提督「衣笠さんとショッピング」青葉「青葉は!?」
提督「青葉? 帰れ。 衣笠デート行こうぜ」
青葉「解せぬ」
衣笠「だいたい分かった」
イカれた注意事項を紹介するぜ!
・誤字、脱字は日常茶飯事
・矛盾、設定崩壊、キャラ崩壊など
・純粋に文章が下手
などが含まれる可能性があるぜ!
以上だ!
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン! 青葉、到着しました!」
「呼んでない。 てかなんでいんの?」
今回、俺は誰にもバレないように鎮守府を抜け出したはずだった。 規則であれば艦娘を最低一人は護衛として同行させる必要があるのだが、今日だけは誰にも来て欲しくなかったのだ。
「司令官あるところに青葉あり、スクープの気配にいてもたってもいられず発信機から追跡させてもらいました!」
「発信機」
「なんでもないです。 それで、艦娘に黙ってお出かけとは……一体何を?」
青葉は特に何も持っていないように見えるが、おそらくどこかにボイスレコーダーと隠しカメラは仕込んでいるはずだ。 下手なことを言えばすぐに拡散され、俺のプライバシーは消滅するに違いない。
「言うわけないだろ。 帰れ」
「帰りませんよ。 だって……」
青葉は俺を押しのけ、後ろに立っていた男の首を掴む。
「護衛が必要なのは変わりませんし、ね!」
男はたまらず青葉を振りほどこうと手を伸ばし、そのはずみにポケットからナイフが落ちる。
「なんだ、気づいてたのか」
「司令官こそ。 試してました?」
「こいつをな。 動きから素人かどうか判断しようと思って」
落としたナイフはアーミーナイフではなくフルーツナイフのようなもの。 おそらく一般人だ。
「にしても、ほんとにいるんですね。 こういうの」
「ま、俺を殺すのが一番手っ取り早いからな。 未だにいるんだよなあ、艦娘保護運動の皮被った過激派連中」
「なら自分達が戦えって話ですけどね。 私達だって守られたいわけじゃないですし」
べき、と痛々しい音が鳴ったかと思うと、男は地面に伏せていた。
「とりあえず腕だけやっときました」
「ナイス。 憲兵に連絡入れるからしばらく周囲の警戒頼む」
「はーいっ」
・・・
無事に男の引渡しが終わり、一段落ついた後のこと。
「それで、今日は何を?」
「……絶対記事にしない?」
「保証はできませんねぇ」
「じゃあダメ。 帰りなさい」
「それもできません! またさっきみたいなのが来たら危ないですし、司令官が危険な目に会うのは青葉としても心苦しいので」
「……困ったな」
どうにかして青葉を振り切れないものか、と周囲を見回すと、都合良く救いの手を発見する。
「護衛がいればいいんだな?」
「え?」
「衣笠ー!」
大声で呼びかけるとどうやら気づいたようで、走ってこちらに近づいてくる。
「外で会うなんて珍しいね。 どしたの?」
「急な話で悪いんだが、このあと時間あるか? 買い物に付き合ってもらいたくてな」
「衣笠さんは用事終わったから問題ないけど……青葉はいいの?」
衣笠が青葉を見ると、青葉は待ってましたと言わんばかりに詰め寄ってくる。
「よくありませんよ! なんでガサが良くて青葉がダメなんですか!?」
「前科」
「うっ」
過去何度も艦娘達の個人情報を赤裸々に暴き、その度にボコボコにされ……もはや鎮守府内での彼女の扱いは散々なものである。
しかし彼女の記事によって救われる者も多く、「一人でも望んでくれる限り取材を止めることはない」と青葉は宣言している。
「てことだ。 頼めるか?」
「そういうことならいいよ。 でも、私の買い物にも付き合って欲しいかなーって。 提督がいるならまだまだ色々買えちゃうし」
「荷物持ちか。 任せろ」
「わーい!」
「むう……」
青葉は少し拗ねたような表情だったが、すぐに気を取り直してこう告げる。
「二人がデートしてたって記事に書いてやりますよ!」
「そうかそうか。 ちなみに今の会話は俺も録音してるから、身の潔白は証明できるぞ」
「なっ!? 卑怯です!」
「クソデカブーメラン頭に刺さってんぞ。 ちなみに後つけてきたらほんとに怒るからな」
「……分かりました、青葉は大人しく帰りますよ。 口止め料くらいは払ってくださいね」
「分かってるよ。 じゃあまた鎮守府でな」
・・・
街を歩いていると、隣を歩く衣笠が聞いてくる。
「……ねえ、ほんとに良かったの?」
「何がだ?」
「青葉のこと。 たぶん結構落ち込んでるわよ?」
「……それでも、だ。 今日だけは青葉は連れて行けないんだよ」
「私はいいんだ。 それは青葉が記者だから?」
「……どうだろうな」
適当に話を濁しつつ、俺達は目的の場所に向かう。 その道すがら、俺は何やら奇妙な違和感に襲われた。
「どしたの?」
急に立ち止まった俺を見て、衣笠は不思議そうに覗き込んでくる。
「何でもないよ。 それより腹減ってないか?」
「おっ、そういやもうすぐお昼だもんね。 いいお店でも知ってるの?」
「まさか。 基本的にはコンビニのイートインか牛丼屋で済ませてる」
「味気な……じゃ、この近くで美味しいとこ教えてあげる!」
「うおっ」
衣笠に手を引かれ、俺は危うく転びかけ……というか普通にコケた。
「あ、ごめん」
「大丈夫だ、問題ない……」
その愛らしい見た目から時折忘れてしまいそうになるが、艦娘と普通の人間とではパワーもスピードも段違い。 人間と同じように接していると、こういう事故も稀に起こるのだ。
「よし、行くか」
「うん!」
今度は優しくゆっくりと、衣笠と手を繋いで歩く。 衣笠は特に気にしていないようだが、もしこの様子が誰かに見られていたら……なんてことを考えながら進むうち、一軒の小洒落たレストランに到着した。 昼時だというのに店内は意外に空いており、チラホラと常連客らしき人物が座っている。 俺達も近くの席に向かい合うように座ってメニューを手に取る。
「ここは?」
「ちょっと前に青葉が教えてくれたんだけどね、すっごくオムレツが美味しいの!」
「洋食屋か……よし、ここで済まそう。 今日は奢るぞ」
「ほんと? じゃあ高くて手が出なかったアレを……」
メニューを眺めてウキウキの衣笠を尻目に店内の様子を再度確認すると、なるほど青葉が好みそうなものがいくつか置いてあった。
「古い雑誌が多いんだな」
「雑誌だけじゃないよ。 あそこには新聞、そっちには写真……店主さんが集めたんだって」
「なるほどな。 いい雰囲気だ、気に入った」
「お礼は青葉にね。 提督は何食べる?」
「そうだなぁ……青葉はいつも何を?」
「これ」
メニューを見ると、そこには『伊太利コロッケ』の文字。
「コロッケ?」
「うん。 二回くらい一緒に来たけど、絶対それ頼んでたから」
「じゃあ俺もそれにしよう。 衣笠は決めたか?」
「悩んでも決まらないからとりあえず食べたいもの全部!」
「えっ」
某航空母艦が異常に食べるだけかと思えば、艦娘は意外と全員よく食べる。 というより、胃の許容量が人間に比べて非常に多いのだ。
「男に二言は?」
「……」
さすがに結構な金額になりそうで怖気付いていると、衣笠はぐっと距離を詰めてくる。
「二言は?」
「ありません……うぅ」
「やりぃ!」
……あとで銀行に寄らなければ。
・・・
「さて、着いたぞ」
食事を終え、数十分歩いて目的地に到着する。 そこは広い庭園に城のようで教会のような見た目。 外からでも見える大きなステンドグラスが特徴の建物だ。
「ここって式場だよね?」
「おう。 んでもって」
敷地内ではなく、その一つ隣の駐車場。 そこにはカードキーで開く地下への階段があった。
「え、降りるの?」
「降りる。 というか目的地はこっち、今日はそっちに用はない」
「なんか秘密基地みたいね」
「そんな生易しい所じゃないぞ」
薄暗い階段を降りていくと、やがて舗装もされていない洞窟のような道に出る。
「分かるか?」
「なんとなく。 ……防空壕かな」
「正解。 かつては防空壕として実際に使われていた場所で、今は一部の人間だけが利用する特別な施設だ」
歩いているだけで気分の重くなる細く暗い道を抜けると、そこには見慣れた光景が広がっていた。
「明石の酒保へようこそー!」
「……は?」
・・・
「なんで明石さんがここに?」
衣笠もさすがに驚いた様子で目を見開いている。
「企業秘密です」
「いやでも」
「企業秘密です」
「あっはい」
有無を言わせない明石に衣笠も諦め、店内の物色を始める。
「それで明石、例のブツは?」
「ばっちり素材は集めてありますよ。 ここに連れてきたってことは衣笠さんに?」
「いや、別の子」
「ほほう、気になるところではありますが……まあ詮索しすぎるのもよくありませんね。 早速色々細かい情報を教えてもらえると」
「おっけ。 衣笠ー」
「なーに?」
とてとてと歩み寄ってくる衣笠。 手にはちゃっかり色々なお菓子や飲み物を入れたカゴを持っている。 コンビニみたいな品揃えしてんな。
「青葉って好きな宝石ある?」
「あの子ジュエリーとかそういうの拘りないと思うけど……」
「金属アレルギーは?」
「ないね」
「了解。 明石、裏石の一番良い奴7号頼む」
「ちゃんと測りました?」
「測ってはないけど、まあ姉妹だからな。 さっきそれとなく確認した」
さっき、というのは彼女に手を引かれて歩いたときのことである。
「姉妹? 提督ってお姉さんいるの?」
「え? ああいや、そうじゃなくて……まあいいか。 妹ならいるぞ」
「へー、初耳」
衣笠は駄菓子を貪り食いながら聞いているのか聞いていないのか適当な相槌を打……まだ支払い前だろそれなんで食ってんだよ。 まあ明石が気にしてないっぽいからいいけど。
「何週間で仕上がりそうだ?」
「工作艦の技術力舐めないでくださいよ、五分で終わらせます!」
「精神と時の部屋でもそんなトンデモ時間じゃ出来ねえよ……ってことは既に作ってあるんだな?」
「というより、サンプルとして上から送られてくるのがまさにさっきの条件と合致してるんですよ。 しっかり新品の美品なので、それでよければ」
「……刻印は可能か?」
「できないことはないですけど、一時間くらいお待たせしちゃいますね」
「変態技術やめろ」
「それで? どれにします?」
明石が持ち出したテンプレ集チェックシートからいくつか良さげなワードにチェックを入れ、再び明石に手渡す。
「……はい、確認しました。 お代はいつもの口座にお願いします!」
「分かった。 またあとで取りに来る」
「あ、終わった? 次は衣笠さんの買い物だからね!」
「分かってるよ」
「ありがとうございましたー!」
いつの間にか会計を済ませていたようでビニール袋に入れられた大量の菓子を持たされ、俺達は地下酒保を後にした。
再び薄暗い階段を登って式場前まで出てきたところで、衣笠に質問してみる。
「……衣笠」
「んー?」
「衣笠はもし告白されるならどんなシチュエーションが良い?」
唐突な質問に彼女は面食らったような様子を見せるも、すぐに考える素振りを見せる。
「何それ、式場だからって変なこと意識しちゃって。 ……そうね、青葉だったら夕方に二人きりになれる場所がいいかな」
「なっ……!?」
「あっはは、バレてないとでも思ってた?」
してやったり、と言わんばかりに笑い出す衣笠。 彼女もとうに気づいていたのだ。
「普段なら青葉のやりたいことは絶対やらせてあげてるのに、今日に限って着いてきちゃダメなんて……その時点で分かっちゃうよ」
「ぐ、でもそれだけでは」
「分からない、って? じゃあなんであのレストランで青葉の好きなメニューなんて聞いたんだろうね」
「……偶然の可能性だって」
「ないない。 だってさっき言ってたし、『今日は』式場に用はないって」
「……」
完全にバレていた。 途端に羞恥心が込み上げてくる。
「頼むから言うなよ?」
「どうせ帰ったら告るんでしょ? 関係なくない?」
「それもそうだけどな、俺がヘタレる可能性もあるし……」
「大丈夫」
俺の言葉を遮るように、衣笠は俺の手を握る。 初めに手を引こうとしたときよりも優しく、繋いで歩いたときよりもしっかりと。
「絶対大丈夫。 衣笠さんが保証するから」
俯いているため表情は読み取れないが、彼女の言葉はとても優しい響きであった。
「衣笠……」
「ね、行こ。 提督と一緒にお出かけするの、これで最後かもしれないし」
顔をあげて笑う彼女の瞳は、ほんの一瞬で分かるくらいに潤んでいた。
「めいっぱい楽しまなきゃ、ね!」
気丈に振る舞うその意図が汲み取れないほど愚かではない。 彼女の強さと優しさに感謝して、伸ばされたその手を取り……。
「……伏せろ!」
「え……きゃっ!?」
そのまま全力で引っ張って、二人で地面に倒れ込んだ。 ほぼ同時に、俺たちの首があったところをナイフが空振る。
「……避けるか。 腐っても軍人だな」
「腐ったつもりは無かったんだがな。 何者だ」
ナイフの持ち主である黒フードで黒マスクの男は、その双眸を青く妖しく光らせる。
「俺のことなんて、あんたには関係ないさ。 運に味方されただけのあんたにはな」
「あ、面接のときの。 お久ー、元気してたか?」
「どうだかな。 早速で悪いが死んでくれ」
地面に転がる俺目掛けてナイフを振り下ろすフード男。 状況が理解できていないらしい衣笠をなるべく遠くへと突き飛ばし、その反動で俺も位置を変える。
「感動の再会だぞ、そりゃ薄情すぎるって」
「あんたが馴れ馴れしいだけだ」
今の一連の動作で疑念が確信に変わる。
「記憶違いでなければ、お前は国を守ると輝いた目で息巻いていた筈なんだが。 その濁った深海の色はどうした?」
「改造人間だよ。 艦娘が艦娘たる所以は艦の力を引き出す魂。 だが深海棲艦のシステムは魂ではなく肉体との結びつきが強くてね」
「……つまり?」
「この身を深海棲艦と一体化させた。 あんたを消し去るにはこの力が一番だからな!」
フード男が俺の頭目掛けてナイフを振り下ろす。
「……すまん!」
「わっ!?」
覆い被さるように倒れていた衣笠を横に突き飛ばし、その勢いで俺も反対側に転がる。 目のほんの数センチ横にはナイフが突き刺さっていた。
「逃げろ衣笠!」
「で、でも……!」
「対人戦は無理だ!」
艦娘の使命は海を守ること。 内地での反乱の対処は俺達軍人や憲兵の役目だ。 彼女達が正義の味方でいられるように、決して人間に対してその力を向けさせることのないように。
「おいおい、逃がすと思ったのか?」
「悪いが俺は命なんて惜しくないんでね。 俺の部下には手を出させない」
フード男がナイフを抜くより早く、俺はその手首を掴む。
「今だ!」
「……っ!」
俺を振り払うの手間取っているうちに衣笠が走り出したのを確認すると、フード男は俺の顔を踏みつける。
「ぐぁっ……!」
「本当に腹が立つ男だな、あんたは。 気が変わった、殺すのはあとにしてやるよ」
「かはッ……」
フード男に腹部に蹴りを入れられ、衝撃で意識が遠のく。 記憶が完全に途切れる寸前、男の囁きがやけに鮮明に脳に響いた。
「あんたの目の前で、大事な部下を皆殺しにしてやるよ」
・・・
「……さい、起きてください司令官」
「ん……」
意識を取り戻したとき、まず目に飛び込んできたのは見知った顔。
「何してるんだ、青葉」
「こっちのセリフです。 今回は青葉がいたから良かったものの、もし青葉が出撃中だったら完全に詰んでましたよ?」
状況確認。 どうやら俺は椅子に縛りつけられているらしく、まったく身動きが取れない。 見える範囲の情報ではここが屋内であることだけは分かるが、現在地も現在時刻も把握できない。
「そうだ、衣笠!」
「……ガサなら入渠中ですよ。 司令官の忠告も聞かずに戻って返り討ちにあったー、って泣いてましたけどね」
「……そうか。 あいつは?」
「外で艦娘の群れと交戦……というか蹂躙されてる途中です」
なんとなく現状を理解する。 青葉の言っていた発信機を使って場所を特定、フード男が艦娘を呼んで迎え撃つ準備を終えるより早く他の艦娘を引き連れリンチをしているのだろう。 いくら対人戦に不慣れな艦娘と言えど群れれば普通に暴力の塊、敵う訳がない。 なんかここまで来ると可哀想だなあいつ。
「悪い、助かった。 あいつは俺だけじゃなくて衣笠にまで手を出したんだろ、相応の報いは受けてもらう」
「……そう、ですか」
青葉が何かを悟ったような表情で俯く。 と同時に、外から蛮族の咆哮のような逞しい叫び声が聞こえてきた。
「敵将の首、討ち取ったりぃいいいいいいい!」
「いや首取っちゃダメだろ!」
慌てて飛び出そうとして身体が縛られていることを忘れてしまい、椅子ごと前にずっこける。
「へぶっ……ちょ青葉、紐解いて」
「……嫌です」
「俺艦娘が人の首千切るとこ見たくないって止めないと」
「嫌です」
「でも」
「嫌です!」
懇願ともとれる彼女の叫びに、俺は気圧されてしまう。
「……ごめんなさい。 これは青葉の我儘です」
「……!」
見れば、彼女の頬を一筋の涙が伝っていた。
「分かった。 ……話してくれ」
「じゃあ、約束してください」
「約束?」
すると、青葉はどこからともなくあるものを取り出した。
「ガサのこと、よろしくお願いします」
「おい、これ……!」
「……やっぱり、そうなんですね」
どうなんですか。 なんで青葉がこれを持っているのかは知らないが、想定外の出来事に脳がフリーズする。
「司令官。 青葉、ほんとは何度も新聞作りをやめようと思ったんです。 皆のことを晒しあげると、当然得をする人より損をする人の方が多くて。 青葉は皆に怒られて」
またもや予想外の内容に驚いていると、青葉は俺の側まで歩いてくる。
「それでも、色んな人に迷惑をかけてでも新聞を作れているのは、司令官のおかげなんです」
俺を縛っていた紐を解きながら、青葉は話し続ける。
「出会って間もない頃、覚えてないかもしれないけど、司令官が言ってくれたんです。 『青葉の新聞のおかげで皆のことを知れて助かってる』って」
当然忘れてなどいないし、今だって彼女の新聞には何度も助けられている。 そうでなければとっくに止めていただろう。
「だから青葉、司令官にはとっても感謝してます。 司令官は青葉にとって誰よりも大切な人です。 ……なので、青葉は決めました」
俺の手を引いて立ち上がらせると、青葉は俺の手に取り出したものを握らせる。
「二人のこと、ちゃんと祝福します。 ちょっぴり辛いですけど、司令官の幸せが青葉の幸せですから」
「……?」
「いや「……?」じゃなくて。 青葉今結構覚悟決めて宣言したんですけどコテンと小首を傾げないでもらって良いですか!?」
ちょっと何言ってるか分からない。 いきなりどうしたんだこの子。
「なんか勘違いしてないか?」
「勘違いも何も、今日は随分と楽しそうにデートしてたじゃないですか! ドローンで上から全部見てましたよ!」
「何しとんねん。 なんかずっと違和感あるなーと思ってたらお前の仕業かよ」
「なんですかなんですか、青葉がいないのをいい事に手を繋いで? 青葉が教えたお店でイチャイチャして? 挙句の果てには結婚式場、中に入って指輪のオーダーメイド? アウトの塊ですよ!」
「ドローンで中の様子まで分かるのか?」
「明石さんの協力で光学迷彩と消音加工を施してますからね、風呂だろうがどこだろうが侵入し放題ですよ」
「どう考えてもアウトの塊絶対そっちだろ!」
「ってそうじゃなくて! ああもうっ、とにかく青葉は二人のこと応援してますから!」
なぜか逆ギレ気味の青葉だが、やはり何かを勘違いしているようだ。
「俺と衣笠はそういう関係じゃないぞ?」
「は? 今更なーにバカなこと言ってんですか。 もうネタはあがってるんですよ!」
「ネタて。 それ録音機能とかないの?」
「今日は風が強かったですからね、風切り音しか入ってなかったです」
「えぇ……対策しとけよ」
「いやあ、どうせ鎮守府内でしか使わないと思ってたので」
合点がいった。 こちらの声が一切届いていないのなら、彼女の勘違いも仕方のないことだ。
「あのな青葉、実は──」
・・・
「……というわけで、さっき俺に渡してきたそれは衣笠じゃなくて青葉のものなんだよ。 分かったか?」
「……っ! ……っ!!」
手で顔を覆ってその場に蹲る青葉。 時々声にもならない「キュウウィ…」みたいな音が聞こえてくる。
「分かったら皆の所行くぞ。 ほら立て」
「嫌です。 青葉しばらく動けません」
「我儘さんめ……」
こうしている間にもフード男が首を引きちぎられているかもしれないと思うと気が気ではないのだが、まあうちの艦娘にそんなことをする者はいない……はずだ。 むしろ嬉々として人間に攻撃していたほうが困る。 頼むから無事であってくれフード男……。
などと不安になっていると、部屋の外から声が聞こえてくる。
「……む、なかなか出てこんな。 おい提督、例の男は拘束した」
「長門か。 ……殺してないよな?」
「何を馬鹿なことを。 この男、既に死んでいるぞ」
「えっ」
まずい。 とてもまずい。
「長門、それ山に埋めてこい」
「何を勘違いしているのかは知らんが、我々と交戦する前に人間のほうは息絶えていたぞ。 無理矢理継ぎ足した深海棲艦部分に脳を支配されていたようだな」
どこのエロ同人だよ。
「どちらにしろ深海棲艦と一体化したのはこの男の意思だ。 こと切れているとは言え憲兵に引き渡すのが良いと思うが」
「そういうことなら任せた。 ……艦娘が殺したわけじゃないんだよな?」
「それを禁じているのは提督だろう。 提督の言いつけを破るような艦娘はこの鎮守府にはいまいさ」
別に何も関係がないはずの某青葉型二番艦さんが頭に浮かぶ。 大人しく逃げてればボコられずに済んでたろうに……。
「まあ提督に手を出した時点でどの道殺そうとは思ったがな。 大義名分が手に入って助かったよ、はっはっは!」
「えぇ……殺してたら解体処分じゃ済まないぞ」
「提督の命に比べたら安いものだ。 私はあなたのことを愛しているからな」
「はいはい。 いいから先帰っててくれ」
「分かった。 お前たち、今夜は祝宴だ! 提督奪還作戦の成功を祝して最高の宴を催すぞ!」
「「「ヒャッハー!」」」
ぞろぞろと治安の悪そうな集団が遠ざかっていく音を聞きながら、青葉へと振り返ると。
「むー」
「……なんで怒ってるんだ?」
「長門さんに愛してるって言われてたので」
ほっぺた膨らませた青葉がぺちぺちと俺を叩く。
「大丈夫だよ、俺が愛してるのは青葉だから」
「よ、よく真顔でそんなこと言えますね……」
「そりゃ本音だしな。 ……では改めて」
俺を叩いていた青葉の手をそっと握り、彼女の足元に跪く。
「青葉型重巡洋艦一番艦『青葉』。 俺はあなたにこの指輪を送りたい」
「……えと、その」
「誤解がないように説明しておくが、この指輪はあくまでも装備扱いとなる。 ケッコンカッコカリは本当の結婚ではない、と言った方が正しいな。 だから俺と家族になることはないし、たとえ戦争が終わってケッコンカッコカリが解消されてもバツイチになることはない」
ちなみにジュウコンカッコカリも可能であり、燃費目的で多くの艦娘とケッコンした者もいるらしい。 よく刺されないなほんと。
「……ただ、それでも俺はこの指輪を青葉に送りたいんだ。 ほんの一時だとしても、青葉と共に歩ませてくれ」
すると青葉は少し悩むような素振りを見せ、それから。
「……司令官はなんで青葉を選んでくれたんですか?」
「え? ああ、そういや言ってなかったな。 まずは……」
・・・
まずはいわゆる一目惚れ。 初めてその姿を見た時、どこか他の艦娘とは違うような印象を受けた。 それが恋であると気づくまでには少し時間を要したが、その間にも俺の気持ちを補強する出来事はあった。
青葉が新聞を作り出して暫くして、あることに気づく。 鎮守府がいくらか明るくなったのだ。 戦場に出ては命の応酬を繰り広げる毎日で、艦娘達の心は知らず知らずのうちに傷ついていた。 それを青葉が取り上げる日常のトピックが癒していたのだろう。
青葉の新聞の力はそれだけではない。
多くの艦娘をネタにしている青葉だが、その実ネタにされた艦娘にヘイトが向くような記事は絶対に書かない。 自分にだけヘイトが集まるようにして、鎮守府内で無駄な不和が起こらないようにしているのだ。
「……そんなやり方、しんどくないか?」
と、青葉に訊いたことがある。
青葉は笑ってこう答えた。
「いえいえっ、青葉は皆さんに正確かつ幸せな情報をお届けするのが仕事です。 きっと『青葉』はそれを望んでいますし、青葉自身もそうあれかしと思ってます」
「でも」
「良いんです。 司令官が青葉のことを心配して、青葉の本音を聞いてくれた。 それだけで青葉は十分すぎるほど幸せなんですよ!」
十分なはずがあるものか、と言い返そうとしたが、既に青葉は退室していた。
「……それなら、俺が」
俺がせめて彼女の理解者であろう。 彼女の支えとなろう。 そう決意したとき、おそらく俺の恋は始まったのだ。
・・・
「とまあそんな感じで、青葉のこと考える時間が増えて気づいたら。 結局全然青葉の助けにはなれなかったけどな」
「……」
「青葉?」
「……青葉、そんなこと言ってましたっけ?」
「おい」
まあ、人というのは大抵誰かの言葉を覚えていても自分の言葉を忘れることは多々あるものだ。 仕方ないと言えば仕方ないのだが、少しだけ残念に思ってしまう。
「覚えてないならそれでいいさ。 俺が好きなのは今目の前にいる青葉だ」
「あはは、そう真面目な顔で言われると照れちゃいますねぇ……」
ぱたぱたと手で顔を仰ぐ青葉。 頬は薄い紅に染まっていた。
「えと、もう一つ質問しても良いですか?」
「勿論」
「それじゃあ……」
青葉はわざと俺の耳元に口を寄せ、小さく囁く。
「もしこの戦争が終わったら、青葉と本当に結婚してくれますか?」
「!」
それはつまり、彼女はケッコンの先を見据えているということで。
「それ、本気で言ってるんだな?」
「本気じゃなきゃ言いませんよ。 どのみち青葉みたいな性格は世間でも好まれませんしね」
「なんか俺で妥協されてるみたいな言い方でちょっと嫌だなそれ」
「嫌!? 青葉今実質プロポーズOKしたんですけど!?」
「ちゃんと青葉の言葉で好きって言ってくれ」
「なっ……えぇえぇ言ってやりましょうとも、青葉は司令官のことが大好きでケッコンも結婚も司令官以外考えられません!」
「なんか勢いで誤魔化そうとしてるけど照れが混じってるな。 それもまた良い」
「この男……ッ!」
照れか怒りか、青葉の顔は耳まで真っ赤になってしまった。 このまま見ているのも面白いが、俺には彼女に告げなければいけないことがある。
「でもごめんな。 結婚の約束はできない」
「……はい?」
「俺も青葉のこと大好きだし青葉と結婚したいけど、約束はできないんだよ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいね。 ……うんやっぱ分かんないです黙って青葉と結婚しろ」
「急に豹変すんなよ怖ぇな……よく考えてみろよ、さっき自分で何て言ってた?」
青葉が俺に囁いた言葉は、甘い響きの裏に一つだけ重大な欠点を兼ね備えていた。
「もし俺が青葉の誘いを受けたら、こんなシチュエーションが成立するんだ」
そう。
皆さんお察しの通り、アレである。
「俺、この戦争が終わったら結婚するんだ」
「し、死亡フラグ……っ!?」
先程までの赤い顔が嘘のように蒼白になる青葉。 あまりにもベタなその台詞をまさか自分のせいで聞くことになるとは思っていなかったのだろう。
「ということで、俺達提督は艦娘と結ばれたいとき戦争中に婚約してはならないという暗黙の了解がある」
「軍人ならではのお悩みですね……」
「だから今はケッコンで我慢だな。 いや妥協されたみたいで腹立つからケッコンしないのも手か……?」
「なっ、それはダメです! 青葉は司令官からもらった指輪つけたいです!」
「あっこら引っ張るな! 指輪強奪しても俺が嵌めない限り効力発揮しないようにできてんだよそれ……痛い痛い無理やり嵌めさせようとするな馬鹿野郎折れる折れる折れる!」
「愛する女のためなら指の一本や二本くらい惜しくはないでしょ!?」
「それは愛される側の女が脅し文句として使う台詞じゃない!」
などとイチャついているのかいないのかよく分からないやり取り(戦とも呼ぶ)を青葉と繰り広げていると、何やら不穏な衝撃が伝わってくる。
「……戦艦の砲撃ですね。 おそらく長門さんかと」
「長門? あいつ街中で……」
「ああ、そういえば司令官は現在地を知らないんでしたね。 とりあえず外に出ましょうか」
「出たくないって言ってたの青葉だからな?」
青葉に連れられ外に出ると、そこには夕日の沈もうとしている海が広がっていた。
「よく人が攫われたとき海辺の倉庫に監禁されるじゃないですか。 今回もそのパターンですね。 ちなみにどうやらもう使われてない軍の倉庫を勝手に使ってたみたいです」
「なんでわざわざそんな……」
瞬間脳裏をよぎるフード男……もとい深海棲艦男の台詞。
『あんたの目の前で、大事な部下を皆殺しにしてやるよ』
嫌な予感というものは当たって欲しくないときに限って当たるものだ。
「青葉、対空砲火!」
「え……うわわっ、敵艦載機が直上!? 司令官耳塞いで!」
青葉は目の前の海へと飛び出し、水面に足が触れると同時に艤装を展開する。
「……てェッ!」
そのまま直上の艦載機へと照準を定め、それをトリガーとして戦いの火蓋が切って落とされた。
・・・
結論から言えば、艦娘達が俺を救出するために出張ってきた時点で深海棲艦男の作戦はほぼ成功していた。
俺は艦娘を集める為の罠で、俺の無事を確認して安堵したところを一網打尽にする……そのために海に近いここを選んだとも考えられる。
「この数、異常です!」
「おそらくこの先で長門達も交戦中だ、うちからの援軍はない。 ……ここが最終防衛ラインだ、気合い入れろ!」
「はい!」
本土に艦載機を入れてしまえば、間違いなく多くの犠牲者が出る。 それを食い止められるのは、今この場に青葉だけしかいなかった。
「ぐぁッ……!」
「青葉!」
「問題、ありま……せんっ!」
今は辛うじて善戦しているが、青葉もいつまで戦えるかは分からない。 彼女が動けなくなったときの策こそあれど、所詮は焼け石に水だ。
「くそっ……」
前線の様子が分からないが、おそらくは長門を中心に交戦中。 基本的に戦闘は現場での判断に任せているため問題なく立ち回っているだろうが、艦載機だけでこの数だ。 敵艦隊は間違いなくここで勝負に出るつもりだろう。
「何か、何か俺にもできることは……」
ない。
そんなものがあれば、こうして青葉一人に戦わせてなどいない。 情けなく突っ立ってなどいない。
そんなとき、ポケットに入れていた携帯が震えているのに気づく。 着信の画面が表示されていた。 軍部の関係者以外とは連絡を取れない仕様のため、無視するわけにもいかず相手を確認する前に通話ボタンを押すと。
『提督、無事!?』
「……衣笠か!」
『気づいたら青葉に運ばれてて、とりあえず今入渠終わったとこなんだけど……提督は今どこ?』
「丁度良かった、陸路で今から指定する場所まで青葉のドローンと操縦端末持って来てくれ! なるはやで!」
『え? わ、分かった!』
見たところ、ここは鎮守府からそう遠くない。 艦娘の走力からすればだいたい三十分で着くだろう。
「青葉、三十分粘れ!」
「了解っ!」
三十分。
あと三十分で、全てが決まる。
・・・
「何これ!?」
到着して第一声、衣笠は空の様子を見て驚いていた。 それはまだ内地に侵入を許していないことの証明にもなり、最悪の事態を回避できたことを俺に証明してくれた。
「いきなりで悪いが交戦中だ! 青葉と一緒にあれの駆除頼む!」
「駆除ってそんな、虫じゃあるまいし……いやあの数いると虫みたいなもんね。 とりあえず青葉ー!」
衣笠は海へと跳び、着水と同時に艤装を展開して青葉の側まで移動する。
「ガサ!? 助かります、助けてください!」
「助かってんのか助けなきゃいけないのか分かんないけど今から私も参戦するからね!」
……これで青葉の負担も減り、防空はなんとかなるはず。 ここからは俺の仕事だ。
「起動……よし、操作方法は分かった。 そら行け!」
衣笠から受け取った謎の高性能ドローンを前線まで飛ばす。 オートで弾幕回避機能とバランサーもついているらしく、被弾することなく最前線の様子が映し出された。
「長門達は……轟沈なしか、最高だ。 知らない艦娘もいるからよその鎮守府が間に合ったか」
敵艦隊はそれこそ本土決戦を想定しているかのような大所帯だが、長門達はなんとか食い止めてくれている。 よその鎮守府もこれから追加で合流できるだろうし、これならば最悪の事態は免れた……そう思いドローンを手元に戻そうとして、俺は気づいた。
「ぁ……」
撃ち漏らした敵艦載機が一機、俺の目の前に。
「提督っ!」
俺が反応するより早く、身体は地面に叩きつけられる。
と同時に発砲音が響き、俺ではなく衣笠を撃ち抜いた。
「もう、油断しすぎ、よ……」
数発撃ち込まれたらしい衣笠が俺の上に倒れ込む。 温かい何かが俺へと垂れてくるが、衣笠はそれを見せまいと俺に顔を寄せ……。
「でも、今度は、守れて、よかった」
そう言って微笑んだ。
「ガサ、司令官っ!」
青葉が遠くから俺達のそばの艦載機を撃つ。
「青葉はそのまま続けろ!」
そう声をかけてから衣笠に向き直ると、彼女は苦しそうに表情を歪めていた。
「……はは、大破、かも」
「っ……」
大破どころではない。 俺を庇うために陸に上がっていたから良いものの、海上であれば轟沈モノだ。
俺が無防備な姿をさらけ出していたせいで……。
「……!」
青葉のために残しておいた秘策、それがあれば衣笠を救える。 しかし……。
「提督、お願い、いいかな」
「もうそれ以上話さないほうが……!」
「青葉のこと、頼む、わ」
……本当に、彼女達は似た者同士だ。 誰かの幸せのためなら自分を犠牲にできる、不器用な優しい姉妹。
「……衣笠、目を伏せてくれ」
「……ん、わかった」
少しでも迷った自分が馬鹿らしい。 ここで使わないとなれば、それこそ青葉が悲しむだろう。
覚悟を決め、衣笠の手を取る。
「……よし」
内ポケットからそれを取り出して、衣笠の指に嵌める。 すると見る間に衣笠の身体は活力を取り戻し、絶えず俺に流れていた温かいそれはなりを潜める。
「こ、れ……」
「助けてくれてありがとう、衣笠。 ……さあ、任せたぞ」
「……うん! 衣笠さんに任せなさいっ!」
再び海へと駆け出す衣笠の背を見送る。 既に陽の落ちた薄明るい海に、衣笠の左手で輝く銀の光はよく目立っていた。
「青葉、怒るだろうなぁ……」
俺は血の染み付いた上着を脱ぎ捨て、誰にも聞こえないよう呟いた。
・・・
「……で?」
「「申し訳ございませんでした」」
今回の大決戦を乗り越え、俺達は少しだけ平和な日常に戻る……はずもなく、俺は再び倉庫に閉じ込められていた。
正座させられている俺と衣笠、それを立って見下ろす青葉という構図だ。
「青葉ビックリしましたよ。 ガサが戻ってきたと思ったら指輪つけてるんですもん」
ケッコンカッコカリのオマケとして、ケッコン時に自動修復する機能が備わっている。 もし衣笠がいなければ、予定通り青葉に使うことにはなっていただろうが……。
「あ、あの場における最善の判断だったんだ」
「そうよ青葉、提督は何も……!」
青葉は正座する衣笠の頭を上から手で押さえつけ、無理やり土下座に持ち込む。
「ええ、もちろん理解はしてますよ。 でもガサが戻ってきたときありえないくらい幸せそうな顔しててなんなら今もニヤけてるのが腹立たしいんですよ!」
「何よ何よ、諦めてたケッコンができたんだから嬉しいのは当然じゃない!」
「司令官もですよ、青葉は司令官とのケッコンを楽しみに戦ってたのに裏切られた気分です!」
「本当に申し訳ない……」
下手に言い訳をすれば火に油を注ぐことになるし、どうせ今も録音中なので何を言っても俺が不利になるだけだろう。
「これはもう許せません、何か左手薬指に大きなダイヤモンドの輝くアレを用意して貰わないと気が済みませんよ!」
「ダイヤ? おい衣笠、青葉別にそういうの興味ないって」
「……」
衣笠は頭を押さえつけられたまま露骨に目をそらす。
「もしかしてまだワンチャンあると思って自分の好み言ってたんですか!? なんて卑しい!」
「ちょっとくらい期待したっていいじゃないの、衣笠さんだって乙女なんだから!」
「信じられません、最低です! 司令官、今からでもケッコンの取り消しを……」
「……ケッコン指輪、艦娘としての役目を終えるまで外せないんだ。 そういうシステムらしい」
ピシッと、何かが砕ける音がした。
「……ガサを解体しましょう」
「「!?」」
「もっかい建造してLv1からやり直してきてもらえば青葉も指輪が手に入ってハッピー、司令官もちゃんと青葉に指輪が渡せてハッピー、ガサは初めからリスタートでハッピーですよ」
「落ち着け青葉頼むから落ち着け」
「建造したら『衣笠』の記憶しか引き継がれないじゃない、そんなの絶対嫌! 提督が指輪くれた記憶は忘れたくないの!」
「応急処置としてついさっき渡された指輪に思い入れもクソもないですよ! ほら今青葉が解体してあげるから横になれ!」
「青葉、ちょっとさすがにそれ以上は」
「司令官は黙ってて!」
「はい……」
「提督!? 頼むからもうちょっと粘って!」
……最終的に、怒り狂う青葉をなんとか宥めて後日指輪を渡す形で落ち着いた。
予定していた予算の倍吹っ飛ぶ結果になってしまったが、まあ仕方のないことだと思いたい。
・・・
後日。
『司令官、めでたくケッコン』という新聞の見出しと共に、鎮守府は喧騒に包まれた。
「何してんの?」
「本当に申し訳ありませんでした」
「指輪を渡した翌日にこれだよ。 俺のプロポーズを一言一句違わず書き出して? 照れた俺の隠し撮り写真を勝手に貼って? 挙句の果てに寝顔まで? どう考えてもただの惚気だよこんなもん」
現在鎮守府は祭りの真っ只中である。 祭りと言っても血祭りだが。
「威嚇射撃のつもりだったんです……」
「と言うと」
「司令官ってば結構モテるので、青葉のものだと証明をですね……」
「そのせいで俺散々追いかけ回されたんだが。 もうちょい穏便に済ませる方法なかった?」
「いちいち説明して回るのもめんどくさいじゃないですか」
「この女……!」
しかも悪質なことに、まるで自分が一番目のケッコン艦であるかのような書き方で衣笠についてはまったく触れていないのだ。
「騒がしいわねえ、昨日までは二人ともあんなにソワソワしてたのに」
衣笠は極力他の艦娘との接触を避けるため秘書艦として執務室で俺の手伝いをしてもらっていた。 青葉と同時にケッコンの報告をするためである。
「「してない!」」
「はいはい。 ねえ提督、こっちの書類なんだけど……」
「ん? ああ、これはだな……。 青葉、もう帰っていいぞ」
「嫁に対しての扱いが雑じゃないですか!?」
「青葉が余計なことしなけりゃ今頃は二人でイチャイチャしてたでしょうに、自業自得よ」
勝ち誇ったように不敵な笑みを浮かべる衣笠に、青葉は飛びかかる。
「ええい数日ケッコンしたのが早いからって正妻気取りですか!」
「実質そうよね。 ねー、あなた?」
「ちょ、衣笠……!」
「よーしいい覚悟だ表に出てもらおうか!」
「ふふっ、あんたがケッコンする前に練度は上げられるだけ上げてあるのよ!」
……二人は騒ぎながら執務室を出ていく。
「……ふう」
静まり返った執務室で、青葉が持ってきた新聞に目を通す。 読み進めるうちに昨日の夜のことが思い起こされ、顔が熱を帯びていく。
「俺、ほんとにケッコンしたんだなあ……」
思い描いていたケッコンカッコカリとは随分とかけ離れているが、満足していないかと言えばそういうわけでもない。
あの後衣笠に指輪のことを謝ると、
「大丈夫、青葉より好きにさせてみせるから」
とのお言葉をいただいた。 他の相手に渡すはずだった指輪を本来の意味とは異なる目的で渡したため、申し訳なく思っていたのだが……彼女が傷ついていないと言うのであれば、俺はそれを信じることにした。
「司令官、何やってんですか!」
「早く来てー!」
「俺もかよ。 まあいいけど。 すぐ行くー!」
遠くから聞こえる声に返事をし、新聞を置いて二人の後を追う。
深海棲艦との戦いは未だ終わらず、しかし確実に時は流れる。 いつか彼女達が艦娘としての役目を終えて俺に指輪を返すときに笑顔でいてくれるような結果になることを願っておこう。
艦!
後書きって何書けばええんやっていつも悩む
読んでくれてありがとうございます
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