2022-01-10 02:43:27 更新

概要

昔より言葉が繋がらなくて書きながら老けを実感した


前書き

【注意】
このSSには以下の注意点が存在する可能性があります。苦手な方はブラウザバックお願いします。

・誤字、脱字
・言葉の誤用
・クソ雑場面展開
・キャラ崩壊
・設定の矛盾
・他にも色々

ちなみに推敲とかしてません。自分が書いた文章読み返すのちょっぴり恥ずかしいよね。


『──以上が貴公に課せられた使命だ。やってくれるな?』

冗談じゃない、やってられるか。心の中ではそう思っても、口に出せるはずもなく。

「……しかと、承りました」

悪魔に魂を売った俺は、今日。

彼女達を、裏切るのだ。


・・・


大本営からのミッションは単純だ。

『艦娘が兵器ではないことの証明』。

世間一般において、艦娘はヒトならざる者として扱われているらしい。人間離れした強靭さを持ち、艦の記憶を宿し、国の為に戦う奴隷。それが世間の共通認識だ。

しかし彼女達はれっきとした人間であり、それを否定されるのは悲しいことだ。

だからこその本任務、というのは分かる。

ただ、それが認められても「女性を戦場に出すとは何事だ」とかなんとか言われそうだが、まあそれはそれ。

その場合、叩かれるのは艦娘ではなく指示を出す人間の俺たちだ。彼女達が傷つかないのなら、という条件で、俺はこの指令に従うことにした。

「提督、準備できました」

「ああ、お疲れ様。……これホントにやるの?」

「やる、と仰ったのは提督ですよ。観念して恥をお茶の間に晒してください」

「大淀さん最近あたりキツくないですかね」

「気のせいですよ」

「そっかー……」

絶対に気のせいではないのだが、それは置いといて。

「誰から行くんですか?」

「その言い方やめない?」

「いちいち細かいですね。決まっていないのでしたら、そうですね……」

「いや、一応決めてはいる。決まってるわけじゃないが」

「は?」

は?ってそれ上司にかけていい言葉じゃないでしょ大淀さんちょっと。提督泣いちゃうよ?

「時間が問題なんだよ、時間が」

「と言うと」

「日中はこの執務室も人が結構来るから、あんまり長話はできないんだよ。だからターゲットはフタヒトマルマル以降にこの部屋に入ってきたやつにする」

その時間であれば、良い子は寝ているはずだ。

「……駆逐艦や海防艦の皆さんは対象に入れない、ということですかね?」

「そりゃそうだろあの年頃の子にあんなことしたら通報されるわ」

「でも、そういうのお好きでしょう?」

「違うわ!」


・・・


と、そんなこんなで時間はすぐに過ぎ去って。

『提督、時間です』

右耳に装着したワイヤレスイヤホンから、大淀の声が聞こえてきた。

「……よし」

誰が相手であろうと、やることは変わらない。「逃げよう」と言って艦娘達に怒られるだけだ。

「……っと、どうぞ」

ノックが聞こえ、思考を中断して扉の向こうに声をかける。

「失礼します。提督、まだお仕事中でしたか?」

「迅鯨か……」

迅鯨。迅鯨型潜水母艦の一番艦であり、同じく潜水母艦の大鯨や同型艦の長鯨と共に潜水艦を束ねる艦娘だ。

「今日の分はもうすぐ終わるよ。それで、何か用か?」

「用、と言う程のことでもないのですが……少し気になることがありまして」

「ふむ。潜水艦の誰かか?」

「いえ、その……提督、今日はあまり箸が進んではいらっしゃらなかったようにお見受けしましたので」

「そ、そうか?いつも通りだったと思うけど」

「そんなはずありません!」

ぐい、と距離を詰めてくる迅鯨。

顔と顔の距離があまりにも近いので、つい視線を逸らしてしまった。

「……ほら、目を逸らして。何か隠していませんか?」

「気のせいじゃないか……?」

「……」

たぶん、彼女の言う通り。この作戦のために緊張して、それが食事にも影響してしまったのだろう。

「……私には、教えてくださらないのですね」

寂しそうな表情で俯く迅鯨に、罪悪感が込み上げてくる。

俺は今から、こんなにも優しい子に嘘を吐くのだ。

「迅鯨」

「は、はい」

「心配してくれてありがとう。嬉しいよ」

「いえ、そんな……!」

「……そうだな、迅鯨になら」

「……?」

今回は、彼女の心配を利用させてもらう。

彼女の考える『隠し事』を、俺の『隠し事』の隠れ蓑にする。

「大事な話がある」

「!」

真面目な空気を演出すると、迅鯨はそれを察知して気を引きしめる。

「これは命令ではない。選択権は君にある」

今回、大本営からは指示書が渡されている。そこに記された言葉を脳裏に浮かべながら、それを自然な形で出力していく。

「迅鯨。俺と一緒に逃げてくれ」


・・・


「……あの、すいません。ちょっと外煩くて聞こえなかったんでもう一回言ってもらっていいすか?」

『そうか。貴公には艦娘と駆け落ちしてもらう』

「あーすいません電波の調子が」

『聞き取れるまでひたすら繰り返すぞ』

ジジイ(上司)が折れる気配はなかったため、俺は渋々演技をやめる。

「……一応、理由を聞いても?」

『うむ。してもらう、とは言ったが実際にしてほしいわけではないんだ。彼女達にそう提案してくれ、という話だよ』

「それ俺殺されません?」

『大丈夫だ、君のとこの艦娘ならたぶん』

今たぶんっつったぞこのジジイ。

『書類は大淀くんにファクシミリで送っておいた』

「ファクシミリて。もうちょい機密保持に力入れろよ」

『なに、できれば今日から取り掛かってもらいたいからね。一週間の間に……そうだな、三人ほどの反応が見たい』

「色ボケジジイがよ……」


・・・


という感じで決まった本作戦、名を『ドキッ!あなたと愛の逃避行!?大作戦!』。なめとんのか。あとやけにエクスクラメーションマークが多い気がするが、重要なのはそんなことではない。

「え……?」

問題は、目の前で目を丸くしている迅鯨をどうするかだ。

正直に言うと、完全なノープランである。

まあ、普通に考えて断r

「わ、私で……良いんですか?」

おっと予想外。

どうしましょうこれ。

普通に全員に断られる想定でその後のご機嫌のとり方しか考えてなかったので続く言葉が出てこない。

「……いえ。提督が選んでくださったのですから、私はその選択を信じます」

「迅鯨……」

彼女は俺の手を優しく握り、静かに微笑む。

「知っていますか、提督」

「……何をだ?」

顔を俺の耳元に寄せ、迅鯨は囁いた。

「私、ずっと前から貴方のことが好きでした」

「っ!」

「ほんとは今日ここに来たのも、貴方と二人っきりの時間を過ごす口実が欲しかったからなんです。普段は潜水艦隊の皆さんもいるので、中々時間がとれませんから」

脳を直接揺さぶるような甘い声と言葉に、俺の鼓動は加速していく。

……主に罪悪感で。

この後どうしよう。告白されちゃったよ。一緒に逃げる気マンマンだよこの子。

正直なところめちゃくちゃ嬉しいけど死ぬほど胃が痛い。

もし仮にこの状態で「実は嘘でした」なんて言ってしまえば、その二秒後に俺の首は潰れているだろう。

だからと言ってこのまま何もしなければ、それこそ俺達はここから去るしかなくなってしまう。

「んっ……!?」

どうするべきかと思考を巡らせていると、視界の暗転と同時に柔らかい感触が唇に伝わる。

「……ふふ、驚いちゃって。可愛いですね」

「迅、鯨……」

「あなたとなら、何処へでも。……では、荷物を纏めてまいります。しばしお待ちくださいね」

真っ赤な顔の迅鯨は、照れくさそうにはにかんで部屋から出て……。

「あうっ」

どさり、という音と共に静かになった。

「……まったく。どうするんですか、これ」

その数秒後、迅鯨を担いだ明石が入ってくる。

明石は今日の秘書艦であると同時に数少ない協力者の一人だ。

「……どうしよう」

「うわ茹で蛸みたいな色しちゃって……何まんざらでもなさそうな顔してんですか」

「仕方ないだろこれは……!」

明石はため息を吐きながら迅鯨の口に怪しげな液体を流し込んでいる。

「とりあえず、夢オチだと思ってもらうために睡眠薬とか記憶弄れる薬ぶち込んでおきますね。くれぐれも彼女がここに来たことは伏せるように」

「恩に着る……てか何その危ない薬」

「ほら、シャンとしてください。ノルマはあと二人分なんですから」

「ねえ聞いてる?その薬処分しといてね?」

再び迅鯨を担いで退室する明石。

その背中を見送りながら、俺は。

「……ケッコン指輪、どこにしまったかなぁ」

なんてくだらないことを考えていた。


・・・


翌朝、食堂に入ると既に中にいた迅鯨と目が合った。

「お、おはようございまひゅ!」

「おう、迅鯨か。おはよう」

「……はあ。やっぱり夢でしたか」

「夢?」

「いいいいいいいえ!なんでもありません!」

「そうか。じゃ、隣失礼」

「ふぇっ!?」

返事を聞く前に隣の席に腰掛けると、それだけで迅鯨は変な声を出す。

オーケー、完璧だ。俺の演技も明石の薬も。

これで鎮守府に噂が広まってネタバレ……なんて事態は回避できた。

「あ、あの」

「ん、どうかしたか?」

「そんなに見つめられてしまっては、その……食事に集中できません」

気づけば、迅鯨は困ったような嬉しいような顔で俯いていた。

「あ、ああ。悪い」

「もう……」

知らない間に迅鯨をガン見しているとはなんたる失態。俺も昨日のことをだいぶ意識してしまっていたらしい。いけないいけない、私情を仕事に持ち込むなかれ。

思考を切り替え、次のターゲットを捜す。

迅鯨はすんなりとOKを出してくれたので、できれば別タイプの反応を記録しておきたい。

となると……。

「……あ、丁度いいとこに」


・・・


「さて。そろそろ鎮守府には慣れたか?」

「一応、と言ったところね。まあ?ワシは弩級戦艦だしぃ?出来ないことなんてないしぃ?」

「いちいち語尾上げんな腹立つ」

「ちょ、酷いぞ!そんなこと言うために呼び出したの!?」

奇抜な一人称の海外艦こと弩級戦艦でお馴染み、カブールさんだ。

「ああいや、違う違う。明日の秘書艦の子が体調崩しちゃってな、代わりにお願いしたいんだよ」

「えぇめんどくさ……なんでワシ?」

「だってその辺にいたし……」

「理由が雑ッ!」

「出来ないことないんだろー頼むよーなー」

「どう見ても人にものを頼む態度じゃなかろうに……」

「よっ!弩級戦艦!」

「あんた分かってるじゃない!このConte di Cavourに万事任せておきなさい!」

「ちょろw」

「ワシは聞き逃さんかったぞコラァ!」


・・・


と、そんなこんなで。

明日の秘書艦は我らがカブールさんだ。

ちなみに本来の明日の秘書艦は大淀で、事情を把握しているため快諾してくれた。

……はずなのだが。

「今日も誰か引っかけるんですか?」

「その言い方ほんとにやめてくれません?」

急なスケジュール変更の詫び、ということで、俺は大淀に連れられ食堂に戻ってきていた。

午後3時、おやつメニュー追加タイムのためテーブル席は満席。俺達はカウンター席に座ってメニューを眺めていた。

実の所、俺も大淀もこの時間に食堂を訪れることがないため何があるのか把握していない。

「で?何食べたいんだよ」

「これですね」

大淀が指さしたのは、かわいいパフェ……などではなく、一部ドカ食い艦娘用に追加された『10倍!丼物増量キャンペーン』の文字だった。

「これを頼みますね」

「いいけど……ほんとにイケんの?」

「私じゃないですよ?」

……。

「ごっめーん急用思い出しちゃったー☆」

「逃がしませんよ?」

立ち上がった瞬間にむんずと袖を掴まれ、再び席に引き戻される。

「なんか虫の知らせが」

「今耳元を飛んでいた羽虫のせいでしょう」

「お財布置いてきちゃったから取りに」

「今は私が立て替えますよ」

「あそこにUFO!」

「どうせ瑞雲ですよ」

……。

「もしかしてめちゃくちゃ怒ってる?」

「いえ、別に」

「嘘つけ!」


と、そんなやりとりをすること十数分。

「お待たせしました、こちら『たっぷり満足カツ丼』のオプション十倍になります」

目の前に置かれたそれを見て、俺は絶句した。

一言で形容するなら、山である。

その山肌は衣の木々。

流れるはソースの川。

地中に眠るマグマの如き白米。

「大淀さん」

「頑張ってくださいね♡」

「あの」

「頑張ってくださいね♡」

「おい」

「頑張ってくださいね♡」

「……」

「頑張ってくださいね♡」

「怖いわ!てかこれ人間じゃ無理だろ!」

抗議の意を込めて丼を大淀のほうに寄せようとして、

「な……!?」

どれだけ力を加えても、器はピクリとも動かない。

これを軽々持ってきた妖精さん何者なんだよ。

「さ、提督。お側で見守っていますので」

「覚えてろよこの野郎……!」

諦めて箸を手に取り、カツ丼山に向き直る。

見ているだけで胸焼けしそうな光景だ。

「……だが」

だが。

俺は諦めない。

元はと言えば、この事態を招いたのは俺が任務を引き受けたから。

であれば、何が起ころうとも最後まで成し遂げるのが、カッコイイ上司ってものじゃあないか!

「負けて、たまるかぁ!」

そうして俺は、そびえ立つカツの山へと足を踏み入れ……!


・・・


半分も行かないうちに限界が訪れました普通に考えて無理ですよね誰だよ諦めないとか言った奴馬鹿じゃねえの。

「まあ、提督にしては頑張ったんじゃないですかね?」

大淀は机に伏した背中をさすりながら、丼を覗き込む。

「うっぷ……」

俺は既に満身創痍。身体を動かすこともできず、視界すら朧気だ。大破した艦娘の気分……いや、彼女達はたぶんもっと辛いだろうが。

「さて。提督、一つ提案があります」

「なん、だ……?」

こほん、と咳払いをした大淀は、視線を俺から逸らして小声で呟く。

「このまま残してしまうのももったいないですし。わ、私が……」

「あれ、もう食べないんですか?」

「「!」」

大淀が何かを言い切る前に、何者かがその後ろから丼を片手でかっ攫う。

「じゃ、私がいただきますね!」

「赤城さん!?」

大淀の制止も虚しく、赤城は俺の隣、大淀の反対側に座る。

「あ、もしかしてまだ食べます?」

「……すまん、正直無理」

「じゃあ問題ないですね!」

「まあ、うん。……別にいいぞ」

「やったー!いただきます!」

まあ許可出してなくても食べてただろうけどな。会話中もずっと俺じゃなくて丼見てたし。

「あ、でもこれ間接キスですよね?まいっか」

「まいっかてお前」

「あれ、もしかして照れてます?」

「いやそういうのは特に」

「なんでですか!」

あれ今なんで俺怒られたの?

「というか提督、なんでこんな量を?ただの人間じゃどう考えても無理だと思いますけど」

「ん?そりゃ大淀が……」

話しながら大淀のほうを向くと。

「私じゃありませんよ?」

「えっ」

「提督が、自分で、お食べになりたいと、仰いました」

「えっ」

「ですよね?」

「いやちが」

「ね?」

「……はい」

えっなにこわい……。

「提督、たくさん食べたかったんですか?」

「え、いや、まあ、その。……そうだ、ぞ?」

「なんで疑問形?まあそんなことより、次から は私も呼んでくださいね。たくさん注文しても食べきれなかったらもったいないですし」

喋りながら腹をさすって満足気な笑みを浮かべる赤城。……えもう食べ終わったの?

「それに、提督と一緒だとご飯もいつもより美味しいので。じゃ、ご馳走様でした!」

颯爽と食堂から去っていく赤城を見送り、俺も席を立とうとすると。

「提督」

「はいっ!?」

何処と無く怒気の漂う大淀の声に呼び止められ、中腰のまま固まってしまう。

「な、なんでございましょ……」

怯えながらそう聞くと、大淀はただ一言。

「カツ丼完食失敗の罰、考えておきますね」

……やっぱり最近、大淀が厳しい気がする。


・・・


「うーん……気づいてもらえませんでしたか」

「赤城さん?」

「ああいえ加賀さん、なんでもありませんよ。それじゃあ行きましょうか」

「そうですね。……赤城さん、少し顔が赤いような」

「えっ!?き、気のせいです!さあ遠征遠征、皆待ってますよ!」

「気のせい……?」


・・・


「と、いうことで。Conte di Cavour、本日の秘書艦担当だ。よろしく頼む」

「まさか日付変わると同時に飛び込んでくるとは思わなかったぞお前」

時刻はマルマルマルマル、ド深夜。現在地は執務室の隣、俺の自室である。

「まさかこんな時間に寝るってことないでしょ?」

「寝てる扱いなんだよ……静かにしててくれ」

一応本日の職務は終了、ということになっている。まあ実際は隣の部屋から色々書類を持ってきて仕事を進めたりしているが。

「堂々と仕事しちゃまずいワケ?」

「まずいんだよ、色々と。労基とか」

「フーン、そういうものなのね」

カブールは部屋の中を歩き回り、最終的に俺のベッドに座る。

「何にもないのね」

「なにかを買う時間も娯楽に費やす時間もないからな」

「だからって殺風景じゃない?」

「そうだな。まあ何もないと散らからないのは利点だ」

「花でも飾ってみたら?」

「世話できないし枯れると萎える」

「ええ……趣味とかないの?」

「学生時代は色々やったけど、特にこれといったものはなかったな」

「なんか人生つまんなそうね」

「そうでもないさ。……まだすることもないし、部屋に戻って寝てきたらどうだ?」

すると、カブールはベッドに横たわって。

「あんたが寝るまでここで布団あっためといてあげるわ。……別に、一緒に寝てもいいけど」

「遠慮しときます」

「なんでだっ!?」


・・・


「おーい、もう朝だぞ。仮眠とらなくていいの?」

「昼休憩に寝る。カブールこそ今のうちに寝といたほうがいいぞ」

「もう総員起こしの時間。ご飯だって準備しなきゃいけないしな」

結局、カブールは俺に付き合って起きていた。

彼女曰く、「時報ボイスは二十四時間実装されてるんだから聞かなきゃソンよ」とのこと。何言ってんだこいつ。

「ふあぁ……」

「ほら見ろ眠いんじゃねえか。いいから寝なさいよもう」

「はあ?あんたねえ、ここまで頑張ったワシの努力と時間を無駄にするつもり?」

「その状態で働いてもいい仕事できないぞ」

「そのままそっくりお返ししてやるわよ!」

いかん、徹夜はまずかった。ついイラっときて言い返してしまった。

「……ぁ、ごめん。言いすぎた」

「俺もだ、すまん」

カブールもどうやら同じのようで、お互い謝ったはいいものの気まずい空気が流れている。

「……とりあえず、総員起こし行ってくる。ご飯は待ってて」

「お、おう」

カブールが部屋を出ていこうとしたときだった。

「おはようございます、提督。朝食をお持ちしました」

扉を開けて入ってきたのは、まさかの迅鯨。

「おはよう……ってなんでご飯?」

「も、もしかしてご迷惑でしたでしょうか……?」

「ああいや、そういうわけじゃない。ないんだが……やっぱなんで?」

「……提督、どうやら徹夜をなさったご様子でしたので。元気を出してもらえるようにと、食べやすいものを作ってみたのです」

迅鯨は少し恥ずかしそうに頬を掻きながら答える。

「そうか……わざわざありがとうな」

「い、いえっ!あ、もちろんカブールさんの分もご用意してありますよ!」

「え、ワシのもあるの?気が利くわね……ってぇ!それ秘書艦のワシの仕事じゃないか!?」

「カブールさんもお疲れだと思ったので、つい……申し訳ありません」

「うぐっ」

100%善意の行動と真摯な謝罪に、カブールも強く出られない様子。

「……まあ、ありがたくいただこう。ご飯作らなくていいのも楽だし」

「ふふ、ありがとうございます。よければお昼にも何かお作りしましょうか」

「「え?いいの?」」

「もちろんです!さっそく準備に取り掛かりますね!……あ、食器はお昼に回収しますので置いといてもらって結構ですからね!」

部屋の入口に二人分の朝食の入った盆を置き、退室する迅鯨。

「……なあ提督」

「……なんだ?」

「あいつなんでワシらが徹夜したこと知ってんの?」

「さあ……」


・・・


「あれ、姉さん。何してるの?」

「ちょちょちょ長鯨!?しー、しーっ……!」

「……ああ、そういうこと。なんか最近いつもに増して独占欲高まってない?」

「き、気のせいよ!……あ、食べ始めたみたいね」

「うわあ……料理に変なもの仕込んだりしてない?大丈夫?」

「大丈夫に決まってるでしょ!……ぁ」

「うわ真っ赤。どしたの?」

「わ、私のご飯、美味しいって……!」

「あーはいはい良かったね。……そんなに嬉しい?」

「当然じゃない!」

「あわわ、姉さん声大きいって。……ふーん、そっか。じゃあお昼ご飯は私が作ってみようかな」

「は?」

「ひっ……」


・・・


「なんか今日ヒマじゃない?」

「気のせいだろ。あ、これ頼む」

「了解。……って明らかに書類の量違いすぎじゃん!」

「だいたい俺の判子いるからな。とっとと滅べよ印鑑必要な書類群」

確かに、今日はだいぶ偏っている気がする。

「同じハンコ使えたら楽なのになー」

「そうだな……って、お前それ」

「え?……あっ」

耳まで赤くしたカブールが取り繕おうとなにかを叫ぶ寸前、ドゴッと重い音がする。

「な、なんだ?」

「さ、さあ……って、そんなことより!べべべべべべべ別にワシはあんたと同じ苗字になりたいとかそういうつもりで言ったわけじゃ」

ベキッ!

「「!?」」

先程より大きな、何かが壊れるような音が聞こえた。

「提督、これこのドアの向こうからだぞ」

「みたいだな……見てきてくれよカブール」

「絶対嫌なんだが!?」

「いいじゃんほら艤装つけてはやくはやく」

「やめろ押すなやーめーろー!」

カブールを無理やり扉の手前まで移動させると、彼女は渋々扉に手をかける。

「うぅ……開けるぞ?」

「ゆっくりだぞ」

「うん……」

少しずつ開いていく扉。鬼怒が出るか蛇が出るか、机の陰に隠れて様子を窺っていると。

「何してるでちか」

「うわっ!?」

扉の先にいたのはでち公、ゴーヤこと伊58。ゴーヤは呆れた様子で俺達を見ていた。

「なんだよゴーヤかよビックリさせやがって」

「勝手にビックリしないでほしいでち」

「すまんすまん。廊下で誰かが何か壊したりしてなかったか?」

すると、ゴーヤは一瞬廊下へと目をやってから再びこちらを向く。

「なーんにも見なかったでちよ。きっと提督は疲れてるでち」

「え、いやでもワシも」

「何も聞いてないでちね?」

ゴーヤはカブールの口に魚雷を突っ込む。

「んー、んーっ」

「賢明な判断でち。……提督、提案があるでち」

涙目で首を横に振るカブールをよそに、ゴーヤは歩み寄ってくる。

「な、なんだ?」

「提督はきっと疲れてるんでち」

「いやそんな」

「どう見ても疲れてるでちよ、クマも濃いし」

「気になるほどか……?」

「そりゃもう。だからでちね、提督」

ゴーヤはオリョクルから解放されたときと同じくらいの笑顔で、俺にこう告げた。

「長鯨さんのところに行って、癒してきてもらうでち!」


・・・


「で、姉さんじゃなくて私のところに来てしまったと……」

「目隠しされて担がれたらもう為す術なく……ほんと申し訳ない」

俺はゴーヤに運ばれて艦娘寮の一室、迅鯨と長鯨の部屋に来ていた。

「どう考えても姉さんへの嫌がらせだよね……あとでお仕置きしないと」

「嫌がらせ?」

「ああいや、なんでもないですよ?」

「そうか。じゃ、俺帰るから……」

「ま、待って!」

立ち上がったところ、長鯨にズボンを掴まれる。

「疲れてるのはホントっぽいし、私でよければ膝枕とか……どう、ですかね?」

「いやいや悪いって。意外と脚痺れるんだぞ」

そう言って部屋から出ようとすると。

「む、むう……姉さんのほうが良かったですか?」

「えっ」

「私じゃダメですか?」

「いやダメってわけじゃないけど……」

「ならいいですよね!」

強引に引っ張られ、その勢いでバランスを崩して倒れ込む。

……ちょうど、長鯨を押し倒すような形で。

しばらくの無言ののち、ようやく口が動く。

「あ、これは、だな」

「……す」

「えっ」

「……優しく、お願いします」

見れば、長鯨の顔は信じられないくらいに紅潮していた。目は潤い、息も少し荒い。

「長鯨……?」

「わ、私は別に、ソッチの意味での休憩も、大丈夫なので」

ソッチの意味ってなんだよソッチの意味かよソッチの意味じゃん俺何言ってんだ落ち着け落ち着け落ち着け……!

そうだこういうときは素数を数えて1,1,2,3,5,8,13,21……ちがうフィボナッチ数列だこれ勝手に足すな交わるな孤独であれよ!

「姉さんの気持ち、今なら分かるかも……」

「ちょ、長鯨。一旦落ち着いて」

「提督……私、おかしくなっちゃいそうです」

彼女は俺の背中に手を伸ばし、そっと抱き寄せる。

「ちょちょちょちょちょちょちょちょちょ長鯨!?」

「……」

密着した身体を伝う体温は、響くこの心音は、果たしてどちらのものか。そんなことも分からないくらいに、俺達は近くにあった。

「提督……」

「長、鯨……」

俺の思考までもが少しずつ染まり始める。場の空気が完全に出来上がり、互いの呼吸と鼓動だけが耳に届いていた。

「……長鯨?提督?」

「「!」」

そこに飛び込んできた予想外の声に、俺達の身体は反発しあう磁石のごとき勢いで離れる。

「姉さん……!?」

俺達の視線の先には、ハイライトを失った迅鯨が立っていた。

「長鯨」

「……はい」

消え入るような声で返事をする長鯨。

「随分と楽しそうなことをしてたのね」

「……それは、その」

「じ、迅鯨!」

長鯨が泣きそうになっているのを見て、これはまずいとフォローに入る。

「提督……そう、提督も長鯨を庇うんですね」

「庇……?い、いや。今回は俺が悪いんだ」

「提督は悪くありません!」

「えっ」

「どうせ事故で危ない体勢になって長鯨がそれっぽい雰囲気を醸し出したんでしょう?」

「えっ」

「いいんです、提督は何も悪くありません。さ、執務にお戻りください。お昼も運んでありますからね」

不気味なまでに優しい笑顔が貼り付いた迅鯨に手を引っ張られ、部屋から引きずり出される。扉が閉まる寸前、長鯨と目が合った。先程のシチュエーションがフラッシュバックし、互いに目を逸らしてしまう。

「私は今から長鯨と大事なお話がありますので。それでは失礼いたします」

再び部屋へと入っていく迅鯨。

その場に呆然と突っ立っていると、すぐ側から声が聞こえてきた。

「お疲れ様です、司令官!」

「うわ」

撮影協力に呼んだ第三の助っ人、青葉だ。

「いやあ、まさかの展開でしたねえ!さすがの青葉も途中でカメラ止めかけましたよ!」

「ほんと覗き見とか良くないと思うな俺」

「それじゃ青葉が協力する意味ないじゃないですか、ありのままの反応を撮るためには青葉の存在は邪魔なんです!空気にならなきゃダメなんです!」

「それ自分で言ってて悲しくならない?」

「空気バンザイなので問題ないですね」

「そっかあ……」

「ところでなんですけど。司令官、少し作戦の方向を変えてみてはいかがでしょうか?」

「方向?」

「はい。もう「一緒に逃げよう」縛りはナシで。女の子に手当り次第アタックしてください!」

満面の笑顔でサムズアップする青葉の親指を反対側に曲げると、青葉は床にうずくまる。

「いたたたたたたたた何するんですかぁ!」

「アタックしてみたんだが」

「アタックって攻撃じゃないですからね!?嫌なら嫌って言えばいいじゃないですか!」

「なんか腹立ったからつい……」

「それDVですよ!家庭内暴力はんたーい!」

「お前と家庭を築いた覚えはねえよ!」

「あーそうですねえ家庭は長鯨さんとおせっせして築くんですねえ!」

「おせっ……てめどこまで見てやがった!」

「そりゃもうトロトロになった長鯨さんのお顔だったりすこーしずつ瞳孔が開いていく司令官のお顔だったりがバッチリこのカメラに。だからカメラ止めかけたって言ったじゃないですか」

……。

「没収」

「させませんっ!」

「あっこら逃げるな卑怯者!」

「陽光射せども青葉は死せず!これは青葉が責任をもってジジイのところに送り届けます!」

「俺の上司に向かってジジイとは何だ!クソジジイと呼べ!」

二人で廊下を走り回り、本気で走るうちに青葉を見失っていた。

「くそっ……」

渋々執務室に戻ると、不機嫌そうなカブールが仁王立ちで待っていた。

「遅い」

「すまん」

「どの仕事をすれば良いかも分からず他の女が作ったメシを一人で食べてたワシの気持ちも考えろ」

「本当にすまん……」

「分かれば良いんだ、分かれば。ほら、こっち来て」

カブールに言われるまま執務机に座ると、カブールは迅鯨が作ったであろう昼食を俺の前に並べる。

「わ、ワシが作ったものじゃないから複雑な心境だけど……」

カブールはコーンスープをスプーンで掬い、俺の口元まで運ぶ。

「はい、あーん」

「……?」

「なっ、なんで「この子は何をしているの?」みたいな不思議そうな目で見つめてくる!あーんだあーん!」

「あー、なるほどあーんか。……なんで?」

「誰かと食事を共にする、その究極系は食べさせることだから。……別に、他意は無い」

ぷいっと顔を逸らすカブール。

「まさか弩級戦艦ともあろうお方が寂しかったんですか(笑)」

「なっ……よっぽど死にたいらしいわね!」

怒りか羞恥心か、あるいはその両方で顔を赤くしたカブールは、スプーンを置いてスープの入った皿を持つ。

「可哀想だから優しくしてあげようと思ったら、ワシに恥をかかせるとは……万死に値する!」

パイ投げよろしく投擲されたスープは、至近距離にある俺の顔めがけて吸い込まれて行き……。

「あ"っっつ"ぁ"ぁぁぁぁぁ!?」

「フン、反省した?」

「しましたごめんなさい許して助けて!」

「まったく。ほら、服脱いで」

「あらやだえっち」

「洗濯よ洗濯っ!」


・・・


『提督……私、おかしくなっちゃいそうです』

「うーんイイ表情。司令官のPCの壁紙にしといてあげましょうかね?」

「それは良い考えですね」

「でしょ?……って迅鯨さん!?」

「そのデータ、私が預かりますね」

「それはできません、青葉にも意地がありますから!」

「困りましたね。これでは青葉さんの目の前でその高そうなカメラを粉砕するしか……」

「どうぞこちらが例のブツです」

「ふふ、聞き分けが良くて助かります」

「……行きましたか。ま、当然複製はしてあるので問題ないですが。さ、焼き増し焼き増しっと!」


・・・


「さてと……」

色々起こりすぎて機会を逃しまくったが、カブールを秘書艦にしたのは彼女をターゲットにしたからだ。であれば、そろそろ仕掛けてもよいのではなかろうか?

「……なあ、カブール」

「んー?」

執務も終わってソファで寝っ転がったカブールは、俺ではなく雑誌を見ながら返事をする。

「もし俺が逃げたいって言ったら、どうする?」

「着いてく」

「えっ?」

「だって一人じゃ心配だし。それにワシがここで働いてるのは国じゃなくてあんたの下でだからだし」

何の躊躇いもなくそう言ってのけるカブール。

「そもそもあんたは逃げないだろうけど。艦娘放ってどっか行くような男でもないし、ほんとに逃げたいならワシや他の艦娘達もとっくに察知してるはずだし」

「何?レーダーでもついてんの?」

「ま、女の勘ってところかしら」

「そういうもんか」

「そういうものだ。ほら、分かったらそのニヤケ口をどうにかして執務に戻りなさい」

何やらサラリと流されてしまったが、彼女は俺を多少なりとも信頼してくれている……のだろうか。

「ありがとな、カブール」

「……ん」

相変わらずこちらを見ないまま、彼女は興味もなさそうにそう返す。その横顔が、少しだけ微笑んでいるようだった。


・・・


「という甘酸っぱい青春の一コマみたいなシーンも撮れましたし、そろそろ断ってくれそうな子を選んで欲しいなと」

「お前ほんとそういうとこだぞ」

「褒められました?」

「貶してんだわ」

日付も変わり、カブールが帰ったすぐ後にどこからともなく現れた青葉と話していると。

「提督ー、青葉見なか……」

「ん?衣笠か」

「ガサ?青葉に何か用?」

衣笠が部屋を尋ねてきた。

「……お、お邪魔しましたー」

「「そういうのじゃないから!」」

慌てて二人で否定すると、衣笠は何やらニヤリと笑う。

「こんな夜更けに二人でお話なんて、それ以外の何でもないと思うんだけどなあ?」

「頼むからその吐き気がするようなキモい想像をやめてくれ……!」

「キモっ……!?青葉だって女の子なんですけど!?」

「黙れパパラッチ!」

「こっちのセリフですよ不純異性交遊未遂!」

本気で怒鳴り合う俺達を見て、衣笠は苦笑しながら口論を遮る。

「あ、あはは……ごめんごめん。からかいすぎた」

「ほんとだよ……」

「それで、青葉に用があるんじゃ?」

「ああ、それなんだけどね。迅鯨さんが青葉から借りたUSBメモリを返しに来てたよ」

「じ、迅鯨……?」

昼間の出来事を思い出して思わず後ずさる。青葉は納得したような表情をしたのち、何を思ったか首を傾げる。

「USBメモリって……青葉が渡したのはSDカードのはずなんだけど」

「ほんと?じゃあこのUSBメモリ誰のなんだろ」

衣笠がポケットから取り出したUSBメモリを見て、青葉の顔面はみるみる青白くなっていく。

「な、なんでそれを……」

「?」

「まさかコピーに気づいて……じゃあ一昨日の夜のデータも!?」

青葉の言葉、そこには恐ろしい答えが隠されていた。

「昨日の夜はカブールが突撃してきて、その前ってことは……」

そう。

俺が迅鯨にあの話を持ちかけた、その映像。

迅鯨は、それを見てしまったのだ。

「衣笠」

「なーに?」

「迅鯨が来たのはいつ頃だ?」

「ついさっき。それがどうかした?」

「いや、なんでもない。青葉はしばらく借りるからもう戻りなさい」

「えっ?あー、うん。じゃ、おやすみ」

不思議そうな顔をした衣笠は、そのまま部屋から出ていく。

彼女の足音が遠ざかったのを確認して、青葉に詰め寄る。

「おい」

「はい」

「これはお前の失態だ」

「ほんとうにもうしわけありません」

「お前が今からすべきことはなんだ」

「迅鯨さんをひっ捕らえて再度記憶を弄ることです」

「よし。ちなみに映像はそのままの状態か?」

「使いやすいように迅鯨さんが執務室に入ってきてから出ていくまでにトリミングしてあります」

「それに関しては良くやった。タイムリミットは迅鯨がここに辿り着くまでだ、すぐに作戦に移れ」

「りょ、了解です!」

……さて、ここからはデスゲームの始まりだ。

恐らく、俺が迅鯨に見つかれば詰み。彼女の告白ともとれる発言をなかったことにした、というなんとも残酷な行為に手を染めたのだ。

その上長鯨とのやり取りまで見られたとなると、いよいよ俺の命は危うい。

「とりあえず……」

必要なものだけはしまってから一人頭を抱えていると、轟音と共に扉が開かれた。

ついに裁きの時が来たかと身構えたが、それは裁きを告げる声ではなかった。

「ご無事ですか!?」

「長鯨……!」


・・・


「提督、ヤりましょう!」

「何言ってんの!?」

開口一番、長鯨はそんなことを言い出した。

「私もう後悔したくないんです!」

「後悔ってなんの!?」

「死ぬ前に一度くらい好きな人とヤりたい!」

「話が全く見えてこないんですけど!?」

「私たちは今から姉に殺されるんですよ!?」

「やっぱ俺死ぬの!?」

「だから快楽の絶頂で死にたい!」

「ダメだこいつ正気じゃねえ!くそっ、こうなりゃ……!」

頭から湯気を出しながら騒ぎ立てる長鯨を抱え、俺は窓から飛び降りる。

丁度下はブルーシートやら何やらの布系の資材が纏められているため、着地にそれほどの痛みはなかった。

「おい長鯨、走れ!」

「野外プレイですかいいですね!」

「何の話してんのお前!?ああもういいや俺は逃げるぞ!」

「待ってくださいちんぽ!」

「誰がちんぽじゃ人を全身性器みたいに呼ぶな!」

アホみたいな会話をしながら飛び込んだのは、協力者の一人である明石が取り仕切るアイテムショップ。

「いらっしゃいま……ってどうしたんですか!?」

「色々バレて殺される(意訳)」

「あー……とりあえず長鯨さんにはおクスリ打っときますね」

さすがの手際の良さで、瞬く間に長鯨を落ち着かせる明石。

「つまり今は迅鯨さんに追われていると」

明石は長鯨を別の部屋に運びつつ、状況の確認をしてくる。

「理解が早くて助かる。どうにかなんない?」

「こればっかりはどうにも。ご自分で解決なさっては?」

「俺死んじゃうよ……」

「まあ大丈夫じゃないですかね。迅鯨さん提督にベタ惚れですし」

「そこにつけ込む感じが嫌なんだよ……」

「うわめんどくさ。何事も一回向き合ってみて、ダメだったらそのときですって」

「つまり丸投げじゃないですかヤダー!」

「当たって砕けろですって、さあ行った行った」

明石にアイテムショップをつまみ出され、外に出た瞬間。

「……こんなところにいらしたのですね、提督」

「あっ」

俺を見下ろす迅鯨と目が合った。


・・・


「で、こうして工廠の一室をお借りして二人きりというわけですが。まずはあの動画について説明してくださいますか?」

「はい……大本営からの依頼で、艦娘のありのままの感情を出した姿を撮れと。シチュエーションも向こう指定のものです」

「……つまり、あの言葉は本心ではなかったと」

「……はい」

俺は今、アイテムショップに併設された工廠の奥の奥、物置小屋に拘束されている。

椅子に手足を縛られ、目隠しをされている状態だ。

「私、夢だと思ってたんです。提督に告白したのも、その……キスしたのも」

「……」

「だから、私はそれを現実にできるよう頑張ろうと思って。だからご飯を作ってみたんです」

「……」

「でも、提督は私の気持ちを知っていて。その上で返事をせずに知らんぷりして」

「……」

「そんな悪い提督には、消えてもらいます」

こちらに近づいてくる足音。俺はどうすることもできず、ただただ震えていた。

「……悪いのは、提督なんですからね」

耳元でそう囁かれ、いよいよ死を覚悟したそのときだった。

「んっ……!?」

唇に触れたその柔らかい感触に、俺は覚えがあった。

「……これで、キスは夢じゃなくなりました」

彼女はそう言いながら俺の目隠しを外す。俺の目に飛び込んできたのは、口元を抑えて潤んだ瞳のまま俺を見つめる迅鯨だった。

「では、改めまして。提督」

「は、はい」

「ずっと前から好きでした。どうか私のこの気持ちに、決着をつけてください」


・・・


「どうか私のこの気持ちに、決着をつけてください」

決着。自分でも、この言葉を選んだ理由が薄々分かってしまっていた。

私が想いを明かすに至ったキッカケである提督の誘いが嘘だったこと。

提督が私の告白をなかったことにしたこと。

それだけで、結果は見えているようなものだ。

だから。

だからこそ、私はこの気持ちと決別しなければならない。決着をつけ、過去を振り切らねば。

ああ、でも。それでも。それでも私は貴方のことを──。


・・・


「……」

迅鯨は震えていた。答えを求めているようで、その実俺の言葉を聞きたくないと身体が告げているのだろう。

「……迅鯨」

「……はい」

言葉は無慈悲に、彼女に届く。

「少しこっちに来てくれ」

「……?」

おぼつかない足取りで俺の側まで歩いてきた迅鯨。

「俺の服の左内ポケット、ちょっと見てくれ」

「は、はあ……」

彼女は服のボタンを外し、指定したポケットから小さな箱を取り出す。

「これ、って……!」

「……今更言うのも恥ずかしい話なんだが。あ の時の告白で気持ちは固まってたんだ」

迅鯨が取り出した小箱。提督と艦娘の愛の証、ケッコンカッコカリに必要なアイテム……ケッコン指輪の入った箱だ。

「でも、じゃあなんで……!」

「どう言えばいいかは分からんが、そうだな。俺はキチンとしたかったんだ」

俺が彼女に指輪を渡そうと思ったキッカケは、彼女の言葉だ。その言葉を彼女が夢だと思っているうちは、俺もこの気持ちを伏せておく。そう決めていた。

もし彼女が真実を知った上で俺のことを好いていてくれるのならば、そのときは……と。

「決め手はキスだけどな。俺のファーストキスを奪った責任はとってもらうぞ」

「……ふふ。それ、普通は女の子の台詞ですよ?」

「そうだろうな」

迅鯨は俺の拘束を解き、小箱を渡してくる。

「これ、どこにつける装備なんですか?」

「決まってる」

「まあ、そうですよね。では」

差し出された迅鯨の左手。彼女の指は細く綺麗で、触ると壊れてしまいそうな儚さも秘めていて。

「……良いんだな」

「良いんです」

「そうか」

そっと迅鯨の手に触れると、彼女の身体が跳ねる。

「……」

小箱から指輪を取り出し、迅鯨の薬指の前に持ってくる。この先に進めば、もう後戻りはできない。

「行くぞ」

「はい」

だから。

だからこそ、この瞬間に意味がある。

指輪は彼女の指を滑るように進み──。


・・・


『──二人は幸せなキスをして終了、と。さすが青葉くんだ、いい映像だよ』

「恐縮です!」

『さて。そこでむくれている大淀くんは……まあそっとしておいてあげるとして、明石くん』

「はい?」

『実に見事な誘導だったよ。最後の君の一押しがなければきっと彼は踏み出せなかっただろうからね』

「あ、ありがとうございます。ちなみに報酬とかって出ますかね?」

『もちろん。元々この任務は君達艦娘の幸せを願ってのものだからね、今君達が貰って幸せになれるものを与えよう』

「「「じゃあ……」」」


・・・


「はい、というわけで。酒保にケッコン指輪を入荷してみました」

「マジか」

「青葉がビラを撒いたおかげですぐに売り切れました!」

「マジか……」

「で、こちらジュウコン待機列になります」

「マジか……!」

晴れて迅鯨とケッコンカッコカリを成し遂げたその翌日。

俺の部屋の前には、それはもう長い行列が出来ていた。

「てかなんかいちゃいけない人達混ざってない?一航戦とか遠征に出てたはずなんだが」

「一航戦?いえ、知らない子ですね……ねえ瑞鶴?」

「ひっ……そ 、そうよね赤城姉ぇ、加賀姉ぇ!」

「と、ご覧になれば分かるように今の私達は五航戦なので問題ありません」

「問題しかないだろ瑞鶴めちゃくちゃビビってんじゃん」

そしてそのビビる瑞鶴もこの行列に並んでいるの、どうなんだろうか。

「当然潜水艦も勢揃いでち。長いこと鎮守府を支えてきたんだからそろそろ報われるべきでち」

「うわでた」

「ご挨拶でちね。スク水美少女の群れに迫られていつまで耐えられるかが見物でち」

「お前自分がどんな発言してるか分かってる?」

後ろにいるろーちゃんとか「?」みたいな顔してるよ。いやでも待機列には並んでるのね。

「ワシもいるぞワシも!」

「あー、はい。そっすか」

「やっぱりワシの扱い雑じゃないか!?」

「そんなあ、ちがいますよう」

「その言い方腹立つ……」

というか、それより。

「俺ジュウコンしたくないんだけど」

そもそも俺がジュウコン肯定派ならば、ケッコン指輪なんて貰ったらすぐに誰かにあげて新しく買い足している。ケッコン指輪の場所すら忘れていたということは、迅鯨との一件がなければケッコンする気すらなかったということだ。

「ってことで解散。今日も励むように」

その場を立ち去ろうとすると、後ろから肩を掴まれる。

「私にあんな思いさせておいて、責任とらないつもり?」

「ちょ、長鯨……」

「ほら、同型艦だから姉さんと比べても遜色ないよ?」

「そういう問題じゃないって」

「提督が不倫したって叫ぶよ?姉さん飛んできちゃうかも……」

「ほーう。だそうだ、迅鯨」

「ふふ、提督が不倫なんてするはずないのに。おかしなことを言うのね」

「えっ」

……実の所、迅鯨は最初っから俺と同じ部屋にいた。

ケッコンショヤ、と言えば分かるだろう。まあやましいことは何もしておらず、ただの添い寝をしただけだが。

「長鯨、それに待機列の皆さん」

迅鯨は不敵な笑みを浮かべ、こう宣言した。

「提督の隣を譲る気はありません!」


・・・


「ああ、私ったらつい調子に乗ってあんなこと……」

「カッコよかったけどな。ほらお茶」

「ありがとうございます……はあ、大変なことになる気がします」

「大変なこと?」

「この鎮守府、ほぼ全員が指輪を持ってるんです。ただ、ケッコン指輪は提督が嵌めないと効果が出なくて」

「そうらしいな」

「そうらしいな、ではありません!これから多くの艦娘が提督に迫ってくるんですよ?」

「何それ怖い」

「私一人では提督のことを守りきれるかどうか……」

「最悪俺が耐えれば良いだけでは?」

「告白とキスだけでケッコンを決意できるようなチョロいお方が……?」

「えっ酷くない?信頼されてないじゃん……」

「愛しているから不安なのです!」

「まあまあ。じゃあこうしよう」

「?」

「ほとぼりが冷めるまで、二人でどこかに身を隠す。……つまりアレだな」

「アレですか」

「ああ。迅鯨、俺と一緒に逃げてくれ」

「……ふふ、勿論です。あなたとなら、何処へでも」


艦!


後書き

後書きにまで目を通してくれるそこのお前!
大好きです

それはそれとして、久々に艦これSSを書いた(そもそもしばらく艦これプレイできていなかった)ので至らない点も多々あると思います。むしろあれ。誤字に脱字に誤用に矛盾、その他気になる点があれば是非お教えください。

J( 'ー`)し.。oO(なんか逃げる提案をした場面がほとんどなくてタイトル詐欺っぽいわね。いつものことですけど)


このSSへの評価

1件評価されています


ヨーさんから
2022-02-01 15:07:18

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水無月29さんから
2023-03-24 16:27:38

ヨーさんから
2022-02-01 15:07:20

SS好きの名無しさんから
2022-01-10 12:32:53

このSSへのコメント

1件コメントされています

1: SS好きの名無しさん 2022-09-11 01:50:51 ID: S:lfy-uc

よきよき


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