提督「いつまで続くかな、この幸福は……」 扶桑「何があっても、私が側にいます!」
前前作 : 鳳翔「私たちは、傭兵かぶれのごろつきですから………」
前作 : 提督「さあ、楽しい楽しい報復劇だ」 扶桑「終わらせましょう。私たちの過去を………」
の続きとなります。
過去の雪辱を晴らした提督は、リンガ泊地の艦娘たちと平和な時間を過ごしていく。
時にはイチャイチャ、時にはざわざわ。時には平和に時には戦い。時には裏での暗躍と、それぞれの思惑とちょっぴりの幸福。
そんなよくわからない日常です。
この物語は、艦隊これくしょん ー艦これー の二次創作であり、実在する団体、地名、組織とは一切関係ありません。
オリキャラ、拙い文章、表現、キャラ崩壊あり
IFエンディング要望が来なかったので続きの話を作っちゃいました。
前作は下記リンクより。
鳳翔「私たちは、傭兵かぶれのごろつきですから………」
提督「さあ、楽しい楽しい報復劇だ」
扶桑「終わらせましょう。私たちの過去を………」
・・・・・・
天草提督がリンガ泊地に着任して半年。彼らは以前と変わらぬ生活を送り、何不自由なく過ごしている。
変わったことといえば2つ。1つは、自分たちは過去の経験から傭兵のような生き方をしていた。しかしそれも無くなり、今は海軍の所属として大義ある生き方をしている。
そしてもう1つは、新たな日課ができたことだ。
・・・戦没者の慰霊碑・・・
ここは、5年前に起きた横須賀の襲撃事件から、2年前に起きた天草提督と海軍の衝突によって命を落としたものたちの慰霊碑だ。ここには人間、艦娘を問わず祀られており、彼は毎朝ここに来ては死者を弔うのであった。
提督「…………」
扶桑「提督、食事の準備が整いました」
慰霊碑の前で線香を焚き、合掌をしている提督の後ろから、彼の秘書艦である扶桑が声をかける。
提督「……そうか。少し、このままで居させてくれ」
扶桑「今日で、半年ですか…………」
提督「お前は、私がこの場にいることが苦痛に感じると思うか?」
扶桑「いいえ。私も、お側によろしいですか?」
提督「……あぁ、構わない。…………何故だろうな。ここにいることが、寧ろ心地よく感じるのだ」
扶桑「心地よいのですか?」
提督「何故だろうな。ここにいることで、とても安らぐ気がするのだ」
そう言葉に出す提督の顔は、どこか悲しげで寂しげな顔であった。それもそのはずで、彼にしてみれば死んでいった者たちは友であり、師であり、教え子のようなものであり、仲間たちであり、彼にとって、大切な者たちであるのだ。
提督「さて、行こうか。今日は何か予定があったかな?」
扶桑「……本日は何もなかったと存じます」
提督「そうか。なら琴でも奏でるとしよう。あの時以来、そんな機会が訪れなかったものでな。久々に触れてみたい」
扶桑「………はい。では参りましょう、提督」
提督「そうだな。………それではまた明日、参ります」
提督は彼らにそう語りかけ、この場を後にする。
リンガ泊地 司令部施設
食堂
提督「……今日の当番は誰だ?」
扶桑「今日は空母の方々が中心です。鳳翔さんに翔鶴姉妹、祥鳳さんに瑞鳳さん。あと、鈴谷さんですね」
提督「……1人だけ不安な奴がいるな」
ここリンガ泊地では、複数の艦娘によって調理を行い、配膳を行うという少々特殊な食事体制をとっている。これは調理の上手い下手関係なく振り分けられる。
下手と言っても、砂糖と塩を間違えるとか、味音痴であるとかではなく、切った野菜の大きさが異なったり、煮る時間が足りないとかといった、まだ救いようのあるレベルであるので、騒動に陥るまではいかない。
鈴谷「それ、鈴谷を見て言ってるの? ねぇ?」
提督「おっと、聞かれてたか」
鈴谷「あのねぇ〜、鈴谷だって少しは料理くらいできるんだよ?」
提督「それは済まなかったな」
鈴谷「そりゃ、みんなに比べれば私のなんかまだまだだけどさ…………」ボソッ
提督「……ま、周りが優秀すぎるだけだ。お前はお前なりに積み重ねていけばいい」
鈴谷「……えっ!? 嘘、聞かれてたの!? マジ恥ずいんだけど〜………」
提督「生憎と、音には敏感でな」
鈴谷「むぅ〜……納得いかない〜」
扶桑「ふふっ。諦めてください」
鈴谷「何か悔しい〜!」
ふくれっ面で去っていく鈴谷を、我が子を見守るような目で追う提督。料理を受け取りに行き、席に座る。
提督「さて、頂くか」
扶桑「提督、お隣によろしいですか?」
提督「もちろんだ。それでは、頂こう」
扶桑「はい。いただきます…………ん、美味しいですね」
提督「そうだな。偶には私も調理を担おうか。明日にでも加わろう」
今日の料理は朝食らしい和食だ。白米にほうれん草のおひたし、鯵の開きに味噌汁と、なかなかにバランスの良い食事である。
川内「いや〜、半年経ってもお熱いねぇ〜」
提督「………川内か。それと、陽炎もか。何時もの面子だな」
彼女らは初期の頃から一線で活躍してくれている。2人の関係をあえて言葉に表すならば、友人か好敵手という言葉が似合いの2人だ。
陽炎「何か文句あるの?」
提督「いや、別に。………なるほどな。おおよそ不知火が構ってくれないから仕方なく………と言ったところか?」
陽炎「」ギクッ
川内「ぷっ、図星突かれてやんの………」
提督「川内。大方お前も、神通が他の者に構っているのが気にくわないから腹いせに陽炎とくっついているだけじゃないのか?」
川内「」
扶桑「2人とも? 提督の前で嘘は通用しませんよ? お二人とも仲がよろしいのですから、そんなに肩肘張らなくても良いではないですか?」
川内「ほんっとに腹立つなぁ〜。考えがバンバン読まれると本当におっかないよ」
陽炎「それに扶桑さんまで提督みたいになってきてさぁ…………。本当に嫌んなるなぁ………」
提督「ふん、お前らも十分お互いに似てきてるよ」
川内・陽炎「こんな奴と一緒にしないでよ!!!」
扶桑「…………ふふっ」
提督「ほら、私に構ってないで2人で遊んでろ」
川内・陽炎「子供扱いしないで!!」
提督「私からすればお前らは十分子供だ。実年齢は伏せての話だがな」
陽炎「ど・う・い・う・こ・と・か。説明して貰おうじゃありませんか? えぇ?」ピキピキ
提督「お前ら少なからず70〜80くらいの年齢のやつはいるだろう? まあ、日頃の言動を見てれば80どころか15くらいだがな」
川内「…………なんだろ、馬鹿にされてるみたいですっごく腹立つんだけど」
提督「うん、そのつもりだった。それが何か?」
陽炎「うわぁ………出たよいつもの気まぐれ」
提督「そら、おっさん相手に時間割くのは勿体ないぞ」
川内・陽炎「はーい」タッタッタ……
提督は食事を素早く済ませ、執務室へともどっていった。久々に琴を弾きたいと言っていたのだが、それほどまでに楽しみにしていたのだろうか。
対する扶桑はゆっくりと食事を摂っていた。少しすると、食堂にやってくる艦娘の数が減ってきたので、調理を担当していた者たちも食事を摂り始める。扶桑もその中に入り、談笑しながら和気藹々と食事を摂っている。
食事を終えて廊下を歩いていると、琴の音が聞こえてくる。現在時刻は8時を超えたあたりだ。
琴の演目は広陵散。源氏物語の中で光源氏が『かうれう』として演奏していた曲とされており、難易度も高い曲である。提督はこの曲を好んでおり、大抵は琴を弾くといえばこの曲である。
扶桑「あら、琴の音が。朝早くから始めては、皆が起きて………いえ、流石にこの時間でも起きていないというのは………」
ぼそぼそと呟いていると、扶桑の背後から声をかける者がいた。扶桑の妹である山城だ。
山城「姉様……おはようございます……」
いかにも寝起きという感じで、まさかこの時間まで寝ている者はいないだろうと言っている矢先に自分の妹が来たものだから、扶桑は少し頭を抱えたくなる。
扶桑「…………おはよう、山城。………ほら、ちゃんと寝癖は直さないと」
山城「えっ? あ、ありがとうございます………ふわぁぁぁ………」
扶桑「山城ったら、何時まで起きていたの?」
山城「いえ、遅くまで起きていたわけではないのですが………。少し夢を見ていまして………とても良い夢でしたけど、すぐに目が覚めてしまって………」
山城「それから何度か眠りに就こうと努力したのですが一向に眠れず、最後に時計を見たのは06:38。そうしたら琴の音が聞こえてきて…………。無理矢理叩き起こされたようなものです」
扶桑「それじゃあ2時間ほどしか寝ていないのね……。どんな夢だったのかしら?」
山城「えっ!? いや、それは……その………」
扶桑「あら? どうかしたの?」
山城「いえ……。その、あまりに恥ずかしいので………。それに、姉様にもあまりにいい話ではないかなと……」
扶桑「教えて?」
山城「あの………その…………」
山城「………わ、私と姉様と提督の3人で買い物に出かける夢だったんです」
扶桑「そ、それだけ?」
山城「それで………提督の右側に姉様。左側に私がいて………その………」
山城「わたっ、私が……て、提督に………」
扶桑「うん、ゆっくりでいいから慌てないで?」
山城「私が………提督に、に、義兄様って///」
実の姉である扶桑でさえあまり見ることのない山城のこの姿。頬を赤らめ初々しい様を見せる山城に心を打たれた扶桑から、ある提案が出された。
扶桑「あらあら。それじゃあ、その夢を正夢にしましょう?」
山城「ね、姉様? それはどういうーー」
戸惑う山城をよそに、扶桑は琴の音に耳を傾ける。楽器を弾くときにはその人間が持つ癖が大きく反映されるため、親しき者ではあれば、演者の癖を感じ取り、考えを読むことができるとかできないとか。そこで何を悟ったかは本人のみぞ知るところだが、山城の手を引っ張りーー
扶桑「………うん。提督もきっと了承してくれるはずだから、提督の元に行きましょう?」
といって執務室へと山城を連れて行こうとするのだ。
山城「ね、姉様!! 待って下さい!! 話が全然見えません!!!」
頭の整理がつかない山城を尻目に、執務室の前へと来た扶桑は、ノックをして扉を開ける。
扶桑「提督、少し外出しませんか? 偶には山城も入れて3人でなんて如何でしょう?」
提督「外出か………。どこに行くつもりだ?」
扶桑「そうですね………新しい服でもどうでしょうか?」
提督「服? 私には一応軍服がある。それに私服も大して着ることはないから、ストックは山ほどある」
山城「………」
提督「……………と、言いたいところだが。お前に誘われたのでは断る訳にもいくまい。早速準備しよう」
扶桑「…….有り難うございます」
提督「色々と手配しなくてはならないので最低でも出発に1時間は掛かるが、構わないか?」
扶桑「はい。では自室にてお待ちしています」
提督「あいわかった。なるべく早めに片付ける。そうだ、戻る際に大淀と鳳翔に執務室へ来るように伝えてもらえるか?」
扶桑「かしこまりました。では、失礼します」
山城「失礼……します」バタン
扶桑「よかったわね、山城」
山城「姉様、何も私の見た大したことない夢に付き合われることも………」
扶桑「いいのよ。さぁ、初めに2人を呼んでから準備をしましょう」
そういって、2人は部屋へと戻る。途中の廊下で大淀とすれ違ったので、提督の言葉を伝える。すると大淀は自分で鳳翔にも伝えておくと言ってくれたので、扶桑らは準備を進めることにした。
一方提督の方は、偶然にも暇を持て余していたところなので、扶桑からの提案はまさに渡りに船であった。引き継ぎと言っても大したものではなく、単に口頭で伝えるだけものだ。一時間といったのは、2人に与えた準備時間のことだ。
大淀「提督、ただいま参りました」
提督「鳳翔は?」
提督の問いに、大淀は間もなく来ると伝える。朝食の片付けが終わっていなかったので、少し遅れるとのことだ。そして数分も経たぬうちに、鳳翔は執務室へとやって来た。
鳳翔「遅れました。申し訳ありません」
提督「いや、詫びずとも良い。こちらが急に呼び出したのだからな。実は、これから外出の急用が入ってしまってな。本日の業務の引き継ぎを頼みたいのだ」
大淀「かしこまりました。…………扶桑姉妹とデートか何かですか?」
提督「………なぜ分かった?」
大淀「あら、否定されても良かったのですよ? カマをかけたつもりはありませんので」
提督「そうかそうか。相手からはこう思われるのか。今後は自重しよう」
朝に川内、陽炎にしたことをそっくりそのまま返されたような気がして、提督は少し嫌気がさす。実際にやられてみて分かることだが、かなり不愉快だ。
大淀「扶桑姉妹が随分と上機嫌で話しかけてきたので、何かいいことがあったのかと。それと提督の外出するという言葉で確信に変わりました」
提督「なるほどな。まあそういうことだ。大して仕事もあるまいて、お前たちの采配に任せる」
提督「それと万が一、海軍からの援護要請があれば翔鶴と瑞鶴を呼び寄せて、お前たち4人で艦隊を編成させて出撃させても構わない。その際、作戦に協力するか否かは鳳翔の判断に委ねる」
鳳翔「承りました。お帰りは何時頃になりますか?」
提督「そうだな………昼食も外で食べてくるつもりだ。遅くても17:00には戻るが、何かあれば連絡する」
大淀「わかりました。では、お気をつけて」
提督「うむ、頼んだぞ」
そして部屋へと戻った扶桑と山城は、早速準備に入っていた。手っ取り早く済ませてしまう扶桑に対し、山城は少しまごついている。何を着ていくかを迷った挙句、半ば投げやりになっている。
そんな山城を見かねて、扶桑は山城の服を選んでやることにした。
扶桑「ほら山城、折角出かけるんだから、少しくらいはおめかししないと」
山城「ですが、私は………」
扶桑「今日は山城、貴女が主役でしょう? 少しくらいは提督の気を惹けるくらいの服装をしないと」
山城「姉様、それは余りにも大袈裟です」
扶桑「いいのよ。私は提督に一杯幸せを頂いたわ。溢れるくらいに。その溢れた分を山城、貴女に譲るくらいをしてもバチは当たらないわ」
山城「……ありがとう、ございます」
暫くして、ノックの音が聞こえた。もちろんそれは提督であり、準備が終わったことを知らせに来たのだ。気が付かない間に、1時間経っており、扶桑は急いで山城に服を着させる。
山城「…………これでよろしいでしょうか?」
扶桑「ええ、とても似合っているわ。提督、どうぞ」
提督「失礼する。………さて、行く当てはあるのか?」
扶桑「はい。以前提督と行かれた日本人街に、色々と揃っていますので」
提督「…………あそこに行くのか。まぁ、あれから…………2年と半年か。そろそろほとぼりも冷めた頃だろう」
扶桑「まだ気にしていらっしゃるのですか?」
山城「何かあったのですか?」
提督「いや、大して気にすることでもないのだが、当時は死ぬほど恥をかいたのでな」
山城「一体何をしでかしたのか………」
扶桑「…………私があの街に行くたびに提督の話をしていたでしょう? それをお店の方が覚えてくれていたみたいで、提督の前で私が言っていたことを伝えてしまったのよ」
提督「そうだ。あの時は帰ったら引っ叩いてやろうと思っていたが、そんな気も失せてしまった」
山城「あぁ、唯の惚気話ですか。不幸だわ………」
提督「さて、業務は全て引き継いである。さぁ、行こうか」
扶桑「はい、参りましょう」
山城「はーい………」
・・・リンガ島 日本人街・・・
提督「ここの日本人街に来るのは久々だな。半年間どこにも出かけることはなかったからな」
扶桑「提督、あちらのお店です!」
山城「提督、行きましょう」
提督「わかった、わかったから引っ張るな!」
連れて行かれたのは大きめの洋服店だ。かなり幅広く品物が揃っているので、店を転々とする必要はないが、豊富な品揃えに目を奪われるのは間違い無いだろう。
3人は色々な服を物色し、あれこれと試着したりと、かなり有意義な買い物をしているようである。
扶桑「提督、この服は如何でしょうか?」
提督「ふむ………悪くはないが、この服はどちらかといえば山城の方が似合うのでは?」
山城「え? 私ですか!?」
扶桑「山城、少しこの服を持って見て?」
山城「こ、こうですか?」
扶桑「まあ! とっても似合ってるわよ!」
提督「おぉ、良いじゃないか!」
山城「あ、ありがとうございます……」
褒められることに慣れていないためか、少し照れ気味の山城であった。提督自身は『そういったものには疎い』などと言っているが、そうでもないのである。というのも職業柄か、人を見る目が人一倍にあるからなのだろう。
提督「よし、早速会計を済ませよう。山城、それでいいか?」
山城「はい………。で、でも扶桑姉様も提督も何も買われて………」
提督「私はすでに決めてある。扶桑は?」
扶桑「はい、私も決まっていますよ」
山城「二人ともいつの間に………」
提督「さ、お前たちの分も私が買ってこよう。外で待っていなさい」
扶桑「はい、ありがとうございます」
山城「そんな、悪いですよ!」
提督「いいから、気にするな」
山城「………それじゃあ、ありがとうございます」
提督は3人分の服を持って、会計を済ませに行く。残された2人は、店の入り口で待つことにした。
扶桑「………山城、言いだせそう?」
山城「………私でも、よくわかりません。どうしたらいいのか………」
扶桑「………そうね、半年前にカッコカリとは言え、提督とケッコンをして、色々と楽しい時間を過ごしたわ。その時提督が ”山城にも何かしてはあげたいけど困っている。後ろめたさがある” って言っていたのよ」
山城「………後ろめたさですか? 」
扶桑「提督はてっきり、私とのケッコンを山城が反対すると思っていたらしいの。でも、あなたは何も言ってこなかった。提督としても不安があるのよ」
山城「………………」
2人で話していると、後ろから提督がやってくる。袋が2つあったところを見ると、かなりの服を買ったようである。
提督「さて、次はどこに行きたい?」
扶桑「………そろそろお昼ですね。食事でも摂りましょうか?」
提督「食事か………。山城、構わないか?」
山城「えぇ、いいですけど………」
提督「希望は何かあるか?」
扶桑「偶には洋食でもいかがでしょう? 最近リンガ泊地の艦娘たちの間で話題になっているお店があるみたいなのですが……」
山城「私も、そこでいいです………」
提督「よし、ならばそこにしよう。場所は知っているのか?」
扶桑「………多分あっちです」
提督「多分?」
扶桑「………こっちだったかしら?」
提督「知らないなら初めから言え。全く………」
山城「私、その店知っているので案内できますけど……」
提督「そうか、頼めるか?」
山城「わかりました。こっちです」グイッ
提督「ちょ、ちょっと待て! 思い切り引っ張られると正直痛い!」ズルズル
扶桑「山城ったら、提督の左腕を思いっきり引っ張って………。って、待って下さい!」
3人が来たのは、小綺麗な洋食店であった。扶桑曰く、休日に当たる艦娘たちがよく来るようで、彼女たちの間でかなりの人気がある店なのだそうだ。時間の割りに人は居なく、直ぐに座ることができ、3人は素早く注文をすませる。
提督「しかし、良かったな。昼時の割に人が少なかったのは」
扶桑「そうですね。改まって考えると、私たち3人で食事なんて初めてではないですか?」
山城「そういえばそうですね。そもそも、3人で出かけるのも初めてですし………」
提督「そうだなぁ。まあ、私もあの時は色々とあった。今は少しだが余裕が持てている証拠だ」
店員「お待たせしました。ご注文の品でございます。以上でよろしいでしょうか?」
扶桑「はい、大丈夫です」
店員「ごゆっくりどうぞ」ペコ
提督「さあさあ、せっかくの料理だ。冷めてしまう前に頂こうではないか」
扶桑「それでは………」
一同「いただきます!」
3人はそれぞれが頼んだものを口にしていく。提督はサンドウィッチを。扶桑はパスタを。山城はオムライスを。統一性が感じられないためか、本当に自分の食べたかったものを選んだのだとうかがえる。
提督「…………うん。美味いことは美味いが、やはり我が家の味というものが1番だな。つくづく皆の料理が上手いことが思い知らされる」
扶桑「確かにそうですね……。でも、こういったところでしか味わえない美味しさってあると思いますよ?」
提督「それは否定しないな。たまにはこういったところで食事を摂るのも、言っては何だが良い経験になる気もしてな」
山城「…………美味しい」
提督「うむ、やはり明日は久しぶりに作る側に回ってみようか。夕飯でも作るとしよう」
山城「そういえば、提督の料理は食べたことありませんね………」
提督「そうだったか? …………あぁ、あの時はお前も作る側にいたのか。私の料理など、賞味するほどのものではないがな」
山城「なら、明日の夕食は楽しみにさせてもらいますね?」
提督「………一気にハードルを上げたな。これは失敗できんぞ」
扶桑「ふふっ。なら私も、偶には腕を振るってみようかしら?」
山城「料理対決ですか………面白そうですね」
提督「まぁ、とにかくこれを食べ終わってからだな。その後で買い物だ」
扶桑「鮭のムニエルなんて如何でしょう?」
提督「…………お前、わかって言っているな?」
扶桑「はて、何のことでしょうか?」フフン
提督「」イラッ
山城「ぅゎぁ……」
提督「………まあいい。帰りに寄るとしよう。もう隠し立てする必要も動揺する必要もなくなったしな」
山城「 ? 」
食事を終えた3人は、コーヒーや紅茶などの食後のドリンクを口にしている。ここにもそれぞれの個性が出ており、提督はコーヒーを。扶桑と山城は紅茶を口にしていた。
中でも提督は、1日に一杯はコーヒーを飲まないとやっていられないと口にしながら、ブラックコーヒーを喉に運ばせる。
山城「さて、そろそろ行きますか?」
提督「そうだな。忘れ物はないか?」
扶桑「すいません。少し席を外しますね」
提督「わかった。…………さて、扶桑が戻ってくる前に会計を済ませようか」
山城「そんな、提督にばっかり奢ってもらって…………」
提督「いいから気にするな。先に外で待っている。山城は扶桑が来るまでここで待っていてやれ」
山城「………わかりました」
また機会を失ったと、山城は少々落ち込み気味であった。扶桑が席を外したのも、2人に機会を与えるためであったのだが、それも虚しく失敗に終わってしまった。
扶桑「あら山城、提督は?」
山城「先に会計を済ませて外で待っているそうです。姉様が戻ってくるまで待ってやれと言われたので………」
扶桑「あらそうだったの。なら行きましょうか」
山城「はい、姉様」
アリガトウゴザイマシタ-!!
扶桑「提督は、何か言ってくれたかしら?」
山城「いえ、何も………」
扶桑「そう…………。折角席を離れたのに………」
山城「大丈夫です。私から打ち明けてみますので」
扶桑「…………わかったわ。頑張ってね?」
山城「はい!」
提督「おっ、来た来た。少し街を歩くとしよう。腹ごしらえには丁度良い」
山城「暑いのにわざわざ……………」
扶桑「まあまあ、少しはのんびりするのも大切よ?」
山城「…………姉様がそう仰るなら、従います」
そうして3人が訪れたのは、ちょっとした公園だった。海が近くにあり、中々に綺麗な場所である。潮風が肌を撫でるようで、日が暮れるまで留まりたくなる場所だ。今日のように暑くなければの話だが………。
提督「…………うむ、やはり暑いな」
山城「だから言ったのに………」
扶桑「…………何か飲み物を買ってきますね。そこでお待ちください」
提督「じゃあ、お〜○お茶の濃い味。山城は?」
山城「では、私は十○茶で」
扶桑「わかりました」
扶桑は率先して、飲み物を買いに行く。これも山城と提督に話す機会を与えるためであった。山城は意を決して提督に話を振ろうとするが、先にこの沈黙を破ったのは提督であった。
提督「…………なあ、山城。お前は私が扶桑を娶ったこと、どう思っている?」
急な質問で、山城は対応できなかった。それでも提督は、自身の心中を吐露していく。
提督「私は、お前に後ろめたさを感じているのだ。お前の拠り所を、お前の大切な者を奪い取ってしまったのだ」
山城「…………」
提督「後悔しているわけではない。扶桑と居られる時は、私の人生としては勿体無いくらいの幸せを感じられる。だが、私の幸せのために他の者を傷つけるのは本意ではないのだ」
提督「ましてや不幸にしているのは他人ではなく、私の大切な妻の妹だ。私はそれが心苦しい」
いつもの提督からは感じられない、弱気な口ぶりであった。そんな姿を初めて見た山城は、少々困惑していた。それでも、自身の考えを提督に伝えていく。一語一句頭で浮かべながら、そのままを伝えていく。
山城「…………提督、私は別に気に病んだりはしていません。確かに、扶桑姉様が遠くに感じられてしまったのは真実ですけど…………」
山城「…………扶桑姉様が幸せでいられるのは、扶桑姉様を幸せにできるのは、悔しいですけど提督しか居ません」
山城「それに、それでいったら私にも姉様と提督に後ろめたさはあります」
提督「…………良かったら、聞かせてくれないか?」
山城「…………私、提督のことはとてもいい方だとは思っていました。姉様と同じくらいに、信頼できる方です」
山城「姉様と提督の間に、私も入りたかった。でも、それでは姉様と提督に対してとても迷惑になってしまうんじゃないかって………」
山城「私が、提督と姉様の仲を引き裂く原因になってしまうんじゃないかって。…………とても、怖かったんです」
扶桑と提督。山城にとって大切な存在である2人であるからこそ、山城はこうまで悩んでしまったのだ。唯一の姉であり、提督を幸せにする扶桑を、信頼できる上官であり、自分の姉を幸せにしてくれている提督。
山城は2人の望んでいる。だが、そうすれば自身の幸せは得られないのだ。提督に歩み寄れば、彼を支えにする扶桑を苦しめてしまい、姉の扶桑に歩み寄れば彼女に支えられている提督を苦しめてしまう。その板挟みになることが、彼女にとっては何よりの苦痛なのだと、山城は語る。
提督「山城、そのようなことは断じてない。寧ろ、そこまで考えてくれていたことは感謝してもしきれないほどだ。それに、お前にそこまで追い詰めた考えをさせてしまった………謝罪をするのはこちら側なのだ。すまなかった」
提督「それに、お前が厄介になるなど、ある訳がない。お前は昔から私の仲間として尽くしてくれたではないか。後ろめたさを感じるのはお前ではないのだ」
山城「…………提督、今だから私は貴方に伝えられることがあります。聞いていただけますか?」
提督「…………勿論だ。申してみよ」
山城「…………姉様と同じように、私も提督のことを信頼しています。私が姉様に接するのとと同じように、提督の側にいたいと思っていました」
山城「…………今の姉様の場所を、私も欲しかったんです」
今まで山城が抱えてきた、実の姉である扶桑でさえ知らない特別な感情。山城はそれを提督に打ち明ける。2人の間には、何もなく、ただ沈黙だけが残っていた。
提督「…………そうか」
山城「…………はい」
提督「済まぬが、それは私も知りえなかった。だが、例え知っていたとしても私は ”認めなかった” だろう。例え扶桑が私の気持ちを拒んだとしても、その気持ちは揺るがなかった……」
山城「…………っ!!」
遠回しな言い方だが、山城にはっきり分かっていた。答えはNoであると。
山城はその答えが来るのを分かっていた。心の内で燻らせておくくらいなら、言ってしまった方がいいと決心したことだが、こうもはっきり言われるとは思っていなかったようである。
山城「…………そう、ですよね。いくら提督と長く一緒に居ても、あの出来事が起きていなかったとしても、私は提督の伴侶には成り得ない。分かっていたんです。分かっていた筈なんです」
山城「だって…………」
山城「だって私には、あの時苦しんでいた、私の1番大切な扶桑姉様でさえ、慰めることができなかったのですから…………」
山城「それが出来なかった私が、どうやって好意を持った提督の拠り所になれたというのですか………!!」ポロポロ
答えは分かっていた。分かっていたからこそ伝えたかった。だがあまりにも残酷すぎた。少しくらいは揺らいでくれるものかと思っていた。だが、揺らぐどころかきっぱりと言われてしまった。
悔しかったのか、この思いを忘れたいからなのか、山城は嗚咽を混じらせながら大粒の涙を流していた。
山城「………ぅぅ…………ヒグッ………グスッ………」
提督「山城、確かに私はお前の好意を拒んだ。お前を苦しめてしまったことは、大変に申し訳ないと思う」
山城「……グス……あ、謝らないで………ください………ヒグッ……私が………」
山城「私が……私がワガママなだけなんです……………!!」
提督「………だが、これだけははっきりと言える。何があろうと、お前を蔑むような真似は決してしない」
山城「…………どう、してですか? だって私は……」
提督「どうして? お前は扶桑の妹だが、今となっては私の義妹。であれば、お前は私の身内だ。例え他の誰かがお前のことを蔑もうと、不埒で下品だと罵しろうと、私も扶桑もお前の味方だ」
提督「まして扶桑と契りを結ぶことがなかったとしても、お前は私の仲間だ。同じ釜の飯を食べる仲間であり、言うなれば家族も同然。何故それほどまで大切な者を無下に扱うことができようか」
山城「て、提督…………」
提督「厚かましいかもしれないが、先程言ったように、私はお前を身内同然に思っている。苦しいなら思う存分に泣け。悲しめ。楽しいなら思う存分笑顔になれ。腹を抱えて笑え」
提督「私を、上司として。お前たちの拠り所として頼ってくれて構わないのだ。私も、お前たちに助けられたのだからな」
山城は心の内で思っていたのだ。この心を知られれば、きっと幻滅される。信頼していた提督から、大好きな姉からも捨てられてしまうと。
だが、そんなことはないと提督ははっきりと答える。その言葉で彼女は救われた。山城は提督に抱きつき、更に涙を流す。
提督「そうだ。泣きたければ好きなだけ泣け。お前の気がすむまで、私はここにいよう」
山城「ありがとう………ございます」
泣き崩れる山城を前に、提督は何もせず、ただ胸を貸すだけであった。
・・・・・・
提督「………大丈夫か?」
山城「はい、ありがとうございます………」
提督「しっかしあいつはどこまで買いに行ったんだ?」
山城「………提督、私のお願いを聞いてもらえますか?」
提督「何だ? 」
山城「………私は、姉様と同じ場所には立てない。提督はそう言いました。でも、家族としての関係なら良いって事ですよね?」
提督「………何か引っかかる言い方だが、まあそういうことだ」
山城「………お願いというよりかは、本当に唯のわがままかもしれませんけど、それでも良いですか?」
提督「………勿論だ。わがままの1つや2つ、お前に与えてしまった苦悩に比べれば安いものだ」
山城「…………呼んでもいいですか?」
提督「………何をだ?」
山城「提督のことを、 ”義兄様” って………」
それは、今まで2人を思って押さえ込んできた、山城にとっての小さな願望であり、山城にとっての大きなワガママであったのだ。
提督「………お前が良いなら、構わんぞ」
山城「っ! 本当ですか?」
提督「ただし、勤務中は厳禁だぞ?」
山城「………はい! 義兄様!!」
提督「早速か?」ハハハ
扶桑「すいません、お待たせしましたぁ〜」タッタッタ
提督「お前どこまで行ってきたんだ?」
扶桑「3店舗くらい回って濃い味を探していました。なかなか見つからなくて………はい、どうぞ」
提督「………ありがとう」
扶桑「さて、そろそろお買い物を済ませて帰りましょう?」
提督「そうだな。行こうか」
山城「あの、姉様……」
扶桑「どうしたの?」
山城「その………提督と色々話していたんですが………」
山城「私、もう少し正直に………というか、わがままになろうって思いました………。お嫌ですか?」
扶桑「………ふふっ。程々にね?」
山城「…… はい!!」
提督「何してるんだ! 行くぞ〜!」
扶桑・山城「はーい!」
わだかまりがなくなった彼らが訪れたのは、何時ぞやの魚屋であった。思い返せば、ここに戻ってきてから一回も来ていない。最後に行ったのはあのとき以来というわけだ。
扶桑「こんにちはー………」
魚屋店員「へいらっしゃい! おぉ、扶桑さんか!? 久しぶりじゃないかい? 」
扶桑「えぇ、久しぶりですね。2年くらい忙しかったので……」
魚屋店員「………後ろにいるのは?」
扶桑「妹の山城です」
山城「……………どうも」
魚屋店員「はいどうも。提督さんも居るのかい?」
提督「どうも。その節はどうも世話になって……」
魚屋店員「何言ってんだい! ここだって提督さんと扶桑さんらで守ってくれてんだろう? あれくらいは、こっちが受けてる恩に比べたら大したもんじゃないよ」
提督「そんな大したことじゃないさ。ところで、鮭を買いたいんだが………」
魚屋店員「おぉ、そいつはちょうど良い! いま日本は秋でな、冷凍モンだけど秋鮭がこっちに回ってきたところなんだよ!」
提督「もう向こうは秋なのか……」
魚屋店員「ここは赤道直下だから一年中夏みてぇなもんだしなぁ………。全く暑くてかなわん」
山城「そうだったんだ………」
提督「………それ本気で言ってるのか?」
扶桑「どうりで一年中暑い筈ですねぇ………」
提督「………」
魚屋店員「あー……それで、買ってくかい?」
提督「あぁ、頼みます。そうだな……取り敢えず6尾ほど貰えるかな?」
魚屋店員「あいよ! ところであれから2年くらいだけどよ、2人の仲はどうなったんだい?」
提督「あぁ………そのことはだな……」
扶桑「実はもうお付き合いを始めています!」
魚屋店員「なっ!? 本当かい!!」
提督「えぇ、まぁ一応は」
魚屋店員「ほぉ〜、こりゃめでたいな! そんじゃああれかい? 職場恋愛ってやつかい?」
提督「まぁ、そんなものかね。ただ、人間と艦娘の付き合いっていうのも、世間からすればまだ認められないっていうのが現実でね。色々と冷たい目で見られることもあるんだ」
魚屋店員「そうかい? 俺は気にしねぇけどなぁ……」
提督「それに、艦娘には戸籍がないから結婚が難しくてねぇ………」
魚屋店員「そうか……。まぁ課題は色々あるみたいだが、あんたらなら大丈夫そうだ。んで、後ろの嬢ちゃん……山城さんだっけか? 提督さんの妹さんになる訳だ?」
提督「まぁ、そうですね」
魚屋店員「いやぁ、美人の嫁さんにこれまた美人の義妹さんねぇ……全く隅に置けないねぇ!!」
提督「羨ましいのか?」
魚屋店員「あっははは!! ほれ、鮭6尾ね。一匹オマケで7尾だ! 」
扶桑「あら! ありがとうございます」
魚屋店員「いいっていいって! ところで妹さんは苦手な魚とかあるかい?」
山城「えっ!? いえ、別にないですけど………」
魚屋店員「そいつぁ良かった! これ、持ってってくれよ!」 つ 保冷バッグ
山城「これは………?」
魚屋店員「生憎と旬のものじゃないんだが、鯛の切り身を冷凍保存したもんだ。解凍して茶漬けかなんかに混ぜて食うと結構美味いんだよ。3人で食ってくれや」
山城「こ、こんな高価なものは受け取れません!」
魚屋店員「気にすんなって! うちからの祝い品だよ! めで ”たい” ってことでな! 中に氷も入れてあるから、1時間から2時間は問題ねぇ。袋もそのまま持っててくれて構わねぇ!」
提督「……それじゃあ、有り難く頂戴しよう」
扶桑「それじゃあ、ありがとうございました」
魚屋店員「あいよ! 今後もご贔屓にね!!」
山城「すごい人ですね、あの店員さん」
扶桑「色々と貰っちゃって、何だか申し訳ないです………」
提督「雰囲気でいえば、日本の卸売の競りとかあんなもんだぞ? 売り方は叩き売りみたいなもんだがな」
山城「少し怖いです。後からいちゃもんとかつけられないかって………」
提督「そんなことはないと思うぞ? 前もあそこに行った時に、買った品物をツケてくれたしな」
扶桑「ツケというより ”貰った” ですよね……」
山城「本当に凄いなぁ…………」
提督「さてと、もう買い物はないか?」
扶桑「えぇ。私は大丈夫です」
山城「私も大丈夫です」
提督「よし、それでは帰るとしようか」
扶桑「はい、行きましょう旦那様♪」
山城「はい、兄様♪」
提督「………手を塞がれると色々と危ないのでせめて袖にして貰えないか?」
扶桑・山城「嫌でーす ♪」
提督「はぁ、幸せ過ぎてある意味不幸だ…………」ハハッ
・・・・・・
泊地の司令部へと戻ってきた一行。あのまま両腕を掴まれていた提督であったが、帰り道に提督が小石につまづき、全員で盛大にすっ転んだ事で、何とか腕を離してもらえたのである。
提督「………さて、今日は楽しめたかな?」
扶桑「えぇ。ごめんなさい、急なことなのに時間を作ってもらって」
提督「気にするな。どうせすぐ終わる仕事だ」
山城「 あの………実は今日の外出、私の願いだったんです。それを姉様が………」
提督「そうなのか……まあ、何はともあれ楽しんでもらえたようで何よりだよ。明日は2人して予定が入っていたな。しっかり身体を休めて、明日に備えてくれ」
扶桑「わかりました。では、失礼します」
山城「失礼します……」
提督「さて、私はこれから一人で晩酌だ。いや、偶には…………」
そういって提督は酒と杯を持って、外へと向かう。向かったのはあの慰霊碑だ。
提督「お前達と飲むのもいいかもしれないな………」
提督「…………どうしたことかな。お前達を失って、少しばかり虚しいのだ」
提督「良き理解者を、良き友を失ったようなものだしな。当然かもしれん」
彼らの前で、提督は2つの杯に酒を淹れていき、自身の思いの丈をつらつらと重ねていく。
提督「………乾杯」
提督「特に失って後悔しているのは良き友であった土肥と、愛弟子の啓治。恩人であった藤十郎の爺さんも死んだ……」
提督「………私はどこまで生き続けるのだろうな。どこまでこの時を過ごせるのだろうな」
提督「どこまで幸福を感じられるのだろうな」
提督「そしてどれほどの幸せを彼女達に与えてやれるのだろうな………」
提督「…………」
ふと提督は我に帰る。我ながら情けない姿だと思ったのだ。これほどまで自分は女々しい男だったのかと嫌気がさしている。そしてそれを打ち砕くかのように大声でーー
提督「………あぁ! もう止めだやめだ!! あんたらと盃交わしてると憎まれ口しか叩けねぇ。残りはお前達への供物だ! ……また明日来るからな」
ーーといってこの場を後にする。スタスタと部屋へと戻ると、中には扶桑がおり、2人分の布団を敷いていた。
扶桑「提督、お布団の用意ができました」
提督「…………どうしてここに?」
扶桑「実は山城が、今日は提督を私と引き離すよう真似をしたからせめて夜くらいは、と。ですから、今晩は……」
提督「そうか。まあ、お前の好きにすればいい」
扶桑「………ありがとうございます。あのーー」
提督「さて、明日はお互いに予定が入っていることだ。今日の疲れを明日に残すなよ?」
扶桑「えっ!? あの………提督? 提督………」
いつの間にか寝巻きに着替えていた提督は布団に入るや否や、直ぐ床に就いてしまった。いろいろと振り回されて、疲れ切ってしまったのだろう。扶桑も提督に倣い、大人しく眠ろうとしたのだが、彼女の中でふつふつと湧き上がってくるものがあった。
扶桑 (カッコカリとはいえ、提督と結ばれてから約半年……。こうして同じ布団で眠るのも、あの時以来………)
扶桑 (あの時は初夜で、一晩中ほぼずっと行為に及んでいて、それで………)
扶桑 (せっかく同衾をしているのですから、少しくらい手を出してくれても………)
彼の隣に居られる安心感からなのか、それとも彼といる時間が短かったことからきた寂しさからか、彼に甘えたい、彼を求めたいという思いが込み上げてくる。
すると、彼女の脳裏に浮かんだのは、彼と初めて結ばれた初夜での出来事であった。そのときの快楽が蘇り、気がつくと自身の指が秘部に触れていたのであった。
扶桑「ん………」サワッ
扶桑 (軽く触って………少しでも気が紛れれば………)
扶桑「ん………んっ………」スリスリ
扶桑 (どうしよう………余計に………欲しくなっちゃった………)
扶桑「ん………んんっ……!」クチュ
扶桑 (こ……このまま、果ててしまった方が………でも、提督の前でそれは………)
扶桑 (ば………バレないように、声を殺せば………大丈夫、かしら………?)
彼にばれないように声を押し殺し、自身の細く白い指を膣内に入れては出し、入れては出しを繰り返していく。
扶桑「んんっ…………ん………っ………! て、提督っ…………!」クチュ
扶桑 (この人の前で………じ、自慰をするなんて………!)
扶桑「はぁ………ん………んんっ……あっ………!」クチュ
扶桑 (こんな姿、見られたく……ない……! でも………指が……止まらないぃ………)
一度肌を重ねたとはいえ、未だに羞恥心は湧き上がるものである。だが今はそれよりも快楽を求める方に気が向いてしまい、それはどんどん大きくなっていく。
扶桑「て、提督………」チュッ
自慰を繰り広げているうちに、彼を求める思いが大きくなった扶桑は、寝ている彼の頬にキスをする。
すると、キスをされた感触からか、それとも彼女の声が大きくなったからはわからないが、提督は声を出して身体をよじらせていた。
起こしてしまったのかと焦る扶桑であったが、単に寝返りを打っただけであった。
提督「んー……んん……」スゥ- スゥ-
その様子を見て落ち着く扶桑であったが、もはや彼女の身体は火照り、快楽をこれでもかと求めたがっていた。
そして我慢が出来なくなった彼女は、眠っている提督の手を掴み、彼の指で自慰を始めたのだ。
扶桑 (んぅ……て、提督の指………気持ちいい……癖になっちゃう………)
彼女は提督の中指を自身の膣内に入れて、彼の指を張形として扱い、快楽を貪っていた。
扶桑「あっ………あぁっ……! やっ………あっ…………!」クチュ クチュ
扶桑「いやぁ……こんな……寝込みを襲うような真似………駄目なのにぃ………やぁぁ………!」グチャ クチュ
彼女の膣から、水の弾けるような音が聞こえてくる。彼を求めていたからこそ彼女は乱れていき、声もどんどん大きくなっていく。
扶桑「あっ………ん……くぅ……んんっ! あぁっ………やっ………ふぁっ!!」クチュ
扶桑「や、やだぁ……こんな………はしたない…………私……こんな卑しい女じゃ……ないのにぃ………」ジュプ グチュ
扶桑「こえが………とめられ……ない……やっ……あぁ!! やぁっ!! 」グチュ グチュ
背徳感を噛み締めながらも、快楽を求めたがる身体を止めることはできない。心では自責の念を抱えていながらも、正直な彼女の身体は過敏に反応し、膣からは分泌液がぽたぽたと垂れて来る。
扶桑「あっ………も、もうすぐ……イけそう………ふあぁっ!!」ジュプ ジュプ
扶桑の身体に、絶頂の波が襲いかかる。彼女はそれを求めたい一心で、更に指の動きを早める。自身がいまどの様な姿をしているのかも知らないまま。
扶桑「あっ!! イッ………イクッ!! 私……あぁっ!!」グチュ グチュ
扶桑「んっ!! やっ………! イッーー」
絶頂を迎えようとしたそのとき、彼女の膣内に入れられていた指は引き抜かれ、提督は彼女の方を見る。
提督「…………何をしている?」
扶桑「ぇ………ぁ………提督………」ビクッ
提督「…………何をしていたんだ?」
扶桑「ぁぁ………ぁの………こ、これは………」
今になって、自身のやったことがどれだけ恥ずかしい行為であると自覚した彼女はただ項垂れるばかりであった。
そんな扶桑を見ながら、提督は自身の中指を扶桑の前にちらつかせてこう言った。
提督「じゃあ質問を変えようか? 私の手に付いているこれは何だ?」
扶桑「それは………」
提督「答えられないか?」
扶桑「ん………///」
提督「答えなさい。これは何だ?」
扶桑「わ、私の………ぁ、愛液です………///」
提督「自慰をしていたのか?」
扶桑「…………///」コクッ
提督「私の手を使ってか?」
扶桑「……はぃ………///」カァァ
自身のしたとこと根掘り葉掘り聞かれ、扶桑は羞恥心で顔を赤らめて俯いてしまった。
提督「慎ましやかな性格とは裏腹だな。えぇ?」
扶桑「ご、ごめんなさい………」
提督「そして、私の寝込みを襲って、私の指で自慰行為に耽ると……」
扶桑「ぁぁ………ごめんなさぃ……」
提督「それにいやらしい雌の匂いだ。女豹と言っても過言じゃないな」
扶桑「ゃぁぁ………それ以上は………」
提督「お仕置きが必要か? ん?」
扶桑「んぅ………」ピクッ
提督「ほら、こっちに来なさい」
扶桑「はぃ…………」
自身の行いを根掘り葉掘り聞かれた挙句に、言葉攻めを受けた扶桑は、恥ずかしさと相まって声が段々とか細くなっていった。だが、提督に促された時、これから起こることに少しの期待を寄せていた。
扶桑「あっ………両腕……頭上で掴まれて………縛られているみたい………」
提督「お前が逃げ出さないようにな。今日はどうしたんだ? 急に寝込みを襲って」
扶桑「き、今日はあまり……あなたと居られなかったので………その………」
提督「………犬でも躾ければ待つことくらいはできるが、お前はそれ以下の女か?」ムニュ
扶桑「んぅ!! やあぁぁぁ!! 胸は……あぁっ!!」ビクン
提督「とっても綺麗な身体だ。白くて、細くて、綺麗だよ……」ギュッ
扶桑「ひゃあぁ!!! 乳首は……だめですよぉ………」ビクビクッ
提督「そして人形みたいに、可愛らしいくて、美しい肌だ………」サワッ
扶桑「んんっ!! そこ……はぁ!!」ビクン
提督「なのに、そんなお前のここからは、下品な匂いと音が出ているぞ?」ツププ
扶桑「いやあぁぁぁぁぁ!!! そこはぁ!!! 」グチャ
提督に身体中を嬲られた扶桑の体は、先ほどの様に快楽を欲し、恍惚の顔を浮かべる。
提督「聞こえるか? お前のここから、下品な音が響き渡るのが」ズチャッ ニチャッ
扶桑「あっ! イッ………あぁ!! 」
提督「イキそうなのか?」
扶桑「はいぃ!!! あっ!! イクッ!! イクッーー」
しかし、提督は彼女の膣から指を抜いてしまう。言ってしまえば寸止めを行っているのだ。
提督「はい、おしまいだ」
扶桑「ぇ…………なん……で…………」
提督「お前が絶頂に達したらお仕置きにならないだろ? まだまだじっくりお仕置きしてやるからな?」
扶桑「ぁあ………そんなぁ……」ウルウル
提督「なんだ? 物足りない目をして……強欲な女だなっ!」クチュ ヌチュ
扶桑「あぁぁぁ!!!! さっきより感じやすくなって………ふあぁぁぁ!!! 」
提督「寸止めで敏感になっているな。どうだ? 」グチュ ズチュ
扶桑「お、お願いします!! イかせてくださいぃぃぃ!!!」
提督「駄目だ。お前へのお仕置きと言っただろう? お前の望みを叶えたら仕置きならない。違うか?」
扶桑「お願いしますぅぅぅ!!! でないと私、おかしくなっちゃいますからぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
そんな彼女を見ていると、提督はちょっとした悪戯心が芽生えた。彼女の弱点を知っている彼は、そこを攻めてやろうと彼女の膣内に深く指を入れる。
提督「ならここはどうだ?」グッ
扶桑「んひぃっ!! そ、そこは1番……感じるトコで………あぁぁぁッッ!!!! イクッ!!! イッちゃいますぅぅぅぅ!!!!」クチュ クチュ
普段の彼女からは見られない姿に、更に悪戯心が大きくなった提督は、再び指を止めて抜いてしまう。
提督「おいおい、まだ果てるには早いぞ?」
扶桑「ぁぁ………もう……イかせて下さい………後生ですからぁ………」ハァハァ
提督「なら認めるのか? お前は寝ている夫の指を使って自慰をする、犬にも劣る淫乱女だと」
扶桑「はいぃ………。認めますぅ………ですからぁ……お願いします提督ぅ……イかせて下さいぃ………」ハァ ハァ
提督「………それじゃあご褒美だ。今からお前の両手首を握っている私の手を離す。そうしたらお前は先ほど自分でやったことを私の眼の前でするんだ」
扶桑「あ、あなたの前で………そんなこと………」カァァ
提督「なんだ? 思うがままに愛撫を受けてよがっていながら、今更何を恥じらうんだ?」
扶桑「ぁぁ……それは……言わないでくださいぃ………」プルプル
絶頂の波が引いたところを見越して、提督は手を離す。解放された手は力が抜けていて、思う様に動かせなくなっていた。
扶桑「きゃっ…………ん……///」ハァハァ
提督「さあ、私の前で見せてくれ。お前のよがり狂う姿を………」
腕に力が入ってきたところで、扶桑は提督の言葉に従う。先ほどと同じ様に、手で秘部を撫でていくのだった。
扶桑「はぁ………ん………んぅっ………あぁ………はぁっ………!!」クチュ
提督「何を想像して催していたんだ? 」
扶桑「あなたとの初夜ですぅ………あの時の快楽がぁ………! 思い出してしまって……それで……んぅッッ!!!」ヌププ
提督「思い出して切なくなって、弄っていたら我慢が出来なくなったのか?」
扶桑「はいぃ………んっ……少しでも紛らわそうと思ったらぁ……!! 余計に欲しくなっちゃってぇ………!!!!」グチュ
提督「それで? 自分の指では満足できずに私の指でイこうとしたのか?」
扶桑「あぁ………こんな………尋問みたいな事をされて………感じるなんてぇ……!!!!」ビクッ
1つ1つ聞かれていき、羞恥心を燻られ、顔を真っ赤にさせてしまう扶桑。だがーー
提督「どうした? 心置きなく絶頂を迎えればいいだろう?」
扶桑の指の動きが段々とゆっくりになっていく。これ以上の辱めに耐えきれずに、涙を流しそうになっている。
扶桑「やぁぁ………こんなぁ………私は………こんなはしたない女じゃないのにぃ………」
弱々しい扶桑の姿に悪戯心をくすぐられた提督は、更に扶桑を追い込もうとしていく。
提督「いや違う。これがお前の本性だ。よく見ておけ」ツププ
扶桑「あぁぁぁ!!!! 提督……の……っ……指が………き………気持ちいいですぅ……あぁんっ!!!」
提督は自分で扶桑の膣内に指を入れて、数回ほど出し入れを繰り返す。そしてそれを引き抜くと、指には愛液がぺったりとつき、触ると糸を引いていた。
提督「ほら、よく見てみろ。寸止めを受けた所為とはいえ、これだけ糸を引く愛液を溢れさせて、恍惚とした顔を浮かべながら涎を垂らし、いまみたいに狂ったようによがって嬌声を挙げている」
扶桑「ぁぁ……やぁ……それ以上言わないでぇ………」
提督「これを淫乱で下品な女と言わず、なんと言うのだ?」
扶桑「お願いします………こんな……いやらしい私を………見ないで下さいぃ………」
提督「それは出来んな。お前を顔を背けずにしっかりと目に焼き付けるんだ」
提督「自分がとてつもなく変態な女だということをなっ!!」グチュ
彼は再び指を扶桑の中に入れて、思う存分に膣内を蹂躙していく。その快楽に、扶桑の体は大きくよがり、大きな声を上げて、膣からは淫らな音を響かせている。
扶桑「あっ!! あぁぁ!!! ダメッ!!! はぁッッ!!!! あんっ!! あぁ!!」
提督「ほら、どんどん溢れてくるぞ? やっぱりお前は変態なんだよ、扶桑」グチュ グチュ
扶桑「ちがっ………私はぁ!! そんな女じゃ………ないぃぃ!!! 」
提督「そろそろイきそうなんだろう? 今度は止めたりしない。思う存分、果ててしまえ!!!」
扶桑「あっ!! あぁぁぁぁ!! やっ!! イクッ!!! イクゥッ!!!!!」
提督「そうだ。そのままイってしまえ……!!」ズプ ジュブ
扶桑「イッちゃう!! イッてしまいますぅぅぅぅ!!! あ、やぁ!! イクッ!!! イクぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」
彼女は提督の猛烈な責めにあって、盛大に果てた。全身で受け止めた絶頂は凄まじく、彼女の体は痙攣していた。
そして彼女の秘部からは液体が吹き出し、痙攣の動きに合わせて吹き出ている。
扶桑「あっ……ぁぁ……あぁぁ……ぁ……」
よほどの快楽だったのか、彼女は小さく、ピクピクと震えており、声も消え入る様に小さいものだった。
提督「おいおい、痙攣しながら愛液だけに留まらず潮まで吹き出すとは、シーツがぐしょぐしょだぞ?……? 」
扶桑「ぁぁ………ごめんなさい………私……あろうことか……漏らしてしまうなんてぇ………」
提督「満足したか?」
扶桑「全然………収まりません……///」
提督「それほどまでにあの時の交わりは良かったのか? まあ、言うまでもないか。思い出してこんなになるまで喜ぶのだからな」
扶桑「そ………それは提督が……焦らすからですよ………」
提督「そうかそうか。そういうことを言うのか。ならこのまま放置だな」
扶桑「いやぁ………それだけは………やめて下さい…………」
提督「それもそうだな。お前にとっては酷な話になるだろうし、何より………」
提督は扶桑の上乗りになり、自身の寝巻きをはだけさせる。それに習い、扶桑もはだけさせ、お互いに肌を見せ合っていた。
提督「自分だけ楽しむのは卑怯じゃないか?」
扶桑「あっ…………」
提督「さて、扶桑。どうして欲しい?」
扶桑「どう……と言うのは………?」
提督「そうだな………激しく淫らにするか、優しく慈しむようにするか……だな」
扶桑「………以前と同じようにして下さい………」
提督「ふふっ、わかったよ。そんなに良かったのか?」
扶桑「だってケッコン記念日で、それに加えて何もかもが初めてでしたから…………」
提督「そうか。私も嬉しいよ。お前にそこまで悦んで貰えてな……」
そう言って、彼は顔を扶桑に近づけていく。彼女もそれを受け入れて、2人は唇を重ねていく。
ン…チュッ…ンン…チュッ…ン…ハァ……チュッ…ン…チュッ
部屋にこだまするのは、彼らのキスを交わす音に、呼吸をする音。まさに2人だけの空間が作られている。
提督「ん………そういえば、お前はキスが大好きだったな」
扶桑「はい……だから、もっと欲しいです……。ん……ちゅっ……んん……」
優しく、慈しむ様に、お互いをいたわる様な熱いキスを交わす2人。2人の体は更に熱を増して、お互いの体を求めようとしている。
扶桑「………提督。そろそろ、欲しいです………」
提督「わかったよ。前戯は………もう必要ないな?」
扶桑「ん………はい………」
提督「それじゃあ、挿れるぞ?肩の力を抜くんだ……」
扶桑「はい………どうぞ………」
扶桑は自身の足を広げて、股を開いている。提督は、熱り勃った魔羅を彼女の膣内へとゆっくりと挿れて行き、彼女を期待させていく。
扶桑「はぁぁぁ………!!提督の………指よりも大きくて、気持ちいいですぅ………」
提督「………痛みはあるか?」
扶桑「全然………痛くないです。だって………以前にも……交わったじゃないですかぁ…………」
提督「そうだな………」
扶桑「提督は………如何でしょうか…………私の………膣内は………」
提督「お前と同じだ。暖かくて、気持ちいいよ。それに、以前も交わっていただろう? 改めて聞く必要はないんじゃないか?」
扶桑「そうでしたね………ふふっ………お揃いです…………」
そんな扶桑を愛おしく思えてか、提督は彼女の頭を撫でる。そんな中、扶桑があることを言った。
扶桑「わたし………提督の手が大好きなんです………。大きくて……暖かくて……わたしを………優しく包んでくれる………その手が………」
扶桑「私は………ここの……エースで………妹もいます………だから………気丈に………振る舞うことしか………できないんです………」
扶桑「だから………せめてこの時くらいは………貴方に………甘えたいんです………」
提督「扶桑…………」
彼女の心の奥から出てきた本心。自分を心から求めてくれることに嬉しくなる。そんな彼女を見ると、とても物欲しそうな顔になっていた。
扶桑「提督…………」
提督「………動くぞ?」
提督はゆっくりと腰を動かし、ピストン運動を始める。提督からの責めですっかり敏感になった身体に、膣内を押し広げられる感触が、信じられないほどに気持ち良いものとなっている。
扶桑「ん………はぁぁ!! とっても………気持ちいい………!!! 」
提督「………もっと、激しくするぞ?」
そう言って、提督は腰の動きを早めていく。段々と膣からは水の弾ける音が聞こえてくる。
扶桑「ひぅっ!! あっ! はぁ!! んんっ!! あっ! あぁ!! んぅっ!!!」ニチュッ ズチュッ
提督「………扶桑……随分と気持ちよさそうじゃないか?」
扶桑「だって………あなたと………シたかったからぁ!! あっ!! あんっ!!」ズチュッ ズチュッ
提督「………もっと早くするか?」
扶桑「は……はいぃ……もっと! もっと気持ちよくなりたいですぅ………!!」
扶桑の言葉に感化されて、彼はさらに腰の動きを早めていく。お互いの肉が弾け合う音が部屋にこだまする。それ以上に、彼女の嬌声の方が段々と大きくなっていった。
扶桑「あぁぁ!!! とっても……気持ちいい………!!!!! あぁぁぁぁ!!!!」
扶桑「あんっ!! やぁぁ!!! はぁぁぁ!!!! あんっ!! ふあぁぁ!!! あっ! イクッ!!! イッちゃいますぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」
提督「扶桑………そろそろ………やばい………」
扶桑「わ……わたしも………イキます……!!! んぁっ!!! 一緒に……わたし………と……!!!! 中に……出して下さい………!!!!」
提督「……だめだ…外に………出すぞ………」
そして精液を外に出そうと、提督が腰を引いた次の瞬間、扶桑が両足でそれを拒み、外に出させない様に彼を羽交い締めにする。
提督「馬鹿……!! お前……!!! 離せ………!!!!!」
扶桑「嫌です………!!!! このまま………わたしの膣内に………出して下さい!!!」
提督「あっ………くっ……あぁっ………!!!」ドピュッ
扶桑「ふあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」ビクビク
・・・・・・
提督「………大丈夫か?」
扶桑「はい………ごめんなさい……無理やり………」
提督「気にするな。お前に気を使っていたんだが、その必要もなかった様だな」
扶桑「………とっても、気持ちよかったです……」
提督「………ありがとう。私も、とても良かったよ」
扶桑「どうしてあの時、中に出すのを拒んだのですか?」
提督「………私はもうすぐで50を迎えようとしている。子供が出来てしまえば、育てられないかもしれないからな」
扶桑「………わたしは、欲しいです。あなたとの赤ちゃん………」
提督「大変だぞ?」
扶桑「………わたしが育てますよ。こう見えても頑丈ですから」
提督「ははっ、頼もしいな。明日の仕事は外しておくぞ? 代わりに別の日に入ってもらうからな?」
扶桑「………ありがとうございます」
提督「さあ、今度こそ寝ようか」
扶桑「………せっかく仕事を外してくださったのですから、もう一回………」
提督「欲張りすぎだ。私の体が持たない」
扶桑「ふふっ、残念です。それじゃあ、おやすみなさい。愛しの旦那様」
提督「………お休み。私の可愛い奥さん」
・・・翌朝・・・
提督はいち早く起きており、軍服を着て、今はコーヒーを飲んでいたところだ。時刻は05:46となり、水平線を曙光が照らしている。
本日の10:30より執り行われる偵察任務も提督が指揮をとる手はずであり、布団にくるまり寝息を立てている扶桑も参加予定であったが………。
提督「………起きる気配はないか。はぁ…………」
本日の作戦、扶桑の代わりを入れると言っても、どうしたものかと思案中である。そもそも作戦というのはちょっとした偵察任務であり、本日中に遂行しなければならないというものでもない。
で、あるからして…………
提督「………よし、今日は臨時休暇だな」
といった具合に落ち着いた。彼は几帳面に見えて意外と適当な所もあるのだ。今日できることは明日やり、明日やるべきことは明後日に。これが彼のやり方である。
しかし、適当に見えて几帳面なところもあり、有事の際には迅速に。やるべきことは必ずやり、それを良い結果に落ち着かせ、常に先を見て実行に移す。それ故に、誰も彼のことを咎めることはしないのだ。
だが、そんな彼をリンガ泊地の艦娘たちは「気紛れ提督」だとか「猫男」だの「ナマケモノ」とか、言いたい放題である。
彼自身は動物を用いた呼び方が気に食わなかったらしく、かつてそう呼ばれたときに「鳥頭」と言い返した際には相手に大激怒され、爆撃を受けたというちょっとしたこぼれ話があるのだ。
それはさておき、寝起きのコーヒーを飲み干した彼は、直ぐに部屋をあとにする。向かった先はあの慰霊碑だ。
提督は慰霊碑に供物を捧げて正座し、念仏を唱えている。一通りやるべきことを終えた彼は、慰霊碑を後にしようとするが、後ろから何者かに声をかけられた。振り返ると、川内の姿があった。
川内「いつもここに来てんの?」
提督「まあ、そういう約束で釈放されている訳だしな。珍しいじゃないか、ここに来るなんて」
川内「今日の当直は私だからね。部屋に戻って軽く眠ろうと思ったら見つけてさ、声をかけたってだけだよ」
提督「なるほどな。………そうだ、今日は艦隊業務は休みにする。ゆっくり眠ってくれ」
川内「えっ!? いいの?」
提督「私が面倒臭くなっただけだ。特別今日中に終わらせるものでもないしな」
川内「………あぁ、昨夜は随分とお楽しみだったもんね」
提督「………何のことかな?」
川内「別にそれでどうこうってわけじゃないよ。けど、相手さんの声をもう少し落とすように言ってあげないと、どうなっても知らないよ?」
提督「………忠告痛みいる。最悪の場合は部屋を防音加工にするしかないがな」
川内「そうだね。後は両隣の部屋を空き部屋にするか、1人部屋にしてあげなよ?」
提督「………お前は何事もないようにえげつないことを言うのだな」
川内「そう? 別にそうは思わないけどなぁ。………あのさ、提督が居なかった二年間、新しく来た人がいたでしょ?」
提督「大佐の事か?」
川内「そうそう。私たちはさ、今まで好き勝手やってきたような連中じゃない? だから海軍の人間が来たことに耐えられなかったんだよね。何で連中の下につかなきゃならないんだって」
提督「………そういえば、海軍の下につくと知ったのは私がここに戻ってきてからだったな」
川内「その時にさ、私も含めて殆どの艦娘が、あの女を殺して海軍に送り返してやろうと思ったの。あんたらの下に着くなんてお断りだって」
川内「でも扶桑がね、それを止めたの。提督がきっと横須賀に行ったってことを悟ったんじゃないかな? もしそうだったら提督の迷惑になるって、全員を説得して、何とか思い留まらせたんだよ」
提督「………そんなことがあったのか」
川内「そう。だからさ、なるべく扶桑には優しくしてあげなよ? って、私が言うのも変な話だけど」
提督「………そうだな。さて、そろそろ戻るか。朝食の準備ができている頃だろう」
川内「朝……か。私は寝るよ? 徹夜はきついし?」
提督「わかってる。1日何もないからな、心置きなく眠れるだろう?」
川内「そだね。んじゃ!」
提督と別れた川内は、自分の部屋へと向かっていく。提督もやるべきことを終えたので、自室へと戻った。
部屋に戻ると扶桑は起きており、服を着替えて彼を待っていた。
扶桑「提督、昨日仰っていただいた本日の作戦のことですが……」
提督「今日は休みにした。全員、本日は臨時休暇だ」
扶桑「え………?」
提督「だから、今日はとびきり遊ぶとしよう。なかなか、共にいる時間が得られなかっただろう? 今日くらいは、な?」
扶桑「ほ、本当に………よろしいのですか?」
提督「勿論だ。特別今日中に終わらせる必要のない仕事だ。明日にでもすればいい。皆にも後で伝えておく。何かあれば、要望に応えるぞ?」
扶桑「き、急に言われたので………特には………」
提督「まあ、もうすぐで朝食だ。そこで考えてもいいだろう?」
時刻は07:15になっており、既に朝食は作られているだろう。向かってみると、案の定ほとんどの艦娘が食事を摂っていた。
食事は、パンにハムやソーセージなど、洋食になっていた。いや、洋食というよりかは………。
提督「今日の担当はビスマルクか。道理で………」
ビスマルク「ねぇ、私が独断でやったみたいな言い方はやめてもらえないかしら? 別に周りの調理担当を唆したわけじゃないのよ?」
提督「分かってるよ。だけど、駆逐艦たちに余り濃いコーヒーを出してやるなよ?」
ビスマルク「それは安心してちょうだい。今日のコーヒーはインスタントで済ませてあるし、カフェラテ的なものを用意してあるから」
提督「………それで良いのかドイツ人。それでいいのかビスマルク………?」
ビスマルク「良くはないけれど………」
提督「………まあいい。2人分をもらえるか?」
ビスマルク「分かったわ。ちょっと待ってなさい」
ビスマルクは奥の方へ行き、2人分の食事とコーヒーを持って来る。持ってきたコーヒーの片方から、他のものとは違う芳醇な香りがする。恐らく、提督用に作っておいてくれたものなのだろう。
提督と扶桑はいつもの同じように食事を摂り、談笑しながら過ごしていた。そんな中、扶桑があることを彼に語った。
扶桑「提督は、多彩な趣味があっていいですね………」
提督「いきなりどうした?」
扶桑「いえ……。ただ、ほとんど働きづめでなかなか趣味を持つ機会がなかったので……」
提督「そういうことか………じゃあ、昨日の買い物のお礼に、今日はお前を趣味を見つける手伝いでもしてみようか?」
扶桑「これをしてみたいというものはあるのですが………」
提督「なんだい?」
扶桑「て……提督と同じことができればいいなって………///」
提督「………あ、そう///」
扶桑「そ……それで、何かありますか?」
提督「そうだか………あっ、1個あるわ。後で部屋に来てくれ。見せたいものがある」
扶桑「それでしたら、いまから行きましょう?」
そう言って2人は席を立ち、提督の自室へと向かって行った。その姿は初々しさが垣間見えて、夫婦 (カッコカリであるが) というよりは恋人同士にも見える。
陽炎「………ねぇ、このコーヒー砂糖入れ過ぎたんじゃないの? ものすごく甘いんだけど………」
不知火「でしょうね。だって不知火が角砂糖を5個ほど入れておきましたから」
陽炎「………」イラッ
不知火「それより、先ほどから血なまぐさくないですか?」
吹雪「あの……山城さんが鼻血出して倒れているんですけど、何かあったんですか?」 (いま来たところ)
陽炎「えっ!? ちょいちょい!! あの量はまずいって!!!!! 誰かー!!」
ところ変わって提督の部屋。彼は部屋の隅からある物を取り出し、扶桑に見せた。それは、小さな箱であった。
扶桑「あの……これは?」
提督「開けてみてくれ」
扶桑「………あぁ! 花札ですか!?」
提督「やったことは?」
扶桑「ありませんけど……興味はありました!」
提督「私が会得してるものの中では比較的短期間で覚えやすかと思ってな。今日は一つ、花札で楽しんでみないか?」
扶桑「はい! 是非!!」
提督「よし! なら、一般的な遊び『こいこい』をしようか? やり方は逐一教えるから、わからないことがあったら聞いてくれ」
提督「因みにこいこいは参加者同士で決めていくルールが多々あるから、今回のやり方が正式ルールというわけではないということを覚えておいてくれ」
扶桑「わかりました」
提督「まず、札は全部で48枚。それで、その札が季節を表しているんだ。一つの季節に4枚の札。だから48枚ってわけだ」
提督「ゲームを行う上で、どの札が季節に対応しているのかは覚える必要もあることはあるが、今回は気にしなくていい」
提督「さて、この中でいろいろ目立つ札があるだろう? それぞれ名称がついていてな。まずはこれ」
扶桑「鶴……ですか?」
提督「そう。松に鶴が書かれているこれと、桜に幕が書かれているこれ。芒に月と柳に小野道風、さらには桐に鳳凰。これらの札を ”光札” と言うんだ」
扶桑「なるほど………」
提督「やけに神々しい札は光札と覚えればいい。それと、これらの札。燕や鹿、猪などの動物と、杯と橋が描かれている札を ”種札” と言うんだ」
扶桑「動物と杯と橋が種札、と言うことでよろしいのですか?」
提督「まあ、あながち間違ってはいないな。光札と混同しなければその覚え方でも構わない。あと、短冊が描かれている札を”短冊札” と呼んでいて、いま挙げた以外のものをカス札と呼ぶんだ」
扶桑「何となくわかります………」
提督「こいこいのやり方は、同じ月の絵柄の札を取って、自分のものにしていくんだ。そこで出来上がった役で競っていく」
扶桑「同じ月のもの……そこが難しいですね………」
提督「そこに一覧が描かれた紙があるだろう? それを見ながらでいいから、じっくりとやっていこう」
提督「役は意外と覚えやすくてな。まずはこの光札。これが3枚集まると ”三光” になって、その三光に ”小野道風” が入ると ”雨四光” になる。どうだ?」
扶桑「………?」
提督「まあ、追々覚えていけばいいさ。試しにやってみようか?」
扶桑「………はい」
提督「札の切り方にもルールがあるが、今回は気にしなくていい。さて、親と子を決める。今から札を二枚、場に置くから好きな方を選びなさい」
扶桑「………それじゃあ、こちらで」
提督「私はこっちだな? 札を表にして……。私が松のカス札で、扶桑が柳のカス札。私が親だな。親は月が早い順で決めるんだ。松は1月、柳は11月だ」
提督「それじゃあ、今回のルールは ”つかず” にする。引き分けの場合、子に得点が入るんだ」
提督「……………よし、手札が8枚あるな? 手札は相手に見せないようにしてくれ。まずは親である私からだな」
提督「始まったら、手札から一枚、場に置くんだ。同じ月のものが場にあれば、それを自分の物にして、脇に置いておくこの際、手に入れた札は相手にも見えるようにな?」
提督「私はいま、松のカス札を場に置いたところ、松の短冊札があった。そうしたらこれを自分の脇に、という事だ」
扶桑「なるほど……わかりました」
提督「そして、山札から一枚場に置く。この時、山から引いた札と同じ月の札が場にあれば、先ほどと同じようにできる」
提督「今回は菖蒲のカスを引いたが、あいにく場には菖蒲がない。その場合は、場に置いておく。これで自分の番が終わり、相手の番になる。これを繰り返していくんだ」
扶桑「わかりました。えーっと………萩の短冊が場にあるので、私は猪を出す………でよろしいでしょうか?」
提督「問題ないぞ。そしたら萩の短冊と猪を自分の脇に置いて、山札から一枚引いてくれ」
扶桑「………はい。牡丹の短冊………これは……蝶?」
提督「そうだ。牡丹の短冊と、牡丹に蝶。自分の脇に置いておけ」
提督「さて、私の番だ。生憎手札には場にある札を取れるものがないので、手札を場に置きっぱなしにする。置いたのは紅葉に鹿だ。そして……山札から菊に杯。これは取れるな」
扶桑「私の番ですね。………紅葉の短冊と………紅葉の鹿……山札からは芒に雁。場には芒に月………でよろしいですか?」
提督「………いま、扶桑の手元には猪と鹿と蝶が入るな? ”猪鹿蝶” という役が完成した。今回はお前の勝ちだ」
扶桑「えっ!? 私、勝ったんですか!?」
提督「そうだ。そして、扶桑の元に5点入ったわけだ。ちなみに、実際のルールでは点数のことを点と言わずに ”文” と呼ぶんだ。これを12回ないし6回続けていくんだ」
扶桑「だんだんと分かってきました!」
提督「よし、次の回は勝った方が親になるんだ。札をよく切って……………よし、お前からだ」
扶桑「えーっと………柳に燕と柳に小野道風……山札から桐のカス札と桐に鳳凰……ですね」
提督「いいぞ。芒に月と、芒に雁。山札から菊に杯と菊のカス札……と」
提督「ここで、私の元に ”月見で一杯” という役が出来上がっている。ただ、この時に ”こいこい” をすると、ゲームを続行することが出来るんだ。そして新しい役が出来上がれば、点数が上乗せされていくということだ」
扶桑「それがこいこいなんですね〜」
提督「そうだ。今回はこいこいにするぞ」
扶桑「私の番ですね………桜のカス札と、桜に幕………山札から……松の短冊で場には鶴がありました………」
提督「扶桑にも ”雨四光” の役が出来上がったな。こいこいするか? 勝負をつけるか?」
扶桑「………勝負します!!」
提督「雨四光で7文、相手がこいこいを宣言した際に勝てば2倍の点数をもらえるんだ。だから扶桑には14文だな」
扶桑「まあ!」
提督「………お前本当に初めてか? かなり強いぞ?」
扶桑「初めてですよ? たまたま運が良かったのかしら?」
提督「お前の口から運がいいという言葉が飛び出したことに対して若干の疑問点が浮かび上がるが、まあそれは良しとしよう。次、お前の番だ」
扶桑「………牡丹に蝶と短冊。芒に雁と芒に月」
提督「菖蒲に八橋とカス。芒のカスとカス」
扶桑「………菊に杯と短冊。桜の短冊と桜に幕」
提督「月見で一杯、花見で一杯の役が出来上がったな。こいこいするか?」
扶桑「………します!」
提督「よし、桜のカスとカス。柳のカスと燕だ」
扶桑「松に鶴と短冊………梅に鶯と短冊です!」
提督「ちょっ! 待て待て!! 運良すぎるって!!!」
扶桑「えっ? えっ!?」
提督「あぁ、済まない。それで役が出来上がっているが、こいこいするか?」
扶桑「勝負します!」
提督「えーっと……三光に月見・花見で一杯、赤タンにタン……だから………21文か!!」
扶桑「まあ! また勝ってしまいました!」
提督「……………」
提督: 0文
扶桑:40文
提督「次行こう。次」
扶桑「………柳のカスに小野道風です。松の短冊にカス札です」
提督「松に鶴と松のカス。芒に雁とカスだ」
扶桑「牡丹の短冊と蝶。紅葉の短冊に鹿です」
提督「桐のカスとカス。牡丹のカスとカスだ
扶桑「………芒に月とカス札です。萩の短冊と猪です」
提督「猪鹿蝶の完成だ。こいこいするか?」
扶桑「………勝負します!」
提督:0文
扶桑:45文
・・・・・・
提督 (結局一回も勝てなかったよ………)
提督 (だってよ、こっちにいい手札が来たと思ったら既に向こうには ”くっつき” っていう、同じ月2枚が4組手札にあると出来る役なんだが、奴さんにバンバン出てくるんだよ。相手に6点がドンドン入ってっちゃってさ、結局100点も取られちまった………)
提督 (しかも光札が5つ揃う ”五光” までやられたんだぜ? 絶対イカサマありきだろ………)
提督 (でも、まあ………)
提督「どうだ? 楽しかったか?」
扶桑「はい! とっても楽しかったです!!」
提督 (ってな感じで喜んでもらえたようだし、まあいいか) ハハッ
扶桑「提督! もう一回やりましょうよ!!」キラキラ
提督「よし! 次は負けないからな?」
この後、滅茶苦茶こいこい (意味深) した。
・・・・・・
09:30。今日は提督が、この時間に全艦娘に招集命令をかけていた。理由を知る者はおらず、皆が何事かと押し寄せるように集まってきた。
全員が集まったことを確認し、鳳翔の号令に皆が従う。皆の姿を見た提督は、いつもとは違う空気をこの場に作り出す。
提督「ありがとう。楽にしてくれて構わない。さて、諸君。我々はかつて傭兵として名を馳せてきたが、今は海軍の一員としてまたあの時と同じように歩み始めた」
提督「我々は、我々の為に戦う。だが、海軍に所属となったいま、もはや我々が我々の為だけに戦うことはありえない。そのことを肝に銘じて欲しい」
提督「そこで、そんな我々に海軍から出撃の要請が出ている。数ヶ月前に我々が行った偵察任務の情報をもとに、セレベス海に出現した深海棲艦が、タウイタウイ泊地を占拠したというのだ」
提督「このタウイタウイ泊地、並びにセレベス海の制海権を奪取。連中を太平洋から根絶させたいとのことだ」
提督「また、今回の作戦指揮および立案は、大淀に全て一任する」
大淀「わ、私ですか!?」
提督の一言で全員に動揺が走る。それも無理はない、彼女はここに来てからというもの、良い待遇を受けているとは言い難い。彼女はリンガ泊地の中では、海軍と深い繋がりを持っている。それが他の者には気に食わないのだ。
それを知ってか、提督は彼女に作戦の指揮をとらせることにしたのだ。
提督「大淀。これが作戦海域の地図だ。これを元に、最適と思われる艦隊の編成を頼みたい」
大淀「………少し、時間を頂けますか?」
提督「わかった。今回はこれで解散させるが、決定次第、再び呼び出す。なるべく外出は控えてくれ」
全員が納得し、一礼のあと、次々と部屋をあとにする。残った提督と大淀の間で、ある会話が行われてた。
大淀「提督、なぜ私を起用なさるのですか? 私は、皆さんから疎まれているのですよ? それなのにーー」
提督「それが理由だからだ。連中は、お前を甘く見ている。今更お前のようなものが来ても意味がないと、そう思っているんだ」
提督「それは間違いであると、彼女らに伝えなければならない。言葉で納得しないのであれば、身体に覚えさせるしかない」
大淀「………提督のご恩に感謝します。ですが………」
提督「これを、持っておけ」
提督は大淀に渡したのは、1枚の書類だった。そこに書かれていたのは、指揮権の移譲が書かれているものだ。
これは、指揮官となった人物が大本営から受け取る書類であり、これを所有することは艦隊の運用、ひいては所属する鎮守府の指揮権を得ることを約束するものである。
つまりこれを他人に譲るということは、譲った相手に指揮権が移譲されるということである。
大淀「提督、これは………」
提督「ここの指揮権を預けるという旨を記した海軍の指揮権譲渡書だ。これを私がお前に譲渡するということは、私もお前の命に従うということだ。お前の思うがままに、彼女たちを使ってくれ」
大淀「………恐縮の至りです」
その1時間後、再び集合の合図が取られた。提督が建物の館内放送で掛けたのだ。
再び呼び出すという提督の言葉に従い、殆どの艦娘が固まってその時を待っていた。もちろん、扶桑を筆頭にしたリンガ泊地の最古参5人も例外ではない。
瑞鶴「ねぇ、あの大淀が作戦指揮を執るってホントなの?」
翔鶴「提督が直々に指名したから、きっとそうでしょうね……」
山城「私は信用できません。私たちは私たちで勝手にやりましょう」
鳳翔「そういうわけにもいきません。軍令として伝わっているものですから、私たちには逆らえない。そうですね?」
扶桑「その通りです。折角ですから、話 ”だけ” は聞いてあげましょう?」
提督が号令をかけてから、2分足らずで全員が駆けつけた。だが、先程とは違った空気が流れ始めているのだ。
大淀「今回の作戦は、タウイタウイ近海で敵との衝突が考えられます。よって、水上打撃艦隊による深海棲艦への攻撃。並びに、水雷戦隊による奇襲作戦を行います」
大淀「扶桑さんは、山城さんと翔鶴さんと瑞鶴さん、そして衣笠さんと妙高のさんを率いて、第一艦隊として活動していただきます」
大淀「敵の主力はタウイタウイに停泊しているとみられますので、先ずは近海の敵艦隊を殲滅してください。推測が正しければ、近海の哨戒艦は皆さんが手を焼くほどの実力は持ち合わせていません。その後は他の艦隊と協力して敵主力を壊滅させます」
扶桑「………わかりました」
不満を持っているのは、誰の目から見ても明らかであった。そっぽを向き、仕方なく聴いてあげていると言った顔であった。
大淀「第2艦隊は水雷戦隊。川内さんに率いて頂きます。由良さんと陽炎さんと吹雪さん、夕立さんと村雨さんを率いて下さい」
大淀「水雷戦隊には、タウイタウイに停泊している敵艦隊の後方に向かってください。細かい内容は、作戦中に追ってお伝えします」
川内「………了解」
川内も、扶桑と同じように上辺だけは従うといったような口ぶりであった。
だが、彼女を不満にさせているのは単に気に入らないというだけではなく、作戦が一切伝えられていないというのも、彼女の不信感を煽る要因になっているのだ。
大淀「鈴谷さん。あなたは第三艦隊の旗艦をお願いします。任意の軽巡と重巡を一隻ずつと、その他駆逐艦を用いて第一艦隊の援護を」
大淀「また、壊滅した敵の追撃を行いますので、各種資源の残量には気を配ってください」
鈴谷「りょーかい!」
大淀「鳳翔さんは第四艦隊の旗艦として任意の正規、軽空母を3隻、任意の駆逐艦を二隻率いて、空母を中心とした艦隊を率いて下さい。第二艦隊の援護に入って頂き、敵艦隊の壊滅をお願いします」
大淀「また、第3艦隊と同様に敗走した敵を追撃しますので、弾薬並びに燃料等、各種資源はゆとりを持って使用してください」
鳳翔「わかりました」
大淀「………提督」
大淀に促された提督は、大淀の隣から離れ、扶桑たちと同じように並ぶ。そして一礼を施す。
提督「ここにおります」
大淀「第三、第四艦隊の指揮をお願いしていただけますか?」
提督「承知いたしました」
提督は、再び礼をして、彼女たちの列に入る。その姿は指揮官としてでなく、1人の軍人として、上官の命に従うといったようだ。
大淀「皆さんは解散後、すぐに準備を整えて、明日には出発を。明後日の朝には、戦闘が開始されます。皆様方、どうか気を抜かないように」
大淀の言葉に、ほとんどの艦娘が了解と反応する。だがそれは、リンガ泊地へとやってきて日の浅い者たちだけだ。
最古参である扶桑らと共に、川内や陽炎、衣笠といった多くの古参の者たちは、大淀を気に食わない顔で見ている。
その中でも衣笠は余り噛み付くような真似はせず、川内や陽炎も比較的行動に出るようなことは少ない。
また最古参の一員でもある鳳翔も、大きく出ることはしない。が、扶桑姉妹や翔鶴姉妹は何かと癖が悪い。感情的になりやすく、大淀とはよくもめ合うことがあるのだ。
山城「一つ聞いても良いかしら? 私たちが総出で戦っている間、何をしているつもり?」
大淀「私ですか? ここで、あなた達の作戦遂行の手伝いを。指示を逐一連絡させていただきます」
瑞鶴「私たちが命懸けで戦っている間、あなたは私たちをコマにして将棋でも打つつもりかしら?」
翔鶴「あら、言い得て妙ね」
全員が大淀に向けて不気味な笑みを浮かべている。こうまで恐ろしいと、提督の気苦労は計り知れない。
大淀「何かご不満が? ここに提督から、海軍が発行した指揮権移譲の証明書を頂いております。私に逆らうということは、提督の御意志に逆らうことと同義です。くれぐれもそのおつもりで」
その言葉が気に入らなかったようで、扶桑は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。しかし、軍令であるので、逆らうわけにはいかず、渋々礼をして、さっさと出て行ってしまった。
それに習い、みなが部屋をあとにしていく。中には大淀に従ってくれるものもいるが、歓迎していない者もということが深々と感じられてしまう。
提督「………大淀。辛くはないか?」
大淀「どうかお気になさらずに。提督に預けた第三、第四艦隊は、言ってしまえば追撃用の艦隊です。戦闘は最小限に留めていただき、追撃に専念してください。彼女たちにも伝えましたが、燃料等の消費は控えるように念を押しておいて頂けるとありがたいです」
提督「………連中よりも、この戦いの勝利に自信があるみたいだな」
大淀「それと、明石と伊良湖さんに祝賀の手配を済ませておりますので」
提督「戦う前から勝った後のことを考えているのか?」
大淀「何事も、二手三手先を読む。あなたのやり方ではありませんか」
提督「………ふっ、結構結構。中々に面白い奴だな」
大淀「………褒め言葉として受け取っておきます」
提督「勝負は明後日だ。お前の采配、期待しているぞ」
大淀「………御意のままに」
・・・・・・
時は過ぎ、明後日の朝。予定通り、タウイタウイ泊地への殴り込みが決行された。作戦は大淀から事前に伝えられていたが、詳しくは教えられていない。
実はこれは提督からの提案であり、事前に伝えてしまえば、提督の意見をそのまま大淀が口にしただけだと思われかねないと、提督と大淀は考えたのだ。
よって、提督が第三・第四艦隊の指揮を執ることにより、大淀のやり方に提督が口を出さないようにするという2人の間での打ち合わせで決められたことなのだ。
また編成にも少しゆとりを持たせ、第一艦隊は妙高を、第二艦隊には吹雪という、比較的大淀に賛同してくれる者を入れることで指揮の乱れを防ぐという役割を持たせている。
扶桑「第一艦隊、タウイタウイ近海に到着。それで、私たちはどうすれば良いのかしら?」
大淀《第二艦隊がまだ到着していませんので、もうしばらくお待ちください》
大淀《……………第二艦隊が作戦海域に到着しました。これより、タウイタウイ泊地解放戦を始めます》
大淀《第一艦隊は、そのまま敵哨戒線を突破して下さい。その際、なるべく多くの敵艦を轟沈させてください。数が多ければ多いほど、終了時間が早引きます》
扶桑「………わかりました」
大淀の作戦を未だ飲み込めていない彼女らは、いったい大淀が何を言っているのか理解できていない。しかし作戦は始まってしまったので、仕方なく従う他ないのだ。
川内「第二艦隊は? どうすれば良いの?」
大淀《第二艦隊の皆さんは、敵に存在を悟られないように潜んでいてください》
陽炎「ねぇ、何を考えているか知らないけど、訳わかんない事だけはやらせないでよ?」
大淀《ご心配なく。第一艦隊の成果が上がれば、その分あなた達が楽になりますから》
夕立「ぽい?」
大淀の策が読めないまま、第一艦隊と第二艦隊は大淀の指示に渋々従う。そのころ第三・第四艦隊は提督の指示により、作戦海域より少し離れたところで待機していた。
鈴谷《てーとくぅー、暇なんですけどー》
提督「安心しろ、私も暇だ。隣で大淀が懸命に指揮を執っているが、私は作戦海域の地図と睨み合っているだけだ」
鳳翔《何かあったのですか?》
提督「敵の撤退先を調べているんだ。以前の偵察任務の結果と照らし合わせて、敗走した連中がどこへ向かうのか、とな」
鈴谷《それで? 何か分かった?》
提督「…………撤退するとすれば、太平洋でないことは明らかだ。ちょっと時間をくれ」
第一艦隊は、敵哨戒線をひたすらに突き進んでいる。敵の防衛線を悉く通過していき、現在は3戦目。会敵した深海棲艦は全て沈めてきている。
扶桑と山城は砲撃を行いながら、回避行動を取っている。だが、どう見ても本気でやっているようには思えず、手加減をしているのではと思える行動が見え始めている。
山城「最近、姉様が溌剌としているみたいで良かったです。何か良いことでもあったのですか?」ヒョイ
扶桑「そうねぇ………提督のおかげかしら?」ダァン
山城「そう言えば、最近はよく一緒に居られますね。それが普通だと思いますけど………」ダァン
2人は敵の砲弾を見ることなく、それらを紙一重で避けている。しかも談笑しながら砲撃を行い、それらを全て命中させているというから驚きだ。
扶桑「あの人はね、部下とは分け隔てなく接したいと思っているのよ。何て言ったらいいのかしら………私情を持ち込まない?」ヒョイ
山城「何となくわかります。提督、平等主義者ですし………」ヒョイ
扶桑「私としては、あの人とはもう少し側に居たいのだけれど、あの人からすると私を贔屓しているみたいで嫌なんですって。あの人なりの、皆への接し方ね」ダァン
敵艦隊の編成は重巡が主な編成であったが、それらの殆どが2人により沈められている。中には強力な個体もいたが、それすらも容易に沈めている。
翔鶴「あの……会話も結構ですけど、戦いに集中してください」
扶桑「大丈夫よ。ちゃんと敵は沈めているから」ダァン
瑞鶴「何でよそ見しながら砲撃が当たるかなぁ……? 不思議でしょうがないんだけど………」
衣笠「航空隊がバレルロールやナイフエッジとかアクロバティックな動きを取るのもどうかと思うけどね〜。………よっと!!」ヒョイ
瑞鶴「あれよ、ブルーイ○パルス的なそんな感じよ!」
翔鶴「瑞鶴、実名を出すのは止めなさい? それに彼らは海軍の所属じゃないんだから」
瑞鶴「…………まあ、航空機がどうしたって空母の管轄外だから。どんな動きしようが、搭乗員の熟練度次第だし? 私たちには預かり知らない話よ」
妙高「あの……もう少し緊張感を持っていただけると………」
衣笠「ねぇ、ちょっとだけそのまま動かないでくれる?」ダァン
衣笠は妙高の方に主砲を向けて、躊躇いなく撃つ。もちろんそれは妙高に対して撃ったわけではなく、彼女を背後から襲おうとしていた深海棲艦に向けて撃たれたものだ。
妙高「えっ!?」ヒュン
リ級「!!!?!?!!」ドカ-ン
衣笠「ナイスショット♪」
衣笠の撃った砲弾は、妙高の頬をかすめるか否かのギリギリのところで彼女を通り過ぎ、深海棲艦に当たった。結果としては良いのだが、妙高からすればいい迷惑である。
妙高「びっくりした……私に当たったらどうするんですか!!」
衣笠「だから動かないでって言ったじゃん? ………うーん、予想より0.03ミリ右寄りかな?」
翔鶴「敵艦隊全滅を確認。次に向かいます」
大淀《そのまま東南東に向かって下さい。泊地に近づくので、敵艦隊の戦力も防衛線にいるものより強くなるはずです。気を抜かないように》
扶桑「………わかりました」
同じく、大淀は第二艦隊にも現状を報告していく。だが大淀の意が汲めないためか、本人らは俄然やる気を出さない。
川内「………第一艦隊が防衛線を突破していって、もうすぐで敵の主力艦隊とぶつかるってさ」
陽炎「ふーん。それで? うちらは何時になったら動くわけ?」
大淀《………もう少しだけお待ち下さい》
陽炎「まさかとは思うけど、私たちを蔑ろにする気じゃないでしょうね?」
由良「落ち着いて? 何か考えあってのことなんだから。ね?」
陽炎「………」
吹雪「大淀さん、聞こえますか?」
大淀《はい、何か?》
吹雪「このままだと、戦う前から第二艦隊が瓦解します。私は大淀さんの考えが少しわかります。けれど、みんな大淀さんの考えがわからなくて疑心暗鬼になっているんです」
大淀《ですが、もしそれで敵に作戦が洩れてしまえば………》
吹雪「…………」
提督《………吹雪、話してやりなさい。たとえそれで作戦が上手くいかなかったとしても、第三・第四艦隊でどうにかする。心配するな》
大淀《………わかりました。お願いします》
吹雪「はい! 皆さん、少しよろしいですか?」
吹雪は自分の近くに第二艦隊の面々を集める。そして、大淀の作戦を一つ一つ教えていく。
吹雪「大淀さんの作戦は、私達が背後から泊地を襲撃することで泊地の深海棲艦を第一艦隊の方に押し出す作戦なんです」
川内「どういうこと?」
吹雪「第一艦隊の方々が敵を必ず沈めているのは、泊地の防備を緩和させるためなんです。防衛線の艦隊が沈んでいけば、敵が泊地の防備を少しずつ第一艦隊にぶつけていくと考えた大淀さんは、守備艦隊の数が減ったところで私達が背後から奇襲をかける作戦をとったんです」
村雨「どうしてそんな回りくどいことをするの? 第一艦隊が攻めればいいじゃない。取り残しがあっても、後方から第三艦隊が追って来てるんだから、連中に討たせればいいでしょう?」
吹雪「敵は泊地の防備をぶつけていくことで、扶桑さんたちの疲弊を狙っているんです。そうなったら、万全な戦力とは言えません。ですから、少し策を入れ込んだというだけです」
吹雪「縮こまった敵を背後から襲って、第一艦隊の方に押し出す。その逆でもいいんです。第一艦隊の猛攻撃に押されて私たちの方に出てきたら、それを挟撃するというわけです」
由良「…………聞いた限りでは良さそうな作戦だけど、成功するのかな?」
吹雪「………7割方、成功するかと思います」
川内「残りの3割は?」
吹雪「このやり方は日本の戦国時代にとられた物に似ていて、その時は失敗しているんです。それが1割」
吹雪「扶桑さんたちがこの作戦を汲んでくれるのかどうか。それが1割。司令官が動かす第三・第四艦隊がどう動くのか、私にもわかりません。それが1割」
夕立「早い話、心配事が3つあるってことっぽい?」
吹雪「うん、中でも心配なのが2つ目。失礼な話だけど………」
川内「………まあ、第二艦隊はやれる事をやろう。でないと、折角の作戦が無駄になるでしょ?」
陽炎「………同感。体力を浪費するのは好きじゃないし?」
由良「私も。ここまで来て失敗したら後味悪いし、ね?」
村雨「主砲も魚雷も、スタンバイオーケーよ♪」
夕立「とことんパーティーを楽しむしかないっぽい!!!」
第一艦隊は防衛線を更に突破していき、遂に最後のラインへと到着していた。
山城「姉様! 私たち、全戦全勝ですよ!!」
扶桑「そうね。でも気を抜かないで!」
妙高「偵察隊から入電!! 敵艦隊補足、距離80!!」
衣笠「こっちも確認したよ! 凄いね、敵さん大盤振る舞いで待ち構えてるよ!!」
扶桑「敵艦隊の情報は?」
妙高「戦艦と重巡を中心とした艦隊です。航空戦には問題ないと思われます」
扶桑「わかりました。翔鶴さん、瑞鶴さん、敵艦隊に航空爆撃を。私と山城は瑞雲を発艦させます!!」
翔鶴「了解です。瑞鶴、行くわよ!!」
瑞鶴「行こう! 翔鶴姉ぇ!! 航空隊、全機発艦!!!」
山城「扶桑姉様、私たちも!」
扶桑「えぇ、行きましょう!! 」
空母の二隻は艦載機を、航空戦艦の二隻は瑞雲をそれぞれ発艦させて敵艦隊へと航空爆撃を仕掛ける。敵艦隊の3分の1を沈めて、残りは小破や中破まで追い込んでいた。
翔鶴「後は皆さんにお任せします。私たちは後方から援護を」
瑞鶴「アウトレンジで決めてやるわ!!!」
扶桑「山城、砲戦よ!!」
山城「はい! この山城、姉様に遅れは取りません!!!!」
妙高「衣笠さん、私たちも!!」
衣笠「もちろん! 気を抜いたりしないでよ!!」
扶桑「これより航空戦から砲撃戦に切り替えます!!! 全艦、複縦陣から単縦陣に切り替えて!!」
全員「「了解!!!!!」」
扶桑の指示に従い、全員が移動を始める。ものの数秒で陣形は完成し、翔鶴姉妹を除く4隻が艦砲を構える。
扶桑「山城に衣笠、妙高さんは順次砲撃を! 翔鶴、瑞鶴さんはお二人のタイミングで爆撃をお願いします!!」
扶桑の言葉を合図に、各々がその通りに攻撃を始めていく。砲撃戦により、重巡洋艦は轟沈。残りは戦艦のみであるが、中々に防御が固く、一向に沈まない。
また当人たちの疲弊も凄まじく、平静を装ってはいるものの、その実かなりの体力を消耗しきっている。
そのため砲撃が中々当たらずに、戦況は硬直状態。この状況を打破するために、扶桑らは次の行動に移る。
扶桑「各艦、通常砲撃から弾着観測射撃に変更! 各々、航空機を発艦してください!!!」
全員「「了解!!!!!」」
弾着観測。射弾観測とも呼ばれ、放たれた砲弾が海に落下して爆発した際に敵艦とどのような位置関係にあるかというものを観測する、射撃の基礎に当たるものである。
航空機を用いる観測法を空中観測と呼び、 本来であれば専用の観測機である零式水上観測機が用いられるが、彼女らは水偵や瑞雲で代用可能であるため、基本的には観測機でなくとも問題はないのである。
妙高「水偵の発艦を確認しました! 射弾観測を開始します!!」
衣笠「こっちも始めるよー!」
山城「姉様、私も問題ありません!」
翔鶴「航空隊の発艦準備できました!! いつでも飛ばせます!!!」
瑞鶴「こっちもいけるわ!! 五航戦の力、見せてやろうじゃないの!!!」
扶桑「発艦のタイミングはお任せします!!」
翔鶴「了解です! 行くわよ、瑞鶴!!!!」
瑞鶴「翔鶴姉ぇこそ、遅れないでよ!!! 全航空隊、発艦始め!!!!!」
翔鶴に続いて瑞鶴も艦載機を次々に発艦させていく。一足先に発艦させた瑞雲などの航空機は既に敵陣に到達しており、砲弾の着水点を次々と艦娘たちに伝えていく。
扶桑「弾着観測を用いて一斉に砲撃して攻撃威力を高めます!! 各艦、私に合わせてください!!」
全員「「了解!!!!!」」
扶桑「3、2、1、撃てぇ!!!!」
山城「撃ぇ!!!!」
衣笠「ほらほらぁ!! もう一発いっちゃうよー!!!」
妙高「第一・第二主砲、一斉射! 撃ちます!!!」
一斉放火の轟音が一帯に鳴り響く。その音は、敵の後方に控えていた第二艦隊にも聞こえるほどの大音量であった。
また水柱の後には爆発が見え、爆撃が行われていることを目視できるほどの大きさであった。あれだけの高威力を叩き込まれては戦艦とて無事では済まないだろう。
川内「ひゃー、全く相変わらず凄い威力だね」
陽炎「あんなんに撃たれたら命がいくつあっても足りないわ」
大淀《今のが敵防衛線の最終ラインです。おそらく泊地には十分な戦力は残っていないはずです!》
吹雪「今です! 行きましょう!!」
由良「川内さん、指示を」
川内「第二艦隊! このまま敵の背後を突いて撹乱するよ!!」
村雨「はいはーい♪ お任せー!」
夕立「ギッタンギッタンにしてやるっぽい!!!!」
第一艦隊の砲撃音を合図に、大淀が第二艦隊に指示を出す。それに従った川内らは、全速力で敵主力の後方に接近していく。そしてその傍らで、遂に第三・第四艦隊も航行を開始する。
鈴谷「何か、すんごい音がしたんだけど!!」
提督《第一艦隊が敵の防衛戦を突破したようだ。川内たちも動き出した。こちらもそろそろやる気を出そうか?》
鳳翔「かしこまりました」
鈴谷が率いた艦隊は、重巡と軽巡を各一隻とその他は駆逐艦で編成されたものだ。熊野、阿武隈、Верный、朝雲、山雲と、中堅的な立場にいる者たちを。
鳳翔が率いたのは正規、軽空母を3隻と、その他駆逐艦で構成される艦隊だ。赤城、加賀、翔鳳、暁、敷波と、比較的新しく泊地に移籍となった艦娘を中心に編成された艦隊をそれぞれ率いていた。
提督《鈴谷、第一艦隊を後方から追いかけて同艦隊を援護。戦況を見計らって海域を離脱。敵が撤退の兆しを見せたら構わず正面から当たれ!》
鈴谷「りょーかーい♪」
提督《鳳翔、第二艦隊を後方から追いかけて、航空隊による援護を。ただし、功を焦らずに戦況を見計らって海域から離脱。その後は第三艦隊と共に追撃戦に移行しろ!!》
鳳翔「お任せください」
提督《第三・第四艦隊、抜錨!!!!》
鈴谷「第三艦隊、最大戦速で第一艦隊に追いつくよ!! 遅れないでね?」
熊野「勿論ですわ。早く帰って、シャワーでも浴びたい気分ですもの」
Верный「阿武隈、急いで」
朝雲「阿武隈、最大戦速よ!!!」
山雲「阿武隈〜、早く〜!」
阿武隈「もぉ〜! あたしを呼び捨てにしないで〜! あたしはこう見えて、皆より一年早くここに着任したんですからね〜!!」プンプン
全員「阿武隈うるさい (ですわ) !!!」
阿武隈「もおぉぅ〜〜!!!!!」キィ-!!
第三艦隊が勝手に盛り上がっている中、鳳翔率いる第四艦隊はいつも通りであった。あった筈なのだが………
鳳翔「私たちはゆっくり行きましょう。 第一戦速でも間に合うはずですから、落ち着いてね?」
赤城「わかりました。久しぶりの作戦参加で少し緊張しますね」
加賀「そうですね。何より、鳳翔さんと赤城さん。お二人と肩を並べることができるのも、大変喜ばしいことです」
鳳翔「もう、それはやめて下さいと言ったじゃないですか」
祥鳳「………鳳翔さん、本当は扶桑さんたちと同行したかったんじゃないですか?」
鳳翔「そんな事はないですよ? どうしたんですか急に?」
祥鳳「…………不安げな目をしていたので」
鳳翔「………ふふっ。なるべく表には出ないようにと心がけたつもりですけど、無理みたいですね」
鳳翔は、扶桑らが心配で仕方がないと、自身の心中を吐露していく。
提督を、敬虔なクリスチャンのように崇拝している扶桑・翔鶴姉妹たちとは違い、鳳翔と提督はどちらかといえば部下と上司と言った関係が一番当てはまる。
つまり、提督が下した軍令であれば御構い無しに従うといった中立的な立場なのである。
赤城「………苦労されてるんですね」
鳳翔「でも、それが別に嫌というわけではありませんよ? 提督に助けて頂いた恩もありますし、何より楽しく過ごせていますから」
加賀「………始めから良い提督に出会えたのですね。羨ましいです」
祥鳳「でも、今では皆さんも仲間になったんですから、何かヘマでもしない限りは身の安全は保障されますよ?」
赤城「………怖いことを言わないでください」
鳳翔「まあまあ、何かあっても流石にデコイとして使われるといったことはないと思いますから」
提督《鳳翔、もう少しで会敵するぞ。警戒しろ》
鳳翔「わかりました」
第三・第四艦隊が提督の指示で動き出したことを残りの艦隊に伝えた大淀は、作戦行動を次の段階に進めていく。
大淀《扶桑さん、その場で停止してください。敵艦隊を第二艦隊がそちら側に押し出しますので、少し休憩を》
山城「姉様、燃料の消費量がどの艦も甚大です。ここは………」
扶桑「………わかりました。一旦休憩を挟みましょう。ただし、警戒は怠らないでください」
全員「「了解!!!!!」」
第一艦隊は今後の大役を控えているため、一時休憩を取らせる。その間、大淀は第二艦隊に逐一指示を出していく。
大淀《皆さんはそのまま敵艦隊に接敵してください。その間でもし敵を沈められそうなら、なるべく数を減らしてください》
川内「了解。うちらで敵さん貰っちゃおうか?」
陽炎「第一艦隊に手柄ばっかりとらせるのも癪だしね!!」
大淀《それはそれで構いませんが、深追いはしないでください。第一艦隊と協働でなくては倒せないかと思われますので》
川内「はいはい」
吹雪「由良さん、念のために対潜警戒をお願いします」
由良「ん……わかった。ちょっと待ってて」
吹雪「川内さん、タウイタウイはリンガ泊地と違って海底が浅くはありません。潜水艦の危険も考慮して、対潜警戒も」
川内「んー、まあ吹雪が言うなら一応やっておくよ」
吹雪「第一艦隊の方々では潜水艦に対処出来ません。万が一のことも考えて、後顧の憂は積んでおいたほうが………」
陽炎「そりゃ大切だわ。第一艦隊に何かあったら司令が大激怒だしね」
無線越しにくしゃみが聞こえた。おそらく提督だろう。噂をされるとくしゃみをするというのは実際にある事なのだと、どうでもいい知識を覚えた一行であった。
暫くして泊地に近づいた第二艦隊は、作戦通りに後方から敵艦隊を襲撃する。戦力の大半は第二艦隊によって敗走。姫や鬼と呼ばれる上位個体を残すのみとなった。
残された深海棲艦は泊地から出て行く形になり、そこを第二艦隊が占拠。泊地から追い出された深海棲艦は第一艦隊によって8割が壊滅。残った深海棲艦も這々の体で落ち延びたといった状況であった。
扶桑「………敵艦隊の殆どは壊滅させましたが、逃げられてしまいました。申し訳ありません」
提督《気にするな》
瑞鶴「あれ? 大淀は?」
提督《大淀には残りの第三・第四艦隊の指揮をさせている。ここまでやって貰ったんだ、最後までやらせてみようと思ってな》
翔鶴「そうでしたか。では私たちは?」
提督《そのままタウイタウイに停泊してくれ。川内、第二艦隊も同様だ》
川内《了解。びっくりしたよ〜、大淀の読みが次々当たっていってさ。悪いことしちゃったなぁ〜》
陽炎《ま、今の所は信用してもいいんじゃないかしら?》
山城「………姉様、私も。今の所は信用に値すると思います」
扶桑「………そうね。帰ったら謝らないと」
大淀と提督は立場を交代し、提督は第一・第二艦隊を、大淀は第三・第四艦隊を指揮することとなった。
大淀は第三・第四艦隊に通信を繋げて、追撃戦の指示を出して行く。既に提督の指示でポイントに待機済みであったために作戦は順調に進んでいった。
タウイタウイ泊地から逃げ延びた深海棲艦は、その全てが鈴谷と鳳翔らによって轟沈。同泊地は、人類側の手に戻ることとなった。
その後は海軍からの人員が送られるまで、作戦に参加した艦隊はタウイタウイに停泊。彼女らがリンガ泊地へと帰還したのは5日ほど先であった。
そして5日たったある日、出撃していた者たちは、無事にリンガ泊地へと華々しい凱旋を遂げた。
泊地に備えられた軍港では提督と大淀、留守を守っていた艦娘らも出迎えに出ており、出撃していた艦娘らは既に入港して艤装を取り外していた。
提督「………おかえり。扶桑」
扶桑「………ただいま戻りました。提督」
ほんの少しだが、二人の時間は周りより少しゆっくり流れているように感じられる。
他の艦娘はお互いに称え合ったり、留守組との会話に花を咲かせているが、この2人からはまた別の雰囲気が漂っている。
提督「無事で良かったよ。今回は、かなり危ない橋渡しだったからな」
扶桑「………私は、あなたと約束しましたからーー」
扶桑「ーー必ず帰って来るって」
提督「そうか………。そうだったな」
そう言って提督は扶桑の腕を引っ張り、自身の腕の中に抱き寄せる。普段はあまり行動に出すようなことはしない提督だが、余程心配していたのだろう。
抱きつかれている扶桑は、急な出来事で大いに戸惑っている。声にならない声を発し、混乱していると言っても過言ではないだろう。
扶桑「て、提督!! あの、ほ、他の娘も見てますから!」
慌てる扶桑を他所に、提督はさらに強く抱きしめる。扶桑は顔を赤らめて湯気が見えるかのように体温が高くなり、耳までも赤くなっていく。
そして、彼は耳元で扶桑にだけ聞こえるような小さな声で囁く。
提督「よく無事に戻ってきてくれたな。ありがとう、扶桑………」
何時もはぬらりくらりと答えをはぐらかすことの多い提督だが、これは本心から出た言葉なのだろう。
そして扶桑も彼と同じように耳元で囁いた。たった一言「はい」と。
川内「ねー、取り込み中のところ悪いんだけどさ、いつになったら入渠できるのかそれだけを教えて貰えないかな?」
提督「あっ、済まない。自由に使ってくれ。それと、作戦後の報告は無しで構わないぞ」
陽炎「えっ!? なんで?」
大淀「皆さんから受けた通信や報告をもとに行動を割り出して、此方で纏めています。入渠後で構わないので、各艦隊の旗艦は書類に目を通してください」
大淀「あくまで私の主観なので、相違点があった際にはそれを少しずつ補完していくやり方になるかと思われます」
提督「というわけだ。第三艦隊の行動も大淀に伝えて、彼女なりに分析を加えてある。見たところではそのままでも問題ないと思うが、念のためにお前達でも確認してくれ」
全員「わかりました」
提督「それじゃあ、各自休息を取ってくれ」
扶桑「………あの、本当に御免なさい!」
大淀「………私にですか?」
扶桑「殆ど私の意地みたいなもので、あなたに不快な気分にさせました。本当に御免なさい!!」
扶桑は大淀に深々と頭を下げている。こんな姿を見たのは、古くから一緒にいる山城や川内ら、はたまた提督ですら見たことがないという。
大淀「どうかお気になさらずに。私も皆さんを従わせるために、一時とはいえ提督から指揮権を簒奪しました。本来謝るのは私の方です。申し訳ありません」
扶桑「………なら、これで貸し借り無しと言うのはどうですか?」
大淀「ええ、お互いにとってその方が良いでしょう。今後は、私も皆さんに従いますから」
翔鶴「何を言っているんですか? あなた以外に、私たちを動かせる艦娘は居ませんよ?」
瑞鶴「それに、提督さんも認めちゃってるんだし、私達だけが不貞腐れてるのも世話ないしね」
山城「提督だけに、苦労をかけさせるのは私たちも望まないし………」
最古参の連中が大淀を認めたとあれば、川内らの古株も認めざるを得ない。晴れて大淀は皆に認められたのだ。
・・・・・・
横須賀鎮守府には数多くの司令官がおり、多くの人間が提督として鎮守府の艦隊を動かしている。
元帥が第1艦隊を、大将、中将、少将が、それぞれ第2、第3、第4艦隊を指揮している。そしてそれらの高官は第5以下の複数の艦隊を指揮し、その司令官を従えている。
そんな中、ある男が元帥に謁見を求めていた。年は30後半で、年齢にしては落ち着きある性格をした濃い顔の男だ。眼差しは鋭く、英雄の気概を感じられる。
???「ご機嫌いかがかな? 閣下」
元帥「………須藤、須藤真司少将か。何用か?」
少将「いやいや大したことではない。貴殿が匿っている人物について、色々と聴きたいだけだ」
上官である元帥に対しても、須藤は媚び諂う態度を見せず、鋭い眼差しで睨みつけている。睨まれたものは、心理を見透かされているのではないかと錯覚するほどの威圧感だ。
元帥「匿う? この私が? 少将殿、言い掛かりはやめてくれ」
そんな彼の佇まいにも動ぜず、凛として迎え撃つ態度を須藤に見せつける。そんな彼に、須藤は次々と畳み掛けるように話を進めていく。
少将「否定すると? 往生際が悪いとは思わんかね? 閣下」
元帥「そもそも、匿うというのは誰のことを指している? お前か? それとも前元帥の愛娘か?」
少将「貴殿に最も近しい者だ。忘れるはずはない」
元帥「…………家族は全て亡くなった」
少将「はぁ……… ”亡くなった” のではなく ”無くした” の間違いではないかね? 貴殿の兄上、現リンガ泊地所属の天草浩志少佐。彼には少し借りがある。彼を即刻、ここ横須賀に呼び寄せていただきたい」
元帥「………そなたが直々に出向けば良い話だ」
少将「私は少将。彼は少佐。上級の者が下級の下に出向く? 馬鹿げた話は止していただきたい」
元帥「………名文なくして召集は不可能だ。諦めなされ」
少将「貴殿の艦隊は、坊ノ岬で演習中であるとか? その演習に、私の艦隊も混ぜて頂きたいものだ」
元帥「………何を考えている?」
少々「前島原元帥の所有物である大和型戦艦の一番艦大和と二番艦武蔵。2年前の大海戦で沈んだことになっているが、今では私のものだ。是非とも彼女らの強化のために、貴殿の艦隊を使わせて頂きたい」
少将「貴殿の艦隊は水雷戦隊。私の艦隊は大和型を筆頭に多くの戦艦、重巡で構成された艦隊だ。果たして貴殿の艦隊は生きてここに戻れるだろうか?」
元帥「貴様! それ以上口にすれば、反逆罪にみなすぞ!!」
彼のその言葉に、梶原元帥は激昂する。これは明らかに、自分に対する挑戦だと。だがそれが、梶原の首を絞めていく引き金となる。
少将「私を少将へと推挙したのは他でもない貴殿だ。その貴殿が私を処しとあれば士気は下がることになるな。自分の部下にする人材も見抜けない者に、従う気はしないだろう」
少将「ましてや海軍の不祥事として表立って広まれることがあれば、貴殿の首も危うくなる。そして、貴殿が失脚すれば彼を護るものは居なくなってしまうだろう」
元帥「………何が目的だ?」
少将「少佐の暗殺。彼の才は生かしておけば後の世の災い。種は芽が出ぬうちに摘んでしまうのが得策」
元帥「………それを、私が承知するとでも?」
少将「不服かね? であれば貴殿の艦隊は全滅だ」
須藤少将は、彼を殺すために梶原元帥の艦隊を人質として扱うということだ。彼がここに残れば彼の艦隊は全滅。行けば天草提督が殺される。
梶原元帥はいま、自身の兄か仲間か。そのどちらを取るかの瀬戸際に立たされているのだ。
少将「それでは、これにて失礼」
須藤少将が満足したような顔で、彼の元から去る。1人残された梶原元帥はただただ悲嘆に暮れるのみであった。
元帥「……………すまない。私が不甲斐ないばかりに」
元帥「………許してくれ」
・・・・・・
時刻は06:48。提督は依然として約束通りの墓参りの最中だ。彼らの冥福を祈り、合掌をしている。
提督「……………」
扶桑「………提督、此処にいらしたのですか」
彼の後ろから、秘書艦である扶桑が声をかける。いつもの出来事だ。かなり深刻そうな顔をしているが、彼女に背を向けている提督はそれを見ることができない。
提督「あぁ、少し眠りすぎてな。明朝に伺うことができなかった。扶桑、空を見てみろ。雲行きが少し怪しい………」
提督「それにこれを見てくれ」
扶桑「………花札?」
提督「友人の真似事だがな。少し占ってみたんだ。一枚引きというやり方でな、札を裏にしてから好きなものを一枚選ぶといったものだ。結果は柳のカス札、大凶だ」
扶桑「………」
提督「まあ、杞憂であることを祈るがな」
扶桑「………何か、心当たりが?」
提督「いや、ない。だからこそ、気掛かりだ。あぁ、それで、用件は?」
扶桑「提督、執務室に電話が………。大淀からです」
提督「わかった。すぐに向かう」
執務室に来た提督は、対応をしていた大淀から電話の受話器を受け取る。電話の主は女性で、彼が離れていた2年間、ここの艦隊を預かってもらった提督。島原朱里 大佐であった。
提督「大佐殿!? どうなされた?」
大佐《実は、海軍の少将があなた様にお会いしたいと仰っていまして、元帥閣下から私に連絡をするようにと》
提督「………わかりました」
大佐《明後日の07:00に、輸送船をリンガ泊地に停泊させます。それと、これはあくまで私個人からですが……》
提督「何か?」
大佐《…………お気をつけて》
提督「………はい。肝に銘じておきます」
彼女の放った重々しい言葉で、彼はいま自分が置かれようとしている状態を察した。だがそれを周りに悟られないように振る舞い、ゆっくりと受話器を置く。
扶桑「………何か、揉め事ですか?」
提督「海軍の少将が私に会いたいそうだ。明後日の朝に輸送船をこちらに停泊させると」
大淀「海軍の少将………須藤真司殿ですね?」
提督「面識は?」
大淀「ありません。ですが、色々と噂を耳にすることはありました」
提督「それはどのような?」
大淀「………作戦指揮は優秀で、助言や進言も的確。才人としても知られていますが、性格に難があるために ”島原 藤十郎” 元帥によって少将から少佐に降格」
大淀「そして彼の亡き後、息子である ”島原 啓示” 前元帥の叛乱には加わらずに傍観。その後は提督の弟君である梶原元帥の下で才覚を発揮。自力で再び少将まで登りつめたと」
提督「………なるほど。全くうちの一族は部下には恵まれないな」
扶桑「………どうされるのですか?」
提督「上官に呼ばれたのでは逆らいようもない。私は行くぞ」
大淀「………提督、護衛をつけた方が宜しいのでは?」
提督「………まだ時間はある。ひとまず下がれ」
大淀「わかりました。失礼します」
提督「扶桑、お前も下がってくれ。1人にしてほしい」
扶桑「………かしこまりました」
彼の言葉に従い、扶桑、大淀の両名は部屋を後にする。執務室に1人残った彼は、不敵な笑みを浮かべてーー
提督「………全く、亡霊の次は亡者の相手か。落ち着ける時がないのが残念だが、ほんの些細な揉め事はいい刺激になる」
ーーと呟いた。その眼光は鋭く、再び戦地に身を置かれることを楽しみとしているような、そんな顔であった。
その日の夜、提督は扶桑を呼びつける。それは口外も許されない、いわば裏で暗躍する密談のようなものであった。
提督「今回お前を呼んだのは、先に話した横須賀への出立の話だ。座ってくれ。いま茶を淹れよう」
扶桑「それなら私が……」
提督「いや、座っていてくれ。偶には私がお前をもてなしたい」
扶桑「………はい。ありがとうございます」
提督は執務室の奥にある自室から、急須と沸かしてあった湯を持ってくる。急須に茶葉を入れ、用意した2人分の湯呑みに茶を淹れていく。
提督「思い起こすと、もうお前とは7年の付き合いだな。まあそのうちの2年は牢獄入りだったが、時が経つのも意外と早いのだな」
扶桑「………そうですね。私も驚いています」
提督「こうしてお前に茶を淹れるのも、思えば久方ぶりかもしれないな」
扶桑「ほとんど私が淹れてしまいますし、言われてみるとそうですね……」
茶を淹れた湯呑みを扶桑の前に差し出す。提督が自分の湯呑みに淹れるのを待った扶桑は、ゆっくりとそのお茶を飲む。
提督「………大淀や大佐殿、お前にも伝えていなかったんだが、私と弟の間である特約を交わしていた。私への連絡は、大淀に直接通して行うのが決まりとなっているのだ」
提督「それ以外の方法、例えば今回の様に電話で伝えるなどの方法で伝えてきた場合、何らかの異常を伝える役目にもなるのだ」
扶桑「………やはり、心当たりがおありなのですね。あの少将も」
提督「あぁ。大淀は、何と言っていた?」
扶桑「………性格に難があり、島原元帥の時に降格させれたと」
提督「あれは島原の爺さんの意思ではなく、私が進言してそうさせたのだ。確かに、彼は優秀で賢い男だ。それ故に、自身の才をひけらかすことが度々あった」
提督「特に、自身を誇示して他者を貶める言動が目立ってな。彼への薬になると思って当時の中将と、後の少将になる彼と私で、降格の話を進めていたんだ」
扶桑「それが、今回の出来事を招いたということですか?」
提督「そうだ。狙いは私の首だろう。命でなくても、海軍から除籍させるつもりだ。だが、まだ私は死ぬわけにはいかん。万全を期して彼の元へと向かいたい」
提督「そこで、私の護衛を務められるものをお前の口から聞きたいのだ。話してくれるか?」
扶桑「私が参ります。身を挺して、あなたをお守りいたします!」
共に居ると誓った仲であるため、着いていくのは当然だという意気込みを示している扶桑。それを見て、提督は少しだけ表情を和らげた。彼女の気持ちに、彼は嬉しく思ったのだろう。だがーー
提督「………彼は、自分の艦隊をこちらに向かわせるかもしれん。お前にここを守ってもらわねば、不安になる。諦めてくれ」
そう話す彼の顔は、名残惜しさを秘めている顔であった。彼の本心は、彼女を連れて行きたい。
だが、指揮官たるもの、私情に流されるのは身を滅ぼす一番の近道であると知っている彼は、彼女と共にいたいという気持ちを押し殺しているのだ。
それを察した扶桑は、それ以上の追求を控えた。そこで彼女なりの考えを、提督に一つずつ伝えていく。
扶桑「………ならば、山城や翔鶴姉妹、鳳翔さんを連れて行っては?」
提督「………奴らは戦闘においては比類なき力を持つが、護衛には向かない。ここに残して、防衛戦に参加させるのだ」
扶桑「では、衣笠か祥鳳をお連れください」
提督「………数少ない重巡や軽空母を、引き連れるのは戦力の低下につながる。共にするのは得策ではないだろう」
扶桑「………軽巡なら、数もそこそこあります。川内をお連れになられては?」
提督「………確かに、軽巡や駆逐艦であれば数は多く、少し差し引いても支障は出ないだろう。だが、川内は功を焦る。護衛をそっちのけにされても困りものだ」
扶桑「…………陽炎も、功を焦りやすい性格ですね………」
提督「此度の事態は数々の困難が降りかかることを考えて、頭の回転が速い者が好ましく、また同時に私を守る役目も買って出られる者を連れて行きたい」
その言葉で、彼女は気がついた。提督は既に誰を連れて行くかを決めていたのだ。だが、それを自分に話してどうするつもりなのか。扶桑は思考を巡らせ、ようやく答えにたどり着く。
扶桑「………お人が悪いですね。あなたの中では既に決まっておいでなのでしょう? そして、それを私の口から言わせることで山城達の反感を買わせない。ということでしょうか?」
提督「その通りだ。よく私の意を汲んだな」
扶桑「ふふっ。少し嬉しいです」
提督「異論はないな?」
扶桑「はい、提督が決めたことであれば従います」
提督「私が居ない間、ここの運用は大淀に一任する………留守を、頼むぞ?」
扶桑「異論はありません………お任せ下さい」
それからというもの、リンガ泊地の艦娘の中ではこの話題で持ちきりになった。提督自らが出向いていくということが、彼女たちにとってはかなり衝撃的だったのだろう。
だがそれ以外の、もう一つの理由が彼女たちの気を引いたのだろう。それは…………。
・・・明後日・・・
提督「では、私はこれから横須賀に赴く。扶桑、留守を頼むぞ」
扶桑「はい、必ずや」
山城「吹雪も、提督をお願いね?」
吹雪「はい! 必ずお守りします!!」
提督の中で決めていた護衛は、駆逐艦の吹雪であった。ここに来てからというもの仲間同士でのいざこざもあったが、持ち前の明るさと過去の経験で培った知識で提督を支えてきた駆逐艦だ。リンガ泊地の艦娘の中では比較的新参だが、徐々に頭角を表してきている。
鳳翔「提督、吹雪さんも。昨晩の内に皆で弁当を作りましたので、よければ途中で召し上がってください」
吹雪「わぁ! ありがとうございます!」
提督「感謝する」
大淀「提督、お気をつけて」
提督「大淀、留守の間、ここを預かって置いてくれ。泊地の全権限をお前に託す。近海の防衛から出撃に至るまで、全てお前の独断に委ねる。こいつらを自由に使ってくれ」
大淀「かしこまりました」
大佐「少佐殿、そろそろ向かいましょう」
提督「えぇ、お願いします。吹雪もこちらに乗りなさい」
吹雪「わかりました」
大佐「それじゃあ、あなた達の大切な提督は私が責任を持って横須賀に送るから安心してね?」
扶桑「はい、お願いします」
提督と吹雪は、横須賀から遣わされた輸送船に乗り、横須賀へと向かう。提督と吹雪は同じ部屋へと通され、そこを到着するまでの自室として使うように言われた。
吹雪「艦娘が船に乗るって、何だか複雑です」
提督「ははっ、お前も冗談が言えるとはな。まぁそうそう無い経験だ、少しくらいは楽しんでおけ」
吹雪「…………司令官、本当に変わられましたね」
提督「そうか? 色々と抱え込んでいたからな。そういえば、お前ともそこそこの月日を共にしたな。初めて会った時は、色々と疑ってかかっていたのでな。申し訳なかった」
吹雪は、彼のそんな姿を初めて見た。初めて会った頃は威圧的で、自分とは正反対の性格だと思っていた。けれど、実際に付き合っていくと、彼の人柄に好感を持てるようになって来る。
吹雪「頭をあげてください! それはまぁ色々と窮屈に感じたりしましたけど、今では楽しいですから!」
提督「………そうか。吹雪、今でこそリンガ泊地は海軍の所属として活動しているが、その前は傭兵の真似事をしていたごろつきに過ぎなかった。何か、不便な点とかはないか?」
そう話す提督は、何とか話題を作ろうとしていた。こういったことに慣れていないせいか、少々ぎこちない。
吹雪「作戦への参加も以前と同じように依頼があれば動くようなものですし、そこまで不便には感じません。でも、あそこまで海軍に反抗していたのにこうして属すことになったのは皮肉に感じますね」
そんな提督に目もくれず、淡々と自分の意見を述べていく吹雪。彼の心境が読めているからなのか、それとも意図せずしたことなのか……。
提督「実は、海軍への所属はお前達のことを思ってのことだったのだ。余計なお世話かもしれないがな」
吹雪「どういうことですか?」
提督「私は復讐を終えた後は自らの命を絶つつもりだったのだ。生きていても仕方がないと思い込んでいた」
提督「だが、お前が私の元に来た時に、お前が私に生きる希望を持つ手伝いをしてくれたのだ。ああやって冷たく接することで、ずっと自分を偽って生きていこうとしていたのだ」
提督「…………誰かを信じるのが、恐ろしかった」
吹雪「…………」
提督「…………しかし、そんな私をよそにお前はずかずかと私の意識に入り込もうとしてきた」
吹雪「……それって誉めてるんですか?」
提督「勿論だ。お前がああやって私に接してくれたことで私も変わることができたということだ。お前達を仲間として、家族として見ることができた。そんなお前達を路頭に迷わすような真似は絶対にさせまいと、そんな風に思うようになり海軍への所属を決意したのだ」
提督「ごろつきとしてでなく、海軍として公明正大な活躍をさせてやりたいとな。そんなお前達と共に生きるていくのも悪くないと思えたのだ」
吹雪「司令官………」
提督「まあ色々と至らないかもしれないが、これからも頼むぞ?」
吹雪「はい! 分かりました、司令官!!」
湿っぽい話になっていたことに気がついた提督は話題を変えようとする。ここでもまだぎこちなさが残っている。
提督「………っと、どうも湿っぽい話になったな。そうだ、吹雪は川内や陽炎とよく一緒にいるようだが、他の者との関係はどうだ?」
吹雪「えぇ、それはまあ。リンガ泊地に来てからずっとお世話になっていますし……。でもあれから鈴谷さんや山城さんと同室になったりしているので、結構色々な方と面識はありますよ? 今は由良さんと同室です」
提督「なるほどな………。ところで、私がいなくなった時に何か変わったこととかはあったか?」
吹雪「あれはもうすごい状態でしたね。特に扶桑さんが。…………ここだけの話ですけど、提督が居なくなられてから新しい司令官が来るまでに3週間くらい間があったんです」
提督「そうなのか!?」
吹雪「はい。本土から離れているというのも大きいですけど……。その3週間は色々と大変でしたね」
提督「具体的には?」
吹雪「………少し、提督の前でお話しするのを気後れするくらいです。それでもお聞きになりますか?」
提督「大丈夫だ。話してくれ」
吹雪「まず始めは、全員が静まり返ったことですね。途方にくれる者も居れば、死んだように突っ伏したり抜け殻みたいになってる艦娘もいましたね………」
提督「そんなにか!?」
吹雪「中でも一番怖かったのは扶桑さんですよ! 建物の中をずぅーっと歩き回って、提督を捜していたり……」
提督「え、なにそれ怖い……」
吹雪「その他にも、自傷行為が目立ったりしていましたね。 ”私が死にそうになったら戻ってきてくれるかも” って呟いてリストカットをしだしたり、海に飛び込もうとしたり………」
提督「普通に恐ろしいんだが………?」
吹雪「その時は翔鶴さん達が必死で押さえ込みましたけど」
提督「そんなことがあったとはな………。待て、それ小事では済まされないんじゃないか? 何だってあいつらは何も話さなかったんだ?」
吹雪「心配かけたくなかったからじゃないですかね? 司令官、こちらに戻ってきてからも色々とあったじゃないですか。迷惑かけたくなくて、話さなかったんでしょうね」
提督「………まったく、恵まれ過ぎだな」
吹雪「良いことじゃないですか。信頼されないよりかは」
提督「そうだな………ん?」
先ほどの吹雪の言葉に、提督は何かを勘付いたようだ。吹雪はそれを読み取り、神妙な面持ちで語り始める。
吹雪「………司令官、私はここに来る前に横須賀にいたって話をしましたよね?」
提督「そう聞いたが?」
吹雪「実際のところ、私って色々とたらい回しにされてきたんですよね。最初に着任したのは舞鶴。次に大湊。そこから幌筵に岩川基地。鹿屋基地に宿毛湾と、日本を東奔西走、縦横無尽に。最後に行き着いたのが横須賀なんですよ」
提督「そういえば、お前の過去の話は聞いたこともなかったな。横須賀にいた頃もだ」
自分が心中をさらけ出したのだから、お前も何かないのか? という提督の考えが読み取れた吹雪は、自身の過去を話していく。それこそ、ずっと奥に潜めておきたかった引き出しを震える手で開くように。
吹雪「………舞鶴にいた時は、私は何も出来ない欠陥品だったんです。海上の航行さえ満足に出来ない。それを見かねて、私は大湊に異動させられました。1ヶ月間、そこで一から学んで来いと」
吹雪「大湊に着任してから4日後に、舞鶴の司令官が憲兵隊に連行されました。彼は裏で艦娘を質に売る様な真似をしていたみたいなんです。他の提督に、金品と艦娘を取り替える。人身売買とやってる事は同じです」
提督「………それで、大湊預かりになった? ………という訳でもなさそうだな」
吹雪「そうです。大湊には私を置いておける場所がないと言われ、幌筵に。でも、幌筵の司令官も酷い方でした。変な言いがかりをつけて艦娘に暴言を吐くんです。パワーハラスメントってやつですね」
吹雪「耐えきれなくなったある日、私は岩川基地に。どんな理由で異動になったと思いますか?」
提督「……………売買の品物にされたか?」
吹雪「えぇ、その通りです。摘発された筈なのに、未だに消えない闇市。もう、頭がおかしくなってしまいました」
提督「…………」
吹雪「岩川でも、私の扱いは変わりません。でも色々とあってからか、航行は出来るようになったんですよ。逃げ足だけが早くなるみたいに」
提督「皮肉なものだな」
吹雪「まったくです。鹿屋に行くことになったのは、司令官が暴力沙汰で摘発されたからです。司令官が居なくなった私たちは路頭に迷った挙句に鹿屋に行くことになりました」
吹雪「鹿屋では丁寧に他の皆さんが色々と教えてくれました。そこでやっと砲撃の技術を会得できました。異動になった原因は、司令官が亡くなられたからです。もう随分とお年を召した方でしたので………」
吹雪「そして宿毛湾へ。もう疲れ果てて、どうにでもなれって感じでした。そこでは、司令官が自害なされました。溺愛していた艦娘が沈んでしまったことで、病んでしまったみたいなんです」
吹雪「司令官もそのようなことはなさらないように祈りますけど……」
自分と扶桑のことを示しているのだろう。吹雪は怪訝な目で提督をみる。
提督「っ………冗談が過ぎるぞ?」
戸惑う提督を気にもせず、吹雪は自身の過去を白昼の元にさらしていく。
吹雪「そして最後に横須賀に流れ着きました。横須賀も横須賀で随分と悲惨な目に遭いましたね」
提督「………今の横須賀の連中は殆どが名門出自の人間が揃うからな。度量が狭くて気位が高い連中が多い」
吹雪「全くその通りです。何にしても家柄を自慢する方達ばかりでしたね。私の司令官はそんなことは有りませんでしたけど」
吹雪「………横須賀では所謂ブラック企業と言われるようなものと同じ形態でした。休暇も無しに、補給もなし。 ”中破だったらまだ行けるでしょ?” みたいな空気で泣く泣く過ごしていた時期でした」
提督「………そこからどうやってうちに来た? そんな連中が、見す見す働き手を異動させることはしないだろう?」
吹雪「元帥閣下ですよ。あの人が、私の処遇を見かねて落ち着ける場所に送ってやるって言ったんです。それがリンガ泊地でした」
提督「………なるほど。島原の爺さんが送りつけたのか。道理でおかしな話だったわけだ」
吹雪「どういうことですか?」
提督「書類は何の前触れもなく来たんだ。ただ単にお前がこちらに来るということだけが送られて来たんだ」
提督「知らされた情報は2つ。横須賀から送られるということ。送られて来るのは吹雪という艦娘。敵対している海軍から艦娘を送って来るなど、どう考えても怪しいだろう?」
吹雪「………そう考えると、司令官達の扱いも納得できる気がします。何故一言添えてくれなかったのでしょうか?」
提督「お前自身に見極めさせるつもりだったんじゃ無いか? お前が私たちを、私たちがお前を認めるか否かを」
吹雪「 ? 」
提督「私たちは海軍の所属ではないために今までと勝手が違う。それはあの爺さんも知っていたんだ。そこにお前が耐えられるかどうかを試したのではないかな? お前が残るというのならそのままに、そうでなければ自分の手元にでも置くつもりだったのだろうな」
吹雪「なぜそんな回りくどいことを……」
提督「そうなんだよなぁ。全く島原の一族は何処かしらおかしいのが多くてーー」
提督が言葉を呑んだのは、後ろから殺気を感じたからだ。恐る恐る背後をみると、大佐が笑顔でこちらを見ていた。
大佐「」ニッコリ
提督「………あ、どうも」
大佐「誰がおかしいんですか? 祖父ですか? 父ですか?」ニコニコ
吹雪「うわぁ…………」
提督「何でもございませんよ。空耳では?」
大佐「あらそうですか。ではそういう事にしておきましょう」
提督「ところで、予定ではいつ頃到着になりますか?」
大佐「出発から2日と半日を予定しています。なので、明後日の19:00ですね」
吹雪「あの、ご用件は?」
大佐「いえいえ、話し相手になろうかと思っていたんですが、必要ありませんでしたね。失礼します」
大佐は一礼をして、部屋から出ていく。自身の後ろに立たれても気配すら感じなかった彼女に、提督は暫くのあいだ何も話さなかったという。
そして口を開いたかと思えば、ため息をついて、おそるおそる声を発したのだ。しかも小声で。
提督「………ふぅ、地獄耳め。冷や汗をかいたぞ」
吹雪「凄いですね。全然気がつきませんでした」
提督「まったくだ。恐ろしいことこの上ない」
吹雪「………出発してからもう8時間ですか……」
提督「もうそんな時間か。思っていたよりは時が進んでいたな……」
吹雪「………リンガ泊地に所属されている艦娘はどんな経緯で所属になったんですか?」
提督「馴れ初めの話か? ……まあいいだろう。大雑把に話すがな」
何せ5年前の話だ。あまり深くは覚えていない。それでも吹雪の希望に応えようと、思い出しながら語っていく。
提督「………まず、うちに来るのは殆どが処遇に恵まれなかった艦娘が集まる。お前の様にな」
吹雪「翔鶴さんから聞いています。不幸な目にあった艦娘たちがここには居ると」
提督「………最初に来たのは川内と陽炎だな。次に神通と不知火、衣笠と由良、夕立に村雨と、まあ少しずつ集まってきた」
提督「今ではもう私を含めて吐き出すものも吐き出してきたから雰囲気は緩くなったものだが、初めは大変だったぞ? 大抵が司令官絡みの事だからな。司令官というものに、人間というものに対して相当の恨みを持っていた」
提督「奴らは私に従う気があるのか殺す気があるのか分からないくらいに、とにかく目がギラギラしていた」
吹雪「へぇ………」
提督「ま、そんな連中を束ねて、次第に奴らも気を許す様になったわけだ。今ではあんなだからな。昔の顔を見せてやりたいくらいだ」
提督は軍服の胸ポケットから、一枚の写真を取り出した。写っているのはリンガ泊地の艦娘たちだが、数が少ない。
吹雪「これは?」
提督「夕立と村雨が来た時に撮った写真だ。リンガ泊地の連中が全員で撮った写真の中で唯一のものだ」
吹雪「皆さんの顔が今では想像がつかないくらいに険しいですね………」
提督「この時は私がカメラを持っていたんだな。そのせいで私を見るギラギラした目が写ったというわけだ。今の彼奴らにこの写真を見せたら何て言うだろうな」
吹雪「………帰ったら、撮りましょうよ。写真。それに、色々な話を聞きたいですし」
提督「………気が向いたらな」
・・・・・・
事前の予定通り、輸送船に揺られた二泊三日の豪華旅行を満喫していた。横須賀へと到着した提督は、島原大佐の案内で須藤少将の元へと連れられる。
大佐「それじゃあ、少将様のもとへ案内します」
提督「………吹雪、礼を欠く真似はするなよ」
吹雪「………はい」
大佐「こちらです。どうぞ」ガチャ
島原大佐が扉を開けると、中では須藤少将が自身の執務室の椅子に腰をかけて待っていた。彼が入ってくると立ち上がり、互いに礼をとる。
少将「ご機嫌いかがかな? 天草殿」
提督「少将殿も、ますますご健勝の事とお喜び申し上げます」
少将「まあまあ、堅苦しい話はやめだ。宴の席を設けている。是非とも参加願いたい」
提督「それでは、ご相伴に預かりましょう」
仰々しい挨拶を交わした2人は、須藤少将と共に別の部屋へと向かう。中では膳が3人分整えられていた。
少将「ではこちらに。君が駆逐艦の吹雪かね? 彼の下での活躍は聞いているよ」
吹雪「は、はい! お褒めに頂き、光栄です!」カチコチ
少将「はっはっは。君はこう言った場は不慣れの様だな」
提督「…………」
少将「では、君も彼の隣に付きなさい。席を設けさせる」
吹雪「はい! 有り難うございます!」
少将「さて、天草殿は上座に」
提督「それはなりません。私は少佐、下のものが上の者を見下す事などあってはなりません」
少将「…………では。天草殿はそちらに。では、君も彼の隣に」
いつの間にか膳が一つ増えており、提督の隣に設けられていた。島原大佐が整えてくれたようだ。
提督は下座に座り、吹雪を隣に座らせる。島原大佐が部屋から出ようとした所、少将に引き止められてその場に残ることになった。
また、立たせておくのは失礼にあたると、天草提督の前に席を設けて、司令官ら3人が一堂に会する。
少将「宴会と呼ぶには少々粗末だが、楽しんでもらえればそれに越した事はない」
提督「少将殿のお心遣い、誠に感謝の念に堪えませぬ」
少将「誰か、少将殿に酒を注ぎなさい」
吹雪「っ………!」
提督「…………ははっ。その後、変わりはないか?」
提督たちの前に現れたのは、かつて彼が沈めたとされている2人の艦娘、足柄、青葉の両名であった。
足柄「えぇ。青葉共々変わりなく」
青葉「…………」
吹雪「足柄さん、青葉さん………どうして………」
提督「私がそうさせた。あの時、装備の中に修理要員を紛れ込ませておいただけだ」
大佐「…………情けをかけたのですか」ボソッ
少将「私から卿への些細な贈り物だ。気に入って頂けたかな?」
その顔は、仲の良さそうに振る舞っていた今までとは打って変わって、天草提督を蔑む顔になった。いや、蔑むというより、寧ろ貶める顔だ。
提督「…………昔のツラに戻ったな。須藤よ」
少将「まあ、今日のところは酒を酌み交わそうではないか。卿も疲れている事だ……」
天草提督は、鼻を鳴らして出された酒を一息に飲み込む。2人の間には、火花が散っているのではないかと思われるほどの空気が漂っていた。
それから3時間ほどで、酒宴という名の死地から戻ってきた提督は、吹雪と共にある部屋に連れてこられる。ここが当分の間、天草提督が過ごすことになる部屋だ。
部屋についてひと段落したところで、吹雪からある質問が飛び出した。
吹雪「司令官、あの2人をどうして生かしておいたんですか?」
提督「………お前も少し変わったな。そんな目つきをする様になるとは、思いもよらなんだ」
馬鹿にされたようで、少し怒っているのが吹雪の顔からも伺える。だが、その気持を押しとどめて改めて提督に尋ねる。
吹雪「………………答えて下さい」
提督「私が初めてお前に会った時、何と言ったか覚えているか?」
吹雪「………来るものは拒まず、去る者は追わず。ですか?」
提督「そうだ。去る者を追いはせぬが、引っ掻き回されてから去られるのは好ましくない。そのための軽い粛清よ」
吹雪「また牙を剥いたらどうするつもりですか?」
提督「………その時は、お前の好きな様にすればいい。誰も止めはしない」
吹雪「………分かりました」
提督「あぁ、それと少し待ってくれ。少し一報を入れておきたい」
提督は自分の携帯電話を取り出し、リンガ泊地へと通話を試みる。幸いにも通信の妨害等はなかったので、問題なく通話が可能だった。出てきたのは大淀だった。
大淀《はい、何かご用でしょうか?》
提督「大淀、私だ」
大淀《提督ですか! ご無事で何よりです》
提督「変わりはないか?」
大淀《ええ、今のところは。しかし、よろしいのですか? 私が泊地の運用を行うなど……》
提督「………万が一、私の身に何かあれば他の奴らでは冷静な対応が出来ないからな。お前ならば問題ないと、踏んだわけだ」
大淀《……謹んで、務めを果たさせていただきます》
提督「それとだ。今日はこのように通話が可能だが、今後はもう無いと思ってくれ。奴が妙に疑ってかかると面倒だからな」
大淀《かしこまりました。では、そのように》
提督「時に、扶桑は今どこに?」
大淀《隣にいらっしゃいますので、代わりますね………》
扶桑《………提督!》
提督「変わりないか?」
扶桑《えぇ。ですが、全体的に少し活気がありませんね。皆、心配しているんですよ》
提督「そうか。今のところは無事だ。安心してくれ」
扶桑《お声を聞いて、安心しました。提督、吹雪さん代わっていただけますか?》
提督「勿論だ。吹雪、扶桑が変わって欲しいと」
吹雪「分かりました…………。吹雪です」
扶桑《吹雪さん。 提督の護衛、お願いしますね?》
吹雪「はい、任せて下さい! 私がお守りします!」
扶桑《それと、提督を守るのだから絶対に提督から離れてはいけませんよ? なるべく同室でお願いね?》
吹雪「えっ!? そ、それは………」
扶桑《そうでないとお守りできないでしょう? 分かった?》
吹雪「は、はい……分かりました………」
扶桑《貴女なら問題ないとは思うけど、もし提督に手を出す様な真似をしたらーー》
扶桑《ーーその時は容赦しませんから》
吹雪「 (こ、怖い………) わ、分かりました!」ブルブル
扶桑《良かった。それじゃあ、おやすみなさい》
吹雪「はーい………」
扶桑が着信を切ったので、吹雪は提督に電話を返す。吹雪の青ざめた顔を見た提督は、何があったのかを聞いてみる。
提督「扶桑からは何と?」
吹雪「いえ、護衛をするんだから司令官から離れないようにと。なるべく同室で過ごして欲しいって言われました」
提督「…………そうか。まああいつがそう言うなら仕方ない。そうしようか」
・・・・・・
少将「…………ふむ。駆逐艦1隻だけを連れてくるとはな。舐められたものだ」
大佐「…………」
少将「君は、彼を殺す事に反対かね?」
大佐「…………はい」
少将「あなたの父君は彼によって殺された。憎くはないのかね?」
大佐「…………」
少将「そうか。君は彼の艦隊と面識があったのだったな。情が移ったか……」
大佐「それが何のーー」
少将「彼がいれば後の世の災いになりかねない。そう思わんかね? 何れ大火に見舞われることになると私は確信しているのだがね」
大佐「傲って居られるのですね。あなた様など、彼の足元にも及びません」
少将「そうか。ならば用は無い。去りたまえ」
大佐「…………私を殺すおつもりで?」
少将「手柄ある者を殺すことはしない。それでは私がまるで度量の狭い小人ではないか」
大佐「………感謝いたします」
大佐がその場を後にする。部屋に一人となった須藤少将は人を呼び、天草提督について尋ねた。眠っているとの報告を受けた少将は呼び出した手下を下がらせて、不敵な笑みを浮かべる。
少将「さて、私からさらに贈り物だ。気に入ってもらえればこの上なく喜ばしいのだがな………」
・・・翌朝・・・
提督「少将殿、私に何用で?」
少将「閣下から卿に贈り物があると。卿を大佐の役に任命するとの仰せだ」
提督「……有り難き幸せ。時に、閣下は何処に?」
少将「閣下は数人を連れて佐世保へ。坊ノ岬で行われている演習の視察へと赴かれておいでだ」
提督「左様ですか」
少将「そこで、閣下がこちらへ戻られるまでに私が卿の接待をというわけだ」
提督「少将殿のお心遣い、誠に痛み入ります」
少将「さ、今宵も宴を開く事になっている。遅れることのないように」
少将はそう言い残し、彼の元を後にする。そして自身の司令室へと入ってった。提督は須藤少将に拝礼し、謝辞を述べる。そんな提督の姿に、吹雪の中にある葛藤が湧き上がる。
一つは、あれ程高潔である自分の提督が、あのような卑しい小人にぺこぺこと頭を下げていることに何とも言えない胸の燻りを覚えてること。
二つは、須藤少将が何を考えているのか分からないと言うことだ。単に殺すつもりならば幾らでも機会があった。相手の考えが読めないことに、何とも言えない苛立ちがこみ上げている。
ふと顔を上げると、提督がこちらを見ていたようだ。どうやら後者の方は顔に出ていたらしく、天草提督はその顔を見ただけで吹雪に語りかけた。
提督「まあ、貰えるものは有難く貰っておくに限る。あまり肩肘張らずにな」
吹雪「………分かりました」
・・・そして翌日・・・
少将「ご機嫌よう。お変わりはないかな?」
提督「えぇ。ですが、元来酒に弱いもので………」
少将「はっはっは。それは困りましたなぁ、本日も宴へと招待しに来たのだが……」
提督「………ご命令とあらば、断るわけには参りますまい」
少将「話が早くて助かる。それでは、何時ものところで待っていよう」
須藤少将は高笑いをしながら彼の元を離れて廊下を歩いていく。吹雪の内心は須藤少将だけでなく、自分の主人である天草提督の考えまでもが読めないことに焦りを覚えている。
吹雪「………司令官、もうここに用はないでしょう? 早くリンガ泊地に戻られた方が………」
提督「吹雪よ、そこまで焦らずともよいではないか。さて、今日も飲むとしようか!」
さらに翌日たったある日。あれ以来、宴会は行われなくなったものの、部屋には大量の酒が運び込まれている。しかもそれは彼の好きな酒ばかりなのだ。
折角の好意を拒むわけにはいかないと、提督は送られている酒をひたすらに飲み続けている。
吹雪「司令官、今日こそは帰りましょう! ここに長く居ては危険です!!」
吹雪の声が聞こえていないのか無視しているのか、天草提督はひたすら酒を口に運ぶ。
吹雪が何度声をかけても返事をせず、したかと思えば気の無い返事ばかりで、吹雪は彼を怪訝に扱うようになる。
吹雪「司令官!!」
提督「………何だ? 程よく酔ってよい気分なのだ。この夢見心地を冷ますようなことはするな」ヒック
吹雪「長くここにいては、彼らに策を練る時間を与えると同じことです! 今すぐここから逃げないと、取り返しのつかないことになりますよ!!!」
提督「………五月蝿い」クイッ
吹雪「司令官!!!!!」
このままでは、提督がリンガ泊地へと戻らなくなってしまうかもしれない。吹雪は焦りながら提督を諌めるも、酒に酔っている彼の耳には届かず、このままではどうしようもないと、今日は下がってしまった。
そこからさらに日は経ち、吹雪はいつまで経っても部屋から出てこようとしない提督の放蕩ぶりに見かねて、遂に溜め込んでいた怒りが爆発してしまう。部屋の扉を強く開け、歩幅を大にしてズカズカと部屋に入っていく。
吹雪「司令官!!!」
提督「……………何だ?」
提督は吹雪の唯ならない雰囲気を感じ取れないのか、未だに酒を煽っている。その姿は更に吹雪を怒らせ、自分の主人を痛烈に批判する。その姿はまるで親子ゲンカの様だが、その様に生易しいものではない。
吹雪「………司令官は、変わってしまいました。賢明な方であったのに、今では享楽に耽る始末。見損ないました!!!」
提督「…………貴様、無礼だぞ!!!!」
吹雪「こんな姿を見たら、扶桑さんだって悲しみます!! それに、このままだったら、海軍の物笑い。リンガ泊地の艦娘達の顔に泥を塗る事も同じです!!」
提督「このたわけ者!!!! この私が、日々を楽しんで何が悪いか!!!」
完全に酔っている彼は吹雪の言葉に耳を貸さないばかりか、無礼だと罵り、手に持っていた瓶を床に投げつける。
提督「貴様………主人に説教など、何様のつもりか!!!!!!」
吹雪「忠言は耳に逆らえど、行いに利ありです。司令官、こんな暮らしはもうやめて下さい………」
提督「吹雪、二度とその顔をみせるな!! 荷物をまとめて出て行け!!!!!」
吹雪「司令官………」
提督「貴様にそう呼ばれる筋合いはない!! 最早主従の何もない!! 今すぐ出て行け!!!!!!」
完全に酔っており、部屋に置かれている机を蹴飛ばし、机に上にあったものを全てひっくり返す。
吹雪「………もう知りません!!!」
吹雪は目に涙を浮かべながら、部屋を後にしてしまう。ほんの些細な揉め事で、2人は分裂してしまったのだ。提督は鼻を鳴らし、また新しい酒を飲み続けていた。
勿論この事は須藤少将の耳に入らないわけもなく、彼の手下がいち早く報告をしていた。
少将「何? 吹雪が出て行ったと?」
手下「はい。少佐殿の放蕩ぶりに痺れを切らし、自身の行いを改めるよう諌めたところ、聞き入れてもらえずに。終いには大喧嘩となり、荷物をまとめてリンガ泊地へと………」
少将「よしよし、それでこそ私の狙い通りだ」
少将「享楽を貪るようになった彼に、護衛は居なくなった。これで彼を殺すことは造作もないが………あの駆逐艦はリンガ泊地へと向かったのか?」
手下「はい、恐らくは」
少将「……ふむ、ではそのまま放っておくとしようか。これならば、私が手を下さずとも奴を殺せる。海軍の処刑としてな」
手下「どういうことでしょうか?」
少将「あの男の姿を聞かされたリンガ泊地の連中はどうなると思う?きっと彼を見限ることだろう。彼女らが我々のもとに着くというならば彼は提督としての役目を失い、彼の面目は丸潰れだ」
少将「もし彼の艦隊が怒り狂って我々のもとに攻めてくるとあらば、彼らは逆賊だ。そいつらの司令官である彼も、ただでは済まないだろうな」
手下「おぉ………素晴らしい。少将殿の知謀は比類なきものでごさいますな!!」
少将「まあどちらにせよ、彼らの動向には目を光らせておきたまえ。時期を見て彼を殺せば良い」
手下「かしこまりました」
それから1日と半日が経った後、吹雪はリンガ泊地に帰還し、大淀にことの詳細をすべて話した。
だが大淀は、吹雪を痛烈に批判した。命令を破ったと、提督を置いて自分だけ逃げ帰ってきた卑怯者だと。
大淀が吹雪を叱責したことは外には漏れなかったが、吹雪の帰還は既に他の者には筒抜けになっており、扶桑らが次々に執務室へと押し寄せてくる。
山城「大淀! 吹雪が帰ってきたって………」
大淀「えぇ、帰ってきました」
扶桑「何処にいるの!?」
大淀「いま来ます……」
執務室の扉から、目を真っ赤に腫らした吹雪が入ってくる。叱責を受けてから半時ほど、部屋で頭を冷やせと言われてその通りにしていた。
鳳翔「吹雪さん! どうしたの!?」
大淀「提督を置いて帰ってきたとのことで、諌めたところです」
翔鶴「提督は? 元気かしら?」
吹雪は大淀の方をチラッと見る。大淀が吹雪に目配せを送ったので、恐らく話せという合図なのだろう。吹雪は正直に話す。
吹雪「日がな一日、酒浸りで………。生活を改めるように進言したところ、酷く怒られて………。荷物をまとめてさっさと帰れって……!!」
彼から受けた仕打ちは余程応えたようで、吹雪は堪らずに涙をこぼしてしまう。
そんな吹雪の現状と報告に、全員が慌てふためく。浅ましくも、須藤少将の目論見通りになってしまっているのだ。
瑞鶴「そんな! ねぇ吹雪、それ嘘よね? ねぇ!?」
扶桑「提督に限ってそんな事は………。どうして………帰って来られないのですか………」
山城「私たち…………どうなってしまうの………?」
彼女達にとっては危急存亡の事態であるために冷静な判断が出来ずにいる。挙句には、横須賀に攻め込むなどという発言も飛び交っている。
瑞鶴「大淀! 私、助けに行く! このままだったら提督さん、大変なことになるわ!」
山城「そうよ! 今すぐにでも行けば問題ないわ!!」
大淀「待って下さい!! ………皆さんは、提督からここを守るように言われてるはずです!」
翔鶴「それは………そうですけど………」
全員が恐慌、混乱状態にある中で、大淀だけが冷静に淡々としている。その大淀の態度に、疑心をかけるものも出て来てしまっている。
扶桑「……………大淀。あなたもしかして、わざと提督を危険な目に合わせたりしてるわけじゃないでしょうね!?」
大淀「なっ!? それは心外です! 」
山城「じゃあ何で私たちにここを出るように言わないの!!」
大淀「提督の命令に従っているだけです!! 私たちはここを守るように言われているんですから、離れるわけにはいきません!!!」
自分がおめおめと帰ってきてしまったことで全員を動揺させてしまった。自分の浅ましい考えが情けなく、また仲間達の疑心暗鬼なこの状態に我慢がならない吹雪は、大声を出してこの場を収めようとする。
吹雪「もうやめて下さい!!!! 」
鳳翔「吹雪さん…………」
吹雪「司令官は、皆さんにリンガ泊地を託したんです!!! こんな風に喧嘩してる場合じゃありません!!!」
瑞鶴「吹雪…………」
吹雪のその言葉に感化されたかのように、全員が静まり返る。なんとかこの場を収められたようだが、このままではまた同じことの繰り返しになる。
吹雪は目尻に溜まっている涙を拭って目をこすり、顔に確固たる強い意思を示して勢い盛んに扉の方に向かって歩いていく。
吹雪「………行ってきます!」
山城「えっ!? ちょっと、どこに行くつもりよ?」
吹雪「………大淀さんに咎められて、気づきました。私の役目は、司令官を守ることです。もう一度、横須賀に行ってきます!!」
これらの事は全て彼ら須藤少将の耳にも入った。まさか吹雪が戻るとは思いもせず、須藤少将の一派は驚きを隠せずにいる。
少将「何? あの駆逐艦がここに戻ってくると?」
手下「はい………」
少将「ふむ、それは想定外だな。あれ程までの仕打ちを受けてなお戻ってくるとはな。それほどのものが奴の下にいるなど、惜しい話だな」
手下「………それと、リンガ泊地周辺の偵察を行っている部隊からの連絡で、リンガ泊地内で一悶着あったとか」
少将「…………そうか、それはよい。同士討ちが始まればそれこそ私の望みのまま。さて、どう転がるか見てみるとしよう」
・・・・・・
大淀は扶桑らに気づかれぬ様、秘密裏に艦隊を出撃させていた。彼女らにはとある任務が言い渡されており、それの通りに出撃していた。
提督が複数の艦娘を引き連れるのを渋ったのも、数が少ないという理由だった。しかも須藤少将が艦隊を出して来た際には現状の戦力を総動員しなければ追い返すのは難しいといっていたのにも関わらずだ。
大淀が艦隊を出したことを知った山城と瑞鶴の2人は、大淀を問いただすために執務室に押しかけていた。
山城「大淀。さっき艦隊が出撃したみたいだけど?」
大淀「深海棲艦の襲撃が確認されたので、ビスマルクさんを旗艦に、重巡、軽空母を含めた艦隊。それと、支援艦隊に由良さんを旗艦とした水雷戦隊に出撃させました」
山城「………私の電探にも瑞雲にも深海棲艦は確認できなかったんだけど? あなたは何を考えているの?」
大淀「…………あなた達はここを守る立場にあります。ですからーー」
瑞鶴「そういうことを言ってるんじゃないのよ。深海棲艦の姿もないのにどうして艦隊を出したのかを聞いているのよ」
大淀「……………」
瑞鶴「本気で深海棲艦を潰しにいくなら私たちを出すのが得策。そんなに多くの艦隊を出撃させて、防衛も何もないんじゃないの?」
大淀「それは…………」
山城「もう一度聞くわ。一体何を考えているの?」
大淀「……………」
大淀は何も話さず、そっぽを向いて何も知らないといった様な顔をしている。
瑞鶴「………へぇ、そういう態度をとるのね」
山城「提督を裏切るつもり? まあ、そうよね。あなたには失ったものなんて何もない。どうせ私たちの苦しみなんて、分かりはしないのよ」
瑞鶴「ま、提督さんが帰って来るまで任せるように言ったわけだし ”一応” は従ってあげるわよ。でも提督さんに何かあったらーー」
瑞鶴は座っている大淀の胸ぐらを掴んで椅子から引き摺り下ろし、鬼の形相で大淀を睨みつける。その姿はまるで恫喝だ。
瑞鶴「ーーその時は容赦しないから。私たちは死んだほうがマシってくらいの生き方をしてるの。それをアンタに思い知らせてやるくらい容易いってこと、覚えておきなさいよ!」
瑞鶴は大淀を椅子に押し倒す。その顔は睨みつけているままだ。部屋の外から明石の声が聞こえたので、2人は部屋を後にしようとする。
扉を開けたところ、明石が前にいたのだがそれを押し退けて出ていく。
明石「うわぁ! っとと……全く怖い顔しちゃって……」
大淀「…………」
明石「大淀? 頼まれてたやつだけど………」
大淀「………あぁ、ありがとうございます」
明石「大丈夫?」
大淀「ええ。あの頃に受けた仕打ちに比べたら、まだマシですから」
大淀「…………でも、一瞬だけ思いました」
明石「何て?」
大淀「…………ここから出て行ってやろうって」
明石「でも踏み留まったんでしょ?」
大淀「…………うん」
明石「えらい! 大丈夫だよ提督なら。だって、2人で何度も考え直して編み出した作戦なんでしょ?」
鳳翔「…………やっぱり、そういうことでしたか」
明石「えっ!? あっ、鳳翔さん…………」
大淀「いつからそこに?」
鳳翔「お二人が憤慨しながら執務室から出て来たので何事かと、扉の前で佇んでいただけです」
大淀「…………気付いていたんですね?」
鳳翔「ええ。提督らしからぬ行いに、吹雪さんが帰ってきたことに対して少しは……。恐らくあの須藤とかいう男、提督を酒という鎖で繋ぎ止める連環の計を図ったのでしょう」
鳳翔「またそれを利用して私たちの中を引き裂く離間の計。ですが、私たちはそれくらいでは騙されません」
大淀「その通りです。……………鳳翔さん、あなたも彼女たちに加わって下さい」
鳳翔「辛くはないの?」
大淀「はい。提督と編み出したこの策を為すには必要なことです。鳳翔さんが加わってこそ、現実味が増して成功に至ることができると確信していますから」
鳳翔「…………わかりました。でも、私の方でも少し抑え気味に。余り強く出すぎると、彼女たちも調子に乗りかねませんから」
大淀「…………ありがとうございます!」
明石「それじゃあ、工廠に戻るね」
大淀「はい、ありがとうございました」
・・・・・・
翌日、明石が執務室に入ると部屋中に書類などがばら撒かれている。まるで台風一過だ。何事かと聞いても、大淀は何も話さない。その態度に、明石は何となく察したようだ。
明石「あぁ、昨日と同じ連中か。まったく、人の気持ちも知らないで」
大淀「…………」
明石「ほら、大切なものもあるんだからちゃんとしておかないと」
明石は好意で部屋にばら撒かれた書類を拾って机に戻していく。だが、連日の度重なる恫喝に耐えきれなくなった大淀は、遂にここで爆発してしまう。
大淀「拾ってどうするのよ!!! 元のに戻したら、また絡んできて今と同じようになる!! いたちごっこになるだけじゃない!!!!!」
大淀は机を叩いて椅子から立ち上がり、明石に対して猛烈に自身の怒りをぶつけてしまう。
長年一緒にいる明石でさえ見たことのない大淀に、驚きを隠せないでいる。彼女はそれ程までに追い詰められてしまっているのだ。
明石「お、大淀? 」
大淀「…………っ!」
明石「どうしちゃったの急に声を荒げて。らしくないんじゃない?」
大淀「…………そうですよね。私らしくもない。幌筵にいた頃、私はもっと酷いことをしてきた。たくさん責められた。それに比べれば………」
明石「そうよ。大淀が苦しんでるのは、私が一番よくわかってる。だって、もう5年の付き合いじゃないの」
明石「それにあの2人は提督の事しか頭にないんだから。まあ、梶原提督のお兄さんだからいい人なのは勿論だけどさ、いちいち気にしていたらやってられないでしょ?」
大淀「………ありがとうございます。あの、ちょっと頼まれてくれますか?」
明石「うん、いいよ。何?」
・・・・・・・
数日経った夜、吹雪は横須賀にたどり着いていた。吹雪は真っ先に提督の部屋へと向かい、そこで密談を交わすことになったのだ。
提督「吹雪、身体は大丈夫か? 」
吹雪「はい。形だけの罰なので酷いこともされていませんし、あの距離なら往復しても苦痛ではありません」
提督「そうか、ありがとう」
吹雪「いえいえ。それと、大淀さんからこんなものを預かっています」
提督は吹雪からメモリを受け取り、それを自身のパソコンに繋げる。中を見ると、今回のことの発端である坊ノ岬沖の演習の結果であった。
提督「…………そうか、流石だな。坊ノ岬での戦闘は勝利に終わったか」
吹雪「それだけじゃありません。大佐殿も、準備が出来ているそうです」
提督「そうか………。良くやってくれた」
吹雪「ですが…………。司令官と大淀さんの企みに気づいていない方々が、大淀さんに噛み付いて………」
提督「そうか、懸念した通りだ。いつもの連中だろう?」
吹雪「…………はい。ですが、鳳翔さんは何かを勘付いたらしく、余り強くは出てきません」
提督「そうか。あいつらは新しく来た者に対して強く当たりすぎる。過去の出来事が、そうさせているのかもしれんがな………」
吹雪「ですが、大淀さんは内部分裂を利用して、少将を撹乱して油断を誘えると考えているみたいです」
提督「なるほど………そういう使い方もあるのか。しかし、部下の間で派閥ができてしまうのは避けたい。帰ったら仕切りを埋めるようにしなければな」
吹雪「それより、いつお帰りになられますか?」
提督「大淀は何か言っていたか?」
吹雪「司令官からの指示があれば直ぐにでもと。近海に深海棲艦が押し寄せてきたと流言して、戻られる理由をでっち上げるとのことです」
提督「………よし、明日にでもここを離れよう。奴にそれが偽報であると感づかれる前にな」
・・・・・・
???「少佐殿、こちらに」
提督「おぉ、大佐殿! ご無事で?」
大佐「えぇ、あなたの下にいる大淀のおかげで。小型のモーターボートですけれど、使ってください。私は、計画の最終段階に」
提督「感謝いたします。ご恩に必ずや報いりましょう」
大佐「そんなお気になさらずに。さあ、早く! 吹雪ちゃんも、ちゃんと提督を護ってあげなさいよ?」
吹雪「はい! 私が司令官をお守りします!!」
提督「吹雪、行くぞ!!」
吹雪「はい! 司令官!」
島原大佐は建物の陰に移り、港から彼らが遠くなるのを見守っていた。
大佐「………少佐殿。もう少し………あと少しでいいんです。あなたを囮にさせてください…………」
そしてその影で、2人の男がボートを出ていくのを目撃してしまったのである。島原大佐は既に建物に入っていたので、彼女の姿は彼らには見られていない。
士官1「おい、あのボートはどこに行くんだ?」
士官2「乗っているのは少佐だ! ここから逃げるつもりだ!!」
士官「至急、少将様に伝えなくては!」
士官達は須藤少将にその旨を伝えようとしたが、彼は昨晩、酒を煽り過ぎたようで、眠っていたそうだ。
その結果、彼がこの事を知ったのはそれから5時間ほど後のことであった。彼は自身の失態で、折角の好機を逃してしまったのだ。
少将「ボートで逃げた………と? 何故早く言わなかったのかね?」
士官「ま、まだ眠っておられましたので………」
少将「青葉、足柄」
足柄「呼んだかしら?」
少将「命令だ。阿賀野、能代、長月、菊月の4隻を連れて、逃走した少佐を捕らえてくるのだ。彼が従わない場合は海に沈めてしまえ。あの駆逐艦も道連れにするのも一興だな……」
足柄「…………わかったわ」
足柄はすぐさま部屋を出て、出撃の準備を整える。須藤少将は部屋に残り、握り拳で机を思い切り叩く。
少将「ふむ………時期を見誤ったか………。奴がリンガ泊地へと戻ってしまえば、2度と奴を始末する好機がなくなる………」
一方、2人は既に日本から離れており、太平洋を南下している。幸いにも深海棲艦と鉢合わせになることはなく、今の所は無事だ。
提督「吹雪! どうだ?」
吹雪「今の所、追撃はありません」
提督「そうか。だが、気をぬくなよ」
吹雪「はい! でも司令官、流石にあの時はとてもひやっとしましたよ!」
提督「いつの事だ? 奴の元に行くと決めた時か? 奴と酒を酌み交わしたことか? お前を罵倒したことか?」
吹雪「挙げたらキリがありませんね。全部ですよ!」
提督「お前はいつ気がついたんだ? これが策略だということに?」
吹雪「泊地に戻ってからですよ! 大淀さんが教えてくれました!」
提督「今はどの辺りだ?」
吹雪「えぇっと…………南南西に45海里で台湾です」
提督「もう半日も動いている。疲弊は侮れん、台湾に上陸して休息を取ろう」
吹雪「そうですね。……………ん?」
提督「どうした?」
吹雪「……………電探に敵艦補足! 北北西から来ます!!」
提督「追いつかれたか。万事休すだな………」
吹雪「………ここで決死の覚悟で挑みます。司令官はその隙に」
提督「いや、まだ彼我の距離は十分ある。問題はないだはずだが………っ!!」
吹雪「ど、どうしたんですか!?」
提督「燃料切れだ!!」
逃げることだけに目を向けていた2人は燃料の残りに気づくことができず、今ここに来て初めて気づいた。
天草提督は先ず大佐を疑った。彼女が渡してきたものだからだ。だが、後方から追ってきたことを考えると須藤少将がやったのではないかと、提督は思考を巡らせていく。
吹雪「司令官!」
吹雪の一喝で、提督は我に帰る。今はそんな事を考える余裕はない。この現状を打開しようと、頭の中を探っても良い策は出てこない。
提督「私はここで、死ぬことになるのだろうか……………?」
吹雪「司令官、私が曳航します! 行きましょう!!」
提督「いや、いずれ追いつかれる。潔く諦め………まて、いま何時だ?」
吹雪「13:45です」
提督はボートの座席から立ち上がり、辺りを見回している。そしてある一点を見つめると、提督は日照りに雨を得た農夫のように喜び、笑い始める。
提督「……………ははっ! 吹雪、お前の後方に岩礁があるのが見えるか?」
吹雪「はい、見えます」
提督「あそこに隠れていろ。私が1人で奴らと会話をして、時間を稼ぐ。そうしたらお前は……………」
吹雪「……………わかりました!!!」
暫くして、足柄や青葉が率いる艦隊が天草提督に追いつく。提督は彼女らに体を向けて、泰然自若として待っていたようだ。
足柄「あら、天草提督じゃない。元気そうでなによりだわ。吹雪はどうしたのかしら?」
提督「……足柄か。それに青葉も居るとはな。お前たちも元気そうで何よりだ。奴には一足先に戻ってもらった。増援を呼ぶためにな」
青葉「……青葉たち、今の司令官から命令を受けてます。あなたを連れて帰るようにって。でも、従わなければ沈めても構わないとまで言っています」
提督「……………」
青葉「……青葉、あなたのことを沈めたくありません。一緒に横須賀に戻ってください」
提督「…………流石に気づくか。ここからならあと1日は掛かる。その前に私が死ぬだけだ」
提督「……………が、死ぬ前に少し語り合いたい。付き合ってもらえないか?」
青葉「……」
足柄「……いいわ。気がすむまで話しなさい」
足柄と青葉は他の4隻を少し後方に下がらせて、誰も手が出せないようにする。
それを見た提督は、過去を振り返りながらゆっくりと話を始めていく。
提督「………私は今のお前たちの司令官、須藤とは古くからの付き合いだ。奴が私を目の敵にするのは、過去に私があいつの位を下げたからだ」
青葉「どういうことですか…………?」
提督「あいつは有能だが、傲慢だ。その上、自身の才覚をひけらかして他人を貶める。心当たりはないか?」
足柄「………なくも無いわ」
提督「そいつに対していい薬になると思ってやったことだが、それが裏目に出てしまったのだ」
提督「私はあいつが嫌いではない。寧ろ友だと思っている。あいつには天賦の才がある。それを腐らせるわけにはいかないと、良かれと思ってのことなのだ」
提督「……が、奴はそうとは思わなかったようだ。口惜しきかな、真意とは他人に伝わりにくい。あらぬ誤解を生んでしまうことになるとはな」
そう言いがら、提督は後方を振り返る。まるで仲間が来るのを待っているかの様だが、ここまで来るには1日は掛かると言ったのは彼自身だ。たったいま援軍に呼んだばかりでここに来れるわけがない。
足柄「…………誰も来ていないわよ。あなたが自分で言ったこと、忘れたのかしら?」
提督「……そうだな。死ぬ間際ともなると、落ち着いて物事を考えられん。来ないものと知りながらも、それに抗うことは止められない。こんな私でも、死ぬことは恐ろしいのだ」
青葉「………………」
提督「身勝手なものだ。あれほどの人命を奪っておきながら、自分は死ぬことを恐れる。身勝手だ。卑怯者だ………」
足柄「……………」
提督「悪いが、私は横須賀に戻るつもりはない。戻ったところで殺される定めだ。あいつに殺されるくらいなら、お前たちにこのまま沈めてもらうのが良いのかもしれんな」
天草提督は再び後方を確認している。余程焦っているようだが、幾ら確認しても援軍は来ない。
青葉「…………何で後ろを見ているんですか? 」
提督「はぁ………少し話し疲れた。さあ、さっさと終わらせようか」
足柄「一つだけ聞いてもいいかしら?」
提督「今さら私に聞くことがあるのか?」
足柄「えぇ。どうして私たちを生かしておいたの? 恩を着せるつもり?」
提督「いやなに、唯の気まぐれよ。気まぐれ」
青葉「冗談はやめてください。青葉たちはちゃんとした理由が聞きたいんです!」
提督「………簡単なことだ。来るもの拒まず、去る者は追わず。別にお前たちが去ろうと私は気にしていない」
提督「だがお前たちは少しちょっかいを出してくれたのでな。それに対して少し痛めつけただけだ」
足柄「じゃあ、私たちが裏切ることを知っていたのね?」
提督「まあな。そうでなければどうやってお前達の元に修理要員を忍び込ませる?」
足柄「………はぁ。何にしても、私たちに打つ手はなかったってことね。あなたを殺すために近づいた。でもできなかった。私たちの正体を知っていながら、あなたは私たちの命を奪わなかった」
青葉「…………」
提督「さ、もう十分だろう? さっさと私を殺せ」
提督が耳に嵌めていた小型のイヤホンから、大佐の声が聞こえてきた。これはいま提督が乗っているボートの席にに置かれており、出発する時にこれを付けておいてくれという置き書きと共に置かれていたのだ。
大佐《少佐殿、そのままでお聞きください。たった今、憲兵隊が須藤少将を捕縛しました。罪状は上官への恫喝。現在は拘置所に連行中で、私は横須賀で混乱が起きないように収集をつけているところです》
提督は内心、上手くいったとほくそ笑んでいた。自分たちの目論見通りにことが進んだからだ。それを顔に出さないように彼は必死に堪えていた。
足柄「………行って」
提督「何だと?」
足柄「今の私たちに、あなたは殺せない。私たちはこれ以上、不義を働きたくないの………」
青葉「行ってください。青葉たちの気が変わらないうちに………」
受けた恩に報いるために、ここは逃すと足柄達は言ったのだ。それを聞いた提督の肩が小刻みに震えている。感激に震えているのかと思えばその逆だ。
提督「……ふっ………ふふふ…………」
足柄「 ? 」
提督「ふははははははは………」
青葉「………っ」
提督「アッハハハハハハ!!!!!」
青葉「何がおかしいんですか!」
提督「青葉、足柄、よく聞いておけ。もし私がお前たちならば、この ”天草浩志” を助けるなど決してしない!! ただ死に場所を一つ与えるだけだ!!!!!」
足柄「な、何をいっーー」
提督「教えてやろう。この ”天草浩志” が生きている限り、少しでも息がある限りは、必ず私が勝つからだ!!!」
天草提督は自分で持っていたピストルを構える。足柄たちに撃つわけでも無く、天に向けて銃弾を放った。
そしてその音に反応して、近くの岩礁に隠れていた吹雪が飛び出す。
吹雪「行きます!!!!!」
吹雪は酸素魚雷を発射し、また同時に砲撃を足柄たちに向けて放つ。そしてそれらは全てが足柄達に当たっていく。
更に提督の後方から多数の艦載機が飛んできている。それらは足柄たちの上空で爆弾を落下させて、次々と当てられている。
足柄「きゃあ!!」
青葉「ひゃあ!!」
阿賀野「きゃっ……どこから!?」
能代「阿賀野姉ぇ! きゃっ!!」
長月「ちょこまかと………くっ!!」
菊月「前が………見えない………うわっ!!」
提督「どうした? どうする? どうするんだお前たちは? 」
提督「指揮官はここにいるぞ! 俺を殺すか? 俺を殺して、再び5年前と同じ悲劇を繰り返すか?」
提督「俺を殺して再び闘争を引き起こすか!?」
提督は追い詰められていながらも、ただ泰然自若として高みに座していることに恐怖の念が湧いてくる。その姿は、思い通りに事が進んだことを喜ぶ下卑た笑みだ
足柄「この男は………やっぱり…………やっぱり殺しておくべきだった!!」ガチャン
吹雪「させません!!」ダァン
足柄「くっ………!」
青葉「逆光で、艦載機が見えない……。これが狙いだったんですね」
提督「貴様ら……私の元に一時期身を置いていたなら、私から知恵を盗むなり少しは頭を働かせろ。駆逐艦1隻の浅知恵と侮ったか?」
青葉「………っ!!!」
青葉は、彼らと共に活動していたある作戦のことを思い出す。あれは、呉鎮守府に侵攻する時の事だーー
ーー吹雪《西から進んだら、太陽で目が潰れますよ?》ーー
ーー陽炎《なるほどね、そりゃ勘弁したいわ》ーー
ーー川内《前が見えないから負けたなんて笑い話にもならないしね》ーー
ーー青葉は酷く後悔した。一時でも彼に同情の念を抱いたこと。一時でも彼から受けた恩に報いたいと思ったことを。しかし今となっては遅すぎる出来心だ。たった一隻の駆逐艦の登場で形勢は逆転してしまった。
青葉「………また、沈むのかな……?」
阿賀野「能代……少しまずいかも………」
能代「どうして………っ!! 電探に艦有り!! 数6隻、前方!! 先ほどの艦載機もそちらから発艦されています!!」
足柄「………まさか、このために時間稼ぎを!?」
提督「まあな。今回の出来事は全て我が盤上にあり………とまでは言わないが、予想通りではあった」
青葉「 (きっとこの時、ここにいた全員が感じたはずです。 『この人だけは敵に回したらダメだ』 って。恐ろしすぎます、この人は………) 」
提督「あぁ、それとだ。お前たちの須藤提督は現在憲兵隊のもと出向中だ。罪状は上官の恫喝。しょっぴかれるには十分な理由だ」
阿賀野「えっ!? 」
提督「今回の出来事。奴が元帥閣下の反対を押し切って決行したものだ。元帥閣下の艦隊が坊ノ岬沖で演習を行っているという情報を手に入れた彼は、私を横須賀に呼び出せなければその艦隊を全滅させると言ったそうだ」
能代「須藤提督が!?」
提督「なんなら連絡を取ってみたらどうだ? 」
能代「提督、能代です! ………提督! 提督!! ………応答なしです」
提督「さて、どうする気だ? 」
長月「どうする? 数は五分五分だが………」
菊月「いまなら奴を始末して、そのまま帰るという事も可能ではあるが……?」
足柄「………オッズが悪いわ。降伏しましょう。天草提督、私たちをどうする気かしら?」
提督「もう潰し合う必要はない。お前達は横須賀に戻れ!」
足柄「………撤退よ。全艦横須賀に帰還するわ」
青葉「………」
またも情けをかけられた足柄達は、おめおめと横須賀に戻るしか道はなかった。吹雪の攻撃は全てが艦砲や魚雷発射管に命中し、攻撃手段が奪われてしまったからである。
さらに天草提督の後方からやって来た艦載機の攻撃もあり、殆どが中破であり、全員が損傷を被ったそうだ。
連中が海域を離脱したところで、吹雪は提督の元へと近づいていく。目論見通りに行ったので、お互いにいい気分だ。
提督「………吹雪、よくやった。案外と上手くいっただろう?」
吹雪「ご無事ですか? 司令官!?」
提督「あぁ。何とかな」
加賀《提督! 》
提督「加賀! 今どこにいる!?」
赤城《お二人の位置を目視で確認出来ました!! ご無事ですか!?》
提督「…………遅かったじゃないか。渋滞でもしていたのか?」
北上《そんだけ軽口叩けるなら大丈夫みたいだね〜》
暫くして、遠くに人影が見える。おそらく加賀達だろう。段々と遠くに見える加賀達が大きくなり、5分後には提督のもとに辿り着いた。
加賀「提督、お待たせしました」
妙高「私たちが護衛します。帰還しましょう!」
提督「あー………実はな、燃料切れで動かなくなってしまってな。曳航してくれると助かるんだが………」
敷波「りょーかい。まぁ、アタシらに任せてよ。暁!」
暁「と、当然よ! 担いで航行するのは輸送任務で慣れっこなんだから!」
敷波・暁「せーの!!」グイッ
提督「………動くか?」
敷波・暁「ふんぬぬぬ………」ドゥルルルル
提督「艤装が唸ってる………」
敷波・暁「んーー!!!!」ギュルルルルル
提督「吹雪! 手伝ってくれ!!」
吹雪「は、はい!! せーの!!!」ギュルルルル
提督「よし、少し動いてきたぞ!」
吹雪「し、司令官………! これ、燃料を分けたほうが良かったんじゃないですか!?」ギュルルルルルルル
提督「………あっ!」
一同「…………」
提督「か、艦娘の燃料って応用できるのか?」
吹雪「なら、少しだけ入れてみましょうか?」
吹雪は自分の燃料をほんの少しボートに入れてみることにした。まさか動くわけがないと思っていた提督は駄目元でエンジンを掛けるが、ボートは軽快な音を立てて排ガスを出している。
提督「あっ、動いた………」
一同「…………………」チッ
提督「くそっ、いま誰か舌打ちしやがったな……」
加賀「では、私たちからも少し分けます。それなら泊地まで戻れるでしょう」
提督「………本当にすまなかった」
赤城「いいんですよ。さあ、帰りましょう」
・・・それから数日後・・・
明石「提督が出立してから今日で1週間だね……」
大淀「事前の計画ではそろそろ戻ってこられる頃ですが………」
明石「どうかしたの?」
大淀「………今日はやけに静かだと思いませんか?」
明石「そういえば、いつもちょっかい出してくる2人が今日に限って来ていない……」
大淀「彼女たちは提督を思うあまり、私に対して強く当たります。提督を死地に行かせた張本人だと、私を悪人に見立ててーー」
明石「まさか、大淀を!?」
大淀「十分にありえます。私を亡き者にして、実権を握り、無理矢理にでも行くつもりでしょう」
明石「ねぇ、何であの時、私に加賀さんたちを出撃させるように言ったの!? もしかしたら、ううん、絶対大淀の事を守ってくれるはずなのに………」
大淀「………元呉鎮守府に在籍していた彼女たちは比較的日が浅いので、私の言葉も聞いてくれます。ですが、扶桑さんたちは違います」
大淀「古くから提督の元にいた彼女たちは、提督に心酔するあまり、私を快く思いません。そんな中で、私と日頃から親しくしている加賀さん達が、もし私の身に何かあると知れば必ず同士討ちが始まります………」
明石「………だからなの? 戦える艦娘を殆ど出撃させたのは?」
大淀「はい。いまここに残っているのは、私たちと扶桑さん達だけです。それ以外は近海の警備に当たらせました」
明石「…………1人で、抑えつけるつもりなんだ? 命を賭けるんだね?」
大淀「………はい」
次の瞬間、大勢の足音が聞こえてくる。そして扉が力強く開かれる。扉を開けたのは扶桑だった。
扶桑「大淀さん!!」
大淀「扶桑さん………そんなに多くの艦娘を引き連れて、どうなされたんですか?」
扶桑「提督を救出しに行く許可を!」
大淀「リンガ泊地の戦力は、かつてのようにあなた達しかいなかったあの時とは違います! 使い方は、提督の決断に従うのが決まりです!」
瑞鶴「たとえ5隻しかいなくても、30隻いても、提督が作り上げた艦隊に変わりないでしょ!? 」
山城「やっぱり………提督を裏切るつもりだったのね!? 許さない………」
言いたい放題の扶桑達に、大淀は我慢できずに声を大にして彼女たちに反論する。
大淀「私だって………私だって提督から受けた恩は忘れていません!! まだ日は浅いですが、皆さんが提督に抱く忠義の心は、私も持ち合わせているつもりです!!!!!」
翔鶴「提督に恩を感じているなら、提督を助ける気があるなら、私たちに出撃許可を出しなさい!!!! そんな口先だけで引き退るほど、私たちも甘くはないの!!!!!!」
今まで行動に出ることは無かった翔鶴も、遂に此処に来て爆発する。机をひっくり返して積まれていた書類を空中にばらまく。
大淀「提督の命令です!! ここを守れと言われている限り、あなた達は出撃させられません!!!!!」
鳳翔「………なら、加賀さん達を出撃させたのはどういうつもりですか?」
山城「大方、彼女達に私たちを攻撃させるつもりだったのよ!! 私たちを沈めて、提督も殺して、ここを海軍に引き渡すつもりなんでしょう!!!!」
言い合いは時間が経つほどにエスカレートしていく。提督が居ない中での不安に押しつぶされそうになっている扶桑たちと、命令を守り続けている大淀は一触即発の事態となってしまった。
そんな中で、仲間同士での無駄な言い争いにうんざりしてきた明石が大喝して事態を収めようと試みる。
明石「いい加減にして!!!!!!」
今まで目立った事をしてこなかった明石が急に怒鳴りだしたので、全員が呆然となり明石を見る。
大淀「明石………」
明石「大淀は、あなた達が戦力を集めて自分に押しかけてくるのをわかっていた!! 艦娘を出撃させたのは、仲間同士で争わせないためなの!!!」
翔鶴「………それ、本当なの?」
明石「私を疑うならこのリンガ泊地を隅々まで探してみてください。いまここに、私たち以外の艦娘はいません!!!!!」
扶桑「………仮にそうだとしても、私は提督の元に向かいます。約束してくれたんです『いつまでも一緒に居る』って………。山城!!」
山城「はい、扶桑姉様」
扶桑「私たちだけでも、提督の元に行きましょう!」
山城「はい! 」
翔鶴「私も!」
瑞鶴「翔鶴姉ぇ! 私も行く!!」
大淀「鳳翔さん………」
鳳翔「ごめんなさい。私にはこれ以上は…………」
作戦は失敗してしまった。扶桑達は早急に準備を整えて横須賀に出撃してしまう。そうなれば自分達は反逆者として須藤少将に自分達を始末する大義名分を与えてしまうことになる。
大淀が諦めかけたその時、部屋の扉が強く開かれた。誰かと思えば、提督と一緒に横須賀に出立していた吹雪であった。
吹雪「大淀さん! 大淀さん!!!!」
大淀「吹雪さん!?」
吹雪「司令官が………司令官が鎮守府に到着しましたぁ!!!」
山城「っ!! 姉様!!」
扶桑「行きましょう!!!!」
翔鶴「提督が、提督が帰ってきた………!!」
瑞鶴「翔鶴姉ぇ!! 行こう!!!!」
鳳翔「…………大淀さん。ありがとうございます!」
大淀に絡んで来た者たちは、提督の帰還報告を受けてすぐさま出迎えようと部屋を後にしていく。
大淀「提督…………よくぞご無事で…………」グスッ
明石「………初めてみたよ。大淀が泣いているところ」
大淀「……よかった。本当によかった………」ポロポロ
明石「………よしよし。よく頑張った!」
提督「……扶桑!!」
扶桑「提督………無事でよかったです……」
提督「……よくここを守ってくれたな。ありがとう、扶桑」
扶桑「……はい!!」
提督「ところで、大淀はどうした? 奴がいなければ私は既に殺されていたかもしれん」
山城「えぇっ……と………大淀なら、中で待っていると思います」
提督「なら早く行こう。奴に一言お礼を言いたい」
執務室に入ると部屋の書類が床に散らばっており、何もかもが揉みくちゃになっていた。
提督「………これはどういうことだ?」
山城「…………」
提督「どうして部屋がこんなに乱れているんだ?」
瑞鶴「…………」
癇癪を起こして大淀に強く当たった瑞鶴と山城はうな垂れたままで何も答えない。その態度に全てを察した提督は声を荒げて山城達を叱責する。
提督「さては大淀に無礼を働いたか!! 私が横須賀に向かった時、大淀に全て一任すると言ったはずだ!!」
提督「お前達……命令に背く真似をするとは………何とか言ったらどうだ!!!!!」
山城「謝ってきます!!!」
瑞鶴「わ、私も!!!」
提督「翔鶴、お前も行け!」
翔鶴「わ、わかりました!!」
3人は執務室から飛び出す様に出て行った。山城と瑞鶴はことの発端。翔鶴もそれに感化されて強く当たった。だがそれだけでは納得しない提督は、扶桑と鳳翔にも目を向ける。
提督「………扶桑。申しひらきはあるか?」
扶桑「………」
提督「黙っていてはわからないだろう。違うか?」
扶桑「………申し訳ありません」
提督「はぁ……お前も行ってこい」
扶桑「わかりました………」
提督「………鳳翔。お前は一連の出来事が私と大淀の策だと気づいていたのだろう?」
鳳翔「はい。大淀さんに打ち明けたところ、私も彼女達に加わるようにと。そうすれば現実味が増して、成功に一歩近づけると……」
提督「だが止めることはできなかった?」
鳳翔「………私も向かいます」
提督は、この惨状を見れば誰がやったのかは分かる。もちろん鳳翔がこのような事態にならないように尽力してくれた事も、自分のせいで扶桑たちがここまで乱れているのも提督は分かっているつもりだった。
だからこそ彼は彼女たちにきつく当たったのだ。このままではいけないと、あの時と違って今は全員が団結しなくてはならないのだということをわかっていたから、提督は全員を大淀の下に向かわせたのだ。
・・・・・・
大淀は自室に籠もっていた。扶桑たちが部屋の扉をノックしても反応はなく、鍵を閉められているので勝手に入ることもできない。よって、5人は扉の前で侍しているしかなかったのだ。
暫くして提督が大淀の部屋へとやって来て、そんな5人を見てぽつりと呟くのだった。
提督「………部屋の前に立ち尽くして、まるで衛兵のようだな」
山城「5時間前からずっとこのままですけど」
瑞鶴「一向に許してもらえる気配がなくて……」
提督「………お前達の自業自得だろう?」
翔鶴「そ、それはそうですけど……」
扶桑「提督、どうかお口添えを……」
提督「はぁ………。大淀、入るぞ」
大淀「………どうぞ」
部屋の中から大淀の声が聞こえた。それから数秒経ったのちに鍵が開く音がした。声を聞いた限り、特に起こっているようでもなければ特別機嫌が悪いわけでもないようだ。
提督「失礼する………っと、明石も居たのか」
明石「………提督でしたか。出迎えずにすいません」
提督「いや、気にしないでくれ」
大淀「提督、明石もどうぞ」
提督は大淀に従って席に座る。そして提督はゆっくりとした口調で話を始める。
提督「大淀、彼女達は十分に反省している。自身の行いを悔やんでいるんだ。許してやってくれ」
大淀「あれくらいは気にしません。ですが、少しばかり憂うところがあります。私の口から言うのも憚られますが……」
提督「………よければ、教えてもらえないか?」
大淀「………無礼を承知で申し上げますが、それは彼女達の気性です。過去の出来事が彼女達の中に強く根付いてしまい、他人に心を開くことをしません。強い人間不信みたいなものですね」
大淀に言われたその言葉は的確だった。何故ならばそれが大淀がいまこの部屋におり、扶桑たちが部屋の前で立ち尽くすことになってる根本的なものであるからだ。まるで図星を突かれたかのように、大淀の言葉を返していく。
提督「………耳が痛い話だ。それを引き起こしたのは他でもない私だからな。私が彼女達を歪めてしまったも同然だ」
大淀「しかし、それほどまでに信頼されるのも、お嫌ではないでしょう?」
提督「………まあな。蔑まれるよりかは信頼された方が心地よい」
大淀「彼女達の気性は、いずれ自身に厄災として降りかかることもありえます。改める必要があるかと………」
提督「なるほどな。取り分け山城と瑞鶴だ。感情に身を任せては癇癪を起こして暴力的になる。昔っからそうだ」
山城・瑞鶴「……………………」
提督「確かに荒療治が必要だな」
大淀「………お二人はまだ可愛げのあるものです。抑えつけようがありますので」
提督「では、残りの者か?」
大淀「………はい、特に扶桑さんです。お慕いするのは提督のみ。提督以外の者は目もくれず、他の者は路傍の石としか見ていません」
扶桑「……………」
提督「それは私も気にしているところだ。今回のようなことが再び起これば、困りものだ」
大淀「翔鶴さんと鳳翔さんも同じです。鳳翔さんはまだ憂うほどではありませんが、翔鶴さんは危険です。」
提督「全くその通りだな。お互いに詰めが甘いというかなんというか……」
翔鶴・鳳翔「…………………」
長く共にしていたわけではないのにもかかわらず、大淀は5人の欠点を次々に提督に話していく。的を射た指摘は本人達にもぐうの音が出ないほどに的確であったのだ。
大淀「これらの事は、提督にしかお任せできません。彼女達に改めるようにして頂くしか………」
提督「………そうだな。善処しよう」
大淀「………皆さん、どうぞお入りください!」
提督「お前達! 入れ!」
扉の前で侍していた扶桑らは無言で罰が悪そうに部屋に入ってくる。まるで叱られた子供のように、顔を俯せたままだ。
提督「………今回はお咎めなしだ。だが、金輪際このようなことは起こすなよ?」
一同「………わかりました」
提督「皆、このように反省している。私からもお前に苦労をかけたことを詫びたい。それに皆がお前に強く当たりすぎたのも、私の監督不行き届きだ。すまなかった」
一同「ごめんなさい」
大淀「そ、そんな………滅相もありません……どうか頭をあげてください……!!」
提督が深々と頭を下げて、それに倣うかのように扶桑たちも頭を下げる。
明石「 (意外と素直な人なんだ……この人。部下の失敗を押し付けたりしないで自分も責任を取る……。こんな人がまだ残っていたなんてね………) 」
明石「 (なら、大淀が信頼するもの無理ないよね……。あのときも、悪事に加担させられて全責任を取らされたようなものだから………。
明石「きっと、前の梶原提督だって、まともな人だったけど信頼しきっていたわけじゃないと思う。多分何処かで疎んでいた、だから私もついて行った………) 」
明石「 (でも彼はたった少しの労いの言葉と行動で、大淀を納得させた。どうしてかなぁ、もうちょっと早くこの人に出会えていたらどれだけ良かったんだろう………) 」
提督「………っと、すまない。少し手をつけるべき物があってな。今から私は部屋に戻るが、今日中ならいつでも構わない。執務室へと来てもらえるか? お前たち2人に話したいことがある」
大淀「わかりました」
提督が扶桑たちを連れて部屋を後にしていく。それを見送る大淀たち。中でも大淀は、何かが晴れたかのような明るい顔をしていた。
明石「………ねえ、大淀。もう少し早くあの人に出会えたらって思ったことない?」
大淀「な、何ですか? なんの脈絡もなく。………でも、少しは思いますよ? 私を必要としてくれた、初めての提督ですから」
明石「………私も、ふと思ったの。あの人にもっと早く会えたらなって。確かにやり方が不器用だけど、根っこはちゃんとした人だなあって、私は思うよ」
大淀「そうですね…………。ところで、提督が何の用で呼び出したかわかりますか?」
明石「さぁ………?」
大淀「聞くつもりなんですよ。私たちがここに残るか、それとも去っていくか。私はもう決まっていますから、あとはあなたの意思ですよ」
明石「……………」
・・・・・・
先ほど提督に言われた通り、2人は執務室へと向かっていく。部屋に入ると、待っていたと言わんばかりに彼は手を休めた。
提督「………それで、今回呼び出した理由はわかっているんだな?」
大淀「はい。わかっています」
提督「そうか………では敢えて聞く。今回は私と扶桑たちがお前達に多大な迷惑をかけた。お前達も知っての通り、我々の悲願は既に達成し、お前達は我々に従う必要もなくなったはずだ」
提督「お前達が初めてここに来た時、私はお前に問いた。なぜ我々に協力するのか、と」
大淀「私は言いました。海軍のやり方に不満があるから、と。だから貴方に協力する。けれど、今の海軍はあの時とは違います」
提督「………そこまでわかっていてなお、私はお前達に問う。ここに残るか? それとも横須賀に戻り、彼の元で再び務めを果たすか?」
大淀「………確かに、私の望みも果たされました。貴方からすれば、私はそのように見えるかもしれませんが、私は貴方に救われた身です。その恩に、どうか報いさせてください!」
提督「………明石は?」
明石「………私は、元々大淀と一緒にいました。訳あって大淀は各地を転々とすることになったので、私もついて行ったんです。ですから、大淀がここにいるというなら私も残ります」
提督「………そうか。2人とも、我々にとってはなくてはならない戦力だ。心より感謝する」
大淀「っ! はい! 」
提督「さて、帰省祝いだ。少し宴会でも繰り広げようか?」
大淀「早速ですか!?」
提督「っと、そういえば、吹雪からある提案があってな。これを見て欲しいんだが……」 つ 写真
大淀「これは?」
明石「みんなの目がすごく怖いんですけど………」
提督「昔撮った写真なんだが、まだここを立ち上げて間もない頃のものでな。今でこそ仲睦まじくやっているが、この当時は殆どの者が提督絡みの出来事でここにやってきたものだから、私を見る目がギラギラしていて今でも殺しにかかってくるような奴らだったんだ」
提督「そしてこの写真はその時に私がカメラを持っていたために、このように撮れてしまったんだ」
大淀「これをどうするのですか?」
提督「いや、あの時より大所帯になったから新しく写真を撮ろうと思ってな」
明石「そういうことでしたらお任せください! セッティングにカメラまで、全て整えておきますから!!」
提督「それでは明石に頼むとしようか。それと、もし良ければ戻り掛けに扶桑を呼んできてもらえるか?」
明石「わかりました! 失礼します!!」
提督「お前は十分に働いてくれた。当分の間は休んでくれて構わないからな?」
大淀「わかりました。感謝いたします」
提督「明石の準備がどれほどの時間を要するのかは不明だが、それまでは部屋で休んでいてくれ。あぁ、そうだ。準備ができた際には、お前から皆に伝えるようにしてもらえるか?」
大淀「はい。失礼します」
大淀と明石が部屋を出た後で、提督は今回起きた一連の出来事での艦隊運用の記録を見つけて、それを眺めているところだ。
提督「…………ふぅ、これで一悶着ついたと言ったところか。坊ノ岬沖での戦闘は我々の勝利。あいつの艦隊も何とか持ちこたえたみたいだな」
提督「出撃にはビスマルクと、祥鳳と瑞鳳の軽空母、鈴谷と熊野の重巡を用いた編成か。対潜においては少々不安の残る艦隊だが、まあ結果よければ全て良しだ」
提督「いや、支援艦隊に由良を旗艦とした水雷戦隊………確かに由良であれば対潜に於いては憂うところはないな。素晴らしい編成だ」
提督「さらに、複数の艦隊で近海の防衛か。だが、これで防衛というにはお粗末に過ぎるな………」
提督「いや違う…………なるほどそういうことか。防衛というのは見せかけ。実際は連中が暴動を起こしても同士討ちを避けるために外へ出しておいたのか。近海であれば万が一攻め込まれても防衛戦に参加可能だ。上手く考えたものだ」
提督「そしてここに残しておいたのはあいつらと、いつもの2人と……殆ど初期の頃からいた連中ばかりだな………」
提督「こいつらなら、扶桑らが一声かければすぐにでも動き出す。大淀の奴は1人で全員を抑える気でいたのか………?」
提督「…………いやいや、パーフェクトだ。ここまで独断でやってもらえるとは思わなかった。少しあいつを軽く見ていたな………。敵に回したくないものだ」
扶桑「提督、お呼びでしょうか?」
提督「あぁ、入ってくれ」
扶桑「失礼します。提督、ご用事というのは?」
提督「扶桑、これを覚えているか?」
扶桑「あら、あの時に撮った写真ですか。まだお持ちだったなんて……」
提督「何だ? 無くしたのか?」
扶桑「いえ。みんなの顔が強張っていて、提督が居た堪れなくて捨ててしまいました」
提督「あ、そう………。まあ、吹雪からの提案でもう一度撮りなおそうと言われてな。せっかく大所帯になったことだ、少しはいいだろう?」
扶桑「そうですね。あの時の倍、それ以上になってしまいました……」
提督「…………それと、呼び出したのはもう一つあってな」
扶桑「なんでしょうか?」
提督「…………少しここを離れすぎていてな。それで、その………」
扶桑「どうなされたのですか?」
提督「め、迷惑でなければお前の側に……居たいと思っただけだ………」
扶桑「…………珍しいですね。提督がそんなことを仰るなんて」
提督「わ、悪いのか!? それはまあ、立場上そういった浮ついたことは言っていられない。士気にも関わることだからな。なら、せめて2人きりの時くらいは………」
扶桑「そういう事にしておきます。では、ソファーに移りましょう? 折角ですし、膝枕でも…………///」
提督「それは魅力的だな……」
扶桑「では、どうぞこちらに………っ」
提督「危ない!」
扶桑は立ち上がって提督を促すが、急に体勢を崩す。間一髪のところで提督が受け止めたので、怪我も負うことはなかった。
扶桑「あぁ………申し訳ありません……もう………大丈夫ですから…………」
提督「………気張り過ぎだな。ゆっくり休め。そら、そこのソファーで横になってなさい」
扶桑「………申し訳ありません」
提督「皆を引っ張ってくれるのは嬉しいが、お前自身が身体を壊しては世話ないぞ? しっかり休め」
扶桑をソファーまで連れて行き、寝かせようとしたところで明石が部屋の扉をノックした。
明石「提督、準備ができました。外でみんな準備を終えているのでお越し下さい」
提督「………わかった」
明石「もしかしてお邪魔でした?」
提督「いや、そんな事はない。あと5、6分ほど時間を貰えるか?」
明石「わかりました。それではお待ちして居ます」
提督「………扶桑、歩けるか?」
扶桑「え、えぇ………大丈夫です」
大丈夫という割には足元が少し覚束ない。その姿に多少不安を覚えた提督は、扶桑を抱えて外へ向かおうとする。
扶桑「きゃっ………て、提督! 恥ずかしいです…………///」
提督「いいから大人しくしてろ。歩かせたら5分6分じゃたどり着けないからな」
外に出ると既に全員が集まっており、最後に到着したのが2人だった。待たせたと声をかけると、全員が何事かと動揺する。
吹雪「あの、扶桑さん………どうかなさったんですか?」
提督「ん? あぁ、少し気張り過ぎたみたいでな。歩けそうに無いから私が此処まで抱え込んで来た訳だ」
扶桑「あの……もう歩けますから………」
提督「分かってるよ。そら、ゆっくりな」
提督は抱えていた扶桑をゆっくりと下ろしていく。地に足をつけさせて、ゆっくりと身体を起こしていく。それでも心配な提督は扶桑に手を貸してゆっくりと歩かせていく。
明石「はーい、それじゃあカメラに注目ー!」
既にカメラも固定されており、提督は真ん中に。その両脇に扶桑と山城が並んで、後は思い思いに仲の良い者同士で固まっていた。
明石は手に何かを持っているようで、何かと尋ねると、カメラのシャッターだと話した。
明石「私が造った特注品ですよ。このボタンは遠隔操作でカメラのシャッターが切れるんです」
提督「へぇ…………」
明石「つまり、カメラ担当になった人も列から抜ける事もなく、タイマーにして大慌てで戻って間に合わなかったり………なんて失敗が無くなるんですよ? 画期的だとは思いませんか!?」
提督「そ、そうだな………」
明石「それじゃあ撮りますよー!!」
明石が3つ数えると、シャッターが次々に切られていく。扶桑と提督はお互いに寄り添っており、山城もほんの少しだけだが、提督に近づき気味だ。
明石「はーい、最後にもう一枚だけ撮りますよー!! みんな笑って! スマイル、スマイル!」
最後の写真と言われたので、全員が笑顔を見せる。提督と扶桑は変わらずだが、山城が2人に疎外感を感じているようで少し不機嫌だ。
それを察してか、提督は山城も自分の側に寄せる。急の出来事に少し戸惑っている山城だが、それを察する者はなく、シャッター音が鳴る。
明石「はーい、お疲れ様でしたー! 後で私が現像しておくので明日まで楽しみにしていてくださいねー!」
・・・翌日・・・
約束通り現像を済ませ、全員に写真を渡す明石。実際に現像されたのは最後に撮った一枚であり、それを受け取った艦娘たちは、良く撮れているとか、表情が引きつってると賑わっている。
だが、何枚か撮った中では全員の一番の笑顔を取れていたのだと明石は語っていた。(確かに他のものと比べれば遥かにマシなのだが) 写真を受け取った艦娘たちは次々に自分の部屋に戻っていく。全員が居なくなったところで、明石と大淀が提督に話しかける。
明石「提督、扶桑さんの容態はいかがですか?」
提督「過労ではないかな? 私の見たところではそんな風に見えたが………。あれから一晩寝かせたが、本人は無理にでも復帰を望んでいるのだが、無理に起き上がろうとしているのが気の毒に感じてな………」
大淀「扶桑さんはここの柱です。休暇を取って頂くのは結構ですが、あまり長く休まれるのは……。それに、全体の士気の問題にもなりますし………」
提督「確かにそうだ。現に1日経った今でも床に伏せている………。明石、一つ診てもらえるか?」
明石「分かりました。直ぐに準備するので、待ってて下さい」
提督は明石を連れて、自室にと案内する。何故提督の自室なのかと尋ねると、あれから部屋に戻った後もずっと付き添っていたとの事で、部屋に帰そうと思ったら扶桑が寝ていたので起こすに忍びなく結局そのまま………との事だ。
そして部屋に到着し、扉を開ければ扶桑が布団で横になっていた。だが、目は覚めていたので、軽い挨拶をしようと起き上がろうとする。それを提督が支えて身体を起こす手伝いをする。
扶桑「ありがとうございます…………」
提督「どうだ具合は?」
扶桑「昨日よりは良くなっているとは思いますけど…………」
提督「一応、明石を連れてきた。何か原因がわかるかもしれないと思ってな」
明石「といっても軽い触診や問診程度ですけどね。私自身分からないこともありますし、医者でもありませんし」
提督「捻くれるな捻くれるな。素人が診るよりはより精通した者に診て貰った方がいい」
明石「……よし、それじゃあ始めますね」
提督「あー……………私は少し席を外しておこうか?」
扶桑「えっ………あの………」
明石「………提督、良ければそのままでお願いします。その方が扶桑さんも多少は落ち着けるでしょうから」
提督「………わかった。では始めてくれ」
明石による診断は凡そ15分ほどで終わった。一通り話を聞き、それを元に明石が出した答えはやはり過労とのことだ。提督が留守にしていた間、色々と気を揉んでおり、彼が帰ってきたことによって一気に疲れが出てきたのだろう。
明石「念のために2、3日は安静にして下さい。あまり無理をすると治るものも治りませんから」
扶桑「わかりました………」
提督「済まないな、急に呼び出して」
明石「いえいえ。それではお大事に〜」
明石は手を左右に振りながら部屋を去っていく。部屋の外まで送ろうとしたのだが、扶桑の身体を支えていたのでその場で明石が部屋から出ていくのを見ているしかなかった。
提督「………さて、そろそろ昼時だが食べられるか?」
扶桑「………少しくらいなら」
提督「わかった。何か要望は?」
扶桑「特には……ないです………」
提督「わかった。それじゃあ少し待っていてくれ」
提督は自室の台所に向かい、扶桑の為に何か軽く料理を作ってやることにした。数十分後、提督は台所から盆を持って扶桑の元に座る。
弱り気味なので、消化の良い粥を作ったようだ。扶桑の身体をゆっくりと起こしてやり、少し冷ましてから扶桑の口に運んでやる。
提督「どうだ? 食べられそうか?」
扶桑「ん………美味しいです」
提督「それは良かった。もし食べられそうなら後一杯程は残っているから遠慮なく言ってくれ。少し作り過ぎてしまってな」
扶桑「………なら、提督も召し上がられては如何ですか?」
提督「病人の前ではあまりな。私の気が済まないというか何というか………」
などと話していると、扶桑はいつの間にか粥を食べ終わってた。2杯も食べれないと断ったので、提督は扶桑を布団に寝かせてやり、その足で器を下げて台所に向かって洗い物を始めた。
部屋は静かで、台所からの水の流れる音だけが響いている。まるで平和であるかのようで、長閑なひとときだと落ち着いてしまう。
提督「………よし、洗い物も済んだ。何かあったら言ってくれ。私はここにずっといるからな?」
扶桑「………本当ですか?」
提督「本当だ。何ならちょっとした小話をしてやっても良いぞ?」
扶桑「どのようなお話が?」
提督「んー、いろいろあるぞ。面白い話から奇妙な話。感動物語から怖い話まで何でもござれだ」
扶桑「なら全部聴きたいです」
提督「せめてジャンルだけでも決めてくれると有難いんだがな………」
扶桑「では面白い話から怖い話、感動できるお話を順にお願いします」
提督「………まあいいや。それじゃあ面白い話だな」
提督は咳払いをして、ゆっくりと話し始める。
提督「昔、子供の頃に犬を飼っていたんだ。とっても可愛い犬でね、まだ子犬だったから、私や弟、両親にくっついてトコトコ歩いてくるんだ」
扶桑「まあ、可愛らしい」
提督「んで、犬って言うのは種類が色々あったりするが、私が飼っていたのは紀州犬でね。名前を『ハク』って呼んでいた」
扶桑「その仔は雄犬ですか?」
提督「いや、雌犬だ。まあ紀州犬だからなぁ。毛が真っ白なわけだ」
提督「全身真っ白な犬でね。尻尾まで真っ白な犬だった」
扶桑「そんなにですか?」
提督「そうだよ。尻尾まで真っ白。尾まで真っ白の『尾も白い』犬だ」
提督は今までにない満足げな顔で話を締めくくった。聞いていた扶桑は意味がわからずキョトンとしていたが、彼が何も言わなくなったので話が終わったのだと言うことは飲み込めたようだ。
扶桑「………終わりですか?」
提督「……………面白かった?」
ここに来て話の意味がわかった扶桑は、何とも言えない顔を浮かべて窓を見てから提督を見直してーー
扶桑「…………空はあんなに青いのに、私の期待は冷め切って、提督の頭は花畑………」
ーーと、意味のわからない言葉を発してしまうほどに呆れかえっていた。まるでこの世を嘆いた世捨て人のような佇まいに、提督は少し応えたようだ。
提督「目を逸らさないでくれ。あとその妙に韻をふんだポエムみたいなのも止めほしい。かなり傷つく」
扶桑「だって………これでも期待していたんですよ? それなのに………はぁ………」
提督「わかったわかった。怖い話は真面目にやるからさ………」
扶桑「…………お願いします」
提督「これはまあ、本当にあった話なのかは分からないんだが、昔の同僚に聞いた話でな…………」
提督「海軍には多数の基地や泊地があるが、その中で1つだけ、殆どの提督が知らない裏に隠れた泊地が存在するらしい」
提督「その泊地は太平洋の東側、つまりアメリカ大陸の方なんだが、昔は使われていたそうだ」
扶桑「艦娘が生まれたのが今から8年前ですからそんなに古い話ではないんですね」
提督「そうだ。聞いたときは私は中将だったから、多少の情報は仕入れられた。そんな中で聞いた話だ」
提督「まあその泊地には1人の提督と、複数の艦娘が着任していたらしい。戦果も上々、中々に優秀な男だったと聞いている」
提督「だが、彼が提督として活躍している傍で色々と悩みを抱えていたそうだ。その悩みというのが、夜な夜な見る悪夢で、何か得体の知れない何者かに追われる夢を見るそうだ」
扶桑「聞いた話にしては随分と出来すぎているというか………。細かい所まで詳し過ぎませんか?」
提督「彼の友人が海軍の衛生兵の1人で、彼の主治医としてメンタルケアをしていたようだ。その衛生兵は几帳面で会話を記録していたとの事だ。今では抹消されたみたいだがな」
扶桑「なるほど…………」
提督「彼も彼で真面目な性格だから、気になって見た夢の記録を取るようになったようで、そこそこは内容を覚えているそうだ」
提督「初めてその夢を見たときは黒い影が浮遊しながら追いかけてきたそうだ。逃げていくと自身の故郷の風景が出てきて、追い付かれたところで目が覚めた」
提督「次に見たときは同じ様な影が再び追いかけてきた。走って行くと今度は彼の子供の頃に通った学校に逃げ込んで、追い付かれて目が覚めた」
扶桑「…………」
提督「次に見たときは黒い影が人型になって追ってきたと。逃げていくと、今度は彼が学んできた士官学校に逃げ込み、再び追い付かれて目が覚めたそうだ」
扶桑「段々と、近づいているのでしょうか……………?」
提督「彼はそれが気になって、衛生兵にも話をしたそうだ。彼が勧めたのは記録を取ることをやめさせる事だ。だが彼はそれを止めることができなかった」
扶桑「何故ですか………?」
提督「さあな。だが、私だったら恐らく続きが気になってしまったのではないかと考えるが?」
扶桑「私もそうなるかも知れません。少し気になってます………。所で、その衛生兵の方は何故記録を止めることを勧めたのですか?」
提督「それはおいおい話していくさ。彼は日に日にやつれて行って、周りの艦娘達も彼に休む様に行ったが、仕事を放棄できないと体に鞭打って仕事に取り組んでいったそうだ」
提督「そうしたら、彼はまた夢を見たそうだ。人の形をした影が目の前に立っていて、段々とその影が薄れて手足だけが見えるようになって来たそうだ」
提督「白い手足を持っていて、まるでゾンビ映画のようにそれは追ってきて、自分を捕まえようとしていたらしい」
提督「掴まれないように彼は後方に逃げていくんだ。真っ黒な空間だったのが段々と明るくなり、近くに海が見えた来たそうだ。海沿いにひたすら逃げていくと大きな建物が見えて来て、そこに逃げ込んだそうだ」
提督「逃げ込んだのは横須賀鎮守府なんだそうだ。横須賀鎮守府は士官が提督として各地の泊地や鎮守府に配属になる時、どこに配属されるかを伝えられる場所でな。提督となる者が必ず通る関所のような場所だ」
提督「彼は建物のとある部屋に逃げ込んで、腕を掴まれた瞬間に目を覚ましたんだと」
提督「段々と今の自分に近づいていっていることで、彼は全てのことに怯えるようになったそうだ。部屋には誰も入れずに、外出すら控えるようになった」
提督「彼の主治医だった衛生兵は、彼が心配で度々その泊地に尋ねることもあったそうだ。その衛生兵は信頼していた人物なので、彼だけは部屋に入れたそうだ」
提督「度々訪れた衛生兵の記録では、彼は段々と幻覚や幻聴を聴くようになったそうだ。そんな中で、彼に不吉が重なった」
扶桑「それは?」
提督「………彼の艦娘が轟沈してしまったらしい。勿論彼の望んだことじゃない。だが、彼は何故か悲しむことができなかったらしい。よほどその夢が恐ろしかったんだろうな」
扶桑「…………それが、記録をつけるのを止めるようにいった理由ですか?」
提督「夢っていうのは寝ている時に脳が動いている状態だ。思い出すというのも脳を使う。起きている時も脳を使う。なら脳はいつ休む? そんな状態が続けばどうなると思う?」
扶桑「分かりません………」
提督「正解は、夢と現実が混同してしまうんだ。どういうことか分かるな?」
扶桑「それって………!?」
提督「さて、この話も佳境を迎えたぞ。彼は遂に見てはいけないものを見てしまった」
提督「彼は艦娘が艤装を装着する出撃のドックにいた。すると目の前には黒い影に覆われた人型が立っていた。次々と影が消えていってまた同じように追って来たそうだ」
扶桑「それって、その彼が所属している泊地だったってことですか?」
提督「その通り。彼はドックの階段を駆け上がって泊地の建物の廊下をひたすら走り続けた。助けを求めたが、建物には艦娘が誰もいなかった。彼はひたすら逃げ回り、鍵が開いていた1つの部屋に逃げ込んだそうだ」
提督「その部屋は沈んでしまった艦娘が使っていた部屋だそうだ。彼はその部屋のタンスに隠れて逃れようとした」
扶桑「そ………それでどうなるのですか?」
提督「その部屋に得体の知れない影が入り込んで来た。扉が開く音がして、ヒタヒタと足音が聞こえて来たそうだ」
提督「足音が近づいて来て、彼はバレないように息を殺した。暫くすると足音が遠くなっていって、扉が閉まる音がしたそうだ」
提督「彼がタンスから出て外を確認すると、誰も居なかったことを確認して部屋から出て執務室に戻ろうとしたその時、後ろから同じ影がまた追いかけて来たそうだ」
提督「その影は少し呻きがかかった声でこう言ったそうだ………」
提督は言葉を切って、扶桑に顔を近づけて響くような声でーー
提督「見ィ〜つけたァ〜!!!」
と言った。急な大声に驚いているのが目に見えて分かる。肩をビクッと力んで目を瞑っていた。
提督「って話。どうだ?」
扶桑「最後の大声に驚きました」
提督「それだけ?」
扶桑「後はよくある話であまり新鮮味がありませんでした」
提督「ほぉ〜そういうことを言うか………。実はこの話にはまだ続きがあるんだが、どうだ?」
扶桑は是非と言った。決して怖かったわけではないが、話としてはとても面白く感じたらしい。提督はゆっくりと神妙な面持ちで話し始める。
提督「その話の続きというのはだな、そいつに見つけたと言われたとき、彼は驚きのあまり持っていた拳銃でその人影を撃ったそうなんだ」
扶桑「そ………それで………?」
提督「その影は床に倒れこんだらしい。彼は緊張がほぐれたことで、腰を抜かして床に座り込んでしまったそうだ」
提督「少し落ち着いて立ち上がることができたので、彼はその影に近づいたらしい。そこで彼はとんでもないものを見てしまった」
扶桑「な………何ですかそれは? 」
提督「床に倒れていたのは彼の下にいた艦娘だったそうだ……………」
扶桑の方をチラッと見ると、カタカタと体が震えていた。最後の言葉が余程恐ろしかったらしい。
扶桑「自分の艦娘を撃ってしまった…………ということですか?」
提督「しかもそれは轟沈したとされていた艦娘だ」
扶桑「えっ!?」
提督「別にその艦娘は轟沈したわけじゃない。行方不明になったことを轟沈と勝手に判定しただけなんだ。その艦娘は何とか自分の泊地にたどり着いて誰もいない建物を彷徨ってやっと彼を見つけたところで撃たれたんだ」
扶桑「そ、それって夢の話ですよね?」
提督「………さあ? 言っただろう、『夢と現実が混同してしまう』と。本人も分かっていないんだ」
扶桑「………その人の夢であって欲しいですね。凄く怖いです……」
提督「彼も怖くなって、その死体を海に運んで沈めたそうだ。彼は床に広がった血を拭き取って、それを隠蔽しようとしたらしい」
提督「気がつくと彼は執務室の椅子に座っていたそうだ。今まで見てきたことが本当に夢か現実か気になって、夢である事を証明しようと証拠を色々探し回ったらしい」
扶桑「…………提督、先程から寒気がするのですが」
提督「奇遇だな。私も悪寒を感じている。こう言った話をすると本物が集まるみたいだぞ?」
扶桑「そ、そう言った事を今この時なって言わないでください!」
提督「で、続けるか?」
扶桑「怖いですけど………気になります」
提督「彼は始めに沈めた場所に向かった。証拠は何もない。次に廊下を調べた。血痕も何も残っていない。それを拭いた跡も残っていない。最後に彼が隠れた艦娘の部屋を調べた」
提督「その部屋のタンスを調べて見たら、物凄いものを発見したそうだ」
扶桑「それって何ですか?」
提督「謎の木箱だ。そこに入っていたのは彼の写真。彼の写真が貼られていた藁人形と五寸釘。彼の名前と謎の文字が書かれていた札のようなもの。そして彼の髪の毛。奇々怪々な品々だ」
扶桑「それって………」
提督「使いようによっては、日本の古来から伝わる呪術。相手を攻撃させる呪いの道具にもなるな」
扶桑「つまりそれは、その部屋の持ち主が彼を怨んでいたということでは? たとえその娘でなくても、泊地の艦娘の誰かが………」
提督「彼は怖くなって、沈めた艦娘を弔って今まで私が話して来た彼の行動全てを主治医の衛生兵に伝えて、辞職したそうだ」
扶桑「お………終わりですか………?」
扶桑はかなり応えたようで布団に包まって話を聞いて居たようだ。奇怪な物語に恐ろしさを抱いているようだ。
提督「もう少し続くぞ? 止めるか?」
扶桑「も、もうやめましょう? 本当に怖いです…………」
次の瞬間、台所の方からバタンと大きな音が聞こえた。提督が確認しにいくと、窓から入った風で扉が勢いよく閉まっただけのようだ。
扶桑「………本当にただの風ですよね?」
提督「大丈夫だ心配するな…………」
そう言うと、提督はそっぽを向いて小声でこう言った。
提督「………絶対に何も起きないから」
何か意味があるように聞こえた扶桑は、驚きの顔で提督を見た。
扶桑「そ、それってどういう意味ですか?」
提督「ん? あぁ、気にするな。この話は本当にあった訳じゃない、唯の碌でもない与太話だ。おそらく誰かが面白半分で作って記録書に書いていただけだ」
扶桑「………それは嘘です。提督、嘘をつく時は瞬きが少し多くなるんです。今も少し回数が増えました」
提督「……ふっ。よく見ているな」
扶桑「あなたの妻ですから」
提督「気になるか?」
扶桑「はい」
提督「……………わかった。なら話そう」
提督「彼は死んだよ。辞職して故郷に帰った3日後に胸を銃弾に貫かれたことによる心肺停止だと。使われたとされる拳銃が現場に残っていたが、指紋も残っていない。誰かが侵入した痕跡もない。自殺と判断されたようだが、少し気にならないか?」
扶桑「特には気になりませんが………」
提督「彼の死因だ。拳銃で心臓を打たれて心肺停止」
扶桑「………銃で死んだ。確かその被害にあった艦娘も、拳銃で撃たれたんですよね?」
提督「そうだ。因みに彼が撃ってしまった艦娘も心臓を撃たれて死んでいるんだが……」
扶桑「呪いか何か………ですか?」
提督「さあな。だが、それから更に3日経ったある日に6隻の艦娘が沈んだそうだ」
提督「そしてその3日後、新たな提督が着任したが、着任した9日後に心不全で死んでしまったそうだ。因みに衛生兵の取った記録はここで途絶えている」
扶桑「まさか…………」
提督「察しがいいな。彼も死んだよ。聞いた話によれば、着任した提督が死んだ更に3日後に、奇声を発しながら12人の人間を殺して自分も動脈を切って死んだようだ」
扶桑「………もしこれが呪いなどの類と考えて、さっきまで被害者は3の倍数であったにもかかわらず、何故今回は13なのですか?」
提督「鋭いな。そこがミソだ。亡くなった者たちは皆、この一連の出来事を知っている人物だ」
提督「そしてその衛生兵が死んだ後、当時この一連の話を知っているのは3人だけだった」
扶桑「3人………って、誰ですか!?」
提督「7年前に死んだ奴らだよ。お前も知っている横須賀で受けた襲撃事件の被害者だ」
扶桑「当時の中将、少将と……大将でだった………提督、あなたもですよね………」
提督「因みに襲撃されたのは衛生兵が死んでから3日後だ」
扶桑「えっ!?」
提督「だからあの時死期を悟った。もしや本当に呪いかもしれないと。あの時、私はその2人と一緒に居たんだよ」
扶桑「3人………」
提督「案の定、彼らは死んだ。逃げ延びたのは誰だ?」
扶桑「私と、提督と、山城………」
提督「3人だ。後は?」
扶桑「その後に翔鶴姉妹と鳳翔さん………全員で6…………」
提督「これも3の倍数。少しきな臭くなってきただろう?」
提督「だが、この話を知っているのは今となっては私だけ。お前はさっき言ったな『何故13なのか』と」
扶桑「え、えぇ。言いましたが……」
提督「あそこで死んだのは2人。そうすると?」
扶桑「15人………」
提督「だから生き残ることができたのかと考えているんだが、どうかな?」
扶桑「……ず、随分と都合の良い解釈ですね」
提督「………お前段々と毒舌になってきたな」
扶桑「…………そうですか?」
提督「あぁ、強がっているだけか」
扶桑「そ……そんなことは……」
提督「まあいいさ。ただ1つだけ言えることは…………」
扶桑「言えることは?」
提督「夜には気をつけろって事だけだ」
扶桑「な、何か起こるということですか!?」
提督「さあな。あまり勘ぐると身の保証はできないという事だけは言っておこう」
次の瞬間、再び台所から大きな物音が聞こえてきた。再び向かうと棚から物が落ちた音だった。普通の出来事だが、あのような話をされた後では過敏に感じてしまう。
扶桑「ほ、本当に大丈夫ですよね………?」
提督「気のせいだ気のせい。そんなに心配なら念仏でも唱えておけばいい。気休め程度にはなるだろうな」
扶桑「念仏なんて知らないですよ………」
提督「じゃあ諦めてくれ。生憎私も知らなくてね。運が良ければ生きていられるだろうな」
扶桑「そ、そんなに危険なお話だったのですか!? 嘘ですよね!?」
提督「そうだよ。いま即興で作った話だ。なかなかに怖かっただろう?」
扶桑「ど、どっちを信じればいいのか…………」
提督「そんな虫のいい話があってたまるか。そんなもので運命を変えられたら私は天を一生をかけて恨むぞ?」
扶桑「…………」
提督「不満そうな顔をしてどうした?」
扶桑「なんだか………上手い具合に踊らされていたような気がして………」
提督「瞬きの話か? まあ自分でもその癖があるのは自覚しているが、流石にさっきのは異常だとは思わないか? これ見よがしにやったつもりだが、少しは怪しいと思わないか?」
少し腹に据えかねたようで、不満そうな顔を浮かべる。つっ慳貪な態度をとり、何をいってもそっけない返事しかしなくなってしまった。
提督「まったく、お前はわかりやすいな。そんなんじゃ、すぐに付け込まれるぞ?」
扶桑「……………」
提督「はぁ………。お前はひとたび戦いに出れば勇猛果敢。為れど純真無垢な子供のようだ」
提督「だが、それに加えて純粋さを持っている。それがまた可愛らしいところだがな……」
扶桑「…………」
扶桑は布団に包まったままで提督に背を向けてしまう。何も言わなくなり、ただ背を向けたままだ。
怒っているのかと思い、扶桑をよく見てみると、どうやら怒っているわけではなく照れているようだ。
もしかすると不貞腐れてことをアピールしようとする子供じみた意地のようなものなのかもしれない。
そんなことを考えながら、提督はそのまま背を向けた扶桑の頭を撫でる。それはまるで子供や飼い猫を寝かしつけるかのように優しいものであった。
暫くすると、扶桑は寝息を立てて眠ってしまった。空腹が満たされたこともあり、眠くなってしまったのだろう。
提督「………こうして、お前と居られるだけでも幸せだと思えるようになるなんて、私は夢にも思わなかった」
提督「確かに、私はお前のことが好きだ。だからあの時からずっと私の側に居てもらっているのだ。そしてだからこそカッコカリとはいえ、ケッコンを申し出たわけだ」
提督「だが、私が此処まで女々しい男になるとは思わなかった。昔の私なら、お前と数日離れようが、お前が急に倒れ込もうと何も思わなかったはずだ」
提督「だが私はいまとてつもないほどに困惑している。気が動転している。ここまで私は弱い人間だったのかと思い知らされた」
提督「それと同時に私の『考え方』というものが変わってきたのだ。私はいま、こうしてお前と共に居て、帰れる場所があるということに『幸せ』を感じることができたのだ」
提督「だが私はそれと同時にある恐れを抱いているんだ」
提督「この幸せは、いつまで続けられるのだろうな………。この変わらない幸福は私が死ぬまで続けられるのだろうか………とな」
提督「…………お喋りが過ぎたな。さて、少し飲み物でも入れてくるとしようか」
提督は立ち上がって台所に向かう。それを目で追うものが居た。それは隣にいた扶桑に他ならない。
扶桑は眠っていたわけではない。意識を手放そうとした瞬間に、提督が独白を始めたのでそれを聞いていたというわけだ。
もちろん彼がそれを知っている由もなく、台所で何を飲もうかと考えている最中であった。
扶桑「………私も同じ気持ちです。初めてあった時からいつも隣に置いて頂いて、何度も私を第一線として使って頂きました」
扶桑「そんなあなたに、私は惹かれていきました。あんな目にあっても、挫けることなく起ち上がろうとした貴方は、私たちにとっての道しるべになりました」
扶桑「それと同時に、私は貴方に恋をした。叶わない恋だと思っていました。だって私は不幸な女ですから、きっと私には見向きもしない。そう思っていました」
扶桑「でも貴方は私を選んでくれた。聡明で、神算鬼謀の賢人として名を馳せていた貴方にはもっと相応しい人にも関わらず」
扶桑「提督は、私に多大な愛情を注いでくださったお方です。だから私は、貴方の艦娘として、貴方の妻として、何があろうとあなたのそばに居続けます」
扶桑「私を選んでくれた旦那様のために、私を必要としてくれる旦那様のために、私は貴方の盾となり、貴方の剣として、貴方のそばに居続けます」
扶桑「ですから、貴方のそばに置かせてください。これからも、ずっと………」
彼は上機嫌でお茶を煮ていた。
実生活が忙しく、中々更新ができません。書溜めはしてあるので、月に1〜3回あればいい方だと思って下さい。
今回で大きな区切りが1つ終わりました。
正月からはちょっとダークな物語が始まります。お楽しみに。
今回は要望が反映されやすいです。艦娘を増やせなどのコメントも、色々とお待ちしています。
コメント1番
すいません! 投稿する前に何度も確認して起きながら見落としてました。以後気をつけます!
所属艦娘一覧
戦艦
扶桑、山城、ビスマルク 3隻
正規空母
翔鶴、瑞鶴、加賀、赤城 4隻
軽空母
鳳翔、瑞鳳、祥鳳 3隻
重巡洋艦
衣笠、鈴谷、熊野、妙高 4隻
軽巡洋艦
川内、神通、由良、名取、阿武隈、大淀、北上、 7隻
駆逐艦
吹雪、陽炎、夕立、Верный、村雨、不知火、朝雲、山雲、暁、敷波、10隻
全31隻
遅くても05:00には戻るが、~
17:00にしないと朝帰りになる。
艦これの時報でも言ってるけど軍関係者の会話だから5時には~っていうのはプライベートでも違和感がある(というか帰宅時間は重要な情報なんでなおのこと)