2016-10-20 16:52:09 更新

概要

ポケモンマスターを目指す穂乃果の旅が、今始まる! 何故か直せない文字化けがあるかも。ごめんなさい


前書き

訳あって設定を第五世代で止めています。ご注意を。


 鳥のさえずりが聞こえる。カーテンの隙間から差し込む朝日に、穂乃果は寝返りをうつ。

「うー……あと五分だけ……」

「──こら穂乃果、起きなさい! あんた、今日が何の日か分かってるの?」

「あ、お母さんおはよー。何って今日は日曜日……」

 起こしに来た母に、半分閉じた目で応える穂乃果。

「何言ってるの。おはようじゃないわよまったくもう……。──とにかく、早く下に降りてらっしゃい」

「はーい」

 ようやく体を起こした穂乃果にため息をつきつつ、母は去り際に、

「今日はポケモンをもらう日なんだから……」

 ん? ポケモン?

 よく分からない単語を聞いた気がした穂乃果だったが、母はすでにいなかった。






 朝食を食べ、着替えを終えた穂乃果は、ずっとあの言葉の意味を考えていた。

「ポケモンって、あのポケモン……? ゲームの? お母さん、どうしちゃったんだろ……」

 訊いてみたい気もしたが、家族に特に変わった様子はない。

「今日はμ'sの練習も休みだし……。──そうだ! ことりちゃんと海未ちゃんに電話してみよっと」

 穂乃果はケータイをコールするが、

「あれー……? 出ないや……」

 どちらも繋がらなかった。

 仕方がないので散歩に出かけようとすると、

「穂乃果、はいこれ、カバン」

「ちょっと出かけてくるだけだから、そんなのいらな──」

「旅に出る人が、何言ってるのよ」

「……え? 旅?」






「──何これ!」

 自宅を一歩出た穂乃果は、景色の変わりように絶句した。

 どこまでも伸びるアスファルト──は無く、砂を固めたような薄茶色の道。乱立するビル群──の代わりに、青々と茂る森林。

 振り返ると、そこにあるのは間違いなく我が家、“和菓子屋穂むら”だ。

「いつまで寝呆けてるのよ。──博士のいるポケモン研究所は、右に真っすぐ行った先だから。あまり博士を待たせるんじゃないわよ」

 それだけを言うと、母は家の中に戻ってしまった。

「…………」

 呆然とする穂乃果は、ある可能性に思い至った。

「そっか。──これは夢なんだ! そうだよ! 夢に決まってる!」

 夢と決め込んだ穂乃果は、足取り軽く研究所に到着した。

「えーと何々……? 『フォルリーフタウンポケモン研究所』。──ここはフォルリーフタウンっていうのか!」

 割り切った穂乃果に、もう戸惑いは無い。

「お邪魔しまーす」

 扉を開けて中に入ると、出迎えたのは、

「あら、あなたが穂乃果ちゃん? いらっしゃい」

「ことりちゃんのお母さん!?」

「あら、ことりを知っているの?」

「え?」

 一瞬、穂乃果の表情が凍り付いた。知らないはずがないだろう。

 だがそれを追求する前に、

「改めて、初めまして。──カイトゥーン地方のポケモン博士で、トレーナーズスクールの理事長を兼任しています」

「ど、どうも、穂乃果です……」

 何が何だか分からない穂乃果だったが、

「この夢だと、穂乃果はことりちゃんを知らないのかな……?」

 で割り切った。

「今日穂乃果ちゃんに来てもらったのは、私──というよりこの研究所が所持しているポケモンを、あなたにプレゼントするためです」

「ホントにポケモンがもらえるんですか!?」

 色めきたつ穂乃果に、

「はい、そのために呼んだのだけど……」

 若干気圧されながら、理事長は頷く。

「その代わり、私のお願いを聞いてもらえるかしら」

「何ですか?」

「私はポケモンの研究をしています。しかし、とても手が回りません。──そこで、穂乃果ちゃんにはこのポケモン図鑑を埋めながら旅をして、研究のお手伝いをして欲しいの」

 手渡されたポケモン図鑑を見つめながら、

「おお……本物のポケモン図鑑だ……。オモチャじゃないんだよね? ──分かりました! 私、やる! やるったらやる!」

 そう意気込んで踵を返し、

「あっ、まだポケモンを渡してないわよ」

「あ、そうだった。あはは……」

 気まずそうにさらに半回転。

「あなたには、この三匹の中から一匹をパートナーとして選んでもらいます。──草タイプのフシギダネ。──水タイプのゼニガメ。──炎タイプのヒトカゲ」

「えっと……じゃあこれ!」

 ほとんど迷わずに手に取ったモンスターボールの中には──

「──ヒトカゲ、でいいのね?」

「はい! 穂乃果、ポケモン選ぶなら絶対これって決めてたんです」

「そう。そこまで思いがあるなら、ヒトカゲも安心ね。──では穂乃果ちゃん、あなたの冒険が始まります。きっと大変な事もあるでしょうけど、ヒトカゲや他のポケモン達と乗り越えて下さい」

「はい!」

「それと、これをあげましょう」

 穂乃果は、五つのモンスターボールとバッジケースを貰った。

「そのモンスターボールで、野生のポケモンを捕まえるといいでしょう。ポケモンが傷ついたら、ポケモンセンターに行く事も忘れずに」

「分かりました! ──あ、ことりちゃんって、今どこにいるんですか?」

「ことりはサウシティにいるはずたけど……ここからはかなり距離があるわ。まずは、お隣のスタスカシティでジムに挑戦、ポケモンを鍛えるといいんじゃないかしら」

「そうですか……。ちょっと残念だな。──でも分かりました! この世界にもことりちゃんはいる!」

「この世界……?」

「あ、何でもないです! あはは……」

 誤魔化すように研究所をあとにした穂乃果は、

「夢……じゃないのかな」

 やや混乱を残しながらも1番道路へ足を向けた。






「──ヒトカゲ、ひのこ!」

「カゲェーッ!」

「キャキュッ!」

 相手のポケモンは、技をまともに食らって地面に倒れる。

「今だ! モンスターボール!」

 穂乃果が投げたボールがポケモンに当たると、ポケモンはボールの中へ吸い込まれ僅かな抵抗として数回揺れた後、カチッと小さな音がして制止した。

「やった! ──ムックル、ゲットだぜー!」

 ボールを高々と掲げ、高らかに宣言する。

「くうぅ~っ! 一度やってみたかったんだーこれ!」

 さっそく、ゲットしたムックルを出してみる。

「よろしくね!」

「キュキュキュイ!」






 その後穂乃果は新たにヨーテリーを加え、しばらく進むと目的のスタスカシティが見えてきた。

「ここがスタスカシティ! 広ーい!」

 穂乃果が入り口で歓声を上げていると、

「──お、穂乃果じゃん」

「ん?」

 声のした方を向くと、

「スタスカに来たんだ~」

「ヒデコ! フミコ! ミカ!」

 ショートボブ、ポニーテール、ショートツインテールの少女三人が立っていた。

「よかった~。三人は穂乃果の事覚えててくれてたんだ!」

「はい?」

「それよりも穂乃果、スタスカは初めてなんでしょ?」

「案内してあげる!」

「ホントに? ありがとー!」

 当たり前のように聞き慣れない単語を口にしているが、穂乃果はもう気にしない。夢云々も気にしない。

「とりあえずポケモンセンターね。この十字路を右だよ」

「ふむふむ」

「フレンドリィショップは、反対の左側。“キズぐすり”とか不足しているなら、早めに揃えた方がいいわよ」

「そんでもってポケモンジムが、この先真っすぐ」

「へー。──ここのジムリーダーって、どんな人?」

「格闘タイプの使い手で、穂乃果に負けじ劣らず、元気な子だよ~」

「それは楽しみかも! ありがとね!」

 手を振ってポケモンセンターへ駆け出す穂乃果に、ヒデコが声をかける。

「どうせすぐジム戦行くんでしょ。応援してあげるわ」

「うん! ありがとう!」

 姿が見えなくなった穂乃果に、

「まったく……元気だけはいいんだから……」

「でもトレーナー向きだよね」

「それが穂乃果ちゃんだもんね」

 ヒフミは苦笑する。









 『スタスカジム』。シンプルに、しかし派手にそう記された看板の前に、穂乃果は立っていた。

「ここがポケモンジムかぁ……」

「オトノキ地方には八つのジムがあって、各ジムのジムリーダーに勝つとバッジが貰える。全てのジムバッジを集めた者だけが、ポケモントレーナーの最高峰、ポケモンリーグへ挑戦できる──と。分かった? 穂乃果」

「うん大丈夫。そのくらいは私も分かってるから」

「じゃあ最後に確認ね。──スタスカジムは格闘タイプの使い手で、」

「飛行、エスパータイプが有効で、」

「逆にノーマル、岩、鋼タイプだと厳しい」

「あとゴーストタイプならダメージを受けない、だよね! でも穂乃果、ゴーストタイプいないから関係ないけどね。あはは……」

 軽く笑う穂乃果に、

「緊張感無いわね……穂乃果」

 ヒデコは呆れる。

「よしっ、じゃあちょっと行ってくる!」

「頑張りなよ!」

「絶対勝ってね!」

「応援してるから!」

 声援を背に、穂乃果は力強くジムの扉を押し開けた。



「__ううぅ~……っ! テンション上がるにゃーっ!」

 最初に穂乃果の耳に飛び込んで来たのは、そんな声。

 次いで穂乃果の目に飛び込んで来たのは、華麗なアクロバットをかます小柄な人影。

「にゃ? 挑戦者かにゃ?」

 振り返ったその顔を確認した穂乃果は、

「凛ちゃん!」

「にゃにゃにゃ? どうして凛の名前知ってるにゃ?」

「う……やっぱり忘れちゃってるのか……。──でもやっと、μ'sのメンバーに会えた!」

「みゅーず? よく分からないけど、挑戦なら受けて立つにゃ!」

 凛はビシッと穂乃果を示す。

「よーし……! 私だって、負けないんだから!」



「──それでは、スタスカジムリーダー・凛VSチャレンジャー・穂乃果のバトルを始めます。ジムリーダーの使用ポケモンは二体。チャレンジャーに制限はありません。なお、チャレンジャーにのみポケモン交替が認められます」

 審判の説明を聞きながら、穂乃果は最初のポケモンを選ぶ。

「──バトルスタート!」

 審判が旗を振る。

「コジョフー、いっくにゃー!」

「ジョフー!」

 元気に構えをとったコジョフーを、穂乃果はポケモン図鑑に登録。

「よーし……。──ヨーテリー、ファイトだよっ!」

「はぁ!?」

「ちょ、穂乃果!」

「ノーマルタイプは苦手だって言ったのに!」

 ヒフミが応援席から抗議を飛ばす。

「いやぁ……せっかくだから、あまり使った事のないポケモンがいいなー、って……」

「「「…………」」」

 言葉を失ったヒフミを放置し、穂乃果は向き直る。

「いっくよー! ──ヨーテリー、たいあたり!」

「甘いにゃ! かわしてこっちもたいあたり!」

 ヨーテリーの攻撃を華麗にかわし、コジョフーが反対に横から攻撃を仕掛ける。

「ジョフー!」

「キャンッ!」

 吹っ飛ばされたヨーテリーは、なんとか体勢を整えて踏み止まる。

「ただ突っ込むだけじゃ、凛には勝てないよ?」

 えっへんと胸を張る凛。

「やっぱり凛ちゃんは凄い……」

 拳を握り締めた穂乃果は、ゆっくり息を吸い込む。

「ヨーテリー、交替!」

 続いて穂乃果が繰り出したのは、

「ムックル、ファイトだよ!」

「キュキュイ!」

「よーし、じゃあ今度はこっちから行くよー! ──たいあたり!」

 コジョフーが一直線に駆け出し、ムックルに肉薄する。

「飛んで!」

 穂乃果の指示に、ムックルは空中を舞う。攻撃が外れたコジョフーは、勢い余ってたたらを踏む。

「今だ! つつく!」

 ムックルは急降下して、その小さなくちばしでコジョフーの背中を捉える。

「ジョフー!」

 吹っ飛ばされ倒れたコジョフーだったが、なんとか立ち上がる。

「穂乃果ちゃんもやるにゃ! テンション上がるにゃー!」

 凛はその場でピョンピョン飛び跳ねる。

「コジョフー、にらみつける!」

「フー……!」

「キュ……」

 コジョフーの鋭い眼光に、ムックルはたじろぐ。

「たいあたりにゃ!」

「つつくで迎え撃て!」

「ジョフーッ!」

「キュキューッ!」

 一直線に向き合った二匹は、猛スピードで交錯する。

 衝突音。砂埃が舞い上がり、二匹の姿が見えなくなる。

 離れた所にいたヒフミの三人は、いち早くそこから飛び出した影を見つけた。

「どっち!?」

 懸命に空中で体勢を立て直そうとするそれは、

「コジョフー……!」

 だが健闘虚しく、地面に叩きつけられてしまう。

「え、じゃあ──」

 慌てて治まっていく砂埃を見ると、

「キュキュイ!」

 ムックルが元気にはばたいていた。

「「「おおっ!」」」

 ヒフミが色めきたつのと、

「コジョフー、戦闘不能! ムックルの勝ち!」

 審判が宣言するのは同時だった。

「やった! やったよムックル!」

 今度は穂乃果が飛び跳ねる番。

「あー……残念。コジョフーお疲れにゃ! ──まだまだ行くよー! リオル、頑張るにゃ!」

「オルッ!」

 凛の二匹目は、リオル。隙の無い構えを見せる。

「大丈夫! ムックルならいけるよ!」

「キュイ!」

「つつく!」

 ムックルがまたも急降下を仕掛ける。

「かわすにゃ!」

 リオルは紙一重で側面に回り込み、

「ローキック!」

「オルッ!」

 低く構えて蹴りを放った。

「キュ……!?」

 バランスを崩したムックルは、寸前で地面への激突を回避する。

「危なかった……。あそこから攻撃してくるなんて……」

「凛のリオルは強いにゃ! 飛行タイプにも負けないにゃ! ──からてチョップ!」

 リオルは高々とジャンプし、右腕を振りかぶる。

「ムックル、よけて!」

 ムックルは右に逃げようとしたが、その動きが鈍い。

「──オルッ!」

「キュキャッ!」

 直撃を許してしまい、地面に叩き落とされる。

「ムックル!」

 穂乃果が声を上げたが、

「ムックル、戦闘不能! リオルの勝ち!」

 審判の旗が振られた。

「お疲れムックル。でも、どうして……」

 穂乃果が首を傾げていると、

「穂乃果ー! ローキックには、相手の素早さを下げる効果があるの!」

 ヒフミから声が飛んだ。

「その通りにゃ! ついでに、コジョフーのにらみつけるで防御も下がっていたにゃ」

「そっか……。私、知らない事ばかりだ。──でも負けないもん!」

 穂乃果は意気込み一つ、ヒトカゲを繰り出す。

「よーし! ヒトカゲ、ひのこ!」

「カゲ!」

「かわしてローキックにゃ!」

 飛んでくる炎を掻い潜り、一瞬で接近したリオルは蹴りをかます。

「やったにゃ! これでもう追い付けないにゃ! リオル、からてチョップ!」

 凛が得意気に指差し、リオルは振りかぶる。

「まだまだ! ヒトカゲ、相手の姿をよく見て!」

「カゲ……ッ!」

「オルッ!」

「──そこ! 掴んで!」

 リオルの攻撃が当たった瞬間、ヒトカゲはその腕をガッチリ抱え込んだ。

「ええっ!?」

 流石の凛も驚き、その間に、

「ヒトカゲ、ひのこ!」

「カゲーッ!」

 超至近距離で炎を浴びたリオルは、面白いように吹っ飛ばされた。

「リオル!」

「リオル、戦闘不能! ヒトカゲの勝ち! よってこの勝負、チャレンジャー・穂乃果の勝ち!」

 審判が、勝敗を宣言する。

「やった! 勝った! 勝ったよヒトカゲ!」

「カゲー!」

 ヒトカゲとクルクル回る穂乃果を見ながら、凛は少しだけ寂しそうな笑顔を見せた。

「あーあ、負けちゃったかぁ……。でも楽しかったにゃ! 穂乃果ちゃん、ありがとうにゃ!」

「いえいえこちらこそ! 穂乃果も楽しかったよ!」

 穂乃果と凛は握手を交わし、

「あ、そうにゃ。穂乃果ちゃんには、このスターバッジをあげるにゃ。スタスカジム制覇の証になるにゃ!」

 凛はバッジを差し出す。

「ありがとう凛ちゃん! よーし、一つ目のバッジ、ゲットだぜー!」

「おめでとう穂乃果!」

「最初はどうなるかと思ったけど……」

「勝ててよかったね!」

 ヒフミの称賛を受けながら、穂乃果はバッジケースをしまう。

「穂乃果ちゃん、この後どうするにゃ?」

「この後?」

「もし決まってないなら、スモーファウンタウンに行くといいにゃ」

「スモーファウンタウン?」

「そこで凛の友達、かよちんがジムリーダーをやってるにゃ」

「花陽ちゃんが?」

「かよちんも知ってるにゃ?」

「そりゃあそうだよ。だって──」

「だって?」

「な、何でもない……」

 穂乃果は慌てて首を横に振る。

「皆μ'sの事覚えてないんだった……」

「穂乃果ちゃん、変わってるにゃ~」

 凛が呆れ顔を向けると、「あはは……」と穂乃果は苦笑い。

「穂乃果、スモーファウンに行くの?」

「だったら、北に真っすぐよ」

「あそこは、確かノーマルタイプの使い手だったよ」

「そっか。色々ありがと!」

「いいって。あたし達もう行くけど、ジム戦頑張ってね」

「うん!」






 穂乃果がポケモンセンターでポケモン共々疲れを癒していると、

「──穂乃果ちゃん、いるかにゃ?」

「凛ちゃん。どうしたの?」

 凛がやって来た。

「さっき、これを渡しそびれたんだにゃ」

 凛が差し出したのは、CDより二回りほど小さいディスクのようなものと、それを再生すると思われるコンパクトな長方形の機械。

「これは?」

「これはわざマシンだにゃ」

「わざマシン?」

「ポケモンに技を覚えさせるための道具にゃ。──これには〈ローキック〉が入っているにゃ」

「あ、凛ちゃんが使ってたヤツ?」

「そうにゃ。これを使えば、穂乃果ちゃんのポケモンも普通なら使えない技を使えるようになるにゃ! もちろん、使えないポケモンもいるけど……」

「へー! わざわざありがとう!」

「気にする事ないにゃ。──さ、ポケモンも元気になったみたいだし、出発するかにゃ? 見送るにゃ!」

「うん! ありがとう!」






 穂乃果と凛がポケモンセンターから出ると、町の外れに何やら人だかりができていた。

「どいて下さいよ……」「邪魔なんです……」「お外に行けないよ……」

 近づいてみると、住民の苦情が聞こえる。

「どうしたんだろ?」

「行ってみるにゃ」

 後ろに立ち、凛が声をかける。

「どうかしたかにゃ?」

「あ、ジムリーダー。──聞いて下さいよ。変な奴ら道を塞いでいて、外に出られないんです」

「「変な奴ら?」」

 二人が人を掻き分けて前に出ると、なるほど確かに奇抜な服装をした男女が二人、ドヤ顔で立っていた。

「なるほど……確かに変だ」

 謎の二人の前には、磁石のようなポケモンが連なって、それがフェンスの役割を果たしていた。

「コイルにゃ」

「コイルだね」

「ん? 何だお前ら」

「あ、右のヤツはここのジムリーダーですよ!」

 一瞬怯んだ二人を見逃さず、

「ここで何してるにゃ?」

 凛が訊ねる。

「我々はオリジン団!」

「この先で仲間が作業中なのだ。邪魔が入らないよう待っててもらおう!」

 高らかに言い放ったオリジン団何某へ、

「そんな話聞いてないにゃ! 迷惑してるからやめるにゃ!」

 凛は怒る。

「そうだそうだ!」

 それに穂乃果も乗っかるが、

「へっ、なら力ずくでどけてみな」

 どこ吹く風。

「「よーし……!」」

 穂乃果と凛はそれぞれモンスターボールを取り出し、

「ヒトカゲ、ひのこ!」

「リオル、ローキック!」

 コイル達を順に倒していく。

「「ああっ……!」」

 情けない声を上げたオリジン団に、凛は腕を組んで見下ろ──せないので見上げて言う。

「弱いにゃ! 出直してくるにゃー!」

「く、くそっ……!」

「だが作業は終わったみたいだ。残念ながらスカだったみたいだが」

 コイルが全滅させられ、オリジン団の二人は尻尾巻いて逃げ出していった。

「あ、逃げちゃった……」

「何だったのかにゃー?」

 あまりの呆気なさに首を捻った穂乃果と凛だったが、住民から感謝され、スモーファウンタウンへの道も開けた。

「じゃあね穂乃果ちゃん! かよちんによろしくにゃ!」

「うん! 行ってくる!」

 こうして穂乃果は二つ目のバッジを目指し、スタスカシティをあとにした。





 スタスカシティを出発した穂乃果は、すぐにスモーファウンフォレストに入った。

「えーっと何々……?」

 入り口の看板を読むと、『スモーファウンタウンへ行く人は、真っすぐ。ポケモントレーナーは、探索』と書かれている。

「穂乃果はポケモントレーナーだから、真っすぐ行かない方がいいのかな?」

 一瞬悩んだ穂乃果だったが、

「うん、そうしよう!」

 森の脇道へと進んだ。

 そしてすぐに、若干後悔した。

 まず、草むらの背がかなり高い。穂乃果の腰辺りまであり、しかもいたる所に深そうな池が点在している。

「歩きにくいなぁ……。これ、ポケモン見つかるのかな」

 それでもガサガサ進んでいると、

「──ん?」

「ボミ?」

 少しだけ開けた場所に、スボミーがいた。穂乃果と目があった。

「ポケモン発見!」

 穂乃果が表情を輝かせるのと、

「…………!」

 スボミーが逃げ出すのは同時だった。

「あぁ待って!」

 穂乃果も慌てて追い掛ける。草に紛れて見失わないように、必死に掻き分ける。

「ボミッ、ボミッ、ボミッ……!」

 短い足を必死に動かすスボミー。背の高い草が無ければ、速効で追い付かれていただろう。

「草が邪魔だなぁ……。──そうだ! ムックル、空から探して!」

「キュキュ!」

 ほどなくして、穂乃果はスボミーを見失ってしまった。

「どこ行っちゃったんだろ……。せめて図鑑に登録したいんだけど……」

 草を掻き分けていると、

「キュキュ!」

「ムックル! 見つかった?」

「キュキュ! キュキュキュ!」

 だが、様子が少しおかしい。何やら慌てた様子で、忙しなく飛び回る。

「どうしたの?」

 訊いてみたが、答えが返ってくる事もなく。ムックルは前方へ飛んでいってしまった。

「一体どうしたんだろう……?」

 首を傾げながらも、とにかくムックルを追い掛ける穂乃果。

 ようやくムックルが旋回する場所へ辿り着くと、

「──あっ!」

「ボミ……!」

 スボミーが網に絡まってもがいていた。

「どうしてこんな所に……?」

 疑問に思った穂乃果だったが、ひとまず網を解きにかかる。が、

「ダメ……」

 造りが頑丈なのか、穂乃果の力では解けそうにない。

「よーし……。ちょっと怖いかもしれないけど、すぐ自由にしてあげるから!」

 穂乃果はムックルを戻すと、別のボールを掴む。

「ヒトカゲ、ひっかく!」

「カゲ!」

 ヒトカゲのツメが、頑丈な網をバラバラにする。だが、少なからずスボミーにも当たってしまった。すぐには起き上がれないスボミーに、

「大丈夫? これで元気になるからね!」

 穂乃果は“キズぐすり”を使ってやる。

「ボミ……?」

 ダメージが回復したスボミーは、不思議そうに穂乃果を見上げる。

「よしよし」

 穂乃果がスボミーを撫でていると、

「ポケモンは捕まって……誰だお前?」

「っ?」

 振り返ったそこには、例の奇抜な格好。

「そのスボミー……お前が逃がしたのか?」

「あ! えっと……。お……お……お……リジン団!」

「何でオレらを知ってんだ?」

「だってスタスカシティで邪魔してたもん!」

「ああ! お前が例のお邪魔虫か!」

「む……邪魔したのはそっちじゃん!」

「我々には必要な事だったんだ! ──邪魔するなら、ちょっと諦めてもらうか! コイル!」

「ヒトカゲ、ひのこ!」

「ビー、ピー……」

 相性抜群の一撃が入り、呆気なく落下するコイル。

「ぐっ……、思ったより強い……」

「カゲ!」

「ヒトカゲか……。ふん、ならさっき捕まえたコイツだ!」

 オリジン団の下っぱが新しく投げたボールから出てきたのは、

「パー!」

「あれは……?」

 穂乃果がポケモン図鑑を確認する。

「ウパー……。水タイプ……」

「ウパー! あわ!」

「パー!」

「カゲッ……!?」

「ヒトカゲ!」

 直撃を受けたヒトカゲはかなり深刻なダメージと見られ、しかもその泡がまとわりついて動きが阻害されている。

「よし! トドメだウパー!」

「このままじゃヒトカゲが……」

 引っ込めようかとボールを穂乃果が掴んだ瞬間、

「パ……!?」

 ウパーの体力が、どこかへ吸い取られていく。

「なっ……!」

「これって……すいとる!? じゃあ……」

「ボミー!」

「スボミー!」

 穂乃果に回復してもらったスボミーが、ウパーに向かって攻撃を繰り出している。

「水タイプに草タイプは効果抜群……。スボミー、闘ってくれるの?」

「ボミー!」

「よーし! スボミー、すいとる!」

 相性抜群の二撃目が入り、たまらずウパーはダウン。

「ぐ……! 野生ポケモンが協力するとか、そんなのアリかよ……」

 悔しそうに呟きながら、下っぱは姿を消した。

「ふぅ……。何とか勝てたね……。ヒトカゲもお疲れさま」

「カゲッ」

 ヒトカゲをボールに戻し、穂乃果はスボミーに向き直った。

「スボミー、ありがとね」

「ボミ」

 スボミーは、じっと穂乃果を見上げる。

「……もしかして、一緒に行きたいの?」

「ボミ!」

 スボミーの表情が一気に明るくなった。その場で飛び跳ねる。

「じゃあ……はいこれ」

 穂乃果が差し出したモンスターボールに、スボミーは自分から触れる。

 スボミーが吸い込まれたボールは、一切の抵抗なくカチッと制止した。

 穂乃果はそのボールを拾い上げ、優しく手で包む。

「よろしくね、スボミー」






 ようやく森を抜けた穂乃果は、スモーファウンタウンに到着。ひとまずポケモンセンターへ向かった。

「はい、皆元気になりましたよ」

「ありがとうございますジョーイさん!」

 ポケモンセンターを出た穂乃果は、即座にジムに向かう。

 スタスカジムと違い、プランターに植物が植えてある。

「おお、何か花陽ちゃんぽい! ごめんくださーい。花陽ちゃーん!」

 声をかけつつ、穂乃果は扉に力をかける。

「……あれ? 開かない?」

 が、扉は微動だにしない。

「ぐぬぬ……!」

 押したり引いたりするが、開く気配は無い。

「いないのかな……。どうしよう……」

 穂乃果が途方に暮れてジムの看板を見上げていると、

「スモーファウンジムに何か用?」

「!」

 振り返ったそこには、十歳ちょっとの少年。

「あ、うん。君は?」

「おれはスモーファウンジムの専属トレーナーだ!」

「へー。そうなんだ。凛ちゃんに聞いて、花陽ちゃんに挑戦しに来たんだけど……」

「スタスカのジムリーダーから? まあ仲良いもんな。──でも残念だったね。今はいないよ」

「え? じゃあどこにいるの?」

 穂乃果の問いに、少年はニヤリと笑う。

「教えてやってもいいけど……タダはダメだな。──ジムに挑戦するなら、その資格を試させてもらうぜ! おれと勝負だ!」

 ボールを取り出した少年に、穂乃果も応える。

「分かった!」

「行くぜ! コラッタ!」

「コル!」

「コラッタか……。やっぱりノーマルタイプなんだね。よーし! ──ヨーテリー、ファイトだよっ!」

「テリー!」

「コラッタ、たいあたり!」

 コラッタは小さい体で、ヨーテリーに接近。

「よけて!」

 それをヨーテリーは、危なげなく回避。

「よーし! ついさっき新しく覚えた技、──かみつく!」

「テリーッ!」

 側面から攻撃がぶつかる。

「コラァッ!」

 地面を滑ったコラッタは、ひとまず立ち上がる。だが、

「コル……」

 前脚が震え、相手から目を逸らす。

「ひるんだのか!?」

「かみつくの追加効果! チャンスだよ! たいあたり!」

「テリー!」

 動けないコラッタに、ヨーテリーがぶつかる。

「ああ!」

 少年の叫び声も虚しく、コラッタは倒れた。

「やった! 勝った! さあ次のポケモン!」

 その言葉に、少年は叫ぶ。

「いねーよ! おれはまだ一匹しか持ってないんだよ!」

「あ、そうなの? ──じゃあ穂乃果の勝ちだね!」

「ぐ……、でもそうだな。挑戦くらいはしてもいいんじゃねーか?」

「ホントに? ありがとう!」

 生意気な口調が消えない少年に、穂乃果は素直に礼を言う。

「はぁ……。──ジムリーダーは、この先にある田んぼにいるよ」

「田んぼ?」

「知らないのか? ──スモーファウンは、有名な米作りの町だぞ」






 少年に言われた通りしばらく進むと、緑一色の田園風景が広がった。

「ひゃー、凄いや。そっか。今は田植えの時期なんだ。──お?」

 辺りを見渡していた穂乃果は、やや離れた所に見知った後ろ姿を発見した。

「あれって……」

 近づいてみると、

「はあ~……っ! やっと田植えの季節だねぇ……! あと半年で美味しいお米が……♪ 待、ち、遠しい……!」

 などと怪しく呟くその姿は間違いなく、

「あはは……やっぱり花陽ちゃんだ……。──おーい、花陽ちゃーん」

「は、はいっ!?」

 真後ろから話し掛けられた花陽は、ビクッ、と背すじを伸ばす。

「え、えっと……?」

「私、穂乃果! 花陽ちゃんジムリーダーなんでしょ? 挑戦しに来たんだ~」

「あ、そうだったんですか……」

「凛ちゃんにも言われたんだ! ほら!」

 穂乃果はバッジケースを見せる。

「あ、スターバッジ……。凛ちゃんに勝ったんですね。おめでとうございます」

「うん! ありがとう! ──それで、次は花陽ちゃんに挑戦、って思って」

「分かり、ました。準備をしておくので、少ししたら来て下さい」

「うん!」

 花陽を見送った穂乃果は、

「よし、もうちょっと特訓しよう! ──皆、出てきて! ファイトだよっ!」





「──それでは、スモーファウンジムリーダー・花陽VSチャレンジャー・穂乃果のバトルを始めます。ジムリーダーの使用ポケモンは二体。チャレンジャーに制限はありません。なお、チャレンジャーにのみポケモン交替が認められます」

「よーし、頑張るよー!」

「私……負けません!」

 それぞれ一匹目のモンスターボールを手に取り、

「──バトルスタート!」

 と同時にポケモンを繰り出す。

「エイパム、頑張って!」

「ヨーテリー、ファイトだよ!」

 お互いのポケモンが対峙する。

「ヨーテリー、たいあた──」

「ねこだましです!」

 穂乃果の指示を遮って、花陽の声が飛ぶ。

「エパッ」

 エイパムが、今まさに動こうとしていたヨーテリーの頭を尻尾で叩く。

「テリッ!?」

 突然の事に、ヨーテリーは目を白黒させる。

「そのままひっかく!」

「エパッ!」

 たまらず倒れるヨーテリー。

「ヨーテリー! 大丈夫?」

「テリー!」

「よーし、かみつく!」

「テリッ!」

「エパ……ッ」

 反対にエイパムが吹っ飛ぶが、綺麗に着地。

「ヨーテリー、たいあたり!」

「エイパム、スピードスター!」

「エパエパエパッ!」

「テリ……ッ!」

 ブレーキ間に合わず、突貫を仕掛けていたヨーテリーは、飛んでくる星の渦に自ら突っ込んでしまう。

「ヨーテリー!」

「ヨーテリー、戦闘不能! エイパムの勝ち!」

「あぁ……」

「勝ちましたぁ」

 ふわんと喜ぶ花陽。

「まだまだ! 頑張れスボミー!」

 穂乃果はめげず、スボミーに指示を飛ばす。

「スボミー、すいとる!」

「ボミー!」

「エパ……!」

 体力を吸われ、エイパムは態勢が崩れる。

「今だ! はっぱカッター!」

「エイパム!」

 とっさに動けなかったエイパムに、草の刄は襲い掛かる。

「エイパム、戦闘不能! スボミーの勝ち!」

 審判の旗が上げられ、花陽は一瞬肩を落とす。

「エイパム、お疲れさまです。頑張ってくれました」

「よーしスボミー、このまま行くよー!」

「ボミー!」

 そのやり取りに花陽は微笑み、

「スボミー、強いですね」

「だよね! 花陽ちゃんのエイパムも強かったよ!」

「ありがとうございます。──でもまだ、終わってません!」

 花陽は次のボールを掴むと、

「お願いします、タブンネ!」

「ブンネ!」

 登場したその姿に穂乃果は、

「あ、可愛いね!」

「ありがとうございます。でも、可愛いだけじゃありません! ──さっそくいきます! トライアタック!」

「ブーンネッ!」

「な、何それ!?」

 タブンネが打ち出した三角形の光線に穂乃果は面食らい、

「ボミッ……!」

 その間にスボミーに直撃する。

「スボミー!」

「初めての事でも、驚いてはいけないんです。バトルですから」

「そっか……。花陽ちゃんも凄いなぁ……。──スボミー、大丈夫?」

「ボミ!」

 ひっくり返ったスボミーは起き上がった。が、

「ボ、ボミ……!?」

 思うように動けない。動こうとするのだが、要所要所で動きが止まる。

「まさか……まひ!?」

「そうです。トライアタックは、相手をまひ、やけど、こおり状態のどれかにする事があるんです」

「そ、そんな……。スボミー、大丈夫!?」

「ボ、ボミ!」

 意気込むスボミーだが、その動きは鈍い。

「タブンネ、もう一度トライアタック!」

「ブンネ!」

 再び三角形の光線が撃ち出され、

「スボミー、よけて!」

 穂乃果が指示を飛ばすが、逃げ切れずに食らってしまう。

「スボミー! ──そうだ。すいとるで回復だよ!」

「ボミー!」

 即座に動いたスボミーのすいとるが決まったが、

「ブンネ♪」

「うそ……全然効いてない……」

 タブンネの体力には影響が見られない。

「タブンネは体力が多いんです。そう簡単には倒れません」

 花陽は得意げに言う。

「どうしよう……。次攻撃されたら危ないし……ヒトカゲに交代──」

「ボミッ!」

 穂乃果の声を遮って、スボミーが声を上げる。

「スボミー……?」

 スボミーは必死に振り返り、穂乃果を見つめる。

「……闘いたいの?」

「ボミ!」

 スボミーの真剣な眼差しを受け止めた穂乃果は、ぐっと拳を握る。

「分かった! 頑張れスボミー!」

「ボミッ!」

 表情を明るくしたスボミーは、次に決意の表情でタブンネに向かって一歩踏み出した。

 ──その瞬間、

「え、な、何!?」

 スボミーが光に包まれた。

「ボミ……」

「スボミー、どうしちゃったの!?」

 慌てる穂乃果に、

「これは……!」

 花陽が呟く。

「進化です!」

「進化?」

 穂乃果が、すっかり原型が分からなくなったスボミーを見る。

「──リアー!」

「す、スボミーが……」

 穂乃果がポケモン図鑑を確認すると、

「ロゼリア……」

 スボミーの進化系、と説明される。

「凄い! 凄いよスボミー! ……じゃなかった。ロゼリア!」

 拳を振る穂乃果。

「よーし、頑張るよー!」

「リア! ──リ……」

 意気込んだロゼリアだが、すぐに動きが鈍る。

「う……進化してもまひは治らないのか……」

 穂乃果の途方に暮れた声に、無理矢理に体勢を整えたロゼリアは、

「リ……リアーッ!」

 一つ吠えて自身を緑色のベールで覆った。

「こ、今度は何!?」

 再度驚く穂乃果の前で、

「リアー!」

 ロゼリアは健康な姿で直立した。

「これは……アロマセラピー……!」

「アロマセラピー!? って……何?」

「味方の状態異常を全て回復する技です! どんなに有利にバトルを展開しても、たちまち元に戻してしまう……サポートとしては最高すぎる技なんです!」

「は、花陽ちゃん……?」

 熱く語る花陽に、理解しつつも若干引く穂乃果。

「でもそっか……。アロマセラピーを覚えたんだね!」

「でも、体力までは回復できません! 消耗した今なら、たとえ進化しても……。──トライアタック!」

「ブーンネ!」

 無慈悲にも三撃目が放たれる。

「ロゼリア、よけて!」

「リアッ!」

 ロゼリアは俊敏な動きで攻撃を躱す。

「早い……! スボミーの時より、素早さが上がっているんですか……!」

「よーし、少しでも回復するよ! すいとる!」

「リアッ!」

 ロゼリアがタブンネから体力を吸い取る。

「すいとるは大したダメージには──」

 口を開いた花陽の前で、

「ブンネ……」

 タブンネの足元がふらつく。

「うそ……」

「リアーッ!」

 対照に元気に腕を振るロゼリア。

「このダメージ……メガドレイン!? 技まで進化したの!?」

「凄すぎるよロゼリア! もう一回メガドレイン!」

「リア!」

「ブ、ブンネ……」

「た、タブンネ!」

「よーし、ロゼリアたいあたり!」

 すっかり回復したロゼリアは、タブンネ目がけて思い切りぶつかる。

 さすがに吹っ飛ばされはしなかったが、タブンネはヨロヨロと後退すると、

「ブンネ……」

 そのまま倒れた。

「タブンネ、戦闘不能! ロゼリアの勝ち! よってこの勝負、チャレンジャー・穂乃果の勝ち!」

 審判の旗が振られ、穂乃果の勝利が宣言される。

「やった! 勝ったよ! ありがとうロゼリア!」

「リアー!」

「負けちゃったぁ……。穂乃果さん、強いなぁ……」

 花陽は一瞬へたりこんだが、

「おめでとうございます」

 喜び続ける穂乃果に歩み寄る。

「あ、花陽ちゃん」

「穂乃果さんには、このフラワーバッジを差し上げます」

 花陽が差し出したバッジを、穂乃果は受け取る。

「ありがとう! 花陽ちゃんも強かったよ!」

「ありがとう……ございます」

 すると穂乃果は、ふと思案顔。

「ねぇ、花陽ちゃん、敬語はやめようよ! 先輩禁止、だよ!」

「え、でも……」

「凛ちゃんだって、そうだったよ?」

「そっか……。凛ちゃんなら……」

「花陽ちゃんのポケモンに対する想い、伝わってきた! だから──」

 穂乃果は、笑顔で手を差し出す。

「──うん! 穂乃果ちゃん!」

 花陽も、微笑みを湛えてその手を握る。

 激闘を繰り広げた二人は、固く握手を交わした。





「──穂乃果ちゃんには、これも」

「これは、わざマシン〈トライアタック〉。攻撃と同時に、やけど、まひ、こおりの状態異常のどれかにする事があるの」

「ほぇー、やっぱり凄い技だね」

「これからも、頑張ってね!」

「うん! ──で……、次はどこに行けばいいのかなぁ?」

「決めてないの!?」

「うん。この辺、あんまり詳しくなくて……。あはは……」

 この辺、とはカイトゥーン地方全体を指す穂乃果だが、今の花陽には分からず、

「ここからジムがある近い町というと……アロリームシティ、かな?」

「それってどこにあるの?」

「うーんと……とりあえず、外で教えるね」

 穂乃果と花陽はジムを出ると、町の入り口付近へやってきた。

「スモーファウンタウンの入り口は、別れ道になってるの。右の道を行くと、凛ちゃんのいるスタスカシティで、左の道を行くとアロリームシティだよ」

「あれ? こっちにもスモーファウンフォレストって書いてあるよ?」

 標識を確認した穂乃果が、疑問の声を上げる。

「スモーファウンフォレストには、二つの道があるの。穂乃果ちゃんが通ってきたのは西側で、アロリームに繋がるのは東側だよ」

「そうだったんだ。ありがとう!」

 穂乃果が礼を言ったその時、

「──かーよちーん!」

 西側から、こちらに向かって手を振る人物を見つけた。

「凛ちゃん?」

「あ、穂乃果ちゃんも一緒だ。もしかしてもうバトルしたの?」

「うん! ほら!」

 穂乃果はバッジケースを開いてフラワーバッジを見せる。

「わぁ、かよちんでも適わないなんて、穂乃果ちゃん凄いにゃ!」

 凛が飛び跳ね、

「うん。強かった」

 花陽も頷く。

「そ、そんな。褒めすぎだよ。あはは……」

 穂乃果は照れて頭をかくが、花陽の興味はすぐに移る。

「それより凛ちゃん、どうしてここに?」

「あ、そうそう。二人に伝えておく事があるのにゃ」

「私たちに?」

「この前の……オリジン団だったかにゃ? 町の人が調べてくれたんだけど、実はカイトゥーンの色んな所にいるみたいなのにゃ。ポケモンを盗ったりもするみたいだから、気を付けるにゃ!」

「穂乃果もこの前、森で捕まってたスボミー──今はロゼリアだけど……助けたんだよ! あの時は穂乃果もちょっと怒った!」

「そんな人たちがいるんだ……。気を付けようね!」

「うん!」

「にゃ!」









 花陽達と別れた穂乃果は、再びスモーファウンフォレストへ。

 こちらも道は整備されて歩きやすいが、

「そこのトレーナー、勝負だ!」

 その分人通りも多い。当然、トレーナーも。

「お前を倒して、スモーファウンジムへの勢いつけるぜ! ──いけ、ジグザグマ!」

「よーし! ヒトカゲ、ファイトだよっ!」

「カゲー!」

「ジグザグマ、たいあたり!」

「ヒトカゲ、ひのこ!」

 突っ込んできたジグザグマは、自分から食らいにいってしまう。

「なんのまだまだ!」

「ジグー!」

 元気に起き上がったジグザグマに、

「ヒトカゲ、ひっかく!」

「カゲッ!」

 強烈な一撃が入った。

「ザグ……」

 倒れたジグザグマに、トレーナーは半ば呆然としている。

「今の……ひっかくじゃないよな……?」

「え? 違うの?」

「今のは……メタルクローだ!」

「じゃあヒトカゲ、メタルクローを覚えたんだね! 凄い! 凄いよヒトカゲ!」

「カゲ!」

「くっそー! 次は負けないからな!」

「穂乃果だって!」

 走り去っていく少年を見ながら、穂乃果はぐっ、と拳を握る。

「私もポケモンも、もっともっと強くなれる……。頑張らなくちゃ!」





その後もバトルを重ねた穂乃果は、アロリームシティに到着した。





 アロリームシティに穂乃果が最初に抱いた感想は、

「大っきい……」

 だった。スタスカも規模はそこそこだったが、ここはそれ以上。道行く人々も、若者が目立つ。

「えーっと、ポケモンセンターは……ジムはどこだろ……」

 キョロキョロと辺りを見渡していると、

「お、穂乃果じゃん」

「久しぶり~」

「ジムはどうだったの?」

「ヒデコ! フミコ! ミカ!」

 ヒフミの三人と出くわした。

「アロリームに来てたんだ」

「うん! 今着いたところだよ!」

「旅は順調?」

「うん! バトルにも慣れてきたよ!」

「て事は、スモーファウンジムは?」

「うん! なんとか勝てたよ!」

 三人の質問に次々答える穂乃果。

「穂乃果の事だから、すぐに諦めちゃうかと思ったけど……やるじゃん!」

「分からない事ばかりだけど……。あはは……。──と、そうだ。ねえ、アロリームジムってどこ? 私全然分からなくて」

 その質問に、ヒデコは肩を落とす。

「ホント相変わらずね……」

「ジムはこっちにあるけど……」

「先にポケモンセンター行った方がいいんじゃない?」

「あ、そっか! ここまで、結構トレーナー多くて大変だったよー」

 ヒフミにポケモンセンターを案内され、穂乃果はポケモンを回復してもらう。

 ポケモンセンターを出た四人は、そのままアロリームジムへ向かう。

「アロリームジムはエスパータイプの使い手だよ」

「エスパータイプかぁ……。相性がいいポケモン、全然いないよ……」

「大丈夫だって。スモーファウンは知らないけど、リオルにヒトカゲで勝ったじゃん」

「そうだよ! 相性なんて関係ないよ!」

「そっか……。そうだよね!」

 そうヒフミに励まされる内に、ジムの前に到着。

「う……三回目だけど、やっぱり緊張する……」

 穂乃果は一度深呼吸すると、

「ジム戦お願いしまーす!」

 扉を開けた。

 そこにいたのは、

「──にっこにっこにー!」

「にこちゃん!?」

「にっこにっこにー! ──はい、アンタもやる」

 アロリームジムリーダー、にこは穂乃果を指差す。

「まったく……こんなキャラ作りもできないのに、ジム戦なんて「にっこにっこにー!」百年早──って躊躇ないわねアンタ……」

 即座ににこにー返しをした穂乃果に、やらせておいてにこは一歩引く。

「だってにこちゃんだもんね!」

「どういう意味よ!」

「そんな事より、バトルしようよ!」

「にこにとっては重要な事よ!」

 ひとしきりツッコんだにこは、

「おかしい……! ペースが掴めない……!」

 一人頭を抱える。

「ねーにこちゃーん」

「うるさい! 今それどころじゃないのよ!」

「え? どうして?」

「タイミングが悪いのよ! この忙しい時にジム戦とか、考えなさいよ!」

「ご、ごめんなさい」

 吠えたにこに、とりあえず穂乃果は頭を下げる。

「で……何が?」

「アンタ、何も知らないのね……。──コンテストよ」

「コンテスト?」

「そ。ポケモンコンテスト。今からそれが始まるから、そっちに行くの。だからジム戦なんかしてる場合じゃないの。分かった?」

 にこが言い放った言葉に、一応頷いた穂乃果。だが当然表情は納得せず、それを言葉にしたのはヒフミの三人だった。

「けど……」

「ジムリーダーなのに……」

「ジム戦放棄は……」

「……何よ」

 そこへにこの睨みが飛ぶ。

「ポケモンコンテストの魅力が分からないなら、仕方ないわね。どうしても私を納得させたいなら、アンタ達もコンテストに出てみなさいよ。それで上位に食い込めるなら、考えてやってもいいわよ?」

「それって結局、コンテストに行くって事じゃ……」

「…………」

 ヒデコの言葉に、にこは黙る。

「──分かった!」

 そして唐突に叫ぶ穂乃果。

「な、何がよ?」

「私も出ればいいんだね! コンテストに!」

「は、はあ!?」

 にこはあんぐりと口を開ける。

「素人がまともなパフォーマンスをできるわけが──」

「大丈夫! ライブみたいなものだよね!」

「アンタ、人の話聞かないわね……」

 にこが額を押さえ、

「大体、そう簡単に出られるワケが──」

「あー……私の友達のお父さんがディレクターやってるから、頼めば出られるかも」

「……は?」

 ミカが控えめに手を上げる。

「ホントに!? ──よーし! コンテスト、頑張るぞーっ!」

 本格的に開いた口が塞がらないにこと、対照的に元気に腕を振り上げる穂乃果。

「ね、ねぇ、じゃあ私も……」

「あーごめんなさい。飛び入り二人はさすがに……」

「何でよ!」



『──さあー、ついにこの時が来ましたポケモンコンテスト! 最高のパフォーマンスで優勝を掴み取るのは、果たして誰だーっ!』

 マイク片手のハイテンションな司会により、出場選手が紹介されていく。

「最後に、なんと飛び入りの参加者! フォルリーフタウン出身、穂乃果選手とヒトカゲ!」

「ど、どうもー……」

 いかな穂乃果といえど、飛び入り、という観客の期待の目は痛い。

『さあまずは規定演目です!』

 その声を聞きながら、穂乃果はオトノキ地方のポケモンコンテストは、エントリーしたポケモンと一緒に、決められたお題で演じる規定演目、自由に演じる個性が試される自由演目からなる、というにこの言葉を思い出していた。

「やっぱり、にこちゃんはにこちゃんだ!」

 穂乃果はそう呟きながら、規定演目に臨んだ。



 ──決して物覚えがいいとはいえない穂乃果にとって、その場で伝えられるお題をこなす規定演目は、苦手と言えた。

 だがそれを持ち前の明るさで乗り切ると、続いて自由演目。

「自由演目、穂乃果どうするんだろ」

「さっきはちょっと怪しかったけど……」

「大丈夫かなぁ……」

 観客席で見守るヒフミは心配げな表情をし、

「……ふん。まあまあね」

 ムスッとしたにこは、それでもコンテストを楽しんでいた。

「それではエントリー№8、穂乃果さんの自由演目です!」

 ヒトカゲと共に元気よく飛び出した穂乃果は、

「実は私、コンテストとか初めてで……よく分かりません!」

 そんな事を言いだす。

「……はあ?」

 にこを含め観客は怪訝な表情を浮かべる。

『おおっと穂乃果さん、これはどうしたのでしょうか』

「だから……、──歌います!」

 そう言って穂乃果は目を閉じると、息を吸い込む。

「“だって、可能性感じたんだ。そうだ進め~。後悔したくない目の前に、僕らの道がある~”」

 突然響いた歌声に、観客のざわめきはピタリとやむ。そしてヒトカゲは、歌声に合わせて小さくステップを踏む。

「──“Let's Go!”」

 そう穂乃果が右腕を振り上げたその瞬間、

「カゲーッ!」

 ヒトカゲが光に包まれた。

「え、これって……」

 穂乃果、観客が注目する中、ヒトカゲは、

「──ザード!」

『な、ななななななんとぉ! 穂乃果さんの歌声に応えるかのように、ヒトカゲがリザードに進化したぁぁぁっ!』

「リザード……?」

「ザード!」

 進化したリザードは、穂乃果に向き直る。

「…………」

 しばらく黙った穂乃果は、みるみる笑顔になる。

「凄い! 凄いよリザード! ──よーし、このまま行っくよー!」

「ザード!」

 そのままススメ→トゥモロウを歌い切った穂乃果は、降り注ぐ拍手におじぎをした。

 ──穂乃果が優勝したのは、言うまでもない。





 優勝のリボンを片手にコンテスト会場から出た穂乃果を、

「優勝おめでと!」

「凄かったよー!」

「感動しちゃった!」

「……ふんっ」

 笑顔のヒフミと仏頂面のにこが出迎えた。

「ありがとう! でも、本当に優勝できるとは思わなかったな……」

 苦笑いを見せた穂乃果に、

「ヒトカゲが進化したのは、穂乃果との絆じゃない?」

「そうそう! ヒトカゲが穂乃果の気持ちに応えたんだよ!」

「仲良さそうだもんね!」

 ヒフミは称賛の雨を降らせる。

「そっか……。そう言われると、そんな気がしてきた!」

 ひとしきり喜んだ穂乃果は、

「…………」

 無言で腕を組むにこに向き直る。

「にこちゃん!」

「……何よ」

「優勝したよ! これでジム戦してくれるよねっ!」

 屈託ない穂乃果の言葉に、

「……はぁ。そうね」

 にこは複雑な気持ちで肯定する。

「よしっ! ──じゃあポケモンセンター行ったら、挑戦しに行くね!」

「……好きにしなさい。──ただし!」

 にこは穂乃果にビシッと指を突き付けると、

「コンテストで優勝できたからって、私に勝てるとは思わない事ね!」

「……うん。分かった!」

 真剣に頷いた穂乃果は、ポケモンセンターへ駆けていく。

「……何なのよ。あの穂乃果っての……」

 ペースを狂わされっぱなしのにこは、力なく指を下ろした。





「──それでは、アロリームジムリーダー・にこVSチャレンジャー・穂乃果のバトルを始めます。ジムリーダーの使用ポケモンは三体。チャレンジャーに制限はありません。なお、チャレンジャーにのみポケモン交替が認められます」

 あれから小一時間。穂乃果はようやくジム戦を叶えた。

「よろしくね、にこちゃん!」

「ジムリーダーに馴々しいわよ!」

「でも、にこちゃんジムリーダーっぽくないし」

「ジムリーダーじゃなきなゃなんなのよ!」

「んー、子供?」

「どういう扱いよ!」

 そんなやり取りが続いた後、

「えー……、両者、ポケモンを出して下さい」

 審判がツッコんだ。

「まったく調子狂うわね……。──行きなさい、バリヤード!」

「バリー!」

「あのポケモンは……」

 ポケモン図鑑を取り出した穂乃果。

「エスパータイプか……。それなら! ──ヨーテリー、ファイトだよっ!」

「テリー!」

 穂乃果が繰り出したポケモンを見て、ヒデコは首を傾げる。

「何でヨーテリー?」

「あ、確かヨーテリーって、かみつくを覚えるんじゃなかった?」

「そっか。悪タイプの技は、エスパータイプに効果抜群……」

 自信ありげにヨーテリーを選択した穂乃果を見て、

「「「成長したね……」」」

 感慨深く呟くヒフミ。

「よーしヨーテリー、すなかけ!」

 ヨーテリーの巻き上げた砂が、バリヤードにかかる。

「バリ……」

 バリヤードは慌てて顔を覆い、

「今だよ! かみつく!」

「甘いわね。──リフレクター!」

「バリー!」

「テリッ!?」

 確かに直撃したヨーテリーの攻撃は、その半分ほどが不可視の壁に阻まれた。

「な、何で!?」

「リフレクターはね、相手の物理攻撃を半減する効果があるのよ!」

「そんな……これじゃダメージが入らないよ……」

「トレーナーの迷いは致命的よ! バリヤード、ねんりき!」

「ヨーテリー!」

 直撃をもらってしまったヨーテリーは、かなりのダメージを受けて吹っ飛ばされた。

「大丈夫!?」

「テリー! ──……ッ」

 気丈に立ち上がるが、ダメージは深刻。

「交替した方が……でも、ヨーテリーはやる気だし……」

 穂乃果は一瞬ヨーテリーを見やると、

「……よし。──行くよヨーテリー!」

「テリー!」

「替えないの? そのヨーテリー、立っているだけで精一杯よ?」

 にこの得意げな笑顔に穂乃果は、

「大丈夫! 私はヨーテリーを信じてるから!」

 同じく笑顔をぶつける。

「テリーッ!」

 ヨーテリーが一際大きく鳴くと、

「え、ちょ、ちょっと! これって……!」

 ヨーテリーの体が、光に包まれた。

「進化だ!」

「はあ!? ちょっと穂乃果! アンタさっきヒトカゲを進化させたばかりじゃ……!」

「凄い! 凄いよヨーテリー!」

「人の話聞きなさいよ!」

 そんなやり取りの間に、

「ワウッ!」

「あれは……ハーデリア!」

 ポケモン図鑑を確認した穂乃果が、歓喜の声を上げる。

「…………」

 しばらく呆然としていたにこは、

「ふ、ふん。いくら進化したからって、ダメージは回復しないわ。穂乃果がピンチなのは同じよ!」

「うっ、そうだった……。ロゼリアみたいに回復技はないし……。どうしよう……」

「ワウ!」

 ハーデリアは、決意の眼差しで穂乃果を見る。

「ハーデリア……。うん、分かった。──行っけぇぇっ!」

「ワウゥッ!」

 ハーデリアは、バリヤードへ向かって突貫を仕掛ける。

 その尋常でない気迫と勢いに、

「バリ……!?」

 動けないバリヤードは食らうがままとなる。

「バリヤード、戦闘不能!」

「って何よ今の威力は!」

「今の技……すてみタックルだよ!」

「ノーマルタイプ最強クラスの技じゃん!」

「あ、でも待って……? すてみタックルって確か、自分にも反動ダメージが……」

 ヒフミの声に喜びかけた穂乃果は、慌ててハーデリアへ視線を向ける。

「ワウ……」

 それまでなんとか立っていたハーデリアは、こらえ切れずに倒れてしまった。

「ハーデリア、戦闘不能! よってこの勝負、引き分け!」

「最後の力を振り絞った攻撃だったんだ……。──お疲れさま、ハーデリア」

 ハーデリアをモンスターボールへ戻した穂乃果は、優しく労いの言葉をかける。

 一方、にこもバリヤードへ労いの言葉をかけると、

「やるじゃない。ヒトカゲの進化も、あながちまぐれじゃなさそうね」

「いやぁ、あはは……」

「照れてんじゃないわよ……」

 軽く肩を落としたにこは、

「行きなさい、ゴチミル!」

「チミル!」

「これもエスパータイプか……。じゃあ……」

 ポケモン図鑑の代わりに穂乃果が掴んだのは、

「リザード、ファイトだよっ!」

「ザード!」

「ゴチミル、サイコウェーブ!」

「チミー!」

「いきなり!? リザード、よけて!」

「ザード!」

 ギリギリで回避したリザードに、

「リザード、メタルクロー!」

「甘いわね。かげぶんしん!」

「えっ、ゴチミルがいっぱい……」

「ザ、ザード!」

 やみくもに攻撃するが、本物には当たらない。

「リザード落ち着いて! ……そうだ! ──リザード、回りながらひのこ!」

「ザード!」

 リザードはその場で回転しながら、火の粉を吐き出す。

 放射状に広がった火の玉は、全ての分身に当たる。

「チミーッ!」

 当然、本物にも。

「そこだ! メタルクロー!」

「ちょ、そんなのアリ!? ──ゴチミル、みらいよち!」

「チミルッ!」

 ゴチミルが攻撃モーションをとったのと、リザードの攻撃が届くのは同時だった。

「ゴチミル、戦闘不能! リザードの勝ち!」

「……リザード、平気? 攻撃、食らわなかった?」

「ザード!」

 リザードにこれと言ったダメージは目立たず、ひとまず穂乃果は安心する。

「──どう? にこちゃん!」

「まだバトルは終わってないわよ! ──行きなさい、サーナイト!」

「サナ!」

「サーナイト……。何か強そう……」

「ふふん、どう? にこに似て綺麗なポケモンでしょ」

 手でサラリとツインテールを流したにこに、穂乃果は、

「あー……うん。そうだねー……」

「ちょっとは心を込めなさいよ!」

 にこのツッコミはスルーしてたたずむサーナイトを見て、

「でも実際、どう闘おう……」

 穂乃果は戦略に悩む。

「穂乃果ー! 分からない事考えるなー!」

ヒデコからそんな声が飛ぶ。

そ、そっか。よーし……リザード、ひのこ!」

「サーナイト、ひかりのかべ!」

 サーナイトに向かった火の玉は、その半分ほどが霧散してしまう。結果、サーナイトにダメージは見られない。

「そんな……」

「ふふん、ひかりのかべは、特殊攻撃を半減するのよ!」

「リフレクターの逆バージョン、みたいな感じ?」

まあそうね。上手い事考えるじゃないーーって敵に訊くんじゃないわよ!」

「ご、ごめん……。って、にこちゃんのせいじゃん!」

「うるさいわよ!」

「ザード……」

「サナ……」

 リザードとサーナイトも、お互いのトレーナーの応酬に呆れを隠さない。

「よーし、リザード、メタルクロー!」

「サーナイト、サイコショック!」

「サナ!」

 念力の粒が、リザードを襲う。

「な、何今の技!」

 立ち上がったリザードに安堵しつつ、穂乃果は驚く。

「ふふん、サイコショックは、相手に物理ダメージを与える技よ。特殊攻撃が得意なサーナイトなら、意表をつけるのよ!」

「そんな技があるなんて……。ーーでも大丈夫! こっちには秘密兵器があるもん!」

「秘密兵器?」

 これには、にこのみならずヒフミも首を傾げる。

 穂乃果はすっ、と息を吸い込むと、瞳に光を宿す。

「凛ちゃん……ありがとう。ーーローキック!」

「ザード!」

「サナ……ッ!」

 効果は今一つながらも、低い回し蹴りが決まりサーナイトはよろめく。

「落ち着いて、サーナイト! サイコショック!」

「っ……当たらない……!」

 リザードに苦もなく躱される。

「今の技……スタスカジムで使ってた……」

「相手の素早さを下げる技!」

「そっか……リザードが早いんじゃなくて、サーナイトが遅くなったんだ……」

 ヒフミが呟く間に、リザードはサーナイトに肉薄。

「メタルクロー!」

「ザード!」

 鋼鉄の如き爪は、確かにサーナイトに届く。

「サーナイト、戦闘不能! リザードの勝ち! よってこの勝負、チャレンジャー・穂乃果の勝ち!」

 審判の旗が振られるのを確認すると、にこはやれやれと首を振った。

「何でこんなのに負けたのか……。分からない事が、にこの敗因かもしれないわね。ーーおめでとう、穂乃果」

「あ、にこちゃん」

 リザードに抱きついていた穂乃果が、にこを見る。

「これが、アイドルバッジ。このジムを制覇した証になるわ」

「うん!」

「それと、このわざマシンも。ーー中身は〈サイコショック〉。効果は、さっき話した通り。特殊攻撃だけど、与えるダメージは物理よ」

「ありがとう!」

「凛のローキックを使いこなせた穂乃果なら、きっと大丈夫ね」

「うん! 頑張る!」

 元気よく頷いた穂乃果は、

「ねぇ、にこちゃん」

「何よ?」

「にこちゃんは、アイドルが好きなんだよね? だから、コンテストを観てるんだよね?」

「……そうよ。それがどうしたのよ」

「じゃあ、どうしてジムリーダーをやってるの? 私がやったみたいに、コンテストに出て、歌って、踊って、楽しもう! って思わないの?」

 その問いに、にこの瞳が一瞬揺らぐ。それが動揺なのか、別の何かなのか、穂乃果には分からない。

「そうね。正直、何でこんな事してるんだろう、って思った事はあるわ。コンテストに出て、お客さんを笑顔にできれば、それでいいと考えた事も」

「じゃあーー」

「でも違うの。確かに、にこはコンテストが好き。ーーでも、それと同じくらい、ポケモンも好きなの。コンテストだって、ポケモン無しには成り立たない。さっきの穂乃果だって、ヒトカゲが進化しなかったら、優勝はできなかったでしょ?」

「それは……」

「にこはね、ポケモンと一緒にいたいの。一緒に頑張って、一緒に笑って、一緒に泣く。ーーだから私は、コンテストよりジムを選んだの」

「にこちゃん……」

「何でもいい、どっちでもいい、っていうのは甘えよ。ーーコンテストの世界で活躍しようとか考えてるなら、ジム制覇は諦めなさい」

「……分かった。私は、ジムを巡る! そしてポケモンリーグに挑戦する!」

 そう宣言した穂乃果に、にこはふ、と力を抜く。

「穂乃果なら、そう言うと思ったわ。闘って、そう感じた」

「にこちゃん、ありがとう!」

「はいはい、調子いいんだから……。ーーいい? 次のジムがあるのは、ウェスリードシティ。凄く大きな町よ」

「えっ? アロリームもかなり大きいよ?」

「それ以上なの。カイトゥーン地方最大ね」

「そうなんだ……」

「絶対負けんじゃないわよ!」

 にこなりのエールを受け取った穂乃果は、

「うん。約束する!」

 力強く頷いた。





「ーーウェスリードシティへは、ウテックス山を抜けるの」

 出発の少し前、ヒフミが教えてくれる。

「ウテックス山?」

「カイトゥーン地方にそびえる山の事。ーーほら、あれ」

 ヒデコが指差した先には、フォルリーフから見え続けていた巨大な山。標高二千メートルはあるだろうか。

「……って、いくら穂乃果でも知らないわけないか」

「そ、そうだよねー……」

 適当に話を合わせる穂乃果。

「ウェスリードへ抜ける道は、別名『麓の洞窟』。基本一本道だし、長さも大した事ないから、抜けるのは難しくないハズだよ。ただ……」

 ミカが身振りを加えて説明してくれる。

「あと、私たち三人から穂乃果へ、エールの意味を込めてこれを」

 フミコが差し出したのは、何かのわざマシン。

「これは?」

「これは特別なわざマシン、ひでんマシンだよ。地方によって種類が違ったりするけど、この中には〈フラッシュ〉が入ってる」

「『麓の洞窟』は、凄く暗いの。電気を通せないからなんだけど……真っ暗で危ない。そこで、この技! 使えば、全部は無理でも、自分の周りくらいは明るくできるわ。懐中電灯を持って行ってもいいけど、こっちの方が楽よ。ポケモンに覚えさせて使ってね」

「そんな技があるんだ……。ありがとう!」

 笑顔で礼を言った穂乃果は、それから右を見る。

「……普通のトレーナーが〈フラッシュ〉を使うには、アイドルバッジが必要になるのよ。許可証みたいなものね」

 一応見送りに来たにこが、補足で説明する。

「そっか……。じゃあ、にこちゃんのおかげでもあるんだね! ありがとう!」

「そ、そんなのいいから、さっさとチャンピオンになって帰ってきなさい。そしたらまた、バトルしてあげてもいいわよ?」

「うん、頑張る!」

 町から踏み出した穂乃果は、

「みんなー! 色々ありがとー!」

 振り返って大きく手を振った。





「ーームクバード、つばさでうつ!」

「リキー!」

「わ、ワンリキー!」

 倒れ伏したワンリキーに、ムクバードは鬨の声を上げる。

「やった!」

 穂乃果は悔しがるトレーナーを尻目に、翼を羽ばたかせてホバリングするムクバードを見る。

「ついにムックルも進化……。これなら、次のジムだって負けないよね!」

 順調にバトルと勝利を重ねた穂乃果は、ようやく『麓の洞窟』に到着した。

「うわぁ〜……」

 文字通り山の麓なので、穂乃果は目の前にそびえ立つウテックス山を見上げる。

「穂乃果、あんまり山とか見た事ないけど、これは高いなぁ……」

 そう呟いてから、やや右側に大きな空洞を発見した。

 ここが入り口という旨の看板がある。

「ここが……」

 黒々と広がる入り口前に、穂乃果は少し怯む。

「だ、大丈夫! やろうと思えば、何だってできる!」

 自らを奮い立て、穂乃果は洞窟の中へと姿を消した。





 ーーのだが、

「ま、真っ暗……」

 入ってすぐ、入り口の明かりが届かなくなると、一メートル先も見えなかった。

「これは無理だなぁ……」

 穂乃果は呟くと、

「ロゼリア、フラッシュ!」

「リアー!」

 ボールから飛び出したロゼリアは、まばゆい光を放つ。だが、不思議と穂乃果には眩しさが感じられない。

「何だか、優しい光……」

 とにかく進めるようになった穂乃果は、脇道は無いが曲がりくねった洞窟を歩く。照明が無いせいか、他にトレーナーもいない。

 と穂乃果が思った直後、

「ん?」

「あ?」

 若干見慣れた、そしてあまり見たくない男がいた。ーー正確には、その服装が、だが。

「オリジン団!」

「お前……噂のお邪魔トレーナーか!」

 懐中電灯を持つオリジン団の男は岩石のようなポケモンを連れていた。

「邪魔はさせん! イシツブテ、行け!」

「邪魔はそっちだもん! ロゼリア、メガドレイン!」

 岩、そして地面の四倍弱点には耐えられないかと思いきや、

「うそ……」

「イシツブテの特性は《がんじょう》。そう簡単には倒れないんだぜ! やっちまえイシツブテ! じばく!」

「っ⁉︎」

 イシツブテが構えに入った瞬間、

「エンペルト、ハイドロポンプ!」

 どこからか飛んで来た攻撃に、イシツブテは倒れる。

「くっ……、新手かチクショウ!」

 下っ端は即座に踵を返し、暗闇に消えた。

「今の……?」

 ポカンとする穂乃果に、

「危なかったわね」

 と声が飛ぶ。穂乃果が振り向き、暗闇から現れた、

「あ、あなたは……」

 ニコリと微笑むその姿は、

「初めまして」

「ツバサさん……」



「ツバサさん……」

「あら、私を知っているの? 高坂穂乃果さん?」

「え……どうして私の名前を……?」

 文字通り驚愕した穂乃果に、ツバサは不敵な笑みを浮かべて答える。

「だって有名だもの。次々とジムリーダーを撃破している、凄腕のルーキートレーナー、って」

「あ……なんだ……」

「あら、あまり嬉しそうじゃないわね。ルーキーじゃ不満かしら?」

「い、いえ、そういうわけじゃ……」

 歓喜と落胆、対極の表情を浮かべる穂乃果に、

「やっぱり噂通り。あなたって面白いわね!」

 ツバサは笑う。

「へ?」

「私ね、ずっとあなたに注目していたの。スタスカでオリジン団を追い払った時も、コンテストで優勝した時も」

「どうして……?」

ツバサはそれには答えず、

「ねえ、もし良かったら、私とバトルしないかしら? 噂の実力を確認してみたいの」

 かつて、UTXで対峙した時と変わらぬ不敵な笑みを思い出した穂乃果は、

「やります!」

 ほぼノータイムで宣言した。





 __適度な広さの空間を見つけた二人は、それぞれ向かい合う。

「じゃあいいかしら。使用するポケモンは一体。私はこのエンペルトで行くわ。……ロゼリアは、照明役よろしくね」

「リア」

闘えない事を若干残念に思いながら、ロゼリアは返事する。

「タイプは水と鋼か……」

ポケモン図鑑を確認した穂乃果は、少し迷ってボールを掴んだ。

「ハーデリア、ファイトだよっ!」

「ワウ!」

穂乃果の繰り出したポケモンを見て、ツバサは少し驚いた表情を浮かべた。

「ノーマルタイプは、効果今一つよ?」

「分かってます。でも、今のハーデリアなら!」

「何か秘策があるようね。楽しみ」

「よーし、ハーデリア、とっしん!」

「受け止めて!」

ハーデリアの突貫は、

「ペルト!」

エンペルトにガッチリと止められてしまった。エンペルトは数センチ後退したに過ぎない。

「やっぱりノーマル技じゃダメか……。__ハーデリア、あなをほる!」

「ワウ!」

ハーデリアは地面に潜り、見えなくなる。

「なるほど……。地面タイプの技なら効果は抜群。__エンペルト!」

ツバサが注意を促そうとした瞬間、

「今だ!」

「ワウ!」

そのエンペルトの足元、真下からハーデリアが飛び出した。

「ペルトー!」

直撃を受けて高々と打ち上げられたエンペルトだったが、

「う……、やっぱりムリか……」

しっかりと着地する。

「相性が悪い相手にも対処できるように、対策を立てておく……。噂通りの実力ね」

「あ、ありがとうございます。__偶然覚えただけなんだけど……まあいっか」

やや苦笑の穂乃果は、

「ハーデリア、もう一度あなをほる!」

「ワウ!」

再び地面に潜ったハーデリア。だがツバサもエンペルトも慌てた様子は無く、

「エンペルト、穴に向かってハイドロポンプ!」

「ペルトー!」

「えっ!?」

エンペルトはハーデリアが空けた穴に大量の水を噴射し、

「ワウーッ!?」

その水に押し上げられるように、ハーデリアが地中から打ち上がった。

「強力な技だけど、地面の穴は繋がっているの。覚えておくといいわ。__エンペルト、ハイドロポンプ!」

「ペルトー!」

空中で身動きが取れず、

「ハーデリア!」

直撃。落下したまま、力無く倒れた。

「勝負あったわね」

「……はい」

穂乃果はハーデリアをボールに戻し、歩み寄るツバサに目を向けた。

「いい勝負だったわ。何かあなたに、可能性を感じたの」

「そう、なんですか?」

「ええ。よければ、またバトルしましょう」

穂乃果は、差し出された手をしっかりと握る。

「はい!」

踵を返したツバサは、思い出したように、

「そうそう、ウェスリードジムの専門も鋼タイプよ。今の戦法は悪くないから、対策に気をつける事ね」

そんな事を言い残して、アロリーム側の出口へと消えていった。

「ありがとうございます!」

姿が見えなくなる直前に、穂乃果の言葉が洞窟に木霊した。





『麓の洞窟』を抜け、しばらく街道を進んだ穂乃果は、ウェスリードシティに到着。

「うわぁ〜……」

アロリームシティでも似たような声を上げた穂乃果だが、今回は前回を上回るように聞こえる。

ウェスリードシティは、まるで秋葉原の町のようにビルが乱立する大都会だった。

「何か、音ノ木坂に戻ったみたい……」

入り口で若干放心しながら呟いた穂乃果は、

「まずはポケモンセンター探さないと」

すでにポケモントレーナーそのものの言葉を発しながら、歩き始めた。





探し求めていたポケモンセンターは、割とすぐに見つかった。

「はぁ〜……」

何しろ、他の町とは比べ物にならない大きさだったからだ。

「大きいなぁ……。まるで病院みたい……」

そんな事を呟いてから、

「……ん? 病院?」

ある事に思い至った。

「もしかして……」

穂乃果がポケモンセンターの中に入ると、

「冒険お疲れ様」

何度見ても同じ顔にしか見えないジョーイさんと、もう一人。

「……何? 何か用?」

やや冷たい顔を向ける、

「真姫ちゃん!」

「は、はあ? 何で私の名前を?」

「私だよ! 穂乃果!」

「穂乃果? 知らないわ。誰よ」

穂乃果必死の自己紹介も、軽く一蹴される。

「そうだよね……。真姫ちゃんも覚えてないよね……。あはは……」

「ヴェ……」

捨てられた仔犬のような目の穂乃果に、真姫は軽く怯む。

「も、もしかしたらどこかであってるかもしれないわね。私が忘れてるだけで」

「真姫ちゃん……!」

「どう? これでいい?」

やや投げやりな真姫だったが、穂乃果は笑顔。

「うん! ありがとう! __ここ、もしかして真姫ちゃんのポケモンセンター?」

「そんな訳ないでしょ! パパとママの病院よ」

「あ、そっか」

「はあ……何か疲れた。__じゃあ私、もう行くから」

さっさとポケモンセンターを出ようとする真姫。

「え、ちょ……」

片手を上げかけた穂乃果を置いて、真姫はそのまま出て行ってしまった。

「…………」

手を下ろした穂乃果は、

「……むう、昔の真姫ちゃんみたい……」

そう呟く。

「__あなた、真姫のお友達?」

と、不意に背後からそんな声。

「は、はい!」

直立不動で返事した穂乃果が振り返ると、

「あ、真姫ちゃんの……、お母さん?」

「ええ、そうよ。よく分かったわね」

白衣に身を包んだ女性。

「見た所トレーナーのようだけど……、真姫のお友達?」

「えっと……、友達というか……」

歯切れの悪い穂乃果は少し悩んだ後、

「__でも、仲間でした!」

真っ直ぐ言い切った。

「そう……。それならお願いがあるの」

「お願い?」

「ええ。あの子、一応ここのジムリーダーなんだけど、あまりバトルに積極的じゃないのよ。この病院はあの子が継ぐ事になってはいるけど、それに縛られている気がするの。__仲間、のあなたの言葉なら、届くかもしれない。お願いしてもいいかしら……」

「真姫ちゃんがジムリーダー……。分かりました! 私も、真姫ちゃんとバトルしたいですから!」

「お願いね。真姫は、この町の北にある、離れにいると思うわ」

「はい!」





ポケモンセンターを出た穂乃果は、真っ直ぐ北を目指す。詳しい場所を聞かなかった穂乃果だが、目的地はすぐに分かった。

「“時々、雨が降るけど、水が〜無くちゃ大変〜。乾いちゃだめだよ。皆の夢の木よ育て〜!”」

ピアノの音と、澄んだ歌声が聞こえてきたからだ。

「この歌……」

穂乃果は、ドアについた窓から中を覗く。

「“さあ、大好きだばんざーい! 負けない勇気〜。私たちの今が、ここにある〜。大好きだばんざーい! 頑張れるから、昨日に手を振って、ほら〜、前向いて〜”」

ふう、と一息ついた真姫が顔を上げると、

「ヴェエ……」

パチパチパチ! 謎の感心顔で拍手をする穂乃果と目が合った。

「凄い凄い! やっぱり歌上手だね!」

そのままドアを開けて入ってきた穂乃果に、真姫はジト目を向ける。

「確か……穂乃果とかいった? 何の用?」

「真姫ちゃん、ジムリーダーなんでしょ?」

「っあっ、あなた、挑戦者だったの? 早く言ってよね!」

「ご、ごめん……。__でも、バトルしてくれるよね?」

「まあ、するのは構わないけど……私、別にジムリーダーになりたいわけじゃなかったのよね。音楽も同じ」

どこか遠い目をして話す真姫。

「__あなたにする話じゃないわね。忘れていいわ」

軽く肩をすくめた真姫は、穂乃果を置いて離れを出ていく。

「真姫ちゃん……」

真姫の心の声が聞こえた気がして、穂乃果はしばらく、その後ろ姿を見つめていた。





「__それでは、ウェスリードジムリーダー・真姫VSチャレンジャー・穂乃果のバトルを始めます。ジムリーダーの使用ポケモンは三体。チャレンジャーに制限はありません。なお、チャレンジャーにのみポケモン交代が認められます」

審判の声を聞き流しながら、穂乃果はツバサの言葉を思い出していた。

「真姫ちゃんは鋼タイプ……。それなら__」

「行きなさい、ギギアル!」

「ギギー!」

真姫が繰り出したギギアルを見て、

「何そのポケモン!」

「ちょっと! 私のポケモン、馬鹿にしたら許さないんだから!」

「ご、ごめん……」

謝りつつ、穂乃果はポケモン図鑑で鋼タイプである事を確認する。

「よし、リザード、ファイトだよっ!」

「ザード!」

「ギギアル、ギアチェンジ!」

穂乃果が指示を飛ばすより早く、真姫が動く。

「ギギー!」

「何してくるか分からないけど……リザード、かえんほうしゃ!」

「よけて!」

ギギアルは俊敏な動きで、迫り来る炎を避ける。

「! 速い……」

「ほうでん!」

ギギアルが放った電撃は、逆に直撃する。

「リザード! 大丈夫⁉︎」

「ザード……!」

気丈に立ち上がるリザードだが、足元はおぼつかない。

「このままじゃ……。__リザード、一旦戻って!」

少し悔しそうな穂乃果は、次のボールを掴む。

「ハーデリア、ファイトだよっ!」

「ワウ!」

「あなをほる!」

ツバサ戦同様、ハーデリアは地面に潜り見えなくなった。

「ギギ……?」

ギギアルが戸惑っている隙に、

「今だ!」

その掛け声に合わせて、ハーデリアが飛び出す。

「ギギアル、戦闘不能! ハーデリアの勝ち!」

「よしっ、まずは一勝……」

小さく拳を握る穂乃果だが、その表情は緊張が強い。

「案外やるじゃない。少し、見直したわ」

二つ目のボールを掴みながら、真姫が話し掛ける。

「ありがとう! でも、真姫ちゃんも凄いよ!」

「なっ……当然でしょ! 私を誰だと思ってるのよ!」

顔を赤らめてそっぽを向く真姫に、

「やっぱり、真姫ちゃんだね!」

「どういう意味よ!」

真姫は大きくため息をつくと、次のポケモンを繰り出した。

「行きなさい、ドータクン!」

「ドー…………」

「ま、また変なポケモンが……」

「変とか言うんじゃないわよ!」

二度目の応酬。

「でも……」

ドータクンを観察した穂乃果は、

「動きは遅そう。__よし、ハーデリア、あなをほる!」

「フフッ」

「……?」

真姫の漏らした笑みに、穂乃果は不安を覚える。

「__ワウ!」

その時、ハーデリアが勢いよく飛び出した。が、

「当たらない⁉︎」

ふわりと宙に浮かぶドータクンには、攻撃が届かない。

「ドータクンの特性は“ふゆう”。地面タイプの技は当たらないのよ」

髪の毛をクルクルしながら、真姫は得意げに話す。

「そんな……。じゃあ、とっしん!」

「ワウ!」

突貫を仕掛けたハーデリアだが、直撃を受けたドータクンは微動だにしない。

「効かないわね。__ジャイロボール!」

「ドー…………!」

ドータクンは高速回転すると、反動のダメージで動けなかったハーデリアを撥ね飛ばす。

「ハーデリア!」

「ハーデリア、戦闘不能! ドータクンの勝ち!」

「ああ……」

穂乃果は少しだけ肩を落とすと、すぐにぐっと前を向く。

「リザード、頑張って!」

若干顔色が優れないリザードだが、ふわふわと浮くドータクンを睨む。

「リザード、かえんほうしゃ!」

「ドータクン、ドわすれ!」

「ドー…………」

「! 確か、特防を上げる技……!」

穂乃果の予想通り、ドータクンは相性抜群の一撃を、多少ふらついたもののしっかり耐え切る。

「ドータクン、じんつうりき!」

ドータクンが攻撃モーションに入り、リザードは動けなくなる。

「ザ、ザード……!」

「リザード! 頑張って! 絶対大丈夫だから!」

拳を握って叫ぶ穂乃果に、

「そんな精神論……」

真姫は呆れ顔。

だが、

「ザ……__ザードッ!」

「ウソ……振り切った……?」

「よしっ! __リザード、かえんほうしゃ!」

「ザードッ!」

「ドー…………ッ!」

二度目の直撃。

「ドータクン、戦闘不能! リザードの勝ち!」

「やった! 凄いよリザー……」

不意に穂乃果の声が止まる。

「な、何? まさか……」

真姫も目の前の事態に驚く。

リザードはまばゆい光に包まれ、

「__グオォォォッ!」

「進化……。あれは__」

「リザードン……!」

穂乃果がポケモン図鑑を取り出す間に、真姫が呟く。

「運にも恵まれているワケね……。__分かったわ。やってやろうじゃない! __ハッサム!」

「ッサム!」

「虫タイプと鋼タイプ……。この相性なら!」

「甘いわね。アイアンヘッド!」

「ッサム!」

「グオッ!?」

ハッサムの強烈な頭突きがリザードンにぶつかる。ダメージこそ小さかったものの、リザードンは大きく仰け反って動けなかった。

「ひるみ!?」

「そうよ。この技には、相手を怯ませる追加効果があるんだから。さあもう一度!」

「リザードン、避けて!」

鋼鉄の頭突きをかますハッサムを、リザードンは辛うじて回避する。

「でもこのままじゃ、いくら相性が良くても……」

穂乃果は一度リザードンを戻す。

「ムクバード!」

「キュルル!」

「つばさでうつ!」

「させないわよ。アイアンヘッド!」

「ッサム!」

ムクバードの出鼻を挫く一撃が入り、

「動け……っ!」

だがそのまま動きは止まる事なく、翼を叩きつける。

「よしっ!」

思わずガッツポーズをした穂乃果。しかし、

「バレットパンチ!」

「キュルルッ!?」

高速の連撃が、ムクバードを襲う。

「そ、そんな……」

「ムクバード、戦闘不能! ハッサムの勝ち!」

「__どう? わたしのポケモンは」

そう穂乃果と同等の胸を張る真姫に、穂乃果はかなり悩む。

「ロゼリアを出しても、多分勝てない……。でも、リザードンは……」

穂乃果はしばらくモンスターボールを見つめ、

「__うん。__頑張れ、リザードン!」

「ふぅん……消耗したリザードンなのね」

「リザードン、かえんほう「アイアンヘッド!」

穂乃果の声に重ねるように、真姫の指示が飛ぶ。

「ッサム!」

「グオゥッ!?」

またしても怯み、動けないリザードン。

「どうしよう……」

穂乃果が困り果てたその時、

「グオォォォ____ッ!」

リザードンが高らかに吠えた。

「な、何!?」

「これは……もうか!」

驚いた様子の真姫の声。

「もうか!? __って……何?」

「あなたね……。自分のポケモンの特性くらい、把握しておきなさいよ……」

真姫は呆れたように額を押さえる。

「ご、ごめん……。何か、にこちゃんの時も同じ事があったような……」

「いい? もうかは、体力が少なくなると炎技の威力が上がるの。覚えておきなさい」

「分かった。もう忘れない!」

そんなアホっぽいやり取りの最中にも、リザードンは静かにハッサムを睨む。

「ま、もうかが発動するって事は、体力は残り僅か。このまま畳み掛けるわよ!」

「ッサム!」

「アイアンヘッド!」

「グオゥ…………ッ!」

直撃をもらったリザードンだが、何とか踏みとどまる。

「__頑張れ! リザードン!」

「グオォォォッ!」

咆哮一つ。リザードンは燃え盛る炎を纏い、ハッサムへと渾身の体当たりをかました。

「何なの……!?」

熱風に顔を背けた真姫は、

「__! ハッサム!」

慌てて相棒の名前を呼ぶ。

だが、

「ハッサム、戦闘不能!」

それに加えて、

「グォ……」

「リザードン、戦闘不能! よって引き分け!」

その審判の声を聞いた真姫は、ふぅ、と肩の力を抜いた。

「私の負けよ。もうポケモンいないし」

そう言って、穂乃果へと歩み寄る。

「真姫ちゃん……」

「今の技は、フレアドライブ。とても強力だけど、自分にも反動のダメージがあるから、気をつけるのよ」

「うん」

「それと……私に勝ったんだし、仕方ないからこれをあげるわ。__ウェスリードジム制覇の証、プライドバッジよ」

やや投げやりにバッジを手渡す真姫。

「あとこれ。わざマシン《アイアンヘッド》。さっきから見せたけど、相手を怯ませる事があるわよ」

バッジとわざマシンを受け取り、穂乃果は笑顔を見せる。

「ありがとう!」

「じゃ、私はこれで」

「真姫ちゃん!」

歩み去ろうとする真姫に、穂乃果は慌てて声をかける。

「私……難しい事はよく分からないけど、__でも、真姫ちゃんは一人じゃないよ」

「は、はあ? 何言って__」

真姫が怪訝な顔を見せた時、

「__ああっ! もうバトル終わってるし!」

そんな声がジムに響いた。

「あれは……にこちゃん!」

「何よもう〜……。せっかく急いで来たっていうのに……」

ため息をつきながらやって来たツインテールは、真姫の姿を見つけるやいなや、

「あれ〜? 真姫ちゃん、もしかして負けちゃったの〜?」

挑発的な態度。

「ま、にこちゃんも負けたけどね。穂乃果、アイドルバッジ持ってるし」

「うぐっ……」

それに対し真姫は、あくまでクールに返す。

「せ〜っかく真姫ちゃん応援してあげようと思ったのにぃ〜」

「なっ……別に応援して欲しいなんて言ってないでしょ!」

「あれ〜? じゃあ応援して欲しくなかったの〜?」

「そ、そんな事言ってないでしょ!」

そんなやり取りを眺めながら、穂乃果は満足げな笑みを浮かべた。



穂乃果が真姫とにこを連れてジムを出ると、

「ん……? __お前は!」

相変わらずヘンテコな格好をした男が通りかかった。

「オリジン団!」

穂乃果にとっては、もう見慣れた格好だ。

「スタスカでの雪辱を晴らす時だ! 勝負しやがれ!」

記憶に残っていないが、そう言ってボールを持つ下っ端に、穂乃果もボールを掴む。

「__あ」

そして気付いた。ジム戦直後で、闘えるのはロゼリアだけ。真姫も同様に気付いたのか、苦い表情を見せる。

「お? 何だ何だ。怖気づいたのか?」

「ち、違うもん!」

と言いつつ、バトルすべきか悩む穂乃果。すると、

「まったくしょうがないわねぇ。にこがいなかったらどうするつもりだったのよ」

「にこちゃん?」

にこが二人の前に出た。

「私が相手になるわ。掛かって来なさい!」





__五分後。

「ふん、口ほどにもないわね」

「サナ!」

「く、くそ……っ」

下っ端のポケモンは瞬殺され、悔しそうににこを睨んだ。

「ジムリーダーである、このにこにーに勝てるわけないでしょ〜?」

ドヤ顔で見下したにこに、

「ま、穂乃果には負けたんだけどね」

「うっさいわよそこの真姫!」

「ふん、まあいいさ。我々の野望は少しずつ近づいてきている。お前らがどう足掻こうと、未来は決まっているのだ!」

にこまきのやり取りの最中に、下っ端はそんな言葉を残して逃げて行った。

「……何よあれ」

「さあ……」

穂乃果とにこは首を傾げ、

「意味分かんない」

真姫はそう呟いた。





町の外れ、真姫とにこに見送られて、穂乃果は出発した。

「次のジムがあるのはイースブータウンよ。でも、その前に小さな町があるわ」

「チェリーバタウンっていって、ウテックス山の目の前にある伝承を伝える町なの。穂乃果、あまり詳しくないみたいだし、カイトゥーン地方について何か分かるかもしれないわよ」

「うん、ありがとう! にこちゃんも、さっきは助けてくれてありがとう!」

にこは腕組みをするとあさっての方向を向き、

「さっさと行って、次のジム戦も勝ってきなさいよ。負けたら承知しないわよ!」

「うん!」





ウェスリードシティとチェリーバタウンを繋ぐ道は、軽い山道だった。

鍛えるトレーナーも多いのか、しょっちゅうバトルを挑まれる。

だが、

「ムクバード、つばめがえし!」

「ああ……ゴーリキー!」

その度に連勝記録を伸ばしていく。

「ふぅ……海未ちゃんのメニューよりは楽だけど、やっぱり大変だなぁ……」

うっすらと額に浮かんだ汗を拭いながら、穂乃果は空を見上げる。

そのせいか、足元への注意が欠けて何かに躓いた。

「てっ⁉︎ __うわわわわわわっ⁉︎」

バランスを崩した穂乃果の体は前に傾き、

「__はっ!」

寸前で手をつき、地面への激突を免れた。

「いった〜い!」

痺れた手を振ると、何に躓いたのか振り返る。

「……あれ?」

一瞬、何もいないのかと思った。だが、よく見ると地面が凸凹と盛り上がり盛り下がっている。

「何だろうこれ……」

穂乃果が屈んで覗き込むと、

「__ダグ!」

その顔面目掛けて何かが飛び出してきた。

「うひゃっ⁉︎」

慌てて避けた反動で、そのまま尻餅をついてしまう。

「痛たたたた……」

お尻を押さえつつ前を見ると、仏頂面でこちらを睨む顔。顔。顔。三つ。

「あれ……ポケモン?」

ポケモン図鑑を取り出し、目の前に掲げる。

『ダグトリオ。もぐらポケモン。ディグダの進化系』

図鑑から、若干無機質な説明が流れる。

「ダグトリオ……。ゲットしよう! __ロゼリア!」

「リアー!」

ウェスリードジムでは出番の無かったロゼリア、元気に登場。

「まずは弱らせて……メガドレイ__って……あれ?」

指示を飛ばした穂乃果は、ダグトリオの姿が無い事に気付く。

「どこに……」

キョロキョロと辺りを見渡していると、ロゼリアが一点を見つめている姿が目に留まった。

それは、地面に空いた、一つの穴。

「下⁉︎」

穂乃果が反応した頃には、

「ダグ!」

「ロゼリア!」

ロゼリアは空高く吹き飛ばされていた。

「ま、まだまだ! __メガドレイン!」

「リア!」

「ダグ……ッ!」

今度は命中し、ダグトリオの勢いは一気に衰えた。

「このまま行くよー! ロゼリア、ねむりごな!」

「リアー!」

ロゼリアが噴霧した緑色の粉は、ダグトリオを覆う。

「ダグ……」

視界が晴れた時、ダグトリオは深い眠りに落ちていた。

「よしっ、今だ! モンスターボール!」

穂乃果が放ったボールは寸分違わずダグトリオに命中すると、そのまま吸い込む。ほとんど抵抗も無いまま、カチッと小気味いい音が響いた。

「よーし、ダグトリオ、ゲットだぜー!」

新たな仲間が入ったボールを掲げ、穂乃果は満足げに微笑んだ。

「よろしくね、ダグトリオ! __でてきて!」

「ZZZ……」

「って寝てるし!」





持っていた道具でダグトリオを回復し、その後のトレーナーバトルでも止まらない快進撃を続けた穂乃果は、チェリーバタウンに到着した。

木造の小さな民家が立ち並ぶ町並みを眺めながら、

「何か落ち着くなぁ……」

探索を開始する。

「__ん? ウテックス遺跡?」

と、矢印と共に書かれたそんな看板を見つけた。

「あの、すみません」

ちょうど近くを通りかかった女性に声をかけ、

「質問なんですけど、このウテックス遺跡って何なんですか?」

「あら? あなたも遺跡に興味があるの?」

「“も”?」

「実は私も、ここの遺跡が気になって別の地方から旅行に来ちゃったの」

「あ、そうだったんですか……。__町の人じゃなかった……」

そう穂乃果が呟くと、女性は穂乃果の顔をじっと覗き込む。

「あ、あの……何か……」

「あらごめんなさい。何となく、可能性を感じる目だなって思って」

「は、はあ……」

何が何だか分からない穂乃果だが、女性は構わずマイペースに続ける。

「ね、あなた、名前は?」

「あっ、穂乃果です」

「そう、穂乃果ちゃん。__もしよかったら、一緒に遺跡に行かない? 少しなら、案内もできるから」

「お願いします!」

「ふふっ、いい返事ね」

そう小さく笑うと、黒のドレスコートを着た金髪のその女性は、

「__私はシロナ。よろしくね、穂乃果ちゃん」

そう名乗った。



シロナと名乗った女性と歩きながら、穂乃果は会話に花を咲かせていた。

「シンオウ地方から?」

「ええ」

「__って……どこですか?」

「どこ、と訊かれると答えに困るけど……このカイトゥーン地方と同じく、大きな山があるわ。自然は豊かで街は発展していて、とてもいい所よ」

「へぇ……。行ってみたいなぁ」

「オススメは、やっぱりカンナギタウンかしら。歴史の古いのどかな所よ。私の家もあるし。__さ、着いたわ」

穂乃果が顔を前に向けると、まず幾つもの石柱が目に飛び込んできた。

いたるところに配置された石柱を見渡しながら、穂乃果は訊く。

「これ……何か意味があるんですか?」

シロナは石柱の一つに手を触れる。

「私にも分からないわ。無造作に配置されたものなのか、それとも意図して置かれたものなのか……。それを考えるのが、考古学の楽しい所でもあるの」

「うーん……。分かるような分からないような……」

思案顔の穂乃果に、

「今はそれでもいいわ。いつか分かる日が来るかもしれないもの」

シロナは石柱から手を離し微笑んだ。

「先に進みましょう。ここの見所は、なんと言っても一番奥なんだから」

「奥? 奥に何かあるんですか?」

その質問に、シロナは答えない。





「__おお〜……」

遺跡の最深部にある建物へと入ると、すぐに一面に巨大な壁画が広がった。

壁画から十メートルほど離れた場所でも、全てを視界に収める事はできない。

極彩色で彩られた巨大な絵を口を開けて見上げていると、

「__ん?」

視界を何かが横切った。

目線で追いかけると、黒い身体に大きな一つ目。そんなよく分からない生物が浮遊していた。

「あら、アンノーン……」

「アンノーン? あれ、ポケモンなんですか?」

「ええ。生態も生息地も確立しない、謎の多いポケモンよ。歴史と深い関わりがあるらしいけど……」

「…………」

そのままアンノーンを目で追っていた穂乃果は、

「__あっ」

「どうかした?」

「あそこ、壁画にもアンノーンがいます!」

穂乃果が指差した先には、まさしくアンノーンが無数に描かれていた。

「……あれ? でも形が違う……?」

「アンノーンの形は様々なの。現在は二十八種類が確認されているわ」

「そんなに……」

穂乃果は眼前を飛ぶ、『M』を彷彿とさせるアンノーンを眺める。だが、それもしばらくするとどこかへ姿を消してしまった。

すると穂乃果の意識は、再び壁画に戻る。

「__あれ……あそこ、何か文字が書いてある……」

「え? どこかしら」

「そこです」

穂乃果が指差したのは、壁画の下部分。目線の高さとほぼ同じ。

「本当……。よく気が付いたわね、穂乃果ちゃん」

「いやぁ……たまたまですよ」

と言いつつ、エヘヘと頭を掻く穂乃果。

シロナは文字に近づくと、

「古代文字ね……」

「読めるんですか?」

「ちょっと待ってね」

何やら文献を取り出す。

「そもそも、文字自体が消えかかっているし……部分的にしか分からないわね」

「それでも分かるんですか⁉︎」

穂乃果は駆け寄り、そして詰め寄る。

「い、今教えるわ……」

少し気圧されたシロナは、咳払い一つ壁画に向き直る。

「えっと……『このち……んざいしパ………クス。それはうた…たい、そ………ごえはすべ……つく…ほろ……、またつ…る。パ………クス、なす……ものをそ……うす。しかし………くのち、いさか…お…る。パ………クスいかり、これ……ずめる。そのち…………うだい…りて、せか………びる。パ………クスなげき、ふたた………ぞうす。ひとびとこれをおそ……がめる。パ………クス、れいほ……て……りにつく。われわれしるす。いさ……さ…りくおこ……とき、パ………クスいか……んげんす。すべ……ろび、また………かわる。それを……るすべただひとつ。ここ…つ……しょうたずさえ、みずからのう……えとちからあわせ、したが……しめるのみ。このよげん、かな……こといのる』……」

シロナが文章を読み終えると、

「えっと……どういう事?」

案の定穂乃果は首を傾げた。

「どうやら、カイトゥーン地方の神話を記した文章みたいね。風化が激しくて、これ以上は内容が分からないわ……」

シロナは諦めたように文献を閉じた。

「少なくとも、ここに描かれたポケモンとは無関係とは言えなさそうだけど」

「神話……」

穂乃果は、壁画の最上部に描かれた絵を眺める。

こことは違う神殿のような場所で、人々がひれ伏している。その先には、数多のアンノーンに囲まれたポケモンらしき生物が堂々と鎮座している。その姿は、馬とライオンを合わせたような立派な体躯を持ち、神々しいオーラを放っている。口元の波は、声だろうか。

「神話のポケモン……。もしかして、本当にいたりするのかな……」

いつしか穂乃果の口には、好奇心の笑みが浮かんでいた。





シロナと遺跡を出ると、

「__ねえ、穂乃果ちゃんのポケモンを見せてくれないかしら」

そんな事を言われた。

「ポケモンを?」

「ええ。実は私、この地方に来たばかりで、あまりこっちのポケモンを知らないの。見せてくれない?」

「いいですよ!」

穂乃果は一気にボールを掴むと、全て空に放る。

「グオ!」「ワウ!」「キュルル!」「リア!」「ダグ!」

「あら、ハーデリア。このポケモンはシンオウ地方にはいないわね」

シロナはハーデリアを優しく撫でる。

「クゥーン」

ハーデリアも、気持ちよさそうに撫でられる。

しばらくそうしていたシロナは、

「…………。穂乃果ちゃん、一つ図々しいお願いしてもいいかしら」

穂乃果を真っ直ぐ見つめる。

「何ですか?」

「このハーデリア、私に譲ってくれない?」

「えっ……?」

思わぬ申し出に、穂乃果は固まる。

「もちろん私からもポケモンをプレゼントするわ。ポケモン交換ね」

「交換……」

穂乃果はハーデリアを見下ろす。

「ハーデリアは、どうしたいの?」

だがハーデリアは、穂乃果を見つめ返すだけで何も答えない。

「自分で決めろって事なのかな……」

穂乃果は目を閉じてしばらく考えると、

「__シロナさん」

「ん?」

「ハーデリアは、しばらくお貸しします」

「貸す?」

「はい。他の地方から来たシロナさんといれば、ハーデリアはもっと色んなものを見る事ができる。きっと強くもなる。……でも、やっぱり私のポケモンなんです。誰と一緒にいても、私の」

「穂乃果ちゃん……」

「いつかまた会えた時まで、ハーデリアを預けます。私の答えです」

そう言って穂乃果は笑う。

「よろしくお願いします!」

シロナはしばらく黙ったままだったが、

「__やっぱり、不思議な存在ね。何か、私とは違うものを持っている……。そんな気がするわ。__分かりました。ハーデリアは、“預かり”ます。次に会った時、驚く準備が必要よ?」

シロナの微笑みに、穂乃果も顔を輝かせる。

「__はいっ!」

「じゃあ私からはこのポケモン。目撃情報も多くない、珍しいポケモンよ」

「いいんですか?」

「もちろん。穂乃果ちゃんなら、安心して任せられるわ」

穂乃果はシロナからモンスターボールを受け取ると、早速空に放る。出てきたのは、

「ウィィィィ!」

小さなプラズマのようなポケモンだった。

「名前はロトム。可愛がってあげてね」

「ウィィ?」

ロトムはシロナと穂乃果を交互に見ると、疑問に近い表情を浮かべた。

「ロトム、今日からあなたのパートナーは、この穂乃果ちゃんよ。素晴らしいトレーナーだから、きっとあなたも気にいるわ」

「ウィ? ウィ?」

ロトムは再び穂乃果を見ると、見定めるように飛び回る。それから、

「ウィィィィ!」

穂乃果の周りをグルグル回り始めた。

「うわわわわわっ⁉︎」

軽く目を回した穂乃果を見て、シロナは笑う。

「ロトムも気に入ったようね。よかったわ。__さて、こっちもよろしくね、ハーデリア」

「ワウ!」

ひとしきりロトムと戯れた穂乃果も、ハーデリアへと視線を向ける。

「しばらくお別れだね。__でも大丈夫! 次会う時までに、びっくりするくらい強くなってね! ファイトだよっ!」

「ワウッ!」

『任せておけ』とでも言いたげに一声吠えると、ハーデリアはシロナの持つボールに収まった。

「ハーデリアをよろしくお願いします」

「ええ。穂乃果ちゃんも、ロトムをお願いね」





「__ここでお別れね」

「そうですね……」

チェリーバタウンの入り口。ウェスリードへ向かうシロナを見送るべく、穂乃果も来ていた。

「また会えるわ。約束だもの」

「! そうですよね!」

「ええ。じゃあ、またね」

「はい! また会いましょう!」

シロナが見えなくなるまで手を振り続けた穂乃果は、一度休息してから出発しようと町の中へ戻る。シロナと出会った場所に来ると、

「あれ……?」

思わぬ人物と邂逅した。

「久しぶりね。元気そうで何よりだわ」

「ツバサさん……」



「どうぞ」

「ありがとうございます……」

ツバサと再会した穂乃果は、一軒の民家に案内された。

ツバサは紅茶の入ったカップを二つ置くと、穂乃果の対面に座る。

「遠慮しないで。私の家だから、ここ」

「あ、はい……」

未だ緊張が抜けきらない様子の穂乃果は、ゆっくりとカップに口をつける。

同じように紅茶を一口飲んだツバサは、

「あなたも、カイトゥーン地方の伝説に興味があったのね」

「いえ……あったというか、通り道で寄っただけで……」

「あら、その割には楽しそうだったわよ? シロナさんとも意気投合していたみたいだし」

「シロナさんを知ってるんですか?」

驚いた表情を見せる穂乃果に、

「……あなたこそ、シロナさんを知らなかったの?」

「う……はい。そんな有名な人なんですか?」

「有名も何も、シンオウ地方のチャンピオンよ」

「え……ええぇ⁉︎ チャンピオン⁉︎ チャンピオンって、つまり一番強い人って事ですよね⁉︎」

身を乗り出してきた穂乃果に、

「え、ええ……本当に知らなかったのね」

その辺はゲームもやらなかったし……、と呟く穂乃果。

「…………」

聞こえたかは分からないがツバサはそれをスルーし、

「__ねえ、穂乃果さんにとって、ポケモンって何かしら」

「え? ポケモンが? __うーん……よく、分かりません」

「?」

「ごめんなさい! そもそも私、こういう事考えるのが苦手で……。でも何となく、ここは私がいるはずの場所とは違う気がするんです。ポケモンは可愛いし、強いし、頼りになるし……でも、」

「__何かが違う気がする」

「……はい」

「私も同じよ」

「え?」

下を向いていた穂乃果は、顔を上げる。

「でも、私にも答えは分からない。そもそも、自分が正しいのかも」

「ツバサさん……」





「付き合ってくれて、ありがとう」

そう言って、ツバサは手を差し出す。

「いえ、私も楽しかったです」

穂乃果も握り返す。

「__あ、そうそう。あなたにはこれをあげるわ」

そう言ってツバサは、何かを穂乃果に差し出した。

「これは……? 石……?」

「ちょっとした御守りよ。きっと、あなたを助ける時がくるはず。大切にしてね」

「分かりました!」

穂乃果は大きく頷くと、不可思議な石をしっかりとバッグにしまった。

「この先にあるのは、イースブータウン。すぐ近くで、ジムもあるわよ」

「へぇ……。どんな所なんですか?」

するとツバサは、イタズラっぽく微笑む。

「それは、自分の目で判断するの。それも、旅の醍醐味の一つでしょう?」

「う……そうですね。そうします!」

穂乃果は明るく笑うと、手を振ってチェリーバタウンをあとにする。





「おお……ホントにすぐだった……」

チェリーバタウンを出発して僅か一時間。穂乃果はイースブータウンへ到着した。

入り口では、柳と紅葉の木が出迎えてくれる。

タウン、という割には人が多いが、何となく落ち着いた空気を穂乃果は感じた。

「__と、まずはポケモンセンター」

チェリーバにはポケモンセンターは存在しないため、穂乃果のポケモンはロトムを除いて消耗したままである。

ジョーイさんにポケモンを預け、休憩していた穂乃果。他の人の会話にぼんやり耳を傾けていると、

「……神社?」

という単語が何度も出てきた。

「__お待ちどうさま。ポケモンは皆元気になりましたよ」

ちょうどやってきたジョーイさんに、穂乃果は訊いてみる。

「あの、神社って、何なんですか?」

「まあ、あなた、イースブー神社を知らずに来たの?」

「イースブー神社?」

かなり可哀想な顔をされたが、親切なジョーイさんは教えてくれる。

「イースブータウンには、大昔のポケモンを祀った神社があるの。この町ができる前からある、とても古い神社よ」

「分かりました行ってみます! ありがとうございました!」

お礼もそこそこに、穂乃果はポケモンセンターから駆け出す。

凄まじい行動力に、ジョーイさんは説明した姿勢のまま固まった。元気な後ろ姿は、すぐに見えなくなる。





神社の場所が分からなかった穂乃果だが、その心配は杞憂に終わった。

目立つ場所に、大きな赤い鳥居が口を広げていた。参拝客も多いのか、辺りは人で賑わっている。

「……何か、神田明神を思い出すなぁ。練習したくなっちゃう!」

知らず知らずの内にステップを踏んでいた穂乃果は、

「あー、もしもし、こんな人がいるのに踊ったりしたらアカンよ?」

の声で我に返った。

「! この声……!」

そして振り返った穂乃果は、

「希ちゃん!」

巫女姿の希を視界に捉える。

「んー? 前にどこかで会ったかなぁ?」

「私だよ! 穂乃果だよ!」

「穂乃果ちゃん……。聞いた事あるような気ぃするなぁ……」

「希ちゃんもダメか……」

穂乃果は一瞬肩を落とすと、

「でも希ちゃん、神社でお手伝いは変わらないんんだね!」

「何が変わらないんかはよー分からんけど、時間がある時はここに来るようにしてるかな」

「ふーん……さすがだなぁ」

「穂乃果ちゃん、旅してるポケモントレーナーやろ? せっかく来たんやし、お参りしてき。安全祈願に必勝祈願__あー、必勝祈願は、ウチの立場的に勧めるのはマズいかなぁ……」

「? どうして?」

すると希は、不敵な笑みを浮かべる。

「だってウチ、イースブージムのジムリーダーやからね。そんなウチがトレーナーに必勝を勧めたら、本末転倒やん」

「そういうものかな……」

難しい事が理解できない穂乃果は、首を捻るだけ。それから、

「希ちゃんがジムリーダーなの……?」

「そうや?」

「…………」

今までに無い緊張が穂乃果に走る。

「穂乃果ちゃん可愛いし、負けたら罰ゲームとか面白いかもなぁ?」

そう言って両手を“あの形”にする希。

「ひぃっ!」

すでに被害者の穂乃果には、トラウマモノである。

「冗談や。仮にもジムリーダーやからね。そんな事はせぇへんよ」

「よかった……」

かなり本気で胸を撫で下ろした穂乃果。

「ウチはしばらく手伝いがあるから、神社でゆっくりしていくとええよ。あとでジムに来てね」

「うん! 分かった!」

希と別れた穂乃果は、言われた通りまずは神社を探索する。

正面は玉石を敷き詰めた大通りで、奥には立派な本殿が見える。右側には歴史資料館があるらしいが、

「歴史……勉強……」

穂乃果はスルーを決めた。

「やっぱりまっすぐ!」

結局本殿へ直行に決めた穂乃果は、巨大な長い石段を登る。階段は登り慣れているせいか、非常に軽やかに駆け上がる。

ものの三十秒で登り切ると、目の前にイースブー神社の本殿が待ち構える。

「大っきいなぁ……」

ひとしきり見上げてから、穂乃果は中に入る。

「__あっ!」

そこにいたのは、

「壁画のポケモン……⁉︎」

少し前にチェリーバタウンのウテックス遺跡で見た、あのポケモンだった。

「……銅像?」

もちろん本物ではないが、より鮮明な形でそこに鎮座していた。

「伝説の……ポケモン……」

「そうや。カイトゥーン地方に伝わる、伝承に登場するポケモンなんや」

その声に振り返ると、

「希ちゃん!」

巫女服から着替えた希が立っていた。

「希ちゃん、何か知ってるの⁉︎」

「うーん……ウチも、というか伝承自体、あまり詳しく残ってないんよ……。分かるのは、むかーしむかし、このポケモンがこの地方を栄えさせて、そして大変な事が起きた、くらいのモンなんや」

「そっか……」

肩を落とした穂乃果に、

「まあ旅してるんやったら、どこかで出会うチャンスがあるかもしれへんやろ? 落ち込んでいてもしょーがないで?」

希はポンポンと背中を叩く。

「それより、穂乃果ちゃんジムへのチャレンジャーやろ? 手伝い終わったし、相手するで?」

「__うん!」





「それでは、イースブージムリーダー・希VSチャレンジャー・穂乃果のバトルを始めます。ジムリーダーの使用ポケモンは四体。チャレンジャーに制限はありません。なお、チャレンジャーにのみポケモン交替が認められます」

バトルフィールドで対峙しながら、希は不敵に微笑む。

「穂乃果ちゃん、強いんだってなぁ? 楽しみや」

「強いかは分からないけど……頑張るよ!」

「頑張りーや。__行くで、ブルンゲル!」

「ブル……」

「わ、クラゲみたい……」

ポケモン図鑑を取り出した穂乃果は、ブルンゲルをチェックする。

「オスとメスで色が違うんだ……。希ちゃんのはピンクだから、メスだね」

「ほら、穂乃果ちゃんもポケモン出さんと」

「そうだった! __んーと……ロトム、ファイトだよっ!」

「ウィィィ!」

「ほう、珍しいポケモン持ってるなぁ。でも、強いかどうかは別の話や。__ブルンゲル、みずのはどう!」

「ブルー!」

「ロトム、かげぶんしん!」

ブルンゲルが放った水流は、ロトムの残像を蹴散らすだけに終わった。

「ロトム、10まんボルト!」

「ウィィィ!」

反対に、ロトムが放った電撃はブルンゲルへ直撃する。

「よし!」

「やるやん、穂乃果ちゃん。__でもな……」

希の笑みは消えない。穂乃果が相手を見ると、

「ブル」

「倒せてない⁉︎」

深刻なダメージではあるようだが、

倒れるまでには至っていないブルンゲル。

「ナイトヘッド!」

「ブルゥ……」

ブルンゲルはゆらりと動くと、ロトムに近付く。

「ウィ……」

ロトムは、何故か苦しそうにもがく。

「ロトム! 頑張って! 10まんボルト!」

「ウィ……ウィィィィィィィッ!」

全力を振り絞ったロトムの攻撃は、

「ブルゥ……ッ!」

「振りほどいた……⁉︎」

ブルンゲルを強引に引き剥がした。

「アカン、ブルンゲル、もう一度ナイトヘッ__」

「させない! でんげきは!」

「ウィィィ!」

「ブルンゲル、戦闘不能! ロトムの勝ち!」

攻撃モーションに入ろうとしていたブルンゲルを不可避の電撃が襲った。

「よーし! 一体倒したよ! やったねロトム!」

「ウィィッ!」

二つ目のボールを掴みながら希は、

「あちゃー、やっぱり穂乃果ちゃん、強いなぁ。こうもあっさり倒されるなんて。__でも、本番はこれからやで? ムウマージ!」

「マージ」

登場したムウマージを、すかさず図鑑でチェック。

「やっぱりゴーストタイプか……」

「ムウマージ、シャドーボール!」

さてどうするか、と考えていた穂乃果の耳に、希の声が届く。

「え、ちょ__」

慌てる穂乃果の目の前で、影の塊がロトムを襲う。

「ロトム!」

「ロトム、戦闘不能! ムウマージの勝ち!」

無情に告げられた審判の声に、穂乃果は大きく肩を落とした。

「油断禁物や♪ 一体倒したからって、終わりやないんやで?」

「むう……そっか。__よし、ムクホーク、ファイトだよっ!」

「ホーク!」

「あれ? 話によるとムクバードだったはずやけど……」

「つい昨日進化したの!」

「とことん予想を裏切って来よるなぁ……」

希は感心したのか呆れたのか分からない笑みを浮かべると、

「ノーマルタイプにはゴーストタイプは効かない……考えたね、穂乃果ちゃん」

「……うん」

何となく穂乃果には分かっていた。相手はジムリーダーで、しかもあの希なのだ。ノーマルタイプを使うだけで勝てるなら、誰も苦労しない。

「ムウマージ、「ムクホーク、とんぼがえり!」でんげきは……」

「ホーク!」

希の声に被せて、穂乃果の指示が飛ぶ。ムクホークはムウマージに突っ込むと、そのままバウンドするようにボールへ戻る。

「ダグトリオ!」

「ダグ!」

すかさず穂乃果が投げたボールからは、ダグトリオが飛び出す。

直後、電撃がダグトリオを襲う。だが、

「……地面タイプやもんな」

ダグトリオはまったくダメージを受けない。

「よし、上手くいった!」

「穂乃果ちゃん、随分と巧妙な作戦考えるんやなぁ。見直したで」

「だ、だよね! __ただのカンだったなんて、希ちゃんには言えないよ……」

「? 何か言うた?」

「な、何でもない! __それより行くよ! ダグトリオ、じしん!」

自信満々に指示した穂乃果を見て、

「あー……」

何故か気の毒そうにする希。

それもそのはず。ダグトリオの攻撃は、ムウマージには届かない。

「な、何で⁉︎」

「ムウマージの特性は“ふゆう”や。地面タイプの技は当たらんのやで?」

「そ、そうなの⁉︎」

「……ごめん、さっきの褒め言葉、撤回するな?」

「そんなあ!」

悲痛な声を上げる穂乃果に、

「掴み所が無いトレーナーやんなぁ……」

希も苦笑する。

「地面技が当たらないなら、こっち! __ダグトリオ、ストーンエッジ!」

「ダグ!」

突如出現した尖った石片は、一直線にムウマージへ肉薄する。

「そんな技も持っとるんやね! ほんならムウマージ、パワージェム!」

こちらもガラスのような石片が出現。空中で二種の石片がぶつかり合う。

だが、ガラスのような見た目同様強度も弱いのか、相殺すらできずに砕けていく。

勢い衰える事なく飛来した石片は、ムウマージに襲いかかる。

「アカン……!」

「ムウマージ、戦闘不能! ダグトリオの勝ち!」

「ふー……やっぱり無理やったか。お疲れムウマージ」

希は数度頭を振ると、すぐに不敵な笑みを戻す。

「頼むで、ミカルゲ!」

「ミョーン……」

「また変なポケモンが……」

ポケモン図鑑を確認すると、

「魂を封じ込めた……⁉︎」

その内容と同時に、希に軽く畏怖を覚える穂乃果。

「おーい、もうええか? 始めるで?」

「あ、うん」

「行くでー? __ミカルゲ、あくのはどう!」

「ミョーン!」

放出された邪悪な光線を、

「あなをほる!」

ダグトリオは潜って回避。

ミカルゲが見失っていると、

「今だ!」

真下から体当たりをかます。

「よし、これならいける!」

かつて、ツバサとの初陣でハーデリアが使った戦法。

「ほほー。素早いポケモンやなぁ。__せやけど、同じ作戦は使わせへんで?」

希の笑みは、なおも崩れない。

「ミカルゲ、かなしばり!」

「ミョーン!」

「ダグ……ッ⁉︎」

ミカルゲの不気味な影が、ダグトリオを包む。

「ダグトリオ、大丈夫⁉︎」

「ダグ!」

ひとまずダメージが無い事に安堵した穂乃果は、ならばあの技の効果は何だろうと考えるが、

「おにび!」

希とミカルゲはそんな暇を与えてくれない。

「とにかく、もう一度あなをほる!」

穂乃果の指示はしかし、

「ダ、ダグ……⁉︎」

不自然に動きが止まったダグトリオには届かない。そして、青白い炎はダグトリオを包み火傷を負わせる。

「どうして……⁉︎」

不思議そうな穂乃果に、希の説明が入る。

「かなしばりは、相手が最後に使った技を封じ込めるんや。もう潜る作戦は使えへんで?」

「そ、そうだったんだ……。__でも、ミカルゲの特性はふゆうじゃない……。それなら! __ダグトリオ、じしん!」

ダグトリオの攻撃は、確かにミカルゲに届いたが、

「倒せない……!」

「おにびで火傷を負ったやろ? それで攻撃力が半分になってるんや」

「そっか……。__でも攻撃は効く! __ダグトリオ、じしん!」

「ダグ!」

穂乃果の超ポジティブシンキングに影響されたのか、ダグトリオも渾身の力で技を放つ。

その結果、

「ミカルゲ、戦闘不能! ダグトリオの勝ち!」

「あ、あれ?」

倒した本人が、驚いてしまう。

「このダメージ……急所に当てたんか……! 穂乃果ちゃん、持ってるね」

ミカルゲを戻しながら、希は感心したように呟く。

「これで、希ちゃんの手持ちは一体だけ……。いけるよダグトリオ!」

「ダグ!」

「んふふ……。中々強いダグトリオやけど、最後まで気ぃ抜いたらアカンで? __ゲンガー!」

「ガー!」

「ゲンガー……ってこのポケモンも特性ふゆうなの⁉︎」

ポケモン図鑑を確認した穂乃果は叫ぶ。

「そうや。__けど、技を使うヒマも無いで! __ゲンガー、たたりめ!」

「ガー!」

「ダグ……⁉︎」

ダグトリオの周りに出現した人魂のような光は、しばらく浮遊して消えた。だが、

「ダグトリオ、戦闘不能! ゲンガーの勝ち!」

「そんな⁉︎ どうして⁉︎」

ダグトリオはダウンしてしまう。

「んふふ〜、こればっかりは教えられんなぁ。自分で気付くしかないで?」

希は楽しそうな笑顔を浮かべる。

「お疲れダグトリオ。……ゲンガー、強い……! __でも勝つ! 絶対勝つ! ムクホーク、ファイトだよっ!」

「ホーク!」

「ゴースト技が効かないもんな……。当然やな」

早速希が指示を飛ばす。

「ゲンガー、おにび!」

青白い炎は、またも火傷を負わせる。

「うぐぐ……。あれやっかいだよ……」

「んー……でもたたりめは効かないし、あまり有利でもないなぁ。__ひとまず、ヘドロばくだん!」

「ガー!」

「躱してつばめがえし!」

ゲンガーの塊を紙一重で回避すると、ムクホークは素早く叩きつける。

「ガー?」

だがやはり、致命傷には至らない。

「やっぱり、このままじゃ勝てない……」

悔しそうに悩む穂乃果に、希は笑みをぶつける。

「時間が経てば、火傷のダメージもかさむで?」

見ると、ムクホークの羽ばたきが若干鈍っている気がする。

「火傷……火傷さえ無ければ……」

穂乃果が無いものねだりを始めたかと思われたその時、

「……火傷? __そうだ! そうだよ!」

何やら顔を輝かせる穂乃果。

「ムクホーク、戻って!」

「……何や?」

希が首を傾げる前で、

「ロゼリア!」

「リア!」

穂乃果はロゼリアを繰り出す。

「ロゼリア、フラッシュ!」

ロゼリアが放つまばゆい光を受けたゲンガーは、思わず顔を背ける。

「今の内に……! __ロゼリア、アロマセラピー!」

「! なるほど……」

穂乃果の意図を察した希は、感心したように呟く。

「ゲンガー、落ち着くんや! そんでヘドロばくだん!」

心地よい香りが広がる中、ゲンガーの攻撃はしっかりとロゼリアを捉えた。

「ほっ……。ちゃんと当ててくれたか。偉いで、ゲンガー」

「ロゼリア、戦闘不能! ゲンガーの勝ち!」

「ああ……。__でもありがとう、ロゼリア。ゆっくり休んでね」

ボールに戻したロゼリアに労いの言葉をかけると、穂乃果は最後のボールを掴む。

「頑張れムクホーク!」

「ホーク!」

飛び出したムクホークは、元気に羽ばたく。

「アロマセラピーは、味方の状態異常を治す……。よく思いついたやん」

「前に、花陽ちゃんが教えてくれたから!」

「花陽ちゃんって、スモーファウンのジムリーダーやろ……? 随分前の話やろうに、よう覚えてんなぁ……」

「今思い出したの!」

変な所でドヤ顔をする穂乃果に、

「……褒めたいのに、そうさせてくれへんなぁ……」

希は悩む。

「……まあええ。__火傷が治っても、ふりだしに戻っただけや。まだ勝ちが決まったわけやないで?」

「分かってる! もうおにびは食らわないようにしないと……」

穂乃果は一度深呼吸すると、

「行くよ、ムクホーク!」

そんな穂乃果を見ながら、

「気合い充分、って所やな。燃えるやん」

希も力が入る。

「まずはこっからやな。ゲンガー、おにび!」

青白い炎は揺らめきながらムクホークに飛来するが、

「当たらん……!」

誰もいない場所を通過した。

「ロゼリアのフラッシュが効いてるのかも……! チャンスだよムクホーク!」

穂乃果が意気込むと、

「ホーク!」

「え、ちょっと⁉︎」

ムクホークは指示を待たず突っ込んだ。

何やら凄まじい勢いで突っ込むムクホークを見て、

「! あれはアカン! __ブレイブバード……!」

希は慌てた様子。

「よく分かんないけど……行っけーっ!」

迫り来るムクホークとの距離を確認した希は、不可避を悟る。

「もう避けられんか……! ゲンガー、おにび!」

「が、ガー!」

苦し紛れに近い反撃は、目のくらみが治らないのか外れてしまう。

__そして直撃。衝撃と共に粉塵が舞い上がる。

「くっ……!」

何となく結果を悟った希だったが、粉塵の爆心地を見る。そこから飛び出すのは、当然ムクホーク。

「ふー……」

希が息を吐くのと、

「ゲンガー、戦闘不能! ムクホークの勝ち! よってこの勝負、チャレンジャー、穂乃果の勝ち!」

審判のジャッジは同時だった。

「勝った……。勝ったよ! やったよムクホーク!」

「ホーク。……ッ」

着地して穂乃果を首にぶら下げたムクホークは、一瞬よろける。

「だ、大丈夫?」

「攻撃の反動やな」

降ってきた声に顔を上げると、

「希ちゃん」

「さっきの技、ブレイブバードっていうんや。強力やけど、反動でダメージ受けるから使い所には注意やな」

「そっか……。新しい技。__頑張ったね、ムクホーク」

「ホーク」

穂乃果はムクホークをひと撫ですると、ボールに戻した。

「__さて、ウチに勝利した穂乃果ちゃんには、このタロットバッジを進呈するで」

「五個目のバッジ……。ありがとう!」

「それと、これも。わざマシン、〈たたりめ〉や。この技はな、相手が状態異常だと、ダメージが二倍になるんや」

「あ! それでさっきのダグトリオは……」

「せや。まあ、状態異常にしてから攻撃、って二段構えは大変やから、結構扱いは難しいんや。でも、穂乃果ちゃんなら使いこなせると思う。頑張ってね」

「……うん!」

後半標準語で話された穂乃果は、背筋を伸ばして頷いた。





「__この先にあるのは、ガジアスシティ。ウテックス山の中腹にある町で、道のりは結構山道になっとるんや」

ポケモンセンターで回復した後、到着した入り口とは反対側に穂乃果と希はやってきた。

「山道かー」

「苦手なん?」

「多分大丈夫! 普段階段登るし!」

「? むしろ階段が多いのは、ここからなんやけど……」

「あ、ううん、何でもない!」

ごまかした穂乃果が前方を見やると、緩やかな上り坂になっているのが確認できる。さらにその先には、チェリーバで見上げたウテックス山がそびえる。

「思ったより大変そう……」

思わず呟いた穂乃果に、

「大丈夫や。ここまで闘ってきた穂乃果ちゃんとそのポケモンは、実力と一緒に凄いパワーを持っとるんやと思う。どんな困難でも乗り越えられるような、とびきりのパワーを」

「希ちゃん……」

「これからも頑張るんやで」

「うん!」

五つ目のバッジを手に入れ、穂乃果は先を目指す。遥かそびえるウテックス山と、そこにあるという次の町を見据えて。





穂乃果がイースブータウンを出発してすぐ、道は上り坂、そして階段が続いた。

比較的階段は登り慣れている穂乃果だが、それを長時間続く経験は無いし、何より、

「……飽きてきたかも」

退屈を覚え始める。

険しい道のせいか、歩くトレーナーも少ない。疲労の蓄積と退屈が相まって、あまり人に見せられない表情をしていた。

そのせいか、足元がおろそかになっていたのだろう。一部が崩れていた階段を踏み外し、

「うわわわわっ⁉︎」

さすがの反射神経で転倒だけは回避し、そのまま尾根を五メートルほど駆け下り、平らになっていた場所で止まった。

「…………こ、怖かった……」

しばらく肩で息をしていた穂乃果は、やがて立ち上がる。

「ここは……」

辺りを見渡し、上を仰ぎ、下ってきた尾根が登れないほどではないと知る。

登るかどうか悩んでいた穂乃果の視界を、

「ビビビビ……」

「バチュチュッ」

コイルとバチュルが横切った。

「あれは……」

ポケモン図鑑で確認した穂乃果は、ゲットするか定かではないがとりあえず追いかける。

途中、エレキッドやシビシラスといったポケモンを見かける。

「何か、電気タイプが多いような……」

穂乃果が首を傾げつつ歩を進めると、

「__うわっ……」

何やら開けた場所に出た。そこには、

「何これ……テレビ? あ、こっちは冷蔵庫だ。あっちには扇風機……。電子レンジもある」

様々な電化製品が無造作に山積みにされていた。そしてその周りに、コイルをはじめとするポケモンが群がっていた。

「あ、だから電気タイプが多いのかな。__電気って、食べ物なのかな……」

警戒の色を見せるポケモンたちに気を付けながら、穂乃果はスクラップの山を探索開始。

とはいえ、一つ一つが重量のある電化製品。持ち上げる事はおろか動かす事も困難なので、ためすすがめつして状態を確認する程度である。

「これ……もう絶対動かないよね……。あ、でもこっちは微妙に音がする」

電化製品の状態は様々。完全に金属の塊と化したものや、まだ照明が灯るものまで。中には、原型すらとどめていないものもある。

「でも、何でこんな所に……? __はっ、まさか不法投棄⁉︎ それは穂乃果、許せないよ!」

実際にはその通りなのだが、穂乃果にそれを知る術は無い。

「ゴミはゴミ箱! 海未ちゃんに言われたもん!」

微妙にずれた事を言いながら、スクラップの山で憤慨する穂乃果。

「__ん? __わわわっ! 何⁉︎」

突然、穂乃果が身に付けるモンスターボールの一つが、盛大に暴れ出した。

たまらず上へ放り投げると、

「ウィィィィィッ」

「ロトム?」

中にいたロトムが飛び出した。

「どうかしたのー?」

穂乃果は呼びかけてみるが、ロトムはせわしなく飛び回るだけ。

「うーん……電気タイプだから、嬉しくなっちゃったのかな?」

穂乃果がロトムを眺めていると、

「____!」

空気が変わった。それとほぼ同時に、周りにいたポケモンたちが一目散に逃げていく。

「何だろう……この感じ。海未ちゃんに怒られる時と同じ雰囲気が……」

例えとしてそれはどうなのかとツッコミを入れたくなるが、それをいてくれる人はこの場にいない。

「__はっ! まさか本当に海未ちゃんが⁉︎ ……でも、別に怒られるような事してないし……」

的外れな事で悩む穂乃果の前に、

「ドサ……」

木々の陰から大きな何かが現れた。

「! あれは……⁉︎」

とっさにポケモン図鑑を取り出し、電化製品の山の陰に隠れる穂乃果。

『ドサイドン。がんせきポケモン__』

ポケモン図鑑から無機質な説明が流れ、穂乃果は種類を把握する。

「ドサイドン……。大っきいポケモンだなぁ……」

穂乃果が見つめる先で、ドサイドンはおもむろに近くのパソコンらしきものを叩き潰した。完全にスクラップと化したパソコンを見つめ、じっとするドサイドン。

「何やって……」

穂乃果が首を傾げていると、先ほど逃げたバチュルたちが数匹、恐る恐る姿を見せた。

「ドサ」

ドサイドンが何かを伝えると、

「「「バチュ……」」」

バチュルたちはドサイドン目掛けて、電撃をぶつけた。

「え⁉︎」

今度は驚く穂乃果の前で、電撃を浴び続けるドサイドンは満足そうに、そして元気になっていく。

疑問一色の穂乃果は、ポケモン図鑑を確認し、そして理解する。

「特性、ひらいしん……。電気技を吸収しちゃうんだ……」

感心した穂乃果は、ふとバチュルたちに目を向ける。すると、

「バチュ……」

「! あのバチュルたち、元気が無い……。もしかして、無理矢理やらされてるのかも……!」

穂乃果は、目の前の状況を何となく理解する。

「あのドサイドン、悪者かも! よーし……。__こらー!」

穂乃果は立ち上がり、ドサイドンに向かって吠える。

「ドサ?」

ドサイドンは何事かとこちらに視線を向け、同時に、浴びていた電撃がやむ。

「ドサー!」

するとドサイドンは、怒ったように声を上げる。そして再び、電撃が飛来する。

「むー……。あのドサイドン、やっぱり悪者だ……! お仕置きするんだから!」

確信を得た穂乃果は、相性を考えロゼリアのボールを手に取る。

「ウィィィィィッ!」

その前にロトムが躍り出た。

「ロトム? もしかして、電気タイプのポケモンがいじめられたのが許せなかったの?」

「ウィッ!」

「よーし! 頑張るよロトム! あのドサイドンを懲らしめるんだから!」

穂乃果は意気込み一つ、ロトムに指示を飛ばす。

「シャドーボール!」

「ウィィッ!」

ロトムが放った影の塊は、ドサイドンに命中。だが、

「ドサァ!」

「! 受け切られた……!」

それを物ともせず、反撃を敢行してくる。

突如出現した礫の大群が、ロトムを襲う。

「ロトム、大丈夫⁉︎」

「ウィ!」

「あの技……ストーンエッジだっけ。結構強いよあのドサイドン……!」

野生の強さを垣間見た穂乃果は、気を引き締める。

「ロトム、おにび!」

ロトムが放った青白い炎は、ドサイドンへ肉薄する。

だが、ドサイドンの体が僅かに輝いたかと思うと、異常な速さでそれを回避する。

「何あの速さ!」

穂乃果が驚愕していると、ポケモン図鑑が答えを教えてくれる。

『ロックカット。素早さを上げる技』

「そんな技まで使えるなんて……」

穂乃果が立て直すその間に、ドサイドンはロトムに急接近しストーンエッジをかます。

「ウィィーッ!」

「ロトム!」

慌てて呼び掛けるが、ダメージは深刻に見える。

「このままじゃ……。やっぱり、相性のいいロゼリアに交代した方が……」

「ウィィーッ!」

だがそんな穂乃果の呟きをかき消すように、ロトムは起き上がる。

「ロトム……」

ロトムの決意を感じた穂乃果は、掴んでいたロゼリアのボールを離す。

その時だった。

ロトムの体が、近くにあった洗濯機に吸い込まれていった。

「な、何事⁉︎」

当然驚き慌てる穂乃果。そんな穂乃果を安心させるかのように、ロトムは洗濯機の中から出てくる。__のだが、

「ロトム……だよね?」

「ウィ!」

姿が変わっていた。四角い体に、青い色。そう、さながら、洗濯機のような姿に。

「これって……進化なの?」

穂乃果はポケモン図鑑を確認してみるが、表示はロトムのまま。

「!」

だが、そこに補足の説明が追加されていた。

『ウォッシュロトム』

「“ロトムは、モーターに潜り込む事で、姿を変える事がある”……。__じゃあ、今のロトムはウォッシュロトムって事?」

「ウィ!」

「凄い! 凄いよロトム! しかも新しい技まで覚えて!」

ひとしきり興奮した穂乃果は、

「ドサァッ!」

ストーンエッジを放ってきたドサイドンへ向き直り、

「ロトム、__ハイドロポンプ!」

「ウィィィィーッ!」

ロトムが放った渾身の高圧水流は、迫り来る礫をあっさり粉砕。

「火力も上がってる……⁉︎」

そして、

「ドサァ!」

ドサイドンへと直撃した。

「グゥ……」

たまらず倒れたドサイドンを見て、

「やった! 勝てたよロトム!」

思わずロトムに抱き付く穂乃果。

「ウィ!」

ロトムも満足そうに笑った。

「__あ、そうだ。洗濯機になれたなら、他のにもなれるのかな?」

早速好奇心が爆発した穂乃果は、電化製品の山を調べてみる。

「……ダメだぁ。他は全部壊れてる……」

だが、モーターそのものが壊れているのか、ロトムが入り込む事もできなかった。

「__でも、よかった。私たち、また強くなれた」

流石の切り替えを見せた穂乃果は、ウォッシュロトムの頭に手を乗せた。

「これからもよろしくね、ロトム!」

「ウィィッ!」





長い山道を乗り越え、ようやく穂乃果はガジアスシティに到着した。

芝生に土の道路が伸びる、開放感のある土地が広がる。涼しいそよ風が、穂乃果の頬を撫でた。

「うーん、いい所だね!」

登山で疲れた身体で、穂乃果は大きく伸びをする。

ひとまずポケモンセンターで疲れを癒し、それから探索を開始する。

だが、街の様子がどうもおかしい。

「どうしたんだろう……。何となく、忙しないような……」

ひとまず案内を確認しジムに向かうと、

「あれ? 開いてない……」

門扉は固く閉ざされていた。

穂乃果が頭を抱えていると、

「あんた、トレーナーかい?」

初老の男性が声をかけてきた。

「あ、はい。ジムに挑戦しに来たんですけど……」

「ジムリーダーなら、リンモンタワーだよ」

「リンモンタワー?」

「ここからすぐの所に、ニュルドビレッジという小さな村がある。そこにある、カイトゥーン地方の秘宝を祀ったリンモンタワーという塔が賊に襲われたそうでな。ジムリーダーはそこの鎮圧に向かっておる。ここの住民は、万が一襲撃されないように住宅に避難してるんじゃ」

「そうだったんですか……」

「あんたも、ここでのジム挑戦は諦めて、次のジムを優先する事をお勧めするぞ」

それだけ言うと、老人は足早に近くの民家へ入っていった。

「賊って、泥棒なのかな……。だとしたら放っておけないよ! 助けに行かないと!」

穂乃果は拳を握り締めると、勢いよく駆け出した。





ニュルドビレッジは、ガジアスシティからの階段を登った先にあった。

持ち前の階段ダッシュで駆け登ると、数軒だけある民家が目に飛び込んでくる。

「本当に小さい村なんだ……。それで、そのリンモンタワーは__」

探す必要は無かった。穂乃果の目の前に、灰色のそれはそびえ立っていた。

「ひゃー……思ったより高い……」

高さにしておよそ百メートル強。小さい建物が並ぶ中、明らかに異質だった。

「とにかく、行かないと!」

塔の中に入ると、幾つかの小部屋、上へ登る階段など、やや複雑な構造が穂乃果を出迎えた。

「うっ……」

一瞬二の足を踏んだ穂乃果だったが、

「何とかなる!」

と飛び出した。

__するとすぐ、

「行かせるか!」

見覚えのあるヘンテコな格好の男。

「オリジン団⁉︎ 泥棒って、オリジン団だったの⁉︎」

「お前……噂のお邪魔トレーナーか!」

オリジン団の男はボールを掴むと、

「行け、コマタナ」

「ムクホーク、インファイト!」

穂乃果は足を止めずにムクホークを繰り出すと、即座に指示を飛ばす。吹っ飛ばされたコマタナを見て、

「つ、強ぇ……こんな強かったのか……!」

呆然とする男の横を走り抜け、穂乃果は近くの階段を駆け上る。

「……最近、階段登ってばかりかも……」

穂乃果がぼやくのとほぼ同時に、

「__なさい!」

声が聞こえてきた。

右側の部屋から聞こえてきたその声に、穂乃果は足を止めた。

「この声……」

さらに上へ続く階段を無視して、穂乃果は部屋のドアを開ける。そこには、

「そこをどきなさい! あれは選ばれぬ者が持ち出していいものじゃないの!」

「ぅ絵里ちゃん!」

金髪のポニーテール。

絵里は驚いたように振り返り、

「あなた……街の人じゃないわね。でもこの人達とも違う……」

こちらを向く絵里の背後には、五人のオリジン団員がポケモンで壁を作っていた。

「あれは……」

ポケモン図鑑を取り出し確認すると、

「マルノーム……」

重量感のあるマルノームが五体並ぶと、通り抜ける事は不可能。後ろのルートが正解なのは一目瞭然なのだが、それをさせないオリジン団。

「倒すしかないのか……」

穂乃果が呟くと、

「へへっ、マルノーム、たくわえる!」

「ノーム!」

マルノームは攻撃に備える。

それを見た絵里が、悔しそうに前を睨む。

「ああやって、耐久力を上げて時間を稼いでいるのよ。せめて、弱点さえつければ……」

「弱点……? __! まかせて絵里ちゃん!」

穂乃果はムクホークを戻すと、別のボールを掴む。

「ダグトリオ! じしん!」

「ダグ!」

「ノーム……ッ⁉︎」

ダグトリオの攻撃は、マルノーム五体全てに届く。

「じしんは全体攻撃技……。やるわね」

絵里は笑みを浮かべると、

「ここは任せるわ。私は上へ行って、泥棒を止めるわ」

穂乃果の肩に手を置いた。

「分かった! 任せて!」

「お願いね」

絵里は倒れ伏すマルノームの脇を通り抜け、階段を登っていく。

「あ、待て!」「くそっ、ジムリーダーは行かせるなって言われてたのに……」「追いかけるぞ!」

「__ストーンエッジ!」

『『『っ⁉︎』』』

絵里を追いかけようとしたオリジン団の背後から、礫が飛来する。

「穂乃果が相手だよ!」

「くっ……いつもいつも邪魔しやがって……!」

憎々しげにボールを掴むオリジン団へと、穂乃果は次の指示を飛ばす。



「__絵里ちゃん!」

五人のオリジン団にアッサリ勝利すると、穂乃果は階段を登ってそこにあった扉を開けた。

「あら、早かったわね。こっちも終わったわ」

絵里の前には、へたり込む三人のオリジン団。

「__さあ、答えなさい。ここに来て、何をするつもりだったの?」

絵里の問いに、オリジン団はそっぽを向く。

「お前らに話す事は無い。我々の思想を理解できないヤツらは、滅ぶしかないのだ!」

そう叫んだオリジン団の三人は、

「今回は退こう。だが、気付いた時にはすでに手遅れだろう!」

絵里と穂乃果の間を抜けて、部屋から姿を消した。

「何なのかしら……」

疑問符を浮かべたままそれを見送った絵里は、穂乃果に向き直る。

「ありがとう、助かったわ。__あなたが穂乃果ね?」

「! 分かるの⁉︎」

「希から連絡が来たのよ。__まったく……『スピリチュアルなトレーナーが挑戦しに行く』なんて、分かりにくいのよ……」

「あはは……希ちゃんらしいや」

若干がっかりしつつ、穂乃果は苦笑い。

「穂乃果、本当にありがとう。__おかげで、九つ水晶を守れたわ」

「ここのつすいしょう?」

「ええ。これよ」

絵里が示した先には、古びた台座に安置された、根元から九つに分かれた結晶体があった。

青や赤、緑や黄色。絶えず色を変え続けるその水晶は、穂乃果の視線を釘付けにした。

「綺麗……」

「これは遥か昔、カイトゥーン地方に伝わる伝説のポケモンが、私達人間に与えたと言われる秘宝なの。理由までは分からないけれど……繁栄を願ったとも、戒めのためとも言われているわ。__見える?」

絵里は塔の窓から、外を指差す。

穂乃果が視線を向けると、ウテックス山の山頂が見えた。うっすらとだが、何かの建造物が確認できる。

「ここから、唯一頂上が見えるの。何故か雪が積もらず、カイトゥーン地方の神話と何かしら関係があると言われているけれど……あの頂上に向かう道が無いの。野生のポケモン達も近寄らず、今まで謎に包まれたままなのよ」

「ほぇ〜……。よく分からないけど、凄いんだね〜」

「そうね。__ふふっ、こういう謎めいた事は、希が好きなんだけどね」

絵里は微笑むと、穂乃果の横を通り過ぎる。

「私は先に戻るわね。穂乃果はジムに挑戦しに来たんでしょう? 待ってるわよ」

「うん! 待っててね!」

絵里が部屋から出、辺りは静寂に包まれる。

「九つ水晶……」

不思議な輝きを放つそれを、穂乃果はしばらく見つめていた。





「それでは、ガジアスジムリーダー・絵里VSチャレンジャー・穂乃果のバトルを始めます。ジムリーダーの使用ポケモンは四体。チャレンジャーに制限はありません。なお、チャレンジャーにのみポケモン交代が認められます」

審判の声を聞きながら、絵里が口を開く。

「リンモンタワーでは世話になったわね。ありがとう」

「どういたしまして!」

「私からできる事は少ないけれど……代わりにこのバトル、全力で迎え撃つわ」

モンスターボールを掴む絵里は、隙の無い微笑みを浮かべる。

「__行きなさい、マンムー!」

「ムー!」

「氷タイプか……」

ポケモン図鑑を確認した穂乃果は、

「じゃあお願い、リザードン!」

「グオ!」

「炎タイプね」

最悪の相性にも関わらず、絵里の余裕は消えない。

「行くよ、絵里ちゃん! __リザードン、かえんほうしゃ!」

リザードンが吐き出した火炎は、一直線にマンムーへ飛来する。

「マンムー、ステルスロック」

だが絵里は慌てる事なく、マンムーに指示を飛ばす。

マンムーの飛ばした小さな岩石は、穂乃果側のフィールドに落下すると沈んで見えなくなった。同時に、リザードンの攻撃が直撃する。

「よしっ、これで大ダメージを__」

「ムー!」

「うそっ! 効いてない⁉︎」

「マンムーの特性は、あついしぼう。炎タイプの技は、半減にできるのよ」

「ムッ……!」

しかし、マンムーの足元がよろけた。

「火傷の追加効果……? やっぱり、あなたは何か持ってるのね」

「チャンス! 畳み掛けるよ! フレアドライブ!」

「グオォォォォッ!」

炎を纏ったリザードンは、マンムーへと突っ込む。

「炎タイプの対策が、防御だけだと思わない事ね。__マンムー、ストーンエッジ!」

「! その技……!」

穂乃果もよく見覚えのある、礫の大群がリザードンへ肉薄する。

「もう避けられない……! 頑張れリザードン! 突っ込めぇぇぇぇっ!」

穂乃果が拳を突き出し、リザードンは礫の中を爆進する。

「嘘……リザードンに岩タイプは抜群の抜群……。どうして倒れないの……?」

絵里が目を見開くその間に、

「グオォォォォッ!」

リザードンはマンムーと衝突した。

衝撃で巻き上がる熱風に顔を背けた絵里が見たのは、

「ムー……」

「マンムー、戦闘不能! リザードンの勝ち!」

倒れ伏すマンムー。

「特性あついしぼうを持つマンムーをこうもアッサリと……」

マンムーを戻した絵里は、

「グオォォォォッ!」

瀕死寸前ながらも、溢れんばかりの闘志を放つその姿を見て悟る。

「もうか、ね……。それにマンムーは火傷を負っていた。……ふふっ、私が必死に考えた対策を簡単に打ち破ってくるだなんて。やっぱり面白いトレーナーね、穂乃果」

絵里が浮かべる笑みは、不敵なものから楽しげなものへと変わっていく。

「穂乃果も、絵里ちゃんとバトルできて楽しいよ!」

「あら、嬉しい事言ってくれるわね。__でも、そう簡単には負けないわよ。ラプラス!」

「ラプ!」

「水タイプもあるんだ……。抜群じゃないけど、氷タイプなら__」

「それはこっちも同じよ。飛行タイプも持つリザードンには、ね。__こおりのつぶて!」

「ラプー!」

ラプラスは拳ほどの氷の塊を作り出すと、リザードン目掛けて放ってきた。

「グオッ⁉︎」

反応もできなかったリザードンは直撃を許してしまい、

「リザードン、戦闘不能! ラプラスの勝ち!」

体力の限界か、倒れてしまった。

「ああ……お疲れ、リザードン」

リザードンをボールに戻し、穂乃果は絵里を見やる。

「やっぱり絵里ちゃん強い……。こんなにアッサリ、リザードンが負けちゃうなんて……」

「私は、そう簡単には負けないわよ?」

「でも! 穂乃果だって負けないよ! __ロトム!」

「ウイィィィ!」

「電気に水タイプ……。ラプラスの攻撃が効かないわね」

「えっへん!」

「__とでも思ったかしら?」

「へっ?」

「ラプラス、10まんボルト!」

「ラプー!」

固まった穂乃果の前で、ラプラスは電撃を放つ。

「え、ウソ⁉︎ ロトム、でんげきは!」

「ウイィィィ!」

慌てて放たれたロトムの電撃は、辛うじて相殺される。

「あ、危なかった……。そんな技まで使うなんて……」

流れた冷や汗を拭うと、穂乃果は大きく深呼吸。

「__よしっ。行くよ、ロトム!」

「ウィ!」

「ほうでん!」

「ウィィィィーッ!」

「ラプラス、れいとうビームで迎え撃って!」

「ラプー!」

迫り来る電撃を相殺していくラプラスの攻撃だが、全てを止める事はできなかった。

「まだ行けるわね? ラプラス」

「ラプ。……⁉︎」

唐突に、ラプラスの動きが不自然に鈍った。

「これは……まひ⁉︎ 追加効果を引き当てるなんて……」

「チャンス! ロトム、でんげきは!」

「ウィィィィーッ!」

再度放たれる電撃。

「くっ……ラプラス、れいとうビーム!」

「ラ、プ……!」

だが身体が痺れるラプラスは、思うように動けない。そして、ラプラスを電撃が駆け抜けた。

「ラプラス、戦闘不能! ロトムの勝ち!」

「やった! やったねロトム!」

「ウィ!」

「ふう……お疲れ様、ラプラス。よく頑張ったわね」

絵里は小さく息を吐くと、

「いけないわね。ジムリーダーとしてチャレンジャーを導かないといけないのに……。バトルを楽しんでる私がいるわ」

「いい事だよ! 楽しいもん!」

「ふふっ、そうね。何よりも楽しむ事が大切よね」

絵里は明るく笑うと、三つ目のボールを掴む。

「行きなさい、フリージオ!」

「フリリリリ……」

奇抜なポケモンに睨まれた穂乃果は、グッと拳を握り締める。

「絶対負けない! __「ロトム、ほうでん!」

ロトムが放った電撃は、ユラユラ浮遊するフリージオへ直撃する。

「よしっ」

「フリリリリリ」

「うそっ、効いてない⁉︎」

フリージオはまったく堪えた様子も無く、不気味に笑い声を漏らす。

「私のフリージオを甘く見ない事ね。__フリージオ、ソーラービーム!」

「フリリリリリ!」

フリージオはゆっくりと光源を吸収し始める。

「あれって、草タイプの技……? それはマズいよ……! ロトム、ハイドロポンプ!」

「ウィィィィーッ!」

かつてドサイドンを一撃で屠った高圧水流は、フリージオにはアッサリ受け切られてしまう。

「やりなさい、フリージオ!」

「フリリリリリッ!」

フリージオから放たれた極太のレーザーは、的確にロトムを貫いた。

「ロトム!」

「ウ、ウィィィ……」

何とか持ちこたえたロトムだが、ダメージはこの上なく深刻そうだ。

「くっ……一回戻ってロトム!」

ロトムをボールに戻した穂乃果を見て、絵里は頷く。

「賢明な判断ね。あなたのロトムじゃ、私のフリージオには勝てない」

「悔しいけど、その通りかも……。でも、私はみんなを信じてる! __ムクホーク、ファイトだよっ!」

「ホーク!」

穂乃果は拳を突き出す。

「つばめがえし!」

低空飛行でフリージオへ肉薄するムクホーク。

「れいとうビームで迎え撃って!」

「フリリリリリ!」

フリージオもビームを放ち、

「上へ逃げて!」

上昇するムクホークの背後を追いかける。フリージオの傾きが四十五度を超えた辺りで、

「今だ!」

「ホーク!」

穂乃果の掛け声で、ムクホークは急降下を仕掛ける。

「フリリリリリ……⁉︎」

突然の事にフリージオは反応が遅れ、その隙にムクホークは突撃。そして華麗に舞い上がった。

「よしっ」

衝撃で吹っ飛ばされたフリージオは、何度もクルクル回るとようやく静止した。そこには、若干の焦りが滲み出ている。

「……?」

穂乃果は、違和感を覚える。

「ロトムの攻撃は全然効かなかったのに、ムクホークの攻撃は効いてる……? __もしかして!」

何かに気付いた穂乃果。

「ムクホーク、もう一度突撃!」

「させない……! フリージオ、ふぶき!」

「躱して!」

ムクホークはギリギリでブリザードを避けると、フリージオへ肉薄。

「インファイト!」

そして全力の打撃をお見舞いした。

「フリージオ、戦闘不能! ムクホークの勝ち!」

「やったぁ!」

フリージオをボールに戻した絵里は、

「よく気付いたわね、フリージオが物理攻撃に弱い事に」

「うん。ふと思ったの!」

「バトルの最中に成長していく……。まったく、底なしのポテンシャルね」

絵里は四つ目のボールを掴む。

「私の最後のポケモンね。けど、負けるつもりは無いわよ?」

「望む所だよ!」

「ふふっ、ワクワクさせてくれるわね。__行きなさい、ユキノオー!」

「ノオー!」

「氷と草タイプ……。リザードンがいれば、活躍できそうだったのに……。って言ってもしょうがないか。飛行タイプだってバツグンだもんね!」

穂乃果が気を引き締めると、頭上から小さな氷の塊が降ってきた。

「な、何⁉︎ あられ⁉︎」

「ユキノオーの特性はゆきふらし。フィールドにあられを降らせるのよ。__そしてこれは、」

「ほ、ホーク……?」

「氷タイプ以外に、少しずつダメージを与える」

ムクホークの羽ばたきが、一瞬不規則に乱れる。

「油断していると、そのまま負かしちゃうわよ? __ユキノオー、ふぶき!」

「ノオー!」

「ムクホーク、躱して!」

ムクホークは全力で上昇する。だが、フリージオとは比べ物にならない広範囲でムクホークを飲み込んだ。

「ムクホーク、戦闘不能! ユキノオーの勝ち!」

「そ、そんな……あんなの避けられないよ……」

「その通りよ。あられが降っている時は、ふぶきは絶対に当たる。逃がさないわよ?」

ユキノオーの強さを再認識した所で、穂乃果は悩む。

「どうしよう……。ロトムはもうほとんど体力が残ってないし、ダグトリオもロゼリアも氷タイプが弱点だし……」

「どうしたの? 降参かしら?」

「絶対しないもん!」

即座に言い返した穂乃果は、

「考えていても仕方ない……。よし。__ダグトリオ、ファイトだよっ!」

「ダグ!」

「地面タイプ……? 何か意図があるのか、もしくは万策尽きたか、ね」

絵里の表情に、少し余裕が見える。

「ユキノオー、ふぶき!」

「ノオー!」

「ダグトリオ、あなをほる!」

「ダグ!」

ダグトリオは地面に潜り、攻撃をやり過ごした。

「やっぱり、これなら当たらない!」

「だからと言って、地面タイプじゃユキノオーには効かないわよ? さあ、あなたはどうするの?」

バトルフィールドに、一瞬の静寂が訪れる。

「大丈夫、できる」

穂乃果は、自分に言い聞かせる。「私達なら、できる! __ダグトリオ、今だ!」

穂乃果の合図で、ダグトリオはユキノオーの真下から体当たりをかます。だがやはり相性が悪いのか、体勢を若干崩すに終わった。

「ふふっ__」

「そこからストーンエッジ!」

「ダグッ!」

「なっ……?」

ゼロ距離で襲う礫の群れに、たまらずユキノオーも吹っ飛ばされる。

「くっ……ユキノオー、ふぶき!」

「ノオー!」

同じく超至近距離から放たれた攻撃は、逃げる暇なくダグトリオを襲った。

「ダグトリオ、戦闘不能! ユキノオーの勝ち!」

「ああ、一撃……お疲れ、ダグトリオ」

ダグトリオをボールに戻した穂乃果は、もう一度、あのボールを掴む。

「ロトム、頑張って!」

「ウィ!」

「まさか、攻撃を繋げてくるなんてね。あんなの初めて見たわよ?」

「できるか分からなかったけど、きっとできるって信じてたから!」

「……本当、不思議なトレーナーね。__でも、まだ私のポケモンは負けてない。元気な五体目じゃなく傷ついたロトムという事は、残りはユキノオーに不利という事。違う?」

「ぐ……ロトムなら行けるよ! ねっ?」

「ウィ!」

絵里の的を射た発言を跳ね返した穂乃果は、ロトムをしかと見据える。

「そう。なら、闘ってみせなさい! __ユキノオー、ウッドハンマー!」

腕を振りかざして向かってくるユキノオーに、

「ロトム、おにび!」

ロトムは青白い炎をぶつける。

「やけど、ね。__けど、勢いを止めるには弱すぎるわ!」

ユキノオーは渾身の力で、ロトムに一撃をお見舞いした。

「ウィィィ……ッ!」

後方へ弾き飛ばされるロトム。

「お願い、耐えて……!」

「ウィ…………ウィィィィーッ!」

「そんな、耐えられた……⁉︎」

「これで決めるよロトム! __たたりめ!」

「! その技は……!」

「ノオ……ッ、オッ……!」

ユキノオーの周りに現れた人魂のような光。それはすぐに消えたが、

「ユキノオー、戦闘不能! ロトムの勝ち! よって勝者、チャレンジャー、穂乃果!」

そこにいたのは、倒れ伏すユキノオーの姿だった。

「はぁ……はぁ……。か、勝った……!」

緊張のあまりか、肩で息をする穂乃果。

「……負けた、わね」

小さく息を吐き、下を見る絵里。

「絵里ちゃん……」

それを見た穂乃果は、ゆっくり歩み寄る。

そして、手を差し出した。

「穂乃果……?」

「絵里ちゃん、すっごく強かった。何度も、負けそうになった。__だから、穂乃果はまた絵里ちゃんと闘いたいな!」

「穂乃果……まったく、あなたって人は……」

明るい笑顔を浮かべる穂乃果に、絵里も苦笑する。穂乃果の手を握り返した絵里は、

「次は負けないわよ?」

「望む所だよ!」

「__あ、そうそう。忘れる所だったわ。これが、ガジアスジム制覇の証。リーダーバッジよ」

「これが、六個目のバッジ……。ありがとう!」

「そしてこっちは、技マシン《ふぶき》。強力な氷タイプの技よ。天気があられなら、絶対に当たるようになるわ。……例外はあるけどね」

「うん、ありがとう!」

「それにしても、まさか希の技で決着とはね」

「ん〜? 悔しいん?」

「って希⁉︎ いつからそこに……!」

「ついさっきやん。絵里ちが、ウチの技で負ける所からや」

絵里の背後から現れた希は、悪戯っぽく笑う。

「まったく希は……」

少しだけふてくされた絵里に代わり、希が穂乃果に向き直る。

「穂乃果ちゃん、勝利おめでとさん。ちょっと見て欲しい場所があるから、案内させてな?」

「見て欲しい場所?」

「そうね。バッジを集める穂乃果には、ぜひ見て欲しい場所」

絵里と希が、同じような笑みを浮かべる。後輩を試す、不敵な笑みを。


後書き

読んで頂きありがとうございます。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。覚えない技とか気にしない


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ばーむくーへんさんから
2015-12-08 19:59:02

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2015-10-16 14:46:09

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2015-12-24 01:39:07

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