「命の重み」
時津風を秘書艦に持つ提督が、海風のいる鎮守府に藁をもすがる思いで赴き・・・
キャラ紹介、
提督:階級は元帥。ある事がきっかけで人と艦娘を嫌悪するようになる。
海風:改白露型の女の子、提督の秘書艦且つ理解者。
中将:時津風を秘書艦に持つ提督、提督がいる鎮守府に突如訪れ必死に懇願して来る。
時津風:陽炎型の艦娘、いつも元気で夕立みたく犬っぽく人気がある女の子。
「しれぇー・・・しれぇーってばぁ!」
耳元で響くいつもの声、
「くーーっ! な、何だよ時津風! そんなに叫ばなくても聞こえてるって!」
書類に目を通していた中将が時津風に文句を言う。
「しれぇー、もう仕事やりたくない・・・遊んで~♪」
「駄目だ、次の休憩まで文句言わずやれ。」
「いやー、時津風はもう飽きたー、時津風は今遊びたいの~!」
執務仕事に飽きて、遊びたいと要望して来る時津風。
「いいもん、時津風は1人で遊ぶから~。」
そう言って、時津風は提督の頭に登り始める。
「おい、時津風! 何をするんだ!」
提督の言い分などお構いなしに、
「提督の頭に登ってるの~♪」
重そうな顔をする提督をよそに頭の上に乗る時津風。
「お前なぁ、さっき1人で遊ぶって言ったよな? 何でオレを巻き込んでいるんだ!」
「しれぇーを巻き込んでる? そんな事してないもん、あたしはただ、しれぇーの頭に乗ってるだけだもんね~♪」
時津風は得意げに言う。
・・・
陽炎型の時津風、
艦娘の中では子供っぽく、髪からも子犬の様な容姿にも取れ、夕立と同じく彼女の事を好きな提督もいる事だろう。
そして、一番特徴的な所はやはり元気いっぱいな所だろう。
提督の事を「しれぇー」と呼び、事ある毎に「しれぇー、しれぇー」と呼ぶ光景は周りを朗らかにする。
時津風は今、中将の秘書艦で執務仕事を行っているが、途中で飽きて提督を困らせることもしばしば。
時には先程みたいに自分の都合で提督の頭に乗ったりとやりたい放題ではあるが、
見た者からすればそれだけ時津風は提督に懐いているとも取れるのだ。
ある日の事、
「時津風、ちゃんと仕事やってるかー?」
いつもの様に執務室に入る中将。
「時津風、どうした?」
いつもなら、「しれぇー、遅い~!」と言うのだが、今回は明らかに違う。
「・・・」
時津風が何故か無言で机にうずくまっている。
「どうした時津風? いつもの元気な愚痴はどうした?」
今度は違う引っ掛けかと思い、提督は時津風に近寄るも、
「い、痛い・・・しれぇー、痛い。」
弱々しい声で提督に助けを求める時津風の声がして、
「おい、時津風! どうした、しっかりしろ時津風!!」
すぐに時津風を工廠場に連れて行き、明石に診て貰う。
・・・
いつもなら、ただの腹痛や風邪程度ならほんの数分で結果が分かるが、
今回は1時間経っても診断結果が出ない。
「一体どうしたって言うんだ・・・時津風に一体何が・・・」
今までこんな事態が無かったため、流石の中将も心配で落ち着かない。
「・・・! あ、明石!!」
個室から明石だけが出てくる。
「・・・」
明石は何故か悲しそうな顔をする。
「どうだった? 時津風は無事なのか?」
中将の言葉に、
「はい、今の所は落ち着きました。」
「そうか・・・良かった。」
明石の言葉に中将は安心するも、それは束の間の事で、
「提督、とても残念なお知らせですが・・・」
「えっ?」
「落ち着いて聞いてください、時津風ちゃんは・・・」
そう言って、明石は重い口を開く。
”時津風ちゃんは・・・感染しています”
「えっ、時津風が感染? 明石、一体何を言って・・・」
突き付けられた現実に提督は戸惑い、もう一度訪ねる。
「・・・時津風ちゃんは感染しています、これは紛れもない事実です!」
明石は素直に答える。
深海棲艦が新たに導入した感染砲撃、これを受けた(または被弾した)艦娘は個人差はある物の、
1か月以内に必ず深海棲艦化してしまう。
有効な治療法は見つかっておらず、深海棲艦化する前に処刑か安楽死をさせるのが一般的な処置方法である。
感染した艦娘は有無を言わず、特別施設へと収容され、残された余命をそこで過ごす事を義務付けられていたが、
最近になって”感染者が鎮守府にいても周りには空気感染しない”事実が分かり、施設へ収容される事は無くなったが・・・
「でも、最近になって治療薬が開発されたはず・・・それを使えば時津風は治るんだろう?」
中将の言葉に、
「はい、確かに治療薬は既に完成しています・・・ですが。」
明石はまた表情を暗くして、
「ウイルスには種類があるようで、今回の時津風ちゃんの場合では効果が無いようです。」
最近になって、分かった事実は”感染砲撃の種類は1つだけではない”という事。
治療薬の効果があった艦娘もいれば、効果が出ずに最悪の選択を行う事になった艦娘も少なからずいる。
時津風の場合もまさに後者の方である。
「じゃあどうすれば・・・このまま何も出来ずに黙って見ているしか無いのか?」
中将の言葉に、
「いえ・・・まだ方法はあります。」
「! それは本当か! 一体どうすればいい?」
明石の言葉に耳を傾ける中将。
「・・・」
しかし、何故か明石の表情がまた暗くなる。
・・・
・・
・
「わざわざこの鎮守府まで足を運んでもらいまして・・・」
秘書艦である海風が中将の対応をする。
「それで、今日はどんなご用件でしょうか?」
海風の質問に、
「鎮守府にいる時津風が感染してしまって・・・でも、本営が開発した治療薬では治せなくて・・・それで明石から、
ここの元帥殿がもう1種類の治療薬を持っていると聞きましてその、治療薬を譲って頂きたいのです!」
中将が藁をもすがる思いで海風に言い寄り、
「分かりました、すぐに提督に報告して用意してもらうように頼みます。」
「あ、ありがとうございます!」
この時、中将は「時津風は助かった」と思ったであろう・・・しかし、
「費用として・・・1億円掛かりますが、それでもよろしいですか?」
「1、1億円・・・ですか!!?」
要求された金額に中将は愕然とする。
「はい、失礼ですが中将殿は払うことが出来ますか?」
海風の質問に、
「いや・・・その・・・」
先程まで時津風を助けたい一心だった中将が金額を聞いて急に無言になる。
「どうしました? 大切な艦娘なんですよね? 今すぐに投与しないと危ないのですよね?」
海風の言葉に、
「・・・」
中将は何も答えられない。
「その様子でしたら、「払うことが出来ない」でよろしいでしょうか? 残念ですが、
お譲りする事は出来ません・・・お引き取り下さい。」
海風は容赦なく中将を鎮守府から追い出す。
・・・
「おかえりなさい、提督。」
時津風の代わりに明石が中将を迎える。
「その様子ですと・・・治療薬は貰えなかったようですね。」
「ああ、法外な金額を要求されたよ。」
中将は明石に鎮守府で話した事を包み隠さず報告する。
「・・・そうですか。」
しかし、明石は何故か秘書艦の対応と法外な額に対して否定をしない。
「無理も無いです・・・秘書艦の海風さんの態度、そして法外な金額の要求をそもそも引き起こした要因は、
私たちの責任でもありますから。」
「えっ? それはどう言う事だ?」
意味ありげな明石の発言に、
「各鎮守府で起きた出来事・・・特に開発に関しては情報共有として私の耳に届くので、事情は知っているんです。」
そう言って、明石は中将に事の発端を鮮明に話し始める。
・・・
・・
・
「そ、そんな事情があったのか・・・」
「はい、信じられないかもしれませんが、それが事実です。」
明石の説明を聞いて、中将は言葉を失う。
本営が開発したと言われていた治療薬は、実は海風の提督がある感染した空母艦娘を助けたい一心で開発に取り組み、
その甲斐あって治療薬の完成に至った事。
しかし、ある艦娘が最高司令官の秘書艦の席に座りたい欲から、事もあろうに提督を罠に嵌め、治療薬のレシピを
盗んで本営に引き渡した事。
そして、感染した艦娘が増え始めた頃、本営は提督のレシピから治療薬を大量に生成、その治療薬を各鎮守府に
支給すると同時に法外な金額を要求していたという事実。
艦娘を助けたい一心で治療薬の開発に取り組んだ筈が、本営に”高額の商品”として扱われ、払えない鎮守府には支給されず、
結果、安楽死をさせられた艦娘もおり、自分が起こした行動に酷く心を痛めた提督だった。
「そして今回の新たなウイルスによる感染・・・秘書艦の海風さんが出撃中に感染し、提督が海風さんを助けたい一心で、
また1人治療薬の開発に乗り出し、その甲斐あって新たな治療薬が作れたのです。」
「・・・」
「ですが・・・先ほども説明した通り、欲深い人間と艦娘の軽率な行動によって助けるための薬が、
商品にされてしまった事を提督はとても憎んでいます。」
「・・・」
「治療薬を開発したのは、あくまで海風さんを助けたかったからで、恐らく各鎮守府に治療薬を支給するつもりは無いのでしょう。
それでも欲しいのなら”1億出せ”と言っているのだと思いますが。」
明石の説明に、
「でも・・・それでも、オレは時津風を助けたかった。」
中将は無力感に苛まれ、
「1億を払いたくないわけじゃない・・・オレは時津風を助けたい、それは本心だ・・・だが。」
中将は腰を下ろして、
「1億なんて大金を払ったら、鎮守府生活は確実に破綻する・・・鎮守府には他の皆もいる・・・
時津風1人のために皆を路頭に迷わせる事は、オレには到底出来ないよ。」
「提督・・・」
力無く地面で悔やむ中将に明石は何も声を掛けられなかった。
・・・
「しれぇー、おはよー♪」
いつもと変わらず元気よく挨拶をする時津風。
「おはよう、時津風。」
提督も普段通りに挨拶をする。
前と比べて大分落ち着いてきた時津風・・・しかし良くなったわけでは無い。
これから徐々に体を浸食され、最終的に深海棲艦化してしまう。
その時が来る前に出来るだけ時津風の側に居てやろう、と心に誓った中将。
数日が経った頃、
「提督。」
執務室に明石が入ってくる。
「最近時津風ちゃんが外にいる事が多いように感じますが、何かあったのですか?」
明石の言う通り、時津風は鎮守府の外で何かを探しているかのような行動をしている。
「ああ・・・時津風なら、四つ葉のクローバーを探しているんだ。」
「? 四つ葉のクローバーですか?」
明石は首を傾げる。
「うん・・・休憩中に本に読んでいたらジンクスを見つけて、それを時津風に教えたんだ。
”四つ葉のクローバーを見つけたら願い事が叶う”ってね。そうしたらあいつ、朝から夕方までずっと探し始めてさぁ。」
もちろん迷信であって、確実性はない・・・しかし、時津風は「探してみる~♪」と言ったきり、ずっと探し回っている。
「そうですか、時津風ちゃんが今叶えたい事と言ったら・・・」
少し考えるも、提督と同様に結論が出ていて、
「オレだって本当は叶えたい、出来る事なら時津風を早く治してあげたいよ・・・」
窓越しに見える時津風の姿を悲しそうな表情で見つめる中将。
次の日も、時津風は鎮守府の外に出て四つ葉のクローバーを探し始める。
しかし、その日は朝から雨だったため、時津風も諦めて鎮守府に留まると思いきや、
傘を差して、再び外に出て行く時津風。
翌日は雨が止み、眩しい日差しが照らす晴天。
この日はいつもと比べて気温が高く、普段の服装では汗が出る程だ。
時津風も「暑いよ~」と言うも、帽子を被って外に出て行き、1日中探し回っている。
・・・
時津風が感染してから半月が経過する頃、
今日もいつもと同じ時津風はずっと鎮守府の外にいる・・・もちろん目的はクローバー目当てであろう。
「・・・」
窓越しで中将は彼女の姿を見続ける。
「四つ葉のクローバーなんて滅多に見つからない・・・でも、仮に見つかっても、時津風は・・・」
時津風に願いの叶うジンクスを教えた事を今更ながらに後悔する中将。
「でも、あの子だって生きたいに決まってる・・・だからオレはただ、あの子に希望を与えたくて。」
半月が経過し、徐々に体にウイルスが回って来ているのか、数日前から酷く咳き込み始め、
今も外で苦しそうに咳き込んでいるのが見て分かる。
「ごめんな時津風・・・何もしてやれなくて、本当にごめんな。」
窓越しに苦しそうに咳き込む時津風を見て、ずっと謝り続ける中将。
時津風が感染して20日が経ち、
今日も時津風は鎮守府外で草を掻き分けては掻き分けるの繰り返しで、
「四つ葉のクローバーは無いかなぁ~・・・う~ん、やっぱり無いかなぁ~。」
見逃さないように丁寧に1つずつ草を掻き分けて行く時津風。
「・・・ゴホゴホッ。」
道中何度も咳き込む時津風。
「ふぅ・・・ふぅ・・・」
少し休んではまた探す・・・それの繰り返し。
「・・・あっ、これぇ~!」
時津風の目の前に何かが映り、そっと手に取ると、
「やっと・・・やっと見つけたぁ~♪」
時津風は喜び、見つけた物をゆっくりと丁寧に袋に入れる。
「これでよし・・・後は~。」
そう言って、時津風は立ち上がると何故か工廠場へと向かって行く。
・・・
・・
・
その日の夜、時津風の容体は急変する。
「時津風! 大丈夫か、時津風!!」
突然中将の目の前で倒れ、苦しそうに呼吸を荒げる。
「はぁ・・・はぁ・・・」
熱も急激に上がり始め、苦しそうな表情で中将を見つめる。
「時津風! 大丈夫か? しっかりしろ、時津風!!」
中将は何度も彼女の名を呼ぶ。
「提督、離れてください! すぐに鎮痛剤を準備して・・・急いで!!」
明石を含む複数の艦娘たちが時津風を治療室へと運ばれる。
「・・・」
扉の前でずっと待ち続ける中将。
「・・・!」
扉が開き、中から明石が出てくる。
「あいつは? 時津風は無事なのか?」
中将の言葉に、
「今は落ち着いています・・・ですが、これ以上持つかどうかも分からないです。」
明石から発せられた言葉に、
「そ、そんな・・・」
中将は力無く地面に足を付ける。
「くっ・・・時津風・・・」
中将は悔やむと同時に両目から涙をボロボロと流して行く。
「・・・提督。」
明石はポケットから何かを取り出し、提督にそれを渡す。
「時津風ちゃんから頼まれました・・・これを提督に渡して欲しいと。」
「? 時津風が?」
中将は顔を上げ、明石から渡された物・・・それは、
「これは、四つ葉のクローバー?」
確かに4つの葉が付いているクローバーが中将の手元にある。
「時津風ちゃんが言ってました・・・”提督が早く元気になりますように”と。」
「えっ?」
明石から聞かされた予想外の言葉。
「時津風ちゃんは、これを自分のためでは無く提督のために探していたそうです。」
「・・・」
「今日の昼に時津風ちゃんが工廠場にやって来て・・・」
明石は昼間の出来事を中将に話す。
・・・
・・
・
「明石さーん! これ見てー!」
時津風が工廠場にやって来て、明石に見せた物は、
「あら、遂に見つけたんですね! 四つ葉のクローバーを。」
「うん、ずっと探してやっとの事で見つけられた~♪」
時津風はクローバーを嬉しそうに持っていた。
「良かったわね~、それで時津風ちゃんの叶えたい事は何かな?」
予想は出来ていた物の、敢えて聞いた明石だが、
「ん~っとね~・・・しれぇーが早く元気になって欲しい事かな~。」
明石の予想と違い、時津風は提督に対しての願い事を言う。
「えっ、時津風ちゃん? クローバーは自分のために集めていたんじゃないの?」
言った事が信じられなく、時津風に再び尋ねるも、
「違うよ~、しれぇーが・・・ここの所ずっと元気が無かったから。」
「・・・」
「それで、しれぇーがこれを見つけると願い事が叶うって言ったから・・・それで、あたしが頑張って見つけて、
今日やっと見つかったぁ~、えへへ~♪」
そう言って、時津風はクローバーを明石に渡して、
「しれぇーに渡して・・・あたし、しれぇーがずっと落ち込んでいるのは嫌だから。」
「・・・」
「前みたいに時津風をいつも構ってくれて、遊んでくれるしれぇーが・・・あたしは好きだよ。」
「・・・」
「時津風はもう長くないと思うから・・・だから明石さん、これを絶対にしれぇーに届けて・・・お願いだよ!」
そう言った後、時津風は急に苦しそうに咳き込み始める。
「・・・分かったわ、私が責任を持って提督に届けるから・・・安心してね。」
「うん・・・ありがとー、明石さん♪」
満面の笑みで返し、そのまま足を引きずった状態で工廠場から去った時津風。
・・・
・・
・
「・・・時津風はオレのためにクローバーを探していた?」
明石から聞かされた中将は言葉を失う。
「はい・・・時津風ちゃんは自分はもう長くないと悟った上で、提督に早く元気になって欲しい一心で、
クローバーを探していたのです。」
「・・・」
「時津風ちゃんの様子を見てきます・・・何かあればすぐに知らせますので、提督は執務室で待っていてください。」
そう言って、明石は治療室に入って行く。
「・・・」
中将は明石から渡されたクローバーを震える手で強く握りしめ、
「・・・時津風。」
中将はある決意をする。
「ごめんな時津風・・・お前はずっと1人で苦しんでいたのに、オレは何1つ出来なくて、
本当にごめんな・・・時津風。」
中将は立ち上がり、
「すぐに助ける、だから少しだけ・・・もう少しだけ持ち堪えてくれ。」
そう言って、中将は早足でその場から去る。
・・・
「・・・また来たのですか。」
中将が向かった場所、それは前に訪れた元帥がいる鎮守府で、
「お願いします! 薬を譲って下さい!」
中将は頭を下げて海風に再び頼む。
「・・・分かりました、でも費用が掛かる事は前に言ったはずですが?」
海風の言葉に、
「今はそんな大金を持っていません・・・でも、必ず・・・一生賭けてでも支払います! ですからお願いします、
治療薬を譲って下さい、お願いします!!」
中将の必死の願いに、
「・・・分かりました、少しお待ちください。」
海風は部屋から出て行く。
・・・数分後、
「お待たせ致しました、こちらが治療薬になります。」
海風の手には治療薬が入った注射器を持っており、もう片方の手には何かの書類を持っている。
「この書類に貴方の名前と今いる鎮守府名を記入して下さい・・・後に提督から請求書が送られますので。」
海風から渡され、中将は躊躇いも無く書類に記載していく。
「最後に私の質問に答えて下さい・・・最初は躊躇ったのに、どうして今になって支払う決心をしたのですか?」
海風の質問に、
「時津風が・・・あの子が助かるならオレは、1億出しても構わないと最初は思った。」
「・・・」
「でも、そんな大金を払えば鎮守府生活が破綻するのが分かり切ってる、だからオレはあの子の命よりも、
鎮守府生活の方を優先してしまった・・・口では皆の生活のためと言ったけど、本当はオレが貧乏生活をしたくなくて、
ただ自分の事しか考えていなかっただけなんだ。」
「・・・」
「でも、あの子はずっと苦しい思いをしていたのに、自分の体よりもオレの事を心配してくれていて、
しかも助からないと悟った上で、オレの事をずっと心配してくれて・・・」
「・・・」
「オレはバカだった、あんな優しい子を見捨てて、今の自分の生活を選ぼうとしたオレが本当にバカだった。」
「・・・」
「だからオレはあの子を心から助けたいと思った、貧乏生活になってもいい・・・皆にはオレから事情を話して、
経費を減らせる所は出来るだけ減らして行き、支払って行こうと・・・心に決めたんです。」
中将の説明に、
「分かりました、ではこれを受け取って下さい。」
海風は中将に治療薬を手渡す。
「時津風さんに早く投与してあげてください。」
「あ、ありがとう・・・本当にありがとう!」
中将はまた深く礼をした後、急いで自分の鎮守府へと戻る。
・・・
・・
・
鎮守府に急いで戻ると、明石が血相を変えた表情で、
「提督! どこに行っていたのですか! 時津風ちゃんの容体が・・・」
明石が言い終える前に、
「治療薬が手に入った! すぐにこれを時津風に!!」
中将は明石に治療薬を託す。
「・・・分かりました、今すぐに時津風ちゃんに投与します!」
そう言って、明石は急いで治療室へと向かう。
「・・・」
治療室扉の前で再び待ち続ける中将。
「・・・!」
治療室の扉が開き、中から明石が出て来て、
「時津風はどうなった? 明石、教えてくれ!」
中将の質問に対し明石は冷静に、
「安心してください、薬を投与してから徐々に時津風ちゃんは落ち着いてきています。」
明石の言葉を聞いて、
「そうか・・・良かった。」
中将はようやく安堵の息を漏らす。
「先程時津風ちゃんの血液も検査しました・・・投与する前は、ウイルスが血中に蔓延していたのに、
投与して数分後には、蔓延していたウイルスが徐々に消えつつあります。」
それは時津風の感染が治った事を意味する言葉で、
「間に合って良かった・・・本当に良かったよ。」
中将は喜びの声を出す。
「ですが提督・・・これからが本当に大変ですよ?」
喜んだのも束の間、明石が心配な表情で提督に声を掛ける。
確かに時津風を助けるためとはいえ、代わりに1億と言う大金を支払わなければ行けない。
「分かってる・・・それを承知で治療薬を貰って来た。」
中将は立ち上がり、
「これからの生活の事を明日皆で話し合おうと思う・・・でも、先に時津風の顔が見たい。」
そう言って、中将は治療室に入るとベッドで静かに眠っている時津風の横で見守る。
・・・
「提督、こちらが中将殿への金額請求書になります。」
海風が治療薬を渡す条件に中将に書いて貰った請求書を提督に渡すも、
「ああ、金額は海風が決めてくれ。」
「えっ、海風が決めるのですか?」
「うん、だってオレはそもそも治療薬を渡す気は無かったし・・・海風が頼んで来たから仕方がなく渡しただけの事。」
「・・・」
「それに金が今すぐ必要ってわけでも無いし、請求した額は海風が好きに使えばいい。」
そう言って、提督は請求書を海風に返す。
「だが、よく考えて判断しろ。」
「?」
「海風にとって、あの提督が”本当に助けたい一心で治療薬を求めた、艦娘想いの提督”だったか、
それとも、本当は演技で”ただ金儲けのために治療薬を求めた、救いようのない屑提督”だったのか。」
「・・・」
「海風、お前の心で決めろ。」
そう言って、提督は部屋から出る。
・・・
「・・・」
海風は請求書に必要事項を書いて行く。
「・・・」
最後の部分、それは中将に請求する金額欄。
「・・・」
海風は一度深呼吸をし、落ち着いた状態で、
「・・・よし、書き終わりました。後はこれを中将に郵送して、と。」
切手を貼り、鎮守府外にあるポストに入れ、これでやっと海風の役目は終わる。
後日、中将のいる鎮守府に請求書が入った封筒が届く。
「遂に来たか。」
艦娘から封筒を渡され、中将は封を開けようとする。
「・・・」
しかし、金額は分かっているものの、すぐに開ける勇気を持てなかった。
実を言うと、時津風に治療薬を投与した翌日、皆に今後の生活を話し合うと言ったものの、
「時津風が治って良かったぁ、司令! ありがとうございます!」
時津風の仲間である雪風に先に報せた途端、あまりの嬉しさで号泣し出す。
「ああ、うん・・・」
素直に喜びたい中将であるも、
「実はな雪風、今後の生活について皆と・・・」
途中で中将の言葉が止まる。
「聞いてください! 時津風が治りました、また一緒に生活出来るんですよ!!」
目の前には、時津風を心配していた艦娘たちが既に集まっていて、雪風の報せに治った事を皆が心から喜んでいる。
「・・・」
「これから貧乏生活になる」と、この場で素直に言えなかった中将。
結局、艦娘たちに今後の生活の説明を出来ないままでいた。
「しれぇー、封筒を持って何ぼうっとしてるのー?」
隣で時津風が不思議そうに中将を見つめている。
「!? ああ、いや。 何でも無いよ。」
すぐにごまかす中将。
時津風は投与して数日で回復、いつもと同じ秘書艦として中将を補佐している。
「すぅ、はぁ・・・よし!」
払うと約束した以上、破るわけには行かない・・・覚悟を決めた中将は封を開けて請求額を確認するが、
「・・・」
しかし、そこに書いてあった金額は”1億円”ではなく、
桁が明らかに少ない”1万円”と記されていた。
「どうして? 確か海風からは”1億”と請求されたはず。」
何度も桁を確認するが、間違い無く1万円である。
「・・・」
すぐに状況を飲み込めなかった中将だが、
「元帥閣下が・・・このオレに同情してくれたのだろうか?」
今となっては理由は分からないが、
「・・・時津風、これを鎮守府外のポストに投函して来てくれ。」
「うん、分かった~♪」
時津風はそのまま執務室を出る。
中将は指示通りに記載されていた1万円を用意したが、提督へのせめてもの感謝の気持ちとして
請求より多めの額を入れ投函。
後日、海風から「11万円入っていました。」との報告を受ける。
「命の重み」 終
今回の話も考えされられる話でした。
艦娘を救いたい一心で開発した薬が
下らない欲の為に使われるのは
嫌なものです。
1億円を要求するのも分かります。
海風、ナイス判断です。
いつの日か提督の中にいる
深海棲艦というウイルスに効く
治療薬みたいな事がありますように