レンドウ
ある日の朝方のことだ。
僕はいつも通り散歩していた。
この辺りは田舎だから、朝方は人通りも車通りも皆無だ。
特にこれといった目的はなく、ただ放浪するかのように散歩していた。
最近急に冷え込んだから、僕もそれなりに着込んでいた。
そして、僕は話しかけられた。
彼女が発する言葉はワードサラダのようなもので、一切理解できなかった。
けれど、僕は確かにその時に話しかけられた。
次の日も散歩した。
また話しかけられ、何一つ理解できなかった。
その次の日も。
そのまた次の日も。
その更に次の日も。
一週間が経っても。
例の如く、彼女から発せられる言語には理解できる要素がなかった。
なのに、僕は曖昧に想像することができる。
別に文法がおかしい、とか単語がおかしい、発音がおかしいとか、そういうことではない。
ただ、単語と単語の繋がりがないだけなのだ。
それでいて意味を持っている。
単語一つごとに彼女の意思が込められている。
いつしか一冊の書物のように積み上げられた彼女の言葉たちを繙くのは僕であると考え始めた。
気がつけば僕ももう大学生だった。
高校なんて昔話の題材に成り果てたものだ。
あの出来事も、昔話になった。
でも、僕には鮮烈に刻まれた記憶となり、今でも脳裏であの言葉たちが走り回っている。
未だに解読はできていない。
単語を一字一句覚えているのに思い出せない。
あの時彼女が伝えようとしていたのは何か。
僕は大学生になった今でもずっと考えている。
なのに当時できたことさえできなくなろうとしていた。
曖昧に想像することすらできなくなろうとしていた。
ある日の朝方のことだった。
僕はいつも通り散歩していた。
この辺りは田舎だから、朝方は人通りも車通りも皆無だ。
特にこれといった目的はなく、ただ放浪するかのように散歩していた。
最近急に冷え込んだから、僕もそれなりに着込んでいた。
そして、僕は話しかけられた。
まただ。
同じことが起きている。
けれど、今回は昔より理解できた。
僕は少し幸せだった。
また起きた。
ループした回数だけ僕は理解していった。
けれど、ループすればするほど僕は個性を失っていくのが目に見えるようになっていった。
家族は逝去して、友人も離れ、恋人も失った。
けれど僕は幸せだと信じていた。
だって、彼女の言葉たちを理解できるようになっていっていたから。
何度も頭で循環する彼女の言葉たちが次第に僕を蝕んでいくのを僕の脳みそが快楽に勝手に変換して求めだす。
求めて欲めて捜めて見めて。
何回ループしたのだろう。
だがようやくわかった。
理解した。
彼女の言葉たちが翻訳された。
言語化された。
僕は不幸になった。
僕が手に入れたものは悲惨な現実だけだった。
悲惨な現実が僕を手に入れたのだ。
社会的地位も、名誉も、家族も、友人も、恋人も、財産も、家も、居場所も、言語も。
何もかもを破棄した。
僕は自らの意思で破棄したのだ。
ただそこに残ったのはレンドウという言葉だけだった。
あれだけの量の単語たちから生成されたたった一つの言葉。
意味はーーー。
先に謝っておきます。すみませんでした。今回のSSは、意味不明だったと思いますが、それで良きなのです。この作品には曖昧さが似合うと思います。ちなみにですが、レンドウという言葉にはちゃんとした意味が込められています。僕の創造物ではございません。では、また次回作でお会いできることを切実に願っています。
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