アイドルスペースウォーズ・エピソード2 第二部⑬ 禁忌の魔獣
「アイドルマスターミリオンライブ!」内で行われたイベント、「アイドルスペースウォーズ」の二次創作です。
人間では知覚することのできない光学迷彩を身に纏った”侵入者”を植物園に誘い込んだ765小隊は、植物園の守護者である”食人植物”の力を借りて”侵入者”の姿を捉えることに成功する。食人植物によってステルス機能を破壊され追い詰められたかのように見えた”侵入者”は、突如不気味に笑い出すと、シホの制止も聞かず高らかに指笛を鳴らした――
足音が、聞こえる。
何かが、猛スピードで近づいてくる。
「シホちゃ――」
いち早く危機を悟ったカナ・ヤブキが銃を構えて”侵入者”を威嚇するシホ・キタザワに再度呼びかけようと声をあげたが、その忠告が届く前に、カナたちや”侵入者”が入ってきた方向とは逆の、ロックされていたはずのドアが勢いよくはじけ飛んだ。
「――――ッ!?」
破砕されたドアの立てる凶暴な音につられ、カナは思わず背後を振り返る。シホも振り返りかけたが、視界の端でドクターアンナの”偽物”が逃走を始めたのを見て取ると、慌てて銃を構えなおした。
「くっ、止まりなさいッ!」
一応警告はするが、止まる気配はない。止まることも期待していない。
”侵入者”の逃げる一歩先に向けて、残った最後の麻痺弾を躊躇わず発砲した。足元を狙うのは威嚇のためだ。仮に標的に当たっても死にはしないが、痺れが体のいっさいの自由を奪ってしまうため、食人植物の蔓延る植物園から”侵入者”を連れて脱出することを考えるとできれば避けたかった。
とはいえ、シホは射撃に対してはそれなりに自信があった。外す気はしない。
愛銃から撃ち放たれた弾丸がまっすぐに”侵入者”の足元へ向かっていき――――弾道を遮るように横合いから飛び込んできた”何か”に命中した。
「なっ……!?」
唖然とするシホ。その後ろにいるカナも驚愕に目を見開いている。
カナは見ていた。扉を突き破り、そこから一飛びで”侵入者”を守るようにシホの放った弾丸の射線に飛び込んだ影の動きを。
恐ろしく素早い。まず間違いなく”侵入者”が指笛で呼び寄せた『サラマンダー』とはコイツのことだろう。武器もまともに使えない状態で、あの動きにどう対処すればいいのか。
影がゆっくりとこちらを向く。麻痺弾が命中したはずだが、効果は見られない。カナとシホが身構える中、『サラマンダー』の姿が明らかになり――――
「――――――――え」
硬直した。
豹のような体躯で、
鋭利な爪を生やし、
蛇の頭がついた尻尾を垂らして、
体中から蒸気を発しながら、
つぎはぎだらけの体を晒して、
齢10歳にも満たないであろう”ヒト”の頭部が、濁って淀みきった瞳でこちらを見つめていた。
「こ、ども……?」
混乱のまま、シホは見たままの事実を口にする。
あらゆる獣のパーツの中心に冠するように、その頭部には”ヒト”の子どものモノが据えられていた。
無理矢理にパーツを組み合わせたのだろう、体中の縫合痕からじわりと赤い血が染み出している。その赤い色を目にしたことで、そのナニカがまぎれもなく生きて血の通った生物なのだと認識できたのは皮肉以外の何物でもなかった。
合成獣。キメラ。複数の動物の体をつなぎ合わせた怪物。ドクターアンナから話だけは聞いたことがあったが、まさか現実に存在するとは思っていなかった。
体中のつなぎ目からも、この怪物が何者かの手によって人為的に生み出されたのは明らかだ。生命を弄ぶ禁忌に触れた人間がいることがシホには信じられなかったし、目の前の哀れな生き物がこの世に存在してしまっていることも、認めたくなかった。
呆然とするカナとシホの前で、『サラマンダー』は先ほど見せた動きが嘘のような緩慢さで天井を仰ぐ。そして、およそヒトの子どもの喉から出たとは思えない、低く太い獣の声で吠えた。
グルォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーー…………
突如、『サラマンダー』を中心として周囲に猛烈な火炎が吹き上げた。
「――――ッ!?」
慌ててカナとシホはそれぞれ反対方向に飛び退く。炎は周囲の草木に飛び火し、植物園はたちまち火の海に包まれた。
麻痺弾の効果が薄れて動けるようになった食人植物たちが寄り集まり、各所で火勢を押しとどめている。立ち上る煙に反応したのか、天井に設置されていたスクリンプラーが起動して雨を降らした。それでも、盛り上がった火の勢いを鎮めるにはまだ足りない。
火炎を身に纏った『サラマンダー』がこちらに歩み寄ってくるのをシホは目にした。灼熱の背後で”侵入者”が植物園から脱出して逃げていくのが見えたが、どうすることもできない。
煙を吸い込まないよう口元を押さえながら、銃を構える。その銃口は『サラマンダー』の頭部――ヒトの頭に向いている。
(うっ……!)
これはヒトではない。殺らなければ、こちらが殺られる。それを理解しながらも、こみ上げる吐き気を堪えることができない。
ヒトの頭は炎に炙られて肌が爛れ、所々に水泡ができていた。淀みきって色を失った瞳がまっすぐこちらを見ている。ぽっかりと空いた口内には歯の一本すら残っていない。
腕が震える。狙いが定まらない。背中に熱を感じた。じりじりと後退しているうちに追い詰められていた。もう逃げることはできない。
『サラマンダー』はもう一度吠えると、今にも飛び掛からんと身を屈めた。
「シホちゃんッ!!」
飛び掛かられる直前、『サラマンダー』の真横まで走り寄ってきていたカナが勢いを殺さずそのままタックルを繰り出した。『サラマンダー』は姿勢を崩し、カナと共に茂みの中に飛び込んだ。カナは飛びついた勢いで背中に跨り、両手をいっぱいにして『サラマンダー』に組みついている。振りほどこうとして『サラマンダー』が暴れるたびに、その身を覆う火の勢いは強くなっていった。
「う……あ……あああああああああああッ!!」
身を焼かれる痛みにカナが悲痛な叫びを上げる。それでも手を放そうとはせず、必死に組みつきながらシホに声をかけた。
「し、シホ……ちゃん、逃げて……!」
「え……?」
「火が出口を塞がないうちに、早く…!サラマンダーは私が何とかするから!」
絞り上げるような声で、カナは自分を見捨てて逃げろと言う。聞けるわけがなかった。
「嫌ですッ!丸腰の隊長こそ逃げてください!コイツは私が…ッ!」
「無理しないで」
無理をしているのはどっちだ。そう叫ぼうとしたが、カナの声が遮る。
「人を撃つのが、怖いんだよね…?」
「――――ッ!!」
見透かされていた。慌てて否定しようとするも、カナはゆっくりと首を振り、またもシホの言葉を遮った。
「無理しないでいいよ。私だって人を殺すのは怖いし、嫌だもん…」
違う。殺すことが嫌なのではない。その程度の覚悟はとっくに済んでいる。
この怪物の頭部に鎮座している、ヒトの子どもの頭。元は無垢で非力な、自分たちが守るべき存在。それを無慈悲に撃ち抜くことに、シホはどうしようもない忌避感を抱いていた。
無論、”コレ”が既に手遅れで、そのような忌避感が無意味なことも承知している。この怪物にヒトの意思は残っていない。そもそも、ヒトですらない。
それでも――シホは手の震えを止めることがどうしてもできなかった。
二の句を継げないでいるシホに、カナは言う。
「シホちゃんは、それでいいと思う。軍人として、上司として失格かもしれないけど……それでも私は、嫌なものは嫌だと思っていいと思うし、嫌なことをシホちゃんにやってほしくない」
「……」
「だから……今は、逃げて。お願い」
炎に包まれながら、カナはいつも通りの優しい微笑みを浮かべていた。その身を焼かれる痛みなどおくびにも出さず。
歯を食いしばり、シホは今一度ルーントリガーを構える。――だが、手の震えは収まらない。
『サラマンダー』が一際大きく体を揺らした。炎が勢いを増し、カナの体を焼く。
「うっ……ぐ、ああああああああああああッ!!」
「隊長ッ!?」
堪え切れない痛みにカナが再度声を上げた。組みつく腕の力がほんの少し緩んだ一瞬、『サラマンダー』は上体を激しく真横に揺らした。カナは勢いに逆らえず吹き飛ばされ、近くにあったまだ火が燃え移っていない木にその身を強く打ちつけた。
「たい、ちょう……?隊長、ヤブキ隊長ッ!?」
シホが大声で呼びかけるが、返事はない。カナは木のそばに横たわり、目を閉じたまま身じろぎもしない。激突の衝撃で意識を失ったのか、あるいは既に――
急いでカナのもとに向けて走り出す。その行く手を、背後から一飛びで跳躍してきた『サラマンダー』が塞ぐ。
「どけええええええええええええええッッ!!」
構わず真横を通り抜けようと走った。『サラマンダー』が振り下ろした右手を、地面に飛び込むようにして躱す。鋭い爪が浅く額を裂き、灼熱が肌を焼いた。構わず受け身を取って走り抜けようとしたが、前方にだらりと伸びていた『サラマンダー』の尻尾に足を取られて転倒する。無様に転がりながらも回転した勢いを利用して弾かれるように立ち上がり、カナを背にしてかばうように銃を構えた。
「ハァ、ハァ……!」
激しく脈打つ心臓を押さえながら、素早くカナの様子を確認する。肌は爛れ、あちこちに水膨れができている。距離がやや遠く、煙で視界も遮られており呼吸をしているかまではわからない。どのみち、このまま煙が充満するこの部屋にとどまるのは危険だった。
再度、対峙する。『サラマンダー』は小さく唸り声を上げながら、徐々に距離を詰めてくる。
唯一の逃げ道は『サラマンダー』の背後。もう片方の破壊された方の扉は既に火で塞がれている。無残に食い殺されるか、火に包まれて焼け死ぬか。いずれにしろ、この怪物を倒さなければ自分もカナも死ぬ――――
「ハァ……ハァ……ッ!!」
動悸が激しくなる。銃口が、またも震える。
生きるために殺す。この哀れな怪物を、自分の手で。そうしなければ殺される。
倒れたままの無防備なカナも殺される。それだけは嫌だ。絶対に嫌だ。
「あ……ああああああああああああああッッ!!!」
思わず叫んでいた。それは震えを誤魔化すためか、大切な人を失う恐怖か、はたまた死に抗う心が発する本能か。
引き金にかけた指に力を込める。そのまま一気に引き絞り――
子どもの顔が、シホの両目に映った。
「あ―――――――――――――――――――」
撃てない。
直後、『サラマンダー』の尻尾が勢いよく横合いから叩きつけられた。
「あッ!?」
手元を払われ、吹き飛ばされたルーントリガーが炎の中に消える。尻尾が直撃した左手に力が入らない。
怪物が跳躍した。殺される。その爪に肉を引き裂かれ、牙で食いちぎられる自分の姿を幻視した瞬間――
爆発音が響き、『サラマンダー』がシホの、そしてシホの後ろにいるカナの更に背後まで吹き飛ばされたのが見えた。
「え……?」
何が起きたのかわからず呆然とするシホの耳に、何かが発射される音と、先ほどと同様の爆発音が届いた。3回、4回と爆発が続いた後、彼方まで吹き飛ばされ立ち上がろうともがいていた怪物が、力尽きたようにくずおれ……そのまま動かなくなった。
「……遅くなってしまったわね。もう大丈夫よ」
声が聞こえた。植物園の入り口から、発砲直後で白煙を上げている連射式のロケットランチャーを肩に担ぎ、悠然と炎の中をこちらに歩み寄ってくる姿を目にしたシホは、掠れた声でその名を呼んだ。
「サタケ、艦長……」
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