ大井も深いため息をつく
大井「まぁ…私もなんだけどね…」
3人の脳裏に過るのは自分達の姉妹から言われていたこと
『どうして提督にあんなこと言うの?』
『司令官さんに対する態度よ、いい加減八つ当たりみたいなことしないでよね』
『もう少し提督に感謝してもいいと思うのよね~。それと口調も優しくして~』
その注意はずっと聞き流してきた。
(一生懸命に練った作戦を批判し続けた)
(入渠の度に提督に対し八つ当たりをしてきた)
(優しい言葉を使わずに乱暴なことを、失礼なことを言い続けてきた)
これだけでも十分に提督に対し失礼を働いてきた。
摩耶「…」
大井「…」
満潮「…」
演習場に居る3人は黙ってしまう。
どうしよう…?
黙っていてもそう思っているのがわかる。
今、彼女達の心の中で溢れている感情
後悔・焦り・苛立ち
その感情は自分達で自覚できないほどに膨れ上がって
3人は思いがけない行動に出てしまった。
謝罪する
過ちを認める
正直に全てを打ち明ける
そのような想いを置き去りにして…
【鎮守府内 執務室】
摩耶「入るぜっ提督!」
大井「入るわよ」
満潮「失礼するわっ!」
執務室にいきなり3人が入ってきた。
鳥海「ちょ、ちょっと摩耶!あなたまた…それに大井さんと満潮も…」
摩耶「悪いけど鳥海は少し黙っててくれ!」
鳥海「え…!?」
注意しようとする鳥海を摩耶が大声で制す。
その強い言い方に鳥海は『どうしましょう』という視線を提督に送る。
提督「うるさいぞ、忙しいから後に…」
大井「こっちを見なさいよぉ!!」
提督の机をバンッ!と叩き大井は書類に顔を向けていた提督の顔を上げさせる。
提督「…なんだ」
面倒くさそうに提督が大井を見る。
その態度に3人は増々苛立ちを募らせた。
満潮「あんた…一体どういうつもりなのよ!私達だけいきなり冷たくして!」
摩耶「これまで散々こき使っておいてこれかよ!ふざけんなよな!」
そしてその勢いのまま不満をぶつける。
大井「前は…こんなことする人じゃなかったじゃない!どうしてよ!!」
大井のこの台詞には少し理由がある。
彼女はこの鎮守府の初期艦であり、その後しばらくは秘書艦を務めていたからだ。
摩耶「どうなんだよ!私がいなくて艦隊は大丈夫なのか!?」
満潮「私がいない間に全滅とか冗談じゃないからっ!」
しばらく3人は思い思いの不満をぶつける。
提督はその間黙って聞いていた。
以前ならば動揺したりすぐに謝ったりしたのだが…
提督は全く動じることが無かった。
もしも…
もしもこの3人の中でひとりでもなだめ役をしていたならこの場でここまで言わなかったかもしれない
摩耶も大井も満潮も
まるで濁流のようなこの流れに身を任せるしかなかった
提督「それで…?」
摩耶「あぁ?」
提督「俺にどうして欲しいんだ?」
提督はうんざりしたような顔で彼女達の要望を聞くことにしたらしい。
摩耶「いい加減に私を出しやがれ!これ以上留守番何て御免だ!」
満潮「私も出撃させてよ!遠征でもいいから!」
大井「あんな露骨な無視しないでよ!こんなことされてどんな気持ちになるかわからないあなたじゃないでしょう!?」
提督「…」
3人の視線から顔を逸らし
提督「他に言いたいことは?」
提督は深いため息をついた。
提督「…他に言うことはないのか?」
大井「え…」
提督が言い方を変えて再度質問したことに答えられなかった。
提督「全く…少しお灸を据えれば変わると思ったが…」
満潮「それって…どういう…」
どういうことなのか?
言われてから少しずつ不安が押し寄せてくる。
提督がどういう意味で言ったのかを…
それがわからないことではないと彼女達も本当は気づいているからだ。
提督「まぁ良いさ…」
満潮「え?」
少し呆れたような
何かを諦めたような顔をしたような気がした…
提督「お前達の言いたいことはわかったよ」
摩耶「本当か…?」
提督「ああ」
提督は頷いた。
少し冷たい雰囲気が和らいで大井も満潮もホッとした。
提督「後で連絡するから部屋で待っていてくれ」
『提督ならわかってくれるはず』
『考え方を変えてくれるだろう』
『また前のように…』
そんな彼女達の慢心に満ちた甘い考えは
すぐに大きな後悔に変わることだと思い知ることになる
【鎮守府 摩耶と鳥海の部屋】
鳥海「摩耶…」
摩耶「んだよ、そんな怖い顔をして」
鳥海「…」
摩耶「ああ、もう。わーってるって、さっきは私が悪かったよ。次からは気を付けるからさ」
鳥海「次…?」
鳥海は持っていた封筒を摩耶に渡す。
摩耶「何だそれ?」
摩耶はそれを受け取り開封する。
鳥海「次はもう無いんじゃない?」
封筒の中にあった用紙に書かれていたもの。
摩耶「なん…だよこれ!!」
摩耶への『異動通達書』だった。
既に提督の署名と捺印がされて摩耶の受け入れ先の鎮守府が書かれている。
鳥海「司令官さんから預かってきたのよ。摩耶に渡してって」
摩耶「な…んで…?どうして私が…!」
鳥海「どうして…?何言ってるの摩耶?」
摩耶「え…」
ショックを受けている摩耶に対し鳥海は心配する様子が全く見られない。
それどころか…
鳥海「私言ってきたよね!ずっとずっと、何回も何回も!司令官さんに失礼なことを言うなって!!八つ当たりするなって!!」
摩耶「ちょ…鳥海…?」
摩耶の胸倉を掴んで無理やり立たせた。
鳥海「それなのに摩耶はずっと直そうとしてくれなかったじゃない!自業自得よ!」
摩耶「そんな…だってそんなことはいつもの…」
鳥海「いつも通りだからって…司令官さんがなんとも思わなかったとでも思ってるの!?バカァ!!」
まるで投げるように摩耶を放した鳥海はそのまま部屋を出て行ってしまった。
摩耶「ちょ…鳥海!!」
鳥海を追いかけることもできずに呆然としているしかできなかった。
摩耶の脳裏に浮かぶもの
それはこれまで提督にしてきた自分の暴言と八つ当たり
そして先程見せた提督の諦めたような顔だった…
【満潮と荒潮の部屋】
満潮「う…嘘でしょう…」
荒潮「何て書いてあったのぉ?」
荒潮が届けた書類を見た満潮がわなわなと震えている。
荒潮「あらあらぁ~」
満潮の持っている書類を覗き込むとそこに書かれているのは満潮への『異動通達書』だった。
満潮「は、柱島へ異動なんて…冗談じゃないわ…!」
柱島鎮守府
現存する鎮守府ではもっとも戦いの激しく過酷な海域が多い鎮守府だ。
艦娘への対応や酷使っぷりも尋常ではないことでも知られている。
提督や艦娘達が最も行きたくない鎮守府として有名でもあった。
満潮「ど…どうしよう荒潮…わ、私どうすれば…」
急に身体が寒気で震えてきた。
自分で血の気が失せているのを感じることができる。
恐怖だけじゃない。
『見捨てられたのか?』という疑問が満潮を包み始めた。
そんな満潮に対し…
荒潮「向こうに行っても頑張ってねぇ~」
満潮「な…」
荒潮は冷たく突き放した。
荒潮「満潮姉さん?私、何度も言ったわよねぇ?」
満潮「え…」
荒潮「何度も何度も何度も何度も何度も何度も言ってきたわよねぇ?」
荒潮の顔は笑っているが…
その目はとてつもなく冷たかった。
荒潮「せっかく提督が満潮姉さんを鍛えてきたのにぃ?感謝せずに批判ばっかりしてぇ」
満潮「あれは…その…」
荒潮「提督はいつも『作戦はこれでいいのか』『ミスは無いか、ちゃんとみんなが帰って来られるのか』って必死になって考えたのに…それを満潮姉さんは…」
それを『つまらない作戦』
そう言ってきた…。
満潮「…」
その後悔がようやく大波のように押し寄せて
満潮は言葉を失い涙を落とした。
荒潮「異動は一週間後かぁ~、荷物はちゃんとまとめて置いてね~。それじゃあねぇ」
荒潮はそれだけを言い残して部屋を出て行った。
満潮「どう…しよう…っ…ひっ…く…えぐ…ぅっ」
部屋で独り絶望し、涙する満潮を置いて…
【大井・北上の部屋】
大井「な…なによ…これ…!」
北上が持ってきた『異動通達書』を受け取った大井は口元を震わせた。
北上「まあしょうがないよね、あれだけ言いたい放題言ってきたんだから」
大井「き…北上さん…?」
『どんなことでも北上だけは味方をしてくれる』
そう信じていた大井にとってその言葉は信じられないものだった。
北上を見ると彼女はとても冷ややかな目で見下していた。
北上「なにその顔?私がいつも味方でいてくれると思った?」
大井「な…」
それだけじゃない。
無表情に見えるその顔は怒りを噛み殺していると同時に…
どこか嘲笑しているようなものが…
北上「いやぁ、提督も思い切ってことをしてくれたねぇ。まさかここまで対処してくれるとは」
大井「え…?北上さん?」
北上の言い方にどこか引っかかるものを感じた。
大井「ま…まさか…」
信じたくはなかったが…
北上「そ。私。私が提督に言ったんだよ。『今の大井っちウザイから何とかして』って」
大井「う…嘘よ…」
北上「嘘じゃないよ。おかしいと思わなかった?あの優しい提督があっさり異動させるなんてさ。しかも柱島に」
信じられないような事実に大井の心は耐え切れず涙が零れ落ちた。
大井「なんで…なんでよぉ!どうしてこんなことするの!?」
北上「どうして?」
激高する大井に対し北上は冷たく返す。
北上「大井っちさぁ、私が提督とケッコンしてるのを知っててよくあんなこと言えたよね?私が提督を心配して、愛していることを知ってて言ってるよね?どういうつもりなの?」
大井「あ…」
『完全に作戦が悪いのよ』
『っち!なんて指揮…』
そういった言動を繰り返してきた。
提督に直接だけではない。
隣に北上がいるのにも関わらずだ。
北上「提督があんなこと言われているのに私が何も感じないとでも思ってたの?それも毎回毎回…」
大井「ご…ごめん…なさ…」
北上「謝る相手が違うっていつも言ってたよね?最後まで直ることは無かったけどさ」
大井から見た今の北上はとてつもなく遠い存在に見えてしまう。
北上「それと…本当はずっと前から聞こうと思ってたんだけど…」
北上の表情に悲しみが浮かんだ気がした。
北上「どうして提督とのケッコンを断ったの?」
大井「え…!?」
北上の言葉に心臓を鷲掴みにされたような気持ちになった。
大井「北上さん…知ってたのですか…?」
北上「…」
北上はコクリと頷く。
北上「大井っちは初期艦でずっと提督と一緒に過ごしてきたよね?それなのにいつからか秘書艦を他の人に譲ってさ、大井っちは提督のこと好きだったのにどうして?」
大井「わ、私は別に…」
北上「隠さないでもわかるよ、大井っちのことは何でも」
いつもだったらその言葉は何より嬉しいはずなのに
まるでナイフのように大井に突き刺さる
大井「私は…北上さんが…」
北上はじっと大井の言葉を待つ。
大井「北上さんが…提督のことを好きだって…」
北上「ふーん」
北上はまるで最初から事情を知っていたかのような返事をする。
北上「私は言い訳に使われたわけだ」
大井「そ、そんな!ち、違…!」
さっきまで無表情だった北上の顔に
深い悲しみが浮かんでいる
北上「そんなことされてさ…。そんな言い訳に使われて…私がそれを知ったとき、傷つかないとでも思ったの…?」
大井「き…きたか…みさん…」
北上は立ち上がって部屋を出ようとする。
北上「もしかしたら大井っちはいつか割り切って応援してくれるって思ってたんだよね…。それなのにあんな八つ当たりを続けてさ…」
北上の声に泣き声が混じっている。
北上「もう…耐えらんないよ…」
そのまま北上は部屋を出て行った。
大井「う…うぁっ…うわあぁぁぁぁぁぁ…!」
大井はそれを止められず泣き崩れるしかできなかった…。
【翌日】
摩耶「て、提督。オッス…じゃなくて、おは、おはようございますっ!」
摩耶は言葉使いを直そうと努力する姿が見え
満潮「司令官、あ、あの…私に遠征でも整備でもできることがあればいつでも…」
満潮は命令に忠実に従う姿勢を見せて
大井「提督…何か困っていることはありませんか?いつでも私をお呼びくださいね」
大井は献身的になろうとする姿が見て取れた
3人の必死な姿に周りは驚きを隠せなかったが
提督は変わらず冷たく接していた
彼の近くに付き纏う悪魔達は囁く
『これで終わりじゃない』
『ここからが折り返し』
『ここからが本当の始まり』だと…
大井「軽巡洋艦、大井です。どうぞ、よろしくお願い致しますね」
提督「こちらこそ、よろしく。頼りにしているよ」
私はこの鎮守府に最初の艦娘として着任した。
初めての艦娘ということもあって他の艦娘は誰も居らず、必然的に私が秘書艦を務めることとなった。
大井「資料、まとめて置きました。どうぞ」
提督「ありがとう」
秘書艦としての仕事は色々あった。
提督の書類整理の手伝いから身の回りの簡単なお世話、そして…
大井「提督、勝利しました!この海域の制圧完了です!」
提督「ありがとう大井!お前のおかげだ!」
艦娘としての出撃。
最初はあの人の役に立てるだけで、笑顔が見られるだけで自分のことのように嬉しかった。
いつの出撃だったかな…
提督「撤退しろ、大井。これ以上は無理だ」
提督から撤退命令の通信が入る。
でも私には焦りがあった。
吹雪「大井さん!これ以上は無理です!戻りましょう!」
由良「これ以上あなたが損傷しては危険です!提督の命令に従いましょう!ね、ね!」
大井「いいえ!まだ行けます!もう少しで敵主力を…」
艦娘の人数が増えて難しい海域に挑戦中のことだった。
ミスが続けば、私のせいで撤退するなんてことになったら…
私は誰かに取って代わられて、秘書艦を外されて…あなたの傍にいられなくなる…
提督「いいから帰って来いって言ってるだろう!!」
大井「…っ!!」
提督「吹雪!由良!大井を引きずってでも帰って来い!わかったな!」
吹雪「りょ…」
由良「了解しましたっ!」
大井「は、放して!戦わせてよぉ!!」
結局私は仲間達に無理やり引っ張られて帰ることになった。
大井「どうしてですか提督!なんで戦わせてくれなかったんですか!!」
帰るなり私は提督に詰め寄った。
提督「あのまま行っていたら君は轟沈している可能性があった、それくらいわかるだろう」
大井「だ、だからなんですか!?」
提督「なに?」
焦りや苛立ちから私は思ってもいないことをぶつけてしまう。
大井「私の代わり何ていくらでもいるでしょう!由良だって、吹雪だって、他のみんなだって!それだけじゃない、私がいなくなってもまたどこかで会えますよ!どうせ私は何人目かなんてわからない存在なんだから!!」
同型の艦娘が存在するだけじゃない。
私と同じ容姿で私と同じ考えを持つ艦娘がこの世にたくさん存在する。
そんな心の奥底に住み着いた不満をこの時ぶつけてしまった。
提督「悲しいこと言うなよ」
大井「な、何が…!あ…」
叱り飛ばされたり殴られたりするのかと思ったけど
提督は私を優しく抱きしめてくれた。
提督「これまで支えてくれた大井に代わりなんていない。俺の目の前に居る君はこの世でひとりだけだ」
大井「て…提督…」
提督「だからそんなこと言うな、俺はお前が傍にいないとだめなんだよ…」
大井「提督、っご、ごめんなさいっ!うわぁぁ…わあああぁぁぁぁっ!!」
この時初めて泣いた。
私の不満や心の悩みを提督はしっかりと受け止めてくれた。
私は私だけという言葉は胸の中に暖かく広がり
この時ハッキリと提督に恋をしたんだと自覚させられた
そして…
北上「アタシは軽巡、北上。まーよろしく」
大井「北上さぁぁぁん!待ってましたぁぁぁ!!」
北上「うわっ!大井っち、くすぐったいよぉ」
待ちに待った北上さんが着任した。
提督「凄いなお前達二人は、おかげでこのところ演習負けなしだ!」
北上「まあ大井っちと組めば最強だよね」
大井「ふっふっふ……誰も私たちの前を遮れないわ」
私と北上さんの組んだ艦隊は負け知らずで海軍中にその名を轟かせるくらいになった。
大好きな提督を支え
大好きな北上さんと一緒の生活
このまま幸せな生活が続くと思っていた…
北上さんが着任してかなりの月日が経った頃
偶然見掛けてしまった
提督「ん?北上、髪の毛に葉っぱがついてるぞ」
北上「あらら、気が付かなかった」
提督が北上さんの髪から葉っぱを取るという何気ないことだけだった…
北上「ありがとねー」
私は気付いてしまった。
北上さんの嬉しそうな顔、提督を見つめる瞳、紅潮した頬、少しテンションの高い声…。
北上さんも…提督に恋しているんだ。
私が気づかないはずがなかった。
だってその顔は…私の前では一度も見せたことが無かったのだから…。
この時私の胸の中に生まれたのは前のような焦りじゃない
私は提督にとっての一番という自負が確立していてそこが揺らぐことはなかったのだけど
不安と恐怖が生まれて私を悩ませ始めて
その不安は現実のものとなる…
提督「大井、これを…」
大井「あ…」
提督から小さな箱の中にある指輪を見せられた
ケッコンカッコカリの指輪
提督と艦娘の絆をより強化するもの
事務的なものと言われることもあるが恋をする艦娘にとっては大切な絆の証
提督から愛されている証と言っても過言では無かった
提督「これまでずっと支えてくれた君に渡したい」
大井「て、提督…」
とてつもない嬉しさと同時に襲ってきた大きな不安と恐怖
私がこれを受け取ったら北上さんは…?
北上さんも提督を愛しているのに私だけ…?
これから私はどんな顔をして北上さんの前に居ればいいの…?
そんな不安に打ち勝つ勇気が私には無かったんだ…
『私は言い訳に使われたわけだ』
そう、私は北上さんを言い訳に
提督の愛の証を受け取ることを拒否した
大井「ごめんなさい提督、これは受け取れません」
提督「え…」
大井「私には北上さんの方が大事ですし、あなたは私の理想としては力不足ですから」
提督「な…!」
大井「失礼します」
受け取るのを拒否しただけでなく
私は北上さんを言い訳にしただけでなく
私に愛の証を渡そうとした提督にあり得ない程に失礼なことを言ってしまった
帰って北上さんに顔を見せないようにベッドに潜り
一晩中布団を涙で濡らすことになった
翌日…
提督「すまない大井。昨日のことは…」
大井「いいえ気にしないで下さい、忘れますから」
提督「大井…」
いつも通り秘書艦として朝一番に提督のところを訪れた。
あることを伝えるために…
大井「ですから今後はそういう目で見られるのは耐えられませんので秘書艦を外して下さい」
提督「なっ!」
大井「もう私が一々見なくても大丈夫ですよね?今後は他の子に世話をしてもらってください。失礼します」
提督「大井!待ってくれ!大井!!」
提督が止めるのを聞かずに私は逃げるように執務室を出た。
その日は出撃も演習することも無く
一日中部屋で泣き続けた
私にほんの少しでも勇気があれば
逃げ出さずに提督の愛を受け入れていれば
こんな悲しい想いをしなくてもいいのに
私は自分で積み上げてきたものを全て壊してしまったんだ…
それから…
誰にも悟られないように毎日を過ごし、出撃をこなしていた。
提督も最低限の声しか掛けないようにして
鳥海や北上さん、たまに荒潮を秘書艦に据えていた
このまま毎日を過ごしていたらいつかあのことを忘れることができる
そう…思っていたのに…
北上「大井っち、これ見て」
大井「あ…」
北上さんの左手薬指に…
あの指輪が…
北上「これからも支えてくれって提督がくれたんだ」
嬉しそうに話す北上さんと対照的に
私の胸の中は黒い嫉妬の炎で燃え上がった
『割り切ったはずでしょう!』
『あの時自分で決めたことでしょう!』
そう自分に言い聞かせたがその黒い炎は抑えることができずに
次第に提督に向かうようになってしまった
『完っ全に作戦が悪いのよ!』
『ちっ、なんて指揮!』
あの人は私がそう言っても悲しそうな顔をして受け止めていた
こんなのただの八つ当たりで…
私の中で許せない自分の気持ちをぶつけているだけなのに…
あの時私が少しでも勇気を出していれば…
そんな後悔をしてももう遅い
私はあの人に見限られてしまったのだから…
【鎮守府内 大井と北上の部屋】
目が覚めた
自分のベッドの隣を見ると北上さんはいない
大井「っ…ぅっ…ひっく…えぐ…ぅっ…」
寂しい部屋で私は独り泣き続けた
_____________________
【鎮守府内 摩耶と鳥海の部屋】
摩耶「丁寧語に謙譲語と尊敬語?なんだこれ…だあぁぁ!こんなもんわかるか!」
摩耶はなんとか言葉遣いを直そうと本を読んでいたが苛立ちをぶつけるように投げ捨てた。
摩耶「…」
しかし投げ捨てた本を拾ってまた読み始める。
鳥海「…必死なものね」
その姿を鳥海はドアの隙間から見ていた。
【鎮守府内 工廠】
大潮「遠征終わりましたー!」
荒潮「ただいまぁ」
満潮「おかえりみんな!」
遠征を終えた部隊が工廠にやってくる。
満潮「艤装の整備手伝うわ、みんなは資源を置いて休んで!」
大潮「で、でも満潮、ここ数日ずっと…」
満潮「いいから!なんでもいいからさせてよぉ!」
何かに追い詰められた表情で満潮が詰め寄る。
荒潮「じゃあ遠慮なくぅ~、満潮姉さん、よろしくねぇ」
満潮「任せて!」
何でもいい
仕事が与えられないなら自分から動くしかない
そんな気持ちで満潮はとにかく行動を起こすしかなかった
荒潮「うふふ~」
満潮に整備と資源運びを任せ
楽しそうな顔で荒潮は満潮を見ていた
それから6日が過ぎ
異動の期限となる7日目が迎えるまで
3人がいくら努力しようと提督の態度は冷たいままだった
そして7日目…
【鎮守府内 会議室】
提督「それでは今月の西方海域攻略部隊の発表をする」
提督が出撃する艦娘を読み上げていく。
翔鶴・瑞鶴・大鳳、そして…
摩耶(無駄な努力に終わっちまったな…)
大井(これでお別れか…あっけないものね…)
摩耶と大井はもうダメだと沈んだ気持ちで会議に臨んでいた。
提督「摩耶、おい摩耶!聞いているのか!!」
摩耶「お、おぅ!?す、すまな…じゃなくても、申し訳ございません!!」
いきなり名前を呼ばれて焦った摩耶は立ち上がって提督に向かって頭を下げた。
提督「なんだ聞いてなかったのか…今回お前は出撃だぞ」
摩耶「ホントか!?あ、いや、本当でございますか!」
慌てた摩耶が提督へおかしな返答をしてしまい他の艦娘が笑っていた。
摩耶(やった!やった!!)
これが今までのことを挽回するチャンスなのか、提督が許してくれたのか詳しくはわからない。
しかしそれでも摩耶は嬉しさで目に涙を溜めていた。
大井(摩耶が選ばれた…?それじゃあ私は…)
対照的に大井は自分は選んでくれるのだろうかという不安に駆られる。
提督「あとの2隻は重巡に鳥海」
鳥海「はい!!」
提督「そして重雷装巡洋艦に…」
大井(お願い…私にもチャンスを…)
提督「北上」
北上「あいよー」
大井(…)
しかし大井が選ばれることは無かった。
大井(そう…よね…)
落胆に耐えられず涙を机の上に零してしまった。
提督「それじゃあ準備に取り掛かってくれ!」
提督の号令と共に艦娘達が会議室を出て行く。
摩耶(大井…)
大井(…)
自分だけチャンスを与えられたのが申し訳なくて摩耶は大井に何て声を掛けようか迷っていた。
提督「大井」
大井「え…」
気が付くと提督が大井の隣に立っていた。
提督「鳥海と北上が不在で秘書艦がいなくてな。頼めるか?」
大井「え!?わ、私ですか!?」
提督「嫌なら他の者に…」
大井「いえ!!!私がやります!!私にさせて下さい!!」
自分でも思ってもみない程に大きな声が出てしまう。
摩耶(やったな!)
大井(ええ!!)
心配で残っていた摩耶とアイコンタクトを交わし嬉しさを共有する。
摩耶は出撃のため、大井は提督を手伝うためにそれぞれのチャンスへと歩き始めた。
【鎮守府内 廊下】
大井(どうしようかな…)
執務室へ向かう途中、大井は言おうかどうか迷っていることがあった。
自分も摩耶もこうしてチャンスを与えられた。
しかし満潮は…?
それを口にするかどうか迷っていたのだが…
提督「大井」
大井「は、はい!」
提督「満潮を呼んできてくれ、今は工廠に居るだろう」
大井「わかりました!!」
大井(よ、よかった!)
大井は嬉しさを隠しきれない返事をして走って工廠へ向かった。
満潮にチャンスを与えてくれるだけじゃない。
ちゃんと彼女がどこで何をしているのか、ここ数日どういう過ごし方をしているかしっかりと把握してくれていた。
それが嬉しくて大井はまるで飛ぶように工廠へと向かった。
【鎮守府内 執務室】
満潮「失礼します!司令官、お呼びでしょうか!」
執務室に入った満潮はしっかりと敬礼をして挨拶をする。
以前だったら『何よ』『何の用よ』くらいの悪態をついただろう。
しかし今の満潮は提督に従う姿勢を見せていた。
提督「これを」
満潮「?」
提督が書類を満潮に渡す。
満潮「新しい海域への…遠征計画ですか?」
提督「ああ」
書類にはこれから始まる全く新しい遠征の計画が書かれている。
提督「満潮にその計画を任せてみようと思う」
満潮「わ、私がですか!?」
提督「ああ、仲間達に相談しながらでも構わない。やってみるか?」
満潮「え…と…」
びっくりした後不安そうな顔を見せる満潮に大井が耳打ちをする。
大井(チャンスよ満潮!成功させて挽回するのよ!)
その言葉に満潮はハッとした後コクリと頷いた。
満潮「や、やります!やらせてください!」
提督「期限は明日の10:00だ、よろしく頼むぞ」
満潮「はい!!」
張り切った返事をして書類を受け取り満潮は退室した。
大井(提督…よかった…)
提督が変わったものかと心配していたが根本では何も変わっていないことを感じて大井は嬉しくなった。
提督「さあ、書類整理を始めるか」
大井「はいっ!!」
大井の気持ち良い返事と共に今日一日が始まる。
3人の暗い日々は終わり新たなスタートを切ることができた。
しかし彼女達はすぐに思い知ることとなる。
『これ以上失敗することができない』というプレッシャーと戦わなければならないことを
そのプレッシャーは彼女達から冷静さを失わせて
『逆らうことができない』という厳しさも味わうこととなる
【鎮守府内 演習場】
摩耶「ハァッ…!ハァッ!…ぐっ!」
鳥海「摩耶!飛ばし過ぎよ!もう少しペースを落として!」
摩耶「このくらい!何てことねえよ!」
どれだけ全力で動いても、力を出し切っても…
摩耶(なんだよ…これは…!)
摩耶の胸の中にある嫌なざわつきが消えてくれない。
摩耶(クソッ!こんなこと今まで一度も無かったのに…!)
これまで感じたことの無い
大きなプレッシャーが摩耶を包み始めていた。
【鎮守府内 資料室】
満潮「えっと…今回の作戦の場合は…」
満潮は遠征の作戦計画のため資料室を訪れていた。
過去の作戦資料などが保管されていて参考にしようと訪れたのだが…
満潮「何よ…この量は…!」
その資料の余りの多さに驚いていた。
満潮「これじゃあ…明日の10:00までなんて絶対に…」
無理だと思いかけた思考を振り払うように満潮は頭を振る。
満潮「ううん、やらなきゃダメ!ダメなんだから!!」
期待してくれた、任せてくれた仕事を絶対にやり遂げて見せる。
これが最後のチャンスなんだと自分を奮い立たせ満潮は資料を手に取った。
_____________________
【鎮守府内 執務室】
提督「久しぶりだな、大井が秘書艦としてここに居るのは」
大井「そうね…」
私が秘書艦として彼の傍に居るのは自分から言ってこなくなったあの時以来だ。
どうして提督はまた私を秘書艦として呼んでくれたの?
もしかして私をまだ…
そんな淡い期待を持つ私に
提督「なあ大井」
大井「な、なんですか?キャッ!」
提督は後ろから静かに近づき私の両肩に手を置いた。
そして私を引き寄せ口元を耳に寄せる。
提督「俺は…まだ力不足だろうか…?」
あ…
『あなたは私の理想としては力不足ですから』
私が前に提督に言ったあの言葉…
提督はやっぱり…
大井「やめてっ!!」
私は提督を強引に振り払う。
提督には北上さんがいて…私なんかが入り込んでしまっては…
提督「…」
大井(あっ…)
提督の目が冷たく私を見ている。
提督「わかった、もう二度とこんなことはしないよ」
大井「ち、違う…!違うんです!」
何が違うというんだ…私は何を…
大井「今のは嫌だったわけじゃありません!ただビックリしただけです!本当です!」
こんな未練がましいことを…
提督「そうか、突然で悪かったな」
大井「い、良いんです!気にしないで、下さい…」
私はもう…諦めようと誓ったはずなのに
大井「私…提督のためなら何でもしますから、ね」
これまで我慢してきた分が全て
私の本当に想っていたことが全て
吐き出されようとしていた
??「へぇ~…」
ドアの隙間から誰かが覗いていた。
翌日
【鎮守府内 工廠】
摩耶(やべぇ…)
出撃当日の朝に目が覚めると全身に強い気怠さを感じた。
疲労からくる発熱だったのかもしれない。
鳥海「摩耶、大丈夫?」
摩耶「な、何が…」
鳥海「ハッキリ言ってあげましょうか?司令官さんの前で」
摩耶「なんともねえよ!絶対言うなよ!!」
鳥海「…」
『何が』とは鳥海は言っていないのに摩耶は反射的に答えてしまう。
大鳳「全員敬礼!!」
そこへ提督が大井と一緒にやって来た。
本作戦の旗艦である大鳳が号令を掛けた。
提督「…」
提督は出撃予定の艦娘一人ひとりの顔を見る。
摩耶(気づかないでくれ…!)
体調不良ということを悟られたら間違いなく交代させられる。
最後のチャンスに掛ける摩耶にとってそれだけは避けたかった。
提督が摩耶の前に来て様子を伺う。
そして呆れた顔をして溜息をついた。
提督「作戦を延期をする」
摩耶「なっ!?」
周りの艦娘達がざわつく。
摩耶「あ、あたしはやれる!お願いだから、あ…お願いします提督!行かせて下さい!」
焦っておかしな言葉遣いになりつつも摩耶は必死に提督に頼み込む。
大井「摩耶!落ち着いて!」
そんな二人の間に大井が割って入る。
摩耶「邪魔すんなよお!このままじゃ…!」
大井「提督は『延期』って言ったのよ!!」
摩耶「え…延期…?」
大井のその言葉に摩耶が大人しくなる。
大井「そうよ。『交代』でも『中止』でも無い。だから大丈夫だって」
摩耶「で、でも…」
申し訳ない気持ちで摩耶が肩を落とす。
提督「体調管理も仕事の内だ。しっかりしろ」
摩耶「も、申し訳…ございません」
提督「改めて出撃する日時を伝える、みんな今日は解散してくれ」
解散するよう言われて準備をしていた艦娘達が工廠から離れて行く。
鳥海「助かったわね摩耶、二重の意味で」
摩耶「…」
落ち込んでいる摩耶に対し鳥海は冷たい。
あの日からずっとこの調子で摩耶が沈みがちな時もずっと冷たい態度をとっていた。
提督「執務室に戻ろう」
大井「あ、ちょっと待って」
執務室に戻ろうとする前に大井が摩耶のところへ行く。
大井「摩耶…焦らないで、提督はまたチャンスをくれたんだから。まずはしっかり休んで」
摩耶「大井、サンキューな…」
そう小声で摩耶を励ました。
大井「お待たせしました提督、それじゃあ戻りま…」
執務室へ一緒に戻ろうとする大井の視界に出撃準備をしていた北上が入る。
北上「大井っちも頑張りなよ~」
大井「え…?」
北上が応援してくれた?
許してくれた?
そう思えて胸から嬉しさがこみ上げかけたのだが…
北上「提督、大井っちに変なことしないでよー」
大井「っ!?」
心臓が飛び出るほどの衝撃を受けた。
まさか…
そう思ってゆっくりと北上を見る。
北上の視線は提督に向かっている。
その横顔から真意を掴むことはできない。
提督「ははっ、わかってるよ。心配するなって」
北上「ならいいんだけどねー」
北上は手を振ってその場を去っていった。
提督は全く動じることは無く対応していた。
大井(私にあんなことをしておいて…どの口が『心配するな』って言ってるのよ!)
そう心の中で悪態をついていた。
しかし大井はそれでも提督に続き執務室へ向かう。
(私にはこのチャンスに縋るしかないんだ)
そう自分に言い訳をして…。
____________________
【鎮守府内 執務室】
大井(そろそろかしら…)
時計を見るともうすぐ10時になろうとしていた。
満潮が任された新海域の遠征作戦計画を持ってくるはずだ。
提督は静かに書類整理をしている。
私はそれを手伝っていたのだけれど…。
今日は何もしてこない。
昨日のことはやはり気の迷いで提督も反省したのかしら?
そう思うとホッとした半面、
残念だな、という気持ちが胸の中で渦巻いていた。
提督の机を見るとコーヒーカップの中身が空になっている。
大井「あ、提督。コーヒーを淹れ直しましょうか?」
提督「お?そうか、よろしく頼む。相変わらず気が利くな。頼めるか?」
大井「ふふっ、遠慮しないで下さいね」
提督に褒められて嬉しくなって気持ちが昂る。
つい…口が軽くなってしまった。
大井「提督のためならなんでもしますからね」
これを口にするのは2度目だ。
提督の真意を確かめるために言ったのかもしれない。
提督「大井」
大井「は、はい…」
しかし提督からの反応は冷たかった。
提督「出来もしないことを言うな」
大井「え…そんな、そんなことありません!」
提督の言葉にムキになってつい反射的に言い返してしまう。
提督「へぇ…」
大井「あ…」
提督は立ち上がり、私の正面に近づいてくる。
私は提督が近づくたびに後ろへ下がってしまい、次第に壁際に追い詰められてしまう。
横に逃げようと視線を右に送ったら…
バンッ!と提督が壁に手をついて逃げ場を塞ぐ。
提督「なんでもするんじゃ…ないのか…?」
確かめるようにそう言われて私は抵抗をやめた。
提督の顔が近づいてきて…
私は恐がりつつも目を閉じる。
キスされる…!?
(こんなこと、やっぱりダメ!)
北上さんはどうなるの?こんなことしてまた傷つけるんじゃないの?
そう心で思っても私は提督から離れられずに…
満潮「司令官、入ってもよろしいでしょうか?」
大井「!!」
ドアはコンコンと鳴らす音に反射的に私は提督から離れた。
提督「どうぞ」
提督は落ち着いた様子で椅子に座った。
まるで何事も無かったかのように…。
満潮「失礼します」
満潮が書類を抱えて入ってきた。
昨日提督から言われた作戦計画書だろう。
見ると満潮はとても疲れた顔をしている。
きっと昨日は寝ずにこの資料を作成したんだろう。
満潮「確認をお願いします」
提督「ああ」
満潮から書類を受け取り提督は一つ一つ確かめる。
満潮は緊張した面持ちで顔から汗が出ている。
きっと心の中は祈る気持ちでいっぱいだろう。
提督「…」
大井(あ…)
提督が呆れたような顔をして計画書にチェックを入れている。
提督「大井」
大井「は、はいっ!」
提督「どう思う?」
提督が計画書をこちらへ向ける。
『チェックしたところを見てみろ』と態度で言っているのがわかった。
大井「…」
満潮「どう…なの…?」
満潮が心配そうな顔を見せる。
私は提督がチェックしたところ確認する。
満潮が必死になって作ったのは伝わってくる。
…でも粗だらけだ。
以前も秘書艦として提督の作戦計画を手伝った私にはわかってしまう。
大井「このままの計画では危険だと思います…」
提督「そういうことだ」
満潮「あ…」
満潮の表情が落胆に包まれていく。
提督は私から計画書を受け取り
提督「仲間を殺す気か!真剣にやれ!!」
満潮「…!!」
大井「あっ!」
満潮に計画書を投げつけた。
満潮「申し訳っ…ございませんでした…」
満潮の目から涙が零れる。
提督「明日の10時までにもう少しまともな作戦を計画して来い!わかったな!!」
満潮「はい…」
満潮は泣いたまま頭を下げて執務室を出て行った。
辺りには満潮が必死で立てた作戦計画書が散乱している。
何もそこまでしなくても…!
そう言いかけたが
提督「はははっ」
大井(え…なんで…?)
どこか楽しそうにしている提督を見て私は何も言えなくなった。
【鎮守府内 摩耶と鳥海の部屋】
摩耶(はぁ~、やっちまったなぁ…)
体調不良で作戦延期にしてしまったことを摩耶は悔やんでいた。
しかし今はとにかくコンディションを整えるために大人しくベッドで休んでいた。
鳥海「情けない…足引っ張らないでよね、同じ高雄型として本当に恥ずかしいわ」
摩耶「なっ…」
鳥海「司令官さんから温情でチャンスを貰っておいて…あれだけ無理するなって言ったのに聞かなくて…自業自得ね。ざまあないわ」
これまでの鳥海ならば摩耶が体調不良になったときは必ずと言っていいほど看病してくれた。
しかし今の鳥海との距離感はとてつもなく遠く感じた。
摩耶「なんで…そんなこと言うんだよぉ…!」
鳥海「ふんっ」
落ち込んでいる状況で最も信頼している鳥海から追い打ちを掛けられて摩耶は耐え切れずに泣いてしまう。
そんな摩耶に見向きもしないで鳥海は部屋を出て行ってしまった。
摩耶「グスッ…うっ…えぐっ…」
後にはベッドで布団を被り、一人で泣く摩耶だけが残されていた。
_____________________
【鎮守府内 資料室】
満潮(ダメよ…こんなんじゃ…!もっと、もっと完璧な作戦を…!)
執務室で提督に叱られた後、大井が満潮にチェックの入った資料を届けてくれた。
大井は『またチャンスを貰ったのよ、頑張って』と励ましてくれた。
そんな大井に心の中で感謝しながら改めて資料室を訪れて作戦計画を立てようと思ったのだが…。
チェックだらけの作戦計画書を見直す。
直すところが多すぎて追いつきそうにない。
満潮(無理…無理よこんなの…)
満潮らしくない弱気な思考が段々と大きくなっていく。
満潮(なんで…どうして私がこんなこと…!)
罰として受けたはずなのにまたしても矛先が変わっていく。
苛立って手に持っていた資料を床に叩きつけた。
荒潮「荒れてるわねぇ~」
満潮「あ、荒潮…」
いつの間にか資料室に荒潮が訪れており恥ずかしいところを見られてしまった。
しかし今は恥ずかしいとかそんなことを言っている場合ではなかった。
満潮「あの…あ、荒潮…」
荒潮「なぁに~?」
満潮「て、手伝って欲しいの…!このままじゃまともな作戦が立てられなくてみんなを危険な目に遭わせるかもしれないから…お願いっ!」
必死な満潮は荒潮に対し頭を下げて頼む。
しかし…
荒潮「がっかりねぇ~」
満潮「え…」
突き放すような荒潮の言い方に思わず顔を上げる。
荒潮は笑みを浮かべていたがその視線はとても冷たい。
荒潮「あれだけ提督の作戦を批判してたんだもの、もっとまともな作戦を立てられると思っていたんだけどねぇ」
満潮「あ…でも、その…」
荒潮「自分の力でなんとかしてねぇ~」
満潮「ま、待ってよぉ!」
縋ろうとする満潮を再度突き放し荒潮は去っていった。
満潮「う…うぅ~…っぐ…っ…」
資料室に独り残された満潮は泣きながらも再び作戦計画を立てるためにてを動かし始めた。
【翌日 鎮守府内 執務室】
提督の大井に対する行為は段々とエスカレートしていった。
提督は何かにつけて大井に触れようとする。
少し距離が近づいただけで手を握ったり髪を撫でたり
時には肩を抱いて息がかかる距離にまで接近したり
仕事を終えて執務室を出ようとしたときは後ろから抱きしめられたりした
大井(これは罰…そうよ…だから仕方のないこと…)
大井はそうやって自分を誤魔化しながらそれらの行為を受け入れていた。
そして今も…
提督「大井…」
大井「ひゃんっ」
提督に後ろから抱きしめられ耳元で囁かれる。
提督「摩耶のコンディションは…?」
大井「ば、万全の状態まで…あと2日は掛かるかと…」
提督の手が大井の脇、胸の下をいやらしく撫でる。
その度に大井は身体を小刻みに震わせる。
提督「わかった、2日後に改めて作戦を開始すると本人に伝えてくれ…」
大井「ん…んぅっ…は、はい…」
首元に唇を押し付けられ、耳に息を吹きかけられくすぐったそうにした大井は顔を紅くする。
大井(なんで…?)
しかし提督はそれ以上のことをしてくることは無かった。
キスすることも、乳房に触れることも、押し倒されることも無かった。
大井(やっぱり北上さんに…?)
北上のこともあって提督はこれ以上してこないのか?
それならば良かったと大井は心の中でホッとする。
同時にとてつもなく大きな落胆をしていることを否定しながら…
【翌日 鎮守府内 執務室】
提督「大井…」
大井「ん…」
提督が私を正面から抱きしめる。
首筋に息がかかりとてもくすぐったい。
匂いを嗅がれているような、提督が私を堪能しているような恥ずかしさに見舞われるが…私は拒絶することなく受け入れていた。
でも…一線を越えてくるようなことはしない。
してくれない…。
心のどこかで落胆していると…
??「し、司令官…あの…満潮です…」
提督「入れ」
満潮「失礼します…」
提督は私を解放し何事もなかったように椅子に座る。
真面目に作戦計画を立てようとしている満潮にどこか後ろめたい気持ちが湧いてきた。
大井(満潮は必死にやっているのに…私は…)
提督に抱きしめられ、幸せを感じていたなんて知ったら彼女はどう思うだろう…
満潮「お願い…します…」
提督「ああ」
満潮が作ってきた作戦計画書を提督に渡す。
その表情はとても自信無さげだ。
必死にやったのだろうが本人も手ごたえが無かったのかもしれない。
提督「はぁ~」
満潮「…っ!!」
提督が深いため息をついたと思ったら書類にチェックを入れていく。
それが何を意味しているのか満潮も昨日のことで分かっているだろう。
提督「やり直し」
満潮「…」
満潮は悲しそうに目に涙を溜めていて…
提督「おい!聞いてるのか!?やる気あるのか!!」
満潮「ひっ…も、申し訳ございません!!」
耐え切れずに満潮が涙を零した。
そしてすぐに頭を下げ、逃げるように執務室を出て行ってしまった。
大井「…」
満潮に、私達に非があるのはわかっている。
摩耶は出撃で、私は秘書艦としてチャンスを与えられたけど…
満潮は作戦計画を立てるという全く畑違いの仕事をさせられている。
彼女が作ってくる作戦計画に粗があるのは当然のことのはず。
完璧な作戦なんてありはしないこと…提督はわかっているはずなのに…
これはただの報復なの?提督…
提督「ははっ」
大井(まただ…)
昨日と同じように提督が笑っている。
『満潮を泣かせておいてなんですか!』って言葉が出かかったけど…
その笑みがどこか懐かしそうなものを含んでいることに気づいた。
決して満潮のことを嘲笑っていたりしないのだ。
もしかして提督は…
提督「大井」
大井「は、はい!」
提督「満潮に届けてやってくれないか?」
そう言って提督はチェックをした作戦計画書を渡す。
大井「わかりました!」
その意図に気づいて私は満潮を追いかけた。
満潮「ぐす…えぐ…っぅ…ぅ…っ…ぅ…」
泣きながら廊下を歩いている。
彼女にとって精神的ダメージが大きいことはわかる。
しかし…
大井「満潮」
満潮「ぅっ…お、大井…」
提督から預かった書類を満潮に渡す。
満潮「も、もういいよぉ…無理、私には無理だって…」
泣きながら書類を受け取ることを拒む。
大井「ダメよ、あなたがやらなければダメ」
満潮「え…」
大井「必ずやり遂げて。提督もそれを望んでいるからね」
もう一度書類を預けて私は満潮の両手を握る。
大井「明日も10時に待ってるからね。私も、提督も」
満潮「うん…」
満潮が自信無さげに頷く。
辛いだろうけど…必ず来てくれると信じているからね。
【鎮守府内 摩耶と鳥海の部屋】
摩耶「えーっと…」
体調を崩した摩耶だったが余裕が出てきたのか今はベッドで本を読んでいた。
本の内容は『正しい言葉遣い』『上司とのコミュニケーション』といったものだ。
少しでもこれまでの自分を改善しようと努力しているのがわかる。
今は鳥海は部屋に居ない。
最近の彼女は摩耶に冷たくて摩耶は距離を感じていた。
摩耶(どうすれば鳥海許してくれるのかな…)
そんなことを思っていると…
提督「摩耶、起きているか?」
摩耶「あ!?て、提督!!」
ドアをノックする音が聞こえる。
提督「入っても大丈夫か?」
摩耶「あ、ああ!じゃなくって…ええ、どうぞぉ!」
焦ってまた変な言葉遣いをしている。
提督「熱は引いたか?」
摩耶「はいっ!問題無いです!」
提督は手を摩耶の額につける。
摩耶「ひっ!?」
提督「ふむ…大丈夫のようだな。良かった」
恥ずかしくなって顔を伏せる。
先日までの素っ気無い提督と違い今の彼の優しさは摩耶の心に温かく染み渡る。
提督「プレッシャーを与えすぎてこうなったんだよな。気づいてやれなくてすまなかったな」
摩耶「いいいい、いいんだよぉ!ですよ!これくらい何てこと無い…ってですよ!」
顔を紅くして照れる摩耶の言葉遣いは増々おかしくなっていく。
提督「この調子なら大丈夫だな、出撃は明日になるがいけるか?」
摩耶「任せ…任せて下さい!」
提督「そうか、期待してるからな」
そう言って提督は笑顔を見せた後、部屋を出て行った。
摩耶(期待してる…か)
提督の期待に応えたいと胸が躍る。
摩耶「へへっ」
摩耶(明日は頑張らないとな)
そう誓い、今日は大人しくゆっくりと休むことにした。
【夜 大井と北上の部屋】
北上「お疲れ、大井っち」
大井「あ…はいっ!北上さんも!お疲れ様ですぅ!」
北上さんが夜、部屋に戻ってきてくれた。
あの日以来ずっと私達の部屋に戻ってくることが無く寂しい日を過ごしていたけれど、それももう終わりみたいでホッとしていた。
でも…北上さんはこの部屋に居ない間…どこへ行っていたのだろう?
まさか…
私は頭を振ってその考えを追い出すことにした。
でも…
北上さんが提督に抱かれるところを寝るまでに何度も想像してしまい
身体が熱くなって寝つきが悪い夜を過ごすことになってしまった
【翌日 執務室内】
満潮が再び作戦計画書を抱えてやってきた。
満潮「お願いします…」
満潮は疲れ切った顔をしている。
きっと昨日も徹夜でこの作戦計画書を作り上げたに違いない。
真面目な彼女らしい必死さが伺えた。
しかし…
提督「まだまだだな」
満潮「…」
満潮の表情が落胆に染まり暗くなる。
満潮「無理よ…」
提督「ん?」
満潮「こんなの…できっこない…!」
満潮は顔を俯かせたまま泣いていた。
満潮「どれだけやっても…何度見直しても…どんなルートを取っても危険なんて無くならない…!完璧な作戦なんて作れっこない!もう、無理よぉ…っ…ひっく…」
満潮は悔しそうに肩を震わせて負けを認めてしまった。
提督「…」
その様子を見て提督は何度も頷いている。
俯いている満潮はそれに気づかない。
そして私に視線を投げかけてきた。
大井(やっぱり提督は…)
私はその視線に頷いて答える。
大井「満潮」
満潮「…」
私は満潮の正面に立って両肩に手を置いた。
大井「完璧な作戦なんて…あるわけないじゃない」
満潮「え…?」
涙を流したまま満潮が顔を上げる。
大井「どんな作戦でも穴があって当たり前なのよ。どれだけ練ってもみんなで考えても危険なんて無くなりっこない。私達のやっていることは…遠征も戦いもそういうものなのよ」
満潮「そ…そんな…」
大井「完璧な作戦なんて作れないけど…それに近づけるようにずっとやってきたのよ、提督は」
そう。
私はずっと彼の傍でそれを見てきた。
大井「多くの失敗があった。仲間を危険な目に遭わせてしまったこともある。私達が想像以上の活躍ができたことがあれば…想定外の失敗をしたこともある」
提督が悩んでいた時も
作戦が成功して喜んだ時も
命の危険に遭わせてしまったと悔しくて泣いていた時も
ずっと傍で見てきたんだから…。
大井「今、私達がやっている作戦はそうやってきたことの積み重ねなのよ」
そう満潮に言い聞かせたけど…
まるで自分への反省をしているようで恥ずかしくもあった
本当、どの口が『作戦が悪い』なんて言っていたものか…
満潮「し、司令官…私…あの…」
満潮が提督を見て謝ろうとしたとき…
荒潮「そういうことよ~」
大井「うわっ!」
満潮「あ、荒潮!」
荒潮がいきなり執務室の机の下から現れた。
荒潮「満潮姉さんもようやくわかってくれたかしらぁ?」
満潮「荒潮…」
もしかして荒潮は…
提督「荒潮はな、お前のことが心配で俺に相談してきたんだよ」
満潮「え…?」
提督「『このまま放っておくと満潮が孤立してしまう、なんとかして欲しい』ってな」
満潮「それってどういう…」
私には何となくわかった。
それを北上さんに言われたからだ。
荒潮「多くの失敗の積み重ねで今の作戦があるって言ったじゃない?」
満潮「うん…」
荒潮「それってね?満潮姉さんが来る前から居る仲間達が傷ついて得てきたものでもあるのよぉ?」
満潮「あ…」
私も多くの失敗を経験し損傷を負って死にかけたこともある。
それを…
荒潮「その積み重ねを『つまらない作戦』なんて言ったら他のみんなはどう思うかしらぁ?」
満潮「あ…ぅ…っ…」
満潮が俯いて再び涙を零す。
悲しい涙じゃない。
自分のことを恥じる…悔し涙だ。
満潮「わ、私…な…なんて…こと…」
提督「それに気づけただけで十分だよ」
いつの間にか提督が立ち上がり満潮の頭の上に優しく手を置いた。
提督「俺はどう言われようと構わない。けどな、他の仲間達がやってきたことは否定して欲しくないんだ」
満潮「し、司令官…」
提督は優しい顔で満潮の頭を撫でている。
私の大好きな…提督の優しい笑顔だった。
荒潮「なーんて提督は言ってくれてるけどぉ、本当は失敗続きの否定されっぱなしで落ち込んでいたのよねぇ」
提督「お、おい荒潮!」
荒潮「自分のやってきたことを否定され続けるのはどんな気分だったかしらぁ?」
満潮「うっ…し、司令官…ご、ごめんなさい…っひっく…」
満潮が提督に縋りついてポタポタと涙を零す。
提督「ああもう!泣くな泣くな!荒潮も余計なこと言うんじゃない!」
荒潮「うふふ~」
満潮「うう…うわあああぁぁぁん!ご、ごめんなさいぃぃ!」
私も反省しなければ…
安堵と後悔に泣いている満潮を見て自分もこれからの態度を改めねばと心に誓い
どこか暖かいこの光景をずっと見ていた。
満潮編 終
_____________________
【作戦海域 西方カスガダマ】
鳥海「司令官さん!敵主力、撃沈しました!」
摩耶「やったなぁ!」
カスガダマ海域の敵主力を無事に討ち取ることができた。
摩耶(やった!やったぜぇ!)
込み上げてくる嬉しさが心地よく何度も拳を握りしめる。
提督の期待に応えられた嬉しさと先日の遅れを取り戻すことができた達成感で最高の気分だった。
提督『みんなよくやった、帰投してくれ』
大鳳「はい!みんな、帰りますよ!」
提督から通信が入り帰投命令が出る。
後は鎮守府に帰るだけ…
だったのだが…
摩耶「あれは…」
帰投途中、敵の補給艦2隻が視界に映る。
摩耶(へへっ、ついでだ)
少しルートから外れるが敵補給艦を沈めていこう。
あいつは武装のない補給艦、負けるはずが無いと高を括っていた。
大鳳「摩耶さん!どこへ!?」
鳥海「ちょっと摩耶!!」
少しでも提督のためになりたいという気持ち。
あの補給艦は武装していないから楽勝。
そんな甘い考えを持っていたから…
大鳳「摩耶さん危ないっ!!」
摩耶「え…!?」
気が付いた時には雷撃を喰らって吹き飛ばされていた。
(どこから…?)
二度、三度と海面に叩きつけられる。
艤装が煙を上げてまともに起動しない、大破状態になっていることがわかった。
北上「潜水艦だよ!あの補給艦は囮だ!」
摩耶「なん…で…」
大鳳「摩耶さんを中心に輪形陣!みんな、気を付けて!」
翔鶴「きゃぁぁ!!」
瑞鶴「翔鶴姉!!」
鳥海「翔鶴さん!!」
私の勝手な行動のせいで味方が被害を受けていく。
そんな悪夢みたいな現実を胸に受け止めながら私達は命辛々帰投した。
_____________________
【鎮守府内 工廠】
瑞鶴「翔鶴姉!しっかりして!」
翔鶴「私は大丈夫よ…」
提督「翔鶴、無事か!?」
翔鶴「はい…心配いりません…」
工廠に次々と出撃した艦娘達が運ばれていく。
大井「摩耶!」
北上さんに肩を貸してもらっている摩耶も酷い損傷だった。
提督「摩耶…」
摩耶「あ…の…」
摩耶は生気の抜けた顔をしている。
恐らく今の彼女は自分を責めて責めて胸の内は絶望感で満たされていることだろう。
私は提督の表情をチラリと見る。
感情を伺うことができない程に無表情だった。
提督「早く傷を治せ。終わったら執務室へ来い。お前には重い処分が必要だな」
摩耶「ひっ…は、はい…」
顔を青くして泣きそうな顔のまま摩耶はドッグへ運ばれていった。
重い処分…
摩耶をどうするつもりだろうか?
大井(場合によっては止めに入らないと…)
そう心に誓って私は執務室へ戻る提督についていった。
【鎮守府内 執務室】
鳥海「失礼します」
大井(あれ…?)
ノックして入ってきたのは摩耶ではなく鳥海だった。
鳥海「司令官さん、摩耶はもうすぐ来ると思います」
提督「わかった」
わざわざそのことを伝えに?
そう思ったけど鳥海は帰らずにそのまま残った。
大井(何をするつもりなのかしら…?)
その意図が掴めずにいた。
そしてしばらくすると再びドアがノックされる。
摩耶「入っても…よろしいでしょうか…」
提督「ああ」
沈んだ声の摩耶が執務室に入ってくる。
その落ち込みようは今まで見た中で一番酷いものだった。
摩耶「鳥海…?どうしてここに…」
鳥海「摩耶に文句を言うために決まってるでしょう」
大井(え…)
私の知っている鳥海じゃなかった。
てっきり摩耶を励ますか庇うためにここに残ったと思ったのに…。
鳥海「無様ね。戦果に焦って味方を殺しかけた気分はどうかしら?」
摩耶「…」
大井「鳥海!?何を…!」
摩耶は目に涙を溜めて悔しそうに俯いて何も反論しない。
鳥海「何とか言ったらどうなの?こないだの体調不良と良い今回の勝手な行動と良いあなたには本当に呆れたわ」
摩耶「ごめん…」
大井「鳥海!!やめなさいよ!!え…」
提督「…」
割って入ろうとした私を提督が手で制す。
なんで…?
どうしてよ…!
鳥海「高雄型の恥さらし、あんたの顔なんかもう見たくも無いわ」
摩耶「グスっ…っ…もう…やめてくれよぉ…ひっく…」
耐え切れずに摩耶が涙を床に落とす。
こんな鳥海も…摩耶も見たくないのに…
提督「…」
どうして提督は止めようとしてくれないの…?
満潮の時のような優しさを見せて欲しい。
私は心からそう願っていた。
提督「さて、摩耶」
摩耶「っは…はい…」
提督から声を掛けられて摩耶は身体をビクつかせながら答える。
提督「処分を言い渡す」
摩耶「…」
大井「…」
摩耶は…異動になってしまうのかしら…
提督「規定に従い次回、次々回の休みを返上で演習すること。以上だ」
摩耶「…え?」
大井「あ、あれ?」
それだけ…?
提督「それでいいな鳥海」
鳥海「はい。寛大な処置、ありがとうございます」
鳥海からは先程までの厳しい顔つきが消え、いつもの優しい鳥海に戻っていた。
どういうこと…?
摩耶「鳥…海…?」
当人である摩耶が一番混乱していることだろう。
鳥海「ねえ摩耶?」
摩耶「な、なに…」
鳥海「落ち込んでいるところに追い打ちを掛けられる気分はどうだったかしら?」
摩耶「え…あ…!」
ハッとしたように摩耶が顔を上げる。
どういうことなのか…私にもわかって恥ずかしくなった。
鳥海「作戦に失敗したときに落ち込んでいたのはあなただけじゃないのよ?」
鳥海の優しい視線が提督に向かう。
鳥海「司令官さんだっていつも傷ついていたわ。『俺のせいだ』『もっと他に良い作戦が立てられなかったのか』って自分を責めていたのよ」
摩耶「て…提督…」
鳥海「それを毎回毎回入渠のたびにあんなきつい言葉をかけて…司令官さんがどう思うのか考えもしなかったのかしら?」
摩耶「う…」
鳥海の視線がチラリと私にも送られる。
はい…おっしゃる通りです…。
提督「少し前に鳥海が怒鳴り込んできてな。『どうして何も言い返せないんですか!このままじゃ摩耶が付け上がります!!』って物凄い怒り様だったぞ」
鳥海「そ、それは良いじゃないですか…」
提督「そんなわけで二人で相談して決めたんだよ。『摩耶に身をもって同じ体験をしてもらおう』ってな」
摩耶「そう…だったのか…」
私も落ち込んでいるときに北上さんに追い打ちを掛けられたっけ…
もしかしてあれも…?
提督「どうだった?落ち込んでいるときにきつい言葉を掛けられるのは中々効くものがあっただろう?」
摩耶「う…はい」
恥ずかしそうに摩耶が顔を俯かせる。
鳥海「反省した?これからはもう少し言葉を選んでよね」
提督「そうそう。でも無理して敬語を使わなくても良いぞ?あんな変な日本語使われたら笑いを堪えるのが大変だ、はははっ」
鳥海「これでも摩耶は必死に勉強したんですよ?毎日毎日ベッドで本を読んで…」
摩耶「や、やめろよぉ!」
楽しそうに笑う提督と鳥海につられて摩耶も徐々に笑みを浮かべていった。
満潮の時と良い、摩耶の時と良い…
やっぱり提督は変わってなんかいなかった。
私は彼に惚れ直していることを実感し
胸に暖かいものを秘めてこの光景を眺めていた。
摩耶編 終
_____________________
摩耶と満潮が元通りになってこれから一層頑張ってくれることだろう
だから私も前のようにあなたの傍で…
そう、思っていたのだけれど…
提督「大井」
大井「はい!何ですか!?」
摩耶と鳥海が執務室を出てしばらくした後
提督に呼ばれてつい大きな返事をしてしまう
提督「今日で秘書艦は終わりだ、ありがとうな」
え…?
それは私にとってまるで死刑宣告のようなもので
暖かくなってきた胸の内が一気に凍り付いた
_____________________
大井「どう…して…?」
口元が震えるけれどなんとか言葉を絞り出す。
提督「今まで未練がましいことをしてすまなかったな…」
提督は申し訳なさそうな顔をして頭を下げた。
提督「やっぱりこんなことはダメだよな、ははっ、本当にすまなかった」
大井(な、なんでよ…)
提督「秘書艦を鳥海か北上に戻して…またこれから元通りにするからさ。もし、もしここに居るのが嫌だったら…」
提督は私に書類を見せる。
提督「希望の鎮守府に異動させるよ。柱島なんて言わない。大井の望むところへ行かせてあげるから」
大井(違う…違う!!)
どうしてわかってくれないのよ…!
私の脳裏に浮かぶのは…前と同じ生活
あなたの傍に居るのは私じゃなくて北上さんで…
私はそれを横目に…寂しさを押し殺す毎日…
そんなの…
そんなのは…
大井「絶対に嫌ぁっ!!!」
提督「お、大井!?」
私は提督の胸に飛び込む。
そしてギュッと抱きしめた。
私から何かするのは…初めてのことだったかもしれない。
大井「わ、私!あなたの傍を離れたくない!もう、誰か他の人と一緒に居るあなたを見たくない!だって…」
だって…
大井「あなたが…好きです、愛しています…!」
涙が溢れ止まらなくなる。
ずっと…
大井「ずっと好きでした、でも…怖くて言えなかったんです…」
提督「大井…でも…」
大井「言わないで!!」
北上さんのことで断られるかもしれない。
それを聞きたくない私は無理やり遮るために…
提督「んむぅっ!?」
提督の唇を奪った。
彼の首の後ろに手を回し…絶対に逃げられないようにして…
大井「んんっ!!?」
しかし今度は逆に提督が私の後頭部を押さえ
大井「んっ…っちゅ…んん…むっ…」
舌を入れようとしたのでそれを受け入れる。
長い長い時間を忘れるディープキスが続き…
私の下腹部の辺りは熱くうずいて…
このまま全てを提督に任せようと思った時…
大井「あ…」
提督が顔を離す。
提督「本気?」
大井「…」
私は迷わず頷いたけど…
北上さんへの後ろめたさが残っていたのか、顔を見て返事をできなかった
提督の口が私の耳元へきて
提督「…」
大井「っ!?」
あることを呟く。
私は顔が熱くなるのを感じながら
『…はい』と返事をした。
【鎮守府内 大井と北上の部屋】
部屋に戻った私はシャワー室で念入りに何度も何度も自分の身体を洗った。
これからのことを考えると大きな期待と少しの不安で何度も自分を洗う手が止まった。
途中何度も自分の下半身に手が伸びて自分を慰めかけたけどそれは我慢した。
だって…
『今夜10時、部屋で待ってる』
提督にそう言われたから。
どういう意味かわからないはずが無かった。
私はこれから…
提督に…
いつもの簡素な下着じゃなくて着飾った新しい下着をつけて、私は身なりを整えて10時を待った。
北上「ただいま~」
大井「お、おかえりなさい」
部屋に北上さんが戻ってくる。
しまった…
北上さんが来る前に部屋を出るべきだったと後悔する。
夜遅くに出かけたら変に思われるかもしれないからだ。
北上「どうかした?」
大井「い、いいえ!なんでもありません!」
北上「そう?」
さて…なんて言って出ていこうか…
そう思っている時に
吹雪『北上さんっ、ドッグに忘れ物です!』
館内放送で吹雪の声が聞こえてきた。
北上「ありゃりゃ、携帯忘れてた」
大井「そ、そうなんですか…」
北上「ちょっち行ってくるね~」
北上さんは忘れ物を取りに部屋を出て行った。
私はホッと一息つく。
今のうちに部屋を出ることにした。
部屋に『忘れていた仕事があったので片付けに行きます、先に寝てて下さい』と書置きを残した。
私は顔を上げて
提督の待つ私室へと向かった。
【鎮守府内 提督の私室】
大井「大井です…」
提督「どうぞ」
ドアをノックして返事をもらってから部屋に入る。
そういえば彼の私室に入るのはこれが初めてなのかもしれない。
部屋は奇麗に片付けられている。
普段からこうなのか…それとも北上さんに…
提督は立ち上がって部屋のドアに鍵をかけた。
提督「大井」
大井「あっ」
両二の腕を優しく掴まれて引き寄せられる。
提督「いいんだな…?」
大井「…」
言葉にすることができなかったから、私は頷くことで返事をする。
大井「んぅ…」
提督の顔が近づき私は目を閉じる。
またキスしてくれた。
それだけに留まらず提督は両手で私の両頬を掴み激しいキスをしてくる。
大井「んちゅ!…む…んぐ…ちゅっ…ぇろ…!」
舌を絡め、舌を吸われ、口内を舐め回され、唾液を飲まれ、飲まされて…
大井「ちゅ…んぐ…ゴク…んぢゅ…ちゅっ!」
私の口元からどちらのかわからないよだれが伝う。
大井「んんっ!?」
提督の手が私の乳房に触れて…
大井「ん…ぁ…っ…!」
優しく揉みしだいていく。
初めて触れてくれた嬉しさと恥ずかしさで顔が熱くなる。
次第に揉み方が激しくなって…
大井「ぁっ…!」
衣服が乳首と擦れてゾクゾクとした快感が背筋から下腹部へと甘く走る。
立っていられなくなった私を提督は優しくベッドへと押し倒した。
私の衣服を脱がせ、下着だけにしてしまう。
着飾った『このため』の下着。
着ける日が来るなんて思ってもいなかったな…。
大井「電気…消してください…」
恥ずかしくなってそうお願いすると彼は優しく頷いて手元のリモコンで部屋の電気を消す。
部屋の中は窓から見える月明かりだけとなった。
提督が私のブラジャーのホックを外すため背中に手を回す。
ブラジャーが外れ、胸を露出したら今度は下の方へ手が行く
いよいよなんだ…と覚悟を決めた時だった…
「なにしてんの…?」
大井「え…」
最初は幻聴かと思った。
いや、そう思いたかったのかもしれない。
私が聞き慣れた大好きな声
北上さんの声だったなんて絶対に信じたくなかったのだろう。
私に覆いかぶさる提督の後ろに現れたのは…
北上「…」
間違いなく北上さんだった…
まるで深海棲艦を見るような時の目で私を見ている
月明かりしかない部屋でもなぜかそれだけはわかってしまった
だって…その視線だけで背筋が凍るような気持ちになったから…
でもどうして北上さんが提督の部屋に…?
提督は鍵を掛けたはず…開けられる音も気配も無かった…
最初からこの部屋に潜んでいたの…?
さっき放送で呼ばれて私達の部屋を出たときに…
北上「…」
北上さんが背中に手を回し、何かを取り出した
大井(な、なにあれ…!)
暗くてハッキリと見えないけど…
形から察するに大きな斧に思えた
なんでそんな物が…
そんな考えをしている余裕も無く
北上さんが斧を振り上げる
殺される…!!
提督もろとも…
庇う時間すら与えられなかった…
でも…
私はまた北上さんを傷つけた…
当然の報いだと思う
私は覚悟を決めて目を閉じた
「ごめんなさい…北上さん…」
それが私の最期の言葉になる
「大井っち」
はずだったのだけど…
「目を開けて」
いつまでも衝撃がやって来ないので
恐る恐る目を開けてみる…
いつの間にか部屋には電気がついていて…
北上「これ見て」
大井「え…?」
北上さんが手に持っていたものがハッキリと私の目に映る
斧に見えたそれはプラカードで
そこに書かれていたものは…
『 ★☆ ドッキリ大成功 ☆★ 』
大井「え…」
北上「見事に引っかかったね、にひひっ」
提督「ははっ大井、すまん」
北上さんも…
提督も…
楽しそうに笑っていた…
大井「どういうことですかああぁぁっ!!!」
【鎮守府内 提督の私室】
身なりを整えることもせず、裸のまま私は提督に詰め寄った。
大井「どういうことですか!?私を騙したんですか!!」
提督「おお、大井…首を絞めないでくれ…!ぐるし…!!」
北上「まあまあ大井っち落ち着いて」
大井「これが落ち着いていられますか!!」
先程まで胸の中で渦巻いていた後ろめたい感情は吹き飛び、今は目の前の不届き者を処罰することでいっぱいになってしまった。
提督「ゲホッ!ゴホッ!い、一から説明するよ…」
提督が呼吸を整えてから北上さんと一緒に話し始めた。
北上「事の発端はね、大井っちが泣いて帰ってきた時だよ」
大井「え…」
私が泣いて帰ってきた時のこと。
それは提督から指輪を受け取らずに拒否した日のことだった。
大井「気づかれていたんですか…?」
北上「うん、隠していたつもりだろうけどバレバレだったねぇ」
提督「その日の夜な、北上は怒鳴り込んできたんだぞ?『大井っちに何をしたんだ!』ってな」
北上さん…私のために…。
大井「それじゃあ北上さんは最初から…?」
北上「うん、大井っちが提督とのケッコンを断ってたことは知ってたよ」
そうだったんだ…。
提督「最初は俺が相談したんだよ。『大井にフラれた。北上、助けてくれ』ってな」
北上「正直拍子抜けしたよねぇ。『何言ってんの情けない』って突き放したけど」
大井「…」
それからしばらくは何も行動を起こさなかったらしいけど…
北上「大井っち、気づいてた?あの日以来大井っちは一度も笑ってないんだよ?」
え…?
北上「私が気づかないとでも思った?大井っちの笑顔と作り笑いくらい簡単に見分けられるって」
私の作り笑い…バレてたんだ…。
北上「大好きな大井っちのことだからね、にひっ」
私とは反対に北上さんは優しい笑みを見せてくれる。
北上「それで提督に相談しに行ったんだよね。『今の大井っち、ウザイから何とかして』って」
あの言葉はそういうことだったのね…。
それから始まった最初の作戦。
北上「『徹底的に大井っちを揺さぶるためにまずは私とケッコンして』って提督に言ったんだよね」
提督「ああ、あくまでフリでってな」
あれ…
大井「でも北上さんは提督のこと…」
北上さんが少し顔を紅くする。
北上「うん…大好き…」
そしてすぐに暗い顔をした。
北上「私はズルをした、大井っちのことを利用して提督とケッコンしたんだよ」
大井「北上さん…」
北上「たとえ仮初でもね…やっぱり提督とのケッコンは嬉しかった…」
確かに…私に指輪を見せたときの北上さんは本当に嬉しそうだった
北上「でもね、すぐに我慢できなくなったんだよ。もしも計画通り事が運んで大井っちが提督と結ばれたら…って思うと辛くて…泣きたくなった」
大井「…」
何も言えなかった。
その気持ちは痛いほどにわかるから。
北上「だからね、作戦を変えたんだよ」
作戦を変えた…?
北上「『私も大井っちも両方愛せ』って提督に言ったんだ」
提督「あれにはさすがに驚いた…」
それじゃあ…
北上「大井っちを揺さぶってもたまに苛立ちを提督にぶつけるだけで中々変わらないからね、強硬策を取ったんだよね」
北上さんは…
北上「私も提督も一度思いっきり突き放せば考えも変わるだろうって、効果覿面だったみたい」
提督「全部北上の指示だったんだ。『中途半端に優しくしろ』とか『絶対に一線を越えるな』とか…我慢するのが大変だった…」
私と一緒に…?
北上「ねえ、大井っち」
改めて北上さんが私に向き直る
その表情は真剣そのものだ
北上「提督に愛されて…どうだった?」
正直に告白しよう
大井「嬉しかった…」
北上「うん」
大井「幸せだった…」
北上「うん」
大井「でも…」
でも…
大井「いつも…北上さんの顔が浮かんでた…」
北上「だよね…」
心の奥底で
必ず北上さんの顔が思い浮かぶ
好きだからというのと
申し訳ないという後ろめたさで…
北上「私も同じだったよ」
大井「北上さんも…?」
北上「うん…」
そっか…
だから北上さんは…
北上「だからね」
大井「きゃっ!」
北上さんは私の後ろに回り露出したままの両胸を優しく撫でる。
大井「んんぅっ!ちょっ…と…ぁっ…北上さん…!?」
北上「だからいーーっぱい提督に愛してもらおうよ!私と一緒にさ!」
北上さんは楽しそうに私の胸を揉みしだく。
大井「あっ!き、北上さん!そんなに…!っ…うぁ…!?」
提督「大井…」
北上「大井っち」
いつの間にか提督の顔が私の顔に近づいていた。
提督「大井は…」
北上「どうしたい?」
どうしたいかって…?
そんなの決まってるじゃないですか!
大井「私を…北上さんと一緒に愛して下さい!!」
私が愛した人達と一緒に愛される。
こんな幸せ…他に無いから!!
提督「わかった」
北上「ふふっ、大井っち」
二人が優しい笑顔を見せる
北上「やっと笑ったね」
私も…これからは本当に笑うことができそうだ!
【明け方 鎮守府内 提督の私室】
長い長い初めての夜が明ける。
あれからどれだけの時間提督に抱かれていたんだろう?
北上さんと代わる代わる、時には二人同時に相手してもらい、いつ眠ったのか覚えていない。
提督「大井」
提督は先に起きていたようで何かを私に見せる。
大井「あ…」
あの時受け取らなかったケッコン指輪…
提督「受け取ってくれるか?」
私はそれを今度は躊躇なく受け取り…
大井「はいっ!」
左手の薬指にはめた…
大井「提督…私と北上さんを裏切ったら…海に沈めるからね」
少し照れが勝り、つい脅しとも取れる言い方をしてしまった
提督「あ…ああ…もちろんだとも…」
あれ…?
なんか歯切れが悪いような…
北上「あーあ。提督、そんなこと言っていいのかねー」
大井「え…?」
北上さんも起きていたようで呆れたような顔を見せる。
大井「どういうことですか?」
提督「その…」
北上「今のうちに言っておいた方がいいんじゃない~?」
北上さんはどこか楽しそうにしているけど…
嫌な予感がした。
提督「実は…な…」
大井「鳥海と荒潮ともケッコンしてたあああああああああぁぁぁぁぁっ!?」
なぜこんなことになっているのかって?
北上「将来的に私と大井っちだけとケッコンしてたら絶対にいつか大変なことになるだろうって思ってね」
大井「だ…だからって鳥海と…ましてや荒潮となんて!このロリコン!!」
提督「弁解の余地もございません…」
提督はまるで政治家みたいな謝り方をしてた。
確かに提督を好きな仲間達って他にもいっぱいいるけど…
でも…
でもぉ…!
北上「あらら?大井っち自信無くした?」
大井「まさか!!」
提督「うおぉっ!?」
私は提督を掴みベッドに押し倒す。
大井「私と北上さんが一番だってことを徹底的に教えてやりましょう!」
北上「いいねー、そうこなくっちゃ!」
提督「お、おい!何をする!仕事が…!!」
大井「始まるまでまだ時間があります!いきますよ!!」
後に聞いた話だけど
鳥海や荒潮が摩耶と満潮に怒ったのは演技ではなく、かなり本気のことだったらしい
それはそうか…自分の愛している人を毎日貶されていたんだもの
あれが演技に見えなかったのはそういうことだったのね
【数週間後 鎮守府内 工廠】
私と提督は遠征部隊の帰投を待っていた。
満潮「司令官!艦隊帰投しました!」
提督「お疲れ様」
提督が一人ひとり労い頭を撫でていく。
提督「満潮、旗艦お疲れ様。疲れは無いか?」
満潮「これくらいなんともないわ!」
提督に頭を撫でられた満潮は嬉しそうに顔を綻ばせる。
提督「これからもよろしく頼むぞ」
満潮「はい!」
あの一件以来、満潮は旗艦を任されている。
満潮が旗艦を任されているのはあの時何度も計画書を作っていた遠征作戦だ。
提督が満潮に作戦を任せたてみると彼女でしか気づけないところに出撃中に気づいたり遠征後に意見を持ってきたりした。
満潮が必死に計画書を何度も作っていたことは無駄にはならなかった。
満潮の遠征に対する視野を広げ、臨機応変に対応できるという大きな効果をもたらしたのだった。
彼女はどんどん自信をつけてこれからもきっと成果を上げ続けてくれることだろう。
荒潮「うふふ~、満潮姉さん待ってぇ~」
荒潮が楽しそうに満潮の後を追いかけていく。
首元にあるネックレスにケッコン指輪が括り付けられていた。
なんでも指に着けるにはまだサイズが合わないからということらしい。
鳥海「艦隊が帰投しました!」
出撃部隊が帰ってくる。
北上「大井っちー、ただいまー」
大井「北上さーん!お帰りなさいぃ!!」
北上さんの姿を見ると私は一目散に駆け出し抱き着いた。
北上さんも優しく抱きしめ返してくれる。
鳥海「司令官さん!ピーコック海域の主力を撃破しました!」
提督「お疲れ様、ゆっくり休んでくれ」
鳥海「はい!」
鳥海が美しく敬礼を決める。
彼女の左手の黒い手袋の指先の一部が盛り上がっている。
『恥ずかしいから』とあまり指輪は見せたがらないが常に嵌めてはいるようだ。
鳥海「摩耶、行くよ」
摩耶「ああ…」
摩耶は不機嫌そうに帰ってきた。
主力は撃破できたものの中破で帰ってきた摩耶にとっては不満が残る戦いだったのだろう。
摩耶「おい提督!!後で行くからな!覚えとけよ!!」
提督「はいはい、いつでもおいで」
まるで怒りをぶつけるような言い方だが提督は軽くあしらう。
なんでそんな余裕持って対処してるかって?
それは…
【数時間後 鎮守府内 執務室】
提督「摩耶…まだか?」
摩耶「まーだ、足りない。落ち込んでんだぞぉ…私は」
摩耶は提督の胸に顔を埋めて両手を背中に回している。
つまり抱き着いているのだ。
提督はそんな摩耶の後頭部を優しく撫でている。
最近摩耶は嫌なことがあったり悔しいことがあるといつもこうである。
最初は照れていて中々やろうとはしなかった。
しかし抱き着いている時間は段々と長くなり、最近は10分くらいこうしている。
摩耶「んふふー」
幸せそうな摩耶を見ていると文句を言う気すら無くしてしまう。
まさかわざと中破されて帰るようなことはしないと思うけど…
そんなことを疑いたくなるくらい摩耶は幸せそうな顔で提督に甘えていた。
これはまたケッコン指輪の準備が必要になりそうね?提督。
あ、そういえば大事なことを忘れていた。
今日は…
大井「摩耶、悪いけどそろそろ離れて。もうすぐ新しい艦娘が着任の挨拶に来るから」
摩耶「ん…そうか…仕方ない…」
仕方ないって言ったわね…別にいいけど。
??「失礼します!」
??「失礼します!」
入ってきたのは二人の駆逐艦。
曙「特型駆逐艦、曙よ、こっち見んな!このクソ提督!」
霞「朝潮型 10番艦 霞よ。ガンガン行くわよ!ついてらっしゃい!」
大井「…」
摩耶「…」
提督「…」
挨拶を終えて二人は退室した。
なんだか…
摩耶「なんか生意気そうなのが来たな」
摩耶がそれを言うの?
私も人のこと言えないけどさ。
提督「まあいいさ、生意気言う艦娘には慣れているからな」
提督が悪戯な笑みを浮かべ私達を見る。
摩耶「ははっ」
大井「うふふ、そうね」
自然と笑みが零れ、三人で笑い合った。
これからも波乱万丈な毎日が続くかもしれない。
でも…大好きな提督と北上さんに愛されている私にとっては
これからも幸せの毎日が続くことを予感させてくれた。
END
終わりました!
大井っちの描きやすさは異常。
ぼのたんとか霞とかも出るんですかね?((o(^-^)o))
期待
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>>4
やべぇやつがいる・・・・
>>4
こいつ頭おかしいな
>>3
すみません…4と間違えて削除してしまいました。
本当に申し訳ございません。
前作もお気に入りでした。今回も楽しみにしてます
3です。気にしないで下さい
それよりも4のコメントの内容が気になる
まぁそうなるな。
不思議と満潮にあんまイラっと来ないのは何だかんだで罵倒はしない、
礼はちゃんと言う、強気な演技してる余裕の無い子供みたいなの
感じちゃうからかな。摩耶様はただただ許して(届かぬ願い)
ああ・・・何かの二次創作で言われてたな・・・
「ツンデレをツンデレと認識できるのは第3者だけである。当事者にとって、ツンデレは相手が態々嫌がらせをしに来ている様にしか見えない」
って・・・・・・
霞&曙「今回はセーフ」
可愛いっつってもそれは二次元限定の話っていう。
いざ現実になれば提督としての重荷とプレッシャー、激務をこなしながら作戦も立てなきゃいけない。んで少しでもそれが悪けりゃ毎回毎回馬鹿の一つ覚えのように罵倒だからな。
よっぽどの馬鹿かマゾヒストじゃなけりゃ耐えられんわこんな環境。年端も行かないクソガキに一年下手すりゃ二年以上冷遇され続けるとか不細工だったらとっくに殴り殺してもいいレベルなんだよなぁ。こうなるのも当然。
pcの前で誰でも出来る思考停止マウスカチカチとは次元が違う訳で。精神年齢はともかく見た目20にも行かないガキだからなー。自分が思い込んでるほど人間なんて強くない訳で簡単にぶっ壊れる
続きがはやく読みたい...
摩耶は良くも悪くも素直過ぎるんだよなぁー、どストレートだから賛否別れるし。満潮は、罵倒しないけど提督絡みに否定的だし、大井は入渠ボイスがアレだから腹黒とか面倒な女って思われてるけど、実際は独占欲強めの提督LOVE寄りなんだよね。本当、あの入渠ボイスさえなければいいんだよな…。
いつも楽しみにしてます
頑張って下さい
何か、改二の実装有無の艦娘で冷遇されるssにも内容
置き換えれそうで違うベクトルで凹んできたゾ
辛いです……大井さんが好きだから……(ARIさん並みの感想)
まぁ、あんな態度じゃ提督に距離を置かれるのも仕方ないね……
何だか読んでいて少しだけ凹みましたが、救いはあるっ!と信じて次回もヘイ、お願いします♂
あ、君かぁ!(前作見て)
程よい毒を摂取させてもらってるゾ(満悦)
続きが気になって夜も7時間しか寝れません
好きだわ~、こんな感じのSS大好きだわ~^^ニッコリ
あ、これは間違いなく内心の思いとは真逆の言葉を提督にぶつけてしまう流れですね、分かります。
(そうなったら、提督とその他の姉妹艦との関係修復はもう)ダメみたいですね……(諦観)
じゃけん、来世ではちゃんと素直な言葉を言えるように善行を積みましょうね〜(開き直り)
まさか救われる展開があると勘違いしている人はいませんか?
無いんですか!?(絶望)
まあ、仕方ないね。(諦観)
むしろ、たまにはそういうのも良いよね。(ゲス顔)
前回があれだから
救いとゆーか懐柔の努力が
あってもいいかなあってきはしま
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追い詰められた艦娘達がどのような行動を取ったのか、興味が尽きることはありません。続きに期待ですねぇ。
逆ギレからの『泣き落とし。』
満潮・摩耶・大井なら可能
特に『満潮』
続きはよ
ま、そりゃそうなるよな。そんなに柱島に行くのが嫌なら、なんでこんな態度貫くのかな?特に大井、君は一番最低だね。北上の目の前で提督を乏したんだもん、一番嫌われて見限られても当然
他の二人と違って満潮ちゃんはマシな部類だと思うんです!(苦しい擁護
柱島はちょっと魔境だけどアットホームで笑顔の絶えない鎮守府ばかりだよもし嘘だったら木の下に埋めてもらっても構わないよ(ババーン
まさかここまでやって続かない訳が無いよなあ~
ヘヘヘ…頼みやすぜアニキ…
柱島が過酷なのは戦果争いに参戦している鎮守府だけだから・・・。う、ウチはまったりアットホームな鎮守府だから・・・!(底辺鎮守府)
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おつ 序盤の演習場で出てきた霞は回避したな
実際プレイすると対空サボって勝手に大破する摩耶、雷撃で外すわ敵戦艦にまともにダメージを与えれないわの大井、入渠で文句言われると物凄くストレス溜まる
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古人曰『良薬口に苦し。忠言は耳に逆らう。』
キツい事を言ってくれる艦娘が0になったら、その提督は遅かれ早かれ破滅する。
※51
ウサ晴らしやテレ隠しにキツい事言われるのは忠言や良薬ではない
他の艦娘(今回の場合、鳥海、北上、荒潮)が聞いていて
3人の発言が適切であったなら、多少失礼な発言でも
こうはならなかったって事やで
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※51 バッカじゃなかろろうかルンバ
それはそうと改行しすぎじゃない?
新作来てた!待ってました!
さて2度目の登場満潮ちゃんの明日はどっちだ。
前回はハッピーエンドだが、今回は果たして…気になるなぁ
どっちに転んでもいいわ
内容を濃くやってほしい
不覚にも実家で草。荒らしっつーか糖質寸前のコメントだからスルー安定でいいと思うよ。
話の展開はまあ予想できたけどすれ違い物だなーと感想。口が悪い艦娘は確かにイラっとすることもあるけどかといって可哀想な展開にするのも正直好きじゃない。
此れからどうなっていくのか提督の選択やら手に取るようにわかるけど小説自体は面白いから更新楽しみにしてます。
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これはbad確定ですね…来世の3人はもっとうまくやるでしょう
相手はこのサイトにコメ削除機能実装させるレベルのkitigaiだし
スルーが無理なら避難も止む無しかと思います
いつも楽しんで読ませて頂いております
荒らしの件ですが、ユーザー限定のコメント欄を設定することが可能なようですので、そちらを検討してみてはいかがでしょうか。今現在のssでその設定が出来るかはわかりませんが...(出来ないようなら新しく建て直しをすることになります...)
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これからが楽しみです
頑張って下さい(* ̄∇ ̄)ノ
実家に帰らせていただきますってw
まあ無理のない感じで頑張ってください
この鎮守府と柱島とのトレードにて
穴埋めの三人が柱島から来ることが
あるのかという展開はありですか?
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これで、こんな風に歪んでない「まったく同じ艦娘」が柱島からトレードで来たら大笑いだな。
だんだんと盛り上がってまいりましたね〜
更新が待ち遠しい。
面白い
滅茶苦茶ゾクゾクする…w
今のところ提督が一番優しく接してるのは摩耶だねぇ
コメント削除されまくってて草
提督と大井の関係いいゾ~
満潮は自業自得ですね。つまらない作戦と言って感謝の気持ちもないのだから、突き放されても当然。それに逆ギレしたりすがりつくのはお門違い。補給の時もあんな態度だし、正直一番許されない方ですね。
これからどうなってくのか楽しみですね(ゲス顔)
更新楽しみにしてます
ツンドラ系艦娘は追い詰められるのが至高だと思ってたけど救いの手が差し伸べられるのも良いな
むぅ…このままマジキチでもよかったんやで?
満潮は救うけど残り二人は廃棄するんですね、わかりますw
せめて!せめて大井だけはっ!
絶望の底に叩き落として欲しいなー(笑顔
舞ってたで
逆に由良さんの様な良い子を泣かせるのはどんな
シチュエーションになるんだろうとつい邪悪過ぎる考えをしてしまう。
続き期待してます
衝撃の事実すぎてアマゾン生えたわ
アルファァ…
完走オツカーレ!
完結お疲れ様です!あるぇ?やっぱり綺麗に終わってるじゃないですか(やったぜ)!いつもこの流れはバッドエンド予想する私の心は汚れているようだ…
筆者さんが心の綺麗な方でよかった。次回作も楽しみにしてますね〜
完走お疲れナス!
やっぱり救われてるじゃないか(歓喜)
次もあったら楽しみに待ってるゾ
曙と霞を出して頂きとても感謝しております。
別に霞とぼのたんを冷遇して欲しい訳じゃないんだからね!
最高でした!
このオチは予想外だった(*☻-☻*)
完結お疲れ様でした!
とても見やすく面白かったです!!
次回作が出来るのを楽しみにしてます!!
完結お疲れ様です
絶望のズンドコオチだと思ってたので一杯食わされました
パンツ脱いで次回作待機してますね
神崎シュウ
良かった…とばされた大井の夢落ちじゃ無かったんやな…
これからの展開も見とけよ見とけよ~
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鬱展開じゃなくて良かったぁ〜