tellurion
死とは突然訪れるものです。ですが、きっと卒塔婆も骸も我々には悲しい顔はしないで欲しいのではないでしょうか。少なくとも僕はそのように思います。せめて火が燈されている間は悲しい顔はしないようにしたいですね。
ある日の早朝のことだ。
僕と僕の数少ない親友の一人で旅行に行くことになっていた。
だから今日はいつもより早く起きて荷造りをしている。
有名な海沿いの町だ。
今の季節ならまだ遊泳できるかもしれない。
僕は遊泳するのはそれ程好きではないからしないけれど。
準備はできたのかと、元気な声で確認してくる。
できたよ、と気怠そうな声で返事する。
2泊して帰ってくる予定だから、その分荷物も多くなった。
2日分の着替えと携帯の充電器と財布さえあれば、あとは向こうのホテルで用意されている。
と聞いた。
僕は水着は持って行かなかったが、僕の親友は持っていくらしい。
漸く到着した。
近くもないく遠くもなく。
いわば中距離といったところか。
しかし特急列車に2時間半は揺られた。
朝食も食べずに飛び出したので駅の周辺の、何か海鮮料理が食べられる店を駅員に尋ねた。
その駅員はとても親切に、丁寧に教えてくれた。
ここから徒歩で数分の場所を案内された。
とても美味しかった。
流石は海沿いの町。
海鮮の食材も地元で今朝獲れた新鮮なものを使用している。
都心では見る機会は滅多にないようなものまであった。
時間も良い時間帯だ。
レンタカーを借りてホテルにチェックインしてから海辺に向かうことにした。
レンタカーの殆どが貸し出されていた。
どうにか借りて海辺に向かう。
海に来るのが久しぶりなのか、僕の親友はずっと目を輝かせながら海についての話を聞かされた。
悪い気分ではなかった。
万が一の為にあまり沖へ行ったりしないように釘を刺しておいた。
海辺に着くや否や、水着に着替えて海に飛び込んでいった。
浅瀬から手を振ってきた。
僕も手を振り返した。
少し時期がずれているのか、人の数がシーズンと比べて圧倒的に少ない。
ちらほらダイバーらしき人は見かけるが、遊泳に来ている人は殆どいない。
体格の良い兄ちゃんと家族連れが数組だけだった。
「...おい兄ちゃん。起きろ」
ハスキーボイスの体格が良い兄ちゃんに起こされた。
「...あ、すみません」
「おう。もう日が暮れる。体が冷えちまって大変だ」
「はい。ありがとうございます」
「おう」
ライフセーバーの方だったのだろうか。
どうやら僕は寝てしまったみたいだ。
ここに着いたのが昼過ぎだから結構長い時間寝ていたらしい。
そこで気がついた。
僕の親友の姿が見えない。
怒って先に帰ったのかと一瞬思ったが、よく考えれば彼女は免許を持っていない。
ましてやMT車の運転なんてできない。
嫌な予感がする。
「あの」
「ん?どうした?」
「僕と一緒に来ていた小柄な女性見てないですか?」
「ああ?あの背の小っちゃい女の子か?」
「ええ」
「いやあ、俺は見てねえなあ」
「先に帰ったんじゃないのか?」
「いや...彼女は免許を持ってないので...運転はできないんですよ」
「じゃあタクシーで帰ったんじゃねえか?」
「...かもしれないですね」
「ホテルかなんか泊まってんだろ?連絡してみな」
「ええ」
ホテルに確認したが、見ていないという。
「...最後に見たのはいつだ?」
「昼過ぎに...海に飛び込んでいきましたけど」
「...この辺は正午を境に潮の流れが逆転しよる」
「あの岩場が見えるな?」
「ええ」
「あの辺から一気に沖に持ってかれるもんでさ」
「深さも一気に深くなる」
「本当はあの辺から先は遊泳禁止なんだ」
「あぶねえからな」
「...」
「地元の人間はこんなとこ来ない」
「熟練したダイバーでも、ここの潮流には抗えない」
段々嫌な予感が現実のものへと昇華されていく。
「ここはちょうど入り江みたいな地形だからさ」
「波がこっち側に入ってくるときは沖に持ってかれることはねえ」
「ただ、お前さんは正午過ぎに来たろ?」
「正午過ぎからは波がこっち側まで入って来なくなる」
「あの岩場の辺りまで波が来て、一気に沖に戻される」
「...俺は家の船を出す。周りの奴らにも協力してもらう」
「辛いだろうがここで待っててくれや」
「...」
言葉が出ない。
初めてだ。
状況が理解できない。
潮流が変わる?
どういうことだ?
嫌な記憶がフラッシュバックする。
遠い昔のことだ。
僕は家族で海沿いの町に旅行に来ていた。
その時も昼過ぎに浜辺に着いて、その時は姉が海に飛び込んでいった。
両親も海に入っていった。
僕は見張り役をしていた。
その時も僕は寝てしまって、父親に起こされた。
そしてこんなことを言った。
姉ちゃんはどこだ?
僕が海に行ったと答えると、顔色が変わった。
周りの人も騒然とし始めた。
僕には状況が理解できなかった。
その数日後に、あの浜辺から数キロ離れた場所で漁船の網に絡まっているのを発見されたそうだ。
その時はまだ角膜が濁っていただけで、身元確認は容易だった。
かなり衝撃的な光景だったことを今でも鮮明に覚えている。
あれから数時間経った。
僕はまだ浜辺にいた。
体格の良い兄ちゃんとその漁師仲間らしき人たちが総出で探していた。
日は暮れ、辺りは暗くなっていたが、僕は諦めきれなかった。
それから更に数時間経ち、もう日付が変わっていた。
体格の良い兄ちゃんも、その仲間もこれ以上は海上に居れないといい、撤退した。
その次の日も探した。
その次の日も。
ホテルのチェックアウトの日も。
結局、彼女は見つからなかった。
あれから何年か経った。
あの出来事が昔話の題材になる程の年数が経過した。
今でも僕は毎年あの浜辺を訪れる。
あれ以来僕は彼女のような存在には出逢えていない。
そして今でも当時と同じレジャーシートを敷いて待っている。
そうしたらいつの日か彼女が不意に現れて、また僕に向かって手を振ってくれるような気がしている。
今作は結構わかりやすくしたつもりです。では、また次回作でお会いしましょう。
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