時雨「あの日と今」
うちの時雨が改二になったので。
――あの日、自分は『勝ちたい』と。そう、強く願った。味方と離れ離れになる中、自分だけでも戦わなければならない、そう思っていた。勝利の為なら、敵と刺し違えても構わないと。
しかし、敗けてしまった。自分だけ、生き残ってしまった。こうなるのなら、いっそ死んだ方がマシだと思えるような、虚脱感が身体を支配した。姉妹も、仲の良い友もいない。自分がここにいる意味はあるのだろうか?
知らぬ間に、攻撃を喰らったようだ。護衛の途中、何処かからの雷撃で被雷したらしい。やっと、自分も皆の元へ……。
・・・
次に目が覚めたとき、自分……いや、僕は何処か見覚えのある雰囲気の場所にいた。
「あっ、建造終わりましたね。初めまして、明石と申します」
目の前の女性に声を掛けられる。
「ど、どうも……」
驚く。自分から声が。しかも、普段から聴く野太い男の声ではなく、華奢な女の声。
「身体の調子はどうですか?どこか不調がある箇所などは……」
言われて、僕は自分の身体を確認する。驚いたことに、僕の身体は人間になっていた。
「……うん、大丈夫だよ」
「そうですか、良かったです!」
その女性はニッコリと笑う。
「それでは早速なのですが……前世の記憶はございますか?」
前世。そう言われて、自分の、或いは『自分』の記憶が頭にボンヤリと浮かぶ。同時に、僕のいる場所がドックだと気づく。
「……うん、まあまあ覚えてる」
「なるほど、問題無しですね。それでは、今あなたが置かれている状況を説明させて頂きます!この世界は……」
・・・
「なるほどね、つまり僕は艦娘として世界を守るために戦えばいいと。合ってる?」
「そうなりますね。どうでしょう、協力してくださいませんか?」
新たに与えられた2度目の人生。いや、艦生か。どちらでもいいが、それを自分の思い通りに過ごせると言うのなら……。
「いいよ、僕なんかで良ければ使ってほしいな」
あの日、護れなかった仲間たちを……。
・・・
明石さんから鎮守府についての説明を受け、いよいよ提督との対面。
「提督ー、新しい娘の着任ですよー」
「お、来たか。いいぞ、入ってくれ」
「はーいっ!」
明石さんが、執務室の扉を開ける。
「それじゃあ、自己紹介をしようか。俺はここの提督を担当している者だ。俺には別に敬語を使わなくてもいいぞ」
「僕は白露型駆逐艦、『時雨』。これからよろしくね」
「お、白露型か。既にもう1人白露型の艦娘がいるんだが……」
僕の姉妹が?誰だろう……。
「提督さん、失礼するっぽい!」
「丁度来たな。入ってくれ」
部屋に入ってきたのは、僕と同じような服装をした少女。
「あれ、新顔っぽい?」
「おう。時雨、こいつは夕立だ。仲良くしてやってくれ」
夕立か。僕の同型艦、四番艦だっけ?
「時雨、時雨……時雨!?久しぶりっぽい!」
夕立は、そう言って抱きついてくる。
「君は……夕立なのかい?」
「ぽい!これからよろしくっぽい!」
この鎮守府でなら、上手くやっていけそうだ。そう感じる1日だった。
・・・
「……明石、少し話が」
「はい、あのことですね。一応気をつけておきます」
「……任せた。時雨には辛い思いをさせてしまうかもしれないが……」
・・・
「提督、ちょっといいかな?」
「時雨か。どうした?」
この鎮守府に来て数日が経った。ここでの生活には慣れ、少しずつだが練度も上がり始めた。
「聞きたいことが、あるんだけど……」
「なんだ?」
そこで、この鎮守府の問題点が見えてきた。
「戦艦、どこ?」
「……いない」
やはり。ここまで生活して、球磨型を筆頭とする軽巡や高雄型率いる重巡、鳳翔さんのお店に集まる空母はちらほらと見かけた。しかし、戦艦だけは、どこにもいないのだ。
「なんでだい?その内、僕らの火力じゃ敵わない敵だって出てくる筈だよ」
「……資材がな」
「あっ……(察し)」
・・・
「時雨ー、提督さんからお呼び出しっぽい!」
「提督から?なんだろう……」
夕立に言われるがまま、執務室へと移動する。
「提督、来たよ。僕に何か用?」
「お、来たな。先ずは、練度20到達おめでとう」
先の出撃で、僕の練度は20になった。が、それがなんだと言うのか。
「さて、ここからが本題だ。そろそろ時雨を大規模改装、もとい改造したいと思うんだが……」
「改造……?」
・・・
「これは……」
今までとは大きく違う。外見にこそ大きな変化はないものの、能力の向上が一目瞭然だ。
「どうだ、時雨」
「すごいよ、これ……。力が湧き出てくる」
「なら良かった。これからもよろしくな、時雨」
提督が手を差し出してくるので。
「……うん、よろしくね!」
遠慮なくその手を握り返してあげた。
・・・
「……何?」
「だから、夕立が熱を出したんだ。今明石さんに見てもらってるけど、恐らくインフルエンザだと……」
「そうか……止むを得ん。時雨、夕立の代わりに演習に出てくれ」
僕が、夕立の代わりに。
「……いいよ、提督の頼みだからね」
・・・
初めての演習は、夕立の代わりに水雷戦隊に。
「えーと、時雨ちゃんですね!よろしく、私は雪風です!」
雪風。彼女とは『呉の雪風、佐世保の時雨』と称されるように、幸運艦としての繋がりがある。
「よろしく、今日の戦術は?」
「演習相手の、戦艦から沈めていくような感じです!」
まあまあ適当。だが、その適当さが時には核心をつくこともある。
「分かった。じゃあ、他の皆とも話してくるよ」
・・・
「さあて、演習開始!相手は他所の鎮守府から、戦艦1、重巡2、軽巡2、潜水1よ!」
旗艦の川内から、情報が伝達される。
「じゃあ、各自配置について!」
「「「「「了解!」」」」」
・・・
「あ……」
見つけた敵戦艦は。
「おっ、敵発見です!比叡……気合い!入れて!行きますっ!!」
『比叡』と名乗り、早速砲撃を仕掛けてきた。
「時雨、雪風!避けて!」
川内からの指示に従い、回避行動をとろうとするも。
「ダメです、間に合いません!」
砲弾が、すぐそこまで迫っていた。
「……ん?」
着弾は、僕の直ぐ横に。
「あれっ、おかしいな……」
比叡も困惑している。チャンスだ。
「雪風、行くよ!」
「は、はい!」
すかさず雷撃を打ち込み、比叡に被雷させる。
「ぐっ……!機関室、全滅……!?」
「……っ」
何故だろう。今、刹那に胸が痛くなった。
「はあ、もう動けない……いいですよ、私は戦闘不能です。HP1になるまで攻撃してください」
雪風も、どこか複雑な表情をしている。
「じゃあ、悪いけどそうさせてもらうね」
川内が、遠慮なく砲撃を打ち込む。
「いた、いたた……もう、なんでそんなにクリティカルばっかり……」
結局、その痛みの正体は分からずじまいだった。
・・・
「しれぇ、時雨ちゃんが……」
「時雨がどうした?」
「やっぱり、アレは辛いみたいでしたよ」
「やはり、か……。だからあの演習には出させたくなかったんだがな」
「二人のこと、いつまで時雨ちゃんに隠しておくんですか?」
「……そうだな、時雨が落ち着いたらおいおい話すことにするよ」
「……分かりました」
・・・
あの演習から数日。身体にはなんの異常もなく、僕はいつもの様にトレーニングに励んでいた。
「……おや、珍しいな。先客がいたか」
その声に振り向くと、そこには提督が。
「そっちこそ珍しいね。この1週間、毎日来てるけど、人が来るなんて初めてだよ」
……と、そこで自分の格好に気がつく。スポーツブラの上に、白の薄いTシャツ1枚のみ。汗で張り付き、ブラの形が浮き出ている。とてもはしたない格好をしていることを理解し、顔が熱くなる。
「さて、どの器具を使うか……。やはりランニングマシンか?いや、ここは久しぶりに……」
しかし、あちらは気にしていないようだ。何故だか分からないが、少しイラッとした。
「……提督も、ここにはよく来るのかい?」
「偶に、だな。2週間に1回、大体6時間くらいの間運動をするぞ」
「そう……提督、ちゃんとストレッチはしたかい?」
イラッとした。イラッとしたので。
「いや、今からする所だが……」
「……じゃあ、僕が手伝ってあげるよ」
少しだけ、仕返しをしてやることにした。
・・・
「先ずはラジオ体操から。ちゃんと覚えてる?」
「いや、適当にやってた」
「それじゃダメだよ。今から僕がやるから、鏡写しで真似てみてね」
「おう」
最近、必死になって覚えたラジオ体操。身体の緊張をほぐすのに適切な運動をこなしているので、身体を動かす前には絶対にするようにしている。
「いち、に、さん、し……」
「に、に、さん、し……」
提督は、ちゃんと僕の真似をしようとこちらをまじまじと見ている。
「いち、に、さん、し……」
「に、に、さん、し……」
ここで先ず1つ目の攻撃。
「……そんなにジロジロと見ないでほしいな。恥ずかしい」
「えっ!?そ、そんなことは……」
「……えっち」
「なっ……!」
言いがかりをつけ、罪悪感を感じさせる。
・・・
「じゃ、次のストレッチだ。長座体前屈をしよう」
「マジか……。俺身体硬いからな……」
「ほらほら、ものは試しさ。いいからやってみてよ」
「分かった……。ほっ……!」
本当に硬い。これは、後ろから押してあげるしかないはずだ。
「……えいっ!」
「ぉうっ!?」
攻撃その2。背中を押すという名目で、胸を押し付ける。
「し、時雨……。そ、その」
「ん?どうしたんだい?」
慌てふためく提督に、『勝った』という確信を得る。
「……い、いや。なんでもない」
「本当に?僕に至らないところでもあった?」
「いや、至りすぎてるというかなんというか……」
相当意識している。僕の攻撃はよっぽど効いたみたいだ。
「ふふっ、それじゃあストレッチはここで終了だよ。提督も、一緒に頑張ろうね」
「おう……って、時雨はまだ続けるのか?」
「うん、提督が終わるまでは続けるつもりだよ」
「そ、そうか……」
・・・
「時に時雨、戦艦のことなんだが……」
ランニングマシンで走りながら、提督が話しかけてくる。
「戦艦がどうしたんだい?」
「いや、もし戦艦がここに来るとしたら……。誰がいいかと思ってな」
戦艦……。そのワードを聞いて真っ先に思い浮かんだのは、あの2隻。あの姉妹がいてくれるのなら、これほど心強い味方はいないだろう。
「……扶桑と、山城」
「!」
提督が動揺するのが見て取れる。
「……そうか、分かった」
提督は、複雑な表情でそう言った。
・・・
「……よっし、今日はこれくらいにしておくか」
「お疲れ様、提督。僕ももうヘトヘトだよ」
その日は、いつもの2倍ほど。日が暮れるまでトレーニングを続けた。
「そうだ、時雨。一緒に飯、どうだ?」
「ご飯?いいけど、シャワー浴びてからだね。覗いたりしないでね」
「分かってるさ。ほら、行ってこい」
・・・
「時雨、今日は上機嫌っぽい!何かあったっぽい?」
シャワーを浴びに部屋へ戻ると、夕立にそんなことを言われた。
「そうかい?別にそんなことはないと思うよ」
「むー……嘘の匂いがするっぽい」
犬か。
「ちょっとシャワー借りるね」
「了解っぽい……なんか怪しい」
・・・
「提督、お待たせ。ちょっと時間がかかっちゃったね」
「いや、別にいいさ。それじゃ、早速行くか」
「うん!」
ところで、さっきからチラチラと視界に入る夕立は何がしたいのだろうか。
「ん、どうした?」
「いや、なんでもないよ。ほら、行こう!」
・・・
食堂。艦娘はよくここにいるが、提督がここにいるのは見たことがない。
「食堂か、来るのは久しぶりだな」
「……提督は、普段は何を食べているんだい?」
「ん、俺の飯?コンビニ弁当だが……」
なんて不健康な。
「食堂の飯は美味いんだが、まあまあ値段が張るだろ?だから、ついつい安いビニ弁をな……」
「あれ、そんなに高い?」
無駄遣いをしなければ、1ヶ月に払うのは月給の半分くらいのはずだけど……。
「艦娘と提督では給料が違うんだ、そうだな……大体、お前らの2分の1ってところだ」
なるほど、毎日食堂で食べていたらいつまで経ってもお金が貯まらないのか。
「……そうだ、僕が作ってあげるよ」
「え?」
「お昼だけだけど、お弁当を作ってあげるのさ!」
「でも……いいのか?」
「僕がそうしたいんだ」
キッパリと告げると、提督はしばし悩み。
「……分かった、お言葉に甘えよう。ありがとう、時雨」
折れてくれたようだ。
「明日から、楽しみにしててね!」
・・・
さて、次は……。
「夕立、いつまで隠れているんだい?」
「ぽいっ!?」
手に着けていた輪ゴムを、食堂の入口に向けて飛ばす。
「あうっ」
「はあ……食事中にチラチラと嗅ぎ回られると、あまりいい気はしないな」
「し、時雨……。ごめんっぽい……」
「それで、どうしてコソコソしていたんだい?」
「それは……」
・・・
「なるほどな、時雨の機嫌が良い理由を探っていたと」
「ぽい」
僕、そんなに機嫌良さそうに見えたのかな……?
「もう原因は分かったから、これ以上の追及はよしておくっぽい。夕立、空気の読める女っぽい」
「……?」
「空気が読めないのは、提督さんっぽい!」
「何……!?」
二人がそんな漫才じみたやり取りをしているうちに。
「お勘定を。あ、はい。あそこの二人と、合わせて三人分」
こっそりと、全員分の支払いを済ませておいた。
・・・
「提督、約束のお弁当だよ」
「お、本当に作ってきてくれたのか。ありがとな」
提督は、そう言って微笑んでくる。その顔を見ると、どこか安心できる。
「じゃあ、また後で。感想聞かせてね」
「おう」
・・・
部屋から出ると。
「あれ?時雨、何してるっぽい?」
「昨日話してたお弁当だよ。夕立こそ、こんな早くに起きてるだなんて珍しいじゃないか。どうしたの?」
「……ちょっと、提督さんに用があるっぽい」
「ふーん……。じゃ、僕はもう行くね」
「ぽい!」
・・・
「提督さん、ご用事はなあに?」
「こんな朝早くにすまないな、夕立。用事というのは、時雨のことに関してなんだが……」
・・・
「ああ、もうあれをするっぽい?」
「早い方がいいだろう。お前には、雪風の時にも世話になったしな」
「今回は、雪風ちゃんにも手伝ってもらうっぽい?」
「ああ、協力者は多い方がいい」
「了解!……はあ、気が進まないっぽい……」
・・・
いつものように、トレーニングルームで運動していると。
『えー、提督から時雨へ。白露型駆逐艦時雨、至急執務室へ来るように。繰り返す……』
「……?」
僕にお呼び出しみたいだ。一体なんの用だろう……?
・・・
「白露型駆逐艦時雨、来ました」
「おう、入ってくれ」
言われて執務室に入ると、見たことのない顔が2つ。
「……時雨、お前に大事な話がある。この2人は……この度着任することになった、扶桑と山城だ」
世界が凍りつく。もう一度二人の顔を見ると、その瞬間にあの光景が……。
「……う」
「……」
「うあああああああああああああああああああああああああああああっ!」
「……扶桑、山城。取り押さえろ」
「はい……」
・・・
次に気がつくと、僕は自室で横たわっていた。
「時雨、起きたっぽい?」
「ゆ、夕立……」
・・・
どうやら、僕は扶桑と山城を見てパニック状態になったらしい。
「会いたかった、筈なのに……」
会いたかった。今度こそ、護りたかった。
「僕は……」
『逃げた』、『卑怯者』、『非国民』。あそこから帰った自分に投げかけられた言葉だ。もし、彼女等が自分のことをそう思っていたら……。
「……時雨、これだけは忘れないでいてほしいっぽい」
「……?」
「時雨は逃げたんじゃなくて、生き延びた。それは、皆分かってるっぽい」
……。
「夕立は先に沈んだから残された側の気持ちは分からないけど、少なくとも誰も恨んだりはしてないっぽい」
夕立……。
「提督さんから、時雨はしばらく出撃無しとの伝言を預かってるっぽい。私は遠征で出るけど、時雨は安静にすること!」
待って、1人にしないで。心ではそう思っていても、口は動かない。結局、夕立は部屋から出ていってしまった。
・・・
「夕立、時雨の様子は……」
「かなり危険っぽい。やっぱり、だいぶトラウマっぽい」
「そうか……」
「遠征に行くから、後のことは提督さんにお任せっぽい」
「任せとけ、時雨は絶対に……」
・・・
「時雨ちゃん、いますかー?」
ノックの音と共に、雪風の声。
「……いるよ、何か用かい?」
「少し、お話があるんです」
・・・
「時雨ちゃんも、私とおんなじです」
同じ……?
「皆が沈む。自分だけが生き残る。帰ったところで『死神』呼ばわり」
……。
「辛いですよね、望んだ訳でもないのに」
「……うん」
「……実は、私も時雨ちゃんと同じように悩んだ時期があったんです」
「……」
「自分が、直に沈む瞬間を見た艦船。そんな船が、一気にこの鎮守府に来たんですよ」
「それは……さぞかし辛いだろうね」
「はい、とっても。見えない殺意に押し潰されそうでした」
見えない殺意……。
「……でも、そんなことなかったんです」
「?」
「皆、私を恨んでるなんてことはなかった」
……。
「怖いですよね、思い込みって。勝手に恨まれてると思い込んで、勝手に潰されようとして。今となってはバカみたいです」
「……」
「だから時雨ちゃん、勇気を出して。扶桑さんも山城さんも、時雨ちゃんが心配だったに違いありませんから。腹を割って話し合えば、絶対に自分の考えは間違っていたと分かるはずです」
「……ありがとう、雪風。僕、やってみるよ」
「はい!頑張ってくださいね、時雨ちゃん!」
・・・
食堂に移動すると、扶桑と山城が。声をかけようと……。
「……!」
声が出ない。ならば、少しでも近づいて……。
「……っ」
足が竦んで動かない。ああ、二人が行ってしまう。追いかけなければ。追いかけて、話さなければ……。
「……ぁ」
結局、二人は遠ざかっていってしまった。
・・・
「提督……」
あの後、僕は何となく執務室に来ていた。
「……時雨。どうした?」
優しい声。心から僕を心配してくれている、そう声色から伺える。
「……僕、やっぱりダメなんだ」
「……ダメ、とは?」
口が自然と、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
「いくら扶桑達に近づきたいと思っても、身体がそれを許さない。二人は僕を恨んでなんかいないって分かってても、心のどこかで疑っているんだ」
「……」
「……どうしよう。僕、ずっとこのまま独りなのかな」
「……そんなことない」
え……?
「少なくとも、俺は絶対にお前を独りになんてさせない」
……。
「扶桑達も、お前と仲良くなりたいと思ってる」
……!
「だから、行こう。扶桑達のところへ」
「……でも、足が動かないんだ。口も、動こうとしない。してくれない」
「……なら、俺がついて行く。これなら独りじゃないだろ?」
「……」
「大丈夫だ、いざというときには俺がなんとかしてやるから」
そう言って、微笑みかけてくる。そんな顔見せられたら、行かない訳には行かないじゃないか。
「……分かった。もう一度だけ、やってみるよ」
・・・
「……お、いたな」
提督に連れられて鎮守府を歩いていると、前に扶桑姉妹が。
「おーい、扶桑」
「あ、はい……。時雨も一緒なのね」
「う、うん……」
怖い。目が合わせられない。
「ちょっと話があるんだが、今いいか?」
「ええ、構いませんよ。山城は……」
「ついでに連れて来といてくれ」
「分かりました、後で向かうので応接室で待っていてください」
・・・
応接室で、二人を待つ。
「……緊張してるか?」
「……うん」
「はは、そりゃそうか。でも大丈夫、時雨なら何とかなるさ」
不思議と、提督に励まされると元気が出る。
「提督、失礼します」
と、二人が入ってきた。
「そこに掛けてくれ」
「は、はい」
動悸がする。やっぱりダメなのかな……?
「さて、二人を呼んだのは……他でもない時雨のことだ」
二人の視線がこっちに集まる。やめて、そんな目で見ないで。鼓動が激しくなる。
「……時雨」
と、提督が僕の手を握る。不思議なことに、それだけで僕の心はスッと澄む。
「……扶桑、山城。久しぶり」
「ええ、本当に」
扶桑は、そう言って優しく笑い掛けてくる。
「……二人は、僕のこと恨んでる?」
「……どうして?」
山城から問い返される。
「私たちが時雨を恨む理由なんて、どこにもないじゃない。恨まれるとしたら、むしろ私たちの方よね」
「な、なんで……」
すると、今度は扶桑が。
「私も山城も、先に沈んじゃったでしょ?皆を守れなくて、悔しかったの。早々に沈んで、皆迷惑してたんじゃない?」
「……そんなことないさ。あれはそもそも負け戦、本来恨まれるべきは独り逃げ延びた僕のほうなんだ」
「……私たちは、誰一人あなたのことを恨んでなんかいないわよ?寧ろ、生き延びてくれてありがとうって思ってるわ」
……!
「生き延びて、世に私たちの名前を、最期を遺してくれた。それだけで嬉しいの」
「……っ」
「ほらな、時雨。別にこいつらはお前を恨んでなんかいないんだ」
僕は……。
「……ごめんね、二人とも。僕、勘違いしてたよ」
「うふふ、いいのよ。私達こそ、へんに距離を置いてしまってごめんなさいね」
「姉様の言う通り、私達にも非がありますから。時雨が謝る必要はないのよ」
二人とも……。
「……俺はもう行く。あとは任せたぞ、二人とも」
「ええ、お任せください」
・・・
「ところで、時雨はとても大事にされているのね」
僕が大事に?
「実はね、提督ったら……」
「姉様、それは口止めを……」
「いいのよ、もう隠す必要もないでしょ?」
「……はあ、まあ姉様がそう言うのであれば」
……?
「提督ったら、時雨が前みたいに発作を起こすことを危惧して、時雨がここに慣れるまで私達と会わせないようにしていたの」
「……じゃあ、二人は……」
「ええ、貴女が着任するずっと前からここにいたわ」
山城がそう教えてくれる。
「……ちょっと、提督の所に行ってきてもいいかな?」
「あらあら、積極的なのね。良いわよ、いってらっしゃい」
・・・
「提督!」
「うぉっ!?……って、時雨か。どうだ?扶桑達とは……」
「それはおかげさまで……じゃなくて!」
……ダメだ、どうしても怒りより嬉しさが先に出てしまう。
「……僕に、嘘を吐いてたのかい?」
口ではそう言うものの、実際はとても嬉しくて。
「……あいつら、バラしやがって……。そうだ、俺は嘘吐きだ。煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
……好きにしていいんだ。
「……じゃあ」
「……」
「僕を、絶対独りにしないこと」
「!」
「どんな時も、僕の傍にいて欲しい……ダメかな?」
「……おいおい、勘弁してくれ。俺が断ると思うか?」
「じゃあ……」
「おう、嫌がったって絶対傍にいてやるよ」
「……ありがとう、提督」
・・・
その1年後、すっかり扶桑達とも打ち解けることができた僕は。
「……おめでとう、時雨。練度99、カンストだ」
「まさか、この鎮守府で1番後に来た時雨が1番最初にカンストするなんて思わなかったわ」
「姉様、次は私達の番ですから……頑張りましょう」
「これも、扶桑や山城、鎮守府の皆……そして、提督が居てくれたからだよ。僕の方こそ、ありがとう」
すると、扶桑達が。
「では、提督。上手くやってくださいね」
「……おう」
……?
「山城、行くわよ」
「はい……不幸だわ」
そうして、執務室は僕と提督の二人きりになった。
「……時雨。今から、あることの説明をする。良く聞いておくように」
「説明……?」
「……つい先日、この鎮守府にある物が届いた。送り主は大本営。その小包の中には、『ケッコンカッコカリ』と書かれた書類と指輪が1つ入っていた」
ケッコンカッコカリ……?
「どうやらケッコンカッコカリとは、練度が最大……つまり99に達した艦娘に指輪を贈ることで、パワーアップができるアイテムらしい」
練度99……ということは。
「……これがその指輪だ」
提督が引き出しから小箱を取り出す。
「……俺と、ケッコンしてくれ」
……。
「どうして僕なんだい?」
「……言ったろ?お前の傍にいるって」
それは、僕が与えた罰。罰であり、懇願。
「……それだけ?」
もっと、聞きたい言葉がある。
「……あとは」
「あとは?」
提督なら言ってくれる。そう信じている。
「……お前が好きだからだ」
「……そう、なんだ」
「……ダメか?」
不安げにこちらを見てくる提督。言ってくれたからには、応えなければ。
「……ダメな訳ない。寧ろ、僕なんかでいいの?」
「お前で……いや、お前がいいんだ」
「……なら、いいよ」
提督が、選んでくれたから。
「……」
提督が、何度も助けてくれたから。
「……」
でも、今はそんなこと関係なしに。
「喜んで、お受け致します」
唯、好きだという気持ちに素直になっていた。
・・・
――あの日、自分は『勝ちたい』と。そう、強く願った。味方と離れ離れになる中、自分だけでも戦わなければならない、そう思っていた。勝利の為なら、敵と刺し違えても構わないと。
しかし、敗けてしまった。自分だけ、生き残ってしまった。こうなるのなら、いっそ死んだ方がマシだと思えるような、虚脱感が身体を支配した。姉妹も、仲の良い友もいない。自分がここにいる意味はあるのだろうか?
知らぬ間に、攻撃を喰らったようだ。護衛の途中、何処かからの雷撃で被雷したらしい。やっと、自分も皆の元へ……。
そうして来たこの場所で、大切な人と出会った。最期に独りだった自分を、独りではないと言ってくれた。
今は、生きたい。この人の隣で。皆と一緒に。きっと、この人なら僕が言わなくてもそうさせてくれるだろう。
「おーい、時雨ー。そろそろ時間だぞー」
「あっ、うん!あとちょっとだけ待って!」
「仕方ないな……手伝ってやるから、早くするぞ」
「ごめんね、提督」
「いいってことよ。ほら、出来たぞ」
「わあ……」
「提督、そろそろお時間で……あら、時雨。似合っているわよ」
「そ、そうかな?」
「ええ、とっても」
「えへへ……」
「よし。それじゃあ……」
「行こう、提督!」
「おう!」
艦!
最上「あれ、ボクたちは?」
満潮「レイテ組を全員出すと話が纏まらなかったらしいわ」
朝雲「でもこの扱いはあんまりじゃ……」
山雲「ええっと〜、そろそろ締めないと〜」
最上「そうか、じゃあ終わろっか」
満潮「オチも無いのね……」
朝雲「……はあ、出番が少ない……」
山雲「ではでは〜、お読み頂き、ありがとうございました〜!」
艦!
やだ満潮さんメタい。比叡さんの砲弾が当たらなかったのは、もちろん運補正。
このコメントは削除されました