提督「艦娘と訓練しつつ観察する。軽巡前編」
提督「近接格闘」
提督「海上における砲雷撃戦ではあまり重要視されていなかったこの技術を俺の着任と同時に訓練に組み込んだ」
提督「理由は三つ」
提督「戦法の幅を広げる為」
提督「成程接近されてどうするのだという意見は尤もだ」
提督「しかし、艦を直接ぶつけるというのは先人らの実行した実績ある戦法だ。それを忘れてはならない」
提督「実際、人の身にしかできない戦い方は存在するだろう」
提督「艤装とは別の得物を持つ艦娘も存在するのだから」
提督「二つ目、対人戦闘の想定」
提督「これに関してはあまり口外できた話ではない」
提督「何せ深海棲艦ではなく人類に向ける為に磨くもの、体裁として堂々と言える理由ではない」
提督「ただでさえ反戦だの火事場泥棒だの、中将殿の言うところの『箸』が自分達の後ろにいるのだ」
提督「つつかれる程度痛くも痒くも無いが、刺されれば死ぬ事もある」
提督「同時に俺達が食事をするのに必要な存在でもある、が」
提督「『替えがきく』のもまた風刺染みている」
提督「中将殿は穏やかな顔をしていたがこういう事をさらりと言う人でもあった」
提督「話を戻せば、やはり対人制圧用の技術が必要になる場面を想定したものだ」
提督「力任せに殴って爆散しました、では笑えない」
提督「肩肘を極める程度の技術は修めさせる事が必要だと思う」
提督「そして三つ目」
提督「当然、観察の為だ」
阿賀野「ひゃあああああっ!?」
酒匂「ぴゃあああああっ!?」
矢矧「なんで酒匂まで驚いてるのよ」
能代「次、お願いします!」
提督「よし、来い」
阿賀野「と、飛んじゃった・・・・・・阿賀野飛んじゃったよ・・・・・・」
矢矧「まあ、柔道だしね。飛ぶわよ」
酒匂「飛ぶ・・・・・・あたしも飛ぶのかなぁ」
矢矧「その為に受身練習したんでしょ、大丈夫よ」
阿賀野「能代すっごーい!がんばれー!」
能代「む・・・・・・!」
姉の声援を背に、能代は必死に次手を思考する。
足は移動に防御に忙しなく、腕は組手を保つので精一杯。どこを取っても格上である提督相手に、能代は姉妹で二番目に健闘していた。
阿賀野型姉妹に武道や格闘の経験は無い。
全員が提督着任後の参戦で、全艦娘の中でも初心者に該当する部類だ。
周囲との練度差を能代からの希望によりこういった個別の訓練を行う事で埋めようとしているが、四人ともが目に見えて向上を見せている辺りは流石に最新鋭と呼ばれるだけある。
能代「んっ、やぁっ!!」
埒が開かない。
一旦組手を切って距離を取り、組み際の一矢を狙う。
提督は素直に手を離し仕切り直しに応じるが自分からは仕掛けない。
加賀にはよく「後の先気取り」などと辛辣な評価を食らうが返し技においては施設で一番の名手だった。
能代が仕掛ける。
軽快な挙動から弾き出される刈足。
阿賀野型一の勤勉が誇るキレのある大内刈りは、果たして提督の足を刈るには至らず円の軌道に空を切る。
読み合いで上を行かれた事を悔やむ暇もなく無防備な掛け終わりの刈足が着地する事なく前へ引き出され、
能代「くっ・・・・・・!」
そのまま体勢を崩し、受身。
提督が出したのは引きの小内刈り。
前進してくる相手の出足をコンパクトにかわして掛けられる、足技の中でも一本を狙いやすい技だ。
パワーよりタイミングの重視される、艤装が無ければ基本的には普通の女性と変わらない艦娘には難易度の低い技だった。
能代は先程内股で一回転を味わった阿賀野とは別の衝撃を噛み締めながら「ありがとうございました」と頭を下げた。
矢矧「なかなかね・・・・・・艤装、起動しちゃ駄目?」
能代「投げられる時に痛いだけよ、次行ってらっしゃい」
矢矧「了解。矢矧、お願いします!」
基本的に提督からはあまり仕掛けない。
元々受け型だからというのもあるがメインは艦娘なのだ、やりたい事を出来るように受けてやる方を重視している。
しかし矢矧は逆を希望している。
熾烈な攻撃の応酬に価値を求める練習を彼女は望む。
実際そのスタイルは性分に合っているようで生き生きと攻めてくる。
失敗を恐れず技を繰り出す事もまた強さだ、事実手数なら姉妹一である。
だがそんな彼女でも提督の牙城は崩せない。
引手を素早く二度振り回した後、飛び込むように背負投げへ。
相手の股下に入る低い姿勢ながら両膝を突く事で安定は確保した。
提督はそれを跳ねるように横へかわす。
そのまま後ろへ引き摺るように矢矧を転がし寝技へ移行。
押し潰すかのごとくのしかかろうとする提督から逃れ逆に上へ着いた矢矧は伏した提督の側頭付近に膝を置き、もう片方の足を提督の脇下から胸へ深く突っ込み、そのまま後ろへ転がる事で提督を引っ繰り返す。
両脚で相手の腕一本と首を固めた、三角絞めだ。
そこから更に固め技に移行する三角返しではなく頚動脈圧迫によって気絶を狙う三角絞めに加えもう片方の腕をアームロック、腕を絡ませ行う関節技で極める。
艤装はなくともやはり艦娘、このような複合の技でさえすぐに物にしてしまうのは才能か。
提督は極められたのを確認すると極まりのキツいアームロックを解きにかかる。
力ずくで逆方向に腕を捻って拘束を解けば首を固める脚を掴んで緩め、首と腕を引き抜く。
その後は逆襲だ、即座に反転し矢矧を抑えにかかる。
横転で回避しようとするが柔道着の裾を踏む提督の膝により失敗。無防備な姿を晒したのを見逃さず提督は各所を制圧していく。
首の下から手を回し逆の襟を掴み、もう片方は足の動きを制限する為に太腿付近を掴み突っ張る。
顎は横から鳩尾に乗せ胴体を抑えれば、横四方固めが極まった。
一見抑える面積の少ないこの固め技だが見た目以上に極まりやすく多用する選手も多いポピュラーな技だ。
矢矧「~~~~~っ!」
手足をばたつかせるのではなくあくまで冷静に両手で提督の肩を押しやる事で密着されている不利を打破しようとする。
メリットは二つ、離れる事で相手の拘束を弱めるのと足を使った反撃が可能になるという点。
提督が押し離されるのと同時、太腿を掴む手をもう片方の足で蹴り外し起き上がりながら首にかかった手を外す。
距離を取っての仕切り直し、ではない。
距離を取るのは攻撃の為。
体勢が整っている訳ではない、ないが彼女は畳を蹴り跳躍する。
一瞬でも早く動いてアドバンテージを取らなければならない。
一瞬でも超えなければこの人には勝てない。
この人に勝つには。
この人を倒すなら。
目の前のこれを、沈めるには?
同じく体勢の整っていない自分を目掛け獣の如く殺到する矢矧に対し提督は、
『その顔を掴み畳へ叩き落とした』。
むぶっ、とくぐもった呻き声。突然の柔道逸脱で途絶える声援。
そして何事も無かったかのように立ち上がる提督。
矢矧「いたぁ・・・・・・なんなのよ提督、柔道でしょう?」
提督「悪かった。だが熱くなりすぎだ、目がギラついていたぞ」
矢矧「え?そう?」
きょとんとした顔で強打した鼻をさすりながらも矢矧はきちんと座礼を済ませてから下がる。
次に進み出てきたのは、酒匂。
始まる前から酷く怯えた様子で、しかしそれでも意を決した表情で提督の前に立ちはだかる。
覚えがいい訳でも身体能力に秀でている訳でもない彼女の強みは一つ一つの技を思い切ってかけられる事だ。
身体が小さいので全体重を使って技の威力を増しているのだが、それを素質と呼べるくらいに彼女は巧みに身体を使う。
一分後。
酒匂もまた長姉と同じく内股で空中を飛んだ。
素質はあるが、現状での戦闘能力はやはりお察し、と言ったところだ。
ぴゃああああああ、と響き渡る断末魔がその日の個別訓練の終わりを告げる。
阿賀野型編 終了。
同時刻、第一グラウンド。
大淀「・・・・・・ええと、まず何から聞けばいいんでしょう」
球磨「何も聞かずに走るクマ。ただし集中しすぎるのは駄目クマ、自分が今どこの筋肉使ってんのか意識すればそれだけで効果アップだクマ」
多摩「日々を漫然と過ごすべからず、にゃ」
夕張「いい言葉ね・・・・・・これが余り組の、しかも四人だけのランニングでなければ」
球磨「球磨は余りじゃないクマ、多摩もいるクマ。なー多摩」
多摩「球磨型は五人だから雷巡になった三人がいなくなれば余りは二人のこっちにゃ」
球磨「・・・・・・」
大淀「・・・・・・私や夕張さんは元々姉妹艦いませんから余りとかじゃないです」
夕張「・・・・・・軽巡全体で見れば単艦の私たちは余りだよ」
大淀「・・・・・・」
球磨「・・・・・・声出して行くクマーっ!!」
大淀「おーっ!」
夕張「足が遅いからランニングとかもう絶対言わせないんだからーっ!!」
多摩「言ったのは夕張にゃ」
余り組編 ・・・・・・続行?
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