榛名「戦艦榛名はくじけない。」
泊地撤退から一週間ともう少し後の話。
提督「はい塩セット出来上がり。叢雲よろしく」
叢雲「三番ね?行ってくるわ」
霧島「注文入ります。味噌セット一つ!」
提督「了解、って中将なのにこんなとこで何やってんのあの人」
金剛「バーニングゥゥ、ラァァァァブ!!」
比叡「お姉様ダイナミック過ぎません!?チャーハン有り得ない高さまで上がりましたけど!」
榛名「餃子上がりました!そのまま行ってきます!」
提督「ん、よろしく」
お皿に盛った餃子をそのまま手に乗せ厨房を飛び出す。
この店におけるお昼は一日で一番忙しい、かきいれるまでもなく入ってくる素敵で過激な時間だ。
ラーメン屋、昇龍軒。
私たちは今、叢雲ちゃんの実家でアルバイトに勤しんでいる。
泊地撤退から一週間。提督が大本営からお戻りになった直後の事。
提督『あー、聞こえてるかお前ら。俺だ』
仮設宿舎内に提督の放送が谺する。
この宿舎に入ってからと言うもの、演習や訓練はすれど一切出撃をしていない。
日々を持て余すみんなはすぐに反応した。
提督『さっき中将殿んとこに呼び出されて行ってきたんだけどさ、サイド付きのデカいバイクで。大本営に』
よく拘束されませんでしたね、と呆れたように高雄さん。
遊戯室にいた他の子も全くだ、と頷いている。
あのバイク、かっこいいのに。
だめなのかな。
この後聞いてみたところ、『守衛さんに若干アレな顔された』そうだ。
提督『どうやら俺ら、休暇をもらえるらしいぞ』
本題に直結した。
みんな一斉に休暇という言葉に反応するも、そこまで喜ばしい顔には見えなかった。
休暇と言うならこの一週間がほとんど休みみたいなものだったのに、今半端な休暇をもらったところで仕方無い。
そういうお話だ。
ただ、半端どころのお話ではなかった。
提督『一ヶ月』
ずべしゃあ。
木曾がこけた。
他の子たちも一瞬静止した後、「はぁぁぁぁ!?」と声を揃える。
提督『俺たちはどうやら九州に新設される基地へまるごと配属になるらしい。そこらへんのごちゃごちゃのせいで一ヶ月も空きができたんだとさ』
なるほどなるほど。
わたしはそれで納得できたのだが高雄さん率いる常識派の面々は遊戯室を飛び出し、愛宕さんは手札を投げてトランプをまとめながら予定を組み始める。
深雪ちゃんと白雪ちゃんはレースゲームで談判どころではなく、そもそも九州出身らしい二人はそこまで気にしていないようだ。
家が近くなってよかった、くらいは考えているのかも知れない。
わたし?
わたしは、提督についていくだけだから。
榛名はどこでも大丈夫です!
提督「俺?叢雲んちにバイト行くけど」
榛名「お供しますね!」
回想終了。
そういう訳でわたしは今、叢雲ちゃんの実家、昇龍軒で提督たちと一緒に尊い労働に勤しんでいるのだ。
期間は一週間。
ラーメン巡りの旅に出かけてしまわれたお父様とお母様が戻ってくるまでの代打である。
昇龍軒の味を学んだ提督と一人娘の叢雲ちゃん、その補佐としてわたしたちがついてきたのだが、一番忙しい時は厨房から自分で運ぶ、なんて事がざらにある事を鑑みれば元々二人でお店を回すのは無茶だったのかも知れない。
元々引き受けたのは叢雲ちゃんらしいし、お休みをあげたかったのかも。
ただでさえ命懸けの日々を送って心配させているであろう両親に対する謝罪と親孝行。
美しいですね。泣いちゃいます。
叢雲「お父さんが婿を諦めてないだけよ」
比叡「が?」
霧島「も、じゃなくて?」
叢雲「・・・・・・」
洗い物をしていた叢雲ちゃんがおもむろに泡だらけの手を振るった。
比叡姉様と偶然眼鏡を外していた霧島の目に泡が飛び二人は悶絶した。
わたしのところには飛んでいないので大丈夫です!
でもその命中精度は脅威です!
閉店後。
お店の裏手と二階にある住居スペースを借りてわたしたちは寝泊りしている。
元々三人暮らしの空間、元来の住人である叢雲ちゃんを除いても五人の大所帯が過ごすにはやっぱり少し手狭だ。
でも、これはこれで楽しいんですよね。
金剛、榛名「「せーのっ、お背中流しに来」」
提督「もう上がるぞ俺」
叢雲「比叡、ズボン洗濯したから明日はスカートね」
比叡「へ?うっわすごいフリフリで超可愛い系・・・・・・」
叢雲「私のよ」
比叡「・・・・・・へ?」
霧島「はぁ・・・・・・やっぱり畳ね・・・・・・」
叢雲「アンタベッド派でしょ」
寝室はそれぞれ、金剛お姉様と比叡姉様がご両親の寝室。わたしと霧島が二階居間。叢雲ちゃんが二階自室。
空間的に限界だったので提督は一人一階の応接間で寝る事になったんだけど、朝になるとなぜかみんな応接間で寝ている。
最初に降りたのはわたしだった。
持って来た毛布にくるまり、提督にぴったりくっついて眠る。
それはもう熟睡した。この後滅茶苦茶ぐっすりした。
なぜか、朝になると叢雲ちゃんを抱き締めてたけど。
提督は逆サイドで寝ている金剛お姉様と向かい合って、比叡姉様と霧島は抱き合って寝ていた。
提督がこちらに向いていれば、叢雲ちゃんとわたしと提督で親子の眠りを演出できたのに・・・・・・。
背中にくっついたのが間違いでした。
策士策に溺れても、榛名は大丈夫です!
ここ昇龍軒は地元ではそれなりに知られたお店だそうです。確かにいろんなお客さんが来ます。
「だめだな、このラーメンは出来損ないだ。とても食えたもんじゃない」
叢雲「じゃあ帰れば?」
「ついてくるといい、本物のラーメンをご馳走するよ」
叢雲「帰れば?」
「・・・・・・」
叢雲「とっとと帰れ」
「酷いや叢雲ちゃん・・・・・・もうちょっと構ってくれたって・・・・・・」
叢雲ちゃんはそんなお客さんの扱いがとても上手です。
「よう叢雲ちゃん!調子はどうだい」
叢雲「まあまあってところね。おじさんとこの若いの連れて来てくれれば丁度いいんじゃない」
「ははは、全く変わらないなぁ。・・・・・・艦娘になると聞いた時はえらく心配したもんだが、立派になって」
叢雲「だからって適性検査やった病院を脅すのはやりすぎよ、全く」
「娘同然の叢雲ちゃんだぜ?艦娘になって元の名前が呼べなくなるのが寂しかったのさ」
叢雲「存在に艤装名が上書きされるしね。もうしばらく、元の名前じゃ呼べないわよ」
「いやぁ残念だ・・・・・・早く戦いが、終わればいいな」
叢雲「そんな事より聞いてるわよ、組でまた出世するんでしょ?」
「おいおい、そりゃ秘密の話だぜ。誰が言ってた?」
叢雲「教えて欲しければ今後ともご贔屓にね」
同時に、アイドルでもある。
比叡「昨日のボクシング見ました?タイトルマッチで開幕ワンパンKOって痺れますよねぇ!」
霧島「ふむ、データからするにこの馬は怪しいですね。一番人気でもあっさり負けそうな気もします」
ただ、二人もだんだんとそちらの世界の住人になっているのはちょっと大丈夫じゃないかも知れない。
こうしてラーメン屋の一週間が終わった。
帰って来たご両親と提督がお話されている間、わたしたちは並んで最後の昇龍軒ラーメンをすする。
叢雲「休暇終わり一週間前には入居でしょ?だから、私はもう少しここにいるわ」
比叡「あれ、てっきりこれからも一緒に来るのかと」
叢雲「これから、って。私が行ったって仕方無いもの」
霧島「そう言えば、次は何処へ行くのか結局聞いてませんね。お姉様は何かご存知で?」
金剛「・・・・・・む?」
比叡「ラーメンに夢中で聞いていなかった、との事です」
叢雲「アンタたちねぇ・・・・・・ホントに聞いてないの?自分たちの実家だってのに」
比叡、榛名、霧島「「ぴたっ」」
叢雲「なんで口で言ったのよ」
・・・・・・これは、大丈夫ではありません。
とても、大丈夫ではないです。
金剛お姉様もレンゲですくったスープを口元へ運ぶ途中でフリーズしている。
・・・・・・マジで?
まさか、こんな形で。
三人で飛び出した実家へ戻る事になるとは。
榛名、今から汗ダラダラの戦々恐々です。
金剛型四姉妹。
まだオリジナルが主戦力で偏りをなるべく避けなければならない戦況の中にありながら俺の下へ集った彼女たち。
彼女たちもまた、自身の艦魂に翻弄されてきた。
「ようこそいらっしゃいました」
俺を迎えたのは老婦人。
腰のぴんと伸びた、優雅な女性であった。
艤装名「比叡」、「榛名」、「霧島」の育て親であり祖母。
同時に、三人の恐怖の対象である。
だからって震えるこたないだろうに。
映画で見るような平屋一階建ての豪邸。
通されたのは一部屋20畳はある和間の障子を外し連結した縦長の客間だ。
40畳の最奥、部屋の中心に棒を通すかのように置かれた長机の遥か向こうに鎮座する金髪碧眼の紳士。
年齢を感じさせない筋骨隆々の風格と調和する穏やかな雰囲気を持つ男性。
艤装名「金剛」の育て親であり叔父。
金剛は言葉無く、深々と腰を折った。
彼もまた言葉無く席を立ち、上座から見て左側に再座する。
屋敷の主である彼女もまた言葉無くその反対、右側に正座した。
俺の背後に立ちすくんでいた四人もまた、二人ずつそれぞれ左右に分かれて行く。
左側には金剛、比叡が。
右側には榛名、霧島が。
それぞれが何かを決心したかのような、緊張感の張り詰めた面持ちで最後の着席者を待つ。
俺は左側を周り、あえて焦らすかのようにゆっくりと歩を進める。
そして空座となった最奥へ。
左右の二方へ頭を下げ、着席する。
それから数分。
俺たちは一切話を切り出す事無く、その時を待つ。
四人は英国で生まれた。
日本人の父親、英国人の母親と日本人の母親の三人の親を持って。
英国の血を継いだのが金剛と比叡。
日本の血ながら英国にルーツを持ったのが榛名、霧島。
世を忍ぶ、忍ばざるを得ない家庭は父親の行方不明によって呆気なく崩壊した。
捨てた訳ではない、はずだ。
仕事中の事故による行方不明と聞いている。
残された二人の母親の内、先に限界が来たのは日本人の母だ。
元々身体の強くない彼女は最愛の男を失ったショックで体調を崩しそのまま帰りを待つ事無く他界。
残された一人の母と四人の子は英国の実家へ身を寄せる。
造船業で財産を築いたその家はとても裕福で、子供達も温かく迎えられた。
それを見届けるかのように最後の肉親もまた静かに他界する。
それから数年を英国で過ごした彼女たちのもとへ届いた日本からの手紙。
最後の母が死の間際に出した手紙の返答だった。
自分の愛した男と女の故郷へ帰る為の橋渡し。
日本人の母の実家から届いたのは四人を引き取りたいといった旨の手紙だった。
四人は日本へ渡る事を決め、それを父代わりの叔父殿に打ち明けた。
彼はそれを快諾。自分の持つあらゆるものを使い四人を無事に日本へ送る事を約束した。
しかし叔父殿の子息はそれを嫌がった。
少年にとって四人の姉妹はかけがえのない家族であり、離れ離れになる事を素直に受け入れられなかったのだ。
叔父殿が息子を叱ろうとした瞬間、長女が静かに宣言した。
「わたしは日本へ行きたくない」
わたしは父母の愛したこの国を愛しており、この家を愛しており、お世話になった恩も返せていない、と。
彼女が残ると聞いて子息は無邪気に喜び、叔父殿は涙し。
そして、姉妹は頒たれた。
英国に残った長女は子息と共に成長し、次女たちは日本で三人温かに育てられ。
そして、彼女たちは艦娘となる。
永遠にも等しい数分の沈黙が、破られる時が来た。
それは突然に、あるいは見計らったかのように現れる。
掛け軸が翻り、庭の芝がめくれ、大石がひっくり返り、障子が開かれ。
歓声を上げる人々が一気に押し寄せた。
同時に席を立ち走り出す四人。
無音だった屋敷が一気に騒音の嵐に飲み込まれる。
そう、今日は年に一度行われる。
親族会議、と言う名の四人をいじる為の会である。
・・・・・・それから数分経たずして全員捕縛された。艤装無しとは言え訓練してる艦娘を捕縛するとはな。
やたら広い客間は英国と日本両方の親族全員を収める為の空間である。
親族とは名ばかりで四人に縁のある友人なども混じっている辺り本当にあんたたち何やってんだ。
金剛『あっはははははは!あなたにウルヴァリンは向いてないわね!』
比叡「ちょ、待ってそれ焼酎ロックは無理だって!」
榛名「だ、大丈夫じゃ、ないです・・・・・・」
霧島「ひえぇ・・・・・・」
会議開始から数時間後。
四人とも満身創痍、大破寸前だった。
酒を飲まされ近況を根掘り葉掘り聞かれ、年に一度だからともみくちゃにされた。
ぶっ飛んだ金剛、なまじ強いばかりにいじられ続ける比叡、グロッキーの榛名、なんか大事なものが落ちた霧島。
まさに地獄絵図。流石に同情する。
大宴会と化した場の隅で誰かの持ち込んだオレンジジュースをこっそり占有しつつ俺は被害から逃れている。
感想を一つ言うなら、英国人の宴会芸はんぱねぇ。
飛んできたコップを回避して席を立つ。
こりゃ、収拾がつかねぇや。
そんな訳で今回はここらで切っとこう。
「どちらへ」
『行かれるのかな?』
・・・・・・。
俺の全力ダッシュでは一分も逃げられなかった。
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