「提督と時雨」
レイテ湾の戦闘で時雨のみが生還し、周りから慰めが飛び交うも・・・
サブストーリーです。
もう何度目だろう・・・
また移動命令を出された・・・
まぁ、別にいいけどさ。
やっぱり僕は邪魔なのかなぁ・・・
(ここから回想)
僕、時雨は扶桑・山城・最上・満潮と共にレイテ湾に突入、
激戦の末、生還できたのは・・・僕一人だけ。
帰還後、周りは僕を慰める。
「あんな激戦で生き残れて、運が良かったね~」
「さすが、雪風と並ぶ幸運艦だよ」
何度も聞いた・・・「運がいいね」 「助かってよかったね」
聞き飽きた・・・「運が・・・」 「よかったよかった・・・」
もう・・・聞きたくない!
何で・・・どうして・・・何で皆は僕の事を慰めるんだ!?
何で、扶桑達を弔おうとしないんだ!
僕だけ逃げ帰って・・・僕だけ生き残って・・・皆沈んで・・・僕は・・・僕は・・・幸運艦なんかじゃない!
ただの負け犬なんだよ!
・・・・・・
そんな日々が続いて・・・僕は移動命令を受けた。
幸運艦と呼ばれていたのが、いつの間にか”死神”って呼ばれるようになった。
理由はわかっている・・・
数日前のこと、
出撃任務の編成の時だ・・・
仲間の一人が僕に言ったんだ。
「何うつむいているのよ! もっと明るく振る舞えないの!?」
「・・・・・・」
「あんた、駆逐艦の中で有名な幸運艦なんだからそんな暗くしてどうすんのよ!」
「・・・・・・」
「あんたみたいなのがいるから士気が落ちるのよ、もっとしっかりしなさい!」
「・・・・・・」
僕はそいつの襟を掴んで、
「な、何すんのよ!?」
「ふざけるなぁ!!」
バキィィィィィ!!!!(殴った音)
仲間が地面に倒れこみ、僕は馬乗りになった。
「何が幸運艦だ、何が有名だよ!!」
そう言って僕は首を絞める。
「ひっ・・・」
「僕はただの負け犬、逃げ帰ったただの負け犬なんだよ!!」
「うぐぐ・・・」
「何で皆は僕のことを慰めて・・・どうして沈んでいった扶桑・山城・最上・満潮の皆を弔おうとはしないんだ!!」
ぐぐぐ・・・(首を絞める音)
「あ、あがが・・・」
「やめて下さい! 時雨さん!」
皆が僕を止めた。
「・・・・・・」
皆に取り押さえられ・・・
「もう僕の事なんか構わないでよ・・・」
僕はその場から出た・・・
・・・・・・
それからというもの、周りは僕を恐れるようになった。
幸運艦から死神に変わったのもちょうどその時だ。
でも、僕は結構気に入っているよ。
だってそうでしょ? あれだけ仲間がいたのに僕一人だけ生き残ったんだよ。
運がいい? 違うよ、僕には死がまとわりついている・・・そう、死神なんだよ。
僕に関わった人間は全員死ぬんだ、だったら僕の側に近づかない方がいいよ。
また移動命令・・・
着任先では今までの戦績・出来事全てを知らされる。
着任早々提督から避けられることだってあった。
やっぱり僕はいるべき存在ではないんだ・・・
また移動命令・・・
そんなに嫌いなら僕を解体すればいいじゃないか・・・
最近では自沈しようかとまで思っていた、そんな時、
また移動命令・・・
しかも、これで最後だという。
ああ、次で不要になったら僕は解体されるんだな、もうたらい回しにされなくて済むんだなぁと
そればかり考えていた。
・・・・・・
配属先の鎮守府・・・
「今日着任予定の新人艦です」
霧島が資料を渡す。
「時雨か・・・どんな子なんだ?」
「え~と、それは・・・」
霧島が口を閉じる。
「・・・・・・」
「何と言うんですか・・・その、暗い子なんですよ。」
「暗い子ね・・・」
「かなりの数の鎮守府を転々としているようなんです。」
「そうか、わかった。時雨に関する資料も用意してくれるか?」
「あ、はい。 どうぞ、こちらです。」
霧島は時雨の詳細資料を渡した。
・・・・・・
「時雨・・・」
資料を読み、
「仲間と一緒に出撃、結果時雨だけ生き残って鎮守府に帰還・・・」
中間まで読み終え、
「周りから「幸運艦」と称えられる。」
後半まで読み終え、
「編成途中で、時雨が暴走。 仲間を負傷させ編成から外れ、移動命令が出る。」
読み終えて、
「暴走と言うより激怒した、と言う方が正しいかな、この時の時雨の気持ちを考えると・・・」
提督は整理する、そして一つの結論が、
「あの子は、まだ一人で苦しんでいるんだな・・・」
提督は思った。
「あの子は、ただこう言ってほしいに違いない。」
・・・・・・
しばらくして、時雨が執務室に入ってきた。
「僕は、時雨・・・これから、よろしくね。」
時雨は元気なく挨拶をする、相変わらずうつむいたままだ。
「・・・・・・」
提督は時雨に近づくとただ一言・・・
「ありがとう」
その言葉に時雨は驚く。
「え、僕何かしたかい?」
かなり困惑している様子、
「僕は提督にお礼を言われる事なんて何も・・・」
その後の提督の言葉に時雨は言葉を失う。
「戻ってきてくれてありがとう。」
「え・・・」
「扶桑達は本当に残念だった・・・でもお前だけでも戻って来てくれただけでうれしい。」
「・・・・・・」
「もし、お前まで帰ってこなかったら、オレは悲しみで胸がいっぱいだった。」
「・・・・・・」
「だから・・・おかえり、時雨。」
提督は時雨の肩に手をやる。
「・・・・・・」
あれ、何だろう・・・この気持ち?
「運が良かったね」とか「幸運艦」と呼ばれた苛立ちではなく僕と扶桑達に対して
敬意を表した言葉だ・・・
「・・・・・・」
でも、僕は・・・僕は・・・
時雨は堰を切ったように泣き叫んだ。
「でも、僕は・・・僕は! うっ・・・皆が沈んだのに・・・ひっく・・・僕だけ助かって、僕だけ逃げ帰って・・・」
「・・・・・・」
「僕は負け犬なんだよ! うう・・・僕だけ生き残ったんだよ、ううう・・・」
「扶桑達はそう言ったのか?」
「え・・・」
「もし、オレが時雨と同じ海域で戦っていて沈む運命になった時、オレは言う。「お前だけでも生きろ」と。」
「・・・・・・」
「扶桑達も同じ気持ちだったはず、一緒に死んでくれなんて言うと思っているのか?」
「うう・・・」
「逃げ帰った? 負け犬? どうしてそう思うんだ? 次に戦うためのチャンスが与えられたと何で思わないんだ?」
「・・・・・・」
「そんな気持ちで、沈んでいった扶桑達はどう思う? 喜ぶと思っているのか?」
「う・・・ううう。」
止めどなく涙が流れる時雨に、提督は手をやって、
「時雨・・・お前は悪くない。 悪いのは戦争だ。 仲間も家族も全て奪っていく戦争がな。」
「・・・・・・」
「もう、自分を責めるな。 前を見ろ!」
「前?」
「そうだ、前だ。お前はまだ進むべき道がある。お前がそこまで扶桑達を想っていたのは
それだけ皆の事が好きだったからだ。」
「・・・・・・」
「ならば、皆のために時雨、お前が皆の代わりに戦え! オレはできる限り背中を押してやる!」
「・・・・・・」
しばらく沈黙が続き、
「僕に・・・」
時雨が口を開く。
「僕にできるかな・・・」
その言葉に
「できるさ、お前なら・・・時雨なら絶対できる!」
「・・・そっか。」
時雨は涙を拭うと、
「やってみるよ・・・それが皆の望んでいたことだから。」
時雨の目に希望が戻った。
・・・・・・
(ここから現実)
その後、任務に復帰して今では皆に頼りにされている。
心に残ったままだった昔の苦しみが抜け、新しい自分として生活している。
最近練度が上がり、更なる改装を経て強くなったよ。
僕の髪には扶桑達の形見ともいえる髪飾りを付けている。
これで、また一緒に出撃できるね・・・
もう大丈夫かって? うん、僕は平気だよ。
昔を思い出す? もちろん。
扶桑達の事は今でもずっと思っているよ。
だからこそ・・・
もう誰も沈ませたりしない・・・そう、僕が・・・皆を、守り抜くんだ・・・
「提督と時雨」 終
時雨の史実を見てふと思いついた物語です。
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