雪解ケ水
当たり前と思っているといつか手ひどいしっぺ返しを食らう。
昔はあった、今はない。その逆もあるけど結局は人次第。
今出来る事って何だろう。
書いてから色々投稿するか悩んだけど、お蔵入りさせるのもどうかと思い投稿します。
色々思われる事はあるかもしれませんが、広い心でお願いいたします。
今年も残す所、一か月となろうとしていた。
「陽炎、暇だな」
「なぁに?お話したいの?」
「んー、いつもなら忙しくなる頃だろ、珍しくてな」
陽も傾き夕飯は何かと気になりはじめていた。
珍しく暇でやる事がなく、仕方なしに景色でも眺めて時間を潰そうと思い外を見ると、波止場に見覚えのない艦娘がいた。
よく見るとその艦娘は陽炎型だと気づいた。
「あれ誰だ?」
指さし確認する。
「あれ?あぁ、雪風でしょ。服変えただけでわからなくならないでよ」
若干声がとげとげしい、服を変えたくらいで妹がわからなくなった事に対して不満があるみたいだ。
さすがに服を変えたくらいで相手が誰だかわからなくなるわけがないんだがな…。
何か理由があって姉の誰かと服の交換でもしてみたのか。
それとも秋雲の仕業かとも思ったが、どうにも気になる。
どうせ暇だ。
「陽炎、少し席を外す。ちょっと雪風と会ってくるから、その間休憩な。遠征組が戻ってきたら対応よろしく」
「あまり余計な事しないでよ」
「はいはい」
そういって波止場へと向かった。
近くに来て改めて気づいたがやはりいつもと違う。
持ち前の明るさが無く、その右手には何かを握っていた。
背を向けているので気付かれてない、何と声を掛けたら良いか…。
「どうした、雪風?」
「司令…あの、雪風に何か、ご用でしょうか」
振り向いてくれたが、やけに表情が硬い。
それに何かを押し殺すかのような必死さが見え隠れしていた。
「部屋からお前の姿が見えてな、いつもと違う格好だから気になって声を掛けに来た」
「たまたま違う服装をしてみたかっただけです、司令」
「その右手に握られている葉書がお前をそうさせているんじゃないのか?雪風」
「…その、申し訳ありません司令。一人にしておいてくれると助かるのですが」
話をまともにしたくないようだ。
「上官として部下の心配をするのは当たり前だ。ほら、話せ」
「一人にしておいてください」
「その葉書、訃報か」
当たりだったようだ、雪風の身体がびくりと跳ねた。
「親しい相手か?」
「……」
禁句に近いがわざと言い回しを変えてみる事にした。
「沈んでちゃ何もわからないぞ」
「ほっといてください、司令!雪風は沈んでなんかいません、沈みません!不沈艦なんですから!それに司令官には関係のない事です!いい加減一人にさせて下さい!」
「本気で一人にして欲しいなら自分で移動すればいいだろ」
雪風が憎しみの籠った視線を向けてきた。
「そうさせて頂きます、失礼します。司令官」
「残念だがそうはいかないのが世の中なんだな」
自分の左手側に抜けようとした雪風の肩に手をかけ動きを止める。
相当憎いのか肩に置いた手を思いっきり振り払ってきた。
艦娘の腕力だ、振り払われた際に左腕から嫌な音が聞こえた。
痛みに耐え、先程と変わらないように声を掛ける。
「何をそんなに耐える必要がある?いつもみたいに素直に感情をぶつけてくればいいじゃないか」
「…明日にはいつも通りになりますから。本当に、今日は、一人にしておいてください」
「そんな明日なんて来ねえよ。明日という日は日付が変わったら今日になるだけだ。明日なんて言ってる内は明日なんて来ねえよ」
憎しみの目線を向けてきたのが一変して呆然とした表情で何か呟き始めた。
「大丈夫…絶対、大丈夫…」
「陽炎型駆逐艦8番艦、雪風!」
「はいっ!」
条件反射で返事をさせた瞬間、葉書を抜き取らせてもらった。
「あっ!」
「妖怪…が亡くなったのか」
「…はい」
葉書を見られて諦めたらしい。
「話してくれるか?」
「まだ雪風が復員輸送艦として任務についている頃の事でした
雪風が艦娘としてではなく、船として居た時なので余りはっきりとは思い出せないんですが
戦地から帰ってくる人達の中には一際異彩を放つ人達がいました
そんな中にその人が居たんです
戦地から引揚げるんです、地獄を見てきた、やっと帰れると言った感情で皆さん一杯でした
雪風も復員輸送艦として必死でしたし任務中も色々ありました
それでも幸運艦の名に恥じないよう必死に働きました
丹陽として引き渡された後も色々ありました…
でも解体されて艦娘として生まれ変わるまでの間に助かった人達の安否がどうしても気になって
調べられるだけ調べて見たんです
敗戦国の努めか、知れば知るほどつらい思いをするだけでした
日本に帰ってきても、ほとんどの人が生きるのに精いっぱいで…
そんな気の滅入る時代が続いた後、徐々に立ち直ってきますよね、その後は一気に高度成長
皆さん日本に戻ってきても辛い思いをしながら生きてきたと思います
そんな中で妖怪ですよ、司令
どんどん経済成長するにつれて街に明かりが増え暗闇が減っていってる中で妖怪を描き続けて
あ、勿論他にも色々されてました
でも一番は妖怪だと雪風は思います!誰もが知ってますし妖怪と言えばこの人とまで言われてるんですからっ
みんなが知ってて、ご本人も大変有名で…
雪風も一時とはいえ手助け出来た事を誇りに思ってます!
この人の活躍があったからこそ雪風も他の帰還者の方も辛い思いだけじゃなかったんだろうなと思える希望が湧いたんです
雪風自身、船の時と違って今は不老ですし、ある意味妖怪みたいなものだと思ってるので意外と親近感があったりします
この人は亡くならないだろうってどこかで思ってたんでしょうね、司令
葉書が届いて、急に目を背けていた事実を突きつけられたような気がしちゃって
雪風だめですね、司令…人は亡くなられるんですよね
私達も轟沈すれば無くなりますけど…
人は寿命じゃなくても亡くなられる事もあるんですよね…
いつも今を大事に生きようって思ってても、自分だけじゃどうしようもない事ってどうしたらいいんでしょうね、司令…
たった少し、本当に少ししか関わり合いが無かったんですけど、それでも仲間だと…
ずっと…仲間だと、思ってたんです…
ごめんなさい、司令…ちょっと、話す、のがキツくなっ、てきました」
こちらから話をさせたにも関わらず、結局雪風に対して何かしてやれる事がありそうにもない。
だけど、ここで黙って引き下がる事はしたくない。
せめて自分で出来る最善は
「雪風」
声を掛けると共に頭を優しく撫でる。
振り払われた腕が痛みを訴えてくるが反対の手は葉書を持っているため我慢する。
何か口にしようとあれこれ考えたが、どれも陳腐になりそうなのでただ黙って撫でる事にした。
触れた時こそ体を強張らせた雪風だが、先程のように振り払うでもなくじっとされるがままだった。
撫で続けているとやがて嗚咽の声が聞こえ始め、雪風の足元に水滴が落ちた。
撫でていた手を止め、頭を抱え込むようにしこちらの胸を貸すように押し付けると
それまで塞き止めていたものが溢れ出したのかこちらの服を掴みながら声を上げて泣き始めた。
夕日が水平線に落ちようとする中、波の音と鳴き声だけが波止場に響く。
しばらくして少しは落ち着いたのか、泣いていた雪風が「もう大丈夫」と、か細く言った。
手を外すと雪風自身が一歩下がり、泣きはらした目と無理やり作った笑顔をこちらに向けてきた。
「お恥ずかしい所をお見せしました、司令」
「気にするな、誰にでも恥ずかしい事の一つや二つはある」
そう言って葉書を雪風に返してやる。
返ってきた葉書を雪風は両手で大事に掴み胸元に抱え込んだ。
「さて、そろそろいい時間だがどうする?」
「すいません、司令ぇ。雪風、もう少しだけここで海を眺めていきます」
申し訳なさそうな、泣き笑いのような、そんな顔をしつつも先程までとは違いその眼には迷いがなかった。
「わかった」
そう一言だけ伝え執務室に戻る事にした。
既に雪風は胸に葉書を抱えたままの状態で海を眺めていた。
ただ先程までとは違い今は背筋が伸び、眼からも迷いは抜けていた。
少し歩いた所で海風と一緒に水滴が飛んできたが、波飛沫かどうかは判らなかった。
執務室に戻ると陽炎が何も言わずにお茶を淹れてくれた。
「遠征組からの報告はいつもと変わらず、他は特になかったわ」
「おう、ありがとう」
思いの他、冷え込んでいた身体に熱いお茶は有り難かった。
お茶を啜っていると、空腹を思い出し腹が鳴った。
陽炎にも聞こえたようで「ぷっ」と噴き出していた。
腹の音を聞かれたのが若干恥ずかしかったが、時間も丁度よいし夕食にしようと声を掛ける。
「陽炎、休憩入りまーす!」
元気よく返事すると同時に執務室を出ようする陽炎を呼び止める。
「ちょっと待った。一つ頼まれ事をして欲しい」
「なぁに?」
「甘いものが食べたい」
「は?」
間宮があるだろと言わんばかりの訝し気な顔を向けてきたが
「お前らと違って部屋をそうそう空ける訳にもいかないからな、自分用に確保しておきたいんだよ。それに間宮で食ってると集られるんでな…」
「んー?いいじゃない、集られても」
「作ってくれるなら自分の分も用意していいぞ?冷蔵庫にバナナも残ってるしケーキでも作ってくれると有り難いなぁ」
何か隠し事してますと言わんばかりの台詞だがこの際仕方ない、咄嗟に思いついた事で実際どうなるかわからないし
面倒くさいという顔をしてる陽炎に
「ケーキにかかる材料費は俺持ちでいいぞ?ただし出来る限り料理番の艦娘に見つからないようにしてくれると助かるかな」
甘いものと言っておきながら、ケーキと指定してるあたり疑惑を持たれているのだろうが
直接理由を言いたくないので察してもらう方向で話を進める。
「何 も 無 け れ ば 明日にでも食べるから、今日中に作って欲しいなぁ」
「わかったわよ、作ったげるから」
「ありがとうな、陽炎」
「お礼なんていいのよ~。費用はそっち持ちなんだし、元々私も考えてたし。司令のお墨付きがあるから好きに作れるし。じゃぁ改めて、休憩はいりまーす!」
言うだけ言って陽炎は執務室から出て行った。
しかも最初から自分で雪風のフォローはするつもりでいたと
分かっていてあの対応かよ、と少々憤りを感じると同時に最近の若い艦娘ってわからねぇよと軽く嘆きたくもなった。
熱いお茶だけが心に沁みた。
その日の夕食は時間をずらし一人で食べた。
夜中になり自室で寝る準備をしていた私達の部屋に雪風が訪ねてきた。
どうやら借りた服を返しに来たようだ。
「こんな夜中に急いで返しに来なくてもよかったのに」
「もう大丈夫ですからっ。ありがとうございました、陽炎姉さん」
そういう雪風の顔には泣きはらした跡があったが敢えて触れないでおく。
「ああ、お礼なんていいのよ~。可愛い妹のためだもの~」
服を受け取りつつ雪風の頭を撫でてやる。
雪風がくすぐったそうに身を捩るが「くぅ~」と可愛らしい音がおなかの方から聞こえた。
「雪風、夕飯は食べなかったの?」
「あう~、ちょっと食べ損ねてしまって…」
「もう駄目じゃない、正しい食事は健康の秘訣よ~?…仕方ないか、本当は良くないけど、ちょっとだけいいものをあげようかな」
背後でガタッと音を出した奴ら(不知火・黒潮)をひと睨みして黙らせ、雪風と二人で食堂に行く。
夕食前に言われた通り、何かあったので作ったケーキを雪風に出した。
「ほらっバレナイうちに食べちゃいなさい」
雪風が目をぱちくりさせてこちらを見ているが
「夕飯食べそこなったんでしょ?空腹だと寝付けないわよ?証拠隠滅も兼ねて全部食べちゃいなさい」
そう言って少々大きめのケーキを1ホール丸ごと食べるよう促した。
「陽炎姉さん、いいんですか?」
さすがに夜中なので小声で聞いてくる雪風に対し「大丈夫よ」と返しニヤリと笑いかけた。
「おいひぃれすぅ」
あまり時間が掛けられなかったため、二層にしたスポンジに生クリームとバナナの輪切りを挟んだだけのケーキだが雪風は喜んでくれたようだ。
暫くの間、雪風がケーキを食べるのを見つめつつお白湯を飲む。
「ケーキにお白湯じゃ締まらないわよねぇ」
夜中ゆえに紅茶ではなくお白湯にしたが本当は紅茶にしたかった。
「そんな事ないですよ?ケーキも美味しいですし、お湯もあったかいですっ」
そう言う雪風の顔に一筋の涙が流れた。
感傷に浸る事が出来たからだろう、その点は提督に感謝すべきだが姉としては大事な妹を泣かせてくれたのもあり差し引きゼロだと思う事にした。
そっと伸ばした指で涙を拭ってやり、ついでに指でクリームを掬い舐める。
「甘いね」
「はいっ」
その後黙々とケーキを食べる雪風を眺めていたら、ふと悪戯心が湧いてきた。
「ねぇ雪風。ちょっとお願いを聞いてくれない?」
翌朝、何とかひびで済んだ左腕をなるべく使わないようにしつつ執務室に入る。
しかも昨日に引き続き秘書艦は陽炎で、気を遣わずに済むのが助かった。
…しかし、いつもなら俺より早くに来ているのに珍しく居ない。
少し待つとドアをノックする音が聞こえたので「入れ」と促す。
「雪風です!本日は急遽秘書艦を担当する事になりました。どうぞ、宜しくお願い致しますっ!」
唖然としていると雪風が「司令ぃ?」と不安げな顔をしてきた。
「あぁ、少し驚いただけだ。で、だ、雪風。来てもらったはいいが午前中にやるべき事がない。つまり待機となる」
「はいっわかりました司令。何か、ご用がありましたらお申し付けくださいっ」
そう言って敬礼する雪風に安堵感を覚えつつ緩やかな午前を過ごした。
「さーて、そろそろ昼飯だな、雪風。少し早いが昼休みにしようか」
「はいっ」
食堂に向かう途中で寒風により左腕がきしみをあげ、茶碗を持つ事が出来るか少し不安になった。
横には昨日と変わって元気になった雪風が寒さをものともせずにいる。
食堂に着き献立を見て軽く驚く。
左腕を気遣わずに済む昼食で良かったと言うのと予想外の献立に誰が考えたのか気になった。
トレーに昼食を載せる際に厨房に陽炎の後ろ姿が見えた。
(あいつ…影でこそこそとしやがって)
感謝と苦笑が入り混じる。
先に席についていた雪風は既に包み紙を開けて食べ始めていた。
「司令、ハンバーガーおいしいです!司令、食べて食べて♪」
「おお、そうか。俺もガブりといくとするか」
献立はハンバーガー二種類、ポテト、ドリンク、アップルパイもついてきていた。
二つあるハンバーガーの内の一つをとり包み紙を開け齧り付く。
「とんかつ?!」
思わぬ中身に驚きつつも一心不乱に食べていた。
一つを食べ終わり一息つこうとコーヒーに手を伸ばす。
雪風が静かにしているのに気づき顔を向けると
そこには美味しそうにハンバーガーを頬張る雪風の笑顔があった。
「司令!美味しいですねっ」
忘れちゃいけない人だと思い、少しでも何か出来ないかなんて傲慢さから書き始めましたけど、書いてる途中で悩み、結局完成させずに年を越しました。
色々思考が回ってましたが、途中で投げ出すのは止めようと思い書き上げ、書いたなら投稿するかと思い結局投稿する事に。
年齢を考えるとそうでもないのに、何故かまだ大丈夫と思ってたんだよなぁ。
「昭和」が過去になった証拠なんだろうかと思い悲しくなる。
このSSへのコメント