2020-06-20 18:51:57 更新

概要

推敲してないから出来がうんちぃ……
てかしばらく艦これできてなかったからキャラ設定が全然思い出せんズイ (ง˘ω˘)วズイ


前書き

良い子の諸君!
このSSには
・キャラ崩壊
・なろう系成分
・誤字脱字
・派手な設定矛盾など設定崩壊
・クソザコストーリー構成
・未回収の伏線
・語彙力欠如
などが含まれている可能性が高いぞ!
ちなみにその理由は推敲めんどくさくてやってないからだ!
こんなクソガキにならないようにな!
上記が無理な方はブラウザバックを推奨するぞ!
以上だ!


春。

春といえば、何を思い浮かべるだろう。

やはり、桜だろうか。

それとも、咲き誇る一面の菜の花。

出会いと別れの季節、なんてフレーズを想像する人もいる。

人によって、様々な『春』が在るだろう。

夏への期待が高まり、そして冬が明け人々が陽気に包まれるこの季節。

今までも、そしてきっとこの先も経験することがないような、奇跡と出会った。


・・・


今日は高校の卒業式だ。

親に無理を言って、地元から少し離れた海辺の学校に、寮を借りて通っていた。

「……こことも、今日でお別れか……」

たった3年ではあったが、それでも人生の中で1番と言っていい程に濃密で、そして幸せを感じた3年だった。

その拠点となっていた寮の部屋も、物がなくなれば随分と広く見える。

「そんな顔すんなって」

男が肩を叩く。

この男は同級生でルームメイト。

都合上、名前をAとしよう。

Aは、誰よりも気の利く優しい男だ。

この3年で、彼に救われた人の数はもはや両手両足を使っても数えきれない。

この場所で出来た、胸を張って親友と呼べる男なのだ。

「心配しなくても、お前とは絶対また会えるって!」

笑顔でそう言い切るA。

「連絡先だって交換してあるし、会おうと思えばいつでも会えるだろ」

苦笑しながらそう返すが、正直かなり強がっている。

濃密な時間を共に過ごしたAとは、もはや家族のようなものだ。

そんな彼と別れるとなると、やはりどこか寂しい。

「……では、お互いの健闘を祈って」

スッとAは懐から、どこから持ってきたのか缶ジュースを日本取り出した。

片方を受け取り、2人で声を揃えて。

「「乾杯!」」

たった数分、そのジュースを飲み干すまでの時間が、今までのどの思い出よりも長く感じた。


・・・


「……じゃあ」

「おう……またな」

それぞれ、別々の方向へと歩みを進める。

彼が右、俺が左。

それは、今後交えることのない未来を暗示しているようで。

少し、不安になった。

そんなタイミングで、

「……!!…………!!!」

後ろから、叫び声がする。

紛れもなくAの声だ。

何か伝え忘れでもあったのだろうか、なんて呑気なことを考えながら振り向いた。

そのときにはもう、目の前にトラックがいた。

どうして歩道に、そもそもこのあたりにトラックが入れるほどの道路は、と思考が猛スピードで回る。

Aが学校の門の中へと飛び込むのが見えた。

あそこなら避けられる。この距離では間に合わない。

回避はできない。道幅より大きいトラックが、塀ごと壊してやってきている。

ならば受けるか、いやあのサイズにあの勢いでは当たれば一溜りもない。

ならばどうする、考えろ。考えろ、考えろ。

脳が必死に働いている中、身体はその光景を受け入れられず立ち止まり。

「あ、ダメだ」

自然と、口からそんな言葉が漏れて──。


・・・


気がつくと、全体的に白い印象を受ける部屋にいた。

「……?」

身体を起こ……そうとするも、何かが刺さっていて動けば抜けてしまうであろうことを理解する。

その刺さった管の先を見ると、点滴のパック。

恐らくこの部屋は病室だ。

「……」

だんだん思い出してきた。

俺はトラックに轢かれて……。

「……生きてた、のか」

あの状況で、俺は助かった。

身体も、見た感じそこまで酷くはなさそうだ。

「……あら、起きたんですね」

その声は、部屋の入口から。

初めて聞く声だ。

だが、同時に何故か、聞き覚えのある声だとも思った。

「もう、まったく動かないから心配したんですよ?」

入ってきた女性は、怒ったようで、それでいてどこか嬉しそうな表情で。

「おかえりなさい、提督!」

そう告げた。


・・・


提督?なんの事だ?

そして……。

「あなたは……?」

そう訊くと、彼女は驚いた。

「わ、忘れてしまったのですか!?じ、事故のショックがそこまで大きいとは……」

あわあわ、という表現が相応しい動きをし、涙目になっていく女性。

落ち着いて見ると、その顔立ち、仕草、話すときの抑揚の付け方……。

何故だろう、無性に……。

「赤城……?」

Aの……正しくは、赤城のことが頭に浮かんだ。

「そ、そうです!赤城ですよ!はぁ、良かった……提督に忘れられたかと」

胸を撫で下ろす女性は、今確かに自分のことを「赤城」と呼んだ。

俺の知る赤城と、どういった関係性が……。

「3年も一緒に住んでたのに忘れられたら、もう本気で泣いちゃったかもしれません……」

「!?」


・・・


その後色々と会話の中で出てきたワードから推測するに、どうやらここは俺の元いた世界と良く似ていて、しかし違った世界のようだ。

並行世界、というやつの可能性が高い。

ここでの俺は提督と呼ばれる職業に就いていて、そこで艦娘と呼ばれる少女らを指揮していたらしい。

「……にしても」

彼女……赤城は、話せば話すほど元の赤城と同じ立ち位置の人物であることを痛感させられる。

「やはり記憶が混乱しているんでしょうかね?提督はどこからどう見ても提督ですしねー」

ジロジロと俺を眺める赤城だったが、ふと。

「もしや、あのことも覚えていないと……?」

「あのこと?」

返答すると、赤城は少しだけ意地の悪そうな笑みを浮かべたかと思えば。

「ひ、ひどい……!」

急に泣き崩れた。

「あ、赤城!?いきなりどうしたんだ!?」

もちろん俺にはどうすることもできない。

動けないし。

「……もういいです、私は帰ります。いつもの場所で待ってますからね……」

目に涙を浮かべたまま、部屋から赤城は出ていった。

「……」

なんだろう。何もしていないはずなのに、死ぬほど申し訳なくなる。

「……ん?」

部屋の外から馬鹿みたいに笑う声が聞こえる。

赤城だ。

つまり、俺は今……。

「遊ばれた……?」

そのことに気づいた途端、奴も意外と冗談が好きだったことを思い出した。

やはり、赤城は本当に赤城なのだろうか。


・・・


そして時が経ち、退院の日となった。

身体は完全に元通りとなり、思考もしっかりとまとまっている。

「ごめん母さん、わざわざ……」

「いいのよ、このくらい。退院おめでとう」

母の見た目は変わっていない。

俺の氏名、年齢なども変わっていなかった。

変化は、中学を卒業した後からのようだ。

「ほら、あんたはもう行きな。彼女さんが待ってるんでしょ?」

「か、彼女……!?」

「あはは、一丁前に照れちゃって。とっとと顔見せて喜ばせてやんなさい」

なんだ、なんのことだ。

俺には彼女なんていなかったはず……。

「提督、お迎えにあがりました」

玄関を出ると、黒塗りの高級車が。

「……えっ?」


・・・


なぜ俺はこんなやばそうなものに乗っているのだ。そして、

「また会えて嬉しいよ、提督」

隣に座るこの少女は……。

「し、時雨ちゃん……だよな?」

「うん。僕は時雨、提督の時雨だよ。時雨、と呼び捨てにしてくれたら嬉しいな」

「……はあ」

中学生くらいのこの少女。

実は、昔近所に住んでいた小さな女の子と瓜二つだ。

家が近く、またなぜか親同士の仲が良いということで、昔よく一緒に遊んだりした。

「おおきくなったらおにーちゃんとけっこんすゆ!」とか言ってたなぁ、懐かしい。時雨にしてみれば、「パパのおよめさんになる!」みたいなのなんだろうけど。

俺がこっちに引っ越してからは疎遠になった……はずなのだが。

「僕も今日から艦娘として、提督の下で働くことになったんだ。よろしくね」

とのことらしい。

一体どうなっているんだ。


・・・


鎮守府、と呼ばれる場所に着いた。

しかし、そこはどこからどう見ても。

「学校じゃねぇか……」

様子はだいぶ変わっているが、確かにここは前は学校だった。

「それじゃ、僕は色々手続きがあるからこれで。また後でね、提督」

「お、おう……」

と、言われるも。

俺はこのあと何をすれば良いのだろう。

「……とりあえず」

とりあえず、いつもの部屋に行こう。


・・・


「……変わらないな」

寮舎には特に変化はなく、また俺の部屋の場所、内装も大きく変わっている様子はなかった。

変わっていないのだ。

それはつまり、

赤城の物も置いてあるということ。

ということは。

「……赤城も、この部屋に……?」

なんてこった。これはマズい、非常にマズい。

いくらあの赤城とこっちの赤城が同じ立場でも、決定的に違う部分がある。

「女と同棲はマズいだろ……」

確かに赤城は言っていた。「3年も同じ部屋に住んでいた」と。

さて、実の所、俺たちが通っていた学校は男子校だ。

つまり、絶望的に女子との会話を不得手とする訳で。

そんな中、あの赤城と同じ部屋でというのは……。

「あっ、おかえりなさい!」

「!?」

後ろから声を掛けられ、身体が飛び跳ねる。

「そっか、今日が退院だったんですね。言ってくだされば迎えに行ったのに……」

嬉しそうな赤城は今にも抱きつかんばかりの勢いで詰め寄ってくる。

「あ、赤城……!」

「はい、なんですか?退院祝いですからね、奢る以外のことなら大体聞いてあげますよ!」

この気前の良さ、真っ直ぐこちらの目を見て話せるところ。

やはり俺の知っている赤城にそっくりだ。

「近いから離れてくれ……!」

鼻をくすぐるその女子特有の匂いに、少し……いやだいぶ緊張しつつ、赤城を押し戻す。

「……」

落ち着いて部屋を見れば、全体はそこまで変わっていなかったが、要所要所に違いがあった。

今までは「めっちゃ男の部屋」なんて印象があるむさ苦しい部屋だったが、

ここはどこか清潔感がある。

それこそ、女子でも住んでいるかのように。

やはり、俺はこの赤城と同じ部屋で……。

「さて、提督。そろそろご飯にしません?もうお腹空いちゃって……」

「……そ、そうだな」

なぜ俺と、と頭の中に問いが浮かぶが、前の赤城とは普段から行動を共にしていた。こっちでも、そうだったのだろう。

渋々、俺は赤城について行くことにした。


・・・


移動中。

寮舎の中は艦娘だらけだ。

こんな女だらけの所で、一体どうやって生活していたのだろうか。

「それで、提督。思い出しました?」

「な、何を?」

「病院で言ったじゃないですか。あのことも覚えてないのか、って」

「……あー」

てっきり、俺は何か忘れていること自体が冗談だと思っていたが……どうやら本当に何かを忘れてしまっているらしい。

「すまん、まだだ」

「……そう、なんですね。まあ別にいいですけど」

そう言う赤城だが、この態度はあれだ。

別にいいなんて微塵も思ってない奴の態度だ。

「そ、それよりほら。もうすぐ食堂に着くぞ」

無理やり話を逸らす。

絶対に不自然だが仕方ない。

何しろ女子との対話なんてマトモにしてこなかったのだから、こうなってしまう。

「ですね。今日は何にしましょうかね……」

意外と簡単に逸れた。

もしやこの女、案外騙されやすいのか?

「……あ、やあ提督。さっきぶりだね」

食堂の手前には、時雨がいた。

「お、おう。もう手続きとやらは済んだのか?」

時雨とは、結構普通に話せる。

3年のブランクはあれど、やはり幼馴染である時雨は安心して会話ができる。

「うん。それで、今からご飯にしようかと思ってたところなんだ。提督も一緒にどうかな?まだ顔なじみは提督しかいないから、心細くて」

聞かれて、赤城のほうを見ると。

「……」

恐ろしいほどにわざとらしい、張り付いたような笑みを浮かべて黙っていた。怖い。

不良に絡まれたときもこんな顔してたな、なんて要らない記憶が蘇る。

この顔のあとの赤城はめっぽう機嫌が悪くなる。時雨を巻き込む訳にはいかない。

「す、すまん。今から赤城と食うところなんだ」

そう言うと、赤城はその強ばった笑みをやめ、嬉しそうな自然な笑顔に変わった。

「……そうか、それは残念だよ。じゃあ、また夜に一緒に食べようか」

「そ、それならまあ……分かった」

そう返事をした途端、赤城はさっきの顔に戻った。やはり怖い。

「じゃ、また後でね」

時雨は食堂の中に入っていった。

「……赤城さん?」

震えながらそう声をかける。

「奢ってくれますよね?」

「え?」

「奢ってくれますよね?」

「いや、あの……」

「奢ってくれますよね?」

「……はい」

……食事中、終始赤城は無言だった。


・・・


夕食中。

「提督、提督」

「ん、どうした?」

「提督ってどんな仕事なの?」

……そういえば、まだイマイチ把握しきれていないな。

艦娘の指揮やその他諸々……とは言われたものの、具体的な内容はほとんど聞かされていない。

後で赤城に聞いておかなければ。

「まあ……色々だよ、色々」

「えらく抽象的だね……内容は多岐にわたる、という解釈でいいのかな」

「あ、ああ」

助かった、と安堵する。

俺の記憶がおかしいことを知っているのは赤城だけだ。

というのも、「混乱を避けるために秘密にしておくべきです」と赤城に言われたからなのだが。

「……それにしても」

時雨は何やら周りを見回して。

「本当の家族じゃないのに姉妹って、ここに来るまではヘンだと思ってたけど……実際に会ってみれば、昔から姉妹だったように感じたよ」

俺も時雨に倣って周りを見ると、同じ制服を来た艦娘がチラホラと見られる。

「……そうらしいな。俺にはあまり分からんが」

はい適当。

姉妹ってどういうことだ?

全く分からん。

とりあえずそれっぽいこと言っといた。

「僕も白露型の二番艦として他の白露型に会ってきたけど、すごく温かかったよ。心の底から安心する感じ」

あー、なるほど。

そういや船かなんかだったな、艦娘。

同型艦ってことか。

そりゃ姉妹になるわな。

「……なるほどな。良かったな、時雨」

「うん!」

笑顔を振りまく時雨。

だが、俺の心は一向に晴れない。

なぜか?

理由は至極単純だ。

艦娘の名前とか家族関係覚えられる自信ねえよ。


・・・


部屋に戻ると、赤城は既に1階の風呂から上がって部屋にいた。

「おかえりなさい、提督。時雨ちゃんとのご飯は楽しかったですか?」

「ま、まあそれなりに」

怖い。その虚ろな目のままの微笑みが何よりも怖い。

「……まあ、明日からは姉妹艦と食べてもらうように言っといたけどな」

この鎮守府に馴染むには、こんな今日来たばかりの俺よりもずっと長くここにいる艦娘と仲良くなってもらったほうが手っ取り早い。

「……で?」

切り返しが怖い。

「で?」とか答えにくい返事の代表例だよ。

「……その、頼みがあるんだ」

「……なんですか?」

俺は今日、赤城が飯を1人で食べていたのを知っている。

どうやらここには、赤城の同型艦……及び同種艦、つまり空母もいない。

そして、話を聞くにこの鎮守府の最古参。

周囲から見れば憧れの対象。

同等な立場で近づいてくる者がいないのだ。

それは、彼女が1人になってしまうことを意味する。

……悩ましいことに、元の世界でもあいつはそういう立ち位置だった。

誰にでも手を差し伸べ、優しさを振りまく。

そんな彼は、尊敬はされど対等に接するような度胸のある者などほとんどいなかった。

けれども皆、赤城の本当の姿を知らない。

その優しさの裏で、自分の弱さを嘆く彼。

とても真面目に見えて、お茶目な面のある彼。

善意の押し付けではないかと恐れる彼。

彼がそれを見せたのは、決まってこの部屋の中だった。

彼の全面的な信頼を、俺は返しきれなかった。

……だから。

偶然迷い込んだこの世界で、

彼によく似たこの人を、

なんとしてでも救いたいのだ。

「……明日から、ずっと一緒に飯を食おう」

「……」

自分でも、何を言っているんだと呆れてしまう。

こんなよく分からない台詞、恐らく自分の人生を見直しても出てきたことがない。

そんな意味の通じそうにない言葉に、赤城は。

「……提督」

「……な、なんだ」

「申し出は普通に嬉しいです、ごはんOKです。ただですね、ひとつ言いたいことがありまして」

「……?」

赤城は顔を背ける。

「……こ、言葉の意味をもう一度よく考えてくださいね」

「意味?」

明日から、

ずっと一緒に、

飯を食おう。

……。

あれ?

つまり、いつまでもご飯のときはそばにいて。

三食。

朝、昼、晩。

ずっとそばにいるということで。

それはつまり。

「……あ」

ただのプロポーズじゃねえか馬鹿野郎。


・・・


どうすんだよこの気まずい空気。

意図せず告白して。

しかも同室の相手に。

これで断りでもしたら同じ部屋に住んでるのに顔合わせづらい上に、最悪俺とも喋らなくなって孤立とかいう最低な状況を赤城が作り出してしまうことになる。

つまり赤城はOK以外に選択肢がないような悪質なもので。

そう強制するような言葉を作り出した俺。

あれ?クズでは?

「ちが、違うんだ。いや飯のほうは合ってるけどってか飯以外の意味はないけどだな」

「分かってますよ、言われるまで気づかない時点でそういう意味じゃないってことくらいは」

……セーフ。

そもそも俺は前の世界の赤城を知っている。

そいつと性格そっくりのこいつを、そういう目では見られない。

中身が男なのだ、俺の中では。

多少外見が美人でも。

多少タイプでも。

それでも、その皮を被った赤城だ。

そう考えることで、心の平静を取り戻す。

「それじゃ、風呂入ってくるわ」

「あ、駄目です!」

「え?」

「今は女湯の時間ですよ、提督はもう少し待ってください!」

「……あー」

そうか。

以前はこの寮は男子寮だったため、時間を気にする必要は特になかった。

しかし、ここは艦娘が暮らす場所となった。

俺は本来、この寮にいてはいけない筈の男なのだ。

「なあ赤城」

「はい?」

そうだ。

どうして、

「どうして俺はお前と同じ部屋で暮らしてるんだ?」

そう尋ねると、赤城は少し困った顔をした。

「……今はまだ、教えません」

そう言った赤城は、悩ましそうな表情のまま黙ってしまった。

何かいけないことを聞いてしまった、と後悔する。

「と、とりあえず風呂入ってくる」

「はい……」

その場から逃げ出したことに罪悪感を覚えながら、退院後初の風呂に入った。

言わずもがな気持ちの良い風呂に、意識が、遠のい、て………………。


・・・


ドゴォッ、と凄まじい爆音が鳴り響き、目が覚める。

どうやら寝てしまっていたようだ。恐るべし風呂の魔力。

それよりも。

「なんの音だ……?」

即座に風呂から上がり、寝巻きへと着替える。

外からの音のようだ。

「提督、ご無事ですか!?」

「赤城!」

上着を羽織ったところで、赤城が飛び込んできた。下着だったらどうすんだてめぇ。

「まったく、しつこい奴らですね……!」

見ると、赤城は弓と矢筒、それに……。

「なんだその線が入った板?」

「それは後で。危ないので下がっていてください」

赤城の指示に従い、赤城よりも後ろへと退った瞬間。

壁が吹き飛んだ。

「……お願い、します!」

俺が異様な光景に驚き動けなくなっている中、赤城は冷静に弓で矢を射る。

その矢は、目の前で飛行機……というよりは、戦闘機と表現したほうが正しいものに変化した。

海へと飛び出したその戦闘機は、やがて見えなくなって。

数秒後、爆音が鳴り響く。

「……これじゃあ、まるで……」

戦争じゃないか。

艦娘。

提督。

頭の中でピースが嵌る。

鎮守府。

戦闘機。

そして、『赤城』。

ああ、なぜ今まで気づかなかったのか。

「轟沈を確認。……おかえりなさい、お疲れ様」

戻ってきた戦闘機は、矢に戻って赤城の手に収まる。

「……赤城」

船かなんか、という程度の認識だったが、全て繋がった。

彼女らは、軍艦だ。

鎮守府、提督、そして『赤城』。

状況整理の落ち着ける時間もなく、ただ言葉として認識していたが。

少し思い出そうとしてみれば、それらは容易に思い出せた。

全て、戦争に関するワードだ。

前の世界ではあまり発音する機会がなかったため、音で聞いても意味が理解できなかった。

「……黙っていて、申し訳ありませんでした」

彼女は辛そうな顔をした。

「……いや、いいんだ」

艦娘。

軍艦の娘。

……てっきり艦娘が船と聞いて、それぞれが自分の船を持った船乗りだと思い込んでいたが。

先程の赤城を見るに、船に乗り込むというよりは。

彼女たち自身が、武装して戦うのだ。

「……」

今、謎の爆音と吹き飛ばされた壁のことも理解した。

恐らく敵対勢力。

ピンポイントで俺のいた場所に砲弾を当てたということは。

「……なあ、赤城」

「……なんですか」

この質問をすれば、俺はきっとこのままではいられなくなる。

だが、それでも。

「艦娘は、人間なのか……?」

聞くしか、なかった。

「……いいえ、私たちはヒトの限界を超えた、ヒトが進化した生物です」

予想していた、しかし望んでいなかった答えだ。

なぜなら。

ヒトに起こせない奇跡を、彼女は目の前で起こしてみせた。

ただの矢を、戦闘機へと変えてしまった。

世界を掌握した人間は、知能と思考能力でいえば恐らくこの星では右に並ぶものはいないだろう。

だが、その先である、艦娘が現れてしまった。

地球で最も優秀であるという優位性を維持できなくなってしまったのだろう。

つまり……。

「……敵は、人間か?」

「……残念ながら」

……最悪だ。

俺をピンポイントで狙えたのは、

「艦娘達が集うこの場で人間である者」を潰すように設定されていたからだろう。

ここにそういった人間は、俺しかいない。

あとでその辺りを問い質す必要がありそうだ。

「……とにかく、部屋に戻ろう。話はそれからだ」

「……はい」


・・・


装備……艤装を外した赤城は、部屋に戻ってくるなり土下座を敢行した。

「本当に、申し訳ありません……!」

「いやいやいや、いいんだって。俺を気遣ってのことだろうし」

恐らく、記憶を失ったという扱いの俺にいきなり「戦争してるので指揮してください」なんて言える訳もないだろう。

それよりも。

「この世界について、基本情報だけでもいいから教えて欲しい。それと、前の俺のことも」

……それから、赤城は様々なことを語ってくれた。

艦娘に反感を抱いているのは極少数で、大半は艦娘の味方だということ。

大多数の人類を敵に回した1部の人達は、生きる兵器……深海棲艦を生み出し、艦娘とそれに味方するヒトを滅ぼすことを目論み、

ヒト至上主義を掲げていること。

深海棲艦に対抗できる力を持っているのは艦娘のみで、だから艦娘は戦っているということ。

そして、『俺』がその艦娘のまとめ役として人類の命を背負っていたこと。

そして。

「……提督はある日突然、手紙を置いて消えてしまったんです」

『もう耐えられない』

そう書いた書き置きが残されていたのみで、『俺』が見つかったときには山奥で意識を失っていたという。

「……そうか」

……馬鹿野郎が。

こっちでも、あっちでも、赤城に迷惑をかけっぱなしじゃないか。

それも、こっちの『俺』ときたら自分から命を棄てようとしたのか?

そうでなければ山奥になんているはずも無い。

「……だから、提督が見つかったと聞いて私はとっても嬉しかったんですよ?」

「……」

彼女も、分かっているのだろう。

『俺』が、ここを捨てたことを。

その上で、『俺』の帰りを待っていた。

……本当に、どこにいても赤城は赤城だ。

「……赤城」

「はい」

「俺を殴ってくれ」

「……えっ!?で、できませんよそんなこと!だって提督じゃ」

「いいから」

これはケジメだ。

先程までの自分は、心のどこかで艦娘に怯えを抱いてしまっていた。

だが。

彼女達も、心を持っている。

ならばヒトだろうと艦娘だろうと、等しく接するのが俺にできる唯一のことだ。

逃げ出した『俺』に。

艦娘を信じてやれなかった俺に。

ケジメをつけ「ごはあっ!?!?!?!?!?!?」

「だ、だから言ったじゃないですか!艦娘のパワーは人間の何倍にも及ぶんですよ!」

初耳だわ先言えよ、いや話遮ったの俺だわ、なんてことを考えながら。

俺は意識を闇に委ねた。


・・・


そして、俺は提督として鎮守府で働き始めた。

艦娘達と交流し、

深海棲艦と交戦すれば指示を出し、

膨大な執務をこなし、

ほとんど休む暇もない日々を過ごして夏を迎えた。

「あっちぃ……」

「夏ですからね……」

変わらず同室で過ごす俺たちは、クーラーや扇風機もない部屋でひたすら団扇を使い涼んでいた。

外からの陽射しが憎い。

日陰へ移動しようとして、

「……あっ」

大事なことを思い出した。

今俺が移動してきたこの畳の下。

そこには、アレがあるはずだ。

「……やっぱりか」

「なんです、それ?」

「……日記だよ」

そう。俺は前の世界でも日記を書き留めていた。

昔からの習慣で、その日に起こった出来事を整理してから寝るようにしていたのだ。

当然、赤城にバレないように。

こっちに来てからは、大量の仕事に追われて完全に忘れていた。

「……見るか?」

「ぜ、ぜひ」

俺は赤城と共に、その日記帳を開いた。


・・・


3月X日

志望校を受験した。

帰り道、変な大人に

「人類が危ない、助けてほしい」

と頼まれた。

不審だ。当然お断りした。


3月XX日

志望校から通達がきた。

それは合否ではなく、

「明日、我が校に来ていただきたい」

という旨が書かれた紙が入っていた。

何かしでかしてしまったのだろうか。


3月XX日

志望校では、受験の日に話しかけてきた大人が待っていた。

どうやら国の偉い人らしく、俺をスカウトしにきたと。

当然お断りした。

俺はまだ中学生……卒業するからほぼ高校生だが、そんなものだ。

すると、学校側が

「お前が国で働こうが働かまいが、どちらにしろこの学校には置いておけない」

と。

本来は合格していたはずだが、国の命令だという。

選択肢はなく、とりあえず数日後親を交えて話すことになった。


3月XX日

職場が決まった。

チンジュフ、というところで働くらしい。

なぜ俺なのか、と聞いたところ、

「直感だよ、少年」

とよく分からないお言葉を頂いた。


・・・


どうやらこのあたりは、『俺』がまだ中学生だった頃の話のようだ。

志望校も、俺が選んだものとは別の場所を選んでいた。

「この辺りは昔、提督に聞いたことがありますね」

「ほう。まあいい、続きを読もう」


・・・


4月X日

事前に説明があった通り、俺は鎮守府に着任した。

が、艦娘は1人もいない。

今後、艦娘が着任するまでに鎮守府の掃除などをしておかなければ。


4月XX日

ようやく全体の掃除が終わった。

守衛さんの力も借り、鎮守府内の設備や機能を把握。

守衛さんには頭が上がらない。


4月XX日。

艦娘が来た。

と言っても、見た目は普通の少女。

というか、女性だ。

名を「アカギ」と言うらしい。

ほぼ同時に、守衛さんが辞めた。

というのも、艦娘が来るまでの繋ぎとしてここを守っていたそうで。

心細い。

夜になると、赤城は俺の寝泊まりする部屋にきた。

どうやら


・・・


「ストップ、ストップです!これ以上このページを読んではいけません!」

「いい所だったのに」

「そういう問題ではないのです!」

何故か慌てる赤城。

どうせアレだ。

「1人で寝るのが怖いのー」とかそんな感じだ。

赤城に無理やりページを捲られ、日付がとぶ。


・・・


5月X日

艦娘も増え、鎮守府も賑わってきた。

どうやら国は「大本営」というものを作るそうで、基本的に指示はそこから出すようになるらしい。

やはりまだ経験の足りない身、指示があると動きやすくて助かる。


5月XX日

俺のミスだ。

赤城が大破した。

急遽第二艦隊、第三艦隊を出撃させ赤城の保護を最優先に。

帰ってきた赤城は見るに堪えない姿だった。

俺のせいだ。

あと一瞬でも早く指示を出していれば。

大破した赤城だが、入渠させても治るか心配だ。

後遺症など残ったりしないだろうか。

俺が不甲斐ないせいだ。

不安で眠れない。


・・・


「あー、ありましたね。もう遠い思い出ですけど」

「大破って……大丈夫なのか?」

「たぶん続きを読めば分かりますよ」


・・・


5月XX日

赤城は全快した。

彼女に会ったとき、俺は頼りなく涙を流してしまった。

生きていて良かった。

本当に申し訳ない。

俺が全て悪い。

思い出せるのはこれくらいだ。

とにかく謝罪を繰り返した。

赤城は何を言うでも無く、ただ。

俺の額を弾き……所謂デコピンをし、

微笑んで去っていった。

部屋に帰ると、赤城は当然のようにそこにいた。

「おかえりなさい、提督」と、赤城は普段と変わらぬ口調で。

怒っていないのか、と聞くと、

「もうお説教は済みました」と。

よく分からない。

よく分からないが、分かったことにした。


・・・


「まあつまり、このデコピンは『反省しましたか?』みたいな意味合いを込めてますね。あのときの提督はほんとに小さい子みたいに泣きじゃくってましたし、泣きっ面に蜂というのもよろしくないかと」

「自分で言ったらかっこよさ半減するぞ」

「ですよねー。ここからは提督も頼もしくなっていくんですよ。国に喧嘩売ったり」

「!?」


・・・


9月XX日

やはり上とは方針が合わない。

深海棲艦の排除を最優先とするか、

艦娘と国民の安全を最優先とするか。

俺は当然後者だ。

命を賭けて戦うのが自分でない限り、

戦場をその目で見ない限り、

自らに危険が及ばない限り、

彼らは同じ言葉を繰り返す。

幸い、世論はこちら側に傾いている。

艦娘が少女であることから、

自称フェミニストが少数騒ぎ立てているが、

そんなことは関係ない。

彼女らは彼女らの意思でここにいる。

俺が彼女らを守らねば。


・・・


「そりゃ叩かれるわな」

「ですねぇ。艦娘には極力そういう情報を回さないようにしてたんですよ?提督」

「だろうな。赤城は知ってたのか?」

「秘書艦でしたからね。当然です」


・・・


4月X日

着任1周年だ。

桜舞うこの季節、皆は新たな出会いに心を躍らせていることだろう。

だというのに、鎮守府の空気は重い。

皆、いつまでこの戦いが続くのか不安を抱いている。

解決策を練る必要がある。


4月XX日

モチベーションを保つ為には、刺激が必要だ。

他所の国にも鎮守府と艦娘があり、そこから数隻海外艦を派遣してもらった。

レーベ、マックス、ビスマルクにプリンツ。

彼女らが良い刺激になればいいが。


5月XX日

鎮守府の空気は改善された。

海外艦の娘たちが加わったことにより、

日常に変化が起きたのだ。

ただ、上は不満な様子。

自国のみで対応したかったのだろう。

そんなことを言っている場合ではない。

艦娘達も気づいていないが、戦況はじわりじわりと悪化している。

各国で連携をとらねば、恐らく世界の防衛網に綻びが生じる。


・・・


「安定しないな」

「ですね。上層部との方針が一致しないせいで、提督は苛立ってましたよ」

「……面目ない」

まあ、他所の国の力を借りるとなれば外交にも大きく影響が出る。

俺達は戦争をいち早く終わらせるため、

上は戦争後に問題を残さないために、

それぞれ違った意見を持ってしまったのだろう。

だからと言って、艦娘に無理強いをする訳にはいかない。

彼女らは深海棲艦に対抗できる唯一の戦力であり、俺達なんかよりもよっぽど強く、そして何より心を持っている。

それを理解していたから、上も不満を抱くのみに留めておいたのだろう。

「……提督ならどうします?」

「間違いなく同じやり方だろうな」

「……良かったです」

「そうか」


・・・


7月XX日

各国で連携をとるようになって、深海棲艦との戦いによる被害の報告が目に見えて少なくなった。

今日は被害報告1ヶ月連続0件という快挙を成し遂げた。

明日、会議が行われる。

守りから攻めへと転じるか否かの会議。

守ってばかりいては、いずれ資材も予算も尽きる。

できれば孤立した島を人類側に奪還したいが、それはまだ難しいだろう。

なんせ、相手も人間。

どこかの島を占拠し拠点として活動しているハズだ。

当然、守りも固くなる。

攻撃に使っているタイプの深海棲艦とは別種のものがいるかもしれない。

ようやく安定の兆しが見えたこの時期に、大きな損害を被る訳にはいかないのだ。

明日の会議でその旨を伝え、それから話を始めよう。


11月X日

各国で、艦娘が批難されている。

しかもその内容が、すべて事実と一切関係ないことだという。

我が国は親艦娘派が多い上、フェイクに騙されぬよう内情を頻繁に明らかにしているためか、被害は少ない。

今、上層部が発信元を探っているらしい。

何しろ全世界で同時に起こったこの事件。

考えたくはないが、世界各地に深海側のスパイが潜んでいる可能性があるのだ。

普段通り、この件は艦娘に回さないことにした。

赤城にも、この件は秘密だ。

ようやく、攻めに転じる準備が整ったというのに。


・・・


「とのことだが……」

「私も初耳ですね。確かにこのあたり、提督は忙しそうでしたし、何かあったのでは、とは思っていたのですが」

なるほどな。

結局赤城にも話していなかったということは、大した騒ぎにもならなかったのだろう。

だが、少し……。

「……気になりますね」

「ああ。関連情報を探してみよう」


・・・


6月X日

ついに、スパイが見つかったそうだ。

しかし、その報告はそこで終わらなかった。

スパイを捕まえ尋問すると、

「光から離れるほどに影は強くなる、ゆめゆめ忘れるな」と言い、舌を噛んで自害したそうだ。

この意味深な言葉について、上層部は会議を開くらしい。

ヒント、と言ったそうだが、誰に対して何のヒントを出したのか?

それが分からない。

念の為、覚えておこう。


・・・


「……ふむ。全くわからん」

「ですね……」

影と光。

この場合における光とは、恐らく俺達や艦娘を中心とした人類側。

影、つまり深海側は離れたところにあればあるほど強くなる?

まさか。

そんな習性があるのなら、とっくに報告されているはずだ。

ならばどういうことだ?

分からない。


・・・


2月X日

深海棲艦のアジトとなる島を見つけた。

が、そこに人はいなかった。

ただ、機械が動いているのみ。

ここを破壊しても、他の場所から生産されるだけだろう。

探せ。

奴らはどこに潜む。


2月XX日

一通の手紙が届いた。

要約すると、

「そろそろ戦いも終わるんで、残り少ない人生謳歌しといてください^^」

と書いてあり、宛先は不明。

宣戦布告とはいい度胸だ、と思ったが、よくよく考えればすぐに分かる。

「準備は整った」

ということなのだろう。

直ぐに各国に伝達、防衛戦の準備を進めさせた。

明日からは、なりふり構っていられない。

俺は、命を賭けて人類を、

そして、艦娘を守る。


・・・


「妙に出撃回数が減ったと思ったら……」

「こ、これも説明なかったのか」

「ええ、私にも教えてくださらないとは……信用されてなかったんですかね」

「ないな。それは絶対ない」

「そ、そうですか?」


・・・


3月X日

ついに見つけた。

光から離れるほどに影は強くなる、とはこういう意味だったか。

鎮守府から遠く離れた深い山に、深海棲艦側の人間の拠点がある。

日が昇るのを待って、国に知らせる暇もない。

今から発つ。

しかし、回り道をしてだ。

わざわざ近場に作るのだ、監視されているだろう。

敢えて遠回りをすることで、目的地がそこでないと思わせる必要がある。

そのルートをバイクで走れば、丁度明日の今頃には着くだろう。

そこで夜闇に紛れ、襲撃をかける。

この衝動に耐えられるものか。

彼らを殺せば、この戦争は終わる。

彼女らをもう、戦わせずに済むのだ。

俺は今すぐに向かわねばならない。

艦娘を連れる訳にはいかない、

命を賭けるのは俺1人で充分だ。


・・・


「……」

ここで日記は終わっている。

つまり、俺は勝手な行動をして命を落としかけたということなのだろう。

だが、それは結果として戦争の遅延……つまり、深海棲艦が本腰を入れて動き出すのを食い止めた形になる。

最善ではないにしろ、結果のみを見れば正しい行動だったと言える。

「……提督」

「……どうした?」

「一つだけ、お願いがあります」

絞り出すような声で、赤城はそう呟く。

「……あなたは、行かないでください。もうこれ以上、大切な人を失くしたくないのです」

「……!」

「提督が、『提督』でないことは知っています。……記憶喪失でなく、別人であることを」

「……いつからだ?」

「初めからです」

……参ったな。

あの病院で会ったときから、彼女は……。

「……そうか」

『俺』がいなくなってしまったことに、気づいていた。

それでもなお。

俺を助けてくれた。

俺と親しくしてくれた。

俺のことを認めてくれた。

彼女は初めから『俺』ではなく、俺を見ていたのだ。

「……すまなかった」

「え……?」

「お前の優しさに甘え、事実を伝えることもなく、騙しつづけていた」

それを許してくれた彼女と、

俺が騙った『俺』に向けた謝罪だ。

いや、謝罪ですらないだろう。

ただの言い訳だ。

愚かな自分を正当化しようとしている。

自分が醜く腐り堕ちていく。

それが見えないフリをし、目を逸らし続けてきたことを今、後悔している。

彼女は、そんな俺を見ていた。

その上で、それを知った上で。

……自分でも、狡いと思う。

彼女の心の広さを知り、今更になってそこにつけ込むように謝る。

到底許されるべき行為ではない。

ないはずなのだ。

しかし。

「……えいっ」

「痛っ……」

彼女は俺の額を指で弾いた。

所謂デコピンというやつだ。

「……ふふ。今回は、許してあげましょうか」

「許す、って……」

「ただし、条件があります」

赤城は、先程までと打って変わっていつも通りの優しい声で。

「ずっと、私の側にいてくださいね?」

その言葉を聞くのと同時に、意識が遠のく。

「……提督?提督……!?」

泣きそうな赤城の顔を見て、罪悪感を覚える。

意識が絶たれる最後の瞬間まで、その約束をいきなり破いてしまいそうなことを後悔し──。


・・・


目が覚めると、そこはいつもの部屋だった。

が、少し違和感を覚えてしまう。

「おう。起きたか」

その声で、身体が一瞬で目醒めていく。

「赤城……?」

「どうした、怖い夢でも見たか?卒業式だってのにツイてねぇな」


・・・


「で、あるからして──」

ああ、知っている。

一言一句違わず同じだ。

間違いない。

俺は、戻ってきた。

「……調子悪いのか?」

小声で赤城が聴いてくる。

「大丈夫だよ」

「……ならいいけど。ヤバかったら言えよ」

……やはり、赤城は気が利く奴だ。

「わかった、ありがとな」


・・・


今なら、やり直せる。

トラックが来る時刻、

突っ込まれる場所、

安全地帯。

全てを把握している。

これで俺が死ぬことはないだろう。

この世界で、生きられるのだ。

……だというのに。

「……よし。なあ赤城」

「どうしたよ」

「俺、ちょっと行かなきゃならないところがあるんだ。切手代も渡しておくから、この封筒をポストに入れといてくれ」

「ん、構わんけど……家族宛てなら自分で渡しゃいいのに」

「まあまあ、サプライズみたいなもんだよ」

俺はまた、同じ過ちを繰り返そうとしている。

「お前にもこれやるよ」

「おっ……と。いいのか?大事な奴なんだろ?」

「別にいいさ、形見とでも思って持っててくれ」

携帯のキーホルダーを外し、赤城に投げ渡す。

これは、こっちに来る時に時雨から貰ったものだ。

「別に死に別れる訳でもないのに大袈裟だな」

「……そうだな」

話しているうちに、例のトラックが来る時間までもう少しとなっていた。

「なあ、飲み物持ってないか?最後に乾杯しようぜ」

「お前勘がいいな、さっきこっそり買ってきた」

最期の時間を、以前より深く噛み締めながら過ごす。

「……なあ」

「なんだ?」

「お前が何したいのかは分かんねえけど、どこにいても俺は助けになってやるからな」

「……そうか。それは助かるな」

その言葉が叶うことがないと知って、それでもなお笑顔で誤魔化そうとする。

だが、時間は無情にも過ぎていく。

「……悪い、もう行くわ」

「マジか、俺も門まで一緒に行くかな」

「……5分、ここで待っててくれ。5分後に、裏門から出てほしい」

「……?変なこと言うな。ま、お前が頼むのも珍しいし聞いてやる。じゃ、ここでお別れか」

「ああ。……今までありがとうな、赤城。何があっても、お前のことは忘れないよ」


・・・


「……来たか」

件の暴走トラックだ。

死ぬ前だというのに、これ以上ないほど心が落ち着いている。

別に戻れる確証はない。

無駄死にかもしれない。

それでも、俺がそうしたいと思った。

彼女に会いたい。

会って、側にいたい。

そんなエゴで、命を投げ出そうとしている。

ああ、トラックが目の前だ。きっと凄まじい音が裏門まで響いているだろう。

だが、それでいい。

もうあいつには、俺が死ぬところは見せられない。

「……しっかりやれよ、赤城!」

身体が潰れる音と共に、意識が遠のく。

薄れゆく意識の中、心に差す一筋の光だけを見て──。


・・・


「……っはぁ!!」

目覚めると、そこはあの病院。

またここから、彼女と出会うのか。

戻ってきても、初めからやり直すというのは中々堪えるものがある。

艦娘の皆と育んだ絆が、なかったことになっえるのだから。

「……ん?」

よく見ると、少し以前と状況が違う。

管が刺さっていない。

「……ぁ」

部屋の入口で、立ちすくむ女性。

俺はそれを見て、泣きそうになるのを堪えながら。

「……ただいま、赤城」

この世界に帰ってきたことを、強く実感した。


・・・


話を聞くに、俺はあの後突然意識を失ったらしい。

そして目覚めぬまま、数日が経ってしまったと。

「迷惑かけたな」

「……まだ、返事も聞いてませんし」

「……そうだったな。じゃあ」

少し照れ臭いが、そんなことは関係ない。

これを言うために、戻ってきたのだから。

「……約束しよう。絶対に、何があっても離れないよ」

「……ありがとうございます」

……彼女には、心の支えが必要だ。

向こうで赤城が俺に本心を見せたように、彼女もそういった人が要る。

本来ならば『俺』がその務めを果たすのが最善だが、ここには『俺』はいない。

だから、代わりになろう。


・・・・・

・・・・

・・・

・・



……私は艦娘です。

生まれた時から『赤城』の記憶がありました。

人は私を気味悪がりました。

しかし私は

人の嘆き、人の苦しみ、人の怒り、人の憎しみ。

戦争の愚かさを、その幼い心に叩き込まれていました。

争うことが怖くなりました。

人に優しさを振りまくようになりました。

人は近づいてきません。

本当は、好都合でした。

『加賀』、『蒼龍』、『飛龍』。

もう、何も失いたくない。

もし他の船が私のようになっていたとしても、出会いたくない。

彼女らに、思い出させたくない。

だから、孤独を選びました。


しかし、私は船そのものではありません。

心は持っています。

だから、ふと思うのです。

「寂しい」と。

皆、私ではなく『赤城』の面を見て私を避けます。

本当の私は見えません。

私はそれを受け入れました。


そんなとき、国は私に目をつけました。

「戦え」と言うのです。

既に鎮守府には提督がいるとのこと。

どんな軍人かと蓋を開けてみれば、

そこにいたのは高校生。

既に大学生だった私は、半信半疑で指示に従いました。


彼は私を心配しました。

私をヒトのように、女性のように扱いました。

居心地が良かったです。

ヒトの温かみを知りました。

恋しくなりました。

1人が怖くなりました。

彼は何も言わずに私を迎え入れました。

この少年の元なら、私はやっていける気がしました。


彼は平等に優しい人でした。

私は、彼の「特別」になれませんでした。

「秘書艦」と、「同居」だけが私の特別でした。


提督は行方知れずとなりました。

必死に捜索しました。

山奥で発見されたときには意識はなく、

お医者様に診てもらうと、

「意識が戻ることはない」と言われました。


また1人に戻ります。

涙を流したのは初めてでした。


提督が起き上がりました。

でもどうやら中身は別人のよう。

また気持ち悪がられる。

そう思うと、少し辛くなりました。

しかし、彼は疑問を抱きながらも私を受け入れました。

少し茶化すようなことを言って部屋から出て、必死に誤魔化したものの、涙が止まりませんでした。

無理をして笑いました。

中の彼に聞こえるくらい、大きな声で。


彼に真実を伝えました。

今度こそ、嫌われる。

そう思いましたが、彼は私を受け入れました。

私は、彼を信じなかったことを恥じました。


そして、今に至ります。

彼は、私が特別なようです。

少し居心地がいいです。

何より、彼と過ごすのは初めてのはずなのに、私は彼と何年も過ごした気がします。

しかし、提督とは違う。

彼は何者なのでしょう。

そんなことがどうでもいいくらい、

今、私は彼が好きです。

皆が自分を見ずに『提督』を見ていると知っていても、彼の代わりを務めようとした彼。

前の自分を捨ててまで、この世界を選んでくれた彼。

私の我儘を聞いて、「離れない」とまで言ってくれた彼。

『提督』にすら、ここまでの想いは抱かなかった。

否、抱けなかった。

彼は皆の提督だ。

私なんかが独占していい存在ではなかった。

でも。

彼は違う。

私を見ていてくれる。

私を第一に考えてくれる。

「離れない」とまで言ってくれた。

だから、少しだけ。

少しだけ、

我儘を。

彼の気持ちに甘えたいのです。

……って、あら?

頭の中で、何かが……。



・・

・・・

・・・・

・・・・・


「……あの、提督」

「どうした?」

「……い、いえ!なんでもありません!」

「そ、そうか。とりあえず、医師を呼んできて貰えると助かる」

「分かりました!」

……なんか変だったな。

また後で、それとなく聞いておこう。


・・・


結局、俺が倒れた理由は不明。

熱中症ということにされた。

……まあ、艦娘だの深海棲艦だのがいる世界だ。

多少、不思議なことが起こってもおかしくはない……たぶん。


・・・


鎮守府に帰ると、時雨が飛びついてきた。

「提督、大丈夫かい!?」

「お、おう……とりあえず離れてくれ」

「……ダメだよ。離したら、またどこかに行っちゃう」

……そういえば、俺が地元を離れるときも、こいつはこんな感じだったな。

「大丈夫だよ。少なくとも戦争が終わるまでは、ここを離れる訳にはいかないからな」

それに、赤城との約束もある。

だから。

少なくとも、『俺』が帰ってくるまで。

それまでは、俺が繋ぎ役を務めよう。

「……そう、だね。ごめんね、少し不安になっちゃって」

「別にいいさ。時雨くらいの歳の子は、感情表現も難しいからな」

「そこまで歳は離れてないじゃないか」

「それもそうだな」

と、気の抜けるような会話をしていると。

「提督、少々お時間よろしいでしょうか!」

赤城が血相を変えて飛び込んできた。


・・・


この時間は近海を哨戒していたはずだが……。

「何があった?」

まあ、大体の予想はついている。

「敵艦隊が、彩雲からの情報だけでも100隻を超える数……本土に向かって進軍していると」

「来たか……」

『俺』が一時的に食い止めた決戦が、今再び起ころうとしている。

「敵の上陸予想地は?」

「まっすぐ、ここへ向かっています。恐らくは」

……好都合だ。

「全艦、直ぐに出撃命令。現場での判断、指示を赤城に任せる。それぞれ、自分の命を最優先させるように」

「了解致しました」

さて、まずは他国と連絡を取り援軍を要請せねば。

だが、そう上手くことは進まなかった。


・・・


『すまない、こちらも今襲撃を受けている!』

『うちもだ!最近動きがないと思ったら……』

『各国、今その場にいる艦娘で対処して!』

『マズイぞ、ジワジワ押されてる!』

……状況は最悪だ。

先程の反応を聞くに、各国が保有している戦力を上回る戦力を全ての国に向けているらしい。

「……こちら鎮守府。現在、深海棲艦大多数が本土に接近中との報あり。国民を内陸地に避難させてくれ」

『了解した。このタイミングで悪いが、今そちらに3隻新たな艦娘を向かわせている』

「戦闘経験は?」

『問題ない、赤城くんと同じさ』

「……了解だ、なるべく早く頼む」

赤城と同じ。

3隻。

そういうことか。

「頼むぞ赤城、持ちこたえてくれ……!」


・・・


「……ッ」

飛行甲板に損傷あり。

各艦隊、被害は甚大。

判断を誤った?

それもあるだろう。

しかし、問題は他にある。

絶対に『勝てない』のだ。

全てがこちらより上。

艦載機の、航空隊の練度。

電探やレーダーの精度。

火力や速度。

全てにおいて、相手は我々を上回っている。

「……申し訳ありません、提督」

彼は今、何をしているのだろう。

他国に助力要請。

本土への被害軽減のための指示。

艦隊の指揮に戻れないということは、あちらも切迫しているということ。

「……ぐ、ぅっ……!」

魚雷に被弾した。

それでも、まだ沈めない。

彼が戻るまで、仲間を支えるのが私の役目。

しかし、無情にも敵艦載機がこちらへ押し寄せてくるのが見える。

「……全機、発艦」

残された力を振り絞り、他の子の援護へ回す。

私1人が沈むか、他の子が沈むか。

当然、私が沈むべきだろう。

「……ああ」

もうすぐ、最期だ。

「提督……」

離れないと約束してくれたのに。

私を信じてくれたのに。

私は、あなたに何一つ……。

「……!?」

響き渡る音に上空を見る。

艦載機だ。

それも、私のものではない。

次々と、こちらへ向かってきていた敵機を殲滅していく。

『……間に合った、か』


・・・


『提督!』

「ごめんな、赤城。長引いてしまった」

『いえ、それよりも……!』

赤城は、きっと驚いているだろう。

『提督、無事に合流しました』

『赤城さん、久しぶりですね!』

『二航戦並びに航空母艦加賀、只今より戦闘に参加します!』

今回鎮守府に送られてきた3隻は、

『加賀』、『蒼龍』、『飛龍』だ。

空母が赤城しかいなかったこの鎮守府にとって、新たな空母は渇望していた存在だった。

『か、加賀さん……!?それに、2人も……!』

『よっし、蒼龍!いっくよー!』

『ちょ、落ち着きなさいよ!あーもう……!』

「……加賀。赤城を頼めるか?」

『ええ、任せてください』

「頼んだぞ。……よし」

通信を終え、俺は次の手を考える。

『すまない、手間取ってしまった!国民は全員内地に避難させたぞ』

上からの連絡だ。間に合ったようだ。

「ん、ああ。感謝する」

『それで、だな。今から言うことをよく聞いてくれ』

「……わかった」

何が起きたんだ?

『……建造が許可された。艦娘を、人工的に生み出す装置だ』

「……マジか」

なんでもありだなこの世界。


・・・


そこからは早かった。

避難所で有志を募り、そしてそれぞれ適正のある艦娘となり鎮守府へ。

戦闘経験に関しても、当時の艦としての記憶をインプットされているため、即時前線へ向かえる。

圧倒的実力差により、深海棲艦は殲滅された。

「やっぱり、読み通りか」

敵艦隊は、現時点での鎮守府の戦力を『少し』上回る戦力で攻めてきた。

そもそも、全世界の鎮守府にぶつけるとなると凄まじい数が必要だ。

某国なんてうちの何倍もの艦娘を抱え込んでいる。

そんなものを上回ろうとすれば、それだけで深海棲艦の何割かはそちらに回るだろう。

故に、しばらくの間は安全だ……と思う。

今、鎮守府のドックは賑わっている。

新たに建造された艦娘と、今までいた艦娘が談笑しているのだろう。

……あの後上層部に色々聞いてみたところ、建造システムは随分と前に完成していたそうだ。

ただ、無理やり船の記憶を植え付けることは人道に反する行いだということで封印されていたらしい。

俺も同意だ。

あとは他国の状況だが……。

『全部片付いたぜー。手こずってる所ある?』

『うちも完璧よ。建造って良いわね』

『とりあえず、深海棲艦を攻められるか?』

『まさか。資材がカツカツさ』

『同じく。チャンスなのにね』

と、うちと同じく建造で深海棲艦を撃退したようだ。

「……赤城、帰投しました」

「……スマン、一旦落ちる。さて、赤城。入ってくれ」

加賀に連れられて真っ先に入渠していた赤城は、貯め込んでいた高速修復材のおかげであらかたの怪我は治っていた。

「……すまなかった。現場で戦いながらの指揮なんて無茶な指示、大破するまで助けられなかったこと、全て俺の責任だ」

「そ、そんな……!あれは私の実力不足で……」

「違う。悪いのは俺だ」

今回の戦いは、加賀や建造によって来てくれた艦娘達がいなければ、艦娘が全滅していた可能性すらある。

「……そうですか」

「そうだ」

赤城はニヤリとほくそ笑む。

「では、悪い提督には罰が必要ですよね?」

「ば、罰……」

……まあ、仕方の無いことだ。

元より覚悟はできている。

「……分かった。俺は、何をすればいい?」

「そうですね、では……」

1度、否。2度も失った命だ。

後悔はない。

理解はしている。

この体、この命は借り物だ。

……ああ、でも。

許されないことだが。

願わくば、もう少しだけ……。

「一緒にいたい」

そう、思って……ん?

「今なんて?」

「一緒にいたい、と言いました。罰として、私から……この場所から離れないでもらいます」

彼女は、少しだけ恥ずかしそうにそう言った。


・・・


「……それは」

それはできない。

この命は『俺』のものだ。

どれだけ辛くとも、俺はここにいてはいけないのだ。

「できない、なんて言いませんよね?罰なんですから」

……なるほど、そう来るか。

確かに罰として扱えば、俺に断る権利はない。

だが、それとこれとは話が別だ。

「……すまない。それはできない」

「……そうですか。あーあ、鎮守府の皆を見捨てるんですね」

「ぐっ……」

痛いところを突いてくる。

「約束も破っちゃうんですか?」

追い打ちをかけられる。

罪悪感がどんどん俺の上にのしかかる。

「それに、どうすれば元の提督に戻るのかも分からないのでしょう?」

……そう、そこが問題点だ。

俺がいなくなるのは簡単だ。

ただ、死ねばいい。

だが、それは同時にこの身体の死を意味する。

それに、運良く自分の意識だけを引きはがせたとして、そこに『俺』が戻る可能性は低い。

「……まあ、そんなことはいいんです」

そんなことって。

「私が側に居たいのは、あなたです。『提督』でも、他の誰でもなく」

……そうだ。

彼女は、この世界において唯一、俺を見てくれる存在だ。


「……私では、提督がここにいる理由にはなれませんか……?」

そう言った赤城の顔は、今までに見たどんな表情よりも不安げで。

その顔を見るだけで、なぜか酷く心が痛む。

……いや、そうではない。

先程彼女が大破したとき、

俺が倒れてしまったとき、

……いや、もしかすると初めて出逢ったとき。

強く意識する度、胸が苦しくなった。

……ああ、そうか。

俺はとっくに、彼女を『赤城』としてではなく1人の女性として……。

「……分かった」

「!」

先程までとは一転、赤城の表情が明るくなる。

「……『俺』が帰ってくるまでの間は、ここに残るよ」

……自分でも、素直ではないと思う。

残りたい。

その我儘を、貫き通したくなった。

「……だから、その、なんだ。これからもよろしくな」

「……ええ、よろしくお願いします」

照れくささに顔を背けてしまう。

視界の外から聴こえる赤城の声は、震えていた。

「……提督」

「……なんだ」

「……ありがとう、ございま」

「赤城さん?」

部屋全体が凍りつく。

「……提督、あなた赤城さんに何を……」

「違うんだ加賀これは誤解で」

傍から見れば俺が赤城を泣かせたような状況。

突然、加賀がこちらの事情を汲み取るはずもなく。

「問答無用。消えなさい」

「だよなー!!!」

どぎついパンチ、腹に一発頂きました。


・・・


「……はっ」

目を覚ますと、いつもの病室……ではなく、自室の壁。

頭の下が柔らかい。

「あ、起きました?」

上から降ってくる声。

頭を回し、そちらを見る。

「んっ……そ、その。あまり動かないでください」

「っ……す、すまん」

どうやら、膝枕をされているらしい。

「……今は何時だ?」

「フタフタマルマル、深夜10時です」

起き上がって外を見ると、確かに夜のようでもう真っ暗だ。

「……そうだ、赤城。すっかり言うのが遅くなってしまったが」

「は、はい!」

なぜか妙に堅苦しい返事をする赤城。

真っ直ぐ見つめられると恥ずかしい。

「……赤城には、部屋を移ってもらおうと思う」

「……はい?」

本来は、気絶する前に言う予定だったことだ。

「というのもだな。赤城も知っての通り、今回加賀や二航戦がうちに来ただろ?」

「……はあ」

「空母陣営で親睦を深めてもらうのを目的に、空母部屋に移ってもらおうと思っているんだ」

「お断りします」

……ん?

「すまない、よく聞こえなかった」

「お断りします」

……はあ。

満面の笑みで言われると、流石に怖い。

「理由を聞いてもいいか?」

「はい。提督は仰いましたよね?『離れない』と」

「お、おう」

「『側にいる』、という罰も当然継続中です」

「はあ」

「ならば私はこの部屋から離れる訳にはいきません」

「いやおかしい」

「おかしくないですよ?」

不思議そうな顔をする赤城。

妙なところで我儘なのは百も承知だ。

何しろ奴もそうだった。

「……普通、独り身の男の部屋に常に女がいるって状況自体がおかしいんだぞ?」

第一、俺は今赤城に変な気を起こしかねない。

むしろ今までよく耐えたレベルだ。

「それは童貞の言うことですよ」

「うるせえな童貞で悪いかよ」

「えっ」

「えっ」

えっ?


・・・


「まさかご存知なかったとは……」

「あの日記もそんなに昔のことは書いてなかったしな……」

というか中学生で致したのか。

時代は進んでいるんだな。

まあ俺も大学生くらいだが。

「……いや待ってなんでお前知ってんの?」

「1度その子が訪ねてきたんですよ。そのときに」

ほほう。

「まあ今の加賀さんなんですけどね」

「えっ?」


・・・


と、いうことで。

「ヤりました」

加賀、参戦。

ちなみに俺の事情は話した。

「……あー、そう」

なんかもう色々面倒くさくなってきた。

とりあえず赤城をなんとか空母部屋にぶち込もう。

「……まあ、そんな訳で。加賀、なんとかしてくれ」

「ええ、簡単な解決策があります」

ほう、頭の回転が早いな。

頼りがいがありそうだ。

「では、しばらくお待ちください」

部屋を出ていく加賀。

何かを取りに行ったのだろうか。

赤城を縛る縄とか。

「何があってもこの部屋からは出ていきませんよ?」

「えぇ……」

帰ってくるまでの待ち時間に、赤城は武装している。

全力で抵抗するつもりなのだろう。

「……お待たせしました」

「おう、遅かった……な……」

加賀が抱えていたのは大量の荷物。

中でも一番目立つのは布団だ。

「私もここに住めば良いという結論に達しました」

うん駄目だわこいつ。


・・・


さすがに二航戦は常識人だったようで、助けを求めたら直ぐに2人を引きずり出してくれた。

「……」

……俺の持ち物はあるが、部屋が寂しい。

あの日を思い出す。

思えば、遠くに来たものだ。

まだ半年も経っていないのに、高校生だった頃が随分と昔のことのように感じる。

「……次の春には、立派に提督やれてんのかね」

そんな問いを虚空に投げる。

当然、返事はない。

「……そうだ」

畳の下から、1冊のノートを取り出す。

ここに、これからのことを描き記そう。

『俺』の代理ではなく、俺として。

「……」

筆を執る。

さて、今日は何を記そうか──。


・・・・・


7月XX日

やはり、まだまだ空母陣は連携できていない。

赤城の練度が群を抜いて高いため、他の3隻がついていけていないのが現状だ。

軽空母達もバラバラ……かと思いきや、あちらは意外と上手くやれているようだ。

あちらにはしっかりしている人が多い。

心配は要らないだろう。

しばらくは、空母の練度上げを主とすることにした。


9月XX日

時雨が改二になった。

俺と同時期にこの鎮守府に来たので、半年もせず改二になったことになる。

彼女が努力している分、俺は努力できているのだろうか。


11月X日

赤城の練度がついに99に達した。

どうやら、ケッコンカッコカリとかいうシステムで上限突破できるらしい。

この練度を数字で表すシステムとか上限とかの言葉は、彼女らをモノやキャラクターとして扱っているように思えて好きではない。

が、どうやら艦娘にとってはまた違った意味を持つようで、赤城は妙に上機嫌だった。

……ちなみに、ケッコンカッコカリはしばらく封印だ。

渡したい相手は決めているが、タイミングは重要だ。


12月XX日

今日はクリスマスイブだ。

ということで、駆逐艦あたりにプレゼントを渡しに行こうと考えていたのだが、

「私が行きますから」

と必死な赤城に代わってもらうことにした。

最近、皆と馴染めるようになってきたらしい。

俺としては、非常に嬉しい反面、どこか寂しくもあるのが情けない。

自分の独占欲にはうんざりさせられた。


12月XX日

目が覚めると、枕元にはプレゼントが置いてあった。

ちなみに、この部屋の合鍵を持っているのは赤城だけだ。

……さすがに気分が高揚する。

なお、中身は少々歪ながらも可愛らしいマフラーだった。


1月X日

加賀が泥酔した。

聞くに年上とのことなので飲酒は合法らしい。

が、押し倒されたりするのは心臓に悪い。

とんで来た二航戦に引っ剥がされ、その後海に叩き込まれていた。

一航戦に対してもああも容赦のない二航戦の非情さが怖い。


1月XX日

各々が、お年玉──と称したボーナス──を使って色々なものを買ってくる。

中でもインパクトが強かったのは、海外艦がこぞって餅を買い込んできたことだ。

喉につまらせなければいいが。


2月X日

セッツブ-ン…

ということで、俺が鬼役で豆まきをした。

投げるための豆を赤城が平らげたのはビックリした。

その後気づいて赤面していて非常に良かったです。


3月X日

もうすぐ、桜が開花する。

鎮守府の周りは鮮やかなピンクに包まれることだろう。

少しずつ近づいてくる春の陽気を感じながら、今日も執務に励む。

隣で手伝ってくれている赤城がうたた寝をしていて可愛かった。

ボーッと見ていたら、知らぬ間に部屋にいたらしい加賀に説教を食らった。

こいつも練度99になってから偉く強くものを言うようになったな。


・・・・・


「……今日で1年か」

「早いものですね」

満開の桜の中、2人で散歩をしている。

知らぬ者から見たら、俺たちはどう映るのだろうか。

「……提督は、春はお好きですか?」

「……まあ、嫌いではないよ。花粉症だから少々辛いがな」

「ふふっ、そうでしたか。……実のところ、私は少し苦手なんです」

「お、花粉症か?」

「いえ、それもあるのですが……そうですね。提督は、春といえば何を思い浮かべますか?」

春。

春といえば、何を思い浮かべるだろう。

やはり、桜だろうか。

それとも、咲き誇る一面の菜の花。

出会いと別れの季節、なんてフレーズを想像する人もいる。

人によって、様々な『春』が在るだろう。

「そうだな、儚くも美しい泡沫の夢……って感じか。全体的に明るくて優しいものが多いな」

「私も同じです。提督は夢と仰いましたが、私はそれが覚めるのが……いえ、夢を見ること自体が、私にとっての恐怖なのです」

「……夢はいつか、必ず覚める。けどな、赤城」

夏への期待が高まり、そして冬が明け人々が陽気に包まれるこの季節。

「この夢は、この春は、暗く冷たい冬を乗り越えられたものに与えられた報酬だ。得たものは、たとえ夢から覚めても失わない」

今までも、そしてきっとこの先も。

「だから、安心して夢を見るといい。貰えるもんは貰っとかなきゃ勿体ないぞ?」

「……では、私に夢を見せてくださいますか?」

俺は小箱を取り出した。

「……『これ』が雪解けになるのなら、喜んで」

「……ありがとう、ございます」

彼女の指に、銀色の光が輝く。

「……夢みたいです」

夢を見ているのは、彼女ではなく俺のほうだ。

いずれ、夢からは覚めなければならない。

しかし、それでも。

「安心しろ、現実だよ」

幕切れは、自分で決める。

全てが丸く収まるその日まで。

彼女には、夢を見させてあげたい。

「……さ、そろそろ帰ろう。午後休憩ももうじき終わるしな」

「……はい、提督!」

温かく、優しい笑みで返事をした赤城は、咲き誇る桜と相まって、世界の何よりも輝いていた。


艦……?






〈──の手記〉

近頃、頭の中で声が聞こえる。

それとても他人とは思えない、聞きなれた異性の声。

背中を押してくれたのも、その声だった。

声が聞こえなければ、こうして提督とケッコンはできなかっただろう。

彼は、私の中で生きていた。

あの瞬間から声は聞こえなくなったが、それでも。

感謝します、『提督』。

最後まで、助けてくれてありがとう。

ゆっくり、おやすみなさい。


艦!


後書き

加賀「ちなみにですが、私と提督は恋人同士でした」
提督「何それ初耳」
加賀「いきなり消えた貴方を探してここにたどり着いて、色々あって別れることになったわ」
提督「色々って何なんで伏せたの」
赤城「世の中には知らないほうがいいこともあるんですよ」
提督「えぇ……」


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2021-02-12 01:59:44

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このSSへのコメント

5件コメントされています

1: SS好きの名無しさん 2020-06-20 02:23:32 ID: S:KZCZ7X

加賀は沈没時は一航戦ではないので正しいと思ったんですが、よくよく考えれば二航戦でもないですよ。加賀は赤城の護衛ですので護衛艦隊に属してますよ

2: 名無しさん提督 2020-06-20 08:06:27 ID: S:rJk4tc

あらま……一応二航戦とは別っぽい書き方したと思ってたんですけど、どっか「加賀は二航戦」みたいな書き方してましたかね……
申し訳ございません🙇🏻🙇🏻🙇🏻

3: SS好きの名無しさん 2020-06-21 08:52:48 ID: S:GOF1r1

こうゆう感じのSS好きです(直球

4: 名無しさん提督 2020-06-21 10:37:52 ID: S:VqjZJW

感謝です!

5: SS好きの名無しさん 2020-06-24 04:56:51 ID: S:UoZ8U-

ちょっと笑ってしまったナイスssです。


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