比叡「一週間前、私達は泊地を捨てた。」
比叡「はいこちら深海棲艦対策軍事部門、え?うわっ!?うるさっ、なにこれヘビメタ!?」
流石にイラついて受話器を叩きつけるように本体へ戻す。
金剛「比叡!TELを切る時は静かに切りなサーイ!」
金剛「榛名を見るネ!怒る事もなく立派に電話対応できてマース!」
比叡「いやお姉様どこ見てんですか榛名絶対キレてますよ!ずっと提督の事しか言ってませんもん!」
霧島「目のハイライトもどこへ行ったやら・・・はぁ」
私達は現在、この仮設執務室で電話対応に追われている。
原因は私達のやった事に関してだから、あながち理不尽な批判では無いんだけど・・・。
一週間前、私達は泊地を捨てて撤退した。
大規模作戦の成果として海域を奪還し、新しく設立された泊地。
私達と提督はそこへ着任した。
みんなで泊地を安定させ、更なる海域奪還への橋頭堡とする。
それが私達の任務で、叢雲ちゃんや金剛お姉さまを中心に団結して頑張っていた。
着任から二ヶ月経とうとした頃、泊地は突如出現した深海棲艦に包囲された。
質より量任せ、十重二十重に完全封鎖。
しかしそれが何より効く。こちらには単独で包囲を崩す戦力は無い。
本土から救援に来た部隊も途中で妨害に遭い、辿り着くまでに弾薬を使い切ってしまい撤退を繰り返すばかり。
みんなも精神的に追い込まれ、物資も少しずつ減っていく。
とうとう提督の鉄板ネタであるオカマがウケなくなってから二日後。
提督は決意した。
この泊地を放棄する。
ただちに作戦が練られた。発表前から何となく妖精さんが忙しそうだったのでおそらくほとんど決まっていた事だったのだろう。
脱出は二機の小型旅客機で行う。ここでは艦娘の少なさが幸いした。派遣されている大淀さんもなんとか乗り込める人数内だったから。
ただ飛び出して行けば撃ち落とされる。だがこの泊地には防衛用の自律兵器がいくらか配備されていた。
今も稼働して深海棲艦を牽制しているがその気になればさっさと圧殺されるだろう。それこそ脱出こそしようものなら数の暴力だ。
だから脱出直前に新しく作った防衛兵器を投入する。
その防衛兵器で敵を抑えている内に脱出、攻撃を受けない高度まで急上昇する。
本土までは流石に燃料が足りないので途中の海に不時着し救助を待つ、という作戦である。
結果で言えば、作戦は成功した。
私達は何とか脱出し古巣である横須賀へ戻って来られた。
提督以外は。
待っていたのは私達という戦力を守ろうとした提督を擁護する派閥と何故死ぬまで戦わなかったと責める過激な派閥。
大本営やマスコミは「英断」としてくれたが一部過激派からはこうして嫌がらせの続く毎日。
そこに提督は居なかった。
まさか備え付けてあったとは思いたくないがキャビンアテンダントの制服に身を包んだ提督に先導され飛行機へ乗り込んだ私達。
妖精さんも私達の荷物と共に乗り込み、あとは兵器の起動を待つだけ。
「防衛兵器起動を確認、離陸します!」
大淀さんの声と同時に私達は飛び立ち、機銃や砲弾が機体をかすめていくのを感じながら泊地を脱出したのだ。
その事に気付いたのは泊地から離れ安全な空域まで至って少し経った頃だ。
私がコックピットに入ると、そこに居るはずの提督の姿が無かった。
居たのは数人で器用に飛行機を操縦する妖精さんと、邪魔そうなハリボテのみ。
その時だ、無線に二機目の飛行機から連絡が入ったのは。
叢雲さんだった。
提督が見当たらない、と。
「傾聴!」
無線から流れてきたのは提督の声だ。
「悪いな、部隊初の空の旅がこんな事になっちまって」
真面目に冗談を言っているような、間違いなく提督の口調。
「聞こえるだろ、敵の砲撃が陸へ届き始めた。もう少しでここは陥落する」
提督は、泊地に残っていた。
「俺は。ギリギリまで敵を引き付けて自爆する」
自爆と聞きみんなが色めき立つ。
「ここをくれてやるくらいなら全部吹き飛ばしてやるさ。ガレキと鉄くずのプールにしてやる」
設備を利用されるよりは破壊処理してしまった方がいい。それは軍人として最も常識的な判断だったし正しいとも思う。
しかし、艦娘ならともかくただの人間である提督が泊地を吹き飛ばす程の爆発の中心で助かる訳が無い。
「そ、そんな・・・提督!提督、何で、ああ、わぁぁぁぁぁぁ!!」
「・・・・・・」
パニックに陥りかけた榛名を思い切り殴り飛ばしたのは、金剛お姉様だった。
何も言わず、拳を握り締め歯を食い縛り、目にはいっぱいに涙を溜めて。
お姉様はきっと知っていたのだ。
誰より近くで提督を見ていたお姉様だからこそ、分かってしまったのだろう。
提督の覚悟を。
榛名や、他の子もそれを理解した。
「いや、ホント悪いと思ってるよ。実はまだネタ、あったんだ」
「でもウケる自信なくてさ。品切れとか言って諦めちまった」
「だからこんな中途半端な作戦になっちまってな」
「最初から飛行機の燃料計算も俺抜きだったし。座席も丁度だったろ?」
「バレたら困るもんでわざわざ改造したのよ。座席外したりな。その分荷物が乗ったろ?それも計算通りだ」
しょうもない悪戯が成功した時の得意げな表情が浮かぶような明るい口調。
「実はコックピットのハリボテに描いてある俺の肖像画は大淀作なんだけどさ、ぬおっ!?」
「あっぶねぇ。もうここまで弾が飛んできやがった」
「・・・・・・じゃ、これで最後だ。ばいばいお前ら、俺の可愛い嫁と部下たち」
「ヴァルハラなんかに来るんじゃねぇぞ」
そこで通信は途切れ、機内は静寂に包まれる。
数分か、数十分経ったか。
あそこからかなり離れたはずなのに、爆発音が届いてしまった。
横須賀へ帰って来た私達は割り当てられた仮宿舎に入り、お姉様と大淀さんは大本営への報告と記者会見に臨んだ。
死傷者無し、全員脱出に成功。
未帰還は、提督のみ。
世間の反応は様々だった。
部下を救った英雄、戦わずして死んだ臆病者。
無闇に戦死を選ばなかった強い子、上官同様臆病風に吹かれた腑抜けの集団。
かばってくれる人も多かったが反論する気力もない。
大本営から来た事務の人から受け取った書類で初めて知ったが、提督は天涯孤独だったらしい。
親代わりもいない、兄弟姉妹もいない、個人情報ファイルは嘘だらけ。
当然悲しむ遺族もいない。
でも、悲しむ人はいた。
金剛お姉様は私達をまとめ、代理指揮官として大本営やマスコミの前に出た。
しかし夜はほとんど泣き通しだ。
無理しちゃ駄目ですと休ませようとしても。
私が泣いたら提督が悲しむネー、なんて言葉では誰も誤魔化せないくらいに泣き声が響いているのさえ気付いていない。
最初の秘書艦だった叢雲ちゃんに至っては部屋から出て来ない。食事は同じ駆逐の子が部屋に運んでいるが、ほとんど手を付けない。
お姉様が泣いているというだけで私には地獄だ。
叢雲ちゃんが心を閉ざしてしまったのが悲しくて仕方が無い。
何より、提督が居ないのが一番辛かった。
比叡「・・・・・・また鳴ってる。はいこちら深海棲艦対策軍事、え?ババロアのアロエ煮?」
・・・・・・そっと受話器を戻した。
霧島「何ですかその謎の料理」
比叡「なんか、レシピが流れて来た・・・・・・」
比叡「あー、もう!ホントどうにかしてくださいよ提督!」
提督「はい昇龍軒です。出前の注文ですか?へ?海軍?やだなぁうちは今年60周年のラーメン屋ですよ。いえいえ、もし良ければまたどうぞ、はーい」
がちゃん。
提督「はい出たー、住所特定出来たからちょっと妖精さん艦爆派遣しといてー」
比叡「何をやってるんですかアンタは!」
提督「何ってお前、電話対応だけど?おっと、はい昇龍軒。出前の注文ですか?へ?海軍?やだなぁうちは今年」
頭が痛くなった。
提督「ああ、なんだ中将殿か。呼び出し?はいわかりました、ラーメンどうします?味噌、はーい。チャーハンのセットですね」
ホントこいつ何やってんだろ。
元々すっとぼけた人だったが調子が良すぎる・・・。
提督「妖精さん艦攻六機編成で大本営に突っ込める?無理?」
無理だろう。
「榛名ぁ、俺ラーメン作るからチャーハンよろしく。霧島、俺のバイクに火ぃ入れといて。サイド付きの。金剛、一緒に行こう。準備しといで」
榛名「はい!榛名、がんばります!」
霧島「わかりました。ハーレーですよね?」
金剛「わっかりマシター!待ってるネー!」
キラキラしながら部屋を飛び出す榛名、いつも通りの霧島、なんかもう輝かしいくらいニコニコしてるお姉様。
・・・・・・はあ、幸せだなぁ。
提督が生還したのは四日前、私達が泊地を飛び出して三日後の事だった。
大湊付近の砂浜に漂着していたのを大湊警備府の妖精さんに発見されたと言う。
何故か服は半脱ぎでダイイングメッセージを書きかけの死体みたいな姿勢で気絶していたらしいがそこは生憎砂浜、書いたはずのメッセージは波に消されていた。
提督曰く、「爆発で海に放り出された時点で死にかけだったが何とかバタフライで深海棲艦の警戒網を突破して潮流に乗った」とか。
どの潮に乗れば大湊へ行くんだよ。
あと服の乱れは艦娘の大破意識してたのかよ。
とにかく、提督は帰って来た。
一日向こうの病院に入院し、用意された護送用の車じゃなくてヒッチハイクで青森から帰って来た。
提督はアホな事を言っていたが、おそらく別に脱出手段を用意していたのだ。
兵器は自律なのに自爆だけ手動だなんておかしいと思った。
提督が帰って来て四日。
比叡「はい、こちら深海棲艦対策軍事部門横須賀鎮守府です。・・・え?今日の下着?提督の?」
今日も私は電話対応に追われる。
正直に話したところで信じてもらえないだろうからバタフライだなんて言ったが、俺の帰還手段については当然嘘だ。
どの潮に乗れば大湊へ行くんだよ。
あの時、俺は確かに泊地と共に自爆し果てるはずだった。
自爆の機能をいじったのはいいが時間が足りなかった、ボタン押して即爆発、ではなくタイマー式にしたのだ。
しかし時間は五分が限界。
脱出なんてできねぇじゃん、と起動した後は思い出でも振り返りながら待とうと決めていたのだが、いざ起動して目を閉じると。
誰かが俺を呼んでいる。
誰なのかはさっぱりわからなかったが、俺は飛び起きて呼び声に従い声の主を探し始めた。
辿りついたのはいつも使っている出撃ドックとは正反対にある緊急用ドック。
そしてそこに置いてあったのは、原寸の魚雷。
ハッチがついているのは当然、中に人が入るから。
かつての大戦争における遺物。
回天、と人は呼ぶ。
何でそんな年代物があったのかは分からないが、気付けば俺はその中に潜り込んでいた。
誰が押した訳でも無いのに回天は勝手に飛び出す。
そのまま外海に出てすぐ泊地は爆発した。
その衝撃で古かった回天は壊れ、俺は海中に放り出される。
身体が沈む。
畜生、もうちょい脂肪付けときゃ良かったと後悔していると、ぼやけた視界の端に白い何かが映った。
奴らか?でも身体は動かない、あっさり殺されておしまいだ。
白い何かは近付くに連れて段々とシルエットがわかるようになった。
白い、一切の生気を感じない白い腕が二本。
ああ成程、定番の幽霊か。
深海に引き摺り込むんだな、いやそれじゃ奴らと同じだ。
芸がねぇ。
白い手は俺の右手を掴む。引き摺り込むにしては妙なところを持つと思った。
沈められはしなかった。むしろ俺は引き上げられていく。
「あの人達を守ってくれてありがとう」
やけに鮮明な音声が水中に響く。
提督「あの人達?」
「あなたが艦娘と呼ぶ彼女らの事だ」
提督「ああ・・・・・・成程」
「私は、私達はかつて、あの人達の乗組員だった」
俺を導いたのは、あんた達か。
「私達のせいで、彼女らに不要な苦しみを与えてしまった」
提督「軍艦なら、戦争だったなら仕方無いだろ」
戦わなきゃ、勝たなきゃならなかったんだから。
それを言えば俺達だって自分達の為に再びあいつらを戦場へ駆り立てている。
「いいえ、あなたの下で働く彼女らは、とても幸せそうだ」
提督「・・・・・・そう見えたなら、嬉しいよ」
「あなたは生きてくれ。これからも、共に戦い、守ってやってくれ」
提督「そうするつもりさ」
・・・・・・ありがとう、さらばだ。
意識が暗くなっていく中、誰かが俺に敬礼している。
俺も敬礼を返し、そこで目を閉じた。
その後俺は大湊で目を覚ました。
きっとあの人は東北の生まれだったんだろうな。
ヒッチハイクで横須賀まで帰った俺を、みんなは敬礼で迎えてくれた。
ああ畜生、金剛お前泣いてんじゃねぇよ。俺まで泣きたくなる。
比叡の奴は加減を知らない、お前の抱きつきのせいで肋骨砕けたかと思った。
榛名は遠慮すんな。飛び込んで来い。
霧島、お前も後でちゃんと頭くしゃくしゃに撫でてやる。
ちょっと待って叢雲俺もう嫁さんいるから泣きながら告白せんといて。
ああ。
こりゃあ、生きてて良かった。
比叡「ところで提督、昇龍軒って何ですか?」
提督「叢雲の実家だけど」
比叡「え、嘘ぉ!?」
提督「マジマジ。俺着任時に挨拶行ったけどきっちりラーメンの作り方仕込まれて帰って来たもん」
比叡「いや何でラーメンの作り方仕込まれてるんですか」
提督「終戦後は入り婿になってラーメン屋継げってこったろ。金剛と会ってなけりゃそうなってたかもな」
叢雲「あら、じゃあ金剛さんと来れば?」
提督「悪いな、あいつと一緒に田舎暮らしを楽しむ予定なんだ」
叢雲「そ。なら、私が行くわ」
提督「へ?」
金剛「ベビーシッター?」
叢雲「酸素魚雷を食らわすわよ」
こういうあっさりした感じ、好きや