2016-06-10 16:33:46 更新

概要

「もぐりこみ駆逐艦」第2話。 おてんば娘「漣」編 『完成』 ※2016/6/7 改訂。漣の可愛さ割増。


まえ: [chapter1: 鎮守府の眠り姫]



つぎ:[chapter3: エースの憂鬱]







[chapter2:嚮導艦のキモチ ]


 少女が作戦棟に足を踏み入れた時、建物の外で高い水柱があがった。水柱は轟音と共に立ち上り、たちまち小さな粒となって霧散する。

綾波型駆逐艦「漣」は、廊下の窓から海面を滑る少女達の姿を遠く眺めた。演習を続ける艦娘達の姿。その見慣れない艤装から、彼女達が他所から来た艦娘だということはすぐにわかった。

 とめどなく立ち上る水柱を横目に、漣は作戦棟の階段に足をかける。目指すは三階、俗に「司令階」と呼ばれる階層だ。そこには提督のいる司令室があり、彼の私室と秘書艦専用の事務室がある。


 漣は今朝早くに司令室に呼び出しを受けていた。


 理由は大方察しが付く、昨夜の初雪の件だ。初雪が「七つ星」を飛び出した後、漣は代表として駆逐艦量の見回りをしていたが、初雪と同室の磯波は初雪は戻って来ていないと言うではないか。

 動きがあったのはやはり昨夜だ。初雪が『賭け』に勝ったかはわからないが、こう着状態にあった駆逐艦を動かし、正面を切り開いた。むしろ賭けの勝ち負けは自分にかかっているのかもしれない。


 これは、あの夜の賭けの続きなのだ。


 漣は大きな両開きの扉の前で立ち止まり、服についた潮気を手で払った。スカートのすそを伸ばして、結わいたおさげの形を両手で整える。首元のリボンの位置を調整しながら、扉を軽くノックした。


「駆逐艦「漣」です」


「入れ」


漣は提督の返事を待って、ドアノブに手をかけた。


「失礼します」


 司令室の中には提督が一人、部屋の入口に背を向けて立っていた。窓の外では先ほどの演習組が、陣形を組んで航行しているのが見える。表のドンパチが、わずかにだが部屋の中にまで聞こえてきていた。


 漣はかかとを揃え、背中を向けたままの提督に対して鋭く敬礼した。

 

「第三遠征隊「漣」、召集に対し参上いたしました」


「固くならなくていい。どっちにしろ叱るために読んだんだ」


「うげろ…(;´ρ`) 」


 漣は敬礼を崩し、舌を見せながら嗚咽を漏らした。

 提督はその様子を背中で感じ取ったのか、厳しい口調で話を切り出した。


「初雪に何を吹き込んだ?」


 提督が窓の外へ目を向けながら、背後に向かって問う。表情こそ見えないが、その声に怒りの色をのせている事は誰にでも判断がついた。

 漣はあっけからんとして答える。


「特別な事は何も。ただ駆逐艦内で発散しきれぬ鬱憤が積み重なっているのは事実です。そんな中に押し込め荒れた駆逐艦娘の血の気の多さは説明するまでも無いでしょう」


 言葉づかいこそ固さを残したが、漣の返答はむしろ提督への批判の色を含んでいる。


「それで初雪をけしかけたのか」


「滅相も無い、駆逐艦の現状を憂いているのは漣だけではない。要するにそういう事です」


 非を認めようとしない漣の言い分に、提督は肩を落としため息をついた。首だけ漣へ振り返ると、今度は怒りのこもった視線で彼女を威圧した。


「やり方があるだろう、あいつは昨夜私の寝床に潜り込んできたんだぞ」


 なるほど、と漣は内心感心していた。

 提督への夜の直談判、初雪は昨夜宣言した事を見事にやって見せたのだ。これには漣も舌を巻いた。


「お盛んなこって」


「ヤってねぇ。ただ、好き勝手言われた上、気持ちよく添い寝してしまった」


 漣の軽口に、提督は唇を尖らせた。


「何の問題ですか?」


 わざとらしく微笑んでみせる漣に、提督は再び深くため息をついた。


「お前なぁ…。あいつはあろうことか、これから毎晩駆逐艦が私の布団に潜り込んでくると言ったんだぞ」


「そいつは羨ましいことで」


 一貫してスまして通そうとする漣の様子を見て、提督は急に顔を引き締めた。漣に対し完全に背を向けて、窓に向かって立つとカツンと靴のかかとが音を立てた。


「今回の件について、お前を嚮導から下ろすことも考えてる」


「あれま、それは困りました」


 漣は軽い口調を崩さず、口の前に手を当ててわざとらしく驚いて見せた。 その様を提督は窓の反射を通して、冷ややかな視線で見つめた。


「駆逐艦の暴走を未然に抑制するのがお前の仕事だろう。職務を全うしろ嚮導艦」


 提督の口調はますます厳しいもの、漣を責め立てる鋭いものへと変わっていく。


「漣は駆逐艦の待遇改善については彼女達に全面同意なのですがね。何より駆逐艦に意見要望を吐き出す場は無いのが一番の問題かと ┐(´ー`)┌ 」


「…かと言って今回のような異例を認める訳にはいかない。ましてや駆逐艦だけなんて」


「では、全艦種をベッドに誘っては?」


「却下だ」


「キャー提督サーン!色男!ヽ(`∀´)ノ」


「漣!」


 提督は漣を一括すると、静かに声のトーンを落とした。


「次は無い。今回の件でいざこざが続けば、お前の嚮導の任を解く。次の嚮導は軽巡洋艦に任せる」


「……」


「以上だ。反論はあるか?」


 漣はこれまでの軽口が嘘のように、神妙に口をつぐんでいる。


「何も…」


 漣は目をつむって首を横に振った。


「よし、行ってよし」


「失礼致します」


 部屋に入ってきた時の様に敬礼し、漣は身をひるがえした。

 司令室の扉が音を立てて閉じられた時、提督は今日何度目かともつかないため息をついた。







 司令室の外に出ると、廊下伝いに下の階が妙に騒がしく感じられた。先ほどの演習組が戻ってきたのだ。

 漣は急いで階段から逆側の柱の陰に身を潜めた。この状況で秘書艦と顔を合わせる気にはとてもならなかったし、何よりもひとつ確認したい事があった。


「私が報告に行くから、皆は先に風呂に行っててくれ」


 よく通る日向の声が、階段の下から響いてくる。その号令に倣って、ぞろぞろと大勢の足音が遠ざかっていく。その後で、ようやく一人分の足音が階段を上ってくるのが聞こえた。


 やはり提督と顔合わせするのは旗艦だけだ。戦艦を基軸とした主力部隊ですらそうなのに、駆逐艦風情が提督と自由に顔合わせする事がどれだけ非常識な事なのか漣はあらためて理解した。


 足音は一直線に漣のいる三階まで、いや提督のいる司令室までやってきた。漣は背伸びするように体を細め、柱の陰に小さく納まった。

足音が司令室の前で止まる。そして無作法に扉を叩いた。







「戻った」


 ぶっきらぼうに一言。そして返事も待たずに日向は司令室の扉に手をかけた。 提督は漣の時と同じように、窓に向かったまま日向を迎えた。

 日向は敬礼する事も無く、ごく自然な足取りでその背中に歩み寄った。一定の距離を取って立ち止まる。


「帰還した。旗艦日向その他5隻、負傷艦なし」


「了解」


 提督の声はそっけなく、事務的だ。


「あちらの艦隊も大きな問題なく、無事演習終了だ」


「ご苦労だったな」


 お互いに感情の無いやり取り。日向はそれを気にする様子も無く、自らの肩を押さえて首を鳴らした。

 

「疲れた」


 その声は少し怒気を含んでいるようにも感じられたが、それにも提督は反応しない。日向は露骨に提督から視線を外して、不機嫌そうに頬を膨らませた。自分に向けられた背中へずかずかと歩み寄り、そこに自分の背中をくっつけて寄りかかる。

 提督の体が僅かに傾く。


「おい、日向」


 提督の体が重さに耐えかねてぐらりと揺れる。


「君のせいだからな」


 日向は胸の前で腕を組み、軽く体重を預ける。

 提督は肩越しに一瞬だけ日向へ振り返って、すぐさま窓に向き直った。


「悪かったよ」


 いまいち誠意の感じられない提督の言葉に、日向は首を後ろにそらして、コツンと後頭部をぶつけた。


「君が寝坊したせいで、私が余計な訓練にまで付き合う羽目になってしまったんだ」


 日向は不機嫌そうに唇を尖らせて、提督にもたれかかる。

 窓から演習をずっと監視していた提督は、それで合点がいった。どうやら演習の終了時間が遅れたのを問い質す必要はなさそうであった。

 自分の責任とは感じながらも、提督は一息つきながら窓から見ていた演習の様子を報告した。


「お前は楽しそうだった」


「そういう問題じゃない…」


 日向がぐっと背中に体重をかけると、提督の体がますます傾く。 提督は正面の窓に手をついて、腕の力で日向を押し返した。

 どうやら提督が思っていたより日向は気が立っているようだった。提督の一方的な責任ではあるものの、こちらにも事情ってものがあった。


「今朝の事なら、お前が私を起こしに来てくれれば万事解決だったんだ」


 その言葉に日向は露骨に眉をひそめた。


「気を使ってやったんだ、初雪の方は非番だというからな…」


「げ…」


 日向の言葉の意味に冷や汗があふれる。かかる体重が一気に重くなった気がした。


「別に、咎めるつもりもないし、私は気にしていない」


 口では気にしていないと言う日向だが、その声の厳しさが先ほどとは色合いの違うものに変わったのは誰が聞いても明らかだった。

 提督はますます気まずくなって、人差し指で自分の頬をひっかいた。


「あれは…不可抗力だったんだ」


 なんとも意味を成さない反論。そのあからさまな動揺に日向は大きくため息をついた。


「気にしてないと言ってるだろう。だが、あんまりハメを外しすぎるなよ」


「肝に銘じておく…」


「うん」


 日向は軽く頷くと、勢いをつけて提督の背中から体を起こした。急に背中が軽くなって、提督はあわてて後ろによろけそうになる。

 その様を見て日向は呆れたように笑った。


「汗を流したら、すぐに仕事にかかろう」


「ああ、おつかれさん」


 日向の笑みはいつもと変わらぬ「それ」であり、提督は彼女の機嫌が直ったのを知りほっと胸を撫で下ろした。

それが『秘書艦』として準備された笑顔であること、そして彼女の内に提督と艦娘の在り方に対する葛藤がある事など提督に知りようも無かった。







 私が書類の束をまとめ終えたのと同時に、深夜を知らせる時鐘があたりに響き渡った。鎮守府全体を包み込む鐘の音とともに、窓の外に見えていたわずかな部屋の明かりも、ぽつぽつとその数を減らしていく。


「今日は早く寝よう…」


 私は積み上がった書類の束を机の端に寄せると、あたりに散らばっているハンコやペンを乱雑に引き出しの中にしまいこんだ。長椅子から立ち上がって大きく伸びをする。


 本日の演習も無事終了し、明日からはまた海域攻略へ乗り出さなければならない。直接海域に打って出る身ではないとはいえ、軍人という体が資本の仕事であることには変わりはない。明日に備え早めに床につくことにした。


 未対応のわずかな書類を机の上に残して、窓際へ移動する。窓に鍵がかかっている事を確かめ、カーテンを引いた。そういえば昨日は空いた窓から入られたんだった。


 私は急いで私室に入って明かりをつけた。クローゼットに丸テーブル、ベッドの上は日向によって完璧にベッドメイクがされている。


(よし…)


 室内に誰も潜んでいない事を確かめると、私室の窓に近寄って鍵をかけた。もう一度部屋の中を見回し、私室を出る。


 これで私の寝床にもぐりこむには司令室の扉を経由しなければならなくなった。私は司令机の引き出しから大きなカギを取り出して扉に歩み寄る。それを鍵穴にさし込み、ふと考えた。


 もし私の寝室を完全な密室にしてしまったら、本当に夜に誰も入ってこれない事になる。もちろん誰かを寝床に誘う予定などないが、漣に「次揉め事があった場合クビ!」と宣言した手前、最低限「もめ事を起こせる」最低条件が残っていないとフェアじゃない。 

 もちろん揉め事が起きないに越した事は無い。が、もし漣があそこまで言っても反省しない愚か者だった場合、扉に鍵がかかっていては騒ぐ気があっても大して騒げない。そして、私はそれに気づかず漣が改心したと勘違いして嚮導を続けさせることになる。これでは意味が無い。


 私はあえて司令室の扉には鍵をかけないことにした。もちろん私室に鍵をかける事も無いまま、明かりを消してベッドに倒れこんだ。


 静寂に包まれた闇の中、自分の呼吸の音だけが聞こえる。目をつむり深く息を吸うと、どこからか淡い少女の香りが鼻をくすぐった。それが昨晩さんざんかいだ匂いだと気付くと、一人で眠る今夜がやけにさびしく感じられた。 今朝私が演習に出てからも初雪はしばらくここで眠り続けたのだろう。彼女の残り香に包まれ、私はゆっくりと眠りについた。



 その後、司令室の扉が開かれる音を聞くまで私はベッドの上で眠り続けていた。この私室はもともと倉庫だったものを改装して作ったため、壁が非常に薄い。隣接した司令室の話し声などはほとんど筒抜けだ。私がベッドから起き上がると同時に、司令室の扉がパタリと閉じた。隣の部屋を歩く足音は間違いなく駆逐艦のそれだ。


私はベッドから上半身だけ起こし、部屋の明かりをつけた。


「入れ」


 扉の前に立つ「誰か」に向かってそう声をかけた。

 扉の反対側でビクリと空気が震え、そしておそるおそる扉が開かれた。


 部屋に入ってきた漣はいつものセーラー服ではなく、丈の長いパジャマ姿だった。漣のパジャマは裾の長いチュニックで、薄桃色の生地に兎の模様がちりばめられている。


「お疲れ様です。ご主人様」


 漣は自らの所業に悪びれもせずそういいながら、後ろ手に扉を閉めた。

 私は軽くため息をつきながら、彼女に向かって手を伸ばす。漣は私の手を取ってベッドの上にあがりこんだ。


「お前に嚮導を任せたのは私の見込み違いだったようだな。


 私は苦笑いを浮かべながらそう言った。

 漣は私の心中を知ってか知らずか、微笑みをうかべながらベッドに寝転んだ。


「実は漣もここらでお休みをもらってもいいかと思っていたのです」


 そう言った漣の表情に、ショックの色は見られない。


「なら、早く次の嚮導を選出しなければな…」


「漣的にはやっぱり駆逐艦にやってもらいたいのね。今ならぬいぬいか、雪風が適任ですね」


 どうやら漣は本当に嚮導を離れるつもりらしい。私は驚いたと言うか呆れたと言うか、複雑な気持ちで彼女の話を聞いていた。


「本気なのか、どうやら本当に無理をさせていたみたいだ」


「漣は「やれ」と言われた事をやっていただけなのです。リーダーがやりたかった訳でもないし、皆の上に立つ器量があるとも思っていません」


「でもお前はよくやってくれた」


 私は漣の頭をくしゃくしゃと撫で回す。漣はベッドに寝転んだまま、気持ちよさそうに目を細めた。


「漣は、ただ提督の「特別」になりたかった」


 漣のその言葉に、私は危うく息をのみそうになった。頭を撫でる手を止めずに、息を止めることも、表情を崩すこともせず、あらゆる動揺を押し隠して彼女の言葉を聞いていた。 


「……」


 しかし私には返す言葉が無かった。彼女が次に綴るであろう言葉を推測し、自分の察しの良さにただただ嫌気がさしていた。


 彼女は、私が最も言ってほしくない言葉をピシャリ言い当てた。


「好きです…ご主人様」


「…それで?」


 悪意こそ無かったが、そっけなく返してしまった。漣は悲しそうに目を細めて、私から視線を外した。


「嚮導艦じゃなくなっても、漣は提督の「特別」でいられますか?」


 それに対する残酷な答えはいくつでも思い浮かんだ。そうするのが正解だとは思わないが、そうやって彼女を突き放す選択肢もあった。

 もちろん、それをつきつける度胸などが私にあるはずも無かった訳だが…。


「お前にはまだまだ働いてもらうよ」


 じっくりと吟味した結果、私は優しい言葉を選択した。

 自分でも間違っていないとは思うが、この答えが正解だったのかはわからない。しかし、漣は私の言葉に小さく口元をほころばせた。 


「がんばります」


 漣はそう呟いて、足を縮めてシーツの上で丸くなった。指先を私の服にひっかけながら、上目づかいで見上げてくる。普段の活発な彼女からはなかなか想像できないしおらしく、愛らしい姿。

 私の中にむくむくと黒い感情が湧き上がってくる。

漣の少女らしい一面を見せつけられた事、私の事を「好きだ」と言った事、それらの要素が、愚かな欲望を内包した私の頭をガツンと殴りつけた。


 私はその時、明確な「悪意」を持って彼女の手を取った。


 握った手をベッドに押さえつけて、その小さな体の上に馬乗りになる。驚いた漣は目を丸くして、身を強張らせた。


「ご、ご主人様…?」


 疑いを知らぬかのような澄んだ瞳。私は彼女に顔を近づけて、じっとその瞳を覗き込んだ。

上気し朱に染まる頬、あらぬ期待に震える唇、誘惑の色に潤んだ瞳、あまりにも弱々しい抵抗。その心臓が早鐘のように鳴っているのが、つないだ手からも伝わってきた。


 愛しさ故の葛藤、と言ったら格好つけすぎだろうか。


「お前私の事ロリペドクソ野郎と思っただろう」


「このロリペドクソ野郎」


 私は勢いよく彼女から離れて、ベッドの上を転がった。

 

「言っておくがそういうのとは違うからな」


 私は漣から離れたベッドの上で彼女を睨み付けた。それに対し漣は物言いたげな目を私に向けて、口の端を吊り上げていやらしく笑いかけた。


「ガマンできなくなっちゃったんですか (▽∀▽)?」


「…そういうことだ」


「まったく言い逃れできてないんですけど…」


 臆面もなく言い切った私に呆れ果て、漣は私の枕に顔をうずめる。


「いくじなし」


 そして可愛らしく、ケラケラと笑った。







「漣は、駆逐艦として鎮守府に不満が?」


 漣と並んで毛布をかぶり、私は初雪の時と同じように彼女に問いかけた。


「え」


 漣は驚いたように毛布の中で私に向き直った。

 どうやらまともな相談会になったのが、少し意外だったようだ。


「せっかく来たんだから、話していくといい」


 漣は少しの間考える仕草をしたが、寝転がったまま首を振った。


「漣は駆逐艦が何も溜め込まずに話せる機会ができたというだけで満足です。今のこの時間が、駆逐艦娘に最も必要なものでしたから・・・」

 

「いや、別にこの『もぐりこみ』を許可したわけじゃないけど」


「えー、なんでなんでなんで!\(#゜Д゜)/」


 盛り上がっているところに水を差したせいか、案の定漣は不満の声を上げた。

 シーツにくるまりながらジタバタと暴れまわる。


「あたりまえだろう。そもそも軽巡が嚮導になったら、こんなのものは許されん」


 私の発言に、漣は露骨にショックを受ける。


「ガビーン Σ(T□T) 、やっぱり漣はクビですか((o(;△;)o))」


「そりゃそうだろう。約束は約束だ」


 やはり先ほどまでのそっけない様子は全てお芝居だったようだ。


 漣は嚮導としてしっかりと駆逐艦を統率していたが、彼女自身が駆逐艦であるがゆえの共感や甘えがあった。今回の「もぐりこみ」なんてまさにそうだ。

彼女は駆逐艦嚮導としてよく働いたが、艦隊の嚮導としては周りとの協調性に欠けていたと言える。駆逐艦内の問題を他艦種に相談するような、思慮深い行動はむしろ少なかったはずだ。


 私は意気消沈する漣をあやしながら続けた。


「ただ、お前の最後の仕事を駆逐艦の為に活かす事は前向きに考えよう」


「え、もぐりこみOK (゜д゜)!?」


 とたんに瞳を輝かせる漣。

 私は彼女の額に指を立てて、とんとんと叩いた。


「もぐりこみは禁止だ。ただ、駆逐艦の声を聴ける機会は設けよう。今回の件で私もだいぶ考えさせられたからな」


「成し遂げたぜ( ・∀・)b」


 漣は布団の中でぐっと親指を立てる。


 今回に関しては多少強引な手段を取られたわけだが、私とて駆逐艦に思い知らされた部分があるのは嘘ではない。常に前線に出て奮闘する彼女達こそがもっとも割を食っているとなっては、そのうち本当に暴動でも起こりかねない。

 本当は駆逐艦娘にこそ、特例が必要だったのかもしれない。今は本心からそう思い始めている。

 

「ご主人様」


「ん?」


 少し物思いにふけっていた所に、シャツの袖を引っ張ってちょっかいをかけられる。ちょいちょいと服を引かれ、そのまま漣の方に顔を近づけた。


「なんだい?」


「ご主人様、さっきのは無しです」


「?」


 唐突な発言に思考が追い付かない。


「漣は、ご主人様の事好きじゃないです」


「それは、少し遅すぎるだろう」


 私は呆れたように口元を歪めた。


「この気持ちは深海まで持って行くと決めていたんでした。あんなものは嘘だったほうが、きっといいんです」


 そう言う漣の表情は、影になってうまく読み取れない。読み取る必要などないかもしれないが、少なくとも茶化した雰囲気は言葉の中の事だけであるように思えた、


「だから提督のこと、何とも思っていないんです。お互い気持ちは一緒ですね」


 こいつは私が本当に何とも思っていないと、本気で信じているのだろうか。

 人の気も知らないで、ずけずけと大人の事情に踏み込んでくる。駆逐艦というのは本当に物事を深く考えない。いや、本来艦娘全員がそうあってほしいのだが…。


 私は無性に腹が立って、(悪い癖なのだが…)彼女に意地悪をしてやる事にした。


「漣、駆逐艦の話を聞くにおいて、ルールを決めよう」


 突然の提案に、漣はただ聞く姿勢に入っている。それをいい事に私はまくしたてた。


「駆逐艦は『ここ』では嘘をついては駄目だ。駆逐艦が『ここ』で嘘をついたり、無理を抱え込んだら私が睡眠時間を削って対応している意味が無い」


「つまり、お前の気持ちも…」


「じゃあ、ご主人様も嘘はつかないで」


「……」


 私は押し黙ってしまった。

 漣に本心を吐露させるつもりが、とんだしっぺ返しをくらった。動揺を隠そうとすればするほど、口の中に唾液がたまってくる。


「ご主人様、漣の事…」 


「漣」


「……」


「私は、お前の気持ちには答えられない」


「それは漣が『艦娘』で、あなたが『提督』だから?」


「……」


 即答はできなかった。そうであると言えばそうだし、まったく別の話だと言えばそんな気さえしてくる。


 私の本心は、どこにあるのだろうか。


 『人外』である艦娘との親密な関係に怯えているのか。それとも軍の規律に従っているだけなのか。世間から拒絶されるであろう彼女を幸せにできる自信が無いのか。『繁殖』という生物の目的を否定した艦娘との恋愛に本能が拒絶しているのか…。


 私は今更ながら、この『密会』を許可してしまった事を心底後悔した。

 私は今後どれだけ彼女達の淡い期待をぶつけられ、それを断り続けなければならないのだろうか。


 今からでも彼女を抱きしめて、愛の言葉をぶつけたい衝動に駆られる。しかし嘘はつかない、そう誓ってしまった。演技で彼女を抱いたって、私の本心は見抜かれてしまうだろう。


 私は馬鹿だ。駆逐艦の屈託の無い笑顔、淡い期待を寄せた視線、そういうものから距離を取りたくて彼女たちを遠ざけていたんじゃなかったのか。

 私が本心から愛した者達が、深海の闇に消えてゆく事から目をそらしていたんじゃなかったのか。


「わ、私は…」


「ご主人様」


 そう呼ばれて、はっと意識を取り戻した。


 漣の顔が目の前に迫り、包み込むように頭を抱きかかえられた。漣の甘酸っぱいにおいに包まれ、徐々に平静を取り戻していく。

 私は漣の胸に顔を押し付けて、浮いてきた涙をぬぐった。


「漣は沈みません」


 漣は私の頭を撫でながら、小さな声で囁いた。まるで子供にでも言い聞かせる様な優しい声で。

 

「それを言うなら、雪風だろうが…」


 私はかろうじてそこにだけツっこんで、後はされるがまま彼女のぬくもりに甘えていた。

 暖かく、愛おしい。自らが否定した言葉をこうも実感させられると、どうにも歯がゆくてもどかしい。


「漣だって沈みません」


 一際強く抱きしめられ、漣が私にささやいた。

 その声は震えていた。今の言葉は自らに言い聞かせたものであったのか、本心はわからない。


「…そうか」


 私はただそれだけ返した。

 そしてしばらく目をつむって、彼女のぬくもりに身を委ねていた。全身の力が抜けて、このまま眠りに落ちてしまいたくなる。


 一度まぶたが落ちかけた時に、思い切って体を放した。

 駆逐艦に甘えてばかりではいけない。提督とはそういうものだと無理やりにでも自分を納得させた。


 ぬくもりを失った瞬間、胸を刺す喪失感に襲われる。突如襲いくる後悔の念は、たちまちのうちに私の全身に伝播した。突如舞い降りたこの寂しさを埋めてくれる少女が、今目の前にいる。まさにそう思わせてしまう、優しき誘惑。

 この感覚は…まさか。


「お前もしかして・・・ダメ提督製ぞ、むぐ」


 漣に両手で口をふさがれる。そして…。


「それ以上いけない」


 漣の瞳は、真剣そのものだった。




 その後話したりない(#゜Д゜)/と騒ぐ漣をなんとかなだめて、私は毛布を深くかぶった。


「じゃあ、提督ぶとんやります」


 初雪から聞いたのだろうか。漣もかつて、提督ぶとんを嗜んだ駆逐艦の一人であった。

 私は布団を丸めて作った隙間に彼女をいざなう。


「ほら、こっち来い」


 私の腕の中に納まった漣が、すんすんと鼻先を私の胸にこすり付ける。私は気恥ずかしくなって、彼女を抱きしめたまま上から毛布を掛けた。

 漣は一通り満喫したのか、やや満足げな表情で私を見上げた。 


「一緒に眠るのなんて、ほんとに久しぶりですね」


 たしかに。

 提督ぶとんが廃止されて以降、こうやって艦娘といっしょに布団に入るという事自体がまれであった。このたび提督ぶとんが復活するまで、おおよそ一年近い期間だ。


 しかし、こうやって漣と共に床につくのは、もう一つ特別な意味があった。


「初めは、私とおまえの二人きりだったからな」


「はい…」


 漣は私の初期艦だった。


 あの時は、この大きな鎮守府で二人、肩を寄せ合って眠ったのだ。お互いに不安があり、二人とも否応なくぬくもりを求めていた。

 

 あの時の私は、側に寄り添うこの駆逐艦の事を愛していただろうか。艦娘と深海棲艦、何も知らなかったあの時。純粋な気持ちでこの小さな軍艦を受け入れていただろうか。


 5年前。全てを知り、信条も誇りも、全てを捨てたあの日。大事なものを置いてきてしまったのではないか。


「漣、お前は私の艦娘(ふね)だ」  


「はい、ご主人様…」


 あの夜と同じ暖かさを抱きしめながら、夜は更けていった。








 翌日の作戦棟。

 ミーティングルームの長机に一人、艦娘が腰かけていた。がらんとした部屋の隅で、頭を抱えている。

 彼女は今朝久しぶりに作戦棟に足を踏み入れた。提督から呼び出しを受けていたのだ。




「軽巡…じゃなかった、雷巡「北上」。えー、召集に対し参上しました」


「雷巡洋艦「北上」。本日付で諸艦を駆逐艦嚮導に任命する」


「う~い。え、ええええええええっ!?きょ、嚮導!?ガキどもの?や、嫌ですはい!ダルい、面倒くさい!!!」

 

「おまえこれを機会に駆逐艦(こども)嫌い直せ、そんなんだから雷巡で唯一艦隊入り逃してんだろうが」


「やだー、やだー、え!?うそでしょ!まじかよやってらんない助けて大井っちー!」




 以上回想。

 北上はそのままミーティングルームまで重い頭を抱えてやってきたのだ。


「なんで、アタシが嚮導…しかも小うるさい駆逐艦なんか…」


「北上さん」


 呼び立てられ北上が顔を上げると、ちんちくりんの前嚮導殿が部屋の入り口にちょこんと立っていた。


「申し訳ございません、お待たせして」

 

 その駆逐艦は駆け足で近寄ってきて、北上の隣の椅子に腰かけた。

 椅子に座ったまま北上に正面から向き合って、深く頭を下げた。


「前嚮導艦「漣」です。業務の引き継ぎに参りました」


 そう言って漣は抱えてきた書類を北上に手渡した。


「なんだコレ漣っぺが作ったの?優秀ジャン、なんでこれでクビになるんだよ…」


「そ、それは…はは」


 漣はバツが悪そうに頭を掻いた。口で言いつつも対して興味のない北上は、それを無視して書類に目を落とした。

 業務手順と事務フロー、諸注意を書き綴ったメモやら年功行事のスケジュールなど。見ているだけで頭痛がしてくる。


「何これ?『駆逐艦による待遇改善要望申請会【もぐりこみ】』?」


 北上はその中に、薄い用紙の走り書きのメモを見つける。それは手書きの報告書であった。その一枚を抜き出して問う。

 漣はそれを見て焦ったように説明しだした。


「あ、それ漣が最後まで担当してた案件で、まあそれやったせいでクビにされちゃったんですけど…」


 この報告書には提督の承諾印が無い。それだけで北上は事情のある程度を察した。 


「ふーん、これやったら「クビになっちゃった」んだ、へ~」


 内容をざっと読み流し把握する。

 実に馬鹿な駆逐艦の考えそうな、パーフェクトな計画だ。

 何がパーフェクトかって、駆逐艦をちょいとそそのかせばアタシは何もしなくていい。ってところがスーパーにパーフェクトだ。


 北上は口の端を歪めて笑みの形を作り、すぐにそれを漣に悟られないように書類の陰に隠した。

 

「採用」


 まとめた書類の中に手書きの報告書を持って席を立った時、北上は先ほどの苦悩が嘘のように上機嫌だった。


後書き

次回「霞ちゃん」編。
※投稿日5月22日


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8件コメントされています

1: SS好きの名無しさん 2015-05-22 18:58:02 ID: tv14PF3d

待ってました~
初雪の次は漣ですか更新楽しみにしてるので
これからも無理のない程度に頑張ってください

2: しらこ 2015-05-23 00:30:49 ID: vS372-JW

>tv14PF3dさん
コメントありがとうございます。
今回初めてSSというものを書いて、改めて自分の遅筆さを知る事となりました。
今後は書きあがったものを少しづつあげていくかと思いますので、気長に待っていただけると幸いです。

3: SS好きの名無しさん 2015-05-23 14:09:01 ID: stiHZHBc

クールな日向が相棒って感じで良いですね

暁改二の為の育成しながらマッタリ続き待ってますね

4: しらこ 2015-05-24 14:49:09 ID: g507UWlO

>stiHZHBcさん
コメントありがとうございます。
私の書く日向はあまり瑞雲とか言わないので、見る人によっては違和感があるかもしれません。
続きは、ろ号が終わり次第すぐ書き始めます。

5: SS好きの名無しさん 2015-05-24 21:45:25 ID: 3xHQl9ZC

瑞雲キチだけが日向ってキャラを表している訳じゃないと思うので
ゲーム内での軽いノリの伊勢とは一線を置いた
クールな一面が感じられて良いと思います

スーパー北上様がどんな波乱を巻き起こしてくれるのか今からwktk

6: AQ 2015-05-25 00:51:42 ID: G7LSx-f8

お待ちしておりました
漣ナイスや!こっから提督がどうなっていくのかも気になるところです
北上の動向にも期待してます!

7: しらこ 2015-05-25 12:07:56 ID: CgpuVs9u

>3xHQl9ZCさん
コメントありがとうございます
酷い話ですが、艦娘を使い捨てているこのSSにおいて、「もぐりこまないキャラ」の変化や成長というものは裏のテーマとして扱っています。
日向もその一人ですので、彼女の心情の変化(もしくは崩壊)を見守っていただけると幸いです。

8: しらこ 2015-05-25 12:21:48 ID: CgpuVs9u

>AQさん
いつもコメントありがとうございます。
上記「もぐりこまないキャラ」にはもちろん提督も含まれます。提督がこの話で駆逐艦への「特別」を許可したように、そのうち艦娘の愛を受け入れる日が来るかもしれません。
北上も今後仕掛け人として立ち回りますので、彼女の成長も見守っていてください。


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