幻影たちの戦争
かつて栄光を誇った一航戦の一翼である加賀だが、技術の進歩から置いていかれ鎮守府から退役させられてしまう。
しかし彼女の心は戦いを求め、先に退役した赤城がいる民間軍事会社「ファントム」へと足を運ぶ。
そこでは退役した艦娘たちが公式記録には残らない幻の戦いをしているのだった。
みなさんこんにちは、ロイヤルミルクティー好きです。
またもや新シリーズを作ってしまい申し訳ありません。
長いブランクからの復帰のために、今一番書きたいものを書かせてください。
「もう君を運用していくことはできない」
加賀に突然下された退役の指令。
かつては栄光を誇った一航戦の一翼も、数年経ち、技術が進歩した今となっては大喰らいな老兵でしかなかったのだ...
「...わかりました」
彼女はいつものように無表情で答える。
ここで取り乱しても何も変わらない、軍に属する者として上からの命令は絶対だ。
加賀は部屋に戻り、少ない私物をまとめる。同室だった赤城は既に退役している、荷物を出し終えた部屋はどこか寂しく見えた。
部屋を出て、門へ向かう途中で瑞鶴と出会う。
「や、やっと出てくのね...せ、せいせいしたわ...」
彼女は震える声でいつものように生意気な口をきいてくる。
「貴方はとても強くなったわ、それでも慢心は禁物よ。貴方はもっともっと強くなれる、日々精進を忘れずにね」
加賀は淡々と指導をする。先輩としての最後の指導を。
「なによ...こんな時にだけ褒めて...でも、ありがとう」
潤んだ目で瑞鶴は答える
「頑張りなさいね」
そう言いながら優しく瑞鶴の頭を撫でる。
「...ッ」
瑞鶴の顔は涙でぐしゃぐしゃになり、言葉にならない返事を出す。
「じゃあね」
額を合わせ静かに囁き、その場を後にする。
残された瑞鶴は泣き崩れることしか出来なかった。
(これからどうしようか)
別れの挨拶を交わし、駆逐艦達の泣き顔から逃れつつ考える。
これからは1人で生活していかなくてはならない。
退役金はあるが、この先生活していく中でどんどん減っていくだろう。
仕事を見つけなくては...
色々と思案していると不意に腹の虫が騒ぐ。
(そういえば...)
その腹の虫が加賀と同じく退役した艦娘を教える。
退役後、夢だった小料理やを開いた彼女のことを。
「いらっしゃいませ。あら、加賀さん」
「鳳翔さん...」
いつ来ても見せてくれる暖かい笑顔を見ると急に切なさが込み上げてくる。
鳳翔はその気持ちを察したのか加賀をカウンターへ案内し、店を閉める。
そして、カウンターの奥からお酒を手にして加賀の隣に座る。
「奢りますよ、好きな物を頼んでいいですからね」
核心をあえて突かない優しさが心に染み入る。
食事を済まし心が落ち着いたところで加賀は話し始める。
鎮守府を追い出されたこと。残った後輩たちの心配。そして、戦争は続いているのにこのまま引退してゆっくりと過ごしていいものか。
それらを聴き終えた後に鳳翔は静かに呟く。
「あなたたちらしいですね」
「あなた”たち”?」
「ええ、退役した赤城さんも似たようなことを言っていましたよ。本当に武人らしいんですから」
どこかおかしそうに笑いつつ鳳翔は言った。
「赤城さんが…」
少し驚いたが考えてみれば赤城は外出のたびにここにきていた。退役した後にここに来るのはおかしくはない。
すると鳳翔が懐から手紙を取り出す。
「もし加賀さんが引退したらと赤城さんが」
肌身離さず持っていたであろう手紙を受け取り、丁寧に封を切る。
加賀さんへ
これを読んでいるということは退役されたのでしょう。まずはお疲れ様でした。
さて、誰でもない貴女のことですから、このまま戦わずに朽ち果てるなんてごめんでしょう。
今私はとある民間軍事会社にいます。そこで深海棲艦と日々戦っています。
もし、あなたがここにきたいと願うならこの手紙を鳳翔さんへ渡してください。
赤城より
決めつけに満ちた文章だが、長年の相方の的を射たものでもあった。
そしてこれは、加賀に戦場へ身を投じる決意を与えた。
鳳翔に手紙を渡す。
「いくのですね」
神妙な面持ちで鳳翔は問う。
「はい」
「わかりました、海図をお渡しします。それと私の個人的なお願いなのですがこの札に名前を書いてくださいませんか?」
鳳翔はそう言いつつ札を渡しカウンターの奥に消え、加賀が自分の名前を書き終えた後に印がついた海図と一升瓶を手に戻ってきた。
加賀から受け取った名札を一升瓶にかけ、赤城の札がかけられた酒瓶の隣に置く。
「いつか必ず二人で呑みにきてください。約束ですよ?」
「もちろんです」
少し震えた声で言う鳳翔を安心させるように真っ直ぐな声で加賀は言った。
「気をつけて」
そう言って自分を抱き寄せる鳳翔の小さな体は加賀の心を大きく包むのだった。
「ここかしら?」
鳳翔から貰った海図と周囲の様子をもう一度確かめていると、艦娘がこちらの方へやってきた。
「こちらPMCファントム所属、軽巡洋艦天龍だ。貴艦の艦名及び目的を答えてくれ」
「こちら正規空母加賀。赤城さんの勧めでそちらの会社に入りに来ました」
天龍が確認をしている間、加賀はどこにも所属していないことに一抹の寂しさを覚える。
「確認がとれた。俺についてきてくれ」
先導する天龍についていくと、一つの島が近づいてくる。
「あれが俺たちの鎮守府だ」
そう言って天龍が示した先には、古ぼけていながらも立派な鎮守府が静かに太陽に照らされていた。
「これから会う人は一応社長ってなってるけど、みんな提督とか司令官とか好き勝手に呼んでるよ」
廊下を歩きながら天龍から説明を受けると執務室の扉の前につく。
「フフ、怖いか?」
深呼吸している加賀を煽るように問いかける天龍。
「鎧袖一触よ、心配いらないわ」
それに対し加賀は冷静に返答する。
扉が開けられ部屋に入るが誰もいない。
「おい、新入りがきたぞ」
そう天龍が言うと奥にあるドアが乱暴に開き、見慣れない軍服を着た男が出てくる。
「提督、いい加減そこのドア直しとけよ。立て付け悪いからっていちいち蹴られてたらドアも泣くぞ」
そう呆れた口調で言われた彼がこの会社の社長らしい。
「じゃあお前が直しておいてくれ」
彼はぶっきらぼうにそう言い放ち、加賀に体を向ける。
「さてと、君のことは書類である程度は把握しているつもりだ」
「北方ALに珊瑚諸島沖海戦、MS諸島防衛戦...素晴らしい戦果だ」
過去の栄光を読み上げられ、誇らしく感じると同時に今の状況を思うと胸が痛む。
「だが装甲空母の登場から徐々に使われなくなり、最終的には戦闘機キャリアーか...」
装甲空母と言われ、瑞鶴の顔が鮮明に蘇る。
彼女は生意気だが、腕は自分をも超えてしまうほどだった。彼女ならこの先もやっていけるだろう。
中破すると攻撃不能になる老兵に出番はないのだ。
「どんな理由できたかは知らんがもし誇りだとか栄光だとかを望んできたのならお門違いだ。お前たちの戦いは公式記録に残らないから誰にも知られることはない」
もとよりそんなことは望んでいないと加賀は社長に伝える。すると彼は少し笑みを浮かべた。
「そんなことを望んでるのならこんなところにこないわな。まあ理由がなんであれ、ちゃんと仕事をするならなんでもいい」
そう言うと社長は引き出しからワッペンを取り出して加賀に近づく。
「俺からの入社祝いだ。ようこそPMCファントムへ」
手渡されたワッペンは盾型で、右下に「phantom」と言う文字。左上には斜線によって消された錨が描かれていた。
「こんなふうに着けるんだ」
天龍が右肩にあるワッペンを見せながら言った。
「天龍から聞いてると思うが、俺のことは提督でも元帥でも好きに呼んでくれ」
「わかったわ、社長」
「つれないな」
二人の横で天龍が腹を抱えて笑っているのを社長は軽く睨み、加賀に向き直る。
「部屋は赤城と同室でいいか?」
「ええ」
また同じ部屋で彼女と共に生活できると思うと胸が高鳴る。
「了解。天龍、赤城は今出撃中だからお前が鎮守府を案内してやれ」
「あいよ」
浮かんだ涙を指で拭いながら天龍は答える。
執務室の外へ出てこれから自分の部屋にもなる赤城の部屋に向かうと正面から少女が近づいてくる。
「あら、新入り?」
「そうだ」
天龍が答えると、好奇心に満ちた視線が加賀の方へ移る。
「あなたの名前は何かしら?」
「加賀よ。航空母艦加賀」
「加賀ね。nice to meet you」
彼女が差し出した手を握りながら加賀はじっと見つめる。
スチームパンク風の服装。血のように赤い瞳。霧のような銀髪。
ある程度の艦娘は把握しているが、このような艦娘は見たこともなかった。
「ごめんなさい、私の名前を言ってなかったわね」
離した手を自分の胸にあてて言葉を続ける。
「私はドレッドノート。あなたと一緒に戦えることを楽しみにしているわ」
彼女と別れ足を進める。
「驚いただろ?まさかあのドレッドノートまで艦娘になってるとはな」
艦娘というのは第二次大戦の艦たちばかりだと思っていたが違うようだ。
「まあ他にもあれぐらいの時代の奴らはいるよ、後で紹介するぜ」
そうして話していると目的の部屋に着く。
「ここで待ってるから荷物は置いていきな」
部屋は和室になっていて、丸いテーブルがあるほか座布団やタンスなど基本的な家具が揃っており、壁際に荷物を置こうとすると窓際に置いてある写真に気づく。
その写真は二人とも正規軍にいた頃に撮ったツーショットだった。
加賀はそれと同じ写真を懐から取り出し、何度も見比べて涙を浮かべる。
また会えるのだと。
「まだか?」
「ごめんなさい。今行くわ」
感慨深くなっている加賀を外にいる天龍が呼ぶ。
部屋から出て食堂、入居場、資料室と鎮守府の案内を受ける。
一通りまわったが、鎮守府についてから今までドレッドノート以外の艦娘に会っていない。
出撃している艦娘もいるとはいえ無用心ではないかと言おうとすると談話室という札がかけられた部屋から声が聞こえてくる。
「ロイヤルフラッシュ」
「うっそ…」
「オリンピックさん強すぎます!」
部屋を覗くと、ポーカーや読書、昼寝など思い思いに過ごす艦娘たちが目に入った。
「お前ら、新入りがだぞ」
手を叩きながら天龍は皆の注目を集める。
「航空母艦加賀よ。よろしくお願いするわ」
そう加賀が自己紹介をすると彼女たちも自己紹介を始める。
「重巡古鷹です。そしてこちらが…ほら起きて」
そう言って彼女の膝を枕にしている子を起こし、事情を伝える。
すると、寝ていた彼女は大きく伸びをして口を開く。
「加古ってんだー。よっろしく!」
軽いノリの加古の背後で古鷹が申し訳なさそうに手を合わせている。
もとより気にしていないので手を振ると彼女は安堵の表情を見せる。
「青葉です!一言お願いします!」
ポーカーをやっていたテーブルから離れメモを手にしながら興味津々に加賀へと近づいてくるが、気の利いた言葉が口からなかなか出ない。
「もう、加賀さんが困ってるじゃん。私は衣笠。よろしくね」
衣笠は青葉に抱きつきながら屈託のない笑顔を見せる。
「すみません…あの、後で写真だけでもいいですか?」
それを加賀は快く了承すると青葉は満面の笑みで礼を言った。
そうしていると目の前のテーブルにアイスティーが出される。
「長旅お疲れ様でした。どうぞおくつろぎください」
加賀は勧められるままにソファーに腰をかける。
「あなたは…?」
ベストにズボン。まるでバーテンダーやディーラーのような服装をした彼女もまた加賀が知らない艦娘であった。
「申し遅れました。私はオリンピックと申します」
胸に手をあて一礼する姿は服装や先ほどからの言葉遣いもあいまって、まるで執事のように思えた。
艦娘としてではないにしろ、オリンピックという名を加賀は知っていた。
氷山に衝突して冷たい海に沈んだタイタニック号の姉、オリンピック号。
彼女も隼鷹や飛鷹のように客船から軍属になったことがあるのだろうか?
「はい、輸送船2410として従軍しました。今も陸戦隊の皆さんを輸送しております」
2410の部分が少し強張って聞こえた。
名前をとられ、囚人のように番号で呼ばれるのは苦痛なのだろう。
「もっとも、上陸作戦はあまりないのでこうして皆さんのお相手をしています。他にも、酒保やバーなどもやらせていただいてます」
バーという言葉を聞き、加賀は飲みかけのアイスティーに目を向ける。
「ご安心ください。それはサービスです」
自分の失礼な考えを読まれ、顔が熱くなる。
「そう警戒しなくていいわよ。お金にうるさいのは提督だけなんだから」
そう言いながらドレッドノートがもう一人の艦娘を連れて部屋に入ってくる。
「オーディシャスおかえり!射撃練習どうだった?」
「ま…まだまだでした…衣笠さん」
オーディシャスと呼ばれた少女はおどおどした様子で答える。
「えっと…新入りさんですか?」
彼女はおそるおそる加賀に手を向けて問う。
「そうよ、航空母艦加賀よ」
「せ、戦艦オーディシャスです」
おそるおそる差し伸ばされた手を加賀は優しく握る。
「申し訳ないけど、私はあなたのことを知らないの。どんな艦生だったのかしら?」
加賀がそう口に出した瞬間、部屋の空気が凍りつく。
先ほどまでの明るい空気から一変したことに困惑する中オーディシャスの方を見ると、彼女の目は光を失い、小さい口からは生気を感じられない無機質な声が漏れ出す。
「どんな…艦生…」
「加賀さんすみません!こちらへ!」
慌てた様子の古鷹に腕をとられ、引きずられるように部屋の外へ連れ出される。
廊下に出ると古鷹は声を落としてあることを伝えた。
「オーディシャスさんは艦だった頃の記憶をなくしているんです」
艦娘はもともと艦である。
艦から艦娘として生を受けるときに記憶を継承するはずだ。
「なぜ彼女は記憶を?」
古鷹につられ加賀の声も小さくなる。
「わかりません。しかし、明石さんが言うには砲撃訓練に向かう途中の触雷したことで浸水からわずか2年で沈んだ艦歴の短さ。そして、艦から艦娘になるまでの私たちより長い空白期間。それらが関係しているのでは、と」
古鷹は悲痛な顔で続ける。
「記憶を失っていると言いましたが、どうやら彼女もわからないどこかで記憶しているらしく、記憶を掘り起こそうとすると先程のようになるんです」
加賀は連れ出される時に見たオーディシャスの姿を思い起こす。
苦しそうに頭を抱える彼女の姿はもう二度と見たくない。
「わかったわ、もうあんな話はしない。ごめんなさい」
「いえいえ、こちらが先に言っておくべきでした」
話が終わるタイミングを見計らったようにドレッドノートが二人を手招きする。
部屋に戻るとおーディシャスは最初に見たときの様子に戻っていた。
「すみません…艦生って艦娘の人生のことなんですね。まだまだ日本語を学ばないとですね」
申し訳なさそうなオーディシャスの背後でオリンピックが口に指を当てている。
本当のことを知らせるなという意図は容易に読み取れた。
「えっと、私はイギリスで生まれたんですがもう時代遅れって言われて…どうしようか悩んでる時に社長さんに誘われてここに来ました。攻撃を何回も外しちゃうんですけど、今までたくさん敵を倒してきたんですよ?」
恥ずかしそうにしながらもどこか嬉しそうに語る中、周囲には言葉にし難い空気が流れる。
それを打ち破るようにして社長が部屋に飛び込んできた。
「お前らいい知らせだ!今帰投中のやつらがなかなかの戦果を挙げて報酬が弾んだ。今日の新入りの歓迎会は盛大にやるぞ!準備手伝え」
上機嫌な鼻歌が遠ざかるにつれ、緊張がほぐれていく。
「そうだな。パーっとやるか!」
天龍の言葉に対し、全員が笑いながら頷くのだった。
ご覧いただきありがとうございました。
これからはこの作品の更新ペースが速くなると思いますが、必ず別シリーズも続けていきます。
どうかこれからもよろしくお願いします。
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