2015-05-31 23:21:30 更新

概要

「アイドルマスターミリオンライブ!」内で行われたイベント、「アイドルスペースウォーズ」の二次創作です。


前書き

通信障害の真偽を確かめるべく、戦艦佐竹に向けて出撃した765小隊。月に残されたマカボことミズキ・マカベはテロリストの襲撃に備えていた。一方、テロリストによって隊員が殉職・壊滅状態に追いやられた特殊部隊「アイドルフォース」隊長のシズカ・モガミは、未だに自身の方針を定められずにいた。


「何かお悩みですか?」

 765小隊が自分たちの母艦へ出撃して数時間後。すっかり人気の失せた月面軍基地内部の暗く長い通路をひとり歩いていたシズカ・モガミは、唐突にかけられた言葉に眉をしかめた。

(…地球防衛軍のロボットか)

 王宮の警護のためにこちらに残ったと女王からは聞いている。余計なことを、と思う余裕は流石になかった。自らの醜態で部隊が壊滅したのは既に痛いほど思い知っている。そして、自分の力量の無さも。

 仮に今、テロリストたちが襲撃してきたら自分と王宮の近衛兵だけで女王とオーパーツを護り切れる確証はない。戦力が一人でも多いのに越したことはないと理屈では分かっている。…それでも、部外者が立ち入ってくることに苛立ちを感じずにはいられなかった。

 目線を上げると、ロボットが気さくに手を振っているのが見えた。せめて笑顔くらい作れと思いながら、無言で横を通り過ぎる。

「……しくしく」

「声に出さないでよ…」

 思わず反応してしまった自分に腹が立つ。ロボットは、苦々しく歪んでいるだろうこちらの顔を覗き込んで、言葉を紡ぐ。

「お疲れですか?」

「誰かさんのせいでね」

「イライラにはカルシウムです。暖かいミルクをどうぞ」

「結構よ」

「おいしいのに…」

 残念そうに言うと、どこからか取り出したミルクをちびちびと飲み始めた。結局自分で飲むのか。というか、精密機械が水分摂取して大丈夫なのか。

 軽い頭痛を覚え、頭を振りながらロボットから視線を外す。馬鹿らしいやり取りに付き合うつもりはない。

 手摺に身を預け、階下に並ぶ戦闘機を眺める。度重なるテロリストとの戦闘で随分数が減ってしまった。残った機体に乗るはずだったパイロットも、今はもういない。

 しばし、静寂が過ぎた。背後に立つ影も、動く気配はない。

「何の用なの」

 いつまでも動かない影に耐え兼ね、振り向かないままシズカは声をかけた。先ほどから変わらない一定のトーンで返事が返る。

「基地の見学中です」

「随分と暇なのね」

「ヤブキ中尉たちが帰還するまで、あるいはテロリストの襲撃があるまで待機しているように女王から命じられました。つまり、絶賛暇中です」

 暢気なものだ。

 どうせなら王宮で暇を潰していればいいものを、ここで油を売っている間に奴らが襲撃してきたらどうするつもりなのだ。

「生憎だけど、暇人の相手をするほど私も暇じゃないの」

「では、モガミ軍曹はここで何をしているのですか?」

「貴方には関係ない」

「感傷に浸っているのですか?」

「黙って」

「ハギワラ上等兵とノノハラ一等兵の殉職は、モガミ軍曹の責任ではないと私は分析します。あの状況下ではどうしようも――」

「黙れって言ってるでしょ!!何が分析よ、それで慰めのつもり!?分かったような口を利かないでよ、ロボットのくせにッ!!」

 空洞に声が反響し、ややあって、しんとした静寂が戻ってくる。

 シズカは下唇を噛んで俯いた。最悪だ。無神経なロボットも、それに当り散らすしかない自分も、何もかも最悪だった。

 ふと、あの腹の立つ少尉の顔が浮かんできた。確かキタザワとかいう名前の。

 無様だのなんだの、こっちの気も知らないで好き勝手言ってくれたものだ。思い出すだけで腹が立つ。…だが、どこかで彼女の言葉に同意している自分がいるのも事実だった。

 戦えない兵士は足手まといにしかならない。いっそ全てを投げ出して、後は地球防衛軍に丸投げしてしまいたかった。しかし、自分の矜持と信念がそれを許さない。ここで自分が降りてしまえば、散っていった彼女らの意志が全て無駄になる。それだけは絶対に許容できなかった。

 テロリストの首領。部隊の仲間を無慈悲に爆殺した殺戮者。あの女だけは自分が殺す。自らの胸に空いた見えない大きな穴を埋めるにはそれしかないとシズカは直感で思った。例えそれが、やり場のない感情を向けるていのいい逃げ道だったとしても。

 だが奴は、自分が目覚めた時には姿を消してしまっていた。おそらく複数持っているであろう別のアジトに逃げ込んだのだ。捜索部隊が出ているが、あまり人数が割けないこともあってか未だに発見できていない。

 居場所が分からないのなら迎え撃つしかない。だが、じっとしていると胸の穴が疼く。苦しくて堪らなくなる。だから、いつ襲撃があっても出撃できるよう基地内をうろつきながら、どす黒い殺意を胸の内に濃縮させていた。それをこのロボットに邪魔されたのだ。

 感傷に浸っていたことは否定しない。が、自分で思うのと他者から指摘されるのは話が別だ。もう放っておいてほしかった。

 大声で罵声を浴びせたことで若干の後ろめたさを感じつつ、目線を上げてロボットを視界に収める。

 目元が潤んでいた。

(………え)

 感情表現として備わっている機能の一部なのだろうか。無表情のまま自然な動作で目元を拭いつつ、彼女は言う。

「失礼しました。ですが、1つだけ訂正をお願いします。――私はただのロボットではなく、”分析”ロボットです。そこのところをお間違えなく」

 その口調は先ほどよりもどこかきっぱりとしていた。その一単語がそんなに重要なのか。

「さらに言えば、私にはミズキ・マカベという名前があります」

 半歩、前に出る。

「どうぞ”マカボ”と呼んでください。……呼んでね」

 念押しされた。ぽかんとするシズカに、マカボが握手のための手を差し出した。

 ぎこちないながらも、その顔には微笑が浮かんでいた。


 マカボに握手をされた勢いのまま、流されるように隣にいることを許してしまった。

 シズカは特に話したいこともなかったので、先ほどから変わらない姿勢で虚空をぼんやりと眺めていた。隣で同じように手摺に体重を掛けているマカボも黙っている。

 自分の心臓の鼓動以外何の音もしない、静かな時間が流れた。

 やがて、ぽつりと、マカボが言葉を漏らす。

「モガミ軍曹はこれからどうされるのですか」

「決まってるわ。あの屑どもを始末する。それだけよ」

「…それは、復讐のためですか?」

 その時のマカボは変わらず無表情だった。だが何故だか、シズカは彼女がとても寂しげにしているように見えた。

 彼女の表情からは何も読み取れない。過去に何かあったのかもしれないが、自分の気のせいである可能性も高い。そう考え、あえて気にしないようにした。

「…違う。私は月面軍の一員として、そしてアイドルフォースの隊長として、月の平和を脅かすテロリストを排除する。復讐のためじゃないわ」

「そうですか」

 マカボがこちらを見ている。その無表情からは、やはり何も読み取れない。

 シズカは自分の言った言葉を思い返す。復讐ではない。そのつもりだ。少なくとも、この星を護りたいと本心から思っている。

 しかし、自分の中に奴らへの憎しみが濃く残っているのも事実だ。別れ際の言葉が耳にこびり付いている。途切れる無線。爆発音。奴の哄笑。そして、自分の慟哭。

 テロリストたちを殺せば、結果的にこの星は救われる。だからこれは復讐ではなく、正義のための行いだ。仲間の命を奪い、無辜の民を脅かす犯罪者を排し、平和を取り戻すことが自らに課せられた責務。シズカは自らにそう言い聞かせた。


 似ている、とマカボは思った。

 今はもう思い出せない、自分の中に眠るほんのかすかな、遠い記憶。薄もやのかかった景色の中で、決然とした表情で戦地へ赴く彼女に、目の前のヒトは似ていた。

 復讐は悪いことではないと思う。ドクターロコに与えられた知識の中には「やられたからと言ってやり返していいわけではない」という言葉があったが、ドクターアンナはロコが勝手に開発費を使ったことでよく拳を振るっていたし、ロコも殴られた分の倍は殴り返していたので、きっと倍返しにするのが常識なのだろう。

 それなのに何故か、復讐のためではないと言い張ったシズカにほっとしている自分がいる。

(不可解です)

 自分のことすら分析できないようでは分析ロボット失敗だ。これではただのロボットになってしまう。

 アイデンティティ喪失の危機に慄くマカボの横で、シズカが小さくため息をついた。

「で、こっちを向いたままなのはまだ言いたい事があるってこと?」

「え」

 しまった。考え事に集中して姿勢を戻していなかった。マカボ反省。

 訝しげなシズカの視線を感じつつ、戦闘機が鎮座する無人の格納庫内のデータをメモリにインプットしていく。

 これで月面軍基地内部の詳細なデータは記憶し終わった。予め渡されていた基地内部の地図が古いものであったため、実際に歩いて齟齬を埋めておく必要があったのだ。

 仮にテロリストたちが武器を奪おうとこちらを襲撃してきたとしても、内部を熟知した今なら効率的に対応できる。彼らの狙いが女王とオーパーツである以上真っ先に狙われるのは王宮の方だろうが、ヤブキ中尉たちが戻ってくるまでに出来るだけの対策はしておこうとマカボは考えていた。

 ここに残ると申し出た自分に、ヤブキ中尉とキタザワ少尉は任せると言ってくれた。その信頼を裏切るわけにはいかない。彼女たちが戻ってきたら万全の態勢で戦えるように環境を整えておくのも自分の務めだ。

 そして、モガミ軍曹には暇と言ったが、実を言えばここに来たのはただの暇潰しではない。基地の内部データを入手しに来たのもついでだ。本当の目的は――

「モガミ軍曹」

 うんざりしたような顔が向けられた。そんなに嫌かな、と内心思いながら、言葉を続ける。

「質問してもよろしいでしょうか」


 格納庫内をきょろきょろ見回していたと思ったら、今度は質問の許可を求めてきた挙動不審なロボットにうんざりした気持ちを隠しもせず、声にも滲ませてシズカは答える。

「さっきから何度もしてるじゃない」

「…はっ」

「何その今気付きました見たいな反応。…まあいいわ。で、何が聞きたいの?」

 聞きたいことを聞いて、満足すれば王宮に戻るだろう。そう思い、シズカは質問を促す。

 マカボは言った。

「モガミ軍曹は、私が――いえ、765小隊のことが嫌いなのですか?」


 シズカの表情が変化したのを、マカボは見た。

 怒りや驚き、戸惑いなどの感情がない交ぜになったような顔に見えた。

 しばし硬直していたシズカは、何でもないふうを装って答えを返す。

「嫌いだ、って言ったらどうする?」

「理由の明確化を所望します。そして、我々への不当な嫌がらせも控えていただければと。単なるいじめで済めば私たちのメンタルが傷つくだけで済みますが、今回のような緊急時では最悪のケース…つまり女王の殺害およびオーパーツの破壊、そして月の消失に繋がりかねませんので」

「そうね」

 シズカは意外にも素直にうなずく。

「正直、ちょっと子供っぽかったかなって反省はしてる」

「では」

「善処はするわ。ただね、あなた達が目障りだった理由は自分でもよくわからない」

「そうなのですか?」

「よそ者が入ってきて邪魔に思ったのかもしれないし、女王が私達を信頼していないのかもってプライドが傷ついたのもあるのかもしれないわ。今だって隣にいるあなたにどうしてここまでイライラするのか、あらためて考えてみると理由ははっきりしないわね」

「イライラしますか?」

「わりと。…あと、そういうことストレートに聞かないほうがいいわよ」

 ジト目で言われてしまった。ドクターロコには「わからないことはすぐにクエスチョンしなさい」と教わったのだが。

 シズカがため息をつく。

「でも、私があなた達を疎んで遠ざけたことが結果的に部隊の壊滅を招いた。使える戦力を効果的に配置して編成すれば違った結果が得られた可能性が高い。あの時も、冷静に考えれば誰でもわかりそうなことだったのにね」

「……」

「でもね、だからこそ今回の件は私達の手でケリをつけたい。もともと全部こっちの事情だし、連中には多すぎるくらい借りがあるから。あなた達に帰れとはもう言わない。だけど、なるべく私の邪魔をしないで」

「……」

「…何とか言いなさいよ」

「質問するとイライラするって言うから」

「……なんか、あなたと話してると本当にいろいろ馬鹿馬鹿しくなってくるわね」

 それは褒め言葉なのだろうか。でも半目だし、やっぱり怒ってるのかも。人間って難しいな。

 だが、

「私は考えます。人は失敗から学ぶ生き物だと。だからとは言いません。でも、どうせなら」

 視線を向ける。人と話すときは相手の目を見る。ヤブキ中尉から教わったことだ。

「これから新しく始めてみませんか?」

「…何を?」

「私たちの関係を、です」

 手を差し出す。

「仲良くしましょう。…そうしたいと、私は思います」

 シズカは固まっている。何度目かの硬直。

 でも、引かない。これが偽りのない自分の本心からの願いであるから。

 ややあって、シズカが小さく噴き出した。

「やっぱり変よ、あなた」

「そうなのでしょうか」

「そうよ。あんなに嫌な態度取っていた相手に仲良くしましょうなんて、普通言わない」

 そう言いながらも、シズカはゆっくりと手を伸ばす。

「でも、そうね。…うん。私も、そうしたい」

 目線が合った。

 そのまま互いの手が重なろうとしたところで――


 直後。室内に甲高い音が鳴り響いた。

「!?」

 警戒する。基地内全体に響いているわけではないことから、おそらく警報ではない。

 危機を知らせるような音はシズカの胸から、正確には軍服のポケットに仕舞われた無線から発生していた。

「これ、は……」

 音が止んだ。すっと染み渡るように訪れた静寂の中、マカボは冷静に分析する。

 あの無線は部隊全体と連絡が取れるタイプのものではない。回線を限定することで、外部からの妨害を受けづらくなるよう改造が施されたものだ。

 その回線は、今は無き部隊の間で使われていた。

 ハギワラ上等兵とノノハラ一等兵の遺体は既に回収されている。

 今、ここにいるシズカを除いて、その限定された回線を使用することが可能なのは、

「ミライ…なの……?」


 テロリスト基地で壊滅状態に陥ったアイドルフォース。その中で唯一、遺体が発見されなかった隊員。

 ミライ・カスガ二等兵からの緊急通信だった。


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